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大東流霊的食養道
●正しい食の在り方について
  古来より連綿とい続いて来た、日本人の食思想は、霊的神性を曇らさず、霊的波調を粗くしない為には、どういう考え方で、何を食べたら高い霊性を持ち続ける事が出来るか、その食餌法を興味深く紹介している。
 霊性は
「食にあり」を、食養道の真髄とする。

 また、食事を正す事は、運気を好転させ、悪しき宿業から脱する唯一の方法なのである。その為には、
「穀物菜食」が運気刷新の極め手となる。
 食事は、動物が喰らうエサの補給ではない。一種の「祀
(まつ)り事」であると霊的食養道は教える。
 このセクションでは、日本古来からの食養法や、日本屈指の相観鑑定家・
水野南北(みずのなんぼく)の運命改善法(相法極意)を興味深く紹介する。

 人は、食を改善し、体質を改善する事で、運命の陰陽の支配から抜けだせる。
 しかし、食を乱し、食への慎みを忘れて居る人は少なくない。その最たるものが、今日の飽食であろう。そして、飽食により、運命の陰陽に縛られ、見通しが効かなくなり、将来の判断を誤って、定められた通りの運命を歩く事になる。ここに現代人の不幸現象が存在すると言っても過言ではない。
 性格粗暴者、精神異常者、鬱病や神経症などといった心身に異常を来す病気は、総
(すべ)て食の誤りから起ったものである。これは現代人の霊的神性が失われ、過剰な動蛋白摂取により、霊的波調が粗(あら)くなって、獣化している現象である。

 日本人は古来より霊的神性を保って来た。しかし、明治維新と共に霊的食養道の食思想は崩され、日本の食文化は、西洋のそれに取って代られた。
 本編では、古来より連綿とい続いて来た、日本人の食思想は、実は、霊的神性と密接な関係があり、霊的神性を曇らさず、霊的波調を粗
(あ)くしない為には、どういう考え方で、食事に臨まなければならないかと言うことを興味深く紹介している。

 また、食養道を心掛ければ、長寿が保てるばかりでなく、体力主義から体質思考に切り替えて、健全なる長寿が探究できるのである。その要は、穀物主義であり、玄米を中心とした「玄米穀物菜食」を霊的食養道として追求している。

 人間が食事をすると言う行為は
「祀り事」である。
 霊性を保ち、長くそれを維持する為には食を正す必要がある。したがって、霊性と共に運気を向上させる為には、
「食にあり」を説くのである。

 
武門の礼法と食事
 礼儀を正し、食べ物を頂くと言う行為は、神聖なる「祀り事」である。それは一種独特の人の生き方である。そして、人間が食事をするとは、一種の
「祀り事」である。この祀り事において、武家の作法には様々な教えがあった。

 その祀り事で、一番大事にされたのは咀嚼法
(そしゃくほう)であり、一口ごとに、主食・副食とも50回噛むのが武門の咀嚼作法であった。

 江戸時代の武士は、こうした町家での奢
(おご)れる食生活の誤りをよく知っており、白米は「泥腐る」といって、決してこれを口にはしなかったのである。そして彼等は、朝食を摂らず、一日二食主義の、粗食・少食に徹していたのである。

 少食にすれば、まず食費の経費が少なくて済む。次に、少食を実行しているのであるから、体躯が身軽なり、軽い分だけ敏速に動ける。小廻りも効き、鈍重でない。
 これに比べて、江戸の町人集が大食漢となり、様々な料理が町人文化の中に流行したので、元禄以降は町人文化の全盛期となるが、結局この文化で流行したのは、江戸患いや胃拡張を始めとした、食から起る種々の病気であり、躰躯的には退化していく状態をつくり出したのである。

 武士達は、こうした町人の御馳走や贅沢
(ぜいたく)を余所目(よそめ)に視(み)ながら、江戸・日本橋から鎌倉までを、一日で行き来すると言う、体躯を鍛える強歩の修行が武士階級で広まっていた。多くの江戸屋敷詰めの武士が、これを実行し、そして、多くがこれを達成したとある。
 また、よく生きて、よく死ぬ為には、日々の食生活が質素である事と、
粗食・少食が第一の健康法であると心得ていた。
●病気の原因は血の汚れ
 病気の根源は「血の汚れ」である。
 「腸造血説」に由来し、血が汚れるから、炎症や腫瘍を発生させるのである。人体の基本構造は、
食→血→という流れになっており、食物が消化される事によって、腸壁内の腸絨毛で赤血球母細胞に造り変えられ、その赤血球母細胞内から放出されて血管内に送り込まれた赤血球が全身を巡り、総ての体細胞へと変化発展していくのである。

 こうした
食→血→というメカニズムが理解できれば、まず「血液の浄化」に心がけねばならない。こうした流れの中で、動物を屠殺して、動蛋白食品を摂る必要な全く無いのです。動蛋白をやめて、玄米穀物菜食にして食を正して「浄血」をすれば、病気は治るものなのである。

 
動蛋白摂取過剰による現代の奇病や難病の病気の治療法は、動物実験では発見されないのである。種々の抗生物質が動物実験によって発見されたとしているが、その多くは激しい副作用をともなう、「薬害」に指定されるもので、こうした動物実験の結果から導き出された薬では、正しい治療法が発見される事はない。(本文より)



●食の誤りは前頭葉未発達に及ぶ

 人間は、霊長類としての進化の過程の中で、前頭葉の働きを時代と共にトレーニングし、意志の力を用いて、「知性」の範疇(はんちゅう)を強化して来た。その強化の過程の産物として、「哲学」なるものを構築し、愛智の形体を採って、賢哲を希求する論理を発展させた。そしてその働きにおいて、大きな貢献をしたのが、前頭葉と言う脳の器官だった。

 人間が生まれて、死ぬまでの期間を前頭葉発達の為に捧げ、これこそが人生そのものであった。こうした観点に立って、人類の進化を考えると、前頭葉の発達度によって、人間は各々にランクが設けられ、これが知性の度数を顕わして来た。また、前頭葉と病気との関連性も、知性の熟成度に示されるものだった。

 例えば、高血圧や動脈硬化等に罹
(かか)り、怒りっぽい人の病気の特長は、爬虫(はちゅう)類脳のR領域の仕業(しわざ)によるもので、また、胃潰瘍や膵臓炎等の消化器官の疾患は、哺乳類脳の辺縁系の仕業によるものだった。つまり、ナトロン塩過剰の状態にあるからだ。

現代は目に誑かされて、美食や珍味に踊る時代である。

 更には現代病と云われる、心身相関病が因縁とするストレス過重や自律神経失調症、ノイローゼや鬱病(うつびょう)などは、幼児期のおける家庭内での躾・教育・学習に問題があり、この期間に甘やかされて、正しく親から教育を受けなかったことが、元凶に至る原因だった。幼児期の未発達は、そのまま前頭葉に反映され、前頭葉の発達が阻害された為に、辺縁系やR領域を充分に制御する能力が得られなかったと云うことになる。

 こうした前頭葉未発達を、
「夫婦アルカリ論」から考えると、カリ塩が少なく、ナトロン塩が多いような食事を母親から出され、「肉と野菜をバランスよく」とか、「肉を食べないと栄養失調になってしまう」という現代栄養学の論理に翻弄(ほんろう)された、家庭で育った子供が、大人になった時、前頭葉未発達から起る病気は、非常に恐ろしいものがあるようだ。

 海側に近い平野部での空気は、その食べる物に共鳴して、ナトロン塩が多くなりカリ塩が少なくなると言う、必然性を食生活の食事の中で作り出してしまう。これにより、心身発育並びに前頭葉の成熟度が阻害され、代謝機能の不充分状態が起るのである。

 日本では太古の昔から、桓武天皇の「禁肉令」で鳥獣の肉を食べる危険性を指摘して来た。また孔子も、肉食を戒める言葉を発し、「肉
(じし)喰った報い」を説いて来た。そしてこの警語は、大方江戸時代末期まで守られていた。
 ところが文明開化の名目で、文化的にも食生活が欧米化に傾き、一般的に鳥獣の肉が多く食べられるようになると、日本の食体系の基本であった夫婦アルカリは一挙に崩壊する。

 本来ならば、夫婦アルカリからバランスの良い、カリ塩の多い穀菜食にするべきはずの物が、地形や風土や気候等の違いを顧みず、ヨーロッパ大陸と同じような食生活を模倣した為、「古きを去り、新しきに就
(つ)く」この精神は、奇(く)しくも日本人を病魔の世界へと追いやった。

 明治初期から中期に掛けて、欧米人と日本人の尿に含まれる食塩の量の比較がある。これによれば「欧米人は毎日平均10〜13グラムの食塩を尿の中に排泄するが、日本人はこれが15〜18グラムと多く排泄する。日本人は欧米人よりも体重が著しく軽いにも関わらず、かえって多量の食塩を消費しているのである」と、当時の事を報告している。

 「夫婦アルカリ論」では、カリ塩とナトロン塩の因果関係を説き、カリ塩には給水作用があり、ナトロン塩には脱水作用があるとしている。
 カリ塩はもともと給水作用を営み、ナトロン塩は脱水作用を行う性質があり、固形の食品があって、これにカリ塩が多ければ、それを煮て食べても、軟化して増大し、消化し易く、吸収作用は遅い。

 一方、ナトロン塩の多い鳥獣や魚肉等の食べ物は、それを煮たり焼いたりしても、粘って固まり、食物自体は縮小して硬化し、消化し難く、吸収作用が速い。これを比較すると、次のようになる。






 カリ塩の多い豆類を水で煮れば、吸水して増大し、更に煮れば、軟化して崩れ、最後は流動性の物になってしまう。野菜や果物等は、カリ塩を多く含んでいる為、植物性食品は総て、この性質を持っている。
 これ等の食品を調理するには、塩気と油気を加え、更に美味しく食べるには、少量の動物性の食品を加える。例えば、ブリと大根を加えて、「ブリ大根」にするとか、鶏肉と人参
(にんじん)・牛蒡(ごぼう)・蓮根(れんこん)・蒟蒻(こんにゃく)・椎茸(しいたけ)・竹の子を加えて「筑前煮」にするとか、豚肉・鶏肉などに大根・牛蒡・人参・薩摩薯(さつまいも)などを混ぜ、味噌(みそ)仕立てにして薩摩汁にするとかである。
 但し、ナトロン塩の多い虚性肥満
(水肥り体質)の体質の人に、カリ塩を多く含んだ食物を与えると、寒性の痩せた人になる。これは身体の新陳代謝で吸収が良くなった為である。

鶏肉を食べてもカリ塩の作用を及ぼす「筑前煮」や「ブリ大根」







 ナトロン塩の多い肉類を水で煮れば、脱水して凝結する。更に煮込めば、凝固し、縮小して硬化する。最後が、脆い状態になり、ボロボロになる。
 昔の人は、鳥獣の肉類の事を脆味
(ぜいみ)とか、脆甘(ぜいかん)と呼んだ。これは魚・鳥・獣肉・卵などのような、ナトロン塩を多く含んだ食品は、総て縮小し硬化する性質を持っていたので、肉を食べる場合は、必ず肉の量よりも野菜を多くして、塩加減を良くして食べなければならことを知っていたのである。また、カリ塩の多い食品に、ナトロン塩の多い野菜類を混入して、煮て食しても同様の結果となる。
 但し、カリ塩の多い、痩せた体質の人が、ナトロン塩の多い鳥獣の肉や、大型魚の魚肉を食べて、雑食すると肥満して来る。これは新陳代謝の吸収が不良になる為である。また、穴子の天麩羅を塩で食べるとか、鶏肉の唐揚げを塩で食べるとか、焼き鳥の塩味などの食品を食べても、新陳代謝の吸収は不良になる為、肥満体質となる。


野菜と摂っても、ナトロン塩過多の作用が働く「トンカツ」や「すき焼き」

(以上本文より)   



●カロリー神話に騙されるな

 肥満を解消するのに、様々な「痩せる方法」がある。その中でも、現代栄養学が作り上げた「カロリー神話」なるものがある。この「カロリー神話」は、摂取したカロリーよりも、消費したカロリーが上回れば、痩せられると言う単純な論理に基づき、これを食生活の中で実践するというものだった。

 例えば、低カロリー食品を腹一体食べても、エネルギーを消費する運動量が勝っていれば、痩せられると言うものだった。そして、カロリーの低い食品であれば、「痩せられる」という錯覚を誰もが抱いたのだった。
 こうして無理なダイエットブームが起り、肥満解消に低カロリー食品が選ばれたが、その実は、逆効果で、肥満を解消して健康になるどころか、益々肥満となり、健康を害する結果が顕われた。

 果たして、カロリー神話に持て囃されて、肥満を解消する為に、多くの男女がカロリー摂取痩身法に励んだが、一体どれだけの人が痩せられたのであろうか。また、痩せられたとして、その人は今でも健康で、元気に働いていて、美食や珍味に趨るリバウンドには襲われていないのだろうか。
 また、肥満とカロリーの因果関係は、果たして存在するのだろうか。

 肥満の原因は、高カロリー摂取にあるのではない。肥満の原因は、まず食べ物であり、次に運動、休息、生活習慣、体質などの複合的な要因が絡むことによって起るものである。単に、「カロリー1つ」だけを挙げて、これが元凶になっていると断言できないのである。むしろ肥満と因果関係を持つのは、腸内に残留する動蛋白等の消化されない腐敗物であり、これが
「宿便化」されることによって起るのである。(本文より)


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菜根譚

教訓の人生哲学
 窮地(きゅうち)に立たされたとき、繰り返し読まれる書物として、洪自誠こうじせい/)明末の儒学者で洪応明といい、字は自誠)『菜根譚』を、現代の見地から見詰めて新たな解釈をする。
 人生の教訓を詳細に上げ、行き詰まった時に読む書として、
人生の困窮時に紐解く内容を上げてみた。
 人は、人生の中で何度か困難に直面することがある。そんな窮地に立たされると、一度はこの書物を開き、この中から新たな打開策を見い出そうとする。そんな書物が、
『菜根譚』なのである。
 明末の儒者洪自誠こと応明が著した儒教の思想を本系を、このページでは現代流に解説し、前集には仕官や保身の道を説き、後集には致仕後における山林閑居の楽しみを説いている。

 
《菜根譚・教訓の人生哲学》では、その著者が、もっとも言いたかった洪自誠の言葉を借りて、人生の教訓を上げ、この書は窮地に立たされた時に読む書だったのである。
 この書は、儒教の思想を本系とし、老荘や禅学の説を交えた処世の為の哲学書であり、前集には仕官・保身の道を説き、後集には致仕後における山林閑居の楽しみを説く。

 さて、現代という時代は、何事も実績であり、実績がなければ評価されない。これは仕事と云う、働きにおいてもそうであろう。
 人は毎日働いている。休日にも、何か仕事のプランや手順を考えている。では、働きに、こだわるのか。また、何故こうまでにして働かなければならないのか。
 この問いに対して、即座に回答できる人は少ないであろう。

 人は働かなければならぬ。人は働くことを、一時
(いっとき)も休めていない。責任のある立場になればなるほど、こうした考えは濃厚になる。では、こうまでして何故働くのか。
 そこには、資本主義デモクラシーの「働くことが尊い」という、理屈が罷
(まか)り通っているのではないか。
 そして、働いて幾ら儲かったか。幾ら、その足跡を残せたかと言う事が最優先されている。

 しかし、よく考えてみると、儲かる事や足跡を残したことと、「働く」ということは同義ではない。これは、あくまで二次的なことである。
 世の中は商業主義に走り、営利主義に趨
(はし)っている。紛れもなく、資本主義のそれだ。したがって、総(すべ)ては金銭に換金され、人の能力も商品として扱われる。則(すなわ)ち、勤労も商品となる。
 また、自分は自分で、自分の労務を、金銭で推し量る。しかし、果たしてこれで、勤労の本質や人生観的な意味は掴み取る事が出来るのであろうか。
 現代の生活の寂寥
(せきりょう)や、荒廃(こうはい)は、こうしたところにあるのではあるまいか。

 現代人が既に犯している過ちは、働いた後の足跡や、残した後の大小、形や朝敵なものばかりを問題にして、自分の労作が「幾らになったか」ばかりにこだわっているのではあるまいか。
 現代は「こだわる」時代である。何事も、こだわっていれば、充分な働きをしているように錯覚し、これが金銭に換算されたと勘違いしている。
 また、現代人が損得勘定に敏感な為、本当の働く目的を見失い、働いて幾らになったか、それが丸損であったか、それとも割りがよかったか、こんなことばかりを考えている。とまり、第二次的なことばかりに眼を奪われて、肝心な「働く目的」を見失っているのである。

 したがって、「働く目的」が見えない以上、幸福など、到底及ばないのである。もし、自分が不幸であると思ったら、目的が間違っているのではないかと云うことに振り返るべきであろう。
 幾ら得したか、幾ら儲かったか、割りがよかったか悪かったか、そんなことは本当の働く目的ではない。こうした錯覚に捕われるのは、価値観と行為が逆転しているからだ。

 『菜根譚』の著者・洪自誠は云う。
 「人は幸福を自分自身の中に持ちながら、それをしょっちゅう、外に求めている」と。

黄昏時(たそがれどき)の夕陽は何となく憂国を思わせる暗示がある。それは亡国と紙一重であるからだ。
 唐代末期の詩人の李商隠
(りしょういん)の詩に『楽遊原(らくゆうげん)』というのがある。
 これによれば、「晩
(くれ)に何(なんな)んとして意適(こころかな)わず、車を駆(け)って古原(こげん)に登る。夕陽(せきおう)限りなく好(よ)し、唯是(ただこれ)黄昏(こうこん)に近し」と詠(うた)っている。
 つまり、「夕方になると何となく心が落ち着かず、馬車を走らせて楽遊原に登ってみた。夕陽は限り無く美しいが、もう黄昏
(たそがれ)がそこまで迫って来ているではないか」という意味の詩である。
 この詩はまさに的中であった。この詩の中には世情の不安を詠い、亡国を思わせる暗示があったのである。唐は、李商隠が詠ったこの詩から、僅
(わず)か五十年で滅亡している。

 さて、歴史を振り返れば、「世直し」の度に、あるいは革命の度に不思議な方術である“三元式遁甲”が浮上して来る。唐帝国が滅亡する時も、三元式遁甲が遣われ、この戦法の猛威に、太平の世になれきった政府軍は、軽挙妄動
(けいきょもうどう)に陥り、敵の放った工作員に煽(あお)られ、まんまとその罠(わな)に嵌(はま)った。敵の巧妙な撹乱策(かくらんさく)に逃げ惑い、これを裏で操る北方系の支配者の影が、既に喉許(のどもと)まで迫って来ていたのである。

 当時、世界最大の帝国であった唐は、李淵
りえん/唐の初代皇帝で高祖と称す。唐王となも、翌年、煬帝がその臣に殺されるに及んで帝位につき、長安に都して国を唐と号した。在位618〜626。565〜635)が隋の第三世・恭帝の禅譲を受けて建てた統一王朝であった。政治や文化が一大発展を遂げ、当時、世界最高の文明国だった。しかし、第二十世・哀帝の時に、唐に降った節度使・朱全忠(しゅぜんちゅう)に滅ぼされた。
 栄枯盛衰は世の習いと言うが、この歴史を振り返った時、今日の日本も、どこかそれに似ては居ないだろうか。
●今、この一瞬を戦力疾走
瑞穂の国・日本。そこには大自然を観て、霊性を養った人間の姿があった。

 人肯当下休、便当下了。若要尋個歇処、則婚嫁雖完、事亦不少。僧道雖好、心亦不了。前人云、如今休去便休去。若覓了時無了時。見之卓矣。(後集十五)

【書下し文】
 
(ひと)(あえ)て当下(とうか)に休せば、便(すな)わち当下に了(りょう)せん。若(も)し個の歇(や)む処(ところ)を尋ぬるを要せば、則(すなわ)ち婚嫁(こんか)(まった)しと雖(いえど)も、事また少なからず。僧道(そうどう)(よ)しと雖も、心また了せず。前人云う、「如今(ただいま)、休し去らばすなわち休し去れ。もし了時(りょうじ)を覓(もと)むれば、了時なからん」と。これを見ること卓(すぐれる)なり。

【大意】
 
今直ぐ雑念を追い払えば、今直ぐに悟りは開ける。(思う悩むことを即座にやめれば即座にけりがつく)頑固さを金繰(かなぐり)捨てて、本当の自分をありの儘(まま)に見据えれば、本当の自分はその儘(まま)(よみがえ)ってくる。何事にもとらわれず、拘(こだ)わらないことが一番である。
 親として嫁取り、嫁入りを済ましてみても、世俗の俗事は一向に減ることはないし、喩
(たと)え出家(しゅっけ)して仏門にそれを求め、心の迷いを断ち切ろうとしても、それは叶(かな)わないことであろう。
 「雑念を捨てようとするのなら、今直ぐに捨てるべきである。幾多の時機
(とき)を待って、その機会を窺(うかが)ったところで、自然と雑念が消え失せるなどということはありえないのである」と、古人は言っているのだ。これはまことに的(まと)を得た見解である。

【教訓】
 
現世における人間にとって、「明日」という未来は無い。現象人間界の実体は「今」である。
 「今、この一瞬にしか」真理はないのだ。嫌なこと、面倒なことを後回しにして、「明日こそは」等と先送りしている者がいるが、これは明日というありもしない不確実な実体の中で、「明日こそは」という、幻覚を期待しているに過ぎず、これはまさに怠け者の泣き言である。

 世の中の俗世の語に「遣
(や)れば出来る」という言葉が罷(まか)り通っている。これを裏側から見れば、「遣っても出来ない」ということになる。どんな人にでも「遣れば出来る」と安易にこの俗語を使うが、果たし今日出来なかった怠け者が明日になったら、ちゃんと出来るようになっているだろうか。これは疑わしい限りである。安堵に構えるからだ。したがって、後回しにし、「今」を蔑(ないがし)ろにしてしまうからである。

 したがって、正しくは、「今遣ろう、そうすれば出来る可能性が残っているかも知れない」のである。つまり「遣ろう、出来る」である。「遣ればできる」ではないのだ。
 平穏無事に時を過す境遇
(安全地帯)の中に居れば、あるいは楽隠居(らくいんきょ)のような三度三度の温食にありついていては、その機会は永久に訪れないであろう。
 何事も先送りして、今、この一瞬を全力疾走できない者に、決して明日などありえないのである。
(本文より)

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