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旅の衣を読むにあたって

小説・旅の衣/前編








小説『旅の衣』(前編)を読むにあたって

スポーツライター/宮川修明    





 小説『旅の衣』
(前編)は、『志友会報』に連載された、曽川和翁宗家の自伝をベースにして小説化したものである。
 小説と題し、小説化している関係以上、登場人物の名や出来事はフィクションであるが、ではそれが全くのフィクションであるのかというと、実はそうも言い切れないのである。多少脚色し、小説化したことも否めないが、殆ど作り話などではなく、大方が体験された史実に近いことが書かれている。
 いわばある意味でのノン・フィクションであり、それが100%でないにしても、また100%の空想から創り出されたフィクションでもないことであると言うことだ。
 もし、作り話だったら、こうも身につまされ、臨場感のある迫力は、経験者以外には、決して出せるものでないからである。恐らく大権や経験によるものが多いと思われる。

 この物語の舞台は昭和40年代前半から47年当時の、わずか一年足らずのことが書かれている。曽川宗家と私は、ほぼ同じ全共闘
(全学共闘会議の略称で、1968〜69年の大学紛争に際し、諸大学に結成された新左翼系ないし、マルクス・レーニン主義の学生組織)の世代を生きた時代背景にあり、何を考え、何を目指していたのか、そのあちらこちらに共通を見出し、ある種の親しみを覚えるのである。
 もう既に、五十路
(いそじ)の折り返し点を、とうに越えてしまった私は、曽川宗家の生き方に一種独特の共感を覚え、当時を回想する度に、青春の熱き日々が鮮やかに蘇える次第である。
 そして年甲斐もなく、再び血が熱くなって、青年の客気
(かっき)の名残を止めている自分に思わず苦笑してしまう。懷かしきあの時代を回顧することが多いのだ。

 ここで少し、曽川宗家の人物像を説明しておかなければならないが、宗家は異例の作家
(ご自分では「武術家」などではなく、単なる人生の「遊び人」を自称して、これを譲らないが、なかなかどうして)であり、文筆活動に足を踏み入れたのは平成3年半ばの頃であり、もともと文章家ではない。出版依頼などの、必要に迫られて独学で文章を書き始めたまでのことである。
 いつも宗家を見て感じることであるが、宗家は短期間に物事を成就させてしまうという特異な能力があるらしい。もともと理科系畑を歩いてきた宗家は、文章家など縁のないところに身を置かれたいた。それがどうしたことか、ほんの二、三年の間にめきめき頭角を現し、小説も既に十作を数え、エッセイは優に数十作を越えている。
 しかし宗家は、これを決して発表しようとされなかった。

  私は今回の自伝小説『旅の衣』を平成4年に読ませて頂いて、一つの衝撃のようなものを感じた。そして私は、「これは立派な作品なので、是非発表されたら如何ですか」と薦めたことがあったが、宗家はこれに笑って答えず、発表されることを拒んでこられた。もう、十数年も前の事だ。
 しかしその後、『志友会報』に連載され、今日に至っている。
 当時の宗家の仕事場は、八畳の部屋に一台のパソコンが置かれただけであった。何の変哲もない簡素なものであるが、その周りには膨大なありとあらゆるジャンルの書物が置かれていた。そして宗家は、これらを一日一冊という猛烈なスピードのノルマを自らに課して、驚くべき速さで読破する読書家でもあった。今日に至っても、これは変わっていないようだ。仕事が終わって、眠る前に一日一冊を読破されると言う。睡眠時間は一日四時間程度と言うが、既に「短眠術」を会得されていて、現代医学が言うように一日7〜8時間眠らなくても平気だと言う。

 さて、小説『旅の衣』であるが、これは特に、ご自身の青年期の一時期ことが書かれており、内容は現在のご自分が過去を回想すような場面があり、それは構成上よく計算されていて、当時の宗家が抱いていた桃源郷のような理想が描かれている。まるで時代を逆戻りさせて、蜀
(しょく)の国宰相・諸葛孔明(しょかつ‐こうめい)のロマンが、その何処かに感じられるのである。
 また少し視線を変えると、特に注意を引くのは、少年時代に特異な経験をし、それを確立された、宗家特有の女性観である。
 これを我々と同じような等身大の物差しで測ろうとすると、宗家という人は測れなくなってしまう。
 この物語の登場人物は、小説という体裁上、実名を上げていない。西郷派大東流にしても、わざわざ「会津自現流」と言う架空の流名を名乗ったり、あるいは主人公も曽川ではなく、長崎県平戸市の本家筋の旧姓岩崎を名乗り、主人公は岩崎健太郎である。
 恐らくこれは現実の制約下での束縛を嫌い、主人公を境外に押し出すことによって、自由性を狙ったものであろう。また先代の山下芳衛
(ほうえい)翁も、この中では山村師範の名で登場している。
 そしてこの中で見逃してならないのが、由紀子という女性の存在である。この由紀子のモデルは、北九州におられる洋子夫人
(長男・丈晴氏の母)である。

 『旅の衣』は、第一作の「青年期」を皮切りに、続編の小説『旅の衣』後編と続き、第二作、第三作『旅の衣・行乞記前編・後編』、それに現在出筆中の平成2年以降を物語にした第四作目の『旅の衣・地獄ツアー旅日記』があるが、これを通して読んでいくと、洋子夫人が、その何処かに、何らかの影響を与え続けていることがよく分かる。
 東京、滋賀県大津、北九州、博多と飛び回っているが、もしかしたら宗家は洋子夫人の掌の中で、孫悟空のように遊ばれているのかもしれない。今もその影響化にあるといってよいだろう。
 しかしここでは、そのことには触れない。

  宗家の生きざまは、松尾芭蕉に始まり、種田山頭火
(さんとうか)に至って、その「わび」と「さび」の世界が開花する。
 自伝小説の題名を「旅の衣」としたのも、どうやらこの辺にあるらしい。
  宗家の人生を一言で言えば、波瀾万丈
(はらん‐ばんじょう)の人生と言ってよいだろう。
 まさに危険な崖淵
(がけっぷち)を、未熟な登攀技術で攀(よ)じ登る登攀者(とうはん‐しゃ)か、あるいは下手糞な綱渡りの曲芸師が危ない綱渡りをする、まさに危ない場面を思わせるのである。だからこそ、人生経験も私とは比べ物にならない。
 だが窮地
(きゅうち)に陥って苦境に立たされても、そこから「どっこい」起き上がってくるエネルギッシュな生命力は、何んとも言えない不思議な魅力を感じさせる。
 宗家ほど老子の『天命の章』を信じ切っている人も少ないであろう。命も下駄も、天に預けているらしい。
 しかし常に、窮地からのドンデン返しの連続である。これで終わりかと思うと、尻尾を切って、頭だけしぶとく生き残っている。宗家とはそんな人である。

 平成2年9月宗家は、ご自分の会社であった大学予備校を倒産させている。ここに働く教職員も唖然
(あぜん)としたであろう。債権者も銀行から暴力団絡みの整理屋、切取屋、解体屋、葬式屋、高利貸までいて、苦労も筆舌には語り尽くせないものであったろう。【註】この詳細な内容の一部は、『合気口伝書』第九巻から第十一巻に「天命の章」で掲載されているので、是非一度購読されることを御薦めする)
 本来ならば、多額の借金を抱えて自殺を試みても不思議ではないが、それでも、したたかなしぶとさがあり、未
(いま)だに微動だもせず健在であり、平成元年7月に建てた総工費と備品機材あわせて、一億五千万の総本部・尚道館は何処の担保にも抵当にもとられず、登記簿謄本が真っ白であるというから恐れ入る。
 訴訟ごとや裁判などの法律的な判例にも詳しい。どうもこうした法的知識が、ドンデン返しの祕密であるのかも知れない。まさに知的な戦略家である。
 また宗家の後ろには、不思議な守護神がいて、何処か滑稽
(こっけい)な?裏技が存在しているのかも知れない。私には想像もつかない世界である。
 更に宗家平成5年、四十五日間の断食を実行し、満願成就しておられる。
 これは断食修業記という小冊『断食行法記』にまとめられて発表しているが、ご自分の皮膚病を治すのが目的であったとしながらも、実はそうではないらしい。

これまでに出版された書籍やビデオの一部

 曽川宗家のBABジャパンから出た、ビデオを見た方なら御存じであろうが、宗家が百キロ以上の巨体を抱え、演武する動きは、極めてシャープであり、非常に素早い。
 別に肥っているからと言って、肥満体質者によくある、図体ばかりはデカくて、鈍重で鈍感でと言った、のろまな動きは一つも感じさせない。
 特に『大東流合気武術・AtoZ』
(BABジャパン)と題したビデオを拝見すると、百キロ以上の巨体を抱えながらも、動きが非常に速い。これは某大東流の師範が演武する、居合道の動きをまねして、故意に作られた動きとは全く違う。これは宗家独特の、一種の特殊な才能であろう。

平成4年〜5年にかけて、曽川和翁宗家の体重は105kgあった。そしてウエストが何と、1m20cmだった。そして血圧は240もあり、半分以上棺桶に足を入れたままの状態だった。まさに死に損ないの超肥満体で、醜態といえよう。 しかし45日の断食を決行して、体重を62kgまで落とした。現代医学の常識で、体重の30%を失えば、死亡すると言われているが、実際には医学上の論理通りの結果が出ないものである。写真は、45日の断食直後のものである。

 さて、宗家の断食に話を戻そう。
 宗家が断食に至った真相は京都の茶屋で、105キロの体重、ウエスト1メートル20センチの醜態
(しゅうたい)を祇園の芸妓(げいき)から嘲笑(ちょうしょう)されたからだとも言う。その時の事をよく話される。嘲笑されたことなど、気にとめる宗家ではないが、ご自分の醜態に気づくと、さっさと体重を62キロ(現在は72キロあるそうだが)にまで落とし、体型を変えてしまうのであるから、何ともこの代わり身の速さには、ただただ唖然(あぜん)として、恐れ入るばかりである。この辺に、手を変え品を変えの、宗家の巧みな、したたかさがあるようだ。
 これは晩年になって、金や物に固執したり、自我
(じが)に捕らわれないためであろう。
 食事も一日二回の、驚くほど質素な玄米菜食で、これを人に決して強要したりもせず、ただ自分一人の事としている。世はグルメブーム、飽食が当たり前の、真っ只中にありながらも、この物余りの現象の中で、自らが食べないことの贅沢
(ぜいたく)を満喫しておられるようだ。
 そして時々、私に「あんた、贅沢の中で、『食べない贅沢』と言うものがあるのを知っているか?」と訊く事がある。
 これは断食を意味するものであろうが、単に自分が断食をしてその辛さに耐えることではないらしい。自らは断食しつつ、その横で祝辞を旨そうに食べている人を見て、それを、自分自身は滿足を覚えるという発想らしい。

 宗家が『食べない贅沢』を説かれる時、今は亡き、京都大学名誉教授であった森信三
(もり‐しんぞう)先生の話の中の、「一つのリンゴ」の逸話を用いてこれを説明される。
 この「一つのリンゴ」の物語は、一つのリンゴを前にして、二人の兄弟がいて、このリンゴをどのように分配するかの話である。
 その第一の配分方法は、リンゴを真半分に切って、兄弟二人でこれを仲良く均等に分ける。
 その第二は、兄が年上で体格も大きいから、弟より少し多めに取る配分。以上が大方、世間一般の分配方法であろう。ところが森信三先生は、これ以外にも第三の分配法として、双方が満足の行く配分方法があると言うのである。それは兄が弟を慈しみ、自分の食べる分を総べて弟にやって、弟が美味しそうにリンゴを食べる顔を見て、それで満足し、その弟の顔からリンゴの美味しさを察するという考え方である。

 世は、不景気と言われながらも、日本は旧態依然として「飽食の時代」を満喫し、テレビはどのチャンネルを捻っても、いつも何処かのテレビ局でグルメ番組をやっている。そして街に一歩踏み入れれば、ファースト・フードを始め、あらゆる食い倒れ現象が渦を巻いている。こうした中、宗家は「物が溢れているからこそ、逆にそれを食べない」ということで、これを精神的贅沢と称しているのである。
 このあたりが宗家の、不言実行形の人間であることに気づかされる次第である。
 まさに陽明学の「知行合一
(ちこう‐ごういつ)や「事情磨練(じじょう‐まれん)を、身をもって体現しているともいえる。
 読者諸氏より、一足先に『旅の衣』シリーズ三巻までを読ませて頂いた私は、宗家の特異な生き方に、ネジの外れた、ギャグ的な可笑しさを感じながらも、何処かその不思議の世界に、いつの間にか取り込まれていて、自分が主人公ではなかろうかという痛快な錯覚すら覚えるのである。

 それは前漢の高祖・劉邦
(りゅうほう)の、勝つことより、負けてしまうことに慣れてしまったような居直ったしぶとさ、あるいは神道無想流の夢想権之助(むそう‐ごんのすけ)のように、負ける度に「日本一」あるいは「天下一」と自称し、精神的に堅固になっていく一種の強人(きょうじん)の、こうしたしぶとさを感じさせてしまうのである。丁度それは、女性が母性本能を擽(くすぐ)られるような不思議な魅力が、私たちを惹(ひ)き付けて離さないのである。
 小説『旅の衣』には、こんな魅力があるのである。




なお、この作品は曽川和翁宗家の体験をベースにした“フィクション”であり、登場する個人名、屋号、所在地名、組織名、団体名、物品を呼称する固有名詞などは、実在するものとは一切関係ありません。
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