運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 31

総ては、プラスマイナス・イコール・ゼロで帳尻が合うようになっている。人生の『貸借対照表』は、トータル的には善いことも悪いことも、喜びも悲しみも、どちらも相殺されてゼロになる。そのゼロは、臨終の刹那に決定されるようだ。


●娑婆

 この日、由紀子が帰った夕刻、ぶらりと私流の買い物に出かけた。
 “私流”というのは、極めて自分勝手な、私だけの理解出来る、その程度の物を求めての、つまり私流の買い物なのである。
 由紀子が此処を後にする際、今晩の夕食を作ってくれたが、それを横目にしつつも、食べる勇気が湧いてこなかった。つまり上品過ぎて、私の下手物趣味にそぐわないからである。
 第一、上げ膳、据え膳では、自らの身分を否定した事になるではないか……。そう思ったもだった。そういう境遇を些か憚
(はばか)ったのであった。
 人を働かせ、自分は何もしないでいる、そんな境遇を、私は潔しとしないのだった。後ろめたさがある。
 罪多き、この穢れた私は、自分のある種の罰を与えることで、これが帳消しになるというふうに考えるのだった。だから、上げ膳据え膳は、私には赦
(ゆる)されないのである。罰当たりのことだった。
 分相応の生活をする……。それが私の信条だった。

 いつも通り、食パンの耳に、得体の知れない安物のホルモンを自分で味つけして鍋で煮込むというのが、私には似合っていると思った。下手物趣味である。例の調子で、馴染
(なじ)みのパン屋に向かった。
 いつも確実にあるパン屋の張り出したウインドウの上に置かれていた、一袋20円のパンの耳は、どうしたことか今日は見当たらない。

 きょろきょろして捜していると、店の主人が「お客さん、今日は売り切れましたよ。申し訳ありませんが、また明日来て下さい」と、私の行動を見抜いたことをいうのだった。
 読まれていたのだという空しさがあった。残念と思うと同時に、この言葉で、勇んで出た買い物の、第一の試みは、初
(しょ)っ端(はな)から挫(くじ)かれてしまった。
 貧乏をしているというのは、このように足許
(あしもと)を読まれることでもあったのだった。
 買い物の意欲が萎
(な)えた私は、アパートに戻ることを余儀なくされた。
 由紀子が買ってくれた新しい小さなテーブルの上に、今日の夕食が載っている。果たしてこれに箸をつけていいものか。つけたが最後、即座に罰が当たるのではないか……。
 そう思いながら、暫
(しばら)く迷った。しかし、それをじっと眺(なが)めで凝視していたら、いっの間にか空腹に負けてパクついていた。私は罰当たりだった。
 身分の確認は、これで崩れていたのだった。サムライの意地も誇りも崩れていた。負けたのだった。
 転がる自分が、何となく恐ろしく思った。
 これでは“人生の貸借対照表”の帳尻は合わないのである。「負債の部」ばかりは増えてしまうのである。
 “借り方”ばかりが増えてしまっては、何もかもが不味くなるのは当然だろう。私は大きな負債を背負っていた。由紀子に大きな借りを作っていたのである。
 まだ、「恥を知る」ことを忘れていなかったのである。

 まず、ひと箸とって口にした。何かが違っているように思った。確かに、何かが違っていた。
 何処が不味いというわけではないが、何となく一味物足りないという感覚に襲われていた。そして、後ろめたさがあるからだろう。
 いつも食べるパンの耳に、こってりと味をつけた煮込んだホルモンに比べれば、遥かに豪華で、遥かに繊細
(せんさい)な味がするが、何かが欠けていた。
 それはこの場に由紀子が居ないことが原因なのか……などと勝手な想いを巡らせていた。あるいは何か、調味料の一つでも入れ忘れたのか……。そんな味がするのだった。

 独り暮らしのせいか、彼女の来ない時は、旧
(もと)のグウラタ生活を決め込み、無精と億劫(おっくう)さに押されて、食事の摂り方は極めて不規則で、食べたり食べなかったりといった不摂生な生活が多かった。食べても栄養のバランスなどあったものではなかった。勝手気儘(きまま)な生活は、あるいは人間の味覚までもを破壊するのかも知れなかった。
 道場の稽古のない日は、一日中敷きっぱなしの蒲団の中に閉じ籠
(こも)り、翌日まで寝るというグウタラな生活をしていた。まるで熊か何かが、穴蔵の中で越冬し、翌年の春まで冬眠するように……。
 そのため目を覚ました時、今日が何日で、何曜日か、あるいは午前か午後か、全く判らなくなって居ることが多かった。それでも、寝たい時に寝て、食べたい時に食べるという自由奔放
(じゆう‐ほんぽう)で、気儘な生活を堪能(たんのう)していた。いや、堪能とは言わないだろう。むしろ「タンデキ」だろう。つまり“耽溺”のことだ。もう、“奔放”と言う名に溺れていたのである。
 これは凡
(おおよ)そ世間一般の社会の趨勢と一致しない、社会不適合の証(あかし)を曝(さら)け出した観があった。
 本来ならば、武術家は規則正しい生活が必須条件である。
 ところがこうした条件をいつの間にか、私は破り、戒律までもを破り、為体
(ていたらく)の限りを尽くしていたのである。地獄に墜(お)ちるべき人間であった。
 あるいは種田山頭火のように、独り身のグウタラ生活に一種の憧れを抱いていたのかも知れない。

 今日も蒲団の中で、冬眠した熊は冬眠の途中、空腹を感じて、のこのこ起き出した。
 雨戸を締め切って居るので、時間の検討が全くつかない。目覚まし時計を見ても、端
(はな)から時間調整ができて居なかったので、それを見たところで当てにはならない。
 手探りで枕許
(まくらもと)のスポットライトを捜す。三角傘の埃(ほこり)をかぶったスポットライトの手許スイッチを引っ張り、ほの暗い燈火(あかり)が枕許(まくらもと)に灯(とも)った。この何の変哲もない為体(てい‐たらく)な毎日が、私の寝覚めの行事なのである。
 更に、枕許近くに置いてあった手鏡で顔を見るのである。これは一つの癖と言おうか。
 自分の顔をしげしげと見る。
 頬
(ほほ)には寝相(ねぞう)の悪さを表す、畳の目の跡(あと)が微かについていた。
 恐らく蒲団から食
(は)み出して、畳の上で寝返りを打っていたのであろう。

 空腹を覚えて例の如く、パンの耳と安物のホルモンを買いに出かけた。
 外はいつになくいい天気だった。
 太陽は南中にかかって居なかったので、まだ正午前であろうと見当がついた。
 いつものパン屋の前にやって来た。
(あれッ?)と思った。
 張り出したショーウインドウの上にいつも置いてある、パンの耳がぎっしり詰まった例の袋がない。それに今日は、いつもに比べれば早い時間である。
 暫
(しばら)く、そこに立ち止まって物欲しそうにして居ると、店の主人が出てきて、「お客さん、済みませんね。今日は未(ま)だ耳が出ないんですよ。悪いですが、12時過ぎには出ると思いますから、その頃になったら、また来てくれませんか。お客さんを予約第一号にしておきますから……」と、その言い方は慇懃(いんぎん)な、しかし裏に意地悪が隠(こも)ったような返事だった。
 私はこのとき、貧者が貧者を揶揄する側面を垣間みた。此処の主人は私より金持ちだろうが、内実は貧者である。その貧者が、更に自分より貧者を弄
(もてあそ)んで優越感を感じる。なんという傲慢だろう。

 いつもタダ同様の耳ばかりを買って、肝心な買って欲しいパンを一つも買わないから、私には売りたくないのではと疑いたくなった。いや、売りたくないのだ。意地悪されたのだ。貧乏人は足許を見られたのだ。
 そう、極付けらずには居られなかった。貧困の武術家は、貧しいというだけで、随分と嘗
(な)めれたものである。
 これ以上うろついても、碌
(ろく)なことはない。娑婆(しゃば)とはそう言うところなのだ。碌でもないところが娑婆なのだ。くだらないところなのだ。
 思えば、その娑婆に、私は生まれて来た。なぜ生まれたのか。そう問いたくなる。
 そう思うと、仕方なくアパートに戻った。碌でもないことに行き当たったら、直ぐさま引き返すことだ。碌でもない先に、何もありゃしないのだ。期待外れの上に、更に期待外れが起る。娑婆とはそうしたところである。退散する方がましなのだ。引き返すことにした。

 部屋に入ると、直に服も脱がない儘
(まま)、今まで寝て居た温(ぬく)もりの冷め切らない蒲団(ふとん)の中に潜り込んだ。碌でもないことに出会ったら、これが一番なのだ。
 寝れば極楽
(ごくらく)である。
 嫌なことも、たった今起こった不愉快なことも直に忘れてしまう。何もかも、記憶に残る嫌な残像はここで断たれ、現れることもなく、それを再び夢で見らない限り、一時の記憶が削除されて、安息の極楽が約束されるのである。
 私は地獄に堕
(お)ちる人間でありながら、今は極楽の真っ只中に居た。

 この日、夕方近くまで寝たであろうか。
 「まだ寝て居るんですの!多分、こんな事じゃないかと思って来てみたら、やっぱりでしたわね。さあ、起きた、起きた!」
 途端に叩き起こされた。
 潜り込んだ蒲団の外から、由紀子のグウタラを指摘する声が飛んだ。
 蒲団から叩き出されたのだった。怕
(こわ)い世話女房ならぬ、通い妻のお出ましである。極楽気分が地獄に一変する。こう煩(うるさ)くされると、少しばかり閉口するのであった。
 蒲団の中に蹲
(うずくま)りながら、(人の事は、ほっておいてくれ)と言いたかったが、これは許してもらえそうにない。早く起きないと、次にどのような罵声(ばせい)が飛ぶか分からない。慌(あわ)ててスタンドのスイッチを捜そうとしていた。

 先日、由紀子の手によって片付けられていた、レコードと本の山に手が触れてしまい、それが頭にドサッと崩れかけてきた。
 夕方になってから雨戸が開け放たれたが、近所の人はこれをどう思ったろうか。
 雑然たる薄暗い部屋が、突然夕暮れの光りに満たされ始めた。夜光虫
(やこう‐ちゅう)と化した私の眼は、暗さに慣れてしまったためか、この夕暮れの差し込んだ朱色の光が実に眩(まぶ)しかった。

 「お食事、ちゃんとしているのでしょうね?」
 私と三日ぶりに対面して、彼女のかけた最初の言葉はこれであった。
 彼女はこの日、私に食べさせる夕食の材料を買ってきていなかったので、私は彼女の買い物に付き合うことになった。例のパン屋に差し掛かった時、
 「あそこで、パンを買って行きましょうか?」と彼女が言い出した。
 「いや、止めときましょう。パンは余り好きじゃないんです」 
 「そう」気落ちした投げやりな言葉だった。
 その時である。私を見た店の主人が、「お客さんが、早く来ないもんだから、パンの耳、別の人に売ってしまいましたよ」と、いらん声を掛けた。

 (何と意地悪で、お節介なおやじだ。もう絶対に買ってやらないぞ)と思い、逃げるように、店先の前を立ち去った。

 由紀子が、「いつも、あんなモノばかり食べているんですの?」と叱責
(しっせき)するように訊き返した。
 「まァ……、そんなものです」
 「バランスのとれたお食事、ちゃんと摂らないと駄目ですわよ」

 (だからと言って、俺にどうしろと言うのだ?)と、反論したかったが、一言でも、うっかりと口にしようものなら、忽(たちまち)のうちに返り討ちに合うのは目に見えていた。だから敢えて口に出すことを控えた。
 社会の常識と、ややズレたところに棲息
(せいそく)する天然記念物の私としては、しかし「あんなモノ」で結構だったのである。
 彼女が遣って来ると確かに心が弾み、嬉しくなる。愉しいと思う。しかし世話の度が過ぎると、うっとうしくなる。人間とは勝手なものである。

 近くの市場に入り、何にするか物色をしたが、何処の店も慌ただしく店を仕舞う用意をしていた。買い物に来た時間が遅過ぎた感があった。何処の店も売り払った後で、これといったものは並んでいない。ただ、魚屋の前を通り掛かった時、一匹の売れ残ったハマチが置かれていた。
 「あれにしませんか」
 「ハマチ?」
 「あれを丸ごとです」
 「じゃあ、いいわ」
 彼女の決断は速かった。
 「済みません。おばさん、そのハマチ、お刺身にして頂けませんか」
 この彼女の注文に、
 「済まないねぇ、今うちの人が急な用で出かけて、魚を捌く人がいないんだよ。ごめんよ」と、そのおばさんは言うのであった。
 「そうなの、仕方たないですわねェ……」
 由紀子はがっくりしたが、これに間髪入れず、
 「僕が捌けますよ」と言うと、
 「大丈夫なの?」と不安な眼差しで私の方を見た。
 「任せて下さい」と思わず見栄を切っていた。
 一見暴挙とも取れる私の申し出は、多少なりとも彼女に不安な気持ちを与えたようだ。

 残りの付け出しは、まだ店仕舞中の店で、私の裁量で好き勝手に選んだ。この買い物の仕方に、由紀子は呆れたような顔をしたが、そのソツのない選び方に感心しているようであった。
 早速、戻ってからの私の腕の見せ所が始まった。
 ハマチの頭を落として、次に三枚に下ろし、頭は口から背中側に出刃包丁を刺し込んで、兜割
(かぶと‐わり)にした。頭や骨はあら煮にもなり、吸い物のダシにもなる。上手に遣えば、骨でも、油で揚げれば骨煎餅になる。捨てるところはない。遣い方次第である。

 包丁捌きを見て、「なかなか上手じゃありませんか。それ何処で覚えたの?」と驚くように言った。
 「学生時代のバイトで、板前の見習いをしていました。“門前の小僧習わぬ経を読む”と申しましてね」
 「そんないい腕しているのなら、自分で毎日ちゃんとお食事を作ったらどうですの」
 「はい、はい」
 この後、返事は「一回で宜
(よろ)しい」と叱られたが、私としては他人の食事の仕方に、一々口を挟まないで欲しいと反論したかった。

 私の包丁捌きを横から覗き込みながら、「上手なものですね。それだけのいい腕しているのに、どうして自分のお食事くらい作れないのかしらねェー」と嘆きに似た小言を漏らした。
 「僕の場合は、板前と言っても、《華板
(はないた)》なんです」
 「それで?…… 」
 「だから“華板”なんです」
 「でも板前なんでしょ?」
 「華板というのはねェ、人が居ないところでは料理をしないんですよ。人が居ないと、やっても張り合いがないと言うか、孤独では、気合いが入らないと言うか。見ている人がいなければ、何にもしないんですよ。
 つまり一人芝居が嫌いなんです」
 「じゃあ、あたしが毎日来て、見ててあげれば気合いが入りますの」
 「えッ?……」私は言葉を詰まらせていた。
 「だったら、毎日来て、見ててあげましょうか」
 「?…………」
 「それも出世魚のハマチ料理の実演を見学してあげましょうか」
 「……………」
 その先を言えば、些
(いささ)か二人の間には、何らかの亀裂が入るのではないかと言う不安から、またこれも控えたのである。まさに“女難の相”は、確実に奥へ奥へと進行しているように思われた。それにハマチを出世魚と抜かしおった。ハマチは名前を変えてブリになるのを知っているのである。
 それだけに魂胆があって、何だか手強かった。

 やはり、売卜者の言ったことは的中していたのである。
 それはあたかも、愚鈍な夫が、賢い妻に圧倒されるような恰好
(かっこう)だった。あらたな“天敵現象”であった。
 これが“女難の相”とセットになっているのなら、まさに最悪の難儀が予想された。今後も、あれこれと指図されるだろう。
 捌いたハマチの刺身は、私の和食のセンスと自己流のレイアウトで、どこかの食堂の回収し忘れた大皿二枚に大根の桂
(かつら)(む)きを添え、風流に盛りつけた。滝を昇る鯉ふうにである。しかし二人で食べるには少々多過ぎる観があった。それで、両隣の人を呼び集めることにした。

 二人とも初老の独身男で、普段は何をしているのか分からない人達だった。
 この誘いは直に同意され、四人で例の如く、肴
(さかな)を前にして酒盛りが始まった。両隣の人は、この時ばかりと、多少羽目を外し、よく食べて、よく飲んだ。私もそれに準じた。
 酒が入るに従い、体温が上がって来る。特に日本酒は「陰」の飲み物で、飲めば飲むほど躰を冷やす飲み物だが、体温が上がることからして、世間では「陽」の飲み物と勘違いしている。日本酒こそ、「陰」の飲み物である。「陰」の飲み物であるから、わざわざ燗
(かん)を付けて温めて飲むのである。日本酒に燗をつけるのはこういう理由があるからだ。
 冷酒は躰に悪いと言うが、陰体質の人が冷酒を飲むと、ますます陰に偏るからである。
 私は陽体質であるらしく、“人肌”の燗が体温を押し上げた。そして部屋が熱気を帯びたので、窓を開けてみた。開けた窓の先には、鋭い刃物の尖先
(きっさき)ような三日月が出ていた。あたかも鎌が懸かったようにである。

窓からは鋭い尖先のような三日月が出ていた。

 種田山頭火の句に、

窓をあけたら月がひょっこり

 というのがあるが、今宵の月は満月には程遠い、鋭い三日月だった。
 やがて酔いが回り始めて、今日の仲間内の会話にも呂律
(ろれつ)の回らない言葉か飛びかっていた。私は二人の初老の会話にしばらく耳を傾けていたが、直に酩酊(めいてい)が始まり、辺りが浮遊(ふゆう)し始めた。由紀子はこんな私の、目の縁を朱(あか)く染めた顔を覗き込んだのか、
 「少し、飲み過ぎじゃありませんの。もうそれ位にしたら」と釘を刺された。
 しかし手に握った酒杯
(さかずき)は、彼女の忠告を無視して、無造作に干されていった。
 些
(いささ)か飲み過ぎの観があった。やがて生臭い寝息を吐いて寝入ってしまったが、この後のことは全く憶(おぼ)えていない。

 翌朝目を覚ましたら、由紀子が私に背を向けて台所で朝食を作っていた。彼女は昨夜帰宅しなかったのだろうか。
 そう察しがつくと、何か畏
(おれ)れ多い、大それた事件を起こしてしまったような反省が脳裡(のうり)を翳(かす)めていた。やはり“女難の相”と思わずにはいられなかった。



●役得

 「喪服の女って、いいものですね」
 道場生の葬儀屋に勤めているG君が言ったのだった。そのG君を取り囲んで何人かが世間話をしているのだった。
 「そんなにいいのか?」その中の誰かが訊いた。
 「ああ、いいとも」
 訊かれたG君はムキになって言い返していた。
 「葬式屋って儲かるのだろ?」
 また、取り囲んでいる一人が訊いた。
 「そうらしいな」
 「お前、葬式屋のくせに自分が働いているところが、儲かっているか損しているか知らないのか?」
 「オレ、使い走りだから……。しかし、儲かっていると思うよ」

 こうした話を、彼等は稽古の終わった更衣室で遣っていたのである。
 私もこの中に首を突っ込んでみたくて、G君の言った「儲かっていると思うよ」が気になったのだった。
 「G。お前のところ、儲かっているのか?」
 私が訊いた。
 G君は今年高校を卒業して今春から葬儀店に勤めていた。真面目と言うより、商売熱心で金銭的な感覚が発達していて、金の計算が早く、損得を算盤なしで計算できる特技を持っていた。
 「儲かりますよ、何しろ元手は限りなくタダに近いですから」
 「タダとは、どういうことだ?」
 「使い回しですから。同じものを無駄なく繰り返し使うのです」
 「なるほど」
 私は感心するように言った。

 “タダより高い物はない”という俚諺
(りげん)がある一方、“元手いらず”という言葉もある。
 かつて毛沢東は、「十をもって一に当たり、一をもって十に当たる」という『孫子の兵法論』を実践して、中華人民共和国を建国した。その毛沢東が力説したのが、“孫子の兵法”だった。
 その兵法を基盤とする戦略や戦術の中で、「資本家のロープで、資本家を吊るせ」というレーニン以来の階級闘争のスローガンがあった。これもまた「元手いらず」と言うそうだ。
 孫子の兵法とは、孫武の敬称で、戦略と戦術を総合的に説いて思想性を持つ兵法書であり、今日でも企業戦略などのしばしば引用される生き残り方を教示している。
 そして「元手いらず」とは、敵の武器をぶん取って使うから、まさに元手いらずなのである。
 この元手いらずに加えて「十をもって一に当たり、一をもって十に当たる」
【註】八路軍が得意にした戦法で、隙を見て一の敵に十で襲い、十の敵を一で悩ませる。遊撃戦を指す。1937年8月華北にあった軍が国民革命軍第八路軍と改称、華中の新四軍とともに抗日戦の最前線で戦った。47年人民解放軍と改称)の考え方が毛沢東お気に入りの戦い方で、敵の物を使うのだから、大きな戦果が得られ、然(しか)も自分の方の損害が少ないのである。
 私はG君の言った、タダに限りなく近く、そのうえ使い回しということに大きな興味を感じたのであった。そういう旨い商売が、今時あることに感心するのだった、

 「ぼくたち葬儀屋は、まずその日の生花の相場を頭の中に叩き込んでいなければならないのですよ」
 彼はそう言うのだった。
 「どうして生花の相場と葬式が関係あるのだ?」
 「だって相場を知らないと、つけ込まれますからね」
 「つけ込まれるというと、花屋からか?」
 「いいえ、同業者からですよ」
 「別の葬式屋からか?」
 「元手はタダといっても、それはそれなり苦労はありますからね」
 「どんな苦労だ?」
 「先生は、葬式の供花
(くげ)の行方について、その後どうなるか知っていますか?」
 「いや」
 「北九州なら、その夕刻までに、小倉か黒崎の夜の飲屋街に流れてしまいます」
 「供花というのは、葬式の施主の物でないのか?」
 「勿論そうです。しかし斎場から、花を一本残らず持って帰る家などありませんからね。ぼくが知っている限り、施主は斎場に放置して帰ります。そこから、ぼくらの仕事が始まるのです」
 「何だ、お前の仕事は葬式だろう。葬式屋は葬式だけを仕切るのではないのか」
 「えい、違いますよ。葬式屋は葬式で儲けて、後始末で儲けるのです。一回の葬式で、二回おいしいところがありますからね。供花や花環は周りを変えれば開店祝いの花環にも化けます。あれは造化ですから、葬式だけではなく、開店祝いにも使えるのですから一石二鳥です」
 「なるほど……」
 「また供花も飲屋街の花売りに卸されて、いい金で引き取ってくれます。葬式の花は普通、白が主体です。しかし白い花は、直ぐに弱って汚れが目立ちます。だから、その中に僅かばかり色花を混ぜるのです。そうすると白の中で色花が浮き上がり、また白い花も汚れが目立たなくなるばかりでなく、長もちするのです」
 「なるほど、よく考えたものだ」
 私は、こういう商売があることに感心したのだった。しかし、葬式はその人に限り、人生だだ一回のものである。それだけに実態があまり知られてないのである。

 こういう話をするときのGは、眼がきらきらと光っていた。金銭に関する話をするときのGは、稽古をする時以上に眼に光が差すのだった。
 「お前のところの葬式屋は自社で斎場を持っているのか」
 「いいえ、大きな斎場と賃借り契約をして、葬儀一切をセット価格で商品にしているのです。そっちの方が無駄な経費が掛かりませんからねえ。斎場を持つと、その広さ応じて固定資産税などの無駄な税金を払わなければなりません。それに葬式も、毎日と言うわけではありませんからね。遊んでいるときもありのですよ。それで複数の大きな斎場と契約していて、遊んでいる斎場を使わせてもらっているのです」
 「益々、考えたなァ」
 「それに葬式が儲かると言うのは、何も最近のことではないのです。人間は大昔から葬式に金を掛け、葬儀と言う儀式を死者への弔いとして大切にしてきましたからねえ。それに死なない人間なんていません。人間は必ず死ぬのです。生まれた以上、誰でも一度は死ぬのです。こうした死を扱う商売には、どこかボロイところが転がっています。
 先生、人間が死ぬと幾ら掛かるか知っていますか?」
 「いや」頭を振って答えた。

 「火葬代が5千円
【註】昭和47年当時)です。たったそれだけです。本当はそれだけなんです」
 「5千円で済まされるのか」驚きの声を上げた。
 「そうです、たった5千円です。だから葬式屋は儲かるのです。そしてうまいことに、生命保険会社はあるでしょう。ああした会社が、日本人の平均の葬儀の額を勝手に弾き出しているのです。
 葬儀一件あたり、150万円とか200万円とね。あれで随分と葬式が遣りやすいのです。日本人は一度先入観を植え付けられると、そこからなかなか抜け出すことができません。悲しい習性です。それはまた商売に利用され易い。戦後の日本国民は実に哀れな国民に成り下がりましたよ、裏を全く知らないんですから。
 総て先入観で動いています。5千円の火葬代で、150万円も200万円もひねり出すのですよ。これが無から有を作る金儲けの方程式です。ただし、人件費も多少掛かりますけれど」
 「どんな人件費だ?」
 「死体を扱える人がいないと、葬式屋はお手上げなのです」
 「それをどうする?」
 「なあに、簡単ですよ。元警察官を雇うのです。特に刑事を遣っていた人は、少々交通事故でグチャグチャになった死体でも簡単に扱えるのです。人間の死において、誰もが奇麗に、五体満足で死ぬ人ばかりとは限りませんからね。中には、それは酷い死体もありますよ。
 例えば歩いていて大きな落下物に直撃されたり、大型トレーラーなどに巻き込まれて、轢
(ひ)かれて死んだ人など、もう見る跡がありません。無惨ですよ。グチャグチャと言うより、ベチャベチャなんです。血だらけでベチャベチャなんです。ケチャップです。火事で大火傷をして死んだ人も、ケロイドで酷い状態ですよ。
 『四谷怪談』のお岩さん程度ではありませんからね。もっと酷いですよ。
 こういう死体を納棺できるのは、やはり普通の人や遺族ではできませんよ。そこで葬式屋が必要になってくるのです。この手の死体を扱うことのできるのは元警察官か、自衛隊の死体処理班の出身者くらいだけです。
 だから警察OBの彼等に払う日当は、まあ結構、金が掛かりますよ。つまり葬式屋は、死体処理係も兼ねているのです。まあ、この辺が技術料と言うところでしょうか」
 「おもしろいなァ」
 「ぼくも、もっともっと経験積んで、将来は葬儀店を遣る予定ですよ。元手いらずですからね。そのうえ、こういっちゃあ何ですが、若後家の喪服姿がなかなか色っぽいのです。これを見られるのは役得です」
 「役得か……いいなァ」
 私は喪服の若後家を想像した。
 「生涯に役得がなければ、働く意欲は半減するではありませんか」
 「なるほど、おもしろいことをいう」
 「先生も、うちでバイトしてみませんか。死体が扱えるのなら、一日1万円は下りませんよ」
 「いいな、ベチャベチャの死体の納棺を手伝うのか?」
 「いつもベチャベチャとかベトベトとは限りませんがね。奇麗な、震い付きたくなるような美しい女性の死体もありますよ。こうしたのに当たれば、そのときはまさに役得です」
 「だが、役得でもセックスまでは出来まい?」
 「いるらしいですよ」
 「まさか。それ、死姦ではないか」
 「そうです、死姦です」
 「まいったなァ、そこまで行くと、人智を超えた変人と言うより、もはや聖人だな」
 私は一歩下がって、この御仁を尊敬したくなった。私には猟奇の世界が理解できないからである。
 この話を由紀子にしたら、どうなるだろうか。驚くだろうか、怒るだろうか。
 あるいは尊敬されたりして……。勝手な想像をした。


 ─────私はこうした話のあと、確立に低い役得を当て込んで、G君の葬儀店で何回かアルバイトをしたことがあった。日当1万円に釣られて三ヵ月ほど不定期のアルバイトをしたのだった。
 その理由に、少なからず金欠病の私は、当時の日当としてもかなり高く、また不埒
(ふらち)な役得を期待したからだった。
 そして此処の葬儀店で私は、Tという元刑事だった、もう少しで60歳に手が届く警察OBと死体処理のペアを組んだことがあった。
 葬儀で処理する死体はこの時代、頭側と脚側の二手に別れて納棺する。人間の手で抱えなければ、納棺することができない。二人で蒲団から抱え出すのである。全く手を触れずに移動したり持ち上げたりするのは不可能だった。今は、蒲団自体が改良されていて、直接死体を触らずに納棺できるようになっている。

 指定されたお通夜に、まず黒服で参上する。しかし納棺の出番まで、死体処理ペアは些
(いささ)か暇なのである。それでつい世間話をする機会があるのである。葬儀会場の裏手で坐り込み、最初世間話から始まり、やがて死体の話になる。
 その時に元刑事のT氏から、死体の扱い方を教わったのである。

 「いいか岩崎君。屍体
(したい)は絶対に素手で扱うなよ」
 「どうしてです?」
 「人間が死ぬと、死臭が出る。この死臭が怕
(こわ)いんだ。この匂いがつくと、一ヶ月経っても二ヶ月経っても長い間、匂うんだ。死臭はなあ、独特な匂いで、実は人間の手の指紋から入り込んで来るんだよ。これが一旦入り込むと、幾ら手を洗っても、体を洗ってもなかなか取れないんだよ。だから、必ず手袋をする。
 テレに映画の刑事物で、刑事はみな白い手袋を嵌めているだろう。あれはなあ、死臭がつくのを防止しているんだ。勿論テレビドラマの役者何ぞは、そのことを知らないだろうがな。そして大病で死んだ人なんかは、死後も病気を抱えて死んでいるからな。屍体は火葬されるまでは毒の固まりだ。そういう屍体を扱うと、一発で遣
(や)られる。これ、恐ろしいよ」
 「どう、遣られるのですか?」興味に任せて訊いてみた。

 「病気で死んだ人は、屍体自体が強い毒素を放っているんだ。だいいち腐り方が違うし、死後硬直の時間も違う。だから死臭だけでなく、病毒素が指紋の隙間からそのまま入り込んできて、それを吸い込むと、一時間も経たないうちに気が、へなへなとなるんだ。力が抜けてしまう。非常に疲れて、動くのも難儀になる。
 だから、ああ言う屍体はまず、直にゴムの医者が使う手術用の手袋をはめる。次に白い手袋だ。
 これ、気をつけろよ。人間は、生まれてくるときも他人の手を煩
(わず)わせるが、死ぬときも他人の手を煩わせて死んでいくんだ。人の生死だけは、自分一人で何も始末できないんのだ。わしも、最近は年をとってしまったから、もうじき死ぬのだろうな……などと考えるが、それにしても、何が因果で人間なんぞに……と思うことがあるよ」
 元刑事は意味深長なことを言った。
 「何が因果で人間なんぞに……ですか?」
 私は思わず訊き返した。
 「ああ、人間は人間界に生まれて、老い、病み、そして死んでいく。長生きしても、せいぜい百年程度の人生だ。その短い間に色々な経験をさせられて死んでいく。露のように儚
(はかな)い人生だがなァ。
 そして人の死も色々だ。長寿で大往生して、畳の上で死ねる人は稀
(まれ)だよ。わしの見た死の多くは、無惨なものばかりだった。無惨に殺されたものばかりだった。人間は死んだら、ただの物体になるが、それにしても死んでいく場所が問題になる。惨殺は、事故死の中でも、一番惨い死に方だからな」
 元刑事のT氏は、定年まで刑事をしてきた経緯の中で、多くの人間の無惨なしを見てきたのであろう。
 G君の進めた葬式屋のアルバイトは、その後、数回程度で辞めてしまうが、それはそれなりに、人の死と接することで、また一つの新なら人生を学んだのであった。

 ついでにもう一つ質問してみた。
 「死姦って、本当にあったんですか?」
 「ああ、あったろうよ」
 「そんな残酷な現場を見たことがあるんですか?」
 「いや、わしはない。しかし昔、先輩から聞いたことはある。女の屍体と強姦したという男の話は聞いたことはある。あれは器物破損罪だからな。屍体は、犯しても強姦にはならないんだ。器物を破損したことになるだけで、それで罰される。この手の犯人は、既にいかれているからなァ。一種の死体マニアだろうな。
 屍体しか、性的に興奮することしかできないんだ」
 「屍体を犯すなんて気持ち悪いでしょうね。そのうえ死臭などはどうなるのでしょうか?」
 「勿論、付着してかなりの長い間、死臭を漂わせているだろうよ。
 ところで岩崎君は、平安中期の僧で、三井寺
(みいでら)の智興上人(ちこう‐じょうにん)という僧のことを知っているか?この物語は『今昔物語集』【註】日本最大の古代説話集。12世紀前半の成立と考えられるが、編者は未詳。その各説話が「今は昔……」で始まるので有名。したがって「今昔(こんじゃく)」という)に出ているんだが……なあ」
 「いえ、知りません。大学は理科畑でしたので……」
 「わしの調べたところでは、三井寺の智興上人
は、かなりの死体マニアだったらしい。その一方で、内供奉(ない‐ぐぶ)といい、宮中の内道場(ないどうじょう)に奉仕し、聖(ひじり)と崇められていた徳の高い僧侶だったという。学徳兼備の僧でもあった。ところが、その上人が訳の分からない重い病気に罹(かか)るんだよ。
 そこに呼ばれたのが、かの有名な陰陽師・安倍晴明
(あべ‐の‐せいめい)だった。晴明は『太山府君(たいざんぶくん)』という。
 ゆえに人の生死を司る神を動かして、智興上人の快癒を祈願した。そして、この重病に至る経緯を辿っていくと、死姦した恐ろしき事実が浮かび上がってくる。智興上人は、そのとき御年62歳にで、若くして死んだ女を死姦したんだ」
 「どうして死姦なんぞを?」
 「僧は女人を遠ざけて生涯貫かねばならん。しかし、この上人さまは、どうしても人間と生まれた以上、女を抱きたくて仕方がなかったんだろうよ。それで、つい先日、死んだばかりの若い女の墓を掘り起こして、死姦したんだ。それに御年62歳の上人さまは、なんと三回も放ちやがった。タフなもんだ」
 「タフですね」
 「しかし、なぜ三回も放ったか分かるか?」
 「タフだったからでしょう」
 「いや、違う。単にタフだけでは女は抱けん。好き者も同じだ。生きた女ではなく死人だったからこそ、三回も放ちやがったんだ。ここが一番怕
(こわ)いところだ。この怕さ、分かるかね?」
 「それは人間自身の、内面の怕さなんでしょうか、あるいは異常性欲に動かされる感覚異常の怕さなんでしょうか」
 「わしは長い間、刑事をしてきて、何度も惨殺現場を見たことがある。犯人の中には、強姦殺人ではなく、わざわざ殺した後に犯す奴もいるんだ。背後から静かに接近してきて、頭部を鉞
(まさかり)で叩き割ったり、寝室に忍び込んで、枕で顔を抑えて、そこに拳銃を撃ち込んで殺す。頭部は柘榴(ざくろ)が割れたようにグチャグチャになっている。そうした斬殺された女の屍体を犯すんだ。こうした性格異常者は、生身の人間では興奮できない。そこで先に殺す。そして死んだのを確認して、犯すんだ。死亡直後の、“膣痙攣(ちつけいれん)”を当て込んでな。酷いもんだよ」
 「膣痙攣の話、聴いたことがあります」思わず相槌を打っていた。
 「また昔は土葬が多くて、死ぬと、夜中に墓に忍び込み、女の屍体を掘り起こして、これを犯す奴が多かったと聞く。ところが今は、市の条例の公衆衛生法に従い、みんな火葬する。だから犯そうにも屍体がない。
 そこで殺したあと、犯す者も出てくる。人間界は、全部が全部、まともではないんだよ。正気な奴と同じくらい、狂った奴も同数いるんだ。これが今まで、わしが見てきた人間界の実情だよ」
 元刑事は人間界について、見てきた通りのリアルな話をした。
 「……………」
 こうしたことを露骨に言われてしまうと、相槌
(あいづち)を打つ言葉すら失ってしまう。
 「わしは、一回だけ、智興上人と似たような事件を、先輩から聞いたことがあった。それも僧侶ということでな……」
 「その僧侶はもしかすると、戒律に厳しい禅宗の僧ですか?」
 「いや、違う。有髪
(うはつ)の念仏宗だった。勿論、こいつは狂っていたがな。だから無罪だった。放免された。しかし死ぬまで、病院から出られまいがな、鉄格子のついた病院から……」
 「どんな事件だったんです?」

 T氏はまず、刑事になったことについての身の上話からはじめたのである。
 「わしが警察官になったのは、戦後すぐの昭和21年のことだった。兵隊帰りでな。巷
(ちまた)では闇が流行(はや)っていた。進駐軍が幅を利かせおってなァ、職業も限られていた。そこに警察官募集の張り紙を見て応募した。警察官も少ない時期でなァ、受験すると殆ど無試験に近い状態で警官になれたよ。
 当時、兵隊友達と一緒に福岡県警を受けたんだ。すると合格通知がきて、すぐに警察学校に入校せよと言う辞令書が来た。それでまず一年間、そこでみっちりと鍛われた。
 その後、交番周りを遣って、次に本署に行きになり、刑事を命じられた。それから定年1年前の54歳まで働いた。1年早く退職したんだ。そうした方が恩給も高いしな。当時、警察官の定年は55歳だった。
 ところが50歳になると、上から退職するように進められるんだ。それで50歳で辞める者も多かった。
 もう55歳までの者は殆ど残っていない。残れるのは警視以上だからな。地方公務員である、わしらのような警部以下は、50歳になると、肩叩きされて半ば強制的に退職をしいられる。それで、殆どが50歳頃で一足早く辞めていく。
 退職後の人生は、警察OBが遣っている遊戯協会
(パチンコ業界)か、ソープランドのような風俗産業、また警備会社か、あるいはこうした葬式屋の死体処理係だ。わしは、こちらの方が短時間で、一回の日当も高いと言うことで、もう3年以上やっている。こればっかりは、素人では無理だし、簡単には扱えないからな。
 屍体
(したい)を扱うには、死人を恐れないという特殊なの才能がいるんだ。
 かつての武芸者は屍体を恐れなくなると一人前と言われた。だが、道場稽古の竹刀剣道ではこの才能の有無が分らん。真剣で斬り合ってはじめてその才能の有無が証明されるんだ。竹刀剣道では、これが判明しない。
 世の中には、道場稽古では矢鱈強いが、真剣ではさっぱりという剣士もいるが、逆に道場稽古ではさっぱりだが、真剣や刃物を持たせると急に人が変わったように強くなるという剣客もいる。屍体を扱えるのは、後者の方なんだ。後者は屍体を検
(み)ても驚かず、平気で扱える才能があるんだ。
 また幾ら鍛練しても、屍体が恐くて扱えないという人間がいる。これは屍体を扱う才能がないんだ。
 勿論、死人は怕
(こわ)いという先入観もあろうが、死人が恐いのは、匂いと体色、それに死んだときの最期の状態なんだ。何しろ昨今の死体は、自然死ばかりではないからな。
 九割以上は事故死で、その中の半数は、若い場合、病死でなく交通事故死だ。それに滑落などによる顛落死
(てんらく‐し)など。この交通事故死や顛落死だけは流石(さすが)のわしも、閉口させられる事がある。グチャグチャと言うより、ベチャベチャだからな。潰れて原形を留めていないんだ。首から下だけの場合もある。半分に切断されてしまった場合もある。そういうケチャップを見ると、その日の飯は不味くて喰われんのだ。分かるかね?」
 T氏は長々と屍体について語った。

 「分かりますとも」
 「岩崎君は、もう、そういうのと対面したことがあるのか?」
 「はあ、何度か……」
 「こりゃ驚いた。もう、その歳で地獄を見てきたと言うわけか。そうだろうな、そうでないと葬儀屋の死体処理係なんぞ、出来る分けないからな。道理で……」納得したように言うのだった。
 元刑事のT氏は、その先の言葉を濁した。なぜ、「道理で……」と言ったか、私には分かった。
 既に私が、修羅場を歩いてきたことを肌で感じ取っているのだ。私が地獄を多く見てきたことを知っているのだ。元刑事とはいえ、刑事と言う職業は、凄いものだと思った。勘が鋭いだけでなく、人間の素性を肌で感じ取ることが出来るである。

 「さて、どこまで話したかな。ああそうそう、死姦の話だったな。
 女犯……、則
(すなわ)ちだ。僧侶が戒律に背いて、女と肉体関係を持つことは“女犯(にょぼん)”といってなァ、厳禁なんだ。だから、寺には小僧を置く。あるいは寺の行事には、必ず稚児(ちご)を参加させる。
 稚児は寺の行事や祭礼には必要不可欠な存在だからな。幼児のような男子に美しく着飾らせ、普通、5、6歳から12歳までの子供が、これになる。
 時によっては、神霊を降臨させる場合にも必要とする。こうした稚児を“憑坐
(よりまし)”とか“尸童(よりまし)”という。僧侶や祈祷師が神霊を招き寄せて、乗り移らせたり、託宣を告げさせたりするために伴う霊媒として、童子を使うんだ。しかし、童子の役目はこれだけではない。
 ご存知の通り、寺では女人を抱くことは、戒律で厳禁されている。だから僧たちの相手は、この稚児がつとめる。しかし、やはり僧も人間だ。人間の男だ。そこで男色だけでなく、女人も抱いてみたいと思う。自分が死ぬ前に、一度でいいから女人の肌に触れてみたいと思う。
 わしが先輩から聞いた話は、念仏宗の有髪僧だったが、これは戦前のことでなァ。この坊主が、ついに妄想が妄想を生み、狂ったと言うんだ。それは女犯をしてはならないとう強迫観念があったんだ。
 浄土宗とか浄土真宗と言うのは、法然や親鸞以降、僧の妻帯を認めてきた。だが、中にはこれを“戒律破り”と嫌って、独身で押し通す者もいる。
 この事件は、こうした強迫観念を持った僧が起こした事件だった。
 この僧は頑
(かたくな)に妻帯を拒んできた。それはだ。屍体に惹(ひ)かれるものを感じていたからだ。
 狂えば、人間の死体は不思議にも生きた人間を惹
(ひ)き付ける磁力のようなものがあるという。
 そこでこの有髪僧は、女を犯さずに、女を抱くことを考える。それが死んだ女の死体だった。だいいち生きた女を強姦すれば、騒ぐであろうし、犯行後は官憲に訴えよう。ところが死体は違う。
 一番ありがたいのは、屍体は絶対に喋らんということだ。ここに目を付けて、夜中、自分の寺の墓地に埋めた死後一日未満の、若い女の墓を桑で掘り出して、土の臭いのプンプンする屍体を抱いたそうだ。
 その死姦の味が忘れられなかった。そして次に若い女を襲い殺した後に犯した。これを度々続け、連続殺人事件となった」
 「もう、完全に狂っていたのですね」
 「いや、狂っているかどうかは分からない。何しろ射精したんだからな。これができるのは、あるいは狂ってないのかも知れない。感覚器が正常に働かんと射精はできんのだ。怕いのは、ここなんだよ。
 この怕さ、どこか三井寺の智興上人の話と似ていると思わないか?」
 「まさに猟奇ですね」

 私が猟奇といったこの時代、大久保清連続殺人事件が起こった。
 この事件は、群馬県高崎市の大久保清
(当時36歳)が起こした強姦及び恐喝などの事件である。
 大久保はこの罪状により、府中刑務所で約三年八ヵ月間、懲役刑に服していたが、昭和46年に仮出所して帰宅した。ここから再び事件が起こる。
 ベレー帽にルパシカを着て芸術家を装い、35人の女性を強姦し、そのうち8人を殺した。そして8人の女性が殺されるまでの期間が僅か41日間だった。
 私が葬儀屋でアルバイトをした直後に、この事件が起こった。

 「猟奇だから、人間の脳と反応して、何者かが惹
(ひ)き寄せるんだ。同じ意識は、同じような脳に反応するからな。そしてだよ。もし、その惹き寄せた者が、このように囁(ささや)いたとなるとどうなるか?……」
 「何をです?!」思わず訊き返した。
 「つまりだ。人間とは、どうもがいても死ぬるまでの命よ……とだ」
 「もし、そのように囁かれたら、あるいは狂うかも知れませんね」
 「その通りだ。狂う、確か狂う。屍体を犯したくば、なぜ殺
(や)らぬとね。生きた女を殺らぬ。死ぬまででないと、死姦はできぬ……とね。そう囁くんだ」
 「もうそうなると、神も仏もありませんね。神仏に仕えようが、鬼に仕えようが、結局は同じですからね。一生は一生ですからね。だから、死姦する……」
 元刑事は怕いことを言った。
 「そうだ。女の肌と、女の陰
(ほと)を持つ条件は、屍体も生体も変わりがないんだ。人間はこの感覚が、何十年と長い間、修行しても、なかなか卒業できないんだよ。切っても切れない罪の意識と、肌の意識はどこか似ていると思わんかね」
 この、元刑事の言っていることは、例えば屍体を犯すことで、犯行者は「屍
(かばね)に血を零(あや)す」ような優越感を感じているのだろうか。屍体に跨(また)がることで快感を得ているのだろうか。
 つまり、屍体そのものに、恥を加えるという猟奇から起こる官能を味わっているのだろうか。その感覚がなければ、決して死姦を犯す男は射精できまい。

 「それは多分、呪詛
(じゅそ)のせいでしょう」
 「君はおもしろいことを言うなァ」
 「物には名前があります。女と言えば女になるし、男と言えば、それは男になる。人間界の人間は、天地開闢
(かいびゃく)以来、その後、生命を受けてこの世に誕生します。そのときに呪詛が懸かったのです」
 「なるほど……おもしろい考え方だ」
 「呪詛が懸かった時、心までもを人間は搦
(から)め捕られてしまったんです」

 このように話している時、遠くから「お願いします。納棺いたしますからお願いします」と声が掛かった。
 いよいよ私たちの出番が始まるのである。
 私は、まず手術用の薄いゴム手袋をはめ、次に白い手袋をはめた。



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