運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 4
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旅の衣・前編 27

桜の蕾が膨らみはじめた。一年で一番いい季節になって来た。
 桜が開花する。
 考えれば何とも不思議なものである。毎年、同じ季節に間違わずに開花する。咲き際も、散り際も知っている。蕾を膨らませ、散るときには、さっと散って行く。見事と言う他ない。


●幸甚祭

 愈々(いよいよ)『幸甚祭(こうじん‐さい)』の日がやって来た。待ちに待った『無言詣り』である。願いを通わせる日である。
 私はその日、朝からそわそわしていた。何かいいことが押し寄せていることを予感したからだ。
 そういう気配が、頭上で渦巻いているような感覚を覚えたのである。あたかも、幸運の女神が微笑んでいるような……。
 今日は、きっといいことが起こるぞ……。そう予感したのだ。
 何となく浮ついていた。
 それに季節も、浮つくような季節だった。春爛漫
(はる‐らんまん)である。
 それに四月一日は“四月バカ”の日でもある。何もかもバカになるような陽気だった。
 極楽トンボは、ますま極楽の園を飛び回るような極楽日和である。このままバカになって昇天したら、地獄を経由せずに直接極楽に至りそうな、季節は春爛漫であった。

 この陽気の下で水を被り、沐浴斎戒
(もくよく‐さいかい)を済ませていた。
 神に接しようとするのに、不潔では罰が当たる。不浄のものは一掃したい。何しろ『幸甚祭』だ。
 私の引っ越した安アパートには内風呂がないので、実家に立ち寄り、うちの井戸を借りて、井戸水で躰を浄めたところだった。そして売卜者から云われた通りに、目と鼻と口と耳と肛門の穴の五箇所の“五穴”を清潔にし、肛門には指を突っ込んで、念入りに洗った。此処を念入りに洗えば、痔瘻
(じろう)など決して罹(かか)らないのである。

 痔瘻という痔疾になるのは、排便の後、この部位を紙で拭いただけで洗わないからである。肛門の菊坐は紙で拭いただけでは、付着した腐敗物は拭き取れないである。排便後、一回一回水で洗わねばならない。こうすることにより、痔瘻の発症率は半減する。肛門から直腸に掛けて洗えばいいのである。
 要するに、普段から肛門を不潔にしておくと痔を発症するのである。出来れば、直腸に指を入れて、丹念に肛門から直腸内部を洗うのである。この付近まで清潔にしておくと痔瘻にはならない。
 人が死ぬと、死者にはこの部分に「穴塞ぎ」の綿が詰められる。
 こうして食べ物の滓
(かす)を出さないことで、人は死を確認し、その意識体は、この世から去ったことへの目印とするのである。それは「死んだ」という死者への意志表示である。肛門を通じて、生体への未練のへの断ち切りであり、訣別である。もう、これ以上、排便はしなくていいのである。

 生きているうちは、出来るだけこの部分を清潔にし、痔瘻など防ぎたいものである。
 しかし昨今の食事情は変わった。動物性タンパク質が異常に殖えた。殖え過ぎた。これは「匂いを伴う」という元兇に堕
(お)ちたことである。これは、死に態(ざま)を悪くする。匂いの獄に堕ちる。
 これまで日本人にはなかった霊臭が漂い始めたと言うことである。

 特に今日のように食肉や、牛乳やチーズなどの乳製品を多く摂取する時代、こうした動タンパクで体力はついても、体質は悪くなる一方で、特に肛門周辺を閉める括約筋が弛
(ゆる)み、そのために動タンパクから出る粘着性の腐敗物質がこの部位に付着して、酸化が一層激しくなるので更に腐り、しいては急性肛門周囲炎または結核性など慢性の肛門周囲炎が自潰(じかい)する。こうした状態が続く。やがては肛門まで腐る。
 痔瘻はかつては「あなじ」といわれた。
 人間が精気がなくなると、この部位は特に弱って、体調不調が肛門の締まりに現れる。肛門が常に弛んだ状態になるのである。痔が出る状態になるのである。
 肛門の疾患には、痔瘻の他に、痔核・切れ痔・疣
(いぼ)痔などがあり、ここに異常が現れると、肛門部または直腸部に瘻孔を生じ、絶えず膿汁を出すようになる。その膿が、また肛門を腐らせる。

 こうなると正常な菊坐に畸形
(きけい)が現れ、切れたり、イボ状のものが出来たりして異常を起こす。
 この異常は腰骨にも連動しているので、腰痛なども発症する。痔が悪く、また腰痛などと、二ヵ所同時に障害が起こると、運気はぐんと低下する。
 往時の武人たちが、その運気の低下を避けるために、口から物を入れることよりも、むしろ体内から排泄する出口の方を要注意して警戒し用心したのである。上の口より下の口である。

 特に女は、下の口に用心し、男も下の口を傷
(いた)めている女は警戒をしなければならない。
 男の場合も、下の口を傷めている男は肛門から精気が洩れているので、根気がなく持続性がなく、また性格的にも散漫であり、仕事に当たっても投げやりである。こうした者には警戒し、近付かない方が賢明だろう。
 他人の運気の低下は、長時間接近すると自分にも伝染するからである。
 特に精気のない人間や無気力なる人間は、痔疾を患
(わず)っている場合が多い。要注意であろう。
 肛門の締まりが悪く、痔に異常がある者は、運気が低下しているので、例えば異性との二根交会
(性交)をした場合に、男女の何(いず)れかに痔瘻がある場合は相手方も、その「運気低下の災い」を受けることになる。他人の運気の低下の衰運は、長時間接近状態が続くと自分にも伝染するのである。

 私はこのことを山村師範から、よく聞かされていたので、その愚を犯さなかった。往時の武術家は、上の口の卑しさより、下の口に見苦しさを警戒したのである。
 この日も肛門を、指まで突っ込んで念入りに洗ったのである。
 丹念に、あたかも愛情込めてというように洗ったのである。しかし私はアナル趣味ではない。此処を丹念に清潔にしておくことが、運気向上であり、精気も養えると確信しているからである。
 これを丹念に洗い浄めて、はじめて沐浴斎戒の全行程を終了するのである。
 洗い終わった。これですっきりしたのである。
 この感想で、沐浴斎戒を終えたのだった。

 井戸水を被ると、その程よい冷たさに、躰がきりりとなるのだった。それが何ともさっぱりしていい。
 身も心も洗われて「清らかさ」を感じるのだった。この清らかさを感得することこそ、沐浴斎戒の意味があり、同時にこれは身体的に見ても、毛細血管を開発することにも繋
(つな)がるといわれている。
 つまり、“お湯”ではなく「冷水」なのは、毛細血管と親密な関係があり、毛細血管の回路を開発すると同時に、自律神経を調整することにも繋がるのである。
 滝に打たれて「滝行」をする“行”もこれに帰着し、毛細血管のグロミューが開発されるからである。
 「清め」とは、単に心の清めを暗示するだけでなく、身体的にも健康法に繋がっているのである。そのために「水の精気」を体内に送り込み、身体の裡側
(うちがわ)の汚れを排出し、浄化する必要があるのだ。
 私は沐浴斎戒を丹念に行ったのだった。

北九州では三月下旬から四月上旬にかけて、桜が満開になる季節だった。

 別に売卜者の言に従ったわけではなかったが、しかし、「大変な福が転がり込んで来る」というこの話は、何となく心が浮き立つものである。あるいは「大変な福」とは、由紀子の事を指すのかな、と考えてみた。
 そう思うと、この幸運を追い掛けようとするのは人情である。そして心は浮き立つものである。
 あるいは運命の波に、「他力一乗
(たりき‐いちじょう)」で、わが身を任すしかない。運命は固定されたものでなく、ダイナミックに流動するからである。
 しかし、「待てよ……」と思う。
 今日は確か四月一日。
 この月の一日は、世間風に云えば“四月馬鹿”の日……。
 「あれッ?……」と思う。
 もしや、売卜者の爺
(じじい)は「四月馬鹿」に絡めて、私を嵌(は)めおったのか……。
 しかし、「嵌まる」のも何かの因縁……。
 そもそも売卜者に呼び止められた時機から、その縁は始まっている。
 これも縁だ。これに「嵌まってみようじゃないか」と、こんな気になったのである。
 運命に逆らわず流されるのも、また一興。何処まで流されるか、それを見てみたい気持ちもあった。まさに他力一乗の心境だった。よくも悪くも、天に任せる。

 天に任せて、任せた結果が何と出るか、それを確かめるのも面白いと思うのだった。
 果たして、鬼が出るか仏が出るか……。
 人間の運命は、流動的に動くから、前途の吉兆は計りにくく、したがって「任せる」とうのも他力一乗なのである。
 その結果、鬼が出て、更に蛇が出ても、それはそれで面白いのだった。何もこの世で期待するものは、仏だけであるまい。
 今日は、道場に貌
(かお)を出す前に、一度、帆柱八幡(ほばしら‐はちまん)に行ってみようと思った。
 八幡駅前のバス停から帆柱ケーブル行きのバスに乗り、帆柱町のケーブル駅前で降りるのである。そこから歩いていける距離にあった。
 辺は夜桜見物の人で、たいそう賑(にぎ)わいであった。所々に夜店なども出ている。哀愁を感じさせる夜店の情緒を醸
(かも)し出していた。
 人込みの合間を縫(ぬ)って、帆柱八幡に辿り着いた。水の流れていない神殿に通じる石橋の上に立ち、此処でまず、「ごほん」と咳払いをした。音声の出し終わりである。これからは聲
(こえ)も出せない。
 しかし一切無言。

手水鉢の水は滔々の流れていた。 遥かに聳えた神殿を仰ぐ。

 今日は“無言詣り”のためか、夜桜見物をかねた参拝者達は、殆ど無言のまま、宮詣でをしていた。
 何しろ、今日は幸甚祭だからである。
 したがって、神社詣でによくある、賑
(にぎ)やかな、わざついたあの陽気さは、消沈していた。参拝者は花見を兼ねた人達であろうが、“無言詣り”だけあって陽気な人でも、出来るだけ浮き浮きとした気持ちを押さえていた。押さえ気味にしている参拝者は、無言詣りの御利益を、ひたすら信じている人達であった。
 幸甚祭では自分の願いを他人に漏らすことなく、無言で宮詣するのが原則だからである。一言でも喋れば、その効力は忽
(たちま)ちに失われる。それを警戒しての無言詣りだった。
 いったい誰がこういう詣で方を考えたのだろう。この考案者は策士だった。

 売卜者から云われた通り、無言詣りの作法にしたがい、石橋の上で、ひとまず立ち止まり、唇を固く一文字に結び、神殿の正面を見据えて歩き始めた。周囲は沢山の人で行き交っている。社殿に入ると肩が触れ合い、背中が後ろから押される。押し合い、圧
(へ)し合いの状態だった。
 しかし無言詣りだけあって、それでも文句や怒声は上がらなかった。御利益を信じているからだ。
 この幸甚祭に詣でている中に、知っている貌
(かお)はなさそうである。参拝客は男よりも、女の方が多いようであった。おそらく“恋愛絡み”の願掛けであろう。
 それぞれの胸の内には、「××さんとの恋が実りますように……」などと、そうした秘めたものが隠されているのだろう。しかし、それを明かしてはならないのである。これこそ無言参りのルールだった。聲に出してはならないのである。
 桜並木の道筋に沢山の提灯がぶら下げてあり、夜桜見物の雰囲気を盛り上げていた。社殿の奥には、両端に大きな奉納と書かれた提灯
(ちょうちん)が据えられ、その下には沢山の奉納札が並んでいた。そして形式通りの二拍手一礼をして、恭(うやうや)しく合掌(がっしょう)した。

 心の中で、(恋の争奪戦に勝利しますように……)と願を掛けた。何とも奇妙な願いであった。
 私は、自分を試す積もりで願を掛けて居たのである。そして女難の相は、悉々(ことごと)く退散して欲しかった。消滅して欲しかった。
 願わくば、福が転がり込んできて欲しかった。また「ラッキー」とは、どういうものか体験してみたかったからである。
 しかし、こう念じれば念じるほど、心はしだいに怪しくなり始めた。
 それは心からの無垢(むく)な願いでないからだ。単に興味本位であったからである。不真面目であり、不謹慎だったからである。そのうえ世俗的な下心あるからだ。一抹
(いちまつ)の卑(いや)しさがあるからだ。
 私の願い事には、幾つかの分裂が生じていたからである。しかし、それでも、まず初日の四月一日は無事に終了した。

 それから三日を経た四月三日には、何となく、こうして毎日願を掛けに来るこの作業が、些
(いささ)か負担になり始めた。毎日通い続けると言う馬鹿馬鹿しさが、何とも滑稽に思われたからだ。そしてこの日は、一雨来そうな花曇りの天気だった。
 もう、よそうか……。
 こんな日に行くのは馬鹿げている……。そんな気持ちが襲いはじめていた。
 四月の生暖かい風が吹き、桜は益々満開の様相を極めた。最初に詣でた初日より、実に賑
(にぎ)わいだ感じがあり、人出も、更に多いように思われた。

社殿を臨む。

 通り一遍の儀式的な祈願をして、帰ろうとした時、ふとその先に目を向けた。その先の10mくらいに、何と由紀子が微笑んで立っているではないか。こんなときに。嘘だろう。
 「あッ!」と思い、私は慌
(あわ)てて貌(かお)を背(そむ)けた。
 何てこった。
 なぜ彼女が此処にいるのだ。信じられない。予想もしないアクシデントだった。
 あるいは今日がどういう日か、彼女は知っているのであろうか。
 もし『無言詣り』に詣でて、此処で彼女と口を訊
(き)けば、昨日までの無言詣りは、一切が御破算(ごはさん)になるからだ。
 とんでもないところで、とんでもない人間に遭(あ)ったものだ。嘘のような本当だった。
 私は、生まれながらの、とんだ罰当たり者だったかも知れない。何と間が悪いのだろう。

 くるっと一回転して踵(きびす)を返す以外なかった。そして再びもう一度、社殿に向かおうとした。
 しかし彼女は、この後を追ってきた。わざとだろうか。
 追ってこられれば、心持ち、足は早足になるものだ。人間の心理であり、必然的な反応である。追い付かれたくないからである。どうしても早足になる。
 「どうして、あたしを避けるの?」
 後ろから声がした。まずいところで聲を掛けられた。
 やがて、私の真横にぴったりと蹤
(つ)いて歩き始めた。ついに並んでしまったのだ。
 私は、それに構わず歩き続けた。いま、彼女と一言でも口を訊
(き)けば、これまでの努力は無駄になる。苦労も水泡に帰する。何としてでも、振り切らなければならない。
 今は相手が由紀子であっても、彼女の問いかけに答えるわけにはいかない。しかし、この場面で振り切ることは、果たして可能か……。
 彼女は執拗
(しつよう)に追い掛けて来た。足の速度を緩めないのである。諦めないのである。

 「ねえ、あなた……」
 由紀子はわざと粘り着くような甘い声で呼び掛けてきた。
 「……………」どうしても返事できない。分るだろと言いたかった。
 「ねえッたら……ァ〜」
 その声は語尾を曵
(ひ)いて、粘着質の声は一層甘くなった。からかっているようにも聴こえた。
 「……………」
 「そんなの……、嫌だあッ〜、ねえったらァ〜」以前にも増して甘くなった。
 この声に、私の足取りは一段と早くなった。
 追い着
(つ)かれそうになると、一瞬駆け足になる。小走りは一段と速くなる。ついに走った。
 しかし、彼女はこれで諦めようとしない。追ってくる。マークした獲物は逃がさない。
 「何処へ行くの?ねェ……待ってよォ〜」
 こう問いかけて、相変わらず蹤(つ)いて来る。走れば走っただけ、彼女も走る。何とも困ったものだ。
 「……………」何とか無言で押し通していた。

 彼女は一瞬立ち止まったようだ。そして私の背後から大声で怒鳴った。
 「おい!岩崎健太郎!」
 (何で、俺の名前をフルネームで呼ぶのだ。こんなところで大声出されたら、みっともなくって恥ずかしいじゃないか)
 そういう気持ちが、私を無言にさせた。
 無言詣りに大声で怒鳴っているのは、ただ一人。それも女の大声だった。
 そして再び大声を放った。
 「おい〜岩崎健太郎!聞こえているのか、健太郎!」
 この声に道行く人は、くすくす笑っているようだった。私は周囲の人から嗤
(わら)われているのだった。女に追われる私は、完全に嗤われているのだった。
 「おい〜健太郎!返事をしろ!〜」彼女が下品に怒鳴った。
 私が嗤われようと、お構えなしなのだ。
 擦れ違う人は、私たち二人を見て、袖で口を隠して笑っていた。おそらく誰もが、《ああいうバカにも困ったものだ……》と思ったに違いない。
 無言詣りに大声を出して喚いているのは由紀子一人であり、その連れ合いが私だったからである。恥ずかしいこと、この上も無しだった。周囲から顰蹙
(ひんしゅく)を買われているのは明らかだった。
 「……………」
 私は無言のまま逃げるように走った。逃げるしかない。
 「そっちへ行くと谷底よ!顛落するわよ。墜ちても知らないから、聞こえているの!?岩崎健太郎!」
 段々聲が大きくなって来た。
 「えッ!?本当かよ?……」
 思わず言葉を発してしまった。本当に谷底かどうか知らないが、思わず漏らしたしまったのだ。
 後で、ハッとして気付いたが遅かった。間抜けだった。

 「谷底!」と告げられた以上、返事するしかなかった。それに「顛落」と言われれば驚くことが先行した。
 発した後に、一瞬「しまった!」と思った。誘導尋問に懸
(か)かったのだ。見事に引っ掛かったのだ。
 これで“旧(もと)の木阿弥(もくあみ)”に戻ってしまった。
 しかし、「えッ!?」という返事は、私にその後、解放感を与えた。一旦喋ってしまった以上、もう黙っていることはないのである。彼女の目的は、私に喋らせることだったのか。あるいは驚かせて、何か言わせる気だったのか。だから、「えッ!?」と言葉が漏れたのだった。どっちにしても彼女の勝ちである。

 「すみません、無言詣りをしていたものですから……、“あなた様”とは知りながら、つい……急いでおりまして……」と、私は言い訳のように言った。
 すると彼女は私の前に回り込んで無言のまま、人差し指を自分の顔の前に立てて、妙なことをする。
 「何ですか、その指一本?……。風向きでも調べているのですか?」
 それを訊いた彼女は、今度は唇の前に持って来て、「しいッー」とした。
 「しいッーって、何ですか?……」
 「駄目ですわねェ、あなたは験
(ため)されたのですよ」
 「誰に?……」
 「神さまに」
 「神さまって、声を懸けたのは、あなたではありませんか」
 「だからそれは、あたしが神さまに成り代わり、あなたを験したのです」
 「そんなの“有り”ですか。そんな理屈通るんですか?」呆れたように言った。
 「ええ。あたし、神さまの代理ですもの」
 「科学の発達した時代に、神さまなんて信じているのですか」
 「ええ」
 「あなたは現代科学の一翼を担う医師という科学者なんでしょう?」
 「ええ、でも信心深いの」
 「参ったなァ」
 験された嘆きだった。
 由紀子から、すっかり手駒の玩具
(おもちゃ)のように取り扱われていた。私の取扱説明書を、確(しっ)り熟知しているらしかった。

 「ところで、あなた。無言詣りに何を祈願にいらしたの?」興味津々に訊いて来る。
 「それは言えません。僕個人の、極めて個人的な、僕の祈願で、秘密です」
 「どういう秘密?」
 「言えません」
 「隠し事があるの」
 「もうそれ以上、訊かないで下さい。僕一人のことですから……。ですから、僕に構わないで下さい。妙な興味をもたれれは困ります」
 一応、口惜
(くや)し紛(まぎ)れに言いたいことを言ったのだった。
 「その“ボク”の祈願は、神さまに験されて、挫折したじゃありませんの」と、揚げ足を取りながら落ち着いた声で、他人事
(ひとごと)のように言う。
 まるで私の責任のように言うのだった。手強い女だった。

 「それはですねェ、あなたが真逆
(まさか)、こんなところに姿を顕(あら)われるとは思いもみなかったからですよ。僕を挫折させたのは、あなたなのです。あなたの責任です。挫折の張本人は、紛(まぎ)れもなくあなたです。あなたが僕を挫折させたのです」
 「いいえ、あたしは神さまの代理で、あたなを験しただけです」
 「まいったなァ、ああいえば、こういうで……」
 「それを云うなら、験されて、返事をした、あなた自身をお恨みなさい」
 「えッ?!孫悟空から返事を要求されて、瓢箪(ひょうたん)の中に吸い込まれた間抜けな金閣と銀閣の大王のようにですか……」
 「でも、無言参りに詣でた方が、知り合いに遭(あ)ったからといって、うっかり返事をするなどとは、まだまだ修行のほどが“浅い”ですねェ。もっとしっかり修行なさい」
 思わず、「ううッ……」となって、やはり私は“独りなんだ”と思った。これでは言い返せなかった。孤独を感じても仕方ない。
 しかし一方で
(そんなに僕を孤独にさせないで下さい)と、ささやかな反論がしたかった。

 私はまるで釈尊(しゃくそん)の掌の上で、踊らされている孫悟空だった。あるいはこれが売卜者のいった“女難の相”であったのか。
 おまけに、僅か三日目で挫折したのだから、女難の相は、今後も永遠に憑
(つ)き纏(まと)うだろう。ついに女難の相から逃げ出すことはできなかった。宿命的な災難が生涯付き纏うかも知れない。
 しかし由紀子だったら赦
(ゆる)せよう。



●看板泥棒

 夕方の五時半を過ぎた頃、私はある電停近くの交差点で車の来るのを待っていた。そこを車で通りかかった勤務帰りの由紀子が、私を見つけて車を止めたのである。
 この道は由紀子の通勤路なのだろう。車の左の片側車輪を歩道に載り上げ、助手席のパワーウィンド
(この当時、パワーウィンドは高級車にしかついておらず、大衆車は手回しだった)の窓を開けて話しかけて来た。パワーウィンドが滑らかにスルスルと下に降りた。

 「何なさってるの?」
 「車を待っています」
 「何処か、お出かけになるの?」
 「まあ、そんなとこです」
 「では、あたしの車にお乗りになったら?」
 「いや、いいんです」
 「どうして?」
 「個人的なことですから……」
 この遣
(や)り取りをしている時に、大型ダンプカーが、ディゼル・エンジンの大きなうなり声を上げてやって来た。

 ダンプカーの荷台には、黒尽くの軍手を嵌
(は)め、13枚小ハゼの地下足袋を履いた道場生が五、六人ほど隠れていて、停車と同時に、全員が素早く忍者のように降りて来て、軽やかな動きで近くの電柱に掛かる看板を片っ端から、七つ道具(この時の七つ道具はペンチ、ニッパ、ラジオペンチ、金槌、釘抜き、バール、ワイヤーカッターなどで、これを道具ケースのに納め、腰に下げているのである)で外しにかかる。実に手慣れたものだ。
 看板を止めているワイヤーをペンチかワイヤーカッターで切り、釘抜きで看板の頭と横の釘を抜く。私の仕込んだ通りに、実に巧
(うま)くやる。自負だが、見てて惚(ほ) れ惚れする。「カックイイ……」そんな感じで見ていた。

 これを見ていた由紀子が、「あの人達、何をしているのかしら?」と切り出したのだった。
 「さあ、何しているのでしょうかね……」と恍
(とぼ)けてみるしかなかった。
 「看板外しているのかしら?」
 「そのようですね」
 「違法看板撤去の市役所の人達なのかしら?」
 「さあ、どうですかねェ……」
 そして、看板は手際よく、機敏にダンプカーに積み込まれるのだった。

 その時、道場生の一人が私の方を向いた。私は
(まずい)と思って眼を反らしたが遅かった。
 「先生も、このダンプに乗っていかれますか?」
 (馬鹿者!こんな所で、何てことを訊きやがる)と思った。よりによって、一向に有り難くない問いかけをされたのである。
 「歩いて行くから、皆先に行ってくれ」と言って彼らを先に行かせた。
 何となく、この場が拙
(まず)かった。
 「お乗りになったら?」助手席のドアが開けられた。
 「あのッ………」私は一瞬躊躇
(ちゅうちょ)した。
 しかし彼女の眼は、「ぐじゃぐじゃ云わずに、早く乗れば」というように急
(せ)き立てている眼だった。
 私は観念して乗った。彼女の前では“俎板
(まないた)の鯉”が似合っていた。

 だが由紀子の車に乗ると怕
(こわ)いこともあった。まず眼のやり場がない……。大いに困った。
 と言いながら、ついそこを見てしまうのである。気付くと、喰い入っている。それがまた恐怖だった。
 彼女の車の助手席に乗ると、短いスカートが襞
(ひだ)を作って捲(まく)れ上がり、白い太腿が眼に飛び込んで来るからだ。何というお御足(みあし)の美しこと。
 それは“ちらり”という程度ではなかった。もろにである。もう少しである。だが見えそうで見えない。
 その絶妙を見るたびに、心臓が一瞬止まりそうになる。白磁のような美しい艶と光沢。ストッキングでそのように見えるのだろうが、それが妖しく私を悩殺するのである。しかし、ここまでは役得である。
 私がそう言う視線を彼女の足許に向けたとき、それを瞬時に悟って、直ぐに膝を閉じてしまうのだが、こう言うときに限って、彼女の唇にはつい笑みがこぼれているのである。
 一種の挑発だろうか。揶揄
(から)かっているのだろうか。悪い趣味である。
 太腿という女特有の妖怪は、斯
(か)くも男を悩ますのである。助手席に乗っても、前を見らずに下ばかりを見ているのである。それが妖怪を見るようで怕いのである。しかし、怕いと嫌いは違う。嫌いではない。

 かのフランスの印象派の画家・ルノワール大先生は『女に乳房と臀部が存在しなかったら、わたしは絵を描かなかったであろう』と言っているが、私はこれに「太腿」を加えたい。
 運転中の由紀子の短い裾から、クラッチ切り替えの度に、時折ちらりと覗く剥
(む)き出しの太腿。その太腿は、気が変になりそうなくらい美しかった。それだけに眼が釘付けになる。
 ほっそりとくびれた腰を含め、臍
(へそ)から下の、太腿経由で爪先までの女特有の脚全体である。女体の部位では最高の芸術品であろう。
 この脚こそ、かの久米仙人が空から顛落
(てんらく)した要因であるからだ。修行を積んだ仙人にして、これである。私如き凡夫(ぼんぷ)が顛落したとして、何を責められよう。
 脚は、私にとって魔物であり、蠱物
(まじもの)であった。直ぐに蠱惑(こわく)されてしまうのである。

 「へーッ?今の人達、あなたの道場の方たちでしたの?」皮肉の隠
(こも)った口ぶりだった。
 「そのようです」
 「看板外して、何かなさるの?」
 「修理するんです」
 「どのように?」
 「壊れているところを修理りして、また使います」
 「あなたはいつから空手に変わられましたの?」
 「空手になんか変わっていませんよ」
 「でも今の看板、空手道清流会と入っていましたわ」
 「あれはですね……」
 疾
(やま)しさに煩悶(はんもん)し、こじつけと弁明で逃げきろうとしたが、適当な言葉が出てこない。もたついている間に、由紀子が先手を取った。鋭いところを検(み)ていた。

 「つまり、泥棒なの?」と揚げ足を取ったのだ。
 これには私も聞き捨てがならなかった。
 「あのですね。そう言ってしまえば身も蓋
(ふた)もないじゃありませんか……」
 「そう、ムキにならなくてもいいでしょ」
 「あれはですね、元々北九州市の条例違反の不法看板なのです!」
 辛うじて弁明し、逃げきったつもりであったが、
 「だから、書き換えて、あなたが、また使うって筋書き?」
 由紀子から完全に読まれていた。


 ─────そういう彼女が、日曜日、看板塗を手伝ってくれた。
 寺の敷地の中に建つ、この道場は、昔の如来堂
(にょらい‐どう)を改造したもので、古くて建物が若干傾いていた。雨が降ると雨漏りがしていた。その度にバケツや洗面器を持って、あちらこちらと走り回らねばならなかった。最近修理をしたが、代金を値切った為か、完全には直っていなかった。そのうえ、そこかしこが腐って痛んでいた。

 由紀子には此処がどう映ったかは知らないが、しかし私にとっては安住
(あんじゅう)の良き棲家(すみか)なのである。看板の塗り替えの作業は、この中で行われるのである。
 看板を外して来て、それを塗り替え、わが流の流名・道場名を書く、それをまた路上に立ち並ぶ電柱に張りつけに行く、と言う作業を繰り返すことによって、道場生を募集していた。
 これはいわば食って行く為の、私の生命源であった。
 これを実際、看板屋に頼めば五千円かかるが、この方法だとペンキ代を入れて三百円程度で出来上がる。
 勿論、不法看板を採りに行く車の油代と、貼り付けに行く車の油代は別だが。
 だから、そう易々
(やすやす)とは看板泥棒が止められないのである。単的に言うならば、これは実に浅ましい貧乏人の発想から生まれたものなのである。

 この日、由紀子が豪華な弁当を作って来てくれた。
 正午頃に一休みして、昼食を取ることにした。
 そのとき由紀子が、「あの……お手洗い、何処なの?」と遠慮気味に訊いた。
 「そこの“流し”の奥にあります。でも、言っておきますが、凄
(すご)い処ですよ。驚かないで下さい」
 お嬢さま育ちの由紀子に気兼ねして、此処が雨漏りのするボロ屋であることを強調して、少しでもその期待外れと失望を和らげなければならなかった。同時に、ボロ屋のトイレのボロ具合を予
(あらかじ)め覚悟させる必要があった。

 「凄いって?……」
 その訊き方は、《どんな風に凄いの?》という訊き方だった。
 「兎
(と)に角(かく)凄い処ですよ。此処はね、昼間から時々幽霊が出るので有名なんです」
 だから私にとっては、此処は凄いところとだという表現がしたかったのである。
 「幽霊?……」
 「そう、幽霊」
 「本当?……」
 「本当ですよ。昔ねェ、この便所の中に落ちて死んだ、盲で唖
(おし)の子供がいたんです。盲の為に足を踏み外し、唖の為に助けが呼べなかったんです。そして、この中に取り憑(つ)いて、地縛霊(じばく‐れい)になったんです。だから助けを求めて、入ってくる人に見境なく取り憑くんです」
 「まあ、怕
(こわ)いわ……」
 「この前も、道場生がこの中で子供の幽霊を見たそうですよ」
 「また?……」
 彼女は
(嘘でしょ?……)という顔をした。
 「そしてね、下から手が出てきて、入って来た人の、アソコを撫
(な)でるそうですよ」
 「まさか?……」
 「本当ですよ」
 「嫌だ……怕いッ」
 「怕いのだったら、蹤
(つ)いて行ってあげましょうか?」
 「いいえ、結構よ!」
 「おまけに便所のボロ扉は節穴だらけだし……」
 「まあ、困ったわ……」
 彼女は節穴を危惧しているようだった。
 「大丈夫ですよ、覗きませんから」
 「まア、ヤァーだ。あなたって“覗き”もやるの?」
 「あのですねェ!僕はあなたがトイレに入って、余りの凄さにびっくりしないように予
(あらかじ)め予告しているんです。変な想像はしないで下さい!」ムキになって言い返した。

 渋々、由紀子はトイレに行ったが、中々戻ってこない。
 どうしたのだろう?……と思って様子を見に行ったら、念入りに、トイレの板扉の節穴の悉
(ことごと)くにチリ紙を詰め込んで、私からの覗きを防止していた。覗き趣味まで抱えた色狂いの色情男とでも思っているのだろうか。
 「そんな無駄な努力をして、出したいものを出さずに我慢していたら、膀胱炎になりますよ」
 「えッ?」
 「そのうえ、そこまで念入りにされると、何だか覗いてみたいような変な気になりますよ。それって、逆効果ではないのでしょうか。世の中には、覗くなと言って、はいそうですかと、覗かない馬鹿が何処にいるでしょうか。
 いいですか。好奇心から覗くという行為を促すものは、覗くなというから、是が非でも覗きたくなるもの。これだと、あなたは覗いてくれと肯定しているようなものですよ」
 皮肉を込めたお返しだった。
 「もう、バカバカ!」
 「それに、水洗じゃありませんから音がしますよ、もろに。ジョロジョロ・ジャージャーと」
 効果音ならぬ、排尿音まで詳細に指摘してやった。
 若い女性が排尿音を気にし出したのは、この頃からであっただろうか。
 「もう厭!こないで!。絶対に近付かないで!何処か遠くに行ってて!……」
 「はい、はい」
 だが彼女は眼を三角にしていた。疑っている眼である。
 絶対という言葉が出て来ることからして、全く信用されていなかった。果たして遠くに行く以外ないのだろうか。

 そして「覗くな」は、まさに逆効果であった。
 覗くなと言えば、覗きたくなる。人情である。誰でも、その種の好奇心はある。むしろ見てみたいと思う。
 現に『夕鶴』の「鶴の恩返し」で知られるこの物語では、ある日“与ひょう”は罠に掛かって苦しんでいた鶴を助けて、後にその鶴が女性に化け、女房にしてくれという頼み受けて女房にし、女房になった“つう”は「千羽織」を織って恩返しをするではないか。
 そして女房は亭主に、織っている間は覗かないでくれと約束させるが、それを破って、千羽織の現場を見てしまうではないか。
 人間、覗くなと言われれば、無性に見てみたくなる。「覗くな」は好奇心をかき立てるからだ。

 女房の“つう”が自らの羽を抜いて、生地に織り込んでいく態
(さま)を亭主の“与ひょう”と、その“与ひょう”を嗾(けしか)けた男二人は、確(しか)とその現場を覗いてしまったのである。
 これは「覗くな」という厳命が、逆に好奇心を煽ったからだ。逆効果となった。
 逆に黙っていたなら、どうなったであろうか。おそらく生涯、睦
(むつ)まじく添い遂げ、ハッピーエンドを迎えて、幸せな夫婦であっただろう。
 戒めは、時として破られるためにある。

 世に、「見るな」「覗くな」と約束させて、これが守られた試しは余りない。
 たいてい反古
(ほご)にされる。好奇心を煽るからだ。
 人間の心理には、常に興味津々が働いているのである。
 見るなは「見る」し、覗くなは「覗く」のである。これが人間の「天邪鬼
(あまのじゃく)」としての奇なるところである。
 さて、私はどうするか。
 些
(いささ)か好奇心もあるが、まさかトイレで千羽織でもあるまいし……と思い直し、残念な思いで、紳士になる以外なかった。実際には、眼を皿にして覗きたいのは山々なれど、これもささやかな自負から起こる痩せ我慢だった。


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