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死に方が選べない時代 2

奈落の裏と表裏一体なのが、沼の表の蓮華の花である。


●人間が一生懸命に生きるのは「より善き死」を迎える為である

 現代日本人は、現代栄養学の食指針に従って日常生活を送り、その中でも「肉はスタミナのもと」の神話に、長い間、振り回されている。
 一方、ボケ老人になるのは、脳の腫瘍・炎症、中毒
(飲食物または内用・外用の薬物などの毒性によって生体の組織や機能が障害する毒性で、食品ばかりでなく、アルコール・タバコ・麻薬等のドラッグ)・血液循環障害(動蛋白である食肉・乳製品・卵による)などに由来する。

 特に、老人性痴呆
(アルツハイマー病。ドイツの神経病学者アルツハイマー(A. Alzheimer 1864〜1915)がはじめて報告)は食生活の誤りから起り、麻痺性痴呆は内臓機能の老化が早まった為に起る現象である。
 アルツハイマー型痴呆症は、既に40代の初老期に発病が始まり、記銘力の減退、知能の低下、高等な感情の鈍麻、欲望の自制不全、気分の異常、被害妄想、関係妄想などがあって、やがて高度の痴呆に陥り、全身衰弱で死亡する恐ろしい病気である。

 また、老人性痴呆の場合、脳の萎縮に基づく老年性精神病を指し、病変はアルツハイマー病と本質的な差がなく、アルツハイマー型老年痴呆ともいう。
 現代精神医学では、「老人に発生する知的精神機能の減退」と定義されているだけで、極め手となる効果的な治療法は、まだ発見されていない。
 要するに人間の脳は、食生活の誤りによって、血液のサラサラ状態が失われ、血行不全となり、その為に脳の萎縮が起り、脳の退化と共に、肉眼で見えない邪気に憑衣
(ひょうい)され、アルツハイマー型老年痴呆へ進行すると考えられる。これはまさに、「進行ガン」が人間に取り憑(つ)いて、深刻な破壊状態を起こすのに酷似している。

 動蛋白食品に含まれる蛋白質は、それ自体が、体蛋白になるのではない。一旦、炭水化物に還元されて、体蛋白を造る素材として使われる。しかし、草食動物の形体を持つ人間は、これを還元する酵素を持たない。その為に、人間が、食肉や乳製品、卵や大型魚類
(マグロのトロ身など)の動蛋白食品を食べると、これ等の食品は腸内に停滞し、異常醗酵を起こして毒素を放出する。これが「血液が汚れる」という現象である。

 血液が汚れると、単なる血液が酸性になるだけでなく、酸毒化することになる。血液が酸毒化すれば、細胞機能が混乱を来し、大量に生成された老廃物が組織に停滞して、炎症を起こしたり、粘膜を刺戟
(しげき)して異常分泌を起こし、これが組織全体を血行不全にしたり、破壊を起こすのである。

 これこそが、痴呆の血液汚染の病因であり、これが起因して、感情面や意欲面の低下が顕われ、これまで個人が獲得した知的精神的能力が失われて、元に戻らない状態になるのである。
 仮に、薬漬けにされて、長寿を保ったとしても、既に、人間としての役割は終っているのである。

 では、植物状態のままで、あるいは痴呆のままで死に、「霊界入り」した人間は救われるのか。
 寝た切りになって、わが身を思うように動かせなくなったり、更に、重病に罹
(かか)り、意識もなくなり、生命維持装置の世話になって、その上、あれこれと投与されて薬漬けにされ、一年、二年、三年と病院生活を送って居る人は、果たして「霊界入り」した場合、その人の魂は救われるのか。

 「死ねばそれまでよ」と思うのは、その人の勝手である。死後の生活を信じなければ、またそれはそれで、一つの人生の考え方である。あえてこれに注釈をつける気持ちはない。
 しかし、重病を患って植物状態になり、長期の病院生活を送る人は、その殆どが60代後半〜70代、80代の人である。そして、入院から数年を経ても、意識がないまま、生命維持装置だけで生きている人である。

 意識も、意思表示もなく、骨と皮ばかりになり、生命維持装置だけで生かされ、こうした状態にありながら、この状態から抜け出せないのである。はっきり言って死に事もできないのである。
 またこうした人が、その後、恢復
(かいふく)して社会に復帰したという話は、まだ一度も聞いた事がない。また、この状態から蘇(よみがえ)り、今では元気に働いているなどと言う話も、一度も聞いた事がない。では、何の為に入院生活を続けているのだろうか。何の為の闘病生活なのだろうか。あるいはこれは恢復の見込みがある闘病生活なのであろうか。

 結局、これらの人は、重病に罹
(かか)り、意識や意志表示を失った時点で、既に、人間としての役目は終えているのである。また、生命活動も、その時点で終焉(しゅうえん)を迎えているのである。高齢者を生き延びさせる医療技術ばかりが発達して、不健康に、不自然に生き延びさせる自然の生理に反した、この技術は何の目的を持っているのだろうか。然(しか)も、人間としての生命活動は終っているにも関わらず、にである。

 また、生命維持装置だけで生かされている肉体は、その後の精神世界への移行を迎えた場合、一体その魂はどうなるのであろうか。
 肉体が終焉を迎え、この状態から「霊界入り」した魂は、一体どうなるのであろうか。
 「死ねばそれまでよ」と、頑
(かたく)なに信じている人は、死んだ時点で、それより先の意識はないから案ずる事はない。
 ところが、一方で死後の意識を信じる人がいる。この信仰を、非科学的と一蹴
(いっしゅう)することは出来まい。

 植物状態になり、生命維持装置で生きている人は、喩
(たと)え、脳の働きは停止されていても、また、意識や意志がなくても、心臓はまだ動き、呼吸もしている。つまり、精神世界の中では、当人の魂は生息しているのである。心臓と意識体を司る霊魂が繋(つな)がったまま、生き続けているのである。
 だが、此処には問題がある。

 それは、植物状態にある人の魂は、こうした状態に困惑しているのである。生体の中に存在する命体は、魂として、人間が得た智慧
(ちえ)や肉体感覚、意識や意志を通じて、自然界にある智慧を吸収して、生・老・病・死の四期を通じて、歓喜を感得し、経験や体験を通して賢くなり、これを歓喜のエネルギーにして、霊界入りの準備を整えているのである。
 しかし、植物状態にある人の魂は、人間としての意識も意志も、なくなってしまった、生きている肉体であり、魂にとっては、何の意味も持たない存在である。呼吸する「生きる屍
(しかばね)」に過ぎない。

 この為、植物状態の肉体に居る魂は、霊界生活の為に、何の準備も整えられない。準備を整えられないばかりでなく、この現状に困惑しつつ、体内を右往左往するばかりなのである。その上、こうした何の意味もない、物体の容器の中に詰め込まれ、植物状態になった時から、二年も三年も閉じ込められて、抜け出せず、金縛
(かなしば)り状態にされているのである。これは、故障して動かなくなった車に、二年も三年も閉じ込められて、外に出られず、行動を束縛されている状態に酷似する。

 自由が失われている為、まず、霊界入りに関する情報収集が出来ず、物事の判断が出来ず、肉体が生きている間は、死ぬ準備すら出来ないのである。ボケ老人になったり、植物状態になれば、その魂は、肉体の中をただ右往左往して、絶望と不安の中を彷徨
(さまよ)わなければならなくなる。

 では、こうした元凶は何処に由来するのか。
 運動不足や不自然な食べ物が、環境悪化の一因となり、文明生活に帰属する習慣が生活習慣病を招き、精神世界の無視が畸形を作り出して、社会全体を歪めてしまっているのである。それが心の側面で、頑固で、怒りっぽくて、あつかましく、嫉妬深く、過去の栄光にこだわり、愚痴っぽくなるという老人像を描き出し、これが老人ボケの初期症状を作り出しているのである。
 こうした人生を生きてきた老人は、死の影に脅かされ、死生観が解決できず、悲惨な死を迎えなければならなくなるだろう。

 そして、絶望と不安の中で、一年、二年、三年と過ごした植物状態、あるいは痴呆で過ごした人が死を迎えた場合、その魂は、ここで肉体から解き放たれて、外に出ていくのであるが、この場合、泥丸
(でいがん)部分にある「百会(ひゃくえ)」の経穴(つぼ)のブラフマは開かず、会陰(えいん)から外に洩れて行くことになる。会陰から霊魂が抜け出して、行き着いた先は、確かに極楽であろう。しかし、この極楽は、誰もが向かう、「極楽と言う名の地獄」である。

 では、植物状態や痴呆で死んだ人が、苦界の地獄でなくて、何故、極楽なのか。
 人間が、自分の過失か、不注意か、先入観から起った間違いか、勉強不足か、経験不足かで、植物状態になり、あるいは痴呆になって、その後、一年、二年、三年と肉体だけが生き続け、そして死んだ場合、その当人は意識も、欲望もないわけであるから、悪想念で汚染された精神世界へ流れ込むことはない。

 しかし、生前、霊界の存在を識
(し)る、心の準備が出来なかった為に、「極楽と言う名の地獄」以下の階層に霊界入りすることもない。
 したがって、このような植物状態や痴呆の状態で、魂が霊界入りした場合、霊界入りした直後は、途方にくれ、何十年も、何百年も、虚しい漂泊を続けなければならないことだけは覚悟しなければならないだろう。ここに現代人が解決できない「憂鬱」がある。



●目には目を、歯に歯を

大革命当時のジャコバン党の領袖・ロベスピエール(Maximilien de Robespierre)がギロチンの餌食となった時の版画。パリ市政府に絶大な勢力を持ち、公安委員会による恐怖政治を実行し、自らも処刑される。

 横死は、報復措置に関与する。報復であるが為に、その罪に値する犯罪者は命を奪われねばならず、その生命剥奪(はくだつ)は、処刑具の発達によって、文字通り、受刑者の命を一瞬にして奪うことに成功した。
 その死の刹那
(せつな)、受刑者は、恐らく苦しみに藻掻(もが)く閑(ひま)すら与えられない。
 一見、人道主義のように見えて、その実、何と恐ろしい事なのでしょうか。まるで原爆の放射熱で焼き殺す、あの一瞬の閃光
(せんこう)を思わせるものではないだろうか。

 フランスで考案・発明された断頭台ギロチンは、近代的な処刑具としてフランス革命当時、大いに利用され、次々に人の馘
(くび)を跳ねていった。そして、断頭台の露(つゆ)に消えたのは、ルイ十六世Louis/国民公会により、妃マリー・アントワネットに先立って断頭台で処刑。1754〜1793)やマリー・アントワネットMarie-Antoinett/マリア・テレジアと神聖ローマ皇帝フランツ1世との末娘。フランス革命の際、ギロチンより断頭台の露と消える。1755〜1793)を始めとして、七万五千人とも、八万人とも言われている。
 ギロチンはフランスの代表的な処刑具であり、受刑者の馘
(くび)を一瞬にして切り落とすものであった。

 現在も各諸国の斬首刑にはこうしたものが使われ、また、それに変わるものとして、斧(おの)や青龍刀せいりゅう‐とう/中国の、柄の上端に青い竜の装飾を施した薙刀(なぎなた)形の刀)のようなものが使われている。
 しかし、フランスでは逸(いち)早く、こうした近代的な処刑具を考案・発明し、大量処刑の機械化に成功し、フランス革命当時、これが一躍(いちやく)買ったのであった。

 フランス革命のスローガンは文字通り、自由・平等・博愛であり、罪人に対しても、これが波及した。自由と平等は、即ち、身分の格差に拘(こだ)わらず、死も平等であるべきと考えられ、それ故に、王侯貴族も、僧侶も、市民・平民に至るまで、死刑は総(すべ)てギロチンに委(ゆだ)ねられることになる。

 そして、ギロチン発明(本来は農家の屠殺機具を改良したものだが)に伴って、「博愛」という、寔(まこと)に不可思議な思想が浮かび上がって来るが、当時のヒューマニズムとして、受刑者の苦痛も出来るだけ短く、「一瞬の内に」という建前から、ギロチンは大いに持ては囃(はや)されたのであった。
 しかし果たして、どれだけ短縮する意図が含まれていたか、あるいは、どれだけ博愛精神を押し売り出来たか、特に恐怖政治下、投獄と殺戮(さつりく)等の苛烈(かれつ)な手段によって、反対者を弾圧した政治は、一体何処に「博愛」の、その精神が息づいていたか、まことに疑わしい限りである。

ロンドン塔に保存されている断頭台と処刑用の大斧。

 法治国家は、法社会を構成することにより、近代社会の仲間入りが出来たと言う。しかし処刑そのものが、ヒューマニズムと対峙(たいじ)する関係にある以上、その過程に如何なる改善が加えられようとも、罪科を担う受刑者は否応なく恐怖と苦痛が押し付けられ、ここには法的な慰めは一切入り込む余地がない。
 法治国家における、「処刑」と言う報復措置が、あくまで必要悪的なものであるとするならば、もはや死刑の賛否両論を問わず、この問題に対して、建前だの、本音だのと、それを議論する予知は全く無いと思われる。

 近代的処刑具ギロチン(guillotine)の考案者は、サントス生まれの医師であり、政治家でもあったギヨタン・ジョセフ・イニヤースJ. I. Guillotin/パリ大学解剖学教授で、医学博士。父親は初審裁判所の検察官。1738〜1814)であった。
 この処刑具は、死刑執行の斬首台として、2本の柱を立て、その間に斜状の刃のある斧を吊り、その下に受刑者を寝かせ、死刑執行者が縄を引くと、その斧が落下して、受刑者の頸部を切断するように造ったものであった。後に「断頭台」とも言われ、主としてフランス革命時代に大いに活躍する。

 ギヨタン・ジョセフ・イニヤースは、1792年に蜂起したフランス革命(1789〜99年フランスに起ったブルジョア・フリーメーソン革命)で、ロベスピエールMaximilien de Robespierre/ジャコバン党で活躍し、のち山岳派領袖となるも、テルミドール(熱月)反動で失脚、処刑さる)らによって、自分が発明したギロチンによって処刑されたと巷間(こうかん)では流布されているが、これは全くの誤伝である。
 ギヨタンは、パリから国民会議の代議員として選ばれ、1789年の国民会議で、フランス南部やイタリア地方で古くから使われていた屠殺(とさつ)機具をヒントにして提案した迄のことであり、本来は「発明」等という大それたものではなかったのである。

ロンドン塔での処刑。ジェーン・グレイの処刑。

 彼がこの屠殺機具をギロチンなるものに改良し、人間の馘(くび)でも跳ねることができるようにしたのは、国家公認の処刑具として、フランス革命のフリーメーソンのスローガンであった、自由・平等・博愛に基づく精神をアピールするものだったのである。

 その意味で、当時、同じ死罪であっても、貴族階級は斬首刑が用いられ、市民・平民に対しては絞首刑が用いられたので、刑種の身分的差別に関わりなく、平民も貴族も平等である意味合いを含ませたものであった。
 そして更に、もう一つの博愛精神に準ずるものとして、肉体から生命を剥奪する場合、この馘(くび)と胴を切り離す刹那(せつな)に対する時間を、如何に短縮するかという理由で、受刑者の苦痛を出来だけ小さくし、死刑そのものの残虐性を、見た目より、軽減出来るのではないかと考えたからだった。

 最初の提案は、1789年12月1日の憲法会議に提出されるが、この時は嘲笑(しょうちょう)を買っただけで退けられる。ところが、翌1790年10月1日に再び断頭台採用を会議に提案し、これも退けられ、その後、やっとのことで1792年4月25日に断頭台は、最初の人間の血を吸うことになったのである。

 この初の日に、断頭台の露と消えたのは、ニコラ・ジャック・ペルティエという窃盗と殺人の罪を犯した男でした。そして断頭台がフル稼働し始めるのは、1793年に入ってからであった。
 これを機に、熱狂的な革命裁判の嵐は吹き荒れ、罪もない人が密告され、次々に処刑されていった。そしてこの残酷劇は日常茶飯事のものとなり、人民は見慣れた処刑風景に感覚を麻痺(まひ)させて、死に行く者達を遠望することになる。

 フランス革命は、王侯貴族や僧侶(特にカトリック教会)の手から政治を奪い取ることが目的であった。ブルジョア革命を通じて、王侯貴族や僧侶をフランスから駆除することが目的であり、それに代わって、国民会議の名を以て、ブルジョアが頭角を顕(あら)わすと言うふうに仕組んだものだった。

1901年、中国・義和団の首領の処刑。

 さて、処刑に当たり古くから斬首刑が殆どの国家で採用されていた。
 斬首は延髄(後脳と脊髄とを連絡する部分)の同位置か、やや下方で脊髄(脊柱管内の長い円柱状の神経組織)を切断することによって、死を齎(もたら)すとされている。

 十九世紀末、著名な医学者ロイルは犯罪人観察記録と犬の斬首実験に立ち会い、「死は人間と犬も、どちらも同じように齎されるのではない。犬の死因は脊髄の切断と中枢神経への刺戟(しげき)により、頭部切断による結果に生じる出血と窒息死によるものだ」と主張し、「人間では精神的作用によって、齎される管
(くだ)の切断よりも先に致命的になり、したがって人間は馘(くび)の切断に齎される苦痛を脳で感じる時間が無い」と言った。これこそ、非科学的な仮説である。

 これがロイルによる、斬首された人間と犬の、その後の顔付きが異なる理由であった。この実験で分かったことは、人間の顔は殆ど無表情であり、動物の顔は苦痛と悶絶(もんぜつ)を顕(あら)わしていたと言う。しかし動物に於いても、延髄や呼吸中枢の位置で切断すれば、人間と同じように無表情になると言われている。
 そして斬首に立ち会った科学者達の一貫とした意見は、斬首された者が、処刑後に見せる様々な表情や動きは、医学者ロイドによれば、延髄の中枢に起因する反射神経的な行動であり、感覚機能が存続している為ではないとしている。

処刑用の首切り刀。中国・義和団当時の斬首刀。

 しかし斬首された処刑者の馘
(くび)は、どうみても自然死をした人の死とは異なる。一種の「無念首」の形相が漂っている。
 一見無表情と言われながらも、そこには何処となく、無念の恨みが漂っている。斬首の刑で死んだ者の不本意な結末は疑いようがないだろう。

 人間がいつの頃からか、人を処刑することを考え付く。その処刑には斬首による一瞬の処刑もあれば、また鋸(のこ)で股(また)から腹部に向かって切り上げる緩慢(かんまん)で残酷な処刑もある。処刑される時間は、短ければ短いほど脳に残る記憶は少なく、緩慢で長ければ長いほど、その苦しみは非情なものとなる。

 人間が手を下す死刑。動物に食わせる死刑。あるいは人間が道具によって死に至らしめる死刑。人間は、同胞である人間を殺す為に、その処刑の技術は最高域に達したかのように見える。
 しかしこの技術の追求は、人類に何を齎(もたら)したのであろうか。
 人類の歴史の中には、敵対勢力や報復的な手段として、為政者や民衆は死刑に熱中して行く。あるいは娯楽感覚で死刑場へと参集し、苦しむ受刑者を見ながら、その呻(うめ)き声や絶叫(ぜっしょう)に、あるいは飛び散る血飛沫(ちしぶき)に歓喜の声を上げ、受刑者の生命を剥奪(はくだつ)したことで、その報復処置の完了したことを認める。

 それはあたかも、ファリサイ人が姦淫(かんいん)の現行犯として逮捕された女の罪を責め、法律学者とファリサイ人達は、姦淫を犯した女をイエスの前に引き立てて、「師よ、この女は姦通の最中に捕まった者です。モーセはこういう者を石殺しにせよと律法で命じていますが、あなたはどう思いますか」と言ったように……。

 ユダヤ教に於て、当時の死刑執行は、石打ちの刑によって行われていた。役人が執行するのではなく、民衆が自主的に執行するのである。裁判の民衆参加は陪審制であるが、死刑執行に於ては民衆も参加するのである。ユダヤ教やイスラム教に於ては、民衆は喜んで死刑執行に参加する。民衆の死刑執行は、当時の娯楽に一つであったからである。公開処刑会場には多くの出店が出たと言う。

 いつの間にか、「処刑」というこの残酷な行為は、自他離別の、あの動物を屠殺(とさつ)する、果てのない苦しみの中にあって、そこにしか埋没することの出来ない動物への無慈悲と、何ら変わりがない行為ではないだろうか。



●顔に観る人の死相

 1880年9月、フランスの医学者ダシ・ド・リニエレ博士は、死刑者の頭部に、生きた犬の血を注入すると言う、前代未聞の実験をやって退けた。
 殺人罪で処刑された三時間後の処刑囚の頭部に、生きた犬の血を注入したのである。
 処刑囚の頭部に輸血が始まると、顔面に赤味が指し、唇(くちびる)が膨らんで生々しい色が蘇(よみがえ)り、処刑後の弛(ゆる)んだ顔付きが、見る見る間に鋭くなり、「もはや1分前の弛んだ土気色の顔付きでは無くなった」と、その興奮の樣子を記録している。そしてその顔は「今にでも喋り出しそうだ」と綴(つづ)っているのである。

 犬の血の輸血が進につれ、「突然2秒間ほど唇が音もなく動き、眼球も引き攣(つ)ったように動いて、顔の表情も一変して、驚きの表情を示した」と、著している。その結果から、「私は、この実験で瞭(あきらか)になった事は、2秒間くらいは脳が活動したのだと断定出来る」と結んでいる。

ギロチンにより処刑されたポレ・オーガスト、ポレ・アベル兄弟の頭部。果たしてこの顔が、生前から「横死」の死相を感じさせない、穩やかなものと言えるだろうか。
 生前、享楽と快楽を貪った人間には、死に際して、断末魔の絶叫が当てがわれる。また、これは歪んだ悪想念を発し、死して後の死相となるのだ。処刑後、口を痴呆のように開けるのは、処刑者に、劇痛を起して必ず死ぬという断末魔があったことを証明する。


 ダシ・ド・リニエレ博士は、自らの行なった臨床実験から、その後、ギロチンによる処刑に対し、否定的な意見を展開させている。
 人道主義者としての代議士・ギヨタンが改良を加えた断頭台も、刃が人間の馘(くび)を切断する時、その刃が馘を切断し、大鋸屑(おがくず)の籠(かご)の中に落ちる間の、2秒間は少なくとも、切断させる痛みを知り、公開処刑を見ている群集の声も、聞く事が出来るとしたのである。
 「斬首された犠牲者は、刻々と死に至る感覚を持ち、断頭台の気色はもとより、それに映える陽の光りでさえ見ているのだ」と書き記している。

 さて、唯物論者は口を揃えて、「人の死に《死相》など無い」と決めつけるようだ。しかし、こうした人間の五官で死を捕らえ、五官のみの感覚で死を、こうした言葉で一蹴(いっしゅう)する考え方は、果たして正しいであろうか。
 人間が経験する「生みの苦しみ」と、「断末魔の叫び」とは、何か共通するものがある。したがって「生」は顔から始まり、「死」は顔から終わる。人の死は、総て顔が物語るのである。

 例えば、水商売等の女性が不倫を楽しんだ挙げ句に、不義の子供を生む場合、その産む時の苦しみは、臨終の時と相似の断末魔と同じ苦しみを味わうと言われている。天国と地獄は、人間のつくり出した想念の世界のものであり、この想念は、やはり快楽と苦痛が裏返しにされているからである。だから、享楽と断末魔は相対関係にあるとも言われる。

 では、断末魔の叫びとは、一体、何処から起こるのであろうか。
 それは死への苦しみではなく、生への執着の苦しみと言える。生への執着が、また断末魔の叫びを齎(もたら)し、生に縋(すが)り付こうとするから、想像を絶する苦しみを味わうのである。

 死を恐れるのは、生に縋(すが)り付く人であって、死を覚悟した人は、これを恐れない。
 また闘病生活で、病気は苦痛である事を知っていても、死は苦痛でない事を知っている人は、肉体に執着する、鬪う意識をやめた場合は、その苦痛が消え去って、穏やかな死へと向かう。

 末期ガン患者でも、相当な苦しみを味わうのは抗癌(こうがん)剤を投与され、この副作用によって苦しんでいる間のみであり、死を覚悟出来れば、不思議とその苦痛は消えると言われている。
 つまり苦痛とは、生命が盛んな間だけであり、生命活動が衰えると、この苦痛は小さくなる。
 しかし処刑などで死んで行く人は、今なお、生命活動が盛んですから、その苦痛は横死に匹敵するものであり、処刑と同時に、大きな苦痛の唸(ねん)を残す。これが「断末魔」の唸だ。

 死を目前に控えた、ある病院の調査によると、末期ガン患者に於いて、平和に穩やかに死んで行く人25%、悟りの境地に達して死んで行く人35%、そして残りの40%の人は「死にたくない」と繰り返し藻掻き、苦しみ、恐怖と共に、恐ろしい程の苦悩が見られたと報告している。また、その内の、半数以上が精神状態は不安定になり、精神錯乱のまま死んで行ったと報告している。

 多くの女性は、出産に際して様々な育児書を読みあさる。しかし幾ら育児書を読んでも、出産の心構えは分からないものである。それと同じように、臨終の心構えにしても、これを著したものは少なく、多くの人は、「臨終に作法がある」と言う事すら知らない。そうした結果、人の死の直前に、死相などある分けがないと一蹴
(いっしゅう)する中途半端な無神論者も少なくない。

 彼等の言によると、まず「死相は無い」と否定する事から始まり、「生きた脳のないところに、思考がある筈がない」と一蹴する。
 しかしノーベル賞受賞者で、ベルギーのフランス語圏の詩人であり、劇作家のメーテルリンクMaurice Maeterlinck/「青い鳥」等で有名。1862〜1949)は、「予(あらかじ)め与えられた意識、すなわち心は、最初から生きた脳髄にある筈がない。現在、私たちが持っているどんな意識よりも、一層広範囲で、一層複雑な、まだ名前もついていない意識が、人間や動物の脳髄を形作る以前から存在していた」と言っている。

 これは意識が脳髄ができる以前から存在していると言う事を示す言葉であり、脳髄を離れて、独立的に存在する事が出来る意識が、脳髄の滅んだ後も、生き続けていると言う事を如実に物語っている。

 また、ギリシャの哲学者・プラトンですら、「肉体は死すべきもの、物質的なもの、形而下のものであり、霊魂は不死なるもの、非物質的なもの、形而上のものである。この二つは、個人の生涯にあって、ただ一時の間、複合し、重なっているに過ぎない」と言っている。
 これは、霊魂が肉体に宿る前には、その儘(まま)か、あるいは一つの永久的な意識として、観念的に存在していると言う事を示している。

 だとすれば、意識と言うものは「連続性」を持つものであり、現在を境に過去にもあり、未来へも突くと言うものでなければならない。更に、意識は残るものであり、死した後にも、その想念が漂うと言う事であり、これは明らかに、死の苦痛に反応して、前もって「死相」として現れなければならない。

 「死相がない」とする考え方は、死に行く者への観察不足であり、死相はその意識体の表現として、克明に肉体に表示されるべきものなのである。




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