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旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 52

夏季の茶の湯に用いる平茶碗。


●蜜月の怕さ

 帰りしなに、早斗子女史の盆略(ぼん‐りゃく)のお点前(てまえ)で、お茶を一服ご馳走になった。
 「お薄
(うす)をどうぞ」と彼女は挨拶した。
 彼女は茶道にも通じているらしく、その帛紗
(ふくさ)捌きは中々見事であった。お点前としての仕組みや、棗(なつめ)から薄茶が茶匙(ちゃ‐さじ)によって茶碗に落とされ、瓶掛(びんかけ)の鉄瓶(てつびん)から湯が注がれる、その一切合切が堂に入ったものであった。そして茶筅(ちゃせん)で茶が立てられた。その一部始終を観ていたが、その動作には隙(すき)がなく、見事なお点前であった。流石(さすが)女流の剣道家だった。
 そして私の前に出された茶碗は、美術館から持って来たかと思われるような、何と、古九谷
(こ‐くたに)の赤絵染付け平茶碗であった。絶品以外の何物でも無かった。
 久我宮修平
(こがのみや‐しゅうへい)老人ならびに、早斗子(さとこ)女史に門前まで見送られた。
 
 「また来ておくれやす」久我宮老人がそう言った。
 「では、お気をつけて」早斗子女史の、声高の京訛
(なまり)が愛らしい。
 二人からそう言われ、私も会釈でこれに応えた。
 少し歩いて、後ろを振り向くと二人は並んで会釈
(えしゃく)し、早斗子女史は笑顔で元気よく手を振っていた。彼女の清々しい笑顔が、強い印象となって脳裡(のうり)に焼き付いた。
 烏丸通に沿って京都駅に向かった。そして午後四時の新幹線で、無事京都駅を発
(た)った。
 仙洞御所は参観できなかったが、著名な久我宮老人に、偶然にも会えたことは何よりもの収穫であった。そしてその示唆するところは、今後の私に大きな影響を与えたことだった。
 繰り返し久我宮老人が言われたことを、脳裡
(のうり)で反芻(はんすう)してみた。そしてそれは、重い量感をともなって、再び私に問いかけるのであった。


 ─────新幹線の車窓から見える、飛ぶような夜景の向うをぼんやり眺
(なが)めながら、それを繰り返していた。この日、わが家に辿り着いたのは、午後8時を過ぎた頃であった。予定通りの到着である。
 夕飯は既に用意され、由紀子の給餌
(きゅうじ)で夕食を食べたが、この日、久我宮老人が語った言葉が頭から離れなかった。そこに彼女が盛んに話し掛けて来た。

 「ねえ、報告きかいのですか?」
 「なんのことでしょう?」
 「松子ちゃんのことよ」
 「松子?……、松子がどうかしましたか」
 「あなたの居なかった時のことを。つまり、あたしが代理をしたことを」
 「そうですね。で、どうかしましたか」
 「どうかしましたかって!」少し尖
(と)ったように言った。
 「なにか問題でもありましたか?」
 「ありません!」依然、尖っている。
 「じゃあ、よかったじゃないですか」
 「よくありません!」
 「どうしてです?」
 「あの子ね、なに遣っていたと思う?。なんと『コーシーの微分積分学要論』とか『ルベーグの積分・長さおよび面積』などの学習していたのよ。ちょっと変じゃないかしら」
 「ほッ……、すごいですねェ」
 「すごいじゃありませんよ。訝
(おか)しいわ。異常です」
 「どこが?」
 「いい、普通、高校生がこのような勉強すると思いますか?」
 「しないでしょうね」
 「そうです、しません。あれは大学の理科系の専門分野の高等数学ですよ。あたし、中を覗き込んで、全くちんぷんかんぷんでしたわ」
 「じゃあ、教えてもらいましたか?」
 「そんなことしませんよ。教えられたって理解できません。だいたい、あの子の頭の中、どうなっているのかしら」
 「では、病院で診て貰いますか」
 「他人事
(ひとごと)のように言わないで下さい」
 「まァ、しかし狂ってはいないことだけは確かでしょうね」
 「でもね、あの子の勉学のときの眼はね、尋常ではなかったわ。眼が黄金に光って、鷹のような禽獣が獲物を狙っているような怕さ。これまでの可愛い、綺麗な顔が、急に夜叉
(やしゃ)のように鬼面じみて、本当に怕いくらいだった。眉間に縦皺が刻まれて、憂悶(ゆうもん)の表情。何かと格闘しているようで……。そういう恐ろしさ、あなた、分かります?」
 このときの由紀子の恐怖心は正しいだろう。松子は人格に二面性を持っているからである。
 「それは考え過ぎでしょう。今度、注意しておきますよ」
 「どういう、注意するの?」
 「小学生に戻りなさいって」
 「なに言っているのよ!」ますます尖った。
 「だいじょうぶですよ、あいつ何でも化けますから。変装の名人です」
 「そういう意味じゃないでしょ。なんでこう、話が噛み合ないのかしら」


 ─────あれから瞬く間に時が過ぎた。足早に月日は過ぎ、もう蝉の聲
(こえ)がする時期であった。
 私はその後も徹底的に研究し基礎固をしていた。そして繰り返し思われることは、少なくとも『三宝堂』の主人に負けないくらい、あるいは同格に近い目利きになっていなければならないのである。
 研究を繰り返し、常にそのことを反芻
(はんすう)しながら、益々の猛勉強を重ねていた。
 「目の勝負」は、また真剣勝負だった。眼の勝負師になろうと務めた。

 念頭に置いていた久我宮老人の謂
(い)った言葉を脳裡に反芻した。何度も再生した。
 「売る人が目が利
(き)かず、買う人が目利きならば、売る人の負けでおます。また、この逆もおます。したがって、いい加減な研究で、自信過剰に陥ったり、修羅場(しゅらば)の真剣勝負を避けて通るようなことをしていては、よい物を見る目は養われず、こうしたことでは、まことに浅慮(せんりょう)と言わねばならず、これこそ、固く慎(つつし)まんと、いかんのと違いますやろか」の言葉が、いつまでも頭から離れなかった。
 この修羅場の真剣勝負は、私には避けられない現実である。人生に於て、こうした局面は避けて通れないようだ。真っ向から取り組むしかない。
 だが、悩んだり案じてはなるまい。悩みも心配も無用なのである。真剣勝負は受けて立つ以外ない。避けるべきものでない。おそらく久我宮老人の言を借りれば、悩みも心配も無用だと言うことだろう。目先に振り廻されて短見に疾ってはならないのである。そうなると迷いが生じる。この迷いに取り憑かれれば、生涯迷いっぱなしになるだろう。
 「案じることはない」ゆえに「案じるな」である。案じれば迷いに乗ぜられる。
 いま正念場に対峙
(たいじ)していることを思い知らされた。
 しかし、矛盾するようだが「案ずることはない」である。そしてこれからは、旗師
(はたし)として、いよいよ諜報活動に入るとそう決心して、その夜は、由紀子にお構いなしに、草々に早寝したのである。


 ─────私の暗躍は続いていた。諜報活動に備えてである。しかし苦悶していたことも確かだった。
 その暗躍の背景に、俊宮松子が影のように動いていた。敵味方の標識は未だに釈然としないが、今のところ大した害を与える訳でもなく、また格別な利を齎すと言う訳でもなかった。ただ影である。

 最近は実家に立ち寄ることが多くなった。松子の所為
(せい)である。彼女のことが気掛かりだった。
 彼女は母をよく扶
(たす)けてくれていた。話し相手にもなってくれる。もともと病弱であった母は、松子のお陰で一段と元気を取り戻しているようだった。
 松子は不思議な少女だった。その体躯を遠望すると、激動の荒波に揉まれて生きて来た野性美を感じるのである。その姿に牝豹のような敏捷性が潜んでいるのである。いつ飛びかかって来てもおかしくない狂暴性も併せ持っていた。まさに鋭利な刃物の観があった。対処法としては近付き過ぎず離れ過ぎずが大事である。常に遠望しておくことである。
 彼女には恐るべきは、その二面性であった。その一面には影があった。その影は、修羅場を渡り歩いて来た翳
(かげ)りから来るものであろう。
 もし、その影に図に乗り過ぎたり、甘えが過ぎれば、一雷落下を喰らって灼
(や)かれるかも知れない。そうでない保証は何もない。そうならないためには、ある程度の距離は必要だった。

 諜報活動の下準備として最初に調べねばならないことがあった。その協力を松子に願った。協力者がいなければ無理であったからだ。諜報活動を展開するには背景に協力者がいる。この役目を「サヤン」という。
 最も有名なのが、モサドである。
 モサドの意味はヘブライ語でいう施設とか機関のことで、諜報活動をするうえで、敵対国による非通常兵器の開発や獲得の妨害、あるいは在外イスラエル人に対するテロ行為の阻止を目的とする特殊なものである。これはイスラエル諜報特務庁に属している。そしてこの組織には、世界中にサヤンを従えていることである。
 例えば医者なら「ドクターサヤン」であり、拳銃などの銃創でも警察に通報なしに治療してくれるし、「銀行サヤン」なら、数千万から数億単位の金を無担保で即融通してくれる。他にも住宅サタン、交通サタン、運輸サヤン、食糧サヤン、貿易サヤン、学術サヤン、芸術サヤンなど様々な種類のサヤンがある。
 言わば松子は、私の『松子サヤン』だった。

 「松子、元気だったか」
 私は『松子サヤン』を訪ねた。
 「なによ、昨日の今日でしょ。何年かぶりに来たように言わないでよ、日付感覚が狂うじゃないの」
 ほっぺを膨らませて叱責するように言う。またそれが可愛い。馴れれば叱咤も、苦にもならず受け流すことが出来る。その可愛さと相殺できる。
 「では、おまえの人体時計が狂わないように褒
(ほ)め言葉を一つ、聴かせてしんぜよう」
 「なあに?」
 「今日もまた一段と綺麗で、可愛いな。日増しに美しくなっている」
 「なんだ、そんなこと。当り前じゃないの」自分を無機物のようにいう。
 褒めても少しも喜ばなかった。通常の社交辞令は、もう通用しなくなっていた。
 歯の浮いた世辞ではなく、歯の浮かない事実を言ったのだが、早計だった。愚者の蛇足だった。
 「今日は肥汲みか、毎日精が出るな。ご苦労なこった。しかし、なかなか似合っているぞ」と冷やかしてやった。
 「そう。ありがとう」それだけで終わった。
 松子は手拭で頬っ被りして、鼻の部分に結び目を充て、肥汲みをしていた。その作業スタイルは県立T高校の体操着で、白の半袖の上衣には、くっきりと鮮やかに同校の校章が紺色で左胸上に描かれていた。両胸の乳房は水密桃
(すいみつとう)のように、たわわに熟したと言う感じである。匂うような妖艶さがあった。そろそろ収穫時期だろか。
 半袖からは日焼けしても、なおも白い二の腕が形よく伸びている。

 下は体操用の黒の短パンであった。そこに、すらりとした形のよい、抱擁
(ほうよう)してしゃぶりつきたいような白い脚が伸びていた。足頸の締まりがなかなかいい。それだけに敏捷さを物語っていた。
 足は裸足で、肥柄杓を握って肥樽に注ぎ込んでいる。それを前後に並べて、天秤棒を通し、担いで肥溜めまで運んで流し込む。その作業を、私は見守っていた。何といじらしく、健気なやつだ。見ていて感心する。
 しかし腰から脚にかけてのラインは、まさにエロティズムの香り漂っていて、臀部に至っては桃の実を髣髴とさせた。鑑賞には充分の耐えられる妖艶たる光景であった。
 もし此処にイエスがいたら、彼女をそのような眼で視ただけで、「汝
(なんじ)は既に姦淫したり!」と指弾されただろうか。それに、太腿にしゃぶりつきたい衝動があったから、重罰だろう。石打(石殺し)の刑に処されるかも知れない。
 彼女はこうして肥桶を担いでいるが、これはあくまで一宿一飯の恩義であり、そもそも俊宮松子の氏素性はその苗字からして抜群である。だが、今は仮の姿だ。それだけに未
(いま)だに、底が見えない。彼女は底無し沼であった。

 「手伝ってよ、健太郎兄さん」
 松子が「健太郎兄さん」と呼ぶときは決まって善いことがあった時だ。今日は機嫌がいいようである。
 「松子、善いことあったか。男でも出来たか?」冗談半分で訊いてやった。
 「そう、男が出来た!」
 これは勿論、冗談であろうが。
 「嘘だろ。誰だ、そいつ!そいつ、学生か。学生だったら怒鳴り込んでやる。どこのアホ大だ。そのアホ大の駅弁大学名は何だ。あるいは高校生か。その生徒、どこのアホ校だ?」
 「やめてよ、バカなこと。そんな男じゃない。もう八十に近いお爺ちゃん」
 「なに八十に近いだと。とんでもない爺
(じじい)だ。おまえ、その爺から手込めにされたか。それとも、その爺からバキュームされて、性感帯を刺戟されたか」
 この時代、巷ではバキュームおじさんというのが出没していた。その爺さま版と思えば分かり易い。
 「バカなこと言わないで!」叱咤一喝である。
 私は、「もしかして」と思う。松子だったら、八十爺でも怒張させて、四、五回放させて確
(しっか)り極楽に送り届ける秘術を心得ているかも知れない。そのうえ、そのまま昇天させて極楽往生させるだろう。
 かつて、そういう凄腕の女性の話を聴いたことがある。

 「だがな、おまえの保護者として、おれの立場も考えろ。おまえが爺と添え寝したら拙
(まず)かろう」
 「バカなこと言う暇があったら、手伝いなさい!」
 「あるいは、よからぬマッサージのバイトでもしているのか……」
 「冗談もそのくらいにしておけよ、健太郎」急に態度が豹変した。
  松子の眼が鈍く烱
(ひか)った。闇を凝視する目付きである。こいつが、こういう眼をしたときは怕い。そして眉間に縦皺が寄り、急に愛くるしい顔から、阿修羅貌へと変貌する。二面性にうちの一つである。
 「はいはい」
 あまり揶揄
(からか)い過ぎると、危険極まりない状態に陥る。何事も「ほどほど」である。
 遣り過ぎるとよくないし、言い過ぎるとよくない。何事も腹八分が大事で、出来れば少し飢えた、腹六分が適当であろう。
 美味いものは、年に一度か二度であるから、それは美味いものとして印象に残る。ご馳走は年に数回だからご馳走である。毎日がご馳走では、ご馳走でなくなる。
 年から年中、美食に明け暮れると残された美味いものは、最後は珍味から下手物食いへと顛落する。美食家の末路である。

 かつて武田信玄は「六分の勝ちで佳
(よ)し」とした。さすが名君である。
 決して攻め過ぎず、勝ち過ぎずだった。
 戦争でも勝負事でも、勝ち過ぎるとよくない。この世には作用と反作用が働いているからだ。
 恋愛にしても、惚
(ほ)れ過ぎるとよくない。ほどほどがいい。適度な距離があってはじめて長続きする。
 べったりは破綻
(はたん)の許である。夫婦でも、べったりから始まった恋愛結婚は、早々と破綻する。蜜月の怕さだ。
 私はこの人間現象界に「蜜月の怕さ」があること知っていた。「怕さ」の法則である。
この法則は如何なる側面にも働いている。しかし多くは、この法則を知らずに破綻を招く。
 現象界には作用と反作用が働いている。如何なるところにも、相対法則が存在するのである。これは人間現象界でも例外でない。ほどほどが、処世の秘訣であるからだ。

 しかし松子の「何かいいこと」の実体は分からなかった。いったい八十近い年寄りとは誰だろう。
 この日、松子に恃みたいことがあった。彼女のデジタルカメラのような記憶力である。
 一瞬にして物事を、あたかも鳥瞰図
(ちょうかんず)のように記憶してしまう恐るべき特技を持っていた。
 鳥瞰眼という、鳥の眼で観る術がある。離れて遠望する。それも上空からである。高所から、下界の様子を検
(み)てしまうのである。図面記憶術の一種であろう。
 依頼事は建物の写真から鳥瞰眼をもって想念させ、上空図面を作図させることであった。これは特殊な記憶力が養われていないと作図はできない。
 例えば、間者が敵国に侵入し、地域の絵図面を作図するなどの特殊技法は、鳥瞰眼の記憶力が合体したものである。かつては忍者が、この術をこなした。


 ─────肥汲み後、松子を伴って小倉区の市立図書館に遣って来た。
 彼女は県立T高校の制服姿である。上衣は白のセーラー服。下は紺の膝頭までのスカート。足許は白いソックスに、黒のスクール用の革靴である。前から検
(み)ても後ろから検ても、十七、八の女子高生である。
 昭和47年頃の初々しい高校生スタイルである。この姿にすっかり馴染んでしまっていた。
 板についているというか、女子高生に化けているというか、完全に合体し、変装の名人は県立T高校の生徒になりきっていた。そのまま学校に行って末席に坐り、授業を受けても、誰も部外者と気付かないだろう。
 夏の制服であり、高校生が図書館に遣って来たと言う構図である。

 図書館でことである。
 此処で意外な人物に会った。それは再会というべきか。世間は狭いと思う再会であった。
 「こんちには」
 後ろから聲
(こえ)が掛けられた。振り向いて、はて?と思った。それも美人である。
 「?…………」一体この女性は誰だろう?……。
 「お久しぶりです、先生」
 果たしてこの女性は誰か?……。そのうえ容姿端麗。そして美人と来ている。なかなか思い出せない。お久しぶりと言われても、私には誰だか分からないのである。
 それは松子と館内の廊下をうろついていたときであった。

 「ええと……、君は、誰でしたか?」
 「佐藤です」
 「あッ!」と思った。何とも奇遇である。佐藤みどりであった。
 昨年、女子校の教師をしていたときの教え子である。
 しかし咄嗟のことで思い出せなかった。それに卒業後のことである。女子高生としての面影は幽かに留めるものの名前まで思い出せなかった。もう一年経過して、彼女は何処かの女子大へと進学しているのである。
 大学一年といえば、これまでの生徒から学生へと呼称も変わる。薄化粧し、口紅まで引いている。直ぐに分かる筈がなかった。
 それに彼女は図書館員のエプロンをしていた。ちょうど昼食時に差し掛かった頃であろうか。
 佐藤みどりは、私たちを図書館ロビーへと案内した。
 「やっと思い出しましたね、先生」
 はたと思い出し、そこにはかつて私が“引く手数多
(あまた)”と予言した佐藤みどりがいた。
 「佐藤みどりくんか。すっかり綺麗になって見違えてしまったな。で、何処の大学だったかな?」
 「県立女子大です」
 「ほッ……。頑張ったじゃないか。ところで君は博多だっただろう、なんで小倉にいる?」
 「わたし、夏休みの間、この図書館で臨時の司書しているのです、図書館司書の資格持っていますから。それに小倉に親戚がいますから……。毎日、親戚の家から通っています」
 「ほッ……。図書館司書か」
 司書とは図書館で、専門的職務に従事し、図書館法に規定される一定の資格を有し、図書の収集や整理、保管および閲覧などに関する業務を担当する職員のことである。

 「いま先生はどうしてますか。傍
(そば)に可愛い生徒さん連れているから、また何処かの学校に就職されたんですか?」
 「いや、そのッ……、実は家庭教師の生徒なんだ」
 「へェ……。先生は家庭教師なさっているのですか」
 「大学受験の……」《山師のような……》と付け加えれば、どういう反応をすだろうか。
 「こちらの生徒さん、どこの学校ですか?」
 「こちらの学校です」松子が自慢げに、制服の胸を思い切り張ってみせた。
 「もしかして、その制服は?……」と半信半疑で訊いた。
 「そう、もしかして」松子が要
(い)らんところで間(あい)の手を入れた。
 「あなた、進学校の県立T高校なの?すごい!」
 「そう、そのすごい学校です」よくも悪びれずに言う。
 「スタイルがよくて、可愛くて綺麗で。きっと頭もいいのね」
 この評価は、松子の容貌穏やかな、作りの小さい顔が、年齢相応の表情を浮かべているからであろう。これは可憐な少女に見えるのかも知れない。
 「ええ、みんなから、そう言われます」臆面もなくいう。遠慮などしない。
 「何かスポーツでもしているの?」
 「ええ」
 「なあに?」
 「砲丸投げと重量挙げです」
 「まあッ、おもしろい。諧謔
(かいぎゃく)を超えたジョークというか……」
 「ジョークの類
(たぐい)の下品なものではありません」
 「でも、おかしいわ」くすっと微笑んで、口許を押さえた。
 「おまけに天秤棒まで担いでいます。今日も早朝から筋トレです」
 「天秤棒って?」
 「前と後ろに、中身の確
(しっか)り入った桶の紐に差し込むのです。今日も朝からみっちりと、ハード・トレーニングさせられました。こちらの先生さまのお宅で」
 「砲丸投げに重量挙げ、そして天秤棒まで担ぐ……って。それ、どういう目的で?」
 「生活のためです」
 「本当に、おかしいわ」手首の甲で口を押さえたままである。
 「そんなに笑わないで下さい」
 「でも、あなたの顔から、なんとなく現実感が湧いて来ないですもの」
 「これが、今日この頃の、わたしの偽わらざる実情です。どうか、お察し下さい」と哀れみを誘うようなことを言った。
 「先生もいいわね、こういう愉しい、綺麗なお嬢さんが周りにいて。なんだか羨ましいわ」
 「それは誤解だ」
 「でも、愉しそうに肩を並べて歩いていましたわ。遠くから見ていると接近感が濃厚というか、仲睦まじいというか……。ねえ、先生。このお嬢さんとは、どういうご関係?」
 「ジャーン、妻です!」と突然、松子がいきなり割り込んだ。
 そして、腕に思い切り縋
(すが)り付いて来たのである。親密感で密着していた。時として、松子は悪戯好きな森の妖精になる。

 「えッ?!……」
 意表を衝
(つ)かれたみどりの目は点になり、びっくりの仰天、驚愕(きょうがく)の極地の顔であった。
 果たしてこれをどう判断していいのか、彼女は困惑していた。それを思索する表情は窮まっていた。そして唖然とした複雑な沈黙が流れた。
 冗談もここまで堂に入ると、沈黙する以外ない。この一瞬の、沈黙の長いこと。

 「おいおい、そんなんじゃないよ、違うんだ。冗談だよ、冗談。悪い冗談。ときどき、こう言う悪い冗談いって手玉に取るんだ」
 「でも、手玉に取られている先生、なんだか嬉しそう……」
 「違う違う、そうじゃない。遊ばれているんだ。この小娘とは生徒と先生の関係。それ以上は何も無い」
 「そうです、何もありません。レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』のような、そういうご懐妊を告知する肉体関係は一切ありません。堕胎経験も一度もありません」
 「そういう台詞って、かなり勇気がいらない?」とみどりは呆れたように、松子に訊き返した。
 「それほどでも。こちらの先生の厚顔に較べれば」
 「あなたみたいに、ずけずけ物を言う人、好きだわ」
 「これでも、ずいぶん控えめです」
 「では、控えめに自己紹介して下さらない。わたし、佐藤みどり。昨年まで、この先生の教え子」
 「わたくし、俊宮
(としのみや)松子。俊宮と聴いても、決して珍しい苗字なんて言わないで下さい。何処にもある、在(あ)り来たりの苗字ですから」
 「まるでお公家さんみたい」
 「そうかしら……」
 「特技はなあに?」
 「書店での立ち読みです」
 「おもしろくって、ユーモアがあるのね。本当におかしい……」
 「もう一つの特技は……ねェ、それはねえ……」と言いかけて、勿体付けた。
 「なあに?」
 「それは……ねェ……」気を持たせるように勿体付け、怕々
(こわごわ)と言葉を澱(よど)ませた。
 「だから、なあに?おっしゃいなさいよ」とみどりが促すように訊いた。
 「この先生だったら、知っているかも……」
 「おいおい、おれに振るなよ」
 「ジャーン、これッ!」
 細めの金襴短刀袋の入った棒状のものを、スカートのポケットから取り出して、目の前に突き出した。
 「おいッ。それは、まさかヤッパか?!。こういうところで見せるなよ、まずいだろうが」と驚くように、怕々と言った。
 「なに言ってるのよ、バーカァ……。これでしょ」房紐
(ふさひも)を解いて、中身を引き抜いた。
 「それって、龍笛
(りゅうてき)?……」みどりが驚いたように訊き返した。何から何まで、彼女は意外性を目の当たりにしたからからである。
 「近いけど、違います。能管
(のうかん)です」
 「おい、びっくりさせるな。ヤッパかと思ったじゃないか」胸を撫で下ろすようにいった。
 みどりは興味津々という様子で、
 「えッ、えッ?能管?……。能管って、能楽に用いる横笛のこと?」と訊き返した。
 「そうです。龍笛と能管の違いは、“のど”の有る無しです。能管は“のど”がありますが、龍笛はこれがありません。いわば“のど”は、能管の心臓部です。生命
(いのち)です」
 「松子さんって、すごいのねェ」驚いたようにいった。
 「ええ」
 こいつは謙遜も遠慮も知らない。評価されるまま反応する。
 「その、すごい能管。聴かせてもらえないかしら」
 「いいですよ」
 「では、近くに静かな公園があるから、そちらででも……」
 こうして能管の演奏となった。

 「さて、聴かせるとして、健太郎兄さん。カンカン探してきてよ」
 カンカンとは「空き缶」のことである。この時代、今と違って、空き缶はそこら中に転がっていた。
 「健太郎兄さんって……。だったら、お二人は、ご兄妹
(きょうだい)?……」と不審そうに、みどりが訊き返した。
 「わたしたち、端
(はな)から兄妹でも、夫婦じゃありません。ふつうの師弟関係です」
 「おもしろいこと言うわ」
 「再従兄妹
(またいとこ)なんです、祖母同士が従姉妹(いとこ)で……」
 「そうだったの」納得がいったようなふうだった。
 それにしても今日の松子は、うきうきして機嫌が良かった。何かいいことがあったのだろうか。

 さて、問題は此処からである。
 松子の意に叶えば、彼女は力を貸してくれるだろう。また祝されるか否かは、私の器量に懸かる。
 私は本来、そういう畏
(おそ)れ多い、逆下克上の関係で松子に事(つか)えているのである。
 そして松子のやつ。公園のステージで、何と何と能管を吹いて「一発大道芸」を遣ると言うのである。
 “カンカン探して来て”は、これだった。木戸銭入れの器のである。
 松子への依頼事が、逆に、とんだ大道芸をやる羽目になってしまった。彼女の記憶力を頼って、本来は絵図面の記憶を依頼する予定だった。

 このステージでは時々、ミュージシャンを自称する歌手とか、ギター引きとか、バイオリン奏者とか、トランペット吹きとが拙
(つた)い芸を披露する。それを冷やかしに、何人かが疎(まば)らに集まって来る。
 この日も疎らな観客の前で、自称ミュージシャンが下手な芸を見せていた。
 だが下手な芸の披露とは雖
(いえど)も、出演者にはルールがあった。
 多いときは籤
(くじ)引きだが、この日の出演者は下手な演歌歌手志望のオヤジ一人だった。完全に音程を外して、音痴の艶歌を披露し、鉦(かね)一回を鳴らされて、爆笑の中を退場させられたばかりだった。
 この鉦鳴らしのオヤジもボランティアで、出演者の上手下手を判定する。しかしこの鉦鳴らしのオヤジ、正確な耳をしていることで定評があった。おまけに艶歌調の出始めの司会まで遣ってくれる好き者の閑人
(ひまじん)だった。鉦もマイクも自分持ちで無料奉仕しているのである。歳の頃は50歳前後であろうか。

 松子の番になった。
 司会のオヤジがマイクを向けた。
 「どちらの学校ですか?」
 「県立T高校です」
 「ほッ……、県下でも有数な進学校の、あの県立T高校ですか」
 「そうで〜す」
 「学年は?」
 「進学コースの4年A組です」
 「えッ?4年!……ですか。高校に4年生がありましたかなァ?」オヤジは暫く考えて、「またァ、ずいぶんと冗談がお好きな生徒さんですね」と結論付けた。松子が化けていることは微塵も疑っていなかった。
 「いえ、それほどでもありません」
 疎らな観客から、苦笑に近い嗤
(わら)いが洩れた。
 「今日はどちらからでしょう?よろしければ、お名前も」
 「八幡区大蔵の俊宮松子です」といって一礼し、その仕種
(しぐさ)の可愛らしさが、観客を充分に惹(ひ)き付けた。制服の少女が眼を惹いた。
 松子は、私が拾って来た空き缶をステージの前方中央に置いた。
 「それはなんですか?」
 「木戸銭
(きどせん)集めの徴集の缶です。賽銭箱(さいせん‐ばこ)と思って下さい」
 「えッ!木戸銭集め……の賽銭箱……ですか?」オヤジは頸を捻った。意味が釈然としないからである。
 「恵まれない人に愛の手を」と中途半端に言葉尻を濁した。思い込みに誘う話術である。妙と言えた。
 「社会奉仕活動をしているのですね」とオヤジの勝手な思い込みである。
 松子は、それを否定も肯定もしなかった。
 「上手と思ったら、小銭を投げて下さい。下手だと思ったら、石を投げて下さい。観客の皆さんのお好みでどうぞ」とインパクトを与え、度肝を抜く言い方だった。話術の妙である。
 「えッ、えッ?これはまた、きついジョークと言うか、超ギャグというか、こういう方は今までにはじめてです。可愛らしい顔に似合わず、凄まじことをいうお嬢さんですね。では、何を演奏して下さいますか」
 「これです!」と能管を突き出すように元気よく答えた。
 「それは……ええッと、リコーダー
(プラスチック製の初等教育用の楽器)ですか?」
 「ブゥー。これ、能管と言います」
 「能管というと?」
 「龍笛より少し太い煤竹の材質で、雅楽の横笛
(おうてき)に似ていますが、管内に喉(のど)と呼ばれる管を挿入して内経を細くし、異なる音律が出せる特殊な横笛の一種です」
 「ほッ……。これは凄いものを……。では曲目は?」
 「ではですねェ。『平家物語』壇ノ浦・関門の合戦の一幕
(ひとまく)を」
 「これはまた、凄い曲目ですね。では、俊宮松子さんが演奏なさいます。『平家物語』壇ノ浦・関門の合戦の一幕、さっそくお願い致しましょう。さあ、会場のみなさま、どうか盛大な拍手でお迎え下さい」
 オヤジが拍手を促したが、海のものとも山のものとも分からぬ松子には、拍手は疎らでパラパラだった。寂しい拍手である。容姿は女子高生然として、可愛くはあるが、それだけでは評価されていなかった。
 だが私一人は、彼女ために力いっぱい手を叩き、声援を飛ばして「がんばれ!松子!」と怒声を上げた。
 横では佐藤みどりも、「松子さん、がんばって」と声援を送って、一緒に手を叩いてくれた。
 松子の木戸銭の稼ぎ如何で、今後の待遇が乱高下する。私も貧困に喘ぐ、恵まれない一人であった。
 これまでの投げやり的な、疎らな拍手が熄
(や)んだ。

 松子は静かに、歌口
(うたぐち)に唇を充(あ)てた。その姿が堂に入っていた。
 その瞬間は恐ろしいほどの静寂があった。そこに突如、静から動への変化が疾った。
 公園中にいきなり、能管の迫力のある笛の音が響いた。まず、出
(で)出して聴衆を惹(ひ)き付ける。
 辺りは水を打ったように静かだった。
 烈しい音から、なだらかに変化し、穏やかなさざ波のように波打ち、突如悲鳴のような高音域に変わり、それは合戦の騒乱をイメージさせ、そこで狂ったようになり、そして静かに沈み、亡者がしくしくと哭
(な)くような音を経て、再び最初の迫力のある音を出し、やがて流れるような音色になって徐々に静まっていった。戦いすんで、兵(つわ‐もの)どもが夢の跡を思わせた。
 それを聴いた聴衆客はいたって静かだった。水を打ったような静寂が未
(ま)だ余韻を曳いていた。
 そして、何処からともなく、拍手が巻き起こった。それがやがて渦となった。
 司会のオヤジは暫
(しばら)く忘我状態だったが、やがて我に返ったように突然、キンコンカンキンと合格の鉦を叩いた。

 「いやーッ、凄い演奏でしたね。驚きました。感動しました。まさかこのような可愛いお嬢さんが、あのド迫力の音を出すのですから、驚かない方が不思議です……」
 「いまのはほんの触りです。みなさまのお耳を穢
(け)して申し訳ありません」
 「いえいえ、決してそうではありません。ああ……、そうだ……。見て下さい、この木戸銭の山。これ、何に遣いますか」
 「晩のおかず、買います」
 「えッ?、おかずですか」オヤジが呆れたように訊いた。それは欲がないですねという訊き方だった。
 周囲から爆笑が湧いた。
 「おかず買って、余った分は共同募金会に寄附します」この辺も話術の妙だった。
 聴く者に錯覚を起こさせる。何気ない言葉が、思い込みへと誘導しているからである。
 何で、わざわざ余るようにおかずを買うか。晩のおかずは今日のみに非
(あら)ず。明日も、明後日もずっと続く。そうオヤジに言ってやりたかった。余るわけ、ないだろう。
 だが現実は、「おやおや……いい心掛けですね」だった。
 では「いい心掛け」とは、何を基準にしているのだろう。
 人間の思い込みとは、斯
(か)くも甚だしく先入観で汚染されているのである。

 「ところで将来は何になりたいですか」
 「ふつうの主婦です」
 「ふつうの主婦ですか?それ以外は?」
 司会者は「ふつう」を意外に思ったようだ。未来の設定をふつうの主婦に置いていたからである。
 「それ以外の野心はありません。ふつうに結婚して、ふつうに子供を産み、ふつうの主婦になって、ふつうに歳とって、ふつうに枯れて、ふつうに死んで逝くのが、わたしの野心と言えば野心でしょうか」
 松子は「ふつう」に飢えていた。偉大なる「平凡」に飢えていた。
 「ほォ……。心に響く素晴らしいことを言いますね」
 司会者のオヤジは、まさか彼女が平凡を設定していることに驚いたのである。
 ここでいう松子のふつうは、「並み」という意味ではあるまい。また「その程度」という意味でもないようだ。平凡人のふつうに憧れたような感があった。換言すれば、多くを需
(もと)めなという意味が籠っているようだった。あるいは目立たないことを指しているのだろうか。ひっそりと生きたいのである。
 思えば、これまでふつう以下の生活をして来たからである。非日常の中に身を置いて来たからである。それゆえ日常のふつうに生きることに飢えていた。

 「県立T高校でしたよね?」
 「はい」
 「県下有数の進学校ですよね?」
 「はい」
 「勿論、大学には進学なさいますよね?」
 「はい」
 「どちらの大学へ進もうと考えていますか?」
 「東大理科三類です」
 「えッ!東大?……ですか。えッ?えッ?!」
 オヤジは一瞬唖然として、口をぽかんとしたままであった。
 この驚きは、松子の容貌穏やかな、小さな顔の作りのアイドル女優のような容姿、そして能管の迫力と、東大受験というこの三つのキーワードが、何れの共通項を持たず、そのことが戸惑わせたのであった。
 日本人は東大学閥の権威に弱いのである。依然として東大閥神話が罷
(まか)り通っている。
 松子はこの神話に立ち向かい、日本人が思い込んでいる「幻の尊敬」を崩すために、ただ一騎、立ち向かう姿勢を露
(あらわ)にしたのである。日本人は明治以来、容易に突破できない難しい試験の合格者に、恐ろしいほどの尊敬の念を傾ける。彼女はその平身低頭の愚を、打ち崩そうとして闘志を露にしたのである。

 だが闘志も、持続力があっての物種である。
 人間は持続するためには、その闘志を継続させるための執念がいる。
 最初は継続するかのように思えるものでも、時間が経てば色褪
(あ)せる。この世の時々刻々と変化する変化の中に、現世が存在しているからだ。その現世の特長は「色褪せる」ということである。これは儚(はかな)さと同義だ。
 したがって蜜月すら、色褪せるのである。色褪せるところに、怕さの側面があるのかも知れない。
 今の世に、その側面が存在していることを知っている人が、果たして何人いるのだろうか。
 誰もが思い込みと先入観で生きている現代、物事や思考は多様化し、時代は益々複雑化している。



●観月会序曲

 何日か経った朝のことである。久し振りの蒼空
(あお‐ぞら)だった。朝から透き通るように晴れていて、真夏の太陽に灼(や)かれる日々が続く、八月の初旬であった。
 「おはよう」由紀子が微笑んで声を掛けた。
 毎朝突き合わせる笑顔であっても、「忍ぶ恋」を実践している男女は、肉の交わりの一線を崩していない。
 また、崩そうとも思わない。そのため、どこか新鮮で、どこか清々しい。そして爽やかでもあった。
 二人の関係は子供の飯事
(ままごと)なのである。
 痩せ我慢と言うものでもなかったが、こういう我慢も、人生にはあってもいいと思う。しかし今日、この考え方を支持する人は稀
(まれ)であろう。おそらく大半の人は、訝(おか)しいとか、正常でないと罵倒するのではあるまいか。だが男女が一緒に棲(す)んでいて、夜になればすることがないから、性交だけが唯一の楽しみというのは、私としては賛成できない。
 することがないから、性交を唯一の楽しみにする。そういう動物的な交わりも一概には否定しないが、これは『理趣経』を熟読すれば、決して諸手を挙げて賛成できないし、だいいちこの経典で説く、「愛は清らかなもの」が半減してしまう。限りなく哺乳動物のそれになってしまう。


 房中術で鍛錬した仙人は、傍に異性がいれば、接近するだけで気を獲得したという。己が陽の気と相手方の陰の気を混ぜて循環させ、それを性命エネルギーに出来るからである。この性命エネルギーは「添え寝」だけでも充分の獲得することが出来る。性器を通じての男女の性交は第二次的なものなのである。
 この位置づけを間違ってしまえば、霊的に異常を来してくる。精神を病むのである。それは病気にも、質の異なる三つの層があると言うことだ。精神と肉体は、単に両者が絡んでいると言うことだけではない。
 精神と肉体を概念的に論ずるならば、気としての形態は精を司る「精気」と、気を司る「元気
(玄気)」と、神(しん)を司る「神気」とに分かれる。三層構造から出来ている。三者が連携し合う。
 人間の肉の眼で確認できるのは三層構造のうち、肉の形状を為
(な)す肉体あるいは物質としての本能的欲求の世界である。此処に重きを置くと性器を介入しての物質交換だけである。それ以外のことは行われないだけでなく、他の機能は無視されたまま放置されて退化していくのである。その退化の顕著な現れが、霊のコントロールの制御不能であろう。

 精禄は浪費させてはならない。それゆえ『理趣経』の説く「愛は清らかなもの」に回帰される。
 それはあたかも、ユースホステルで一夜を明かした男女のように、実に健全であった。しかしこれを完璧と言う訳でない。一つの愛の形態としての表現型である。
 朝起きての早朝体操こそないが、青少年に清潔で、健全で、安い宿泊施設を提供する目的で設けられた宿泊所擬
(もど)きの、わが家は、そんなところがあったのである。したがって、由紀子の笑顔は毎日見ていて飽きることがない。“倦怠感、いまだ遠し”の観があった。新鮮で瑞々(みずみず)しかった。

 「ああッ、おはようございます」一瞬戸惑ったように返事してしまう。
 「ねえェ、今日は随分とお天気が宜
(よろ)しいですわ」
 「そのようですね」
 いつも、こんな具合の朝の挨拶であった。
 別に快晴でなくとも、曇りでも雨でも、そこには由紀子の新鮮な笑顔があった。朝になれば太陽が昇って来るようにである。
 昨今の同棲生活をする男女のように「セックス窶
(やつ)れ」してない瑞々しさはあった。瑞々しい輝きは、未(いま)だに色褪(いろ‐あ)せてなかった。天候が快晴でも曇りでも雨でも、それは変わりなかった。
 私の場合、大事なものは「床の間に飾っておく」という性癖があった。飾られた媒体は、現代のマスコミが流行として作り上げた妄想によって、日々セックス狂いしていないから、別に不機嫌と言う訳でもない。
 昭和40年代は、このように快楽一点張りではなかった。
 現代は「一生のうちで、どれくらい何を浪費したか」が問われる時代であるが、その浪費とは無縁の時代であった。現代は金・物・色のじだいであるが、例えば「一生のうちでどれくらい美味い物を喰ったか」とか「一生のうちでどれくらい快楽を貪ったか」などであり、浪費することが中心になっている。この浪費こそ、消費世界の特長と言える。

 つまり、浪費をすることにより、自分の人生は何であったかということを知るチャンスを二の次にしてしまったことである。人生の本質を、愛情から情愛へと格下げし、更に情愛は肉愛に変質させてしまったことである。精禄浪費をさせる消費社会を形成してしまった。溜めて養うべきものを、早々と浪費させ、吐き出す筋道を正当化してしまったのである。神が冒されたから、それ自体の狂いに気付かないのである。気付かないでそのまま潰える人の一生であっても、それはそれで満足の度合いが人それぞれだから、そこに止まれば、それでよっしであろうが、忘れてはならないことは、留まれば濁り、迷うと言うことである。
 現代人の心の一部は病んだ状態になっているから、多くは迷いっぱなしで、生死を解決することなく生涯を終えていく人が多い。だがこれは霊的に言えば、再び六道を輪廻し、迷いを繰り返すことになる。これこそが終わりなき、現代の生き方と言えよう。
 こういう生き方に、心の霽
(は)れは殆ど訪れないであろう。
 日々是れ好日……。
 現代にこの環境が多く残されているだろうか。
 日々是れ好日。雨が降ってもいいし曇ってもいい。雪が降っても風が吹いても構わない。勿論、快晴ならばもっといい。からっと晴れた日は人間にとって、玄気な陽の気が齎されるのではあるまいか。
 特に「日拝」などを通じてである。私は性癖として、毎日太陽を拝むことを日課にしていた。太陽は何処へいても拝める代物である。そして玄気を得る。玄気は「もとの気」である。
 その証拠に快晴の日は、由紀子は特に機嫌がよかった。今日も何だか、朝から機嫌がよいのは、今日と云う一日が、終日快晴であると思われるからであろう。

 「ねえ今晩、Y庭園で観月会
(かんげつ‐かい)があるの。それに出掛けません?」と、こんな調子である。
 天気の日には、こんな“特別賞与”のようなお誘いを受けるのである。この日は何とも豪勢な、お誘いを受けたのだった。
 「観月会?……」訊き返した。
 「観月会って御存じ?」
 「はあ、“あらまし”だけは……。旧暦の八月十五夜か九月十三夜に、名月を観賞するために催す会のことですね」
 「あら、よく御存じですね」一見驚いた風だった。
 「耳年増的な知識ですけど……」
 「じゃァ、今晩出掛けましょうよ」
 「ああ、そうか。今日は水無月
みな‐づき/陰暦六月の異称で、水を田に注ぎ入れる月の意)の、新暦で言うと八月×日で望(ぼう)、旧暦では六月。すると月齢15.6だから、次の新月の朔(さく)まで後14日」と、独り言のような事を言った。
 「へーッ、随分と詳しいのですね」
 「急がなければ……」
 「えッ……何を?」由紀子が問い返した。
 「いいえ、別に……」私は素早く頭
(かぶり)を振った。

 私は由紀子から観月会と聞いて、「朔の日」を計算していることを再び思い出したのである。これまで書画骨董に没頭していたので、八月下旬の朔のことをすっかり忘れていたのである。月日の流れるのは早いものである。ところが、由紀子から観月会の誘いを受けたことで、忘れて居た事が浮上したのである。今日の快晴は思わぬ狩獲を齎
(もたら)した。やはり晴れている日はいいことがあったのである。
 観月会は、多くは「月待
(つき‐まち)」に行われる。旧暦の17日、23日などが、これに当たる。この夜の月に供物(くぶつ)を供え、飲食をする習慣が日本では古くから上流階級の一部の間に於いて行われていた。
 しかし、今でもこの日に、茶会などを催して、観月会をする習わしがある。あるいは旧華族など組織するところでは、メンバーズ制の「講
(こう)」の組織になっていることが多い。秘密結社的な“講”を組織する団体もある。一般には知られない、興味深い面白いところに来たと思うのである。

 「講」の歴史を辿ると、鎌倉時代から行われた「頼母子講
(たのもし‐こう)」があるが、これは町家の互助的な金融組合であった。その一方で、神仏を祭り、または参詣する上流階級では、二十三夜講が有名で、既に平安時代に登場している。その他にも中流以下のものとして、伊勢講、稲荷講、大師講の類(たぐい)がある。上流の雅(みやび)である。また現代では、企業経営者の、表向きの親善を目的とする団体である「漁り火会(いさ‐り‐び‐かい)」などが、これである。
 しかし実業家の中には、「漁り火会」の本当の活動を知らず、単に親睦団体と信じて入っている経営者も少なくない。あるいは商工業の発展を図る為の、一定区域内の商工業者が組織する商工会議所のように考えている経営者も少なくない。しかし、実情は違う。その実体は違う。
 上部団体は、国際ユダヤ金融資本やブナイブリス
(ユダヤ・フリーメーソン)に繋(つな)がる傘下の組織が「漁り火会」や「ロータリー・クラブ」あるいは「ライオンズ・クラブ」などである。こうした社交クラブには、必ず上部が存在し、必ずヒエラルキーを造っている。奥の院が存在する。
 これらは国際ユダヤ金融資本の流脈と意向により、ある方向性と目的性を持って社会活動をしている。一種のTC
The Trilateral Commission/日米欧三極委員会)のようなものである。あるいは政治や経済や文化などの政策形成に多大な影響を与えるアメリカ東部のエスタブリッシュメント(establishment)の如きである。
 組織は権力機構を成し、権威的組織を構築し、時に体制などに既成秩序を植え付け、巨大な勢力を持つものである。その影響力は、政治をも動かすのである。下から見ても想像もつかない世界である。それだけに奇妙な構造である。論理的根拠や組織的な体系が不透明であるから、有識者レベルでは解明できず、したがって実体は宙に舞う。
 しかし現象界では、現象自体が因縁や運命以前の、太古から存在する。斯くして、人間現象界はこの巨大な輪の中で弱肉強食の食物連鎖が行われている。その根本構造は、一握りの支配層が、その他大勢の被支配層の上に君臨していることである。このヒエラルキーは未来永劫に崩れない。崩れないだけの連綿とした伝統を有している。庶民には想像も付かない途轍
(とてつ)もない組織である。


 ─────このとき由紀子から、観月会と聞いて、それに参加する来賓
(らいひん)あるいはその主催者を想像したのであった。フィクサー的な大物……。それが、もしかすると垣間見えるかも知れない。
 「急がねば……」私の呟
(つぶや)きである。
 「ねえ、何を急ぎますの?」
 こう問われて、もう少しで自分の胸に仕舞った思惑を暴露してしまいそうになった。
 「朔
(さく)」つまり私は、新月の日を計算して「軍立(いくさ‐だて)」を組み立てていたのである。
 月待
(つき‐まち)は、満月の出る日を基準にして組み立てられた行事である。八門遁甲にも、敵陣に夜襲をかける場合に、この日を基準に「軍立」を考えることがある。したがって月待は、重要な日取り計算をする、一種の目安となるのだ。この目安に随(したが)い、月の運行から「軍立」を、一種の積分計算で出していくのである。八門遁甲が占いではなく、中国の古典物理学と云われる所以は、このためである。
 遁甲術に神仏や霊感の類
(たぐい)いは、一切附随(ふずい)しないのである。
 潮の満ち引きは、あるいは干満は、月の運行の関係のよって起る。そしてこれにも、ある種の法則がある。
 満月に日を基準にして考えると、満月が出た日から、月の欠けるのは段々と遅くなる。一日約50分程度遅れるというが、同じ日を正月のケースに当て嵌
(は)めると、満月が出る夕方の時刻が5時13分、立待月(たちまちづき)の17日が7時4分、居待月(いまち‐づき)の18日が7時58分、寝待月(ねまち‐づき)の19日が8時52分、更待月(さらまち‐づき)の20日が9時46分である。このように約50分のズレが起るのだ。

 「あ、えッ?……こちらのことですよ」
 「何かこの頃、何か変ですわ。東京の国会図書館まで出かけてみたり、何かに夢中になって書画骨董に没頭したり、朝から晩までお庭の写真を眺
(なが)めたり、茶道の稽古をしてみたり、この頃ちょっと変ですわ」
 「あの、つかぬ事をお聞きしますが、観月会って、茶道関係者も大勢来るのでしょうね?」
 「ええ、少なくはないでしょうね」
 「やっぱし……」(そうか、これはいいことを聴いたぞ……)
 「何でそんなこと訊
(き)きますの?」
 「いや、何でもありませんよ」
 「本当に変ですわ……このごろ」と彼女は頸
(くび)を傾げる。

 月待とは、特定の月齢の日を忌
(い)み籠(こも)りの日とし、同信的な「講(こう)」を組織して、食事しながら月の出るのを待って、この日に、月と共に結ばれた同志の絆(きづな)は堅くて深いと信じられて来た。
 その為に上流階級
(公家階級や旧華族階級のことで、敗戦後の1947年新憲法施行までこの階級は「華族」と呼ばれ、今日では「旧華族」といわれる、かつての爵位階級のことである)では、“十七夜講”“十九夜講”“二十三夜講”などがあり、この組織は精進潔斎(しょうじん‐けっさい)を必要とし、酒食やセックスをタブーと課して、厳粛(げんしゅく)に月を礼拝するのであった。これはイルミナティやフリーメーソンの儀式にも、何処か通じたところがある。しかし今では、一部の特権階級がこうした「講」を催し、庶民の知らぬところで、特殊な儀式を開いていることは殆ど知られていない。
 この集まりは仮面舞踏会のようなものでもあり、また貴族の雅を感じさせるものでもあり、それだけに参加者は華やかに着飾り、高価な装飾品を身に纏い、艶やかに化粧をして、その華やかさは男より女にあった。身辺、賑
(にぎ)やかな人で溢れていた。しかし、由紀子の誘いの観月会は、こうした儀式の種類のものではないらしい。むしろ日本的であり、それも平安貴族のようなものでなく、利休以降の侘びや寂びを模した茶会と観月会がセットになったようなものであろう。
 だが、この来賓者の多くは、『紳士録』に掲載される地元の高額所得者や有志仲間で固められていることは容易に想像がつくものであった。これも一種の特権階級の観月会であることは間違いなかった。

 「そんなに僕が変ですか。これが普通ですよ普通……。何の変わり種もない普通の僕ですよ」
 「でもねェ、普通の、そんな“ボク”が、時々危ない超曲芸的な綱渡りをやらかすんですもの。綱渡りを見せられる度に、観客のあたくしとしては、いつもハラハラ・ドキドキ。もうこれ以上、こうしたことは本当に御免ですわ」
 「いやだなァ、綱渡りの話を持ち出して、僕の揚げ足とっちゃァ」
 「だって、そうでしょ?」そうだと断定的な言い方をした。
 それを聴いて私は、少し反論するような気持ちで、
 「あなたはいつもハラハラ・ドキドキというけれど、玉手箱を開ける時は、ハラハラ・ドキドキという気持ちで開けるものではありませんよ。こうした未知の物を開ける時はねェ、普通、ワクワク・ドキドキするのが本当でしょう。それをハラハラ・ドキドキだなんて」と遣
(や)り返したのだった。
 「玉手箱を開ける時は、確かにそうかも知れませんが、あなたの未知はワクワク・ドキドキじゃなくて、いつもハラハラ・ドキドキなのです。つまり、これは危ない綱渡りをしているということを雄弁に物語っているのではありませんこと?」
 「僕だって、あなたが言うほど危ない綱渡りばかりしているわけじゃありませんよ。最近は一流とは言えないにしても、二流半くらいにはなっているつもりです。上達しましたから、安心して見ていて下さい。滅多に落ちるもんじゃァありませんから」
 「あらッ、いま何と?」
 「いえ、別に……」急に否定の頭
(かぶり)を振った。
 「変なこと、言いませんでした?……、危ない綱渡りをほのめかすようなこと……」
 「もう、危ない綱渡りはしませんよ。ごく普通の……」と云いかけて、言葉を止めた。
 これに由紀子はじろりと睨
(にら)んだ。それを勘付いて、思わず「拙い!」と吐露した。何か悟ったか。


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