運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 2
旅の衣・前編 3
旅の衣・前編 4
旅の衣・前編 5
旅の衣・前編 6
旅の衣・前編 7
旅の衣・前編 8
旅の衣・前編 9
旅の衣・前編 10
旅の衣・前編 11
旅の衣・前編 12
旅の衣・前編 13
旅の衣・前編 14
旅の衣・前編 15
旅の衣・前編 16
旅の衣・前編 17
旅の衣・前編 18
旅の衣・前編 19
旅の衣・前編 20
旅の衣・前編 21
旅の衣・前編 22
旅の衣・前編 23
旅の衣・前編 24
旅の衣・前編 25
旅の衣・前編 26
旅の衣・前編 27
旅の衣・前編 28
旅の衣・前編 29
旅の衣・前編 30
旅の衣・前編 31
旅の衣・前編 32
旅の衣・前編 33
旅の衣・前編 34
旅の衣・前編 35
旅の衣・前編 36
旅の衣・前編 37
旅の衣・前編 38
旅の衣・前編 39
旅の衣・前編 40
旅の衣・前編 41
旅の衣・前編 42
旅の衣・前編 43
旅の衣・前編 44
旅の衣・前編 45
旅の衣・前編 46
旅の衣・前編 47
旅の衣・前編 48
旅の衣・前編 49
旅の衣・前編 50
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旅の衣・前編 52
旅の衣・前編 53
旅の衣・前編 54
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旅の衣・前編 48

人生における人の成敗は、時にある。時が左右する。その時が嵐ならば、嵐の納まるのを辛抱強く俟(ま)ち、遣り過ごすしかない。
 時が来れば、また開く道もあろう。
 長い人生を上手に処するには、得意な時にも驕
(おご)らず、絶望の淵際に立たされてもこれに失望せず、諦念に陥らないことである。
 風はいつも吹いている。
 したがって読むことだ。風を読めば、いつの日か浮かぶ瀬が顕われることもある。


●画策

 時が流れた。
 思えば早いものである。
 昨年の夏に由紀子と出逢い、暫く忘れてやがて秋になっていた。その秋が去り冬が来た。その冬も去り、春を迎え、その春が過ぎ、初夏を迎えた。そしてもう直、梅雨が北九州の空を覆い始めた。おおよそ、あれから一年近くが経とうとしていた。
 そこに奇妙な事件が飛び込んで来た。トラブルに巻き込まれた。
 私には死神の影がちらついていた。やたら付き纏う。いつも何処かで窺っている。陰湿で予断の赦さぬ眼である。
 その影は払拭
(ふっしょく)しても、払いきれない。忌まわしい、煩わしい影だった。
 何者かが尾行していた。「送り狼」のような煩わしさだった。遠くから、いつも窺っているのである。
 巻かねばならないと思う。
 それにはどうするか。

 山道でも街中でも、人を巻く場合、少しばかり手間取る。特に尾行された場合はである。
 送り狼……。それも尾
(つ)けられる。
 いったい送り狼という言葉が、どこから出て来たかは明確ではないが、“山中などで、人の後を追って来て襲うという狼”というらしい。だが他方の解釈として、狼が鹿などを猟る場合に使われたのではないかと推測する。猟をする狼の心理戦を言っているのであろう。
 狼は足の速い鹿を同じ速度で追うことはない。ただ尾行するだけである。尾けて、遠くから窺っているポーズを執
(と)る。
 こうなると鹿は足の物を言わせることはしなくなる。ただ尾いてくる狼が気になるだけである。脚力に自信のある鹿も、狼に尾けられたのでは余裕を無くす。脚力に自信のある生き物は、追われる構図に限り、足に物を言わせることができるのである。
 ところが、付かず離れずの“ただ尾行するだけ”となると話が違って来る。
 この構図を考えてもらえば直ぐに分ることだ。
 鹿が少し行くと、狼が尾いて来ている。そしてまた、暫く行って後ろを振り向くと、やはり狼が尾いて来ている。精神を悩ます構図である。
 鹿は、とにかく狼が気になって仕方ない。尾いてくる狼に注意を集中するが、他の危険には注意を払わなくなる。狼の尾行を警戒することで精一杯なのである。こうなると、仮に人間が目の前を横切っても、気付かないのである。ただ、狼が気になって仕方ない。狼しか見ていない。狼は鹿を尾行して、暫くすると狼は休む。それに合わせて鹿も休む。狼が歩き出すと、鹿も歩き出す。精神的に魅入られるのである。狼の巧妙な心理戦であり、この精神状態は、鹿にとって、まさに恐怖そのものであろう。
 やがて鹿は精神を疲弊し、極度な恐怖で折れてしまう。どうにもならない錯乱状態に陥る。その結果、あっさりと殺
(や)られてしまう。狼のしたたかな心理戦である。
 その心理戦が私に仕掛けられていた。

 こうなると回避の策が必要になって来る。
 まず乱し、相手を撒
(ま)くためには裏をかかねばならない。計略が必要である。したがって、無策では能がない。また、敵を見て矢を矧(は)ぐでは後手である。後の祭りだ。
 計略の妙締……、そして出し抜く。意表を衝く。動きの面白さであろう。
 この「動き」の中には、勝ち難きを勝ち、成らざるを成す。総ては「動き」の中にある。しかし、ただ動けばいいと云うものではない。
 動きくには時宜
(じぎ)を得なければならない。タイミングである。時機(とき)を見計らう。
 勝ち難きを勝ち、成らざるを成す。総ては「頃合」が決定する。これを外さなければ、人間の生涯における極端な貧苦、窮地に立たされたときの逆境、不時の難に遭遇しても、成らざるを成すことが出来る。大きな自信になることは疑いないだろう。
 したがって必ず克服する。必ず難しきを納める。そう信念すればいい。
 だが、安易に惰性に頼ったり、暴策を用いて焦りを起こすと自滅を招くことになる。
 今は、俟
(ま)つとき……。
 それにしても限界がある。
 送り狼に執拗
(しつよう)に付け回されていた。何処からともなく、粘着性の気が絡み付いて来る。粘りっけのある眼差しで見られているようだった。鬱陶しい眼差しである。
 見ている者は承知している。“ヤッパの俊”である。
 背後から射るような視線を感じるのである。とにかく煩わしい視線だった。粘着性の視線である。
 だが、今は頓着しない。頓着すれば、狼に狙われた鹿の二の舞になるだろう。無視することだ。
 「ええい、ままよ」という気持ちでいた。泳がせて、思うようにさせておくしかない。好きにしろ。私の居直りである。

 俊は野球帽を目深に被り、マスクをして、貌が解らないようにしておいて、もう直梅雨が始まろうと言う時期に冬物の膝下まである長めの黒っぽいコートを着込み、襟を確り両手で閉じて、奇妙な恰好で私を尾け回していた。まさに、夏に行われる納涼我慢大会の出演者のような恰好をしていた。そして膝下から見える細い足にはピッタリとしたブルージーンズに汚れた赤のスニーカーを履いていた。
 思わず私は傍によって「俊よ、そんか恰好では暑いであろう?」と訊き返してやりたい衝動に駆られた。
 しかし、本人はそうではないかも知れない。
 人間の才能の一つとして、汗をかくことが少ない者がいる。もしかすると、“ヤッパの俊”はそういう体質をもった種属かも知れない。
 ご苦労なことに、私のアパートの前から尾行しているのである。おそらく周囲を早朝から屯
(たむろ)して張り込んでいたのだろう。私を猟る気持ちは充分だった。準備万端のように思われた。


 ─────今は情報蒐集
(じょうほう‐しゅうしゅう)に苦慮していた。
 私の足は小倉の繁華街を抜け、少し外れた老舗が並んだ界隈を歩いていた。北九州の路面電車で、八幡駅前から小倉・魚町まで来ていたのである。
 この日は莫迦
(ばか)に暑い日であった。送り狼も、この暑さの中に居た。
 ご苦労なことである、尾
(つ)けまわすとは。
 そろそろ梅雨が始まるのだろう。
 ちょうど、その時である。一軒の豪奢
(ごうしゃ)に構えた骨董屋が目に入ったのである。
 店のそのウインドウには、日本刀の大小が刀架
(かたな‐かけ)に飾ってあった。軒の上を見上げると、看板には『三宝堂(さんぽうどう)』とあった。
 私は店内には入らず、ウインド越しに店鋪の様子を窺
(うかが)った。
 入口のガラス越しに、主人をよく観察すると、四十の半ばを超えたくらいの初老の男で、貫禄
(かんろく)もあり、着流しに角帯を締め、茶羽織(ちゃ‐ばおり)という姿で、低い帳場格子(ちょうば‐ごうし)の三枚の囲いに中に、まるで狸(たぬき)の置き物のように、どっしりと坐っていたのである。その時、一瞬の閃(ひらめ)きが趨(はし)った。
 (ほーッ、此処は骨董屋か……)という閃きだった。

昭和46年当時、筆者が所持していた古物商許可証と古物台帳。

 私も、店こそ構えていないが、古物商
(刀剣ならびに時計・貴金属・宝石類や道具類扱い)の許可証を持っていたので、『旗師(はたし)』を装って探(さぐ)りを入れれば、何か拾い物をするのではと閃いたのだった。間接的ではあるが、突っ込んだ、奴等の内情を探る諜報活動が出来るかも知れないと思ったのである。
 仁侠右翼やヤクザ者が、業物
(わざ‐もの)の刃物を求めて美術商の店に出入りすることは、昔から能(よ)く知られていた。もしかしたら、骨董屋を渡り歩けば、某(なにがし)かの情報が得られるかも知れないと、そう思ってみたのである。そして『旗師』になればいいではないかと思ったのだ。

 旗師とは元来、端師
(はたし)あるいは果師(はたし)という字をこれに充(あ)て、行商をしながら全国の、骨董屋から骨董屋へ、また刀剣市から刀剣市へと渡り歩いたりする、行商の刀屋の事で、全国の刀剣市と、各地に散らばる得意先の固定客の間を行き来しながら、刀剣売買を繰り返し、その利鞘(りざや)で、利益を稼ぐ行商人のことである。
 私はこれに成りすまして、奴等の情報が掴
(つか)めないだろうかと、一瞬、そうしたことが閃(ひらめ)いたのである。
 何も、古物商許可証を取得しながら、これを宝の持ち腐れにすることはなく、これを利用して、当って砕けろの気持ちが湧
(わ)いたのである。
 私は奴等の内情を知る為の情報蒐集
(じょうほう‐しゅうしゅう)を企(くわだ)てていた。一種の画策である。
 そのためには何らかの情報が必要だった。その唯一の接点が、この『三宝堂
(さんぽうどう)』と看板を掲げた骨董屋(こっとう‐や)であった。
 (何か、あの店にはある……)そう踏んだのである。
 これが私の率直な勘
(かん)であった。
 その勘から裏側で、「世間には口に出来ないことがあるのではないか?」と値踏みしたからである。別に確信があったわけでない。勘である。ただ、そんな気が直感的にしたのである。
 しかし、こうした勘は大事である。
 それにスパイ小説では、先ず第一に諜報
(ちょうほう)活動を始めるのは、決まって骨董屋の客に成り済ますことだった。そこから情報を探る手口が多いらしい。スパイ小説には、この筋のものが多い。
 ならばと私も、こうした範例の手順に随
(したが)ったまでのことであった。
 スパイとは、要するに自らの分析能力を発揮し、間諜
(かんちょう)として、敵の背景にあるものを読み取りながら、その規模や構造を組み立て、自国の諜報機関に、その実態などを一部始終報告することである。

 スパイ術によると、諜報活動には、「黒組」と「白組」があると言う。
 黒組とは、地下組織などにも通じ、非合法活動を以て、破壊工作をしたり、重要情報を入手することが主な任務であるが、白組は正面から堂々と、合法的な手段で情報蒐集活動を入手する組織である。国際法に則り合法活動をするのである。
 ふつう彼等は、外務省に所属して外交官などに成り済まし、敵国内の領事館などに勤務して、領事館員として諜報活動を続けるのである。
 一方、地下組織で暗躍
(あんやく)するのが黒組である。そして白組は、組織下の黒組と脈を通じながら、合法的に表面にあらわれ、外交折衝によって蒐集活動を展開するのが彼等の役目である。
 白組の活躍は、黒組の暗躍の力を借りて、互いが助け合う関係になっている。つまり、二重構造で、いわば表と裏の関係で表裏一体を為
(な)し、一般国民が想像することも出来ないような重大情報を入手し、その極秘事項を外交上の“切り札”とするのである。

 私の諜報活動の場合、このどちらにも属さないようだ。第一、情報を仕入れても、それを諜報として報告する相手がいないからだ。個人レベルの一匹狼なのである。
 したがって地下組織に通じて、非合法活動をすることもなく、また、金にものを言わせて、合法的に情報を蒐集する必要もなかった。
 ただ、毎日暇
(ひま)を持て余している、骨董屋のオヤジの友人に近いような関係になれば、それで事は足りるのである。
 要するに話し相手になれば、それで済むのだ。話の中で何かを探るのだ。こうして接近することにより、その言葉の中に某
(なにがし)かのヒントがあるはずだと思った。そう楽観的に考えたが、それがそう容易(たやす)いことで無い事を、数日後に思い知らされる羽目になった。

 それは例の、『三宝堂』と看板を掲げた美術品商の「古物許可」のプレートの番号にあった。この店は古くからの老舗
(しにせ)であったからである。それだけに、したたかな歴史を持っている筈と思われた。
 古物商法で提起されている店の様式は看板の他に、古物商許可を示す灰色地に白貫文字で「古美術商」と「登録番号」を書いたプレートを軒先に出す事になっていた。これは今も同じである。
 『三宝堂』の、この札を見た時、福岡県公安委員会の登録番号が「第78号」であったからだ。
 つまりこの商売を、此処の主人は福岡県で、非常に早くからはじめ、早くから許可を取得し、古くから老舗として古美術売買をしていることになる。
 ということは、この店の主人は、それだけ場数を踏んだ相当な仕事師であり、私のように駆け出しの登録番号が「第10221号」と、若くないからである。年季で負けていた。
 要するに「第78号」とは、福岡県で「七十八番目」ということになる。かなりの古さであり、当然、海千山千の“つわもの”と考えねばならなかった。目利きでの決闘勝負も、一度や二度ではあるまい。一戦交えるにしても、相当が相手だけに、手強
(てごわ)いことを覚悟しなければならなかった。
 一筋縄ではいかないだろう。

 私は一戦を交えること決心したとき、最初に目を付けたのは『三宝堂』であった。別にこの店が、何かを孕
(はら)んでいるという具体的な理由からではなかった。
 ただ気になったのは、骨董品を扱いながらも、一方で日本刀を扱い、更には古美術の粋
(すい)と言われる大層な焼き物まで扱っていたからである。美術品商でも、普通なら骨董は骨董、刀剣は刀剣と、このように専門化されている。これを両方と言うのは非常に珍しいのだ。
 また、これだけ多くの物を手掛けると言うのは、顧客も多いと言う想像がつくのである。
 その顧客に、もしや?……と思うのだった。恐るべき知識をもっている筈
(はず)である。
 これは勘である。

 しかし店の構えは、素人目を惹
(ひ)く刀剣店である。惹き付けがうまいのである。
 誰もが、「あッ、刀だ」と気付き、そう思わせるように仕掛けられ、日本刀が飾ってあることは、直ぐにでも分かる造りになっている。素人の目を惹くには、刀の陳列が功を奏する。一番分かりやすい為である。そしてこれは意図的に計算した心理が働いていると思った。中々したたかな商売をしているのだ。
 恐るべし。そう思わずにはいられなかった。
 それなのに、刀だけでは納まらないと言う、扱う品物の奥行きの広さだ。
 “目の勝負”に長
(た)けた、眼力がなければ、これだけのことは出来ない筈である。店の主人は中々の“つわもの”と検(み)たのである。強敵である事は覚悟しなければならなかった。脳裡に苦悩の集中砲火を浴びせられたようだった。知識で負ける。そういう危惧(きぐ)である。

 そして、少なくとも外から見る感じとして、ウインド越しに、まず刀を配置して、素人目にも刀を展示していることを印象づけ、それが“客引き”の要素になっている事であった。実によく考えたものである。
 この店の経営者は、単に老獪
(ろうかい)であるばかりでなく、かなりの策士だろう。寝技師的な狡猾(こうかつ)さも持っているだろう。
 こうした人物の口を割らせるには、常套手段
(じょうとう‐しゅだん)は通用しないのだ。寝技師であるという事は、まず人の“虚”を衝(つ)くことが得意だろう。裏面から工作もあろう。
 こうした人間は一筋縄には行かない。
 その上に普通、刀剣店ならば、刀だけを扱って売買すればいいようなものであるが、その店は、間口が狭い割りには、奥行きが深く、店内はギャラリー風で、古美術全般のオール・マイティーにも見えるのだ。また、それだけに知識も豊富で、生半可な一般素人の知識では太刀打ちが出来ないだろう。相手は怪物と見た方がよさそうだった。

日本風の庭園の通路に、伝い歩き用に少しずつ離して敷き並べた石には、独特の風情がある。それだけに情趣があって、それを観賞する教養がなければならない。庭を理解するには、茶人としての教養がなければならない。

 更に、その店の周囲を廻
(まわ)ってみて気付いたのであるが、裏側には、たいそうな庭を有し、茶室まで構えていたからである。
 そしてこの家の門は、実は、茶室を配した庭側に正門であり、敷き詰めた“飛石伝い”の向うに、間口の広い玄関が構えられており、そこから少し反
(そ)れて、茶室に向かう露地(ろじ)が配置されていたのである。豪奢(ごうしゃ)な造りである。しかし贅(ぜい)を尽くしているが、何ともアンバランスで、然も奇妙な造りであった。その事が頭の中で引っ掛かっていたのである。妙な違和感を感じた。
 何故だ。
 そういう懐疑が脳裡を引き摺る。私のような凡俗な人間には、未だにその価値観が分らない。
 ただ私は、ここの店の主人を唯者
(ただもの)ではないと睨(にら)んだのである。恐るべしと検(み)た。そして私個人の理論武装が必要になったのである。薄っぺらな知識では太刀打ちできないのが眼に見えていた。

 刀剣を表看板にしながらも、その実、裏では書画骨董までに手を出していた。更に茶室まで構えているということは、この店の主人の交友関係の広さを物語るものであった。おそらく顧客は地元の有志あるいは紳士録に名を連ねる、高額所得者であろう。その中に深く食い込んでいると想像出来るのであった。
 このタイプの店構えは、有名人の集まる京都などに多いが、北九州にもこうした店があることは、今まで古物商をしながらも、実は、はっきり言って、今まで全く知らずにいたのである。そして私の勘
(かん)を直撃したのは、茶室を構えているということであった。
 私は茶室に妙に引っ掛かったのである。
 ここでは社交に模した裏取引が行われているのではないか?と踏んだのである。それは茶室が、時として密室となるからだ。

 何かある……。
 そういう背景にも、送り狼の尾
(つ)け廻しがあった。
 さて、これからどう巻こう。
 このまま道場に出向くのは、まだ早い。
 そう思うと、久しぶりに実家でも戻って、母の御機嫌伺いでもするか。足は自然と、そっちの方に向いた。
 再び、小倉・魚町から路面電車で八幡・大蔵に向かう。戻る方向である。時間としては4、50分くらいであろうか。
 この電車の中にも送り狼が付き纏った。私が坐った席のかなり遠くに位置して、外からの風を窓に受けるところに居た。冬物の膝下まである長めのコートでは暑いのかも知れない。“ヤッパの俊”も並みの人間の新陳代謝を催すらしい。着込んでいるとはいえ、相変わらず体躯は細い線である。目深に帽子を被った貌の一部や手の指先は白い色である。蒸し暑い所為
(せい)か、マスクは外していた。
 傍に寄って、「暑くないか?」訊いてやりたいくらいだった。仮に傍に寄っても、他の乗客の居る電車の中では、いきなり刺したりはしないだろう。あるいは、それもあるかも……。性格粗暴者のすることである。
 そう思い、暫く眼を遣っていると、俊は何を思ったのか、手招きをした。あたかも「ちこうよれ」というふうにである。
 さて、これをどうするか。
 無視するか、それとも寄って行くか。私は験
(ため)されているのである。しかし、無視は出来ない。怖じ気づいていると少年風情から思われるのも癪(しゃく)だった。
 近付くと、左拳の親指を一旦上に向け、そして下に向けるのであった。これは「次で降りろ」という意味だろうか。これも験しているのだろう。

 次に停留所で降りることにした。目的地の三つ手前である。荒尾田
(あろうだ)という停留所で歩いた。
 此処には小さな公園がある。俊はこの辺の土地鑑があるのだろうか。
 降りるとき、私はキップを車内で買っていたが、俊は買っていなかった。私に続いて降りようとしたとき、車掌が止めて、「お連れさんの分も」といわれ、俊の分も払ってやった。
 停留所からのコースは案の定、公園へのコースだった。此処に連れ込んで“渡り”をつけるのだろうか。
 それに外は風も吹いておらず、蒸し暑い。気温は30度に近いのではあるまいか。
 公園に向かうのはいいけれど、このクソ暑い中、何か口の中に冷たい物でも入れないと遣っていられない。
 通り道に駄菓子屋があった。そこに寄ってアイスクリームでも口に入れないと暑くて持たない。
 「ちょっと待ってくれ。あそこに駄菓子屋がある」
 そう言って駄菓子屋に飛び込んだ。すると俊も蹤
(つ)いて来た。
 勝手にアイスボックスの扉を開け、俊の方を向いて「要
(い)るか?」と訊いた。
 しかし俊は黙って立ったままだった。

 「遠慮深いんだなァ。しかし、欲しいんだろう?」
 こう訊くと、こくりと頷
(うなず)いた。
 そこでソフトクリームを2個買った。
 買った後、店内の床几に腰を降ろし、「そこに坐れ」と目配りすると、素直にしたがって俊も坐った。
 「喰っていいぞ」
 こう言うと俊はちょこんと頭を下げて、ソフトクリームのキャップを外し、しゃぶり始めた。何となく唇が異様に赤かった。この細身の少年、果たして本当に男なんだろうか。
 「もう、こんな茶番は終わりだ」
 この意味が理解できたのだろうか。
 坊主は返事などしなかった。ただ、アイスにむしゃぶりついていた。
 「坊主、暑いだろう?」
 世間話風に訊いてみた。
 「今日は快適だって……」
 おやッと思った。妙なこと口走った。そして無口だと思っていた俊が喋ったのである。それも、男には思えない甲高い聲
(こえ)であった。
 「どこがだ?あの温度計を見ろ。29度あるぞ」
 「今日の道路状況がだって」
 何と変なことをいうやつだと思った。ジョークを解すのだろうか。
 「それ、下手なジョークだな。それともユーモアのつもりか?」
 そう訊くと、懸命に頭
(かぶり)を振った。

 「趣味は?」
 「立ち読み」突飛なことを言った。
 「なに?……。だが、ジョークにしてはおもしろい」
 「そお?……」おや?という貌をしたが、口許
(くちもと)が幽(かす)かに笑ったようだ。少女のような返事だった。
 「それにユーモアのセンスもある」
 「それ褒
(ほ)め言葉?」少女が頸(くび)を傾(かし)げるような訊き方をした。
 「好きなように採
(と)るがいい」
 この俊という性別不明者、会話の内容から窺
(うかが)うと、かなり知能指数が高いようだ。話術の何たるかを心得ている……そう思えるのだった。
 この性別不明。いったい何者か?……。妙に気になった。
 以前観
(み)たときは眉間に縦皺を寄せた阿修羅のような形相をした少年だった。それでも美少年だった。
 だが、今は違っていた。眉間から縦皺が完全に消えている。優しい顔になって、一見少女に見紛
(みまご)うばかりである。狂暴な貌が、易しさを含んだ顔に豹変しているのである。刺々しさが消えるのである。少年?には、かつての鬱陶しさが消えていた。不思議な人間であった。それだけに正体が判らない。

 「奢
(おご)ってくれて有り難う」アイスを一個平らげて礼を言った。
 「腹が減っているだろう?」
 「……………」否定も肯定もしなかった。
 こんな水もの、たった1個食べたくらいでは腹の足しにならない。
 「飯でも食いに行こう。その気があれば蹤
(つ)いて来い」
 駄菓子屋を出て次の行動に移った。しかし私は警戒する気が失せていた。坊主に後ろを向け、隙だらけのポーズを見せて“猟るなら猟れ”という姿勢を見せた。完全に背中を見せていたのである。
 それにしても、この少年?が解らなかった。解らないのは性別だけでない。確かに性格粗暴者で狂暴なところを持ち合わせるが、今はそれが消えている。眉間の縦皺が消え、少女のような穏やかな顔になっているのである。もう阿修羅などではなかった。むしろ少女の穏やかさに限りなく近かった。
 もしかすると、俊は二面性を持った性格の持ち主か。
 敵意剥
(む)き出しの怒(い)れた忿怒(ふんぬ)と、穏やかな菩薩のような顔の二つを持っているのである。それがいつ、猟を始める鷹に豹変するか解らなかった。私自身、敵味方の識別が不透明であった。油断すれば隙を突かれて襲い掛かって来るかも知れない。

 猟りには、その人間の残忍さが顕われるものである。表情と物の考え方にそれが出る。この世は弱肉強食の世界。
 例えば、世間に疎
(うと)い、無防備な兎(うさぎ)が野に出たとしよう。兎が野に出た近くの樹の上には一羽の鷹が止まっている。鷹は樹の上から獲物を物色している。野を飛び回る呑気な兎に眼が止まった。鷹はこれまで隠していた爪を顕し、嘴(くちばし)を光らせた。魔性をたたえたように銀色の双眸(そうぼう)で、兎の行動を検(み)ている。そして遂に羽ばたいた。一瞬で、野を飛び回る兎は、鷹の鉤爪(かぎづめ)に捕らえられ餌食(えじき)となった。果たして、この光景に理不尽さがあっただろうか。
 生きとし生けるものの現象界は、弱肉強食の世界。
 弱い者は、強い者に猟られる。強い者が弱い者を啖
(く)う。強い者は弱い者を支配し、その肉を啖う。現象界の掟であり、食物連鎖の世界である。
 兎は猟られてしまったのである。
 鷹は呑気な兎に目を付け、それを掟の中に設定してしまったのである。猟られた兎は、鷹の権利で猟られ、責められるべきは、自らの無用心さだった。鷹に非はない。鷹は自らの習性を全うしただけである。

 これまで阿修羅のような形相をした俊は、菩薩のような顔になって、柔和な優しさをたたえていた。豹変というべきか。
 「ねえ、何処に行くの?」少女を模した声色
(こわいろ)のように響いた。
 「飯だ。腹、減っているんだろう」
 訊くと、そのまま「うん」と言うように、頸を小さく縦に振った。
 私はずたずた歩き出した。
 「ねえ、俟
(ま)ってよ」
 「まず飯だ」
 俊は私に好意を持ったようだ。しかしそれは表面的なことかも知れない。真意は解らない。いつ阿修羅に豹変するか解らない。
 だが、私は背中を見せて賭
(か)けてみた。内心は気の弱い小心者の私である。背中は見せているものの、心の中は慄(ふる)えていた。いつ後ろからヤッパを抜いて突進して来るかも知れない。そういう危険を背中に抱えていた。
 「ねえ、ねえったら」
 「なんだ?」
 私は後ろを振り返らない。後ろを振り返れば、おそらく怕
(こわ)さで足が萎(な)えてしまうだろう。虚勢を張っているが、充分に怕いのである。
 「ねえ、怕いの?」
 「うム?……」
 「本当は怕いんでしょ?」他人
(ひと)の心理を見透かしたようなことを訊いた。
 「そう見えるか?」
 「そう見える。背中が慄えているよ、それとも心の中がかな?」
 「そうか、そう見えるか。それは正しい」自分でまだまだ修行が足らないと思った。
 「だったら、後ろじゃなく、横に並んでもいい?」
 「好きにしろ」
 俊は後ろから駆け寄って来て、横に並んだ。
 「本来、こうだよね、友達関係と言うのは」
 「そうかも知れない」
 「慄え、止まった?」
 「お陰さまでな」
 「よかった」
 「本当は能弁なんだな」
 「能弁?それ、よく喋るということ?」
 「ああ、そうだ」
 「なんだか気が合うみたい」
 「そうか、ありがとうよ」
 「お世辞じゃないよ、本当だよ。こういう出遭いというの、邂逅
(かいこう)というのかしら?」
 「邂逅か。ずいぶんと難しい言葉を知っているんだな」
 「教えてもらったの」
 「誰に?」
 「子平
(しへい)に。だけど、もう死んじゃった」
 「子平って?」
 「昔のヤクザ」
 「そういう知り合い、多いのか?」
 「そうでもない」
 「しかし、不思議だ」
 「なにが?」
 「訊いてもいいか」
 「なにを?」
 「おまえ、男か女か?」
 「それは自分で考えてよ。答えない」
 「なんと形容していいものやら……」
 「それ、驚き?」
 「そんなもんだ」
 「ねえ、名前、なんというの?」
 「人に名前を訊くときはだなァ、まず自分の方から名乗るものだ」
 「それもそうだよね。俊宮
(としのみや)というの」無造作に答えた。
 「それ、苗字か、名前か?」
 「苗字」
 「まるで公家みたいな苗字だな。おれ、岩崎というんだ」
 「名前は?」
 「健太郎。おまえは?」
 「それ、今は言えない」
 「なぜだ?」
 「だってそれ言うと、性別が分かっちゃうもの」
 「そうか、人にはそれぞれ秘密があるものだなァ。もう訊かないよ」
 「でも、性別以外だったら、訊いてもいいよ」
 「なぜ性別を隠す?」
 「それ、いっちゃァ駄目だって」
 「誰がいった?」
 「子平が」
 「では歳を訊いてもいいか。それとも訊くと失礼かな」
 「いいよ」
 「幾つだ?」
 「記録によると、19歳かな」
 「妙なことを言う」なぜ“記録によると”を前置きしたのだろうか。
 「そこまで訊くのだったら、特技も訊いてよ?」
 「特技か。では特技は何だ?」
 「泥棒」
 「泥棒だと?!」一オクターブ上がった。抜けぬけというこの大胆ぶりに驚いた。
 「それにね、変装も得意。何でも化けるの」
 「誰に習った?それとも、そういう才能が生まれながらにあるのか?」
 「子平が言ったの。生き抜くためには騙
(だま)す能力がないと駄目だって。内も外も、皆、騙す能力が大事だって。だからね、泥棒も同じ。食べる物がなくなったら、人の物を盗んでも、生きていなさいって」
 「凄い格言だ」と思わず感心した。
 この坊主には、生きる執念のようなものを感じた。そして、そのために、敵をも葬るのだろうか。
 私の足は、実家へと向かっていた。そして私は奇妙なものを従えていた。
 脳裡には、俊宮と名乗ったこの少年?が、なぜ性別を明かさないのは、その理由が釈然としなかった。
 しかし少なくとも明かさないことが、自己防衛になっているからであろう。何しろ、安田組に飼い馴らされている鉄砲玉だからである。
 そして驚くべきことは、俊宮と名乗った、男か女か解らない少年?に対する阿修羅のように映った感想は悉く外れていた。恐るべき勘違いだった。最初は眉間に縦皺がくっきり顕われていたから、性格粗暴者で神経質な者だと思っていたが、そうではなかった。ただ敏捷そうな感じを受けたのは正しかったし、口数は少ないと思っていたが、これは相手によりけりだった。この坊主が相手にする人間の種類によった。
 昏
(くら)い印象も、思ったほど暗くなく、異常と感じた毒はすっかり抜けていた。だが陰陽の二面性はあるようだ。この陰と陽を対(つい)にして、一人の人格を作っているようである。不思議と言えば不思議だった。
 しかし謎だらけの、男か女か解らない少年?だった。

 実家に連れて行って、「此処で暫
(しばら)く草鞋を脱げ」と諭(さと)してやった。これに、素直に従ったのである。驚くほど従順だった。そこで母に預けることにした。
 一人暮らしの母を手伝い、その手助けくらいにはなるだろう。
 もう、俊宮が男でも女でも、どうでもいいことであった。まず取り込んで、掛けられている暗示を解き、再教育できればいいのである。そして、その然る後に敵陣に送り込む。
 私には、新たに再教育するかのプランがあった。狼を飼い馴らすようなプランである。
 母に預けて、腹一杯飯を喰わせ、此処で暫く草鞋を脱がさせて手懐ければいいのである。餌慣らしである。
 この少年?をひとまず母に託して、また明日訪ねることにした。一日寝かしておけば、その後、何らかの新しい変化が見られるだろう。
 本日までの印象として、俊宮は物分りのいい人間だった。おそらく学校に行ったことは殆どないかも知れないが、社会常識は確
(しっか)りしていた。



●策謀渦巻く時代

 今日では、「大物」といわれる連中は、“接待ゴルフ”などの招きの中で、此処を社交の場と決め、ゴルフを遣
(や)りながら商談を決めると云うが、それは、例えば商社ならば、部課長ランクの小物レベルの取り引きであり、大物はゴルフなどで、大事を動かす取り引きなどはしない。また、かつてはあったが、今ではしなくなった。
 一つは第三者に聴かれて秘密が漏洩するからであり、もう一つは、ゴルフが大衆化して、庶民が参入するようになったからである。

 今では「接待ゴルフで商談」という図式は、小物レベルの商談であり、昨今は貿易商社と国家公務員トップが癒着
(ゆちゃく)して商談を決定するようにニュースなどで報じられているが、こうした接待ゴルフでの取り引きは、あくまで“小物レベル”の取り引きでしかない。
 つまり、小物はゴルフに現
(うつつ)をぬかすが、大物はゴルフなどしない。極秘情報を握る大物は、密談をゴルフで交わさなくなった。時代が変わったのである。
 上層階級や超上流に属する人は、その殆どがゴルフ場から逃げ出してしまったのである。それはゴルフと言うスポーツが大衆化した為である。庶民が参入し、ゴルフ場を荒らし始めたからである。

 政治を陰で動かす“一握り”の大物連中や、その日の、何某
(なにがし)かの相場の価格を決めるような超大物は、決してゴルフなどしないし、また接待ゴルフを余り喜ばない。大衆化し、庶民がこのスポーツに参入してきたからである。
 また、既にゴルフが極めて庶民化した為に、超大物クラスはゴルフ場から逃げ出して、別の場所で取り引きをすると言うのが、今日の重大事項を取り引きする“通り相場”となっている。ゴルフは労働者のするものとなってしまったのである。
 ゴルフに庶民が参入してくると、秘密が筒抜けになるからだ。秘密保持が出来ないのである。それが金持ちに逃げ出した理由である。金持ちは、秘密が多い生き物なのだ。

 秘密を抱えた大物が、大衆の目の触れるところで、もうゴルフなどしなくなったのである。
 では、大物とはどのような人か。
 一般に日本人は大物を連想する時、テレビなどに貌
(かお)を出す有名人を連想するようだ。
 例えば、ニュースの度に貌を出す政治家とか、歌謡番組に頻繁
(ひんぱん)に出演する歌手とか、その他の芸能番組などで貌を出す超売れっ子の有名タレントを大物と考えているようだ。
 しかし本当の大物は、こうした公衆の面前には絶対に貌を出したりはしない。見た事もないような、一見田舎の百姓と見間違う、そうした人の中に大物は紛
(まぎ)れ込んでいる。素顔は決して大衆の面前には現さない。闇に隠れて見えないところにひっそりとしている。その象徴が茶人を気取って風流などを嗜(たしな)む。
 そのために素顔は、公衆の面前には映らない。

 彼等は莫大な財産を手にする大資産家で、その潤沢
(じゅんたく)な資金で、日本を、世界をコントロールしている。いわば陰の、人形の手足の糸を操る「人形師」である。この人形師は、絶対に公衆の目には触れてはならない「黒子役」に徹している。貌を見せないのだ。
 要するに「操り手」であり、陰に徹した“意思”であり、俗に《御老体》といわれる人である。
 この《御老体》は絶対に公衆の目に曝
(さら)されない所にいる。自らの意思を世の中に反映させる。自分の意思を、世の中の常識にしてしまう。
 それには政治家を遣
(つか)ったり、マスコミを遣ったり、時には左翼系のジャーナリズムを遣って、あるいは自分の意思に近い流行作家を遣って、更に芸能界のタレントやスポーツ界の花形選手を遣って、娯楽番組のお笑い芸人を遣って、自らの意思を世の中に反映させるのである。
 多くの日本人は、世界ではアメリカ大統領が一番偉く、また日本では絶大な国家権力を持った総理大臣が一番偉いのではないかと思い込んでいる。あるいは大歌手や大型映画俳優、アメリカ大リーグに貌を出す花形スポーツ選手が一番偉いのではないかと思い込んでいる。
 仮に一番偉いと思わないまでも、尊敬に値する対象と思っている事は間違いなさそうである。少年少女とすれば、未来の自分の“憧
(あこが)れ像”であろう。
 しかし、彼等は階級的に言って、いかに高給取りであっても、単なる労働者である。公衆の面前に自分の貌を曝
(さら)すような有名人は、実際には、ちっとも偉くないのである。単に高級労働者である。

 例えば、日本人か考えるアメリカ大統領へのイメージは、ホワイトハウスに棲
(す)んで、世界の政治や経済や軍事を自らと、自らのスタッフを通じて、コントロールしているように思い込んでいる。
 しかし、階級的にはアメリカ大統領と雖
(いえど)も、一人の労働者である。労働者である以上、この労働者を遣う労使の関係で言えば“雇い主”がいるのだ。
 いまや「最上流階級」という一握りのエリートは、自分がエリートである事すら、ひけらかしていない。見えないところに隠れてしまう。
 派手に自分を誇示し、ひけらかすのは一般上流階級の“下層部”に分布する「高級労働者」と言われる連中である。
 最上流階級は自分を誇示し、宣伝するブレーンの図式から逃れ、その後釜に上流階級と言われる、10億円から50億円の資産を持つ資産家を据えたのである。このレベルの資産層が、最上流階級の座席を肩代わったのである。

 アメリカ大統領と雖も、労働者である以上、「操り手」の操る糸からは逃げることが出来ない。
 日本でも同じであるが、大通りから見える大袈裟
(おおげさ)な構えの邸宅や、また一等住宅地に邸宅を構える邸宅を見たら、そこには、このクラスの高級労働者が棲(す)んで居ると思って間違いない。
 その最たるものが、アメリカで常にテレビで影像が放映されるホワイトハウスだろう。だが此処は本当の大物が住むところでない。大物は大通りから見えるようなところには住まない。重要ポストを仰せつかる高級労働者の住いである。大物はまずレテビや新聞で報道されない。影でのフィクサーを演じる。
 そこで映し出される大統領の姿は、最上流階級に属した“世界の偉人”ではなく、上流階級の下層部に位置する“高級労働者”である。この手の“高級労働者”を闇から操るのが最上階の大物である。
 ホワイトハウスの建て方は、一種独特の意図が隠されている。その白堊
(はくあ)で、慎重に高台を選び、建造されたホワイトハウスは余りにも目立ち過ぎる存在である。アメリカ国民に一種の羨望を与える。あるいは憧れを抱かせる。
 そして此処には、一種の法則がある事に気付くのである。

 それは一時的に此処に棲んだ者は、殆ど間違いなく「地位を落す」と言う“法則”である。この法則に、誰一人として例外はないのだ。これは「雇い主」に雇われていると言う証拠である。大統領ですら労働者であったと言うことだ。大統領は実質上の実力者でないと言うことだ。
 では、実質上の実力者は何処に行ってしまったのか。
 彼等は絶対に公衆の目につく所に居ず、何の労働もせず、遺産などの銀行預金の利子だけで、優雅に暮している。まず「労働をしない」ということに注意しなければならない。
 したがって、どれほど収入が多くても、それは自分が稼いだ金であり、労働の対価として得た金である。そのよい例が、大映画スターやプロ・スポーツ選手たちである。その金は自分の資産であるかも知れないが、親からの遺産ではない。先祖から遺産でない。

 遺産とは、通俗的な言い方をすれば、先祖代々からの“古き金”である。それは泉の形態をなしている。汲めども尽きぬ金である。遣ってしまえば干し上がってしまう金でない。
 その金は三世代も四世代も、前の金なのである。そして先祖の残した巨額な金を、その子孫は優雅に遣い、労働をしないのである。不労によって循環する金である。巨額な、古き金の銀行預金の利子で、充分に賄
(まかな)える金である。
 彼等は“隠れ階級”とも言い、ランク的には「最上流階級」に属している。最上階級は労働をしないと言うのが特徴だ。
 そして彼等の棲
(す)んで居る家は、決して大通りから見える所や、一等高級住宅地といわれるような所には構えていない。そう言う所に棲むと、他人の目の羨望が働くからだ。
 彼等は棲む所も羨望の目を避けている。それを避ける為に、そこは人里離れた山の中であったり、あるいは島民の少ない離れ小島などの広大な土地であり、例えば世界規模で言えば、遠いギリシャか、カリブ海の島々のそこの島の持主であったりする。隠れて棲む事を好む人達である。
 こうした所に棲んでいれば、大衆からの羨望の目を気にしなくて済むからだ。また有象無象の取り巻きの煩雑
(わずらわ)しさもないからだ。
 更には、慈善事業の話を持ちかけられたり、政治への出馬を持ちかけられたり、たいそうな肩書きのついた名誉職に押し上げられたり、寄付金などを持ちかけられることもない。
 最も功を奏しているのは、多額の税金の押収を免れ、あるいは財産の強制収用にあう事もないのだ。
 つまり、公衆の面前にその素顔を曝し、羨望の目で見られる事がなくなり、無駄な富の流出が避けられるからである。そうなると当然、かつては金持ちが商談する為のスポーツとなっていたゴルフもやらなくなり、ゴルフ場から完全に撤退してしまったのである。
 彼等はゴルフを遣る人ではなく、ゴルフを遣らせる人なのである。

 更に彼等がゴルフを遣らなくなった理由は、他にもある。
 それは今日では、ゴルフ場にヤクザが出入りしだしたことだ。庶民のいる所には、必ずヤクザがうろつき始める。また、こうした庶民化された場所で、重大事項を取り引きしたり、決定事項をゴルフをしながら、という庶民の遊びは敬遠されるのである。下手をすれば、悪質な「賭
(か)けゴルフ」の罠(わな)に掛からないとも限らないからである。
 あるいはゴルフからセックス・スキャンダルに及ぶことも多く、仕掛けられて食い物にされるケースも殖
(ふ)え始めたからだ。
 有名人や政財界のトップ・クラスも慎重な人は、これらの低俗化してしまったゴルフから、もう、とっくに引き上げている。ゴルフを楽しむといったクラスは、主に中小企業の取締役層や、一部上場の大手でも、代表権や取締役権の持たない部課長クラスである。上位でも、このクラスである。

 では、ゴルフから大物クラスが、なぜ撤退
(てったい)してしまったのか。
 ゴルフは、ゲームのみを楽しむには殆ど問題は何も発生しないが、ゴルフ終了後の、「接待」と称した予後の時間に美人局的
(つつもたせ‐てき)な、女性スキャンダルを捏造(ねつぞう)される危険が大きくなった。
 その点、思考的に幼い隙だらけの日本の高級官僚らは、金銭や女性らのスキャンダル事件を起こし、糾弾されてしまう。そういう事も百も承知で、大物はそうした場所に近付かない。君子は危うきに近寄らずだる。身を慎むことを知っている。
 それに極秘情報も漏れることになる。そういう愚を冒さないのが大物である。《御老体》は一切を見通す老獪な怪物である。

 昨今のゴルフ場には、様々な「負の部分」を担当する仕掛人が多く出入りし始めた。
 つまり、女性スキャンダルを食い物にする「強持
(こわも)て」の政治屋や政治団体幹部などの人間であり、こうした連中は、セックス・スキャンダルでターゲットになった獲物を巧妙に絡め取っていく。とことん食い物にする。この「負の部分」が敬遠されはじめられたからだ。
 この「負の部分」に敏感に感じたのは、大物クラスの最上流階級の人達であった。一方、鈍感な小物だけが旧態依然に、“ゴルフは金持ちのスポーツ”と現
(うつつ)を抜かしているのである。

 日本のゴルフ・ブームは“現代”といわれる昭和三十年代の高度経済成長と無関係ではない。この時代から日本は経済大国の道を歩み始める。つまり、「55年体制」である。
 これを機に、日本では歴史区分でこれを「現代」と言う。これを皮切りに、政財界は「負の部分」の仕掛人と絡み合いながら、彼等の協力を得て、高度経済成長下の日本を動かし、清濁
(せいだく)(あわ)せ呑み、経済大国へと成長して来たのであるが、その後のバブル崩壊によって、不況が深刻化し、特に経済界にあっては、システムの見直しを余儀無くされたのである。
 また、このシステムの見直しに該当したものが、“接待ゴルフ”であった。
 世の中が不況になれば、接待ゴルフに絡んでくる仕事師が多くなり、そのもって行き先は、セックス・スキャンダルである。このセックス・スキャンダルにより、近年、有名になったのが、長崎県佐世保市に本店を置く、親和銀行の不正融資事件であった。世間の不評を買った。


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