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旅の衣を読むにあたって
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旅の衣・前編 44

爽やかに、涼やかに、こだわりを持たずに、さらりと駆け抜ける中に清々しい理想郷がある。


●人接、春風の如し

 とうとう桜井さんが蹤
(つ)いて来てしまった。迂回策で振り切ろうとしたが、詭弁は通じなかった。
 このご婦人、私の行動に、監視の眼を弛
(ゆる)めないのである。仕方がないので好きにさせた。
 まず、それは土曜日の午後に始まった。この日の午後、道場の子供たちが続々と集まって来た。道衣のみならず、勉強道具一切合切持ち込んでである。この持ち物には親の期待が掛かっている。日本は相変わらず学歴社会であった。しかし、学力となると疑わしくなる。

 かつて蒋介石は日本人を名指しに「最高の学歴、最低の学力」と指弾したが、私はこれを否定しない。
 西暦二千一年を過ぎた今の日本人を表するなら「最高の知識、最低の常識」と言えるだろうか。
 日本人の常識、特にモラルや日本語は最低の状態に低下し、言語にしても、連綿と続いた日本語の言霊は完全に狂っている。特にその発音は甚だしい。
 イントネーションの語尾を跳ね上げて話す日常会話から、政治家や有識者らが話す日本語には、奇妙な「舌足らず」の幼児現象が顕われている。それはテレビなどを視聴すると明白になる。正しい日本語を正確に喋れない政治家、同じようなアクセントの幼児言葉が取れない大学教授や文化人。
 このような言霊異常現象を考えると、この国も、外国に魂を売り渡す最終段階かと思ってしまう。
 言霊学では、外国を「邪神界
(がいこく)」と書き、言葉を「光透波(ことば)」と書くのを読者諸氏は知っているだろうか。

 話を戻す。
 五月半ば。私の計略した行掛けの駄賃を含む、山師の策が実践された。
 まず費用を徴収する。これを後回しにすると、私はエンジンが掛からないのである。集まった額に応じて敏感に反応する。多いと愉快になり、少ないと不機嫌になる。この性格をいいとも悪いとも言わない。心の根底に潜む、誰もが持っている損得勘定であろう。これを私は否定もしないし、肯定もしない。金に躍っている自分を知るだけである。だが、世の中には「金が総てではない」という人が居る。私はこういう嘘つきには猛然と反撥するのである。もし、金が総てでないなら、なぜ損害賠償を求めたりするのだろうか。
 この世の中には、金以上で解決する手段がないからである。
 金が総てでない。このように言い捨てるのは易しい。
 しかし、交通事故を起こした加害者が、被害者に金が総てではないと力説して、では「お金は要
(い)りませんよ。あなたのその真剣な、誠心誠意だけで結構ですよ」という被害者やその家族がいるだろうか。
 事故を過失で起こした加害者の誠意を理解する被害者など、この世の中には、そう多くない筈である。人間は他人
(ひと)の誠心誠意が理解できるほど、進化していないのである。
 この世は、愚人で動かされている。
 これが、これまでの人類の歴史で感得されている事実である。
 人間は金を介して以上の解決手段を、まだ発見していないからである。世界最高システムと言う民主主義の世の中にあっても、民主に主権があるとした、この現代社会にも金を介入させずに解決の糸口を見出していないのである。

 それを明確にするのが、陋規と清規
(正規)の雲泥の差である。陋規は裏街道の世界に属するものである。しかし、清濁併せ呑み、善悪綯い交ぜの人間界にあって、清規だけが用いられ、陋規は蔑ろになれているという現実は観測できない。幅を利かせているのは、まさしく陋規である。ゆえに「陋規」を知らねば、「水清ければ魚棲まず」の愚や蛮が理解できないのである。だがこれは人間共通の仇(d)と一蹴するの早計である。短見である。

 人民中心、民主主権の人の世には金銭の介入なしに何一つ解決できる事柄はない。常に、いつでも何処でも金銭が介入している。その介入を無視して生きている人は、もはや聖人の域の人である。
 私は底辺の俗人だから、金と聴くと、露骨に、大いに転んだ。
 ために、今でも「あいつは金に穢い」と指弾されている。
 「金に穢い」は些か抵抗があるが、では「あなたはどうか」と訊きたい。あなたは金を完全に無視できるだろうか。過失を一切赦し、総て赦す式で、右の頬を差し出した上で、左の頬を差し出せるだろうか。人間がそこまで進化するには、数多くのステップを踏まねばならないが、さて読者諸氏はどう思われるだろうか。

 更に話は戻す。
 陋規で頭の中の一杯な私である。
 道場の坊主どもの持参した金が乱舞した。
 私の最高の幸せの感じる一瞬である。私はエエカッコシーではない。その表現を露骨に顕す。根が正直だからだ。自分を作れない。金が乱舞して、これに不機嫌になる人が居るだろうか。

 「あなたって、本当に山師なんですねェ」
 「失望しましたか」
 「いえ、呆れました」
 「呆れるのは、まだ早いですよ」
 「あのね、岩崎君。これまでのハラハラ・ドキドキの上に、更に呆れることがあるのですの?」
 「これは、ほんの博多俄で言うのは寸劇。寸劇、わかりますか?」
 「分りたくありません。これからも、ずっと」
 「それでは、結局、ユークリッド平行線ですよ。何処かで交わりましょう」
 「あたくしは、その現場の交点に居たくありませんの」
 「しかし、これがその現場です」
 「ん、まあ!」
 「しかしですね、岩崎としては、桜井さんの意に出来るだけ添うよう妥協点を模索しております。岩崎は、他人を薙ぎ倒して、利益を得るような阿漕の真似は、出来ないのであります。そういう最低の綱渡りはしたくあしません。ごく普通に、ごく自然に、ユーザーのニースに答えて、奮闘努力するだけであります」
 「もしもし、岩崎君。あたくしには、あなたの、一度で物事を複数考える、マルチ方式が難解で、全く理解できませんの」
 「そこまで、頭脳明晰な桜井さんともあろう方が、謙遜するのは無用です」
 「あたくし、全く謙遜しておりませんわ。理解できないと申しているのです。出来れば、図解かなにかで解説なさって下さらない?」
 「桜井さんも、中々しぶといというか、したたかですなァ。これは言うなれば、男と女の人体構造の違い。医学者の桜井さんに、こう申しては甚だ僭越
(せんえつ)でありますが、要するにこれは、彼(か)の偉人がですなァ、『落日平台のうえ、春風に茗(めい)を啜(すす)るの時』と申しまして、これこそ男と女の人体の構造の違いでありますまいか?」
 「そんこといわれても、全くこれまで以上に理解不能です」
 「おや、頭脳明晰な桜井さんともあろう方が、そこまで居直られますか」揶揄うように訊いてみた。
 「もう、バカ・バカ!」
 「それは短気です」
 「?…………」
 「江戸期の歌人、橘曙覧
(たちばな‐の‐あけみ)は言うではありまんか」
 「どんなこと?!」衝いて来る。
 「楽しみは、乏しきままに人を集め、酒飲め、物を喰えというときと。
 不肖、岩崎はこういう世界に生きる風流人擬きでありまして、『富貴あえりといえども、享
(う)けんと欲しても不可なり』の凡夫でありまして、苦肉の策と申しましょうか。かくして此処に至った次第です」
 総て受け売りの耳年増情報である。耳年増からの鸚鵡返しである。
 「要するに、馬鹿騒ぎがしたいだけなのですね?」

 この場合「さようでございます」と嘯
(うそぶ)けば簡単だが、そこまで、底は見せたくない。
 斯くして、家庭教師の行掛けの駄賃に、馬鹿騒ぎを付随させただけであった。規模としては小さなものであったが、内実はその程度でない。駄賃に釣られて、そこに注視してくれれば、という魂胆が肚にあった。
 話術では、「裏を見せて、本命の表を隠す」という妙技である。これが暴
(あば)かれなければ、話術の妙と言える。

 格言に「二兎を追う者は一兎をも得ず」というのがある。これは英訳されて"He that hunts two hares at once will catch neither."となっている。
 では、三兎ではどうか。それについて回答がない。
 三兎。
 一つは表向きの道場一泊合宿。二つは門司の資産家子女への家庭教師、そして三つは指導料の時給一万五千円という高額料金である。それは常人には理解できない陋規価格といえた。陋規は理解する人が少ない。それゆえ知られてはならないものである。
 私には常人に理解されない異常性の側面が余りにも多過ぎた。これを奇人と捉えるのは早計であろう。

 『論語』に、孔子と子貢との間に交わされた「貧乏問答」と言うのがある。
 子貢は師匠の孔子に訊く。
 「先生、人は貧しくとも卑屈にならず、また人に諂
(へつら)ったりもしない。逆に金持ちであっても少しも威張ることがないという人物の態度はどうでしょうか」
 これに孔子が答えて曰く「それは悪くないが、貧しくとも道を楽しみ、富んでも礼を好むには及ばない」と諭した。
 全くである。
 「貧にして楽しむ」
 私は、こういう考えはいいと思うのである。
 『酔古堂剣掃』には「貧士の客好き」というのがある。
 これによると、貧者が客が来ると、自らは何もないくせに無闇に酒を出して、飲め飲めと進めたり、また議論をしたがるというのである。そうしたことが嬉しいのである。そういう貧者の家には同類が押し掛けて来るのである。そしてこういう家の女房に限って、妻君はよく出来ているのである。客が来ることを嫌がらないのである。だが、今日の個人主義真っ只中にあって、こうした客が押し掛けて来ることを好まないご婦人方は殖えた。貧者の亭主に、一生苦労して付添っても報いられないことを懸念するご婦人は多いようである。
 だが、世の中には変わった人も居る。極めて少ないが、報いられないことを覚悟して、時としてホーソーンの妻のような女性が顕われて来る。
 『緋文字』で有名な、アメリカの小説家のホーソーン
(Nathaniel Hawthorne)の夫人ソフィアは、徴税官をしていた亭主が管制改革で解雇されて浪人になったとき、亭主は女房が厭な貌をするかと懸念していたのだが、女房は亭主の解雇を知って「ではこれから、また好きな本が書けますね」と嬉しそうに答えたという。
 亭主は「そりゃァ、そうだが本を書いている間が立ち行かない」というと、「そこはそれ、ちゃんとこういうふうに」と、これまで貯め込んだへそくりを見せたという。これこそ、妻の鏡と言えるような女性で、世の鈍妻や悪妻に悩む亭主にとっては、涙の出るような話である。それからホーソーンが奮闘して『緋文字』を書き上げたことはよく知られるところである。

 人間は安穏生活に馴れ過ぎると、二種類の人間に分かれるようである。
 一つは文明に頼らすには生きられない人間と、もう一つは自分の置かれている立場に見切りを付け、新たなことに挑戦する人間である。だが、それも理解者があってのことである。
 人は、文明が爛熟
(らんじゅく)し、頽廃し始めると、人間は野性味を失っていくから、その反動が起こるのだろうか。
 所謂
(いわゆる)「野性に戻れ」である。その願望が一致した場合、金でも買うことの出来ない「奇妙」を人は探し求めるらしい。十把一絡げの同一線上のドングリの背比べを好まない人間が出て来る。由紀子もそういう種属に、分類される人間なのだろうか。
 季節は春闌
(はるたけなわ)から、もうそろそろ初夏を迎えようとする晩春の季節だった。


 ─────ある日のことである。
 遠くから男の声がした。数人の男たちが、誰かを追いかけていた。それが段々こちらに近づいて来くる様子だった。
 誰かが、「その男を捕まえてくれ。泥棒だ!誰か捕まえてくれ!泥棒だ!」と大声を張り上げた。
 また数人の男たちが大声を張り上げながら、五十柄身の異様な風体
(ふうたい)をした男を追いかけていた。
 追われている男は、労務者風らしい作業服を着こみ、薄汚れて風采
の上がらぬ恰好をしていた。その恐ろしく歪(ゆが)んだ顔をした男が、猛烈な勢いで、こちらに向かって突進してくる。そして、その後を五、六人の店員風のワイシャツにネクタイをした男たちが追いかけていた。彼らは口々に大声で叫んだ。

 「そこの人、そいつを捕まえてくれ。その男だ!」
 追われる男は、雑踏
(ざっとう)を手荒くかき分けるように、人込みの中を半ば強引に駆け抜けていた。何人かの人の肩に、その男がぶつかり、誰かが倒れそうになった。
 そして、男は逃げ切れないと思ったのか、ポケットから果物ナイフを出して、振りかざし、悪態
(あくたい)をついて居直った。
 「こら!お前ら、近寄るんじゃない。これ以上、俺に近寄るな……!」と上擦
(うわず)った声で怒鳴った。この声は動転し、その興奮が絶頂に達しているように思われた。
 そしてこの男の行動に、周囲の通行人は目を留めた。瞬
(またた)く間に、人集(ひと‐だか)りが出来た。
 事態は逼迫
(ひっぱく)していた。
 それは一瞬の隙
(すき)を衝いた出来事が起こったからだ。
 追われていた男が、その周囲にいた、五、六歳くらいの幼女を突然抱き寄せて捕まえ、何と人質
(ひとじち)に捕(と)ったのである。一瞬の出来事であった。
 怕
(こわ)さのために小さな少女は、訳も分からず泣きわめいている。
 その子の母親らしい人も、これをどうすることもできず、ただおろおろして、
 「誰か……、誰か、子供を助けて下さい。お願いします」などと大声を出して、狼狽
(うろた)えていた。
 「子供を離してやれ。これ以上の犯罪を重ねるな!」追跡者のネクタイが、こう叫ぶ。
 「……やかましい。俺に近付くと、子供の命はないぞ」その声は混乱の極致にいた。
 「子供だけは離してやれ。子供には関係ないじゃないか」と、誰かがそう言うと、
 「黙れ!この子は俺が関係ある……。人質だ。もっと下がれ。近付くな……」と、兇悪ぶりを露
(あらわ)にした。
 窮鼠
(きゅうそ)に似た、後先を考えない、追い込みと緊張が招いてしまった結果である。
 周りの人達は、如何ともし難い状態だった。口々に子供が可哀想だと言いながら、誰もこれに介入しようとはしない。ただ外野席から、呆然
(ぼうぜん)と事の成り行き見ているだけであった。多くは傍観者(ぼうかん‐しゃ)だった。野次馬だった。

 この日、私は由紀子の勉強につき合わされて、市立図書館からの帰りに、この現場を偶然にも通りかかったのだった。そして、この事件を目撃することになった。
 やがて車の屋根に回転灯を赤い点
(つ)けたパトカーが、けたたましいサイレンの音とともにやって来た。その中から二人の警察官が降りて来た。その階級章から、二人のうち、一人は三十過ぎの巡査長、もう一人は新任のような若い巡査であった。
 まず警官が説得にあたった。いろいとろ問答しているが結着がつかないようだった。そして男は、ますます窮鼠
(きゅうそ)の色を濃いくした。これでは逆効果である。追い込んではならない。

 警官が既に腰の拳銃に手を掛けようとしていた。正当防衛を理由に拳銃を抜くらしい。
 私はこれを見て、《馬鹿な?!》と思った。此処はアメリカではなく、日本なのだと思った。
 たかが貧弱な果物ナイフを持った者に拳銃で応戦するとは、狂気の沙汰だと思ったのである。
 本来、警察官が拳銃の使用を認められているのは、犯人の逮捕に際しての逃走の防止、自己または他人に対する防護ならびに公務執行に対する抵抗の抑制等のためであり、必要であると認める相当な理由のある場合に限られる。またその事態に応じて合理的に必要と判断される場合に限りである。
 このことは警察官職務執行法第七条に定められている。
 更に、各警察本部で細かい規定が作られ、例えば撃つ場合は、予
(あらかじ)め撃つことを相手側に警告しなければならない。その場合、一発目は暴発を防ぐ理由から空砲で撃ち、二発目は空に向かって撃ち、三発目はこれを撃つ場合は犯人に銃口を向けたとしても足を狙って撃つなどの取り決めである。
 したがって余程のことがない限り、犯人の躰を狙ってはならないのである。但し、こうした規定が煩く言われのは昭和56年
(1981)以降のことであり、全国の警察官が拳銃の発砲により死亡した数はこれまでに二桁に達している。
 そしてこの当時、そうした警察官の拳銃使用規定に厳格な規定などなかった時代である。

 「子供を離せ。卑怯
(ひきょう)な真似はするな!」と若い巡査が上ずった声で怒鳴っていた。
 母親が狂ったように泣き喚
(わめ)き、「どうか子供を助けて下さい。お願いします……」と犯人の男に哀願していた。錯乱の域である。
 この錯乱した母親の悲痛な叫びに、男は暫
(しばら)く考えていた様子であったが、観念したのか、子供を離した。
 「ナイフを捨てろ!おとなしく言うことを聴け!」と先輩格の巡査長が今度は怒鳴った。
 男は動転の局地にいたらしく、この言葉に従う様子がない。
 「俺がこうなったのは政府の所為
(せい)だ。政府の怠慢(たいまん)だ。政治の貧困が、このような俺を作り上げた。総ては政治が悪い!俺を恨むのだったら、この国の教育の無能を怨め。保守党の横暴を怨め」

 男は全共闘か、革新系の政治家が喋っているような“受け売り”を始めた。
 確かに政府は、人民に安らぎを与えるほど健全な政策は打ち立てていない。寧
(むし)ろ政治は腐敗し、いつの世も政治家達のスキャンダルは絶えない。近頃は泥棒と雖(いえど)も、政府の非を詰(なじ)り、政治の貧困を論(あげつら)う。そして犯罪者自身、自分の非には気がつかない。
 まともに額に汗し、8時間労働の仕事にありついている者より、泥棒か、強盗をするような人間の方が、政治の貧困を切実に感じ、汚職政治家の腐敗を肌身で痛烈に感じ取っているかも知れない。此処には違う形の政治の貧困があった。
 男の風体
(ふうてい)は地位も名誉も、何一つ、窺(うかが)わせるようなものはない。名を惜しむにも、惜しむ名が無いというのが、その貌の表情だった。
 だからこそ、泥棒までして非合法の手段でしか生きられないのか。
 もしそうだとすると、人質の子供同様、この男も政治の貧困から来る、ある意味での人質ではないのか。
 その時、若い巡査が空に向かって一発、威嚇
(いかく)射撃をした。

 「ナイフを捨てなければ今度は撃つぞ!」
 この現場に急行した警官二人は、このような事件を余り手がけた経験がないらしい。警官自身も、この男と同じ位、緊張をしているのである。
 この時、巡査長が男に向けて、両手・腰溜で拳銃を構えた。今にも射殺せんばかりの構え方である。

 (まずい!本当に撃つかも知れない)と思った。私の足は巡査長の前に進み出ていた。
 「僕に話しをさせて下さい」
 「何だね、君は?」
 「通り掛りの者です。3分以内に話をつけますから、僕に任せて下さい。もし、3分で話がつかなければ、僕も一緒に射殺しても構いません」
 このハッタリともとれる異様な私の申し出に、警官二人は気圧
(けお)され、唖然(あぜん)としたまま、道を開け、私の気迫に押しきられて仕方なく、これを黙認したようだ。
 周りにいた人達も、私の言葉を訝
(いぶか)しく受け取ったに違いない。
 私には、この男を取り押さえる自信があった。近寄って、当て身を入れ、押え込むには5秒もあれば十分だった。しかし、これを遣
(つか)わなかった。男に近付き静に話した。

 「もうこれで、お仕舞いにしましょう。ナイフをこちらに渡しなさい」
 私はその男の前に手を出した。
 「寄るな。近寄るな!……」声は慄
(ふる)えていた。
 色めく動顛
(どうてん)の気配は一向に収まっていなかった。興奮のためか貌が赧(あか)らんでいた。
 「さあ、ナイフを渡して下さい」手を出して、更に一歩近づいた。
 「やめてくれ、そんなに近付いたら、お前を刺すぞ!」
 貧弱な果物ナイフを震
(ふる)わせながら、男はなおも喚(わめ)く。
 「あなたには刺せませんよ」私は躙
(にじ)り寄(よ)っていた。
 「よせ、俺に近付くな。頼むからよせ。離れてくれ……」男の声は涙声に変わった。
 私は男の頼みを無視した儘、更に近付き手を差し出した。男の抵抗は、既に崩れかけていた。
 「どうか、そのナイフをこちらに下さい。あなたには必要ありません」
 「駄目だ、俺は泥棒をした。……罪を犯した。もう、犯罪者だ。兇悪な犯罪者だ。恥ずかしくて、これ以上生きていけない。醜い人間だ、此処で死んでやる」
 「心まで本当に醜い人間がいると思いますか!」

 男はハッとして、その場にナイフを捨てた。これで、この場は一件落着した。
 男はナイフを捨てる切っ掛けが欲しかったようだ。幸運にも男は、そのチャンスに恵まれたのであった。これで一瞬の寸劇
(すんげき)は終わった。これで博多俄の一件落着である。
 周りの見ている人達から拍手が巻き起こった。警官の一人が私の住所と名前をしきりに聴いたが、通りがかりの者とだけ言って、それ以上の返事を避けた。
 手に手錠を掛けられパトカーの中に押し仕込まれていく男が、私に振り返り、一つの質問をした。
 「俺のような、世の中の少しも役に立たないゴミは、一体どうしたらいいかな。生きていて価値があるかなァ」
 私は以前、山村師範のぽつりと言われた言葉を思い出した。そして、それを言ってやった。一切が請け売りである。
 「目が物を視、耳が物を聴き、手が物を握り、足が歩いて、わが身、一身
(いっしん)と成す。目は耳の視えないことを笑わないし、耳は目の聴えないことを恥と思うでしょうか」
 「うム?……」
 この言葉に男は満足したのか、そうでないのかは分からないが、目に涙を一杯溜めて無言の儘、深々と私にお辞儀をして、連れていかれた。
 人の世は、相互扶助であり、何かが循環しなければならないのである。この順環の中に不要なものは、何一つないと言うのが宇宙の玄理
(げんり)であり、不要か、不要でないか、それを気付くのは自分自身であるのである。あるいは人間を作り出した宇宙の創造主が決めることだろう。人間ではない。人間に不要なものは一切ないのである。誰もがその必要に応じて、ちゃんと役割を果たしているのである。
 この男は、果たしてこれに気付いたのだろうか。


 ─────私たちは車の置いて、ある駐車場に向かった。
 「今日は、あなたをちょっと見直しましたわ」
 「何を見直したと言うのです?」
 「今さっきの事件のことよ……」
 「僕は一度でいいから、あんな場面で、何か、カッコいい言葉が云いたかったのですよ、映画の名シーンのような……そんな言葉をね」
 「へッー、それって、腕に覚えがあって遣
(や)ったんじゃなかったんですか」
 「腕に覚えなんて、全然ありませんよ。実力的には全くのド素人」
 「じゃァ、腕に覚えがない人が、吾
(わ)が身の危険も顧(かえり)みず、ああした無謀な行動をなさったんですか?」
 「だって映画の名シーンですよ。こんなカッコいい名シーンに、颯爽
(さっとう)と登場した僕が、多勢の観客の前で、屁っ放(ぴ)り腰になったり、ビビッていたら“みっともない”じゃありませんか」
 「颯爽とねェ?……」明らかに疑っている返答だった。
 「だって、そうでしょ。僕は、いつも自分の真横に撮影のカメラが備えられ、そのカメラのケーブルが巨大劇場の大スクリーンに繋
(つな)がっていて、そこで五万人か六万人くらいの大観衆がそれを観(み)ていて、観客が、僕の演ずる主人公の、映画か、テレビドラマか、何かを観ているのですよ。僕はこうした事を、いつも想像するのですよ」
 私は、禅で云う「人は、みな主人公」である事を言いたかったのだ。

 彼女はこれに対し、「まあッ、何て逞
(たくま)しい想像力ですこと」と、半分驚き、半分ちゃかすように云った。呆れたと言う顔をしていた。
 「しかし、この逞しい人間の想像力が、この世の原動力になっているではありませんか。人間社会の文明の発達の影には、この想像力が源泉になっているのですよ」
 「それで、今のように、ハッタリのようなこと、遣
(や)ったというわけですの?」
 「だって、僕がですよ。こうした事件現場に通り掛かって、何もせずに通り過ぎてしまったら、この巨大劇場の観客はどう思いますか?」
 「そりゃあ、がっかりするでしょうし、面白くも、何ともないでしょうね。薄情な人だと思うかも知れませんわ。主役が無力な小市民を代表していてはねぇ」
 「でしょ。だから、主役の僕としては、颯爽
と登場する必要があったのです」
 「でもよ。もし犯人のナイフに刺されてしまうかも知れませんわ」
 「バカも休み休み言って下さい。どうして主役が殺
(や)られてしまうんですか。主役は絶対に殺られないんです。映画の粗筋だって、大抵がそうなっていて、危機に瀕(ひん)しても、それを跳ね返し、カッコよく立ち回るのです。そんなこと、あなただって知っているでしょ!」
 「ええ、よォーく、ご存じ申し上げておりますわ」
 呆れてものが言えないと言うばかりでなく、“映画やドラマのストーリーと現実は違うのよ”といいたげであった。

 「だから絶対に主役は殺られないんです、主人公は僕なのですから。もしですよ、主人公の僕が殺られてしまったら、巨大劇場の観客は、入場料を返せと怒りますよ」
 「でもね、大怪我したらどうしますの?」
 「例え、大怪我を負っても、そこで立ち上がって、演技を続けるのが主役の役目じゃないですか。観客はそうした、“どっこい”起き上がってくる主役に、拍手喝采
(はくしゅ‐かっさい)のエールを贈るのです。僕は主役ですから絶対に殺(やら)れないんです。これで“一巻の終わり”と言うことはないのです。どんな危険なことになっても、どんな窮地(きゅうち)に陥っても、必ず蘇(よみが)るのです、不死鳥のように……」
 「それって、本気でそう思っているの?……」
 「勿論です」胸を張ってみせた。
 「まあ、呆れた」
 それは私の頭の中が、単純明解というふうな、単純構造の単細胞を揶揄
(やゆ)したようでもあった。
 「今日は幸運にも、主役としてのチャンスに恵まれただけですよ、巨大劇場の観客も大満足でしょう」
 「どうしたら、そんな客観的な頭で、第三者の眼で、あなたは自分の姿を捉える事が出来るのかしら……ねェ?……」と半分馬鹿にしたような言い方をする。あきらかに、ちゃかいしていた。
 しかし私は、小さな外野的意見を意に介さず、「それは主人公を演じる僕の才能です」と断定的に言ってやった。これ以上の自信はないと云う言い方だった。

 「随分と自信がありますのねェ」
 「だって、映画が始まってですよ。主役が登場して、たったの2、3分で鉄砲弾に当たるか、刺されて死ぬような主役の活劇は、ぜんぜん面白くありませんからねェ。もしそうなったら、絶対に観客は怒りますよ。こんな、つまらない映画、観
(み)るのやめた、金かえせ!、とね」
 「じゃあ、今日の主人公の、あなたさまの演技は最高点が頂けたのでしょうね?」
 「はい、勿論です」更に胸を張った。
 「では、ところで、今日のお芝居の入場料は、お幾らで御座いますか?あたくしも、今日の最高点の、お芝居を観させて頂きましたもの。当然、お代はお取りになるのでしょね?」
 「そんなもの要
(い)りませんよ。だって、お代が頂けるようなものでもなかったし、博多俄並みのちょっとした寸劇(すんげき)でしたからね。僕は“短篇小説”や“ショート・ショート”の類(たぐい)には、木戸銭を頂かない主義なのです」
 「じゃあ、無料
(タダ)と云うわけですか?」
 「そう、今日はタダ。大人も子供も総て無料!」と何を血迷ったのか、気負って答えていた。
 何しろ、ここ一番を遣って退けたのである。予行演技としては、まあまあの出来であったからだ。

 「それはそれは、タダにしていただいて……どうも、と云いたいところですけど」
 「タダばかりじゃありませんから、その後、請うご期待を……というところでしょうか」
 「えッ?また何か……やるつもりですの?」
 「そのうち入場料がしっかりとれる、デッカい、臨場感があって、迫力のある、長編小説なみの大河ドラマ的な大芝居を見せてあげますから期待してて下さい」
 「この先、また、危ない綱渡りのような大芝居、やらかそうというのですか?
 あたくしにとっては、どれもこれも、デッカい、臨場感があって、大迫力で、スーパーサウンド付きの大河ドラマのような、大々スペクタクル映画を、今まで、散々あなたから、たっぷりと何度も、繰り返し観
(み)せて頂きましたわ。もう、入場料が払えきれなくなるくらいたっぷりとね!」
 「いやだなァ、そんなこと言って、からかっちゃ」
 「からかっておりませんわ。もう、これ以上の大スペクタクルも、大河ドラマも、寸劇も、どちらも固くお断り申し上げておりますのよ」
 「それはそれは……」
(欲がないですね。此処からが本番なのですが……)と云いかけて、先の言葉を失った。

 「ねえ?……」
 「はい?」
 「最後に言った言葉は、いったい誰の言った言葉ですの?」
 私の機嫌を取りなすつもりで訊いて来たのであろう。
 「師匠の言葉ですよ。その元は王陽明
(おう‐ようめい)ですがね」
 「王陽明て、陽明学
(ようめい‐がく)の……?」
 「そうですよ。僕は、あの教えを自分の行動原理にしているのです」
 「行動原理て……?」
 「知ることと、行うことは一体だと言う『知行合一
(ちこう‐ごういつ)』ですよ。人間は知識というものは、本を読んで知っているだけでは駄目なのです。その知識をはじめて行動に現して、その知識が生きてくるのですよ」
 「何だか、分かるような気がするけど……」と彼女は言葉を濁した

 私は久しぶりに爽快
(そうかい)な気分になり愉快であった。
 『人接
(じんせつ)春風の如し、 己(おのれ)にして秋露(しゅうろ)の如し』は、山村師範の格言である。
 人は、みな自分には甘く、他人には厳しい。山村師範はこうした人間の衆生
(しゅうじょう)を逆に取って、人に接する時は、「暖かい真心で接せよ」と言ったのである。
 容姿や身なりが見すぼらしいからといって、侮ってはならない。更に、自分自身には秋の露のように、冷たく厳しくあれとこの教訓は説く。魂を燃やし、その魂と戦う、己のあり方を教えているのである。
 次の日、由紀子は、この手の本ばかりを買ってきて、私にプレゼントしたが、本当は卑猥
(わいせつ)な官能小説を期待していたのだった。
 しかしこれが、ちょっとした寸劇の入場料だったのだろうか。



●高の知れた生き方からの脱出法

 世の中には「高の知れた生き方」というのがある。
 可もなく不可もなくという、当たり障
(さわ)りのない生き方である。程度が、種明(たね‐あ)かしされた生き方がある。その生き方は、自分一人の保身に趨(はし)る生き方である。
 ある意味で、波風を立てないから、お利口過ぎる生き方とも言える。
 この生き方を、私は決して否定するものでない。肯定もする。但し、それに徹した生き方が出来れば、それはそれで立派であし、平凡であってもいい。それも立派な人生の選択肢だろう。それだけで、もう立派な特技であると言えるだろう。
 しかし私のような社会不適合で、鋳型
(いがた)に填(は)められる生き方は馴染めなかったし、宮仕(みやづかい)が出来るほど、器用でも、要領よくもなかった。私に宮仕えは出来なかった。

 夢想家の私は、夢想するのが好きだった。何でも夢想するのである。
 例えば、運命や宿命までもを夢想するのであった。先を想像してみるのである。そして想像の先の魅力と言うものを考えてみるのである。一つの冒険心がそうさせるのだろう。
 私はこれまで多くの魅力ある人を見て来た。特に勇名を馳せた人である。そういう人は、仰ぐように大きな存在に見える場合が多い。

 しかし、魅力に満ちていた人が老いとともに魅力を失ったり、これまでの業績を称えられてそれに安堵
(あんど)したり、円熟を見せて好々爺になったり、孫に頬を弛めてだらしのない貌になったりしてしまうのは、何となく寂しい思いがするのである。それを新しい魅力と言う人もいるが、その魅力と言われた中に、突然病み出したり、思がけなくボケたり、また自分でそれを承知しながら自分を繕ったり、人によっては懸命に抵抗したり、諦め掛かったり、種々の様々な老いの姿を見せ付けられるものだが、いずれにせよ、物故(ぶっこ)したそれらの人々を振り返ってみると、人の生き態(ざま)に、死が繋がっている人生なるものを改めて知らされる思いがするのである。
 そして、そうした「老い」を観たとき、人さまざまだが、果たしてその人は苦しんだり、迷ったり悩んだりの中で、自分の運命や宿命を、どう解釈して来たのだろうかと思うのである。単に、生まれて来たから、死ぬまで生きてやったと思っているのだろうか。

 過去世
(かこぜ)から決まっている運命を「宿運」といったり、「宿命」と云う。予(あらかじ)め決められた人生のシナリオが運命である。
 一方で運命は自らで切り拓くものだと言う。自分の運命は自分で開拓するものだと言う。そのために努力が必要だと言う。
 だが、努力だけで運命は開拓できるものだろうか。この点は私にとって、甚だ疑問なのである。
 何故ならば、努力は必ずしも実るとは限らないからである。むしろ実らない方が多いのである。
 努力は虚しく散らされることもある。
 しかし、努力を放棄すると言う訳ではない。それでも敢て遣るところに人としての価値がある。
 人間はとことん努力を惜しまず、身を粉にしながら奮闘しなければならない。その背景に、少なからず成功の鍵は転がっているだろう。
 だがそれを掴むにしても、運命のダイナミックさと、陰陽の支配と、自分の生まれた「星回り」を命術によって知っておくことも無駄ではないだろう。

 私はこの宿命と云う、運命的な、例えば、対決などにしても、その決定を実に美しい実存だと思ってしまう事がある。これは避けられないから、また美しいのである。人間の、人知のレベルでは絶対に避けられないのである。それは天にあるからだ。
 だからある意味で、その美しさは山の頂に腰を降ろして眺
(なが)める、海に沈む夕陽くらいに美しいのであった。絶景と云うべきである。そんな赤が好きだった。赤い生命の色が好きだった。

生命の血の色を感じさせる夕陽。

 あの、赤々と燃える夕陽を見て、そこには神の如く頭を垂れて拝する神々
(こうごう)しさがあった。頭を垂れて、そこから発信される何かを感受すると、それはあたかも宿命として受容すべきものだと感得してしまうのである。
 私は、宿命と云う人間の眼に見えない「天」の支配を、夕陽の美しさに連想させてしまうのである。
 しかし、夕陽のように艶
(あで)やかな美しさは、人間にとって風のように吹き去って行くものである。二度と同じものは顕われないからである。そういう不条理なものを感得する事によって、この世は、天と云う人形師の糸に操られて運命を、また宿命を、全うさせられると言う現実に直面するのである。
 ところが現代人は運命とか宿命とか云うと、それを“非科学的”な思慮として一蹴
(いっしゅう)する嫌いがある。現代人こそ“非科学的”という言葉の好きな人種は居ないだろう。

 さて、人間の人知には当然ながら限界があり、それ以上の力が天から人間には働いているのである。
 人間の力で止められない現象に、また戦争がある。戦争は一旦戦争への歯車が回り出すと、これは人間の力では如何ともし難い。
 戦争反対のシュプレヒコールを挙げ、集団でデモンストレーションなどを行い、一斉にスローガンを唱和してみたところで、それに傾く動力の歯車は止められない。恐ろしい事だが、人知では無理である。
 一方、戦争でなくても、人間は自分の力で、自分の人生を設計し、設計通りに、あるいは計画通りに切り開いて生きると信じているが、これも現実問題としては無理だろう。眼に見えない力によって、人間は操られているからである。
 操られる力に、例えば天地の異変などがある。この異変の嵐が一旦吹き荒れれば、人間はただじっとして荒れ狂う猛威に身を任せて、それが過ぎ去るのを待つしかない。これに抗
(あらが)う力は人間にない。
 この事は、日本人以外の国民ならな誰もが承認して居る事なのだ。

 泣いても喚いても、どうにもならない事がある。これを宿命と云う。
 私はこれを「他力」と、山村師範から教わったのである。
 事実、柳生但馬守宗矩
(やぎゅう‐たじまのかみ‐むねのり)の著わした書に『新陰月見伝』には、この悟道歌が記されている。

たづねゆく道のあるじや夜の杖 つくにぞいらぬ月の出づれば

 この句を考えれば、杖とは自分の力で、まさに「自力」というやつである。
 この自力をもって、夜の道を歩くには、いままでは杖をついて歩いてきたと云う事である。これこそ、「わが心を成さん」とする行き方である。
 しかしである。一旦月が出れば、最早
(もはや)そんな杖などと言うものいらないのである。夜道は月の明かりに照らされて、明るくなるのである。暗いと言う観念があるから、暗い夜道には杖が必要だった。
 ところが、月が照れば杖の必要はなくなる。
 つまり、この場合、月の明かりは“如来の光”であり、この光に摂取されれば、自分の力である“杖”などはいらないのである。神の聖旨
せいし/聖上の趣旨で、天のおぼしめし、あるいはみこころ)によれば、自分を頼りにする必要はないのである。このように人間は、天より慈悲を受けている。恩恵が与えられているのである。その恩恵に有り難く遵(したが)えばいいのだ。

 則
(すなわ)ち、柳生宗矩は剣術の極意を「他力一乗(たりき‐いちじょう)」と見たのである。他力一乗こそ、人間の持つ宿命なのだ。宿命の働きこそ、「神一条(かみ‐ひとすじ)」に来ると言う。
 宗矩によれば、対峙
(たいじ)した相手が、どういう出て来るか、それは最早こちらの計らいでないと言う。どういう手で来ても、その時その場に応じて、咄嗟(とっさ)に、思いもしない手が出ると言う。それは頭で長々考えて、肚積(はら‐づ)もりで計算し、そこから一々手が出るのではないと言う。
 こちらに一切肚積もりがなく、「虚」に至って手が出るという。
 なまじ肚積もりがあると、躓
(つまず)く事になる。肚積もりで、相手の動きを読んだり、ああだこうだと考えていたら、相手がそう出なかった場合、行き詰まるのだ。却(かえ)って、自分の肚積もりに斃(たお)れてしまうのである。あるいは相手がこちらの肚を読まれ、裏をかかれて、こちらが倒されるのである。
 そして宗矩の謂
(い)わんとするところは、下の句の、

つくにぞいらぬ月の出づれば

 に注目しなければならない。
 宗矩は、月が出ればそんな自分の勘考や肚積もりは要
(い)らない。そんな力は無用であるとしている。
 したがって、雨が降れば傘を差す、寒ければ羽織をひっかける、暑くなれば単衣
(ひとえ)にするなどの、あらゆる手が、自ずから出て来ると云っているのである。
 天に任せる生き方を「他力一乗」と謂
(い)う。そしてこれこそ、肩肘の張らない楽な生き方だと云う。自由自在な、楽な生き方と、宗矩は云うのである。

 しかし、この悟道歌はこれだけでは終らないのだ。これには続きがある。

月と知らば闇にぞ月は思うべし

 つまり、月を知るのは「闇」が存在するからである。他力を知るには自力がなければならない。本当の月の明るさに、身を投じていれば、月夜と云う事さえ知らぬであろう。
 他力一乗で肝心な事は、真に任せきっていれば「任せた」という意識すら要らないといっているのである。真に他力の裡
(うち)にあれば、他力と云う言葉さえも要らないのである。
 他力と言うからには、自力と分類する、そうしたものも無用となる。絶対他力に任せきり、その「任せる」ことすら意識せず、他力すら知る余地がないのである。これを「任運
(にんうん)自在」という。人の作為を加えずに、そのままであることを差す。法爾(ほうに)ともいう。自然(じねん)ともいう。

 喜怒哀楽の人生に、泣いたり笑ったり、悲しんだり苦しんだり、怒ったり悔やんだり、あるいは独り呟
(つぶや)き“これではいかん”などと力んでみたり、“修行せねばならぬ”と叱咤激励したり、そういう事に人間は奔走するものである。しかし意識ある、肚積もりから起る修行は、自力の修行である。その背後には強迫観念が貼り付いている。
 これを宗矩は捨てろと云うのである。
 これは修行を捨てる他力ではない。修行に励む「他力」なのだ。

 私はこの時、山村師範から「他力一乗」を教わったのである。これは悟りに達するための、唯一の教えである。一乗の理
(ことわり)を明らかにすることこそ、修行の目的である。その為には修行に励む「他力」を会得しなければならない。努力する他力である。
 これが解れば、あくせくすることがない。力まずに、肩肘を張る事がない。そうした無意識の緊張である。
 今日の現代社会に見られるような、企業間同士の競争や、少しでも人より一歩先んじて、出世や地位を貪
(むさぼ)らなくてもいいのだ。野心をぎらつかさなくてもいいのだ。
 人間には運命の陰陽に支配される理があるから、それに抗
(あらが)って有利に振る舞ったとしても、結局、五十歩百歩で程ほどの活計(くらし)しか出来ない。勝っているようで、実は負けている。力んだところで仕方ないのだ。
 立身出世を窺
(うかが)ったところで、そこには、それだけの満足感しか求めようがない。それを超越するものはない。
 出る杭は打たれる。急激に発展すると、それだけ多くの反作用を喰らうことになる。現象界に作用と反作用の働く所以である。出過ぎたところで、落ち着く先は決まっている。

 結局、落ち着くところは、高の知れた活計への保身で、それを維持しようと守るばかりである。守りに入った人間は弱くなる。
 それは実は運命の側面で空回りを始めるからだ。その空回りの現実も見えず、結局は空しく費える人生の選択になってしまうのである。後を振り返った場合、空転の人生の中で、高の知れた路程を歩かされた事に気付くのである。大した誤差はなかったのだ。
 「他力一乗」を知らなかった所以
(ゆえん)である。力んだ努力は実らないのだ。
 力まないし全体の努力のみ、他力一乗が働く所以なのである。
 そうしたことを私は若い頃、『八門遁甲』の命術を学ぶことにより、兵法の境地から教わったのである。

 兵法は、また「平法」ともいう。この点が四柱推命や九星気学の占いとは違うところである。あくまで兵法である。実にシビアなものである。命は現実的なものである。それゆえ前向きの態度がいる。ために消極的になってはいけないし、一切を出し惜しみしてはならない。出す者は出さねばならない。出し惜しみしないところが、また天に通じる。だからケチはいけない。ケチっては天に通じない。進歩が望めない。
 老・病・死の過程では、進歩の足跡のみが天に通じる足掛かりとなる。
 人は誰でも老いる。その果てに死が待ち構えている。誰でも必ず自分に死が待っていることを知っている。ところが、自分の死は別物だと思っている。自分の死が信じない者が多い。そこに落し穴があると言えよう。

 『八門遁甲』の命術では、兵法として「死」について緻密に分析している。自分のことを知るように警告している。それゆえ術者は自分の死を覚悟する。
 そして不死を願うのとは逆に、自分の手にした権力に酔ってはならないと警告すら発しているのである。
 つまりこの術は兵法として自分は何を目指し、どういう死に方をするかを理解させ、それが一種の臨死体験に繋がっているようにも思うのである。
 死を知ると人間は慎み深くなる。謙虚になる。自然を検
(み)る観察眼が確かになる。
 兵法の説く、平に、思い上がらず謙虚に、慎み深く物事を検
て、自然観察する眼を命術は教える。ここに自然の変化を教える。そしてそれを検る眼を養うことをいう。こういう養った眼を見識といい、これは眼力に直結されるものなのである。覚悟の眼である。

 「平法」の教えは、単に素晴らしいだけでなく、活用して人生に活かして行くものなのである。そしてこの教えは、自分が伊達に歳を取って来たのではないことまで教えてくれる。
 また、独善、誤解、孤独、徒労、悲痛など、人間が人生において一通り経験するこれらの諸々も、敢えて良しとして教えているのである。これが超感情に辿り着く人生の軌道なのだとも教えている。問題は、常に分岐点に立たされる現実の中で、どう振る舞うかである。
 だがこれは受身でない。攻めであり、かつ能動的である。
 これは私流に解釈すれば、安穏とした可もなく不可もない日々を送るより、受難が待ち受けるそうした中に突っ込んで行ったとき、天はその人間の存在に改めて眼を留め、「他力一乗」の働く場を与えてくれるような気がするのである。
 私は、既にこのとき難儀の中に足を踏み入れていたのである。


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