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国際食糧政策 3

日本人の食体系を崩壊させた油だらけの食卓。何れも巧妙な和食に似せているが、内容は明らかに欧米食の食肉事情が見え隠れしている。


●日本の食体系の崩壊

 戦後の「栄養教育」は動物性タンパク質の礼讃(らいさん)だった。そして、そこから作り上げられた食理論は、「食生活の常識」であった。つまり、この時に植え付けられた食思想が、「肉と野菜をバランスよく、一日に30品目の食材を使ってこれを副食の御数(おかず)にする」ことであった。

 現代栄養学者の言は一貫して、「肉と野菜をバランスよく食べ」かつ「少しのご飯に、肉や牛乳、チーズやバターなどの乳製品、魚肉、鶏肉、野菜、海藻、油脂類など、何でも食べることがバランスのよくとれた食事である」ということだった。そして、30品目の材料が使われていることが、食の理想としたのである。

 また、こうした現代栄養学の食指導により、日本人の米離れが進み、米の消費量が激少の傾向にある。それに伴い、生産調整である減反政策を政府は押し進め、米の消費量が減ったことを好ましいとしている。
 米の消費量を減少させることが「豊かな食生活」の定義になり、欧米食を模倣することが好ましいとしているのである。
 しかし、現代栄養学者や厚生労働省が押し進める食指針によって、日本人は本当に健康になったのだろうか。

 現代の日本人は、かつてに比べて殆ど米を食べなくなった。それに代わり、肉や食肉加工食品、牛乳、乳製品、油脂類、白砂糖などを主体とする食品ばかりを好むようになった。然
(しか)も、こうした動蛋白を食べる結果、畜産物や油脂類は大量に輸入される穀物類に委(ゆだ)ねられ、世界の食糧事情に大きな影響を与えている。日本のこうした食事情が、世界の飢えと無関係ではないのである。

 また、油脂類を多く摂るようになった日本人は、食卓を油だらけにして、更には焼き肉のタレなどで白砂糖だらけにし、こうした欧米型の食品が生活習慣から起る成人病と密接な関係を持ち始めたのである。
 言語の栄養教育の中では、常にアメリカの意向が折り込まれ、肉や鶏卵、牛乳や乳製品などの動物性食品を優秀な食品とする指導がなされて来た。そのことが、今日も成人病と切ても切れない腐れ縁となっている。

 肉や油脂類の大好き人間の放屁や大便の排泄臭は、異様なまでに臭い。また、肉常食者は体臭が日本人離れして来て欧米人並みに臭くなって来ている。これは腸内にウェルシュ菌などの腐敗物質が酸毒化して蓄積されるからである。こうした腐敗物質の中には、インドール、スカトール、硫化水素などの酸毒化される物質が腸内に停滞することが知られている。こうした酸毒物質の保菌者は、年々低年齢化して少年少女の中にも、成人病患者が増え続けていることである。

 腸内で腐る酸毒物質は、匂いだけなら未
(ま)だしも、この物質を腸が吸収するのである。この吸収によりガン発症を始め、様々な成人病の病根となっているのである。こうした病根の背景には、日本人が長い間、連綿として守って来た、穀物雑穀を中心とした主食に、薯類、野菜類、海藻類、魚介類などの副食の食体系が崩壊した結果があるある。



●昨今の食糧事情

 日本では、現代栄養学が金科玉条の如く信じられている。しかし今日では、これを持ち込み、食事バランスを現代栄養学に求めるアメリカの栄養学会が、これを否定し始めている。
 1977年、アメリカの上院栄養問題特別委員会は、約2年の歳月と、膨大な予算を費やして、食糧調査報告を提出した。

 これによると、「現代の死病は、アメリカ国民の食事に由来する。そもそも死病の要因は、食原病であり、現在の食事のパターンを変更する事が、この病気から救われる唯一の課題である。米国民の健康を増進し、急増する医療費を節減するには、動蛋白の摂取を止め、食肉・鶏卵・牛乳などの誤った食生活を一新する事にある」と、報告書を提出した。
 つまり、病気が齎
(もたら)す人への影響は、動蛋白摂取過剰から起り、この過剰状態が、米国民の医療費を圧迫し、国民はこの圧迫に喘(あえ)いでいると言うものであった。

 この報告書を受けて、食事指針を見直し、食事目標を直ちに是正すると、心臓病死が半減したとあり、今日、アメリカでは植物性の蛋白源として、納豆
(なっとう)や豆腐(とうふ)が脚光を浴びるようになった。菜食の優れた面が、これによって証明され、アメリカは現に、約15年のうちに、心臓病による死亡者数を約30%も減少させる事に成功している。
 そして驚くべき事は、アメリカの栄養学では、肉だけに止まらず、鶏卵や乳製品をも含む、動蛋白を総
(すべ)て除外してしまっているのである。

 かつて食肉万能主義を押し付けたアメリカは、動物性蛋白質は、人間にとって、不必要であるばかりでなく、最も有害であると、気付き始めたのである。
 敗戦後の日本に、アメリカの食糧メジャーの意図によって齎された現代栄養学は、アメリカでは否定され、一方、日本に於ては、今なお、何の疑いもなく信奉されていると言う、非常に訝
(おか)しな食指針が展開されている。

 だが日本では、アメリカではとうに否定されたはずの現代栄養学に基づく食指針が打ち出され、自己の利益しか考えない政財界や関連企業によって、一般大衆である日本人の胃袋を牛耳る食糧政策が行われている。また、その片棒を担ぐ、医学者、栄養学者によって、官民一体となって、新たな画策が企てられている。これはゼネコンの談合の比ではない。
 しかし、多くの国民はこの画策に気付かず、医学者や栄養学者の栄養論を信じ、この愚言を頑
(かたく)なに守り通し、何も知らない多くの人達は、まんまとグルメブームに踊らされているのである。

 昨今の価格破壊などで、「安ければよい」という風潮が大衆心理をくすぐり、その背後で、上流に位置する生産側は、どれだけゴイム
(日本国家の底辺を支える、納税を課せられた愛すべき微生物的庶民層)を出汁(だし)にして儲かるか、胸算用をしている。
 支配階級であるアメリカの食肉メジャーの思惑で、どのようなことが起こっているのか、知っておくのも悪い事ではないだろう。安全性が重要である食料品に関しては、とりわけ、「アメリカ」と言う国で、一体何が起っているか、それをよく研究する事である。

 そして今後の「対日本戦略」は、「兵糧
(ひょうろう)攻め」と思われる。
 その証拠に、日本に持ち込まれる輸入食品は、穀類や野菜にしても、農薬や化学肥料がたっぷりと使用されたものが溢れている。ところが、いざ食べる段になると、まともに食べられるものは何一つないのである。何と言う悲惨な状態であろうか。

 これは重大な事態であり、何処で、何を食べても血が穢
(けが)れ、霊的神性が曇らされるものばかりの社会になってしまっている。
 心ある一部の人は、自分の棲
(す)む土地と、自分の肉体は一体である不可分の関係の「身土不二(しんど‐ふじ)」を実践している。更に、遵守(じゅんしゅ)において、農薬などで死んでいない健康な土地から収穫された農作物を食べるようにしている。そして、こうした「食糧の自給経路」を、自分自身で確保しておくことも大事なことだと、把握している。

 こうした事に理解を示す人は、単に、自分だけが食べられる自給状態にあれば良いなど言う考え方はしないものである。
 人間は「食の化身」である。その化身は、健康で農薬汚染のない土壤で収穫された農作物や魚介海藻類が齎
(もたら)している。したがって、「よりよき健康な食材」を探そうとすれば、その裏で絡む利権や、政治や経済や生産者の思惑に、眼が行くのである。
 私たちは、食糧問題を考えた場合、決して政治や経済と無関係ではいられないのである。
 こうして考えていくと、日本に持ち込まれる食糧の多くは、「食べられる物など、何一つない」という事であり、間接的な「兵糧攻め」にあっていると言っても過言ではなかろう。

 一般のスーパーや商店街、デパートの地下で売られている、一切の食べ物は、実際的には健康を害する物ばかりであり、食べられるものなど、何一つない。
 また、買いたくても、買えるものなど、何一つもないのである。何故ならば、こうした所で売られている物は、その殆どが輸入モノであり、農薬漬け、添加物漬けされているからである。食べれば、血を穢
(けが)し、細胞の各部位が炎症を起こし、炎症が正常細胞を変質させてガン細胞に変えてしまう憑衣の食材ばかりなのである。慢性病の元凶はこうしたことに由来する。

 日本は平成バブル以降、未
(いま)だに飽食の時代である。飽食の時代に相応しく、巷(ちまた)には多くの食べ物が溢れ返っている。しかし一方で、飢餓と貧困の実体がある。ソマリアの飢餓を見れば、その現実は明確になる。ここに「自分だけよければ」というエゴイズムが横たわっているのである。

 いま人類は、二十世紀の申し児であった東西冷戦構造の縮図から漸
(ようや)く抜け出し、更に新たな新世界秩序の構築に向けて動き始めた。そして他方では、さらなる破壊が同時進行し、極めて錯綜(さくそう)した時代に突入した。御存じのように中東情勢は極めて不安定である。また、こうしたミニタリー・バランスが何者かの画策によって作り出されている。火のンの近隣諸国は軍事的強化を強め、軍事的拮抗はバランスを失い始めた。

 昨今の混沌
(こんとん)とした世情不安は、これを明白に物語っている。海外ばかりでなく、いつ日本にも、同時多発テロのような事態が起るかも知れない。不安定要素は、未(いま)だに解消されず、無気味な様相を呈しているのである。

 世界を見回してみると、アフリカや中南米は、国家や社会の基盤も脆弱
(ぜいじゃく)な上、更に中東問題に至っては、「世界の火薬庫」としての悪名高き地位を失わず、その上に民族問題や宗教問題が絡んで、更に状況を複雑化している。

 さて、中東問題とは、ユダヤ人がイスラエルという国を作った為、そこに住んでいた非ユダヤ人であるアラブ民族が納得できない事を抗議し、ユダヤ人排斥運動に立ち上がり、この地域から立ち退きを迫って、その摩擦から、未
(いま)だに小競り合いが続いていると言うのが、そもそもの発端である。そしてイラクの不穏な動きと、イラクの不安定政治要素は、シリア等のアラブ諸国を巻き込み、中東問題に、更に拍車を掛けると言う様相を呈している。

 歴史的に見れば、中東は、人類の文明の発祥の地として、輝かしい過去を持っている。
 しかし、今や民族、宗教、石油、領土と云った媒体の複雑な利権争いが絡み、地理的にも醜い争いを繰り返している。これが「世界の火薬庫」たる所以である。

 人類が歴史を記録し始めて以来、数千年が経過した今日でも、人間は本質的には何も進歩していないのである。
 文化人類学などの一部の学問上からは、人類が進化の過程にあるような吹聴が流されているが、むしろ精神領域では、大脳皮質の鬩
(せめ)ぎ合いからも分かるように、「第三の目」を司る間脳かんのう/中脳と大脳半球を結ぶ部分で、第三脳室と呼ばれる腔所をもち、視床・視床下部などに分けられる)を封じ込めて、この領域は退化の一途にあると言えよう。

 二十一世紀初頭、世界は、ひと握りのエリートによって画策された、幸福の縮図から派生した人工的な幸福者と、数十億と言う、圧倒的多数の不幸な民衆が存在している。今日では、益々貧富の格差が拡がり、持てる者と持たざる者との隔たりは、明確になってきている。そしてこれは、日本に於いても、例外ではない。



●肉食礼賛の罠

 私たち日本人の大衆層は、こうした現実下で、「社会ルールを、電車に乗る時のようにお行儀よく順番を守り、従順で底辺を支える愛すべき庶民的微生物」として、生きる事を余儀なくされているのであるが、この愛すべき底辺も、今や、不穏な社会の混沌(こんとん)とした現実の縮図に巻き込まれて、絶滅の危機に瀕(ひん)する第一歩を歩き始めた。愛すべき底辺の世界にも、異常が現われ始めたからだ。

 それは日本の食糧事情や、食を乱す料理の仕掛人に「悪魔の元凶」を見る事ができる。
 料理の仕掛人達は、一種の日本人誘導の政治理念をもって、「食肉文化を礼讃
(らいさん)する政策」を、影の画策者と共謀して押し進め始めた。
 食肉や牛乳、チーズや肉加工のハムなどの動蛋白製品と云った食品を生産する為に、日本は年間2700万トン前後の家畜の飼料が海外からの輸入に頼っている。この数字は、決して国内で賄
(まかな)いきれるものではない。

高級和牛の肉の霜降。霜降り肉は、抗生物質等で牛を畸形にすることで生産される。しかし、人間によって畸形化され、屠殺された牛の怨みは、永遠に消えることがない。

 そして更に重要な事は、飼料農作地を、人間の食糧供給で換算して計算した場合、牛一頭で、一人の人間の穀物菜食分の、約十倍の穀物飼料を消費していることになる。裏を返せば、牛一頭育てる穀物飼料があれば、十人の人間が、牛の生存期間中に食べていける事実である。
 ところで、古来より日本人の食養道に関する歴史を研究すると、日本人には遺伝的に、欧米人と違い、肉は勿論の事、牛乳やバターも、チーズやヨーグルトなどの乳酸発酵食品も、日本人には全く必要がないのである。

 更に、これらを食すれば、血は穢
(けが)れ、霊的神性は曇らされ、直感が衰えて、判断力や決断力が鈍り、古来より連綿と日本人の血の中に受け継がれて来た霊性は、地に落ちたも同然となる。こうした美味しく食べる家畜を生産する為に、どれだけの無駄を繰り返しているか、想像に難しくない。

 そして屠殺された動物達の、霊的な怨念
(おんねん)が蹤(つ)いて廻り始める。
 宗教でも保護されている家畜を殺せば、殺された彼等は、人間と同じ性
(さが)を所有しているから、怨み、怒り、悲しみ、人間の憎悪を抱いて「悪想念」を発する。この悪想念は肉眼では見えない唸波(ねんぱ)となって、その波動が人間に伝わり、昏(くら)い、憂鬱(ゆううつ)な翳(かげ)りを投げかけ、種々の精神障害を始めとする病気を齎すのである。
 また、世情的にも憂鬱
(ゆううつ)な陰を投げかけるのは必然な事であり、昨今多発する青少年犯罪の低年齢化と凶悪犯罪は、家畜が殺されていると言う恨みや悲しみが、直接人間に反映して起っている社会現象とい言えよう。

 私たちの現代社会と言うのは、殺された動物達の憂鬱な唸
(ねん)が渦巻いている社会なのである。
 その一方で、国際ユダヤ資本系
(アメリカ東部のエスタブリッシュメント。国家・市民社会のさまざまな次元で意志決定や政策形成に影響力を及ぼす既成の権力機構)の思想環境団体かつ宣伝工作隊であるグリーンピースGreenpeace/国際的な環境保護団体を装っているが、その活動資金は国際ユダヤ金融資本から提供されている)が、「鯨(くじら)やイルカは殺してはいけないが、アメリカの食肉業者や食糧メジャーの牛殺しは黙認する」と言う訝(おか)しな論理を展開させている。

 しかし、日本国民の現実を見てみると、こうした現実を余所目
(よそめ)に見ながら、この危険な状態に危機を感じるわけでもなく、またアメリカ等の外圧の理不尽を指摘するわけでもなく、金銭至上主義と拝金主義に走り、「金儲けで忙しい」というのが、偽らざる日本人の今日の姿ではないだろうか。

 この金儲けに走る日本人を名指しで、エコノミック・アニマルと称されて随分と久しいが、日本人のこうした、経済的な利益のみを追求する働き蟻
(あり)を皮肉って言う揶揄(やゆ)は、華僑かきょう/中国本土から海外に移住した中国人およびその子孫で、牢固たる経済的勢力を形成し、その本国への送金は、中国国際収支の重要な要素をなす)の経済雑誌にも掲載されている。

 「日本人は強者に媚
(こ)びを売り、弱者を見くびり、外見で人を判断し、あるいは日本国民の多くは、北京政府の独裁者に金を貢(みつ)ぐだけの三流・四流政治家(共産党を除く与野党の政治家を指すのであろう)しか選ぶ能しか持たず、国旗への意識も忠誠心もなく、国家百年の計よりはマイホーム主義に入れ上げ、自分だけのこじんまりとした小人数家族を構成して、悪しき個人主義を謳歌し、金銭に抜け目のない世界最低の経済動物」と、酷評されていのだ。

 「金儲けで忙しい」日本人は、しかし、こうした酷評にも「カエルの面に小便」である。
 儲ける為には、他人の米櫃
(こめびつ)の中に平気で手を突っ込んでも、何の恥じる事もない。かつての礼節を重んじた日本人の面影は、今では何処にも残っていない。モラルも年々低下しているのである。
 したがって宗教で保護されるべき動物を喰
(く)らっても、恥を知るどころか、それが当たり前であると言う概念を、若い世代に植え付けたのである。その美味なる味を求めて、何処にでも出没する。日本人の礼儀知らず、恥知らずは、こうしたところから出発した。

 礼儀知らず、恥知らずは、ご都合主義にも反映されている。
 ご都合主義は、「他人がどうなろうと知った事ではない」と言う、民主主義下の悪しき個人主義である。この個人主義は「基本的人権」として、民主主義では一種のエゴイズムを認め、憲法で保証されている。このエゴイズムが組織化されれば、生産企業側のご都合主義となり、定見をもたず、その時々の都合によって行動する手段が用いられる。

 食肉産業の家畜を殺すと言う行為が、如何に恐ろしい悪想念を作り出し、時空を歪
(ゆが)め、悪想念で汚染さているかご存じだろうか。
 私たちの今生きている社会を、歪ませ、ねじ曲げて、多大な悪想念を及ぼしているのである。
 一方で、こうした生産企業側のご都合主義は、「安全な肉」などと標榜
(ひょうぼう)して、消費者を欺(あざむ)く。

 また、通常の業者が生産する牛や豚などの家畜は、農薬漬けの外国産の安い飼料が与えられ、肉を柔らかくする為に女性ホルモンが投与されたり、成長ホルモンや様々な薬物や抗生物質などが使われているのである。これこそ、ご都合主義の最たるものではないか。そして、こうした食肉を食べた人間は、一体どう云う結末を迎えるか想像に難しくないだろう。

 現在アメリカ産の牛肉が、危険視され問題になっているが、これはアメリカに限らず、日本の生産者の飼育法にも問題があり、あくなき食肉への欲望は、結局、自分で自分の頸
(くび)を絞めている愚かな行為でしかなかった。ところが、この現実に気付く日本人は殆どいないようだ。

 この現実にも、何の反応も見せず、繰り返して反芻
(はんすう)する自責の念もなく、それでいて、大地震などの大異変や、大型台風が襲って来ると、自分だけは助かりたいと言うのは、些(いささ)か虫の良過ぎる話ではないだろうか。
 この儘
(まま)では、間違いなく日本人の頭上に災難が、大難となって日本社会を襲う事であろう。

 人間と言う、もともと穀物菜食を主体としていた動物は、美食の欲望から、地獄の精肉工場を作り出し、世界の食糧事情を複雑化し、食糧危機が起る誘因を引き寄せた。
 しかし、もし政治の英断によって、今日の食糧を、穀物菜食に改めれば、おおよそこの問題は解決する。
 世界の約六十億の人間が生きて行く為には、年間六億トンの穀物があれば事足りるのである。現在世界の穀物総生産量は年間約十八億トンであるから、この計算からすれば300%も過剰生産している事になる。それでいて、あの目を覆
(おお)いたくなるようなソマリアの餓鬼難民の現実は、いったい何なのであろうか。

 「餓鬼」は天災ではない。紛
(まぎ)れもなく「人災」である。
 結局、愚かな中流以上の飽食層が、あくなく食肉への欲望を走らせ、また、美食を追いかけた結果から派生した現象ではないだろうか。
 自分自身で蒔
(ま)いた種の責任は、日本人にもあるのではないだろうか。
 そして、私たち日本人は、今少し、慎み深く、更には思慮深くなる必要があるのではないだろうか。

 私たちが、いま最も知らなければならない重要な情報は、「Jリーグでは、どのチームが勝ったか」とか、「プロ野球はどのチームが今年は優勝するか」とか、「芸能人では、今噂されている誰と誰が結婚するか」などではなく、食生活を基盤とした現実問題を見詰め、「明日の私たちの命が、どのようの運ばれるか」と言う運命と、日常生活に則した真の情報を知らなければならないのである。

 私たちの日常生活と直接的・間接的に関係を持つ、健全な日常生活を送ろうとするならば、まず、日本の「政治家選び」から行わなければならない。この判断基準になるのが、次の事柄である。また、こうした人は要注意であり、私たちの食卓を狂わす張本人だと警戒する必要がある。
 国際貢献を強調する人、国連
(国連の正体は、第二次大戦当時、日・独・伊を敵に廻して戦った、米・英・仏・中・オランダなどの対日経済制裁を加えた「国際連合軍」つまり「United Nations」だ)の決議に従うべきだと力説する人、コメの自由化を煽る人、環境問題をエサに環境保護を強く訴える人、中央集権や官僚制を強調する人……などである。私たち日本人は、「食」を基本においた真相を、もっと知らなければならない。

 しかし、こう言う人が居るかも知れない。
 「そんな真相など、知らなくても人生は全う出来るのではないか」と。


 それは、確かに人生は全う出来るかも知れない。しかし真相を知らずに、人生を全うする事は、私たちの子孫にも暗い翳(かげ)りを投げかけ、同時に未来を失う事になるのだ。

 「いま世界で何が起っているか」それを私たちは知る必要がある。または「これから未来に何が起ろうとしているのか」その、真の姿を見詰めて行かなければならない。
 これこそが、美しい日本の国土と自然を、愛すべき子孫の未来に対し、確実に手渡す方法だと信じているからである。




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