─────最初に暗闇から躍(おど)り出た際に、奴等の呼吸を読み取ったのである。
微妙に伝わる恐怖の息遣いを感じ取ったのである。私の呼吸が上がっていないのに比べ、奴等の呼吸は実に荒々しかった。
気持ちの上では、「此処で死んでもいい」という命を捨てた肚(はら)が出来上がっていた。恐らくその肚(はら)が、私を沈着冷静(ちんちゃく‐れいせい)にさせたのであろう。
したがって躰(からだ)を動かし、その動かし方が功を奏して、奴等の軽率な戦い方の盲点を的確に掴んでいたと言える。既に、命はないものと看做(みな)している私に対し、奴等は生きたい、死ぬのが怕(こわ)い、という恐怖感が、心の片隅にあったと思われる。
それは人間である以上当然であり、この世は最初から生きる事を前提として、全てのことが運ばれているのであるから、当然と言えば当然の事であるが、逆にそれが足枷(あしかせ)となり、心も、躰(からだ)も無駄な緊張を招くものである。
そして不安感から息遣いが、必要以上に荒くなるのである。私はそれに付け込み、そうなるであろうことを冷静に読み取っていたのである。
真の勇気とは、窮地(きゅうち)に至っても、恐怖心を克服することである。そこに活路があり、生きる突破口ができるのである。
私は集団から囲まれないように、常に、敵と一対一となるよう、後を追わせながら、振り向き(ざま)に、確実に追ってきた者に、砂の目潰しを食らわし、次々に頭を金槌で叩きつけた。
この「振り向き態」というのは、居掛之術(いかけ‐の‐じゅつ)でいう「蔭(かげ)を打つ」という儀法(ぎほう)に匹敵するものである。敵の吾(わ)が後を負わせ、敵は吾(われ)を影とも知らず、追い掛けて来る。つまり、敵は吾が影が「虚」と知らずに追い掛けているのである。そして充分に追い付き、「虚」に迫らんとした時、吾は「実」の正体を現し、振り向き態に恐怖を浴びせ掛けるのである。「虚」に深入りをさせ、深入りして来たところに「実」を浴びせ掛けるのである。
結い激するものは、「虚」の蔭に「実」が隠れているのを知らないのである。これは本当の夜戦での戦い方を知らない、未熟から出た愚行であった。
奴等はこの突拍子もない獰猛(どうもう)な攻撃に怖(お)じ気(け)付いたらしい。況(ま)して闇夜の出来事であれば、尚更(なおさら)であろう。奴等も人間なのである。平静を大いに失っていた。平静を失えば、人間の心に蔭を宿すものは、恐怖である恐怖に取り憑(つ)かれ、動きがぎこちなくなるのである。
人間の生存本能である、生きたいがために、死を恐れると言う弱点を、今私は充分に熟知していた。但し、この場だけではあるが……。
戦い始めて数分が過ぎたが、戦況は私に有利に働いていた。
故事(こじ)によれば、兵を疲れさせるのは、古くからの兵法家の「詭道(きどう)・奇策」とするところである。これが「奇手(きて/「きしゅ」とも)」の所以(ゆえん)である。こうした場合、小が大を制するには、奇抜な手段が必要なのだ。
不意打ちと、疑心暗鬼の心理作戦は、奴等の動きを封じており、然(しか)も用兵(戦いで軍隊を動かすこと)は拙劣(せつれつ)で、誰もが浮き足たっているように思えた。
そして命を捨てて戦う戦法は、凄じいものがあった。
叩きつけた者が、再び後を追ってこれないように、足払いを掛けて、その場に払い投げた。投げられたその殆どは、頭から地面に叩き付けられるように斃(たお)れていった。
砂とガラスの粉(こな)を混ぜた目潰しは、実に効果的であった。
この集団の中に、目潰しを持っている敵方は、私以外には存在せず、砂が奴等の周囲でばらまかれる度に、奴等は味方を私と間違えて、見境なく盲(めくら)滅法(めっぽう)に斬りつけるのであった。
時々、隙(すき)を見計らって、別の場所に陣取っていると思われる奴等の潜(ひそ)んだ場所に、石を拾って投げつけてやった。その落下する石の音を聞いただけで、私の居ない一部の場所では、声を張り上げて同士討ちが行われていた。
奴等は私から完全に呑まれていた。わが方が一人ではなく、集団だと思っているのである。闇夜の心理戦は見事に成功していた。
その原因の一つとして、奴等が、夜戦での訓練を受けておらず、戦術を心得ていない点も、私に大きく味方していたのである。
奴等は白昼の恐喝や、一般市民に対するイビリは、プロであったかも知れないが、戦場での実戦や、夜戦の戦い方においてはズブの素人であった。
幽(かす)かに外を照らした、弱い街灯の明かりで確認できたことは、叩く度に、数人がばたばたと斃(たお)れ、頭骨は陥没(かんぼつ)、あるいは脳座骨の状態にあるらしく、顔は血だらけになって蹲(うずくま)った。
その瞬間を狙って、低い位置から、左右の足で内へ外へと揺さぶりながら、斃れるまで、払い蹴りで足払いするのである。足払いされた者の多くは、後頭部から地面に突っ込み、直に起き上ってこなかった。低い位置からの足払いは、実に実践的な有効な技であった。
一般に空手や拳法などの蹴技は、顔面や上半身の上肢(じょうし)を狙って蹴るとされているが、こうしたものは複数の敵と戦う場合、あまり役に立たないし、効果的でない。上肢を連打で蹴り込んだところで、相手が上半身を腹筋などで鍛えていれば、こうした蹴りは、有効な極め手とはならないのである。
上肢を狙う高い蹴りは、スピードが遅いために、連打すれば疲れるばかりであり、それに反して、足の踝(くるぶし)を狙う足払いは、小回りが利(き)いて、短く、シャープに動かすことができ、確実に薙(なぎ)払う事が出来る。集団による乱戦では、蹴りというエネルギーの消耗の激しい無駄な動作は、無用の長物であった。
特に人間は、その直立歩行する軸足(じくあし)が左足であり、左足の上に心臓なども載っているのである。これだけでもエネルギーの消耗は激しく、況(ま)して心臓に懸(か)かる負担は大きい。実戦では、観客を意識したような華麗なコンビネーションなど必要無いのである。出来るだけエネルギーの消耗を控え、余力を残しつつ、敵を撹乱させると言うのが集団乱闘の戦い方である。
したがって、左足の踝だけを狙って、薙払うと効果が大きいのである。そして狙うチャンスは、左足を軸に、右足で蹴って来た時である。これは打撃系のローキックよりも有効であり、右足を蹴った瞬間、そこを狙って確実に払えば、必ず顛倒(てんとう)するのである。
昨今は、リングの上で、一対一の打撃系の試合興行が流行しているが、あれは一対一で、然も審判員(ジャッジ)がついており、ルールに則って試合進行がされているから死ぬ事もないのであり、こうした格闘技選手も、マタギ(東北地方の山間に居住する古い伝統を持った猟師の群で、「秋田またぎ」は特に有名である。起源として、磐次(ばんじ)磐三郎の伝説がある)と云われる東北地方の猟師と一緒に山に入れば、30分も経たないうちに道に捲(ま)かれ、彼等の相手ではないであろう。此処が二次元平面と三次元立体の違いである。
蹲(うずくま)り、転がった男達は、暫(しばら)く経ってから、呷(あえ)ぎ声を上げるという、音声と攻防の誤差があちらこちらで起こっていた。
この時、私に、一つだけはっきり云えることがあった。
それは奴等が此処で何が起っているか、そうした情況を全く掴み切れないでいたことであった。咄嗟(とっさ)の事で、それ程、何をされたか、奴等は分からずにいたようだ。
人間の心理として、これほど恐ろしいものはないのである。人間は、今、何が実際問題として起こっているか、それが把握(はあく)できない時に、その恐怖心は最大値を得る。そして、その関わっている相手が、何者なのか、こうした情報が入らない時に、人間は疑心暗鬼に陥り、自ら自滅していくのである。
道場での稽古上手でも、このような乱闘に際しては、私自身、会津自現流の技は全く出てこないらしい。それは私の修練の未熟のせいであろうが、専(もっぱ)ら金槌で叩き付ける方が早かったし、効果も覿面(てきめん)であった。
しかし奴等も、この惨劇(さんげき)に、黙って押(お)しまくられる程、馬鹿ではなかった。巻き返しが始まったのだ。
増援部隊のトラックが、もう一台やって来たのである。人数は十名に満たないものであったが、巻き返しを図る奴等にとって、この増援部隊は押しまくられていた現状から逆転させて、志気(しき)を鼓舞(こぶ)するのに充分な効果があったに違いない。
そして悪いことに、居合道場の用心棒が、そのトラックに乗っているのが微(かす)かに確認できた。
それは私の直感として、あの骨董屋で見た刀を持っている感じが、読み取れたからである。
先手を取られて押しまくられた場合、早い段階で反撃に転じなければならない。奴等は本能的に、それを悟ったらしい。この惨状(さんじょう)を奴等のうちの誰かが、上層部に報告したものと思われる。
更に奴等の誰かが、小型ダンプに駆(か)け寄ってエンジンをかけ、ゆっくり車を移動させながら、ヘットライトを私の居る方へ向けようとしていた。
ヘットライトの鋭い光りは、サーチライトの雷光(らいこう)のように、私の姿を照らし、その不敵な面構(つらがま)えを奴等に見せ付けたのである。私は慌(あわ)てて顔を隠し、光の届かない方向に身を隠した。それでも光りは執拗(しつよう)に追って来た。
時折、光の的が外れて、奴等たちが光の前に曝(さら)されることがあった。光に曝された追手の中には、拳銃を持っている者までいた。
私に威嚇(いかく)するように拳銃を構えて、今にも何処かに向けて発射するようなアクションが確認できた。これには流石(さすが)の私も恐怖を感じたが、遠距離から弾(たま)に当たって死ぬとは思われなかった。
この時分、沖縄駐留の米軍の横流し品と思えるコルト45・一挺が一万円前後、カービン銃・一挺が、五万円前後で買えた時代である。当時の暴力団は、三人に一人が拳銃を所持していたように思う。
ヘットライトに押し捲(まく)られて、ついに私も奴等から後ろに回り込まれ、数回、木刀でのような棒で後頭部を殴られた。この隙(すき)に、私の左肩には追手の何(いず)れかの者によって、鉄パイプのような鈍器(どんき)が左肩に打ち込まれた。ボクッと鈍く鎖骨(さこつ)を打たれた感じがした。余り痛みを伴わなかったので、傷は軽いと思っていたが意外と深手(ふかで)であった。
傷を負ってしまった以上、もう、奴等と戦うことはできない。草々に逃げなければならなかった。この予期しなかった不愉快な顛末(てんまつ)は、私に戦闘意欲を喪失(そうしつ)させる結果となっていた。
奴等は一度こっぴどくやられているだけに、戦意は異常に膨れ上がり、闘争心を剥(む)き出しにしていた。あちらこちらに潜(ひそ)んで、暗闇から私を襲う、伏兵化(ふくへいか)する恐れも十分にあった。
こうなったら退却である。即座に、計画していた退路に駆け走った。
一刻も早くこの場を逃げ出さなくては、と私は一瞬焦っていた。しかし気が焦るばかりで、躰は全くいうことをきいてくれなかった。そのうちに、鉄パイプで叩かれたところが、ズキズキと痛み出した。
私はやっとの思いで筋肉を動かし、右手で叩かれた左肩を抑えていた。
咄嗟(とっさ)に私は、頭の中に周辺の地図を広げた。そしてその退却路に従って走った。
これが私の、今回のサバイバル戦の中心的課題であった「戦略的退路」である。
その途中、私は出るだけの大声で、
「人殺し!助けてくれ!人殺しだ!警察に電話だ!人殺し!警察に電話だ!」と、何度も喚(わめ)き散らした。そしてポケットに、予め用意しておいた爆竹とタバコを取り出し、タバコに火を点(つ)け、その火を爆竹へと次々に点火させていった。この音で、当たりは騒然(そうぜん)となった。
この「人殺し」と「警察に電話だ」コールと爆竹で、私を追っていた奴等も慌(あわ)てざるをえなかったに違いない。奴等もまた、一斉(いっせい)に逃げる側に回らなければならなくなったのである。こういう敵を錯乱(さくらん)させる有効な心理を、利用しない手はないのだ。
おまけに、当時はクーラーなどない家が殆どで、八月の終わりとは言え、まだまだ暑い盛りである。窓を開け放している家が殆(ほとん)どなのである。夜中に大声を出せば、直ぐに知れ渡ってしまうのである。
私は大声と爆竹で、奴等をまんまと引っかけてやった。また、それだけ、私の後始末は簡単になり、事態収拾への新たな活路(かつろ)が開かれたのである。
ちなみに、昨今では、「人殺し!」などと叫ぶと、これは逆効果になって、誰もが事件に巻き込まれない為に、ドアに鍵を掛け、窓を閉めると言うが、当時は、まだクーラなどのエアコンの普及も珍しい頃で、「人殺し!」と喚いただけで、人が集まって来る時代であった。今とは大違いである。
したがって、今日では「人殺し」と言わずに、「火事だ!」と喚(わめ)いて、人を寄せ集めるそうである。人殺しと言えば警戒して家に閉じ篭(こも)るが、火事だと言えば、何処が火事なのか、それを確認する為に、人が外に出て来ると言う。世知辛(せちがら)い世の中になったものである。
さて、この騒ぎは、近所の住民から警察に通報されたが、私はその前に計画通りの退路から、誰にも見つけられることもなく逃亡を謀(はか)り、検挙の難だけは免れた。しかし、この事件は警察の知るところとなり、即座に、市内一帯に捜査網が敷かれ、至る所で通行車輌の検問をやっていた。
私は警棒式の拵(こしらえ)を金槌に施していたので、これを途中の道で落とさずにすんだ。金槌は、既に私の腰に指していて、手には何も持っていない状態になっていた。これがまた、私が怪しまれずに済んだ理由でもあった。
私はホッとして、安堵(あんど)の吐息を洩らした。「してやったり」という気持ちになっていた。だが、そうは簡単には、問屋は卸(おろ)さなかったのである。
私の歩く暗闇(くらやみ)の前方から、一人の男が近づいて来た。ここは電車通りであったが、深夜のため人気はなく、辺りはひっそりと静まり返っていた。時折、遠くからパトカーらしき、車のサイレンが聞こえるだけであった。
私は咄嗟(とっさ)に逃げることを考えた。しかし、私に、三つのことがそれを思い止まらせた。それは第一に、たった今の対決から、単に私が狼狽(うろた)え、被害妄想に取り憑(つ)かれ、疑心暗鬼に陥っているのではないかということであった。
第二に、その男の服装は真夏でもきちんと、背広にネクタイという如何にもサラリーマン風の恰好をしていて、銜(くわ)え煙草(たばこ)をして、呑気(のんき)な風体(ふうたい)で歩いていること。
第三に痩せ型で、分厚い眼鏡(めがね)を掛けていて、髪を櫛(くし)で丁寧に撫(な)で付け、几帳面(きちょうめん)で神経質な、市役所の市民係の窓口に居る、気の弱そうな下級官吏(かきゅう‐かんり)の職員を想像させ、クソ真面目な男に見えたことであった。
私は心の中で、この男は刑事なんかではない、まして奴等が先回りをさせたヒットマンではない、という一つの気の弛(ゆる)みがあった。
だから、疑心暗鬼に陥って、オドオドしてはいけない、という気持ちで、その男の横脇を擦(す)れ違おうとしていた。そして、その時だった。
その男の眼鏡に中の小さな目が、刃物のように鋭く炯(ひか)った。
そしてその対峙(たいじ)した距離は、僅かに一間(いっけん/六尺で約1.818m)。擦(す)れ違おうとする双方の影は、街灯に照らされて、地面に短く這(は)っていた。それが交差の瞬間に、急速に接近する死の影を感じた。
(待てよ、まさか。しかし……)と交互に否定と肯定が繰り返され、そして思い直した時機(とき)だった。
いきなり、その男は擦(す)れ違い態(ざま)に、背広の内側に隠し持っていた登山用のピッケルを振り翳(かざ)して、私の頭上目掛けて、それを叩き込んできたのである。
この時、初めてこの男が何者か、瞬時に分かったのである。
その打ち込みは躱(かわ)す隙(すき)が無いほど、鋭く速いものであった。プロの仕業(しわざ)であった。まさに『兵は詭道(きどう)なり』であった。
不覚にも、不意を衝(つ)かれていた。近ごろ現われたスーパー珍種のヒットマンであった。昨今は決して強そうでない奴が、ヒットマンをやっているようだ。
笑みを浮かべてニヤニヤ笑いながら、漫才師か道化師を装ったヒットマンすら居るという。あるいは知恵遅れの身体障害者を装って、ターゲットに接近すると言う。決して奴等は強そうに見えない。ターゲットにされた者は、辺りを警戒しながらも、この点を見落としてしまうらしい。また、そこが思う壷なのである。
例えば、イスラム圏から繰り出される自爆テロは、決して強そうでない者が進んで志願し、遂に自爆を遂げて、大勢を道連れにするのである。
私は、頭上に向かって直撃するピッケルの第一打を、何とか躱(かわ)したものの、第二打が襲い、先程鉄パイプらしき物で叩かれた、同じ場所を男の持つピッケルで打ち砕かれてしまったのである。
その第二打の鋭い襲撃は、私の頭上を外れたものの、左肩に突き刺さったのであった。
それはまるで、肩から背中にかけての不随意筋(ふずいきん)に、高圧電流が疾(はし)るかのような激痛であった。一瞬の躊躇(ちゅうちょ)と、油断した隙(すき)を狙われたものであった。この男に対する観察眼が甘かったのだ。そう思っても後の祭りであった。
そしてその男の第三打が、今まさに打ち込まれようとしていた。
下手をすればこの儘(まま)、この男のピッケルに叩き殺されてしまうのではないかという、恐怖感を抱いた。暫(しばら)くの緊張が続き、私は身構えて、この男と格闘しなければならないと思っていた。
しかし道路の向こう側から、赤い点滅灯(てんめつ‐とう)をつけたパトカーがこちらに近づいて来た。その男は何事もなかったように、自分の持っていたピッケルを上着の内側に仕舞い込み、急ぎ足でこの場から立ち去り、私は走って近くのトラックの車輪の下に潜り込んだ。
●絶体絶命
キリキリ痛む左肩を抑えて、その掌(てのひら)に付着したものは、ベットリとした血であった。この儘(まま)、男と格闘していたら、あのピッケルで殺されたかも知れないという虞(おそ)れを感じていた。まさに間一髪(かん‐いっぱつ)だった。
しかし、あまりの恐ろしさに何故(なぜ)か、震(ふる)えが止まらなかった。また、足が竦(すく)んだ感じだった。肌に寒さが疾(はし)った。冷えが凝縮している感じだった。気付いた時には怯(おび)えが取り憑(つ)いていた。足が竦んで動けなかった。一度取り憑いた恐怖は、中々消える者ではない。
心の中で、「動け、怯懦(きょうだ)を捨てて」と気合いを懸(か)けるが、思うように動けなかった。臆病風に取り憑(つ)かれると、確実に死ぬ。そんな死の予感が辺を支配していた。危険を悟り、死を夢想する感覚が動かなくするのである。とにかく死に物狂いで、竦(すく)んだ位置から、生に向けての第一歩を踏み出したのである。生と死は、まさに自分自身の中にあったのである。そして、人間は撹乱状態に追い込まれ、一旦恐怖に取り付かれてしまうと、今まで覚悟が出来ていた死の恐怖の克服も、一挙に崩壊するものなのである。
再度の攻撃を警戒して、私は自分の指の関節が痛くなる程しっかりと、対決に使った金槌を握り締めていた。
パトカーが通り過ぎた後、また靴音が響いて来た。あの男が、私をまだ探しているらしかった。
死刑執行人のような男は、以外にしつこく私を追い回していた。執拗(しつよう)な程に……。
何と凄(すご)い奴だと思った。狡猾(こうかつ)な奴だと思った。
あれでこそプロなのだという、畏敬(いけい)の念に似たものを感じていた。世の中には、表面上は決して強そうに見えないが、一旦行動に及ぶと、猛威を奮って襲って来る者がいるのである。「殴殺(おうさつ)する」という次元において、奴等の方が数段上らしい。また、凶器を用いての「鏖殺(おうさつ)の法」も長(た)けているだろう。
ではプロのヒットマンと、武術家はどちらが戦闘において優れているのか、と自問自答した時、その腕の差もあるが、要は残忍性で、残虐(ざんぎゃく)な面では、情容赦(なさけ‐ようしゃ)の無いヒットマンに適(かな)う筈がなかった。彼等は高等訓練において、人間を簡単に鏖殺する方法を知っているからである。人殺しをしない武術家と、人殺しをするヒットマンでは、その「殺し」においてのレベルが違うのである。
そういう結論に辿り着くと、躰中の震(ふる)えと、戦慄(せんりつ)が更に趨(はし)り、一瞬の迷いに似た錯乱状態に陥ったのであった。肩の傷が焼け付くように痛くなってきた。
そして段々靴音がこちらに近づいて来た。
これまで私は何度か、九死に一生の急場のピンチを切り抜けて来た。どんな状態にあっても、死ぬ事はなかった。しかし今は、文字通りの満身創痍(まんしん‐そうい)であった。私は逃げ場は、完全に失われていたのである。最期は迫ったものと覚悟しなければならなかった。心の中で、享年23かと呟(つぶ)いてみる。短い人生だったと思ってみる。
顔や手は、トラックの下から漏(も)れているオイルやグリースで汚れ、また道路の埃(ほこり)で汚れ、もう既に、地獄行脚(じごく‐あんぎゃ)を繰り返していた。
意識は錯乱状態に中で、朦朧(もうろう)とし、ややともすれば気が遠くなろうとしていた。後は闘い敗れて、頽廃(はいたい)に陥り、破滅にのめり込む末路が残されているだけだった。それは私の死を暗示するような……もう、絶体絶命の窮地であった。躰(からだ)も命も、極まるほどの、とうてい逃れられない困難な状態に立たされていたのだ。
最早(もはや)これまでと、早々に覚悟を決めて、死の訪れを待つような気持ちだった。此処で死ぬ、これが私の偽わざる覚悟の程であった。それは恐怖だった。脳裡(のうり)には、火の箭(や)のようなものが駆け抜けていた。これまでの様々な思いが、光の洪水となって過(よ)っていた。それは恐らく死が迫っているからだろう。
このままでは2〜3分後には、私は、この世から消えていなくなってしまうだろうと思っていた。私の死体は無残に、この電車通りの路上に放置され、明日の新聞の朝刊には殺人事件として、三面記事を賑(にぎ)わすかも知れない。そんな気持ちで、もう幾らもない死刑執行の時間を待っていた。
私の躰(からだ)には、全身に熱い血と、アドレナリンが一緒(いっしょ)くたになって駆け巡っていた。もう、これ迄だった。戦う気力すらなくなりかけていた。そして躰も、いうことを利いてくれなかった。
やがて、私の隠れていたトラックの下で靴音が止まった。
「チェ、何とすばしっこい奴だ。まるで猫みたいだ」
男は何やら独り言を吐き捨てるように呟(つぶや)いた。
私は、ただ必死で金槌を握りしめた。しかし、この場所もやがて発見されるだろう。肩に深傷(ふかで)を負いながら、いま動くことは死を意味するが、このままでいても、結果は同じことだろう。やがて動けなくなって、出血多量に陥り、後は死が待っているのである。
男の足音が直ぐそこに近付いた。数メートルもないところまで。
私の気持ちは極度に張り詰め、必死で金槌を握りしめる以外なかった。震える手で、金槌を握りしめていた。
遂に最期かと思い、眼を固く閉じようとした時、何かの暖かい息と影の動きを感じた。
そしてその男が、無造作にトラックの下を顔ごと覗(のぞ)き込んだ時、私はしっかりと握った金槌を水平に薙(な)ぎ払って、その男の顔面目掛けて叩き付けた。ガチャという音がした。どうやら、その男の眼鏡に当たったらしい。あるいは顔面を一撃下かも知れない。男はギャーという悲鳴を上げて、地面に顛倒(てんとう)した。
この瞬間に、私の今までの諦め気味な、磊落(らいらく)な厭世観(えんせい‐かん)は消し飛んでいた。
今は死闘を繰り返して、この男の息の根を止めなければならないという、殺意に似た、捨て身の構えが、私を支えていた。此処で私の夢想した無分別は、これで成就するのだった。
無分別は私を気丈にした。カッと眦(まなじり)を見開いた。眦が裂けるのではないかと思うくらいの激しさで、カッと見開いた。貴様は俺が喰(く)えるのかというくらいに、激しさを込めて両眼を見開いたのだった。私の最期を予期しての、最後の死に物狂いの恫喝(どうかつ)であった。そして喰うがよいと思う。
来て、俺を啖(く)えと思う。血に飢えた者は、俺を啖らって腹を充(み)たすがよい。啖われてやろうじゃないか。そう思う。私には、瘧(おこり)に似たものがあった。まるでマラリアに罹(かか)った病人が、隔日または毎日一定時間に発熱するあの間欠熱(かんけつ‐ねつ)のように、それに取り憑(つ)かれたのだった。一種の居直りであったのかも知れない。
心は猛り狂った。
殺せ、殺してしまえ、何としても殺してしまえ、何を躊躇(ためら)うことがあろう。今はこの男を殺すべきだという、野性が猛り狂っていた。殺されない為には、殺すしかなかった。反撃に出るのは今しかなかった。その機会を失えば、こちらが殺されるのだ。
男の顔は鈍い街頭の光に照らされて、眼鏡が壊(こわ)れ、鼻骨と眼の部分から血を流していた。だが此処(ここ)で、この男を叩かなければ再び襲われて、今度こそ一巻の終りになる。一塊(いっかい)の原形質と化す。そう思うと、金槌を振り上げた。それはこの男を殺すために!
戦闘の鉄則に従えば、傷ついた敵は殺さなければならない。それを躊躇(ちゅうちょ)していると、今度は自分が殺される側になってしまうのだ。これに躊躇(ためら)えば外すことになる。外せば、こちらが殺されてしまうのだ。
男は声が出せずにいて、片手で眼を押さえ、もい一方の手で、私に「待ってくれ」というゼスチャーをしきりに送っている。
やはりこの男も、私同様に怕(こわ)いのである。気の小さな小心者同士が、まるで蝸牛(かくぎゅう)の角(つの)の上で争う様な、小さな戦いを振り広げていた。
私は、何処かそれを、遠くから第三者の眼になって、遠望していたような気持ちに襲われた。
何と小さなことで争っているのだろう、という悲しい気持ちが脳裡(のうり)を過(よぎ)った。
私は振り上げた金槌を静に降ろした。男は救われたように、その場に崩れた。
しかし、この男の事だ。また私を狙うのは必定である。狙われては叶わないと思って、今度は片足の膝の半月盤(はんげつ‐ばん)を厭(いや)という程叩いて、この場を走って逃げ去った。走る途中、男の大袈裟(おおげさ)な呻(うめ)き声が、暫(しばら)く耳に残ったが、やがて離れるにつれ、それも消えた。
そして私は、自分がまだ死ねない運命であることを悟った。
少なくとも、この場では死ねないと思った。早くアパートに帰り着きたかった。だが躰(からだ)が思うように動かなかった。意欲だけは生きようと藻掻(もが)いているのだが、肝腎の躰が言うことを利(き)かなかった。震(ふる)えが止まらなかった。躰がやたらと熱ぽい。それでいて悪寒を感じる。私は恐怖のあまりの戦慄(せんりつ)に怯(おび)え、周りの物音が耳に入らなかった。
─────ふらふらと暫(しばら)く歩いていると、寝るには丁度よさそうな、水の流れていない乾いた幅広の溝(みぞ)があった。その前に来ると、地べたを這(は)うようにして、溝の中に崩れ込んだ。
溝の中は、日中の陽差しの温もりがあるが、時折、吹く付ける深夜の夜風は、私に悪寒を感じさせた。しかし此処なら幾らか、夜風が凌(しの)げそうな感じだった。
自分の躰がこの後、どうなろうと問題ではなかった。最早(もはや)死は、恐れるにたりぬものになっていた。寧(むし)ろこの儘、静に死を臨む気持ちすらあった。
これは現実ではないのだ、そう何度も自分に言い聞かせた。この溝は、肉体的安楽と、安楽死の遂行を保障する緊急非難の場所のように思われた。それ以上は何も考えられない頭になっていた。
私は最も痛みの少ない姿勢を捜して、躰(からだ)をよじりながら、その方向に傾けていた。それでも時折焼け付くような痛みを、左肩に意識した。躰中の筋肉に、どっしりとした酸性物質から放出される疲労感が襲って来た。私は静かに眼を閉じた。「今は静かに休むことだ」と自分に言い聞かせた。
もうこれ以上、何処にも行けない。動く気持ちも起らなかった。此処でこの儘(まま)、じっとしていたかった。もう救いを求める相手はいなかった。由紀子は今頃どうしているだろうかと、それだけが気に懸(か)かったが、それも直ぐに遠のいた。
私は躰の右半分を下にして、胎児(たいじ)のように膝を折曲げ、身動き一つ出来ないでいた。そしてこの儘、何分間か眠って、早く楽になろうと思いながら、意識を失ったようだった。
そして、次に気付いたのは、乞食のような男から棒で躰(からだ)を突つかれた時であった。
「おい、おい、」と、誰かがしきりに声を懸(か)けている。
私は一瞬ハッとした。恐らくこの男は、私が生きているか死んでいるか、それを確認するために、棒のようなものでつついたのであろう。
此処にも、第二にヒットマンが来たのではないかと、一瞬身を捩(よじ)りハッとしたが、その顔には殺意など、全く感じられなかった。第一、ヒットマンなら、棒でつついたりなどせず、一思いに有無も言わせず、私を殺していたことであろう。
そしてもし、この男が第二のヒットマンであったのなら、「この儘(まま)殺してくれ」と頼むつもりでいた。もう、疲れていたのである。動きたくなかったのである。この儘、静かに息を引き取りたかったのである。私は、既に死の誘惑に駆られていたのである。
男は、私をぬーっと覗き込んだ。その薄汚れたその髭面(ひげづら)の男は、怖々(こわごわ)と私に近寄って、まず生死を確かめている様子だった。私は髭面の男に答えるのが面倒であった。
「放っといてくれ」
「うあーッ、喋った。てっきり死んでいるかと思ったが……」髭面の男が吃驚(びっくり)して飛び上がるように云った。
「あっちへ行ってくれ。無闇(むやみ)に知らない者に話しかけるんじゃない」不機嫌に云った。
私は目を閉じた儘、説教じみたような事を云っていた。その言葉を素直に聞いたのか、この髭面の男は直ぐに居なくなっていた。
また、うとうとと微睡(まどろ)むような眠気が襲って来た。そんなところに、さっきの乞食のような髭面の男がやって来た。
「おい、これ」
その髭面の男を眠気眼(ねむけ‐まなこ)で、ぼんやりと眺めると、溝の上から屈むようにして、私にカップ麺のような器を差し出した。そこには湯気が出ていた。どこか生命の息吹(いぶき)を感じる湯気だった。
この男は、見ず知らずの人間の身を案じて、戻って来たようだった。
「おい、これ飲めよ」
「……………」私は黙っていたが、男はしきりに勧める。
「元気が出るぞ。これ飲めよ」
まさか毒の入った食べ物ではあるまい。私は少し不信げに首を持ち上げて、男を見据えた。
「……………」
私は睨(にら)むように見据えた儘(まま)であったが、この男の眼は優しく笑い懸けていた。敵意など一切感じられない。確かに眼は優しく笑っていた。
「口にすれば元気が出るぞ。そこの自動販売機で今買って来たばかりだ」
どうやら男は、私が宿なしで、腹を減らして、行き斃(だお)れで、斃れていると思ったらしい。
私は素直に上半身を起して、この好意を受けることにした。男の言葉通りに、それを口にすると、何だか不思議に元気が湧いてきて、死に傾いていた天秤棒(てんびん‐ぼう)が、一気に生の方に、向きを変えたようだった。
私はこれを二口程すすっただけで、後は男に渡した。暑い盛りの暑い日に、熱い物を摂るのは、逆の意味で体温調節に効くのである。体内に熱い物が入って、萎(な)えていた肉体は僅かばかりに蘇(よみがえ)ったようだった。
「有難う、何だか元気が出た。本当に有難う」
私は何度か頭を下げ、礼を云って、財布の中の、血で縁が汚れた五千円札を握らせやった。男はそれを握ったまま、呆然(あぜん)と立ち尽くしていた。私がこの場を立ち去る際、男に握らせた五千円札は、ささやかな礼のつもりであった。
身も知らぬ男が、自分とは全く無関係な私の安否を気遣い、そして励ましてくれた。世の中は、まだまだ捨てたものではない。その「捨てたものではない世の中」で、また、これくらいの礼儀を尽くすことは、感謝の気持ちとして極めて当然の事であろう。
幸運の女神は、まだまだ私に微笑みを投げかけていると思った。それは丁度、いまの男が、私に微笑みを投げかけたように……。
私は肉体労働の疲れ果てた浮浪者のように、覚束無(おぼつか‐な)い足でふらふらと歩きながら、兎(と)に角(かく)アパートを目指して、帰りを急いだ。
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