運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
旅の衣を読むにあたって
旅の衣・前編 1
旅の衣・前編 2
旅の衣・前編 3
旅の衣・前編 4
旅の衣・前編 5
旅の衣・前編 6
旅の衣・前編 7
旅の衣・前編 8
旅の衣・前編 9
旅の衣・前編 10
旅の衣・前編 11
旅の衣・前編 12
旅の衣・前編 13
旅の衣・前編 14
旅の衣・前編 15
旅の衣・前編 16
旅の衣・前編 17
旅の衣・前編 18
旅の衣・前編 19
旅の衣・前編 20
旅の衣・前編 21
旅の衣・前編 22
旅の衣・前編 23
旅の衣・前編 24
旅の衣・前編 25
旅の衣・前編 26
旅の衣・前編 27
旅の衣・前編 28
旅の衣・前編 29
旅の衣・前編 30
旅の衣・前編 31
旅の衣・前編 32
旅の衣・前編 33
旅の衣・前編 34
旅の衣・前編 35
旅の衣・前編 36
旅の衣・前編 37
旅の衣・前編 38
旅の衣・前編 39
旅の衣・前編 40
旅の衣・前編 41
旅の衣・前編 42
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旅の衣・前編 44
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旅の衣・前編 46
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旅の衣・前編 49
旅の衣・前編 50
旅の衣・前編 51
旅の衣・前編 52
旅の衣・前編 53
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旅の衣・前編 57
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旅の衣・前編 61
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旅の衣・前編 17

草木は膨らみ出すと、花を咲かせ、やがて散らせる。人間は本来ならば、年齢を重ね生活が深まり出すと、飾り気がなくなったものである。ともに自然の法則の中にあった。
 ところが現代はどうだろう。歳を重ねれば重ねるほど、現代の老人は欲を深めているようである。
 老いるの「老」は、年齢を重ねる事には相違ないが、老いるの根本には「馴れる」とか「練れる」というのがあった。
 こう言うのを「老練」と言った。
 いま果たして老練は、何処に?……。


●色狂い

 大学時代に戻る。
 野仲とはエロ映画を皮切りに、ストリップ劇場……はたまた“女郎屋通い”まで付き合わせられる羽目になった。色狂いのオンパレードだった。脳味の中は色情で汚染されていた。妖しげな色に惹かれてしまうのである。

 博多川丈
(はかた‐かわじょう)のエロ映画館に入った時のことである。
 学割を利
かせて百円で入場切符を買い、真っ昼間(午前11時前後だった)からエロ映画を見た。この映画館には先客がいて、何処かの大学の応援団らしき、ガクランを着た柄の兇(わる)い学生が五、六人入っていた。客は彼等以外、誰もいなかった。
 映画のベットシーンになると、必ずといっていい程、この先客の学生達が騒ぐのである。
 彼等は濡れ場シーンの勝手な想像で、「入った、入った」と拍手をした後、「うぁっちゃー、いやらしかァー、あげんこっしちょるばい」と大袈裟
(おおげさ)に云って、こちらはこちらで、もう少し黙って見られんものか迷惑していた。しかし、また決まって、ベットシーンになると騒いだのである。そのうえ、ふざけた拍手喝采をするのである。

 これに煮えを切らせた野仲は、「きさん
(貴様)ら、静かに見られんとヤ!」と一声を発した。
 これに相手も黙っていなかった。
 「なんば、いよっとかー、きさん」と、二人が木刀袋から木刀を抜いて襲い掛かってきた。
 野仲は「待っていました」とばかりに派手な立ち回りを始めた。私もそれを見ていて、黙っている訳には行かなくなった。乱闘になった。援軍を出して応戦しなければならない。じっとしていれば、私も一蓮托生
(いちれん‐たくしょう)で滅多打ちされるのは必定だった。
 仕方なくこの乱闘に飛び込んだのである。これからが大暴れとなり、私と野仲は映画館のスクリーンの舞台に上がって応戦していた。二人の顔や衣服に、エロ映画の濡
(ぬ)れ場の場面が映し出される。
 そして野仲は奴等から木刀を奪い取って叩くだけ叩いて、一目散に逃げ始めた。その動きは素早い。天才的といってもよかった。私もその後に続いた。彼の逃げ方は凄
(すさ)まじかった。喧嘩に慣れた漢(おとこ)の逃げ態(ざま)だった。恐ろしき早さである。喧嘩の強い漢は、また逃げ方も早いのであった。
 この日は野仲のお陰で、とんだ目に遭ってしまった。

 「ああーッ、あいつ等のお陰で百円も損したぜェ」野仲はこぼすように云った。
 これで帰るのは何となく惜
(お)しかったので、中洲川端にあるストリップ劇場『ハリウッド』に入った。昼間の特別料金に学割を利かせて三百円であった。
 昼間のストリップは客が少なかった。少ないと言うより、二人だけの貸し切りのようなものであった。私たち二人の他に、昼間から酒によった親爺が居て、僅かに三人という有様であった。この客の少なさでは、踊り子も遣
(や)る気が起る筈がない。既にライトが照らされ、曲が鳴っているが、中々出てこない。バカバカしくて脱ぐ気にもなれないのだろう。

 「なんばしよるとか!はよう出てこんか!」
 どこかの客席に居たオヤジが怒鳴った。このオヤジは真昼間から酒を喰
(く)らっているようだった。
 「今、行くよ、そげんあわてんでもよかと。待っときんしゃい」舞台の袖
(そで)から踊り子の声がした。そしてやっと出て来た。
 しかし踊ってくれない。ただ舞台に俯
(うつぶ)せに、寝そべった儘(まま)で、こちらを向いて足を静かに動かしているだけであった。この踊り子の歳からして三十前後だろうか。化粧が上手いためか、面も悪くはなかった。男好きする顔である。しかし、一向に動こうとしなかった。

 これを見ていた酒に酔った別のオヤジが、
 「何で、きさん
(お前)踊らんとや?オマンコ腐っとると違うか」とやじった。これがいけなかった。
 これを聞いた踊り子も黙っていなかったのである。九州博多は気が荒い。
 「こらオヤジ!真っ昼間っから、酒喰
(く)らって、なんばぐじゃぐじゃいっとるとか!とっとと帰って、早よう寝ろ!」
 「馬鹿たれ、なんばいよっとか。誰が腐れマンコなど見るか!」
 このやり取りをしているうちに、この小屋の用心棒らしき、ヤクザ者が出て来た。ランニングシャツから剥き出しになった肩や腕には派手な刺青
(いれずみ)が彫ってあった。その男がオヤジの後ろ襟を掴み上げ、表に引立てって行った。

 それを見た野仲が、
 「うわっちゃー、えずかー
(怖わかー)。おい、此処はえずかでェ、はよう出ようぜェ」と口の中に両手の指を突っ込んで云った。
 すると踊り子が、
 「こら!そこのボクたち。お前たちゃア、帰るこたァならん!ちゃんと勉強の為に見ていきんしゃい」と云って、立ち去ろうとした私たちを引き止めてしまった。
 こう云われれば黙って見て行くしかないと思った。
 私は別に女の性器など、厭
(いや)というほど見ていたので別段興味はなかったが、野仲は彼女のそれを食い入るように見ていた。

 踊り子は既に踊る気配はなく、私たち二人の前にデンと腰を降ろし、大股開きで、
 「ボクたち、よく見んしゃいよ。しっかり勉強ば、するとよ」と云いながら各々の名称を教えてくれた。
 野仲はしきりに拍手しながら上ずった声で、「うわちゃーァ、凄かーァ。ほんなこツ
(本当に)、よかーァー」と馬鹿声を出している。一人ではしゃいで、彼の“独り舞台”だった。
 「坊主頭のボク。そんなに凄かね?」
 「はい!ものすごかです!」感激して答えている。
 「じゃあ、しっかりよく見て勉強ば、するとよ。女には穴が三つあるけんねェ。上から順に尿道、腔、肛門とならんどるけんねェ」
 「はい!しっかり勉強ば、させてもろうとります。ところで、子宮はどれですか?」と切り出した。
 踊り子は笑いながら、「馬鹿!そげな処、見えるわけなかろうが」と云って、また笑った。
 こんな馬鹿なやり取りをしながら、音楽が終わって次の踊り子の番になった。
 やがて音楽が鳴り始めた。

 「こんだ
(今度)は、マリー・ローズと書いているぜェ。外人やなかやー?」
 「こげなところに、外人おるわけなかろうが」
 金髪の踊り子が出てきた。
 「おいおい、あの姉ちゃん金髪ぜェ」 
 「ありゃ、髪の毛染めとるんじゃ」
 「目も青いぜぇ」
 「ありゃ、目に青色のコンタクトはめとるんじゃ」
 「外人やったら、アソこの毛も金髪じゃろか?」野仲は興味津々
(きょうみ‐しんしん)に、次々に私を質問攻めにした。
 するとこの踊り子嬢は、些
(いささ)かこの会話がうるさいとみえて、
 「こら、そこの子供!うるさか!黙っとけ!」
 「ほら見ろ。外人じゃなかったろうが」
 この踊り子嬢も途中で踊りを止めて、私たちの前に、自分の前を抑えてデンと座ってしまった。

 野仲は、神社に詣
(もう)でた時のような祈願の形で合掌(がっしょう)をして頭を下げ、念を込めるように二回拍手を叩いた。
 「あのッ……、マンマンちゃん、見せて貰えますか?」
 「はい、どうぞーォー」その云った言葉は、色気も糞も何もなかった。大股開きで、そこまでおおっぴらに遣られると白けてしまうのである。
 それでも野仲は食い入っていた。
 「うわちゃー、凄かー。あのッー……、ボ……、ボボばする時、何処の穴に挿入ば、するとですか?」
 「ここよ」それを指で開いて見せてくれた。 
 「そこに金玉も、一緒にはいりんしゃるとですか?」
 「馬鹿!そげなもんまで入る分け無かろうが。馬鹿なこというんじゃなか!」
 「すいまっせェーんー」万事がこの調子であった。

 次はベットショーであった。
 肩に入れ墨の入った男が、ランニングシャツ姿で舞台の真ん中に蒲団
(ふとん)を運んできた。そしてそれを敷いた。
 まもなく音楽が鳴り始めてネグリジェ姿の女が出てきた。そしてお決まりの“独り善がり”を始め出した。
 女は声を上げて悶
(もだ)えている。勿論これは演技である。しかし野仲は、これを演技と取らなかったようだ。

 「げーッ、あげなことし始めたぜェ」そう言って、この悶
(もだ)えるような演技する女性に近づいていき、舞台に片足を掛けて、
 「あのッ、もし。どげんなさったんですか。何処か……苦しいとですか?」と野郎が訊く。
 しかし女は答えなかった。
 「男と、したかとじゃァなかですか?」そう云われてもいい迷惑だという顔をしながら演技を続けていた。そして演技も絶頂に達した頃、野仲は舞台に掛け上がって、
 「そんなに欲しいんだったら、ぼぼ僕が、ボ、ボ……、ボボしてあげましょうかァ?」と吃
(ども)り声で言い出したものだから、とうとう女が怒ってしまった。
 先程の親爺の時と同じように、この小屋の怕
(こわ)いお兄さんが出てきて、怒鳴られた。
 「こら!お前ら、うるさか。はよう出ていかい!」
 実に凄みのある濁声
(だみ)だった。そして、とうとうこの小屋からも追い出されてしまった。この日は野仲のお陰で、とんだ厄日であった。


 ─────馬場新町での女郎買いでのことである。
 二人で女郎買い行ったことがあったが、事も有ろうに野仲は五十五歳の、この女郎屋一番の長老に当ったことがあった。
 話を聞くと、またこれが可笑しかった。彼の天罰
(てんばつ)だと思って大笑いした。
 彼の話では、こうであった。
 部屋に入ったら、中が薄暗くて、どんな顔をした女が居たかよく分からなかったという。女が居ることまでは分かったが、歳までは分からなかったという。コチコチに緊張していたらしい。

 彼には古いものを着用する癖があった。
 例えば、祖父が帝大の学生時代に愛用していたと称するオーバーコートとか、マントとか、カシミヤのズボンとかである。
 冬の時期になると、学生服の上にマントを羽織り、高下駄を履いて、『金色夜叉
(こんじき‐やしゃ)』の間貫一(はざま‐かんいち)スタイルで大学に顕われた事があった。角帽に卵を塗り付けて、鉄兜(ヘルメット)のようにカチカチに固め、それを目深に被って大学の部室に顕われ、見ている者を仰天させた事があった。しかし、周囲を仰天させても、彼はそれを意に介さないところがあった。何事もお構え無しなのである。

 「このズボン、うちの爺さんが履
(は)いとったカシミアのズボンじェ」と、古い物を自慢するのである。
  当時、ズボンは全て前はチャックになっていたが、彼は好んでこの古いタイプの、前がボタンになったものを愛用していた。
 「ここのボタンを、女に一つひとつ外させると、女は喜ぶちェ」と云って自慢していた。
 しかし初心者の彼は、云うことと、することが必ずしも一致していなかった。言うほどに、大したことはないのである。言うことがいつもオーバーなのだ。
 この女郎買いに行った時も、このズボンを履いていた。
 暗がりの中で、女から猫撫
(ねこ‐な)で声で言い寄られ、ズボンの前を撫(な)でられいると、余りの気持ちの良さに、ボタンを外すのが間に合わず、早く女の中に入れなければと焦りつつ、「しまった!」と、そこで思わず漏らしてしまったという。
 「あら、おにいさん。もういってしまったの?」と女がそう訊
(き)いたそうだ。

 これ自体も可笑しかったが、その終わった後がもっと可笑しかった。この女に自分の前を拭いて貰
(もら)うとき、明りがつけられた。
 思わず野仲は、この大年増女を見て、「うあーッ、ババちゃん!……」と口走ってしまったそうである。もう一発かまそうとしていた野仲の一物は、急にうなだれ萎
(な)えてしまったそうである。
 後で、この女の年齢が五十五歳で、この女郎屋一番の長老であることを知らされたということだった。野仲は一時間五百円の料金が、如何にも大損をしたように暫
(しばら)くこぼしていた。

 彼は、三島由紀夫の小説『仮面の告白』や、『豊饒
(ほうじょう)の海』に出てくる学習院や東大生の、家柄や生まれが良くて、上品で、お行儀の良いお坊っちゃま風の主人公や登場人物とは懸(か)け離れた世界の人間であったが、私にとっては寧(むし)ろ、その懸け離れた人間であったればこそ、悪友でありながら、また心から付き合える良き友であった。単刀直入に言えば、腐れ縁で結ばれた悪友である。
 野仲とは、いつもこんな調子で付き合ったいた。前代未聞の天下無類の悪ガキといってもよかった。この悪ガキに振り回されるのである。
 この当時、学生時代の悪ガキと遊んだ、そんなことを思い出していたのであった。


 ─────由紀子が来るまでの持ち時間の数十分、あの日の想い出が次から次へと連想された。
 想い出は巡るのであった。
 学生時代の前期の試験中、静かさを求めて、久留米のみどり橋の遊廓
(ゆうかく)で、一週間暮らした女のことを思い出していた。
 この女と別れる時が辛かったように、また今、女に惚
(ほ)れ易い私は、性懲(しょうこ)りもなく、その“二の前”を演じようとしていたのである。私は同じ轍(てつ)を二度踏むばかりでなく、三度も四度も踏んでしまうのである。
 また、再びだった。
 由紀子と言う妖艶な妖怪が、心に住み着いたからだ。
 そして当時のことが一瞬脳裡
(のうり)に甦(よみがえ)った……。

 悪友の野仲から紹介された旅館への地図を見ながら、散々歩き回り、やっとの思いで、ある一見の遊郭
(ゆうかく)を捜(さが)し当てた。
 この近辺は、昔の色町の名残を漂わせていて、何処となく、立ち並ぶ遊廓の格子戸
(こうし‐ど)の向こうに、遊女の匂いが仄(ほのか)に漂ってくるよだった。それも現代風の娼婦ではなく、江戸時代の映画で出てくるような花魁風(おいらん‐ふう)の遊女である。そういう瀰漫(びまん)した空想の中を歩きまわりながら、そのしっとりした湿地帯は、あたかもタイムスリップした戦前の遊廓ような雰囲気を醸(かも)し出していた。その陰湿なまでの一種異様な風景に、私はその行く手を阻(はば)まれた観があった。たった今、“危険なところに足を踏み入れている”と言う、一種の阻止であった。
 しかし踏み入ってみたい。そう思いつつも、引き返そうか?……とも思う。小心なる私の持って生まれた質からして、一度深みに嵌まれば、もう抜け出す勇気がないからである。

 それは別に怖
(お)じ気づいたわけではない。ただ昔知っている、あの風景が重なってくるからであった。千代の居たあの風景と瓜二つの……。
 そして見たいような、また見たくないような……懐旧の念が湧いたのだった。
 しかし心はいつも裏腹である。いつか見たことのあるような懐かしさに誘われて、ふらふらと踏み入っていたのである。気が付いたらそうなっていた。

 私が捜し当てた旅館は、『静乃』という昔ながらの女郎屋旅館であった。
 玄関を入ったら、此処の番頭と思われる初老の男から、直に四畳半くらいの待合室に案内され、そこで暫
(しばら)く待たされた。此処から庭が一望出来た。いつか見たことのあるような……、そんな庭であった。
 此処は大正から昭和初期の遊廓
(くるわ)を思わせる凝(こ)った造りがなされていた。遊女屋の名残を残していた。
 何もかもが木製で、よく手入が行き届いていた。それを見回しながら待つことにした。
 暫くして和服を着込んだ中年の此処の女将らしい人が入って来て、この部屋から、小さなマジックミラーの向こうに居る女を斡旋してくれるのである。客に選ばせる仕組みになっていた。
 まるでそこは秘密の阿片窟
(あへん‐くつ)でも覗(のぞ)くような、隠蔽(いんぺい)された空間であった。野仲もこのように、マジックミラーの覗き穴から女を物色したのだろうか。

 どうせ此処も野仲が遊び回った後の、二番煎
(せん)じを私がするのかと思うと、いい気はしなかったが、私のような金欠病患者には、一泊1500円という信じられない超安値が、何とも魅力的であった。
 マジックミラーの向こうをよく見ていると、一人だけ、まともな女がいた。客ズレしていない女である。この世界に入って間もないという女だった。
 こんな所に身を沈めながらも、まだ、男擦
(おとこ‐ず)れをしてなかった。化粧をしてないので、一瞬生娘(きむすめ)に見えた。実に愛らしい。
 女郎屋旅館には似つかわしくない、何処にでもいるような、ごく普通の娘にも見える。近所の通りで会っても不思議ではない、その辺の普通の娘であった。洋服を着ていたのでスカートから伸びた足に直に目がいった。足首の締まりが中々いい。腰の括
(くび)れも中々のものだ。
 そして品定めした。

 「おばちゃん、あの娘がいいよ。ほらあの娘だよ」
 「お兄さん、お目が高いねぇ。でも、あの娘は300円増しだよ」
 中々のやり手ババァーだ。
 「えッ……!俺、此処に一週間いるんやで。そら、ないだろう。一日、1500円にしてよ」と一応ごねてみたが、 
 「あかん」の一言で、仕方なく1800円払うことになった。心の中で、
(何て、ババァーだ。人の足許(あしもと)を見やがって)と思った。


 ─────私は“女郎買い”が目的ではなかった。
 元来、風流を好む私は、せめて試験中だけでも、共産主義青年を気取る学生運動の騒音から逃れたかったのである。あちらこちらで拡声器で喚
(わめ)かれる大学にはうんざりしていた。煩(うるさ)い大学構内は願い下げだった。バカどもには付き合い切れなかった。
 そこで何処か静で、落ち着いた所を捜していたのだ。勉強するためである。また試験では赤点と取りたくない。落第したくない。これでも細やかな努力をしているのである。
 静かだということで、野仲から此処の話を聞いてやって来たのだった。

 私はこの旅館に、試験科目の一切合切の教科書を持ち込んだ。但し辞書類
(工業用英語辞書以外の和英やドイツ語、国語などの辞書類)は重かったので、家からは持参せず、大学で野仲の物を借りた。おまけに、餞別(せんべつ)代わりに性病に罹(かか)らないようと、クロロマイシンChloromycetin/クロラムフェニコールの薬品名。当時は性病に効くと思われていた)の小さな瓶(びん)を一瓶くれた。
 当時、女郎買いには奇妙な「クロロマイシン信仰」があった。
 「クロマイ飲んで頑張ってこいよ」実に変な激励だった。
 私は何を頑張るのか困惑したが、野仲は、私があそこに行ったら勉強どころではないことを充分に知っていたのであろう。
 一見、親切そうであったが、曾
(かつ)て野仲が馬場新町の女郎買いで、五十五歳の長老に当たり、それが長老とも知らず、暗がりの中で、不覚にも思わず精液を漏らすと言う醜態(しゅうたい)を演じて、私から笑われたように、今度は彼が私を笑う番なのである。私の失態を密かに期待していた節があった。

 彼は以前、この長老の猫撫で声に騙
(だま)されて、暗がりの中で自分の象徴を擦(こす)られるだけで、この長老から精液を吐き出される羽目となったことがあった。
 事が終わって、明かりが付けられたら、
 「うあーッ!ババちゃん」と思わず驚愕
(きょうがく)し、これがこの女郎屋最年長の五十五歳の長老であったと言うわけだった。これを嘲笑(ちょうしょう)した、私への恨みは意外に根深(ね‐ぶか)かった。そして、此処で私がある種の失態に嵌(はま)り込むことを密かに期待し、陰で笑っていたのかも知れない。
 ともあれ、私は友の細やかな“歓呼
(かんこ)の声”に送られて、此処に来たのだ。送られた以上、成果を出さねばならない。

 取り敢
(あ)えず、私は野仲の好意を有り難く受け取ったのである。
 彼は、一通りの酸
(す)いも甘いも知りつくしたような遊び人らしい口調で、私に細々(こまごま)と女の優劣を批評をして、その道の「通(つう)であるかのような態度をちらつかせた。これに黙って、謙虚に説明を拝聴するのが、せめてもの悪友に対する礼儀ではないかと、半ば諦めた気持ちで彼の講釈を有難く静聴していた。それがここに足を運んだ原因である。
 彼女から部屋に案内されて、早速勉強に取りかかった。彼女には、私が前期の試験中ということを説明しておいた。この部屋は南側に面して中々いい部屋だった。庭の木々の木漏れ日が差し込んでくる。手入れの行き届いた庭が静けさを与え、落ち着いていて、私好みの景色だった。

 明日の第一日目はドイツ語と物理であった。
 部屋の真ん中にあった、丸い卓袱台
(ちゃぶだい)を勉強机代わりにした。
 300円増しで、私が買ったこの女は、こんな私を見て手持ちぐさそうであった。

 「大学でなに勉強しているの?」等と訊
(き)いて来て、数式ばかりの分厚い教科書を一人でパラパラ捲(めく)っていたが、
 「随分と難しいことやってんのやねェ。なんや知らん、変な記号ばかり……」と、それ以上捲ることを諦めた様子であった。小中学校では見ることのないインテグラルの積分記号やシグマの総和記号を見て、うんざりしたのであろう。
 教科書を開いて、野仲から借りたドイツ語辞典を開くと、その表紙の裏扉の部分に大学の便所で拾ったギャグであろうか、『Ich hunbaruto hunderu
(イッヒ・フンバルト・フンデル)』と、馬鹿なことが書かれていた。

 どうも、傍
(そば)に女が居ると、気が散って勉強にならない。集中できず、頭を掻(か)き毟(むし)っている時に夕食の時間となってしまった。
 何から何まで、彼女が世話をやいてくれる。可愛くて実にいい娘 だ。風呂から上がって、一息ついたところで、ビールを飲みながら、彼女の身の上のことを訊き始めていた。歳は十八歳だと言う。まだ少女のようなあどけなさが残っていた。


 (何でお前のような娘が此処に……)と説教に似た一言が言いたかったが、野仲から、こんな所に来た時は、絶対に女の身の上話を訊(き)いたり、説教したりしてはいけないと釘を刺されていた。そんな野暮なことはするものではないと言われていたのである。訊けば女が惨めになるからだ。
 彼女も何かの事情で、此処に身を沈めたのであろうと思って、これ以上は訊かなかった。此処での源氏名は、“あけみ”という名前がついていたが、本名ではあるまい。

 売春禁止法は昭和33年4月1日を期して施行され、既に赤線の灯は消きえていたが、こんな地方の穴場までは、まだ警察の手が届かなかったのであろう。当時でもこうした旅館は沢山あった。
 とにかく売春防止法は、当時は“天下の笊法
(ざるほう)”と云われた法律であったからだ。
 法は掲げても、末端まで取り締まれないのである。この種の笊法は、世の貧困を改善するまでにはいかなかった。女性の権利も回復出来なかった。世の中の経済格差が無くならない限り、人の世は、売春はなくならないのである。形を変えて、法の網の目を掻
(か)い潜り、何処かで存在するのである。永遠になくならないであろう。
 いつの世にも売春は存在する。人間がいる限り、異性でも同性でも、それは無くならない。地球上から売春が消えたとき……、それは人間が消えたときであろう。人体から、性は剥奪出来ないからである。

 私が勉強している間は、彼女はずっと起きていてくれて、お茶を煎
(い) れてくれたり、お菓子を出してくれた。深夜には自前で、鍋焼きうどんの夜食まで作ってくれた。いつしか世話女房のようなことをしてくれていた。新婚夫婦のようなことを真似していた。
 夜になって勉強していると、隣の部屋から派手な情事の呷
(うめ)き声が聞こえて来た。それに女の善(よ)がり声が、他とハモる。まさに和音だった。その和音が一階でもハモり、そして二階でも始まり、突然、天井の二階部分がギシギシと揺れ始めた。何て事だ、これでは勉強どころではないではないか。大合唱であった。

 物理の数式を前に、頭が益々混乱するはばりである。この状態を見たら、野仲は転げ回って馬鹿笑いするだろうと思った。一瞬、癪
(しゃく)な野仲の顔が浮かんだ。

 とうとう次の日の朝が来た。
 左右と頭上の周囲の“善
(よ)がり声”に充(あ)てられて、少しも勉強にならなかった。
 朝食が終わって大学に出かける前、彼女は玄関先で三つ指をついて、 「いってらっしゃいませ」と丁寧にお辞儀をしてくれた。これだけが一番気持ちよかった。私も、つい調子に乗って、「うん、では行って来る」などと言ったものである。出陣前の儀式である。まさに俄
(にわか)夫婦ゴッコだった。

 一日目の試験が終わって、偶然にも大学のロビーで野仲に会った。
 「おい、どぎゃんやったか、今日の試験は……?」と、女郎屋旅館の話とを託
(かこつ)けて、ニンマリ顔で興味津々(きょうみ‐しんしん)という口調で訊いてきた。
 「どぎゃんもこぎゃんもなかァ。あの旅館は夜が騒がしくて勉強にならん。サッパリやった」と、少し不機嫌に言うと、
 「やけん
(だから)、行くなチュゥ云うとろうが……」と、自分は止めたと言う口ぶりで云うのだった。
 彼の云いぶりは、自分は止めたが、お前が俺の忠告も聞かずに勝手に行ったのだ。だから、行ったお前に責任があるのだという口ぶりだった。
 私が、まんまと嵌
(はま)ったという顔をしたら、彼はニッコリと笑って、何んだか莫迦(ばか)に嬉しそうであった。

 口惜しかったので、「ばってん、いい事もあった。特に姉ぇちゃんが、とびっきりの別嬪
(べっぴん)やった。馬場新(博多馬場新町)の女郎屋で、お前の相手した五十五歳の長老なんかやなかった。十八歳の姉ぇちゃんやった。とびっきりの別嬪たい」と言ってやった。
 私は、「とびっきりの別嬪」を強調して、内心では
(どうだ、口惜しいだろう。ざまあみろ、こんないい事もあったんだぞ)と、こう云ってやりたかった。
 「へーッ、そんな姉ぇちゃんおったかいなァ……?」
 野仲は口惜しさを半分を顔に出して、不思議そうに首をかしげていた。

 博多から久留米まで国電
(今のJRの鹿児島本線)で30分である。駅を出て、鈴懸(すずかけ)の並木道を通り、古めかしい情緒ある遊廓街を通り抜けて、この旅館に戻って来た。
 私が玄関の引き戸を開けて「あけみ、いま帰ったぞ」と云うと、彼女が出迎えに玄関先に飛んで来た。私は、何となく、こう云ってみたかったのである。
 彼女は、玄関前の廊下に、三つ指をついて、「お帰りなさいませ」を深々とお辞儀をした。一瞬、家を間違えたかと思うような錯覚にとらわれた。髪を結い上げ、着物を着ていたので、一瞬誰かと見間違ったが、よく見ると彼女であった。若女房ぶりが身に付いていた。

 紺色の久留米絣
(くるめ‐がすり)に赤い帯を結んでいた。それが薄化粧の顔とよく似合っていた。今までとは別人のようだ。何処となく大人の艶(いろ)っぽい色気を漂わせていた。惚れ直したという錯覚に囚われた。
 疑似の夫婦ゴッコだが、それでも悪い気はしなかった。
 朝と同じく、丁寧
(ていねい)に三つ指をついて、「お帰りなさいませ」と云うお辞儀が、何とも板について居た。彼女の、そうした一挙手一投足に、何となく気分が良なって、いつの間にか亭主にでもなったような錯覚を覚えた。俄亭主でも、そういうことが出来るのは嬉しかった。
 部屋は、清潔に掃除がされ、庭に面した窓と障子と、反対側の小窓のカーテンが開け放されて、爽やかな秋風が実に気持ちいい。肌に秋の木漏
(こも)れ日が爽(さわ)やかに伝わってくる。そして、教科書や辞書が卓袱台の上に、きちんと整頓されていた。

 その時、私はいきなり話を切り出した。
 「明日、数学があるんやが、一発させてくれんかのう?」
 私は、野仲への面
(つら)当てに、こんな不埒(ふらち)な事を切り出したのである。
 「昼間っから。何でェ……?」彼女は呆れ顔だった。
 「やらんと気持ちが落ち着かんのや」
 「うち、厭
(いや)や。真昼間っからそんなこと、ようしません」
 「ねえ、そんなこと言わないで。頼むよ、“あけみ”ちゃん」と合掌して両手を合わせたが、「駄目!」と一蹴
(いっしゅう)されてしまった。

 この交渉は決裂した。談合はならなかった。
 不成立に終わったので、後は独断で決行し、強硬手段をとるしかない。強引に帯を解き、着物をまるで鶏の羽毛
(はねげ)でも毟(むしる)ようにして剥(は)ぎ取ってやった。
 「きゃーッ、変態。馬鹿、やめろ……。こら!」と騒がれ罵
(ののし)られたが、
 「やかましい、黙って俺からされる通りしとれ」と言って、まるで一人の女を“手込め”にするように背後から性交に及んだ。
 一物を挿入するだけ挿入して、後ろ向きにした彼女の背中に、万年筆で微分方程式の数式を書き始めた。

 「いゃー、背中で何してるの?こそばいわ」
 「公式書いて、勉強しとるんじゃ。こうされると性感帯を刺激して気持ちが良かろうがァ」
 「何んがァー。人の背中で馬鹿なことせんどいてェ……」
 真昼間から不届き千万なことをしながらも、私の頭は公式の証明を考えていた。
 数式がぐるぐると回っていた。
 彼女は何度も、後ろを振り向いて、「ねぇ、まだァ。ねぇ、まだなの?」と終わりを催促するが、知らん顔をしていた。

 そして、待ち切れずにまた訊く。
 「ねぇ、まだ……?」
 「もうちょっと……」
 「ねぇ……、さっさと出すもの出してェ……」
 「分かってるよォ」
 「ねぇ、もっと早くしてェ」
 「もっと早くして、たって。もう直……」
 「早く出してよォ……早くゥ」
 「うっっ……、もう直……、もう直だからね。直に出でるよ、答が……」
 彼女はこの言葉で、一瞬怒った。
 「あんた!セックスしてたんじゃなかったのォ?!」語尾を引き摺らせて、凄い剣幕だった。
 「いや、勉強をしてました」
 これを聴いた彼女は、キッとした貌をした。恐ろしい眼で睨んでいた。
 「うち、こんなことしたら躰、もたんわァ。こんなの厭
(いや)や。こんな変態とは、よう付き合っとられんわ!」とへたばってしまった。

 終わった後で、
 「あんた、変わった人やねぇ。そんなことして、勉強できるのォ?」と、私の態度の悪さを指摘した。
 「俺は勉強する時、いつもこうやるんじゃ」こう言って、彼女の言葉を傲慢
(ごうまん)に突っ跳ねたら、
 「そんなら、うち、たった今これで降ろさせてもらうわ!こんなことされたら、躰、もたんわァ」と強気に出て来た。凄い剣幕である。とうとう彼女を怒らせてしまったのである。

 私はこの旅館で、彼女が一番気にいっていた。ここで今降りられたら私の試験勉強は挫折し、全ては水の泡になってしまう。此処へ来た意味がなくなる。野仲もこれを聞いたら莫迦笑いするだろう。何としてでも、回避しなければならなかった。
 そうなったら大変と思い、
 「ごめん、ごめん。俺が悪かった、俺が……。本当にすまんことをした。どんな償
(つぐな)いでもする。腹が立ったのなら、気が済むまで煮るなり焼くなり好きにしてくれ」と恥も外聞もなく、平蜘蛛(ひら‐くも)のように畳に這い蹲(は‐い‐つくば)り、頭を擦(す)り付けて、「どうか、お許しを……」と、彼女の許しを乞うために土下座をした。
 「ふん……」と言って、そっぽ向いた。

 「どうか、この通りです。これまでの数々のご無礼の段、ひらにご勘弁して下さい。この通りです……ははあッ……」更に平蜘蛛のように畳に貼り付いた。
 この私の這い蹲った恰好が可笑しかったのか、彼女はクスクス笑い出した。
 そして「あたしが今言ったことは冗談よ。あんた、いい人だから許してあげる」と言ってくれた。
 何処か可愛いところがある奴だと思い、彼女の性格の良さのようなものが感じられた。

 ある時、彼女から、
 「あんた、着物の脱がせ方がうまいんやねェ」と感心されたが、
 「俺は子供の時、芸者の置き屋で育ったんだ。その時に女の着物の着せ方と脱がせ方を覚えた。童貞も、その時に捨てた。小学校五年の時だ」と言ってやったら、「へーッ、あんた貌
(かお)に似合わず、随分とマセてたんやねェ」と妙な感心された。
 「子供の時、何処で育ったの?」
 「嬉野温泉」
 「佐賀の嬉野?」
 「そうだ。そこで小学校五年のある時期を過ごしたんだ」こう返事した時、ふと千代のことを思い出した。
 私は彼女に特別な注文をつけた。
 「俺と居る間、いつも着物でいてくれないか」と言う私の願いを彼女は、にっこり笑って「いいわ」と叶えてくれた。

 この界隈
(かいわい)は、昔の遊廓(ゆうかく)の名残(なごり)があるところだ。夜ともなると、何処からともなく三味線の音が聞こえたりする。
 そして、いつの間にか舞台は嬉野に早代わりし、千代と一緒にいるのではないかという錯覚に陥った。

 ときどき千代の顔と彼女の顔が二重映しとなった。
 少年の頃に見た、あの澄明
(とうめい)な美しさを湛(たた)えた千代の項(うなじ)が、今ここに居る彼女の項の曲線と重なって、ほんのりとした懐かしさが込み上げて来た。ひとときの夢を垣間みさせてくれた。
 千代の顔が、次から次と走馬灯のように浮かび上がって来る。私は次から次へと浮かび上がって来る夢の中に居た。

 兎
(と)に角(かく)こんな調子で、試験期間中の一週間を此処で彼女と暮らしたのである。いつの間にか、彼女に情が移り、それに絡め取られて、別れる時がとても辛かった。涙が出てきて、この儘、彼女を私の家にまで連れて帰りたいような衝動に駆られた。彼女を嫁に迎えたいとすら思った。
 「あけみ、俺と一緒に暮らさないか?……、俺と一緒に……」彼女に訊いてみた。
 「……………」
 「俺と暮らそう」
 「……………」
 「実家が北九州にある。今は母一人子一人だ。そこでお前と三人で暮らそう。どうだ、あけみ?……、俺と一緒に暮らさないか。そうしよう、あけみ」
 私は迫った。
 しかし、あけみは返事をしなかった。無言のまま、下を向いて返事を拒んでいた。肩が泣くように慄
(ふる)えていた。
 何故だろう?……、私はあけみの身の上を思った。
 私の言っていることは、彼女への“脚抜け”を唆
(そそのか)しているのだった。幇助(ほうじょ)である。この時代風に言えば「資本主義幇助罪」とでも言おうか。
 かつて脚抜けは天下の御法度だった。彼女は年季奉公しているのである。年季の明けないうちに、そんなことをすれば、筋者に追われることになる。彼女に二つ返事で「はい」などと、言える訳がないのだ。今は口が避けても言えないのである。

 「あけみ、どうだ?」それでも再び迫った。無理強いである。
 分かり切ったことだが、最後の無理強いをしてみたかった。せずにはいられなかったのである。
 だが、これは無理な、叶わぬ悲しい詰問だった。あけみには酷過ぎた。彼女を苦しめるばかりだった。
 少しばかり間の開いた時間が流れた。どれくらいだっただろう。
 「わたし、わたし……」
 「どうした、あけみ?」
 「ああッ……狂惜しいィ……」
 遂に、あけみが嘆くようの洩らした。まるで時代小説に出て来るような台詞である。涙混じりだった。畳をかきむしるように、身を投げ出すようにもがいた。
 それは本心の吐露
(とろ)だったに違いない。
 私も情念が舞い上がって狂おしいほどだった。
 もし、それが叶わないのであれば、せめて後一日此処に居たいような気持ちになった。だが、帰らなければならなかった。大学に戻らねばならなかった。後ろ髪を引かれる思いである……。
 私の心は複雑であった。

 別れに際し、
 「今度、いつ来るの?」と訊かれたので、
 「一ヵ月後に必ず来る……」と答えた。
 「本当?……」彼女の顔に安堵の笑顔が浮んだ。
 「本当だ、必ず来るからな。元気でな、あけみ。躰に気をつけてな」と言って指切りをし、着物姿の彼女を思い切り抱き締めてやった。その温もりを両腕に留
(とど)めたかった。彼女も目に涙を一杯溜めていたようだった。
 一ヵ月後、再び、此処を訪ねたが、旅館は閉鎖されていた。野仲から話を聞くと、売春防止法で警察に摘発されたとの事であった。“あけみ”と言う女も、一緒に捕まったのだろうか。



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