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理趣経的密教房中術・プロローグ
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理趣経的密教房中術 1


●「現代」という人の世

 過去を振り返れば、世界の人口が20億人になるには、農業革命以降から4000年もかかったのに、20億人になった、1930年から今日までの76年あまりで、65億人に達すると言うのであるから、この殖え方は、まさに「爆発的」と言う外ない。

 では、何故、爆発的な人口増加が見られたのか。
 この謎を探る鍵は、これまでの近代歴史学者が定説としていた、「人口は食える、豊かなところで増加し、食えない貧しい地域では、人口は増える事はない」とした理論の誤りにあったことだ。

 特にアジア、アフリカ地域の人口増加は著しく、63億7760万人の世界人口のうち、アジア地域が38億人7050万人と、世界人口の半数以上が集中しており、アフリカ地域が8億6900万人で続いている。2050年にはアジア地域が52億人、アフリカ地域が18億人と、両地域合わせて70億人になると推定されている。

 そして、このように人口増加の多くをアジア、アフリカなどの開発途上国が占めていることによって、貧困の増加、食糧不足問題などが発生している。アジア地域では今後も経済成長が続くと推測されているが、一人当たりのGNPは依然低い状態であり、貧困問題は解決されずに残ると考えられている。その最たるものが南北問題ではなかったか。

 更に、以上に加えて、特に先進国では平均寿命が男女共伸びている事だ。
 平均寿命が世界一の日本では、男が78.4歳。女が85.3歳
【註】日本での平均寿命としている大半は、長寿村で云う健康な状態での長寿でなく、生命維持装置を借りたりしての薬漬け状態の長寿であることを忘れてはならない)であり、この後を追い駆けているのが、スイス、オーストラリア、スエーデン、カナダ、フランス、イタリアの順になっており、何れも先進国である。

 つまり先進国では、高齢者が植物状態を含めて長生きをし、若い世代が、一人で複数の高齢者を抱えると言う現象が起こっているのである。
 この儘
(まま)で行けば、男女の平均寿命は更に伸びる一方であろう。平均寿命が90歳になるのも、そんなに遠い未来ではなかろう。

 仮に、近い未来に平均寿命が90歳になったとして、交通事故や大異変などで死ぬ事がない限り、その殆どが90歳まで生きる事になるであろう。
 一般的に見て普通、男女は30歳前後で結婚するであろう。それによって子孫が生まれる。そうした一軒の家の中を覗いてみると、まず90歳の男女が一組、次に60歳の男女が一組、更には30歳の男女が一組となる。そして30歳で子供を生むと、赤ん坊も男女が一組と言う事になる。
 つまりこれが、90歳以下の男女の年齢の一組と言うわけだ。これで考えると、実際には60歳の男女が二組、30歳の男女が四組、赤ん坊が八組ということになる。

 60歳が、人間の人生の大半を占め、その後の三十年は、60歳以上の老人で大半が占められる事になる。そうなればどういう事が起るかと言うと、貨幣の価値は高騰
(こうとう)するであろう。そうなればデフレ地獄が再来し、超不景気が訪れる事になる。

 実際に60歳以上は、老後に備えて、若い時から猛烈に働き、預貯金を溜め込んでいる。利子や年金暮しで、余生を楽しむ生活を夢見ている。若い時に、うんと働いて、年を取ったら働かなくてもいいように、働いた分の余録で、生活しようと考えている。つまり現実の世界は、歳を取るだけ、預貯金を持っていると言うわけなのだ。

 これはどう言う事かというと、短い人生であれば、自分の財産を自分の後輩に与え、あるいは譲って、この世から姿を消して行く。しかし、長生きをすれば後輩に与える事なく、老人が自分自身で、その財産を食い潰して死んで行くことになる。問題はここにある。
 また、この現実が、直ぐそこに到来している事を予測している経済学者は少ない。

 歴史を遠望して、全体を見回してみると、歴史の中には、必ずと言っていい程、「例外」という現象が起こっている。そのもっとも明白な例外が、豊かな先進国の文明圏で人口が減り始め、貧しい後進国で人口が増加して居る事である。近代常識は、時間を経て、覆
(くつがえ)される現象が起こっているのである。

 太古よりの蛋白質の摂取は、穀類などを中心にした食物に限られていたが、やがてそれを海に需
(もと)め、更に、動物に需めることになった。東南アジアでも、仏典に保護されている動物を食べ始めたのである。

 そして昨今の動蛋白を摂取する食文化は、人口増加に伴い、開花の一途を辿る。これを考えると、人間と食べ物、食べ物から作られる人間の欲望や思考は、結局、その人が何を食べているかということで判明するようである。



●肉食文化の裏側で

 では、仏典には何ゆえ、「動物の肉は食べてはならない」としているのか。
 理由は明白である。血液が汚れるからだ。俗に言う、「血が泥腐る」のである。「泥腐る」の表現は、動蛋白の中に、動物を食べれば人間の血を汚す病因が含まれているからだ。
 血液の汚れは慢性病を招く。その慢性病の代表格が、
「ガン発症」であろう。

 往々にして、肉常習者は短命である。また、常に異常性欲に迫られる。肉ばかりを食べ、更には体質が酸性に傾く食事をしていると、性欲異常が起こる。それば肉の成分が、性腺を刺激し、早熟を招き、色情に狂う感情を露
(あらわ)にさせるからだ。

 また早熟は、完全なる成人の肉体が完成しないうちに性欲異常に走らせる為、未熟な肉体に欲情の先走りがあり、こうした相関関係が種々の凶事を招くのである。
 この際たるものが、男の童貞現象であり、包茎現象である。その上に早い時期から、異性や同性との性交に奔り、その凶事が表面化して来る。

 また童貞現象は、戦争で男が死ぬと言う政治状況が、現代は辛うじて食い止められていることから起こっている。戦争になれば男の数は激変するが、戦争と戦争の間に起こる「平和」と言う一時現象は、童貞男を増出する。女の数が少なくなり、男の数が増えるからだ。男一人に、一人の女が充てがわれない、女不足が起こるからである。これが平和という時代に起こる社会現象であり、この社会現象は歴史を見ても一目瞭然である。その為に、童貞男が増え、同時にその童貞の多くは包茎で、亀頭部にはたっぷりと恥垢を抱え込んでいる。包茎と童貞の因果関係は深い。

 包茎男と関わった女性はどうなるか。
 それは子宮ガンとしての病魔が姿を顕わす。

 また、肉体的未熟男はその殆どが包茎であるから、亀頭部に恥垢
(ちこう)が溜まり、包皮と亀頭の間に溜まるこの垢様の物質は、その多くが包茎に見られ、これがやがて陰茎ガンの病因となることがある。スメグマともいう。

 同時にこれは、肉体的未熟者が女性と性交に及んだ場合、未熟男と接した女性は、子宮ガンになる確率が非常に高くなる。子宮ガンは子宮頸部に発症する事が多い。その元凶を招くものが、男根亀頭部の恥垢である。包茎や不潔がこれに絡んでいるからだ。したがって、男も包茎であっては、陰茎ガンになり易い。同時にこうした男達と絡む、職業売春婦も子宮ガンになり易く、また早熟であり、早くから色気を振りまき、尻軽で未熟な少女も、この手の男達と絡むと、子宮ガンの確率が高くなり、常に汚れた男根からの危険を担うことになる。

 恥垢発生の成分の中で、同じ恥垢でも血液の汚れによる垢様の物質は、ガン発症に関連する多くの物質を含んでいる。だから、仏典では動蛋白の摂取を戒律によって禁じているのである。肉を常食すれば、やがて肉食常習者となる。これは子供でも同じである。

 近年は肉好きの子供が急増した。肉を好んで食べる。野菜と肉の量が逆転し、更には主食などの米や麦の量より、肉の摂取量が多い者までいる。この逆転現象が、種々の成人病を招いている。
 また、感情の世界では動蛋白の性腺刺戟によって、異常性欲に奔り、異性を求めて、同性を求めて夜の巷を徘徊することになる。現代の性の氾濫はこうした西洋食文化の、肉食主義と無縁ではなさそうである。

 平和な時期に童貞で然も、包茎男達が増え続けたらどうなるか。男余り現象が起こればどうなるか。
 言わずと知れた同性愛現象が起こる。同性愛は女には殆ど無く、同性愛と言えば、歴史を見ても男同士のホモを指す。

 これらは既にネズミなどの実験でも知られ、同じ箱の中にネズミを繁殖させ、過剰状態にしておくと、その箱の中では共食いが始まり、同性愛現象が起こると言う実験結果の報告がなされている。
 これは同じ哺乳動物である人間も同じであろう。

 多忙に追われる現代の就業者の多くのうちで、約三分の二は男で占められているが、その男どもの中には急速にホモ現象が進んでいると言う。多忙と精神的ストレスの多い現代社会は、社会現象の一つとして、おとこどもがホモ化に奔
(はし)るという現象が起こり、性欲の捌け口を女だけに求めるのではなく、同性へと求め、男色に奔ることだ。この背景には、現代の肉常食の、食肉文化と無縁ではない。

 人口増加の裏には、仏典で禁止されていた牛肉を、これまで宗教的に抑圧されていた後進国が、牛肉などの動蛋白を食する事が直接的な起因となっている。「性」への興奮が抑えきれず、こうした国では、益々欲情へと煽
(あお)られ、人口は更に爆発的な増加を見せて行く事であろう。

 人間の野望は、遠心分離器が高速回転をするように、加速度がつき、拡散・膨張を始める。こうした欲望の中には、物財や金銭に対する欲望だけではなく、セックスから享受する快楽も、当然含まれよう。この快楽が含まれれば含まれるほど、性欲も拡散・膨張の方に趨
(はし)り、更に人口増加は歯止めの掛からぬものへとなっていくであろう。

 こうした背景には、性を貪
(むさぼ)る魔力のセックスが、背後に漂っているように見える。動蛋白摂取による異常性的興奮である。食肉を食した場合、肉の分解によって生じた強酸類は、まず、血液を酸毒化する。

 次に、この酸毒化の結果、代謝機能は根底から狂わされる。この狂いが生じた結果、性的な病的興奮が起り、そこで深刻な排泄障害が起る。体質の酸毒化は、心筋梗塞や狭心症、肝炎や腎炎、それにガンなどの疾病に繋
(つな)がるが、精神的には異常興奮が発生する事だ。

 血液中の過剰な酸類は、まず、性腺を異常刺激する。これが異常な性的興奮状態を引き起こす。早熟を誘い、肉体の老化を早めるのだ。そして速攻性の顕われとして、異常な性的興奮が発生するという事である。

 これはヒンズー教の、「タントラ
(tantra)【註】ヒンドゥー教のシヴァ神のシャクティ(性力)を崇拝する。これはインドの後期密教の聖典やシャークタ派の文献にみられる)の考え方を見れば一目瞭然になる。万物の生成は男性原理と女性原理によって、一体化することで、新たな生命力が造り出される。しかし、自然体を逸し、人工的にこれを行えばどうなるか。

 ヒンズー教の一部には性魔術集団がある。この性魔術の目的は、女性原理のパールヴァティーと、男性原理のシヴァとの結合である。女性原理のパールヴァティーは脊髄
(せきずい)の最下位部の腰骨を辺に横たわり眠っている。この眠ったものを「眠れる蛇」という。

 男性原理と女性原理が結合する事は、このとぐろを巻いて眠っている「眠れる蛇」を覚醒させる事にある。その為に、ヒンズー教では牛肉を食べる事を禁じているのであるが、魔性集団は敢
(あえ)てこの牛肉を食して、異常興奮を起こす儀式に、これを用いるのである。

 ヒンズー教徒にすれば、牛肉を食べる事は「破戒行為」であり、それを敢
(あえ)て、性的興奮を起こす事のみに絞って、牛肉を食べるのである。また、秘呪に用いられる媚薬(びやく)を使い、葡萄酒(ぶどうしゅ)などをアルコールが使われる。

 人間の持つ性
(さが)とは、食物や酒によって操られてしまうと言う悲しい一面を、ひっさげているのである。こうした「破戒行為」が、現代社会にあっては、肉欲の求めるままにオープンになり、上から下まで、性魔術的な目的により、セックスと美食が貪(むさぼ)られているのである。
 そして、性魔術はその封印が解かれ、猛威を振るう事になって行くであろう。
 また、それは奇
(く)しくも、発展途上国の人口増加に拍車を掛ける行為ではなかったか。

 しかし、これが時代と、歴史の自然体である限り、民族や国家、文化や宗教の栄枯盛衰は、まさに「自然の摂理」に他ならない。この観点から見れば、人口増加も、一見自然の成り行きに見えてしまう。だが、果たして「現代」を出現させた時代の移り変わりは、果たして自然の成り行きで変化してものであろうか。
 本来、おおらかなものが歪曲
(わききょく)されて、現代の異常事態が発生しているのである。

 その証拠に、殖
(ふ)え続けた現代人は、あまりの異常発生に狂いを生じさせているではないか。
 生存環境が悪化すると、地球上の多くの生物は、腸内微生物同様に、腸内秩序が乱れ、混乱が生じて来る。これは腸内細菌の世界であっても、人間世界であっても同じである。

 この混乱によって、死滅する善良な市民も数を増す。また、これによって暴動が起きる。暴動が起これば、多くの生物に見られるように、「善と悪」や「陰陽」の中庸
(つうよう)バランスが崩れ、共食いが始まったりする。
 更に、雄・雌の異性間の正常関係が狂わされ、同性同士が結びついて、一定量以上、増殖してはならない連中までが増加する現象が起る。これらはマウス実験などでも見られ、これを超小型の世界に置き換えたのが、腸内微生物の世界の、愛すべき善玉菌などの、腸内微生物の死滅である。

 これは人間社会でも同じである。今日の不穏な社会は、悪玉菌が増え続ける腸内微生物の世界と、まさに同じである。
 現代という時代は、地球上の人口過密状態にある。人口過密が起れば、人間の有感化
(うかんか)は悪化し、邪気ばかりを吸い込むことになる。

 一方、物質至上主義が持て囃
(はや)され、物質一辺倒、科学万能になって来ると、社会構造全体の遠心分離器化した器の回転数が高速化する。高速化すれば、そこから弾き出される者が出て来る。常識とは異なった考えの者が出て来る。

 これまでの秩序を破壊しても、何とも思わない者が出て来る。その結果、常識は一変する。愛情の表現も変わる。必ず同性愛現象が起って来る。これが現代社会の恥部とも云うべき「ホモ増加現象」だ。彼等は市民権を求めて運動する。これにより畸形
(きけい)なる思考が常識化する。
 これは現代人が、腸内微生物と同じような環境に置かれている事を、これらは如実に物語っている。

 物事の善悪が崩れ、陰陽の中庸バランスが崩れ始めている、人間社会の今日の実情を見れば、人間社会も、腸内の微生物世界と同じ事が繰り広げられていると分かる。人間社会でも、腸内の微生物世界でも、これまで、底辺を支えていた「愛すべき庶民的微生物」の数が確実に激少しているのである。腸内微生物の生態系に、異常事態が発生しているのである。
 つまり、これが「腸内異常醗酵」である。

 愛すべき庶民的微生物は、腸内異常醗酵によって苦しめられ、苛められて、テロや暴動によって、次々に抹殺されているのである。まさにこれは人間社会の、何の罪も、落ち度もない民間人がテロによって殺されている、あの悪夢ではないか。

 昨今の人間社会での不穏を呈する世情不安は、まさに腸内微生物の世界と全く同じの、生態系の異常と看做
(みな)す事が出来る。
 この生態系異常は、腸内微生物のミクロの世界から、地球規模のマクロの世界にまで及び、悉々くが異常を生じさせているのである。

 この「現代」と言う世の異常の起因を探れば、それは男女の「性機能」がうまく機能していないことであろう。男女機能に不完全が起り、この不完全が「気」の根元である、有感化まで狂わしているのである。



●三密観の五大

 有感化の異常は、「精気」を急速に減少させている。精気を蓄えることが出来なくなった現代人は、著しく正常感覚を狂わせている。肉体と「性」が一致しないようになって来ている。これは「食」と「性」の氾濫(はんらん)により、生存本能が狂わされているからだ。

七つのチャクラ

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 人間には「精気」の保存場所と、その通路として、縦に「七つのチャクラ」を持っている。
 チャクラとは、呼吸によって体内に取り入れられた精気と、精気を受けて力を有した生命エネルギーの蓄え場所であり、此処からは霊力ホルモンが分泌されている。それが現代では食の誤りにより、正しく分泌されず、また性概念の誤りによって、性の氾濫と共に、性の浪費が行われている。それは精液の愚かな浪費を考えても、明白であろう。

 そこで、「三密観
(さんみつかん)の五大」の即身成仏の義に遵(したが)い、これを正していく必要がある。
 三密観とは、人間の持つ、身・口・意の三つの働きを指し、これが仏の働きと同化した時、偉大に力が発揮されると云われている。身は「肉体」であり、口は「真言」、意は「心」である。肉体には「地」である足と性根部があり、「水」である腹部と消化器があり、「火」には心臓、「風」には顔面と口や鼻腔を含め肺臓までの呼吸器管、「空」には頭脳の五大原理がある。それに加えて、真言と、真言を唱える心があり、これが仏教的な七つのチャクラとなる。

 正しく呼吸して、吐気から始め、次に後頭部に軽く抜けるように呼気を吸い込み、それを腹に溜め、次に静かに重く吐気で吐き出す。吐き切ったところで、再び軽く静かに後頭部に、その軽き気が抜けるように吸気を始める。この呼吸法をもって、精気を身・口・意に行き渡らせて蓄えれれば、人間も神仏のごときエネルギーが発揮されると言う。こうした目的で修法する行を密教では「内護摩
(ないごま)」という。

 また、戒壇
(かいだん)に火炉をつくり、木を燃やす修法を「外護摩」というが、これは自分の体内を「壇」として、自らの精神力を仏の智火として、自分の内部にある害敵を殲滅することを目的にした内護摩法である。

 現代人は食と性の乱れにより、裡側に多くの害敵を溜め込んでいる。この害敵が心身に大きな悪影響を及ぼしているのである。特に昨今多く見られるようになった、統合失調症をはじめとする精神障害は、明らかに精気の減退から起る病気であり、精気不足は「神」を冒し、これにより精神障害者が増加しているのである。

 食と性の誤りは、人間の心と躰を蝕んでいる。しかし、これに自覚症状を感じる人は少ない。無自覚の儘、食と性の間違った行いを続けているのである。現代は食も性も、貪
(むさぼ)るだけのもになっているのである。



●性を貪る現象人間界

 真言立川流には「ドクロ譚」なるものがある。
 この「ドクロ譚」の説くところは、「髑髏
(どくろ)本尊」について、文永三年(1270)に誓願房心定(せいがんぼうしんじょう)が著わしたとされる『受法用心集』に記され、これによると、「この秘法を修行して大悉地だいしっち/密教の修行によって成就した大いなる妙果)を得んと思わば、本尊を建立すべし。女人の吉相のことは、今注するに能(あた)わず。その御衣木みそぎ/仏像彫刻に用いられる木材のことで、檜・白檀(びやくだん)・栴檀(せんだん)・朴(ほお)の類を指す)というは髑髏なり」とある。

 誓願房心定は健保三年
(1216)に、現在の石川県豊原に生まれ、後年、円福寺心定上人と号した密教僧だった。
 真言立川流は「二根交会
(にこんこうえ)」を、“悟りの道”とするため、本来ならばその本尊を美女に求めるのであるが、本尊は皮肉にも「髑髏」である。したがって御衣木(みそぎ)も木材ではなく、人骨の髑髏(どくろ)なのである。

 「この髑髏を取るに十種の不同
(共通に揃ったものでなく、異なった不揃いのものを指す)あり。一、智者。二、行者。三、領主または国王。四、将軍。五、大臣。六、長者。七、父親。八、母親。九、千頂せんちょう/千人の髑髏の上部を集め、それを砕いて粉にし、粉を練って団子にして作り上げた本尊)。十、法界髑ほうかいどく/重陽の日の陰暦の九月九日に、死陀林(寒林の意味で墓場を指す)に入り、髑髏を集めていき、毎日、荼枳尼天(だきにてん)の神呪を唱えて祈り、霜の降りた朝、霜のついてない轆轤を選び、頭蓋に縫合線のないものを用いて、これを本尊にするのが最高と言われる)なり」

 そして、以上のようにして集めた髑髏が、法界となるには「これを本尊として用いる場合、建立
(こんりゅう)するに三種の不同あり。一、大頭。二、小頭。三、月輪形(円形)。大頭とは本髑髏をはたらかさずして顎(あご)を造り、舌を造り、歯を付けて、骨の上に、ムキ漆にて、木屎こくそ/漆塗りの下地の隙間などを填うめるのに用いる、繊維くずや木粉を漆に練り混ぜたもの)をかいて、生身の肉のように、醜くなきところなく造り定むべし。その上を、よき漆(うるし)にて、能々(よくよく)塗固め、箱の中に納め置き」とある。

 この安置した髑髏を枕頭に安置し、相愛の美女と交会
(こうえ)して、流出した愛液を髑髏に塗るのである。『受法用心集』には、「百二十度、塗り重ねるべし」と記載してある。
 これは120回交会して、男女の和合液を集めなければならないことになる。60花押
(かおう)に陰陽の2を掛けて120回としたと思われる。更にその上、毎夜、子丑(ねうし)の時(午前零時から午前二時まで)には、反魂香はんごんこう/漢の武帝が李夫人の死後、香を炊いて、その面影を見たという故事から由来したもので、香を炊けば死者の姿を煙の中に現すという香)を炊き込め、反魂(がんごん)の真言を千回唱えるとある。そしてこれだけの面倒に手間暇掛け、その後、髑髏の中に種々の秘法の呪符(じゅふ)や春画を納め、これこそが最高であるとされる。

 しかし、こうした非日常的な行為を振り返れば、ここには何とも言えない、猟奇性を感じるではないか。
 思い起こせば、魔力とか、神通力と言うのは、それを得る為に怪奇性が備わり、あるいは猟奇性を追い求めねば得られぬ、筆舌に尽くし難い異端のタントラ性魔術の恐ろしさを感じる。

 ここには、性のエネルギの飽くなき活用が見られ、世界の宗教の戒律には屡々
(しばしば)こうした禁欲主義が漂っているのは、宗教的恍惚感の裡側(うちがわ)に性的エクスタシーがあり、それを昇華させる為に、厳しい戒律が設けられているとも言える。
 修行僧が、夢幻のうちに、観音菩薩と性交した話は『日本霊異記
(にほんりょういき)』などにも記され、一方、これに対し、第二の性エネルギーの利用法として、男女交合を通じて変成(へんせい)意識状態に自らを導く方法であり、この修法は屡々、呪術や魔術と結びついた。こうした歴史的背景の裏側に、真言立川流が興ったのである。

 そして、真言立川流の本尊建立は、まだまだ続きがあるのである。
 真言立川流は、男性原理と女性原理の結合を意味し、タントラ性魔術の実践が、万物の一体化を顕わすとしている。そのこは男性原理と女性連理が一体化した時に、生じる生命力が物質変成を成就する原動力になると説いている。

 大いなる物質変成を成就する為には、「王」と謂
(い)われる原理と、「王妃」と謂(い)われる原理の「結婚」は必要であり、タントラの男性原理と、女性原理の結合は生命力を作り出す象徴的な意味合いを持っていた。これを象徴したものが、真言立川流では「ドクロ譚」であり、「ドクロ学」であった。

 真言立川流の「ドクロ学」では、大頭
(だいず)では持ち難いとして、小頭(しょうず)の製造法を特記してある。
 「大頭の頂上を八分にて切断し、その骨を面像として、霊木
(れいぼく)をもって頭を造り、具してハクを押し、曼荼羅を書き、男女の和合液を塗る」としている。こうして造り出した小頭に秘密呪符を入れ、首に掛け、体温をもって供養するとある。

 密教房中術で云う性魔術は、内護摩を特長とする。内に棲む害敵を殲滅することにある。したがって、男女二根交会に際し、ベットの中での内護摩は、まず修法者自身が心を正しくして静なる境地を確保しなければならない。そこに「破魔息」の呼吸法があり、この呼吸法をもって「三密五大内護摩法」に入るのである。

 真言立川流では「ドクロ学」こそ、性魔術に秘儀とされ、精気を蓄え「眠る蛇」を七つのチャクラに這
(は)わせることを、一種の菩薩行(ぼさつぎょう)としているのである。
 この行に入る際、破魔息
(はまそく)をもって、体内に入った精気を臍下丹田に蓄えたと感じたら、次の息を吸う時、その蓄えた精気を丹田から性根に移動させ、更に会陰部を経由して、脊柱に伝わらせ、これを上昇させていくのである。性根に降りた精気は、ここで生命の基礎に火を点じる役目を持つのである。

 また、「ドクロ学」には、一つの戒めがあり、貪り過ぎると、最後には哀れな死が待ち受けていることを、髑髏を表現型において、それを無言で示しているとも言える。ドクロ学は単に猟奇と捕らえるのではなく、貪る結果が、こうなると示しているのがドクロ学であり、まず修法者は、性力を示す「力波羅密」を交会に結び付け、同時に精気を体内に回して全身に力が漲らなければならないとしている。この力の漲ぎりこそ、「火竜」なのである。

 火を負う火竜はクンダリーニ
と同じもので、クンダリーニは性根部に潜む霊的な蛇の事である。平素は、「三巻き半」の蜷局(とぐろ)を巻いて休止しているが、修法が始まる穗目を醒(さ)まし、陰極たる性根部から七つのチャクラを通って上昇し、頭蓋の裡側にある陽極の「千蓮座」に達し、これを陰陽を結んで、体内に自家発電を起こさせ、人間に強いエネルギーを充満させると云われる。



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