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戦後の日本人は改造された! 1

戦後の日本人は改造された!





戦後の経済発展の裏には、やがて訪れる平成初期のバブル崩壊のシナリオが隠されていた。そしてその20年後、今度は「アメリカ発・世界同時不況」が襲った。


 戦後の“日本人”は、どうなったのか?!
 戦後の日本国民に外圧として取り組んだ課題は、自由・平等・博愛のスローガンに支えられた民主教育を日本人に培養する事だった。その培養によって、日本人は確実の改造され、日本人の家畜化工作は確実に遂行された。
 民主主義では“個人の尊厳”がしっかり保たれると言う。人間の命は地球よりも重いと言う。誰もが御伽話
(おとぎ‐ばなし)のような戯言(たわごと)を信じている。

 これは個人の存在の意味を明確にさせ、「人の尊厳を勝ち取る」錯覚を作り出すが、その実は、誰もが“ひとかどの人物”とされる政治システム下では、裏を返せば誰一人、重要ではないと言うことになる。重要人物など、この政治システム下では、一人ひとりの尊厳など、問題ではないのだ。

 これこそ「平等神話」に隠された、見抜けない階級が存在する証拠である。民主主義の主体になる「社会的平等」という表向きの“謳い文句”に多くの庶民は騙
(だま)され易い。この政治システム下では、裏で階級志向が明確になり、「民主主義国家では、市民は取るに足らない存在」であり、また「微生物視される存在」なのだ。そしてこれを動かすのは、“民主”の名を借りた国家権力を施行する高級官僚によって、この国は管理・監督されている。

こうした神域は「科学する自然管理」の下に、次々と失われつつある。

 そして今さらながらに言うまでもないが、日本列島は乱開発によって、古来より連綿と続いた神域や聖域は欧米思考の「科学する自然管理」に破壊された。つまり、神域や聖域の持つ「神霊的調和」が大きく狂わされたのだった。それと同時に、日本人の個々人が受け継いできた「霊的神性」も狂わされ、人体組織までもが乱れて、精神状態が不安定になる病気を次々に誘発している。その最たるものが、今日では「統合失調症」と病名が改められた、かつての「精神分裂病」であった。

 しかし病名は人権擁護の立場から改められても、病気そのものが改まったわけでない。この病気は、一昔前以上に猛威を揮い、日本の若い世代を直撃して、その精神的メカニズムまでもを狂わせてしまっているのである。
 その元凶を招いたのは、奇しくも明治以降の西欧の文化構造に問題があった。

 西欧の「科学一辺倒主義」は、日本人が好んで使う“科学的”という言葉に代表されるように、日本人の中途半端な無心論者達は、「科学的に改造され、騙
(だま)された構造」を作り上げてしまったのである。

 眼に見えない世界のものを「迷信」と決めつけ、これに侮蔑と一蹴
(いっしゅう)を加える事により、西欧の文化や文明を尊んできた。また、“科学的”こそ、自己を他と比較する上で、「唯一の優越感」になり得た。日本人の脳裡(のうり)には、この優越感が他と自己に格差を作る上で大きな重量を占めているようだ。

 それは終戦直後のGHQ
General Headquarters/日本を占領した連合国軍総司令部)の占領政策から始まった。
 連合軍総司令官のマッカーサー
Douglas MacArthur/太平洋戦争開戦時の極東軍司令官で、後の西南太平洋連合国軍総司令官。1951年朝鮮戦争処理問題で解任さる。1880〜1964)は、ユダヤ系アメリカ人のニューディーラーと言う若い将校のスタッフを使って、占領政策を推進し、戦後改革を行なった。この戦後改革は、対日講和条約発効に至るまでの間、猛威を揮ったのだった。その挙げ句の「日本解体」だった。

 この「解体政策」の中には、日本人が“自虐病”に罹
(かか)るよう仕向けられた。先の大戦を反省するような「一億総懺悔(ざんげ)」が仕掛けられ、この病気は脳裡の中で従属制が強く、大戦から六十有余年経っても、自虐病から回復する兆しは見られない。
 そして今日では「国際主義」の美名の下で、日本人は仕組まれて「欧米の優秀な奴隷」に成り下がってしまったのである。

 この効果は、日本の敗戦直後から始まった、マッカーサーの「占領政策」によるところが大きい。日本人は精神的にも物質的にも、また肉体的にも、思考能力的にも、改良され、彼等の優秀な奴隷に成り下がったのであった。そしてこの効力は今でも継続しており、その処方箋
(しょほう‐せん)が、二重、三重に仕掛けられた為、長い間が効力を発揮し、誰もが欧米になびき、夢遊病者のように欧米に従い、追随する流れに乗せられているのである。

 日本人ほど“科学的”という言葉が好きな人種はいないようだ。その一方で、文化的背景としては「社会科学」という文化的度合いを示す、貧困が横たわっている。この貧困の一つに、「世の中が悪いのは政治の貧困」とか、「生活が貧困に甘んじなければならないのは政治が悪いせいだ」とする、「一極・政治悪」に決めつけるところがある。
 こうした“だれだれのせい”とする思考も、日本人特有のもので、その背景には社会科学の貧困がある。

 そして政治の貧困や政治悪のせいにする根底には、「生活水準が低い」とか「経済的に厳しい」という現象を、もっぱら自身の物質的欲望の達成の為に、求めていう場合が多い。物がない、物が買えない、貧しい暮らしをしているといった現実を政治の貧困にすり変える考え方である。

 しかし一方で、生活水準が高まるにつれ、物質的欲望のゆえではなく、社会的欲望ゆえに求められる場合がある。
 そして金持ちと貧乏人との間に生ずる格差は、単に衣食住のような基本的欲求の充足程度に回帰されるのであるが、その格差が見られるのは、主に所得水準が比較的低い国に限ってのことである。
 その理由として、日本は今日でも不況の直中にありながら、意外と食生活は裕福であり、世の中には不況旋風が荒れ狂っているのであるが、日本中24時間営業のコンビニは至る所にあり、そして未だに飽食に時代の余韻を引きずって、多くの日本人は生活をしている。喰えずに、餓死したと言う話は最近殆ど聴かなくなった。

 つまり政治の貧困から来る日常生活は、実際には存在しないことになり、「食」に限って言えば、日本ではかなりの金持ちであっても、貧乏人であっても、ほとんど大差はないのである。そのくせ、ことあるごとに“政治の貧困”を揶揄してきた。
 これは流動的現実の把握が出来ない為であろう。
 また、個々人に巣食う日本人の、思考における非科学性も見逃すことが出来まい。

 この非科学性とは、社会現象を科学的に思考する論理的能力の欠如である。この能力が欠けている為に、“科学的”という言葉を乱発しながらも、その思考様式は、たかだか技術的レベルで止まり、局部的にしか判断する能力がない。
 名の通った最高学府の学閥で学び、そこの出身者であり、一見論理的能力を身に付けた人であっても、それは“一専門レベル”にしか過ぎず、全体的に流脈の解読をし、社会現象を制御対象と観て、これを考慮しつつ分析する思考能力は著しく欠如しているように思える。

 こうしたことが、戦後の日本人の流動的対処媒体に関して、面食らわせ、その判断が遅れ、新しい流動対象には右往左往するばかりだった。その流動的対処媒体こそ、GHQが仕掛けた日本人へのメッセージである「自由・平等・博愛」だった。特に日本人は「自由」と「平等」に感化され、これに入れあげた。

 戦後教育は、文盲がいなくなったと言う。これを教育現場の教師たちは、第一番目に自慢する。そして日本の義務教育は、世界的に検
(み)ても、そのレベルは高いと自負している。しかし自画自賛ばかりはしていられないのだ。
 確かに日本中何処に行っても、文盲らしき人は一般能力のある人には見受けられない。義務教育を受けた人の中に、文盲と言われる人はいないだろう。

 多くに日本国民は、誰でも確かに字は読める。これはアメリカの文盲比率に比べれば、非常に凄いことだろう。
 しかし、「文字が読める」という背景の裏には、“字が読めるだけで、頭の中は空っぽ”とか“自分で考え、判断することが出来ない”という人は多い。
 特に年齢が下がれば、この傾向が強くなる。その上、道徳心の欠如と、モラルのなさと、礼儀知らずの面と、精神的なレベルの低さは眼を覆うばかりだ。そして現代の子供達に、真の道徳や道義、礼儀や修身といったものを、親も教師も、殆ど教えられないとするのが実情である。

自虐的歴史観が左翼勢力と暴力主義思考を培養した。暴力革命を通じて、現体制を転覆させ、その逆転を狙って革命を起こすという考え方が生まれた。

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 戦後教育で、道徳や道義、礼儀や修身の変わりに教えられたのは欧米から持ち込まれた「自由」と「平等」であった。更に、「民主主義」の名の下に、異論を挟むことを許さない「基本的人権」ならびに「自虐的歴史観」であった。
 そして「自虐的歴史観」とともに、学校給食に持ち込まれた「現代栄養学のメニュー」だった。



●古来からの文化を改造された日本人

 文化というのは、その国の古来からの伝統であり、それはその国特有のものである。
 言語もそうした特有のものから成り立つ。
 したがって言語は、人間が音声または文字を用いて事態を構成する思想、感情、意志などを伝達するために用いる「記号体系」であり、然もその国特有の言語をもっていて、その儀法体系の中には独特の霊的なものまでもが包含されている。

 また文化は、その国特有の言語体系によって「文徳」で民を教化することをいう。
 つまり民は教化されることにより、その国では独特の文化を有し、それが教化とともに後世に伝達されていく。
 しかし、今日の日本文化は、どこかおかしくなっている。それは「日本人がおかしくなっている」と言ってもいいだろう。
 「おかしい」とは、“訝
(いぶか)しい”である。つまり「をか‐しい」であり“訝(おか)しい”のである。更には、変である、かわっている、怪しいなどを含む。

 その「怪しさ」の中に、日本語の乱れが含まれる。
 その乱れが著しいのは、「こだわる」という最近流行した言葉である。この、「こだわる」と言う言葉が実際に小中学校で使われ、話され、教育現場で現場の教師が指導しているか否かは定かでないが、日用語として普通に話されているのではないかと思う。
 それゆえ、「こだわる」という言葉を使いながらも、普通に話し、それについて違和感を感じないのかもしてないし、変だと言う自覚症状を持っていないのかも知れない。

 そうした現象は何処から起こるのか。
 世論を操作するマスコミからである。マスコミは公共の機関を使って、民に情報を伝達するだけでなく、加工した情報により、民を教化する影響力を持っている。今日では公共の電波を使ったテレビ局であり、またニュースを伝える新聞社である。この二つの報道機関の、民を強化する影響力は大きい。

 その強大な影響力により、元来無垢な民は、誘導によっても教化されることがある。左に傾くように進歩的文化人が「権威筋」として語れば、権威の言うことが正しいと思うし、現体制の権力筋の考え方で語れば保守にも誘導される。
 この誘導において、マスコミが公共の電波やその他の報道機関を使って、「こだわる」という語句を流行させた。現在も流行流で、その期間はロングセラーの観がある。

 それは誰もが殆ど深い考えもなく、バカの一つ覚えのように「こだわる」という言葉を連発させているからだ。この語句の根本の意味に、「さわる」とか「ひっかかる」という意味を含み、またそれは根本が、「拘泥
(こうでい)」という意味を含むからだ。
 拘泥は、小さい事に執着して融通がきかないことをいい、また「こだわる」ことなのである。

 この語を、NHKをはじめとして、民放までもが「こだわりの××」などと表現して、あたかも真っ当な日本語のように使いまくっている。
 特にテレビの影響と思われる「こだわり」という、おかしな日本語は今日では老若男女を問わず、使う。「こだわり」に何の疑問も抱いていない。自覚症状のないまま日本人は、うまく洗脳されたのだった。この自覚症状がないという現実が、また恐ろしい。
 あたかも集団催眠術を掛けられてように、ほぼ完全に洗脳されてしまったからだ。
 日本人の洗脳は、マスコミを通じて日本語を崩壊させることから始まったのである。

日本人は、美しい大自然を乱開発するように、精神的に心の中までもが乱開発されているのだ。洗脳されているのだ。そして精神的には、富貴から下賤へと一気に転落してしまったのだった。日本のこれまでの美しい大自然も、何処まで美しいままで維持できるのだろうか。
 日本一の富士の山の裾野に奇妙な違和感を感じさせる工場群のコンビナート。

 これは日本人の利益追求のエコノミック・アニマルぶりを克明にさらけ出している。剰余価値を利潤として、手に入れる経済体制の資本主義に入れ揚げる現実が招いた、最大の違和感である。大自然の「美」を採るか、あるいは物質的豊かさを求めて、便利さ快適さなどの物質的恩恵に満たされることを望むか、それは改造されていく根底に巣喰う大きな課題となっている。

 日本人がおかしくなっている。
 その背景には日本人の日本語がおかしくなっているからである。日本語は実に訝しくなっているのである。狂っているのである。それは言霊の狂いと同義である。
 言霊が狂っているから、自分は正しく、他は総て間違っているというような分裂的な考え方も生まれるのである。これこそ自他離別であり、その根本に日本語の狂いがある。

 日本人の言霊は、元来美しいものであった。美しい響きを持ったものが本来の日本語だった。その日本語は、権威筋のいちゃもんに始まり、その影響下で完全に狂ってしまったのである。またその背景には、マスコミの誘導があり、操作があり、更に左寄りに洗脳された言っても過言ではないだろう。そして物事の考え方が左寄りで、中道的あるいは中庸としての思考が出来なくなってしまっているのである。

 「中道」とか「中庸」という意識の標準も狂ってしまっているし、昨今のおかしな日本語は誰もが自覚症状のないままに、無意識に使われている。この症状に自覚を感じたり、疑いを抱くというのは殆どないようだ。今や、日本語は危うしなのだ。
 そしてその日本語を操作し、中道と中庸の基準線から大きく左に傾けて、これを「普通」と称しているのである。

 ここに日本人が戦後大きく改造されてしまった現実があるのである。
 しかし、狂うように改造された現実は、因果律にしても、逆因果律にしても、言霊を狂わせたのだからそれはツケとしてやがて廻って来て、代価を払わされるだろう。
 この世の現実には、「必ず代価を払う」という現実があることを忘れてはなるまい。



●エコノミック・アニマルという日本人の家畜化

 戦後の日本は商業主義に奔った。経済的な利益のみを追求する人種に成り下がった。精神的には、富貴から貧賤(ひせん)へと落ちぶれた。

 戦後世代の日本人は、戦争を知らないばかりでなく、自分達が欧米追随政策によって、深層心理の根底部分から改造されたことも知らない。
 情報戦のこの時代、日本人だけはマスコミ操作と言う現実を、殆ど理解していない。垂れ流しで無責任な情報を安易に信じ、隠された部分の真相を見ようとしない。

 したがって、日本人特有の「平面的二次元思考」は、欧米の「三次元思考」に搾取
(さくしゅ)され易い。自身では、経済的利潤を追求して、国際間を奔走しているようであっても、このレベルは所詮(しょせん)労働者に過ぎない。実態は、「高級奴隷」だが、奴隸であることの自覚症状がない。

 さて、日本人が世界の中で、エコノミック・アニマル
(economic animal)と称されて久しい。
 経済的な利益のみを追求する人を、皮肉ってエコノミック・アニマルと言ったのだが、この語に甘んじて、戦後の経済成長期を、「経済」のみで駆け抜けた日本人は、世界からの侮蔑
(ぶべつ)の目を余り気にしていないようだ。
 現代日本人の特有の生活スタイルは、不況下にあっても飽食であり、グルメ通を気取ったライフワークだ。その伝統は「団塊の世代」のみに止まらず、いまや「団塊の世代ジュニア」までに浸透した。

 誰もが経済優先の平均的な生活や、たかの知れた生き方を選択する為に、生活共同体の基盤となる会社組織に依存するのだが、この間に“猛烈社員”とか、“会社人間”と言う言葉も揶揄
(やゆ)された。しかし、一方で不景気下では、かつての猛烈社員や会社人間が、リストラの憂き目に遭っている。あるいは過労死で斃(たお)れた。
 では、こうした人間は、戦後どういう生き方を強
(し)いられたのだろうか。

 この実情を分析すると、出世欲や経済的に豊かになることを求め、その目標とするところは、出世街道を駆け上ることであった。
 多くの、ホワイトカラーを自負するこのタイプの日本人は、目標の“出世街道”を駆け上がって行く生活を基盤として、結婚をするにしても、早過ぎる結婚や、逆に、遅過ぎる結婚も警戒しつつ、こうした人物評定の傷害になる行動を慎
(つつし)んで来た。分相応な結婚を第一として、身分違いの結婚を敬遠した。目立たず、然(しか)も地味過ぎず、である。これこそが、現代日本人の特有のカラーであると言えよう。

 世の中には、出世街道を駆け上がる方程式として、常識的ではない行動をする者は、常に警戒され、排除されて来た。こうした人間は、リーダーとなって行くプロセスの中で、最高級の指導者たる者は、目立たず、地味過ぎずを全うする事であった。これが全う出来ない者は、指導者の資格なしと看做
(みな)されてしまうのである。

 したがって目立ってもいけないし、また、目立たなくてもいけないと言う矛盾した、中途半端な状態に置かれ、その中で「どっちつかず」を要求された。このように振る舞うのは非常に難しい事である。それでも「どっちつかず」を保守しようとする。これが現代におけるサラリーマンの実態ではあるまいか。
 また性格自体も、明る過ぎてもいけないし、また、暗過ぎてもいけないのである。雇用主の眼鏡に適
(なか)い、その適性とすると事は、悪い意味での「中庸(ちゅうよう)」であった。総てに中庸が求められ、ただ職務上、頭の切れと、記憶力だけが抜群であることを求められた。こうした条件下にある限り、出世街道を歩くことが許された。

 今でこそ、猛烈社員とか、会社人間と言う言葉はなくなったが、結局、会社第一主義の運命共同体の中で、体裁の良い、高級奴隷を遣
(や)らされている観が否めない。
 しかし、この多くの高級奴隷達は、自分が奴隸であることへの自覚症状がないようだ。そして自分は「エリートだ」と胸を張り、自称し、それなりの自尊心を持ち、“出世街道を驀進
(ばくしん)する一握りの人間だ”と自負して居るのである。これが「勝ち組意識」である。上は高級官僚から、下は上場企業に至るまで、このシステム下で運営されている。
 一方「負け組」は、窓際族に追いやられるだけではなく、リストラ候補としてリストアップされ、いつでも解雇されるような経済的不安定の中に置き去られる。

 こうして日本人の「家畜化」あるいは「動物化」は完了し、この中で生きる動物達は、自分達が動物であることの自覚が全く無いのである。そしてこうした環境こそ、動物達のとっては「安楽」であり、こうした環境の中で、一種の安楽的生活スタイルを追求するのが、今日の日本の、偽らざる社会状況である。
 同じ恰好をして、朝の満員電車に一時間以上も揺られ、やっとの思いで会社に辿り着き、成績のできばえでランク分けされ、そしてサービス残業までして夜遅く、ローンを抱えたわが家に辿り着く。朝早く出掛け、夜遅く帰り着く、一体「わが家」とは何だろうと思う。一日のうち、“わが家に居る時間は何時間だろう”と疑いたくなる。しかし、この疑いを抱かない、自覚症状を持たない人は案外多いようだ。
 誰もが家畜化された実情は、“自覚症状を持たないと”言う現実の中に包含されている。



日本人仮初の平和と繁栄を貪る日本人

 金融経済の混乱が招いた、“アメリカ発の世界同時不況”の中でも、日本人は比較的裕福の食生活をし、電気、ガス、水道、車、その他の高速交通機関などの“文明の利器”の恩恵に預かっている。そして日本人の食生活も、不況とは程遠い、比較的裕福な食生活を営んでいる。それは豊かさに代表される“飽食”に近いものである。あらゆる階層が、食生活に於ては裕福なのである。

 しかし、これまでの日本は、過去を振り返っても、物質的には幸運だったと言える。この幸運が、平和と繁栄を呼んだと言えよう。日本と言う国家は、世界でも稀
(まれ)な幸運な国家と言えよう。だが、これにも翳(かげ)りが見え始め、近未来は、楽観出来ない不幸が待ち構える暗示があることも事実だ。幸運はそんなに永く続かないのである。

 一方人間にも、運の“良い人”と“悪い人”がいる。国家も同じだろう。
 運の良い、幸福な道を歩いた国家と、悲劇的な災害や食糧難に見舞われ、自国民を奈落の底に陥れ、いまなお国内が騒然
(そうぜん)としている国家がある。
 その意味からすれば、日本はこれまでに類例がなかったくらいに、物質的には恵まれた、幸運な国家であったと言えよう。

 その一方で、この物質的なこの豊かさは、本来の日本人の精神性を退化させた。物に動かされ、利に奔
(はし)る、もう一つの日本人の側面を露(あらわ)にした。金銭至上主義の誘惑に負け、あるいは魅了された戦後の日本人の生き方がある。
 多くの日本人が、豊かさを約束され、便利さと快適さのある生活が当たり前になり、長寿までが自分のものになった現在、日本人の魂は“満たされている”と言う状態を見失い始めた。誰もが、「金銭」という“黄金の奴隸”に成り下がり、この為に朝から晩まで奔走
(ほんそう)している。別の意味で、重大な問題が起こり始めたと言えよう。
 これが「精神の貧困」である。精神的には富貴から卑賤
(ひせん)へと転落したのであった。

 日本人が築き上げた、“黄金の奴隸制度”によれば、貧困は「悪」であり、豊かさや快適さや便利さは、総て「善」なのである。医療制度の発達したこの国では、短命も、また「悪」なのである。長寿こそ、「善」であり、薬漬けにされて、生命維持装置の力を借りて生き続ける、こうした状態であっても、今日の医療からすれば、長生きは「善」と看做
(みな)されるのである。そして日本は、“世界一の長寿国”と自称している。

 こうした「善」は、仮初
(かりそめ)の平和と繁栄が齎(もたら)したものであり、物質面を網羅(もうら)したが、その逆に、精神は益々貧困になって行く実情がある。そして人間は、貧困な時に罹患(りかん)せず、物質的に豊かになって、何事かに苦しむと言う、不幸に見舞われだした。

 これこそ奇妙な不幸感であり、日本人が短命な時代には存在しなかった、生命維持装置の力を借りるなどの、生きる屍
(しかばね)としての残酷な晩年の登場である。死期に至っても、肉体だけが生き続ける残酷な晩年である。
 これをもって、長寿と自称する。何と恐ろしい長寿ではないか。
 こうした残酷な老後が、老人達の頭上に降り懸
(か)かろうとしている。いまや高齢化社会に突入した日本では、戦後生まれのベビー・ブーマーが、そのターゲットになろう。高齢者にも「精神の貧困」が蝕(むしば)み出したのである。

 心情として、日本社会全体が貧困に喘
(あえ)ぎ、誰もは短命に終るような社会を好むわけではないが、物質ばかりに囚(とら)われていると、“物で解決する”思考に傾く可能性は大きいだろう。また、こうした偏(かたよ)りは、単純かつ、浅はかな進歩主義者の幻影に振り回されるであろう。物質優先は今日でも猛威を揮(ふる)っているが、“物で解決する”主義に、引き摺(ず)られていい分けがない。

 かつて日本は「神国」と謂
(い)われた。“八百万(やおよろず)の神”の鎮座(ちんざ)する国だった。
 ところが太平洋戦争に負けると、物質崇拝や人間崇拝の国になってしまった。今日のように、芸能人が騒がれ、持て囃
(はや)され、タレントやスポーツ選手が羨望(せんぼう)の目で見られるのは、こうした「物質崇拝」や「人間崇拝」があるからだ。

 要約すれば、「物質崇拝」や「人間崇拝」のみが、個人を謳歌
(おうか)出来る個人主義であり、このエゴイズムこそ、アメリカの掲げた民主主義であった。民主主義とは、一握りのリーダーを多数決で選び、そのリーダーの指示に従うことである。それが良かろうと悪かろうと。したがって、リーダーを選ぶ国民が無能ならば、悪の多数決によって、“不適当なリーダー”も登場すると云うことになる。

 世界の中で日本ほど、政治理念の中にも、日常生活の中にも、神が不在である国は珍しい。国民全体を見ても、その大半は“中途半端な無神論者”である。その癖、盆や彼岸や命日には墓参りをするし、結婚式には神前か教会でぬかずき、仏式の葬式には寺に参り、大晦日
(おおみそか)は仏式で除夜の鐘を聴き、一夜明けて翌日には神道に俄(にわか)変身して初詣でをする。家を建てれば地鎮祭を行い、高校や大学受験には合格祈願をし、合格したらしたでお礼参りをする。

 また悪事を働いて刑務所に服くすれば、教誨師
(きょうかい‐し)の言に飛びついて、途端に懺悔(ざんげ)して仏門に帰依(きえ)し、出たら出たでこれまでのことはさっぱりと忘れ、ご都合主義に足並みを合わせようとする。
 外国旅行をすれば、他国の税関で「あなたの宗教はなんですか?」と訊
(き)かれれば、胸を張って「無神論者だ」と答える癖に、ガンなどの難病を患って末期ガン病棟に詰め込まれたり、死期が近付けば、秘かにポックリ進行などに興味を抱く。

 これこそが日本人の“中途半端な無神論者”の側面を如実に顕わしている。戦後の日本人の精神構造の中には、“不可視の世界”の神を絶対に否定する側面と、臨終の千仏来迎
(せんぶつ‐らいごう)に期待を寄せ、“死後の世界”を信じる側面とが同居している。

 神が存在しなくても、何とか遣
(や)っていければそれに越したことはないが、これから先の日本人の頭上には、“物で解決できない”様々な問題が降り注ぐだろう。

 「人はパンだけで生きることが出来る」から、「人はパンだけで生きるに非
(あら)ず」の真意を、これから先、実行して行かなければならないだろう。新約聖書の『マタイ伝』に記された言葉通りに、現代人は、物質的満足を求めて生きるのではなく、精神の充実をはかることが大切であると、気付かされる時代が来るであろう。この事実を“精神の貧困”は指摘するのである。
 そして、肉体と精神の飢餓感は、どちらも選び難いほど、辛いということも分かってくるだろう。その辛さは、その時になって、初めて痛感するのである。

 昨今の世界同時不況で、金融経済が危機に見舞われる前は、ある程度、「人はパンだけで生きる」ことが出来た。まだ、飽食の時代を満喫することが出来た。パンがあれば解決する手立てもあった。
 しかし、これまであった物が姿を消し始め、精神も貧困であると言う状況は、どういう問題が持ち上がるのか、見通しを立てる必要があろう。しかし、この両方の飢餓を救う社会的手段は、まだ見つかっていないようだ。
 そして、これは個人にとっても社会にとっても、非常に“困難な課題”が残されたことになる。



●島国日本人の戦争観

 日本とドイツは、先の大戦での同じ敗戦国である。似たような境遇の上で、戦後を生きてきた国民同士である。
 ところが同じ敗戦国でありながら、その思考力には天地に隔たりがある。
 何故ならば「ロシアに対する戦争観」である。日本人はロシアに対して怨念を抱く人は、満洲や樺太に置き去りにされ、日本軍の保護は求められず、旧ソ連
兵から強姦されたり、財産が奪われたり、親族が殺されたり、残留孤児を派生させる原因になった日ソ中立条約の不延長の通告により、旧ソ連軍の満洲侵入時の惨劇である。

 しかし、此処での惨劇を知る日本人は極めて少ない。
 むしろ今日においても、満洲に居た日本人の多くは進歩的文化人から、「当時満洲に居た日本人は、土着の中国人民より一等も二等も上の優越感を抱き、中国人民を見下して生活していた」と、揶揄
(やゆ)されるように叩かれる事である。

 しかし日本が満洲や樺太の所有権は日露戦争の結果からだった。日本海海戦などでの日本の勝利を経て、1905年9月5日、アメリカ大統領T
.ルーズヴェルトの斡旋により、ポーツマスにおいて講和条約成立した経緯による。日露両国全権がポーツマスで締結した日露戦争の講和条約が、つまり「ポーツマス条約」だった。

 日本首席全権は小村寿太郎で、ロシア首席全権はウィッテだった。日本の韓国における権益の確認し、また関東州の租借権および長春ならびに旅順間の鉄道の譲渡、更には樺太南半の割譲などを日本は得たのであった。しかし賠償金は得られなかった条約だ。これが日露戦争での勝利に結果からであった。総ては国際法に基づくものである。

 この結果を、日本の進歩的文化人は、日本が満洲国を捏
(でっ)ち上げ、“偽満洲国”と作ったと詰り、日本人は当時、中国人に対して優越感を抱いていた事が「悪」だと決めつけているのである。同時に「自虐病ウイルス」を、戦後、培養された。一億総懺悔は此処に始まっている。

 この懺悔の根本には、日本人の「社会科学音痴」が挙げられる。そして戦後の日本人の思考様式の基礎を為したのは、神話的な西欧崇拝主義と、自虐理論による自虐病である。それを挙げると、次のようなものである。

戦前・戦中は総て軍国主義の中で生活を強要された。これは間違った生活だった。当時の一切を反省する必要がある。そしてその生活は「悪」だった。
軍人が夜郎自大に威張り腐る軍国主義は正しくない。その最たるものが、中国大陸への侵略戦争だった。
ゆえに日本国民は日本列等が焦土と化す悲惨な現実を見る羽目となり、更に広島と長崎に人類初の原子爆弾を頭上に浴びた。
この先の大戦を謙虚に反省し、これまでの総てを反省して、一億総懺悔をしなければならない。

  しかしこの意識を植え付けたのは、アメリカを中心にした占領軍のマッカーサーの指示によるものであった。日本人に自虐病の培養をしたのは、GHQとそのスタッフによる意向が大きく働いていた。それにより、戦後の日本人の意識は、次のように変貌した。

戦後の日本は軍国主義でない。侵略的国家構造は何処にも存在しない。戦前の大東亜戦争を深く反省し、懺悔して、先の大戦は共同謀議community chest/英米法上の特殊な犯罪行為。二人以上の者が不法な共同目的の遂行のため合意することを指し、意だけで犯罪とされる英米の法思想)によって起こされた。この罪は大きい。償いは、一億総懺悔で償い、それを達成するために近隣諸国に迷惑をかけたことを詫びなければならない。日本人は深く反省することこそ急務。
ゆえに現在は正しい。同時に武器も放棄し、戦争も放棄した日本国憲法は世界でも稀に見る優れた憲法である。
したがって、現在の状態(デモクラシーと現日本国憲法)を維持していくならば、かつての軍国主義の日本のように、破局を迎える事はあり得ない。

 以上の図式から来る理論構造は、かつての「軍国主義」の対蹠物として「デモクラシー」がくるのである。デモクラシーこそ、今までは神話的な存在で、これを動かす事は許されなかった。
 しかしこの神話的な存在であったデモクラシーも、戦後の六十有余年の歴史の中で、老朽化しはじめた。この神話は、効力を失われはじめた。

 その理由は、デモクラシーと言う看板に塗り替えられても、その本質である日本人の思考構造は、得てして日本人的であり、多くの日本人は日本人の行動様式も、思考様式も基本形は旧態依然としたものを残している。それは構造的には同型と言うものであり、その根底には日本独特の「島国根性」と言うものが横たわっているようだ。

 したがって戦前・戦中の軍国主義によって破局を迎えたとするならば、現在と雖
(いえど)も、その危険性は去っていないと言う事だ。
 それは多くの日本人が誤解している“戦前・戦中は軍国主義であった”とする、この考え方と、歴史観の捉え方に問題が生ずるのである。果たして、“戦前・戦中は軍国主義であった”のだろうか。

 それはまず、「軍国主義とは如何なる主義か」という事を定義してみなければならない。
 これについて、此処では学問的な定義は避ける事にする。
 だがしかし、一般人の常識で考えて、軍国主義とは、国家の機能を上げて「軍事目的に奉仕する」という主義である事は明白だ。

 このように考えれば、戦前の日本は特にアメリカやドイツや旧ソ連に比べて、遥かに「軍国主義ではなかった」と言える。



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