運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 2
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旅の衣・前編 4
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旅の衣・前編 61

静寂な心の佇。こういう佇まいは騒音だらけの中からは生まれない。踊りやダンスと舞いの違い。踊りやダンスが騒音の中でも存在しようが、舞いは騒音の中には存在しない。それは心の奥の静寂な場所に魂が仕舞われているからである。


●九死に一生を得る

 アパートに辿り着いたのは、午前3時過ぎた頃であったろうか。
 部屋にはまだ明りが点
(つ)いていた。よく此処まで辿り着けたものだと、自分でも思った。
 生き残れた背景には、見も知らぬ私に、あの温かい食べ物を差し出してくれた、あの髭面
(ひげ‐づら)の浮浪者男のお陰であった。この男がいなければ死んでいたかも知れない。生かされる奇(く)しく縁があった。主人公の私に、彼は立派に脇役としての役目を果たした。有り難いことだった。感謝しなければならない。感謝を忘れてはならない。命の恩人だった。命からがらアパートに辿り着いた。
 由紀子は、まだ起きていて勉強している様子だった。私は左肩を右手で抑え、二階への階段を上り、よろけながらドアを開けた。玄関の三和土
(たたき)を入ると、積み上げた荷物が荷崩れるようにドサッと音を立てて斃(たお)れた。何もかもが一挙に崩壊するように……。負傷した肩には、戦慄が風となって渦巻いていた。
 肌に血腥い風が余韻となって尾を曳いていた。

 その音に驚いた由紀子が驚いた顔で、
 「あッ。あなた!一体どうなさったの?!」と、悲鳴のような声を上げて駆け寄ってきた。
 たどたどしさに何かを直感したようだ。彼女は異常事態と検
(み)たようだ。
 私は気力だけで、上半身を支えていた。肩から流れ出る血が、腕を伝わり、三和土にポタリポタリと落ちている。とても手で抑えるだけでは、納まりきれない。肩の辺りは血塗れになっている。血塗れの肩が瘧
おこり/間欠熱の喩えで、ふるえる場合の表現)に懸かったように震えっていた。負傷した箇所が熱を出して、あたかもマラリアを罹病(りびょう)したような発作的な慄(ふる)えが起こり始めていた。
 「手が……手が、あ、上がらないんです……」息も耐えだけに、われながら幼少年が言う稚拙な言葉を吐いていた。それ以外、言葉が浮ばなかった。
 「どうなさったの?……まあ、酷い血!」由紀子の動転したような驚駭
(きょうがい)が隠せないでいた。それはまるで胸を抉(えぐ)られたかのような、一種の悲痛な悲鳴に似ていた。
 「あのッ……コぉ、此処で治療して下さい。ケぇ、警察が捜しているから、ビョぉ、病院には行けないんです」言葉がもつれ、私は吃
(ども)るように吐き捨てた。吐納するだけでも困難だった。これだけ言うのに、それに使うエネルギーは相当なものであった。
 「駄目よ、此処では。何の設備もないし。病院に行かなくちゃ……」
 「お願いです!……病院にも、何処にも、連れていかず……、コぉ、此処で……、疵
(きず)の手当ていて貰えませんか?……応急手当てでいいのです……」私は切れ切れに言った。叩けば埃の出る人間だからだ。
 そして、背中と頸
(くび)に激しい痙攣(けいれん)を起こしているのだ。
 瀕死状態だったのかも知れない。勿論、傷口も痛いが、痛みは上半身を襲っていた。それに心臓は早鐘を悸
(う)っていた。激痛が拡散していた。
 表情が歪
(ゆが)み、歯を食いしばり、呼吸は慌ただしかった。その表情が自分でも分かるのである。一瞬一瞬が急がれるのである。これをどうしても理解して欲しかった。だが、これが喧嘩出入りの類の結果であることは悟られたくなかった。彼女はこれまで陋規の世界とは無縁で生きて来た。世の中は、総て清規できあがっていると信じて疑わないお嬢さまである。極道の世界など無縁の高等生物である。

 「困ったわ。此処には、何も手術するような医療器具や薬も置いてないわ。あたしは医師としては経験も浅いし、それに救急治療は専門外だし……。やはり、病院でなきゃ駄目よ。今すぐ救急隊に電話するわ」
 「やめて下さい!」
 私は病院に担ぎ込まれれば、その傷から足が付き、直ぐに今晩のことが分かってしまうのである。傷の重度から見て、警察への通報は免れる筈がなかった。その時の恐怖が一瞬脳裡を過ったのだった。このままではまずい。何とかしなければ……、気持ちは逸
(はや)るばかりである。
 松子に「松子サヤン」になってもらった関係上、由紀子にも警察の介入皆無で、「由紀子サヤン」の医者になってもらわねばならないのである。果たして「由紀子サヤン」を引き受けてくれるだろうか。
 サヤンとは、アラジンのランプのように願いを自在に叶える「協力者」という意味である。イスラエル諜報特務庁のユダヤ機関外交及び諜報部の政治局である。そして「サヤン」という協力者が世界中に居る。

 「でも、……この儘
(まま)では……」
 「駄目です。誰も呼ばないで下さい。お願いです、……救急隊は絶対に駄目です」
 心の中では、《どうかドクターサヤンを引き受けて下さい》と懇願していた。
 「でも、あたしには自信がない。やはり駄目だわ」何度も頸
(くび)を振った。激昂もしている。
 はっきり確認はしなかったが、そのように思えたのである。何とか、病院へ送られることは阻止しなければならなかった。
 これを、どう説得したものか……。
 「いいですか、よーく、聴いて下さい。僕を助けられるのは、……あなたしかいないのです。どうか僕を助けて下さい」私は念を押すようにいった。よく、噛み砕いて聞かせたつもりであった。
 もしかすると、松子がサヤンを引き受けた以上に、由紀子は梃子摺るかも知れない。この場合の梃子は何だろうかと考えた。由紀子をサヤンとして丸め込む策、他に何があるだろうか。
 「あの……そこまで見込んで下さるのは、本当に光栄ですわ。でも、あたしは外科医じゃないから、自信がないんです。ほんの駆け出しの、一介の臨床研修医なんです。やはり駄目だわ、あたしには出来ない。とても無理です、無理、無理、無理……」彼女は繰り替えし、何度も頭
(かぶり)を振っているのが、ぼんやりと眼に映っていた。
 時間がないぞ……。口論する場合ではないぞ……。早くしないと、意識が消える……。
 私は、そう訴えたかった。
 「いいですか、……もう一度、よーく、聴いて下さい。救急隊を呼ばれたら、……僕はこのまま、警察に直行となります。いま、捕まるわけにはいかないんです。……今の僕を救えるのは、あなただけです……、お願いです……助けて下さい」私には最後の頼みだった。
 「でも……」迷うように吐露
(とろ)したのだった。
 彼女の顔に怯
(ひる)むような色が浮いていた。
 「ほんの、応急措置だけでいいのです。後は……」と言いながら、激しい貧血の襲われながら、もうこれ以上立っていられない状態になり、意識を失い掛けていた。あるいは痛みの助長で意識が遠のいているのか。何れとも付け難かった。

 彼女はこれ以上の問答は無駄である。これをどいうふうに悟ったのであろう。考えが浮かぶ儘に、何らかの作業に取りかかっていたようだ。恐らく、肚
(はら)を決めたのであろう。
 そして私は、自分の都合から、由紀子にサヤンを恃
(たの)み、医師法ならびに医療法違反のような行為を強要していたのである。だが、無理は承知の依頼だった。まず私のジャケットを脱がしにかかった。
 少しばかり、忘れていた痛みが再び蘇
(よみがえ)って来た。ジャケットは、何とか脱げたようであったが、その下に着ていたワイシャツと半袖のアンダーシャツは血と汗で固められていて、絆創膏(ばんそう‐こう)のように肌に貼り付いていた。古い血と、その上に動いた時の傷口が開いて、出血したと思える新しい血が、二重に色を染め、各々のシャツに染み込んでいて、凝固(ぎょうこ)しているのである。

 「痛いでしょうけど、少しだけ我慢して。もう少しだから」
 由紀子は言い訳をするように、こう云って、これをどうしたものか?……と、動顛の境地にあるらしく、束
の間(つか‐の‐ま)の思案に暮れているようであった。
 「構いません。それを思いきり引き剥
(は)がして下さい」
 「駄目よ、そんなことしちゃ。また傷口が破れて、血が噴き出してしまうわ」
 彼女の考えたことは、シャツを鋏
(はさみ)で切り裂いてしまうことであった。慎重に作業にかかった。
 傷口の全貌
(ぜんぼう)が明らかになる度に、彼女は困惑と難色の色を示した。
 あるいは、自分に自分で何かを言い聞かせ、心の中で、動揺を抑えつつ「落ち着け、落ち着け」とでも繰り返しているのであろうか。それが脈を打つように聴こえて来るようであった。心臓の鼓動が一段と高鳴るように窺われた。あるいは医科大学時代での、外科実習の手術の講義を、教わった純に頭の中で反芻
(はんすう)でもしているのであろうか。だが、腹を決めたようにも思われた。傷口の酷(ひど)さもさることながら、傷の内部を想像していたらしい。外科実習の手順を必死で思い起こそうとしているらしい。彼女の頭の中は外科演習の手順が繰り出されているのだろう。まず、外傷部の創(きず)の状態は……?と所見を疾(はし)らすだろう。
 鎖骨及び肩甲骨
(けんこう‐こつ)上部複雑骨折、あるいは三角筋または僧帽筋(そうぼう‐きん)の破損。腕神経叢(うでしんけい‐そう)の破損。そして鎖骨下静脈または鎖骨下動脈の切断もしくは一部の破損による出血の可能性大いにあり……。一刻の猶予も許されない。急がなければ……。
 更に緊急手術の手順を追った。患者の頭痛は?……、眩暈
(めまい)は?……、吐き気は?……、心拍数は?……、血圧は?……、意識は?……、酸素吸入の有無は?……、レントゲン検査の結果は?……、以上を総合すれば緊急手術、その後、直ちに入院、集中治療室での絶対安静など……の手順を追った一連の外科実習の講義を、何度も繰り返して反芻しているのだろう。素人の私から見ると、それはまるで呪文を唱えるようにも映った。何とか私の上半身の衣服を切り裂くことに成功したようだ。
 私は奇蹟的に一命を取留めていた。生かされたのである。

 「流しの所まで歩ける?」
 「はい」云われる儘
(まま)に、身体を捻って傷口を庇(かば)うように立ち上がろうとした。どうしても、うまく立つ事が出来なかった。
 「駄目!ちょっと待って。動かないで!動かないでいいのよ、その儘にしてて下さい」
 私が動くことは無理であると判断したようだ。早い機転の切り替えである。
 「そこに、その儘
にしていらして。今、傷口を洗って消毒するから。痛いでしょうけど、我慢して下さい」
 薬用石鹸と水で傷口を洗い、エタノールで消毒をするらしい。念入りに洗い始めた。と同時に、火のような痛みが走った。キリキリと錐を揉
(も)み込まれるように痛かった。本来は、こういう大怪我の治療は麻酔が遣われる筈であろう。
 沁
(し)みて、飛び上がるほど痛かったが、しかし痛いということは、まだ私が生きている証拠でもあり、また良いことであった。目を閉じて痛みに、必死に耐え、臍下丹田(せいか‐たんでん)の一点に力を集中し、心の中で『般若心経(はんにゃ‐しん‐ぎょう)』を一心に唱えていた。
 これも一つの自己暗示である。人智を超えた、何かに縋
(すが)ろうとしていた。やがて傷口は洗い終え、ガーゼで丁寧(ていねい)に、水分が拭(ふ)き取られていた。
 私の大怪我は、早急に手術をする必要があったが、由紀子の代用品を使った応急措置で、何とか止血だけは成功したようだ。だが内心には忸怩
(じくじ)たるものがあった。この事件は、大いに恥じ入らねばならない。厳しく指弾されて当然だった。そして、私の焔(ほのお)のような痛みの箇所に、鎮痛(ちんつう)の注射を打ってくれた。痛みはやがて和らぎ、遠い波の彼方に、連れ去っていくように引いて行き、安堵(あんど)の気持ちが訪れた。
 静かだ……。
 そういう眠りの中に堕ちて行った。何もかもが遠退く思いであった。



●無一物、雑踏離れて蝉時雨

 肩の鎖骨は、折れて砕けていたようだ。複雑骨折である。
 これは稽古で何度も経験済なので、私としては大した事ではなかった。だが動けなかった。完全に自由は奪われていた。少なくとも、三日間は絶対安静にしておかなければならないと由紀子に釘を刺された。数メートル動くことも厳禁だった。縫合は施されておらず、テーピングテープで貼っているだけなので、少しでも動くと傷口が開くというのである。今度こそ、間違いなく病院行きになると言うのである。後ほど、このことの厳重注意を受けることになる。


 ─────次の日の早朝のことである。既に黎明が訪れていた。静かに目を覚ました。
 昨夜は、あれからどうなったのだろうか。
 夢の中を彷徨っているようにも思えた。少し寝ていたようである。
 肩の傷は、少し動くだけで刺すような感じがあった。昨夜のことの反芻
(はんすう)が起こった。何処で、何をして来たか、由紀子から問い質(ただ)されることが怕(こわ)かった。
 しかし、持ち前の彼女の聡明
(そうめい)さから、この事は敢(あ)えて、「なぜ?」とか「どうして?」などのことについて、問い質(ただ)そうとしなかった。

 「どう、ご気分は?」
 目の前に彼女の白い顔があった。
 「……………」私は即答できずに面食らった。
 眠りに落ちた先のことが消去されていたからである。そして由紀子が私の大怪我と格闘していたことをすっかり忘れてしまっていたからである。私が忘れるくらい、手当は順調に運んだのだろう。あるいは手当というものではなく、大手術のようなことをしたのかも知れない。私が意識を失っている間、治療し、看病し、今に至った小康状態になるまでの一切は、彼女一人でしたのだろうか。
 「少しは落ち着きました?でも、これだけの傷を追いながら、麻酔なしで、よく我慢できましたわねェ」
 彼女は少し驚嘆
(きょうたん)ぎみで言った。
 麻酔なしか……。自分でも驚く以外なかった。
 「ええ、何とか……」
 私はこれに対して、全く言葉がなかった。
 「これがあなたの云う、“どっこい”生き残ったということなのでしょうか?」
 これはきつい冗談だった。あるいは皮肉だろうか。
 「はあ……」
 面目
(めんもく)ないと思った。穴にも入りたい気分だった。
 「あたくしも必死で治療しましたが、後で考えてみると、こんな大それたこと、よくも出来たものだと思います。あなたの我慢強さにも平伏しますが、麻酔も無しに、こんな大治療、よくも自分で出来たものだと本当に驚いていますわ」
 私を指弾しているのだろうか。
 「……………」
(すいまっしェーん……)と博多弁の無声音が出た。
 「お陰で、治療技術の腕も、たった一晩で凄腕の外科医のように、わたくしの腕、相当に上達しましたわ」
 由紀子は矢継ぎ早に、皮肉を並べた。
 「……………」
 「あなたって、三流四流どころの、本当に下手な綱渡りしか出来ない癖
(くせ)に、度々こんな臨場感あるデッカいお芝居ばかり、あたくしに見せつけるんですもの。幾ら主役が死なないからと言っても、これ以上見せつけられたら、もう、お芝居の入場料だけで、あたくし、とっくに破産してしまいますわ」
 「そんなご冗談を……、ユーモアもそこまで行くと度が過ぎるのでは……」
 「いいえ、冗談ではありませんわ。おまけに、あたくし自身、あなたのお陰で、ハラハラ・ドキドキの、いつも変な脇役ばかりに廻されて、てんてこ舞いばかりしていますわ。あなたは、ご自分が何処で綱渡りをしているか、ご存知?……」
 「はあ?……」痛さを我慢して、すこし頸
(くび)を傾げた。
 「あなたはねえ、あたかも高度5百メートル級の谷間に張られたロープの上で綱渡りをなさってるの。お分かり!そして一方あたくしは、それを下から双眼鏡で見せられていますの。この気持ち、お分かり?」
 彼女の言葉には、私に対する痛烈な皮肉が込められていた。これに対して返す言葉もなかった。
 「……………」
 だがしかし……と思う。中途半端な高度5百メートルと言わず、せっかく双眼鏡で覗くのならもっと桁の数値を上げて、せめて“高度2千メートル級の谷間”と言ってくれれば、その臨場感も釈然とするのだがなどと悪戯っぽい切り返しを考えていた。だが、これは言葉にできなかった。彼女の懸命なる、私に対する切なる女心が、そうした冗談を許さなかったからである。

 「言っておきますけど、あたくしの専門は外科じゃなくって、小児科ですの!」
 「……………」
(それで?……)と言い足したら激怒するだろうか。
 何故かそう云う言葉を付け足したくなったが、この場の雰囲気からそれは控えた。
 「この事だけは、是非しっかりと、よォーく、憶えておいて頂きたいわ!あたくし、小児科医ですの!」
 きつい、お叱りだった。怒り心頭という気持ちが込められていた。
 彼女は内科と外科の違いを指摘しているのだろう。現在では小児外科と言う診療科もあるが、当時の小児科は、外科的ではなく内科的であるからだ。専門外だと云わんばかりだった。
 そのうえ緊急手術のようなことを遣らされたのが余程頭に気たのだろう。そして、私が軽々と生を繋いだことが、安堵感とともに襲って、これ自体が余程腹立たしかったのだろう。皮肉なことであった。
 由紀子は、愚痴とも叱言
(こごと)とも、また皮肉とも付かないことを、神仏のような憤怒(ふんぬ)の形相をして、すらすらと云い放ったのである。
 だがこれで、自分の気持ちが収まったのか、この後の事については、殊更
(こと‐さら)突っ込んだ訊き方をしなかった。また、それが「馬鹿なことをしてしまった」と、反省にも似た気持ちで、私を神妙にさせていた。
 「怪我の理由は訊
(き)かないんですか?」と恐る恐る訊いてみた。
 「訊いても教えて下さる?」
 「うム………」
 読まれていた。
 「喧嘩か、何かだとは想像つくけど……。ねェ、図星でしょ?」
 「はあ………」
 由紀子は私が二、三人相手に喧嘩したと思ったらしい。四十名以上ものヤクザ相手に戦争のような決戦をしたとは夢にも思っていないようだ。それを知れば、間違いなく吃驚仰天
(びっくり‐ぎょうてん)するだろう。
 私のやらかしたデッカいこの戦争活劇は、絶対に知られてはならないのだ。この戦争活劇は、私にとっては大スペクタクル映画のようなものだったのだ。悟られないように、言葉を濁
(にご)していた。
 「理由は訊かないから、これ以上、もうこんな無茶な真似しちゃ厭
(いや)ですよ」
 しんみりとした口調で、由紀子が涙混じりに言った。
 大きな美しい目に、涙を一杯溜めた、涙癖のある彼女を見た時、私は全く言葉がなかった。

 既に夜が明けていたが、私はまた少し眠ってしまったようだ。
 由紀子は、一晩中起きて、私の症状を見守っていたらしい。肩の傷から熱を誘発したようだ。頭は熱冷ましの氷枕
(こうり‐まくら)が当てられていた。
 いつもと違って、顔全体が腫
(は)れぼったかった。恐らく熱のせいであろう。傷は相変わらず痛かった。既に、痛みは私の一部に同化しているらしい。このことがまた、生きている証拠でもあった。
 追い詰められてトラックの下に潜り、傷を庇
(かば)つつ、身を潜めている時の錯乱状態に比べれば、天地の開きがあった。私は一息つき、生還の思いを新たにしたのだった。よく生き残ったものだと……。
 その思いの中で、松子のことが、ぼんやり泛
(うか)んだ。彼女は……果たして、昨日の乱闘を知らない訳がないだろう。この情報は何処からか入手している筈である。
 一昨日、「どうか、ご武運を」と戦勝祈願の一言をいって、背中の後ろで火打石を叩いたのである。
 あるいは彼女の身に何かが起こったのだろうか。それが気になるところだった。もしかすると、追われる身になったのか。

 松子ことが気になった。
 「あのッ?……。松子、知りませんか?」
 一昨日、火打石で送り出してもらった以来、その後が分からなかった。もしや拉致されたのでは?その懸念があった。
 「松子ちゃん、あなたが眼を醒ます少し前までいて、寝ずの看病してくれてました。あの子がね、治療も手伝ってくれたの。もし松子ちゃんがいなかったら、あたし、大失敗していたかも知れませんわ。機転の利くああいう子が助手をしてくれたからいいものの、あたくし一人では間違いなくミスを犯して、今頃、官憲に逮捕されているかも知れませんわ。ここまで遣れたのは、あの子のお陰……。
 傷が癒えたら松子ちゃんには、よォーく、土下座してお礼をいっておくことですね。彼女、もう、一段落ついたからと言ったら、本当に安心してたわ。そして吉報を一つ」そういって、言葉を止めた。
 「吉報?……ですか」
 「知りたい?」
 「勿論ですというと、なんだか在り来たりですね。しかし知りたくないと言うのも辛い。さて……」
 「今日はね、あなたのお母さまの退院日ですって。だから松子ちゃん、そちらの方へ、今しがた、出掛けていきましたわ。お母さまの、めでたき退院日に、あなたの怪我した姿、決して見せられないでしょ。その辺のところを察して、動いているようですよ。あの子、頭の回転が早くて、他人
(ひと)より機転が利くから……」
 「そうですか……、よかった……」今度は私が安堵した。
 松子サヤンは無事であった。今のところ、彼女に追っ手が掛かってないようである。松子の無事は、何よりも私を安心させた。自分の事以上に安堵した。昨日のことで、彼女が追われているのではないかと懸念したからである。

 私は松子のことに安堵したが、由紀子は私が、今日、母の退院日と聞いて、私が安堵したと思っているようだった。それぞれに思う、安堵の意味は違っていたようである。
 「お母さまを連れて帰ったあと、一段落ついたら、また来るそうです。当分、あたしと松子ちゃんとの交替で看病しますわ。ああ、そうそう。これ、松子ちゃんからのメッセージ……。あの子の字、きれいな字よ。
 まるで和歌を筆で綴るように流れるような字で、美しいわ。誰かに和歌でも習っていたのかしら。
 本当に、あの子の正体がますます分からなくなりますわ。どういう世界の人なのかしら」
 おそらく由紀子は、松子の背中に彫られた鬼子母神のことをいっているのだろう。十九歳の器量好しの普通の少女が、背中に彫物を入れ、娑婆の人間でないと憚
(はばか)っていることなどが、どうしても信じ難いのだろう。
 「遠い宇宙の果てから遣って来た宇宙人です」
 由紀子のような赤頭巾ちゃんは、世の中は総て清規で成り立っていると信じて疑わないのだろう。況
(ま)して陋規の世界など知る由もないだろう。
 「また?……」
 「そう思った方が、背中の倶利迦羅紋紋、納得いくでしょ」
 「では、深く穿鑿
(せんさく)しませんわ」
 果たしてこれで納得したのだろうか。
 「えッ?メッセージって。それは暗号でしょうか?」
 「暗号ですって?どうしてメッセージが暗号なのですか、馬鹿ねェ……。彼女が言うには、誰かの詩の一節ですって。読んであげましょうか」
 肩負傷のため、それを握って読めないことを承知しているからである。
 「はい」
 「こう書かれているわ。大きな幸せはめったにあるものではありません。だから小さな幸せをたくさん集めましょう。小さな幸せでもたくさん集めると、大きな幸せになります。そのために小さな幸せを、一つひとつ拾って、たくさん集めましょう。そうすると、ますます幸せに包まれることになります……、ですって。
 あたしも同感ですわ。でも、その先があるの……」
 「その先がですか」
 「でも……」由紀子は一瞬、言い淀み、躊躇
(ちゅうちょ)したようだった。
 「でも、何ですか?」
 「書きかけて、途中でやめているの」
 「やめているって?」
 「ここまで書いてね。それはね。こあるの……。幸せはたくさん集め過ぎると怕
(こわ)くなります……。
 ここまで書いて終わっているの、何故かしら。幸せ過ぎることの戒めでしょうか。なにか先があるように思えるのですけれど、終わり方がしっくりとこないわ。ここで終わっているのか、その先があるのか、今のところ皆目検討がつきませんわ」
 「おそらく、それは子供の時からの彼女の幸福に対する考えからでしょう。僕なねェ、人生は『プラス・マイナス・イコール・ゼロ』という人生の『貸借対照表』の辻褄合わせが働いていると言ったら、松子は、何かいいことが続くと、異常な状態が起こり始めていて、そのあと、とんでもないことが起こるぞと思う癖がついてしまったと言ってましたよ」
 「それが、幸せはたくさん集め過ぎると、怕くなります……だったんですね。とすると彼女、幸福量と不幸量が拮抗していると思っているのかしら」
 「そうかも知れません。だから松子は、いいことが続いても、手放しで喜んだりしないし、それを魔の前触れと考えるようになったんです」
 「それは、つまり、好事魔が多し……ということかしら?」
 「そうですよ。何か、僕のことを言っているみたいで……」
 「本当にそう思っていますの?」
 「一生に玩味
(がんみ)する幸福の絶対量と不幸の絶対量が拮抗をもって、釣り合っているとするならば、不幸の絶対量の基準量を、先に達成してしまったら、もう残るのは、幸福だけではありませんか。しかし、これが逆だったら、どうなりますか?」
 「先に不幸を前倒しにして、幸せを先取りしたら、残るのは不幸の絶対量だけ、ということでしょうか」
 「だから、幸せはたくさん集め過ぎると、怕く
なります……なのですよ。それは不幸感に苦しみ、塗炭の苦しみに苛(さいな)まされ、幸福の異常な長続きは殆(あや)ういと警告しているようにも思えます」
 「あなたは、今を異常な幸福と考えているのですか」驚いたように訊いた。
 「さあ、どうでしょう……。なにかツキ過ぎていないかと、そんな懸念もありますよ。松子の言っている幸せをたくさん集め過ぎたのでしょうかねェ……」
 「……………」由紀子の顔が複雑な様相を呈した。

 由紀子に、松子から聞いたこれまでのことを話してやった。彼女の生い立ちを話し、それからどういう生活をして来たか、また彼女に後見役がいたこととや、その後見役が、喧嘩出入りで死んで、その後、天涯孤独になったこと。また、更に遡
(さかのぼ)り、彼女の家が没落した旧華族の家であったこと。
 先の大戦での敗北後は、俊宮家はGHQの農地改革と、昭和22年の今の現憲法により廃止され、彼女の父親は公職追放され挙げ句、軍国主義者の槍玉に挙げられ、捕虜虐待の罪でB級戦犯で絞首刑になったこと。
 時の政府から土地も財産も総て没収され、母親も父親のあと追ったこと。そしてこれまで、陋規の裏街道を歩いて来たこと。それを雄弁に物語るものが、彼女の背中に彫られた鬼面の鬼子母神であること。

 更に、能管奏者であることは告げたが、一方、中條流小刀を後見役の子平直政から教わり、小刀の腕は裏街道で刺客然とした『ヤッパの俊』と恐れられていたことなどは秘した。
 松子は以前、私の命を狙って放たれた刺客だった。だが、それは流石
(さすが)に話せなかった。
 彼女は中條流の陰の業
(わざ)を得意とした。その業を見たことは未だなかったが、私には持ってない妖剣を遣うと聞いていた。陰にしか棲めない松子。彼女は子平から、そのように作り替えられてしまったのかも知れない。それがまた異能だとしたら、私如きでは歯が立つまい。私はそれを思って、声のない声を落とした。

 「松子の生い立ちは、常識では考えられない過酷なものでした」
 「でも、松子ちゃんと、あなたの家、遠い親戚なんでしょ」
 「そうですが、なにか?……」
 「どうして、親戚にそういう子がいて、誰も看てやらなかったのかしら」
 「だから、いま母が彼女を看ているのです」
 これ以上、突っ込まれるとボロが見えてくる。鍍金
(めっき)が剥がれないことだけを祈った。
 「松子ちゃん、でも可哀想……」そう言った由紀子の言葉に哀愁が漂っていた。
 「頑張り屋ですよ、それに適合性がある。洞察力が鋭いから、如何なる環境でも直ぐに馴染んでしまう」
 「でも、あの子、芯
(しん)の強い子だわ。そのうえ頭脳明晰で、頭もいい。辛抱強くて、あたしには絶対に真似できない強靭なところがある。不幸をものとはしないところには、本当に頭が下がりますわ」
 「だから、彼女は僕の慈母なんですよ。幾らいい女でも、なぜか神仏のように見えてしまうのですよ」
 「彼女、言ったわ。堅気じゃないの。修羅道に生きる筋者。娑婆の人間じゃないのって。あの時の彼女の忿怒の形相。いまでも忘れませんわ」
 「だからね、彼女が、もし僕の廻りを裸でうろついたとしても、それは間違いを犯したなどと考えないで下さい」
 「そういわれてもね、裸でうろつかれたりしてはね。やはり、困りますわ。でも、そこまで遣るとも思えませんわ。でも、あなたが無理強いすれば、また別でしょうが……」
 「そこまでいわれると、さすがに色情因縁があるとはいえ、なんか照れますなあ……」
 「それ、悪い冗談ですわ。ユーモアとは言い難い!」釘を刺すように言った。
 「僕は慈母を穢すほど恥知らずじゃない」《軽輩なれど、痩せても枯れても岩崎健太郎。先祖は肥前松浦・平戸藩の軽輩なれど武士の端くれ》と付け加えてやりたかった。
 「分かっておりますわ」
 「松子が可哀想なのは、僕も同じです。あいつはね、不幸の前倒しをして自他の購いをしているのです」
 そうすることで、これが不幸の発端であれば、不幸の絶対量に加算されていくのだから、幸せ過ぎて怕いなどとはならないのではないかと、勝手な不幸の前倒しを考えるのだった。果たして、この勝手な言い草、認めてもらえるだろうか。
 安堵の果てに話は尽きない。
 「もう、それくらいで、お休みになったら……」
 「そうですね、なんだか少し疲れました。休みます」
 「では、あたし、これから仕事ですからね、出掛けます。お母さまの帰宅後、午後から、松子ちゃんが看病に来るそうですからね」
 「あのッ……」
 さて、である。便所に行こうとしたが、一人で立てない。
 困った事になった。動くと傷がずれて激痛が疾
(はし)る。全く、どうすることもできないのだ。
 「ああッ!動いちゃ駄目よ。傷口が、再び破れて広がるわ」 
 便所……、トイレに行きたいのです。このままでは目覚めたままで、寝小便を垂れてしまいそうで。それでも宜しいのですか……」
 「困ります!」
 「だったら、そこをなんとか……」こんな私は、どうすればいいのか?……と思った。
 人生の中で、こんなに困る事は、そうざらにはあるまい。私たちは形だけの“同棲ごっこ”である。
 所詮
(しゅせん)は、図体だけが大人の、子供の飯事(まま‐ごと)なのだ。その飯事を、成人男女が演じているのだ。あらゆる箇所の無理があった。無理を通しての同棲ごっこだったのである。
 肉体関係豊富な、性行為に飽き飽きしている倦怠期寸前の夫婦ならともかく、「忍ぶ恋」の意地を通している私としては、自分の一物を彼女から見られることに、抵抗するだけの羞恥心というものがあった。何とも気恥ずかしいことだった。
 更に、由紀子は天敵のような存在であり、その天敵に対し、自分の急所を無態
(むざま)に曝(さら)すことは、非常に抵抗感があった。まるで狗(いぬ)が肚を見せるようなものだった。

 「困ったわ」
 「困っているのは僕の方ですよ。寝小便もだめ、便所も行けない。さて、どうしたものでしょう」
 《こういうときは困るのではなく、溲瓶
(しびん)が必要なんです。分かるでしょ》といってやりたかった。
 「?…………」
 そうこうしているうちに、由紀子が何かの広口のボトルのようなものを捜してくれて、事なきを得た。
 しかし、それは溲瓶
(しびん)でなくボトルなのだ。おちょぼ口である。どうして命中させろというのか。
 私のそれは……、つまり亀頭は、おちょぼ口では納まりきれないのである。しかし、動けない以上観念するしかなかった。もう、バケツの世界だった。これこそ「かっこわる」だった。
 この後も、排便排尿の度に、彼女の世話になった。その後、松子の世話にもなる。だが、松子は実家の肥汲みで大便の後片付けは馴れていた。下の世話をする看護婦の才能もあるらしい。

 その日の午後、松子が遣って来た。
 彼女から母を無事に病院からつれて帰ったと言う報告があった。献身的な松子の好意は、一宿一飯の恩義としては余りにも大きなもので、むしろ私の方が、多大な借りを作っているのだった。それを感じれば感じるほど、自分の力の足りなさと不甲斐なを思わずにはいられなかった。
 何から何まで、他人
(ひと)の世話になりっぱなしである。借りを作りぱなしで、人生の貸借対照表は、負債が益々膨らむばかりだった。願わくば、対等で、貸し借り無しの人間の付き合いがしたいのである。
 本来ならば、他人の世話はしてもいいが、他人の世話になってはならないのである。その辺が、どうも心苦しいところであった。そう思えば思うほど、依怙地
(いこじ)になっていくのである。
 しかし、世話になった礼は、後で何れ纏めて返すという不貞不貞
(ふてぶて)しさもあった。
 「借り」の有る無しの話である。返すべきは返す。そして運命に貸しを作る。あるいは借りを作らせる。この貸借は、よくよく考えてみると、寔
(まこと)に面白い。
 蝉時雨の鳴き頻
(しき)る午後のことだった。


 ─────次の日のことである。
 三日目位から何とか痛みは治まったが、動けるまでにはならなかった。まだこの時には、一分一厘
(いちぶいちりん)動かすことが叶わなかった。一人、アパートに籠(こも)って、傷の手当てをして貰っていた。
 更に、どうして調達したかは知らないが、由紀子が、病院から持ってきてくれた抗生物質の化膿
(かのう)止めを飲んだ。外傷薬と消毒薬の世話にもなった。
 由紀子は傷の手当をする度に、患部に当てたガーゼを外しながら、「うわァ〜ッ、酷い傷」と顔を背けるような言葉を洩していた。傷を冷静に見れるほど熟練者でないのか、あるいはやはり見ても酷く、痛ましいのかは定かでないが、おそらく眼を背けてしまいそうな傷なのであろう。
 ガーゼを剥がす時は、かなりの痛みを伴った。一部の疵
(きず)にガーゼがぴったりと貼り付いているからである。

 「痛いでしょうけど、一気にむしり取る方が簡単なのですが……」と、彼女は遠慮ぎみに云った。
 「構いません、一気に遣って下さい」
 「結構、痛いですわよ」脅し気味にいって、私を試そうとする。
 「我慢します」
 「本当に痛いですわよ!いいの、本当に?」
 「うム………」返事に迷っていた。
 歯を食いしばるしかない。子供の時の怪我をして泣いた時代を夢想した。そして、一旦私を脅しておいて、彼女はガーゼの上からマーゾニン液を浸しはじめた。これは疵とガーゼの膠着
(こうちゃく)して、凝固した血や膿(うみ)の塊(かたまり)を柔らかくする為の思われた。そして一旦柔らかくなったところで、少しずつ端の方から剥(は)がしに掛かったのである。
 剥がし終えて、毎度のように「うわァ〜ッ、酷い傷」と洩らすのであった。
 「これはやはり、縫った方がよかったかも知れませんわ」
 「このままではいけませんか?」
 「このままでは、やはり時間が掛かりそうですわ」
 そう云われて、頸
(くび)をひねって左肩を見ると、パックリと疵(きず)が開いていて、それを見ただけで疵の痛みが蘇ってきた。
 彼女は疵の周りを、切り傷専用の軟膏で拭き取り、その後、マーゾニン液で丁寧に拭いて消毒し、あらたに新しく薬を塗ったガーゼを当てるのだった。そして、このとき私は不思議な体験をした。
 それは、確かに酷い疵であろうが、思ったより痛くなかったのである。意外にも由紀子から治療される手の快さを感じたのだった。由紀子の手が何とも快いのである。医薬品の効能以上に、快い感じを味わったのであった。
 「痛かったでしょ?」
 「……………」
 本来ならば嬲
(なぶ)られるような、そうした軟膏の拭き取りと付け替えなのだが、何となく疵の上を愛撫されているように発覚したのだった。実に不思議なことであった。
 かつて古代中国では、男の怪我は医療行為を若い女に施させたとある。極端に言えば、若い女性の掌が、十分な医療の効果を上げるのである。したがって、間違っても少年に施させては行けないのである。
 これが逆に、女性の患者なら、少女などに任せてはならず、少年がよいとされるのである。恐らくこれは陰陽虚実の理
(ことわり)であろう。もし、これらの治療を、あるいはオヤジの外科医が行っていたら、私は恐らくその痛さに仰天したであろう。

 古代より、特に若い女の治癒能力は、洋の東西を問わず自然のものと考えられてきた。特に男の場合は回春への特効ともされた。その後、知る人ぞ知るの、一種の常識になって行く。
 特に中国では、回春の特効を後宮で用い、宮廷医学となって行くのである。
 爾来
(じらい)宮廷ではこの種の医術が頻出(ひんしゅつ)するが、これらは単に時の皇帝や権力者の色情に面白おかしく絡めて語られることが多い。色好みとして一蹴(いっしゅう)される。そして現代でも、若年者層の治癒能力などは古代の医学的迷信の類(たぐい)と片付けられるが、しかし一方で、真実らしいと語られることも少なくない。それらを立証する治癒の例証も、少なからず存在している。頭から迷信と一蹴するのならば、恢復方向に向かっている患者の日々の世話を、ジジババの看護師に遣らせれば一目瞭然になるのではないか。
 以降の回復力は、はたと止り、遅々となること請け合い無しだ。

 彼女の毎日の口癖であった「うわァ〜ッ、酷い傷」は、日を追って、恢復
(かいふく)するにしたがって、少なくなっていった。
 この間、私は、治療中は上半身を起こして床の上に正坐するのだが、それ以外は寝た儘
(まま)だった。外科的な方法で、疵を縫うという治療が出来ないので、傷口が開かないよう、寝ている以外なかった。
 食事は由紀子が一箸
(ひと‐はし)一箸、口まで運んでくれた。
 あるいは林檎
(りんご)を剥(む)いても、その八つに割った林檎の切れ端を、一つ一つフォークに刺して、私の口まで運んでくれた。彼女の横顔と、林檎を剥く彼女の白い指が、赤い皮の林檎と共に美しかった。私にとっては、まるで聖母のような手であった。
 それは、いつか幼い時に経験したことのある、病気の時の、母の看病に似ていた。しかしその味は、何を食べても一日中、血の味がした。血生臭いその匂いは、私のもって生まれた習性の所為
(せい)だろうか。

 由紀子は、私のことが気掛かりだったのか、昼間も病院を抜け出して、私の様子を見に来てくれた。食事や身の廻りの世話をした後、傷の手当てをして、また病院に戻るということを毎日繰り返していた。それだけに普段の彼女を二倍疲れさせているようにも思えた。私の尻は、これだけで落ち着かなかったのである。
 特に、軟膏の付け替えをする時など、暫くは彼女に見惚れ、ぽかんとした顔付になるのであった。彼女の長い睫毛があたかも流し目のように動いたとき、そこには何とも言えない色香が送られたようで、唐突に背中を叩かれたようにびっくりするのだった。彼女は意図的にそうした表情をするのであるまいが、寝かされ、転がされている私は、そうした彼女の一挙手一投足
(いっきょしゅ‐いっとうそ)が莫迦(ばか)に気になって、つい、「あッ、失礼しました」となるのであった。
 そして、“俺は結構図々しいところがあるんだなあ”と、少年のように顔を赧
(あか)くするのだった。何処かに図々しい性癖があるのだろう。

 二週間目位から少しだけ動けるようになったが、自由に、外に出るまで出て歩けるようには恢復
(かいふく)していなかった。砕けた骨の固まりが悪くて、腕を動かすと創(きず)が摩(ず)れる感じがした。
 だが夏場にも関わらず、由紀子の手当てが良かったせいか、大した化膿も起こさなかった。衛生面には非常に気を遣っていたようだ。恐らく、化膿後の壊疽
(えそ)を気にしていたのだろう。この危険性を、他の医師から聞いて警戒していたのであろう。

 二日に一回位は、微温湯
(ぬるま‐ゆ)に湿らせた脱脂綿(だし‐めん)で体を拭(ふ)いて貰(もら)った。全身隈(くま)なく拭いて貰うのである。そして、その一物(いちもつ)ですらも……。
 思わず怒張してしまった自分の一物は、こうした度
(たび)に、私を散々困らせたのである。躰を拭く時に限って、こうなるのだった。怒張する一物を叱ってみても、それは仕方のない事であった。
 生きているということは、煩悩
(ぼんのう)が付き纏うということだった。私も多分に洩れず、ギラギラの煩悩を燃やしているのだった。俗人の俗人たる煩悩で日々脳を灼(や)いているのだった。
 生きている証拠、恢復
(かいふく)に向かっている証拠と言えば、一物の怒張はそれまでだが、必然的に横溢(おういつ)する愛欲の煩悩は中々度(ど)し難いものであった。
 それにしても、わが一物の怒張は他と比べて如何なものなのだろうか。
 普通サイズか、ビックサイズか、あるいは短小の、その何れだろうか。
 だが短小サイズと敢えて言わないのは、既に別世界で実証済みだったからである。だから、どう転んでも普通サイズか、ビックサイズである。むしろ、私としてはその中でも後者の方の自信がある。だが、後者としても全く問題がない訳ではなかった。しかし、ビックであろうがスモールであろうが、なんの役も立ちはしなかった。能力も発揮できない。ただの部品としての付属品であった。情けない存在になっていた。


 ─────暫くしてのことである。快癒
(かいゆ)近しのときだった。
 わが一物の如意棒、制御し難し……。もしも……、もしもである。
 「わが一物、長さ三尺!」だったら、どうしよう。
 由紀子はこれをどう思うのだろうか。こちらの方が気になるのだった。
 もし私が、かの円覚寺
(えんがく‐じ)の悪戯僧侶のように、「わが一物、長さ三尺。どうだ!驚いたか!」と問うたら、彼女は慧春尼(えしゅん‐に)のように、高笑いして「たかが三尺、なにしきのこと。尼僧(に‐そう)が一物、底無し!」と問い返してくれるだろうか。
 もし、由紀子がそう答えたら、果たして私は萎れてしまうだろうか。
 小田原・最乗寺に残る逸話には、慧春がある日住職の命に従い円覚寺
に遣(つか)いに出たことがあった。
 その円覚寺の悪戯僧侶たちから、禅門の慣例で一山の大衆が山門に迎列して法問答にかわれて、彼女は行く手を阻まれたことがあった。円覚寺の僧たちは俟ってましたと構えていたのである。
 その時である。
 不意に出て、その鋒
(ほう)を挫(くじ)かんと待ち構えていた。虎視眈々だった。慧春が石段を登ってくるのを見かけると、一人の禅僧が前へと進み出て、その坊主曰く「三尺」に対し、慧春は「底無し」で応戦したのだった。一人の坊主に倣(なら)って、自分の腰から下の裳(も)を高く翻し「尼が一物、底無し!」と喝破したのである。どうみでも、慧春の方が上手だった。悪戯坊主どもより役者が一枚も二枚も上であった。相手の坊主は茫然(ぼうぜん)とし、他に問う者もいなかったという。

 最初は、恥ずかしさと照れで躊躇
(ちゅうちょ)して、由紀子の顔には羞恥(しゅうち)の朱(しゅ)の色がほんのりと滲(にじ)み出ていたが、医療の一翼(いちよく)を担う彼女は直(すぐ)に馴れてしまったようである。
 彼女も慧春尼なり切ったのだろうか。
 そして衣類も、毎日着せ変えて貰った。肩や腕が自由に動かせないからだ。
 一物の怒張は、恥知らずと言えば恥知らずだが、蒲団に寝かされた芋虫同然であれば、この芋虫は、大人しく寝んねしている以外なかった。転がっているのが関の山だった。
 傷が徐々に治癒してくると、やがて緊張が解けて、本当の傷の痛みに気付き始めた。
 着せ替えの際の、手を上げたり、下げたりの、手を動かす動作や、上半身を左右に捻
(ひね)る動作には、ある種の苦痛が伴ってきた。不思議なことに、痛さが前にも増して酷くなって来るのである。
 その度に顔をしかめ、「ああ、痛たッ……ッ」と声を発した。痛さは依然、躰を強張
(こわば)らせた。左腕を動かす度に、肩の中心部から脳へ伝えられる痛みの伝達は、未(いま)だに健在であった。そして、何よりも生きている証拠だった。
 少し前まで、三途の川の岸から引き返してきたところだった。未だに、疵の追っていない右腕を動かすにも一苦労だった。両方が連動して痛いのである。されるようにされて、じっと受け身になる以外なかった。
 彼女から傷口を覗かれると、再び許
(もと)の痛みに戻り、そして徐々に引くのだが、やはり最初が全身が脈打って、痛みが疾(はし)るのだった。だが、次には悦法に似た快感が全身を慰めるのだった。これを怪我の功名というべきか……。
 
 自分が招いてしたことであるから、何も言えない筈であるが、一般の家庭の女房に往々にしてある、「あなたが勝手に喧嘩をやったんだから、少しぐらいは我慢しなさい」などという叱咤
(しった)や愚痴(ぐち)らしいことを、一言も彼女は洩らさなかった。
 いわば顔を、痛さで歪
(ゆが)め、「痛たッ……ッ」と声を発するこれは、私の甘えの常套句でもあった。
 彼女は無言の儘、これに心安く同意していたようである。この頃から、判別し難い呻
(うめ)き声を漏らすようになっていた。
 だから私も歯を食いしばって、軽々しく声を発しないように出来るだけ心掛けた。しかし動かされる度に、「うッ!」と声が出ていた。些
(いささ)か情けない呻(うめ)き声だった。
 その度に由紀子は、今回の出来事を母親が叱咤
(しった)するような厳しい目つきで睨(にら)みつけた。
 私は自然と、目線を下に反
(そ)らすしかなかった。痛いという発声も、いつの間にか、小さな掠(かす)れ声の無声音になっていた。そして子供が悪戯(いたずら)をして怪我をし、その怪我が原因で痛い目に合わされているという、不思議な錯覚を感じたとき、私は我ながら、子供が親の命令に従うような従順さが、まだ自分の中にも残っているということが可笑しくもあり、また滑稽(こっけい)でもあった。


 ─────松子は看病のため定期的に遣って来た。
 その度に、母の状況と裏街道の陋規情報を告げてくれるのである。彼女は私と母の面倒を見てくれて、何とも献身的であった。借りが一杯になって、余白がなく、私の人生の貸借対照表の負債の部は厖大な債務で爆発寸前だった。そのうえ清規と陋規に通じ、子供の頃からよく世間を検
(み)てきていた。
 しかし、由紀子は物事を清規で考える人間であった。裏街道など全く信じていないのである。水清ければ魚棲まずが、この世の構造である把握せず、むしろ清き方が、人間現象界は益々発展していくと考えていたようである。
 「くれぐれも間違い起こさないようにお願いしますわ」彼女は朝の出勤時に、必ず念を押す。
 「そのように頭ごなしに言われると、なんだが間違いを奨励しているようで、間違いを犯してみようかと変な気になるではありませんか」
 「そういう冗談が言えるようになったと言うことは、それだけ急速に恢復に向かっていると判断しても宜しいのでしょうか」皮肉だった。ときに、白い顔の輪郭がぼやけて、しだいに鬼面に変わりつつある錯覚を抱くのであった。果たして本性は、これだったのか。
 「?…………」
 私はまさに奇人変人、へそ曲がり、あるいは自己顕示欲の権化と思われていたようだ。何分にも信用度は高くない。しかし、松子はそれなりに信用度が高かった。
 そして更に留めとして、松子を呼びつけ、
 「松子ちゃん。確り監督、お願いしますね。もうじき啓蟄
(けいちつ)に入りますから、用心して下さい」と私へのよからぬ邪念の警戒を怠らないのである。
 「啓蟄ですか、まるで冬籠りしていた虫が、わるさをするようないいかたではないですか」
 「由紀子お姉さま、ご安心下さい。虫はわるさができないように去勢しておきますから」
 「おいおい、松子、それはないだろう。それでは生きる愉しみがないではないか。人生とは、己のうちなる矛盾の中に生きることだ。矛盾は矛盾のままに、そのままいじらずにいつまでも内臓しておくべきものだ。
 この矛盾を削り、整理し、辛さを消去し、分かり易くシンプルにしてしまうと、逆に自己中心主義と惻隠との板挟みになって、さらに次のどうしようもない、面白みのない機械的な人生しか残らなくなる。それでは退屈で孤独な人生のなって、人間お心を荒廃させてしまうではないか」
 「でも、幾ら退屈でないとしても、もうハラハラ・ドキドキの大スペクタル活劇はだめです。あたしは、いまは穏やかな凪がいいのです」由紀子が反論に懸かった。
 「それって、退屈しませんか」
 「いいえ!」
 「孤独ですよ」
 「孤独でも、波風の立たない方がいいわ」
 「本当にそう思っているのですか」
 「退屈と孤独に固執しませんが、しかし今は静かな凪がいいわ。人間、退屈と孤独だったとしても、ハラハラ・ドキドキの大スペクタル活劇の乱闘で死ぬようなことはありませんから」
 「そうでしょうか?」
 「退屈と孤独は経済状況とは無関係ですわ。貧乏でも孤独はあるし、金持ちでも退屈はありますわ、またその逆も」
 「まあまあ、お姉さま。白熱されると、お仕事に遅れますよ。朝の弁論大会はひとまずこれで打ち切り、その続きはご帰宅後に譲るとしては」松子のやつが巧いところでブレーキを掛けた。
 「それもそうね。では後ほど……。では、行ってきます」彼女が仕事に出掛けた。

 さて、残されて、つらつら考えてみる。
 退屈と孤独は金持ちでも貧乏でも関係ない。自分を「中流の上」と思い込んでいる中産階級にも、それは存在する。人は退屈紛れに、金銭を盗み、人を欺き、騙し、陥れ、隙あらば姦通に疾る。
 その元兇は、日常の日々が活劇化されていないからである。少なくとも戦乱が起こっている国の国民は退屈も孤独もないであろう。逆に、退屈と孤独は平和主義と経済繁栄の皮肉な副産物である。

 「清く正しく美しく……。でも、これって退屈よね。清廉である事は、則ち退屈でおもしろくも、おかしくもない。そのうえ大スペクタルにつきものの手に汗握るハラハラ・ドキドキがない。これって、最悪な人間味皆無の生き方だわ。だから由紀子さん、自分では退屈と孤独の怕さがよく分っていて、言う事と、する事が逆でありながら、その実、三流綱渡り師の健太郎兄さんに惹
(ひ)かれるのね」と松子が分析してみせる。
 「そうだろうか……」
 「そうでなければ、わたしに監督など恃むものですか。彼女ね、本当は退屈と孤独に耐えられないのよ」
 「それもそうだな。だいいち覗くなと言われて、覗かない馬鹿は居ないし、また他人
(ひと)から、愛想のある人とか、礼儀正しい人とか、律儀な人などと褒(ほ)められる人に、第一印象としては気持ちよく付き合える人に見えるが、本当のところは見えそうで見えないのが実情だ。肉の眼では、表面しか見えない。逆に粗暴だったり、人相が悪面だったり、意地が悪そうに見えたり、不機嫌そうに見えても別に気にする事はない。
 本性は実のところ、分からないからな。相手の心の裡
(うち)を忖度(すんたく)するのは表面ではない」
 「さて、そう決まると、少し躰馴らしに、お出掛けでもしましょうか。おんもに出たいでしょ?」
 「おいおい、出掛けるって。おれの行動範囲は制限されて、基本的には安静を申渡されているのだぞ」
 「それは、ヤワな人間牧場の柵の中に居る家畜に対して、でしょ。それとも、健太郎兄さんは軽輩なれど、痩せても枯れても武士の端くれじゃなかったのかしら。子平なんてねェ、脱臼したり
骨折しても、また斬られても十四秒以内に止血し、自分で治していたわ。それは決して蛮勇ではなかった。いつも、これを自己治療と言っていたわ。戦場医術って言うんですって。肩の脱臼でも、帯とその辺の樹木の枝を利用して直ぐに、自分でひょいと入れてしまってた。物凄く、タフだった」
 「では、そのタフが斬られて死んだのか!」驚きの聲
(こえ)を上げた。
 「そう。斬り方が残忍だった。捻りが加わっていたの。あたかも銃弾の銃創を髣髴とさせるような」
 「なに!銃創だと?!」
 「そう。健太郎兄さんが受けた傷とよく似ていた。打ち込まれた傷でなく抉
(えぐ)られ、捻りが加わった傷だった。だから出血が烈しかったのね。あんな傷、ただ刃物の傷ではないわ。意図的に刺殺を目的とした攻撃が加えられている。打法は残忍の一言という他ない。その得物は、刃部分がT字型になった戈(か)という戟(げき)であり、それは日本の武器でないわ。戈と矛(ほこと)を組み合わせた大陸固有の古武器で、その形態を採(と)ったものなの。要約すれば戈ということかしら」
 「なに!T字型になった戈だと?!」
 「心当たり、あるの?」
 「おれは、それをピッケルと思っていた。それは戈というのか?……」
 私はそのときのことを反芻してみた。あの男は偶然に出遭った私を殺そうとしたのでない。最初から殺す気持ちで攻撃して来たのである。単に擦れ違い態の出来事である。擦れ違った人間に脅しを掛けるだけで充分に効果がある。況
(ま)して安田組に雇われたのなら尚更だ。最初から、目障りな媒体として、私を挙げているのである。そして追う執念は異様だった。狙われたのは、松子などではなく、最初から私だったのである。
 では、これをどう理解すればいいのだ。
 あれは日本以外の国から放たれた工作員と考えたらどうだろうか。彼
(か)の国は、経済大国に急成長し、盤石(ばんじゃく)な城を持っている。こういう城を持つ国家元首は自国に敵意を抱いたり、批難する人間が気になるものだ。早いうちに潰してしまおうと思う。城が堅ければ堅いだけ、そういう衝動が起こるものだ。
 それに松子は、先ほどT字型になった、それを「戈」と言った。その意味からすれば、確かに私は狙われていたことになる。

 「だから、子平は擦れ違い態
(ざま)に、後ろ肩から打ち込まれ、その後、戈は前方に廻され、捻れた。
 その瞬間に袈裟斬りに左右何れかに斬り裂くの。そうすると日本刀で斬ったような斬り口が出来るの。
 でも、最初の一撃で捻りが加わっているため、第一打で弾丸のような銃創ができて、次に下段に引き裂くことにより、疵口が日本刀で斬ったようにパックリと開くの。そのため、後の止血もままならず、出血多量で死んだと言うことなの。悪魔のような仕業
(しわざ)だった。その悪魔の疵口と、よく似ているわ」
 「それを、由紀子は気付いたのか?!」
 「それはなかった。ただ、一般の外科医がするような治療法だったわ。でも彼女、いい腕していた」
 「治療手順を、おまえが横にいて指導したのだろう?」
 「ええ」
 松子はどうして治療手順を知っているのだろうか。専門の医学書を何処かで立ち読みしたのだろうか。あるいは図書館に通っていた痕跡があったから、そこで記憶したのだろうか。何れかに違いない。

 「では、もしおまえが、由紀子に呼ばれず、由紀子一人で治療していたらどうなっていた?」
 「由紀子さん。一つひとつの手順段階で、少し迷っていたわ、困ったふうに。だから時々、わたしが叱咤したの。そうすると、彼女、はっとして、われに返ったように次へと移ったわ。もしもだけれど、彼女一人だったら、健太郎兄さん、死んでいたかも知れない」
 「だから由紀子のやつ、おまえに土下座してでも、礼を述べよいっていたんだ。なるほど、おまえに、また大きな借りを作ってしまったようだ」
 「さて、お出掛けしますか。このくらいのことで、寝込んでいたら、子平に嗤
(わら)われるわよ」
 「ところで、子平直政の師匠は誰だ?」
 「それはねェ……、以外と近いところにいるのよ。それはねェ、山村ねェ……」
 「まさか、山村芳繧斎
(ほううんさい)ではあるまいな?」
 「そう、その先生」
 「なんだと!」
 「知っているの?」
 「知っているもなにもない。あの爺さまは、おれの師匠だ。もと陸軍省法務局『タカ』機関の先任将校・山村芳繧斎中佐。天下の奇人、また狂人。そして天下の色事師。頭は完全にいかれている。おれを玩具の如く、牛馬の如く使役し、重労役に服させる。その形容、言語で尽くし難し。さまに鬼畜、鬼そのもの」
 「でも、あのお爺ちゃん。わたしには、ものすごく優しいの」
 「おまえ、それで、以前そわそわにやにやしてたんだな。乳かなんか、爺さまに超テクニックでしゃぶられたか?あの爺さまだったら、遣るかも知れない。バキューム爺
(じじい)の異名もあるくらいだ」
 以前、その爺からバキュームされて、性感帯を刺戟されたか?と訊いた爺さまが、何と山村了繧斎とは。世間は狭いものだ。
 「バカなこと言わないで!」叱咤一喝である。
 「あの爺さま、あの歳で、女を極楽に、七、八回は往復させるからな。まさか?……、その極楽往生に、まんまと嵌められたのではあるまいなァ」
 「違うわよ!そんな人じゃない。人格者よ、立派な人」
 「それは作っているんだ。老獪
(ろうかい)で、世を憚る天下の策士だからな」
 この日、爺さまのところに行く羽目になった。この老獪なる老徒は、若い女には頗
(すこぶ)る優しい。


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