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内弟子問答集 11

問答 38
自他共栄の意識とは、どういう意識でしょうか。人間は共に協力しあって栄えていくのが最高のように思えますが、現実社会はことて大きく逆転しています。逆転しなければならない理由は何処にあるのでしょうか。

 「一日な作(な)さざれば、一日喰(く)らわず」という、仏道の言葉がある。これは人に労働を求め、仕事をする事を求めた言葉である。

 
尚道館・陵武学舎では日々の「仕事」を大切にする。
 仕事とは、自分が今日一日やらなければならない、その日のうちの労働であり、しなくてはならない自分に課せられた事柄である。

 一般に仕事と言えば、ある種の職業に従事し、業務を遂行することを指すが、尚道館では、自分が日々修行していく上での修行課題であり、自分の仕事を通じて「奉仕する」という事を学ぶのである。
 奉仕は武士道実践者にとって、非常に大切な事柄であり、自分の個性を出来るだけ活かして、世の中の人々の為に「働く」と言う精神を学ぶのである。

 仕事は怠けていては事が運ばず、研究を怠っていれば新たな進展や打開策は生まれてこないだろう。怠慢
(たいまん)に陥って、身を惜(お)しんでいては、簡単な仕事一つ成就しないのである。
 仕事は同時に、没頭するという事で不思議な力を発揮し、心血を注いで努力するところに己の大きな躍進がある。

 人が志を立て、没頭し、向上を目指して努力する時、成就を願うのなら、まず、己を空
(むな)しくする事である。身を捧げる事である。
 与えられた仕事に不平を言わず、己を尊ぶ心を、そのまま人に捧げて、人に及ぼし、はじめて「自他共栄」ならびに「自他共尊」の心が生まれるのである。これこそ武士道であり、武士道は、己を尊ぶその極めは、実は、そのまま人に捧げると言うことだったのである。

 ここに人を尊ぶ事と、己を大事にして尊ぶ事が、実は同じ数直線上に存在すると言う事に気付くであろう。
 「自他共栄」ならびに「自他共尊」が、人を尊び、また己を尊ぶと言う自他の境目の無い上で、働いていることに気付く。
 捧げて、捧げて、捧げ尽くし、己が無くなった時に、一如の絶対境が現われ、則
(すなわ)ちそこに「己の天地」が現れるのである。

 自他の間に境目の無い「自他一如
(じたいちにょ)こそ、捨我(しゃが)の絶対境であり、武士道の原点は、此処(ここ)にある。自我を捨てることである。「わたくし」を捨てることである。その為には、境目を無くすことをしなければならない。自他の境目を取り払うことだ。この事が完成しない限り、自他共栄は図れない。

 一般に信じられている武士道は、武士階層に発達した道徳くらいにしか解釈されていないが、こうした浅いものではない。忠誠・犠牲・信義・廉恥・礼儀・潔白・質素・倹約・尚武・名誉・情愛などを重んじてこそ、自他共尊が生まれ、自他一如の世界が現れ、人の喜びが、また吾
(われ)の喜びとなるのである。

 したがって一概に、「武士道と言うは、死ぬ事と見付たり……云々」と、「死ぬ」ことのみを強調するものではなく、死なずに、人々と共に生き、そして喜び、同時に、人々の悲しみはまた、同時に自分の悲しみとするのである。これを極限にまで突き詰め、小さな小我
(しょうが)が消え去った後、こうした、天地と共に生きる不死永遠の絶対境が現れるのである。

 その第一歩を踏み出すには、まず、己を空しゅうして仕事に励む事から始まり、その日の仕事はその日のうちに終わらせる事を、最良とするのである。

 「一日な作
(な)さざれば、一日喰(く)らわず」とは、絶対境に至る為の自他一如の精神を学ぶ為の、最初の関門なのである。
 そして各セクションの関門は、自らが求めて行くものであり、小・中学校の義務教育のように教師が御丁寧
(ごていねい)に、何でもかんでも、噛(か)み砕いて、一方的に押し入れると言うようなものではない。

 仕事一つにしても、「これをせよ」とか「あれをせよ」とか言うように、命令的に押し付けられるものではなく、掃除一つにしても、自分から汚い処を探し、これを自分で掃除するという風に、総
(すべ)て、自分で掃除の仕事を探して行くのである。

 季節ごとに、仕事はそれに応じて、変化して行く。
 春から夏にかけては、夏野菜などの畑仕事があり、苗を植えた後は、川からバケツで水を汲んで来て、これを五、六個、一輪車に載せて運搬し、茄子
(なす)や胡瓜(きゅうり)やトマトなどに水をかける仕事が待っている。

 水遣りが初めての人や、足腰の弱い人は、これだけでふらつき、一輪車の上のバケツをひっくり返してしまう事すらある。それほど現代人は、百姓仕事一つ出来ないくらい軟弱なのである。ヤワなのである。過保護な母親のお節介が祟
(たた)って、今の若者の多くは、皆「ヤワ」なのである。
 しかし一度や二度転
(こ)けても、こうした事を諦めず、繰り返す事で頑張りと根気を養って行くのである。

 そして農作物は四季折々の各々の植物があり、この旬の植物を食べる事によって、大地から強いエネルギーを貰って、私たちは生きていると云う事を学ぶのである。
 過保護な母親から育てられた現代の若者の多くは、野菜はスーパーやコンビニで手に入ると信じているようだ。

 しかしスーパーやコンビニで野菜は生産されず、本当の生産者は畑を耕す、耕地開拓者です。自給自足をする為には、自分で畑を耕し、苗を植え、それを丁寧に育てなければならない。この「育てる」という貴重な経験を、農作業を通じて、内弟子達は学びとるのである。すなわち、自分の生きる糧
(かて)は、自分で収穫するのである。

 西郷派大東流の基本業
(わざ)の修得にしても、これについて内弟子には、技一つ教えてくれる分けではない。自分でビデオやDVDや西郷派大東流のホームページ等を見て研究し、その上で、最終段階は点検するようになっている。そして、合格すれば次に進む事が出来るが、自分から、易より難へと精進しない人は、そこで停滞したままになる。何事も、「教えて貰う」という考えからを捨て、自分で研究すると言う研究心が必要なのである。
 口を開けて待って居る者に、餌の方が飛び込んで来てくれないように、餌としての糊口は自らが求めて探し歩かねばならない。教えを期待している人間に、何一つ掴みきるものは存在しない。

 求道者は、自ら求めて、道を模索
(もさく)する。
 一方的に与えられ、これを丁寧に、教えるが側が噛み砕くという事ではない。求めなければ、それ止まりであり、内弟子として入門し、やっと半年くらい経った後に、その人の消化能力に応じて儀法を教わって行く。怠慢者は、儀法に触れる事すら出来ない。

 尚道館では、入門三ヵ月間は「仮入門扱い」で、手一つとって、師匠が何かを教えてくれると言う事はない。当分は先輩達の儀法
(ぎほう)を真似し、基礎固をして行く。受身の修得も、この基礎固になる。
 この間に、礼儀作法などの細かい点を厳しく注意され、自分の非を指摘され、間違っている点は少しずつ直して行く。人間は一度や二度、非を指摘されても中々直るものではない。繰り返し指摘される事で、非を改めるのである。また、それ程、人間は頑迷
【註】迷いっぱなしで、かたくなで正しい判断ができないこと)と言えよう。

 まず、入門6ヵ月くらいは便所
(尚道館では、便器は自分の手で洗う。それは宗家の内弟子時代の厳しい躾に由来する)や風呂場や玄関前の掃除や、畑の草抜きに追い捲(ま)くられ、植木の水遣(や)りや畑仕事に追われ、あるいは買物や食事当番をしたり、食事造りの見習いをする。また、料理すら、自分で作る事は許されず、出来る人から教えを受けて、当分は見習いが続くのである。

 その一方、蒟蒻
(こんにゃく)で刺身の切り方を練習し、中華鍋に砂やタオルや空雑巾(からぞうきん)を入れて「裏返し」の練習をする。
 また、季節ごとに、早朝
(起床時間の二時間前)より野山に出かけ、食材となる野草を探したり、食卓を飾る「飾り物」(一般にはツマといわれる食材を飾る添え物)を探しにいく。こうした見習いとしての「下積み」の時期を経験し、それに耐えた者だけが、次第に奥へと迫って行く事になる。

 尚道館では「食の大事」を懇悃
(こんこん)と諭(さと)して弟子の教える。
 特に、昔の武者修行の武芸者の教訓を話し、武者修行で一番難儀するのは、稽古などではなく、「食探し」という。
 当時の武芸者にとって、食は自分の命を繋ぐ、命と同じ扱いのモノであった。したがって「剣だけが強い」とか、「徒手空拳に優れている」とか、「やわらの術に長けている」などといった武芸者は、三ヵ月もしないうちに音を上げ、故郷に舞い戻ると言われた。

 故郷を出発する時は、多くの人の見送りを受けて祝福され、着ている物もしゃんとしているが、これから一週間経ち、二週間経つと、最初は威勢がよかったのに比べ、疲労が露
(あらわ)になる。
 単に強い、武技に優れているだけでは全く話にならず、露金
【註】ろきん/露を凌ぐ金と書いて「ろきん」と読み、これは生きて行く為の命の蔓(つる)でもあった)が減るのに反比例して、食糧の確保が難しくなり、着物を売り、大小の刀を売って、その挙げ句、丸裸同然になり、結局彼等の欠点は、自分の食糧を自分で獲得する事が出来なかったのである。

 行乞僧
【註】ぎょうこつそう/托鉢(たくはつ)をしながら旅をする僧侶)ならば、道端の端(はし)に坐り、鉄鉢【註】てっぱつ/僧侶が托鉢の時に用いる応量器)を前に置いて、坐禅でも組んでいれば、通行人が鉄鉢の中に某かの金銭でも恵んでくれるであろうが、武士はそう言う乞食(こつじき)の真似は出来なかった。

 「武士は喰
(く)わねど高楊枝(たかようじ)」という諺(ことわざ)がある通り、武士は食物を食べなくても、食べたようなふりをして楊枝を使って、空腹を人に見せないプライドがあった。また、武士の清貧に安んずることや、気位(きぐらい)の高い一面があって、行乞僧とは異なる。
 したがって、自分で食い縁
(ぶち)を探し、これを獲得しなければならなかった。

 弓術、飛礫術
【註】つぶてじゅつ/小銭型の平たい小石を投げる術。この術は左右両方が自在に使えるようにならなければならない)、手裏剣術、吹矢術、また仕掛術【註】鳥獣などを罠に仕掛けて生け捕る方法)、毒盛術【註】どくもりじゅつ/トリカブトなどの毒をもって鳥獣を麻痺さえ生け捕る方法)などの動物を生け捕る方法を知らない武芸者は、自分で得物を獲得する方法がなく、飢えに苦しみ始める。

 また露営
(野山に野営すること)についても、春から秋口までの野宿は可能ですが、これが寒くなり、冬場になると、寒さを凌(しの)ぐ方法がなく、飢えと寒さで命を落とす武芸者も少なくなかった。
 そして武芸者は、僅か一年足らずで、乞食以下の乞食に成り下がり、着ている物も、武士のそれとは異なり、大小の二本の刀はとっくに売り払い、着物もボロを着て、武士とは言い難い、哀れな姿に成り下がってしまう。

 「食の大事」を知らない武芸者は、哀れにもこの態
(ざま)である。これは現代にも言える事であろう。
 一芸に秀でて、試合に強く、格闘が如何に、駆け引きに旨くても、歳をとり、中年を半ばにスピードや筋力が劣れば、幾ら往年の格闘家でも、駆け出しの若い選手に簡単に敗れてしまう。

 これは徒手空拳を売り物にする空手や拳法の老師範に言える事である。スピードと筋力を頼りにこれらを修行した人は、その人が先生と分からなければ、白帯や色帯と組手をしても、簡単に負けてしまうだろう。若い時の名声など、歳をとってしまえば、何の意味ももたなくなり、時代から完全に忘れ去られるのである。

 これと同様、「食の大事」を知らないで、諸国武者修行に出かけた武芸者は、三ヵ月も経たないうちに音
(ね)を上げ、本当の乞食となって町家の者からもバカにされることになる。所詮(しゅせん)、一芸に秀(ひい)でていると言っても、この態(ざま)であり、武芸者の「芸」は、芸者の「芸」の足許(あしもと)にも及ばないのである

 しかし「食の大事」を知っている武芸者は、弓矢や飛礫術などを駆使して鳥獣を捕り、これを見事に捌く方法を知っていたのである。したがって、尚道館で言う「食の大事」は、これに起因するのだ。

 一口に「料理」などと、馬鹿にしてはならない。また、他人や料理人が作った美食ばかりに舌鼓を打ち、これをただ堪能
(たんのう)するだけと言うのでは余りにも能がない。食材を採る方法くらいは心得ておかねばならない。

 「食」は人間の化身
(けしん)であり、人間は大自然から食糧を有難く頂く事によって、生かされているのである。だから、食前には手を合わせ、合掌(がっしょう)して、人間が生きる為に命を捧げてくれた動植物達に対し、感謝を込めて、命を「頂きます」というのである。

 また、尚道館・陵武学舎で教えて貰うこうした一切は、二年後に卒業して、道場を開設した場合、人脈造りや、組織造りの下地を作る事になる。したがって、一挙手一投足をよく観察し、聞き逃しや、見逃しは許されないのである。

 何事も「後学
(こうがく)の為」という事で、注意深く観察し、隙(すき)を作らず、よく物事を観察する眼を養う事は武術家にとって非常に大事な事であり、この観察眼がなければ、職業武術家としては、道場を立派に運営していけるわけがなく、また、人間関係を円滑に図る為にも、観察眼は非常に重要な位置を占めるのである。
 尚道館では、何事も自分の目で「よく観
(み)る」ということを教えるのである。

 また人生は舞台であり、それを演ずる自分自身は「主役」であり、「主人公」であるとも言う。主役を演じる自分の人生舞台では、劇作家、舞台監督、案出などを、総
(すべ)べて自分一人で行わなければならない。絶好無比、あるいは周到無類とはいかなくても、細かに行き届いた主役としての大演劇が求められる。

 その上、批評もし、報酬も与え、賞罰もあり、公平無私にして、ただ一度の落ち度も許されず、また隙をつくる事も許されない。
 この舞台の大演劇を演じるのは自分自身であり、主役を演じる自分は怠ける事が許されない。いつ如何なる時も、全力投球で、自分に与えられた主役を精一杯演じなければならないのである。

 人に甘えたり頼ったりの中では、何一つ生まれて来ない。求めて、探究しなければならない。古傷の嘗め合いでは、自他共栄どころか、共倒れになる。相手の善意を期待したり、相手の行為に甘えてはいけない。世話になり放しでは、徳が生まれない。借り放しでは、借りばかりが多くなり、生涯を通じて返すチャンスを失ってしまう。自分の立場を意識しないからだ。

 世の中には、人の助けを当てにしている人間が多い。最初から自分は人から助けてもらう側だと極め付けて居る者が多い。こうした愚か者は、永遠に脇役でしかない。主役になれないのだ。自分に与えられた主役を放棄しているのである。こういう世の中だからこそ、自他共栄の意識は何人かにあっても、社会全体では殆ど機能しないのである。機能させる為には、万人が自ら悟って、「自分が主役である」という意識がいる。

 そして自分に与えられた主役こそ、自分が将来に亙
(わた)って演じ続ける仕事であり、仕事に没頭し、これを成し遂げるところに、不思議な働きが生ずるのである。
 また、これこそが自他共栄の基盤であり、この基盤の上に自分と他人が共に栄え、共存共栄して行く本当の姿があるのである。



問答 39
道場とは、本来どういう意味を持つ言葉なのでしょうか。

 道場とは「聖なる神域」であることは、多くの人に知られるところであるしたがって、道場と、スポーツなどを行う体育館と、その意味は根本的に異なる。

 道場とは、「修行の場」を現すのであるが、道場の由来は、そもそも禅の僧侶達によって形作られ、これは「釈尊が成道した菩提樹
(ぼだいじゅ)の下の地」または「仏法の修法・修行の場所」を現し、裟婆(しゃば)とは結界(けっかい)で線引きし、結界の裡側(うちがわ)を道場と呼んだ。

 わが西郷派大東流合気武術は、元会津藩家老・西郷頼母の合気武術修行に取り入れた、古神道と真言密教の教伝方式にその教授システムを習い、他の大東流とな異なる「三礼
(さんらい)の着座」と「五体投地(ごたいとうち)を行い、神前に対し厳粛(げんしゅく)に礼拝する。

 稽古に入る前には、沐浴斎戒(もくよくさいかい)を行い、五体を綺麗(きれい)にし、ゆったりと、大らかな心で、これに臨む。道場にはその入口に、道場の裡側(うちがわ)と裟婆(しゃば)との結界として、その境目に注連縄(しめなわ)が張られ、一度道場に入れば、此処(ここ)は修行三昧(ざんまい)の命を遣(や)り取りする厳格な世界である。

 道場内では香炉
(こうろう)あるいは線香が一本立てられ、香(こう)の香りで、裟婆との絶縁を図っている。そして、その結界より道場の裡側に、一度足を踏み入れれば、聖なる神域であり、まず道場入口の末席に我が身を置き、神前に対し礼拝をする。礼拝は古神道と真言密教の修行法に基づき、「三礼」と「五体投地」を行う。

稽古前の邪気と不浄の念を払う青磁の香炉。尚道館では、総ての来館者にも「お香」が振る舞われ、何人に対しても、分けへ隔てなく「礼儀」を尽くすのである。そして傲慢(ごうまん)こそ、「武人の最大の敵」と戒めるのである。

 尚道館では神殿・神棚中央に、先代の宗家・山下芳衛先生から受け継いだ「武神の御霊」と、大宇宙神である天之御中主神(あめのなかぬしのかみ)が祀(まつ)られ、左右に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)と神産巣日神(かみむすびにかみ)の三柱が祀られている。
 天之御中主神は大宇宙を司る中心軸を為
(な)す神であり、またの名を、大日月地大神(おおひつきくにのおおかみ)という。

 また、高御産巣日神は合気における「発気力」であり、宇宙の拡散と膨張を司り、神産巣日神は合気における膠着
(こうちゃく)と密着を司り、力の集中を図る神である。それぞれ三柱の神は、天之御中主神を中心軸にして、高御産巣日神と神産巣日神が働いて大宇宙を司っているのである。

 更に、大宇宙神・天之御中主神の左右の守り神である、高御産巣日神こと毘沙門天
(びしゃもんてん)と、神産巣日神こと摩利支天(まりしてん)が左右からそれぞれの「力」を司り、宇宙創造の根源を為(な)している。

 昨今は「礼の失われた時代」である。「低頭
(ていとう)という意味すら知らない老若男女が増えている。礼を知らないのは、何も若者だけではない。いい年をした壮年の大人から子供まで、礼を知る者は少ない。

 武術や武道を愛好していても、それは趣味の領域であり、その枠
(わく)から超越して、探究を行う修行者は、ほんの僅かでしかない。「武は礼に始まり……云々」と説く、武術家や武道家すら、本当の礼儀とは如何なるものか、全く知り得ないのだ。したがって人倫が乱れ、世の中が騒然(そうぜん)となるのも当然である。

 往古の武人達が、高い品位と風格を保ち得たのは、単に殺伐
(さつばつ)とした撃刺(げきし)の為の暴力を振るう為に、種々の技を磨いたのではない。厳しい稽古に明け暮れる一方、常に学問に励み、名誉と恥辱(ちじょく)に対する感覚をも、同時に磨いていたのである。

 競技武道といい、格闘技といい、その目的は人格や品格を磨く事より、「勝つ事のみ」にその重点が置かれている。叩けばいい、打てばいい、突けばいい、蹴ればいい、倒せばいい、投げればいいと云った「勝ちを競う」こうした種目の類は、角度を変えれば、人を斬り殺し、突き殺し、蹴殺すと云った暴力肯定の屠殺人
(とさつにん)の其(そ)れであり、原水爆や高性能兵器が開発されている現在、単に勝ちを求めて競う事は、人類にとってこれほど有害なものはない。



問答 40
身を以て学ぶ大事について教えて下さい。また、「身の始末」も大事だと思うのですが、如何にしてそれを遂行すべきか、教えを請いたいところです。

 自分の「身の処し方」を学ぶ、それが西郷派大東流合気武術である。
 しかし、現代に伝わる多くの武術や武道は、勝つ事ばかりにこだわり、人間として一番大事な「身の処し方」は、殆ど教えていない。

 「身を以て学ぶ」という修練の道が、西郷派大東流合気武術である。そこには、人間としての踐むべき道が説かれているからだ。それは、一挙手一投足に及ぶ。

 わが流の起居振る舞いは、「坐る」「立つ」「歩く」「退く」「膝行」「膝退」「膝側」「転身する」「捌く」「躱す」「引く」「出る」「退く」「押さえる」「固める」「極める」「臥せる」「挟む」「掛ける」「抱える」「倒す」「投げる」「打つ」「蹴る」「突く」「当てる」「刺す」「絞める」「潰す」「挟む」「落とす」「斬る」「薙ぐ」「受ける」「止める」「流す」「目配り」「気配」「視る」等の動作を行い、これを行動律にしているが、こうした姿を見ただけで、おおよその実力が見当つくものである。

 これを裏側から見れば、人間の行動律と言うものは、単に練習を繰り返すだけで身に付かないと言う事であり、その裏側には精神の修養と云うものがあるという事が分かる。心の伴わない修練は、単に狂気の術であり、そうした愚を犯さない為にも、まず己の裡側
(うちがわ)を掘り下げ、「自分とは何か」という事について、深く探究しなければならない。

 己を探究する事を知らない者は、自分の欠点より、他人の欠点を論
(あげつら)う。他人の欠点ばかりに目を向け、そこを鋭く批判する。しかし自分の事となると、寛大であり、実に甘い。そして自分が見えなくなっている。
 「自身の身を処す」といえば、厳しい練習と抑制と受け取られがちだが、こうした表面上の、表皮の部分を云うのではない。それ以前の、一挙手一投足を云うのである。

 例えば足遣
(あしづか)いだ。
 わが流では、歩く際、「跫音
(あしおと)を立てるな」と厳しく指導する。猫のように静かに歩き、人に気配を感じさせないように歩く事が大事だと教える。
 武人は幼少の頃より、こうした躾を厳しく云われて来た。跫音を立てる輩
(やから)に、武術練達の士はいない。未熟者は跫音が大きく、その間抜け振りすら、自分で気付く事が出来ない。足を引き摺り、あるいは踵をついて、間抜けな歩き振りで、自分の居場所を知らせてしまう。

 これは、「自分が此処に居て、此処を攻撃せよ」と云っているようなものである。こうした人間は、必ず事故に巻き込まれたり、間抜け振りが祟
(たた)って敵に総(すべ)て読まれて、自分の命を落とす破目(はめ)になるであろう。

 足遣いは非常に大事なものである。稽古事なら殆どがそうであり、日本舞踊にしても同じであろう。舞い手がどの程度の腕前であるか、跫音を聞いただけで分かるのである。
 また足遣いや、足捌
(あしさば)きにしても同じである。こうした心掛けは、単に技術的な猛練習によって得られるものではない。普段からの心掛けがモノを言うのである。

 更に、それに接する「戦闘思想」と言うものが、普段の心掛けを構築するのである。
 跫音の大きな、間抜けな人間程、早々と命を狙われ、短命で終わるのである。行動律に戦闘思想がないからだ。

 最近の競技武道や格闘技では、試合中心の格闘を演ずる為、「足運び」や「歩行」について、あまり注意を払わないようであるが、本来はその行動の中は、大変な極意が隠されているのである。自分の身を持て余し、我が身の処し方を知らない者は、表面のみの現象に囚
(とら)われて、内面的な動揺に波立っている事が気付かない。人や物に接触したり、物に躓(つまず)いたり、跫音を響かせるような者は、武術鍛練中の修行者にあるまじき不用心の主である。神経の粗雑さを物語るものであり、不用心と云うべきである。身の処し方を知らない為である。

 また、身だしなみについても、身の処し方を知らない者は、清廉、質素、機能的と言うシンプルな箇所にも、無駄な贅肉
(ぜいにく)を付けており、その行動は雑で、間抜けである。隙も多い。こうした雑な面や、間抜けな仕種(しぐさ)は、敵から観察されて命を落とす場合もある。

 身だしなみは服装の事だけに留まるものではない。その時、その場の、その者に最も相応しい身支度
(みじたく)こそ、「よい身だしなみ」と言えるのであって、喩(たと)えば登山には通常の皮靴は不似合いであろうし、山行には機能的でなく、また、農作業に背広着用ではまずいであろう。
 したがって、その場にそぐわないモノは不向きであるという事である。

 人間は外に目が向かっている為に、他人の事は能
(よく)く見えるであろうが、自分の事はあまり良く見えないものだ。主体はいつも自分にあり、自分を中心に主観的に考える傾向がある。こうした普段の主観的環境に慣(な)らされてしまった者は、配慮の無さを他人から指摘される迄は、中々自分の非に気付かないものである。

 席次とか、順序と言うものを無視したり、気付かないと言うのが実情であり、礼法を知っている熟達者から指摘されるまでは、格別不思議とも思わないし、恥ずかしいとも思わない人間が多いようだ。

 しかし、自分の身の処し方の一つとして、人間の顔付きが、そうであるように、行動様式も、あるいは精神的内面性の行動律も、特有の相
(そう)によって顕われて来る。それは話し方であり、普段の姿勢であり、食事の仕方であり、仕事振りである。聡(さと)い者はこうした「相」を客観的に観察するが、疎(うと)い者は鈍感であるばかりでなく、師の席や領域を侵したり、間違いを指摘されてもこれに気付かないのである。鈍麻(どんま)により、要するの魂が曇り、霊的神性が退化しているのである。人間が鈍麻になるのは、食餌法に問題があると言えよう。

 こうした事実は企業家等にも見る事ができる。
 経営者が食事について注意を促
(うなが)さないような企業は、そもそも礼儀がないので、またあらゆる面での作法が抜け落ちている。何を喰っても自由とする企業や、食餌法に疎い企業は、間抜けな社員が多く、業績も低迷の傾向にある。
 顧客を下座
(しもざ)に放置したまま、無関心でいる経営者は、やがて顧客から見放されて事業に躓(つまず)く事は必定である。斜陽は此処から始まる。

 また、国旗や先達の遺影を下座の壁に掛けて、この状態を不思議に思わず、道場を、ただトレーニングの場にしている道場主は、有識者から重んじられると云う事は決して無いであろう。人の集まる席上で、上席も末席も区別のつかないような鈍感な人間が、道場師範や師範代を行っているような道場では、幾ら武技に優れていたとしても、身の処し方や礼儀を知らない者は、やがて人から疎
(うと)んじられ、晩年は辛い老後を過ごすであろう。
 ここに「身の処し方」と「わが身の始末」の根本問題がある。要するに「けじめ意識」であり、守るべき人間の道を踏み外せば、あとは落ちる以外にない。




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