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旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 5

光溢れる希望に満ちた前途にも、何故か翳りが……。


●約束

 私は以前千代に約束した事があった。
 これは嬉野川の辺
(ほとり)で夕涼(ゆう‐すず)みをしている時であった。この不幸の数ヵ月ほど前のことである。私は中学一年の夏休みを姉の処(ところ)で、二十日程過ごしていた。そのときの千代との会話である。

 「健ちゃん。あそこに飛んでいるの、何て言う昆虫
(むし)か知っている?」
 紺色の絣
(かすり)の浴衣(ゆかた)を着た千代が、私に訊ねた。
 「蜻蛉
(とんぼ) だよ」
 私は、声変わり前の少年特有の声高の口調で返事を返した。
 「えッー?あれが蜻蛉ですって……?」

 観察眼が足りない私に、千代は
(違うでしょ……)と、言うような顔を向けた。
 「えッ、蜻蛉じゃないのか?」
 「あれはね、蜉蝣
(かげろう)と言うのよ。ほら、よく見て御覧なさい。翅(はね)の形や尻尾の形が、蜻蛉とは何処か違うでしょ。まるで、壊れ易い薄いガラス細工で出来ているみたいでしょ」
 千代はそう言って、私の肩にそっと両手を置いた。

 私よりも、七つか八つほどの歳の違う千代は、この時二十歳前後で、私の“想い人”であった。
 彼女の歳はおろらく姉と同じか、姉の方が一つは二つ上だったかも知れない。
 生まれて間もない時から、母親以外の女性に育てられ、常に母性を求めていた私は、性に目覚めた頃、またその母性を千代にも求めていた。千代は私に、母性本能を擽
(くすぐ)られた女であったかも知れない。

 私たちは夕涼みにために、嬉野川の入り江の川面
(かわ‐も)を見詰めながら、石垣で作られた川岸の堤防に坐(すわ)って、こんな話の遣(や)り取りをしたことがあった。
 「千代、お前あれ欲しいのか。欲しかったら、捕まえてやるよ」
 「そんなことしちゃあ駄目よ。あれはもうすぐ死ぬのよ」
 「どうしてだ?」
 「そういう宿命なの」
 「宿命って、何のことだ?」
 「前世から定まっている命のことよ。生きとし生けるもののねェ、生まれてから、死ぬまでの、前世から運命が決まっているの。これはねェ、最初から定まっていてねェ、人間は絶対に、この運命から避けられないのよ。そのような掟
(おきて)があるの……」
 おっとりとした口調で、ぽっりと言ったその言葉に、私は何か不吉な予感のようなものを肌で感じとっていた。
 「掟は避けられないのか?運命の掟は避けられないのか!」私は自分で、そうした運命を否定するために精一杯声を張り上げていた。
 「避けられないの……、定めだから……」

 「お前、運命が避けられないなどと、そんなこと、本当に信じているのか?……。そういう迷信、信じているのか!……」
 声が段々跳ね上がっていった。声高になっていった。運命の掟などという馬鹿な固定観念に否定したい気持ちで一杯であったからだ。
 「運命的なものは、すべて人は避けられないのよ。死ぬと決まったものが、死んで行く。これが運命の定める宿運と言うものよ。だから生きとし生けるものは、最後、絶対に死ぬの……。死から逃れられないの」

 千代の断定的な激しい口調に、私は聴くしかなかったが、まるで千代は、その言葉の何処かに、死への憧
(あこが)れのようなものが漂っていた。それが千代と蜉蝣(かげろう)を重ね合わせたのだった。それだけに遣る瀬ない気持ちに陥っていった。

 「お前も壊れ易いガラス細工なのか?」
 不意を突いて千代に訊いた。
 「えッー?……」
 彼女は一瞬狼狽
(ろうばい)した。予期しない質問に戸惑ったのだろう。

 千代は、少年の私から、何かを図星
(ずぼし)されってしまったと言う驚きのようなものがあったらしい。そして自らの果敢(はか)ない宿命までも……見透かされたのではないかと……。
 憐憫
(れんびん)を思わせる夕陽が、千代の横顔を赤く染め、形の良い唇から、何だか分からない、人生に少しばかり愛想を尽かした吐息(といき)のようなものが、彼女の口から静かに洩れたことを憶えている。それは「ああ……」というようなものだったかも知れないし、そのああ……の後が掻き消された無声音になって、人の世の人生の果敢なさを嘆いた言葉が続いたようにも思える。
 それが何処となく、斜陽の夕陽に重なって、滅び行く人間の運命を思った。切ないと言えば切なかった。
 壊れ易いガラス細工は千代であり、その儚
(はかな)さがまた蜉蝣と重ね合わさったのである。
 何故か知らないが、私は切ないと云う言葉が今でも耳に残っている気がするのである。いったい漏れた吐息は何だったのか?……、と考えることがある。

 千代は悲しげな、それでいて、燃えるような鋭い一瞥
(いちべつ)を、私に投げかけて、
 「ねえ、健ちゃん。もしねェ……死で、また再び生まれ変わって来たら、もう一度何処かで、あたしと逢たい?」と訊
(き)いた。
 「当たり前じゃないか」
 「じゃあ、また会えるといいわねェ」
 「どうしてそんなこと訊くんだ?」
 「人間って、生まれた以上、一度は死ぬのよ。あたしも、そしてやがて健ちゃんも……」
 それが栄枯盛衰の掟だと言わんばかりだった。
 “一度は死ぬ……”生きとし生けるものは確かにそうだろう。一度は死ななければならない。

 その言葉は私を暗くさせたが、千代は何か将来に起こるべき暗示のようなものを問い掛けていて、それが何であるか、当時の私には見通せなかった。
 その見通せない苛立ちから、昏
(くら)い夕陽(せきよう)の暗示を打ち消すように、こんな事を言った。

 「お前を必ず、俺の嫁さんにしてやる。そんなお前が死んだら、俺はどうして生きていけばいいんだ。死ぬなんてこと言っちゃァ駄目だ。死んじゃ駄目だ!」
 「あたしが死ぬですって?……」
 そう言う事はない、と言うような惚
(とぼ)けた、白々しい口調だった。それは肉体の死を予期していて、その後、私の心の中で生き続けることを暗示していたのであろう。私の心の中に入っていき続ける自信のようなものがあったのだろう。

 「健ちゃんは本当に“寂しがり屋”なのね。でも、いくら淋しいからと言っても、一人で生きていかなければならないこともあるのよ」
 私は何も分からない儘、千代が何が言いたいのか問い質
(ただ)したり、また、それを穿鑿(せんさく)する能力が、少年の私にはなかった。私が少年だった所為(せい)ではなく、これは暗愚だったからであろう。
 確かに私は暗愚だった。寂しがり屋も、その所為だろう。愚者は常に寂しがり屋なのだ。
 しかし、急激に陽の傾くさまは、黄昏
(たそがれ)と言う翳(かげ)りを伴って、怕(こわ)いほど静まり返った人間の死に逝(い)く姿を思わせた。人間もあのように持っしていくのだろうか……。それが淋しくもあり悲しくもあった。その日の黄昏に寂寥(せきりょう)を感じた。冷たい隙間風が心の中を通り抜けていく寂寥を感じた。

 「おれ一人でなんか、生きられるもんか!」
 「でも、いくら淋しくても、じっと耐えて生きて行くものなのよ」
 「厭
(いや)だ!」
 「まるで、ダダっ子のようなこと言うのね、健ちゃんは……」

 千代の言おうとする事が理解できない私は、何だか悲しくなって、涙で目が潤み始めていた。千代の肌の香りは、川風に吹き長されて、その香りはその儘、薄翅蜉蝣
(うすば‐かげろう)が迷妄する鈍い反映を受けて、手弱 (たおや)かな舞になった。確かに優雅だが、何故か悲しいのである。未来を暗示した悲しさが舞った。そういう幻想を抱いたのだった。

 私は悲しみを込めて、淋しそうな目で千代を瞥見
(べっけん)した。そんな私の淋しさに気付いた千代は、私の手を固く握り締めながら、頬(ほほ)を寄せるように、こう言った。

 「じゃあ、今度あたしは蜉蝣になって、健ちゃんの前に現れるわ。そしたら淋しくないでしょ。いつか何処かで蜉蝣を見たら、それはきっと、あたしと思ってちょうだいね」
 「えッ!今度生まれて来る時は、人間ではなく、お前は蜉蝣になりたいのか?」
 「そうよ、蜉蝣に……」
 「どうして蜉蝣なのか?」
 「あたしはあの蜉蝣が好きなの。あの飛んでいる様子を、じっとみていると、いつまで見ていても飽きないわ。優雅な舞を舞っているようで……。
 そして、ガラスのように透き通った薄い翅
(はね)。翅音(は‐おと)をさせるだけでも壊れ易くて繊細(せんさい)な姿。そのくせに、何故か美しい舞いを舞う。優雅でもあるわ……。そして夕方には、美しい儘で死んでしまうような奇麗なものが、あたしは好きなの……」
 「それ、何のこと言っているのだ?」
 「健ちゃん。あたしが死んだらどうする?」
 「そんなこと許さん。絶対に俺が許さん」
 私は血相を変えて、怒鳴ったことを憶えている。怒鳴っても解決出来る筈ではないが、怒鳴って、喚いて、運命の起きてから千代を遠ざけることばかりを考えていたのである。無駄な努力だった。徒労は愚者につき物である。

 医者を志ざそうと思ったのは、この時の千代の「あたしが死んだらどうする?」という言葉からであった。千代は自らが不治の病に罹
(かか)っているという事を、既に意識していたようであった。
 少年時代における唯一の幸せは、楽しい事など、何一つなかった私にとって、千代の優しさが、子供心に郷愁
(きょうしゅう)を誘い、彼女のために、何が出来る事はないかということを模索していたのである。
 この時、千代は既に死を決意していたのであろうか。

 「でも、人間って、死にたくなくても、病気なんかで死ぬ時があるでしょ。病気で死ぬ人の運命まで、健ちゃんは止められると言うの?」
 「馬鹿を言え。俺は大人になったら医者になってやる。お前の病気なんか、俺が退治してやる!」
 しかし、この約束は果たせなかった。
 約束が果たせないどころか、千代はこの数ヵ月後に自殺をしてしまった。今にして思えば、千代はこの時、間違いなく死を決意しているものと思われた。
 煩悩の重荷を、死で購
(まかな)おうとしていたのではあるまいか?……、と言う思いが付き纏(まと)って来るのだった。


 ─────私は工学部の出身であるが、本来は少年の頃に抱いた、千代との約束で医家を志したことがあった。
 元々理系の才能に少しばかり恵まれた私は、特に数学が得意で、少年の頃、想い人の千代に誓ったように医家への道を志し、その道を進もうとしていた。
 しかし貧乏な家に生まれた私は、その道を閉ざされてしまった。

 高校三年の二学期の後半、某私立医大の推薦入学試験を受けたことがあった。
 学校から選抜された私は、某医大が差し向けたバスに乗り、試験会場へと向かったことがった。
 試験は数学全般と理科全般からの物理、化学、生物、地学のうちの一科目選択、外国語は英語かドイツ語の何
(いず)れかの一科目であった。
 私は数学にはかなりの自信を持っていた。その自負心が私を気丈にさせていた。合否には関係なく、当たって砕けろの気持ちでいた。
 最初に数学の試験が行われたが、B4の用紙が一枚配られ、黒板に四問の問題が書かれた。

 私はその用紙を四つに折り、90分の試験時間をフルに使って、狂ったように問題を解いていた。第一問と第二問は数Ιの範囲、第三問は幾何代数、第三問は基礎解析、第四問は微積の範囲であった。これを難なくこなし、次の理科では、物理を選択して無事に終わった。
 外国語は英語を選び、好調ではなかったが、不調でもないという出来映えだった。

 この合否判定は散々待たされた挙げ句、一週間後に合格通知が届いたが、これを母に見せ相談した。しかし貧乏な家庭の子弟は、私大の医学部進学は諦めざるを得ない状態になった。推薦入学の入学金が払えないのである。
 当時、私立の医科大に推薦を受ける入学金は三百万円程であったが、その金策に奔走したにもかかわらず、金策の工面がつかず、事実上挫折してこれを断念したのだった。結局、工学部に進路を変更して、次に目指したのは数学者への道の選択だった。
 そして千代との約束が、また一つ遠ざかってしまったのである。



●千代の亡霊

 これは私が二十歳になったばかりの頃の話である。
 この日、私はまた、山村師範との稽古の約束時間を大幅に遅れて参上した。
 山村師範は、表面は平静を装いながらも、内心はジリジリしながら、激怒の頂点に達していたことは言うまでもない。頭ごなしに、怒鳴られることは、既に覚悟していた。

 稽古時間が遅れたのは、私が開設した道場の雑用と移動する交通機関の渋滞で遅れ、一時間以上も大幅に遅れて、山村師範の処に到着した。
 (この爺さまに言い訳は通用しない)と、端
(はな)から諦め覚悟しているせいか、莫迦(ばか)に落ち着いていた。その落ち着きが、また山村師範を激怒させる原因を招いたらしい。
 山村師範の性癖
(せいへき)は、私の小心者の性格をからかい、楽しむという悪い癖があった。小心者が動転するのを楽しむのだ。一番タチの悪い性癖とでもいおうか。

 小心者の小心者たる所以
(ゆえん)は、度胸を欠いだところにある。突然の出来事に動転し、適切な対処が間に合わないである。軽挙妄動に陥り、慌てふためく大混乱にある。それが小心者の行動原理である。
 冷静沈着な行動が出来ず、混乱の極致に陥るのだ。私の性格はそんな小心者の、それであった。
 しかし、この日は不運にも、私は混乱していなかった。変にこの日は余裕があった。

 山村師範の後ろに黙って端座し、
 「遅くなりました」と、丁寧に一礼して叱咤を覚悟の上であったが、それに応じる様子がなかった。激怒の頂点に居るのだが返事をしてくれない。端
(はな)から相手にしていない様子すら感じられた。茶碗を握った儘(まま)、年寄り特有の、だらしのない音を立てて、お茶を啜(すす)り込んでいた。

 (じじ臭い、いやな音だ)と思った瞬間、“爺さま”は何を思ったのか、横にあった日本刀を突然抜いて、襲いかかってきた。突如のことで、「待った」を掛ける暇がない。鋭い光り物は、鋭い雷光を発して驟雨(しゅうう)の如く襲いかかった。日本刀の樋(ひ)の音が、ヒューと空を薙(なぎ)ぎ、その一閃(いっせん)は右に左に袈裟(けさ)斬りが、鋭い音を立てて暴れ廻った。
 また「例の気違いが始まった」と思った。この御仁
(ごじん)は、怒るとこれであった。荒れ狂うのだ。
 人は老いると、短気になると言うが、しかしそれにしてもと考え込んでしまうのである。
 あるいは、何かの不意を突く特訓でも考えてのことだったのだろうか。

 この日の突如の襲撃は、いつもより一段と気合いが入っていた。もの凄
(すご)い殺気を感じる。単に脅しだけの奇襲攻撃ではない。手加減というものが全く感じ取れなかった。狂気だった。兇暴の一言に尽きた。

 その証拠に、躱
(かわ)し損なって、右手首の静脈の脈所の上を、剣先が鋭く掠(かす)めた。
 掠
(かす)り傷とはいえ、血管を切ったため、血が細い血飛沫(ち‐しぶき)となって吹き出てきた。その鮮血の血液を、一瞬美しいと思った。
 人間は、血潮を抱えた生き物であると言う、誰もが忘れていることを、私はこの時、はじめて思い知ったのである。血潮は、血飛沫は、美しいのである。人間が赤い血に命を感じるのは、その美しさからだろう。

 そして、この時に刻み込まれた傷跡は、いまでも私の右手頸の静脈の脈所にはっきりと残っている。また、手の甲側にも斬り傷がある。何れもこの時の刀の尖先
(きっさき)で斬られた疵(きず)である。
 これらの刀傷は、斬られまいとする防禦創
(ぼうぎょ‐そう)だ。
 自分の内臓を斬られたり刺されないように、防禦して躱す時機
(とき)に手疵(てきず)を追うものである。
 眼で観る刃物は恐ろしいが、その恐ろしい刃物すらわが命が危ないとなると、これを素手で捉えて防禦するものである。

手の甲側の疵(きず)。躱(かわ)し損ねて追った疵である。 手の裡側(うちがわ)の疵。両者は何れも防禦創(ぼうぎょう‐そう)である。

 この時、とうとう追い込められた。小動物のような追い込められ方だった。
 最後は躱
(かわ)し切れず、部屋の片隅に追い詰められ、進退谷(きわ)まっていた。どうすることも出来ない窮地に陥っていた。最期(さいご)の止(とど)めの一太刀となった。振りかぶる刀からは、斬られるような想像が脳裏(のうり)を空転した。
 その時、無意識のうちに千代の“お守り”を掴んで、その最期
(さいご)になるであろう、「止(とど)めの一太刀」を受けようとしていたのだ。そんなもので受けることができる筈がないのだが、咄嗟(とっさ) の行動として、反射的にそうなったのである。

 (まずい、斬られる!)そう思った瞬間、山村師範は、何故か刀を引いた。そして一言ぽっりと言った。
 「お前の後ろから、女の亡霊が出た。今日は、儂
(わし)の負けじゃ」
 「うム?……」
 私には何の事か分らなかった。
 爺さまが始めは何を言っているのか、よく分からなかったのである。山村師範が「負けた」と言ったのは、後にも先にも、この一回限りだった。

 私は、必死で千代の“お守り”を掴んでいたのだ。
 山村師範の眼には、千代の姿が映ったのだろうか。
 この時、斬り捨てられていても不思議ではなかった。それを千代の亡霊が、私を守ったのかも知れない、とそう思った。千代は私の中に住み着いて、守護をし始めたのだろうか。
 そしてこの日から、山村師範は意味不明な奇襲攻撃やシゴキの類
(たぐい)の乱暴?は、やらなくなった。
 勿論、躰
(からだ)で仕込む洗礼や、猛練習と言われるものもめっきりと数が減った。

 気が抜けたような、何処にでもいる、大人しいその辺の老人に変身してしまったのだった。それからというものは好々爺
(こうこうや)になってしまったのである。
 人は老いると、益々短気になって我が儘になる人と、好々爺になって人のよい、にこやかな老人になると言うが、しかし大半の老人は幼児帰りすると言うからやはり我が儘で短気で要求ばかりが多くなるようだ。しかし、見た目は好々爺である。
 私には、女の霊が背後に居ると、よく霊能力のある人から指摘されることがある。そして、どれも共通している事は、二十歳前後で、長い髪で、ちょっと面長で、奇麗な顔をしている女性と云うことだった。

 私も、千代が“私に取り憑
(つ)いているのではないか”と思われる事を、しばしば経験したことがある。しかしあくまで、私の守り神としての守護の霊であろうが……。
 自殺した人間は“顕幽
(ゆうげん)の苦界”で苦しむと言う。そんなことをオカルト愛好者から聞いたことがある。死後の世界は、そうした死に方をした人間に憂鬱(ゆううつ)で、苦しいと言う。“死ねばそれでお終(しま)いではない”と言う。その意識が長く残ると言う。

 しかし現世の“夢”と言う現実に、“苦しむ”と言う事も、また一つの夢ではなかろうか。
 夢と言う幻覚に悩まされ、惑わされて、迷い続ける事が、“この世”と“あの世”を繋
(つな)ぐ、大きな煩悩(ぼんのう)を作る要因になっているのではあるまいか。だから、そこには「断末魔」という悲惨な最期があるのではないか。

 断末魔の描写は凄まじい。臨終
(りんじゅう)に、しくじった人間が体験する激痛であると云う。
 肉がちぎれ、骨が砕け、体の中にある特殊の急所で、他のものが触れれば、劇痛を起して必ず死ぬという、そうした息を引き取るまぎわの苦痛を描写している。そしてこうした断末魔を迎える人間は、身が重く、身が硬く、真っ黒な形相になってコト切れるという。

 『正法念経
(しょうほうねん‐きょう)』の「臨終用心抄」には、次のようにある。
 「命終
(みょうじゅう)のとき風(ふう)みな動ず、千の鋭き刀、その身の上を刺すが如し、故はいかん。断末魔の風が身中に出来(しゅつたい)するとき、骨と肉と離るるなり」とあるように、断末魔の激痛は凄まじい。そしてその痛さに負けた時、臨終をしくじると言う。
 臨終をしくじるとは、成仏しないことを言う。不成仏になることを言う。
 不成仏は成仏出来ないのであるから、この世に未練を残した意識体である。浮遊して彷徨うか、その場に頑迷にしがみついて地縛するのである。
 成仏を、煩悩を断ち切った解脱の境地と言うが、人間は悟りを開く事は中々難しい。況
(ま)して、死ぬと直ちに悟りを開き、同時に仏となると言われるが、これも難しい行為である。凡夫(ぼんぷ)には余りにも難解過ぎて、迷いの生じるところである。
 しかし、この“しくじり”も、元はといえば、凡夫
の迷妄だろう。迷えば、こうした幻覚を見ると言う手本のような表現である。

 所詮
(しょせん)、肉眼で見える事は、迷いを生み、人はそれに惑わされる。知覚も、その範囲では惑わされる対象だろう。心眼(しんげん)を開いてこそ、迷いは解かれ、輪廻の輪から解脱出来、その奥に「悟り」が鎮座(ちんざ)している。仏道では、そう教える。
 それを生きているうちに、見つけ出さなければならない。
 悟りとは、一つの意識しない、無意識の中で、その成り行きに任せると言う事ではあるまいか。それが仏道で云う「空
(くう)」なのだと思う。
 「空」だからこそ、永遠不変の固定的実体がないということを、悟りへの最終目標に掲げているのは、このためであろう。これが「虚空」というものであろう。
 仏道では、一切の事物を包容して、その存在を妨げないことが特性で、それを虚空だと説いている。虚空蔵菩薩はその象徴だろう。
 福徳や智慧を蔵して、衆生
(しゅじょう)の諸願を成就させるという菩薩。この菩薩を虚空蔵菩薩という。

 山村師範が、私に「止
(とど)めの剣」を刺さなかったのは、私は無意識の中に身を置いている事を、既に見てとっていたのではあるまいか。
 無形であり、かつ無相で、一切万有を包括する真如……そんな事を考えながら、千代の死後の、成仏できない彼女の魂の行方
(ゆくえ)を案じていた。彼女の意識体は何に迷い、何を懸念しているのだろうか。
 果たして千代は成仏できたのだろうか。



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