運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 1
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 2
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 3
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 4
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 5
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 6
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 7
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 8
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 9
おむすび神饌
ガン克服と自然食療法 1
薬になる植物図鑑
水野南北 1
水野南北 2
水野南北 3
武門の食事作法
人間に許された食物
home > 霊的食養 > 石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 2
石塚左玄と日本の食体系『夫婦アルカリ論』 2


●食を知る

 現代栄養学の根底に掲げるものは、無機成分の軽視と、人間に必要な栄養成分は有機性の蛋白質・脂肪・澱粉の三種に重点をおいている事である。
 特に、滋養第一と考えるこの学説は、蛋白質は専ら動物性の肉類から摂らなければならないとしている事である。食肉第一主義で、それに附随する牛乳やチーズなどの乳製品を大いに奨励している。その一方で、「肉と野菜をバランスよく」という第二の食指針を示し、肉と野菜の両方をひたすら摂取することが、病気にも罹
(かか)らず、健康で、末永く長寿が保てるとしているのである。

和食ブームによって和食が持て囃されているが、今日の和食は完全な精進料理でなく、和食を模した欧米流の肉食料理であることを忘れてはならない。その証拠に、精進料理に魚肉はない。精進料理の基本は、穀類と野菜類だけで造られた料理を精進料理と言うのである。肉食を絶つなどして身をきよめることが精進の基本であるから、魚肉などの魚介類すら登場しないのである。

 また食物の消化・吸収について論じているが、食物が消化し、吸収される為には有機性の蛋白質・脂肪・澱粉だけではなく、無機性の塩類(食べ物を焼いて残った硬化成分)が必要である。
 現代栄養学者たちは蛋白質・脂肪・澱粉などの有機性の栄養分の分量は多く、無機塩類は少なく考え、その中でもカリ塩とナトロン塩との関係は、更に小さく評価しがちである。無機成分が有機成分に対して働く作用は、過小評価しているのである。塩類の性質と効力に対しての化学的な研究が軽視されているのである。
 また、石塚左玄が食養道について説いて来た無機成分が有機成分に対して、どれほどあれば食養上、バランスが良いか、殆
(ほとん)ど知らないままである。

 現代栄養学の掲げるテーマは、蛋白質・脂肪・澱粉の三者の比率がどれくらいであればよいかが問題なのであり、その中でも蛋白質の割合をどれくらい多くするかであり、特に動蛋白摂取こそ、健康と長寿に繋
(つな)がるとしていることである。
 しかし、この予想は見事に裏切られている。これは現代に蔓延
(はびこ)る難病・奇病の現代病の、完治の難しさを見れば一目瞭然であろう。

 この世に蔓延る災い、病気、などの難事や不幸現象は、全て食べ物に由来しているといえる。
 つまり食べ物が悪くなったと考えられるのである。昨今は外国から多くの食べ物が輸入されるようになった。その多くは日本人の周波数
(波長、または霊的波調)に合わない低次元なものばかりが入ってきている。農作物の多くは農薬や食品添加物がたっぷりと使われ、また牛肉を始めとする豚肉や鶏肉は肉質を柔らかくするために大量の女性ホルモンや抗生物質がふんだんに使われている。

 これらの輸入食品の多くは農林水産省や厚生省で規制されている農薬残留許容値とは全く異なり、毒性の強いマラソン剤、キャプタン、青酸、IPC、ベノミルなどが用いられ、その使用許容量は日本の十倍から二十倍といわれている。また外国産の家畜飼育や魚の養殖には多くの抗生物質が使用され、更に加工過程で使用される食品添加物は三百種以上のものが使用されているという。特に危険といわれているのは中国産の食用肉で、発癌性の高いDDTが使われているという。

 飽食の時代にありながら、身辺をよく見回すと、農薬や食品添加物が大量投与されていたり、食肉類
(ハムやソーセージ等の加工食品も含む)や卵類、牛乳や乳製品(チーズやバターなど)のような血を汚すものばかりが入ってきており、これらは霊性を低下させるものばかりである。そしてまともの食分は何一つ無いという悲惨な状況になっている。

 太古の日本人よりはじまった産土
(うぶすな)思想であった「身土不二」の法則は、今や大きく崩れ去り、その土地で作られた作物を食べることが出来なくなったというばかりではなく、農薬などの汚染で健康な土地は悉(ことごと)く死んでしまい、健康な農作物が生産できなくなってしまったという現実に直面している。

泥田のある風景
刈り入れの風景

 年々国内で賄(まかな)える穀物の自給率は低下し、1960年代には80%であった筈の自給率が、1980年代には30%に下がり、1990年代に入ると29%以下に落ち込むという由々しき状態になり、多くは外国に依存していかなければならないという現状に至ってしまった。

 EU農業では共通農業政策が発足して以来、年々傘下国は自国の自給率を高め年率約3.3%以上を伸ばしてきた。そして大方の国が100%以上を確保し、現時点では穀物生産自給率を完全にクリアーしているという現状に至っている。

 しかし日本は米についての自給率は百パーセントを達成しているが、小麦は12パーセント、豆類七パーセント、味噌・醤油・豆腐・納豆の原料である大豆に至っては僅か4パーセントという悲惨な有様である。
 食生活の欧米化と誤った栄養学の流布は日本人に大量の動物性蛋白質を摂取するような現実をつくり、それらを食した結果、血液は濁り、血の濁りから種々の現代の奇病が生まれてきたのである。

 つまり肉類や大型高級魚などは、著しく体液を酸性化させ、血が濁るという現実を知らなければならない。血が濁るということは血が穢れる
(汚れる)ということである。
 昨今の食生活の後始末を考えたことがあるだろうか。食べたもののを入れた、容器としてつかった器の後始末はどうだろうか。昔のように、水だけで洗い流せるだろうか。油汚れを強力に落とす洗剤が必要なのではあるまいか。

 食器は洗剤で洗い流すことが出来るが、一旦胃袋に収まった動物性脂肪の油汚れは、いったい人体の何処の機能をもって洗い流すというのだろうか。
 人体が健康体を維持していく食生活においての栄養補給源は、蛋白質、澱粉、ビタミン、ミネラル、鉄分、アミノ酸、脂肪などであり、これらは植物性、あるいは動物性食品の中にも含まれている。特に動物性食品の中には蛋白質や脂肪分が大量に含まれているといわれている。これが植物性食品に比較した場合の「高蛋白・高脂肪」と謂われる所以である。

 しかしながら、肉類の中から人体に吸収されるのが蛋白質だけであるならよいのであるが、それと一緒に腐敗菌の根源になる、硫化水素、アンモニア、第二級アミンなどの有害物質も同時に吸収されてしまうのである。これが血液を汚染し、血管にこびりつき脆
(もろ)くさせて、高血圧や動脈硬貨、脳梗塞や糖尿病、蜘蛛膜下出血などの成人病を生みだす原因なのである。ここに西欧風の食生活にに溺れる日本人の実体がある。

 フィーリングやファッションで食生活を西欧にいつまでも模倣していると、最早霊的な高次元波長は失われ、低次元の波長に併せて生活していくしかなく、悪しき低級霊たちと交流が起り、障害、事故、不和、争い、淫奔
(いんぽん)などの様々な不幸現象がわが身に跳ね返ってくるのである。

 では、
「食を知る」とは、一体どういうことか。
 例えば、魚の塩辛い干物と、古い沢庵漬けと糠漬
(ぬかづけ)の物とは、米や麦の主食を少なく、魚や野菜の副食を多く食べる雑食指向の人は、その人がよく運動をしても、消化不良になって吸収し難いという事である。

 ところが、同じ物を食したとして、米や麦の主食を多くして魚や野菜を副食にした場合、その人があまり運動をしなくても、消化が早くよく吸収することである。

 また石塚左玄は、田舎と都会の若者を比較して、田舎から都会に出て来て都会の食餌
(しょくじ)に慣らされ、次第に甘好きになった学生は、消化不良を起して余り吸収はされないが、ずっと田舎に住んで居る青年は塩辛いものが好きであるから、同じ物を食べても、消化し易く、よく吸収するといっている。

 更に、数の子やゴマメ
(「古女」とも書き、小形のカタクチイワシの乾製品。正月などの祝賀用とする。田作たつくり)や御節おせち/正月や節句のごちそうに用いる煮しめ料理。ゆでかちぐり・昆布まき・てりごまめ・ごぼう・蓮根・芋・人参・くわいなどを甘く煮たもの)などの料理は、雑煮餅、ぼた餅、団子(だんご)のような食品を食べる人は、よく消化されるが、餅類を好まない人は不消化で吸収され難い。

 料理における食材の取り合わせによって、どうすれば軟らかく、また強化吸収の良し悪しを推測すればいいかについて、石塚左玄は次ぎのような食材の組み合わせと、調理法を提案している。

 例えば、昆布を煮る時、小豆または大豆を入れると早く軟らかくなり、古沢庵を軟らかくするには、大豆またはエンドウ豆を入れて煮ると早く軟らかくなる。
 次に蛸
(たこ)を煮る時、里芋(さといも)あるいは栗または大根を一緒に入れて煮ると、いわゆる「芋蛸(いも‐たこ)」のような料理が出来上がる。

 また肉類を煮るのに、蒟蒻
(こんにゃく)、牛蒡(ごぼう)、大根、ねぎ、カブのような野菜を混ぜ合わせ、なお早く軟らかくしようと思えば、大豆を入れて薩摩汁さつま‐じる/豚肉・鶏肉などに大根・ゴボウ・ニンジン・サツマイモなどをまぜ、みそ仕立てにした汁物。元来は骨つき鶏肉のぶつ切りを用いた)のようにすると、その肉は非常に軟らかくなり、しかも風味がよく、非常に消化し易いものとなる。

 ところが、次ぎのような料理は、海側に近い平野部に住む都会人で、運動量の少ない美食家や熱性の病人
(熱病者を指し、漢方用語で、病気を熱病と寒病に分けて考える)は、消化し難いものとなる。

半熟卵に塩を振ったもの。
白米粥(はくまいがゆ)に塩と生卵を入れたもの。
醤油を入れた卵焼きに、大根おろしを付けないもの。
牛肉や魚肉の佃煮に、生姜(しょうが)や山査子(さんざし)を入れないで煮たもの。
牛鍋に味噌を入れずに、最初に肉を脂肪で炒めて牛汁をつくり、その後、豆腐、蒟蒻、ねぎなどの野菜類を入れて煮ると、肉は縮んで固くなり、肉体労働の少ない美食家は消化不良を起す。
普段でも、肉を多く、野菜を少なくした、塩気の薄い副食を多く食べ、主食の米が少ない人は消化不良を起す。

 孔子は、「その醤(しょう)を得ざれば食らわず」と云っている。これは雑食には塩気を加えないとよくないと言っているのである。孔子の云う「蘇」は「将」に通じ、武将の「将」と同じ意味である。
 つまり塩が食物の毒を制すると言う意味である。これは武将が暴悪を平らげると言う意味と同じに用いられている。

 酸化が早い日本と云う地理的な位置と、温帯気候で、温帯地方に見られる四季がはっきりと分れ、寒暖の差が緯度の高くなるにつれて甚だしくなる日本の気候は、ヨーロッパとは異なる。ヨーロッパでは、雨量が少なく、涼しく、寒い地域が多い。これ等の地域に棲む人は、塩気の少ない牛乳、果物、ジャムや白パンのような食品に嗜好(しこう)を凝(こ)らして常食しても差し支えないであろうが、日本人はこうした地域の人とは、異なっていると云うことを知らねばならない。



●ほどほどに、控えめに

 爽口之味、皆爛腸腐骨之薬。五分便無殃。快心之事、悉敗身喪徳之媒。五分便無悔。
(『菜根譚』前集百四より)
 爽口の味は、皆爛腸腐骨の薬なり。五分なればすなわち殃いなし。快心の事は、悉
(ことごと)く敗身喪徳の媒なり。五分なればすなわち悔いなし。

【大意】
 口当たりのよい珍味は、これを過ごせば全て胃腸を損ない、五体を傷つける毒薬となる。美味美食に溺れること無く、ほどほどで止めておけば何も害になることはない。心を楽しませる享楽遊戯事は、これに耽りすぎると全て身を誤る原因を作り、人格を損なうことになる。楽しさに溺れること無く、ほどほどで手を引けば、後悔をすることはないのである。

 昨今はグルメや珍味に舞い上がってしまった現実がある。舌先三寸、目先三尺の世界が幅を利かせている。
 飽食と享楽に明け暮れる現代にあって、一昔も二昔も前に比べれば、美食と思われるものが容易に食せるようになった。誰もが舌先三寸の見栄えの良い、贅沢な味を追い求めている。そして「食通」は、文化人の代名詞になっている。その表ばかりを見せて、その裏は決して見せることがない。

 また生産者や食品産業の代表者は、商魂巧みにも見てくれの悪いものは間引き、見てくれの良いものは発色剤を使って色鮮やかに見せ、保存のために保存剤を使って消費者の眼を欺
(あざむ)いている。そして忘れてはならないのが、全ての動植物食品に農薬が使われているということであり、この残留農薬は微量であるが長期に渡って使用すると、人体にとって非常に有害な物質である。こう考えてしまうと、食べられるものなど何一つ無いということになってしまう。

 確かに日本国民は、不況下にあっても比較的裕福であり、食べるに困らない十分な食糧備蓄があり、世界一の長寿国を自称している。しかし、実態は豊かさと引き替えに環境汚染を推進し、発ガン性燻蒸ガスに毒された外国産農作物や食肉、養殖の魚介類などを食べている。

 食環境は、地球汚染と同じく、悪化の一途にあり、生産社会の中で人間の躰はゴミ溜めの如き状態に追いやられ、誰もが、それに気付くと気付かないとに関わらず、沈黙し忍従しているという事が現状のようである。

 今日の日本のおいて、食べ過ぎて死んだ人は大勢いるが、食べないで死んだ人は、まだ一人も出ていない。人間は水だけで三ヵ月も生きられる
(勿論、行者であろうが、世界の断食記録には90日という記録がある)という。そして食生活を粗食少食にすることは健康と長寿につながるのである。

 三十歳を過ぎたら野菜の味を覚えなくてはならない。野菜の本当の旨さがわかり、その美味なる事を味合わなければならない。今日のように肉食と美食を追い求め、飽食に明け暮れるヤラセ的な流行にはどこか間違いを感じてならない。我欲は美食を食らう欲になり、いじましいまでの食欲が肥満体を作る。そして肉体に取り憑
(つ)く贅肉(ぜいにく)も、物質に取り憑(つ)く文明という贅肉(ぜいにく)も捨て切れずにいる。それは丁度、「しがらみ」を引き摺ったように……。



●粗衣粗食

 肉は勿論のこと、牛乳や乳製品ですらそれを食せば血が汚れ、魂は眠らされて光を放つことが出来ず、霊性は著しく低下するということは先程も述べた。
 当然の如く、食肉を食らえば動物の恨みや怒りや悲しみなどが悪想念となってわが身に降り懸
(か)かり、それらが眼に見えない悪しき低周波となって、わが身に襲い懸かってくるのである。

 こうした僅か1400Kcalの玄米粥でも、強靱な体躯を要請できる。玄米に味噌汁というシンプルな「一汁一菜」が食餌法の基本だ。質素を第一義とする。玄米六割に、小豆・大豆・粟・黍・稗・丸麦・押麦・ハト麦・赤米・黒米などの雑穀四割が混ざった玄米雑穀ご飯に黒胡麻がかかり、それと味噌汁が、一日二度(昼食と夕食)の食事の基本となる。
 玄米雑穀ご飯と云う、主食さえ正しければ、御数は味噌汁に沢庵、梅干に野菜の煮っころがしという簡単なメニューでも、決して栄養失調になる事はない。
 血液浄化や内臓機能健全化を図るならば、食肉や乳製品等の動蛋白摂取を一切やめ、御数は野菜を主体に、発酵食品と小魚や貝類といった物が適性であると言う結論が出る。

 事故や病気や災いはこのような動物殺生の悪因縁を引き起こしているのである。食肉においてこの世の中に安全なものは一つも存在しない。これを食することは、つまり血を濁すだけに留まらず、霊性すら低下させて、不幸現象を引き寄せる原因をつくるのである。

 食肉についてはっきり認識していただきたいことは、生産者が換金家畜を生産している関係上、そこで行われることは利益の追求であり、経済性やコスト性を考えた場合、どうしても安い外国産の飼料を使わなければならず、また肉を柔らかくするために女性ホルモン剤を注射したり、成長ホルモンや様々な抗生物質を投与して、見かけ上は健康な家畜を装っている。

 したがって、これらを食するということは人体にとって危険であるというばかりではなく、霊性を低下させて、魂を眠らせ、更に一切の宇宙意識から遠避けられてしまうということである。
 また食肉者と交流することも霊性や運気を低下させることになり、大の肉好きなどと称する人に接していると、自らが穀物菜食主義者であっても霊的な能力を低下させれしまい、魂は曇るばかりではなく、退化の一途に至るのである。
 食肉や卵類、牛乳や乳製品食養の愚は絶対に冒すべきではない。そして食の改善を行わない限り魂の進化は疎外
(そがい)されるという、このことをよく弁(わきま)え粗衣粗食に徹することである。



●食餌法

 食物の食べ方には「正しい食べ方」というものがあり、それに則った食べ方を実行するようにしたい。
 先ず食餌法の第一は身土不二の原則に則って、自分の住んでいる土地で収穫された穀類、野菜、海草類、小量の小魚類を食べることである。第二に咀嚼数を今までの二倍以上に増やし、特に玄米雑穀などはよく噛むということである。

 食事は、時間をかけてしっかり噛まなければならない。噛
(か)むことは脳の活性化につながるのである。コメカミ一体には海綿静脈洞があり、この部分の静脈血を心臓に送り返す働きを持っている。またその直下に、翼突筋静脈叢があり、同じ働きをしているが、これらの特長は噛む運動が加わらなければ、そこに停滞した血液は心臓に戻らないということである。

 コメカミ
(米を噛むことからついた語)のよく発達した人間を、諸葛亮孔明(しょかつ‐りょう‐こうめい)の師匠・司馬徽しば‐き/徳操、一般には水鏡先生で知られる)は、「頭脳明晰な者」と折り紙を付けたが、噛むことがコメカミの噛む筋肉を発達させ、脳の血液循環を良好にしていることから考えれば頷(うなず)ける話である。

 最近は食べ物が以前に比べて柔らかくなり、噛むことの重要な意味を忘れてしまっている人が多くなった。軟らかい食物ばかりを偏食的
(上質の肉とか高給和食に出てくる魚介類)に好んで食べるため、歯茎は弛んで歯槽膿漏のような状態になっていて、噛み砕く力が以前に比べれば弱くなっているという。これらの点は現代人の多いに反省する点である。

 第三に自分の肉体あるいは精神が、大地と繋がり、宇宙と繋がったはっきりとしたイメージを鮮明にさせて、ゆったりとした大らかな気持ちを作り上げ、食べるときは大地への感謝の気持ちと、喜びの気持ちを忘れないようにして食べる。

 率直にいって魂を進化させそれを磨いていく方法としては「食」を如何に正しく食べるか、あついはどれだけ五穀などの正しい食品を食べるか懸
(か)かっており、これを誤れば、いくらイメージ力を高めて心象化現象を利用したところで、それは正しく作動する筈(はず)がなく、悪い低次元のものだけを牽きつける結果になり兼ねないのだ。

 そして言霊を真に活動させるためには、一切の動物性脂肪の摂取をためて、血液を濁さない食事、つまり完全穀類菜食主義を徹底しなければならない。自らの宇宙より与えられた大切な肉体細胞を妄
(みだ)りに獣化してはならないのだ。

 そして粗食、少食は、強運をもたらす秘訣なのである。
 肉を食らい、酒を溺れるように呷
(あお)り、快感だけを追求めて肉欲に耽ったところで、所詮(しょせん)行き着く先は心と魂を陥れる地獄でしかない。血を濁し霊的な撹乱に振り回されてどうして悩みの淵(ふち)からは出だすことが出来ようか。



●咀嚼と人相

 人相を見ても、「コメカミ」が発達をしている人を見るのは、最近では稀
(まれ)である。
 咀嚼
(そしゃく)回数を見ても、噛(か)み砕いて呑み込むまでの回数は、標準体の人で約九回、肥満体の人で約七回となっており、昔に比べると食べ物が柔らかくなっていることが窺える。

 更に現代人の噛み砕く顎の力は、年々減退しているものと考えられる。噛み砕く標準の圧力は二十七キログラムとなっているが、最近はこれを下回っているものと思われる。この減退は、全身に及ぼす影響は大きく、頭痛、偏頭通、高血圧、鼻血、鼻炎、花粉症、アトピー性皮膚炎、肩こり、歯痛、歯槽膿漏、肘や肩の関節痛、腰痛便秘、痔など咀嚼に関係する病気は激増している。

 噛む回数が少なく、丸呑みのような状態で食物を飲み込むと、肥満症になるばかりではなく、脳の働きが低下するということが最近の医学白書などに記されるようになった。噛むことを忘れた現代人は、思考的には退化しているといってよいだろう。

 次の結果は古代から現代に至るまでの食事時間と噛む回数を比較したものである。
 これを時代別に分類し、当時食べていた物 と、その食事時間、噛む回数などを、1986年10月13日の毎日新聞の掲載記事を参考に、食養道的に各々の時代を分析してみた。

 まず弥生時代である。この時代の主な食べ物は、鮎
(あゆ)の塩焼き、胡桃(くるみ)、長芋(ながいも)、蛤(はまぐり)、玄米、もち玄米のおこわ、蛤(はまぐり)の塩汁、ノビル、カワハギの干物などで食事に要する時間は51分である。咀嚼回数は3990回である。

 それが平安時代になると、食事時間も咀嚼回数も半分以下になってしまう。主な食べ物としては、鰤とあわびの煮物、大根、人参
(にんじん)、カブ汁、赤米、粟(あわ)、稗(ひえ)、 大根のもりみ漬け、ご飯などであり、食事時間は31分、 咀嚼い回数は1336回である。この時代の食事時間や咀嚼回数が激減したのは、平穏な日々がしばらく続き、柔らかい食べ物に人々の関心が移ったためであろう。戦時は食べ物が固く、平時は食べ物が柔らかくなるというのが歴史法則のようだ。

 鎌倉時代になると、鰯
(いわし)の丸干し、梅干し、ワカメ、昆布、みそ汁、玄米、粟 、薯類(いもるい)と和布(わかめ)の味噌汁などで、意外と塩分が多いものが好まれている。食事時間は29分 であるが、咀嚼回数だけは2654回で、平安時代よりも二倍になっている。食事時間が短いのは戦乱の世になったためで、回数が二倍というのは、当時の人は少食であり粗食に耐えていたことが窺(うかが)われる。これは戦時の鉄則である。

 室町時代から徳川時代初期にかけては、鰯の丸干し、梅干し、里芋
(さといも)、ワカメ、昆布、玄米、牛蒡、里芋、蛤の塩蒸し、鯛の塩焼き、白身魚の吸い物、大豆、小豆、麦、カブと瓜(うり)の漬物などで 、食事時間は22分、咀嚼回数は1465回である。これも戦時の鉄則であり、やはり戦国期の世の中が落ち着いていない様が窺える。

 徳川中期から幕末にかけては、蒲鉾
(かまぼこ)、鯛(たい)の刺身、豆腐、瓜、はまち、麦、白米、 大根、人参、大豆、白米、豆腐の味噌汁、まぐろ、鰤(ぶり)、鰈(かれい)の煮魚、豆腐の味噌汁などで、食事時間は15分、咀嚼回数は1012回である。食べ物が益々柔らかくなり、食事時間が短くなった割に、食間の間食などが、食べ物の売り歩きや出店などの登場で、それらが習慣的になっていったと思われる。

 次に戦前
(明治・大正・昭和十年頃まで)を上げてみると、牛肉、豚肉、鶏肉、卵類、乳製品、猪肉、白米、麦、玄米、鰯(いわし)、鯖(さば)、鮪(まぐろ)、鰒(あわび)、海老(えび)、蟹(かに)、馬肉、煮野菜、揚げ、蒟蒻(こんにゃく)、麦、大豆の味噌炒め、沢庵、人参と大根の煮物などで、食事時間は22分、咀嚼回数は1420回である。また非常食や携帯食としてカンパンなどが重宝されていた。

 戦後の高度成長気から現代に至っては、鯨肉、豚肉、牛肉、羊肉、馬肉、白米、精白米、青身魚 、 インスタントラーメン、 餃子、精白米、寿司、鰻
(うなぎ)の蒲焼き、野菜サラダ、グラタン、 調味料やアミノ酸や増粘多糖類混入のインスタント加工の丼物、コーンスープ、スナック菓子食品、 蟹、海老、ハムエッグ、ピザ、ハンバーグ、スパゲティー、ポテトサラダなどであり、特に昨今は一昔前に比べて、その食事形態の中心は依然として欧米式食生活であり、若者が作る料理に多くは、カレーライス、野菜サラダ、シーフードサラダ、ポテトサラダ、スパゲティー、ラーメン、ハンバーグ、アスパラのベーコン巻き、餃子(ぎょうざ)、シュウマイ、肉やウィンナー入り野菜炒め、酢豚(すぶた)、グラタン、シチュー、コーンスープ、オムレツ、ハムエッグなどの柔らかい食べ物が中心である。

悪魔の囁きに魅了される現代栄養学の食指向。

 ここで気づかされることは、カタカナのメニューや食品が多いこと、またその裏に流れる指向が欧米的な食生活に優越感を感じていることである。
 そして食べ物が特に柔らかくなったせいか、食事時間は僅かに11分、咀嚼回数は620回である。

 表面的な平和な時代が進むにつれ、咀嚼回数と食事時間が段々短くなり、噛むこともなく、脳も動かすことがなくなった人間の末路は、決して幸せなものではない筈だ。またこれらの食文化の裏工作に、マスコミや報道機関がブームを起こし、食が「両刃の剣」
(美食は舌先三寸と目先三尺を楽しませるが、片寄ったものだけを食べすぎると命を失う結果を招く)であることを教えないのも、大きな責任があり、国民を愚民化する工作の一つが食文化に現われている。

 昨今の無智と事なかれ主義に、何の批判もなく流されていると、何
(いず)れは将来を失うことになり、不可解な現代病に悩まされて泥濘(でいねい)の辛い人生航路を進まなければならなくなるのを忘れてはならない。



●現代栄養学のウソに騙される現代人

 日本人並びに東南アジアの国々での、昨今の肉食に対する、愚かしいまでの信仰は根強い。その根拠になっているものが、「肉はスタミナの元」というウソである。
 現代は、科学の発達した時代だと誰もが思っている。しかし、
科学の発達した時代?に、「肉はスタミナの元」と信じる現代人は多い。

 現代人の多くは、肉について次のような感想を持っている。
 「酸性食品である肉食は良くない。肉食はコレステロールを殖す原因を作る」などと、多くの人がこのように云う。然
(しか)し乍(なが)ら、肉の需要は全く減っていない。減るどころか、増加の一途にある。
 それは現代栄養学が論拠にしている、「肉はスタミナの元」というウソである。このウソを神話のように現代人は信じているのである。肉はスタミナの元と云う考え方が頭の中に染み付き、そして多く発議のように持論を立てる。
 「肉は多少マイナス面があるにしろ、スタミナをつけることが先決である」と。

 果たして、この持論は正しいだろうか。
 人間の人体と云うのは、完全に秩序立った働きをしている。それは完璧と言えるくらいの秩序である。したがってその秩序に矛盾はない。しかし、「肉はスタミナの元」と考えるのは全くの矛盾である。
 人間の躰
(からだ)と言うのものは一つの秩序によって作用し、その為に全く矛盾のない機能で運営されている。

 血液を酸毒化させておきながら、コレステロールを増大しておいて、動脈硬化を引き起こす一方で、躰にスタミナをつけるなどという、相矛盾した作用は人間に躰には起こらないのである。躰にスタミナのつく条件は、血液が弱アルカリ性
(生理的中性)で、動脈がしなやかに保たれている基本的な条件が揃い、この現象下において、初めてスタミナアップが図られるのである。つまり、血液がサラサラ状態にあって、初めて精力や持久力がつくのである。

 肉常食者が、スタミナ食と思って貪り食う肉も、躰の方は悲鳴を挙げているのである。
 肉常食者の症状としては、頭重がする、イライラする、集中力がない、怒りっぽい、顔色がどす黒い、脂
(あぶら)ぎっているなどのこうした自分でも確認できる自覚症状であり、こうした症状があってもなくても、肝臓病、腎臓病、心臓病、不妊症、神経症、ノイローゼ気味か、分裂症気味などは間違いなく肉食の弊害である。

 それに加えて、近年では、ガン発症の多くは、「肉食性のガン」である。
 では、肉食は何故このように弊害
(へいがい)を生むのか。それは肉が腸内で腐るからだ。人間はもともと穀菜食性の食性を持っている。その穀菜食を中心にして「正食」をしなければならない人間が、肉や乳製品を詰め込むと、これらの食品はスムーズに消化処理が出来ないからである。この点においては、牛乳や鶏卵、バターやチーズの動物性タンパク質も同様である。これらは腸内で腐り、腸から取り込まれて血液を汚すのである。

 腸内での腐敗の結果、アミン、アンモニア、硫化水素といった腐敗物質が、血液内に持ち込まれる。これは細胞組織に異常刺戟を与えて炎症を起こし、この炎症がガンに変質する。成人病やその他の慢性病が発生するメカニズムの中で、動蛋白が大きく関与しているのである。

 更に霊的に見れば、肉食は共食いになる。動蛋白を食べれば低級な邪霊を呼び寄せることになる。その結果、霊障絡
(れいしょうがら)みの病気が起こる。その最たるものが、ガン発症である。日本人は日本伝統の食体系を、欧米の食生活により破壊されたのである。肉食に普及が、老若男女を問わず「共食い現象」に陥れたのである。これにより、日本人の身霊(みたま)は著しく穢(けが)れたと言ってよいだろう。

 そして「現代」とは、日本史では太平洋戦争の敗戦以後、または保守合同の1955年以降のことを云うが、現代栄養学はこの時期に、アメリカの食糧政策により、押し付けられたものである。

 つまり、肉、魚、卵などの動蛋白食品ならびに、牛乳、チーズ、バターなどの乳製品、それに野菜や果物などの植物性食品、更には白米、パン類をバランスよく摂ることによって、真の健康が保つことができるという食指針を現代栄養学のテーマとして、日本人にGHQ
General Headquarters/敗戦国・日本を占領した連合国軍総司令部)が押し付けたものであった。このように日本政府に圧力と、旧厚生省指導の食指針を与えておいて、日本市場に参入しようとしたアメリカ食品産業の思惑が、今日の現代栄養学の司令塔になって居たことである。これにより、日本人の頭の中には、「肉と野菜をバランスよく」とか、「肉はスタミナの元」という愚かな神話が、まるで呪詛(じゅそ)に懸かったように出来上がってしまったのである。



これより先をご覧になりたい方は入会案内をご覧下さい。


入会案内はこちら

daitouryu.net会員の入会はこちら



<<戻る 次へ>>

  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法