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死を嗜む道part2 2

死を嗜む道の真髄は、大から小を悟り、浅(せん)から深(しん)に至る道である。


●圧倒される抱擁力

 死を嗜(たしな)む道を学ぶことを「死学」と云う。死学は、死に直面することにより、死を学ぶ術である。
 武術は、死を目指し、死のギリギリまでを自らに充
(あ)て、そこから生還する術である。

 人間は死に直面した時、偉大な力を発揮する。死に直面し、死と背中合せになった時、そこに見るものは、まさに死の影である。しかし、死の影を見ることにより、死の印象を新たにする。この、実に印象的な臨死体験が、また武術の体験でもあり、例えば武術では、型においても、「受け」と「取り」、「打太刀」と「仕太刀」があるが、これも先に業
(わざ)を仕掛けていく方と、業を外し、あるいは躱し、抜き、後から勝つ方であるが、この場合、仕太刀の先に業を掛けた方は、型の便宜上、負けることになり、この負けは「死」を意味する。斬られ、あるいは止(とど)めを刺されるからである。

 この「止めを刺される」行為は、紛
(まぎ)れもなく臨死体験である。死のギリギリのところで、一時的にその執行を猶予されたことになる。しかし、剣術の型にしても、柔術の形にしても、あるいはその他の武儀の体術の型にしても、打太刀の負け、受けの負けは、型演武であると云うところから、この「負け」を「死」と観ずることは少ないようである。

 しかし、型演武上の、型とは言え、これが実戦では負けとなり、負けは「死」となる。此処が非常に大事なところである。同じ型演武をするにしろ、ギリギリの死の極限までに追い詰めることの出来ない演武は、喩え演武であっても、それは踊りの領域である。「踊り」の領域では、「型踊り」であり、「受け」も「取り」も、「打太刀」も「仕太刀」も、型で遊んだことになる。

 約束上の動作であっても、「遊び」は禁物であり、これは単なる踊りではないのである。一種の真剣勝負の世界のものである。したがって、何れかが勝ち、何れかが負けると言う約束であっても、負けた方は、当然、臨死体験をする必要があり、この体験により、一時的に死の執行が猶予されたと言う印象を持つべきなのである。

 世の中の仕組みは、あらゆるものがこの上に成り立っている。これこそ、生きる人間にとって、この上もなく貴重であり、神聖であり、死から生還した美意識が宿るのである。一方でこの体験により、総ての万物を愛することが出来るようになり、大きな抱擁力が生まれ、それらに圧倒されたいと言う、かつてなかったほどの感動を感じるのである。
 ここにまた、自分が大自然の懐にしっかりと抱かれているという感覚を感得するのである。

 この感得をもって大自然に接する時、これまで見慣れた山河が非常に美しく映り、また遠い存在であった死が、かくも常に存在していると言う、より深いものを観じるのである。それは死の可能性であり、人間には常に死の可能性があることが分かる。

 愛と云うものは、恋愛などの枯渇から来る渇愛を除いたものは、大自然の慈悲の心であり、人は慈悲に生かされていると言う事が分かる。大自然に慈悲がなかったら、人間はこの恩恵に与
(あずか)れない。直ちに、非存在なるものと成り下がる。慈悲の恩恵があるからこそ、人は「天より生かされる」という現象が起る。つまり、「生かされる」ということは、非存在なるものが生きているのだから、「何れは死ぬ」ということになる。
 したがって、死こそ、生きる原動力であり、人はよき死を求めて、そのことにより情熱的に、熱心に生きようとするのである。



●迫りつつある死

 大いなる慈悲の直視は、また、じっくりと死を見詰めることである。それを見詰めると、人は迫りつつある死を感得する。この死は、決して自分の頭上にだけ降り注ぐものではなく、万人に課せられた宿命であると言う事が分かる。死が宿命であることは、積極的な意義をもって、大いなる慈悲に向かう「非存在」なる人間の、人生に於て、決して避けて通ることができない、一つの試みでもある。

 自分との肉体の訣別
(けつべつ)。自分の親しい隣人からの訣別。こうした訣別において、人は「小さな死」を自分の裡(うち)に体験し、そこで臨死体験を経験するのである。そして、この臨死体験は、来るべき大いなる死の試煉として、備えるべき貴重な機会を得るのである。

 しかし、現代と言う世の中は、この死に対して、貴重なる機会を得る時期を大きく取り逃がした時代だと言える。何故ならば、日本の戦後教育で説かれたものは、戦争への憎しみと、平和への固執であった。特に平和への固執は、戦後生まれの現代人が、自分では何一つ危険は冒さず、机上の空論によって、口先だけで平和を唱えていることである。こうした平和は、まさに絵に描いた餅で、平和さえ唱えていれば、死から逃れることができるとしているところに、こうした主張の提唱者は全く、本物が見えていないのである。

 この現実を皮肉的に云えば、血に足が着かないと云う状態で、ひたすら死から逃げ回っていると云うことである。実に、宙に浮いた平和観念では、死の本質を正しく見つめる事は出来ない。死を見詰めない、死生観に固執すると、人間の頭上に降り注ぐ死は、歪められた形で、人間を襲ってくる。現代人が、やたら死を恐れるのは、こうした理由によるものである。

 迫りつつある死は、誰の頭上にも降り懸かるもので、それには誰一人例外はないと思いながら、もしかしたら、自分は別ではないのかと思っているのである。これが、迫りつつある死からの逃避である。

 人間は、もともと臆病な生き物である。したがって、慣れ親しんだものには必死にしがみつこうとする。その為に、「死」という、新天地に向かうその道への船出に乗り出す勇気を持っていないのである。いつまでも旧式の自分にしがみついて、自分が新しく生まれ変わることに、大きな拒否反応を示す。死を拒否することは、自分自身の人格的成長も拒否することになる。

 死を拒否する者は、人格ならびに霊格に、一切の成長が認められない。その為に、情緒的にも未成年で、成熟した大人の人格を有せず、自己主張ばかりが強い人間となる。これは迫りくる死を、全く寄せつけず、生まれ変わりの勇気が喪失しているからである。

 この消極さは、「小さな死」までを否定し、臨死体験を拒み、安全圏にあると錯覚した、自分の小さな、旧式の殻
(から)に閉じ篭(こも)ってしまった状態である。

 では、「迫りつつある死」をどのように解釈するのか。
 人間は、環境と生活基盤の中で、それぞれの年代を経験する。幼児期を経て、少年期、青年期、働き盛りの中年期を経て、やがて老年期に入る。この過程の中で、人間は幾度もなく「小さな死」を体験するのである。小さな死は臨死体験の事であり、かりそめの死を此処で体験するのである。この体験の数が多いほど、死の受け入れが整い、人格的な円熟により、「生まれ変わりの勇気」が旺盛になるのである。
 つまり、死に対して大きな恐れを抱かなくなるのである。

 それは以前に慣れ親しんだものからの「訣別」である。人間は、各時期において、常に訣別を繰り返して来た。執着するものを捨てて来たのである。これが禅で云う、「放下著」であった。「捨てる」ということが出来ない者は、情緒的に未成熟となる。それは前頭葉の未熟性と同義である。人間らしい情緒が欠落しているのである。

 こうした未熟性を背負っている者は、人生における積極的な価値観が、それぞれの年代によって変化し、そこから新たなものを発見すると言う機会を失っているのである。したがって、最終段階の死を、殊更
(ことさら)、恐れるのである。
 人生の中には、それぞれに過度期的な、人間が生まれ変わる「小さな死」が備えられている。しかし、これを見逃す者は少なくない。

 一方、過度期において、臨死体験をし、「小さな死」を体験すれば、やがて来るであろう「大きな死」にもすんなりと入っていけ、死への準備が整うのである。



●大剛に兵法なし

 徳川将軍家の剣術指南役をしていた家光の頃、指南役は柳生宗矩やぎゅう‐むねのり/宗厳の子で但馬守を名乗る。著書に『兵法家伝書』がある。1571〜1646)だった。宗矩は、関ヶ原の戦に徳川家康に従い、大和国柳生荘で二千石を知行、のち一万二千五百石に家蔵され、大名にまで伸し上がった江戸初期の剣客(けんかく)である。
 柳生新陰流の達人で、その武勇は全国に轟
(とどろ)いていた。

 その頃、宗矩の門に一人の武士が入門を願い出た。
 宗矩はこの武士を一目検
(み)て、次のように訊(たず)ねた。
 「貴殿は一流に達した達人とお見受け致すが、何故わが流の門に入門をされるのか?」
 この問いに答えて曰
(いわ)く、この武士は、
 「私は今まで一度も武芸の修行をしたことがございません」と答えた。

 宗矩はこの言を受けて、
 「さては余
(よ)を試しに来たのか!?余は将軍家指南役であるぞ。この余の眼を偽ることは出来ぬぞ!」ときつく叱責すると、
 この武士は、
 「私は子供の頃より、父母に武士は命を惜しんではならぬと厳しく言い聞かされて育ちました。それ故、いつも命を捨てられる覚悟を致して、日々、死を心に充
(あ)てて生きて参りました。したがって、今では死ぬことを何とも思わなくなりました。私にはこの他に思い当たることはございません」と神妙な面持ちで答えた。

 これを聴いて宗矩はたいそう感心し、
 「兵法の極意もその一事にある。余はこれまでに多くの門人を抱え、数人の高弟を得ることが出来たが、まだ極意を許したものは一人も居ない。したがって貴殿は、あたらめてわが流の剣術を学ぶ必要はござらぬ」と云い放った。
 そして、宗矩はこの武士に柳生新陰流の免許皆伝を与えたのである。
 ちなみに免許皆伝とは、師から弟子に芸道などの奥義を、ことごとく伝授する最高の御墨付きである。

 その後、宗矩はこの武士について次のように語っている。
 「大剛
だいごう/優れて心身が強いこと)に兵法なし。生死の悩みを解脱した真人には、もはや武芸を学ぶ必要は無し」

 そもそも武芸あるいは武術と云うものは、古来から武士の間で真摯
(しんし)に修行され、日夜その研究において、血と汗が流され、絶え間無く研究されて心あるものに伝承されてきた。この根底には、「殺さねば殺される」という殺気をもって、まっしぐらに敵の心肝に突入するのが武芸であった。

武芸とは、臨死体験を経験する為のものである。

 わずか一撃をもって、その「術」が一度、火を吹けば敵は忽(たちま)ち首と胴が離れたものである。必死必殺の道が武芸あるいは武術なのである。
 昨今は古武術や古武道と称して、演武会などで一撃必殺のみならず、二之太刀、三之太刀、四之太刀、五之太刀までが存在する流派があるが、実際にはこうした剣技のやり取りは、型稽古であって、実戦は殆ど役に立たない。演武と云う、観客を意識した舞台での立ち回りは、テレビや映画の時代劇のような派手な殺陣が観客受けを呼び、そこに作られた演技がある為、その演技は実際の戦場では役に立たない。

 実戦と演武での演技とは無関係である。演技では心に死を充てて戦い抜く事は出来ない。派手なアクションでは途中で息切れしてしまうだろう。
 そもそも武芸あるいは武術と云うものは、少しの動き、少ないエネルギーで最も効果の大きい結果を作り出すのが主目的であって、大汗をかくような派手なアクションでは無駄なエネルギーを浪費するばかりである。

 常に心に死を充てて対処することが出来なければ、その動きは、ひたすら死から逃れようとして、派手なアクションになってしまうものなのである。派手な立ち回りや大袈裟なアクションは、コンビネーションが連続して、二之太刀、三之太刀、四之太刀、五之太刀までが続けば、これを演技としてみる側の眼には変化があって面白く映るであろうが、実際の命のやり取りにおいては、無用の長物であり、死を真剣に考える大きな威力は消滅してしまう。
 何故ならば、そこにはひたすら死から回避しようとする姑息
(こそく)な作為が見て取れるからだ。

 人間はその行動において、死を少しでも回避しようとする気持ちがあれば、その業
(わざ)はとたんに弱くなる。見苦しいものになり、穢(きたな)いものになる。



●死生の因縁を明白にさせる

 人間の生死は、総てが因縁が決定している。因縁が明白でなければ、非存在である人間が生き続けることも、死ぬことも出来ないであろう。則(すなわ)ち、因縁を明白にさせると言うことは、何によって死のうかと言うことを明白にさせることであり、死を明白にさせると言うことは、則ち同時に「生を明らかにさせる」ということである。

 死に漠然とした意識しか持たない者は、またその生き態
(ざま)も不明瞭であり、生きる因縁すら持ち得ないのである。こうした人間の生は弱々しく、少しの障害にもへこたれ、病気などに襲われて直ぐに志が挫折してしまう。弱々しい死の意識は、また弱々しい生き態にしか過ぎず、本来の人間が持って生まれた死生同根と言うことを明確にさせることができない。

 多くの現代人は漠然とした生活の中で死を捉
(とら)えている為、その生においても不明徴で、生き方に力強さがない。こうした死の不明確がまた病魔を招き寄せるのである。病魔を招き寄せるのは、自分自身に内在している死を明確にさせることができないからで、またこうした不明瞭さが、人生の途中挫折を招くのである。

 死の不明瞭は、例えば現代では、多くが死から逃げ回る為に、特に死病に魅入られ易い。その最たるものがガン発症や高血圧症や糖尿病である。そして、一旦これらの病気に魅入られれば、そこから九死に一生を得て社会復帰できる人は、ほんの一握りに過ぎない。総ては生き残っても、廃人に近い状態で、満足な五体は失われてしまうのである。

 この元凶の根底には、ひたすら死から逃げ回る、本来は死ぬべき者の愚かさが見て取れる。死を逃げ回る者は、遂には死神に魅入られ、そこから逃げられないと言うことである。この世の原則は、「逃げ回れば追い掛けてくる」というのが紛
(まぎ)れもない事実であり、遂に無慙(むざん)な死に絡めとられてしまう者の多くは、死を逃げ回ったことに横死(おうし)の因縁があると言えよう。

  現代人は多忙を理由に奔走しているが、実はこの多忙は瞞しであろう。瞞しに操られ、そこに失意の中に死んで行く理由が存在している。しかし、多くの者は、この瞞しに全く気付いていないのである。

 忙しそうに動き回る。これはこれで結構であるが、よく考えれば単に多忙を装っているだけである。そして現代人の誰もが、この多忙に振り回されている。しかし、そのことに誰もが、殆ど気付かない。ここに現代の多忙を理由にする、落とし穴があるように思う。
そして、この多忙と病気は無関係でない。病気で死んで行く者は、此処が見えていないのである。現代病や成人病に罹って死んで行く者は、この点を見落としているのである。

 問題は病気に罹らない事ではなく、病気に罹っても「直ぐに治る」というのが大事であり、昨今は病気に罹っても直ぐに治らない者が余りにも多いように思われる。既に体質を悪くしているので、こうした者は、三次元の現代医学を以てしても、このレベルの医療では癒らないのであろう。

 病気に罹って、いつまでも治らず、あるいは病気と共棲することが出来ず、死んで行く人間と、病気に罹ってもそれに平然と耐え、生き残る因縁をもっているのは、「死を明確にする」からではないかと思う。死を明確に出来ない者は死んで行く以外ないであろう。そうした死の訪れは、「横死」であり、無念の死であろう。
つまり、「死を嗜
(たしな)む道」ということを知らなければ、人に死はこうした横死になるのであって、昨今の現代人が、ひたすら死から逃げ回る見苦しさは、実は横死を自らで追い求める死に方を、無意識のまま選択しているのではないかと思うのである。また、ここに生死の明暗があるように思う。



●九死に一生を得る

 実際現象として、「九死に一生を得る」という不思議な現象が起こる。死からひたすら逃げ回る者は死に、死を覚悟して死地に赴(おもむ)いたものは生きるのである。こうした話は事実として、地球上にはゴマンとあるのである。

 人間にとって、「死」は逃げ回る対象のものではない。また、忘れる対象のものでもない。むしろ、「死を覚悟する」ことこそ、人間の自覚意識を明確にさせるものである。死は、日々、死を自覚する必要がる。
 したがって、死は忘れようと思っても、逃げ回っても、非存在である人間は、何
(いず)れ死ぬ。誰もが死ぬ。死ぬことに誰一人、例外はない。

 死の恐怖は、自分の死ぬのも怖いが、愛する隣人が死ぬのも、非情に恐怖を感じさせるものである。愛するものが死ねば、自分が見捨てられた感覚を抱くからだ。
 つまり、この時の恐怖は、自分だけが置き去りになされという恐怖で、死の恐怖とは別問題である。しかし何故か、死を、これらのものに結び付けて現代人は考えてしまう。こうしたところにも、死を錯誤し、死を誤解する現代の元凶が横たわっている。

 そして、現代人の死に対する考え方は、まず第一が「死の回避」であり、第二が「死を忘れる」ことである。
 しかし、果たして死は回避したり、忘れられることが出来るだろうか。

 誰もが、死には虚無であると思う。死が虚無であるからこそ、せめて生きている間は生き生きとして、こうしたポーズをとり、死から逃げ回って駆けずり回り、出来るだけ死から遠ざかろうとする。その挙句に起った妄想が、死を忘れるという暴挙であった。ところが、死は忘れようとしても忘れられるものではなく、一瞬忘れた積りでも、人間が「非存在」なる生き物である以上、死の忘却は土台無理な話である。
 そして遂には、忘れたいという妄想が、もっと長生きをして、生きながらえたいという錯誤を生み、「生きたい」という実態と確証は、中々得られないことから、最後は無気力状態に墜落させるものである。これが死を逃げ回った結果から起った、必然的な結末である。

 その上で、死の回避や、死の忘却は「強迫観念」を作り上げる。
 現代に生きる多くの日本人は、死に対して激しい憤
(いきどお)りと、強迫観念を抱いている。誰もが強迫的に「生き生き志向」を抱き、生き生きすることが健康の秘訣と誤解しているようだ。
 そして、生き生き志向から健康が得られない場合、最後は、遂に無気力方志向に陥って、墜落の憂
(う)き目を見るのである。

 足を地に着けず、死からひたすら逃げ回り、浮き立たって駆けずり回ることが、生きることではない。また、虚無の中に消滅してしまうのが、死ではない。死ねば終わりだとする、死は、そんな安っぽいものではないのだ。
 生も死も、宇宙神の創造した、もっと現実的で深遠なる壮大な計画の中に組み込まれた意義深いものなのである。その意義深いものを、宇宙の創造神が人間に体験させようとしているのは、人の生であり、人の死であるのだ。



●自由闊達

 現代人にとって、死は盲目的な恐怖感で彩
(いろど)られている。したがって逃避の意識が露(あらわ)になる。そして現代人の死に対する忘却意識は、死を、無理に無意識の底に押し込んで、表面的なポーズとして「生き生きと振舞う」ことにより、死の忘却を図っているのである。その最たる現われが、「健康に生きる」ことであろう。その為に、病気という失点は許されないのだ。

 しかしそれは、全くのお門違いであり、本末転倒であるということだ。何故ならば人間は「非存在」なる生き物であり、死と無縁な生き物でないからだ。

 現代人の多くが見逃していることは、「死」という、最も普遍的であるテーマは、実は個人の死生観にも密着し、それが表裏一体となって、切っても切れない関係にあるからだ。これにより、現代人は死を盲目的に恐怖し、これから逃げ回って忘却の彼方に閉じ込めようとする。ここに現代人の解放されない、自由を失った現実がある。

 ところが、死を想うことによって、これまでの柵
(しがらみ)から解放され、自由に思考でき、闊達(かったつ)自在に行動する自由自在の境地をも、描き出すことは出来るはずだ。生に固執すれば、解放感は失われ、自由自在性は阻害される。一切の行動は危険が伴うので、行動が制限され、箱入り娘のように家でじっとしていなければならなくなる。いつも死の恐怖に脅(おび)えていなければならなくなる。病気を嫌い、健康に固執する考え方は、結局人間の死期を早めるばかりである。

 現代人の多くが屡々
(しばしば)陥る漠然たる不安は、「生」の喪失に他ならず、実は、生とは間違いなく、死と言う一定方向に伸びているものである。生きるということは、その延長線上に「死」という現実が待ち構えていることだ。
 則
(すなわ)ち、よく生きるということは、「よく死ぬ」ということでもあり、よく生きることが出来れば、よく死ぬことも出来るのである。

 しかし、この「よく生きる」ことと、「よく死ぬ」ことが表裏一体になっているのを見逃しているのが、取りも直さず、今日の死を逃げ回る現代人なのである。更に、現代人の大きな誤解は、死が意味する「生の実態」と、時間が意味する「魂の永遠」を、恐怖の名に摩
(す)り替えて、これから逃げ回っていることである。
 しかし、如何に回避しようと決して逃げることの出来ないのが、死であり、死こそ、人間の人生において唯一つ絶対に確かな現実である。そして、死は忘却を願うものでなく、正しく受け入れるものなのである。

 これについて老死は次のように云う。
 「夫
(そ)れ兵は、不祥の器(うつわ)なり。故(ゆえ)に兵は君子の器に非(あら)ず」と。

 願えさえすれば、戦争がなくなると云うものではない。また、願えさえすれば、死が半永久的に忘却できたり、遂には死がなくなると云うものでもない。何
(いず)れも幻想である。
 しかし、人類はこの固執に陥り易い。

 もし、地球上から戦争がなくなるとしたら、次のような条件を充たさなければならない。
 まず、世の中が全く公正になり、かつ公平になって、誰もが不満を抱かない状態にならなければならない。総ての人は、人類愛に満ち溢れ、常に隣人を愛し、助け合いの心を持ち、他人の厭がる事は自分が自ら進んで行い、損を覚悟で他人の為に尽し、裏切られたとしてもそれを憎まず、さらりと水に流して許す心を持つ。果たして人間にこうした崇高な心が持てるだろうか。

 いろいろな民族が自己主張を強め、独立を保ちたいと願っている。その間に貧富の差もある。文化程度も異なる。価値観にも差がある。不満も生じれば、見てないところで不正も起る。これではあまりにも不一致点が多過ぎる。強い者が権力に奢り、その一方で欲求不満もある。総ての人が幸福とは限らない。誤解と云う理不尽もあり、それにより感情はこじれる。

 そしてその影に憑
(つ)き纏(まと)うものは、「死の影」である。しかし、「死の影」は非存在なる人間に憑き纏うもので、これを忘却することはできない。

 多くの現代人が忘れていることは、生きるに「生き甲斐」と言うものがあるように、死にも「死に甲斐」というものがある。人間が「人間の尊厳」を保って生き、そして死ぬ時はその尊厳を抱いたまま死ぬと言うのは、その人の人格によるところである。人の一生は、余りにも多くの「苦」に充たされている。喜ぶこともあるは、それは「苦」に比べれば、ものの数ではない。しかし、この「苦」を容認することが、実は自由闊達
(かったつ)な運命を提供されるのである。



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