運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
士魂商才 1
士魂商才 2
士魂商才 3
士魂商才 4
士魂商才 5
士魂商才 6
士魂商才 7
士魂商才 8
士魂商才 9
士魂商才 10
士魂商才 11
士魂商才 12
home > 士魂商才 > 士魂商才 2
士魂商才 2

武蔵作/不動王


●なぜ日々鍛練するのか

 この世は、ある意味で戦場である。戦場では勝つことが求められる。それが基本概念になる。その概念によって人は動き、その動きの中には、暗躍をも辞さない凄まじさがある。
 その原動力は欲望であろうが、常に自他意識が働いていて「人より一歩先に出たい」という自らの欲望を突き動かしているのである。
 これは「先んずれば即ち人を制し、後るれば則ち人の制する所と為
(な)る」である。人よりもいい生計(くらし)をしたいという願望が人の行動原理になっている。それは立場を、優位なる場に立ちたいという欲望から来るものでもある。人が争うのは、この欲望以外に何もない。

 この欲望をもって、人類は有し以来、民族、王朝、国家、企業、更には個人商店までもを含めて、この原理により、目紛しく変化し、鎬
(しのぎ)を削って来た。そして、これが歴史を変化させて来たのである。
 則ち、その根底にあったものは、欲望であったことが分る。それはまたま、「富の独占」であった。
 この富の独占を狙って人々は暗躍する。富が独占出来れば支配者になることが出来るからだ。

 一方、被支配者にあっては、現支配者との立場を狙って、その立場の逆転を常に恐ろしい執念を燃やす。その克明なる世界がスポーツや競技武道の世界であろう。いい立場に立ちたいと願うのは、やはり欲望である。その原動力は欲望である。斯くして、両者はその争奪戦において烈しい死闘を演じる。
 階級闘争も、そういう欲望原理で動かされていた。しかし、そこからは無から有は産まれなかった。ただ破壊し尽くすことが、その執念に還った。もう何も残らなかった。

 では、なぜ無が無で、有を産み出さないのか。
 それはこの原理が、マイナスイメージを増幅する「引き算」と「割り算」から成っているからだ。これでは有が入り込んで来る要素がない。みな有が締め出されてしまう。何も産み出さない。
 計算高い勘定計算主義では、「引き算」が用いられ、また「割り算」が用いられる。それは換言すれば「利害」というものであろうあ。利害があり、その背景に我田引水があれば、そこには何も生まれるものがなく、また有すら派生させることが出来ない。何故なら悪しき“物質欲”が側面にあるからだ。
 人よりいい生活がしたい……。
 それは物質欲に他ならなかった。自分の利害が入り、勘定が含まれている。
 だが、これを離れない限り、いつまでも物質欲の妄想は蹤
(つ)いて廻る。



●士魂商才の算盤哲学

 そもそも士魂とは、「サムライ魂」のことである。
 サムライは自らの全人格を表面に打ち出し、世に奉仕することをその使命とした。有事に立ち上がる有徳の士をサムライと言った。
 現に、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルは次のようにサムライを言い表した。
 「日本人にはキリスト教国民のもっていない特質がある。それは武士が如何に貧しくとも、その貧しい武士が、豪商と同等に人々から尊敬されていることだった。清貧なる貧しさを、少しも恥だと思っている武士はいなかった」と、ザビエル神父は、当時の日本人の「清貧」さについて、驚きと感動の念を表している。

 これは、サムライと言う階級が決してわが身一人を維持するために奔走したということでないことを言っている。つまり「有徳の士」の一面を持っていた。
 一方、証人の中にも有徳の士がいた。財を自らの家族や子孫に残すために商いをするのでなく、世に貢献するためにその財を社会に換言するというサムライ的な発想をもって商売に励んだ商人
(あきんど)もいた。
 サムライ精神で商売を商う商人の算盤は、常にプラスの算盤哲学に徹していた。この商人は、根本的に、金で他人の頬を叩くその種の商売人でなかった。彼らの算盤哲学は計算機能が「足し算」と「掛け算」しかなかったのである。
 この算盤哲学の原理が簡単である。

 引き算と割り算は、その計算法を知っているだけで、それ以上の必要はない。数の勘定を出来るだけで充分である。これを実際に遣ってみる必要はないのである。
 士魂商才……。この二枚合わせの原理の中には、人間と人間の「人」と言う文字に代表されている。「人」の文字は互いの「凭
(もた)れ合い」を意味している。人間関係を顕している。したがって人間関係の中に、「引き算」や「割り算」があっては、人間関係は巧くいかないのは当然である。人間関係を重視する人生では、その営みに必要なのは「足し算」と「掛け算」だけである。
 「引き算」と「割り算」は“憎みの計算”であり“呪の計算”である。憎んだり呪ったりしていは人間関係は上手く行きようもない。同じような昏
(くら)い闇の中を暴走することになる。

 先んずれば人を制すの考えで、自分が大将にならねば気の済まない人は、他人の評価をしてケチを付けたがる人である。嫉
(そね)みの深い人である。そして、つまりは“一言居士(いちげんこじ)”である。
 こう言う人は、何事にも自分の意見を一言しなければ気のすまぬ性質の人である。人間的には下の下であり、しかしそれでいて自分は目立ちたがり屋で、自身を英雄視するところがある。こう言うのが紛れ込むと、その団体なり組織は力を失う。引っ張られるからだ。「引き算」と「割り算」で人間を評価し、人の長所を見出すことが出来ないからである。
 人の長所を見るには、「足し算」と「掛け算」が必要である。
 他人を厳しく減点評価し、常に見下す考えしか持たぬ人は、一方で自惚れが強く、自分では人一倍役に立つと自信過剰に陥っている人だが、実は嘘つきや怠け者以上に害を抱えた人間であり、人の評価を冷厳計算によって、人の人生も自分の人生も「引き算」と「割り算」で冷ややかに葬って行く世の害になる種属である。
 こう言う人間に限って、大いばりで「割り算」を用いて人を冷厳に葬り去って行く。ただ冷たいだけで、人間としての温情のサーモスタットが毀
(こわ)れているのである。人間の温もりを測る機能が調整出来ないのである。

 人生を「引き算」や「割り算」で蔑視してしまう考え方ほど怕いものはない。
 例えばその人に2とか3の力しかなかったとしよう。この力に「引き算」が使われたらどうなるだろうか。
 2の力しかない人に、2の数字で「引き算」が使われたらどうなるだろう。その人の評価はゼロになってしまう。これは3でも同じだろう。総て目減りして行き、殖えることはない。その程度の評価で、その人は人生を腐らせて行く。これは活かすことでない。無慙に潰えさせることである。
 ところが、2の力しかない人に、2をプラスしたらどうだろう。この人は一挙に力を倍増し、これまで打ち拉
(ひし)がれた人生を刷新するチャンスが訪れるだろう。同じように3をプラスしても同じだろう。忽ち6になる。

 他人の意見にケチをつけたり、厳しく批評して引き算を用いては、その人は腐るばかりである。これは活かすことでなく、殺すことである。
 一方、更に2しかない人に「掛け算」を用いてはどうだろう。2の力に人に2を掛ける。その人に力は4になる。その4に更に2を掛ければ、8になる。
 能率的な仕事をするには「足し算」と「掛け算」が必要である。
 しかし残念なことに、世に中にはこの単純なる計算法が分らない人が多い。直ぐに「引き算」と「割り算」の使いたがる人が多いことか。

 1に1を足せば2になるのに、1から1を差し引いてしまう。そうなると何も残らずゼロになってしまう。ゼロでは何も育たないのである。
 自然界にも野菜に肥料を遣れば、よく伸びるしよく育つ。世のエネルギーは燃やすことで動いているのではないか。油を火で燃焼させて動いているのではないか。この原理で車も動き、飛行機も飛び、船も海を航行するのではないか。
 これを「引き算」と「割り算」の原理で考えてしまえば、文明は停止する。

 私は、これまでに有徳の士と言う富豪に人に何人かあったことがある。県内でも有数な資産家である。
 そして、有徳の士から学ぶことは多い。
 この人は人の評価が違っていた。自分のところで一旦雇った人はどんな事があっても、人員整理しない人である。不況だからといって、自分の会社の社員にリストラを迫ったり、馘
(くび)にしない人である。不況であっても馘にせず、普段から身内の幹部社員は怒鳴っても、末端社員は決して叱らない人であった。それは外面がいいと言うのではない。裡側(うちがわ)こそ厳しくする姿勢である。肉親には厳しい人である。
 まさに「秋露」の如き厳しさで、自分も身内も律する人である。何か仕事が一段落つくと、必ず末端社員に対しては「ご苦労さま」という一言を絶対に忘れなかった。礼を言い、必ず褒めた。また、遣り損なったときは、「惜しいことをしましたなあ」と一緒になって悔しがった。
 この資産家の人生は、押し並べて「足し算人生」「掛け算人生」であった。私はこのとき、資産家は資産家になるべく、才能を背負わされているのだと確信したことがある。

 更に、この人の勝れたところは、単に足し算計算をするだけではなかった。この人の算盤哲学は、Aの人とBの人を集め、それで仕事をするのではない。Aの人の力が1で、Bの人が1ならばその力は2になるが、それでは戦力と言うものでない。これを戦力にするには、この力の中に自らも溶け込んで2とか3の力になって、互いを強め合うと言う掛け算の計算法をつかったのである。AB併せて2の力は2を掛けたり3を掛けたりして忽ち倍増した。これが創造であった。この創造を用いて、その計算法は人を活かしたのである。
 これを剣術で謂うならば、「活人剣」であろう。

 しかしこの剣法にも、一つだけ落し穴がある。
 それは、この力に幾ら「活人剣」の掛け算を遣っても、忽ちに無に帰する恐ろしいものがあった。それは決して1とゼロを用いない掛け算である。1を用いれば決して殖えることはない。元のままである。更に恐ろしいのはゼロである。ゼロか掛ければどうなるか、敢えて述べるまでもないだろう。

 1に何億掛けても、1は1のままである。孤立主義が何億と言う数字に出遭っても、孤立したままで「人」という字にならない。そこに顕われるのは孤立した人生である。人を活かすことは出来ない。そして自分も孤立して立ち往生する。
 人生において、互いに1の役割はしたくないものである。更に一層悪いのはゼロである。どんなに大きな数字であっても、一度ゼロを掛ければ、ゼロになってしまう。ゼロと言うのは、つまり人生では裏切り者であったわけだ。
 これは剣術で言えば「殺人剣」であり、人間はこの裏表に中に生きているのである。



●プロレタリア意識からの脱出

 人間は“無”から“有”を創造出来る生き物である。
 しかし、ここに唯物論が入れば、どうなるだろうか。
 唯物論は「因果応報」を否定するに都合にいい論理である。
 つまり、過去における善悪の業
(ごう)に応じて現在における幸不幸の果報を生じ、現在の業に応じて未来の果報を生ずることを否定して、自然科学の体系主義と歴史史観で事物の現象を物として結びつけるのであるから、幾ら悪事を現世で働いてみ、何の応報も反動もないと言う考え方である。
 そしてそこからは、無が有になる接点が断ち切られ、肝心なる藕糸の隠れた結びつきを完全に否定している。眼に見え、手で触れ、それが物理的反応を起こすことが総てとする可視世界のみを論
(あげつら)った論理である。
 無から有は発生しなかった?……。

 しかし一方で藕糸から、これまで見えなかった現象も起こっている。
 これは人間が、単に動物のように生きているという事とは違った意味を持つ。人間以外の動物の多くは、生物の概念の上に生きているだけである。それは棲
(す)む位置を限定した、「生息(せいそく)している」という名に相応しい生き方である。
 また、それは本能的に、その命ずるままに生きていると云うだけのことである。彼等は道具を発明したり、生命を幸福に安定させると云うことを知らない。

 ところが人間の場合の棲息
(せいそく)は、本能以外に別の欲求を持っている。欲望を満たす為の要求がある。それが満たされない場合は、フラストレーション(frustration)が起る。欲求の満足が阻止されている状態が起る。
 特に、それによって情動的緊張が高まる場合がある。しかし、此処から人間と動物は別れる。

 その一方で、理性を持ち、知性を持つからだ。これこそ人間の一大特長である。
 概念的思考の能力を「理性」と云う。これは実践的には、感性的欲求に左右されず思慮的に行動する能力のことである。これこそ動物と違うところである。また古来、人間と動物とを区別するものとされた概念である。真偽や善悪を識別する能力でもある。

 理性を備えながら、頭脳の知的な働きも持つ。知覚を基にして、感覚により得られた素材を整理し、かつ統一して、認識に至る精神機能を有している。
 総称すれば、人間は「人生に目的」を持っている。その目的は、それぞれに“無”から“有”を創造する心像化現象に期待する、何かを有している。
 つまり、「食う為に働くのではなく、人生の目的の為に働く」のである。
 より善い人生を出現させる為に、人はみな働いている。人よりも、いい暮らしをしようと思って、日々奔走している。先ずは、欲求として「見栄を張る」ことだろう。等身大以上に自分を大きく見せようとする。
 これは求婚相手を見つける場合、誰でも虚栄心を張ることになる。いい暮らしや、快適な暮らしがしたいためである。
 こうして人は、他人より一歩先んじて、『史記項羽本紀
(しき‐こうう‐ほんき)』に出て来る「先んずれば人を制す」を実践し、この為に奔走(ほんそう)するのだ。秦末の武将で、秦を滅ぼして楚王(そおう)となった項羽(こうう)は、相手より先に事を行えば、優位に立つことができると教えるのだ。

 ところが、「先んずる奔走」を行っていても、究極は、一代で財を築いたり、銀行預金の利息で食って行く生活のロケーションをすると言うために、「理財の才」を駆使する人は少ない。自分一代である。
 せいぜい老後は“働かなくていいような生活設計止り”である。そのために、誰もが老後の安楽を夢見て、定年退職まで目一杯働くのである
。あるいは働かなければならないと思い込んでいる。職を失った時から、自分の存在は消えてなくなると思い込んでいる。
 しかしこの考え方自体は、矛盾多き考えである。

 何故ならば、働く目的が、「老後には働かない」としている為である。つまり、働かない為に働くと言う、訝
(おか)しな愚行を「働く目的」にしているからである。
 それでは働く目的がぼやけて来る。「何のやめに働くのか」というところに、釈然としない箇所が生まれてくる。働く意味を見出せない感情が生じる。そのために、働く自分が惨じめに思えて来る。
 また、あくせくと働く勤労者の多くの共通した“働く論理”は、「若い時はに一生懸命に働き、定年退職まで辛抱して働けば、歳をとってから、必ず幸せになれる」と信じて疑わないところである。だから精一杯働こうとする。雨の日も風の日も、骨身を惜しまず精一杯働こうとするのである。
 実に、若い時に一生懸命働き、鼻水を垂らして働く理由は、此処にある。

 しかし、金銭が身に付くというのは、働きではなく、その人の「徳分」である。徳分に金は付く。これを間違ってはならない。しらがって「徳分」がなければ金銭は身に付かない。
 一生懸命に働き、高額な給料を貰ったとしても、その人に徳分がなければ、右から左に出て行ってしまう。働いても働いても、決して楽になることはない。それは働きが悪いからでなく、「徳分」がないからだ。
 こうした紛
(まぎ)れもない現実がある一方で、他方には、別段若い時に、そんなに働いたわけではないのだが、金が身に付く徳分を持っていれば、金の方が寄って来る人がいる。人の道を外す事なく、当たり前の事を当たり前に遣(や)り、然(しか)もその上、幸せの方がその人に近付いて来るのである。金に寄られることを「徳分」という。「徳分」があるから、金の方が近付いて来る。これを「理財の才」というのである。
 つまり、これから分かることは、貧富とは、「天にある」ことが分かるであろう。わが身一つに付いた「徳分」により、貧富の差が別れることである。

 「貧富は天にあり」という真理が分かれば、人は何故あくせくして働くのか、また、あくせくしなくても徳分が備わっていれば生活に困らないのか、これが自然に見えて来るのである。
 したがって、「金」という“生き物”は、金が付いたと思っていても、金が身に付く徳分がなければ、金は離れて行くものなのである。金が身に付く因縁がなければ、金は益々失われるばかりである。

 いい暮らしをしようと思って、歯を食いしばり、肩肘を張ってその肘で他人を突き退
(の)け、金をせっせと貯えても、身に付く縁がなければ出て行く。働いても働いても、一向に楽にならない。それでも何とか貯まったと言う状態に達しても、安心出来ない。
 これでどうやら老後の事は一安心と思っていても、身に付かない因縁で、自分が支配されていれば、それまでなのだ。

 老後の為に建てたマイホームも、ガン疾患を患
(わずら)うことで、手放さねばならなくなることがある。
 また、家族の誰かが、一年も二年も大病に罹
(かか)り、それだけでこれまでの貯えは御破算(ほはさん)に戻るかも知れない。
 これは金が身に付く縁がないからであり、つまり徳分がなければ、幾ら働いても、やはり出て行ってしまうのである。したがって、徳分を身に付ける為には、「徳を養う」ことを人生の重要事項に掲げ、それを養成して行かなければならない。
 そして徳分の最終目標に掲げる目的は、労働をしないで食って行ける自分を、外に求めるのではなく、内に求めるのである。物持ちになるとか、金持ちになると言うこうした位置のものを、自分の外に需
(もと)めるのではなく、内に求めるのである。自身に求めて、その徳分があるかそうでないかを点検し、そうでなけれな徳分が身に付くようにしなければならない。但し、没落希望者はその限りでない。
 自分で活かすのではなく、生きれるように活かしてもらうのである。それは因縁による。生かされる因縁を身に付けねばならない。

 あくせく働き、労働者を気取るのは、常に求める先を“外”に置いているからである。これでは働いても働いても、楽にならない。また、働く目的も釈然としなくなる。そうなると動物的な生き方になって、生かされることに気付かないまま潰える人生を終えることになる。
 何故ならば、「目的を働かぬ」に置いているのにも関わらず、然
(しか)も、その手段として「働く」からである。これこそ明らかに矛盾である。本来ならば、目的と手段は同じ方向に向いていなければならない。
 目的は「働かぬ」にあって、手段は「働く」のであるから、これは目的と手段の錯誤であり、二つの目的のために働くと云うことになる。そして「働かぬ」と「働く」は、各々に相矛盾する二つの目的に、相殺されてしまうから、結局働いて
金は残らない。

 人それぞれに働く目的はあろうか。
 多くの人は豊かになるため、貧乏から抜け出すために働く。幸福になるために働く。働く目的は、貧乏を克服し、幸せに至るというものである。多くの人は働く目的をこれに置いているに違いない。
 ところが懸命に働いて、金持ちになれなかったり、幸福になれなかったりしたら、その人の人生は無駄になったと言えはしないか。
 目的が達成されないのだから、まさに無駄な人生を歩いたことになる。また、これまでの労働の意味を見出せないであろう。

 やはり目的が違っていた、と言えはしないか。働く目的と手段が、逆方向に向いていたと言えはしないか。
 そこで、これを同一線上の同じ方向に乗せるには、究極の目的を、「働かないために働くのではなく」また「働かないことを生涯通す」という「過去の金」に見い出さねばならない。
 つまり「階級の記し」としての、財産の量よりは、財源を掴むことなのである。
 財産と財源は、自ずから意味が違う。資産を所有すると云うことと、財源を掴んでいると云うことは違うのだ。これは労働とイコールでない。財産はそれ以上、金が金を呼ぶ循環はない。それまで止りである。幾ら財産を貯えても、失えばそれまでだ。
 人生の意味を解さない生き方は、目的を見失うから、生きることが釈然としなくなってしまう。

 ところが財源は、無尽蔵に作用する。
 いつまでもそれが源泉のである限り、何年も、何十年も、何百年も泉の如く湧いて来る。これを見つけ出せば、財源だけで暮していける。
 したがって、労働することと、財源を見つけることとは根本的に違っており、かつて剣豪・宮本武蔵は、こうした財源を手に入れたに違いなかった。

武蔵筆 六曲屏風『蘆雁の図』右半双



●慎み深さ

 現在アメリカでも、上位の上流階級を区別する場合、そのランクはおおよそ「三階級」に区別される。
 これは現在稼いでいる額と、相続財産の割合から、算出されるものである。
 そして上位の最上層に位置するのは、ロックフェラー家、ピュー家、デュポン家、メロン家、フォード家、ヴァンダービルト家、フリーマン家、コリンズ家、オナシス家らの人々で、彼等は所謂
(いわゆる)「古い金」で生活している。先祖の掴んだ財源により、働くことなく暮している。
 だが、彼等は決して先祖の財産で安穏として暮しているのではない。常に頭を遣い、“涸
(か)れない泉”を創造しているのである。
 金銭に関して言えば、その財は無尽蔵に作用する方法を知っているからである。

 そしてアメリカの「最上流層」といわれる、トップにいる連中が問題にするのは、同じ資産家でも、資産家が稼ぎ出す金が、どんなに高収入で大きかろうと、それが自分で稼いだ金である限り、階級的には高額所得者でありながら、実は労働者なのである。その最もよき例は、映画スターやテレビタレント、プロ・スポーツ選手らであり、彼等は自分でどんなに高収入を叩き出したとしても、それが自分で稼いだ金であれば、最上流階級の仲間入りは出来ないのである。
 巨額の収入であっても、問題にされないのである。

 日本では、一般に金持ちと云えば、東京田園調布や兵庫県芦屋などの高級住宅地に、大層なプール付きの邸宅を構え、庶民に見せびらかすことによって、優越感を感じる人種を指すのであるが、アメリカやヨーロッパでは、決して大通りから見えるようなところに、絶対に住居を構えない。
 アメリカ流で言えば、日本人の、数億円から数十億円程度の資産を有するスーパーリッチと云われるこの程度の金持ちは、所詮
(しょせん)彼等が見下す“小金持ち”に過ぎず、この程度の優越感を感じることからして、ブルーカラーの労働者として、軽く見られてしまうのである。

 大富豪で桁
(けた)外れの最上階級は、自らの家を大通りから見えるところや、道路から見えるところに住居を構えない。彼等は「隠れ階級」という名に相応しく、質素と倹約を旨として慎(つつ)ましく暮している。
 そして彼等が知り抜いていることは、大層な邸宅風のマイホームでも、人の羨むような高級外車に乗っていても、その源泉が借金からなる「負債の部」に位置するもので、これは「資産の部」に入らないことを知っているのだ。
 また、夜な夜な接待で、銀座などの高級クラブで飲み回っていても、その飲食費の出所は、会社の接待交際費から出ているのであって、飲み回っている本人の懐から出た金でないことを知っているのだ。だから、この手の手合は、支配階級でなく被支配階級であることを百も承知してるのである。要するに、何処まで辿っても労働者階級の域を抜け出せていないのである。取締役級の役職に付いていても、結局は“会社漬け”の「使用人」なのである。

 最上層に位置する彼等は、かつてアメリカを襲った、1929年10月24日の世界大恐慌を教訓に、自分の財産を一目に曝
(さら)すことを控え目にし、世間から自らを隔離することで沈黙してしまったのである。そしてニューヨークの五番街北にあるセントラルパーク付近の派手なマンションの富をひけらかす住居から、バージニア州、ニューヨーク州北部、コネチカット州、ロングアイランド、ニュージャージ州などの山里に“隠れ屋”を設けてしまったのである。
 こうした現象は、1930年代から始まったといわれる。そして彼等は「労働をしない有閑階級」として、今なお“影のエスタブリッシュメント”として、政治的にも強大な影響力を持っている。

 そして今日、大富豪と云われる、総てに「超」が付く、桁
(けた)外れな“隠れ階級”は、大通りやハイウェーから見える、此見よがしに、大袈裟(おお‐げさ)な構えの邸宅には棲(す)まないのである。
 また、日本人の小金持ちを見る羨望
(せんぼう)の眼で、映画俳優、テレビタレント、プロスポーツ選手(プロ野球やプロサッカー、大相撲、プロゴルフ、プロボクシング、プロレスなど)を見るような感じで、“隠れ階級”を判断すると大きな間違いを犯すのである。
 そして日本人が大きな間違いを犯している最たるものは、ホワイトハウスの実体であろう。

 ホワイトハウスに住人は、かつてのフランクリン・D・ルーズベルト一家であろうと、ジョン・F・ケネディ一家であろうと、彼等は決して最上流階級のレベルには数えられなかった人達である。また、上流階級ですらないのである。
 ホワイトハウスの建て方は、実に巧妙である。
 人心の羨望の的になるような建て方をしている。アメリカン・ドリームを象徴したような意図を計算し尽くしている。此処は高台の丘に、純白の建物が建てられている。そして純白なるが故に、その名も「ホワイトハウス」である。此処にこの度、黒人大統領としては初めての、オバマ一家が入居することになった。ある意味で、アメリカン・ドリームの一翼を担っている構図が描き出されている。
 しかし、そこには影の演出者が居ることは、疑いようの無い事実だ。

 ホワイトハウスに一時期入居した者は、殆ど例外なしに、地位を落すことだ。それは影の演出者が居る事を、雄弁に物語っている。
 だから一度此処の住人になると、家系的にも没落する運命が免れない。
 ホワイトハウスは余りにも目立ち過ぎる。何処から検
(み)ても、トップに位置する上流階級の住居を連想させる。しかし、此処の住人は、影の実力者の傀儡(かいらい)に過ぎない。シナリオ通りに演劇をする演技者であり、そこの住人が、ある意図を持った穏微な集団の代理人をしているに過ぎない。

 政治に反映される深層部からの意図は、大統領の肚から出るのでなく、“影の政府”の意向からだ。大統領は単なるシナリオを演じる演技者に過ぎない。これこそが、アメリカの政治家の実体であり、その影響力の背景には、常に東部エスタブリッシュメントの政策形成に影響力を及ぼす、既成の権力機構の強大な意図があるのだ。この権威的組織に、大統領以下ら政治家も操られている。

 またアメリカでは、政治家が政治資金や国民の寄附金よって、民主選挙が実施されている現実は、彼等が自分の思うように遣
(つか)える潤沢な資金を持っていない事を物語り、多くは寄附金によって、口先ばかりの民主選挙政治を展開されているに過ぎない。その為に、何者かの穏微な集団の政治的な意向が、影から働く構造が否定出来ない。つまり、アメリカでは大統領と雖(いえど)も、労働者なのである。“大統領”と云う仮面を被った、高級労働者に過ぎない。

 これはかつて日本に存在した、明治維新以前の「主君」と云われた、諸侯とは大きく違っていたのである。これは「封建時代」という、時代が異なっていたのではなく、「階級」が異なっていたのである。
 かつての諸侯は、「働かない階級」であった。大名はそれぞれに石高により上下のランクはあったとは言え、まさに働かない階級であった。
 彼等の仕事の多くは「社交」であり、“泊まり客”を持て成すことが、仕事と言えば仕事だった。泊まり客が訪れると云うことは、働かない階級の「上流の証
(あかし)」だったのである。
 そして、彼等は上流に位置する限り、自分は、下の階級に寄附
(きふ)などを施すことはあっても、自らの望んで寄附をして貰ったことなど、一度もなかったのである。総て、泊まり客の接待は“自前”で行われたのである。

 これは“泊まり客が出入りする”ということ自体が、紛
(まぎ)れもなく「上流階級の証」だった。此処には泊まり客用の寝室が幾つもあり、茶室をはじめとして、種々の設備を所有していた。また、そこに出される懐石料理や、その他の酒食用の食材は豊富で、多くは季節感を感じる旬のもので、充分に持て成しが出来るという自信があるからであった。この自信こそ、上流の証だった。

 さて、階級は格式が高くなる上流階級の場合、上流の彼等と一緒に過ごす時は、まず「褒
(ほ)め言葉」を控えるのが礼儀であった。褒めると「失礼にあたる」からだ。
 彼等の持ち物は、普段の調度品でも高級品ばかりで美しく、況
(ま)して客を持て成す調度品の数々は最初から美しく、高価である事は当たり前である。
 この点、まあまあの職人の作の、出来栄のする持ち物を褒めるのとは訳が違う。中流以下の社交辞令では、彼等の持ち物を褒めて、確信を与えてもらう必要があるが、上流では、財産価値にも些
(いささ)かの疑いもないから、“褒めると云う行為”は、逆に失礼なことであった。

 また上流階級と酒食する時は、特に招待を受けた場合、料理すら褒めないのが常識である。
 例えば茶席に招かれて、上流の茶懐石では料理も、茶の湯で、茶を出す前に出す簡単な食事でも最高で、選
(よ)りすぐりの粋(すい)なるものだろう。それを促(うなが)されるままに、一々相槌(あいつち)を打って褒めてはならない。

 本来懐石は、空腹をしのぐ「粗末な食べもの」の意である。温石
(おんじゃく)で腹を暖めると同じ程度に、腹中を暖め、そうした“粗末さ”をいうのであるが、実は「粗末」を口にしながらも、決して身体を温めるものではない。懐石を出した主人は、決してそうは思っていない。此処には大いに謙遜の意味が含まれているが、それをまともにとっては大間違いをする。この世界では日常茶飯事の社交辞令として謙譲と謙遜が交叉(こうさ)するのだ。
 茶を差し出す、口上
(こうじょう)も「粗茶」を口にするが、決して粗茶などではない。最高の物を、謙譲の意味から、粗茶と表現しているに過ぎない。それは常套句(じょうとう‐く)なのだ。

 また、種々の茶道具も絶対に褒めてはならない。
 最初から、茶碗一つで数百万円、茶入れ一つで五百万円とか一千万円と言うのは決して珍しくない。国宝級の物を所持している。
 所持する品々は最初から高価なものであり、それを褒められる為に、上流階級に位置する主人は客を招いたのではない。当たり前の事を当たり前として、日常茶飯事に行っているのである。これに動揺したり、感動したりしたのでは、「お里」が知れる。

池の岬にある船型灯籠 客を待つ夕燈火

 もし、大名諸侯の茶席に招かれて、茶器一つでも褒め上げたならば、即刻、追い出されることは必定であり、「あいつ、わしの曜変天目茶碗
(ようへん‐てんもく‐ぢゃわん)を褒めおったぞ!何と厚かましい奴だ」と侮蔑(ぶべつ)を込めて揶揄(やゆ)され、その配下の家臣ならば、遠地の閑職(かんしょく)へと左遷(させん)させられてしまうところだろう。あるいは降格が待っているだろう。

 またこうした席上では、自分の得意とする“表芸”の話題をしてはならない。こうしたものを話題にすれば、素養の乏しさを指摘されるだろう。人間としての余裕のなさを見抜かれてしまうだろう。問われないことを、口にするべきでないのだ。そして温恭
(おんきょう)な態度を忘れてはならない。おだやかで慎み深いことが肝心なのだ。

 さて、武蔵が豊前小倉に滞在した時、藩主・小笠原忠利は、予々
(かねがね)より、武蔵の識見を高く評価していた。三千石で召し抱えても惜しくないと云う熱の入れようだった。また武蔵も、年来これまで探し求めていた藩公であると畏服(いふく)していた。
 この両者の意思の疎通の心理的メカニズムは、まず武蔵の教養面を兼ね備えた懐
(ふところ)の深さだっただろう。奥行きに深さだっただろう。
 この奥深いところに、単なる“チャンバラ名人”の粗暴を検
(み)たのではなく、「人間武蔵」の人柄を評価したのだろう。忠利公は教養人としての優れた人間性を検たのだろう。

 これが「三千石で召し抱えても惜しくない」と云う言葉に変えさせたのだ。
 武蔵をして、このように言わしめたということは、既に武蔵はこの時、単なる“腕に覚えがある”武芸者だけではなかった。教養人の側面を兼ね備えていた。

 世辞を含まず、追従を交えず、世間一般的な社交辞令を廃し、見え透いた言葉で、その場限りの嬉しがらせる言葉を慎んだことだ。
 こうした侮蔑を招くだけの態度を微塵
(みじん)も感じさせないところに、小笠原忠利に「三千石で召し抱えても惜しくない」という言葉を言わしめたのだった。
 そして武蔵には、慎み深さと同時に、賢明なる「用心深さ」もあった。この「用心深さ」こそ、武蔵の全人格を代表していたと言えるだろう。
 その人格の背景には、自主独立の「自前主義」が貫かれていた。この賢明さが、認められたことになる。



●理財の才と自前独立主義

 他人の力を借りず、「自前で総て揃
(そろ)える」というのが“自前主義の鉄則”である。要するに「借り物」ではないのだ。
 自前主義を考えた場合、それは自分の力で「自立している」ことを云う。

 つまり「借り物」ではないと云う意味である。一切が“自立更生”の思想で貫かれていることである。自分自身の裡に、「自分を自浄作用する蘇
(よみがえ)る力」を有していることである。
 また、資金的にも「独立」していることである。援助を必要としない態度を明確にしておくべきだろう。これがなければ、有識者や文化人から蔑
(さげすみ)の視線で見られてしまう。

 例えば、大会や演武会を開くにしても、一切寄附などを求めず、自分の金で、自力で、これを実行すると云うことだ。
 昨今、甚
(はなは)だしく武術や武道の品位を低下させる悪しき行動に一つに、「寄附金や広告集めの悪習」がある。品位の低下の原点には、“自前の足”で立つことの出来ない、その集団が唱える「道」の未熟さがある。口先ばかりで「道」を標榜(ひょうぼう)しながらも、「道」だの、「青少年育成」などを口にしながら、寄附金や広告集めをして守銭奴に成り下がっている一面がある。どうしてこれで、道を説き、青少年を指導する資格があるのだろうか。

 大会や演武会を開くには金が懸かる。会場費用、遠征費用、参加者や役員らの飲食費、パンフレットの印刷代や賞品授与に関する類の調達資金などの捻出に対し、他人の懐
(ふところ)を宛にするのは如何なものか。
 これこそ、「武の道」を口にする者に、あるまじき“卑しい態度”と云わねばならない行為である。自前でなく、他人の懐を当てにした“強請りも構図”であるからだ。品位を落せば、脅したり泣きついたりの“集
(たか)り構図”になってしまう。賛助金と言えば体裁がいいが、結局根底にそう言うものがあると、その種の金しか集まらなくなる。
 生徒やその父母から自発的な寄附の申し出があった場合は別であるが、「武の道」を説く以上、道の大原則として、この種の全費用の経費は、これを主催する関係者のみで負担すべき筋のものだろう。
 また、大会場を借りて荷が重過ぎるのなら、規模を縮小して、体力に見合った形のものにすればよいのである。俚諺
(りげん)にも「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」というではないか。
 刀身大で、それ以上の見栄はいるまい。

 しかし、人間が此処まで辿り着くには長い時間を要する。
 私自身、これに辿り着くのに18歳からはじめて、44歳の26年間の錯誤を繰り返しながら、やっとの思いで『自前独立』に辿り着いたのである。最初は自らの愚に気付かないが、金銭と言うものが「生き物」と感じたとき、それは生きていて人間に作用しているということに気付いたのである。この生き物は流動体であり、個体ではなかった。時にはダイナミックに変化する。自らで動きの方向を変え、変形することを知っているのである。相応しくない者には、そっぽを向くのである。そして「財」とは、実は天にあるものと気付いたのである。
 富貴は天にあった。
 富める者も貧する者も、天にある富貴に甘んじれば、それだけで人生は楽しいのである。何も“あくせく”する必要なはない。因縁に任せれば済むことである。理財の才があれは富めばいいし、才がなければ貧すればいい。まさに「死生命あり」である。そして「富貴天にあり」である。何れも遵
(したが)えば、貧富の差はあっても、少なくとも経済的不自由にはならないものである。決して飢えはしないものである。

 古語に振り返れば「心正しく、体すなほにして、のち礼と云うべし」とある。
 これは「独立」の気風を謳
(うた)ったものである。他人の懐(ふところ)を当てにしない「自前」と「自主」を前面に打ち出し、自立する気構えが必要なのだ。毅然とした態度である。これが備わって、はじめて「人格存立」がなる。
 この根本部分を抜きにして、「礼」だの、「作法」だのもないだろう。
 そして「自主独立」の気風には、総てが自前主義に徹し、他人の懐
を当てにして「お強請りをしない」ということなのである。
 幾ら腕が立っても、活動資金を他人の懐で賄
(まかな)うのは、それだけで品位を落してしまう。品位を確立するには、「孤高」を持すべきだろう。ひとり超然としている態度がなければ、逆に人々の尊敬や協力や引立ては得られないであろう。隷属主義では、運も開かず、良き方向へと向かないであろう。独立精神がなければ閉ざされるのである。



  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法