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理趣経的密教房中術・プロローグ
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理趣経的密教房中術 1





金銅密教法具。
 金剛盤
(こんごうばん)、独鈷杵(どっこしょ)、五鈷杵(ごこしょ)、五鈷鈴(ごこれい)の五つを完好な一具とする。


●神秘行

 密教の思想には文字や言葉で顕せない神秘体験に基づく「神秘行」が説かれている。しかしこの「行」は唯神論的というより、実に唯物的な経験主義によって、行が説き明かされていることである。
 古代中国においては、かの国の神秘思想や神秘行に関しては特長的なものがあり、行者が自らの体験に基づいて術法や観念論で終わらせることなく、つまりである、突拍子もないことまでも、詳細に、実に詳細に、現実的に肉体臭く記していることである。これは驚嘆に値する。
 密教思想も、この驚嘆に帰すべきものであろう。
 密教的房中術を挙げれば、この中には煉丹術までを論
(あげつら)い、それは房中術にせよ、術と言うその実践論を示し、なおかつ行えるように示していることである。それも、濁すことなく、隠すことなく、難解でもなく、素人にも分るように詳細にである。
 この意味では「秘訣の書」と言えよう。

 一方、日本の武道書や武術書は、濁し、隠し、詳細にではなく、如何にも分り辛い、禅的なる解説法で、そもそも何が書いてあるか分らないと言うのが実情のようである。つまり、師匠を介さないと分らないようになっている。ところが、これを一新するのが、かの国の神秘行の書物である。詳細に、くどいほど繰り返し、しかしそれでいて、分るかとなると、これが難解である。宗家や師範という人を介さないでもいいが、しかし解説の克明さが余計に分り辛くしている。医書でも道書でも同じである。隠すべきところは隠しているのであろうが、記述内容が多過ぎるということは、逆に具体的であるようで、それが説明極まって、逆に理解し難い作りになっている。何と言う巧妙さだろう。

 おそらくこれらを著作した人は、実に智慧者だろう。
 その智慧者の「智」を明かさない限り、奥は見えて来ないことになる。
 更には詳細過ぎて分らない、「道具」や「丹薬」の製造法である。況
(ま)して、その「時間」や「場所」などもである。更に言及すれば、最も大事な「回数」である。
 特に人間は有限であるから、回数は絶対に誤ってはなるまい。これを無視して、無差別にやれば性命
(せいめい)を損ない、死を早め、性命エネルギーが早々に涸(か)れる。万物が天から授かったそれぞれの性質と運命は喪失する。

 さて、次に「動作」であり、またその形である「体位」である。身体の位置であり、これは男女で異なる。
 これを誤れば、殆
(あや)ういのである。これは「細則」に熟知しておかねばならない。くれぐれも“お義理”となるのは愚である。現代人は、この愚を犯している人が多いと言えよう。そして早々と「不性命」となり、緊張から性命を涸らす。精液は乾涸びる。
 その涸れるを避けて、最悪の愚だけは慎むように秘儀を語り、図解まで入れている。その図解こそ、日本では“四十八手”というものであるが、これは一部に色事師によって想像されたものがあり、実践すれば股関節などを外すなどして亜脱臼を起こし、愚行に通じるので安易に信用するべきでないであろう。
 単に、一口に「亜脱臼を起こす」というが、これが年を取ってからの大きな障害となる。特に股関節の亜脱臼は種々の傷害を起こす。

 「述べて作らず」という教えがある。
 意味は、あくまで古典を祖述のみということで、決してそれに新説を創造してはならないということで、昨今では新説の創造の有害が余りあるので注意したものである。また、「作られたもの」は神秘でも何でもなくなり、神秘から逸脱し、愚かな「ハウツー物」になっている。実用的な技術や方法などを簡便に解説した手引書が新説創造に至って滑稽な愚書になっているものがある。
 例えば、著者としての私は西洋のユング
Carl Gustav Jung/スイスの心理学者・精神医学者。1875〜1961)なるを人物を挙げたい。
 ユングはブロイラー
Eugen Bleule/スイスの精神医学者。精神分裂病(現在の統合失調症)という名称を提唱。(1857〜1939)に協力し、連想検査を作り、また、性格を外向型・内向型に分類した人物として知られる。また、はじめフロイトの考えに共鳴し、精神分析の指導者となったが、後にその学説を批判し、独自の分析心理学を創始した世界的権威である。

 さて、房中術に登場する「煉丹」である。
 古代中国における道士が辰砂
(しんしゃ)を練って不老不死の妙薬金丹を作ったことを指し、全体気を丹田(たんでん)に凝集する修練法である。周天法の全体周天法あるいは黄金周天法を言う。これを行うに当り、「丹薬」というものがあり、「煉(ね)る」ということから、簡単に言えば、諸種の薬を蜂蜜(はちみつ)・水飴(みずあめ)・舎利別(シャリベツ)などで練り固めた薬剤を指し、これを煉丹という。
 この「煉丹」についてユングは異常なる興味をもって研究したが、これを解説するにあたり、性エネルギーを解説するにも実に難解なものにしてしまっている。医学的に難しいものにし、本来は素人にも読んで直ぐ分るものを学術的に難しいもの説明した。そのまま受け取ればいいものを……と思う次第である。
 自学説に牽強付会
(けんきょう‐ふかい)しようとする、これだけの学者でも愚を働いているのである。自分の都合のいいように屁理屈をこじつけている。そしてこれが形而上化したり、観念化の心理用語までを使って複雑に然(しか)も意味不明にしてしまっている。果たして、セックスするのに此処まで難解なる論理を必要とするだろうか。

 性エネルギーは行法として内を練るものがある。導引や瞑想や煉丹である。肉体内部を訓練法によって強化し精強に作り替えるのである。それを作り替えれば外部からも確認出来る。勃起などがそれである。行を積んで陽気を内部に派生させ、これを全身に隈無く循環させる。これが大周天法である。神秘行の極意である。



●「現代」という人の世

 歴史から過去の現象を振り返れば、世界の人口が20億人になるには、農業革命以降から4000年もかかったのに、20億人になった、1930年から今日までの76年あまりで、65億人に達すると言うのであるから、この殖
(ふ)え方は、まさに「爆発的」と言う外ない。加速度的である。

 では、何故、爆発的な人口増加が見られたのか。
 この謎を探る鍵は、これまでの近代歴史学者が定説としていた、「人口は食える、豊かなところで増加し、食えない貧しい地域では、人口は増える事はない」とした理論の誤りにあったことだ。

 特にアジア、アフリカ地域の人口増加は著しく、63億7,760万人の世界人口のうち、アジア地域が38億人7050万人と、世界人口の半数以上が集中しており、アフリカ地域が8億6,900万人で続いている。2050年にはアジア地域が52億人、アフリカ地域が18億人と、両地域合わせて70億人になると推定されている。しかしこれに止まらないだろう。危険な状態に進んで行く筈である。

 そして、このように人口増加の多くをアジア、アフリカなどの開発途上国が占めていることによって、貧困の増加、食糧不足問題などが発生している。アジア地域では今後も経済成長が続くと推測されているが、一人当たりのGDP
(国内総生産)は依然低い状態であり、貧困問題は解決されずに残ると考えられている。その最たるものが南北問題ではなかったか。

 更に、以上に加えて、特に先進国では平均寿命が男女共伸びている事だ。
 平均寿命が世界一の日本では、男が78.4歳。女が85.3歳
【註】日本での平均寿命としている大半は、長寿村で云う健康な状態での長寿でなく、生命維持装置を借りたりしての薬漬け状態の長寿であることを忘れてはならない)であり、この後を追い駆けているのが、スイス、オーストラリア、スエーデン、カナダ、フランス、イタリアの順になっており、何れも先進国である。つまり先進国では、高齢者が植物状態を含めて長生きをし、若い世代が、一人で複数の高齢者を抱えると言う現象が起こっているのである。
 この儘
(まま)で行けば、男女の平均寿命は更に伸びる一方であろう。平均寿命が90歳になるのも、そんなに遠い未来ではなかろう。

 仮に、近い未来に平均寿命が90歳になったとして、交通事故や大異変などで死ぬ事がない限り、その殆どが90歳まで生きる事になるであろう。
 一般的に見て普通、男女は30歳前後で結婚するであろう。それによって子孫が生まれる。そうした一軒の家の中を覗いてみると、まず90歳の男女が一組、次に60歳の男女が一組、更には30歳の男女が一組となる。そして30歳で子供を生むと、赤ん坊も男女が一組と言う事になる。
 つまりこれが、90歳以下の男女の年齢の一組と言うわけだ。これで考えると、実際には60歳の男女が二組、30歳の男女が四組、赤ん坊が八組ということになる。

 60歳が、人間の人生の大半を占め、その後の三十年は、60歳以上の老人で大半が占められる事になる。そうなればどういう事が起るかと言うと、貨幣の価値は高騰
(こうとう)するであろう。そうなればデフレ地獄が再来し、超不景気が訪れる事になる。

 実際に60歳以上は、老後に備えて、若いときから猛烈に働き、預貯金を溜め込んでいる。
 利子や年金暮しで、余生を楽しむ生活を夢見ている。若い時に、うんと働いて、年を取ったら働かなくてもいいように、働いた分の余録で、生活しようと考えている。
 つまり現実の世界は、歳を取るだけ、預貯金を持っていると言うわけなのだ。

 これはどう言う事かというと、短い人生であれば、自分の財産を自分の後輩に与え、あるいは譲って、この世から姿を消して行く。しかし、長生きをすれば後輩に与える事なく、老人が自分自身で、その財産を食い潰して死んで行くことになる。問題はここにある。
 また、この現実が、直ぐそこに到来している事を予測している経済学者は少ない。

 歴史を遠望して、全体を見回してみると、歴史の中には、必ずと言っていい程、「例外」という現象が起こっている。そのもっとも明白な例外が、豊かな先進国の文明圏で人口が減り始め、貧しい後進国で人口が増加して居る事である。近代常識は、時間を経て、覆
(くつがえ)される現象が起こっているのである。

 太古よりの蛋白質の摂取は、陸の穀類などを中心にした食物に限られていたが、やがてそれを海にも需
(もと)め、更に動物に需めることになった。東南アジアでも、仏典に保護されている動物を食べ始めたのである。“四ツ足”の動物を食べることは、自らの「死を穢すこと」でもあった。

“四ツ足”動物を食べることは、「血を穢すこと」でもあった。四ツ足動物を食べれば、血液が汚染される。そしてそれは同時に『仏典』で禁じ、また『理趣経』でも禁じられている「禁忌」を犯し、「戒律」を破ることでもあった。
 そして禁忌を犯し、また、日時・方位・行為・言葉などについて、忌むべきものとして禁ずる行いをした者は、悉
(ことごと)く「報い」を受けるのである。
 また、戒律においても、性生活のタブーを犯せば、二根交会
(にこん‐こうえ)に至った男女は、悉く「報い」を受けるのである。

 「殺すな、保護せよ」という“四ツ足”を喰
(く)らい、禁忌を犯し、戒律を破れば、そこに視るものは阿鼻叫喚(あび‐きょうかん)の「生き地獄」である。その生き地獄を、自らが体験することが、つまり「報い」なのである。
 “四ツ足”を喰らい、交会に及んだ男女は、どうなるか。
 双方は、血を汚した結果として、肉の過剰な酸類は、性腺を異常刺激して、奇形的な性的興奮状態が起こる。これは肉自体に、早熟であり早老食である因子を含むからだ。
 また、排泄障害も避けられない。同時にこの状態は、血液が酸性化する為に、著しい機能障害を起こす。その元凶がガン発症に代表される成人病だ。成人病の急増は、“四ツ足”動物の屠殺量と比例する。

 こうした状態から、産まれた子供はどうなるのか。
 同じような、親と相似関係で生まれ、その顕著な症状は、アレルギー体質であり、また、歯並びの悪さとなって、その「報い」は明白となる。
 だから釈尊は、こう言ったのである、
 「動物は殺すな。殺して喰うな。むしろ彼等は、人間が大事にして保護する生き物だ」と説いた。
 そしてこれを破れば、人間はその「報い」を受けるのである。

 そして昨今の動蛋白を摂取する食文化は、人口増加に伴い、開花の一途を辿る。これを考えると、人間と食べ物、食べ物から作られる人間の欲望や思考は、結局、その人が何を食べているかということで判明するようである。



●二つの天地

 人間界には「二つの天地」がある。この天地は、それぞれ天上と地上を交えながら存在しながらも、実は各々に異なり、別々に運用されているのである。一つは天の神が支配し、もう一つは地の神が支配している。天の神に支配するところは精神領域で、地の神の支配は物質領域に着及ぶ。
 そして各々に上下の領域格差があり、陰陽の変わり目でそれを隔てている。

 現世という、人間現象界では、形のあるものはやがて消えていく。東洋医学的な思想も、此処に由来する。東洋医学の特徴は、「命の変幻」という思想がその背景にあり、姿形のあるものは、やがて変化して消えていくという思想的基盤がある。
 しかし、その一方で、この世の中の「性的エネルギーは限りなく膨張する」という思想を抱え込んでいる。今世こそ、拡大・膨張の数直線上の天の上にあるのである。この世の中は一切に性的エネルギーを抱え込んでいて、それが総てに満たされ、ますます膨張しているのである。

 この事は、人間という存在がなくならないことが雄弁に物語っている。人間の存在は繁殖にある。よって、繁殖期の第一次は、第二次で上回り、性的エネルギーは無限大に殖
(ふ)えていくのである。
 この東洋医学的な発想で、世の中というものを考えた場合、此処には至る所で、エクスタシーが溢れ、その顕れが、つまり、「私」が生まれ、「あなた」が生まれたことである。これは同じエクスタシーの中から生まれたことを顕している。そして、それぞれは、一見個々に動いているようであって、実は同じエクスタシーのエネルギーによって動かされているのである。

 現代人の多くは、この現実を殆ど見逃している。しかし、同根のエクスタシーから発祥したとするならば、私たちはこの点について、もっと大きな価値観を置き、この価値観を求めるように行動してもよいのではないか。

 どう贔屓目
(ひいきめ)に検(み)ても、同根の性的エネルギーが至る所で溢れ、時代が下るにしたがって、益々氾濫(はんらん)する状態になっている。

水晶蓮華坐台。「水晶は塵(ちり)を受けず」という俚諺(りげん)がある。これは、清廉・潔白な人が不義・不正を憎む喩(たと)えだ。そしてその象徴が「水晶」である。澄み渡るという意味を持つ。

 生命というものは、みな姿形を変えていく中で仙人だけが何ゆえ、姿形を変えずに、長生きが可能なのか。
 それは仙人の持つ「先天の気」ではなく、「後天の気」が関係していることが多いようだ。仙人は、伝説上の人間なのか、あるいは実際に存続を続けて居たのかは別として、ここには一種の気宇壮大
(きう‐そうだい)なロマンがあり、仙人は「後天の気」より、性的エネルギーを取り出して、それを生きる原動力としたという推測が成り立つ。

 一般に食物には、「精」が宿っており、それが生きている間、そこから生命を抽出して、躰の中に詰め込む方法を編み出したのが、「仙術」という、仙人ご自慢の術である。
 一般に考える仙人像は、「霞
(かずみ)を食べて生きている」といわれるが、一体これは、どういう意味なのか。

 人間の持って生まれた「先天の気」であるエネルギーを、多くの人間が、繁殖の為に使い果たして死んでいく。ところが仙人は、「先天の気」を先祖から貰ったエネルギーとして増殖させ、これを安易に使い果たすことはない。更に性命エネルギーを自己内で増殖させ、然
(しか)もそれを使わないのである。益々溜め込み、「精」へと変換していくのである。
 一方、仙人は山の高いところに登る。あるいは高いところに棲
(す)む。それはエネルギーを上に挙げていく為である。高山を好むのは、エネルギー保存に最も優れ、山に居ることで、仙人としての資格は保たれる。仙人は「山に居る人」である。だから「仙人」という。

 その一方で、「俗人」という種族の人が居る。俗人は、「谷に落ちる人」の意味である。つまり、先祖や親から貰った性的エネルギーを使って、射精や排泄によって使い果たし、身を落としていく人のことをいう。だから、「谷に落ちる人」のことを、「俗人」という。

 これは、仙人とは対照的である。この事が、俗人といわれる所以
(ゆえん)である。俗人は、高山のような空気の綺麗なところには居ない。下界の淀(よど)んだ空気の中に居る。経済優先で、利益追求に余念がない。金・物・色にほだされて、これに奔走する。夜の巷(ちまた)の嬌声(きょうせい)の中を徘徊(はいかい)する。
 だから、淀みの中で種々の病魔に襲われる。
 また一方、俗人は生殖器を通じて、因縁から起る子供を作るが、仙人は自己の体内の中に、「光の子供」を宿す。 この「光の子供」こそ、極めてよく練り上げられ、昇華されたエネルギーのことである。
 したがって、次世代に繋
(つな)げる生命の性的エネルギーに加えて、更に食物の中からも、同じような性的エネルギーを抽出するのに、優れた能力を持っている。それが仙人である。

 仙人は食物の中から、裡側
(うちがわ)に蓄える性的性命エネルギーを抽出するのである。この性的エネルギーは、四ツ足などの、人間と同じ性(さが)を同じとする共食いを避ける為に、動物の肉は摂らない。動物の肉は、血液を汚染し、短命する元凶であるからだ。
 また、従来の性的エネルギーを、更に精選して、「精的エネルギー」に変換させるのに、動物や乳製品などの動蛋白は不適当であるからだ。

 仙人は、食物から第二種の工程で、「精的エネルギー」を変換する方法を知っている。
 それは、一つは酸素であり、また、食物を酸素で分解するのである。
 こうして昇華された「精的エネルギー」が作られる。性命の秘密を知るからである。仙人が長寿であるのもその恩恵である。
 酸素により、食物をよりよく分解する為には、空気の汚い俗人界では、目的が達せられない。
 故に仙人は、山頂の空気の綺麗な高山に棲
(す)み、そこで植物が新鮮に繁茂(はんも)しているところでしか生きていけない。

 したがって、仙人は、性的な衝動が起ったとしても、これに安易に排泄はしない。更に仙人は、膨大で絶大な精的エネルギーを溜め込んでいるにもかかわらず、排泄という、射精の類
(たぐい)の愚行は行わず、更に欲情すらも外に漏らさず、内に溜め込むのである。
 こうして溜め込むことにより、陽気に替え、これまでの俗人とは違う「性的エネルギー」を溜め込み、その溜め込んだ後、遂にこのエネルギーを、1ランク上の「精的エネルギー」に変換させ、昇華させ、精なるエネルギーに満たされて、千年単位の長寿が全うできるという。これが仙人が霞
(かすみ)を食べ、何千年々も生きられる秘訣であるらしい。



●肉食文化の裏側で

 では、仏典には何ゆえ、「動物の肉は食べてはならない」としているのか。
 理由は明白である。血液が汚れるからだ。俗に言う、「血が泥腐る」のである。「泥腐る」の表現は、動蛋白の中に、動物を食べれば人間の血を汚す病因が含まれているからだ。
 血液の汚れは慢性病を招く。その慢性病の代表格が、
「ガン発症」であろう。

 往々にして、肉常習者は短命である。また、常に異常性欲に迫られる。肉ばかりを食べ、更には体質が酸性に傾く食事をしていると、性欲異常が起こる。それば肉の成分が、性腺を刺激し、早熟を招き、色情に狂う感情を露
(あらわ)にさせるからだ。
 また早熟は、完全なる成人の肉体が完成しないうちに性欲異常に走らせる為、未熟な肉体に欲情の先走りがあり、こうした相関関係が種々の凶事を招くのである。
 この際たるものが、男の童貞現象であり、包茎現象である。その上に早い時期から、異性や同性との性交に奔り、その凶事が表面化して来る。

 また童貞現象は、戦争で男が死ぬと言う政治状況が、現代は辛うじて食い止められていることから起こっている。戦争になれば男の数は激変するが、戦争と戦争の間に起こる「平和」と言う一時現象は、童貞男を増出する。女の数が少なくなり、男の数が増えるからだ。男一人に、一人の女が充てがわれない、女不足が起こるからである。これが平和という時代に起こる社会現象であり、この社会現象は歴史を見ても一目瞭然である。その為に、童貞男が増え、同時にその童貞の多くは包茎で、亀頭部にはたっぷりと恥垢を抱え込んでいる。包茎と童貞の因果関係は深い。

 包茎男と関わった女性はどうなるか。
 それは子宮ガンとしての病魔が姿を顕わす。

 また、肉体的未熟男はその殆どが包茎であるから、亀頭部に恥垢
(ちこう)が溜まり、包皮と亀頭の間に溜まるこの垢様の物質は、その多くが包茎に見られ、これがやがて陰茎ガンの病因となることがある。スメグマともいう。
 同時にこれは、肉体的未熟者が女性と性交に及んだ場合、未熟男と接した女性は、子宮ガンになる確率が非常に高くなる。子宮ガンは子宮頸部に発症する事が多い。その元凶を招くものが、男根亀頭部の恥垢である。
 包茎や不潔がこれに絡んでいるからだ。したがって、男も包茎であっては、陰茎ガンになり易い。同時にこうした男達と絡む、職業売春婦も子宮ガンになり易く、また早熟であり、早くから色気を振りまき、尻軽で未熟な少女も、この手の男達と絡むと、子宮ガンの確率が高くなり、常に汚れた男根からの危険を担うことになる。

 恥垢発生の成分の中で、同じ恥垢でも血液の汚れによる垢様の物質は、ガン発症に関連する多くの物質を含んでいる。だから、仏典では動蛋白の摂取を戒律によって禁じているのである。肉を常食すれば、やがて肉食常習者となる。これは子供でも同じである。

 近年は肉好きの子供が急増した。肉を好んで食べる。野菜と肉の量が逆転し、更には主食などの米や麦の量より、肉の摂取量が多い者までいる。この逆転現象が、種々の成人病を招いている。
 また、感情の世界では動蛋白の性腺刺戟によって、異常性欲に奔り、異性を求めて、同性を求めて夜の巷を徘徊することになる。現代の性の氾濫はこうした西洋食文化の、肉食主義と無縁ではなさそうである。

 平和な時期に童貞で然も、包茎男達が増え続けたらどうなるか。男余り現象が起こればどうなるか。
 言わずと知れた同性愛現象が起こる。同性愛は女には殆ど無く、同性愛と言えば、歴史を見ても男同士のホモを指す。
 これらは既にネズミなどの実験でも知られ、同じ箱の中にネズミを繁殖させ、過剰状態にしておくと、その箱の中では共食いが始まり、同性愛現象が起こると言う実験結果の報告がなされている。
 これは同じ哺乳動物である人間も同じであろう。

 多忙に追われる現代の就業者の多くのうちで、約三分の二は男で占められているが、その男どもの中には急速にホモ現象が進んでいると言う。
 多忙と精神的ストレスの多い現代社会は、社会現象の一つとして、おとこどもがホモ化に奔
(はし)るという現象が起こり、性欲の捌(は)け口を女だけに求めるのではなく、同性へと求め、男色に奔ることだ。この背景には、現代の肉常食の、食肉文化と無縁ではない。二重に性命を弱らすことになる。
 人口増加の裏には、仏典で禁止されていた牛肉を、これまで宗教的に抑圧されていた後進国が、牛肉などの動蛋白を食する事が直接的な起因となっている。「性」への興奮が抑えきれず、こうした国では、益々欲情へと煽
(あお)られ、人口は更に爆発的な増加を見せて行く事であろう。

 人間の野望は、遠心分離器が高速回転をするように、加速度がつき、拡散・膨張を始める。こうした欲望の中には、物財や金銭に対する欲望だけではなく、セックスから享受する快楽も、当然含まれよう。この快楽が含まれれば含まれるほど、性欲も拡散・膨張の方に趨
(はし)り、更に人口増加は歯止めの掛からぬものへとなっていくであろう。
 こうした背景には、性を貪
(むさぼ)る魔力のセックスが、背後に漂っているように見える。動蛋白摂取による異常性的興奮である。食肉を食した場合、肉の分解によって生じた強酸類は、まず、血液を酸毒化する。

 次にこの酸毒化の結果、代謝機能は根底から狂わされる。この狂いが生じた結果、性的な病的興奮が起り、そこで深刻な排泄障害が起る。体質の酸毒化は、心筋梗塞や狭心症、肝炎や腎炎、それにガンなどの疾病に繋
(つな)がるが、精神的には異常興奮が発生する事だ。
 血液中の過剰な酸類は、まず、性腺を異常刺激する。これが異常な性的興奮状態を引き起こす。
 早熟を誘い、肉体の老化を早めるのだ。そして速攻性の顕われとして、異常な性的興奮が発生するという事である。

 これはヒンズー教の、「タントラ(tantra)【註】ヒンドゥー教のシヴァ神のシャクティ(性力)を崇拝する。これはインドの後期密教の聖典やシャークタ派の文献にみられる)の考え方を見れば一目瞭然になる。万物の生成は男性原理と女性原理によって、一体化することで、新たな生命力が造り出される。しかし、自然体を逸し、人工的にこれを行えばどうなるか。

 ヒンズー教の一部には性魔術集団がある。この性魔術の目的は、女性原理のパールヴァティーと、男性原理のシヴァとの結合である。女性原理のパールヴァティーは、脊髄
(せきずい)の最下位部の腰骨を辺に横たわり眠っている。この眠ったものを「眠れる蛇」という。
 男性原理と女性原理が結合する事は、このとぐろを巻いて眠っている「眠れる蛇」を覚醒させる事にある。その為に、ヒンズー教では牛肉を食べる事を禁じているのであるが、魔性集団は敢
(あえ)てこの牛肉を食して、異常興奮を起こす儀式に、これを用いるのである。

 ヒンズー教徒にすれば、牛肉を食べる事は「破戒行為」であり、それを敢
(あえ)て、性的興奮を起こす事のみに絞って、牛肉を食べるのである。また、秘呪に用いられる媚薬(びやく)を使い、葡萄酒(ぶどう‐しゅ)などをアルコールが使われる。
 人間の持つ性
(さが)とは、食物や酒によって操られてしまうと言う悲しい一面を引っ提げている。
 こうした「破戒行為」が、現代社会にあっては、肉欲の求めるままにオープンになり、上から下まで、性魔術的な目的により、セックスと美食が貪
(むさぼ)られているのである。
 そして、性魔術はその封印が解かれ、猛威を振るう事になって行くであろう。
 また、それは奇
(く)しくも、発展途上国の人口増加に拍車を掛ける行為ではなかったか。

 しかし、これが時代と、歴史の自然体である限り、民族や国家、文化や宗教の栄枯盛衰は、まさに「自然の摂理」に他ならない。この観点から見れば、人口増加も、一見自然の成り行きに見えてしまう。だが、果たして「現代」を出現させた時代の移り変わりは、果たして自然の成り行きで変化してものであろうか。
 本来、おおらかなものが歪曲
(わききょく)されて、現代の異常事態が発生しているのである。

 その証拠に、殖
(ふ)え続けた現代人は、あまりの異常発生に狂いを生じさせているではないか。
 生存環境が悪化すると、地球上の多くの生物は、腸内微生物同様に、腸内秩序が乱れ、混乱が生じて来る。これは腸内細菌の世界であっても、人間世界であっても同じである。
 この混乱によって、死滅する善良な市民も数を増す。また、これによって暴動が起きる。暴動が起これば、多くの生物に見られるように、「善と悪」や「陰陽」の中庸
(つうよう)バランスが崩れ、共食いが始まったりする。
 更に、雄・雌の異性間の正常関係が狂わされ、同性同士が結びついて、一定量以上、増殖してはならない連中までが増加する現象が起る。これらはマウス実験などでも見られ、これを超小型の世界に置き換えたのが、腸内微生物の世界の、愛すべき善玉菌などの、腸内微生物の死滅である。

 これは人間社会でも同じである。今日の不穏な社会は、悪玉菌が増え続ける腸内微生物の世界と、まさに同じである。
 現代という時代は、地球上の人口過密状態にある。人口過密が起れば、人間の有感化
(うかんか)は悪化し、邪気ばかりを吸い込むことになる。

 一方、物質至上主義が持て囃
(はや)され、物質一辺倒、科学万能になって来ると、社会構造全体の遠心分離器化した器の回転数が高速化する。高速化すれば、そこから弾き出される者が出て来る。常識とは異なった考えの者が出て来る。
 これまでの秩序を破壊しても、何とも思わない者が出て来る。その結果、常識は一変する。愛情の表現も変わる。必ず同性愛現象が起って来る。これが現代社会の恥部とも云うべき「ホモ増加現象」だ。彼等は市民権を求めて運動する。これにより畸形
(きけい)なる思考が常識化する。
 これは現代人が、腸内微生物と同じような環境に置かれている事を、これらは如実に物語っている。

 物事の善悪が崩れ、陰陽の中庸バランスが崩れ始めている人間社会の今日の実情を見れば、人間社会も、腸内の微生物世界と同じ事が繰り広げられていると分かる。人間社会でも、腸内の微生物世界でも、これまで、底辺を支えていた「愛すべき庶民的微生物」の数が確実に激少しているのである。腸内微生物の生態系に、異常事態が発生しているのである。
 つまり、これが「腸内異常醗酵」である。
 愛すべき庶民的微生物は、腸内異常醗酵によって苦しめられ、苛められて、テロや暴動によって、次々に抹殺されているのである。まさにこれは人間社会の、何の罪も、落ち度もない民間人がテロによって殺されている、あの悪夢ではないか。

 昨今の人間社会での不穏を呈する世情不安は、まさに腸内微生物の世界と全く同じの、生態系の異常と看做
(みな)す事が出来る。
 この生態系異常は、腸内微生物のミクロの世界から、地球規模のマクロの世界にまで及び、悉々くが異常を生じさせているのである。
 この「現代」と言う世の異常の起因を探れば、それは男女の「性機能」がうまく機能していないことであろう。男女機能に不完全が起り、この不完全が「気」の根元である、有感化まで狂わしているのである。




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