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国際食糧政策 4

昭和30年代初頭、「米を食べる民族は、パンを食べる民族よりも劣る」という“米食低能論”が吹き荒れ、米ばかり食べていると頭が悪くなるという社会風潮が権威筋の中で流言され、日本国民に向けて培養された。

 この“米食低能論”は、昭和33年発行の『頭脳』
(慶応大学医学部教授・林髞(はやし‐そう)著)という著書に「米を食べると馬鹿になる」と克明に記され、この説に追随する栄養学者や医学者に圧倒的な支持を受け、またマスコミも大々的に宣伝した。
 当時、この言を殆どの日本人が信用し、今でも、“米食低能論”には多くの現代栄養学気触
(かぶ)れの支持者が多い。
 またこうした暴言が、日本人にパン食の習慣を根付かせたと言える。

 更に、今でも信じられていることは、「米を食べると背が伸びない」とか、「米を食べると肥る」といった、全く根も葉もない俗説が罷
(まか)り通っていることだ。
 同時に西洋的なものを「科学的」と称し、東洋的なものを「迷信」あるいは「オカルト」と決めつけることを、「科学的」と称する権威筋は、攻撃の手段として手を緩めない。

 昭和30年代、「科学的」という言葉は、日本人の間を席巻した。マルキシズム的なイデオロギーが「社会科学」の言葉を持て囃
(はや)し、食生活の中では「科学に裏打ちされた栄養素」という言葉が、その論者の理論武装によって、無垢(むく)な庶民を巻き込んで180度の方向転換を迫った。そしてこの時代を境に、食生活が急速に変化し、社会が不穏を呈し始めたのも、この頃からであった。

 あれから数十年の時が流れたが、これらの風潮は殆ど変っていない。特に現代栄養学の世界では「科学的」という、数字を睨
(にら)む言葉が依然として健在である。
 その背景には、権威筋の「今までの常識を変えたくない」とする意向が働き、また大手食品メーカーの経済戦略によって、これらの間違った思考は、未だに常識として維持され続けている。そしてこの常識が、非常に治り難い現代病を生んでいることも事実である。
【註】写真は昭和63年再版の『胃潰瘍・十二支潰瘍の人の食事』女子栄養大学出版部の食品成分表による書籍より引用。この中で胃潰瘍や十二支潰瘍の炎症を起こしている人に、乳製品を与え、パン食をすることを大いに奨励している現代栄養学風の思想に注目したい。今日では、食事療法は代替医療の意味を持つが、果たして、パン食と乳製品によって、潰瘍患者は疾患が改善されたのだろうか?)


●55年体制がつくり出した食体系の崩壊

 現代と言う「55年体制」は、奇(く)しくも日本人の食体系を崩壊させた分岐点であった。この時代を一種の節目として、食の世界では「米やイモなどの澱粉質(でんぷん‐しつ)を極力減らして、もっと肉や乳製品を食べよう」とスローガンを掲げ、これを機に日本では「肉食ブーム」が起った。

 これは当時、欧米では肉食を減らして、米が見直され始めたのと対照的であり、日本では肉食ブームと言う相反する現象が起り始めた。この発端が「55年体制」の現代だったのである。そして「現代」は、これまでの栄養学を、「現代栄養学」と改め直した時代でもあり、また西洋医学が「現代西洋医学」と称され、一般には現代医学と呼称されたのも、この時代からであった。
 この時代を一つの分岐点にして、国際的な政治や経済の介入があり、これがやがて日本の食体系の崩壊や、健康面での崩壊に繋
(つな)がっていくのである。

55年体制は、食卓を油だらけにし、白砂糖を大量消費する時代へと変貌した。

 1955年、つまり昭和30年は、日本と日本人にとって、時代が急速に変化した年であった。
 1945年の日本の太平洋戦争敗北から僅かに十年、たった十年で、日本は外圧により、急激な変化を求められた。それは奇
(く)しくも、欧米では肉や食肉加工食品、パン食や牛乳、乳製品が少しずつ減り始めたのと対照的に、日本ではそれとは逆に、動蛋白摂取が過剰になり始めた時であった。

 その後、日本では動蛋白食品を口にすることが多くなり、また外国産の動蛋白食品ばかりでなく、米や小麦、果物なども、食べ物の数は格段に殖
(ふ)え始めた。ある意味で日本人の食生活は豊かになり始め、食卓の欧米化が始まったのである。しかし、食卓の欧米化で、日本人が健康になったかと言うと、決してそうではなかった。

 同時に、この頃から盛んに「科学的」とか、「社会を科学する」などと称して、「社会科学」という言葉が用いられるようになったが、これは理論武装によって、旧体制を叩く引き金になったに過ぎなかった。この時代を機に食生活の中にも、「科学的」と云う言葉が入り込んで来たのである。

 特に現代栄養学は、「科学」の名において、食生活を管理する体制を固めようとした時代であった。更に食生活の中に「栄養素」という栄養学の専門用語を持ち出して来て、理論武装により、日本人の食生活を急速に変化させたのである。
 しかし、「栄養素」という極めて曖昧
(あいまい)な専門用語は、却(かえ)って日本人に混乱を招き、食生活を抽象化して、「肉はスタミナの元」とか、「牛乳骨太神話」などを作り出し、栄養学者の権威と、大手食品産業の二人三脚の経済戦略によって、日本人はまんまと踊らされていくのである。

 近年には、食肉の有害性や、乳製品の日本人不適切が議論され始めたが、「55年体以来の、今までの常識を変えたくない」という意向が、現代栄養学者の権威と、大手食品産業の経済戦略により、この「間違った常識」は、今もなお継続され、維持され続けている。
 これらが維持される背景には、戦前戦中と戦後を比較して、「戦後の栄養改善によって、日本の子どもは体格が立派になった」とか、「日本は食の改善によって、世界一の長寿国になった」などの栄養学者達の反論が、もう一方の「肉や砂糖類や油脂類を減らして、もっと米などの澱粉質を摂ろう」という意見を押さえ込んでいるのである。

 現代栄養学の食理論に従えば、学者が異口同音にして言う食改善から、魅惑的な数字が次から次へと登場してくる。彼等は数字を論
(あげつら)い、数値に示された結果のみを重要視するのである。これは現代医学の「数値崇拝」と酷似する現象である。

 現代医学者達は患者を診ないで、医師は数字だけを睨
(にら)んでいるが、また現代栄養学者達も、食材の本質を見らずに、末端の結果として位置する栄養素ばかりを睨んで、その数字のみを相手にしている。

 また、戦後の子どもは体格が良くなったとか、世界一の長寿国になったとかの論を持ち出して、これを礼讃
(らいさん)する信仰を強めているが、これにどれほどの利点があったというのであろうか。
 本来ならば体格や体力よりも、もっと「体質」を問題にしなければならないはずである。ところが、体質は殆ど問題にされず、「体格」のみが優先される食指針が行われている。

 どんなに体格が良く、どんなに体力があっても、体質に優れていなければ、その人間は健康を維持する事は出来ない。問題なのは、どんなに体格が良くて、それが立派でも体質が悪ければ健康は維持できない。また、日本の世界一長寿を自慢したところで、その多くは薬漬けの長寿であり、植物人間病棟で生命装置を仕掛けられて生きている老人は、実際には社会に、もう二度と復帰できない廃人
(はいじん)である。こうした廃人を世界一の長寿者として自慢することは愚かしいことであろう。



●白砂糖と油だらけの食卓

 終戦直後、アメリカを始めとする欧米では農作物が大豊作だった。そして、この大豊作は昭和30年を起点にピークに達し、アメリカの食物メジャーは、日本に向けての食糧政策を開始した。

 今でも何の疑いもなく絶対視されているのは、現代栄養学に基づく食指針である。この背景にはGHQ
General Headquarters/連合国軍総司令部)の占領政策の一環に加えられていた。
 それは日本人の食体系を根底から狂わし、崩壊させるものであった。その為に、日本人に肉食を普及させ、老若男女を問わず、「共食い」を強要して、精神性を崩壊させると言うものであった。

 つまり、精神性を崩壊させることにより、霊性を低下させ、これまで日本人が持っていた秩序の崩壊へと導こうとした。その為、肉、鶏卵、牛乳、乳製品などの動蛋白を食べさせ、そのベースに作り挙げられたものが「日本人にパン食をさせる」という経済戦略だった。

 「肉と野菜をバランスよく摂る」というスローガンは、最初GHQによって仕掛けられたもので、これを墨守したのが、それ以降を引き受けた現代栄養学者達であった。こうして日本人に動物との共食いをさせ、霊性を落としめる戦略に出た理由には、もう一つの目的があった。それはまず、日本人の家庭内の食卓を油だらけにして、次に白砂糖を大量に消費させ、低血糖症に陥れる為だった。

 戦後、ハンバーガーと倶
(とも)にコカ・コーラが日本に上陸したのは、昭和30年前後の年だった。
 当時コカ・コーラの「コカ」は、スペイン語の「coca」の意味を持ち、他にも、「古加」や「古柯」の字が充
(あ)てられた。
 コカはコカノキ科の低木で、ペルーが原産である。高さが約2mほどで、葉は楕円形をしており、初夏、黄緑色の小花を開き、核果を結ぶ。葉からコカインを製し、その原料として南米などで栽培された歴史を持っている。コカインはコカの葉に含まれるアルカロイドである。粘膜に対して強い局所麻痺作用を持ち、体内に吸収されると、急性中毒を起す麻薬の一種である。

 当時のコカ・コーラの中には、微量の麻薬性分が含まれていた。これが「コカ・コーラ」の名前の由来である。
 コカ・コーラが日本に上陸した時、アメリカはベトナム戦争で真っ最中の時であり、アメリカ軍兵士の中には、コカ・コーラに汚染された中毒者が多く居た。彼等は毎日、ハンバーガーとコカ・コーラを必要とした。ハンバーガーとコカ・コーラがなければ、一日もやっていけなかったのである。
 則
(すなわ)ち、ハンバーガーにはコーラが合うが、コーラの中に含まれる微量の麻薬性分と、白砂糖の常習性に中毒症状を起こしていたのである。

 今日のコカ・コーラの中に、麻薬性分は皆無であろうが、白砂糖成分はふんだんに使われ、白砂糖の常習性がコーラを清涼飲料水として、その頂点に押し上げている。
 さて、白砂糖の成分を栄養学的に分析すると、次のようになる。

白砂糖と黒砂糖の精製度合いと成分比較
 
ビタミンB1
ビタミンB2
ビタミンB3
カルシウム
リン
ナトリウム
カリウム
白砂糖
0
0
0
1
φ
0.1
2
3
黒砂糖
0.05
0.07
0.8
240
31
4.7
27
1100

 さて、白砂糖には人の心を狂わせてしまう中毒症状の恐怖が隠れている。
 読者諸氏は「低血糖症」と云う言葉を聞いたことがあるだろうか。次に挙げる症状は、明らかに低血糖症と思われる症状を顕わしている。

直ぐカーッとなり、切れ易い。忘れものが多い。また、混乱を起こし易い。
一旦憤激すると、感情を抑えるのが困難なときがある。テレビや映画の悲しい場面を見ると、急に泣きたくなる。
性欲が過度に強い。表面には出さないが、卑猥(ひわい)なこと、猥褻(わいせつ)なことが好きで、痴漢の要素が隠れている。電車内で痴漢を働いたことがある。
男の場合は性的不能か半勃起で、女の場合は不感症。
着替えを何日間もしなくても平気で、身嗜(みだしな)みに注意を払わず、清潔感が抜け落ちている。
根気や忍耐力に欠け、何事にも直ぐに飽きる。持続力がない。
憂鬱(ゆううつ)を感じたり、イライラ感がある。生きることに疲れている。死にたい気持ちが時々起る。気分が分裂気味。頭が左右か、前後に無意識に揺れている。
心配や不安があり、その出所が分からない。人に付けられているような気がする。尾行恐怖や強迫観念がある。
夜に強く、朝が弱い。夜更かしが好きでテレビの深夜番組を好んで見る。夜眠れない。早朝起床が出来ない。午前10時の太陽を凝視して、極端に眩しいと思う。
10
急に立ち上がったり、急階段や急斜面を登ると立ち眩(くら)みがし、一瞬意識が途切れることがある。頭の側頭部や後頭部が痛い。
11
肌が黒く、ザラザラしていて、手足が冷たく、口が渇き易く、清涼飲料水が欲しくなる。甘い物や果物、菓子やケーキの間食が多く、コーラなどを飲むと元気付く。
12
暑さや寒さに弱い。夜中に寝汗をかく。悪夢にうなされる。あるいは全く夢を見ない。眠りが浅い。寝不足気味である。昼間眠たい。
13
毎日コーラか、アルコールのいずれかが手放せない。喫煙する量が多い。
14
間食癖があり、食事時間外にも無性に何かが食べたくなる。コンビニなどで食品の買い癖がある。外食が多く、濃い味が好き。焼き肉類をよく食べる。
15
花粉症である。鼻づまりがして蓄膿症気味である。
16
米よりパン食が多く、食卓は油脂類で覆われている。主食より御数を多く食べる。

 「低血糖症」の元凶となるのは白砂糖である。白砂糖こそ、第二の阿片(あへん)だ。白砂糖は、常習性のある中毒を起こす食品なのである。
 もし、上記の症状が半数以上あれば、その人はまず自分が、低血糖症でないかと疑ってみる必要があろう。

 昨今の「切れる人間」が激増したのは、その殆どが低血糖症である。こうした人間が、既にアメリカでは大きな社会問題になっており、その跡を日本も追随し、また肉食をし始め、白砂糖摂取の殖
(ふ)えた中国や韓国、更には東南アジア諸国でも問題になり始めた。

 食生活が豊かになる。食卓に動蛋白食品の、珍味が並ぶということは、つまり油脂類の食品に加えて、白砂糖食品や白砂糖を使った清涼飲料水が多くなると云うことである。そしてこうした食品が招く元凶は、交通事故や犯罪に深く関わり合いを持ち、その背後に隠れた因子として、低血糖症が挙げられるのである。これは血糖の濃度が正常より低い状態から起る疾患である。

 チョコレートなどの、カカオの種子を煎
(い)って、砕いてペースト状にしたものをベースに、カカオ脂、砂糖、香料などを加えて練り固めた菓子類には隠し味として白砂糖が使われている。これを水や牛乳で溶かした飲料には、隠し味として白砂糖が使われている為、白砂糖の害から精神障害を起こし易く、特に思春期の青少年男女が精神分裂病(統合失調症)などの発病をするのは、その原因の裏に、白砂糖の中毒が隠れている。

 特に女性の場合、十代後半に分裂病を最初に発病し、これが一旦消え、その十年後の三十代始めに再び分裂病を発病するのは、総て白砂糖が原因している。低血糖症と精神障害には、大きな関わり合いがあるのである。

 そのメカニズムは、食物を摂取すると、まず血液中の葡萄糖
(ぶどう‐とう)の量が上昇する。葡萄糖は、葡萄、イチジク、柿などの果実や蜂蜜など、および人体の血液中にも一定量が含まれる単糖の一種である。自然界に広く分布し、澱粉、グリコーゲン、セルロース・蔗糖(しょうとう)、乳糖などの構成成分をなしている。この成分は、水に溶けやすく、還元性を持つのである。

 正常者の場合、膵臓から分泌されるインシュリン・ホルモン
insulin/膵臓のランゲルハンス島のB細胞から分泌されるホルモン)によって調整され、その後は一定の量に落ち着くのである。ところが、インシュリンが不足して、血糖値が下がらない症状が糖尿病である。

 糖尿病は持続的な高血糖、糖尿を呈する代謝疾患である。インシュリンの欠乏や作用阻害があり、糖、蛋白、脂質の代謝異常を伴い、口渇、多飲、多尿を呈する。また、網膜症、腎症、動脈硬化を併発し易い病気である。この病気には、インシュリン依存性とインシュリン非依存性があり、前者は発症が急で症状が重く、インシュリンの投与が必要となるが、後者は経過緩慢で、必ずしもインシュリン投与を必要としない。

 しかし、何
(いず)れも血糖値調整の為に、脾臓はインシュリンを大量に分泌しなければならず、こうした症状が長期化すれば、インシュリン大量分泌の為に膵臓は疲弊(ひへい)する。つまり、この疲弊はインシュリン大量分泌が原因なのである。
 この為に、食事と食事の間の食べ物が入って来ない時には、血液中の葡萄糖の量が、正常な量よりも減少するのである。葡萄糖は血液中にあって、それが全身を巡る。ところが、これがスムーズに流れなくなれば、此処
(ここ)にありとあらゆる症状が起り、それは脳も例外ではない。

 脳細胞と云うのは、葡萄糖の充分な供給があってこそ、正常に働くのである。しかし、それがスムーズに行かなくなれば、心は空白になる。頭はボーッとする。あるいはイライラが募る。つまり、初期の精神的異常が発症するのである。この異常はやがて、登校拒否や家庭内暴力へと発展する。同時にノイローゼなどの神経症や、憂鬱
(ゆううつ)が襲って躁鬱(そううつ)を繰り返し、精神分裂病へと発展する。

 こうした症状を持つ多くの人は、少年少女時代にケーキやチョコレート、饅頭やスナック菓子、チューインガム、あるいは白砂糖入りのコーラなどの清涼飲料水を多く摂った痕跡
(こんせき)がある。そして思春期の初期状態として、第一期の精神障害を起こし、それが一旦沈静化するが、再び三十代前後に第二期的な精神障害が浮上し、多くは精神分裂病になる場合が多い。そして、一旦分裂病に罹(かか)ると、生涯、分裂病から手が切れなくなり、精神科の薬でコントロールする人生が待っている。毎日薬を飲み続けなければならないのである。

 その薬は、年月を経て少しずつ合わなくなり、妄想や幻覚などの症状が年齢と倶
(とも)に強くなっていく。人格の自律性が障害され、周囲との自然な交流ができなくなるのである。この傾向は年月と倶に悪化する。この発病は十代後半の思春期に発病し、その原因はケーキやチョコレートの中に含まれる白砂糖の中毒である。この中毒により低血糖症になる。

 更に現代は、多忙の時代であり、外食産業も花盛りであり、昼食などを外食ですますと、白砂糖食品やレシピに白砂糖が使われていることが少なくなく、白砂糖の害が体内に取り込まれる。その上に、ストレスが掛かれば、テクノ・ストレスから、現代は統合失調症になり易い社会環境にある。

 また白砂糖食品は、自他同根と自他離別の分岐点を別ける食品でもある。自他離別の意識が強くなり、自分さえ良ければ、他はどうなっても構わないという意識に傾けば、そこで出来上がる性格は、まさしく性格粗暴者である。性格粗暴者の多くは、彼等が摂取する食べ物の多くに、白砂糖食品が多く存在している。
 白砂糖食品の摂取過剰の為、気持ち的にはイライラして落ち着かず、周囲をめちゃめちゃにしたいと言う感情に襲われ、行動や暴言も感情的になる。これか明らかに白砂糖からくる弊害である。

炭水化物を食べた後の血糖値の変化(菅原明子著『非行は食べ物が原因だった』より)

 現在アメリカでは、白砂糖から起る低血糖症患者が数千万人ともいわれている。日本も、その後を追い掛けているのであり、この現象は中国や韓国および東南アジアにも広がりつつある。
 例えば、農林統計協会が発行した『これからの食生活』によると、昭和30年から55年に掛けて、この間の20年間において、日本人一人当りの白砂糖消費量は、年間15kgから30kgに達すると推測されている。この推測は平均値であるが、国民の全てが、この推測によって白砂糖を摂取すると云うことではない。

 しかし、これよりも少ない人もいる反面、コーラ常飲者のように、一日に2リットルも3リットルも飲む人も珍しくないであろう。白砂糖中毒者ならば、コーラの常習的飲料は決して少なくないだろう。「甘い麻薬」に取り憑かれているからだ。

 更に驚くべきことは、ウサギを使った動物実験で、ウサギに無制限に白砂糖を与え続け、食べたい放題にしていたところ、ウサギは飽きる事なく、眼の前の白砂糖がある間、食べ続けたと言うのである。
 また、『砂糖病』の著者ウィリアム・ダフティは、白砂糖を「甘い麻薬」と位置付け、その有害性に警告を鳴らしている。



●日本人の食性を取り戻せ

 今日、多くの日本人は米を殆ど食べなくなった。その代わりに副食である御数を多く食べるようになり、その中でも肉、鶏卵、牛乳、乳製品などの動蛋白を多く摂るようになった。つまり、米離れが日本人の食生活の欧米化を招いたと言える。

 昭和30年代、日本ではテレビにコマーシャルに「タンパク質が足りないよ」というキャッチ・フレーズが盛んに流された。これは当時、先進国と後進国の格差から来る、体躯と体格の違いを問題にしての事だった。そして日本人と欧米人の体躯と体格の格差は、食生活に限らず、あらゆる文化面で欧米を色眼鏡で白人崇拝へと変っていった。

 この当時の時代背景を洞察すると、先進国の欧米では、殆ど主食と副食の観念がなく、肉と野菜に少量のパンが添えられるだけである。これに対して後進国の日本やその周辺のアジア近隣諸国では、穀物の摂取量が断然多かった。こうした情況下の昭和30年代、当時の多くの日本人は、「米を食べれば馬鹿になる」と本当に思い込んでいたのである。そして、この一種の強迫観念に似た先入観が、米離れに益々拍車を掛けたのである。

 当時の日本の国情は、戦後の復興からようやく米作が軌道に乗り始めた頃で、これまで米が配給制であった実情から脱して、自由に食べられる矢先に、『頭脳』のような米叩きの著書が学者筋で企てられ、米離れを強調した事であった。米の復権が図られようとする時、この米叩きの宣伝は痛烈であり、農家は手痛いダメージを受けた。減反政策もこの頃から始まり、農家では米生産を減反し始めたのである。

 また同時に、米から牧畜へと切り替えた農家も少なくなかった。こうして欧米の模倣が始まり、「55年体制」を機に、時代は「現代」と改められ、ここに現代栄養学と現代西洋医学が登場するのである。
 そして、「現代」とは、徹底的に欧米の文化を模倣することだったのである。その代表的な欧米の食生活の模倣が、肉食と牛乳などであり、それに附随する鶏卵や乳製品だった。

 しかし、欧米の実情と、日本の実情を比較すると、両者間には地理的な違いと、気候風土の違いがあった。つまり、ヨーロッパなどの内陸性の地域と、四方を生みに囲まれて温暖で雨の多い、南北に長い日本列島とでは、気候や風土が異なるのだる。

 ヨーロッパに「主食」という観念が存在しないのは、夏が短く、温度も湿度も低く、そこは冷たい気候と貧しい土地と云う条件下の違いから起るものであった。つまり、気候の影響が多いにあり、温度や湿度も低い為に稲作栽培が不向きな為である。その一方で、麦を作って来たと言う歴史を持っている。
 しかし、その麦も日本の稲作と違って、同じ作物を栽培しても連作障害が起り、麦を作った翌年には麦が作れず、その代わりにナタネ、エンドウ、ジャガイモ、トウモロコシ、テンサイなどを栽培し、それが一通り終ってから麦を作ることが行われた。その為に生産する麦の量も少なく、日本のように米を主食にすることは出来なかった。

 また、冷たい気候の土地が貧しいヨーロッパの地域では、自然の草類が日本のように大きく育たない。殆どの藻類は発芽して少し成長した柔らかい状態で成長が止まる。このような草類は牛や羊の絶好の餌となった。
 ヨーロッパに人達が、肉や乳製品に野菜を加え、少量のパンという食生活をして来たのにはそれなりの理由があった。それはまず、麦と云う植物が連作障害を起こす為である。連作障害を起こせば、毎年同じ土地に、同じ作物を続けて植えつけることは出来ない。

 連作障害をさける為には、連作による地力の低下や病虫害の発生などを避けるために、性質の異なった作物を計画的に組み合せ、一定の順序で循環的に同じ土地に作付けしてゆくことが必要になる。これを「輪作」という。
 ヨーロッパで、パンを腹一杯食べることが出来なかったのは、麦の連作障害があったからだ。
 したがって、牛や羊を育て与えられた気候と風土の中で、ヨーロッパに人々は、よりよく生きる為に主食不在の食体系が出来上がったのである。

 それに比べ日本では、無理に日本人は肉を食べ、牛乳を飲み、欧米人に合わせて米や雑穀を怪異しする食生活は、全くのお門違いと云わねばならない。身土不二の食思想から考えれば、日本人が主食を不在にして、米や雑穀を軽視するメリットは一切存在しないのである。

 更に特記すべきことは、人間が穀物を直接口にした時と比べると、その穀物を家畜に与え、肉または牛乳などにした場合と、カロリー摂取量が大きく違ってくるのである。穀物を直接口にして得たカロリーを100%した場合、その穀物を家畜に与えて肉や牛乳に変えて、そこから摂取されるカロリーは、僅かに7%〜21%程度である。またタンパク質も10%〜31%程度であり、これは実に効率の悪いエネルギー補給をしていることになる。

日本人は、なぜエネルギー効率の悪い肉食をしなければならないのだろうか。

 1970年代の初頭、世界の穀物生産量のうち、家畜が食べる穀物の量と、人間が食べる穀物の量は、ほぼ同じになったと言う。その家畜の多くは、先進国で飼われている家畜である。この家畜を飼育する為に、人間が食べるほぼ同量の穀物を家畜に与え続けているのである。この結果、世界の穀物相場は年々高騰しているのである。これは国際価格を上昇させ、外貨準備にない後進国を苦しめ、こうした現状に、また貧富の格差から来る南北問題を浮き彫りにさせているのである。

 時代が「現代」と言う時代に突入して、日本では日本人にあった食体系を崩壊させて、「米」という主食の概念をすっかり削ぎ落してしまった。日本人に一番体質に合っている米を食べず、国家レベルで減反政策を打出し、米作を極力小さくして、世界中から穀物を買い漁り、それを家畜に与え、その肉や牛乳で、極めてエネルギー効率の悪い美食を貪り食っているのである。
 金に物を言わせた、こうした日本人の振舞いは、いったい飢えに苦しむ国の人々の眼には、どのように映っているのだろうか。




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