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内弟子問答集 7

問答 22
武士道で云う「慎む」ことや、「敬う」こととは、いったい如何なる事なのでしょうか。。

 「敬」を守れば大きな過(あやま)ちを犯すことはない

 「敬」とは、「うやまう」ことや「慎む」ことを顕わし、「敬」の付く語に「尊敬」とか「敬愛」とか、また「愛敬
(あいきょう)などという言葉がある。
 以上の言葉は、互いに、相手の立場を尊重し、筋道に沿った行動と言動を行って、自分自らの身を律して行く、言動ならびに態度の行動原理である。

 互いに犯されず、あるいは犯さず、これについて武士道では、上下の差別はないと教える。つまりこれが、何人からも侵略を受けない「負けない境地」の事であり、この境地の原点には「敬」が存在する。互いに、相手を尊敬して、うやまっているからこそ、犯されず、犯さずの拮抗
(きっこう)が保てるのであって、世界でも、一国の国家でも、このバランスによって運営されている。

 ところが、和を乱す不穏な国家が存在すると、この拮抗は忽
(たちま)ちのうちに崩れ、国内では内紛が起り、隣国の間では国境紛争に発展し、しいては各国間に戦争が起こり、最悪の場合は世界大戦へと発展する。人類が二度体験した世界大戦は、互いに犯さず、犯されずの拮抗が失われたからであった。つまり、「敬」に欠如があったと言える。

 「敬」の一字に心掛け、互いに犯さず、犯されずの精神を貫けば、喩
(たと)え、末端部分で知識不足から、ルール違反が発生したとしても、概ねは互いの心の裡(うち)に、うやまいと慎みがある為、ルール違反が許されないなどと、目くじら立てて争いになることはない。
 これは、「敬」を知る為、概括的
(がいかつてき)な心得で運営されているから、重箱の隅をほじくるような愚行に陥らないからである。

 しかし昨今の国際情勢や、それに絡む政治や経済情勢を見てみると、相手の欠点や、言葉尻の揚げ足取りばかりが盛んで、肝心な「敬」の一字で運営している国家など一国もない事が分かる。

 『論語』に記される言葉の中にも、「敬」の一字が登場する。
 これによれば、「言
(げん)忠信(ちゅうしん)、行(おこない)篤敬(とっけい)ならば蛮貊(ばんばく)の邦(くに)といえども行われん、言忠信ならず、行篤敬ならざれば州里といえども行われんや」とある。これは忠信に合わせて、「篤実恭敬(とくじつきょうけい)」の精神を説いたものである。則(すなわ)ち、人情にあつく誠実なことと共に、慎み、敬うことを説いたものである。

 言葉が誠実で、行動の中に相手を犯さない慎重さがあれば、世界の何処の国の、何処の集団組織とも仲良く、立派に付き合っていけるが、「敬」を知らず、あるいは忘れてしまえば、争い事はいつまでも止む事のないという喩
(たと)えを顕わしている。

 昨今は武道界でも、大学の体育会の各武道部でも、競技する種目や、流派などが異なると、途端に犬猿の仲となる。互いに誹謗中傷合戦が始まり、マイナーな武道雑誌までを駆使して誹謗中傷の手を緩めない、思い上がった団体が少なくない。そしてその団体の長が、自分を称して「日本一」とか、「世界最強」などと豪語しているから恐れ入る。

 「礼節謙譲」だのどと、安っぽく公言している団体でも、ひと皮剥
(む)けばこの程度の人間の集合体であり、「道」だのと言っていても、他を中傷誹謗するようであるくらいだから、こうした自らを憚(はばか)る事の知らない団体に、「道」などあろうはずがない。最近の武道界で、殊(とく)に目立つのはこうした程度の、低いレベルで、他を誹謗(ひぼう)する愚かな幼児的な泥試合を展開していることだ。

 流儀や組織、また指導者や幹部連中が、「敬」の一字の意味を知らなければ、犯さず、犯されずの拮抗は忽
(たちま)ち破壊され、醜い泥試合を展開しなければならなくなる。こうした事にも、真摯(しんし)に耳を傾けない武道家や武術家は、今や増加の一途にあるようだ。同じ日本人として、「武」を語るには恥ずかしい限りである。



問答 23
人間に備わった「徳」とは、いったい如何なる事なのでしょうか。また、一般に「徳が高い」などと言われますが、徳の高さとはどういう事を言うのでしょうか。

 人生を生きて行く為には、「志」と「勇気」が必要である。この両者は車輪の輪の如しであり、何れの片一方が掛けても駄目である。両方揃って、はじめて機能するのである。この機能下には、人から侮(なはど)られないという品性があり、これは善い行いをする性格となる。その為に、道を悟った行為が必要となる。
 そして、人を感化する人格の力は、やがて神仏の加護をも得て、一切が味方となる。これを「人徳」と言う。

 これが人から侮られない為の最低条件である。「徳」の高い人間は、日々の地道か稽古を通じて、単に腕力や瞬速を競うだけの個人的闘技に固執せず、心の裡
(うち)に太陽のような、志と勇気をもって「徳」を積み上げて来た。
 そして、人の「徳」の高さは、同時に「品格」の高さでもあった。


 人の志は「品格」の有無で決定される。品格は志の別名であり、志を胸に秘めている者は、気高(けだか)い品位を持っている。
 その品位は、人に自然に備わっている人格的価値であり、品格とも云われる。品格は、目的意識としての将来の「見通し」を明確にし、人が何を考え、何を求めて求道
(ぐどう)の道を進んでいるのか、その心の向う方向を自(おの)ずと示してくれる。

 さて、尚武
(しょうぶ)を語り、武勇について論じていると、何やら猛々(たけだけ)しい、強(こわ)持ての、近寄り難い人物のように誤解され易いが、これは大きな誤りである。
 本当の志を裡
(うち)に秘めている者は、威張り腐ったり、頭ごなしに他人を扱ったり、目下を罵倒(ばとう)するような暴言は吐かないものである。

 志は、別名、「親切心」の標榜
(ひょうぼう)である。また「厚意」の現れである。身に纏(まと)った品性でもある。そして愛情も兼ね備えている。したがって鄙劣ひれつ/品性・行為などの、いやしく下劣なこと)な態度には出ないものである。
 「親切」の言葉からも窺
(うかが)えるように、物言いは「優しさ」がある。しかし物言いが優しいからと云って、その人が軟弱であるという事ではない。
 それは逆である。軟弱な人間程、「空りきみ」があり、威
(い)を張って見せるものである。
 巷間
(こうかん)で、「弱い犬程、よく吠える」と言う。まさにこの言は的中である。弱い犬程、よく吠え、相手が年下とか、弱いと見抜けば、とことん吠え捲(まく)り、更に、バックに何者かが控えていると、「虎の威を藉(か)る狐」を決め込む。

 しかし、心に目指すところのある者は、こうした愚行は侵す事がない。
 酷薄な印象を与える人間は、古来より、君徳
(首長の徳)の欠ける者として決して高い評価は下されなかった。温情味がなく、人生の機微に疎(うと)い者は、評価が低かったのである。何故ならば、明治維新前、武人と言うのは当時の知識層であり、その見識の中には、深い思慮と、人間理解の徳育の成果が備わっていたのである。

 西郷隆盛は当時、武人の典型のような人物として深い尊敬を受けていたが、この尊敬は、彼が猛々しい、武張った人物では決してなかったからだ。
 時代小説や時代劇では、作者が勝手に作り上げた武張った武士が登場するが、武士も上・中・下のランクがあり、陽明学者の中江藤樹
なかえとうじゅ/江戸初期の儒学者で日本の陽明学派の祖)が上のランクを付けた武士は、猛々しい武張った武士ではなかった。

 「志合えば胡越
(こえつ)も昆弟こんてい/兄弟の意味で、「昆」は兄の意)たり」と『漢書鄒陽伝』にはある。これは、志が合えば、疎遠な者も兄弟のように親しくなれることを表す意味である。それに、年齢の差など関係がない。
 西郷隆盛は、自分より遥
(はる)か年下の、少年少女に対しても、無礼・乱暴な態度で接しなかったと言う。
 一般に、年下の者や目下の者に対しては、物事を粗略にするように、軽く見下し、横柄な態度でこれに接する。特に、少年少女ともなると、更に見下し、これを甘く見る。

 凡夫
(ぼんぷ)か、篤実の人かの境目は、年下や目下の者の接し方によって決定されると言ってもよかろう。凡夫は年下や目下を甘く見るばかりでなく、特に、少年少女に対しては一個の人格を備えた人間とは見ないようだ。したがって、その口の利き方も横柄であり、傲慢(ごうまん)であり、辛辣しんらつ/極めて手きびしいこと)である。頭ごなしに見下して懸(かか)る。

 ところが西郷隆盛は、幼い者にも、一個の人格を備えた立派な存在と看做
(みな)し、これを遇する事を識(し)って居たと言う。
 現在の教育者でも、小児に対して、若年層の子供を一個の人格ある存在として看做す者は稀
(まれ)である。教えるが側と、教わる側に境界線を引き、境界線のこちら側は教える方、向こう側は習う方と、しっかり線引きし、教えるが側の物言いで、甚だ傲慢な態度でモノを言う教師が少なくない。それでいて、「自分は教育者」などと胸を張る。
 そして、「弱い犬程、よく吠える」と言う諺が思い返される。

 人間理解とは、「人間観察」の事であり、これをよくすれば「徳」が備わる。人間観察の確かな眼を持っていれば、当然温情味も出来、人に尊敬される一面を備える事が出来る。武家の目利きの基準の一つとして、「温情味」をいう事が挙げられていた。温情味がなければ、武人としては高い評価が下されなかったのである。

 かつて旧日本海軍はイギリス海軍を手本に、海軍士官を育てた。そして日本海軍士官がイギリスから学んだ事は、紳士の意味を持つジェントルマンであった。
 ジェントルマンは英語でのgentlemanの「静かで優しい人」を指し、単に日本語解釈で言われる、「殿方」だけを表す語ではない。同時に「勇敢」も表すのである。

 「勇敢」といえば、「勇気」を連想するが、勇気とは戦場だけで発揮するものではない。戦場から遠く離れた処でも、勇気は発揮できる。知略や武略も勇気の一つであり、喩
(たと)え裏方に準じていても、勇気は発揮する事が出来る。

 関ヶ原の戦いの際、薩摩の武人達は知略を配して中央突破作戦を試み、見る者の肌に粟
(あわ)を生じさせ、島津義弘以下数十騎が一気に薩摩まで駆け戻ったではなかったか。この決然たる行動は、まさに勇気のそれでなかったか。

 この勇気の裏には、優しさがあった。その優しさの裏には、柔軟な頭で、知略も武略も自由自在な発想があった。そして忘れてはならない事は、武人としての温情味だ。これを考察すると、単に試合に強いだけでは、こうした発想は生まれないという事である。




問答 24
人間の外側を飾る為にある、学歴や肩書きは、果たして人生には必要なのでしょうか。

 何処で、誰から、何を学んだかは問題ではない。問題になるのは、その人間の持つ、「中身」である。表皮を飾り立てた学歴や肩書きは、単にその人間の心の中のコンプレックスに過ぎない。

 尚道館では門人の「質」を相手にする時、その人の学歴や学閥、経歴や肩書などは一切問題にしない。また過去において、何処で、どのような先生につき、何を学んだかも問題にしない。特に段位と云う紙切れは、我が流の修行にとっては無用の長物であり、なまじっかこうした肩書きは、邪魔になるばかりである。
 尚道館で相手にするのは、学歴や学閥、経歴や肩書などに左右されない、その人の備えている「品性」であり、「ナマの教養」である。

 成人年齢付近に達しながら、現代人は礼儀を知らない為に、その品格は極めて低い人間が多い。その為に、「不文律」という暗黙の了解や、文章に示された法律や規則以外の慣習を知らない者が多い。一々文章に認めた法や規制ばかりを重視して、無形の規則である「不文律」を蔑ろにする。

 昨今は「大東流○○会」「○○をする会」「○○会館」などの会派を作りたがる傾向にあり、会員名簿を作り、これに規制を加え、規約を定めて、何事かを決定しつつ組織化を図ろうとする。しかし一方で、トラブルも発生し、派閥同士が睨
(にら)み合った、仲たがい現象や、越権行為などの、無用のトラブルも発生している。そして更に、そこから分派が生まれると言う現象が起る。

 こうした会派の多いのは空手団体であり、それに続くのが大東流の○○会である。そして表向きは「礼」を標榜
(ひょうぼう)しつつ、裏では越権行為を働いたり、他派の中傷誹謗を行っている。
 言論の自由を標榜する民主主義では、進歩的文化人のポーズがその儘
(まま)、こうした組織運営にも及び、欧米で生まれた民主主義の対処に誤解があるようだが、欧米における民主主義の実情は、日本人が呑気(のんき)に考えているような楽観できるものではない。

 欧米の民主主義は平等を標榜しつつも、実は、幾つもの階層に分かれた階級社会であり、自分の所属する階級が異なれば、同じ部屋に同室も出来ないと云う現実があり、階級によって物を考える社会である。したがって階級が異なれば、親しく言葉を交わしたり、同じ場所に同席する事すら許されないのである。

 民主主義の実態は、人間不信に基づき、便宜的に考え出された一つの政治手段であり、この発祥は、余儀無い事情から派生した社会システムである。したがって「不文律」という有効に機能する暗黙の了解と云う意識に欠けるものとなる。また、「以心伝心」という感覚の疎
(うと)い物質文明中心の欧米人は、実は不文律が、民主主義下の便宜的な手法より、有効に機能すると言う実情を知らない。

 この事は、今日の現代日本人の「不文律」崩壊にも言える事で、民主主義が適性に運用する為には、国民個々の理性や知性が充分に働かなければならないと云う実現に至って、はじめて正しく機能するものであって、味噌もクソもが混合した器
(うつわ)の中では、正しく機能しようがないのである。

 さて、「作法」というのは、礼の意識が形として顕
(あら)われたものであるが、ややともすると作法は教条化し、規定化し、固定化する恐れがある。そして規律や規則や法令と同一視されてしまう事もあり得る。
 ところが、これにブレーキをかける役割を果たすのが、「見識」と「感覚」である。
 見識と感覚は、「人情の機微」を母体にして派生するものであるが、これは同時に、人間に対しての敬意の現れでもある。

 かつて我が国では、戦前・戦中において、新兵教育と称して一銭五厘の赤紙
【註】市町村に属する地域の役所の徴兵係の職員が、召集対象者のいる家庭を一軒一軒訪問して「赤紙」といわれる各連隊宛の出頭命令書を配り歩いた事に由来する。したがってこれらは、一銭五厘の葉書では郵送されなかった)と称される召集令状で、兵役に達した成人を招集し、頭ごなしに、罵倒と殴打を教育内容とし、「教育」の名を借りた「新兵いびり」があったが、これは人格を無視した卑劣かつ粗暴な指導法ではなかったか。

 また、人間の命が一銭五厘と言う安価な価値しか認められなかったことも事実であった。要するに一兵卒は、軍隊を指揮する将軍達の取り替えの利
(き)く消耗品であり、その根底に、将軍達の末端に対する人格無視の、無知を見るのは何とも残念な事である。

 しかし往古の武術家達の指導法は、これと異なっていた。人に対して「敬意」を払う事を忘れなかった。頭ごなしに罵倒したり、殴打を喰らわすということはなかった。
 本当に強い人間は、弱者に対して人情の機微があり、これこそが武士道で云う「強きを挫
(くじ)き、弱きを助ける」という、温和で、優しい武人の態度ではないか。

 かつて武門では、その身分や家柄などには一切関係なく、登城の際には脇指を帯刀させ、また何等かの不都合があって、上意討ちに至った場合、討ち果たす相手に対しても、脇指の帯刀を許し、敢て刃向かわせる事を許していたのは、双方に対する敬意の現れであり、「相手の聖域は犯すべからず」という意識が働いていたからである。

 尚道館では、地位や年齢に関係なく、限度が超えるような無茶な暴言や暴力に対しては、例え相手が国家権力者や教師的立場にある者や、親であっても抗議せよと教えている。また、その場を危ないと思ったら、速やかに退避せよと教える。
 それは、無抵抗な、弱い立場にある者を、反撃を許さない一方的な攻撃手段で腕力を振るう事であり、これは、か弱き女性を力ずくで強姦
(ごうかん)する行為と同様である。こうした行為は、古来の武門の作法を持ち出すまでもなく、変質者の遣(や)る事である。

 武術家の修行と精進は、スポーツ格闘家や競技武道家と異なり、試合に勝つ事や、勝つ事だけを目指してハード・トレーニングを行うものではない。究極の目的は、高い理想と、志を持ち、己が霊魂
(たましい)の純粋性を鍛える為に、修行に明け暮れる事をその重要課題にしているのである。
 したがって「弱きを助ける」というのは、武人の持つ高い品位の現れである。

 だが現実問題として、巷間
(こうかん)では、格闘技やスポーツ武道は、ケンカに強くなりたいとか、強くなる事で女にモテて、馬鹿にしている者を見返したと言う幼児的な目的で、叩き、突き、蹴り、投げ、倒すという事に、青少年の大事な時期を費やしている者も少なくない。もし、人を斬り殺し、突き殺し、蹴り殺す事に習熟するだけのことなら、それは武人の目的とは程遠い、屠殺人(とさつにん)でしかないのである。

 武術家や武道家の中には、自分の師匠の正統性や、流儀の正統性ばかりを重んじ、系図のみを重んじて、これに誇張を加える者がいる。しかしこうした人間に限り、高い品位や風格を持ち得ない人間が多い。それはまるで「撃刺の技」を自慢するようなものである。
 武人は常に、学歴や学閥に左右されない「ナマの教養」を身につけるべきであり、同時に、名誉と恥辱に対する態度を磨くべきなのである。

 尚道館では、古人の培った西郷派大東流合気武術を、以上の事に照らし合わせ、再度、洗い直し、磨き直し、鍛え直して華を咲かせ、古人の理想と志を損なう事なく、次の世代に譲り渡すべく、内弟子達が中心となって、己の魂を研鑽
(けんさん)する指導に力を注いでいるのである。



問答 25
内弟子を志願する場合、適当な人と、そうでない人がいるのでしょうか。また、こうした分類は何処で為されるのでしょうか。

 尚道館で内弟子には適当でない人間と定義しているのは、まず、「優柔不断」な人間である。この種の人間は固くお断りしている。優柔不断は迷いから起るものであると同時に、その人間の「心の弱さ」を顕わしている。

 尚道館で内弟子として適当と思う人柄は、次の通りである。
 まず性格的に優柔不断ではなく、樸
(すなお)で猜疑心(さいぎしん)の少ない人である。

 中国の故事に、「外寛内忌、好謀無決
(がいかんないき、こうぼうむけつ)と云う言葉がある。
 これは、外側は寛容に見えながら、内側は疑い深い上に、嫉妬心が強い。謀
(はかりごと)を好む癖(くせ)に、決断力が欠ける。こうした人物は何不自由なく、我が儘(まま)に育った良家育ちの「坊ちゃんタイプ」の人間に多い。つまり武術家不適当の「優柔不断」という事である。
 優柔不断は武術指導者としては、極めて危険な人物なのだ。

 また、表面的には思慮深くて、人当たりが良く、好人物のように見えるが、その内心は、八方美人であり、思慮はそれ程でもなく、注意深いように見えて、慎重に判断する事が出来ず、こうした人間を近付けたり、あるいは近くにいると思わぬ災いを受ける恐れがあるのである。その上、猜疑心が強い為に、迅速な行動をとったり、決断力に欠けるので、やがては「患
(うれ)い」をもたらすのである。

 『三国志』では、こうした人間を指して、その人間評価は「表向きの外貌
がいぼう/外面)は儒雅じゅが/儒学を修め、文にすぐれていること)なりと雖(いえど)も、心に疑忌(ぎき)多し」と言われている。

 こうした人間は、運勢的には「凶」だ。一生涯、直ることはない。
 また、状況が複雑になると、疑い深い人間は、最終的な決断が出来なくなって、最後には墓穴を掘るのである。「凶」たる所以
(ゆえん)は、実に此処(ここ)にある。

 内弟子として入門するに当たり、運動神経や技量的な才能や素質は一切問題にしない。才能や素質に恵まれていても、それが通用するのはスポーツや格闘技の狭い世界に於てだけである。
 尚道館では、才能や素質はそれほど重要視しない。重要視するのは、その人間の持つ人間性だ。また、持って生まれた品位と品格だ。これに欠ける者は、一時期有名を馳せたとしても、その栄光に有頂天になって、気付いた時には過去の人となり、やがて寂しい晩年を過ごすことになる。

 かつての有名を馳(は)せた、往年のオリンピック選手が、晩年どのような人生を送っているだろうか。また、横綱を張った相撲力士が、プロレスの選手が、プロボクサーが、キックボクサーが、あるいは大リーグに居たプロ野球選手が、Jリーグ選手が、是非一度こうした人達が、その後どうなったか追跡調査すれば、彼等が晩年どのように暮らしているか、一目瞭然である。十年後、二十年後は、完全に人から忘れ去れらた晩年を迎えなければならなくなる。

 十年、二十年経った後に当時の選手で、果たして、今なお、英雄として尊敬を集めている人間が何人いるだろうか。
 彼等を視るがよい。過去の栄光に縋
(すが)り付き、忘れ去られたまま、寂しい晩年を送っている人間が殆どではないか。

 試合できる間は、タレント有名人として持て囃
(はや)され、また、本人も有頂天になって、強(こわ)持てで、取り巻から傅(かしず)かれるが、歳をとり、試合が出来なくなると、途端に人々の記憶から忘れ去られてしまう。所詮、スポーツ・タレントの世界とはこのようなものだ。
 選手は使い捨てであり、弱くなれば、次々に新しい予備軍がこれに代わり、まるで地から湧いて来るように次々に浮上して来る。そしてその背後では、組織が潰れない限り、永久に旨い汁にありつける連中がいる。それは興行を仕掛け、組織を牛耳る主宰者と取り巻き幹部のみである。選手ではない。

 では、人々の印象から何故消滅するのか。
 それは、興行が娯楽であるからだ。更に、金や物や色を含まない、無形の財産目録が彼等にはないからだ。
 日本人の多くは、彼等同様、金や物や色を外せば、忽
(たちま)ちのうちに無形の財産目録は消滅する。若い頃、喧嘩で慣らした晩年の喧嘩師程、その後の人生は惨めなものはない。
 過去の経歴や栄光は、このように脆
(もろ)いものであることが、読者諸氏にはお解り頂けると思う。

 尚道館では、過去を相手にするのではなく、常に、幾つになっても「今」を相手にするのだ。
 したがって優柔不断
(方災を暗示)は「凶」【註】「災い」の意味を持ち、間接的に人を傷つける。《八門遁甲》では邪言(よこしま)の意)と定義する。また、尚道館で求める人物像は、潔(いさぎよ)いところがあり、心の迷いが少ない、優柔不断でない人に限られる。

 優柔不断は、わが尚道館の長い歴史の中で、武術家に不適当であると言う、苦い経験の上から導き出された結論であり、こうした性格の持ち主は最終的に「災いを齎
(もたら)す最悪の人間」であると断定する。
 「今」に生きる人間か、「過去」に生きる人間かの差も、実は大きい。人間が生きている、その実体は「今」しかないからである。



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