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現代テロリズム考 7

●語られなくなった大アジア主義

 戦後の日本の右翼は、米ソの冷戦構造の中にあって、反共産主義、反ソ連、反中国の道を歩み、その多くは「反共右翼」として活動してきた。
 そして、反共主義から打ち立てたスローガンは、「天皇制復活」「憲法改正」「反共産主義」「反ヤルタ・ポツダム体制」「北方領土返還」「日教組粉砕」「大資本粉砕」などであった。
 また、それに準じて、当然の事ながら、「愛国主義」を表看板にしてきた。

 しかし、あまりにも反共主義一辺倒であった為、「安保体制の容認」や、当時の政府自民党との結合、あるいは権力の番人として、保守政権の勢力の一部となり、活動資金も、こうした結合により調達を行ってきた。その結果、活動資金を財界に頼り、更には、日本国民の共通の利益を生贄(いけにえ)にして、アメリカの利益をも擁護(ようご)する立場を取ってきた。それは奇(く)しくも、アメリカのユダヤ大資本を肥らせる愚行の策であった。

 戦前の「反米右翼」的な一面がすっかり鳴りを潜め、また、「一人一殺主義」の気概を欠落させ、「愛国」とは名ばかりで、不明瞭(ふめいりょう)な態度を貫いてきた。
 これは、あまりにも反共産色と強くした為に、反共陣営ならば、総(すべ)て味方であると錯覚し、一部の反共をスローガンに掲げる右翼は、統一教会系の国際勝共連合などと手を結び、偽装された敵勢力と結託する愚策を犯してきた。

 「反ヤルタ・ポツダム体制」を標榜(ひょうぼう)しながらも、その中心勢力であるアメリカと結託し、現在も、イルミナティやフリーメーソンの影響下にある、自民党や公明党の用心棒に成り下がっている。そして日本を、アメリカの「第五十一番目の州にする属国」の路線すら容認しているのである。果たして、「アメリカ化」された日本に、日本の美しさなど、あるのだろうか。

 その一方で、「美しい日本の山河を守れ」をスローガンにし、他方で、国土を汚染し、地球を破壊し、日本人の金銭至上主義を煽(あお)る大資本家や政財界と結託して、ここからの献金によって禄(ろく)を食(は)む「自称右翼」もいる。

 したがって、この態勢の中から、「民族主義」を読み取り、また、「愛国心」を読み取ることは非常に難しくなった。それは愛国者の中の一部に、右翼を自称する似非(えせ)右翼が混じっているからだ。
 そして彼等は、天皇制の復活を希求しながらも、天皇家そのものを破壊する統一教会系の国際勝共連合と結びついているからだ。
 果たして右翼を自称する彼等は、国際勝共連合の、本当の正体を知っているのであろうか。あるいは意図した統一教会の回し者か。

 日本人は長らく、かつて、自由民権運動から始まった「国権主義」「大アジア主義」の、在野のナショナリズムがあったことを、既に忘れてしまっている。
 「玄洋社」の頭山満(とうやま‐みつる)をはじめ、箱田六輔(はこだ‐ろくすけ)、平岡浩太郎(ひらおか‐こうたろう)、進藤喜平太(しんどう‐きへいた)、杉山茂丸(すぎやま‐しげまる)、広田弘毅(ひろた‐こうき)、中野正剛(なかの‐せいごう)ら、多彩な人物がいて、国のあるべき姿を模索し、アジア民族の共栄共存を提唱し、私利私欲とは無縁に生きた人々がいた。
 その時代は、東洋に「大アジア主義」が旋風した時代であった。

玄洋社を支えた多彩な人々。西南戦争の翌年の明治11年(1878)、玄洋社の全身である「向陽社」が創設され、翌年の12月、「玄洋社」が誕生した。写真の前列左から三人目は頭山満。前列右から二人目は杉山茂丸。後列右から二人目は月成勲(つきなり‐いさお)、三人目は的野半介(まとの‐はんすけ)、四人目は内田良平。(玄洋社記念館所蔵・『頭山満と玄洋社』読売新聞社西部本社編より)

 欧米列強の理不尽な植民地政策や帝国主義に敢然(かんぜん)と立ち向かい、玄洋社の同志達と、中国の孫文(そんぶん)、朝鮮の金玉均(キム‐オクキュン)、インドのビハリ・ポーズ、フィリピンの独立運動家らが祖国愛に燃え、彼等と手を携(たずさ)えて、欧米列強と対抗しようとした人々がいた。そして、真に、心から東洋平和を願う人たちがいた。

 しかし、日本は先の大戦で大敗北し、人類初の原子爆弾を頭上に浴び、やがてこうした祖国愛や東洋平和に向けた活動は、「負」のイメージで捉えられるようになった。
 特に、戦後の民主主義下の奔流では、その偏見が激しく、「玄洋社」の面々が描いたアジアへの思いは、長らく封印をされたままになっている。そして、今もなお、当時の検証もされず、また、久しく語られない。

 戦後、発行された「日本史」(近代日本史)の教科書や、「日本史辞典」などのページを繰ると、「玄洋社」は、政治結社と定義され、右翼の源流のように記されている。また、侵略主義の烙印(らくいん)が押され、暗殺集団、殺人集団の巣窟(そうくつ)のように、「悪」の一語で綴(つづ)られている。

平岡浩太郎
中野正剛

 今日でも、玄洋社を、右翼の源流なのか、政治結社なのか、侵略主義の暗殺・殺人集団の巣窟なのか、これを明確にさせていない。そして「悪」の如き、汚名が拭われていない。
 勿論それはそれで、従来の見方を単純に否定するものではないが、「玄洋社」を真摯(しんし)に研究していくと、単に右翼でもないし、政治結社でもないし、また侵略主義者の集団でもなかったことに行き当たる。もっと、他に「何かがあった」のである。

 こうした事が明らかにされないまま戦後、『葉隠』と共に批判の対象にされ、「玄洋社」の歴史的な意味合いは、焦点を失い、ぼやけたものになっている。
 しかし、玄洋社を研究すると、直に分かることだが、近代日本史の中で、特に玄洋社だけが、多彩な運動を展開したことは確かである。
 そして、日本全国、どこの地域を探しても、玄洋社と似たような組織は一つも見当たらないからである。

 その特徴に一つには、玄洋社が日清戦争、日露戦争、韓国併合などに係(かかわ)り、その一方で、「玄洋社が何をしたか」ということに対しての証拠を何一つ挙げることが出来ないからである。ここに玄洋社の特異性があった。一体この集団は、何であったのだろうか。

 頭山満は、西郷隆盛の言葉を引用して、「命もいらず、官位も、金もいらぬ人は始末に困る」と、よく語ったという。
 自由民権運動の中から生まれた玄洋社は、国内改革をはじめとして、アジア革命を目指し、大アジア主義と共に、欧米からのアジアの解放をスローガンに運動を展開した。当時の、「大いなる東(ひむがし)は、このアジア解放思想の中から生まれた道標であった。また、これが玄洋社の唱えた「民権から国権へ」の移行の問題を提起した。

 そして玄洋社は、頭山満を司令塔にして、アジアへと活動の場を広げ、韓国の親日派政治家・金玉均(キム‐オクキュン)と交友を深め、フィリピンの独立運動家・アギナルドを支援した。また一方、孫文(そんぶん)や黄興(おうこう)らの中国革命の志士を支援し、インド独立運動のラス・ビハリ・ボースを匿(かくま)った事は、よく知られている。これらは日本政府の意に反しての行動であった。ここに玄洋社の特異性があった。

金玉均
ラス・ビハリ・ボース

 また、内田良平は、玄洋社の三傑(さんかい)の一人とされる平岡浩太郎の甥(おい)で、玄洋社の社員でもあった。後に内田は、明治34年1月、黒龍江(アムール川)にちなんで「黒龍会」を起す。

 1935年当時、内田は「日韓併合」を、よく口にしたという。
 内田の言によると、日本の韓国支配に対し、「内鮮人(日本人と朝鮮人)が融和しているように見えるのは表面だけであり、当局の高圧によって、どうにかこうにか押さえつけているが、この鬱勃(うつぼつ)の気はいつ、爆発するか分からない。その上、朝鮮の当事者である植民地支配の者は、その民族より遥(はる)かに恥知らずで、義理を知らず、人情を知らず、また、文化的にも不逞(ふてい)無知な官僚人種である」と、日本政府のやり口を痛烈に批判したとある。

 玄洋社の歴史を考える上で、当時は、韓国併合は避けて通られぬ問題であった。しかし、玄洋社は、これを「日韓合邦」と定義した。そして内田は、日本の韓国併合に対し、「日本民間の有志として、朝鮮民族に対し、幾ら謝罪しても、謝罪しきれない」と陳謝の辞を述べたという。内田は、日本の韓国併合という傲慢(ごうまん)なやり方に、大反対だったのである。

 玄洋社は、「日韓合邦」を説いたが、その一方で、当時の日本政府は、これに反して、「東洋の平和、精神的文化建設の為に日本民族が大陸に一歩踏み出した、その第一礎石である」と論じた。これにより、現代人の眼からすれば、「侵略的な言辞」と映るのである。

 しかし、当時の玄洋社の論理は、「日韓合邦」が、韓国を日本の植民地にすることではなかったという。要するに、当時の玄洋社の社員達は、既に派閥や思想の違いを乗り越えて、東洋人の為の大アジア主義を目指していたのである。ここには、何も右翼あるいは民族派という、一部の特定なグループを指すだけでなく、独立国家としての「国権の自尊の念」が貫かれていたのである。

 この事は無政府主義者で、社会主義運動家の大杉栄(おおすぎ‐さかえ)やその妻・伊藤野枝(いとう‐やえ)が、危険思想で官憲に捕らえられ、幾度か投獄されたとき、頭山満や杉山茂丸は、彼等に助命・釈放の嘆願をし、取り締まる側の後藤新平(ごとう‐しんぺい)までが直接大杉夫妻らと会い、頭山らは彼等に、「これで(革命の為に)大砲の一つでも買ってくだされ」と社会主義運動の為に軍資金までもを提供しているのである。この懐(ふところ)の深さは、一体どこから来るものであろうか。

 ここが、並みの政治結社とは、似ても似つかぬところであり、玄洋社と同じ団体は、日本中探しても、何処にも見当たらないのである。これは「思想的寛容」と見るべきであり、ここが玄洋社の実に不思議な点であった。

 更に頭山満は、頭山自身の人間像を驚かせる現象に一つに、中江兆民(なかえ‐ちょうみん)と信頼関係を固くした友情があった事である。現代の眼で、中江兆民を見ると、「左翼」の源流のような人物となる。しかし頭山は、中江と交友関係にあったというから驚くべきである。
 玄洋社は、右翼だの、左翼などの了見の狭い思想的見解を超えて、「人間としての道義を重んじる団体」に成長していたのである。人間を計る物差しは、「人間としての道義」だったのである。 したがって、頭山が中江と深い友情によって結ばれていたとしても、決して不思議ではない。

 これと似た事は、宮崎滔天(みやさき‐とうてん)の『三十三年の夢』の中にも出てくる。
 ここには、吉野作造(よしの‐さくぞう)の解題が論じられているが、吉野は「頭山満翁、寺尾亨(てらお‐とおる)先生一派は(単なる了見の狭いイデオロギーを超越し)……支那革命史の編纂(へんさん)を思い立たれ、その事を、実は私に託した」とあり、クリスチャンで東大教授であった吉野作造が、大正初年に主唱したのは「民本主義」であった。吉野は、大正デモクラシーを提唱した張本人であったのだ。その吉野に、頭山は「支那革命史」の編纂を依頼したというのである。
 単に口先だけで、右翼思想で凝り固まる、並の人間には出来ないことである。

 吉野の思想は、頭山や寺尾らとは、対極する思想であると思われるが、玄洋社が掲げた大アジア主義は、「思想の違い」は、必ずしも人脈の違いではなく、既に、「思想というハードル」を超えたアジア郷党的な結合を成していたものが、実は玄洋社であった。
 これだけを上げても、玄洋社が並みの政治結社でなく、また秘密結社でもなく、更には右翼の集団でもなかったということになる。

 玄洋社の歴史を追えば、その起こりは九州「福岡の地」と言う事になるが、これをマクロ的に見ていくと、九州の中の福岡、日本の中の九州、アジアの中の日本と、そして大アジアと、マクロ的な連鎖が起こり、ついには大アジア主義に辿り着くのである。
 この意味からすれば、玄洋社が唱えた「日韓合邦」は、かつて日本が植民地にした韓国併合とは大きく違っているのである。つまり、玄洋社はアジアにおける民族集団を、アジアで包含した郷党的な同胞と看做したわけである。したがって、ここには「右」も「左」もなかったのである。

 頭山満は、欧米列強のように、軍備による征服ではなく、「道義による競争を」と説いた人物である。こうした玄洋社の、かつての哲学的理念を紐解くと、今日に言われているような玄洋社の悪名は間違いだらけで、この事実には大きな落差がある。
 現代人が「玄洋社」をイメージするにつけ、侵略主義屋の集団、超国家主義者の巣窟であったとする、戦後の玄洋社観に対する歴史的評価は悉(ことごと)く間違っていることになる。



●世界の各民族がナショナリズムに目覚めている現実

 日本人は未(いま)だに平和ボケである。
 今日の激動の時代に直面しても、大リーグだ、プロ野球だ、サッカーだ、芸能情報だ、ファッションだ、レジャーだ、娯楽だ、テレビの白痴番組(特にお笑い番組は、日本人の正常な理性を破壊し続けている)だ、過激な性情報(例えば公立の小中学校では「性教育」と題して、これに力を入れているが、実は性教育には程遠く、実際は少年少女が早くから性交渉を持つ「性器教育」である)だ、パチンコ依存症候群的娯楽だと、未だに夢醒(さ)めあらぬ非現実の中に逃避し、悪しき個人主義の夢の中に逃げ込んでいる。現実問題には目を反(そ)らし、無知と事なかれ主義に邁進している。

 また日本国民の関心事は、美食や飽食に明け暮れる事で、何処の店に行ったら食通が気取れるか、性の捌(は)け口として、風俗に出入りしたり、ネットは何処にアクセスしたら自己満足ができる性情報が掲載しているかなどの事である。
 また、ニュースを知るにしても、国内ニュースが殆どで、この範疇(はんちゅう)の出来事にしか関心の目が向かず、現在、目紛(めまぐる)しく変化する国際情勢に疎(うと)い、平和ボケの日本人が激増している。

 その最たるものが、レジャーや娯楽である。レジャーを挙げれば、昨今の日本人は、連休日や休暇を利用して、海外旅行に出掛けて過ごす事であり、一応自分が「中流」と意識している階級は、こぞって海外旅行に出かけるようだ。しかし、こうした実情は、「一億総中流」の言葉通り、何も日本人がリッチになったからではない。

 ただ、日本の温泉巡りなどの湯治場(とうじば)旅行をすると、海外旅行以上に金が懸(かか)ってしまうからである。而(しか)して、自称「一億総中流」は、金の懸る国内の湯治場(とうじば)旅行を敬遠して、海外の「格安パック旅行」へと出かけて行くのである。一見豪華に見える海外旅行も、実は貧しさ故の苦肉の策である。

 また、パチンコと云う娯楽が大流行して、北朝鮮系や韓国系のパチンコ屋は大流行(おお‐はやり)りである。(他にも小規模に、日本人経営のパチンコ屋もあろうが、規模から言えばその比ではない)

 日本人がパチンコに夢中になる理由は、「儲かるから」である。
 ところが、少し考えれば分かる事だが、パチンコが儲(もう)かるのは、パチンコをする方ではなく、「パチンコをさせる方」なのである。しかし、この事が全く分からない日本人が多い。
 大型パチンコ店の前には、早朝からいい台を取る為に長蛇の列が出来、ウイーク・デーにもかかわらず、パチンコ遊戯場は「金の亡者」で賑(にぎ)わっている。金に憑(つ)かれた大衆で、どこもここも、溢れ返っている。
 主婦に多い、パチンコ依存症等の精神病も、総(すべ)て、この手の遊戯場の小ギャンブルが精神障害の元凶だった。

 そして、長蛇の列に並ぶパチンカーは、やがて自分の金が「回収」される事も知らず、「今日はパチンコで五万とった」とか「十万とった」と喜々として、一喜一憂や喜怒哀楽の小事を、自慢話の一つとして、他人に御丁寧(ごていねい)に告白している。
 一億総中流と、国民自らが自称はしても、頭の中身はこの程度のレベルだから、どうにもならない。一体何を誇りに、彼等は生きているのだろうか。あるいは、パチンコやその他の博打(ばくち)に身を興ずる彼等に、「人間的な道義」は存在するのだろうか。

 誰もが打算的な個人主義に趨(はし)り、金銭的価値観によって、人を品定めする「軽い見識眼」しか持っていない。
 今日の日本国民の持っている興味の対象は、金や物の他に、スポーツ観戦、レジャー、海外旅行、セックス、映画、テレビなどのエンターテインメント(entertainment)などの、演芸や余興の類(たぐい)であり、その他、美食指向のグルメや、競馬、競輪、競艇、オートレース、パチンコ等の小ギャンブルである。そして、これ等の興味の対象には、人格と心身を鍛練して、己の人格向上、並びに霊格向上を促すものは何一つ入っていない。わが子や、わが孫に、毅然(きぜん)として胸を張り、誇れるものは何一つないのだ。

 むしろ害になるものばかりを追い求め、その日暮らしの刹那(せつな)に生き、その中に自己を投じ、こうした次元の低いものに夢中となって、日々戦々兢々(せんせん‐きょうきょう)となっている。これこそが、卑しむべき現実逃避であり、今日の現代人大衆の偽わざる実像のようだ。

 したがって、精神的な文化財に、自分を成長させる為の月謝を払うと言う事に、認識の薄い大衆層が殖(ふ)え始めた。精神の向上より、物質的豊かさを追い求め、心の豊かさより、豪華な調度品などの物財に囲まれる生活を好むようになった。

 時代が下れば下る程、人の心は物財に惹(ひ)かれ、ギラギラして、安らかな心に至る境地を見詰めようとしなくなった。十九世紀の、古風なマルクス以来の唯物論的指向に染まり、心よりは、物なのである。物への憧(あこが)れが人々の心に、貪欲(どんよく)を掻き立てる。昨今の小ギャンブルの流行は、こうした「心の捻れ」の顕(あらわ)れではないか。

 二宮尊徳(にのみやそんとく)は、「世人はみな、聖人は無欲と思えども、実は然(しか)らず。その欲は大欲にして、その大は正大なり。賢人の欲はこれに次ぎ、君子の欲はこれに次ぐ。凡夫の如きは、小欲中の小欲、そのもっとも小なるものなり。その小欲を正大に導くの術を聖道と言うべし」と説いている。

 そして尊徳は、では「大欲とは何か」について、「これぞ万人の衣・食・住を充足せしめ、人身民人(たみびと)に天福を集めんことを欲するものなり」と述べている。
 つまり、欲望を自分一人の為に齎(もたら)すよう図るのではなく、人民の為にこの欲望を遣(つか)えと言っているのである。

 またその一方で、「凡夫(ぼんぷ)の如きは、小欲中の小欲、そのもっとも小なるものなり」と繰り返し追言する。
 これを如実に証明する所が、パチンコ遊戯場であり、競馬などの公営ギャンブル場である。
 パチンカーやギャンブラーどもは、一喜一憂に身を踊らせ、「パチンコで五万儲けた」とか、「競馬で十万円けた」と言って、今日一日の運試しを、これに投ずる。
 しかし、小欲に甘んじ、少額を儲けた事に目尻を下げ、頬(ほほ)を弛(ゆる)めているようでは、まさに「凡夫そのもの」であり、生涯、自分の誇れるようなものは、何一つ手にする事ができないであろう。

 現代社会は、我々の身辺に、小欲産業へ誘導するギャンブル場は所狭しと店を並べ、隙(すき)のある人間へ忍び寄り、小欲で、一喜一憂する人間を包み込もうとしている。こういう小ギャンブルに取り込まれ、一時(ひととき)の慰安(いあん)に憂(う)さ晴らしをし、自分を誤魔化して、現実逃避しているようでは、人生に誇れるものなど、何一ないであろう。

 しかし、何一つ手に出来ないこの現実こそ、日本の特権利益集団は、「平和」と定義している。これこそが、支配する側と支配される側の、高慢(こうまん)な定義である。

 また、日本の裁判所が示す、「善良な市民の定義」は、一億総中流を自称し、レジャーや娯楽に明け暮れ、人生に誇れるものなど、何一つ手にする事が出来ない、「可もなく不可もない」という人間を指して、これを「善良な市民」と定義する。まさに、国民を家畜と見下す傲慢(ごうまん)ではないか。

 では、善良な市民が描く、今日のような、のんべんだらりとした、ご都合主義的な平和が、その後もなお、半永久的に続くだろうか。
 あるいは、日本以外の世界各地で起っている戦争や内戦が、単に日本人から見て、「遠い国の花火大会」「対岸の火事」なのだろうか。

 どこかに、私たちが見逃している元凶が、蠢(うごめ)いているのではないだろうか。
 また、私たち日本人が忘れてはならない事は、今日の日本は、巨大な軍事国家・アメリカの隷属的国家であり、世界の中で、毅然(きぜん)と主義主張をする主体者ではないということだ。

 また、大半の日本人は、人間の本質的な煩悩(ぼんのう)に煽(あお)られ、霊的神性(れいてき‐しんせい)を曇らせて、利己的な悪しき個人主義に趨(はし)っている。自分の利益の為に行動する、損得勘定が旺盛で、一方、その水面下で、種々の陰謀を企てられている、こうした現実を見抜く、聡明(そうめい)な智慧(ちえ)を持たない。

 一方、政治家も無能である。今日の政治家は、政治家自身が民主主義と云う政治的なシステムを、殆ど理解していない。政治家や財界人に、日本の為に働く民族意識はなく、アメリカを追随する特権利益集団に成り下がっている。

 また大衆も、テレビに白痴番組に愚民化されている為、民主主義が如何なるものか、その理解が、未だに出来ないでいる。民主主義は欧米が、日本の敗戦と同時に持ち込み、国民を愚民化する政治システムだった。
 その意味で、今日の民主主義は日本では、うまく機能していないが、日本国民の愚民化工作は成功していると見るべきであろう。



●テロが横行する現代をどう生きるか

 さて、衝撃的な写真『浅沼稲次郎を刺殺する山口二矢』は、単に刺された社会党委員長・浅沼だけの問題だったのだろうか。あるいは、自分とは全く無縁の、「対岸の火事」の出来事だったのであろうか。

 いま世界には、テロリズムの嵐が吹き荒れている。日本人だけが、これに対して聾桟敷(つんぼさじき)にさせられるわけにはいかないだろう。日本人も敏感になる必要がある。

 国民が愚民であればあるほど、世界最高の政治システムと思われている民主主義は、特権利益集団によって牛耳られ、「悪魔の道具」となり易いのだ。民主主義下のこの事実を、いったい何人の人が知っているであろうか。

 国民一人一人が、目先の金儲けと、一時の慰安の損得勘定に趨(はし)り、今の国際情勢を正しく見抜く眼がなければ、世界最高の政治システムと思われている民主主義は正しく機能しないばかりか、日本を滅ぼす元凶になるであろう。国権と国体が奪われれば、それは最早(もはや)国ではない。外国の軍隊が土足で踏み入ってくる、奴隷占領地域となってしまうのだ。

 あなたの心と躰(からだ)の防備は、万全だろうか。理不尽な狂気から、あなたは身を躱(かわ)し、危険から脱出できる戦闘能力を身に付けているだろうか。
 また、巧妙に搾取される現代社会にあって、日本人はその裏に隠された真相を知らなければならない。いま、世界で何が起っているのか、これから未来に何が起ろうとしているのか、こうした本当の姿を知り、本質を捉えていくことが大事ではなかろうか。

 つまり、巧妙に、然(しか)も、一般人の目から分り難い、いま起っている種々の事象を、的確に分析することが必要であり、この時期に、世界動向から眼をそむけ、娯楽だとか、慰安だとか、あるいは国内外の旅行、スポーツ観戦、芸能ニュースなどの、本質を殆ど伝えることのないものに振り回されて生きているようでは、日常が、「非日常」に変化したとき、その対策や処置は間に合わないであろう。

 日本以外の海外で起っている事を、「対岸の火事」と思ってはならない。やがて日本にも飛び火してこよう。明日は、わが身ということもありうるのだ。

 『法旬経』 には達磨大師【註】実際に、この人物が居たかどうかは不明)の言葉が記されている。

  おのれこそ、おのれのよるべ
  おのれを措きて誰によるべぞ
  よく調いし「己れ」こそ
  まこと 得難きよるべぞと知れ



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