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死を嗜む道part2 3

「死」の意味を糺(ただ)し、そこから「生」の意味を糺すのが武術の真髄である。そこに迫って、人間の死生観は明白となる。


●日々月々精進

 平山行蔵は、「日々月々精進の人」であった。読書の時でも、座右に用意した欅板(けやきいた)を両拳で叩いて拳を鍛えた。
 また、『忠孝真貫流規則』に「日々月々精進して不倦
(うまず)」とあるのは、不倦の言葉通り、疲れても厭(いや)にならない、また、諦めないということであり、ここに精進の原点がある。

 書を読み終わると、水風呂に飛び込んで惰気
だき/怠け心)を励まし、毎朝早朝から七尺の棒を振ること500回、長さ四尺で幅が三寸の居合刀を抜くこと300回、61歳前後になるまで土間に臥して夜具は一切用いなかったと『善行録』にはある。

 また行蔵が、死ぬ半年程前に入門した土佐藩士の森四郎正名の『江戸日記』によると、「その頃、平山先生は中風
ちゅうぶう/半身の不随、腕または脚の麻痺する病気。脳または脊髄の出血・軟化・炎症などの器質的変化によって起るが、一般には脳出血後に残る麻痺状態をいう)に罹(かか)っていたが、ベラボウメを連発して言語は激烈を極め、居間の押し入れに四斗樽を据え付け、冷酒をがぶ呑みする。扶持米(ふちまい)は置き散らかして、玄米のまま炊いて食う。玄関の次が稽古場三十畳で、そこはきれいにしているが、それに続く十畳の居間は、八尺の薙刀、九尺の木刀、六尺の長竹刀、槍数十本、大砲三門、抱え筒二梃、鉄砲、鉄棒、薙刀、木刀などの武具類、具足櫃、本箱数十が乱雑に詰め込まれ、庭は草ぼうぼうの有様であった」と記している。

 行蔵は江戸末期の剣客に一人に数えられ、文政11年
(1829)12月24日、七十歳で死去した。東京四谷愛住町の永昌寺(杉並区下高井戸1の68に移転)に墓がある。

 その後、幼年の頃より内弟子になっていた金十郎が養子になり、家督を相続して平山家を次ぎ、金十郎は平山金十郎行蔵と名乗った。普段から精進を怠らなかった金十郎は文武の道に優れ、後に出世して大筒方
(おおづつ‐かた)与力に仰せ付けられた。

 また平山行蔵の道場で師範代をしていた下斗米秀之進将真
(しもとべ‐ひでのしん‐まさざね)は、南部領内(南部氏の旧領地の通称で、青森・岩手・秋田三県にまたがる地域で、特に盛岡をいう)の福岡で寛政元年(1789)2月11日に、南部家百石取の下斗米宗兵衛の二男として生まれた。幼名を来助といった。

 将真は文化3年
(1807)南部家を出奔して江戸に出ている。この時、平山行蔵の門人で旗本の夏目長右衛門信平の門に入り、その後、同5年1月から平山道場に移籍した。
 精進を続けて文化七年
(1811)の頃になると、平山道場の四天王に数えられ、翌8年には師範代となり、同9年には実用流の免許皆伝を得た。

 文化11年8月に帰郷して郷里福岡に兵聖閣道場を開き、二年後には門弟数200強を数えた。
 文化14年、平山と同門の細井知機とともに蝦夷地
(えぞ‐ち)を探索し、文政元年(1818)福岡に帰った。同年10月には金田一に新築した道場を建て、旧兵聖閣の門人を連れて移転した。

 文政4年の盛岡城主・南部大膳太夫利敬の病死を悼み、同年の4月、その憤怒を報ぜんが為に、津軽越中守寧親を羽州街道橋桁に邀撃
(ようげき)せんとして果たせなかった。その後、江戸に向かい、江戸三番町で相馬大作と変名して町道場を開いたが、津軽越中守邀撃が判明し町奉行に捕らえられて死罪が申し渡された。
 その刑の執行は、文政5年8月29日で、伝馬町牢内で、五代目山田流の山田浅右衛門吉睦
(よしむつ)によって斬首され、小塚原刑場で獄門・梟首(きょうしゅ)に付された。

 この忠孝真貫流のルーツを探ると、タイ捨流の丸目蔵人佐からはじまり、心抜流の奥山左衛門太夫忠信→長尾流槍術の長尾鎮宗→同流の益永軍兵衛盛吉→益永軍兵衛盛次→永山大学氏次→岩田勘五郎内敬→三宅善三郎信元→山田甚太夫弘篤→山田茂兵衛松斎
(運籌流三代)そして平山行蔵潜に伝承された流れを持っている。

 また下斗米秀之進将真
(相馬大作)の流れは、下斗米惣蔵雅教→下斗米栄八廉政→下斗米軍七昌言へ。更には雅教からは下斗米知機昌高と伝承された。



●平素からの緊張

 死への緊張。それは生きる為の原動力である。智慧である。根本の防禦(ぼうぎょ)態勢である。これは根本的なものであって、別に高級なものではない。

 では、緊張とは何か。
 この事を悪いことと思ったり、安易に見逃して、弛
(たる)んだ日常を作り出している人は、実に多い。したがって、緊張の本当の意味が分からない。誰もが、緊張はいけないことだと思っている。リラックスこと最上と信じているのである。しかし、こうした意識は緩慢を作り出すだけで、精神には毒であっても薬になることはない。

 そもそも緊張とは、本来、野獣が餌を狙い、あるいは敵の攻撃から身を守る防禦
(ぼうぎょ)の姿勢であり、これは高級なものでも、異常なものでもない。換言すれば自分の存在を認識した、極めて自然で、かつ動物的な姿勢であり、反応である。

 緊張すれば、躰中の血が漲
(みなぎ)り始める。その為に高揚(こうよう)が起る。辺りにも張り詰めた空気が流れる。それも相手によって、緊張の仕方は様々である。年長者であり、狡猾(こうかつ)さを具(そな)えた老獪(ろうかい)な人物であれば、その緊張は最大のものとなり、逆に、相手が未熟で、技術的にも大したことがない人物であれば、緊張度合いも、やや弛(ゆる)み、緊張の質に違いが出てくる。

 しかし、何
(いず)れも緊張であることには間違いがなく、それはひいては、人間が自他の関係において、他者の中に自分を生かそうとする試みの確認である。

 また緊張も、自分を生かそうとする中にも、魂の香気
(こうき)を持っている人は、単に緊張するばかりでなく、緊張の中にも柔軟性を持っている。臨機応変性に富んでいるからである。これを「高貴な緊張」という。この高貴を持っている人は、剛柔の使い分け非常に上手なのである。

 一方、香気を持たない、緊張にも欠けた人もいる。緊張がなく、人に見られていることを知りながら、幼稚に無邪気に振舞う人。椅子に坐れば股が自然と開いてしまうダラシのない人。ステレオやテレビやラジオの音を、隣近所に響かせて平気な人。何処にでもゴミを捨てる人。電車やバスの席を詰め合わせない人。店屋や繁華街の通路で立ち話をする人。何れも皆、緊張が欠けているのである。
 こうした人は、隙
(すき)を作り易い。したがって、加害者の眼からすれば、容易に危害が加え易い人となる。被害者とは、こうした人達であり、皆、緊張が欠けているから、事件に巻き込まれ易い。また、病気にもなる。体質も悪いから、一旦病気に罹れば完治せず、だらだらと悪くなって無慙(むざん)な死を迎えたり、植物人間になっていく。

 ストレス病に罹りやすい人は、緊張に欠けた人である。警戒が足らないのである。日常生活に、非日常の警戒心が欠けているからである。
 緊張することを知らず、臨死体験の経験がない人は、病気に罹り易い。一旦病気に罹れば、中々治らず、致命的な病気を引き摺
(ず)る人である。自分の無慙な未来が描けない人とである。

 人間にとって緊張は大切な訓練となる。緊張することを知らない人、あるいは緊張する訓練を受けたことのない人は、直ぐに病気になる。その最たるものがストレス病であろう。
 人間の日常生活は、単に日常ばかりが存在するのでなく、その中には「非日常」という厳しい側面が接している。この接している事実を知らない人は、ストレスから完治不可能な難病奇病に罹り易い。成人病の代表格であるガン発症や、高血圧症などは、総て緊張が足りないことから起る。心に隙
(すき)があったからだ。犯罪に巻き込まれて死んでいく加害者と、五十歩百歩である。

 こうした中での生活は、まさに戦時であり、臨戦態勢を敷く生活であるから、「非日常」であり、緊張が趨
(はし)って隙を作らないのである。
 これは何処か、精神的苦痛を強
(し)いるストーカーの被害者と酷似するが、筆者はこれを有り難く受け取り、緊張する手段に使わせてもらっている。その為に、いわれのない電話に対し、こちらは「簡単には負けないぞ」と、一段と稽古にも励みが付くのである。

 六十歳を過ぎて、毎日稽古に励むことが出来るのは、「非日常」を想定して、緊張が趨っているからだ。しかし、その中にも緩急があり、日常生活も、ボケ防止の為には、必要不可欠と思っている次第である。
 どういうわけか、ストーカーにも等しいイタズラ電話やファックスを、実は逆手を取って、このように利用しているのである。もともと“合気”は敵の力を利用して、自分を生かす術であるから、まさにこうした非日常は、精神的には“合気”を地で行くような生活をしている。

 緊張の足りない人は、病後、致命的な欠陥を負い、病気に負ける人である。闘病生活に負ける人である。また、この人達は、「人間が病気で死なない」ことを知らない人である。必然という、「因縁」を知らない人である。したがって、緊張により、他者の中に、自分をどれだけ生かすことが出来るか、それ自体を知らないのである。

 緊張の緩慢は、人間を植物状態にする。弛
(ゆる)みっぱなしでは、隙を狙われて、他者からの外圧は攻撃となって外側から襲ってくる。植物状態になる人は、緊張の欠如から、病魔に犯された人である。

 さて人間は、他者が自分をどれほど育てるか、その役割をはっきりと認識する必要があろう。
 他者からの外圧は凄まじいものがあるが、その中でも拒否され、憎悪され、忌み嫌われ、侮蔑
(ぶべつ)され、罵倒(ばとう)され、見下され、こき使われ、意地悪され、窮地(きゅうち)に追い込まれ、一方で時には愛され、救われ、褒(ほ)められ、好まれるという人間現象の中で、私たち人間は、どうにかこうにか、自分自身を創り上げているのである。総て、自分は他者からの影響によって、自分が築かれているのである。接する他人が厳しければ厳しいほど、よき緊張が趨(はし)って、よき自分が出来上がるのである。「よき自分」とは、他者からの緊張によって作り上げられたものである。

 そこで、緊張のない人間は、自分一人の閉鎖された宇宙に閉じ込められることになる。そうなると、傍若無人に振舞う以外、なくなってしまう。時と場所を選ばなくなる。そうなると隙だらけになる。隙のある人間は病気からも、加害者からも狙われ易い。死ねば、再生のない「永遠の死」である。

 人間の人生に、「死ぬかと思うほどの強烈な緊張」は、防禦
(ぼうぎょ)の意味からも必要不可欠であろう。「死ぬかと思うほどの」、この体験のない人間は、やがて病魔に犯され、犯罪者に絡め捕られて、あえなく命を失うのである。現代人が簡単に成人病であるガンなどの闘病に敗れて、死んでいったり、ボケたり、植物人間になるのは、過去に緊張する訓練を受けなかった人達である。

 人間は、人生の中で、命を張って生きることも必要不可欠なのである。つまり、緊張を通じて「死ぬかと思う」 ほどの体験を、日々の鍛錬から学んでおかなければならないのである。これこそが「死道に学ぶ」ということであり、人生の最大のテーマなのである。

 人の死の事実を事実として受け止める為には、死と言うものについて常日頃から、慣れ親しんでいなければならない。葬式などに参列して、あるいは臨終間際に駆け付けて、多くの死を見て、いつかは自分もああいう場面が来るのだと思ってみるのも、死に慣
(な)れ親しむ方法かも知れないが、最も分り易いのは、大自然から教訓を貰うことである。

 大自然のブナなどの森に入り、その樹木が四季折々にどのような変化を見せるか、それを観察すれば、自ずから四季のサイクルから、死を連想することが出来る。秋から冬に懸けて、大樹は葉を落しはじめる。落ち葉は、地面に落ちて降り積もり、それは腐敗しつつも、大地を育てる腐葉土となり、雨水を溜めたりして水瓶の役目を果たし、次の季節の生贄
(いけにえ)となる。
 この生贄により、春には樹木は再び若葉が芽吹き、春を迎え、夏を迎える。そして、その芽吹いた若葉も、夏から秋に懸けて自分の役目を終え、やがて散る季節になる。その朽葉は、自分の木だけではなく、森全体を育てるのである。



 
●武術家の日々の真摯なる態度

 人は未完成ゆえに、自己完結性を整えながら、完成へと向かう。これこそ人間として生まれて来た最終目的を果たす為の目標になる。
 自身は不完全であり、したがって不完全でありながら、それを少しでも完全に近付けるのが、武の道であり、その示す指針に従って邁進
(まいしん)するのが真の人間としての姿である。

 今日できなかった事は明日に先送りするのではない。出来るだけ今日の内に完結する事が肝心である。今日の事は今日のうちに、である。
 「先送りの論理」では何も役に立たない。ここに「今」に注目する必要があろう。人間は、「今」にしか生きれない。
 「明日があるさ」では、今日を逃げた事になる。

 今日は逃げるべきでない。今日という日は、人生にまたとない「今日一日」である。
 よく馬鹿は、九星気学
(ある八門遁甲の大家が「九星気学は気狂い学である」と云っていた事が印象的)早見表や暦(こよみ)を見て、「仏滅だし、今日は日が悪い」などという。
しかし、「またとない今日」は、九星早見表や暦にあるのではない。

 今日を取り逃がす人は、明日を取り逃がす人であり、結局一生を取り逃がす人である。
 「日々鍛練」とは、まさに「またとない今日一日」の中で打ち込まなければならない。
 これを明日に繰り越してはならない。今日は忙しいから、明日にしようなどを思ってはならない。どんなに多忙でも、家族サービスに疲れていても、女の尻を追い掛けていても、パチンコなどのギャンブルに狂っていても、借金苦で困窮する生活に甘んじていても、それらを超越して、 「今日と云うよき日」に修行は、今日一日分行われる

 それは何も難しい事はない。
 今日一日分、握力50回を左右行い、同時に三キロ程度の木刀で素振り200回程度を遣れば宜しい。たった朝晩、これを10分程度遣れば済むのである。「日々鍛練」の意味は此処にある。この僅かな、単純なる、平凡なる日々の中に、極意の秘訣はあり、これが「死を嗜む道」に繋
(つな)がっているのである。

単純な日々の中で繰り返される、極意に繋がる人生求道。

 この事をよく考え、日々の朝晩たった10分の一人稽古を怠るべきでないだろう。如何に多忙でも、一日朝晩10分程度の一人稽古はできるだろう。しかし、こうした単純動作も嫌う人がいる。

 さて、自ら指導的立場にありながら、多忙や家庭サービス、借金苦や盆などを理由に、連絡もナシに会議に参加しない者がいる。情けない限りである。今回参加できなかった者は、反省すべきであろう。また、事前の連絡がないと言うのは人間として間違っている。黒帯失格ばかりでなく、人間失格である。

 人間は、どんなに多忙でも、「親の死に目」には帰るだろう。指導的立場とは、こうしたものである。もし、これに参加できないならば、自らの自己完結性に向かい努力していないのだから、黒帯などと言う紙切れは、早速返上するべきであろう。

 「紙切れで、肩で風切るのではなく、日々の鍛練」により、毅然たる、真摯
(しんし)なる態度が必要であろう。
 曾
(かつ)て武人は、自らの行動と、全人格をかけて、道を全うしたのである。武道家が武人としての態度や姿勢を見失った時、それは、「今日、懸命に生きる」ことを見失ったことである。今日、懸命に生きることを見失った時、それは一生を懸命に生きることを見失ったことを意味する。

 人間は物を失うまいと必死になるが、実は「時」と云う時間を失っているものは案外多い。時を粗末にし、自分を粗末にしている。
 人より一寸でも先に出ようとする狂奔は、自分が人より少しでも物質的にいい生活をしたり、金銭的に贅沢な暮らしをする為に足掻
(あが)くことであり、こうした事には、狂ったように抜け駆けを図るが、心を豊かにしたり、自分を掘り下げて、じっくり考えると言う事には余り興味を抱かないようだ。

 したがって、自分を知らず、自分を知ろうともせず、自分を見逃しているのである。自分の正体に気付かないまま、一生を終える人も少なくない。こうした人は、自分すらも見失った人である。かくして時を見失い、総てを見失ってしまうのである。

 一生を見失った者に、死の荘厳などあるはずがない。臨終間際に待っているものは、過酷なる死であり、悶絶する死である。つまり、生を全うしなかったものは、また、死すらも全うできないのである。



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