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西郷派大東流の呼吸法 3

呼吸法で行う素振り。


●呼吸法ができる体質づくり

 ゆとりあるリラックス状態に、まず周囲の環境を作ることである。
 次の手順をおって呼吸法実践の環境を作ることである。

丹田呼吸の第一順
鳩尾(みぞち)の部分に、深い窪(くぼ)みをつける積りで腹を思い切り引っ込める。この時、丹田部に掌(てのひら)を当てておく。
丹田呼吸の第二順
鼻で息を吐きながら、上半身を呼吸に吐気に合わせて前方に倒していく。この間、10秒〜30秒の時間を掛け、ゆっくりと行う。
丹田呼吸の第三順
充分に吐気(とき)を吐き終ったら、力まずに上半身を徐々に起こしていく。この時、ゆったりとしていることが大事である。また、息継ぎにおいては自然に吸気が行われるので、それに任せ、急いで吸気を行わないことが肝心である。この間、10秒〜30秒の時間を掛け、ゆっくりと行う。
丹田呼吸の第四順
充分に吸気を行ったら、上半身を伸ばす。そして中心部である下腹部である、丹田に気を感じることが大切である。この場合、幾ら掌(てのひら)で気を感じても、肝心な丹田部に気を感じないようでは、気の発信源である丹田の感覚は育たない。
丹田呼吸の第五順
次に再び、第二順の動作に戻り、吐気を吐きながら呼吸の動きに合わせて、上半身を前方に倒していく。
丹田呼吸の第六順
前方に倒しつつ、充分に吐き終わったら、第三順の要領で吸気の息継ぎを行い、吸気を行う。
丹田呼吸の第七順
吸気が完了したら、第四順の要領で上半身を伸ばす。そして、このサイクルを、ゆっくりと繰り返すのである。

 丹田の感覚を会得する為には、掌(てのひら)で気を感じると同時に、丹田でも気を感じなければならない。更には、丹田で気感を得ることができてこそ、丹田の感覚が育っていくのである。この気感を明瞭にすることが、本当の丹田呼吸の第一歩であり、これが感じて初めて、そのスタート地点に立てるのである。
 この丹田呼吸は、一種の深い深呼吸と掌
(てのひら)で腹圧を感得しながら、気の感覚を把握していくことが大事である。丹田呼吸はまた、頭脳と上半身に密接な繋(つな)がりを持ち、上肢を活性化するのである。

 深い腹式呼吸による「内観の秘法」を実践していると、次第に潜在意識の何らかの影響が現れてくる。これまで全身に散在していた気が、集中を始めるのである。呼吸を静かに、ゆっくりと行い、潜在意識に働きかければ、腰・脚・足の裏の足心
(湧泉)まで気が満ち、行き渡るのである。丹田部分の下腹部が「瓢箪(ひょうたん)」のように張りのある充実を見せ、この下腹の出来た状態を、「瓢腹(ひさご‐ばら)」という。瓢腹が完成すると、気が全身に漲(みなぎ)り、充実感が得られる。

 
また往年の呼吸法熟練者たちも、この瓢腹を体得している。
 瓢腹が出来上がり、充実感が漲ると、心臓が正常に機能し、高血圧や心臓病などの病気が一切消滅する。これが消滅した時に、手足から全身に移行する温かい気が充満してくるのである。この気を「陽気」という。陽気が隈無
(くまな)く全身に漲ると、何とも心地よい気持ちになり、そのままぐっすりと眠れそうな感覚に入っていくのである。

 さて、こうした順を追って呼吸法を始めるのであるが、わが流の呼吸法の究極の目的は、単に深呼吸を含む丹田呼吸が出来たり、調息法ができると言う、「深い呼吸」の完成にあるのではない。さらに奥にある「陽気」を発生させて、「周天法」ができると言う次元にまで高めていくのである。このレベルは、呼吸の吐納だけに止まらない。「陽気」の運用と活用が重視されるのである。そして、これこそが人体エネルギーであるからだ。

 この人体エネルギーは、陽気であり、また精気である。もともと「精」が体外に向けて迸
(ほとばし)ろうとする熱エネルギーであるなら、陽気とは、意識によってそれを引き止め、もとの気と重なり合うことで、熱を発し、具体的に感得することの熱エネルギーである。そしてこの熱エネルギーがある熱感を持つから、熱として感じられるエネルギーとなる。

 陽気を発生させる方法に、「武息」という独特の呼吸法がある。下腹の丹田部分で、意識を集中し、吐気から始め、次に吸うと言う順に繰り返すのであるが、この「吸う」「止める」「吐く」という三つの動作を繰り返し、陽気を発生させるのである。この呼吸法は、空中にある気を下腹に取り込む為の呼吸法で、同時に下腹の内筋運動と言うことになる。そして下腹の運動を持続させる為に、武息と言う呼吸法が必要になるのである。

 この下腹の運動で、陽気が発生した場合に感得する熱感は、不思議な力は発揮されたと言う感覚より、熱エネルギーが確かに発生していると言う感じになる。裡側
(うちがわ)に、“お湯が沸く”感覚である。
 こうした熱感は、本来ならば発生した当初、男根側に逃げてしまい、男根の勃起が起るのであるが、これを制して、外に噴
(ふ)き出そうとするエネルギーを丹田内の気海に溜め込むのである。
 この場合意識が弱いと直ぐに男根側に逃げるので、陽気の発生時には、下腹の内筋の鍛練と、意識の強さが重要なのである。



●竅を改善する

 気の流れの経路には、その途中に幾らかの気を停滞させてしまう「竅(きょう)」という箇所がある。竅とは、「穴」という意味であり、此処に気が落ち込み、停滞し、そこで散ってしまうのである。幾ら陽気を発生させても、「穴」に落ち込んで、気を散らしていたのでは、呼吸法をやればやるほど注意散漫になり、呼吸法をやっていること事態が無意味になって、また、精神を分裂させる精神障害が起るので、「穴」に落ちることの回避策は講じておくべきだろう。

 呼吸法の失敗は、実は「竅」にあり、自分である程度、呼吸法が完成していると自負している人でも、「穴」に堕
(お)ちて、精神障害を起こしている人が少なく無い。呼吸法を重要視する武術や武道をやっている人の中で、これを失敗して精神障害を起こしている人は決して少なく無いのである。その典型が、ある大東流の指導者で、呼吸法の失敗により「穴」に堕ちている人だ。

 「穴」に堕ちる人の多くは、呼吸法の基本的な姿勢にあると考えられる。姿勢が悪い場合、「竅」に堕ち易いのである。気を通す時、気が邪魔されずに流れる姿勢を保たねばならないが、この姿勢が悪かった場合は、「穴」に堕ち易い。その姿勢の悪さが、一つは「猫背」である。
 大半の大東流や合気道は、「弓身之足
(きゅうしん‐の‐あし)」という膝に屈伸を効かせ、股割動作をせずに、膝を突っ張ったまま、技を掛けようとする諸派に見られる「上半身重視の動き」は、実は一歩踏み外すと、「穴」に堕ちる危険と背中合わせになっている。

 さて、呼吸法の間違いから「穴」に堕ちれば、気の流れがそこで停められてしまうからである。折角下腹に陽気を発生させて、気を発気させるのであるが、気を流す場合、丹田から始まって「会陰」を経由して、「尾閭
(びろう)」に至った場合、この間にも気が停滞し、「穴」に堕ちる箇所が幾らかある。此処に堕ちることを「竅(きょう)」というのである。

 この場合、上体を「芋掘り」上体にせず、上肢を垂直に立て、発生した気を下げれば「竅」に堕ちて停滞することはないのであるが、「竅」に堕ちる原因は、下腹に力を入れて、意識で気を通そうとすることが弱いからである。
 「竅」に堕ち、気が停滞したら、まず下腹に力を入れ、内筋圧を利用して、陽気の発生を強め、これを意識すれば気の停滞は回避されるのである。しかし、こうした意識も虚しく、どう努力しても停滞状態が回避されない場合がある。

 この場合は上肢の姿勢の悪さである。膝に屈伸力が無く、「突っ張り」状態で、技を掛けようとする場合、気は脊柱上の何処かで停滞する場合がある。多くは下部の「尾閭
(びろう)」から頸部の「玉枕(ぎょくちん)」までの何処かで、背中が丸まった場合、脊柱上に以上が顕われてくる。こうした場合は、停滞箇所で筋肉、特に内筋の異常な歪みを受けて、折角の陽気をそこで散らしてしまうのである。

 「竅」といわれる箇所は、脊柱上の骨に近い付近に多くあり、腰の部分であるならば、「夾脊
(きょうせき)」、背中から頸(くび)に懸(か)けては「玉枕」である。この箇所で陽気が停まってしまったら、早急に対策を立てねばならない。一種の「気」が停滞する病気に発展し、酸過多状態になるか、気を散らしてしまい、注意散漫の状態が象(あらわ)れる。こうした間違いは、坐禅三昧(ざぜん‐ざんまい)に打ち込む僧侶や、坐禅愛好者に多く見られ、所謂(いわゆる)「禅病」である。気の通し方に問題があったと言えよう。「禅病」は、白隠禅師でお馴染みである。

 
白隠禅師の「禅病」については、「西郷派大東流の呼吸法概論」を参照のこと。

 気が丹田
(下丹田)より下で停滞する場合は、腹部の内筋を鍛えることでこの病気は治ってしまうが、上半身で起る場合は放置できない。特に、上丹田は「神(しん)」を司るところで、中丹田は呼吸器系や消化器系で、肺や心臓に影響を与え易い。
 姿勢の崩れや歪みを矯正した後、筋骨の内筋部の骨に近い部分の内筋を治していかなければならないのである。つまり、腰骨の上に脊柱が垂直に直立するように矯正を行わねばならないのである。



●内筋と気の流れ

 気の流れには幾つかのコースがある。更に、気と内筋の関係については、両者が大きく関与していることが分かる。
 例えば、病気に罹っている人は、ある部分が非常にこわばっている。あるいは異常に固い。これはその内臓経絡上の異常だけに見られるのではなく、その周辺にも異常な固さが顕われている。

 東洋医学では経絡上の線上経路以外に、そのルートを同じように流れる「経筋」という内筋に沿ったルートがある。これか経絡を司るルートの裡側に存在する経絡上の内筋である。したがって、内筋の歪みや、骨に近い部分の経絡上の歪みは、「経筋」が異常を起している場合が多い。

 例えば、自称「呼吸法を完成している」という人でも、その人が猫背である場合、経絡に気を通せると自慢していても、実際には「穴」で気は停滞していて、決して気を通せるなどとはいかないのが実情である。特に背の高い人は、若い頃に覚えた「気の通し」も晩年には威力を失い、通せなくなっている場合が少なくない。これは生体の上肢である、上半身の脊柱の上部が異常に変形したことによる。

 特に、背の高い人で、痩せ型の人は、脊柱上部や、頸椎に異常が生じて背中が丸まり、猫背になることが多い。こうした猫背の人は、以前に気が通せていたのに、晩年にはすっかり威力を失い、通せなくなる人が多い。これが脊柱の崩壊や、歪みである。

 これらは一種の異常状態であるが、矯正することで、また、ある種の刺戟を与えることで、治すことができる。
 その治し方の一つが、食餌法であり、それに並行して行う基本的な呼吸法である。これを併せて行うことで、脊柱の崩壊や歪みを軽減する事が出来、内筋を元に近い状態にすることができる。これは100%完璧にすることができないが、陽気を発生させ、それを通すことぐらいはできるのである。

 更にもう一つは、自己整体と呼吸法を併せて行う、直接療法である。内筋と動き、あるいは内筋と気の通しと関係の深い「経筋」の正常作用は、「捻る」と言う動作を加えることにより、矯正することができる。
 この方法はは、気を、ある場所からある場所に移動させるという方法と意識を用いながら、それを意識的に経筋に通す方法であり、「捻る」と「通す」を併用して行う。

 但し、背中でも、腰でも、その一部分にだけ気を通し、その箇所を動かすと言うのは中々骨の折れることである。それは、例えば、両手の指の、薬指だけを動かせと言うことに似ている。あるいは両足の薬指だけを動かせと言う、普段遣われていない指を動かせるだろうか。また、更には頭の皮だけを動かすのも容易ではなかろう。それは不随筋であるから難しいのであり、同じように、耳も動かせないであろう。況しては、随意筋であっても、普段から余り遣わない骨格筋すら上手に動かせないのである。

 換言すれば、陽気を自由に動かせる人は、下腹の内筋なども自由に扱いこなせ、身体の如何なる箇所も、時代に動かすことができるのである。
 普段、人間が動かしている筋肉は哺乳動物特有の、横紋筋と平滑筋に大別され、前者は関節を挟む二つの骨または皮膚に付着し、骨格筋または皮筋と呼ばれ、随意運動を行う「随意筋」のみでる。

 これを意識強化して、動かせるようにするのが肝心であり、呼吸法の奥儀は此処にある。これが出来なければ、内筋の動きも、気の流れもコントロールできないのである。



●丹田呼吸の妙技

 呼吸法の基本である「丹田呼吸法」は、調息法(長息法)ともいい、丹田呼吸として一般には知られている。
 人間が生まれ出て、「おぎゃー」と吐気とともに、泣いて行う呼吸法がこれであり、また、人間が寝ている時に行っている呼吸法がこれである。

 神経が解放され、リラックスしている時に呼吸法が、つまり丹田呼吸なのである。そしてこうした寛
(くつろ)ぐときの呼吸は、腹式呼吸になっているが、普段はこれに余り意識せず、自然に行っている呼吸法である。これをベースに考えた場合、丹田呼吸法というのは、一般に行う深呼吸を深くしたものと考えればよいのである。
 これを順に追って顕
(あらわ)すと、次のようになる。
 リラックス状態が整ったら、次の手順で静かに深く呼吸を行っていく。

丹田呼吸の第一順
鳩尾(みぞち)の部分に、深い窪(くぼ)みをつける積りで腹を思い切り引っ込める。この時、丹田部に掌(てのひら)を当てておく。
丹田呼吸の第二順
鼻で息を吐きながら、上半身を呼吸に吐気に合わせて前方に倒していく。この間、10秒〜30秒の時間を掛け、ゆっくりと行う。
丹田呼吸の第三順
充分に吐気(とき)を吐き終ったら、力まずに上半身を徐々に起こしていく。この時、ゆったりとしていることが大事である。また、息継ぎにおいては自然に吸気が行われるので、それに任せ、急いで吸気を行わないことが肝心である。この間、10秒〜30秒の時間を掛け、ゆっくりと行う。
丹田呼吸の第四順
充分に吸気を行ったら、上半身を伸ばす。そして中心部である下腹部である、丹田に気を感じることが大切である。この場合、幾ら掌(てのひら)で気を感じても、肝心な丹田部に気を感じないようでは、気の発信源である丹田の感覚は育たない。
丹田呼吸の第五順
次に再び、第二順の動作に戻り、吐気を吐きながら呼吸の動きに合わせて、上半身を前方に倒していく。
丹田呼吸の第六順
前方に倒しつつ、充分に吐き終わったら、第三順の要領で吸気の息継ぎを行い、吸気を行う。
丹田呼吸の第七順
吸気が完了したら、第四順の要領で上半身を伸ばす。そして、このサイクルを、ゆっくりと繰り返すのである。

 丹田の感覚を会得する為には、掌(てのひら)で気を感じると同時に、丹田でも気を感じなければならない。更には、丹田で気感を得ることができてこそ、丹田の感覚が育っていくのである。この気感を明瞭にすることが、本当の丹田呼吸の第一歩であり、これが感じて初めて、そのスタート地点に立てるのである。

丹田呼吸法の仕方と丹田の感覚について
イラスト/曽川 彩

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 丹田呼吸において、全身はリラックスしておくことは謂(い)うまでもないが、リラックスしつつ、背の伸ばす。次に下腹へ気が洩(も)れていくような体感を感じることである。この体感を得て、少しずつ上半身を倒していかなければならない。
 この時、下腹部に自然に腹圧が掛かり、これを注意深く感得しつつ、内気が下腹部の気海に集まるのをイメージする。
 この丹田呼吸は、一種の深い深呼吸と掌
(てのひら)で腹圧を感得しながら、気の感覚を把握していくことが大事である。丹田呼吸はまた、頭脳と上半身に密接な繋(つな)がりを持ち、上肢を活性化するのである。



●呼吸法と共に行う滝行の妙技

 滝行においては、細胞の細胞膜に刺激を与える為、新陳代謝を盛んにして、酸毒化した老廃物が排泄されるように促すのである。また、「滝に打たれる」という行為自体、激しい水圧が加わる為に、細胞に与える刺激は大きく、大きな効果を上げるのである。

 人間は普段、他の動物とは異なり、衣服を着ている為に、動物のように皮膚のグローミューの回路が閉じたままになっていて、自然界に剥
(む)き出しになって置かれる動物とは異質である。その為に自然のままに健全健康を保つのは難しく、ある意味で衣服が邪魔しているのである。
 その上、現代人は喫煙をする人が少なくなく、また喫煙をしない人でも、いつも喫煙者の煙に何らかの影響を受け、日に日に肺臓や肝臓を弱めているのである。

 また現代人の食生活は、喫煙やアルコールに絡んで、肉を常食にする食生活が主体となり、食肉の食事は多く白砂糖
【註】焼肉のタレには大量の白砂糖が使われている)や精白塩【註】イオン交換樹脂法で精製されたナトリウム分99.99%の塩化ナトリウムで、高血圧症や動脈硬化を惹(ひ)き起こす)、更には化学調味料を使うレシピで味付けが行われる為、動脈が硬化して居るだけでなく、毛細血管もでも脆(もろ)くなり、更には毛細血管の手前にあるグローミューまでもが閉じて錆付き、これが全く機能しない状態になっている。その為に、脳などの毛細血管は目詰まり状態を起こし、そこで血液が停滞し、少しでも血液高騰状態が起ると、血圧が高まって小動脈が破裂し、脳溢血や脳血栓などを惹(ひ)き起こすのである。

 こうした現代社会の元凶の側面に食生活が深く絡み合っている為、こうした普段の生活習慣を改善し、もう一度、日本人の先祖から連綿と受け継がれた日本の食体系を見直すべきなのである。

 ともあれ、滝行は細胞の細胞膜を活性化させる為に、大きな効果があるのは事実である。また、精神面においても、普段は滝行の現代人の生活は一致しないので、最低でも一年に4回以上の滝行をすることをお奨めしたい。

 心身の爽やかさと生命を新生させる「七重の滝」での滝行。滝行で大事なことは、入る前、邪気祓いの為、「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」の九字(くじ)をきり、更に打たれる場合は、金剛印を組んで頸(くび)の唖門宮(あもんきゅう)で滝の水を受ける。

 そして、滝行をするとき、絶対に九字を省略してならないことである。九字は、邪気や邪霊を祓う為に行う行為であり、これを省略し、単に水浴をするという気軽な感覚では、その後、邪気や邪霊の憑依に悩まされて、病気持ちの人は病状を更に悪化させるので、御滝場での滝行は、指導者について「滝打たれ」の作法を習う必要がある。

 滝行をすれば、まず、自分自身が大自然の中に溶け込んでいる佇(たたず)まいを知覚できる。また、滝を介して、天然なるものや、大自然に存在するものを感得できて、そこに一体感が生まれる。自分は大自然の中の、生きとし生けるもので、まさに大自然から生かされているという感得である。この感得がはっきりとした体感となって、やがて鬱積(うっせき)した心の内容物である、他人への恨みや妬み、侮りや軽視、怒りや迷い、苦悩や無気力感が徐々に消滅していくのである。

 こうした消滅により、体内に蓄積された余分は疲労や、ストレスが解消されて、すっきりとした充実感が得られるのである。ここで生命は新たに新生し、心身を目覚めさせる新たな活力が湧
(わ)いてくるのである。

福智山山麓の「七重の滝(一の滝)」で行われる滝行。(写真は平成21年3月24日の七重の滝での滝行。行者は内弟子見習の曽川竜磨)

 水浴の中でも滝行とは違う行法に、「温冷水浴」がある。温冷水浴も、グローミューを開発する為に行法であり健康法であり、これは温水と冷水の両方に、交互に浸かりながら、グローミューを再生開発する水浴である。
 日本人の古来からの水浴に「水垢離
(みずこり)をとる」というものがあるが、これと似たようなもので、わが流で奨(すす)めているのは、最初はお湯に入って躰(からだ)を充分に暖め、次に水風呂に入って、急激に毛細血管に刺激を与える方法である。

 この時、一気に毛細血管は収縮し、毛細血管は殆どが閉ざされてしまうので、動静脈吻合枝であるグローミューがこれまで閉じてしまった回路を開こうとして、血流をこの方へ流そうとする。これを交互に、15分交代に浸かることを奨励している。約1時間かけて、4回これを繰り返し、最後は、水に浸かって切り上げるのである。

 心臓の弱い人や高血圧症の人、動脈硬化症の人は15分の時間を、最初は五分の一の、3分交代にして交互に繰り返し、繰り返す回数を多くするのである。これを毎日繰り返すことで、高血圧は下がり、血行がよくなって、冷え性の人などは、1週間くらいで完癒
(かんゆ)してしまうのである。

 但し、高血圧症の人は、最初に正しい指導を受けることが大事であり、自分勝手に独断と偏見でしないようにすることが大事である。水浴中に、毛細血管の急激な萎縮
(いしゅく)で、激しい血行不良を起すからだ。また、滝行を行う際も、まず周囲の邪気を払うという作業からはじめねばならず、これを飛ばしたり、更には滝に打たれている際も九字の印を切り、「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」を行わなければならない。
 これを安易に考えて、決して、飛ばして滝に打たれる行為だけを行ってはならないのである。特に高血圧症の人は、これまでの食生活の誤りから、高血圧症という生活習慣病と心臓障害を起している為、一切の一挙手一投足を、実に慎重にやらなければならないのである。

 免疫力のない人(高齢で病気を患っているばかりでなく、若くても飲酒や喫煙のある人は免疫力が失われている)は、往々にして周囲に散在する魑魅魍魎
(ちみもうりょう)に憑依され易く、滝行をしたことで、あるいは水浴をしたことで更に体調を壊し、脳血栓や脳溢血で斃(たお)れて、植物人間になる懼(おそ)れもあり、また喫煙者は肺炎を起すこともあるので充分に注意をし、正しい指導を、初歩から受けるべきであろう。

 また、特に心臓の弱っている人や、高血圧症の人は、最初から冷水浴をせず、手足に冷水を掛ける程度にして、冷水に徐々に慣らしながら、冷水浴が出来るように切り替えていくのである。こうすると無理なく、温冷水浴
【註】夏場は温浴よりはじめ、冷水浴で終わり、冬場は冷水浴よりはじめ、温浴で終わる)が出来るようになり、最後は一回につき、冷水の中に15分でも、20分でも楽に入っていることが出来るのである。こうすることにより、毛細血管が閉じ、これに代わって、動静脈吻合枝(副毛細管とも)であるグローミューの、これまで閉じていた回路が開かれ、これが毛細血管に代わっての役割を果たすのである。
 この回路を開発すれば、一回に水浴につき、1000本ほどが開発再生されていく。


つづく…



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