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旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 13





第四章 困窮の季節




●魅入られる

 日が経つにつれ、由紀子のことを忘れかけていた。彼女の記憶は色褪(いろ‐あ)せていた。輪郭までもが遠退いて定かに思い出せないくらい不明瞭になっていた。
 彼女とは遠い、ひと夏の思い出として、心の隅に片付けていた。処理済みだったのである。
 幾ら手紙を出しても返事が来ないことから、既に“何もかも決着がついた”と思っていた。
 要するに、“ふられた”と思っていた。
 そんな忘れていた時に、突然、由紀子から電話が掛かって来たのである。驚きだった。
 更に不可解だった。これは何かの間違いではないかと思ったのである。
 二度も手紙を出しながら、その返事すらくれない者が、
(いったい今日は、どういう風の吹き回しだ?)という軽い疑念が脳裡(のうり)を翳(かす)めた。疑心が勝手に暗鬼し出した。心を揺らした。心の中の鬼どもが蠢(うごめ)き出したのである。
 大変なことになったぞ……。率直な感想である。

 そしてその返事をくれなかった“気紛
(きまぐ)れ女の気紛れ”を、「今更(いまさら)何事か?」と、恨みに似た疑念で思い返していた。半信半疑で、馬鹿も休み休み言えという逆撫(さか‐な)でされた怒りもあった。
 だがこの怒りは直ぐに消滅した。妥協したのである。
 この電話は実に軽々しく、信じ難いような気がしてならなかった。どこまでも不可解の念が憑
(つ)き纏(まと)った。

 彼女は、私のような世の既成枠
(きせい‐わく)から食(は)み出した、社会不適合で、常識破りの無力な貧者に、自己犠牲を厭(いと)わない、一種の奇特(きとく)な人に変貌しただろうか?……。
 それとも、もともと螺子
(ねじ)の外れた世間知らずの一面が、そうさせただろうか。あるいは気紛れという雨宿り的な発作が起こったのだろうか。
 疑いは次から次に湧
(わ)き、払っても払いきれない粘着質の不可解が付着した。
 そして暫
(しばら)くの間、夏に見た彼女の姿と、今電話を掛けてきた彼女の声が確(しっか)りと結び付くまでに、幾らかの時間が掛かった。
 電話を掛けてきた彼女は、果たして本物の由紀子なのだろうか。あるいは私自身が、何者かに誑
(たぶら)かされているのだろうか。そんな不信が暫(しばら)く余韻(よいん)として尾を曳(ひ)いたのである。
 電話の主の声は、確かに由紀子だった。
 なぜ彼女が?……。
 それは一種の、この場にそぐわない違和感だった。

 何故、此処の電話番号が分かったのだろう……。
 そう考えた時、綾羅木
(あやらぎ)海水浴場で由紀子と別れる際、名刺を渡しておいたことを思い出した。そのことをすっかり忘れて、はや五ヵ月程が過ぎていた。もう既に、彼女のことは遠い過去の“幽(かすか)かな幻影”として、眼中から消えていたのである。
 そんな時の電話であるから、驚かない方が不思議である。
 私など相手にされる筈
(はず)がないと思っていたから、思いも寄らぬ吉報?だった。果たして、これに有頂天に舞い上がっていいものか、どうか?……。
 まず疑うべきことは、何かの間違いではないか?……と警戒する必要があるのかも。
 そんな警戒の念が趨
(はし)ったのである。
 あれは確か、十二月の初旬であったろうか。

 街の商店街のあちらこちらにはクリスマス・ツリーが飾られ、世間は、そろそろ師走
(しあす)の風に煽(あお)られ始めた頃で、街行く人は、誰もが『ジングルベル』の軽快な音楽に急(せ)き立てられるように、その歩く歩調も忙(せわ)しなく、何となく足早であった。
 街角で『ジングルベル』が流れ出すのを耳にすると、「もう直、一年も終わりか。この一年、いったい俺は何をして来たのだろう」と、いつも痛感するのである。そして、これといった仕事もしていないのに、一日がとても短く、あッという間に過ぎ去って行く毎日。そんな今日この頃を送っていた。
 虚しさだけが付き纏う日々を送っていたのである。
 街角を流れる軽快な音楽は、私には忙しない音に聞こえ、虚しさに拍車が掛かるだけであった。
 しかし、何かが起ころうとしていた。
 街の商店街には『ジングルベル』や『クリスマス・イブ』が流れ続け、既にクリスマス気分一色の、そんな時のことである。

 冬の太陽は瞬く間に傾き、日没も早い季節だった。その季節によくある大寒波が訪れ、街は氷点下の記録的な寒さを北九州でも何度か味わっていた。
 そういう寒さが連続している時である。
 道場の稽古も一応終
(お)え、『道場日誌』などの記載の事務処理も済まして一段落し、帰宅の途にある時だった。近くの酒屋でも寄って、“角打ちでもして帰るか”と思っていた矢先だった。
 店じまいの時である。
 いつも通りの、可もなく不可もなくという生活の何の変哲もない日常時のことだった。今日も一日、虚しく過ぎて行く時に、奇妙なことが起こった。
 ありもしない電話が掛って来たのである。

 電話の内容は、ごく有り触れたことであったが、私にとっては突然のことで、思いも寄らぬ吉報?……であった。それも疑わしき吉報である。安易には信じ難かった。
 その受話器から聞こえてくる彼女の声は、莫迦
(ばか)に甘ったるいような印象を受けた。
 元々、彼女はおっとりとした喋り方をする女性であったが、それが何処か粘り着くような声質にも窺
(うかが)われ、今日は一段と甘ったるさが漂っているように思えた。何か、魂胆があるのだろうか。そう、疑いたくなるような、狐に摘(つ)まれた気がしていた。

 「桜井です。今まで、お元気でした?」
 「?…………」
 これに何と返事をしていいものか、一瞬戸惑った。最初“桜井”と聞いてピンと来なかったのである。誰か人違いをしているのではないかと思ったのである。しかし人違いではなかった。
 さて……、と思うのだった。

 「ところで今晩、今からお逢いできないかしら?」の切り出しから始まった、その電話は、一瞬私を狼狽
(うろた)えさせた。不意を衝(つ)かれて、得体の知れない物から威圧された観(かん)があった。
 咄嗟
(とっさ)のことで、適切な対応に困惑した。
 「えッ?……、今晩ですか……」
 「突然のことで、ご迷惑かしら?……」
 「いいえ、とんでもありません」と言ったついでに、更に語尾に
(願ったり叶かなったりです)と嬉々として今の心中を告げたかった。だが屈託のない返事が出来なかった。
 「じゃあ、今から宜
(よろ)しいかしら?」
 肯定とも否定ともつかぬ戸惑いで、返事に窮
(きゅう)していたら、私に選択の余地を与えないような、ある意味で、私の心を端(はな)から見透かしたような、半ば押しつけのような強引さが伝わって来た。

 「はあ……」
 ややともすれば、あやふやな返事しか出来ない。
 返事を事前に返す、この手の予行演習がなかったことは、何とも私を狼狽
(ろうばい)させるに充分だった。あるいは、そう彼女は踏んで突然の電話を掛けて来たのではあるまいか?……という穿鑿(せんさく)が趨(はし)った。からかわれているのでは?……という疑念はいつまでも付き纏うのだった。
 私は夏でもないのに、額
(ひたい)から流れ出るような汗の感覚に襲われ、それを思わず片方の掌(てのひら)で拭い取っていた。混乱しているのである。

 東京から北九州に一時帰省していた彼女は、私の事をその印象薄い記憶の何処かで思い出したに違いない。
 昨今の流行で言うならば、若い男女の合コン
(合同コンパ)程度の、軽い気紛(きまぐ)れな気持ちを起こしたのかも知れない。
 久しぶりに今晩、昔話に花を咲かせたいということで、特別な意味があった訳ではないようだ。この誘いには、一瞬の驚きと躊躇
(ちゅうちょ)が伴った。私を錯乱させるに十分だったからである。

 第一私には、花を咲かせるような昔話など持ち合わせないのである。一時期、彼女と接した小学校時代は、楽しい思い出よりは、辛い思い出の方が多かったからだ。
 特に、彼女と知り合うことになった六年生の時は、その殆どが辛いものであった。それを一々掘り下げて、辛い過去を回想し、更に惨めになることはあるまいと考えていた。
 しかしこの誘いは食事も兼ねていた。彼女がご馳走
(ちそう)してくれるというのである。その意図は、何だろうかと想う。ついそこまで穿鑿(せんさく)したくなる。
 いつも、生活に困窮しているハングリーな私は、こういう誘いを無礙
(むげ)に断る勇気はなかった。それで安易に同意した。
 要するに私は思慮深くないのだ。浅はかなのだ。
 ゆえに食指が動いたとしても当然のことだった。何事にも煽られるのである。煽られ易いのである。

 彼女は今から私の所へ、車で迎えに行くというのだ。突然のことで、どうしようかと思った。
 鏡に自分の姿を写しながら、服装はこれでいいのかとか、髪形はなどと、自問自答を投げかけていた。
 何処かのパーティに出かけるような気持ちになり、道場の玄関を出たり入ったりして、彼女の来るのを待ちながら、訳の分からぬ活気に満ち溢れていた。
 だがそういうのを、世間では「有頂天に舞い上がる」と云うらしい。この世界を仏道では色界の第四天の色究竟天
(しきくきょうてん)と云うらしい。警戒する必要があった。
 得意絶頂に喜々とし、軽率な感情の現れだった。安易な得意の絶頂という。
 一種の「馬鹿」の代名詞である。既に、とんだ道化を演じているのである。それでいて自分では、その道化に自覚症状がないのである。恐ろしいことだった。

 暫
(しばら)くして、道場の玄関を閉める頃、道場の前に派手な車が止まった。
 3ナンバーで、ツードアの真っ赤なニッサン・フェアレディZであった。新車だ。
 たぶん親に強請
(ねだ)って買って貰ったのであろう。ここに金持ちと貧乏人の、恐ろしいほどの格差を見たのだった。貧乏人の小倅(こせがれ)と、金持ちの“我が儘放題”に育った娘との格差だった。
 平等を叫びながらも、現実に身分制度があることは明らかだった。

 彼女は車から出てきて、
 「突然、お呼び立てしてごめんなさい」と、例の小首を傾
(かし)げた仕種(しぐさ)をした。
 綾羅木
(あやらぎ)海水浴場で見た、あの少し首を曲げて、微笑んだ彼女独特の仕種を再び見てしまった。一種の癖だろうが、何とも可愛い仕種だった。そんな感動が再来したのである。
 仕種に合わせて、微笑も中々のものである。そしてその微笑は、私をすごく幸福な気持ちにさせた。

 私は誘われる儘
(まま)、彼女の車に乗った。
 車内は程よく暖房が効いていて清潔で小綺麗さがあり、女の子特有の可愛い飾りつけがあって、仄
(ほのか)に若い女性の甘い香りがする。この種の女々(おんな‐おんな)した車に乗ったのは生まれて初めてであった。可愛らしい人形や、動物のマスコットで車内は飾られていた。思わず堅苦しい、奇妙な緊張が趨(はし)った。
 果たして、云われるままに乗っていいものか。そんな緊張だった。
 しかし、躊躇
(ちゅうちょ)を覚えるまま、乗る以外なかった。

 「お返事出せずに、ごめんなさいね。二度もお手紙頂きながら、その儘にしておいて……」
 「……………」
 突然切り出した彼女の言葉に狼狽
(ろうばい)した。今更(いまさら)蒸し返されることではなかったからだ。
 今では、どのようなことを書いたか、はっきりと憶
(おぼ)えていないくらい、忘れてしまった内容だった。遠い日の事である。
 しかし恋文に似た、独り善
(よ)がりの内容であったことは間違いない。
 そう気付いたとき気恥ずかしくなり、思わず顔を赧
(あか)らめた。
 二度もである。要
(い)らぬ徒労をしてしまったと後悔した。そうしたことは一日も早く忘れてしまいた。そして、もう完全に忘れたかに思えたとき、再び寝た子を起こすようなことがおこった。

 「お手紙頂いた時は丁度、前期の試験中で……。大変、失礼なことしたと思っていますわ……」その先、何か云おうとしていたようだが、そこで途切れた。
 そのことへの詫の気持ちが、今晩の彼女の誘いであったのだろうか。

 車は小倉に向かっていた。
 クラッチの繋
(つな)ぎがスムーズに行われていたので、運転は初心者でないらしい。かなり乗り回しているものと思われた。運動神経がいいらしい。またその運動神経のよさが、頭脳明晰(ずのう‐めいせき)の側面を構築し、“あの時の進路”が、二手に別れたのかも知れない。
 “あの時の進路”とは、小学校を卒業した「あの時」だった。彼女は有名私立のミッションスクールへ、私は一般の公立中学へ。こうして道は二手に分かれた。将来を二分する岐路であった。
 それは将来の生き方の違いでもあった。私は、今は私立高校の教師を辞めて失業中だった。一方彼女は将来を医師として嘱望される輝かしい前途が開けていた。将来を閉ざされた者と、はたや夾来を嘱望された者の違いである。その違いが、どうしても隔てを作り、また格差を作っているのだった。
 この開きは、所詮
(しょせん)埋めても埋めることの出来ない大きな隔たりと身分違いを創出しているように思えた。第三者の冷静な目からすれば、そのように映る筈である。

 彼女の車の運転は、機敏で起点が利いていた。無理のないスムーズな運転だった。まるで自分の手足のように車を操っているのだった。運動神経がいいのである。巧みな傀儡師
(くぐつ‐し)だった。そんな観察眼を彼女に向けていたのである。
 向かった店の名前は、はっきりと憶
(おぼ)えていないが、小倉でも一流と噂されていた魚町の中華レストランに入った。彼女の案内でその店へ向かった。車を降りて彼女と並んで歩く途中、ふとその出で立ちに目が止まった。
 当時流行のミニルックというすっきりとした衣服に身を包み、少しばかり長身なためか、それがよく似合っていた。艶
(あで)やかささえ漂わせていた。その姿から悪意や悪巧みは感じ取れなかった。そして清々しい笑顔を浮かべているのである。こうした女が、何かを企む悪女である筈がなかった。

 お目当てのビルに到着し、地下の駐車場に入れた後、エレベーターで一気に七階まで上がった。それも同じ箱
(ゴンドラ)の中に入ってである。
 エレベーターは昇天する。昇天するが故に、エレベーターの箱の中というのは奇妙な感じがする。
 暫くの間、その箱の中に居る限りは、他人同士でなくなる。伴侶のような錯覚が生まれる。
 袖振り合うも他生の縁どころか、お互いはその命を何本かの鋼鉄製のワイヤロープに身を託した運命を辿るからである。一蓮托生
(いちれん‐たくしょう)とも言っていいほどだ。その意味では、戦友でもある。
 彼女とは同志だった。
 ほんの一瞬だが、そういう関係になるのである。同じ箱に乗り合わせた他人同士が、場合によっては親子兄弟よりも、更に深い縁で運命を共にすることがあるからだ。

 また、箱の中は密閉された空間でもある。密室でもある。密閉された状態では、何ぴとも外から入れないのある。二人で乗れば、途中の階で乗り込んで来る人が居ない限り、そこは密室なのである。あたかも密室の故意を連想させる。
 私は彼女に“何年か前、イギリスで『エレベーター暴行事件』というのがありましたね?”と冗談を言ってやりたいような心境に駆られた。彼女がどう反応するか、悪戯めいたことが、ふと頭に浮かんだのである。
 しかし、こうした悪趣味の悪戯は言葉にならなかった。
 久々に再会出来た彼女から嫌われることを恐れたからだ。道徳的品位を幾らかでも持ち合わせていたので、不埒
(ふらち)な言動を慎んだのである。

 では、一蓮托生は起こるのか。
 それは、もし、途中でエレベーターが故障したり、停電で動かなくなれば、一時期、確実に運命を共にする状況が生まれる。まあ、こうしたことは滅多にないであろうが、もしそうなれば縁が深くなる現象が生まれるかも知れない。この世は、現象界であるからだ。一寸先は闇である。
 私はそのようなことを思い巡らしていたのである。
 箱の中は二人だけの、精々
(せいぜい)30秒か40秒程度の、この閉ざされた箱空間は、また目を何処に置いていいか分からない、何とも表現のできない息詰まるような堅苦しさがあった。
 これがあと10秒も続けば、窒息するのではないかと思われた。そうした遣り場のない状況に追い込まれるのである。

 何十秒かが過ぎて、箱はストンと停まった。ドアが左右に割れて開かれた。何事もなく七階に到着したのだった。当り前と言えば当り前のことである。この時間が長かったのか、あるいは短かったのか……。そう思うと、また奇妙な感じがするのだった。
 エレベーターのドアが開いた時、そこは既に、店内に接したフロントであった。品のいいウエイトレスが、「いらっしゃいませ」の挨拶の言葉と同時に、来店の人数を確かめ、私たちは窓側のテーブルに案内された。
 店の中は少しばかり込んでいるようだったが、それを想定して彼女は席を予約していたのだろう。
 ここも恐らく北九州に帰った時、両親らと時々足を運ぶ食事処
(しょくじ‐どころ)なのだろう。そのためか、店内の勝手をよく知っていた。

 案内された窓側のテーブルに座り、此処で二人だけになった。まるで、今宵のことを予見して、事前に予約された特別席のようだった。
 彼女主導で事が運ばれていることを考えれば、今宵の誘いは事前に計画されていたことになる。果たして仕組んだのか?……、そんな穿鑿
(せんさく)が脳裡(のうり)を過った。
 ふと、周りを見渡せば師走の掻き入れ時か、あるいはクリスマスを前にし、男女のカップルで多くの席が埋まっていて、それぞれは粘着質の結びつきで引き合っているようだった。

 テーブルの前の並べられた食事を挟み、顔を突き合わせて話したり、二人で意味のない忍び笑いを洩らしたり、親密そうな、いかがわしそうな、馴れ合いの雰囲気を漂わせていた。
 単刀直入にいえば、どのカップルも似たもの同士と言えなくもなかった。双方は頃合いの相手を見つけ、カップルになっているようだった。
 よくもこれだけ……という、実に見事に納まった頃合いの仲に思われた。

 昭和23年生まれを、戦後の歴史区分に『団塊の世代』などと、元通産省出身の某文化人から奇妙な単語が付けられ、一方でマスコミなどで持て囃
(はや)されていた。
 この年を前後にした年代は、戦後の産めや殖やせやのスローガンで生まれて来たベビーブーマーである。
 のちに人口爆発の元凶ともなり、今日の老人問題を担った世代である。ゆえに、実に多くの男女が居た。
 『団塊の世代』は結婚適齢期にかかり、同年代が多いだけに、相手を気軽に探すのはそんなに難しいことではなかった。声を掛ければ、簡単に引っ掛かる時代だった。
 卑しげな男は、卑しげな女を見つけ、締まりのない尻軽女は締まりのない間抜けな男と一緒にカップルを作っていた。その意味では、多くが似たもの同士だった。
 ところが、私と彼女は違った。似たもの同士でなかった。アンバランスなのは明白だった。あまりにも格差があり過ぎた。
 憧
(あこが)れの女性を前にして、上辺だけは平静を保っていたが、内心は穏やかでなく、私自身は混乱の極致にあった。何故ならば、私のような者が、何故、彼女と同伴できるのだろうかという、その不思議な巡り合わせに翻弄(ほんろう)されていたからだ。

 窓の外は、既に夜の帳
(とばり)が緞帳(どんちょう)のように降りて、そこには雄大なパノラマが広がっていた。冬の空気で澄み渡っているせいか、大きな窓から見渡せる眼下には、小倉の街の夜景が一望でき、華(はな)やかしい街の灯りが、まるで全面のガラスに嵌(は)め込まれたように夜を彩(いろど)り、その遥(はる)か頭上には澄みきった冬の夜空が広がっていた。そして、冴え冴えとした上空には、星が、まるで、ダイヤモンドか、何かを鏤(ちりば)めたように瞬(またた)いていた。
 そして、その夢見心地の微睡
(まどろ)み透き間から、幸せを垣間(かいま)見たような、恍惚(こうこつ)としたムードに酔い痴(し)れ始めた。別世界に誘い込まれた観があった。

 やがてダークスーツに身を固めたウエーターが注文を取りに来たが、テーブル・オーダーは彼女に任せた。下手に口出して、わざわざ恥をかくこともあるまいと思ったからだ。
 暫
(しばら)くして、老酒らお‐ちゅう/紹興酒(シヤオシンチユウ)とも)が運ばれてきた。先ずは、これで乾杯というわけであろうか。

 私は最初の一杯を威勢よく一気に呷
(あお)り、彼女は優雅な手つきでそれを持ち上げ、軽く口を付けただけであった。この辺が私と彼女の、育ちの違いの差なのであろう。貧者と金持の差は、ここでは克明だった。
 ときどき横目で盗み見た由紀子の横顔は、小学校の頃の、あの幼き面影を幽
(かす)かに漂わせていた。彼女の顔を見ながら、無言の数分間が過ぎた。

 夜空を照らす近くのビルのサーチライトの光が、由紀子の横顔を鈍く反射させた時、私は彼女の横顔を見ながら、彼女と一緒になれたら、どんなにか幸せであろうと、ありもしない妄想に取り憑
(つ)かれたが、直にそれは苦笑いに変わった。
 そして誰か分からないが、何
(いず)れ彼女と結婚するであろう未来の良人(おっと)に、一種の妬(ねた)ましさを感じた。私はそんなことを考えながら、どうしようもない自分に苦笑いを引き摺(ず)らせていた。

 「岩崎君、何か嬉しいことでもあったの?」と訊
(き)かれたときは、苦笑を見咎(みとが)められた気持ちがした。そして悪戯を見つけられた子供のような感覚に陥った。
 戸惑いと共に一瞬彼女と目が合い、その目のやり場に困った。
 少年の頃から仄
(ほのか)に抱いた想い人を前に、訳の分からぬ奇跡のようなことが起こっていたのだ。
 しかし、これは幻覚に違いない。あるいは降って湧
(わ)いた妄想か……。これにどうして、苦笑せずにいられようか……。
 だが現実に戻れば、どうして此処にいるのだろうか?……と云う疑問が生まれて来る。
 運命の悪戯
(いたずら)と、変化の烈(はげ)しい数直線上に置かれた今晩の誘いは、私にありもしないひとときの、幻想的なお伽話(とぎ‐ばなし)のシナリオを用意していた。その世界にでも誘い込まれたような錯覚に陥れた。
 運命はダイナミックに躍動しているのである。それも気まぐれに……。
 今から私は、何処に運ばれて行くのだろうかと、そんな不安に駆られたのである。どこかで見た悲恋物の映画のワン・シーンを彷佛
(ほうふつ)とさせるのであった。
 いま私の前に居る彼女は、もしかすると巧妙に造られた、彼女の贋物
(にせ‐もの)ではあるまいかなどと、目を疑わずにいられなかった。そのことが、実に不思議でならなかった。
 この流れ行く時間の中で、ターン・テーブル脇のグラス・ファイヤーの蝋燭
(ろうそく)の灯(あかり)が、無数の宝石のような彩りを見せながら、過去の淡い記憶を呼び起こすのであった。

 昔、母が「由紀子さんみたいな人が、ケンちゃんのお嫁さんになるといいわねェ」と言った、その彼女が今ここに居る。倖
(しあわせ)というものは、何の前触れもなく、このように突然何処からともなく忽然と顕われるものなのであろうか。
 あるいは、これが不遇の始まりなのだろうか。一歩下がって、不遇の始まりなら不遇でも構わないが、しかし何とか、彼女との愛を交わしたいものだと夢想した。

 しかし、今の私には、彼女を嫁にするような資格はない。そんな甲斐性はないのだ。
 道場の僅かな月謝の上りだけでは、到底
(とうてい)養って行けない。
 貧乏な道場の師範兼経営者なのである。
 こんな私が彼女を嫁にくれなどと、のこのこと、彼女の威厳のある父親
(小学生の時、PTAの会長をしている父親を見てそう思った)の前に出ようものなら、即座に一蹴(いっしゅう)され、追い返されるに違いない。

 所詮
(しょせん)、私には彼女を幸せにする資格がないのである。彼女は高嶺(たかね)の花だった。養うための経済力はおろか、住まいや、これといった財産も、何一つないのである。ここに貧者の嘆きがあった。
 第一彼女が、私のことを、どう想っているかが問題である。
 住む世界の違う彼女が、私のような貧者
(ひんじゃ)風情(ふぜい)を相手にする筈がないのだ。そう卑屈になりながら、心の片隅の何処かで、口には言えない挫折感を抱き始めていた。

 勝手な空想は、空回りに空回りを続けた。
 それは丁度、小学校高学年の時に抱いた劣等感と同じようなものであった。そのためか、いつもならこのチャンスを“もの”にし、露骨な言葉を吐いて、女の隙
(すき)に付け入ることを平気でやっている私だが、今夜は雷(かみなり)に打たれたように、しおらしくその調子を外され、謙虚にならざるを得なかった。
 その意味で、やはり彼女は私の“天敵”なのである。警戒を怠り、隙
(すき)を見せれば、忽(たちま)ち揚げ足を取られてしまうのである。

 此処では、彼女が一方的に喋り続けたが、世間一般の“ブリッ子”
【註】それらしく見せようとする態度が見えすいて、鼻につく人。特に可愛く見せようとする女などに適用される。この当時の流行語だった)と違って、その知的な会話と、そこから窺(うかが)える仕種(しぐさ)や彼女特有の感性は、私に不愉快さを感じさせなかった。何から何まで私好みだった。
 その一方で、彼女の育ちを考えた。彼女は私が知る限り、少女時代、もう既に秀才型の人間だった。勉強がよく出来た。おそらくその当時、勉学では彼女に相手になる者は一人もいなかっただろう。
 そして一人娘の彼女は、子供の頃から勉強でもその他のことでも、男の子に負けないように頑張りなさいと言われ続けて育った筈である。そのうえで、女の子だから家事もちゃんと出来るようになりなさい。仕事も持ちなさい。一人でも何でも出来るようになるのですよ……などと、特に母親から躾けられたに違いない。そういう、私とは異なる彼女の育ちが想像出来るのだった。

 会話の内容は、上流階層特有の機知
(きち)に包まれた洗練さがあり、上品で何処か、その世界のお行儀の良さをだけが、私に不思議な違和感を感じさせた。聴けば聴くほど、私には馴染めないものであった。
 このお行儀の良さを端的
(たんてき)に表現するならば、私のような俗物(ぞくぶつ)の横柄(おうへい)や好色と違って、純潔と羞(はじ)らいのある気(け)高い香りを放っていた。気高い気品があった。料理が運ばれて来た後も、彼女はこのお行儀の良さを崩さなかった。
 喋り方は少しばかりケンがあるが、また一点の非の打ち所もなかった。流麗な美女だった。語り口は医学生特有の頭脳明晰
(めいせき)を地でいくような歯切れのいいもので、ベト付かず、然(しか)も女らしさは失われていなかった。近寄り難い畏敬を感じた。あたかも聖処女のような……。

 謙虚過ぎる人間
(利他主義者)と傲慢(ごうまん)な自慢話をする人間(利己主義者)には、何の魅力も感じないが、由紀子の流暢(りゅうちょう)な途(と)切れのない語りと、程の良い医学生としての専門用語を挟んだ自慢話?は、また一方で無邪気な女らしさを感じさせた。
 それは極めて倫理的であり、更に道徳的であり、それでいて彼女の言葉の何処かに賛嘆
(さんたん)たる輝きがあった。これは恐らく彼女が中学・高校と、フランス系イエズス会のミッション・スクールで教育を受けたものと思われる。その影響のためであろう。これを私は、甚(はなは)だ神妙な面持ちで受け承り、彼女の聞き役に回った。

 それにしても彼女を美しく生き生きさせ、輝くような光は、一体どこから起こって来るものなのだろうか。おそらくそれは、裏打ちされた自信のせいだろう。その自信が表情にも現れるのだろう。そしてそれは紛
(まぎ)れもなく、押しも押されぬ医学生としての自信に溢れているだった。私の目にはこれが眩(まぶ)しく映った。
 彼女の話を聞きながら、合槌
(あいつち)を合わせる作り笑いの作業に追われた。
 こんな時に、話の中に割り込んで、いつもの三流処
(さんりゅう‐どころ)で話す、下品で、露骨な猥褻話(わいせつ‐ばなし)を切り出すのは意外と難しいものだ。
 こうして今宵、由紀子と出会うほんの前まで、色魔とも呼ばれてもおかしくない生活をしていた。尻軽女を積極的にナンパしていた。あまりよく知らない女性にも直ぐに声をかけ、隙あらばラブホテルへという、ふしだらな生活をしていた。
 ところが、今宵は事情が違った。付け入る隙
(すき)が全くない。そういう気が起こらないのである。機先を制せられた感じだった。指一本触れられないのである。そんな気にさせられるのだった。
 彼女の話を承りながら、そんな肉欲の、はしたない露骨な空想が、頭の中を次々に空回りしていた。
 しかし虚しく、単に空回りするだけだった。
 現実に彼女と一緒にいることを考えれば、此処には、今までに味わうことができなかった贅沢
(ぜいたく)な重みがあった。

 彼女は上品にフカヒレのスープを飲みながら、私の意図とは関係なしに、話は先に進められていった。彼女と言葉の往来
(おうらい)を交わしながら、詮索(せんさく)と疑惑が脳裡(のうり)を交叉(こうさ)して、私の心は多忙であった。
 しかし、こんな場合、一方でひたすら頭を低くしてやり過ごす方がいいのだろうか。

 由紀子は2時間程一人で喋り続けた。主役は何処までも彼女であった。そして、流石
(さすが)に疲れたと言う処で、ぽつりと笑顔を作って言った。
 「岩崎君と、お話していると本当に楽しいわ」
 由紀子はそう言った。
 (岩崎君と、お話していると)と言うけれど、私は殆ど口をきいていない。彼女が一方的に喋り続けた。
 「……………」
 私は相槌を打つ以外、返す言葉がなかった。そして一瞬窓の外に眼を落した。それは、もう一歩、踏み込めない、もどかしさを感じているからだ。それは会話の次元の違いにあったのかも知れない。

 「素晴らしい夜景でしょ?」彼女は笑顔を添えて訊
(き)いた。
 「そうですね」それは頼り無い相槌
(あいづち)だった。
 「あたくしねェ、以前ある人から、こんな風にして此処に招待されたことがありますのよ。だから此処は、あたくしのとっておきの接待法に使う“切り札”ですの」
 その切り札の意味が、私にはあまり釈然としなかったが、一方で彼女はどこか人を喰ったようなところがあり、その証拠に笑顔の内面にそうした笑みが片頬に刻まれているように思えたのである。もう既に私を喰ってしまっているのだろうか。

 (ほうーッと云ってやりたかった。切り札なのか。その切り札を、もう早々とこんな風にして見せるのか。侮られる一方で験されいるのか)と思わずにはいられなかった。私は試験されているという疑心暗鬼が、いつまでも心の中で凍り付いていた。
 そして、総てが偽りと見抜いた上で、演技として試されているとしたら、私はとんだ道化である。
 お人好しのピエロである。そう思うと空しかった。確かに、現実に引き戻されて行くのである。
 それにしても、彼女の云った「ある人から、こんな風にして此処に招待されたことが……」という言葉が妙に気になった。その「ある人」とは、誰か?……。
 穿鑿の一点は、ここに集中した。
 それに、私と話していて楽しいと言う。一方的に喋り続ける彼女の言葉を、私は返す返事がなく、ただ、しおらしく拝聴する以外なかったのである。

 私には何処を探してみても、楽しい事なんか何もなかった。しかし煩
(わずら)わしいところもなかった。
 由紀子の一方的に喋る放談を聞き流していると、訳の分からない医学用語の応酬
(おうしゅう)に些(いささ)か手を焼き、ある意味で馬鹿馬鹿しさを通り越して、やはり彼女は何らかの暇(ひま)潰しの為に、私が“ダシ”に使われたのかな?という反芻(はんすう)が脳裡(のうり)を過(よぎ)っていた。
 私は、単に主役を引き立てる為の“出し汁”だった。そして出し汁に使われた出し殻は、煮汁が出たところで捨てられる。出し殻に、それ以外の使い道はない。
 あるいは一時の、退屈紛
(まぎ)れの、お行儀の良いお友達だったのかも知れない。そんな自嘲(じちょう)が脳裡(のうり)を翳(かす)めた。

 由紀子は一人で、殆ど喋り続けていたにもかかわらず、まだ喋り足りないというふうであった。
 よくもまあ、次から次へと矢継ぎ早に話が続くものだと思った。彼女のお喋りは饒舌
(じょうぜつ)だった。
 しかし、立て板に水という感じではなく、むしろ彼女の語り口は、掻
(か)い摘(つま)んで分かり易く、というような感じの、却(かえ)って親しみやすいという心遣いがあった。それだけ愚者の私に気を遣っているようにも思われた。また、それだけに話が心に食い込んで来るのだった。私はその語り口に酔い始めていた。

 彼女に半分笑顔を投げ、その一方で窓の下の輝く華
(はな)やかな街の灯りに眼を落した。そして彼女が喋り続ける医学用語が、街の赤や青のネオンが、急に人体モデルの動脈と静脈を連想させるのだった。
 まるで崖下
(がいか)の夜景を見るように、押し潰されたように聴こえてくる車のクラクションは幽(かす)かに響き渡る心臓の鼓動を想わせた。
 私は、彼女の、なかば一方的な話を聴いていて、そうしたことまで連想したのである。

 曾
(かつ)て私は、冬山登山をして、ある避難小屋に二日間ほど、吹雪で閉じ込められたことがあった。私と同じ境遇に見舞われ、三人ほどが二日間を伴(とも)にした。
 同じ人間と、こうした処で幾日か過ごすと、最初は自己紹介から始まり、やがて子供の時から大人になるまでの“身の上話”から始まり、自分の身辺や環境、親兄弟や親戚や友人の話が出て、とにかく知っていることを洗いざらいぶちまけるものである。悉
(ことごと)くぶちまけ、知っている総(すべ)てを話し、閉じ込められた生活の中で何とか時間の空白になるのを防ごうとするものである。時間が空白になり、間が空くのが嫌だからである。閉じ込められた密室は、空白が何よりも恐ろしいのである。
 しかし、そうした努力をしながらも、閉じ込められた生活空間では、まだ時間を持て余すものだ。

 こうした時の事を思うと、由紀子の話は未
(ま)だ増しだった。そう悪くなかった。私には分からない医学用語が飛び出しても、である。
 彼女から、有り難い?医学の講義を受ける事が、ただただ貴重だったのである。それは内容の、理解できる出来ないにかかわらず、である。
 また、彼女の口から飛び出して来る医学用語に絡んで、出て来る登場人物に、学友の女性が多いのは、何かしら興味をそそるものがあった。

 今夜の誘いの目的は「何だったのだろうか」と穿鑿
(せんさく)して、その謎解きに苦しんだ。そんなことを考えながら、いつしか二人は老酒(らお‐ちゅう)を重ね合っていた。
 酒が入るに従い、やがて話が弾み、酔いに任せて、目と目で話す、彼女の素振りにも平気になり、図々しくも、元来から所有する私特有の、傲慢
(ごうまん)で横柄(おうへい)な態度になりかけていた。これを、酒に勢いを任(まか)せる小心者の、後味の悪い酩酊(めいてい)とでも表現しようか。
 しかし、彼女の今夜の誘いの真相に迫れない儘
(まま)、何事もなく、この日が終わった。


 ─────この日の反省は、自らを恥じない醜態
(しゅうたい)であった。
 憚
(はばか)ることを知らず、些(いささ)か、酒に酔った事をいいことにして、この席での食事代を、彼女に払ってもらったということである。後で思い起こしたら、心の何処かで、何か“男のプライド”を酷く傷つけられたような気がした。無理をしても、私が払うべきだったのだ。

 その醜態を振り返れば、嫌な余韻
(よいん)を引き摺(ず)っていた。そして後味の悪さと、物財の足りなさを感じた終日であった。
 経済力の格差を感じた終日であった。その終日の反省に、「しかし、しかし……」が続くのだった。無理しても、払うべきだったと続くのである。何とも後味の悪い終日だった。

 その後味の悪さから、やがて気怠
(けだる)い溜(た)め息が洩(も)れた。それとともに脱力感に陥って、切ない甘味(かんみ)を伴いながら、忘れられない悲しい味に変わった。
 それは彼女への過去の追憶が、後味の悪さを、更に深く掘り下げたからである。これは恐らく、私の後遺症になっていくことは容易に想像出来た。
 しかし不思議だった。
 彼女との奇妙な今晩の出来事は、思い返すと、全て嘘のように思えてきたからだ。その何処にも、現実感を伴わなかったのである。
 しかしこうした幻
(まぼろし)にも似た境目で、夢と現実が曖昧(あいまい)になり、私の心の底に、訳のわからぬエネルギーが働き始めているのが、幽(かす)かに確認できた。
 要するに、彼女に関心を抱いたのだった。彼女の色気に魅了され、魅
(み)せられたのだ。
 色気と言うと、多くの日本人はセックスと重ね合わせてしまうが、色気とはそう言うものではない。
 色気とセックスは無関係である。
 これをセックスに結び付けて考えるのは、日本人の貧弱な思考がそうさせるのであろう。
 あるいは戦後教育の、教育法に問題があったのかも知れない。

 特に、戦後生まれのベビー・ブーマーであり、「団塊の世代」といわれる私たちの年齢は、日教組の組合教師に教育を指導された年代である。授業中に教室を離れて、組合運動をする不法な教師も少なくなかった。平気でデモに参加する教師もいた。そうした教師達は教室で、色気の本質すら教えなかったし、彼等達も、その意味すら自分で理解していなかったのであろう。教育の貧弱なるが故のことだった。

 色気の基本は、相手への興味を指す。関心が有ることへの意思表示だ。そうした返礼として、またその態度を示すことである。
 つまり、礼儀である。
 礼儀として、「私はあなたに惹
(ひ)かれるものがありますよ」というのが、つまり、色気なのである。
 今日びは、この色気を教えない。色気が礼儀であることを教えない。

 よく、「色気を出す」という。
 これは興味があると言う意味だ。興味があると言うことは、セックスとは無関係なのである。あるものに対する関心や欲求の顕れだ。一緒に傍
(そば)にいて、何かを語らい、その語り合うことが愉(たの)しいと感じるのが、実は色気の原点であると思う。
 ただ相手の性器だけを貪
(むさぼ)っておいて、これが愛だの、恋だのと定義するのは、何処か狂っているのである。そんなのは異性器への愛着だ。異性器に執着する妄想である。それこそ色気が汚らしくなって、色情に成り下がる。
 男から見て話して愉しくない女。また女から見てセックス以外、何も感じない男は、交際を重ねれば重ねるほど、つまらない人間に思えて来る。
 それは色気がないからだ。異性を「性器」と見下すからだ。したがって貌
(かお)が、単なる性器であってはならないのである。
 男女共に、もっと色気を出すと、自他共に優しく振る舞えるのだが……と熟々
(つくづく)思うのであった。
 そして私の色気は、則
(すなわ)ち由紀子の色気へと向かったのである。彼女に魅せられたからだ。


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