運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
老成録 1
老成録 2
老成録 3
老成録 4
老成録 5
老成録 6
老成録 7
老成録 8
老成録 9
老成録 10
老成録 11
老成録 12
老成録 13
老成録 14
老成録 15
老成録 16
老成録 17
老成録 18
老成録 19
老成録 20
老成録 21
老成録 22
老成録 23
老成録 24
home > 老成録 > 老成録 2
老成録 2







●老いの理

 人は年を取ると何となく宗教性が芽生えて来る。神仏に信心するか、帰依するような心が湧いて来る。
 しかし、そうでない人も居る。
 “団塊の世代”という赤軍革命に夢見た連中には、唯物論を未
(いま)だに信奉し、社会科学なる科学を唯物史観で解き明かすことだけが人生の生き甲斐として生きてきた人も居る。こうした彼等は、神も仏も信じない。迷信の最たるものと決めつける。

 その一方で、寺巡りや巡礼
(多くは徒歩でなく、冷暖房完備のバスツアーだが)をし、また分けの分からない新興宗教に帰依して、それを老後の溜まり場にしている同世代の人も居る。
 こうした人達の話を聞くと、異口同音にした決まり文句を話していることが多い。
 例えば、自身の肩凝りが酷いとか……、夫あるいは妻が通風になって大変だとか……、嫁や息子の愚痴ばかりが主体であり、これらの締め括
(くく)りとして、これまでの自身の苦労話を打ち明け、更には、こうした溜まり場で、皆と一緒に話し合えるだけでも有り難いと思わなければ……という結論になり、それに相槌を打つというのが、近年の年寄りの過ごし方になっているようだ。
 そして、その日のお開きは、自分たちのささやかな幸福感を確認し合って、次の再会の日を約束して散らばって行くのである。

 人間は誰しも年を取ってくると、自分のこれまでの人生が他の誰よりも、少しでもいい人生であったと信じたがる。
 誰もが自分の人生は“幸せな人生だった”と思って死に就きたいものだから、これまでの自分の過去を振り返って、“ゴミ拾い”のようなことを始めるのである。少しでもいい思いをして死にないのだ。毎日毎日、ゴミの欠片の中らから、自分の過去の輝かしい栄光を探し出そうとするのである。

 あの時は、こうだった……。
 確かに、こういういいことがあった……。
 そんな、ゴミ拾いを始めるのである。晩年は、こうしたゴミ拾いに余生を費やす。
 本来ならば、一日の中に幸せも不幸せも混じっているのである。極楽も地獄も日々同居しているのである。それを、幸せだけ、極楽だけ選
(よ)り分けて、喜怒哀楽のうち、「喜」と「楽」だけを拾い集めるのである。そしていい想い出だけを選り集めて、墓場の中まで持っていこうとするのである。

 人間は一日のうちで、何度も喜怒哀楽を繰り返す。幸せも不幸も綯
(な)い交ぜになった人生を生きている。毎日毎日、清濁合わせ呑む世界の中で、悲喜劇を繰り返すのだ。
 あたかも人間が日々三度三度食事をするように、幸せも不幸も毎混ぜになった三度三度の食事と同じように、喜怒哀楽の朝食・昼食・夕食をしているのである。
 一日のうちで、それぞれの三食を食べるのである。そして食べ終わると、それ以降何も残らない。
 年を取るまでに、何十年もそうした食事を何十万食も食べてきた。

 一日3食として、一年間では1,095食である。誕生して1歳の誕生日を迎えた乳幼児は、これまで質や量に関係なく1,095回の食事をしてきたのである。1歳の誕生を迎えた乳幼児ですら、一年間に約1,000食以上を喰らうのである。
 10歳ならば10,950回。20歳ならば21,900回。30歳ならば32,850回。40歳の初老になった頃は43,800回。50歳ならば54,750回。60歳ならば65,700回。70歳ならば76,650回。80歳ならば87,600回。90歳ならば98,550回。そして100歳ならば10,9500回である。齢
(よわい)百にして、約10万食以上の食事をするのである。

 仮に100歳まで生きたとして、一回1食の食事をしても、それはただ食べるだけである。食べるだけだから、食べた後には何も残らない。それをせっせと100歳まで生きた老人は、約10万食以上の食事を食べてきたのである。
 もし、この食事回数を食べずに残しておいたら、どんな量になるだろうか。
 その人の一生涯分の食事を山にしたら凄い量だろう。その凄い量を見て、自分はこれまで生きてきたのだ……と誇らしく思うかも知れない。
 しかし、実際にはそうしたことは不可能だ。これまで喰らった食事はみな、自分の腹の中に入り、腸という“糞袋”に24時間留め置かれ、その後、糞となって排泄されてしまったのだ。
 100年も生きてきたら、自分がこの年まで何を食べてきたか、そんなことは分かりっこないのである。

 ただ、「生きてきた証
(あかし)」を探すならば、それは自分の老いた躰のみである。皺(しわ)だらけの、張りのない、色艶のない、ミイラに近い、そんな老朽化した肉体のみである。働き盛りの頑強な躰に比べれば、「やけに軽い朽ち果てた肉体」のみである。
 生まれたものは、やがて死ぬ……。

誰も川の水のように生・老・病・死の四期の中を流れて来た。

 その法則の中に人は生きるのみである。充分に生きたら、後は死ぬだけだ。
 生・老・病・死の四期の流れに遵
(したが)い、その中で死んで行くだけである。
 総ては、善いことも悪いことも綯い交ぜの人生を、生きるだけ生きたら、後は死ぬのみである。そして「老い」を想うとき、そこには死に対して準備する“残り少ない時間”を濃厚に生きることである。



●盛者必衰の理

 人間は死ぬまで幸福を追求する。
 その結果どうなるのか……。それに“こだわる”とどうなるのか。

 一部の人間が幸福になるためには、その他大勢の人間を犠牲にすることが人間社会の摂理であるとするならば、人間とは何と不条理で、何と傲慢
(ごうまん)な生き物であろうか。
 この不条理と傲慢は、歴史の中に多く登場している。
 したがって、これを学ぶためには歴史を学ばねばならない。
 歴史から学ぶべきことは、古今東西、この不条理な人間の集団や種属や民族が、国家という名目で、意図して他人の富を掠
(かす)め盗ることだった。他人が血と汗の結晶で築き上げた、労働で得た富を、財を、掠め盗ってきた事実が歴史の至る所に記されている。

 不真面目で、不正直で、二枚舌の方便を使い、こうした巧みで抜け目のない一群が、西暦から数えても実に2000年間も、誰にも気付かれないように、巧妙な論理と方法をもって、無垢
(むく)で無力で善良な市民群を欺(あざむ)き、迷わせ、そして奪ったのだった。
 そしてこの結果から、正直で、お人好しで、生真面目であることや善良であることが「不幸」への超特急のチケットになったのである。
 権力とは、“富み”と“収奪”と“独占”のこの三つの要素を、法的に合法化する手段だった。この最高権力こそ、最高の富を齎す究極の“道具
(ツール)”だったのである。故に人類の有史以来の歴史は、最高権力を巡っての階級闘争だった。いつの時代もこの闘争で占められていた。

 階級闘争は、また手段を変えた権力抗争であり、一握りの隙を窺うや輩や暴力国家は、一心にこの要を狙って闘争を繰り返したのだった。これこそ、思えば人間社会の宿命であろう。

 さて、楠木正成
(くすのき‐まさしげ)がその自らの旗に記したという『非理法権天(ひ‐り‐ほう‐けん‐てん)』とい言葉がある。
 この意味は、「非」は理に勝たず、「理」は法に勝たず、「法」は権に勝たず、「権」は天に勝たずという語に基づいている。

楠木正成/桜井駅の決別

 人事はつまるところ、天の命のままに動くもの、天を欺(あざむ)くことはできないとの意味でもある。そして、どんな権力も天の前ではいつしか滅びるという意味でもある。天はまさに正義なのである。
 それはまた、“時間の概念”でもある。栄枯盛衰はそれを雄弁に物語っている。
 何故ならば、「盛者必衰
(じょうしゃひっすい)」の理(ことわり)でもあるからだ。
 『仁王経』には、そうあるではないか。
 「世は無常であるから、ときめく者も必ず衰えることがある」とあるではないか。



●人間が科学の奴隸になった時

 現代人は確かに、科学の恩恵に預かっている。科学技術の進歩が、現代人に、豊かな恩恵を齎(もたら)したと信じている。それは便利さや快適さから言えば、確かにその通りだろう。
 しかし、こうした現代の状態に行き着くまでに、“科学の発展の為に”という理由から、何者かの生命は生かされ、何者かは抹殺
(まっさつ)されたという歴史的な事実がある。そしてその背後で働いていたものは、“政治的な理念”であった。

 人は、政治的な理念において、「人が人を殺す」という行為がある。“こいつ”を生かしておいたのでは、“世の中の為にならない”と思い込む一方的な考えがある。その時に、人は「死ね!」と、唸
(ねん)を発するようだ。
 これこそが、自他離別の行為である。自他同根を無視した行為である。その最たるものが粛清でなかったか。
 独裁政治のもとでは、敵対者や反対者などが厳しく取り締まられ、抹殺されて行った。その根底には、他方を邪魔者にする力が働いたからである。科学技術に発達の延長線上にも、この力が働いたのではなかったか。

 したがって、科学技術の発達は、どこかで必ず皺
(しわ)寄せが及び、突出する勢力がある一方、その反対に、「大きくへこむ勢力」がある。
 こうした状態に追い込む為には、反対勢力の一方を“鏖殺
(みな‐ごろ)し”にしなければならない。それが粛清という対立分子を葬る考え方だ。

 “鏖殺し”政策を、近代史から見つけようとすれば、政治的理念の相違から、反対勢力を鏖殺しにする事件が、同一民族間で度々起っている。特に、内戦に至っては、この種の「殺し」が多い。
 昨今は、かつて日本軍が仕出かしたとされる「南京大虐殺」が問題視され、日本人叩きの恰好の材料にされているが、実は中国人同士間にも、「人が人を殺す」事実があった。それも漢民族という、同一民族同士の大量虐殺である。

 確かに日本にも、明治維新と言う、外国勢力が作り出した革命を彷佛
(ほうふつ)とさせる“内紛”はあったが、中国大陸で起ったそれとは、根本的にスケールが違う。日本のそれは、日本人同士の“火遊び”程度のものだ。
 ところが、大陸で起ったものは、一民族が絶滅するくらいの巨大スケールである。日本人の想像が遥かに上回るものだ。

 例えば、大陸では「死ねッ!」と発した唸
(ねん)が、政治的理念と結びつき、二分した内紛状態が暫(しばら)く続いた。

国民政府軍の蒋介石の4・12クーデターにより、上海の共産党員や労働運動のオルグ達は次々に捕らえられ、連日のように処刑されて行った。こうした国民政府軍の弾圧は、南京や広東まで波及し、多くの共産党員や労働者、農民までが捕らえられ、処刑された。 中国北部では毎日のように斬首と銃殺が行われ、処刑者の首は殿中に釣り下げられ、さらし首になった。

当時の中国人の逮捕者の扱い方は、実に巧妙だった。逮捕者の逃亡を防ぐ為に、二人ずつの木の首枷(くびかせ)に繋(つな)がれ、街角などで晒(さら)し者になった挙げ句に、処刑された。また中国共産党創設当時の大功労者の李大釖が北京で処刑された。 国民政府軍の藁(わら)切り機による処刑。捕らえられた共産党員や、共産党に加担する労働者や農民は、捕らえられた後、馬賊と同じように、藁切り機で無慙(むざん)に処刑された。
 藁切り機で処刑された人民の数は、約45万人とも謂
(いわ)われる。

 かつて彼(かの)大陸に於ては、日本軍が大陸進出を決める前に、国民革命軍(1926〜28年、国民革命軍の北伐による中華民国国民政府の中国統一運動を押し進める革命勢力)の北伐(ほくばつ)が進むにつれ、1927年には蒋介石(しょうかいせき)の4・12クーデターが起り、共産党員にの弾圧が押し進められた。中国統一を指しての左右の対立と、激しい左右の争いであった。

 蒋介石の4・12クーデターにより、上海などでは共産党員や労働運動の幹部が多く捕らえられ、処刑された。この弾圧は、やがて南京や広東などにも波及して行ったのである。
 この当時、1927年から1929年の三年間で、殺害された共産党員や労働者や農民は約45万人とも謂
(いわ)れ、日本軍が虐殺したと言う、南京大虐殺の“中国側の自称30万人(この数字は実に疑わしいが)”の数を、遥かに上回る数だった。

 人間が、相手を「死ね!」とか、「この世から消えろ!」とか言う場合は、こうした政治的理念が働き、人命を抹殺し、粛清に懸
(か)かるのである。軍閥や独裁政党などで、方針に反する者を排除する方法は、粛清である。
 では何故、粛清に懸かるのか。対立分子は、なぜ一掃されるのか。

 科学の恩恵の一人占めであり、少数の人間が科学技術の便利で快適で、然
(しか)も、豊である生活空間と食料を確保する為に、反逆分子に“無駄飯は食わせない”という、節約の意識から起る。この毒牙に懸かると、大勢は粛清の対象になる。生きる権利すら与えられない。

 その理由は様々であろうが、“息をしたからだ”とか、“反対勢力に微笑んだからだ”とかの、些細
(ささい)な理由で殺される場合もある。中には身体障害者であるとか、老人であるとかの理由でも殺される。“ただそれだけ”で、殺されるのだ。

 ナチスが猛威を奮ったヒトラーの時代、老人は毒ガスや暴力を行使しなくても、やがて死ぬものとして、ゴミ屑として取り除かれる対象であった。老人の老後は“価値のないもの”と看做
(みな)されていたからである。その意識は、現代社会にもある。

 特に老人を処刑したり、捨てると言う行為は、昔からあった。日本では“姥捨山”でお馴染みである。周囲から疎外されて老後を送る所を、こう呼ぶ。しかし老人を殺さないにしても、現代でも姥捨山はある。「老人養護施設」という名の“姥捨山”である。この養護施設は老人福祉法に規定されているが、老人が入所して、生活する専用施設を「老人ホーム」などともいう。
 一種の「科学」と「人権」をミックスした“体裁の良い姥捨山”である。そしてこれに加担しているのは、老人を持つ家族と老人医療施設である。

 最も恐ろしいことは、現代の環境の変化に、子供のうちから老化が見られる現実がある一方、薬物や医療機器などの生命維持装置を使って、高齢者の平均寿命を押し上げ、国民の医療費に負担をかける現実があることだ。
 薬物や医療機器などを使った高齢者の延命医療は、人体の自然の生理に反している。医療現場で実践されてるこうした医療措置は、単に高齢者をだらだらと生き延びさせておく、技術以上の何ものでもない。実に恐ろしい事といわねばならない。

 また然
(しか)も、生命維持装置によって、不健康に生き延びた老人達が、社会の尊敬を受け、生産現場に復帰して、精神的文化に大きな貢献をしているという話は、一度も聞いたことがない。現実の日本に、“誇りある老年”を送る為の社会条件や習慣といったものは、この国にはないのである。老人への尊敬の念も微弱である。
 現実問題としてあるのは、老人は嫌がられ、最後は完全看護の、高級マンション風の老人養護施設で過ごすという、体裁の良い「姥捨て山」があるだけである。
 こうしたところに収容されて、果たして「よりよき死」が得られるだろうか。



●身の働き、口の働き、心の働き

 人間は“行”する生き物である。“行”には必ず「働き」が生ずる。
 則
(すなわ)ち、身が働き、口が働き、心が働く。したがって、密教ではこれを「三密」など称している。
 人間の思議の及ばないところを「密」という。また、人間の身、口、意
(心)の三業(さんごう)も、そのまま絶対なる仏の働きに通ずるところから「三密」という。

 さて、身の働きとは動く為の「行動」であり、口の働きは「言葉」である。また、心の働きとは、思索や、心の裡側
(うちがわ)に秘めた本音などである。そして、この三つを一貫さ、一致させることは、中々難しい。
 特に、人の心の裡側
(うちがわ)には、どうしても消し去ることの出来ない「煩悩(ぼんのう)」を抱え込んでいる。これは衆生(しゅうじょう)の心身をわずらわし、悩ませる一切の妄念のことである。

 例えば“善行”とは、如何なることかを知りながらも、自らの心の奥に潜む煩悩
(ぼんのう)に煽(あお)られて“悪行”に趨(はし)る事もある。卑怯未練なことをしたり、人を裏切ったりもする。人間は誰しも聖賢君子でないのだから、これを理由に悪行に趨(はし)り、悪行がバレれば、居直る輩(やから)もいる。老獪(ろうかい)な人間に多い。

 煩悩の塊
(かたまり)である人間にとって、働きとしての身・口・心の一体化を図り、これを貫徹することは容易でない。
 特に、心と言うものは厄介である。“心”は「心ころころ」といわれるように、人間の心は常に揺れ動き、「移り気」である。心は動き、したがって肚
(はら)も据(す)わらない。肚の据わりもいい加減で、その癖に、肚には本音が仕舞(しま)われている。自身の思惑のことだ。

 結局人間の“心”などと言う、「心のあり方」は、雲を掴むような“
机上の空論”であり、一種の理想論であり、あくまでも「タテマエ」を仕舞っているだけである。その為に、「心のあり方」や「心の遣(つか)い方」更には「心の美しさ」などというタテマエでは、到底、解決出来ない側面を抱えており、人間は心に感じることを、そのまま実行出来ない生き物である。

 あくまで肚で考え、肚積もりをし、それを決定するのが“身”の働きであり、それは“身を粉
(こな)にするか、否か”に懸かっている。身を粉にすることが出来る人は「行動力のある人」であり、その積極的な行動力は功を奏するであろうが、心の描いたものを絵空事に終らせる人は、行動力がないばかりは、「二枚舌を遣(つか)う人」なのである。実に信用ならない、警戒すべき人物と言うことになる。現代では、この種の人間が激増している時代である。不言実行が難しい時代であるともいえる。

 そのために、口に出したことを、その通り不言実行できる人は極めて少なく、殆どの人は、口先ばかりのタテマエ論で、自分で実行出来ないことを、無理難題を絡めて、他人に要求する人である。自分に甘く、他人に厳しいことを云う人である。そしてその厳しさは、「残酷」であり、いつも自分の事は棚に上げている。つまり「何もしない」と言う危険性を持っている。
 世の中には、この「何もしない人」が余りにも多過ぎる。他人の“非”は、あれこれと論
(あげつら)い、自分の“非”については“下手な言い訳”で逃げ切ろうとする。

 一方、少なからず、不言実行を旨とし、誇り高く生きようとする人もいる。
 自分の一端口に出したことは、何処までも守り抜き、その通りに実行して、信頼しうる人物がいる。不言実行を実現する人は、その口にしたことが、喩
(たと)え失敗したとしても、責任をとれる“肚積もり”で口にした以上、その行動は常に一貫して毅然(きぜん)としている。したがって“恐れ”や“怯気(おじけ)”を感じさせない。

 このように身・口・心の一体と見立て、これが統一されていることを、仏道では「三密加持
(さんみつ‐かじ)」といい、身密・口密・意密と称されている。そして密教では、この“三密”の「行」を修行することによって、即身成仏(そくしん‐じょうぶつ)の境地が得られるとしている。

 しかし、これは並み大抵の事ではない。人間の心は常に揺れ動くから、至難の業
(わざ)である。三密が一体化できれば、信頼可能な人物となるであろうが、その一体化は至難の境地に置かれている。
 だが、問題なのは、それを「至難」の一言で片付けずに、少なくとも“そうありたい”と願って、それに近付く意識が大事であろう。その意識の用い方で、他人に与える信頼感は、大きく異なって来るはずだ。



●人生すなわち「苦」

 人間は自然界の中の生き物である。一切が自然界の一部に属している。如何に能力があり、抜きん出た頭脳を持っていたとしても、あるいは科学の発展を糧(かて)として、それを管理し、監督していたとしても、人間は太古の昔から、その克服率はミクロの単位でしかなかった。ごくごく、小さいのだ。
 その結果、人間の生き方は自、然界に順応した生き方をせざるを得なくなる。

 人間の目には見えない「運気」というものも、自然界の目に見えない現象に左右され、そこで運命の陰陽が顕われ、その運勢は“山あり谷あり”の流れの中で、翻弄
(ほんろう)されることになる。これは運命の陰陽であり、人間はこの陰陽に支配されている。

 さて、地球上では、特に北半球の温暖地域に関しては、「四季」がある。当然、そこに生きる人間にも「四季」がある。季節が巡るように、人間にも四季が巡ってくる。そしてその訪れと倶
(とも)に、運勢の陰陽に支配され、大別すると、衰運と盛運のサイクルが年ごとに訪れる。

 非存在なる人間は、結局のところ「死」に向かって突き進んでいるのであるが、生まれて死ぬまでの過程の中には、季節の四季ならぬ、“人生の四期”というものがある。これが生・老・病・死である。この四期を考えれば、善きにつけ、悪しきにつけ、「死」に向かっている人間の実態を見ることができる。

ある漕艇風景。彼等は彼岸の淵に向かって人生を漕ぎ渡るのだろうか。

 非存在であるべき人間は、死に向かいつつ、人生を体験し、その中で実り多き収穫の為に、種を蒔(ま)き、水や肥料を遣(や)り、自然の猛威を防ぐといった“耐えること”を覚え、また耐えた後に、実りの秋を祝うと言う収穫期を迎える。しかし、収穫を行える期間は短く、反対に衰退や、低迷のまま停滞するという期間は長い。
 したがって、人生は則
(すなわ)ち「苦」になることが多いのである。

 しかし執着することをやめれば、何事にも執着しなくなる。執着しないのだから、生にこだわり必要はなく、また死にもこだわる必要がなくなる。執着を捨て、こだわりを捨てればすむことである。捨てられないから、愚かしいこだわりが頭を擡
(もた)げる。そこに苦しみが起こる。こだわりを繰り返せば、それが迷いとなる。迷うから、人生は益々苦しくなるのである。こうして人は、いつの間にか「捨てる」という中に真実の人生があったことを忘れてしまうのである。苦の正体は、実は「こだわり」だったのである。

 生にもこだわらず、死にもこだわらない。これが実は楽な生き方だった。それは捨てればすむことだった。
 ところが、現代の風潮として、また時代の流行として、何事かにこだわることがいいことのように説き続ける考えが起こった。「こだわり」は拘泥である。拘泥は迷いである。こだわるから迷い、そして人生が苦しくなるのである。苦とは、こだわりから起こるものである。

 実際には、生にも死にも執着がない。これがこだわらない人生の過ごし方である。
 この境地に至って、人生は爽やかになる。
 禅の書の『碧巌録
(へきがんろく)』に、中国唐代の禅宗の一派で洪州宗の派祖である馬祖(ばそ)大師(「即心即仏」「平常心是道」などの句を残す。大寂禅師とも。709〜788)の話が出てくる。この話の中に「日面仏(にちめんぶつ)月面仏(がちめんぶつ)」というのがある。

 あるとき馬祖
大師が病気になられた。それを院主が見舞いにやってきた。
 「ご機嫌いかがですか」院主が訊いた。
 すると大師は「日面仏月面仏」と答えられた。

 では「日面仏月面仏」とは、どういうことだろうか。
 日面仏は一千八百歳の長い寿命を持つ仏のことで、月面仏は一日一夜限りの短命の仏である。
 ここで大師が言わんとすることは、悟りを開けば寿命の短命に関わりなく、いずれも「仏」なのである。寿命の単婦負にこだわる必要はないのである。
 仏は生死を超越した方であるから、既に生にも死にも、こだわったはいないのだ。こだわらないから、日々を爽やかに過ごしているのである。

 一方、院主の問いは愚問だった。“ご機嫌いかがですか”は、実に愚問だった。こだわった浅はかな人間の愚問だった。
 この当時、馬祖
大師は八十歳になられる高齢者だった。死に直面されている方に対し、印主は「ご機嫌いかがですか」などと、馬鹿なことを言ったのである。
 それに対し、馬祖
大師は「俺は高齢者であり、死に直面しながらも、生死を超越しているから、生きるも死ぬも関係ない」と言い捨てたのだった。これが“日面仏月面仏”だったのである。それを一言で答えたのである。

 人間は悟りを開いても、死ぬ時は死ぬ。悟りを開いたからといって、特別な生き方があるわけではない。長寿の超能力が授かるわけでもないし、ただ生きて死ぬだけのことが、実は悟りなのである。それを、こだわらずに素直に認めることが悟りなのである。
 だから、生きる時には精いっぱい生きて、死ぬ時も精いっぱい死んで、死ねばいいのである。ただ、それだけのことだ。

 したがって、院主が病に臥す馬祖
大師を見舞った時、大師は病気の真っ只中にあって、苦しんでいただけのことである。
 病気と闘い、苦しみの中にある時は、その中で精いっぱい苦しめばいいのである。苦しみ、のたうち回ればいいだけのことである。何も囚われずに、苦しめばすむことであり、実はこの「苦」こそ、真実の思い悩むものではなかったのである。当り前のことを、当り前に受け止めれば、それですむことなのだ。



●宿命と運命の違い

 現代人は“宿命”も“運命”も同じように扱いがちだが、実際には、両者は大いに異なる。
 宿命とは、決定論に代表される言葉で、自分からその道を選ぶことが出来ない。一方、運命は自らが行動して、それを切り開くことができる。したがって、両者は同義語ではなく、決定的な違いがある。

 宿命とは、「命」が宿ると書く。これが自分では如何ともし難いのである。
 これに対して、その宿命を背負い、「どう生きるか」が運命である。命を運ぶものでり、その「命」は、軍が走る凄まじいものがある。つまり“動”を顕わしているからだ。
 宿命は固定されたものだが、運命はダイナミックなものだ。運命は流動体の中にあり、これがダイナミックにうねるのである。
 ところが宿命は違う。固定されていて、定まっていて、動くことはない。
 したがって、定まって定着したものと、動きを生じてうねるものとは違うのである。

 「人の運命は“動”より生ず」と言ったのは弘法大師・空海である。
 “動”により、その人の運命が定まり、それは周期ごとに、繰り返される陰陽に支配に左右されるのである。これは周期的に入れ替わる。変化をもたらす。現象人間界が、こうした変化の中にある。

 また現象人間界は、大自然の一部であり、大自然は刻々と変化を繰り返すと言うことである。そして人間は、この変化の中で生きている。
 変化の中にあり、周期に左右され、運命の陰陽に支配されているのが人間である。「命」を運ぶものが運命である。その運び方は凄まじい。自らの命を運ぶのであるから、これを漠然と考えてはならない。

 安易に、今日は運が良かったとか悪かったとか、方位が善いの悪いの、日が善いの悪いの、こうした事を論ずる前に、まず自分の「命」というものを深く考え、掘り下げ、自身の行動に神経を集中したいものである。
 そして人間は「今日一日」の“今”という、瞬間に生きていることを忘れてはならない。



●見通しを立てる

 見通しとは、将来や他人の心中などを見抜き察知することであり、洞察力を言う。つまり予測であり、予見である。だから“見通し”という。
 人間には、五官が備わる。
 五官とは、五感を生ずる五つの感覚器官のことでる。眼
(視覚)・耳(聴覚)・鼻(嗅覚)・舌(味覚)・皮膚(触覚)を「五官」という。

 仏道に言う、五根
(【註】感覚を生ずる眼・耳・鼻・舌・身の感官で、仏道修行の根本となるものの意) 信・勤ごん・念・定じよう・慧えの総称)から出た語であり、これが「五意識」となる。その五意識を以て、否定したり肯定したりして、その先を予見するのである。その予見をするのが“心”である。“心”は澄んでいなければ、正しく予見したり、予測することが出来ない。

 また、五官ならびに五感は「ただ今」現在の、現実を感じ取る作用をし、五意識は“見通し”などの予知力に直結されている。次に五感は、現在を感じ取る働きをするのであって、物質文明を司り、一方、五意識は予知力に関わっている。これは先を読む能力であり、これこそが精神文明の根本を為
(な)しているのである。

 激動の時代の「今日」を生きる為には、先を見通す五意識が必要である。厳しい過酷な人生を生き抜く為には、五意識を研ぎ澄まさなければならない。
 人間は今の感覚だけではなう、明日の予知をもしなければならない。今に満足することなく、先を見通し、的確な判断力が要るのである。

 物欲の命ずるままの、今の快楽に耽っていては、まさに明日なき人生を歩むことになる。
 しかし、五意識ばかりが強過ぎて、明日に怯
(おび)えたり、まだ来ていない明日を悔(く)やんでばかりでは、思い込みばかりが激しくなり、それは悲観的なものに繋(つな)がってしまう。意識過剰では、先を見誤るのである。
 また、明日を思い悩んでばかりいると、その意識は気を病むことになる。気が病めば、これが「病気」であり、これは意識を誤った結果である。

 最早こうなれば、病気すらも、自らで作り出してしまう。したがって、五意識の持ち方は重要であり、冷静な判断がいるのである。



●迷道に入る時代の未来予告

 肉の眼と、肉の耳で勝手に作られた“概念”に振り回されてはならない。
 自称・霊能者達が言う、「霊視」とか「霊聴」と言うのは、“自称者”たちが作り出した「悪しき概念」である。こうした“霊気触
(れい‐かぶ)れ”して、それに振り回されていると、本来の「匂い」を失うことになる。

 匂いを失うことになると、目と耳が作られた概念のままで閉ざされ、真当
(ほんとう)の自然の匂いすらも薄れ、これにより、人間は“迷道”に入ることになる。この迷道は「冥道(みょうどう)」といい、六道(りくどう)のうち、地獄・餓鬼・畜生の三悪道の、特に“地獄”を指す。

 現実には地獄すら存在しないのであるが、人間の描いた悪想念は、阿鼻叫喚
(あび‐きょうかん)の「地獄絵」までを作り出し、その中へと導かれるのである。阿鼻地獄の苦に堪えられないで泣き叫ぶさまを、人間は現実のものにして、これを想念上に作り出したのである。

 一方、自然界はバイオテクノロジーと言う科学によって変化させられ、現代人の五感は著しく退化の一途にある。かつて人類が経験した味覚も嗅覚も、戻って来ないような状態に追いやられてしまった。調理場の中の電化が進み、冷凍食品をレンジの中に放り込み、インスタントの味噌汁などは、かつての味噌汁ではなく、その匂いすらしなくなった。

 現代人は匂いが退化しているのである。匂いを忘れ、匂いが薄れた社会の中で、現象人間界を体験しようとしているのである。化学薬品で消毒した野菜類や、一旦冷凍してしまった魚介類は、もう既に自然のものではない。新鮮な、あの独特な香は失われ、これらの食品を食べる人も、薬漬けにされた匂いばかりが体臭として洩れるようになった。

 男の匂、女の匂い、子供の匂い、乳飲み子に匂いと言ったものが薄れて消滅状態になり、逆に悪臭として漂って来るのは、動物性蛋白質の筆舌に尽くし難い腐敗臭ばかりである。また、こうした腐敗臭が霊的世界に及び、「霊臭」として、現代に反映されている。人間現象界は、霊臭が凄まじい勢いで波及しつつある。
 この時代、本来の嗅覚は完全に消え去り、それに変わって匂って来るのは、物が腐った腐敗臭ばかりである。この腐敗臭が、また「鼻つんぼ」という現象を生み出している。“鼻つんぼ”は霊臭を麻痺させ、これが感じなくなったり、鈍麻になったりすることである。
 この腐敗臭が、霊臭を酷くし、大脳を刺激するのであるから、現代人の嗅覚も狂っているのは想像に難しくないだろう。

 匂いが腐敗臭に変化し、本来の匂いが消え去ると、味覚に影響が及ぶ。本来、味覚と言うものは大脳が自然臭の刺戟
(しげき)に刺激されて、味覚に伝達される仕組みになっている。ところが、腐敗臭が酷くなると、この匂いばかりが露出し、そこで匂いを放棄する機械的な仕組みが考え出される。このようになると、嗅覚だけを放棄するのではなく、味覚までも放棄する時代が来るのかも知れない。

 そしてこうした時代が到来すると、人間の食べる食物と言うのは、単に生命を保つ為の、“車のガソリン”のような存在になってしまうかも知れない。恐ろしいことである。此処にも現代人が退化する要素が横たわっている。

 人間は医学的に見て、初老の四十代に達しても、鼻の細胞だけは新鮮な状態で成長を続けていると言われているが、成長する場を失ってしまうと、それを生かすことも出来なくなり、人間の五感までもが退化してしまうことになる。現代人はこうした、退化の途上にあるのかも知れない。

 本来、この世の動植物は、「匂い」というものを生物のテリトリーとして、それぞれの犯してはならない領域を厳守して来た。人間すらも、進化の途上の中で、自らの尿を遣って、野生の哺乳動物と同じような事をしていた時代があった。

香を炊く、香合(こう‐あわせ)や薫物合(たきもの‐あわせ)などの組香中心の香道は、その後、文学と結びついて、特異な世界を構築した。

 この事実は、後に宗教儀式の中にも持ち込まれ、匂いの代表格である「香を炊(た)く」という行為も、悪臭を放つ悪魔祓いの一翼を担っていた。香でない場合は「匂い袋」【註】特に麝香(じゃ‐こう)が遣われる。ジャコウジカの麝香嚢(のう)から製した黒褐色の粉末で、芳香が甚だ強く、薫物(たきもの)に用い、薬料としても使う)などが遣われた。カトリックでは、死に行く人に、神父が香油(こうゆ)を塗り、死への痛みを和らげるのは、よく知られた話である。

 匂いと言うものは宗教に限らず、食する事もで、敵から身を護る時でも、大事なものであり、物の区別をする役割があった。しかし、「匂いを嗅ぐ」という能力が弱くなったり、失われると、物の区別が出来なくなる恐れがでてくる。

 現代人は匂いを遮断し、匂いを消滅させることばかりか、こうした所にも科学を利用して来たが、完全に匂いのない世界が到来した時に、人間は迷いの世界を彷徨
(さまよ)うようになるのではあるまいか。匂いを嗅げない時代が到来した時、物の区別が出来なくなり、識別不能となって、迷道に入る事は疑いないようだ。



  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法