●取立屋稼業
合田氏は私に「取立屋になれ」と言う。取立屋は別名「切り取り屋」とも言う。おどろおどろし、呼び名である。
債権者の“あらゆるもの”を切り取って、それを金銭に変える事が仕事である。決して、此処で言う「あらゆるもの」とは、何も物品に限ったものではない。人でも、肉体でも、智慧(ちえ)でも、技術でも、何でも、総て金銭に換算して、切り取ってしまうのである。
私は合田氏の命ずるまま、“初仕事”に取りかかった。そして債権証書を受取り、早速今晩からという事で、新たな世界へと飛び込んでいったのであった。
S通商の私の債務は、280万円に利息を加算したものであった。放っておけば益々膨らんで行く。放置する事は出来なかった。こうした気持ちが、私を取立屋にしたのかも知れない。
しかし歩合制で、取り立て金額の“50%”が自分の取り分になるのである。この50%の取り分を業界用語で「取り半」という。その歩合は大きかった。少しでも稼がねばならないと思う。
S通商には、私のような債務者が、取立屋として働いていて、凄腕が何人もいるというのである。私はこのS通商の合理的な経営法が、何となく理解できる思いだった。大きな智慧を抱え込んでいるようであった。
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| ▲裁判所の債権者に対する取下書
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▲裁判所が通達して来た訴取下書副本の送達
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─────人間は一緒になって行動しなければならないところには、必ずリーダーが出現する。首領が登場する事は、必須条件である。そして首領の采配(さいはい)で、その末路が決定される。それは軍隊でも同じであろう。
首領の登場により、首領が顔を出す事によって、これまでの無秩序が秩序を持つ事になる。弱い軍隊でも、敗走兵を防ぎ、脱走を許さず、軍紀(ぐんき)や規律が保たれる。
この統率の善し悪しにおいて、弱者が勇敢になったり、強兵が怖(お)じ気付いて、腑抜けになったりもする。しらがって、有能な首領の登場は、非常に大事なのである。
有能な首領が登場すれば、単に、統率の宜(よろ)しきを得ずに、敗走兵を度々出していた軍隊が、首領に相応しい首領を得ると、首領が指揮刀を揮(ふる)っただけで、忽(たちま)ち勇猛果敢な軍隊となる。また、これらは軍隊の歴史の中でよく知られた事である。これこそが「大事の兵法」である。個人戦の「小事の闘技」とは大いに異なるところである。
これは国家にも言える事であろう。その国家政府が、それを治めるに値するか否かによって、首領が無能なら反乱勝ちな国家にもなり、規律ある国家にもなりうる。したがって、首領の采配と有能なる能力により、適格な指図があれば、軍事行動も、市民生活も、社会生活もよき方向に向かうし、無能ならば、国は乱れるのである。
これら全般は歴史を通してみれば、人間社会には幾らでも首領が登場し、それらの首領がヒエラルキー型を形成する事により、階級が作られたのである。そして首領の打ち立てた秩序が国家に反映され、それが市民生活を営む国民に安定を齎(もたら)した。
しかし、一方で不穏な輩(やから)がいる。現体制に転覆(てんぷく)を目論む輩である。旧秩序を崩壊させ、国民の運命を巻き込んで、国民の階級を皆無にしてしまう革命集団の暗躍である。国歌が横領される時は、こうした輩が暗躍する。国民の間に一度混乱が生じれば、そこでまこれまでとは違った階級が、新たに登場して来る。差し詰め、プロレタリア独裁などは、これに当るだろう。
反体制力が、国家転覆を目論む場合、秩序の崩壊から着手され、これにより白が黒になり、黒が白になる。上下が逆転する。この事により、思考やモラルが逆転し、旧秩序が崩壊するのである。かつてはこれを「下剋上(げこくじょう)」と言い、近代的に表現では革命と言った。守る側も、攻撃する側も、何(いず)れも弱肉強食の理論が働く。
これは歴史を見れば一目瞭然であろう。
歴史を振り返って、かつてのローマ帝国はどうだったか。ローマの国家を構成する行政ないし、軍事的階級が権力を失うと、無政府状態が続く事になる。その後、一部の封建的階級が行政と軍事を担当する事になる。しかし、こうしたものは長続きしなかった。
また、アメリカ独立戦争然(しか)り、フランス革命然り、更にはロシア革命然りではなかったか。
特にロシアに於ては、産業方面で雇い主制度が崩壊すると、官寮と技術家とが少数政治の体制を布(し)いて、雇い主と同じ職掌(しょくしょう)を行使した。
然(さ)ればこそ、革命家達がどんな約束をしても、どんな野望を抱いても、この地上に平等を齎(もたら)すことは出来なかった。常に不平等の論理が働き、弱い者に皺寄(しわ‐よ)せが行き、理不尽が起ったのである。
政治システムを通じて、法的に平等の理論を打ち立てることは出来るが、それは法の範囲を逸脱するものでない。法律において万人の平等は思考する事もできるし、また考え通さねばならないが、しかし、万人が指図する事に関して、平等だと言う事は考え難い。それは、平等と言う美辞麗句(びじ‐れいく)が、裏を返せば「不平等の現実を目の当たりに展開させてみせて、結局首領の居ない社会など、現実としては考えられないからである。
─────そうした意味で考えれば、合田氏は確かに企業舎弟の元締めとして、首領に値する統率者だった。それはS通商の誰もが、給料で働くのではなく、歩合(取引の額に応じて取る手数料または報酬)で働いているからであった。歩合の出来高により、ポストが定められていることであった。
そして巧妙に分業化されていた。
このS通商は、金融業として、金を貸して金利を稼ぐ事で利益を上げているのではないらしかった。弱肉強食の論理に従えば、市場経済は「金の威力の行使」が問題にされるのであるが、その原点には、高利貸しとしての金利は余り問題にされず、厳密に言えば、金利などは、どうでもいいようであった。
金利は幾ら高くても、現実にこの世に存在する金利は「十一(と‐いち)」程度である。10日で1割の高利の利息である。しかし、こうした高利を取ったとしても、それで貸した金が2倍になるのには、“100日余り”も懸(か)かってしまう。暴利を得たとしても、こうした程度のものである。
ところが、合田氏は高利貸しの原理で「金の威力の行使」を考えていなかった。高利貸しとは、全く発想が違いっていた。それは合田氏独特に金銭哲学であるかも知れないが、「高利を承知で、金を借りに来る人間は、叩けば埃(ほこり)が出る人間で、それだけ弱味を抱えている人間である」というのが合田氏の持論であった。
そして合田氏は、更に言うのであった。
「眼の前に弱味のある人間を前にして、高利で貸したと雖(いえど)も、たかの知れた“厘歩”ではないか。これは金銭の威力の行使に対する冒涜(ぼうとく)ではないか」と。
その考えの中には、合田氏特有の哲学が流れていた。それは、金貸は金を貸さない限り、商売が出来ない。しかし金貸しは、金を貸した時点で、貸した金が、果たして返ってくるだろうかと心配しなければならなくなると言う。利息も取りたいが、それよりも元金の方が、まず心配になる。だから零細金貸しは、心配事が減らない。結局大手に喰われることになる。心配症が祟(たた)り、頓挫(とんざ)するのである。それは智慧がないからだと言う。単に、金貸しは「蛇の執念」だけでは成功しないとも言う。
その為に、S通商にはいろいろな人間がいた。それは金融舎弟であったり、経済ヤクザであったりした。まさに種々雑多と言えるのであった。しつこさだけではなく、それを反対側から相殺する、チームワークのバランスがあったのである。
その証拠に、配下には、パクリ屋(手形のパクリを専門にする非合法)が存在し、情報屋(経済情報と流言を流す)、分解屋(売り掛け金の回収を専門とする)、離散屋(擬装離婚や戸籍の移籍の斡旋)、導入屋(新たな戸籍を獲得する為に養子縁組の斡旋)、脅し屋(脅して巻き上げる事を得意とし、複数で組んで「ぼけ」と「突っ込み」を演出する)、葬式屋(中小企業に取り憑いて、最後は葬る。「潰し屋」と連係したチームワークを持っていた。また複雑に担保設定された競売物件を処理する)、解体屋(個人資産の売却や購入者の斡旋)、そして潰し屋などであった。彼等は各々に自分のポジションを持ち、連係して集団行動を取り、その特技に応じて、取立不能と思えた債権を回収して行くのであった。これこそ総合的な智慧の集団であった。
高額借金を抱える債務者を、取立屋として“歩合制”で使う発想は、まさにNHKの“委託集金人の発想”であり、出来高次第で、集金人に一番苛酷な最前線の仕事をさせるという越後獅子(えちご‐じし)的発想は、先ず社員としての人件費を掛けないという利点がある。それに追い掛ける運命にある者としては、必死に働かざるを得ない。生きていく為、食う為には、辛い事も敢(あ)えて遣(や)る。親方が“芸”を仕込む場合、この条件下で仕込めば、越後獅子の踊りを遣る子供達は、何でもいう事を聞き、一方親方は非常に操り易いからである。
此処から立ち去る時、合田氏は自分の事を「会長」と言うように言い含み、サイドボード横の観音開きの大型金庫を開け、下の抽斗(ひきだし)から宝石箱を取り出し、大粒のダイヤの指輪を私にするように命じた。
勿論これは私に呉れた訳ではなく、仕事の必需品として、私に貸与えたものであった。取立の場合の小道具に遣うらしい。しかし元古物商で、宝石類を扱った事のある私の“勘”では、台座はプラチナで出来ているが、ダイヤそのものは恐らく“イエロー・ダイヤ”であろうと察しが付いた。
あの午前10時の太陽の光の下で、その純粋性を確かめるという、この種のダイヤである事は恐らく間違いがない。こんなところにも会長と呼ばせる、この男の抜け目なさを感じ取っていた。
だが合田氏の、自らを会長と呼ばせる感覚は、会社組織内の社長の上に君臨する会長ではなく、寧(むし)ろヤクザ的な意味合いを持った会長であるらしいかった。つまり「親分」或いは「親(おや)っさん」の“代(かわ)り名”であろう。
《イエローダイヤか……》そう心の中で呟(つぶ)きながら、それを掌(てのひら)の中で、一先ず転がして見た。そして右手の中指に填(は)めて見た。
それを見た合田氏は「ほう、あなたは中々の“武当派”ですね」と言い、微(かす)かに笑ったかのように見えた。
私が中指にダイヤを填めた事が、合田氏の目には直ぐに格闘という事を、今迄の場数を踏んだ経験から、私を武当派と読み取ったのであろう。合田氏の勘は、喧嘩上手としても鋭かった。
それにしても、2キャラット近いこの大粒のダイヤは、取立屋としての必需品にしては充分であり、これがイエローダイヤである事は、素人には絶対に見破れる事はない。合田会長自身、私が既に預かったダイヤがイエローダイヤであると見破った事など知る由(よし)がないであろう。そしてこれは債務者への、最も威圧的な脅し媒体なのである。
合田会長の与えた、取立屋の小道具はこのダイヤを始めとして、ダイヤを散りばめたローレックスの腕時計、金のずっしりと重いブレスレット、高級感充分の鼈甲縁(きっこうぶち)の色の薄いサングラス、それに重量感のある純金製のジュッポのライターであった。
早速私は左手にローレックスの時計、右手にブレスレットとダイヤの指輪を填(は)めた。
合田会長の言を整理すると、夜、債務者の家を訪問して、チャイムを鳴らし、ドア・チェーンをした儘(まま)少しだけドアが開かれた時、ダイヤと金のブレスレットをした手の方をドアの隙間(すきま)に差し込み、もう一方で債権証書(借用証書)をちらつかせ、「相談に乗りましょう」と切り出すのだと言うのである。
この時、大声で怒鳴る、ドアを蹴る等の暴力団風の取り立ては、警察の目を引くので止め方がいいと言われた。そんな取り立て方では、債務者は心を固く閉ざしてしまい、益々窮鼠(きゅうそ)になって反抗の牙(きば)を剥(む)き出しにすると言う事であった。先ず穏やかに話をし、本音が出たところで、親身に相談に漕ぎ着ける事が肝心なのだというのである。これも長い間の経験の積み上げが、このような人間の心理を巧についた智慧となったのであろう。
早速今晩から、私の副業が始まった。私の出向く所は債務者ファイルから抜粋した三件であり、債務者の債権証書には詳細なゼンリツの住宅地図のコピーと道順と、よく此処まで調べ上げたと思える添付書類が添えられてあった。また、それに付随した最後の切り札である必需品の、「腎臓バンクの入会書」及びその登録を薦(すす)める、全国移植手術連絡医師会奨励の「カラー案内書」が添えてあった。
合田会長は、私が事務所から出て行こうとする時、「借金が消える位迄は働いて貰(もら)いますよ」と、念を押す事を忘れなかった。私の無差別かつ無期の年期の“年期奉公”は、こうした始まったのである。
●“廃人の世”に生きる現代人
人間は「非存在」なる生き物である。したがって、やがて死ぬ。
ところが、現代の先進国に住む人々は、死からひたすら逃げ回り、死を回避するものと考え始めている。死を忌(い)み嫌い、逃げ回っている。
先進国の多くの人々の願いは、生き生きと溌剌(はつらつ)とし、元気に、末永く、健康に生きることを“第一の願望”に置き、その結果として、“第二の願望”は、いつまでも若々しく、長生きをして、魅力的でありたいと、“強迫観念的な願望”を抱いている。“若いこと”イコール“長生き”の図式なのである。そして、目指すところは、“科学の力”を借りて、古来よりの夢であった“不老不死”を成し遂げようとしている。
果たして、不老不死は可能だろうか。
あるいは寿命が来ても、死ねない現状が、どんなに辛いものか知っているのだろうか。
現代社会に生きる多くの日本人は、いつまでも元気で、長生きし、健康で居ることを悲壮なまでに固執している。それは憧(あこが)れであり、「生」への執着であり、飢えた人間が、空腹を癒(いや)す以上に、強迫観念的な思惟を抱いている。
そして、人は健康である為には、痩身体躯(そうしん‐たいく)でなければならないと無意識に思い込んでいる。痩せることに執念を燃やし、逆に、健康を損ねる行為に現(うつつ)を抜かしている。とりわけ若い女性などは、この執念の虜(とりこ)になり、自らの肉体の健康を犠牲にして、自身が魅力的になる為に、痩身術(そうしん‐じゅつ)に励み、結局は拒食症に陥る愚行を犯している。これでは、不健康であるばかりでなく、死に、一歩近付いた事になる。死期を早めているだけである。それに気付かず、“愚かしい健康法”に励んでいる。
では何故、こうまでして健康であり、魅力的になりたいのか。
その一つは、“死からの回避”であろう。
現代人の考える「死の概念」は、“滅び”を顕わすものであるから、此処から出来るだけ遠くに逃げようとする。そして「若い生」に固執するのである。若々しく健康であることは、死を極めて、程遠い存在にさせる錯覚を抱かせるからだ。
多くの現代人が、死を無意識のうちに恐れ、何とかして、死を回避しようと足掻(あが)いている根本には、この概念が隠されている。
現代人にとって、「死」は、存在してはならぬ、悪者に仕立て上げられてしまった。唯々(ただただ)、恐れるべき存在になってしまったのである。
しかし、死から逃れる行為や、そこから起る想念は、それ自体が自然さを失い、不自然さを齎(もたら)すものである。そこには死神から逃れたい一心の、“悲壮感”すら漂っているではないか。
却(かえ)ってこれは、「生」からも隔離され、“自然の慈悲”をも見逃し、これらから遠ざかる一方の、本末転倒(ほんまつ‐てんとう)なる行為に励んでいるということになる。何と愚かな事か……。
現代に至って、「死」は恐れるべき存在として、現代人に強迫観念を植え付けている。死が怖いのは、人間として当然であるが、人類の歴史を振り返れば、現代日本人は、死に対して盲目的な観念を抱き、死を逃げ回る対象にしてしまったのは、世界広しと雖(いえど)も、日本と日本人の除いて他にあるまい。
少なくとも、先の大戦の戦前・戦中を通じて、日本人の心の中には、「彼岸(ひがん)」という意識があった。
一人の人間が生まれて、死ぬという現象は、単に肉体的な人生を表現するばかりでなく、魂の存在も求め、更には死後、その魂が生き続けて、「あちら」と「こちら」の、「彼岸」と「此岸(しがん)」との係(かか)わり合いを明確に意識し、それを暗示することを“人生の糧(かて)”としていた。
そして、この係わり合いを識(し)ることは、取りも直さず、「生」と「死」が重なり合っている表裏関係の構造を明確に学ぶことであった。つまり、“生死は同根”であったのだ。
生と死は、表裏一体の関係にある。
これこそが人間を「非存在」なるものから、「存在」なるものへと導き、「今」を生きることを許されているのである。そして、その許しは、“因縁”から派生している。
因縁があるからこそ、人間は生きる因縁にしたがって、生きているのである。しかし、この「生きる因縁」が失われれば、たちどころに人間は死ぬ。人間とはそう言う生き物である。
死ぬようで死なず、生きるようで死ぬ。人間の因縁が関わっているから、こうした現象が起る。
精神を置き去りにしている多くの日本人の考え方には、西洋の合理主義の、「生」の部分のみに焦点を当て、これをひたすら追い求めて来た、これまでの足跡がある。
合理主義に照らし合わせ、迷信じみたものを非科学的と断定した。眼に見えるものだけを科学の対象にし、眼に見えないものの存在を、“迷信”や“オカルト”の領域に閉じ込めてしまったのである。そして、“人の死”もこの中に閉じ込め、逃げ回る対象にしてしまった。
故に精神の向上は、殆ど進まなかった。
また、精神の置き去りは「死」を考えるチャンスをなくし、死の物質面が齎(もたら)す、不安ばかりを募らせてしまった。
その不安は、肉体的苦悶(くもん)を齎(もたら)し、死後の魂の消滅までもを断定的に、かつ「見通し」のなさまでもを招いて、“不安”と“心配”ばかりを掻(か)き立てたのである。そして、この不安や心配は、強烈な“死の恐怖”を招き、死に対し、目を閉じ、心を閉ざして、死のことを忘れようと必至になる一方、濃厚な翳(かげ)りを、「生」の上に投げかけ、死は忌(い)み嫌われるものにしてしまった。
その最たるものが、現代人に襲い掛かった、死と直結する、成人病や現代病といわれるものでなかったか。
現代病や成人病は、肉体的寿命から起る「老化」が原因であるが、老化さえも「死」と直結してしまった観(かん)がある。
人間の患(わずら)う、現代の難病・奇病は、生活習慣病が元凶となっている。これは、元々が不摂生から派生した病気と信じられているが、元を糺(ただ)せば、その不摂生すら、運命的には一種の老化と考えられる。その代表格が、ガン発症であり、あるいは高血圧や動脈硬化から起る脳梗塞(のう‐こうそく)や脳血栓(のう‐こうそく)である。
そしてこれは、いまや、老人の身の上に起る現象ではなくなってしまっている。老人と言わず、青少年の頭上にも降り注いでいる。所謂(いわゆる)成人病の低年齢化である。
これらの病気も確かに、もとの患い始めは、生活習慣に起因する、暴飲暴食と日々の不摂生であるが、このように導かれたのも、一つは“運命の陰陽”が働き、生きる因縁を失わしめていることである。したがって、生きる因縁を見失った者は、これらの病気に罹(かか)れば、即、死が訪れるのである。万一生き残っても、植物人間という“廃人”である。
そして、誰もが“廃人の世”に生きているのだ。私もその中の一人だった。
運気が停滞し、躰(からだ)が思うように動かず、鈍重な体躯(たいく)は、私を真底、苦しめていた。非存在なる生き物。それが、その当時の私であった。
●生と死の狭間で
平成13年7月、私は金融業者として福岡県知事に貸金業の登録をし、その営業を開始したが、この金貸しの智慧(ちえ)は、平成元年から2年9月までの、(有)明林塾ゼミナールの斜陽から倒産劇までが、背景上のヒントになり、またその間、S通商で取立屋をした事が基盤になっている。
人間が自己破産をするという事態は、非常に不名誉な事である。しかし、不名誉な事でありながら、自己破産をした途端に、金融業者から驚くべき“DMの束”が送られて来る事である。
そのDMの一例を示すと、《自己破産者OK》という、自己破産をして全く信用を無くした者に、こうした内容のDMが送られて来る事だ。
次に《ブラックでもOK》《あなたには上限50万円まで枠が有ります》《トラぶった方でもOK》《無担保・無診査、即100万円まで》《面接不要、電話一本で全国即振り込み可》など、まるで信じられないような内容の“DMの束”が、わんさと来る。
一般人の頭では考えられないのだが、自己破産をした人に金を貸すとは、どういうことだろう。融資の常識では考えられないのであるが、自己破産者こそ、ヤミ金にとっては、またとない“絶好のカモ”なのである。
私は最初、この意味が全く分からなかった。なぜ自己破産者に融資をするのかが。
私はこの事を、合田氏に訊いてみた。
合田氏は、「一度死んだ人間は、もう一度死ぬ事が出来ますか?」と、逆に私に問うたのである。
私は“なるほど”と思った。一度自己破産をすると、もう同じ“切り札”は遣えないからである。もう二度と、自己破産は出来ないからである。そこに自己破産者の盲点があった。
法的に言えば、裁判所が「二度目の免責」を許さないからである。しかし、自己破産者は自分でこの盲点に気付かないものが多い。
幾ら高利貸しで借金を抱えていても、決して自己破産などするものではないのである。
免責とは、負うべき責任を問わずに許すことで、特に、債務の全部、または一部が消滅することを債務者から見ていう。また、破産宣告を受けた者に対して、裁判所が許可する制度である。
これは平たく言えば、“徳政令”のようなもので、《永仁の徳政令(とくせいれい)》では、鎌倉末期に、御家人(ごけにん)の困苦を救う為に、幕府が質入れの土地や質物を無償で持主に返す令に始まり、更に室町時代には、しばしば窮乏化した土民が徳政一揆(いっき)を起したことに由来する。
「借金帳消し」であり、“これまでの借金は、総て払わなくても宜しい”ということだ。
支払い不能な多重債務者を救う制度であるが、この制度が適用されるのは、“一回限り”である。二度と法律で“差し引きゼロ”にすることはできないのだ。
現象人間界において、一度死んだ人間は、もう二度は死なないのである。
同時に自己破産者は確かに“差し引きゼロ”にはなるが、免責後に勤勉に働く人は稀(まれ)である。人間の性格と、金銭に対する物の考え方は、イコールなので、金にだらしのない人は、死ぬまで金にだらしなく生きる。
「雀百まで踊りを忘れず」だ。幼い時からの習慣は、年老いても抜け切れるものではない。一度浪費を覚えた者は、生涯、これを改める事は出来ないのである。
金融ヤクザはこの事をよく知っている。ヤミ金は、こうした“破産者のリスト”を裏ルートで手に入れ、DM合戦を繰り広げるのである。
勤勉に働くことを馴染めない破産者達の大半は、その日の糧を、パチンコや競輪などのギャンブルで生活費を調達しようとする。結局、大量に送られて来たDMを参考に、ついフラフラとヤミ金に電話し、ここでギャンブルの軍資金を調達するのである。これでは自己破産と言う免責が、何の為のものであるか、全く無意味のものになってしまうのである。これこそ、人間の愚かなる一面であろう。
北九州市は、かつては“鉄の街”と言われた。
北九州の本州からの入口は門司(もじ)である。門司に始まり、小倉(こくら)、戸畑(とばた)、八幡(やはた)、黒崎(くろさき)、折尾(おりお)、若松(わかまつ)と、連なる鉄道線路は洞海湾(どうかい‐わん)を、ぐるっと取り巻いている。北九州工業地帯は洞海湾と密接な関係を持ち、この湾は八幡東区、八幡西区、若松区、戸畑区に囲まれた入江である。もと筑豊炭田の水運拠点でもあった。また湾の入口には、若戸大橋(北九州市若松・戸畑間の洞海湾入口にかかる大吊橋で、1962年完成。吊橋部分の長さは680m、高さは中央で満潮面から42m。当時は東洋一の大吊橋と謂われた)が架かり、周囲は大工場が立地している。
そして各々の地域にも、場所によって異なっている。戸畑や若松が石炭で栄えた“新興の街”ならば、八幡と黒崎は鉄と窯業(ようぎょう)で急速に膨張した“鉄の街”であり、八幡製鉄で栄えた街であった。門司は戦前から頻繁(ひんぱん)に連絡船が出入りし、特に門司港は、中国大陸に向けての“大連(だいれん)行き”の国際航路の玄関口だった。小倉は活気ある新興都市の、それぞれの性格を併(あわ)せ持ちながら、かつては旧細川家の城下町でもあった。
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▲旧細川家の城下町と、それを象徴する小倉城。
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同時に小倉は、小倉祇園太鼓でお馴染みであるが、また“日本初の競輪”の開催地でもあり、昭和23年の国体は福岡県で開催された事にちなみ、三萩野(みはぎの)に自転車競技場を建設した歴史がある。そして小倉で日本初の第一回競輪際が行われたのである。昭和23年11月20日のことである。
今では、小倉競輪場は抽象的な言葉で「メディアドーム」などと言われているが、紛(まぎ)れもない公営の博奕場である。
小倉は“競輪誕生の地”としても有名で、競輪ファンには、よく知られるところである。それだけに、公営ギャンブルが盛んで、北九州市の中には、競輪場が門司と小倉にあり、競艇場が若松と北九州市に隣接する芦屋(あしや)にある。更に同じく、オートレースが飯塚(いいづか)にある。
これに併(あわ)せたかのように、巨大パチンコ店も所狭しと軒を並べ、また応呼したかのように、パチンコの軍資金を調達するのに便利なように街金も隣立している。だが街金だけではない。ヤミ金もギャンブラーを対象に、彼等のお越しを、お待ちし、てぐすね引いているのである。ヤミ金が扱うギャンブラーの多くは、パチンコで生計(くらし)を立ててている自己破産者達であり、“電話を受けたら迅速”を、サービスのモットーにしている。
パチンコ融資の原則は、「日一(ひ‐いち)」と言われるもので、一回に貸し付ける金額が3万円で、最初に利息の1割を引いて、ギャンブラーは2万7千円を持ってパチンコに励む事になる。そして翌日には、3万円を返済しなければならない。
2万7千円を受け取ってパチンコで生計を立てるギャンブラー達は、運良くその日のうちに、3万円以上を稼ぎ出せばいいが、朝の10時から夜の10時までやって、3万円を切ってしまった場合や、2万7千円全部をすってしまった者は、翌日から地獄が始まる。
自己破産をしてやって生還しかけた者が、もう一度この世の生地獄の落ちなければならなくなる。此処に“現代の廃人”を作り出す元凶が横たわっている。
そして、返済見込みも、予定も、何も立たない借金。それは非常に恐ろしいものであった。
●表社会と裏社会
人間社会も、人間のみが自然から孤立した世界ではない。あくまで自然の中に、人間社会を形成している。これは文明の利器こそ備わっているが、物質を除く自然界のものは、人間と雖(いえど)も自然の一員で、また動物的には野生動物として、人間関係の上下が保たれている。
一般に、人の棲(す)む社会を“表社会”と“裏社会”に分類し、“光”と“影”で顕わしているが、実はこれらは同根である。そして表社会の人間が、“呑気で、お人好しで、ライオンの口に餌(えさ)を与える、ウサギのような草食動物”とすると、裏社会の人間は全く正反対の“獰猛(どうもう)な肉食の野生動物”である。
特記すべきことは、裏社会の人間は決して、“人”に慣れないということだ。
一般に、裁判所が定義する「善良な市民」には、絶対に慣れない生き物である。彼等は一面に剽軽(ひょうきん)なところを持っていても、これを甘く見ると大変なことになる。一見、気を許したように見えても、いきなり牙(きば)を剥(む)くことがある。
“その筋”の人間は、「善人」といわれる人間とは全く異なり、最初から肉食獣なのである。お人好しを喰(く)って生きる裏社会の人間である。
仮に親しくなっても、飲み屋などで調子に乗って軽口を叩くと、いきなり「何だと!」と噛み付いてくる。“その筋”は豹変(ひょうへん)が激しいことだ。
私もこれまでに“その筋”の人間と、何人か付き合って来たが、その経験から言うと、まさに裏社会の人間は肉食獣と同じと言える。決して、お人好しなどではない。
したがって、幾ら親しいからといっても、調子に乗らないことである。一線を画することである。その筋は素人では何でもないことも、青筋を立てて怒ることがある。その豹変は、とにかく早い。此処がお人好しの善人とは違う。したがって、同業の誼(よしみ)で調子を合わせるにも気を遣(つか)う。
表社会では、喩(たと)え上下の区別があっても、無礼講などでは、わざと友達口をきいてみせるが、こうした“親しさ”を、裏社会では嫌う。表社会の親しさの証(あかし)は、一切、裏では通用しない。それだけに表社会の人間以上に礼儀正しく、必ず厳格なルールを守り、甘さなど一切ない。
一方、表社社会の人間は、考えが甘く、命を張って行動することが少なく、何事にも甘い。また依頼心があり、曖昧(あいまい)さがあり、自立心にかける。
しかし、裏社会では、こうしたものが存在しない。総てシビアである。容赦がないだけに凄まじい。
端的に言えば、表社会に生息する人間は、飼い犬や飼い猫に等しい、お行儀のいい「家畜」である。しかし、裏では決して家畜にはならず、調教も極めて難しい、トラやライオンである。
このトラやライオンは、サーカスの世界の、牙を抜かれたトラやライオンではない。野生の世界の動物なのである。したがって人間に慣れない。
幾ら餌付(えづ)けしようとして努力しても、いきなりガブリと来ることがある。飼い馴らされた家畜でないのだ。
動物園でも、トラやライオンの飼育係が、突然襲われて、犧牲になるのは周知の通りである。これが牙を剥いた時の、本当のトラやライオンの姿である。
そこに呑気で、お人好しのウサギちゃんが、餌を遣(や)ろうものなら、トラやライオンは、ウサギの指し出す餌だけを喰(く)らうのではなく、ウサギごと、ガブリと食らい込んでしまうのである。これが野生動物の獰猛(どうもう)さであり、この獰猛こそ、裏社会のシンボルであり、「怖がられて、なんぼの世界」であり、裏社会の彼等にしてみれば、自分と接する相手に、絶えず気を遣わせたり、神経を遣わすことで、主導権を執とっていることを明確にさせるのである。
裏社会の人間行動学を考えるならば、ヤクザは、絶えず素人に気を遣わせ、神経を遣わすことで、人間社会で主導権を握り、首位に立つと言う、無意識の闘争本能が剥(む)き出しになった世界なのである。
この事を知らずに、合田氏が奨める取立屋などでき得る分けがなかった。
かつて「目玉売れ!腎臓売れ!肝臓を半分切り取れ!」などの、一連の台詞は、街金事件で話題になったが、こうした街金の取立人が遣う言葉は、一種の業界用語である。換言すれば、金融ヤクザが吐く言葉ではなく、普通のしろうとのサラリーマンが吐く言葉である。
したがって、金融ヤクザが言う、「目玉売れ!腎臓売れ!」とは、根本的に異なる。業界用語は素人の棲む、表社会でしか通用しない。裏社会となると事情が異なる。
私はこの事を、合田氏から教えてもらったのである。
そして合田氏は言うのであった。
「うちは相手がヤクザであろうと、しっかりと回収します。多くの街金は、相手がヤクザである場合、“事故扱い”にしてしまいます。一回でも事故扱いにすれば、それを度々しなければなりません。そうした汚点を一回でもつけると、臑(すね)に疵(きず)を持ったことになります。ヤクザは此処に付け入って来る。
本来、“事故扱い”というのは、貸付損金のことで、自己破産などで取り立てが不能になった場合を言い、これを貸付損金として処理をします。しかし、この処理を“踏み倒し”などに遣われては、我が社の商売は遣(や)って行けません。そこで、こうした相手からも、きっちりと“けじめ”を付けてもらわねばなりません。“あちらさん”の言葉で言えば“落し前”でしょうか」
合田氏が自らが金融舎弟のようなポーズを執(と)りながら、裏社会に人間を“あちらさん”(普通のヤクザを指すようだ)と言うのは、何か意味あり気であった。また、普通のヤクザと金融ヤクザの違いを明確にしたものでもあった。此処に企業舎弟の知能的な賢さがあるのであろう。
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