運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 58

防禦とは弱いところを隠したり、保身や保護一辺倒に奔(はし)ることではない。弱いところも、時には表に出し、風雨に曝し、鍛えて強化しておく必要がある。そうしなければ、耐性を得ることが出来ない。


●緋縮緬

 「ねえ、健太郎兄さん。何だか、顔色が悪い。熱でもあるの?」松子が訊いた。
 彼女とは、門司港の、さるお屋敷の二人の姉妹に家庭教師を終えて、帰る途中であった。
 個別指導の看板娘は、能
(よ)く機能していた。
 文でも武でも、清濁併せ呑み、禍福を糾
(あざな)った縄として、裏も表も知る重宝なやつである。あるいは現世を、善悪綯い交ぜの世界と感得しているからだろうか。
 『松子サヤン』は娑婆でも闇でも、能く機能する。表の清規
(せいき)でも、裏の陋規(ろうき)でも、ちゃんと機能する。表街道ならびに裏街道においても、あたかも水陸両用車のような働きをする。
 しかし、とは言え、所詮
(しょせん)は女である。男が守ってやるべき存在である。

 門司港の高台にある“さるお屋敷”の家庭教師は、この日
(土曜日)、私の都合で、授業を夕刻に時間帯に変更してもらったのである。そして授業の終了は、午後11時を廻っていた。かなり遅い時間であった。その帰り道である。
 「そうかな」顔色が悪いといわれても自分では分からない。
 「そうかなって、本当に顔色、悪いわよ。こういう場合は、慎んで狼狽
(ろうばい)するものよ」
 奇妙な言い回しで反論した。松子は綺麗な、小さな貌を膨らませて、叱咤するように言った。
 「さて、慎んで狼狽とは、これ如何に?……」
 確かに、私には今、急速に機が熟す秋
(とき)を感じつつ、決戦を目前に控えて、まさに特攻隊員の出撃前夜を思わせていた。思わず武者震いして、緊張も疾る。小心者なるが故にである。あるいは決戦を前に、日々緊張が高まり、それが継続されていたのかも知れない。平常心を装っていても、内心は穏やかではなかった。
 「松子。ここまで遣ってくるルートを覚えたか?」
 「どういうこと?」
 「もし、もしもだ。おれが死なずとも、斃
(たお)れることがあれば、暫(しばら)く寝込むだろう。
 だが、それでは困る。おれの目論んだ山師的計画が頓挫
(とんざ)する。もしもの場合は、おまえが彼女ら二人の『ご学友』として、おれに代わり、粉骨砕身し、肩代わりを恃(たの)む。そして身を挺して、ご学友業に励み、おれにの憂国の情のささやかな願いを聞き届けて貰いたい」
 「なにをバカなことをいっているのよ」
 「おまえは変わった。想像も付かないくらい急速に変化した。それ以前は変通自在な心の佇
(たたずまい)を眠らせていた筈だ。だが此処に至って目覚めた。そのように映る。その自覚、おまえにもあるだろう?」
 「分からない。でも、変わったことは確かかな」
 彼女は、人間は時間とともに変わることを認識したようである。
 「それでいい。万一、変通自在なる趣
(おもむき)を乏しくさせるとどうなるか、教えてやろう。まず人間に臭いのあることの自覚を失えば、これは凶だ。世に自覚症状の無いまま人生を送っている人は多いが、それでは運気は低迷の一途を辿る。苦しみ、悩み、迷う。これを『凶』という」
 「なるほど、造詣の深いお言葉」と茶化すようにいう。

 「曰
(いわ)く、人間の臭いに三つあると言う。先ず体臭。
 体臭の出所は『九竅
(きゅうきょう)』であり、臭液が出る九つの穴のことだ。人間や哺乳動物の身体には、九つの穴がある。則(すなわ)ち、両眼・両耳・両鼻孔・口を陽竅といい、後陰・前陰を陰竅とよび、これを総称して九竅という。これが体臭という匂い。皮膚の汗腺と皮脂腺の分泌物から生じる一種の臭気孔だ。
 次に心の匂い。則ち、これを心臭という。
 心には様々な匂いがある。喜怒哀楽から起こる臭いだ。
 喜ぶときの匂いを喜臭
(きにしゅう)、怒るときの匂いを怒臭(どしゅう)、哀しいときの匂いを哀臭(あいしゅう)、楽しいときの匂いを楽臭(らくしゅう)という。総称して心臭という。そして心の臭いには、人生の苦に纏(まつわ)る苦臭がある。その苦臭の中に迷臭と悩臭がある。慎みを忘れれば妄臭となる。総てそれぞれに特有の臭いがある。その臭いが、その人の現状を顕している。苦・悩・迷・妄が心の佇まいの臭いである。
 更に霊臭というものがある。
 霊魂から漏洩する匂いである。これらを総合して、人間には三つの臭いがある。
 特に気をつけねばならぬ臭いは、最後の霊臭。霊臭を放置しては運が去る。そもそも運は、臭いところから去る性質がある。運は臭いを嫌うのだ。
 では、その虚とはなにか。
 運はその人の臭いの虚を衝いて診断をする法則で動いている。つまりだ。
 人生を横着に生きている輩
(やから)を徹底的に嫌うことだ。人間の横着はどう言う側面に転がっているか。
 端的には九竅の不手入れによる。これらの孔
(あな)を清潔にしない。汚れたまま放置する。不浄にする。これが穢(けが)れである。それは自分への甘えの妥協からおこる。甘えの構造は、人間を顛落させる構造を持っている。甘えは浸れば腐る。馴染めば溺れる。頼れば去る。それは非を衝かれる元兇となる。
 では、非とはなにか。
 道理に合わない性質による。道に背く。背けば無恥だ。則ち、恥じらいを失えば弛
(ゆる)む。学ぶことを怠れば飽きる。飽きれば奢る。奢れば譲り、かつ遠慮を忘れる。忘れれば祝福を失う。また押しが強ければ、やがて巡って、同じ量だけ報いを受ける。祝福は遠ざかる。総て人間の臭いから出たもの。
 人生は、また如何にして、己が臭いを無臭に近付けるかが課題である。臭いは不浄だ。それを知って、臭気を極力排除し、香水に頼らぬ無臭への努力を怠るな。運気向上は、如何に臭いを消すか、それに懸かる。その探求を怠るな。
 ところで、おまえの変化、端的に言おう。悪臭が消えたことだ。人間は食の塊である。その人が何を食べているかで臭いも変化する。同時に種類で重量が異なってくる。肉や乳製品の動タンパク中心だと、糞は重くなって水に沈む。玄米を中心にした穀物菜食をしていれば、糞は水に浮ぶ。軽重で運が左右する。毎日正しい排便をして、常に、糞で運気を確認せよ」

 「長々と、ありがたい科学的不根拠の『臭説』を、ありがたくご拝聴させて頂きました」
 「なに!科学的不根拠だと?」
 「でも『臭説』には、確かに一利あります。でも、わたしが草鞋を脱いでいる御内
(おうち)岩崎家は、何ぶんにも水洗ではありません。軽重を測りたいのはやまやまなれど、前近代的な“ぽてちん式”では如何せん、非文明的な悪環境のままで、どうして浮くか、沈むかを確認したらよろしいのでしょか?」
 「なかなか説得力があるなァ」
 「つらつら考えてみますに、岩崎家は未だに汲み取り式です。軽重は測定不可能。さて、肥汲みをする、わたくしの身にもなって、前近代的なものを改善して頂きたく思います。いかがでしょうか!」といって迫りやがった。
 「うぬ!」非を衝かれて狼狽した。確かに道理である。
 「掃溜めに鶴ならぬ、肥溜めに鶴の心境、心からお察して頂きたいわ」
 「それは、まあ俟
(ま)て。先立つものがない、いま暫く……」
 とんだ方向に話しが反れた。『臭説』は藪蛇だった。
 「体臭、心臭、霊臭と申しましても、基本環境が整っておりませんわ」
 「言わんとするところはよくわかる、いま暫く……」
 「俟ってもよろしゅうございますが、いつまで?」
 「いま暫くだ。おまえから突っ込みを受けると、悪寒を覚える。やはり熱があるようだ。慎んで狼狽することにする」
 こういう四方山話をしつつ、門司の丘陵地を下っているところであった。

 いま思えば、時代の転機は昭和47年から49年頃に急速な変化が起こっていたと感得する。それは流行やファッションにも見られた。人の考え方や服装にもその徴候が顕われていたように思う。そして昭和50年に至ると、これまでの価値感が一転する。
 その最も顕著な現れが、富の形態に大きな変化が起こったことである。価値観の二分である。
 現代人を霊的に見れば、二種類に分離したことである。これは単に食の好みから起こる食意識ではない。
 またベジタリアンか否かでもない。そのベースには勿論、食が絡んでいたことは否めないが、人間の種属は霊人
(たまびと)と獣人(けだものびと)に二分したように思う。併せて「愛」と言う定義も二分した。
 愛の基礎が大きく変化したのである。かつての純愛は価値観を失い、以降、肉愛に譲ることになる。かつての愛は墜落したのである。神の死とともに愛は墜落し、墜落した愛は一人歩きし、隅々に伝搬した。今や、不倫一つ挙げても、大道を闊歩しはじめ、情愛にも多様性を生んでいる。その多様性の中で、霊と魂の分野にも変化が顕われた。かつての全体主義は、個人主義に変貌を遂げた。自己中心的世界の謳歌
(おうか)である。

 坂道を下って門司港駅についた。
 だが、そこで唖然としたことは、たったいま最終列車が出発したことだった。
 乗るべき筈の赤いランプの終列車は、今し方、出たところであった。何と言う不覚、何と言う迂闊。
 彼
(か)のお宅では帰り際、駅まで送ると言ってくれると言った。が、それでは甚だ申し訳ない。そこで徒歩で駅まで歩いたのだが、この歩行ペースに問題があった。遅過ぎた。体調不良のためか。
 さて、午前零時に少し時間があるこの時間、駅前にはタクシーが一台も居なかった。この時刻は辺りも恐ろしいくらい静まり、寂寥一色となる。更に西鉄の路面電車は終電を終えていた。バスもない。
 では、次はとなると、駅の時刻表では始発が午前5時10分であった。まだ5時間以上もある。人影もなく車もいなくなり、店屋も締まっている。一種のゴーストタウンだった。
 駅では、深夜の待合室の使用が禁じられているため、かつてのように一夜を明かすということは出来なくなっていた。最終列車が出てしまうと、駅からは締め出されてしまうのである。
 そのうえタクシーも路面電車もバスも終了していた。これでは足がない。仮に国道三号線を西に向かって歩行すれば、何れ家には帰り着こうであろうが、この距離では憚れる。況
(ま)して微熱があればなおさらだ。下手をすればこじらせる。大事を取りたい。決戦前の躰である。大事をとるしかないが、さて現状はどうしたものか。

 「やはり、顔色が悪い。腫れぼったい」それは、お多福風邪のようなと言いたかったのだをうか。
 「そうかな」
 「熱は?」松子が私の額に手を当てた。
 「どうだ、平熱だろう」
 「熱い!……」やや驚いたように言った。
 「大丈夫だ」
 「そうかしら」疑念を崩さない。
 「心配要らん」
 「でも、額が熱い。だいじょうぶ?」彼女の懸念は解けないでいた。
 「ああ」
 「ねえ、健太郎兄さん。あそこで休みましょう」松子が指を差した。
 そこは派手なネオンが煌々としている場所だった。
 「うム?……、バカ、あれはラブ・ホテルだ。拙
(まず)かろう」
 「なに言ってるのよ、緊急避難に拙かろうも、へったくれもない。いまは休むこと。大事な躰でしょ。さあ行くぞ!」
 「ちょっと俟て」
 「俟てって?」
 「あのなァ、ああいうところは、心の準備が居る」
 「なにいってるの!緊急避難に心の準備もなにもあるものですか」
 「この構図では誰が見ても女子高生を誑
(たぶら)かしたとしか映らん。世間の誤解を招く。軽輩なれど痩せても枯れても、おれは武士の端くれ。これでは武士ともあろう者が非常に拙い。世間さまに顔向けできん」
 「大袈裟なこと言わないでよ、本当は怕
(こわ)いんでしょ?」心中を覗くようなことを訊いた。
 「うム?……」
 これには複数のことが絡んでいた。複雑な心境である。わが心の裡を読まんでくれと言いたかった。
 
 「なにをいってるのよ。こんなときに世間体なんか気にしてどうするの、武士の端くれでしょ」
 私は松子に引き摺られて、“IN
(中へ)”と点滅する派手なネオンの、ピンク一色で統一されたラブ・ホテルに入った。その行為自体が狂気の沙汰であった。些かの咎(とが)めが疾った。
 「おい、正気か?」
 「ええ、正気!」
 「おい、拙いだろうが……」
 私は世間の常識を憚
(はばか)っていた。これは何処から見ても憚るべき光景である。それゆえ、先ず歩いて表から堂々と入る馬鹿は居ない。裏口から車で、貌を隠すように入るのが“お忍び”の基本である。
 だがしかし、と言いたい。松子はホテルの小さな受付で、「男一枚、女一枚」と、まるで風呂屋にでも入るようにいって、「ねえ、早く入場料払ってちょうだい」と私に促すのであった。なんとも拙い構図であった。
 使用料は休憩3,000円、泊まり7,000円となっていた。“お忍び”で裏からではなく、表から堂々とであった。そして直ぐに誤解が生じた。
 そのとき受付の婆さんが「お客さん、なかなか遣るね、女子高生を手玉にとるとは。エレベータで、三階の302号室だよ。どうぞ、ごゆっくり」とニタニタしながら抜かし上がった。こういうとき、「そういうのじゃない」といっても、絶対に信じてもらえないだろう。まず、女子高生を誑かし、今から手込めにすると映ったのだろう。強姦される光景を想像したのであろうか。

 「エレベータで三階の302号室だって。わたし、ちょっと用があるから、先に行ってて」
 松子の“ちょっと”の意味が理解できなかった。それを女特有の生理的なものか、何かだろうと思った。これが後で大きな誤算を生むことになる。それから5分ほどして、部屋に入って来た。
 「どうした?」
 「ちょっとね」謎めいた言い方だった。
 「此処が、どう言うところか知っているのか?」
 「ホテルでしょ」
 「それはそうだが、ラブがついているところが拙いんだ」
 「どう拙いの?」
 「おまえ、十九もなって未だネンネか」
 「もう子供じゃないわ」
 「あのなァ、此処は、つまりだなァ」
 「不倫または婚前の男女が、自由恋愛の大義名分を掲げて、無節操に戯れるところ……、でしょ」
 「そうだ。上になったり下になったり、ワンワンでバックから突ついたり、ヘリコプターで一回転したり、帆掛け船の帆を張ったり、世を憚る男女がお忍びで遣って来て、夜を徹して性交遊戯にふけるところだ。
 だから非常に拙いだろう、わかるか。受付の婆さんがだなァ、おれに、『なかなか遣るね、女子高生を手玉にとるとは』と抜かしおった。おれの状況は、既に最悪の誤解を招いている。この意味、わかるだろ」
 「わからない」ふて腐れていった。
 「あのなァ……。いいか、よう聴け。受付婆さんがだなあ、女子高生がすけこまされて、手込めにされているなどと警察に通報しただらだなァ。もし踏み込まれてだ、おまえが年齢を訊かれて、面白半分に15歳ですなどと言ったとする。そうなると、おれはだなァ。即、淫行勧誘罪の現行犯で逮捕される」
 「そういう場面も、おもしろいかも」と揶揄
(からか)うようにいった。
 「おいおい。入場しているだけで、淫行の嫌疑が懸かるのだぞ」
 「その言い訳って、世間が怕いから?それとも、わたしへの遠慮なの?」
 「そういうことじゃない」首を振った。
 「あのね、誤解していると思うのよね」
 「なんの誤解だ?!」
 「わたしね、緋縮緬
(ひぢりめん)なの……」
 「それは……、例えば、桜に絡む緋縮緬……というやつか?」
 緋縮緬とは彫物を入れていることを指す隠語である。これは白浪五人男・弁天小僧菊之助の『桜に絡む緋縮緬』から来ている。
 「そう!見せて上げましょうか」
 そういって制服の上衣を脱ぎ始めた。だが行為に、何か羞
(はじ)らいがあった。少女の表情である。
 「おいおい、本気なのか。やめろ、そういうことは拙いじゃないか」
 「でも、やめない」ついに天邪鬼
(あま‐の‐じゃく)になった。少しばかり、居直りがあった。
 「バカな事するな。そんなことしたら悩殺されて、坐っても立つじゃないか」
 「それ、ユーモアのつもり?」侮蔑の冷ややか視線が返された。
 「いや、細やかな現代流の低俗諷刺……」自分でも凋
(しぼ)むのを覚えた。
 「笑えない、最低。でも勇気があるなら、抱いてもいいわ。前からでも後ろからでも、お好きにどうぞ」
 「おい、勘違いするな」
 こう制したが無駄であった。完全に居直った。
 松子は、制服の上衣を脱ぎ、スカートを脱ぎ、スリップ、ブラジャーという順番が続き、最後の一枚まで脱ぎ捨てた。一糸まとわずの状態になった。あ、あ、あッ……知らないぞ。呆れる以外、あるだろうか。

 私はこれまで、松子に向けた揺るぎない信念が見事に裏切られたようで、落胆したい気持ちに陥った。
 彼女は、こんな軽薄な女だったのか?……。尻軽で、裏では、誰とでも寝るもう女だったのか?……。もう少し堅い女だと思っていたが……と感じたとき、突如くるりと背中を向けた。
 それは眼を疑う光景だった。なんといっていいか、形容のしようがない、眼を憚れる光景だった。
 それを見て唖然
(あぜん)と息を呑んだ。烈しい驚嘆を覚え、かつ動顛した。全身に恐ろしい戦慄(せんりつ)が疾った。言葉を失い、驚愕したまま圧倒された。
 背中には、大きく、優美な「鬼面の幼児を食う悪女形相の鬼子母神」の彫物が、白蝋のような肌に鮮やかに彫り込まれていた。思わず、あッ!と驚いて息が止まりそうな、眼を見張る凄い迫力であった。
 まったく、おそれ入谷の鬼子母神だった。
 これに先ず、度肝を抜かれ、心胆を寒からしめた。全く以て形容し難かった。

 松子の愛くるしい器量好しの容姿端麗と、この彫物、更には頭脳明晰な知力の三つが、果たしてどう結びつくのか。どう考えても、どこをとってもみても結びつかないのである。唖然として驚愕する以外ない。
 何と言っても、彫物の超ド迫力……。悪徒や無頼漢達も、畏怖の念を抱かさせる彫物だった。
 私は暫
(しばら)く言葉を失った。呑まれた時間は、短いようで、以外に長かったかも知れない。あるいは余りの衝撃で、時間の経過がとんでいたのかも知れない。

 「そんなもの、いつ彫った?」この言葉を吐露したのは、どれくらい経ってのことだったろう。
 「十六のとき。三年前のこと。子平の防衛戦略として護摩の灰から、わたしの身を護る策だって。でも、健太郎兄さんだったら赦
(ゆる)すわ、抱いてもいいわよ」
 子平直政が、なぜ松子の背中に非常な彫物をさせたか分かるような気がした。もし、子平の立場だったら私も同じことをしていたかも知れない。松子のこの美貌、筋者が狙わない訳がない。必ず、猟られるだろう。それを懸念してのことだった。子平も、老いて朽ちなければ、名立たる戦略家だったかも知れない。
 没落した宮家の一人娘を連れて、旅から旅をする世間師生活の防衛策であったかも知れない。わが身を犠牲にしても、松子だけは生かそうとして、悶絶
(もんぜつ)の彼岸があったのだろう。それにしても、息を呑む凄い彫物だった。さぞかし超一級の名のある彫師の作であろう。
 「いや、とてもとても……」首を振った。なんとも畏れ多い。起きた男児
(こ)は直ぐに萎れた。
 「やっぱり、怕いのね。据え膳食わぬは男の恥というでしょ」なおも畳み掛けてきた。
 「違う、違う。その種の男は、畏れを知らない恥知らずだからだ。恥知らずだから、気高いものも、低俗なものも一緒くたにして見境がない。それは勇気でなく、恥知らずから起こる蛮勇だ」
 「それ、詭弁だわ!」まだ得心がいかないふうだった。

 「動物と人間の違いは知っているつもりだ。人間は気高いものを敬う。だが、動物にはない。現代に、斯くも男女の獣ごっこが流行
(はや)るのは、据え膳食わぬは男の恥という傲岸(ごうがん)な男が殖えたからだ。
 おれが、おまえが斯くも畏れるのは、おまえが慈母だからだよ。おれは本性に色狂いの色情因縁があるとしても、慈母は抱けない。人間として毅然としたい。獣に顛落して、恐れ畏
(かしこ)む慈母を自分勝手な性欲の捌け口として、精液で穢すほど、おれは恥知らずじゃない。もういい、早く服を着ろ」
 以前から、松子に慈母を感じていたのは、これだったかも知れない。あるいは子平直政の呪詛か、それとも加護の執念か。そこには結界が張られていた。
 「もう直、由紀子さん、飛んで来るわよ。健太郎兄さんが急病で斃れたから、早く来てと電話したの」
 「なんだって?!」動顛の極地だった。
 「緊急避難でしょ、なにを憚るものですか。誤解されたって構うものですか。誤解されれば、彼女とは、それまでの短き縁と諦めて。もし捨てられたら、今度は、わたしがお嫁さんになってあげる」
 「おい、だったら、早く服を着ろ、服を」
 「このままでは困るの?」上目遣いで悪戯そうな貌をして訊く。
 「当り前じゃないか、服を着ろ、服を。乳丸出しにして、パンツ一枚でうろつくな。おまえって、本当に小悪魔だなァ」
 「あッ、来た!」
 「え、え、えッ?」狼狽
(うろた)え始めた。頭の中は拙い、拙い、拙いの三連発を繰り返えした。
 「下に車、来たみたい。この部屋の窓、開かないのかしら……」
 深夜、国剛三号線を、ぶっ飛ばしたとして、莫迦
(ばか)に早い到着だった。時間として25分ほどであったろうか。
 「窓なんか開く筈がないじゃないか。見られないように出来ているんだ。此処はそういう場所なんだ」
 「じゃァ、下に行って呼んでくるわ」
 「そういうことじゃない。服を着ろと言っているんだ。そんな恰好じゃ拙いだろ。おまえ、わざと誤解を招くようにしているのか。それとも、おれを困らせて楽しんでいるのか」
 「両方」どこまでも小悪魔だった。

 「おまえ、本当に悪い趣味をしているなァ。早く服を着ないと、背中の倶利迦羅紋紋
(くりから‐もんもん)丸出しでは、さすがに拙かろう。おれの気持ちにもなってくれ」
 そのとき、ドアがノックされた。
 「あいてます、どうぞ」松子が服を着ている途中だった。
 ドアが開けられた。
 「あッ!」ドアを開けた由紀子が、驚愕とした貌をして立ち竦
(すく)んでいた。
 この構図は、弁解不能の人生最悪のときだった。
 「誤解しないで下さい」思わず両手を振った。だが、これ以上、弁明をする言葉がなかった。
 「誤解したって、構いません。真実ですから」松子が居直るようにいった。
 「あたし、お邪魔だったかしら……」
 「この状況。さて、どう説明しますかなァ。さりとて弁明の言葉は、これといって見つからず。ただただ困惑するばかり……。なんと申してよいのやら……」私は、肩をすぼめて呆れてみせた。
 「あたくしも、なんと申してよいのやらですわ、ただただ困惑するばかりです!」怒声の叱咤が響いた。
 「困惑したいのなら、すればいいじゃない!誤解でも、如何わしい想像でも、どうぞご自由に!」
 松子はこれまで以上に、居直りを露
(あらわ)にした。彼女の貌が、いつかみた阿修羅然とした険のある目付きになっていた。
 「お二人さん。どうか落ち着いて。このままでは犬と猿の喧嘩になりますぞ」
 「なにを言っているのですか。この状況では申し開きできないじゃありませんか!」由紀子が尖った。
 この状況から、由紀子は勝手な先入観を抱いたようだ。私を、今し方、松子を手込めにした憎々しい男だと思い込んでいるかも知れない。それを確認するに、自信がない。
 「あのッ、そのッ……、申し開きが出来ない状況といっても、猥褻
(わいせつ)なことを働いた覚えはない。性犯罪者でない。木を見て森を見ない。これでは短見です、愚行です」こう言って、襟を糺(ただ)した。
 果たして、この程度のいい訳が通るものか。一旦、拗
(こじ)れてしまった糸を元に戻すのが難しい。
 「由紀子さん、これみて!」松子が一喝した。
 松子は途中まで着掛けていた服を再び脱ぎ、下着まで脱いで背中を見せた。
 背中には、はッと息を呑むような鬼面の鬼子母神が顕われた。
 由紀子は、釘付けになり、余りにの衝撃に声を呑んで茫然
(ぼうぜん)と立っていた。彼女も言葉が出ないのである。貌は驚愕の絶句であった。言葉を失っていた。

 「わたし、堅気じゃないの。修羅道に生きる筋者。娑婆の人間じゃないの!」
 松子の忿怒の形相は、これまで見たこともない怕さをたたえていた。一瞬、鬼面の夜叉を髣髴とさせた。背中の鬼子母神が、彼女の貌に顕われたような錯覚を抱いた。
 「松子、もういい。もういいんだ」
 暫く沈黙が流れた。この場は重苦しい空間だった。
 「あのッ……。あたしの早合点、責められるでしょうか……」由紀子が怕々と切り出した。
 「いいえ。わたしにも責任があるわ。わたし、娑婆では生きられない修羅の異端者ですから」
 「松子。もういいんだ。自分を責めるな。早く服を着ろ、いいから止めてくれ……」と言いかけて、グラリと躰を揺する悪寒が疾った。とうとう来たか……。
 「あッ!健太郎兄さん」駆け寄って支えた。
 「まあッ、酷い熱!」由紀子は額に手を添えた。
 「そう、熱があるの。今日は無理して出て来たの。分かってあげて……」
 「ええ、わかったわ。それで、ええと……」由紀子も狼狽
(うろた)えていた。
 彼女も、驚愕に継ぐ驚愕。何が何やら分らず、一瞬混乱の極地にあった。
 「あのッ、いいですか、病院だけはやめて下さいよ。救急車も駄目。この状況では大変な誤解を招くし、だいいち仰々
(ぎょうぎょう)しいことは好みません。時間が経てば、直ぐによくなります」と吐露しつつも、意識は遠退いていくような感じだった。しかし未だ朽ちてはいなかった。
 「なにをいっているのですか」
 女性二人に腕を抱えられ、受付を通って外に出ようとしたとき、受付の婆さんが驚いたように「この人、二輪車が過ぎて、腹上死でもし懸かったのかい?……。最近ではよくあるんだよね。この前も七十の爺さまが、若い娘、連れ込んで寝たまま昇天してしまったんだよ。そりゃあ、あとが大変だよ、警察が来たりして。
 病院に担ぐんだったら、病院はね、此処から真っ直ぐ道形に行くと直ぐに分かるよ。どうそ、おだいじに」と、お悔やみの言葉まで添えやがった。

 貌出しが憚れるラブ・ホテルでも、腹上死寸前の被害者を見てみたいと思う輩がいる。人間の好奇心と言うやつである。何人かの野次馬が出てきた。そして半裸に近い男女が出てきて噂をはじめた。そのうえ受付の婆さんが拡声器となって、「あのひとね、女二人から攻められて、腹上死しかかったんだって」の一言が、噂として一人歩きして、そのうちの誰かが「かっこわる」と揶揄した。
 世間とは自分のことは差し置いて、他人にはいい加減なものである。
 一目見てきたいという野次馬が集まってきた。それを松子が「すみません、道を開けて下さい。腹上死寸前が通ります。見世物ではありません」と交通整理していた。
 駐車場までの短い道程の、なんと遠いことだろう。
 桜に絡む緋縮緬は、とんだ茶番の幕締めで一件落着となった。


 ─────翌日の昼のことである。恢復
(かいふく)していた。まだ世が明けきらない裡に、アパートに辿りついていた。休息を取ったら恢復した。由紀子はもう仕事に出掛けていて、そのあとは松子の看病で事無きを得た。二人が交互に看病のリレーしたらしい。
 「松子。これからのことだが、もし、おれが生きて帰ったら、おまえはこの街を出ろ」
 「なぜ?」
 「おれが生き残ったと言うことは、おまえの仕事が失敗したか、中途半端に終わったか、寝返ったと推測するかも知れない。そうなると、今度はおまえが狙われ、追っ手が掛かる」
 「そうかも知れない」
 「この状況で、無事に済まされると思うか。やがて、おまえが女であることも分かろう。おれには、そういう影が動いているように思えてならん。眼に見えないが、幽
(かす)かな気配……。そんな気がする」
 「まさか、そんな……」
 「おまえは、それくらいのことが分からないほど鈍感ではあるまい。あとは、おれが片を付ける。いいか、おれが生還したら、すぐに草鞋を履くのだぞ」
 「いずれは、そうなるでしょうが、まだ約束が履行されていない。それが終わるまでは……」
 「だが、命には変えられまい。死んだ子平も嘆くぞ」
 「考えとく」
 「いつまでも、化け果
(おお)せると思うな」
 「わかっている」
 「ところで訊くが、おまえの倶利迦羅紋紋、母に気付かれなかったか。銭湯に行ったときだ」
 「早い時間だから、大丈夫。人は殆ど居なかった。誰にも見られなかった。それにお母さんには背中を向けなかった」
 なるほど、これでは母も松子の正体が分からない。
 「では、隠し果
(おお)せ」
 これでいいと思った。草鞋を履くまでは、そうあることを祈った。もし生還することが出来れば、松子は然
(しか)る可(べ)きところに匿い、そこで安全に暮らし、筋の世界から足を洗わせて遣りたかった。
 もし生還することが出来たら……、つまり未だその先も生きているという状況が作れたら、彼女を嬉野の姉のところに連れて行こうと思っていた。此処だったら、安全であり、まず追跡の眼も躱せるだろう。

 もし生還することが出来たらとそれを反芻
(はんすう)しつつ、もしではなく、絶対に生きて帰らねばならぬと心の中で念じた。そのためには、一度死ぬしかない。
 生とは、存在に懸けて自らを外に打ち出し、働き懸けて行く意志表示だ。生命温存の長短を言うのでない。むしろ命を惜しんで、命長くして恥多しにならぬとも限らない。生きるとは長生きするだけのことでない。不断に自らを現実へ表現していくことを、「生きる」というのである。存在の中に自らの形を顕してゆくことなのだ。絶え間なく、自らを顕していくことである。そこで、生に息吹
(いぶき)を得る。死生観を超越する。そのためには一度死なねばならない。これまでの自己を否定し、死んでこそ、新たに生を得ることなのだ。こうすることで、これまでの不安も恐怖も苦悩も一掃される。

 「いつ行くの?」
 「明日の夜」
 「では、これ」
 「なんだ?」
 「暗号コードブックの一片」
 「なに!なんで今頃?」
 「これまで、人生について話し合う人がいなくて」
 「それ、ジョークか?」
 「最低と言いたいの?」
 「さて、どう評価すればいいか……」
 「早々と渡すと、拙いでしょ。その性格からして」
 「?…………」絶句した。彼女は私の心を読んでいた。
 「違う?」
 「つまり、最高ということだな……。さすが頭脳明晰というか、人の絶望と希望を同時に手玉に取ったというか、まったく、おそれ入谷の鬼子母神。もし、おれが死んだら、また来世で会おう」
 「来世で生きようと思えば、今世を生きて、生を全うしてこそ来世にも生きられる。今世も碌
(ろく)に生きれない人に、どうして来世があるのよ」
 「なるほど」
 私が得心すると、火打箱から特別の場合にだけ遣う火打金と水晶の火打石を出して、こう言った。
 「それまで今世を確り生きて、健太郎兄さん。じゃァ、後ろを向いて。どうか、ご武運を」一礼した。
 松子は、私の背中の後ろで火打石を叩いた。背中で、カチカチと小さな火花が散った。切り火である。
 どうか、ご武運をか?……。彼女は私の背に火花を振り掛けて、武運長久を祈ったのだろう。
 早々と、なんとも愛くるしい貌で、懇願すような眼をむけ、誑
(たぶら)かしおった。私に、今世の未練を引き摺らさせてである。それは還って来いという意志表示なのだろう。さて、天は何れに軍配を上げるか。
 おもしろい。この結末、見届けてやろう。



●機は熟した

 私にとっては危急存亡の秋
(とき)であった。正念場であった。
 多勢に無勢をマクロ的に捕らえれば、足を竦
(すく)ませて、身動き出来ず、ばっさり殺(や)られる方だったであろう。だから心の片隅で恐怖を感じ、臆病風に吹かれれいたかも知れない。吹かれるのは、心が動転するからだ。
 では、なぜ心が動転するのか。
 それは恐怖を、眼一杯に感じ、多勢に無勢が充満し、それに頭を占領されてしまうからである。ここに多勢に無勢を恐怖に見る愚がある。恐怖に取り憑かれる。竦んで勇気が削がれる。
 そのために「臆病の神おろし」という『術』がある。懦夫
(だふ)を勇者にする術である。
 これは読んで字の如く、臆病者が神々の名を念じて、御加護を祈ることをいう。臆病の心を起させる、臆病神というのは、何処に顕われるかと言うと、それは「眼」である。眼が一切を恐怖の全体像として捉えてしまうからだ。つまり恐怖は眼から入ることだ。
 かの道元禅師が言うように「汝、眼に誑
(たぶら)かされる」である。
 眼から侵入した臆病神は「臆病の自火に責めらる」と俚諺
(りげん)が謂(い)うように、臆病なために怕わがらなくてもいい事まで、苛まされることになる。

 そこで、私が教わったのは、『鉄砲名人』の話である。
 山村師範は、猟師になった積もりで、眼の前に多数の鴨
(かも)が、遠望する池の中で群れていることを想像せよと云った。その鴨を撃つには、“お前だったらどうするか?”と問うたのである。“何処に、何に狙いを定めるか?”と訊いたのである。この場合、普通だったら同じような姿をしている鴨のことだから、どの鴨を狙ってもいいように思う。
 ところが、それでは駄目だというのである。
 まず、銃を構えた時、一羽の鴨を視て、次に一羽の鴨で眼の中が一杯になり、更に鴨が大写しされ、その鴨が銃身から眼を離した隙
に迷わず撃てという。その場合、他の鴨の姿は眼に入れてはならないという。これが出来れば、他の鴨は入らぬから、それで百発百中だというのである。
 なるほどと思った。実に考えさせられる『話』であるが、この域に到達するには、相当な訓練がいる。
 凡夫
(ぼんぷ)の眼には、いろいろなものが飛び込んでくる。遠くの鴨を見ても、鴨だけではなく、周りの景色なども同時に飛び込んでくる。鴨の群れも“一緒くた”になるし、その周囲の雑景も“一緒くた”になってしまう。雑多なものが混ぜ合わされ、ついには同一視する。全体が、一度に眼に飛び込んで来ては、一羽の鴨すらも観察することが出来なくなる。これでは弾の当らないのは当然である。この場合、周囲の諸々を視ては駄目なのである。

 そうならないためには、十の不安、百の苦労、千の心配も、「その場」「その時」に応じて一つずつ対応すればよいのである。しただって、数ある不安も苦労も心配も、結局は「ただの一つ」ということになる。
 それなのに全体を大きく抱え込んで、それを茫然
(ぼうぜん)と見てしまい、ミクロ的に一部を拡大して見ることを忘れてしまう。そうなると、最早、手も足も出せなくなる。多勢に無勢と戦うならば、それをミクロ的に検(み)ることだ。局所を拡大することだ。その一点のみをクローズアップする。
 例えばチンピラに取り囲まれて、どうしても戦わねばならなくなったとき、その中の一人に狙いを付けて、その一人を相手にすればいい。集団は、最初に一人が倒されれば、その後の戦意は半減するものだ。
 私たち人間は、様々な問題を抱えている。生活に気を遣
(つか)わねばならないことが多々あろう。しかしそんなに沢山、難問を抱えていても、その当面は、いつも「一つ」なのだ。対峙するのは一つである。

 そして最後に山村師範は付け加えた。
 「敵の百の剣を、いつも“一つ”にしておくには、こちらが常に動いていなければならない。その場にじっとしていたら直に殺
(や)られてしまう。こちらの身の動かし方が秘訣なのだ」というのだった。
 しかしその「秘訣」は結局、如何なることか教えてくれなかった。自分で体験せよというのである。
 こう云うからには、私が既に戦争を始めることを見抜いているようだった。そしてもし、この戦争に生きて帰るようなことがあったら、その先を教えてやろうという言い方だった。
 果たして、私は生きて還れるものかと、思案に暮れた。特攻隊は片道キップで殴り込みを掛けるからだ。復
(かえ)りのキップはない。

 誠の勇者とは、如何なるものか。あるいは一介の惰夫
(だふ)でも、惰夫が勇者になり得る条件は何か。
 それは「まごころ」で接点を持った時ではあるまいか。
 “まごころ”とは、陽明学で言う「まこと」であり、「純真」あるいは「真心」を指す。“まこと”とは「義」であり、人間の行うべき“すじみち”をいう。
 則
(すなわ)ち、この“すじみち”を『論語』の「為政」からとり、人の道として当然行うべきことと知りながら、これを実行しないのは、勇気がないというものであるとしたところから始まる。
 こうした場合、勇気を奮い立たせるのは『有情
(うじょう)』である。この心は人の苦しみを、黙って見捨てておけぬ『有情の士』の持ち主を言うのであろう。「義によって助太刀もうす」の有情から来る行為である。
 私はこのように解釈し、『有情』において立ち上がったとの自負があった。

 対決前夜の昨日から、色々と考え事をしていて、この夜はよく眠れなかった。ここが小心者の所以
(ゆえん)であろう。そして、ついに対決の当日の朝が来た。
 心の中で、
(あまり眠られないまま、とうとうこの日が来たか)と言うのが正直な感想であり、今日と言う、一日を考えてみた。それは八門遁甲の計算式から、特殊な技法を使って割り出した日取りである。宇宙の運行の空恐ろしい秘密を、私だけが知っていると言う自負心に、不思議な力と勢いを感じていた。
 一年の裡
(うち)で、否、一生の裡で、このような勝運の定まった日は、そうざらにはあるまい。
 そして八門遁甲の計算式から割り出した軍立 は、奇
(く)しくも新月(しんげつ)の日と重なっていた。旧暦の七月の「文月ふみ‐づき/新暦の8月22日から新暦の9月20日)」に当たる、新暦の8月××日は朔(さく)である。
 つまり新月と言うことだ。この日は所謂
(いわゆる)闇夜(やみよ)である。
 月が出てないということは、目の遠近感のない私にとっては、実に好都合であった。

 私は思っていた。事を起こして、成就する確率は低いと。それは負け戦が濃厚であった。しかし、現象界は遣ってみなければ何が起こるか分からない。総てアルゴリズムの演算手続き通りになるとは限らない。そこに一縷
(いちる)の希(のぞ)みを託すことを思っていた。思念していた。
 戦いの成り行き、つまり結末は、大方がはっきりしている。それは数学的な集合論で、結論を導き出すことが出来る。確率の基礎的な数式の起き得る確から、「集合S」と、その任意の部分集合A及びBに対して、起りうる条件を定めることによって、簡単に片付くであろう。私の上に重くのしかかる底無しの恐怖感は、起こりうる戦
(いくさ)の成り行きを、こともあろうに、数式で導き出そうとしていた。
 単純なA及びBの組み合わせから、まずA⊃B、A⊂Bの各々を導き出し、それを満たすような発生しうる事柄を、起りうる順に整理して、AのSに対する相対頻度
(そうたい‐ひんど)を行動原理に当て填(は)めればよいのである。そこに目標も、手順も明確になってくる筈である。この行動原理の裏付けは、目的意識を自覚して勇気と決断力を根底に置き、それに少しばかりの野獣性と無分別があれば事が足りることである。

 しかし客観的には、このように割り切っても、小心者の私は、この現実を主観的に考えれば、そうもいかなかった。多分それは最前線に赴
(おもむ)く兵士の心情であったろう。
 妻や子供を内地に残し、軍の輸送船に揺られて遠い外地の最前線に向かう、名も無き一兵卒の、あの嘆きに似た心境である。だが今となっては、この戦いの中に身を投ずる方が、気が休まるような気分になっていることも確かであった。そう感得すると、ひとりでに祈りに似た心が湧いて来るのである。
 そして真の勇猛心
(ゆうもう‐しん)は、それに反して、必ず柔軟(じゅなん)な心と、ともすれば事の重大性に怖(お)じ気(け)付く心を伴うものである。つまり、これが怯みを齎す。

 この日は道場の稽古日なので、アパートを出る時も、複雑な言い訳はいらなかった。いつもと変りなく、午後6時からの稽古に合わせて、5時45分という定時にアパートを出た。由紀子が帰り着いてから、入れ違いの形になるのである。彼女は、私がこれから喧嘩に行くとは夢にも思っていないだろう。
 だが、私は《鬼》にならなければならなかった。
 戦う以上、戦いを前にした戦士は、人間ではなく《鬼》の心を持っていなければならない。
 鬼とは、突拍子
(とっ‐ぴょうし)もないことをやらかす戦鬼(せんき)である。無分別の極みにいなければならない。内には激しい憤(いきどお)りを持っていなければならない。それで始めて《鬼》になれるのである。
 端
(はな)から勝てる気持ちなど持っていない。
 ただ《俺が死んで、奴等の何人かも死んで貰
(もら)う》それだけだった。
 凡夫
(ぼんぷ)は恐らく、この決心が着き難いだろう。それは《鬼》になり難いからだ。人間臭さが匂っていては《鬼》になれないのである。
 私は《鬼》になりきっていた。勇猛を得るには《鬼》になる以外ないのである。
 何故ならば、私は自らの動揺を偽
(いつわ)るために、それをつぶさに感じて、《鬼》になっていた。戦う戦鬼になっていたのである。戦鬼である。

 粗野
(そや)な感覚といい、誇示的な表情といい、それらの横行(おうこう)に対して、常に残忍な武装をしていなければ、自らの精神は滅びるかに思われたからだ。
 所謂
(いわゆる)、その精神の畸形(きけい)を以て、戦いに臨むという感覚があったからである。
 道場の稽古を早々夜8時で切り上げ、戦闘準備を念入りにした。昨今の刑法上で言えば、凶器準備集合罪の処罰対象となるものである。
 凶器準備集合罪とは二人以上の者が、他人の生命・身体・財産に対し、共同して危害を加える目的で事を起こした場合に、その準備があることを知って集合する罪である。既に松子と共同しているからである。単独犯行でも背景に彼女が居たとなれば、その懸念も出て来る。自供による誘導もされよう。それを覚悟の上で、今回の作戦に用いる武器等の再点検を行った。
 作戦は夜陰
(やいん)に乗じた夜戦であり、武器は金槌(かなづち)を主力にして、目潰(めつぶ)しを喰(く)らわす砂袋(すな‐ぶくろ)と、逆風が吹いた時に、それが自分の目に入らないようにするためのゴーグルであった。
 砂袋の中には、ただ砂だけではなく、ガラスを砕いた粉末
(ふんまつ)を混入した。また、暴れ廻った後に、退却路を逃げる際に用いる爆竹(ばくちく)とタバコとライターをポケットの中に忍ばせた。
 そして、午後10時を回った頃、道場から奴等に電話を掛けた。
 驚天動地
(きょうてん‐どうち)の計画も、一旦肚(はら)が決まり、戦闘準備が整うと、心には余裕が出来るものである。恐怖は何処かに消え去っていた。先ず、第一段階の手順を実行した。

 「これから金を渡したいので、指定した場所に、代理人を向かわせるので取りに来て貰いたい。引き渡し場所は、T公園の野外舞台の中央付近で各々の代表者が落ち合い、そこの舞台裏のベンチの処で金を渡す」と出任せをいって嘯
(うそぶ)き、その意向の電話を掛けた。
 そして、これはおおっぴらには出来ないし、人目の立たないことを旨としたいという意向を付け加えた。
 これに奴らが、まんまと乗って来たのである。しかし奴らも用心深く慎重であった。これに再度、念を押したのである。緊張をしていることが一目瞭然
であった。奴らも、また人の子なのである。

 「万一のことを考えて、儂
(わし)らは兵隊を大勢連れて集団で出向くので、妙な真似は絶対にするな!」などと凄味(すごみ)の効(き)いた濁声(だみごえ)で怒鳴り、逆に意地を張る駄目押しが窺われた。
 このことから、万一の場合は戦争をする気でいるらしい。少しでもそのような素振りをしたら、ただでは済まないと、蒸し返すようなことを何度も言った。
 ここまで巧妙にお膳
(ぜん)立をして挑発した以上、奴らに金を渡したところで、そう簡単に許しては貰えないだろう。渡せば次の恐喝(きょうかつ)の種になる。啖われ続ける。断たねばならぬ。
 渡せば最後、二度と反抗できないように、何らかのヤキを入れられることは薄々承知していた。高が知れた慰謝料のチンケな端金より、ヤキを入れることの方が先決なのだろう。
 結局、金を取られ上にヤキまで入れられれば、泣きっ面に蜂である。一石二鳥で、安っぽい泣きを見ることになり、こんな馬鹿馬鹿しいことはない。こうなると、やるべきことは最初から戦うことであった。
 口先三寸の恐喝
(きょうかつ)と小手先の暴力で、真当(ほんとう)の戦い方を知らぬ兵法の素人風情に、脅されてたまるかという気持ちでいた。またそれだけに、簡単には殺(やら)れないだけの自負があった。

 戦う者は、戦う場所の地形を知り尽くしていなければならない。何度も繰り返し考えて、何処で戦うかを決めたのが、このT公園であった。此処は数日前から、下見も十分に行って、戦略の構図を描いていた。頭の中では反復するように戦術のイメージ・トレーニングを繰り返した。機は熟したのだ。
 采
(さい)は投げられた。もう、後戻りは出来ない。火蓋(ひ‐ぶた)は切て落とされた。矢は弓の弦(つる)から離れれしまった以上、飛んで行くしかない。何処までも突っ疾(ぱし)るしかないのである。そして、死を覚悟することが私に課せられていた。

 刻々と死は迫っていた。最期が確実に迫っていた。覚悟はしていたが、その瞬間を迎えるに当たり、平静ではいられないと言うのが率直な私の気持ちだった。しかし、平静さを失わせるものは、何故だろうと思う。
 平静さを失わせる元兇は何にだろうと思う。そして幾つかの事柄を反芻
(はんすう)する。
 それは、死を恐ろしいものに見ているからではないかと思う。此処に来て、心を整理する必要があった。恐ろしいものから、安らかなものに変えなければならない。そして慎重さである。それは一種の智慧と云えた。
 落ち着く智慧だ。焦っては駄目だ。短期も駄目だ。短絡的な悲愴感に陥ってはならない。急性は悪魔を呼んでしまうからだ。鬼神の加護を得るには慎重さとともに、ただでは死なぬしたたかさが必要なのである。
 鬼神は先祖の霊だ。その加護を得る。そして恐怖の呪縛を解く。

 死を恐ろしいものに見ると、敵をよからぬ畸形
(きけい)で捉えてしまう。幻想に取り憑かれるのである。
 もっと実体を冷静に検
(み)る必要があった。これを検ることによって、冷静さを取り戻し、敵の弱点も幾つか見えて来るものだ。そこに付け入る隙(すき)も出て来る。見逃しは命取りだ。
 しかし、死を最初から恐怖で捉えてしまうと、何も見えなくなってしまう。襲われた者が、まるで蛇に睨
(にら)まれたカエルのようになる。その恐怖に負ければ、そこで為出(し‐で)かす愚行は、蛇の口に向かって飛び込むような愚行やらかす。こうした愚行をしないためには、死生観を超越しなければならない。超越して安らかな境地を得なければならない。これを平常心という。
 死生観を超越できれば肚が据わる。覚悟が出来る。その覚悟とは「今日、俺は死ぬ」ということだった。あとは死に狂えばいいのである。
 この構図は、敵は百万、こちらは一人である。死に狂い以外ない。



●対決

 対決の時機が来た。この秋
(とき)を評すれば、零々落々(れいれい‐らくらく)、草木も眠り、樹も眠り込む、乾坤一擲の……そういう刹那(せつな)というべきか。
 松子からの情報を『暗号コードブック』に照らして、乱数表から《暴虎馮河
(ぼうこ‐ひょうが)、敵のその弊は乱》だった。それを観月会の夜、手渡された。長い間、解らず仕舞いだったが、コードブックから字面が解かった。解読して、さて、と思う。しかし、細々と述べず、「一丸」になっているのではないか?と。
 これを、つらつら思う。はて、なにを言おうとしているのか。松子は私に、この応用問題を解けと言うのである。彼女らしかった。引っ掛かるのは「その弊は乱」である。そして膝を叩いて、はたと気付いた。
 なるほど、『論語』の一節か。仁・智・信・直・勇・剛の「その弊」をそれぞれ、愚・蕩・賊・絞・乱・狂を挙げ、その一点張りでは弊を招き、その中で「勇」の対句として「乱」を挙げ、それを読めという。

 緊張すべきなのだろうが、緊張を通り越して、些か躰は硬直気味である。小心故にであろうか。だが、その弊は乱。胆識的に読めば「事に臨んで懼
(おそ)れ、謀を好んで成る」である。真の勇気で勝つと諭していた。
 だが、硬直に慄
(ふる)えていても何の得もない。無駄な慄えが一瞬の戸惑いを招き、それが命取りになる場合がある。追い詰められれば、逃げ場を失った野兎のように、無慙に袋叩きされてしまおう。
 そうした愚は避けねばならなかった。謀を好んで成る……だからだ。
 これは私の“一匹狼の作戦計画”である。T公園は、小学校高学年の頃よりの遊び場として、その地形を熟知していた。何処に樹木があり、野外劇場があり、何処にベンチがあって、斜面の傾斜状態や足場の状態、また公園を取り囲む民家が何軒あるか、既に調査済であった。これが私の布陣調査の実情であった。これを数回繰り替えしたのだった。これまでの見落としをチェックするためであった。

 戦いは短期決戦で、十分な効果を上げたいと考えていた。
 相手に時間的な余裕を与えるような、ダラダラとした長期戦に至った場合、絶対に勝てる筈がない。長引かせて、援軍が駆け付けたら、それまでである。一気にケリをつける必要があった。
 恐らく奴らは、こちらを威圧するために、集団で機動力に物を言わせてやってくるに違いない。
 総合的に検
(み)れば、手勢を総動員する筈である。そう言う事態を計算しておかねばならない。数十台の乗用車に分乗してくるのではなく、大量輸送の出来るトラックで一度の押し寄せて来る筈である。
 もし、そうだとすれば、公園のゲイトからではなく、直接中に踏み込める、野外舞台の付近であろうと予測が付いた。だから、態々
(わざ‐わざ)野外舞台を指定したのである。万一の事を考えて、奴らは正面から堂々と集団で来るか、あるいは代表者の近くに、戦闘員を伏せておくか、何(いず)れにしろ、そのどちらかと踏んでいた。だが、夜戦の体験ない者に「伏兵(ふくへい)」という発想はないだろう。数で押し切れば、それで勝てると思っている。底が浅い筈だ。恐らく戦争を知らない暴虎馮河の徒だろう。
 奴らが集団で来る以上、野外舞台周辺での決戦ロケーションは、中
(あた)らずと雖(いえど)も遠からずと思っていた。しかし私は、その指定した野外舞台に姿を現さず、それが見える位置から遠巻きにしながら、奴らの群れの一番手薄なところから攻め込む作戦を立てた。そこを攻め、動かし、討つ。戦略の構図と戦術のイメージをしっかり頭に叩き込み、あとは状況判断である。

 この作戦の中心課題は、何と言っても、敵である奴らを巧妙に引っ掛け、掻
(か)き回して、最後は敗走させることにあった。恐怖で撹乱(かくらん)させるのである。そして忘れてならない重要事項は、退路を何処にするか、またいつどのようにして、何処を通って引き上げるか、その計算を十分に検討した。
 戦いで大事なことは、退路を確保だ。何処を通って退却するかだった。総仕上げとしての脱出策である。この戦いはサバイバル戦であった。
 心の裡
(うち)で、何としても生き残らなければならないという願望があった。だが死を覚悟しなければ生還は望めない。死んで生きるのである。だが生に固執して生きようとすれば、逆に死を招く。
 暴れ回るだけ暴れて、敵を攪乱
(かくらん)し恐怖に陥れて、首尾よく運び、もし悪運強く生き残ることが出来たら、即座に退却する。戦うだけ戦って、もし退路(たいろ)を考えていなかったら、思い切った行動もとれないからだ。
 子供の時、よく遊んだ小さな洞窟
(どうくつ)のような抜け穴があった。そこを退路と決めていたのである。
 私は計画した考えを再度纏
(まと)めながら、大きく深呼吸した。呼吸は別段乱れていなかった。
 「勝機は、われに有り」と暗示を懸けた。


 ─────手頸
(てくび)と頸動脈の箇所に、各々の親指を当てて、脈拍(みゃくはく)を計ってみた。別段異常はない。八門遁甲の軍立(いくさだて)と加えて、「三脈法(さんみゃく‐ほう)」を試みたのである。
 「三脈法」から、本日の軍立の勝因を探ってみたのである。
 因
(ちな)みに「三脈法」とは、数時間先、あるいは一日ないし、二日先の運命を探る方法である。即ち、未来予知と思えばよい。未来予知の方法として、八門遁甲・五術ご‐じゅつ/命・卜・相・山・医)《医》の中に「三脈法」というものがある。

三脈法その1。左手の拇指の腹で右手頸の脉所をとる。 三脈法その2。頸動脈の左右の脉所を右手の拇指の腹と中指の腹で抑える。

 三脈法とは、まず左手の拇指
(おやゆび)の腹で、右手頸(てくび)の静脈の脈拍(みゃくはく)を表示する脉所(みゃく‐しょ)を抑え、更に右手の拇指の腹と、中指若しくは薬指の腹で、首の左右の頸動脈に当てて、各々の三点の脈の微かな乱れを読み取ることによって、近い未来に起こるべき明暗を予知をする方法である。
 人の脈拍は、健康のバロメーターとして、その正常・異常を表示するばかりではなく、心臓の律動を血液の流れに変換して、動脈中の圧力の変動を知る要素となる。そして何よりも三脈法は、心臓
(五行では《火》にあたる)に深い関係を以て成り立っている。この法は危険探知を心臓の動きで捉えることにある。
 手の厥陰心包経
(けついん‐しんぼうけい)である。作用する部分は心臓と腸であるが、感知箇所は心臓の変化を検る。その脈拍数は、心臓の搏動数(はくどう‐すう)に等しく、普通1分間に70程度である。搏動数は、年齢に応じで異なるが、年齢の若いほど少なく、高年齢に至るほど搏動数は高くなる。

 さて、この脈拍数に上下して変動がある場合は、何らかの病的異常か、あるいは日常生活の規則性に問題があり、その日常生活の異常、即ち生活の不摂生は近い将来に起こり得る不吉な出来事や、自らに降りかかる禍
(わざわい)ごとを暗示しているといえるのである。
 では、未来予知の方法として『三脈法』を述べることにしょう。
 三点の脈が、各々三点とも同じように、規則正しく脈打っていれば正常。即ち、数時間後の出来事として危険が起こらないということを暗示し、万一、この三点の脈が、各々に不調和音を示し乱れているとしたら、近い将来に、何らかの禍
(わざわい)か、事件に巻き込まれるというような暗示を顕わしている。
 その目安を次のように判断すると、現時点から近未来に至るまでのプロセスでの不吉な禍事を関知することができる。三点とも同じ脈拍で、同じ周期ならば正常。三点とも脈拍の鼓動は同じだが、何となく周期的に不規則さを感じるという場合は健康状態の異常を暗示している。これは不吉な出来事とは関係がない。安静を保てば直に回復する。
 だが次のような場合は、何らかの異常を示している。
 一つは左手の拇指
(おやゆび)の抑えた右手首の脉所の脈拍と、右手の指先の拇指の頸動脈(けい‐どうみゃく)を抑えた脈拍は同じ鼓動(こどう)だが、中指もしくは薬指の抑えた頸動脈(自分の左側)の脈所の鼓動が異なっている『左二点同脈・一点異脈』の場合は、盗難や詐欺など金品に関する禍(わざわい)ごとの暗示がある。

 もう一つは左手の親指の抑えた右手首の脉所の脈拍と、中指もしくは、薬指の抑えた頸動脈を抑えた脈拍
(みゃくはく)は同じだが、右手の指先の拇指の頸動脈を抑えた脉所(みゃく‐しょ)の鼓動が異なっている『右二点同脈・一点異脈』の場合は、生命力の衰弱の暗示で、持病などの病気の悪化や、心筋梗塞などの急性疾患などが上げられる。この場合、烈しい動きは命取りになる。
 更に右手の人差し指の腹で抑えた右頸動脈と、中指もしくは、薬指の抑えた左頸動脈の脈拍は同じ鼓動を示すが、左手の拇指の腹で抑えた右手頸の脉所
(みゃく‐しょ)の脈拍が、左右の頸動脈の脈拍と異なる場合で、これを『二頸同脈・一点異脈』という。この暗示は紛争や裁判沙汰等の人間関係のトラブルや訴訟事である。
 三脈法で最悪とされるのは、『三点異脈』であり、抑えた三点が総
(すべ)て異なり、脈拍も周期も不規則な場合を言う。これは直(すぐ)間近に、重大な死に関わる危険が迫っていることを暗示している。
 この種に関わると、大旨は陸・海・空における交通事故死が多いようである。

 これらの異常が出た場合は、旅行、外出などは勿論のこと、デート、面会、面談、商談を始めとする約束時間を制約された約束事など及び、逆に人が訪ねてくることまでを含めた時間に制約される一切の約束事に、充分に注意する必要がある。また気力や注意力が失われるので、警戒心も衰退し、安易な行動から、将来にしこりを残すような「凶」を招く結果にもなりかねない。これを無視して、強硬に以上のようなことを実行して行動に及ぶと、思わぬ人命に係わる事件に巻き込まれたり、契約解除や金銭によるトラブルの禍事が降り懸かるのは必定である。即ち、三脈法で一点でも異常の出た場合は、一時的な衰退期であるから、近未来においては「八方塞がり」の暗示と看做し、一旦取り止める。その後これらの回復を待って行動に及んだ方がいい。
 ここで言う回復とは、制限時間内の災い
(三脈異常発生時間から約24時間以内)が、通り過ぎるのを、「何もせずに待つ」ということである。
 ことのき私は三脈とも一致していた。異常は皆無だった。勝利へのゴー・サインである。
 今夜、決行するには、打って付けの軍立
(日取り)と言ってよかった。


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