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運命転換術 2


●この世には逆因果律の《予定説》が働く

 人間の運命を考える上で、因縁と言うものが問題になり、《予定説》で言うならば、まさに逆因果律であり、逆因縁である。こうした結果は、最初から、予め予定されたものだったのだろうか。あるいは予定されていたとして、「後天の気」において変更することはできないのであろうか。

 人間と言う生き物は、先天的に、親から受け継いだものと、後天的な、環境や育ちで受け継いだ「二種類の気」で成り立っている。
 人は誰しも、性質や体質を、ある一定の配分量の確率で両親から受け継ぎ、あるいは両親を通り越して、祖父母から受け継いだものをも所有している。両親の何
(いず)れかに貌(かお)や性格が似るのはこの為である。これが先天的な要素を造り、後天的なものは家庭環境やその育ちなどである。

 次に、先天的かつ後天的な性質や体質を受け継ぐ人間は、それに加えて、情報と情報処理と言うものが問題になってくる。そして人間の情報処理には、二つの系
(けい)からなっている。
 一つは「能力」であり、もう一つは「類型」もしくは「様式」である。情報は、人間の個性によって各々受け取り方が違う。

 また能力とは、それを処理する上での、高級か低級か、緻密
(ちみつ)か粗雑か、奥行きが有るか無いかなどの程度の「差」を言い、類型とは、受け入れる際の「個人の型」を言うのである。つまり受け入れの際の、個人の「個性」や「性質」の事である。これに密接に絡んでいるのが、「個人が持って生まれた性格」である。これは「持った生まれたもの」であから、生涯変ることがない。

 よく運命屋や職業祈祷師らが、智慧
(ちえ)の足りない他力本願者に、「自分の性格は変えられる」などを騙して多額の金銭を巻き上げる悪質な商売があるが、相談する方もされる方も、最初から同じ性格を持った者同士が、同じ土俵の中で金銭の争奪戦をしていることになる。これが類は友を呼ぶ喩(たと)えである。

 したがって、情報とは、能力と個性によって受け入れられ、取捨選択と言う形で処理されていく。つまり処理された記憶によって、その後の記憶が受け入れられ、更に試行錯誤を繰り返して、経験や体験の記憶が集積されていく。このレベルでは、何の矛盾も発生しない。
 ところが記憶に関して、根本的な問題が派生する。それは人間の記憶が、自分がこの世に生まれてから始まっているものではなく、生まれる以前の過去世
(かこぜ)からの記憶が存在する事だ。これを「因縁」という。
 運命屋や職業祈祷師らに騙される馬鹿は、騙される「馬鹿の因縁」によるものである。互いの同じ土俵の中で、「惹
(ひ)き合った」に過ぎない。

 生物と言うものは、過去からあらゆる経験や体験によって、記憶を蓄積し、必ずその影響を後世の生物に残し、生物はこの影響の下で、次の経験や体験を受け入れていく事になる。
 その影響の実体こそ、習気
(じっけ)と言うものであり、これが記憶痕(きおく‐こん)である。人だ誰しも、「記憶痕」を持つ。懷かしい心の故郷を持っている。あるいは「懷かしい脳」といってもよい。

 心理学的に言うならば、大脳の記憶中枢の内部に存在する痕跡
(こんせき)を示す「記憶痕」であり、この記憶痕は、そそまま形を変えて、次世代へと受け継がれていく。つまり記憶痕には、個体の記憶の他に、種族系統の個性が記憶として残っているという事である。

 この「個性」こそ、その人の運命を決定する因子なのである。個体における記憶が、その後に起る運命を暗示し、予
(あらかじ)め予定通りに履行する運命の記憶巣(きおく‐そう)を記憶しているという事である。
 したがって不幸現象の多くは、この記憶巣から引っ張り出された結果通りの原因が派生し、その因子によって、横死する者は「横死」という最期を迎えるのである。まさに《予定説》のそのままを人間の運命は、確実に履行していると言う事になる。
 運命が成立する場も、転機を齎
(もたら)す場も、「記憶の場」によって展開されているのだ。これこそ、実(げ)に恐ろしき、「記憶の場」と言わねばならない。過去世に刻み込まれた「記憶痕」が、運命が成立する「転機の場」を借りて、そこで運命の転機が図られるのである。

 ここに人間の持つ宿業
しゅくごう/現世に応報を招く原因となった過去世の善悪の行為)の悲劇があると言っても過言ではない。したがって不幸現象に遭遇するか、しないかは、一切知性と無関係になる。また、知性で解決出来る程、人の運命は単純なものではない。
 人間がホモ・サピエンス
Homo sapiens/知性人あるいは叡知人の意)といわれ、知性を持つ種族に、人間はなり得たが、運命と言う現象界を見てみると、それは知性とは一切無関係なく、人の幸・不幸が展開されている事に気付かされる。人間の人知の範囲では、運命の危機から回避出来るだけの智慧(ちえ)は、持ち合わせていない事になる。

 したがって「運命学」という分野で、人間の人生を見た場合、人の運命は、有能な運命学者が、それを予見し、その人の運命の総てを解き明かした時、その人の運命は、予見した通りに履行されると言う実例は無数にあるのだ。

 しかし、幾ら有能な運命学者でも、予見した運命を転換したり、改変したりと言う実例は、運命学にない。
 だがしかし、安岡正篤
やすおか‐まさひろ/大阪生まれの日本屈指の陽明学者。明治31年〜昭和58年)先生が著わした『陰隲録(いんしつろく)を読む』(竹井出版、平成2年2月21日初版発行)には運命転換法が記されている。
 そもそも「陰隲」とは、天帝が秘かに人間の行為をみて、禍福を下す事を指し、明
(みん)末期に纏(まと)められた道教の経典から由来した言葉である。そしてこの『陰隲録』には、中国明代の袁了凡(えん‐りょうぼん)の運命についての話が出て来る。

 この『陰隲録』は「立命の書」として、袁了凡が我が息子・袁天啓
(えん‐てんけい)に書き与えたものである。
 『陰隲録』が貫いているものは、「人間の運命」であり、また「人間の宿命」である。そしてその思想体系は、
「自らの努力によって、立命に転換していける」という直観内容に、論理的反省を加えて出来上がった思惟(しい)である。そしてこれは、体系的に純然たる、運命論を貫く、深い内容を包含している。

 徹底的な宿命観あるいは運命観の陥っていた袁了凡が、雲谷禅師
(うんこく‐ぜんじ)を棲霞山せいかざん/中国南京の北東、摂山にある名刹(めいさつ)であり、劉宋の泰始(465〜471)年間、明僧紹(明徴君)の創建。南朝三論宗の中心をなした)に訪ね、その深く感ずるところから、この特異な「運命転換法」は始まるのである。

 袁了凡は雲谷禅師という当代屈指の達人に遭
(あ)い、その教えを受けた。それによると、「禍福は、みな自分より求めないものはない」という真実の言葉であった。つまり禍福は、自分の不注意や、不完全から起り、これは自分が未熟ゆえに、自分で求めているようなものであると言っているのである。

 本来、俗人が考える事は、「禍福は人間の力ではどうにもならない」あるいは「人知ではどうする事も出来ない」というものであって、運命学的に言って、これ以上進展させる方法はないが、雲谷禅師の言によると、「謙虚、積善、改過」という道徳的精進によって、自らの運命を開拓し、素晴らしい人生を実現出来るという、運・不運の根源的な人生観を述べている。これにより袁了凡は、これまでの運命論者から一転して、運命転換論者となるのである。



●立命の書『陰隲録』

 安岡正篤先生は、『陰隲録(いんしつろく)を読む』の冒頭で、こう述べている。
 「運・不運というものは確かに人生にはあります。しかし本書を読めば、運を招き、不運を呼ぶその根本のものは、冥々
めいめい/事情のはっきりしないさま)の裡(うち)に、自分自身が作っているのであろうということを、真実味を帯びてさとられるのであり、ここに本書の妙味が存するのであります」と、難解な文章で書かれた『陰隲録』を見事に現代化し、私たちに「運命と立命」という課題で、分かりやすく解き明かしているのである。

陽明学の祖・王陽明(おうようめい)の著わした「一掴一掌血 一棒一條痕」の諌言を認めた安岡正篤先生の書(曽川和翁所蔵)

 さて、袁了凡なる人物を追おうと、この人は、明の時代の1550〜1600年代にかけての時代の人で、江南の豪族出身で、最初、官吏を目指した人であったが、母親から「医者になって欲しい」と言う願いを聞き入れ、最初、医術を学んだ人である。

 ある時、彼は慈雲寺を遊山した。そこで雲南の人で、「孔」と名乗る老人
ろうにん/一道に秀でた達人あるいは名人)に遭ったのである。この時の感想を、袁了凡は次のように語っている。

 「私が慈雲寺を訪ねた時、一人の老翁
(おじ)に出合った。この老翁は頬髭(ほほ)の長い偉大な風貌を持ち、飄々(ひょうひょう)とした仙人のようであった。私は思わずその老翁に敬礼をした。するとその老翁は、“君は官吏になって役人生活をする人である。来年は科挙(かきょ)の試験に向かってその勉強をやる事になる。しかし、今どうしてその勉強をしないのか”と訊(き)くので、自分は、実はこういうわけで……と、母からの経緯を話し、併せて老翁の名前と住所を聞いた」
 ここから『陰隲録』の物語が始まるのである。

 この孔老人は邵康節
しょう‐こうせつ/北宋の学者で易を基礎として宇宙論を究め、周敦頤(しゅう‐とんい)の理気学に対して象数論を開いた。1011〜1077)の秘伝を受け継いでいるという、大変な易の達人で、この老人が、袁了凡の一生涯の運命を占ったのである。孔老人の占いは凄まじく、悉々(ことごと)くが一致し、また予言の総てが適中した。これにより、袁了凡は驚嘆し、運命論者になるのである。

 後に袁了凡は、仕事で北京に行った時、棲霞山
(せいかざん)を訪ね、雲谷禅師に遭う機会を得た。一室の中で対座して、三昼夜眠らずに雲谷禅師と向かいあった。
 そして雲谷禅師が、袁了凡に問われて次のように言った。
 「多くの人が、聖人になれないのは、ただ邪念が付きまとう為である。ところが、あなたは三日間も座りっきりで、一念の邪念も起きる事はなかった」
 これに応えて、袁了凡曰
(いわ)く、「私はかつて易の達人である孔先生に、易断され、一生涯、栄辱(えいじょく)も生死も、皆その運命が定まっております。したがって邪念を起こし、妄想しようにも、妄想しようがありません。私の何もかもは、総て定まっているのですから」と落胆して言った。

 すると雲谷禅師は、にこやかに笑いながら、「私はあなたが期待されるべく、優れた人物であると思っていたが、ただの俗人であったか」と嘆き、失望を思わせるような言い方をされたので、袁了凡はこれをすかさず切り返し、その理由を訊
(き)いた。

 雲谷禅師が言うのは、「人間と言う生き物は、無心であると言う境地が中々保てない。したがって、最後はどうしても運命の陰陽の働きによって、支配され、束縛されてしまう。それはただの俗人作
(な)るが故の悲しさであり、本当に運命を転換させるのであれば、徳(陰徳)を積む事である。
 極善の人に対しては、運命もその人を当然拘束する事は出来ない。また極悪人に対しても、運命は、その業
(ごう)に引き回されて中々定まらないものである。あなたは二十年このかた、かの孔老人の易断に縛(しば)られたままで、少しも変化していないと言うのは、何たる凡人であるか」と厳しく叱責された。

 これに対して、袁了凡は、再び問い質
(ただ)す。
 「ならば、運命と言うものは、その支配から逃れる事が出来るのですか」
 雲谷禅師は「然様
(さよう)」と応えて、再び淡々とした話をされた。

 「運命は自分から造り、幸福は自分から求めるものである。功名を求めれば功名が得られ、富貴を求めれば富貴が得られる。また長寿を求めれば長寿が得られ、子宝を求めれば、男女何
(いず)れの子宝も求められる。これは仏教の教典にも書かれている事で、何故、仏や菩薩が人間を騙(だま)す事をしようか」と言われた。

 袁了凡は膝を乗り出し、「では御伺い致します。孟子は、求めれば得られるが、それは自分にあるものを求めるからであると言っています。道徳や仁義は、心の裡側
(うちがわ)にあるものですから、努力によって求める事が出来ましょうが、功名や富貴は本来、天にあるもので、幾ら努力しても求める事が出来ないのではないでしょうか」と。

 これに応えて、雲谷禅師は「孟子の言っている事は間違いではない。あなたが勝手に間違って解釈しているだけの事だ。六祖大師
ろくそ‐たいし/南宗禅の根本思想を説いた人物で、中国禅宗の第六祖の慧能(えのう)も次のように言っておられる。“総ての幸福の称する畑は心の中にある”と。
 心の中
(うち)に従って求めたならば、感じて通じないものはない。自らの裡(うち)にあるものを求めれば、ただ道徳や仁義を得るばかりでなく、功名や富貴すらも得られるのである。本来、自分が求めれば、裡(うち)に備わる道徳ならびに仁義はおろか、外に備わる功名や富貴も得られるのである。これが求めて益ある事である。しかし、我が身を反省せずに、外面のみに求めたならば、うまく行く筈(はず)がなく、内外ともに失うであろう。これが孟子の言う真意である」
 その後、袁了凡は孔老人が占ったこれから先の運命を、包み隠さず雲谷禅師に告げた。

 まず、清流に魚棲
(す)まずの喩(たと)えを上げ、自分は科挙の試験に合格しない事。子どもが出来ない事を告げた。
 雲谷禅師は「なるほど」と言って、「では、あなたは孔老人の占った運命とは考えを別にして、自分自身で求める通りの人生を考えてみなさい。科挙の試験が及第するか否か、また子どもが生まれるか否か。これをどう判断するか」と叱責するように言われた。

 袁了凡は暫
(しばら)く考えて、「及第する事も出来ず、子どもも生まれる事もありますまい。第一、科挙の試験に合格する人は、まず福相があります。しかし私は福相が薄く、陰徳を積み、善行を重ねて、幸福の基礎など造る事は出来ません。その上、世の中の煩雑(わずらわ)しさには耐えられず、度量も狭く、人徳もなく、なん人も受け入れるような寛容さもありません。また屡々(しばしば)自分の才能をひけらかして、それで他人を押さえ付けようとする事もあるし、思う儘(まま)に言動して感情的になったり、頭ごなしに罵倒(ばとう)したり、他人を中傷したり、誹謗(ひぼう)したり、口も軽く、軽々しい談義もします。こうした事は総(すべ)て自分の薄徳から出たものです。このようなありさまで、どうして官吏登庸(かんり‐とうよう)試験に合格し、高官などのになれましょう。
 土地の穢
(けが)れている処は、多くの物を生じますが、水の清い処では、魚が棲(す)まない喩(たと)えがあります。私は潔癖性ですから、子どもも授かる事がありません。これが子を持てない第一の理由です。
 春のような、和らいだ気は万物を育てますが、私のように感情に激
(げき)し易く、些細(ささい)な事で怒る性格では、和らいだ気はありません。子が持てない第二の理由は、これです。
 愛と言うものは、万物を育む本
(もと)であり、一方残忍は万物を育成させない根本となります。私は名誉とか節操とかを、自分の保身の為に、ただ自分を大事にし、それ等を失う事を惜しみ、また自分を犧牲にして、他人を救う事が出来ません。これが子を持てない第三の理由です。
 その上、私の過
(あや)ちを数え上げるなら、この程度ではとても納まらず、もう数え切れないくらい無数にあります」と、自分のこれ迄の非を、次々に吐露(とろ)し始めた。

 これを聞いた雲谷禅師は、「それは官吏登庸試験の合格・不合格、子どもの有る無しは、総て徳の如何によるものだ。その上、あなたは、いま自分の非を悟った。これまでを考えると、孔老人の占い通りであったが、これからは及第も出来ず、子も生
(な)せないという悪相を改め、つとめて徳を積み上げて、人の言を聞き入れるような度量を持ち、和やかな愛情を持つようにすればよい。そうすれば昨日までの自分は死に、今日からは新しく生まれ変わる事ができる。

 書経
(五経の一つで、尭舜から秦の穆公ぼくこうに至る政治史・政教を記した中国最古の経典。孔子の編という。漢代には尚書、宋代に書経といった)の太甲篇には“天が下す災いは、なお避ける事ができるが、自分の作った罪科による災いは避ける事が出来ぬ。どうしようもない”と云っている。
 つまり孔老人は、あなたに言った、科挙の試験も及第できず、子も生せないと占ったのは、書経の云う“天の為せる災い”と同じ事であるから、自分を変えれば避ける事ができる。徳分を充分に満たし、善行を行い、多くの陰徳を積んでいったならば、自分が作った福で満たされる事になる。

 自分が作った罪科による災難が、どうしても避ける事が出来ぬものならば、また自分の作った福も受け入れられないという事になり、そんな事があろう筈がない。
 過去の罪を真情に尽くして懺悔
(ざんげ)し、誓願文一通を作り、まず第一に科挙の試験に及第する事を願い、善事三千余りを行い、天地祖先の神々の徳に報いる事を誓う事だ」

 こうして袁了凡は、雲谷禅師から、自らの運命を根本的に変えてしまう
「人生の貸借対照表」の書き方を教わったのである。
 また、その他に「御符
(ごふ)の書き方」も習った。

 「予言書を書く家には、このような言い伝えがある。それは御符の書き方だ。御符を書く秘伝を知らなければ、鬼神に笑われると言うのである。この秘伝は、決して思慮を動かさない事だ。筆を取り御符を書く為には、先ず第一に、世間一切の因縁を捨て去り、一点の雑念も起こしてはならない。心に動揺なく、一切の蟠
(わだかま)りが消えて、澄み切った時機(とき)、最初の一点を書き下ろす。これを“混沌開基(天地開闢の初めをあらわし、物事のもといを開くこと)”という。
 これにより、一筆で書き上げて、その間、思慮を差し挟まなかったら、この御符は霊験があると云う事になる。
 あなたは、まだ無心になる事ができないから、ひたすら準提咒
じゅんていじゅ/規則や基本に則ること)を誦持(じゅじ)して実行せよ。その時に何回誦したとか、それらを記憶したりしてはいけない。間断なく誦持する事が出来て、初めて無心になれるのだ。そして念頭に、何も動かなくなって、始めて霊験が生じる」と、有り難いお言葉を頂いたのである。そして一切の福は、努力によって始まると、雲谷禅師は結ばれたのである。
 袁了凡の運命転換ならびに立命の実践は、この時に始まったのである。

 その時の具体的な対策として、孔老人から絶対に科挙の試験の合格しないと予言された、この試験に合格する事を第一の目標に定めた。次に、「三千の善行」を行い、積徳の行の実践を誓った。これは袁了凡自身が、これまでの不徳を転換する為である。


 定まった運命を転換させる為には、運命が支配する陰陽の周期から抜け出さねばならない。これから抜け出す為には、自分の生き方を変えなければならない。しかし運命を変えようと思ったところで、今までと同じ物の考え方では変わりようがない。運命を変えようと思えば、これまでの自分は、一度死ななければならない。死ぬ事で生まれ変わる。

 悪い事を積み上げていけば、その運命は悪くなっていく事は明白である。他人の物を盗めば窃盗犯であり、他人を暴力で傷つければ傷害犯とされ、人を殺せば殺人犯という、各々の犯罪者としての運命が待っている。
 反対に、良い方向に変えようと思ったならば、良い方向に変わっていく事は明白である。

 袁了凡は昨日迄の罪科の数々の非を顧みて、自分はこれまで、のんべんだらりとして、呑気に構えた生活を送っていた。日々を無駄に送っていた。これからはこうした事では、結局、運命の陰陽に支配されて、その周期に一喜一憂しなければならない。喜怒哀楽に振り回される。これでは旧
(もと)の木阿弥(もくあみ)だ。
 その支配から抜け出す為には、一挙一動、一言一句、等閑
(なおざり)に出来ない。人の見ていない、独り居の時でも、慎みを忘れるような事はしてはならない。

 また、他人から悪口を云われても、それに対して、軽々しく弁明や反論しまい。感情的な議論は軽々しく論ずるまい。それは、対象が天地でないから、他人から誹
(そし)られたくらいでは、自分の心は動かないのだ。
 そして、いよいよ「善事三千の行」を始め、運命転換に向けて行動を開始したのであった。

 しかし袁了凡は、自分の今日一日を反省して、それを振り返ってみると、余りにも自分の身に誤りが多い事に気付いた。道を行うにも純粋でなかったり、正しい事を行おうとしても、勇気に欠けていたり、他人の困っているのを黙って見過ごしたり、中途半端な事で妥協をしたり、信念が途中でぐらついたり、礼儀に反した事をしたり、間違った事を口にしたりということで、自分の反省点が多かった。

 あるいは、酒を飲まない場合は、身を保つ事が出来たのに、一旦酒が入ってしまうと、酒の酩酊
(めいてい)に従って気が大きくなり、約束不可能な事を約束したり、結局これまでの善行を帳消しするような事ばかりをしている自分に気付いた。せっかく善行を積もうとして行った努力も、これでは水の泡ではないかと嘆くのであった。そして、空しく時が過ぎ去って行くのを、自分でもどうする事もできなかった。

 再び初心に戻る事にした。雲谷禅師の教えを受けて感動した時の、自分の運命の転換法について再び考え直してみる事にした。人間は、常に初心に戻ってフィードバックしないと、信念を貫く事は出来ないものだと猛反省した。
 その日一日に、自分の運命転換への
「人生の貸借対照表」の善行の欄に、得点を重ねられなくても、気を落とす事なく、明日への善行を誓ったのである。こうしながら、袁了凡は「善事三千の行」を行うのに十余年がかかった。
 袁了凡は「善事三千の行」の誓を立ててこれを始めたのが、隆慶三年の己巳
(つちのとみ)の歳で、完了したのが万暦ばんれき/中国、明(みん)の神宗朝の年号)七年の己卯(つちのと‐う)の歳であった。

 孔老人の占いからは、残念ながら子どもは出来ないと言われて諦めていたが、辛巳
(かのと‐み)の歳に、男子天啓が生まれた。
 そして再び、「善事三千の行」を行った。これは四年で完了した。
 更に、次は進士及第の誓いを立て、「善事一万条の行」を行った。これは癸未
(みずのと‐ひつじ)の歳の万暦十一年(1583)の九月十三日で、進士試験に合格したのが丙戌(ひのえ‐いぬ)の歳であった。そして晴れて官吏になり、宝テイ知県(河北省)の知事に任ぜられたのである。



●人生の貸借対照表

 運命と同じように、陰陽の支配を受け、その中に取り込まれて、予定された通りの人生を履行しなければならないのである。つまり運命の陰陽の支配とは、貸借対照表で言えば、「資産の部」と「負債の部」の関係なのである。「負債の部」を抱えている人は、どうしても運命の支配を受けてしまい、この「そもそもの間違いは何処にあったか」と気付かされるのである。

 この場合、金銭的な情報を読み説く力が無かった事であり、これを運命に例えれば、「陰徳を積み上げる能力」に欠けていたと言えるのである。こうした人の多くは、金銭的には資産と負債の意味が分かっておらず、借金で買い込んだ物まで、自分の資産と勘違いしていたのである。
 したがって、これを運命に喩えた場合、いま一時的に順調に見える順風満帆
(じゅんぷうまんぱん)な時期を、自分の生涯の総てと勘違いしてしまう事なのである。「満つれば欠ける」という運命の支配を知らなかったのである。こうした人は、予定された通りの人生を履行する事になる。つまりこれは、「因循いんじゅん/古い習慣に因り循したがっていて改めようとしないこと)」という二字の為である。

 私たち人間は、自分で自分の墓穴を掘っている事に、中々気付かないものである。しかし、この墓穴に落ち込んでいると気付いたら、それ以降、もう墓穴を掘るのは止めなければならない。早く運命転換法を知り、因循から逃れて、運命を転換させるには「陰徳」を積まなければならない。
 しかし、自分で自分の墓穴を掘っている事に気付いたとしても、多くの人は、奮発し、運命を改造しようと努力はするが、それは目先の努力であり、かつ、末端的な努力であり、こうした努力はどんなに一心に励んでも、天命を変える事はできない。

 それは何故か。
 自分の不徳を知り、過ちを改めようとせず、自分の非に気付かないからである。付焼刃
(つけやきば)のような末端の努力では意味がないのである。これでは、ついに一生を一定の、予定された通りの天命に任せ、運命の陰陽に支配されて、空しい最期を遂げるのである。
 運命を転換させ、吾
(わ)が人生を、より善く生きようとするならば、運命転換法の根本を知って、この実践に努めなければならない。

 雲谷禅師は袁了凡に、運命転換法の秘伝を授けた。そして日時を無駄にする事なく、善悪を基準にした貸借対照表とも言うべき「功過格表」を示し、これに毎日記録する事を促したのである。毎日、一日の終わりに、日記と共に記録を書き、その日一日に為
(な)した功過を反省する事を促したのである。そして記録したものを、一ヵ月で纏(まと)め、一年で纏めるのである。たゆまず実行する事が、運命転換法の第一歩なのである。
 『陰隲録』に記された
「人生の貸借対照表」によると、功過格(『雲谷禅師伝』改)は次のようになる。
 なお、功過格表を作成するにあたり、現代の時代に相応しくないものは除外した。

人生の貸借対照表・功過格表
功 格(資産の部)
百功に準ず
一人の死を救免す。 一人の人間の生命を救い、死から救う。
一婦女の節操を完うす。 一人の女性の貞節を、結婚前に犯さぬ事。
【註】例え恋人関係にあっても、相思相愛の仲であっても、肉体関係をもっての愛情表現は「過格」となり、逆にこれを厳守すれば「功格」となる)
一子を堕胎せず。 堕胎したり、堕胎する事を思いとどまらせる事。
一身内の不具者を捨てず。 自分の妻子や夫が身体障害者(事故での不具や精神障害での障害者)や、植物人間になっても、これを施設などに捨てず、慈しんで最後まで愛情をもって面倒を見る事。
五十功に準ず
一嗣を延続す。 世継ぎの絶えるのを防ぎ、継続出来るようにしてやる事。
一人の骸を埋(うず)む。 一人の亡骸(なきがら)を手厚く葬る事。
一無縁者を弔(とむら)う。 無縁者の葬儀を行い、弔って埋葬する事。
一流浪者を救免す。 困窮した流れ者やホームレスを生活出来るように助力する事。
吾命を他に賭(と)す。 自分の命を投げ出して、他人の為に尽くしたり、自分の資産一切を投げ出して、社会や他人の為に命賭けで尽くす事。
慈愛忘却せず。 身体障害者や植物人間になった妻子、夫、父母、義父母らを慈愛をもって世話をする事。
【註】昨今は身障者の身内を私設に預けたままにし、また精神病患者や、脳溢血などで半身不随になった夫や妻と離婚し、新たな人生を出直そうとするが、これまでの慈愛で世話をすれば「五十功」、捨てれば「百過」の過格を背負う事になる)
一倚(よ)るなきを収養す。 身寄りのない子どもや老人を引き取って扶養する事。
三十功に準ず
一非為人を勧化し行いを改めさせる。 無法者や不良少年を教化し、間違いに気付かせ、善に導く事。
一冤罪(えんざい)者の潔白を証明する。 無実の罪に苦しむ者を助け、無罪を明らかにして、潔白を証明してやる事。
十功に準ず
一有徳人を推薦する。 有徳の士を推薦し、引き揚げてリーダーにする事。【註】現在では被選挙民と選挙民の関係で、有能な政治家を立て活躍の場を与える)
一民害を防ぐ。 環境保護や公害防止の運動にに無償で参加する。
五功に準ず
一人の訟を勧息す。 訴訟を起こそうとしている者を思いとどまらせ、争う事の愚を諭(さと)す。
一人の生命を保益する方法を伝える。 健康法をはじめとして、食養や養生の正しい食餌法を伝える事。
一家畜の生命を救免する。 牛や馬や豚などの一家畜の生命を救う事。
三功に準ず
一横を受けて嗔(いか)らず。 一無法な仕打ちを受けても、それに対して腹を立てず、仕返ししない事。
一謗を受けても弁ぜず。 誹謗や中傷を受けても、それに対し、言い訳や弁明や弁解をしない。
一耳に抗(さか)らうを受け流す。 自分に対して不愉快になる事を云われても、それを甘んじて聞き流す度量を備える事。
一撲責すべき人を饒免す。 打ち据えてやりたいような者に対して、憤激せず、これを許してやる事。
負を饒(じょう)す。 他人に貸した金品などの債務は、困窮者に限り、免除してやる事。
一無益なる畜命を救免す。 人間の益に直接関係のない鳥獣でも、その命の絶える事を救い、保護する事。
一功に準ず
一人の善を讃える。 一人の善人の、行いなどの善を褒(ほ)め讃える事。
一人の悪を暴かず。 一人の欠点や、悪い所を暴露せず庇(かば)う事。
一人の非為一事を勧止す。 一人の非行に趨(はし)って、悪を犯そうとしている人間に勇気をもって忠告し、それを止めさせる事。
一人の争いを勧息す。 一人の争う事をしようとしている者を諭して、止めさせる事。
一病人を介助し、治する。 一人の病気で蹲(うずくま)る人を助け、手当てし、あるいは病院に連れて行ってやる事。
一人の飢えを済(すく)う。 一人の飢えている人の飢餓状態を救ってやる事。
一微細湿化の属命を救う。 微細な生物まで恩を及ぼす事を指すが、大自然の生態系を守る事にも通じる。
遺を遷(かえ)す。 人の忘れ物を返す。(また忘れ物や落とし物は着服しない事を指す)
人畜役(えき)して憐れむ。 人や家畜を使役した後は、「ご苦労様でした」と労(ねぎら)いの言葉を掛ける事。
道橋を造す。 自分の所有する山林や敷地内に道を造り、橋を架けて、人の往来を助け、便宜(べんぎ)を計る事。
利を還元する。 印税や賞金や賞品などは、自分一人が一人占めせず、公衆の利益と思って、一部を社会に還元する。
倹約節約の行い。 無益に浪費しない事。(世の中は消費時代で、大衆消費社会が出現しているが、こうした流行に流されず、物を大事に使う事)
食を弄(ろう)せず。 食べ物を大事にして、食べ残しをせず、日頃から食べ物を残さないように心掛けるべき事。
【註】これを一日単位に考え、その日のうちの食材などを検討し、穀物菜食に徹し、しかも食べ物を残さずに食べたら、これを「一功」とする)
一約を果たす。 時間の約束、契約履行の約束など、自他の間で結んだ約束は必ず果たす事である。(時間なども厳守し、5分前を徹すべし)
興す所の事、利一人に及ぶ。 事業を起こし、人が働ける職場を起こして、その利益が一人に及ぶ事。
【註】従業員十人の会社であれば「十功」、百人であれば「百功」、千人であれば「千功」である。企業の経営者は、従業員並びに従業員の家族に奉仕している)
過 格(負債の部)
百過に準ず
一人の殺害す。 一人の人間の命を奪う事。(過失や事故であっても、過ちである)
一婦女の節を失わしむ。 一人の女性の節操を暴力などにより強姦する、あるいは婚姻前に寢る事。
【註】後者は合意であれば男女同罪)
一子を溺らせ一胎を堕す。 生まれて来た子どもを邪魔物扱いにして死なせたり、人工流産させて死に至らせる事。
一身内の不具者を捨てる。 自分の妻子や夫が身体障害者や、植物人間になり、これを施設に捨てたり、夫婦の場合は離縁する事。
五十過に準ず
一人の胤(たね)を絶つ。 一人の胤を絶ち、世継ぎを絶えさせる事。
一人の婚を破る。 折角決まった男女の婚姻を、嫉妬や横恋慕で破断にさせる事。(多くは悪口を言ったり、興信所の調査結果で婚姻を反故にさせる)
一人の骸を抛棄す。 一人の亡骸(なきがら)を抛棄して、見て見らぬふりをする。(先の大戦中によくあった)
一人の冤罪者を作る。 一人の無実の罪の者を犯罪者にしてしまう事。
【註】無実の者を意図的犯罪者に仕立て上げ、刑に服役させる事で、冤罪により死刑判決を受けた場合、この証言者は陥れた事により「五十過」と殺害の「百過」を併せた殺害者となる)
一人の離散者を致す。 一人の放浪者をつくりだしてしまう事。またそれが元で、一家離散を導く事。【註】家族が四人いて、四人が散り散りバラバラになれば、「五十過」×4倍の「過格」となる)
三十過に準ず
一人の介行を毀(こぼ)る。 一人の一生懸命に精進努力している者を妨害したり、冷やかして、崩してしまう行為。
一人の行いを謗して穢す 一人の人間を誹謗中傷し、一切合切を暴き立てて、その名誉を穢(けが)す事。
陰私を摘発し、行止(こうじ)の事を犯す。 影に隠れた事を摘発して、これを暴き、マスコミなどを通じて世間に公表し、他人の成就を邪魔する事。
十過に準ず
一有徳人を排擯(はいひん)す。 有徳の士を、自分の利害関係から、悪口を言って排斥(はいせき)する事。
一匪人を薦用(せんよう)す。 自分の利害関係から、悪人と分かっていても、これを用いたり、重要なポストに起用する事。
【註】例えば、貸金業者や不動産業者が暴力団を取り立てに使ったり、立退に使ったりする行為)
一の原節(もとせつ)を喪(うしな)った婦を受触(じゅしょく)す。 既に貞操観念(夫婦が互いに負う貞操を守るべき覚悟)を失った一人の女性に触れたり、性交する事。
【註】但し、節操のない尻軽女に近付く事を戒めているのではなく、男女共に不倫を戒めている)
冤白を得るも白せず。 無実の罪である事を証明出来るのに、その儘にしてしまう事。
一病の難者を救わず。 一人の病人が助けを求めているのに、これを無視し放置する事。
【註】交通事故やその他の事故現場に居合わせていて、怪我人が助けを求めているのにも関わらず、これを無視して放置する事)
一人の訟を唆(そそのか)す。 一人の者に裁判をするように唆し、その人を訴訟に巻き込む事。
一人の借返済せず。 一人の個人間で借入した金銭を踏み倒す事。
一の衆生を殺す愚行。 衆生とは人間のみを言うのではない。人間と同じ性(さが)を持つ動物を殺す事。
五過に準ず
道路橋渡を阻截(そせつ)す。 道路の通行を妨害したり、道路脇のガードレールやミラー塔を損傷または壊す事。
一家畜の肉を喰らう。 牛や豚や鶏などの家畜の肉を食べる事。
【註】家畜を殺せば「十過」、食べれば「五過」、救えば「五功」である)
無責の行い。 一人の者を保証人に仕立てて、自分は返済を怠る事。
一の化を乱す詞伝を編纂す。 一冊の風俗や猥褻(わいせつ)を煽(あお)る書物を発行し販売する事。
三過に準ず
一耳に抗(さか)らうを噴(いか)り、諂(へつら)い媚(こ)びを売る者に寛容す。 一つの耳に抗らう事を聞いて腹を立てる事。
【註】例えば忠告や諌言に憤激する事である。また逆に、お追従をする者の言を快く思い、この者の失敗に対して寛大に取り計らう事である)
一の尊卑の順を乖(そむ)き、身形で尊卑を計る。 肉の眼で人を観(み)る事を戒め、乖離(かいり)での人の観察を戒めている。
【註】人生には長幼の順が有り、浅はかな判断で、物の秩序を間違う事である)
両舌人を離間す。 二枚舌の者、口先ばかりで、饒舌(じょうぜつ)な者を仲間にする事。
一非法服を服す。 地位や階級に相応しくない制服を着る事であり、身分不相応な事。
一過に準ず
一人の善を潰す。 一人の者が行った善行を無にしてしまう事である。
一人の争いを唆す。 一人の人間の争いやケンカを嗾(けしか)け、面白がって傍観者になる事。
一人の悪を播(はん)す。 井戸端会議などを通じて、一人の過失を言い触れたり、面白半分に悪口を言い触れる事。
一盗を見勸阻(かんそ)せず。 一人の盗みを働いた者を知りながら、これを傍観し、これを諭(さと)したり、咎(とが)めたりしない事。
一無識者を欺誑(ききょう)す。 一人の無垢(むく)な者や、低年齢者の無知に付け込んで、これを騙し、欺(あざむ)き、誑(たぶら)かす事。
一約に負く。 一つの約束を破り、背く事。【註】時間を守れない人間は既に運命の陰陽に引き摺られている)
一礼を失う。 一つの礼儀を失う事。
【註】一回の無礼無作法も、「一過」にあたるので、それが度重ねれば、過格は増えていく)
一人の憂驚を見て慰釈(いせき)せず。 一人の心配事や憂いのある人に対し、慰める事もなく、また相談に乗る事もなく、無関心で居る事。

 以上は、明代の袁了凡(えんりょうぼん)が生きていた時代の運命転換法であるが、当時の「功過格表」の通りに実行すれば良いと言うものではない。まず現代と、中国の明代とでは、第一、時代背景が違うし、環境も異なり、情勢も異なり、一概にそぐわないものを実行せよと言っても、無理があるように思う人も少なくないであろう。あなたも、その一人かも知れない。
 しかし、果たしてそうだろうか。




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