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飲み水が危ない時代 2

かつて水は、水の楽園から湧いて来る水があった。


●生命体を維持するには自然の水が必要

 35億年という長い時間を経て、生命は進化を続けて来たのであるが、これを支えたのは「自然の水」であった。しかし、この「自然の水」は、このたった30年ほどで、汚染されてしまったのである。

 今日の現代人は、人為的に構成された生命とは無縁の化学物質に汚染された水を体内に取り込み、これにより、現代人が肉体的にも、精神的にも、畸形化
(きけいか)する現象が現れ始めた。

 人間の血液は、古くから「血潮」と言う言葉で表現されて来た。それは人間の体液が自然のミネラルの要素を持ち、このことが脊椎動物として、海から陸に上がったことを如実に物語っている。海から訣別
(けつべつ)を告げ、陸に上がった脊椎動物も、海水の成分だけは今日に於いても必要不可欠なのである。
 特にナトリウムは、生命体にとって非常に重大な要素であり、このミネラル分が人類に文明を齎した根源になったのである。

 古代ヨーロッパでは、労働として働いた給与は「塩」で支払われていたし、日本に於いても、海から遠い地域には、塩を運ぶルートが開かれていた。
 しかし、日本の場合、日本は火山列島である為、この土壤にはカルシウムが非常に少なく、ナトリウムが多いのである。したがって、この列島で育てられた野菜は、それ自体にカルシウムが少なく、同じ野菜でも、内陸のヨーロッパの物とは異なるのである。

 更に現代人のように、食事の内容が自然の食物から離れている場合は、当然ミネラルバランスも悪くなり、ナトリウム分の多い、偏った食事をしていることになるのである。

 今日の現代人は、ミネラルバランスの悪い状況におかれ、カルシウムとマグネシウムのバランスや、ナトリウムとカルシウムのバランスが悪く、相対的に比較すると、何
(いず)れかに偏っている状態が見受けられる。この元凶は、現代人の食生活に問題があり、ミネラルバランスが乱れていると言うことが、先ず、心身共に悪影響を与えていると言う実情を作り出している。

 現代人が食したり、飲用する食品には、多種多様な鉱物元素を含んだ自然のミネラル成分の食品は皆無の状態であるし、また、このような純粋な自然食品を求めることも難しくなって来ている。また、こうした実情が、現代人の心身に大きな悪影響を与え、心身共に蝕まれていると言う、昨今の世情不安の実態を作り出している。

 無気力で、無関心で、無感動の青少年が激増している背景には、ミネラルバランスの悪さが挙げられ、この状況が現代人を「狂う方向」に趨
(はし)らせているのである。精神障害者や性格粗暴者が激増している背景には、自然界に存在するミネラル成分の摂取不足傾向が、こうした人間を作り出しているのである。

 そして、昨今の飲料水を考えると、その水の悪さが挙げられる。
 公的機関が運営する水道水は、確かに水道の蛇口を捻れば、好きなだけの水が出てくる。しかし、その水は「水の楽園」から出て来るものではない。決して岩清水や湧き水からのものではない。
 現代人が生活排水として散々に汚し、汚染された湖や河川から、様々な処理が施された水が水道管を通して出て来るのである。

 水源地の、汚くて濁った、見るだけで決して飲めるものではないと思うような、汚水が様々な化学処理をされて、最終的には家庭の蛇口から出て来るのである。家庭の蛇口から出て来る水は、間違いなく水源地のぶくぶつと泡を吹き上げていた、あの汚水が再び家庭に巡って来るのである。そして、水源を汚し、誰が見ても飲めるような代物でない水ししてしまったのは、紛れもない私たち現代人なのである。

 工場排水などの企業の姿勢を問題視する監視の目は依然として厳しいものがあるが、家庭排水や屎尿処理水の方は殆ど問題視されない。水道水が不味くなった大きな原因を作っているのは、家庭排水や屎尿処理水の方が遥かに大きな問題なのであるが、これを問題にすることはなく、水道水だけが不味くなったことを問題視しているのである。

 食後の皿を洗う家庭から出る生活排水や洗濯などで流す水は、化学汚染だらけの排水である。しかし、これを見直す運動は、全国規模のものでない。水源地の汚染は確実に進んでいるのである。各地の浄水場では、原水が汚染されて水道水に変えられているのである。

汚れのもとの
各食品とその量
魚の住める綺麗な水を取り戻す為には、風呂桶で、何杯の水が必要か。(一杯当り300リットル)
醤油(15ミリリットル)
1.5杯
日本酒(20ミリリットル)
2.7杯
とぎ汁(2リットル)
4.0杯
味噌汁(200ミリリットル)
4.7杯
マヨネーズ(10ミリリットル)
8.0杯
牛乳(200ミリリットル)
10.0杯
おでん汁(500ミリリットル)
25.0杯
使用済み天ぷら油(500ミリリットル)
330.0杯

 19世紀後半までの日本の水は、井戸水にしても水道水にしても、確かに今に比べて汚染は少なかったし、水は美味しかったと思われる。それは日本の自然の美しさと比例したものであった。何処の河川も透明に澄み渡り、危機は健康に青々と茂り、山は大量の水源地の役目を果たしていた。井戸水は至る所にあり、水道水にしても、そのまま直接飲める水が多かった。

昭和30年代初頭、日本の山河は、まだ農薬などに汚染をされていなかった。

 しかし、日本の水道水は塩素によって殺菌されるようになり、昭和32年に水道法が施行されて以来、直接に大量に水道水を飲めることはなくなった。それでも、まだ日本の至る所の水源地は綺麗だった。また、濾過方式は依然として「緩速濾過方式」であり、塩素量は微量で、水道水の水は、まだ美味しかったのである。
 そして、日本がアメリカで開発された急速濾過方式に変えたのは、昭和39年の東京オリンピック以降の事であった。

 アメリカで開発された急速濾過方式の利点は、短時間に大量の水を濾過するという方式であり、これには大量の塩素などの薬品を投入することで、効率的に濾過ができると言う事であった。また、急速濾過方式は、緩速濾過方式に比べて、広大な土地を必要としない利点があった。
 この時から、日本は都市部の人口増加に伴う水の供給に対して、安全で、飲める水道水よりも大量に短時間に供給できる効率の面を考えて、便利で豊かで快適な方を選択するのである。こうした背景には、加速度的に人口が過密する日本の都市部では、好むと好まざるとに関わらず、急速濾過方式に変更せざるを得ない人口事情があった。



●水の「うまい」「まずい」

 都会に棲
(す)む現代人は、アスファルトとコンクリートで囲まれ、しかも排気ガスの充満する生活空間の中での生活を余儀無くさてている。本来の樹木から放散される新鮮な空気は、都会の喧噪(けんそう)の中では吸えないものである。
 しかし、都会に棲
(す)んでいても、一旦都会を離れて、郊外に移動した時などは、そこで吸った空気が、「おいしい」と思うのは、都会では経験できない事だからであろう。

 また、都会に居て、山岳などに出向き、岩から流れ出る岩清水を口にして、この水が「おいしい」と感じた場合は、今まで飲んでいる都会の水道水を、先ず疑うべきであろう。つまり、間違いなく水が悪いのである。

 人間の感覚器官の中には、「おいしい」と感じたり、「まずい」と感じる機能が備わっている。人間には、物理的・化学的刺激を受容する為に、特別に分化した構造をもち、その刺激を感覚として、求心的に中枢に伝える器官があるのだ。

 この器官が、良いものを感じる時には「おいしい」と感じ、悪いものには「まずい」と感じるようになっている。つまり、躰
(からだ)に合うものは「おいしい」と感じ、合わないものは「まずい」と感じるのである。
 水を口にして、いま飲んでいる水が「まずい」と感じたら要注意であるが、毎日まずい水を飲んでいる場合は、これを「まずい」と感じる力が失われている。
 したがって、登山などをして、岩清水を飲んだり、田舎の水を飲んで「うまい」と感じたら、普段の生活の中では「悪い水」を飲んでいるということになる。

 これと同じく、体に悪い物ばかりを食べていると、普段の感覚ではそれが「まずい」と感じなくなる。感覚器が鈍らされているからである。躰の感性が鈍麻し、それに馴染んでしまっているからである。
 そして、「うまい」「まずい」の感性のうち、水は特別であり、鈍麻した感性の中でも、水にそうした違いが出るのは、水は生体にとって非常に大事な物質であるからだ。

 しかし、「うまい水」というのは都心部では、まず望めなくなった。それは都心部の水道水は化学物質で消毒されていると言う現実があるからだ。増加の一途にある都市部では、これまでの緩速濾過方式では、水の需要に対し供給することは不可能になり、急速濾過方式に変更したことが、実水の「まずさ」を齎しているのである。

 急速濾過方式では、不純物の沈澱を悠長に待つ時間がなく、水中に溶けている細かい浮遊物や有機物を化学的に凝固させ、分離させる方式に頼っている。その為に大量の薬品が使われるわけである。急速濾過方式は、一見、緩速濾過方式と変りないように見えるが、実は、アンモニア、マンガン、合成洗剤の化学成分、また、藻やカビの臭気などは殆ど取り除かれないのである。更に、濾過層を一日に120〜150メートルという早い速度で通過するので水中の微生物の自浄能力は殆ど発揮されず、タンパク汁などの有機物も完全に除去することができないのである。この為に、それを栄養源とする細菌の存在が否定できない。

 これは都心部に供給されている水道水の水の中には細菌が存在していると言うことになる。この細菌の存在は否定できない為に、大量の塩素を都心部では投入することになり、例えば、東京都水道局の急速濾過方式による浄水法では、原水を各家庭に送る水道水を、二度も塩素を注入したものを水道管に送っているのである。東京に限らず、日本の都心部の水が、近年、非常にカルキ臭くなったのは二度塩素を注入している為である。

 時に近年は、トリハロメタンなどのような有毒物質が検出されるようになったのも、大量に使用される塩素と水源の水に含まれる有機化学物質が反応を起こしている為である。



●水が訝しくなると腸内微生物が減少する

 20世紀後半から21世紀初頭にかけて、病気が病院で治らない時代になった。その背景には、現代社会に蔓延する活性酸素の問題が挙げられ、次に食事法の誤りや、生活習慣から起こるストレスなどが現代病の元凶を作り、また一方で、此処の生活習慣の誤りとその不摂生から来る、間違いだらけの生活態度が、現代人を貧弱にしている現実が横たわっている。

 それに絡んで、遺伝的な元凶が受け継がれて体質を益々貧弱に、かつ脆弱にしているのである。こうした様々な不確定要因が急増した結果、もはや慢性病を抗生物質や抗癌剤で叩いたり、切り取って除去すれば治ると云うものではなくなったのである。

 その証拠に、ガンの早期発見・早期治療においても、仮に初期の状態にガンが発見され、それで治療を行っても、あるいはガンが発見されながら、全く治療を行わず、ただ食事療法だけでガン克服を目指して、その余命を計った場合、5年生存率から考えても、何もしなかった人の方が、遥かに5年以上を生きている。一方、医師の言に随
(したが)い、抗癌剤の投与なり、除去手術をするなりして、ガンを叩くか、切り取るかして、この両者のその後の寿命を比べた場合、圧倒的に何もせずに、「ガンと共棲する」ことを決意した人の方が長生きなのである。

 現代医学は感染症のような、外から来る病気は克服したが、その人自身の裡側から発症した病気に対しては、殆ど為
(な)す術(すべ)を持たない。特に、ガン発症はその典型であり、ガンを始めとして、糖尿病、アレルギー疾患など、現代人に急増する病気は、殆ど病院では治らない病気になってしまったのである。そして、こうした内因性の病気に対しては、自分自身で予防するしかないのである。
 そして、その中枢を担うものは、まず「水の善し悪し」であり、次に「食餌法
(しょくじほう)」である。

 食餌法
実践の原点は、まず「水」の良し悪しで決まる。
 今日の地球環境は酸性雨や産業廃棄物、更には農薬等で地下資源が汚染されている現実がある。単にこれ等の毒を避けて、消極的に「健康を守る」という考えでは、真の健康を維持する事はできない。家庭の蛇口から出る水道水から有毒物質を除去した上で、更に、健康に積極的な考え方を取り入れて「水を改良する」という考え方の上に立たなければならない。

 その為には、浄水器にプラスされた「水の電気分解」の機械
(水の電気分解によって得られるアルカリイオン水や台所の蛇口に繋ぐ浄水器)などを取り付ける事も一つの方法かも知れないし、ペットボトル詰めの飲料水を購入する事も一つの方法であろう。

 しかしこれ等の水対策も、決して安全とは言えない。それは製品化の行程を見て行く上で、その処理法に問題があったり、製造側のご都合主義が働いていて、至る処に安全を軽視する考え方で製造されていると言う事実があるからだ。
 そして、「自然水」とか「○○の岩清水」などと標榜されて、デパートやスーパーなどで売られている「ミネラルウォーター」でも、単に水道の水を詰め込んで、「ミネラルウォーター」と称して打っている悪質な業者もいるのである。それは、日本には外国と違って、「水を規制する法律」がない為である。

 日本の水道水は、世界各国の水道の中でも、一番安全性が高く、これを直接飲み続けても、短期間に水道水に含まれているカルキや塩素の有害性は出ない。長期間に亘り、10年、20年と飲み続けて、その有害性が顕われる。
 その為に、水道水は直接飲んだとしても、殆ど無害の状態であり、これに目を付けた悪質な飲料水業者は、「ミネラルウォーター」として、ぎょうらしく瓶に詰め、デパートやスーパーなどで販売してみたり、あるいはクラブやスナックなどの飲み屋に卸しているのである。しかし、その中身は「水道水」である。
 今のところ、日本の水道水は、人畜無害となっているからである。

 一方、「水が訝
(おか)しい」などと、一般庶民を脅し、高価な浄水器を買わせる悪質な業者もいる。この手の浄水器は、「ミネラルウォーター」を販売する業者以上に、「高価な機械」を買わせる上では、更に悪質といえよう。
 浄水器は、種々の製品が各電気メーカーから販売されているが、数万円の物から数百万円の物まである。
 しかし、病院などに据え付けている数百万円もする高価な浄水器は別として、一般諸民用に販売されている数万から十万円程度の物は、浄水器と言っても、殆どその効果が薄く、一種の「気休め」にしかならない代物である。安価である為、濾過能力に問題があるのである。

 例えば、浄水器に於ては、濾過
ろか/濾過の基本構造は水道圧を利用し、活性炭による濾過と、高密度繊維による濾過)能力が使用経過と共に低下したり、浄水器としての能力が最初から低かったりと、多くの問題も抱えている。
 しかし水道水を、その儘の状態で使用する事に比べれば、まだ幾分増しであるという程度の物だ。つまり、不完全な浄水器であり、この浄水器を庶民は、その価値にも値しない商品を買わされているのである。

 既に日本でも、これまでは「水と安全はタダ」という神話があったが、もうこうした考え方も金繰り捨てなければならない時期に来ているだろう。
 今日の日本の水道水にしても、土壤汚染により、年々悪化している。水道水に投入されて、家庭の蛇口から出る塩素を含有するこの水は、衛生上「塩素濃度が0.1PPM以上」と定められているのである。

 その為に、人体には不都合な働きをしているのである。こうした水を使うと、食品の中に含まれる多くのビタミン類を破壊してしまう事である。
 自然食などと称した高価な食品を、健康食品の店などで買って来て食べても、問題の水が悪ければ、健康には程遠い体質造りしか出来なくなる。

 そこで現在では、「電解イオン水生成器」という、水道水をフィルターで濾過
(ろか)した上で浄水を行い、更に「アルカリ性イオン水」と「酸性イオン水」を造る装置が一部の健康マニアの間で普及しているようだ。こうした装置を設置する事も一つの手であろう。

 しかし購入に当たっては、悪質な業者も少なくないので、浄水器の購入については複数の業者から見積もりをとり、性能等についても充分に説明を受ける事だ。日本と言う国は、消費者が騙される「騙され王国」という事を忘れてはならない。
 健康マニアも、やはり騙されるターゲットにされているのである。

 さて、今日の地球では環境汚染が進み、食品ばかりでなく、生命の根源である飲料水にも安全と安心を脅かす、元凶の触手が伸び始めているのである。安全で、安心して飲める水を探す事も、現代人に課せられた一つの徒労なのである。かつて、水を汚染させたツケが廻って来たからである。
 そのツケが、水の自然さを破壊し、現代の危険な食品と混成状態になって、次に襲うところは、「腸内」である。

 そして、人間の「腸の構造」を考えた場合、これは植物における「根の構造」と全く同じであると言う事に気付かされるのである。

 それは、もし毒水を飲み続けて、農薬に守られて害虫に取りつかれずに育った米や、均整のとれた美しい色をしたトマト・レタス・キュウリ・茄子
(なす)、その他の温室育ちの緑色野菜や、あるいは食品添加物たっぷりの、舌触りのよい食品を毎日食べ続けたらどうなるか考えれば、容易に想像がつこう。
 消化器官内は、腸内微生物が暮らし難い環境になりはしないだろうか。また事実、腸内微生物は、此処に来て度し難い難儀を抱えるようになったのである。



●水は、そのまま社会現象に反映される

 生存環境が悪化すると、地球上の多くの生物は、混乱が生じて来る。それは腸内微生物においても同様であり、こうした微生物にも混乱が生じて来るのである。
 ミクロ的に見れば、マクロの反映がミクロに写し出されるから、この混乱によって、死滅する腸内微生物も数を増すことになる。
 マクロの反映がミクロであるから、またこれによって腸内にも不穏な暴動が起きる。暴動が起これば、多くの生物に見られるように、「善と悪」や「陰陽」の中庸
(ちゅうよう)バランスが崩れ、「共食い」が始まったりする。

 更に雄
(おす)と雌(めす)の異性間の正常関係が狂わされ、正常に働く感覚器に狂いが生じるから、同性同士が結びついて、一定量以上、増殖してはならない連中までが、極度に増加する現象を起す。これにより、更に狂うに、狂う。つまり、雄同士の同性愛者(homosexual )が増えることになる。

 これらはマウス実験などでも見られ、これを超小型の世界に置き換えたのが、「腸内微生物の世界」である。
 これは人間社会でも同じであろう。今日、共食いを起こし、社会を不穏にさせ、同性愛者が増え続けるこの現象は、まさに今の腸内微生物の異常を、人間世界に置き換えたものである。

 人間は、いかに科学技術を発達させても、地球上の総ての法則を書き換える事は出来ない。人間の手で宇宙法則を書き換えることができないのであれば、20世紀、物質万能の唯物史観で歴史を書き換えた文明の躍進は、やはり大いに見直し、反省する点が多くあるように見受けられる。

 人類は、1760年代のイギリスに始まった産業革命
(industrial revolution)により、産業の技術的基礎が一変し、小さな手工業的な作業場に代って、機械設備による大工場が成立した。これとともに社会構造が根本的に変化した。

 産業革命以来、人類は蒸気機関に代わる次のエネルギーとして、「石油」に目を付けた。石油文明は人類に夢のような便利さと、豊かさと、快適さを与えた。世界はこれにより、豊かさを享受
(きょうじゅ)した。しかし、その一方で、それと引き換えに失うものを少なくなかった。
 更に悪いことは、自然的な豊かさを失う一方、これまで自然界には存在しなかった、合成化学物質や二酸化炭素を殖
(ふや)し過ぎてしまった。この為、地球の環境システムや、自然の拮抗(きっこう)を保つバランスを大いに狂わせ、自然崩壊を招いてしまった。

 物質至上主義が持て囃
(はや)され、物質一辺倒、科学一辺倒になって来ると、社会構造全体の遠心分離器化した器の回転数が高速化する。高速化すれば、そこから弾(はじ)き出される者が出て来る。社会に機能しない社会不適合が出て来る。常識とは異なった考えの者が出て来る。これまでの秩序を破壊しても、何とも思わない者が出て来る。
 今日、多発する「無差別殺人」などは、こうした人間が引き起こしや社会現象である。これこそ「共食い」の、まさに元凶ではないか。

 共食いが始まれば、その結果として、常識は一変する。愛情の表現方法も変わる。バーチャル恋愛なども、その最たるものであろう。その表現方法の異なる愛情に畸形
(きけい)が生じる。必ず同性愛現象が起って来る。

 これが現代社会の恥部とも云うべき「ホモ増加現象」だ。彼等は市民権を求めて運動する。これにより畸形
(きけい)なる思考や主張が常識化する。
 これは現代人が、腸内微生物と同じような環境に置かれている事を物語っている。庶民とは、本来腸内微生物と同種の生き物であったのである。この、愛すべき微生物が狂うのである。底辺の地盤を支えている、「愛すべき微生物」が異常行動を起こすのである。

 物事の善悪が崩れ、陰陽の「中庸バランス」が崩れ始めている人間社会の今日の実情を見れば、人間社会も、腸内の微生物世界と同じ事が繰り広げられていると分かる。人間社会でも、腸内の微生物世界でも、これまで、底辺を支えていた「愛すべき庶民的微生物」の数が激変している事である。腸内微生物の生態系に、異常事態が発生しているのである。
 つまり、これが「腸内異常醗酵」である。その元凶は「水」にある。「水」の異常さにある。水が訝しいのだ。

 愛すべき庶民的微生物は、腸内異常醗酵によって苦しめられ、苛められて、テロや暴動によって、命が危険に曝
(さら)され、次々に抹殺されているのである。

 昨今の人間社会での不穏を呈する世情不安は、まさに「腸内微生物の世界」と全く同じの、生態系の異常と看做
(みな)す事が出来る。
 この生態系異常は、腸内での発生する異常醗酵の、大量のガス化である。これにより放屁
(おなら)も臭くなり、大便も臭くなって、便秘や下痢と言う異常現象が起る。こうした状態が、現代人の腸内で激化し、異常醗酵化し、日常化しているという事だ。
 そして不快な悪臭の根源は、食肉や乳製品、肉加工食品が齎
(もたら)す、人体に有害な動蛋白である。これに悪質なる水が絡んでいる。

 悪臭の最大の原因は、硫化水素
(鶏卵のような悪臭を持つ可燃性の毒性気体)、アンモニア(窒素と水素との化合物で、刺激性の悪臭ある無色の気体)、フェノール(特有の臭気をもつ無色の結晶で有毒)、インドール(不快な臭気をもち糞に含まれる)などの有毒物質であり、動蛋白によって持ち込まれた腸内微生物群は、環境の悪化で起こした時に生成される物質である。ガン患者の放屁や大便は、非常に臭いものである。

 これは腸内異常醗酵によって、動蛋白や水道水などの有毒物質が過剰に生成され、その結果として元凶が顕われたものであり、これ等の有毒物質は、やがて腸壁から吸収されて、血管に入り、門脈
(毛細血管から移行した静脈が再び毛細血管に分れるもの)と肝臓のチェックを旨く潜り抜け、これが各臓器の隅々にまで運ばれてしまうのである。そして、そこで炎症を起こし、周囲の細胞が「ガン化」するのである。

 臭い放屁、臭い大便は腸内で異常醗酵が起っている証拠である。これは消化器官内部で、実に多量多彩な有毒物質が生成されていると言う証拠でもある。

 夜の喧騒
(けんそう)や、激しいビートのロック音楽等に曝(さら)されるような生活をしていると、心の平安は崩され、静寂な静けさは乱されて、慎みを忘れた食生活は、やがて動蛋白を中心とする暴飲暴食に走ってしまうのである。そして、これに悪質な水か関与して来た場合、そこに齎される悲劇は、想像に難しくない。

 いま地球には様々な異常現象が起こっている。地球の温暖化と言う異常気象の発生。旱魃
(かんばつ)や洪水の多発。大型台風の発生。砂漠化の拡大。
 これらは自然界で代謝されずに濃度が濃いくなる一方の、有毒化学物質の問題が、地球規模で、近未来の人類に不安を与えている要素になっている。

 石油文明の齎
(もたら)した便利さや快適さは、人類に物質的な恩恵を与えたが、またその一方で、豊かさの代償として失うものも少なくなかった。
 これらは人間が自然に対して、無理を通そうとした自然管理の結果から起こった現象であり、人間の無理は、実は通らないと言うことを大自然は教えている。人間は生命の基本である「水」を蔑
(ないがし)ろにして、遺伝子組み替えの分野にまで足を踏み入れてしまったが、幾ら遺伝子の組み替えに成功したとしても、血液の組成まで変えることは不可能である。



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