●旗師となる
観月会の翌日、私は旗師(はたし)として行動を開始した。
由紀子が病院に出勤した後、本日の作戦を頭の中で組み立ててみた。その後、一人で昼食を済ませて、例の『三宝堂』に出かけたのである。
福岡県公安委員会の発行した『古物商許可証』をちゃんとポケットに入れたことを確認し、地味な服を選び出して、出来るだけ、年齢より老けた中年紳士に見られるように変装した。そして旗師を装ったのである。
『三宝堂』に近づいた時、直(すぐ)に店内には入らず、外からウインド越しに店鋪内の様子を窺(うかが)った。
主人は、昼間は幾分暇(ひま)を持て余しているとみえ、退屈の余りに、転(うた)た寝をして舟を漕(こ)いでいたのである。あるいは昨晩の観月会での奔走(ほんそう)で、些(いささ)かの疲れが出たのだろうか。
願ってもないチャンスであった。静かに、そっと入口の引き戸を開けて中に入った。この店には来客をチェックする警報機がついてないようだ。
これによって、この店のウインドウや飾り棚に置いてある品物の値段が、凡(おおよ)そ見当がつく。ウインドウ内や飾り棚には、大して高価な品物は展示されていないと分かるのである。要は主人の据わる、帳場格子(ちょうばごうし)の横に置かれた観音開きの大型金庫の中であろう。
古物商は都道府県の公安委員会の規定により、必ず貴重品を保管するために、保管金庫を置くことが警察庁命令で義務付けられている。
特に刀剣店では、この規定が一段と厳しく、一ヵ月に二回程、定期的に所轄警察署の防犯課の刑事が、古物台帳の点検にやって来る。古物台帳には必ず売買した者の氏名、年令、住所、電話番号、風体や人相の特長、更には人体的な特徴などを細かく記載しなければならない。古物台帳は、質種(しちぐさ)を形に取る質屋も同じ物を所持する。盗難品を質草にする輩(やから)がいるからだ。
美術品商と質屋の違いは、前者は単に美術品の売買だけだが、後者は質物を担保として質入主に金銭を貸し付けることができることである。また、担保を保管する倉を持って居る事である。一方、美術品商は、日本刀をはじめとする美術品を保管する大型金庫だけに限られていた。そして台帳に記載する義務は両業者に課せられていた。
これは万一事件が起こった場合、盗品の流通を調べ上げ、持ち主をはっきりさせるためである。
また最近は、売上にも関与し、防犯課とは別に、半年に一度、売上台帳(出納簿や売掛帳、買掛帳など)を持って警察署の生活経済課に出向かなければならないようになったのである。規制緩和が口にされながら、逆に規制が厳しくなっている実情があるのだ。
また日本刀の場合、その名義変更は取得した日から、20日以内に登録証を発行している都道府県の教育委員会の文化財課に届け出ねばならず、これを怠ると罰されるが、売買をする者はこれをせず、次から次へと廻して、名義変更をせずに、その儘(まま)にしている者が多いようだ。
また銃刀法では、登録証の無いものは売買することが出来ず、また所持することも出来ない。これを所持すれば、銃刀法違反と不法所持で直ぐに逮捕されてしまうのである。しかし内緒で、これを隠し持つ者も少なくない。
したがって不正な無登録の物や、盗品と思う物は敬遠させるのであるが、中には、それと分かっていて買入を行う業者もいる。その物品を売買しているかどうかは、凡(おおよ)そウインドウ内の展示で分かるのである。
ウインドウ内に大した物がなければ、金庫の中ということになる。私はこれを期待していたのである。しかし、それにしても、どっしりと備え付けられた観音開きに大型金庫は、尋常(じんじょう)なものではなかった。何か不正を孕(はら)み、そうした物を一つや二つ抱え込んでいることはあり得るように思えたからだ。
この地域の所轄の警察の巡回は、おおかたが1日と15日であった。今日は月半ばを過ぎた日なので、当分、警察の巡回はない。だとすれば、月半ばから月末までの、この2週間と言う期間内で、これから暫(しばら)くは、盗品や不正な美術品が動き回る時期なのである。そしてその時期は、闇取引もあり得るのだ。
それは約2週間の期間、明らかに不法所持と思える銃砲刀剣類登録証のない、名うての逸品が右から左に横行する期間となるからである。
私は店内の品物を見回している時、この店の主人が、人の気配を感じて目を覚ましたようだ。
客にハッとした主人は、今まで転(うた)た寝などしていなかったかのような、口ぶりで「何かお探しかな?」と徐(おもむ)ろに口を開いた。
「はあ、備前の一輪挿(いちりんざし)。それも窯変灰被(ようへん‐はいかぶり/藁灰の掛かった模様)の旅枕(たびまくら)を」
「ほーッ、茶道を遣(や)られるのですか」
「はあ、些(いささ)かですが」
「でしたら、そこの古備前窯変花入は如何かな」
「一輪挿の置き物ではなく、掛け物(床柱や壁に架ける花瓶等を指す)の“旅枕”が欲しいのですが。それも時代物の“深山桜(みやまざくら)”が……」
「何!深山桜!?」と、素頓狂(すっとんきょう)な声を出し、一瞬考え込むような素振りをした。わざとだろうか。
「そういうのを、お持ちではないでしょうか……?」鎌を掛けるように訊いてみた。
怪訝(けげん)そうな顔をして、私の顔を睨(にら)んだ。私は、わざとに展示していない、便乱坊(べらぼう)に高い物を所望したのであった。そしてその目的は、金庫の中を開けさせようと思っていたからである。
これだけの店の構えである。備前焼の旅枕の一つや二つ、持っていないことはないと踏んだからだ。しかしこの主人は、私の策に、容易に乗るほど、甘くはなかった。したたかさが窺(うかが)えるのである。あるいは私を甘く見て、「深山桜」を持ち出しても、素人風情がと、相手にしてないのだろうか。
私は帳場格子の中に据(す)わる主人に近寄り、再度同じ話を持ちかけた。
「深山桜、お持ちではないでしょうか?」耳許(みみもと)で囁(ささや)くように話し掛けた。 しかし、この主人は、この言葉にも大した反応はしなかった。表面上はそう窺えたのである。
しかし、既に心の中では胸算用(むなざんよう)が始まっているものと思われた。「深山桜」と聞いて、別に驚いた顔ではなかった。対策を練り、言葉の穗を継ぐ為に、些か時間がかかっていると思われた。中々の商売人であった。
私も、主人の細かい表情を見逃すまいと、鋭い観察を続けた。私は考える時間を与えているのである。主人が考えれば、損得勘定の正確な人間であると踏んだからだ。
「あんた、深山桜と言えば、時代は室町末期(【註】応仁の乱以後の第15代将軍義昭が織田信長に追われるまでの戦国時代後期を指す)か桃山(【註】豊臣秀吉が政権を握っていた約20年間の時期で、美術史上は安土あづち桃山時代から江戸初期)だよ。一体これが幾らするか知っているのか?」
主人は漸(ようや)く計算が終ったらしく、頭の中で計算立てた計算式を並べ始めたようだ。
「ええ、軽く二、三百は超えるでしょうねェ」
主人は暫(しばら)く絶句したようであったが、
「よし、分かった!」と膝をポンと叩き、「そこまで腹を括(くく)っているのなら、揃(そろ)えてしんぜよう。ただし、時間が掛かる。何日か、時間を頂ければ、必ず揃えてしんぜよう。三日後に来てくだされ」
主人は中々の計算高い人間である。肚(はら)の坐った商売人である。人を観察する観察眼が鋭いのである。この鋭さは、目利きの証拠だ。私の言葉に、乗って来ず、肝心なところで、旨くはぐらかしてしまうのである。要するに、素人か玄人(くろうと)かを見分ける為に、勿体(もったい)を付けたと言う事であった。
言われた通り、三日後の、またの来店となった。
─────三日後、私は言われた通り来店した。
主人は私の顔を見るなり、顔をほころばして、
「お探しの旅枕を何点か揃えておいた。時代は桃山。三点とも“深山桜”と銘が切ってある。お気に召せば幸いじゃが……」
そう言って木箱から徐(おもむろ)に取り出し、眼の前に各々異なる旅枕三点を並べ、「如何かな」と自信ありげに勧めた。私の眼力を試しているようにも思える。隙がなく、中々用心深い人間であった。
私はじっくりとそれぞれを手にして凝視した。裏の銘の切り方も確かめてみる。私の凝視姿も、主人は見逃すまいと観察している。私の眼力のほどを窺(うかが)おうとしているのである。中々油断のならない、癖者(くせもの)と思わざるを得ない。何か、殺気といったものまで観じる。
見落としがあれば、斬られるのではないかと言う、この場は、真剣勝負の場でもあった。そして私は腹を括った。
「見るところ、余り大した物ではありませんねェ。はっきりいって荷割(にわ)れ品のガラクタばかりですなァー。全部偽銘です。それに時代が新しい。とても桃山とは思えません。よく出来て、巧妙に似せていますが、全くの偽物(ぎぶつ)です」
これは私の挑戦であった。確信があって言ったのではない。思い切って、主人の逆鱗(ぎゃくりん)に触れてみようと思ったまでのことである。どう反応するかを確かめる為に……。
そして、一旦怒らせて、その隙(すき)に、主人の「人間の程度」を計ってみようと思ったのである。
主人は徐々に顔を真っ赤にして、「若造が何をぬかすか」という怖い顔で、じろりと見据えた。怒りを必死に堪(こら)えているのだ。
その主人に、私はもう一度同じ事を言ってやった。堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒を切らせるしかないのだ。
これを聞いた主人は、「もう我慢ならん」というような顔で血相を変えて怒った。これで主人の人間の程度が計れたのである。結構タヌキを装っているが、激怒し易い短気人間なのだ。
(普段は平素を装っているが、案外、このおやじは小人(しょうじん)かも知れないぞ)これが私の率直な、人間見識からの感想であった。底が割れたような気がした。
私は、並べられた三点の旅枕が、はっきり偽物であると自信があって言った事ではない。しかし、今までの猛勉強の成果と、この主人の度量を計る意味で、わざと「偽物である」と言わしめただけであった。確信があったわけではない。肚(はら)の底を見ようとしたまでのことである。
ただ、この主人なら、私のような若造をまんまと騙(だま)して、偽物を売り付けるくらいのしたたかさはあるであろうと踏んだからだ。用心深さと計算高さは、並の人間では対応できない、残忍なしたたかさがあった。
しかし、むしろ私を甘く観(み)たのが、この主人の誤りであった。自ら、小人(しょうじん)ぶりを曝(さら)したのだった。私はその側面をしっかりと検(み)たのだ。ついに正体を顕わしたのである。
因(ちな)みに「荷割れ品」とは、三流四流の極めて質の悪い粗品を云う。あるいは本物を似せて作った粗悪な偽物品を云う。
「何だと、もういっぺん言ってみろ!ド素人の青二才が。儂(わし)の店に難癖(なんくせ)付けに来たのか!」
いよいよ私の思う壷に嵌(は)まって来た。
「荷割れ品のガラクタばかりだから、そう言ったまでのことですよ」
「なんだと!」
此処まで思惑通り食い付いて来ると、後は料理がし易い。
「ここの三点の“旅枕”だけじゃない。この店に置いてあるものは、本物によく似せた、似せ物ばかりですよ。第一、そこに飾ってある古伊万里(こいまり)の鶴首(つるくび)の壺だって偽物(ぎぶつ)だし、そこの大皿だって有田柿衛右門によく似せた写しだし、こっちにある古備前(こびぜん)の大茶壷(おおちゃつぼ)だって、それから森五兵衛の櫛目(くしめ)模様を旨く真似ているが、これも立派な贋物(にせもの)ですなァー」
私はこれを云う為に、これまで猛勉強と研究を重ねていたのである。
これは図星であったが、主人は更に血相を変えて、私の策に嵌(はま)った観があった。
「やい!抜かしあがったな若造!」
「だってそうじゃありませんか」
「何だと、うちは贋物ばかりじゃないぞ。本物は金庫の中だ!」
「ほう、金庫の中ねェ」
私は、この主人に鎌を掛けるように言ってやった。ついにこの主人は、正体を顕(あら)わしたのである。
主人は図星されたことに多少立腹を覚え、苛立った様子で、
「お前さんは焼き物専門だろう。うちはな、焼き物や道具類より、刀剣専門なのだ。刀屋なんだ。お前さんは焼き物馬鹿だから、刀剣のことなんか分かる筈(はず)がなかろう」と口惜し紛(まぎ)れに言う。
私は主人の、この言葉を待っていたのである。態(わざ)と、焼き物専門の通(つう)に見せかけたのだった。眼力を鍛える為に、これまでの勉強の成果が実ったのである。
「そう思うなら、一言云ってあげましょうか。そこの黒檀(こくたん)の鎮金(ちんきん)の刀架(かたなかけ)に架けた、大小二振りの刀だって、長物は美濃物(みのもの)の無銘(むめい)のようですが、刃(は)が眠り過ぎて、匂(にお)い出来にしては、波紋(はもん)に迫力がない。
したがって関物(せき‐もの)の、火事で焼けた荷割れ品です。それからこの脇差しだって、《備前長船恒光(つねみつ)》とあるが、丁字(ちょうじ)の乱れ直刃(すぐは)にしては、《互(ご)の目乱》で金筋湯走(きんすじ‐ゆばしり/刀剣愛好家の中で俗に言う「金線」である)がはっきりしない。まあ、この程度の三流品が、おたくの店では素人騙(しろうとだま)しに置いてあるだけですなァ」
主人は血相を変えながら、よくも抜かし上がったなという顔付きで、「お前さんは一体何者だ!?」と詰め寄った。
「そう、煙たがらなくてもいいじゃないですか。同業者ですよ、あなたと同じ同業者」と言って、私は福岡県公安委員会発行の『古物商許可証』を見せた。
「ほう、旗師か。道理で……」
私は笑いながら、小声で囁(ささや)くように、「もう少しで、御主人に騙(だま)されるところでしたよ。まんまと偽物を掴まされて、何百万か、損をするところでした。ねえ、御主人。これを御縁に、私と、おつきあいをお願いできませんか」と下手に出て切り出した。
「お前さん、若いのに大した眼力じゃのう。この“旅枕”をよくも偽物と見破った、その眼力の驚いている。流石(さすが)だ」と感心したように言う。
「しかし私が藤四郎(とうしろう)だったら嵌(は)めていたのでしょう?」
主人は“藤四郎”という言葉に、ピクっと反応した。久我宮早斗子(こがのみや‐さとこ)女史の教えてくれた“藤四郎”の業界用語が功を奏し、この主人を刺戟(しげき)したのだった。
「いや、別に嵌めるなんて……、その……」先の言葉がしどろもどろになり、いかにも言い訳がましく聞こえた。
「旗師に荷割れ品を売り付けるなんざァ、中々したたかですなァ」
「いや、そうとられても……やむを得ないのだが……」
「まあ、いいでしょう。立場が逆だったら、私も同じ事をしていたかも知れません。……ところでね、御主人。私のお得意さんが、新々刀のゴリッ(元幅が広く、重ねの厚い刀をこのように表現する)としたヤツを捜しているのですが、何か出物はありませんか?」と話を持ち出した。
それを聞いた主人は、浮かぬ顔をしながら黙っていた。
私は主人の耳元で囁(ささや)く様に、辺りを憚(はばか)りながら、
「大きな声では言えませんがね。登録証が無い刀でも構わないのですよ。その人は警察関係に顔が利きましてね、直に登録証を付けてしまうのですよ。勿論、私にはそんな真似出来ませんがね。どうです、面白い出物はありませんか?」と主人の耳元で、更に声を細くして囁くように言ってやった。
「そんな物、儂(わし)ら業者が手に出来る訳なかろうが。そんな物、世話したら、手を後ろに回されて、オマンマの食い上げになってしまう」
「そんなこと、百も承知の上で訊(き)くのですよ。私だって、世間の酸(す)いも甘いも嗅ぎ分けた旗師です」
「まあ、それはそうだが……」
「先方はねェ。気に入れば、ある程度のお金を出しますよ」と言って、私は指一本を立てた。
「何だ、その指一本は?」
「これが何に見えます?」
「何だ、たったの十万か」
「どうして指一本が、十万なのですか」
「では、百万か?」
「これが百万に見えますか?」
「では、幾らだ?まさか……」
「そうですよ、その“まさか”の指一本は一千万!」
「……何と、大きく出たなァ」と呆れ顔に言う。
「何しろ警察の防犯課に顔が利くのですから。あなただったら分かるでしょ、この意味が。本当の目的は適当な鈍刀(なまくら)を買って、それに登録証をつけて、その登録証そのものが欲しいのですよ。それも中心(なかご)を巧妙に細工してね……。ここまで言ったら察しがつきませんか……」私は更に声を細めた。
これは一つの唆(そそのか)しである。巧妙に刀屋の主人を引っかけて誘導し、その金庫の中の隠れた品物を見たかったからである。この中には、確かに何かあるのである。そう睨(にら)んだのだった。
「では、鈍刀をどうやって細工するのかね?」
この切出は恐らく鎌だろう。知っていて訊くのだろう。
「えッ?御存じありませんか」
「何をだね?」
この主人は確かに細工方法を知っているであろうが、それを敢(あ)えて私から聞き出し、私の旗師としての裏を、何処まで知っているか試したいのであろう。
「では細工法を教えましょうか。最初は登録証のない不法刀剣と同じような、“銃砲刀剣類登録証”のついた同じ刃渡り、同じ反り、同数の目釘穴の鈍刀を数万円で手に入れる」
「ほう、それで……」
「次に、中心(なかご)の細工に掛かります。まず、鈍刀の中心を半紙に鉛筆などで輪郭(りんかく)と鑢目(やすりめ)模様を写し取ります。それから今度は板蝋燭(いたろうそく)の延べ棒のようなものを作り、そこに不法刀剣の銘の彫刻刀で刻み、中心が同型で同じ鑢目の物を二つ作るのです。一方は無銘の中心、もう一方は在銘の中心です。そして在銘を無銘にしたと偽るのです。本来は在銘であったが、事情に寄り無銘にしたというのです。各都道府県の教育委員会の文化財保護課には、無銘での登録証が元帳が存在するし、この事情は、“銘が悪かった”と云えば済みます。だから在銘を無銘にする理由が発生するのです。これをもう一度、最寄りの警察署の防犯課に行って発見届の再発行を申請するのです。これで防犯課では発見届を拒否する理由が無くなり、発見届を再発行しなければならなくなります」(【註】あるいは逆に、無銘を在銘にする方法もあるが、現在ではこの犯罪手口はバレてしまっており、刀の中心を偽造する事は出来ない。これをすれば銃砲刀剣類不法所持罪と、公文書偽造罪の重腹罪を負うことになる)
「ほーうッ……。なるほど」
「この手順で細工するのですよ」
「なるほどねェ……」
感心するように云っているが、自分でもこの細工法は、既に知っているのであろう。
「ここまで種明かしすれば、ビジネスパートナーとして、同業者として認めてもいいじゃありませんか。決して他言しませんよ。同業者ですから。古物商許可証も、この通り所持しているし、許可証の写真と見比べても、本人であることがお分かりだと思いますが……。どうですか。決して悪いようになしませんよ」
主人は暫(しばら)く躊躇(ちょおちょ)しながら考えていた。しかし、踏ん切りがついたようだ。
「よし、分かった。それじゃァ、見せてやろう。だが絶対に内緒だぞ」
「分かっていますよ。口外(こうがい)しません。約束しますよ」
奥の座敷から、主人は金庫の鍵を持って来て、鍵穴に鍵を差し込み、ダイヤルを回し始めた。
この主人は小心者であるらしい。このタイプの人間は、追い込まれると即座にボロを出すようだ。
何故なら、ダイヤル番号を人に見られないようにダイヤル部分を躰(からだ)全体で隠し、コソコソした動作でダイヤルを回していた。このタイプの人間は、逆に脅(おど)せば、幾らでも口を割る性格の持ち主だ。しかし隙(すき)を滅多に見せない用心深い性格でもある。この用心深さが、茶室を造るまでの理財を溜め込んだ理由かも知れなかった。骨董で財をなした典型的な人間像と言わねばならない。
やがて観音開き金庫の扉が開かれた。
中には目算で、ざっと三十振り位の刀は詰まっているように思われた。
拵(こしらえ/外装)のある物や、白鞘(しらざや)の儘(まま)の物まであった。目ぼしい物を取り出すと、私を座敷の奥に案内した。外からこの光景を見られたくないようだ。
私は二尺以上の物ばかりを、手に取って見た。
「ほう、これはいい。ざつと二尺三寸と言うところですなァ」
「ああ、しかしそれは、もう既に買い手がついているから駄目だ」
「でも一応、見せて下さいよ。見るだけですから……」
私は拵(こしらえ)のついた、この刀を鞘から払い、じっくりと眺(なが)めて見た。直感として、この刀は戦闘向きと思った。新々刀(しんしんとう)である。幕末の頃の作刀(さくとう)であった。そしてその証拠に、どういう訳か、拵に填(は)められていた鐔(つば)が大刀の鐔ではなく、脇差しの小鐔であった。既に、この刀は、物を斬るため、否、人を斬るための目的を持った刀装ではなかったかと思われる節があった。
古流の居合術では、剣道式の形居合道や現代居合は別にして、据物斬居合では、普通大鐔(つば)より、脇差し用のよく鍛えた小鐔を使う。大鐔は手首の甲(こう)に当たるため、術者はこれを嫌って、小鐔にするのである。鐔の縁(ふち)が手頸(てくび)や手の甲に当たるのを嫌うためである。したがって態々(わざわざ)これを脇指の鐔に変えるのである。そして鐔の種類も、金工鐔よりも若干軽めの「透かし鐔」を遣うのである。
この刀の刀装は、既に「曰(いわ)く付き」と思われた。
「これは新々刀。庄司次郎太郎直胤(しょうじ‐じろうたろう‐なおたね)ですなァ。楽に丸特(特別貴重刀剣の略)はつくでしょう」私は刀身だけを見て言った。
「……………」主人はこれに返事をしない。
図星だったからであろう。
「相州伝沸刃(そうしゅうでん‐わきば)、時代は天保の頃。五の目砂流し金線顕(あら)われ錵(にえ/刃と地肌との境目に銀砂をふりかけたように輝いているものであり、匂(におい)についで重要な見所であり、細微のものが揃っているのが最良とされる)深く備前丁字乱(えちぜん‐ちょうじみだれ)。ねェ、そうでしょ」
「ああ、そうだ。あんた随分と目利きだね」と面倒臭そうに言う。
「これは、いいですなァ……」私も思わず唸った。
「しかし残念ながら登録証がない。どうかすると丸特どころか、重美(重要美術刀剣の略)になっても訝(おか)しくない。また、それだけに厄介(やっかい)な代物(しろもの)だ。だが、それでも買ってくれる人が現れた。だからそれは売却済だ」
ついに主人は口を滑らせた。願ってもないチャンスが訪れたのである。
「ほッー、このような厄介な代物を買う人は一体誰です?」
私は、その隙(すき)を突いて、鋭く迫った。
「客のプライバシーを守るために、それは言えん」
「まさか暴力団関係者じゃないのでしょうね?」これを聞いて、主人の顔色が豹変(ひょうへん)した。
私はそれを見透かしたように言ってやった。主人の眼が微かに動いたのだった。間違いないと一瞬思った。何かの犯罪に絡むことが窺(うかが)えたのである。
「奴等は日本刀を美術品と看做(みな)すよりは、喧嘩の道具と看做(みな)している。刀の美しさなど分かる筈がありません。どっちみち、登録証があろうが、なかろうがどうでもいいのですよ。刀、その物があればね……」
私がこういっている最中、主人の眼に落ち着きがないのが分かった。どうやら図星のようだった。何かを懸念(けねん)しているようであった。
「この刀、その買う相手の、二倍の金額で買い受けましょう。なんなら三倍でもいいですよ」
こう云った時、主人の目が動揺していた。
このオヤジの事だ。登録書のない刀をいつまでも所持することも気が気でなく、また放り出してしまうことも惜しまれ、それで二足三文で暴力団に横流ししたのであろう。精々50万程度で流したとして、その三倍であったとしても150万だ。重美で一千万であれば、150万では随分安い買物となる。刀剣愛好家の知人を駆け回れば、それ位の金は直ぐに用意出来る自信があった。それに私自身の利鞘(りざや)も稼げ、久しぶりの臨時収入が入ることになる。
「私がちゃんと話をつけてきますよ。勿論、履行(りこう)の保証として手付金(てつけ‐きん)も二倍返しにして、打たせて貰います。あなたにも、ちゃんと充分なお礼はさせて貰います。儲(もう)けは独り占めしませんよ。山分けしようじゃありませんか。重美の一千万で」わざわざ金額を提示し、主人の耳許(みみもと)で、唆(そそのか)すように囁(ささや)いてやった。
「それが駄目なのだ……」主人は言葉を濁した。
「どうして?」
暫(しばら)く主人は困ったような顔で沈黙を保った。このオヤジは、間違いなく板挟みになっていた。不法所持になることを覚悟して、無登録の直胤(なおたね)を抱え込んみ、しかしタダで放り出すには惜(おし)くてたまらず、何とか金にしたかったのだ。そこに安田組からの買い手が付いた。いや、逆に主人の方から話を持ちかけたのかも知れない。
安田組もこの辺の事情は知っており、一旦売ってしまった物を、いまさら駄目だとは言えない。仕方なく横流しすることに決めたが、私が持ちかけた一千万で、また動揺がはじまった。と、まあ、こんな具合である。
「何としても、駄目なのだ。相手が悪過ぎる。手付け金も貰って、後は研ぎに出すばかりになっているのだ」
私は主人のこの言葉で、「やっぱり」というこれまでの推測が、確信に変わった。
「よく、こんな厄介な代物、買う人がいるんですねェ」
「ああ、まったくだ。それで困っている」
私の待っている言葉を滑らした。
「その人の名前教えて貰えませんか」これを聞いて、主人はきつい顔付きで、私を睨(にら)んだ。そして目の中は、不安で戦(おのの)いていた。
「いや、勘違いしないで下さい。私は、もしよければ、この買おうと言う人から、これを譲って貰おうと思っているのですから……」 「だが相手が悪いのだ。うちの店は、裏で長年あそこと付き合って来て、今では腐(くさ)れ縁(えん)になっている」過去の忌(いま)わしい悔恨(かいこん)のようなことを言い出した。
「ほう、腐れ縁ねェ。もしかしたら広域暴力団の安田組じゃないですか?」
知らない素振りをしながらも、私は鎌を掛けていた。一言も喋らないが、どうやら図星らしい。
「こんなこと、時々あるのですか?」
「いや、今回が初めてだ。今まで長物を頼まれたことは殆どなかった。多くは匕首(あいくち)や短刀で、長くても尺八寸くらいの脇差し止まりだった」主人は落ち着かない様子で喋った。そしてついに吐露(とろ)してしまったのだ。
「それが、美術品を蒐集(しゅうしゅう)するには程遠い連中が、長物を集め出した。何か抗争事件でも起こすために準備をしているんでしょうかねェ……」
「あんた、一体何者だね?」怯える口調で言った。
「何者たって、今明かしたように、あなたと同業者ですよ。業界用語で言えば、旗師(はたし)と云うやつですよ。それ以外に私が何に見えますか。まさか駆け出しの新米刑事にでも見えますか?」
「いや、そうは見えんが……」これ以上何も喋りたくないような素振りだった。
「悪いが、これで帰ってくれないか。この通りだ、今日は帰ってくれ。頼む」
何かに怯(おび)えるように、頭を下げて私に帰るよう頼み込んだ。
「それじゃァ、帰りますがね。安田組には何人の若い衆が出入りしていますか?凡(おおよ)そでいいんですがね、凡そで……」
「よくは知らんが、二十人は居る筈だろう」
「ほう、二十人ですか。二十人にしては、組員の数と刀が足らない筈じゃないですか。どうしてだと思いますか?」
「そんなことは知らん。儂(わし)には関係のないことだ」
酷くおどおどしていた。
しかしこの主人も、よく人数の数まで口を滑らせたものであった。予想外の収穫であった。
「また明日、刀を見せて貰いにお邪魔しますよ。私も旗師として仕事をしなければ、こちらもオマンマの食い上げになってしまいますからねェ……」と捨て台詞(せりふ)とも思える言葉を残してこの店を出た。
私は自分でも、自分を大した役者だと思った。
相手の勢力と、戦力の全貌(ぜんぼう)が分かり掛けてきた。
(約二十人か。刃物は匕首や短刀が主で、長物は極めて少ないらしい。恐らく、これでは、おおっぴらに切った張ったは、やるだけの戦力は持たないだろう)これが私のおおよその分析だった。
それはあまりにも大雑把(おおざっぱ)な成果だった。大雑把すぎた。したがって正確な情報を握らない限り、確固たる作戦は立てられないのである。
私が何故、旗師になったか反芻(はんすう)してみる。元はと云えば、ヤクザから因縁を付けられたからだ。その因縁が理不尽であり、不法なものであったからだ。
私はこれまで弱肉強食の世界を描いて来た。弱肉強食の世界は、有無も言わせず、弱い者は狩り取られる。
例えば、一羽の兎(うさぎ)が野に出た。そして一方、樹上に一羽の鷹(たか)が居た。兎は鷹を視(み)て、こう思うに違いない。鷹は悪魔の鋭い爪と、動物の肉を簡単に切り裂く恐ろしい嘴(くちばし)を持っている。更には、魔性を堪えた銀色の双眸(そうぼう)を持っている。そうした鷹が羽搏(はばた)いた。迅速をモットーとする脱兎の兎は、鷹の襲来を視(み)て野を逃げ惑うが、一瞬にして鷹の餌食(えじき)となった。鷹の鉤爪(かぎづめ)は、兎の体内に深く突き刺さった。
狩りをする動物に理不尽はあるか。その光景に理不尽(りふじん)はあるか。いや、ない。
強い者は弱い者を支配し、その肉を喰(く)らう掟(おきて)に理不尽さはない。むしろ無造作に、弱い者が喰(く)らわれることこそ、大自然の掟に順応しているように思える。それは狩られてしまうと言う、無造作の掟にである。あるいは大自然の無分別か。これこそが食物連鎖といってもよい。不自然さはない。大自然そのものである。人間側の判断など、大自然には一切通用しないのだ。
一旦、鷹が兎を狩ることを設定してしまった以上、これを容易に覆(くつがえ)す術(すべ)はない。支配され、喰われるしかないのだ。
この時私も、法外な金をヤクザから請求され、「狩られた」ことに気付いた。兎と同じように、狩られたのであった。狩られる者は、狩る側の権利であり、狩られた方が不用心であったと言う事に過ぎない。油断があったのだ。
鷹に狩られた兎も、不用心から狩られたのであった。これは狩った側の鷹の権利であった。狩られた兎は、鷹への理不尽さを思ったり、怒りを感じる余裕などないであろう。狩られた以上は、鋭い嘴で、我が身を切り裂かれるだけの事であった。
私の場合も同じであった。脅され、強請(ゆす)られ、取られるだけ取られるのだ。話を付けに行ったあの日、奴等にはその傲岸(ごうがん)さが出ていた。しかし、「待てよ」と思う。取られるだけ取られてなるものかと思う。そうさせる分けにはいかないのだ。ここに、むざむざと喰らわれてはなるか、という男の意地が働く。
一戦交えるしかない。阿修羅(あしゅら)の如く暴れるしかない。これまでの経緯を反芻(はんすう)し、私はそう決心したのだった。私も死ぬ。しかし奴等にも死んでもらう。一人でも多く死んでもらう。私の出した結論は、これであった。奴等が私を、このように追い詰めたのであった。
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