運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
統覚法とその修法 1
統覚法とその修法 2
統覚法とその修法 3
home > 統覚法とその修法 > 統覚法とその修法 3
統覚法とその修法 3

石窟の塔/羅漢寺


●四方九字

 一般に知られる九字は、「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と発し、最後にその碁盤の目の中央に剣印を打ち込む方法が有名であり、最もポピュラーな技法であるが、実は九字には四方の四隅に対って切る「四方九字」がある。そしてこれは極秘中の秘伝である為、余り知られていない。

 一般に知られる「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」は、本来東北の方向に対って切る九字であり、実は東南、西南
(裏鬼門)、西北の方向にも九字を切るのである。

 さて、「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」の言葉の意味は、恐らくこれは道教の思想と孫子の兵法が合体したものであり、対う敵前の、我が軍の優勢を謳
(うた)ったものと想われる。
 意味的には中国より齎された漢詩的な要素を持つ外来語である為、日本語としての意味は掴みにくいが、「お前の前には、我が優秀が精鋭部隊が控えている。早々に退散せよ」と言ったような道教的な意味合いが強い。

 つまり言霊そのものは、道教からの借り物で、その中に暗示と想念が入り込む為、それを信じる者は、信じた通りの結果が出るのが呪文で あり、神呪である。従って、その意味が日本語に置き換え、大した意味でなくとも、呪文や神呪は大きな力となって発揮され、絶大な威力を奮うのである。此処に「想念の合気」の原形を見る事が出来る。

 では、此処で東北方向以外に切るその他三つの九字を紹介しよう。
 西郷派大東流の「四方九字」の順としては、東北の後に続け態に、百八十度裏側の西南に対って、「満・役・伸・羽・癩・亮・離・召・焚」
【註】口伝にて詳細は省略)である。これは刀印のみで切り、手による印相はない。本来は倶利迦羅(くりから)を彫刻した日本刀の脇指を抜いてこれを行う。
 また最後の文字の「焚」は「ブン」と発音する事もある。

 意味は火を点けて故意に「焼く」という意味がある。
 東北が九字の序曲とするならば、残りの三つ「西南、西北、東南」はオーケストラでは本番の曲となる。次に西北に対い「密・複・吽・守・精・匡・緑・葵・雹」
【註】口伝にて詳細は省略)、次に東南に対い「不・剣・陰・巽・翔・陽・竜・殊・旡」【註】口伝にて詳細は省略)を刀印と共に発する。

 因みに東北方向に対って切る九字を「孔雀軍法行
(くじゃくぐんぽうぎょう)」、西南に対って切る切る九字を「初金宝珠行(しょこんほうじゅぎょう)」、西北に対って切る九字を「初胎如法行(しょたいにょほうぎょう)」、東南に「金剛夜叉行(こんごうやしゃぎょう)」という。これはまさに、西郷派大東流の「左回しの四方素振り」のその儘の動きである。

 しかしそれが「右回しの四方素振り」と変わると、毘沙門天
(びしゃもんてん)と摩利支天(まりしてん)の陰陽・右左が入れ替わり、東北【註】最初の一刀は右回しであっても同じ)、次に、東南、西北と順に切っていき、これは右回しのし四方素振りに一致する。【註】大和柳生流に現存する)



●日拝

 太陽に左掌の労宮(ろうきゅう)が直接当たるようにして向け、この部分から太陽エネルギーを吸収する方法である。時間的には、日の出直前の頃の時間が最も良く、この時間帯を狙って行う事が肝腎である。

 日の出直前の太陽に向かって直立した儘、大きく五十回深呼吸して、次に「鶴立調伏服気法」を遣って五回これを行う。これを行った後、眼を軽く閉じて、「閉眼鶴立法
(へいがんりっかくほう)」で、心の中に太陽をイメージする。これを強くイメージしながら太陽を吾(わ)が躰(からだ)の中に取り込むイメージをする。これを行う事で躰全体が暖かくなり、輝いたような感覚を持つ。これが完了した後、静かに眼を開き、太陽を凝視する。

日拝の太陽

 次に太陽に向かった儘、その場に静坐し左手を太陽に差し向ける。この時の静坐は肛門が地面に接するように座る。
 左手の労宮を入り口として左労宮が強力な吸引力を以てそれを吸収しているようなイメージを持つ。

 やがて左手から取り込まれた太陽エネルギーは、肘を通り、肩を通り、下に下がって下丹田の太陽神経叢
たいようしんけいそう/真丹田)に到達する。太陽神経叢に強力な太陽エネルギーが蓄積されて行くところを想念する。
 これを10〜15分程度行う事によって、この部分の意識と感覚がはっきりと自覚され、次に「内視法
(ないしほう)」と「返聴法(へんちょうほう)」を行って、更に躰動的(たいどうてき)に意識と感覚を付け加える。

日拝秘法の図。

 この「日拝秘術」は、西郷派大東流合気武術の特異な「気の養成法」であり、陽圧を高める為に行なわれる。

拡大表示

・内視法=日拝を行った直後、静坐し眼を軽く閉じた儘、頭を少し裡側に曲げてその位置から下丹田を睨み、その睨みは更に奥まって真丹田に到達する。これを強くイメージする事で、この部分の意識が明確なものになっていく。やがてこの意識は感覚となり、陽気が発生する時と同じ感覚を得る。

・返聴法=内視法を行った後、続いて返聴法を行う。耳を以て真丹田の音を聴くのがこの目的である。内視法で得た意識と感覚を、音に変えてそれを自覚するのである。最初のうちは全く関係の無い腸などが動く音がするが、次第にそれが収まり、耳を澄ませると空白の音が迫ってくる。空白の音は物理的に耳で聞こえる分けではないが、その空白から音が迫っている事を自覚する。

 日拝によって心的トレーニングを行なうと、心はプラスの磁性で覆
(おお)われて来る為、陽圧が高くなり、術者の陽圧となった磁性は、これまで被術者が経路の逆のコースを辿って、右手から陽性の磁気流を放出される。

 人体はエネルギー波動としてのプラス・マイナスの磁性を帯びている為、陰陽の両磁性の作用によって、プラスに傾いたりマイナスに傾いたりの、その時の体調的状態によって変化する。気の流れは磁気流によって、上下左右に隈
(くま)無く循環している。

 この磁気流は、心の想念波によって変化するから、陰圧の強い想念である怒り、恐れ、不安、悩み、迷い、恨み、妬み等を生じさせると、その波動は磁気流に影響を与えて陰圧が高くなったり、また逆に、歓喜や感謝等のプラス想念で心を制御することが出来ば、それはプラスに傾いて陽圧が高くなる。
 日拝の修法は、自己の体内の陽圧を高める為に行うのであるから、常にプラス想念をもって体内に陽気を取り込む事にある。



●月拝

 これは月を凝視しする月想観である。古来より月は生物の、そして人間の身体、感覚、知性が持っている一定のリズムを左右する事で知られている。
 生命は海より誕生したと謂われる。その海に大きな影響を与えていたのが月である。また海の中の生物は月の規則に従い営みと続けたが、その一部は海を離れて陸性化し、陸地に住むようになっても依然月の影響下にあった。

月拝の月

 では何故、生き物の影響が及ぶのか。それは規則の因子が、地球磁場に対する月と太陽の影響下に組み込まれている為、あらゆる生体を取り囲む電磁波に、月がある種の信号を送りそれが変化を齎(もたら)し、生物はそれを感受するからである。そして生物には生物場という生命体を支える電気の場の存在があり、この生物場は満月の時に「正」の最大値を示し、新月の時は負の最大値を示すのである。
 更に、満月の時には正に帯電するからマイナス・イオンを引き付け、新月の時には負に帯電してプラス・イオンを引き付ける。

 月拝は、正に帯電した時のマイナス・イオンが最大になる時機
(とき)を、その観月とし、生物場に干渉する満月(十五夜)に、人間は生物学上の引力を受ける訳である。つまり古来より生物は、その物質代謝速度を月の周期に委ねてきたのである。
 その周期を利用しながら、月のリズムと人体のリズムを同調させる事が月拝の目的であり、月の影響下に人間のエネルギーが同調する最大値に於てこれが可能となる。

 さて、月拝は中国明代の故事によると「男は月を拝まず、女は竈
(かま)を祭らず」というのがあり、これは仲秋の名月を観月するのは女の領域であり、歳末の「竈の神」を祭るのは男の領域であるという事を述べたものである。しかし大衆に向けられた故事には、覇者の隠匿的な心理が働き、一般に知られたくない秘密情報は「習わし」として俗世の風習の中に閉じ込め、門外不出として政治的な策謀があった。「観月の妙」はその最たるものであろう。

 その理由として『古事記』や『日本書紀』には、月読命という男神が登場している。また、アマテラスは「海照る」を現わし、海人の月神を意味しているのである。更に1972年以降に発掘されたとされる馬王堆漢墓
(紀元前二世紀頃)から発見された絹に描かれた帛画には、左上には月が描かれ“ヒキガエル”と“兎”、右には“太陽”と“その中に烏”が描かれている。これは烏兎(うと)を現わすのだ。
 烏兎は、金烏玉兎の略で、中国の伝説によれば、太陽には三本足の烏が、月には兎が棲
(す)むとされたことによるものである。

 殊に、左の月にヒキガエルと兎が描かれているのは実に興味深い。
 『抱朴子
(ほうぼくし)』の中には仙人の妙薬として「肉芝」という項目があり、そこには一万年生きた、頭に角があり、顎の下に赤い八の字が書かれた躰の重いヒキガエルを旧暦の五月五日に捕え、百日間陰干しにすれば仙薬が出来ると書かれている。これを仙薬と称する所以は、ヒキガエルの右足で地上に円を描けば忽(たちま)ちそこは流水となり、またその左足を以て身に帯びれば、あらゆる武器の攻撃を避けられるとしている。

 もし、敵が自分を射ようとすれば弓や弩
/弩と謂われるもので矢の先に重い石がついた水平発射式の弓)の矢は向きを変えて敵自身に向かうと謂(い)う。
 此処で注目される事は、《流水》《左》《円》《五月五日》等の文字であり、結局これらは月の意味に還元される。そして蟾光
(せんこう)と謂えば月光を意味し、蟾影(せんえい)と謂えば月影を意味する。

 また蟾宮
(せんきゅう)と謂えば月の宮殿を意味するのである。つまり月には人体と同じ様な名称を持ち、月と人体である小宇宙が月自体を同調する事が意味されている。従って観月とは、単に月を拝むだけではなく、月の中にある蟾宮という宮殿を観る事がその目的とされているのだ。此処に観月の妙がある。

 では観月の妙とは何か。
 中国には「拝月」という習わしがある。これは「仲秋節
(ちゅうしゅうせつ)」と謂われるもので、旧暦の八月十五日に願を掛けるもので、平安時代陰陽道とともに日本に持ち込まれてきた。
 観月の妙は、この旧暦に八月十五日を頂点に毎月十五日が観月に当てられ、晴天の日は毎月丑満時に月を拝み、伊吹を行って吾が古き気を吐き出し、月の精気を体内に取り入れる。

 さて、「望」は「もち」と言い、満月を現わす言葉であるが、十五夜が必ず満月に日とは限らない。旧暦の十五日から2〜3日ズレて満月に日があるので、月拝は十五夜を前後して約三日程が精気注入の時機となる。

 月拝は望の頂点を前後として行う月の精気注入法であるが、これに対峙して「朔(さく)の妙」と謂うのがあり、これは新月の、朔という現象を用いて行う新月の妙で、この日を月拝に当てる事もある。但し、朔は一日の時間内のほんの瞬間な事で、夜半の時もあれば昼間の時もある。昼間の時はこれを用いず夜半のみにこれを行う。【註】口伝「朔の妙」に特別な時刻割りあり)



●自分自身の中に曼荼羅の世界を観る

 密教に注目したスイスの心理学者ユングCarl Gustav Jung/東洋の宗教を研究し、精神分析運動の中核的な指導者であったが、後フロイトの学説を批判し、独自の分析心理学を創始する)は、特にその中でも「瞑想法」に注目し、曼荼羅を「自分自身でも意識できない部分を含めた心の全域を現わした宇宙図」として、これを紹介している。

 さて、人間の心の中には意識しない「意識」がある。自我意識の中には、感覚で感じ取る意識がありこれは眼、耳、舌、鼻、身
(肉体)と、意識で感じ取る外見、声、味、匂、触覚を認識する機能が備わっている。人間はこの六つの識で生活をしているが、その奥には第七識という自我意識があって、更に奥には第八識というものがある。

 私たちは日常生活の中で、多分に「無意識」という言葉を用いるが、これは密教で言う「阿頼耶識
(あらやしき)」というもので、この第八番目の意識は第七番目の自我意識の更に奥に存在している。

文殊菩薩の真言。宇宙の蔵を顕わす

 この阿頼耶識は、外から持ち込まれた六つの情報を、自我意識を通じて分析し、これを吸収して更にその奥にある第八番目の意識の送り込み、これは瞑想を通じて宇宙観である曼荼羅(まんだら)に反映される。

 私たちが曼荼羅を見る時、その図から反射して返ってくる事は、その構造が複雑で難解であるという事より、こういうイメージが心の片隅に隠されているのではないかという、不思議な感覚に捕らわれてしまう。特に初めて曼荼羅
(まんだら)に対面する時、この感覚は非常に鮮明で、神秘的な共感を呼ぶのは決して著者だけではあるまい。

 先ずこれを凝視する時、そこに描かれている仏のいくつかがゆっくりと揺れ始め、自分に問いかけてくるような感覚にかられるのである。この状態を、密教では瞑想法の観法の「入口」と称しているのである。
 この瞑想を通じて曼荼羅の世界に近づき、その呼吸の一つ一つが宇宙の玄理
(げんり)の波動となるのである。また吐く息、吸う息と共に仏のイメージが近づくのである。



●勾玉発光体

 《合気》というものは、呼吸法や室内練習だけでは絶対に身に付かないものである。山行が必要である。これを『旅の衣』後編より、探ってみよう。

 「山岳信仰に身を置いていた先代の宗家・山下芳衛先生
(当時は「先師」と尊敬の念で呼称)は、福智山(福岡県にある北九州市と直方市にまたがった標高999mの山)や、それに連なる山稜地帯を修行の場としていていた。それには著者自身が屡々同行した事がある。

 この福智山という山は、ハイキングコースともなっており、そう高くもない山であるが、山頂まで後50mという処に急坂があり、そこに差し掛かる処から難所が続いている。著者も例外いなく、此処では度々息切れがしたり、急ぎ足で一気に登る故か、よく立ち眩みがして眩暈等を起しかけたものであった。しかし二十代の半、急ぎ足で登っても、今まで起っていた症状が、全くといっていい程消えてしまったのである。

 ある登頂した時の事である。その日は、口に表現が出来ないような恍惚感があった。今まで四苦八苦して登った同じ道が、まるで山道にエスカレーターでも取り付けられたのかと間違う程楽だったのである。そして頂上に到達した時の、何とも謂えない清々しい充実感であった。

 不思議と全身に、何か分けの分からない、地の底から吹き上げてくるような気吹のようなものが漲ってくるのである。それは気圧の関係かとも思われた。どうやら躰を暖めながら山頂に到達した時点で、毛細血管が開いたような感じだった。更に空を見上げて、澄み渡る大空に叫びたいような気持ちに駆られていた。そこには大空と融合する一体感があったのである。そこは天界と結び付く、融合の境地であったように思われる。

 自然の清々しい精気に満ちた空気が、自ずと一つになる。そしてそれは喜びに満ちた体験であった。
 自然の精気を感じ、一体感を感じる事は、心と躰が解け合い、躰と魂が融和する事でもあるのだ。自分自身と宇宙との境目が消えていき、温かい熱感が感じられていくのである。呼吸は遅くなく早くなく、深くなく浅くなく、リズミカルな躰動に横隔膜・胸郭・咽喉・舌・鼻から静に繰り返されている。生物電流の発生が感じられるのである。そして何よりも安らぎを感じるのだった。

 その時、著者は初めて、自分の手首が普段より大きくなっているのを感じ、右手で左手首を、そして左手で右手首を握った時に感じがいつもと違っている事に気付いた。
 この感覚を掴まない限り、《合気》という、「発気」の不思議な力は得る事が出来ないのではないか、という意外な体験を発見したのであった。

 更に、この日の回想は続く。山頂で弁当を食べ終わった時、空には青空を箒でサッと掃いたような白い雲が幾筋か見えた。長の休憩はこれで終わりとなる。また今から想像も付かない山行が始まるのだ。 
 今度は下りに入る。登って来た道とは違う枝道を抜けて、田川
(福岡県田川市)方面に向かった。

 下りを進んで行くのであるが、この道は下ったかと思うと、再び登り始めるという高低の激しい道であった。その揺さぶりは苦痛の一語に尽きた。下りと甘く見たのが著者の誤算であった。かなり下まで降りたかと思うと、また再び登り始める。その登りが実に苦しいものであった。そしてこの道は石が露出したり、穴があいていたりして、歩き辛いものであった。

 単にハイキング程度の山歩きであれば、ここまで苦痛は伴わないが、山下先師の後を蹤いて歩く事は、レクリエーションの感覚を遥かに上回っていた。先師は天狗のように足が速いのである。同時に著者の躰が、それだけ文明病の贅肉に冒されているという事であった。その為か疲れは甚だしかった。そして息苦しくもあった。
 それでも歩くしかなかった。しかし、その状態を我慢しながら歩いていると不思議な事が起り始めた。

 急に呼吸が楽になったのである。一種の放心状態だった。足も軽く感じられた。肉体的に格闘したり、努力せずとも、一定のリズムを以て、自然に前へ前へと進んで行けるのである。歩いている事すら、意識していないのだ。まるで外界が万華鏡の中を覗き込んでいる時のように不思議な色彩となった。

 やがて目の前が、黄金の光りを帯びてきたような錯覚に駆られ始めた。心身が陶酔をしているようにも思えた。
 そして今まで一度も見た事の無い不思議なものをまざまざと見てしまったのである。頭がおかしくなったのだろうか、という驚きと恐怖だった。

 周りの景色も違った感じで見えていた。それは確かにすっきりとした覚醒を覚えるのだった。この陶酔状態で足を進めていると、再び不思議な事が起った。
 この陶酔状態の中で、眼の前に勾玉のような形をした紫色の発光体が現われ始めたのである。この発光体は眼を閉じても確認できた。この発光体は腎臓のような対になった形をしていて、紫色の勾玉の形を成した二対なるものは、金色の縁どりが成されていた。実に不思議なものを見てしまったと思った。同時に躰が実に軽かった。

勾玉発光体の構造イメージ図

拡大表示

 この陶酔状態は約15分程であったが、発光体は再び現われては消え、消えては現われるという状態を繰り返していた。これが合気統覚法で云う、「勾玉発光体」だったのである。
 著者はこの時、周囲に景色や心自体は筆舌に尽くせない程の快い幸福感と恍惚感に包まれた事を憶えている。

 これはよく登山家が体験するという、ウォーキング・ハイ、あるいは長距離ランナーが体験するランニング・ハイという《ハイ体験》であった。
 肉体的なトレーニング中心の筋力・スポーツ体験では、殆ど体験できない状態を作り上げるものであった。

 スポーツ鍛練法は、その呼吸法の多くが無気呼吸であり、極度な酸欠と極度な酸過多状態を交互に作り出している。それに比べて、呼吸法を古来より研究してきた古武術は、幽体修行を目的としている為、その呼吸法の中心は有気呼吸、つまり胎児が行っている「胎息」に入って行くものである。

 この勾玉発光体が現われるのは苦しい肉体的無気呼吸から、無意識の陶酔状態に入る有気呼吸に切り替わる際に起るものである。このメカニズムは単純に言って、脳内の血液量が絶対的に少なくなった時に、人間は光を知覚したり気持ちよさを感じたり、浮遊感覚を覚えたりすると謂われている。人間の脳には、脳への酸素消費量を一定に維持しようとして、神経細胞は酸素を通常より多く摂取しようとする。


 つまり血管を広げたり、酸素摂取量を向上させて、酸欠状態に陥らないように自動調節を行うのである。毛細血管の回路が通常より多く開かれるのはこの為であり、血液中の酸欠状態に伴って、βエンドルフィンの放出が増加するという働きを持っている。これが正しく作動された場合、万華鏡の中を覗くような感覚を味わったり、眩しいばかりの光の渦を凝視する事が出来る。

 そしてその知覚が更に敏感になると、宇宙との一体が得られ、あたかも躰が黄金に取り巻かれているような感覚が得られる。恐らく合気道の植芝盛平翁が黄金体を体験したのも、このような感覚であったろう。

 しかし武道スポーツの、スポーツ的鍛練法は呼吸の吐納が正しくない為、この状態に切り替わる事が出来ない。吐納法に無理が生じれば、時として極度な酸欠状態を起したり、あるいは酸過多状態を起して、殊に心臓と脳に負担を掛け易い。その為に心臓肥大症
(心筋梗塞など)の病因となる。
 また無理にハイ状態を期待して、過激なトレーニングに励むと、神経系統に歪な幻覚症状が現われ、サイケデリックな極彩色の、万華鏡の世界とは違う、時間や空間の捻れた世界が現われる。

 異次元空間
(奇門、あるいは鬼門)に迷い込んだ為であり、内因性の幻覚が発生した証拠であり、この世界を奇界、あるいは鬼界という。
 この状態を放置すれば、死に至る事もあるのだ。従ってこれらのスポーツでは、競技を行う前に準備体操をしたり、終了時に整理体操をして、酸素摂取量の調節を行わなければならない。

 これとは逆に、有気呼吸法を主体とする古武術は、一旦この方法を完成させてしまうと、行法が始まると同時に有気呼吸に切り替わり、無意識のうちに脳に酸素を適量分だけ送り込み、心臓への負担を和らげ、疲れを感じないばかりか、快い陶酔感すら感じられるのである。

 古武術の奥儀は無声である。つまり気合いを発生させないのである。従って有声の呼吸法である無気呼吸とは異なり、ここに肉体中心の顕在意識と幽体中心の潜在意識の差がはっきりと現われてくるのである。勾玉発光体を体験したのは、著者が二十四歳の頃である」(以上『旅の衣』後編より)

 さて、勾玉発光体を体験するには、日頃から歩く訓練を積み重ねておかねばならない。昔の武士や武芸者が「歩く」事に専念し、日々精進を目指したその目的は、この勾玉発光体を体験する事であった。

 江戸中期以降、世の中が平穏になってくると、武士階級は行政的な役職が多くなり、日々を乱世に合わせて精進するという事を怠り始め、武術の稽古や戦に備えるといった考え方が遠のいて行った。しかしその一方で危機管理に対する考え方が生まれ、自らを修行するという、「日々に死を当てて生きる」という思想も起った。これらは山本常朝の口述書『葉隠』等に見られ、武士の精神構造を、日々の精進に置き換えたものであった。この頃の武士が、江戸から鎌倉まで歩くという行動に出たのも、日頃から足腰を鍛えておいて、いざという時の危機管理意識の現われであった。

 また歩くという中には、体内に蓄積された余分な脂肪分を燃やし、新陳代謝を盛んにして、呼吸を自然に戻す働きを持っている。
 さて体験を得る為の方法としては、先ず一日1km
(約15分間)程度の散歩から始めるとよい。慣れるに従い距離と時間を伸ばし、四km程度の距離が30分前後の早足で歩けるようになったら、次に山歩きへと切り替える。山の高さは差ほど高くない山でよく、標高1000m前後の山が適当であろう。

 休みの日などを利用して日帰りの、最初は一日じっくりかけて登る事である。この山行を半年〜1年程度経験する事によって足が山道に馴染み、また歩く速度は次第に早さを増す。同時に自分自身でも、出来るだけ早く歩こうとするように心がける。

 つまり一日掛かっていた上り降りの道のりを半日程度で行き来するように心がけるのである。しかし呼吸の乱れるような、息遣いの粗くなるような上り方をしてはならない。急ぎ足であっても、その呼吸法は深呼吸に近いような状態を維持しながら、早くもなく、遅くもなく、リズムミカルに、横隔膜・胸郭・咽喉・舌・鼻腔から、息を制御しながらゆっくりとした呼吸法で登山と下山を心がける。そして常に呼吸が整っていなければならない。

 呼吸が整っていなければ、快い振動が脳に伝わらないからである。歩き方にも一定のリズムがなければならない。このリズム感がβエンドルフィンの放出を容易にするのである。
 注意点は、山行きの場合山頂で食事となるが、その食事の量は出来るだけ少なめにし、酒や煙草は禁物である。
 これを半年から一年間程度続ける事によって、勾玉発光体を体験する事が出来る。また体験者の報告によれば、その体験は登山と時よりも、下山の時の方が圧倒的に多いようである。


これより先をご覧になりたい方は入会案内をご覧下さい。


入会案内はこちら

daitouryu.net会員の入会はこちら


<<戻る トップへ戻る 次へ>>


  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法