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旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 37


般若面と女性のクライマックスの絶頂の酷似に酷似する。夜叉(やしゃ)の如き怒りの形相の般若面と、絶頂のエクスタシーは感情的には似たものを持っている。
 この絵に女の愛と憎しみの二面性を見る。夜叉と菩薩である。
 「怒」と「悦」は表裏の関係である。
 そして遠くから見る分はいいが、近付けると怕い。つまり「地獄の顔」と「極楽の顔」は非常に似ているのである。
春画/北斎の傑作といわれた『波千鳥』の復刻画。


●スナック乱闘事件

 人とは不思議なものである。
 例えば、自らが何かに傷つき、あるいは虐待
(ぎゃくたい)を受けて傷ついたとしよう。
 その痛みと苦しみは、外に洩
(も)れる事がないにも関わらず、その痛みの悶絶(もんぜつ)と悲壮(ひそう)の苦しみを、他人に訴えようとして、同情の限りを尽くす現実がある。
 この側面には何があるだろうか。おそらく物乞いに似た卑
(いや)しさを煽(あお)り、あたかも人類共通の事柄として訴えることだろう。「同情を買う」というやつである。
 然
(しか)し乍(なが)ら、自らの背負った痛みと苦しみは、常に自分自身の肉体的領域、あるいは精神領域を出ることはない。それでいながら、その訴えを退けない現実がまた一方ではある。
 その訴えを、訴える方も訴えるなら、その訴えを聞く方も聞く方である。誰もが、同情の手を差し伸べて、巧妙に偽善者ぶる。そこに歯車の噛み合わない「御涙頂だい」のヒューマニズムがあるのではあるまいか。

 そんなことを思いながら、それとは裏腹に、彼女と暮らす、この安穏
(あんのん)とした日々は、実に捨て難いものがあった。私は、実に大きな夢を見ていた。恐らくこれは、私のエゴから発したものであることは疑う余地がなかった。そして生きている時は、片時も彼女から離れまいという矛盾が込み上げてくるのだった。
 そんな思いに浸りながら、由紀子に先に寝てもらい、酔えない、後味の悪い酒を朝方近くまで呷
(あお)っていた。
 酒は呑めば酔う。
 しかし酔えない酒もある。酔えない酒を無理に飲む。ついに呑まれる。呑まれれば、それなりに酩酊
(めいてい)はある。だが悪酔いするだけで、後味の悪い酒は呑んでも、先に何も見えてこない。悪酔いは深まるばかりだった。
 脳裡
(のうり)で、どうしてこうなったか反芻(はんすう)する。何故こうなってしまったかと。
 だが、分らない。
 そうした原因の糸を手繰
(たぐ)り寄せると、ただ酩酊に任せて、一つだけ思い出したことがあった。
 それは由紀子が自分の車に、手短な荷物を纏
(まと)めて、此処に乗り込んで来た時のことであった。今まで通い妻を気取っていた彼女は、とうとう母屋(おもや)の占領を目指したのだった。

 「今日から此処に住まわせて頂きます」取り澄まして、由紀子はこう言ったのである。
 彼女の言葉を聞いた時、私は絶句し、青天の霹靂
(へきれき)といった激しい衝撃を受けた。
 それがまた真摯
(しんし)な眼差(まなざ)しで言ったのだから、度胆(どぎも)を抜かれない筈がなかった。動顛の極みだった。
 通い妻としての領域を出ることのなかった彼女は、そのような気配すら一度も見せず、その兆候もみられなかっただけに、私は突然こう言われて、その衝撃は想像を絶していた。
 「今日から此処に住まわせて頂きます」は絶句した。
 これは諸手を挙げて喜べるものでなかった。
 そのため心の準備というものがなかった。常に何処かで私への呪縛が働いているのである。
 ときどき、これがやがて『牡丹燈籠』のような結末に終わるのではないかという現世の幻を見ている気がしていた。そのうえ由紀子の性格である。
 世間知らずと言おうか、お嬢さま育ちと言おうか、ネジの外れている?こんな大胆な彼女に、私の心の裡
(うち)を説明しても、直ぐに理解して貰えるとは思えない。その懸念は大だった。飽きるまで、好きにさせるしかない。
 好奇心という奇妙な玩具を与えられた人間は、最初はその奇妙なカラクリに取り憑かれ、暫
(しばら)く遊んでいるが、やがて飽きる。時間はそうした性質を持っている。時間とともに徐々に慣れるのだ。惰性が起こるのだ。そして気付いた時には、彼女が此処から仕事に通い始めて、半月が過ぎた。
 この間、当時の文化生活で必要とされたものは、全て取り揃
(そろ)えられていたのである。それに飯事(まま‐ごと)遊びのような、この異様な現実から逃避するためには、酒に明け暮れるしかなかった。
 飼い馴らされたパヴロフの犬も時には条件反射以外の行動を起こす。

 男の責任やその義務を考えた場合、女に養われていることは実に心苦しいものである。だから由紀子は抱かないし、私自身の手で床の間に据
(す)えた由紀子には、手も触れないし、迫りもしないのである。
 これが私の痩我慢
(やせ‐がまん)であり、由紀子は何処までもプラトニック・ラブの相手でよかった。手を付けず、床の間に大事に飾っておく相手だった。
 だがしかし、男の意地は、そんなことだけで解決はしない。解決しないならば、そこで当然のように葛藤
(かっとう)を繰り返しながら逃避行を企てる。そんな私の逃げる処があるとすれば、それは泥酔(できすい)の世界しかなかったのである。それでいながら、彼女を不幸にさせたくないという、安っぽい感傷に囚(とら)われるのであった。


 ─────この日は荒れていた。無性に腹の立つことがあったからだ。
 その原因とは、これだった。
 「岩崎君。既に承知であると思うが、道場を1ヵ月以内に開け渡して欲しいのだ」
 それは理不尽な無理難題だった。一方的に出て行けというのである。
 「どうしてですか?急に、そんなことを言われても……」
 「兎
(と)に角(かく)檀家(だんか)がうるさくって、私も辛い立場にあるのだよ」
 「話がよく分かりません。開け渡す理由を教えて下さい」
 「君自身で考えてみたまえ。反省する点が多々ないかね……」

 私はそう言われても、今までのことを思い返してみたが、心当たりはなかった。寝耳に水であった、出て行けとは……。
 家賃は毎月前家賃で支払っているし、盆暮れのお中元やお歳暮の挨拶は欠かさず行い、その心遣いと、礼節に気を配っているつもりだった。
 時には、私自らが先頭にたって、陣頭指揮し、寺の境内の掃除や町内の防災訓練や、寄合事
(よりあい‐ごと)には積極的に参加していた。それなのに何故このような仕打ちをされるのか。理不尽ではないか。
 (俺は、恨まれているのだろうか?……)<そんな自問が脳裡
(のうり)を掠(かす)めた。
 「いいか、岩崎君、兎に角そんな訳だ。期限通り、あそこは一か月以内に開け渡してもらうよ」
 「ちょっと待って下さい。急に言われても、僕の一存では返事をしかねます。暫
(しばら)く猶予(ゆうよ)を下さい。道場の幹部のものと相談しますから……」
 「何と言われようと、法的には、既に決着がついたことだ。諦めるんだね」
 私の必死に嘆願する願いは、聞き届けられなかった。出て行けの一点張りである。

 狐に摘
(つ)まれたような不思議な気持ちだった。青天の霹靂(へきれき)である。
 この寺の住職は、私を追い払うように、この後の話を続ける意志はなかったようだ。何が何でも追放して、所払いにしたいのだろう。その所払いの理由すら教えてくれない。
 寺の事務所と道場を隔てた僅かな歩行時間に、色々な反省が蘇
(よみがえ)った。これまでそんなことは考えてもみなかったが、一旦このような事態に陥ると、誰かに恨まれているのではあるまいか。
 あるいは、陥れらているのではあるまいかなどと疑心暗鬼
(ぎしん‐あんき)陥るのであった。しかし、現実には“出る杭(くい)は打たれる”のであった。
 私は晩年になって回想すると、俚諺に云う「出る杭は打たれる」というこの事実を、少なくとも二回経験したことがある。確かに、妬みを買われて、出る杭は打たれるのである。その第一回目が、この時だった。
 そして、この数時間後、事の真相が明らかになった。それを聞いて、更に私は腹が立った。

 私はこの日、夕飯の支度が済んだであろう、由紀子の待つアパートに戻る気がしなかった。
 人間未熟のため、怒りで動転するばかりであった。無性に腹が立ち、そして気が苛立っていたのである。
 (この俺は、一体どうすれば良いのだ!くそッ!……)何処からともなく怒りが込み上げてきた。
 心に一つの迷いが生まれ、混乱の余り、冷静さを失っていた。何処でもよかった。何でもよかった。無性に度の強い酒を呷
(あお)りたかった。そういう苛立った心境にあった。卑怯にも酒で逃げようとしていた。小心者の辿る末路である。その末路を私は辿っていた。
 僅か一日前の出来事を反芻
(はんすう)してみた。反芻すればするほど、酒へと逃げたくなる。自棄にならずにはいられなくなる。小心もの故である。

 突然、裁判所から、道場の借地明渡
(しゃくち‐あけわたし)の『退去命令書』が届いた。これにはびっくり仰天である。執行命令書と同じ効力を持つからである。
 最初は何かの間違いではないか?と思い、頭を打ち振って気に止めずにいた。その封筒すら開封してみなかった。しかし少しばかり気になって、今日開封して驚いたのである。事実無根の御託が並べられていたからである。それを理由に出て行けという。理不尽だった。
 寺の住職が、何の事前の相談もなく、一か月以内に道場を明け渡せという手続きを裁判所に申し立てたのだった。それが今日の退去命令だった。いや、出て行けという執行命令だった。

 弟子を百数十人も抱えて、今更、何処に行けというのか。果たして八幡区内以外に、われわれが落ち着く安住
(あんじゅう)の地が何処にあろう。その背景には、資産を持たない貧乏人の嘆きがあった。
 早速、翌日これに抗議をした。しかしこれは空しく潰
(つい)えて、聞き入れて貰(もら)えなかった。貧乏人は弱いのである。金が天下の世の中で、金のないのは首のないのと同じで、これに抗議をするなら無産階級のアナキストになってアナキズムに奔(はし)り、国家や権威を転覆させる以外ない。そんな大それた怨念が脳裡を掠(かす)めるたのである。
 だが私は暴力主義者ではない。経済的困窮が、経済的挑戦でやり返すしかない。今は忍んで逆転の時機
(とき)を待つしかなかった。
 後で分かったことだが、明渡の話は、以前から内密に進められていたようだ。
 躍進
(やくしん)する私の勢いに嫉妬(しっと)を抱いた、もう一人男がこれに「待った」を掛けたのである。

 それは寿司屋の島田という五十年輩の男で、私の世話役を自称していたが、何事につけても嫉妬深い男であった。何事も遣
(や)ることが、こせこせしてよく騙された。避けても小判鮫(こばん‐ざめ)のように張り付いてくるこの男が、寺の住職を唆(そそのか)し、檀家(だんか)の一部の派とグルになって、私の追い出しを以前から画策していたのである。世の中には、こうしたタイプの嫉妬深い人間は、実に多いのである。
 こういうタイプは武道家を自称する人間に多く、大物に見せ掛ける輩
(やから)が少なくない。
 島田は私が困るのを承知の上で、わざと妨害し、私が頼みに来るのを待っていたのである。人が頭を下げるのに、無性に優越感を感じ、一方で世話役面
(づら)をするのだ。
 これを知って、この日は無性に腹が立っていた。この事実を、この男に問い詰めて、怒りの鉄拳の一撃を食らわせたが、知らぬ存ぜぬで嘯
(うそぶ)いた。巧妙に仕組まれていて、私を陥れる手段としては上出来(じょう‐でき)のものであった。この男は以前から、私の何処かに、憎しみを抱いていたのだろうか。
 あるいは破竹
(はちく)の勢いで飛躍する、私の道場が妬(ねた)ましかったのだろうか。
 その理由が何にせよ、知らぬ間に恨みを買い、憎しみを抱かれる可能性はあるのだ。それにしても、まんまと嵌
(は)められたのであった。まさに寝耳に水と言えた。それだけ、何処かで怨みを買われていたのかも知れない。人の世の煩(わずら)わしいところであった。
 もし、『菜根譚』ふうの生き方を知っていたなら、「ほどほど」で巧く躱
(かわ)していたであろうに。

 世の中の常は、出る杭
(くい)は必ず打たれるのだ。
 しかし打たれる事を嫌っていたら、出るものも出る事が出来ず、世の中で頭角を顕
(あら)わすチャンスが永久に失われてしまうのである。
 むしろ「打たれる」ことを善しとしなければならないのである。打たれる時には打たれる。打たれて鍛えてもらう。そして様々な、火と水の試煉
(しれん)としての洗礼を受けて、それでもへこたれない。そんな余裕のある自己を確立していなければならないのであるが、私はこの時そんな余裕がなかった。自分自身すら見失っていたのである。私と言う、小心者の習性であろうか。
 一瞬、我と吾
(わ)が身を、苦笑せずにいられなかった。智慧足らずの自分を恨みたい気持ちになった。そして気持ちの持って行きようがなかったのであった。
 私の、このような動顛と、苛立ちを先取りしたかのように、私を嵌
(は)めた男は、私の慌てようを愉快に笑っているかも知れない。妄想にも似た怒りが込み上げてきた。他愛のない、子供じみた怒りを舞い上がらせてしまえば、それまでのことだが、この辺が私の人間修行の未熟なところであった。
 しかし、手塩にかけて、育ててきた道場生を路頭
(ろとう)に迷わし、私は無職同然となる。こんな事が意図も簡単に、裁判所の冷酷な紙切れ一枚で、済まされていいものなのだろうか。法は庶民に対して冷酷なのか、あるいは盲なのか、そう思った。

 その為に何処でもよかったのである。
 この怒りを沈める今日一日の、酒を呷
(あお)る場所を捜していた。酒で逃げきろうとした私は、軽率と愚行の頂点に居たようだった。
 だからこの儘
(まま)アパートに戻れる訳がなかった。
 由紀子との家庭的な、和
(なご)やかな情緒を金繰(かなぐり)捨てて、放蕩息子(ほうとう‐むすこ)のように、幾重にも放蕩を重ねたい気持ちが湧き上がっていた。

 (何処かが間違っている、何処かがおかしい……)得体の知れない厭世観
(えんせい‐かん)が湧き起こる。この世はあまりにも理不尽が多過ぎる。このようなことを何度も反芻(はんすう)する度に、押し寄せる潮(うしお)のような怒りが込み上げて来た。こんなとき出来ることは酒を飲み、放蕩を繰り返すしかない。それは仕事に比べれば何でもないことであった。
 酒を飲んで酒に呑
(の)まれ、一時の慰安(いあん)を愛欲や快楽に求めても、それは難解な仕事を醫(いや)す疲れた後の、贅沢(ぜいたく)な閑(ひま)潰しであったかも知れないが、そんな贅沢(ぜいたく)をこの際(さい)味合わなければ、私の気持ちは他に持って行きようがなかった。私の人間未熟は此処にあった。
 私は無性に苛立っていた。そんな時、後ろから女の声がしたのである。透
(す)き通るような声である。まさか俺を呼び止めたのでは、否(いや)そんな馬鹿な。私は頭(かぶり)振り、この声を無視した。
 しかし再び同じ声がした。私は一瞬耳を疑った。

 そしてその女は、私の前に立ちはだかるようして、
 「お茶でも、ご一緒しませんか?」と、微笑んだ顔を纔
(わずか)に傾けた。
 何となく愛くるしさを湛えていた。実にチャーミングである。心の中で思わず「か・わ・ゆ・い」と発したくなるような衝動に駆られた。
 予想もしない、見知らぬ若い女が、通りすがりに声を掛けて来たのである。
 服装もごく普通の恰好であったが、別段水商売風でもなく、どちらかといえば生娘
(き‐むすめ)のそれに近いような清潔感の溢れる小綺麗(こ‐ぎれい)な恰好であった。
 この女が、どうして私などに声を掛けて来たか、私としては理解に苦しむところだった。

 「えッ?……」
 私はまさかと思った。
 聴
(き)き間違いでなかろうかと、首を捻っていると再び、「お茶でもご一緒しませんか?」と同じことを言うのである。
 それはあたかも同じ言葉を、一分
(いちぶ)の間違いも無く、録音テープが繰り返したとしか思われないような正確さで、私に同じ言葉を告げたのである。
 これは最近現われた、質
(たち)のよくない男騙しの悪戯(いたずら)なのだろうか。

 私はまじまじと、彼女を見つめた。少し頭が訝
(おか)しいのだろうか。
 それとも私の知らないうちに登場した、今、流行
(はや)りの、六本木(ろっぽんぎ)辺りに猛威を振るっている新手(あらて)の、男をナンパするスーパー珍種なのだろうか。
 しかしそれにしても、目付きは何処も異常が感じられないし、突飛
(とっぴ)で、前衛的な考え方の持ち主とも思われない。また新興宗教の勧誘とも思われない。
 そして私は自分自身を振り返っても、通りすがりに女から声を掛けられるような容貌
(ようぼう)は備えていないし、恰好もいたって不恰好である。
 その私が声を掛けられたのである。耳を疑い、目を疑う方がむしろ当り前というものである。

 年齢は私より、一つか二つ下というところだろうか。その服装からして一見卒業を半年後くらいに控えた、女子大生のようにも見える。決して遊び慣れして、摺
(すれ)れているようにもいるようにも見えない。純情そうに映ったのは、私の目の錯覚だろうか。
 私は下から順に彼女の服装を見上げていた。可愛らしいワイン色の今流行のハイヒール、ダークグリーンのミニスカートに白い薄手のハイネックセーター、肩にはショルダーバックを掛けている。清潔感の溢れた女性であった。
 手にはエッジバンドで巻いた二、三冊の教科書らしき本を手にして、外見は女子大生のようであった。その全身から醸
(かも)し出される雰囲気に、何処か良家の育ちのよい子女を思わせた。
 碧
(みどり)の黒髪は、毛先の方をカールさせて肩まで延ばし、愛(あい)くるしい笑顔を崩さない。それを途切れることなく投げ掛けて来る。これ自体が、高等な催眠術だろうか。
 私は暫
(しばら)く、唖然(あぜん)とした素振りが隠せないでいた。

 「お茶って、一体どういうこと?」
 「決まっているじゃありませんか」
 「決まっているって?」
 「もう、鈍
(にぶ)い方」ツンと拗(す)ねるような言い方をした。
 これは作戦だろうか。そんなことが、一瞬脳裏を翳
(かす)めた。
 「どう鈍いの?」
 「もう!」
 それは「また……」というように可愛く拗
(す)ねて見せた。しかしこれが彼女の作戦であったのだ。小娘に化ける高等話術だったのである。私は催眠術に掛けられるように、まんまと嵌(は)められていた。

 「あたしとお茶を飲むの、お厭
(いや)ですか?」と、しよんぼりして俯(うつむ)いた。その仕種(しぐさ)といい、芝居にしては実に中々堂に入っていた。
 「別に……そんな訳ではないのだが……」
 お人好しの私は、言い訳のようなことを言って、しどろもどろになり、慰めの側に回っていた。
 「じゃあ、近くでお茶でも如何かですか?」
 私はこれを聞いて、後に退けない気持ちになっていた。こうまで言われて断われば、男が廃
(すた)ると思ったからだ。
 一旦は不審に思いながらも、彼女に誘われるまま、のこのこと蹤
(つ)いて行ってしまった。結果が、善しにしろ、悪しきにしろ、一度蹤いて行って、その正体を見極めねば、はっきりとした結論は出せない。
 荒れた気分は「毒を喰らわば皿まで」とまる。これこそ人間が出来ていない証拠だった。

 彼女に誘われて、ある喫茶店に入った。
 店の中は薄暗く、所謂
(いわゆる)同伴喫茶であった。
 各々のボックスに中では、男女が抱きあっているのが、ぼんやりと窺
(うかが)えた。此処は彼女の育ちの良さと、その言葉使いから考えて、似つかわしい処であった。
 彼女はこの事を知っていて、『お茶でも如何ですか』と言ったのだろうか。
 頭の中で、その不可解さを反芻
(はんすう)した。
 しかし彼女には、周囲の男女が抱きあうような不埒
(ふらち)ことを強要して、某(なにがし)かの金銭を巻上げるようなプロの女には見えなかった。これこそが、高等テクニックであった。
 更には、近くに面倒なお兄さんが見張っているのではと思ったが、「八方眼
はっぽう‐がん/顔は前方を向きながらも、約270度の視野範囲で辺りの様子を感知する術)」を遣って、周囲を警戒したが、それらし者は見当たらなかった。
 彼女には別の何か、隠された目的があるのだろうか。

 そんな思索に耽っている時に、コーヒーが運ばれてきて、私に「どうぞ」と薦
(すす)め、自身もコーヒーカップの淵(ふち)に上品に口をつけていた。
 私も薦められるままにコーヒーをすすりながら、暫く彼女の話を聞いていた。妙に彼女は行儀がよく、言葉遣いの上品さが、いつまでも耳から離れなかった。しかしそれでいて、やや下がりぎみの目付きに、一種独特の淫蕩
(いんとう)さがあり、それは誘惑的であった。隠されたものが少しばかり見てきた。
 また彼女を見詰めると、この場に耐え切れぬ素振りで俯き、赧
(あか)くなって、下を向いてしまう仕種(しぐさ)を繰り返すのである。芝居なのだろうか?と思いつつ、それが彼女への駆逐(くちく)の判断を狂わせる原因になっていたのである。

 彼女は一種の煽情的
(せんじょう‐てき)な仕種を作りながらも、話は大学での友達のこと、授業や先生のことなどが中心であり、饒舌(じょうぜつ)に任せて、一通りを話し終えたところで、私と打ち解けたような素振りを見せた。話の内容からすると、どこかの大学の文学部の学生であるらしい。
 私も意気投合したかのように思い込んで、彼女もお近づきの印に、次に何処かで酒でも呑みに行こうとう言うことになったのである。疑いつつも、転んで、その言葉に従って、一先ずこの店を出た。

 私に備わっている筈
の分別というものが、全く役に立たない局面に面していた。しかし不埒(ふらち)な誘惑に駆られて、しめしめと思ったものの、実は財布の中味が気にかかった。
 彼女を酔わせるだけ酔わせて、ホテルに誘う金子
(きんす)としては些(いささ)か心細いものであった。

 一方で由紀子という想
(おも)い人を心に置ながらも、もう一方で通りすがりの名も知らぬ彼女と、一時のアバンチュールを楽しむという、私自身の精神構造は、悪辣(あくらつ)な二重人格的な要素があった。この意味で私は、恋愛と肉欲を、他所行(よそ‐いき)と普段着(ふだんぎ)のように上手に使い分けていた。
 私の狡猾
(こうかつ)な一面を物語る悪態(あくたい)かも知れないが、さして私は咎(とが)められる程の道徳的な良心も、あるいは女難という仕掛けられた罠(わな)に堕(お)ちる危険も、些かも感じなかった。今はただ、騎虎(きこ)の勢いであった。

 「何処か、お酒の呑める素敵なお店知りません?」と、可愛い仕種で、私の顔を覗き込んできた。
 「えと……
(この際、立ち呑み等の角打や焼き鳥屋はムードがなさ過ぎて駄目だろ、えッと、えッと……)」と、素早く検索をしているのだが、咄嗟(とっさ)には思い浮ばない。
 彼女の言った『素敵なお店』を念頭において、私は女性を同伴して、気軽に入れる店を思案していると、彼女は自分が良い店を知っていると言う。
 彼女は笑顔で再び私の顔を覗き込み、そして今度は、私の腕に両手を絡ませて、すがるような恰好をとり始めた。まあ、彼女に任せておけばそれでいいか、と思いながらも、一体彼女は何者だ、という穿鑿
(せんさく)が拭い切れずにいた。それでも、のこのこと蹤(つ)いて行く破目になった。
 そして彼女が案内する店が近まった途端、私は自分がキャッチ・ガールに捕まったことを悟った。
 まんまと、為
(し)て遣やられたのだ。お人好しの仔羊は猟られたのである。

 噂に聞いていた新手の女子大生風のキャッチ・ガールであった。アルバイトでこうした事をやっているのだろうか。世の中は、自分を買い被
(かぶ)るほど、都合のいいように出来ていないのである。
 反芻
(はんすう)すれば、心の隙(すき)を突かれて、旨く填(は)められた観があった。
 物心両面に亙
(わた)って苦悶(くもん)し、危ない綱渡りをしている状況下にある私としては、やがてボッタくりに掛かるだろう。思わぬ出費が想像出来た。
 人は不思議なことに、苦境に立たされているとき、思いも寄らぬ誘惑に駆られてしまうものである。悪いときには悪いことが重なるのである。人の世とは、何と皮肉なところであろうか。

 迂闊
(うかつ)に蹤(つ)いて行くことからして、私には冷静さに欠けていたのである。彼女はその界隈(かいわい)で、何処も知り抜いているような足取りで私を誘導していく。まるで鼠(ねずみ)の穴蔵まで知り抜いているように、あっちに曲がったりこっちに曲がったりして、路地に靴音をたてて歩いた後、訳の分からない奇妙な店に誘導した。
 スナック規模でありながら、店の名前は『高級クラブ・雅城』とあった。此処は間違いなく「高級だ」と思った。高級こそ低級であり、わざわざ「高級」などの文字は使わないものだ。
 店の中は薄暗く、上品とは言えない卑猥
(ひわい)なピンクのウォール・ライトで照明がなされていた。何となく薄汚れていて、騙しの要素が漂っていた。
 サングラスを掛けたヤクザ風のバーテンが、カウンターの向こうでグラスを拭いていた。ホステスは五、六人いたが、高級クラブにしては、下品な低級ホステスたちであった。下手物というより、化け物だった。どうやら私は魑魅魍魎
(ちみ‐もうりょう)が生息する、この世の化け物地域に足を踏み入れたようだった。
 お絞りが出され、それで顔を拭いた。何気なく投げた私の眼が、一人の女の眼に留まった。化け物だった。化け物が眼に留まったのだった。見るんじゃなかったと思ったが遅かった。その化け物が私の傍
(そば)にやって来て、隣の席に座った。化け物のご来席である。

 「何になさる?」化け物が訊いた。
 「水割り」
 その化け物がボーイを呼んだ。それは声高
(こわだか)な、早朝の時を知らせる鶏のような派手なけたたましい声であった。馬鹿な所に入ったものだと、自らの軽率と、愚行を後悔した。出されたコップ一杯の水割りを一気に呷(あお)ったが、趣味に合わないので一、二杯で此処を出る予定でいた。これ以上、悪鬼羅刹(あっき‐らせつ)のような所に居ても仕方ないではないか。
 そんな時、横に居た化け物が、私の太腿
(ふともも)辺りを撫(な)でて、今にも一物に届かんばかりであった。これに黙っていたら大胆にも、ズボンのジッパーを降ろしてきたので、この手の店は高くつくと思って、何とか早く此処から逃げ出すつもりでいた。次に出てきた水割りも、一気に呷(あお)り、早々に出ようとした。立ち上がってバーテンに訊ねた。

 「いくら?」
 「五万円いただきます」
 値段は目玉が飛び出る程、超高級ではないか。《おいおい冗談だろう、それはないぜ》という言葉が口から出かかった。
 「今、二万しか持ち合わせがないんだが……」
 「困りますねー、お客さん。ちゃんと耳を揃
(そろ)えて払ってくれなきゃ」
 「どうすればいいんだい?」
 「若いもん、付けますから、そいつに、金渡してくれませんか」
 凄
(すご)みのある声でバーテンが言う。付け馬をつけると言うのだ。
 目付きはサングラスで隠れていて、その凄みの程は分からないが、ドスの利いた声から想像して、かなりの根性の坐った男のようにも見えた。明らかに堅気ではない。
 一見の、飛び込みで入ったサラリーマンであれば、これに恐れをなして素直に金を置いて逃げていくであろうが、私は一筋縄
(ひとすじ‐なわ)軍門に降ることが嫌で、無駄と思えたが一応ゴネてみた。

 「水割り二杯で、二万でも高い。五万とは、一杯二万五千円てっわけ?」
 「お客さん、変な言い掛りつけないで下さいよ。うちはまともな商売をしている店なんだ。言いが掛りつけると、タダじゃあすまないよ」
 バーテンは私の耳元に口を近付けて、ガムの匂いがする口臭を匂わせながら言った。これは勿論
(もちろん)脅しのつもりであろうが……。
 こんな時、行動家はどうすれば良いか。
 こんな理不尽の戦うにはどうすればいいのか。
 行動の新鮮さを考えた場合、無分別を露
(あらわ)にし、残忍な犬歯(けんし)を剥(む)き出しにして、鋭く打って出なければならない。ここに至って軽率と愚行は、その頂点に至ったのだった。メルト・ダウンが始まったのだった。

 「それ、どういう意味?」私は居直った。
 「困りますねえ、そういう難癖は」
 「そっちこそ、難癖だろう」
 「兄さん、いい度胸だね。しかし、そういう言い掛かりは、後で高いものにつくよ」
 「脅してるの?」
 「取り返しがつかないと言ってんだよ!」
 乱暴に肩を押してきたので、カウンターの上に飛び乗った。反射的のそうなったのだった。何しろメルト・ダウンが起こったのだ。バーテンの顔に一発蹴りを入れて、何も払わないで即座に逃げた。バーテンは床に転げたようだった。顔面を押さえながら呻
(うめ)いていた。

 呻きながらも、バーテンは慌てて、
 「あいつは無銭飲食だ。追え!」と、入口に居たボーイに私を追わせた。
 店の四人程のチンピラ用心棒が後を追って来た。逃げに逃げたが、やがて路地に追い込まれた。追い込まれた先に、スナックが一軒あったので、仕方なく此処に飛び込んだ。男たちも一緒にドッと、雪崩
(なだれ)込んで来た。私の後肩を捕まえて、追って来た男が「貴様!」となった。
 これから此処の店の中で大乱闘となる。辺りは喧々囂々
(けんけん‐ごうごう)とした騒ぎになり、店内に居た客は、早々に避難を開始した。突然の闖入者(ちんにゅう‐しゃ)で店内は騒然となった。

 昔、山村師範から聞いていた言葉を咄嗟
(とっさ)に思い出した。
 『水は高き処から、低き処に流れる』
 この鉄則に隨
(したが)って、いつの間にか、カウンターの上に飛び乗っていた。客の飲み残したボトルやグラスを蹴散らしながら、自分の留まる陣地としての足場を作り、奴等の攻撃に備えた。
 男たちの一人が、「こいつは無銭飲食だ。叩きのめせ!」と怒鳴った。カウンターの上で、下から襲いかかる奴等を蹴りまくった。

 孫子
(そんし)の言う、『凡(おおよ)軍は、高きを好みて低きを憎み、陽を好んで陰を卑(いや)しむ』とある、これ実践をしてしまったのだ。
 店の中が目茶目茶になり、乱闘に加わった数名に怪我人が出た。通報されて、例の如く警察にお世話になる破目となった。

 Y警察署の、いつかの見覚えがある取調室に居た。
 私の顔を憶
(おぼ)えていた取調官が、
 「お前、今度は喧嘩か?!」と私の顔を侮蔑
(ぶべつ)するように鋭く睨(にら)んで言った。
 今日は、とんだ厄日
(やくび)であった。


 ─────その夜、家に帰されたが、身柄引き取りに当たり、誰かに連絡しなければならなかった。仕方なくアパートの電話番号を教えた。電話でこの事を知った由紀子は慌
(あわ)てて飛んで来た。そして彼女が、私を払い下げ、身許(みもと)引受人になった。
 此処から出て、彼女の車に乗せられた。今日の厄日には、未
(ま)だ続きがあったのである。
 これからが本当の「厄」の始まりだった。有り難い、お説教である。こんこんと聴かねばなるまい。謹んで拝聴しなければなるまい。厄日だった。

 車の中は今までになく息苦しくて、屠殺場
(とさつ‐ば)に向かう羊にも似た心境であった。今まで警察署の廊下をシャナリシャナリと歩いて来た天女は、調書を取られる私の姿を見て、即座に夜叉(やしゃ)の表情になり、キッと睨(にら)みつけて一瞥(いちべつ)をくれた。般若面のように眉間に皺(しわ)を寄せていた。
 取調官の言われる儘に、某
(なにがし)かの書類に記載し、あるいはサインして、捺印(なついん)する彼女の姿が繰り返され、これを暫(しばら)く反芻(はんすう)した。
 由紀子はあの書類に、私との関係を、どのように記載したのだろうか。まさか婚約者とでも書いたのだろうか、それとも内縁の妻とでも……。
 私には弁解の余地がなかった。
 況
(ま)して一種の下心から、新手(あらて)のキャッチ・ガールに填(は)められ、この態(ざま)に至ったのは、私の女好きな一面が、この結末を招いたともいえるのである。これこそ、女難の相だった。相にいつも女難が漂っているのである。

 運転している彼女は、怒っている様子で、何も話しかけてこない。一向に般若の如し
の表情を崩さない。真っ向から見れば般若面だろう。そんな角の生えた般若面は見たくなかった。
 車は小倉方面に向かって走っているらしかった。
 横を振り向こうともしない。えらく嫌われたものだ。
 某
(なにがし)の言い訳をして、喋らなければいけないと思うのだが、その機会がなくて、全く取りつく島がなかった。
 車は深夜の路上を順調に走っているように思われたが、心なしか、スピードが次第に加速されて、怒りに任せて暴走しているようにも思われた。一体由紀子の心の中に、何が波だっているのだろうか。
 兎に角、突っ走ることに徹底していて、女にしては大胆で、乱暴な運転をしていた。角が生えていることは明らかだった。
 その上、カーラジオのスイッチを乱暴にオンしたのである。カーラジオから流れ出すロックのリズムが、しつこい蝿
(はえ)のように羽音(はおと)を立てて纏(まとわ)り付いてくるのだった。自分の頭の蝿を追えないでいた。そして私だけでなく、また彼女も蝿の唸(うな)りに苛立っていた。

 (運転免許を取って、何年になるのだ?)と質問がしたかった。
 乱暴な運転が、危なくてしょうがなかった。途中、道路のアスファルトが剥
(は)げた穴に、車の片輪を思いきり突っ込んだ。
 この突然の衝撃は、私の首に直接伝わった。彼女が態
(わざ)とそうしたようにも思える。車輪を穴に突っ込んだということは彼女が、まだ怒っているという証拠なのだろうか。そんな詮索(せんさく)を駆逐(くちく)していた。少なくとも、彼女の横顔の側面からそのように想像して、これが円満に納まるとは言い難かった。角を生やした女は恐ろしい。般若面に豹変するからだ。
 こんな場合、私の方から一々話を切り出して言い訳をし、更に彼女の怒りを買うこともあるまいと思った。だから私も黙って、この場の成り行きに任せた。

 その時、急にブレーキが踏まれた。車は軋
(きし)むような激しいブレーキ音を立てて急停止した。乱暴な停車であった。支えるような物のない私は、前につんのめりそうになった。フロントグラスに頭をぶっけんばかりの、実に乱暴な止まり方であったが、辛うじて車の天井を支えて、それを免れた。見れば何処かの深夜喫茶の前であった。

 「此処で、お降りになって!お話がありますの!」
 沈黙を破り、開口
(かいこう)一番、口を尖(とが)らせた。その言葉で、私は叱られることを恐れる、子供のような表情になっていた。
 喫茶店のドアを開けると、軽食らしい食べ物の匂いと、コーヒーの香りがこぼれ出て来た。店内には、数人の男女客が片隅で屯
(たむろ)していたが、彼女の後を蹤(つ)いて店の中に入り、一番隅の目立たない席に身をせばめて座った。
 彼女は自分の一旦座った席で、また更めて私の方に躰を向けて座り直し、少し柳眉
(りゅうび)を逆立てるような形相(ぎょうそう)をして、
 「どうして、あなたはいつも問題ばかり起こすの!」と詰め寄った。
 その顔は般若だった。
 いつも余裕を保って取り澄ました美しい顔が、醜い般若のように歪
(ゆが)んだのだった。
 「ねえ、おっしゃって!」
 般若面が詰め寄ったのだった。
 眉を寄せ、唇を歪め、目尻を皺だらけにして、あたかも角が生えているかのようだった。

 彼女は眼を三角に尖
(とが)らせ、私を睨(にら)んでいる。眉間に皺を寄せている。暫(しばら)くの間、彼女の眼を正視することが憚(はばか)られた。般若面は怕(こわ)い。実に怕い。
 こうなったら彼女の好きなように言わせて、何にでも素直に、「はい、はい」と言うしかない。俎板
(まないた)の鯉になるしかなかった。どうにでも料理してくれと諦(あきら)めていた。反論の余地も、弁解の余地も全くない。
 第一、弁解をしても、やがてそれは悪質な副作用となって、今晩の出来事の真相を益々複雑にしてしまう虞
(おそ)れがあった。私は彼女から、自分の弱点に触れられるような辛い時間を過ごすしかなかった。今から米搗(こめつ)きバッタのように、頭を只管(ひたすら)下げ続ける作業が始まるのである。私は頽廃的(たいはい‐てき)な雰囲気に支配され始めていた。
 暫
(しばら)くして、ウエーターが注文を取りにやって来た。私は、この彼が妙に味方になってくれるのではないかと期待した。

 「何になさいますか?」
 「ウィスキー、ダブルで……」
 「生憎
(あいに)くですが、当店ではアルコール類は置いてございません」
 それでも私は、テーブルに備えつけられたメニューを隅々まで眺めながら、
 「酒のようなものは置いてないの?」と、往生際の悪い駄目押しをしたのだった。
 「コークハイのようなものでしたら、ございますが……」
 「もう少し命に関わるような、度の強いテキーラかブランディーも置いてないの?」
 「当店には、生憎くと置いてございません」
 私の期待はこの言葉で裏切られた。仕方なく由紀子に合わせてコーヒーにした。
 「命に関わるようなお酒を飲んでどうなさるの?」般若面が言った。
 「そおって、あの……、今晩の晩酌が、まだでしたので……」
 「もう晩酌は、例のスナックでとっくに済ましたんじゃありませんの?」
 般若面の突っ込みは厳しかった。

 (ううッ……何と言う皮肉!何と人の揚げ足を取るのが上手なんだ、この女。まさに夜叉ではないか……)
 こんな時、命に関わる酒でも引っかけなければ、とても素面
(しらふ)ではいられないではないか。厳しい叱責を受けているのだ。素面でどうしろというのか。
 この不意を突いて、再び彼女の言葉が尖
(とが)った。般若面に豹変した。
 「今日のことは、どう言う経緯
(いきさつ)ですの?!」と、言った儘、暫くの間、無言で睨(にら)みつけた。般若の顔は解かないでいる。
 私は黙
(だ)んまりを決め込むつもりでいたが、どうもそれは許されないらしい。経緯の最初から終わりまでの遂一を、私の口から語らせる気でいるらしい。

 「あのですね。これを、一言で言うのは非常に難しいのですが……」
 何か言おうとしたが、頭が混乱し始め、それに、ある種の戸惑いが伴った。その戸惑いの余り、一連の出来事の全貌
(ぜんぼう)が直に語れなかった。
 「別に、一言でなくてもいいわ」
 「えっ?」
 揚げ足のうまさに驚愕したのだった。
 「一言で言えないのなら、二言でも三言でも、どうぞ、ご遠慮なく、お好きなだけおっしゃって!」
 彼女の舌峰
(ぜっぽう)は冴え渡っていた。立派な尋問官だった。夜叉の怒りを含み、その形相は般若面の如しだった。
 今更、《済みませんでした》と謝る訳にもいかず、だんまりを決め込んでいた。下を向いた儘
(まま)で畏(かしこ)まっている自分自身の姿は、何か滑稽(こっけい)であるようにも思われた。
 「……………」
 話の接
(つ)ぎ穂(ほ)がない感じだった。
 彼女は私を叱責する敵愾心
(てきがい‐しん)に燃えていた。般若の如しである。
 それが妙に魅力的にも思えた。眉間の皺
(しわ)が、なぜか色っぽい。欲情をそそる。
 あたかも情事の時の、女が顔を歪
(ゆが)める絶頂の、あの表情に似ていた。
 絶頂のあの瞬間、いっそう顔を歪めて強くしがみついてくる、あの表情である。それに似ているのである。悶
(もだ)えて絶頂に達する、そんな眉間の皺を般若面に観じたのだった。
 読者諸氏は、般若面があのクライマックスの絶頂の女人の顔に酷似していると思われないだろうか。
 私は、さまに酷似していると思うのだった。そういう淫らな想像は不謹慎だろうか。
 しかし、私にはそう映るのである。


 怒り心頭の顔と、よがり悶える絶頂のクライマックスの顔が同じに見えるのである。淫猥
(いんわい)と怒りは同じもの。よがり絶頂の歪んだ顔は、怒り心頭の感情と同質のものである、と勝手な解釈を立てているのである。
 だから、怒り心頭して詰る女性の顔は、どうしてもクライマックスの「あの顔」にすり替わってしまうのである。あるいは、すり替えるのかも知れない。
 このとき私は、叱責を受ける畏れ多い身でありながら、不謹慎にも淫
(みだ)らな思いを巡らせていた。
 不届千万にも、叱責されながら、歪んだ顔の“般若面さま”を、あの時の絶頂に重ね、不埒
(ふらち)にも「いい女だ」と観じていたのである。おそらく由紀子も、絶頂に達したらこんな顔をするのではないかと淫らな想像したのであった。
 こういう観じ方をするのは、不謹慎だろうか。あるいは私が性格異常者の要素を持っているためだろうか。

 私は、このとき変なものを発見したのだった。これは「大発見」と言ってよかった。世紀の大発見だ。
 例えば、私はこれ以来、妻君でも恋人でも、また不倫関係にある相手でも、何か怒らせたり、叱責されるような場合があったとき、彼女の顔をしげしげと見て、それを絶頂期のあのクライマックスに重ねて言い返すことや反論をすることを控える癖がついたのだった。
 特に私の場合、その後の人生に大きな喜びを見出したのだった。言わせるだけ言わせ、怒らせるだけ怒らせて、右の耳で聞いて左の耳から素通りさせ、然も相手女性の般若面を楽しむことにしたのである。

 怒った場合の詰
(なじ)る「歪めた顔」と、絶頂の瞬間の「あの顔」は酷似しているのである。その二つを重ね合わせ、般若面を「あの顔」に素早くすり替えるのである。
 そうすると幾ら怒られようが、詰られようが、叱責されようが、更には烈しく指弾されようが、また激しい罵倒の飛ぶような「さいてい!」と悪罵を受けようが、一向に気にならない。平気で居られるのである。
 こうなると、これまでの罵倒一辺倒の「般若面」が、眉間に皺を寄せた、よがり絶頂にある「悶えの表情」に変わるのである。つまり、地獄で出会った鬼の顔と、極楽で出会った仏の喜びの顔が、非常によく似ているのである。そうは思いませんか、読者の皆さん。
 俚諺
(りげん)にも、「地獄で仏」とあるではないか。
 「怒」の裏返しは「悦」である。

 もし読者諸氏も、細君にしろ恋人にしろ、何か相手にヘマを仕出かし、下手を打って叱責されるような事態に遭遇したら、ぜひ般若面をよがり、悶える「絶頂のあの時の顔」にすり替えて、楽しんで頂きたい。
 囃して罵声も、よがり声に変わるだろう。気持ちも随分楽になるはずだ。地獄にも仏は居るのだ。
 「悦」に顔を歪める仏は居るのだ。
 地獄の憤怒の鬼の顔は、実は極楽で歓喜する仏の悦なる顔でもあるのだ。鬼の憤怒も、やがては悦に顔を歪める。地獄にも仏が居ることを感得するのである。この感得は、別に錯覚であってもいいだろう。むしろ錯覚の方が幸せだろう。
 今から、「極楽の行かせましょうぞ」と、悦に歪めた仏の顔は、実は憤怒し手当たり次第あたりまくる鬼の顔でもあり、両者は表裏一体だったのである。同根だったのである。

 表裏一体。
 それを確認すれば、山の神も、幾らか見られる顔になり、仏の悦の顔になり、これを感得することこそが夫婦和合、あるいは男女和合の秘訣になるものと信ずるのである。「怒」と「悦」はもともとが一体だったのである。それを信じて、是非お試し頂きたい。
 しかし、私の胸中を由紀子に悟られれば、彼女はいっそう激昂
(げっこう)するだろう。何しろ、不謹慎であるからだ。
 時々、般若の眉間の皺の絶頂の悶えの仕種を盗み見ながら、時にはしなだれ、時には上目遣いで、擬似的な反省の顔色を浮かべながら、お行儀よく、恭
(うやうや)しく、拝聴のポーズを作るのだった。
 私はひたすら打ち拉
(ひし)がれながら、ただ項垂(うなだ)れて、恭順(きょうじゅん)の態度を示していた。
 これを昔風に云うならば、彼女に仕種
(しぐさ)は「柳眉(りゅうび)に逆立てる」という形容がぴったりで、怒っている女は「中々なものだ」と食指が動くのであった。


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