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●この世という現象界は変化の中にあり

 人生に順風満帆(じゅんぷう‐まんぱん)などあり得ない。人生航路は“凪(なぎ)”の日ばかりではないのだ。
 最初、追い風を受けて順調に走っている舟でも、必ず転覆
(てんぷく)するかも知れない嵐に見舞われることがある。人生航路に順風満帆の晴天の日ばかりではないのだ。
 人生航路は、まさに変化の中で翻弄
(ほんろう)される。

 この世は、「変化」を齎
(もたら)す。変化して極まりないのが、この世の構造である。これが現象界の構造である。
 総ての物は流動的で、一時も留まっていない。この世の万物は総て変化し、流動の中にある。うねり、時には大暴れする。その代表的な形容が人の世であり、この世で営む人の人生は変化の代表的なものと言えよう。
 総ては流転し、変化する。刻一刻と変化する。そして「流れていく存在」である。

 それはあたかも金銭に似ている。金銭とは、また食物みたいなものである。
 金でも、食物でも一旦は入っても、また出て行くものである。金が懐
(ふところ)に入ったとしても、それを永久に留めておくことは出来ない。
 また如何に美味なる美食も、一端は喰らい込んだとしても、それを腹の中に一ヵ月も二ヵ月留めることは出来ない。勿論、宿便なら話は違うだろうが。
 人生が流動体で変化する以上、懐に入り、あるいは口で喰らい込んだとしても、金も美食も、結局は糞となって流れ出ていく。

 ところが金銭哲学を知る者は、懐の金をうまく流用する。
 それはあたかも、食物を単に糞にするだけでなく、血となり肉となり骨となる、そうした栄養素の「還元の法」を心得ているようなものだ。この法は、まさに「金銭哲学」と酷似する。
 喰った食物が血となり肉となり骨となる人体構造は、金を貯え、やがてはそれを大きく流用する金脈の構造にも酷似する。そして図に当たれば、大きな財となる。

 だが、目論見は図に当たるばかりではない。外れる場合もある。あるいは外れる方が大半だろう。外れた場合、金は食物よりも質
(たち)が悪い。食物は、食べれば必ず肉体の一部にはなるが、金はそうはならない。
 金銭というものは、それがどんな生き物であるか、能
(よ)く心得ていないと、運命が……、天が……、僅かばかりに食指を動かしただけで、人間は忽(たちま)ちその影響を喰らい、あっという間に消えてしまう。後には何も残らないのだ。消化の悪い食物のように、腸内に停滞して宿便となることすらないのだ。
 消えれば後には何も残らない。こういう状態を正真正銘の「一文無し」と言う。

 多くの人は、財とは無縁の金を懐にして生きている。やがて消えてしまう金を懐にして生きている。その懐にした金が、自分で働いた金であろうと、博奕
(ばくち)で一稼ぎ金であろうと、やがてその金は泡(あわ)のように消えていくのである。
 大衆は泡
(あぶく)を抱えて生きているのかも知れない。

 そして、人が思うことは、美味いものが喰いたい。いい服が来たい。貴金属で身を飾りたい。いい女を抱きたい。女の場合はいい男に抱かれたい。いい車に乗り、便利で快適な、いい家に住みたい。少しでも他人より一歩前に出て、出し抜き、見返してやりたい。そのような願いをかけて、多くの人は生きている。
 だが、これらの願いは殆ど“幸運の女神”には聞き届けられない。聞き届けられない理由は、願いが小さ過ぎるのかも知れない。目を閉じても、こうした奇蹟は起こらない。再び目を開ければ、寒々として現実が残っているばかりだった。
 変化の成れの果ては、寒々とした現実があるばかりだった。
 変化は、殆どいい方向には変化しないが、悪い方向には幾らでも変化するのだった。

 現象界で生きる人間は、人生の縮図に翻弄
(ほんろう)されながら、そこで生きるしかないのである。これが定めだ。
 人は誰でも、自分の生き方を自分で選択する以外ないのである。尤
(もっと)も、それでも自分で選んだ人生に、運・不運が付き纏(まと)うことは否めない。

 「運」
 それは何だろう?……。
 常に付き纏う、選択肢の中に現れる「運」とは何だろう。
 滅茶苦茶な生き方をしていても、何とか生きながらえている人もいるが、一方で、真面目に生きながら運に見放されている人もいる。用心深く、石橋を叩きながら生きているくせに、その用心の甲斐もなく、筆舌に尽くし難い嘘のような事故や、凶悪な殺人事件に遭遇する人が居る。こうした現実を、どう捉えたらよいのだろうか。

 『葉隠』の口述者・山本常朝
(やまもと‐つねとも)は言うではないか。
 「人生、好きなことをして生きるが宜
(よろ)しかろう」と。
 人は自分が好きなことをして生きればいいのだ。
 こうでなければならないとか、ああでなければならないとかの、決まった型はないのである。
 ただ大事なのは、その結果起こったことを他人に所為
(せい)にしなければいいのだ。
 あいつが悪いだの、社会が悪いだの、政治が悪いだの、無能な政府が悪いだのと、他の所為にしなければいいのである。
 だか今は……、この現代は……、総てを人の所為にする者があまりにも多過ぎるのである。
 何処の国でも、政府とは、もともと無能なものであり、その国の要人は「我田引水」を図ることが定説ではないか。そんなものは最初からそうだと分かっていれば、本当に、悪い現実に遭遇したときそのショックは半減されよう。

 人間の営む人生には、必ず予想外のことが起こる。自分の計算通りに物事は運ばない。番狂わせの連続が人生なのだ。
 この現象界で起こっていることは、善人で、真摯
(しんし)に生きている人が酷い目に遭い、悪事を企み、犯罪に手を染め、その悪が少しも罰されず、のうのうと生きているという部分が、現実に存在するのである。またこういう部分があるから、この現象界は、善と悪が綯(な)い交ぜになって、それが複雑に絡み付いていることが分かるのである。

 しかし、こうした現実を見て、単に嘆き、諦めるばかりが能ではない。この現実に抗
(あらが)って、糾弾の雄叫びを挙げるのも、また一興なのである。
 悪いことばかりをして、のうのうと生きている人間に対しては、正義の鉄槌
(てっつい)を喰らわせればいいことだし、また善人が、不幸のドン底に叩き落とされている実情に対しては、救済の聲(こえ)を上げて叫べばいいのである。
 だが、自分の選択の結果として招いた不幸は、嘆くまい。また、これを「よし」とすればいいのだ。
 人生には予測不可能なことが起こる。些
(いささ)かの計算外れが起こる。突拍子もない変化が現れる。この現象が起こることを覚悟していないと、この世は幼稚な、大人になりきれない大人ばかりで汚染されてしまうだろう。そして本当の悲劇は、こうした幼児的発想から抜けきれない実情に、不幸の実体が巣食っているのである。


吾が修行時代を
振り帰る
●翻弄される人生
 『吾(わ)が修行時代を振り帰(かえ)る』は、ノン・フィクションである。回顧録である。しかし、武勇伝や侠客伝などの実録物の類(たぐい)ではない。虚構をまじえず、事実だけを伝えようとする実話記録物である。そして理不尽に、どつき廻される物語でもある。

 私の一番辛かった時代を、そのまま包み隠さず、殆
(ほとん)ど大袈裟(おおげさ)な形容や脚色する事なく、事実をそのまま語ることにした。
 また、この物語の一部は、既に『合気口伝書』第十巻から第十一巻にかけて連載した「吾が修行時代を振り帰る」という箇所を、一部の読者から、是非これを紹介して欲しいという要望に応え、一部分を手直し程度に書き直して、これを実録小説風に綴
(つづ)るすることにした。

 なお、タイトルの『振り帰る』は、本来は「振り返る」の自動詞が用いられるべきであるが、私は敢
(あ)えて、「振り・帰る」とし、自分の歩いた足跡を、単に、遠い過去の想い出として回顧するのでなく、その歴史を刻んだ過去に、事物や事柄の今日の原点があり、私は少なからず「初心を忘れず」の気持ちで、『吾が修行時代を振り帰る』とした次第である。

 その時代の、そこで過ごした約一年ほどは、困難と、難渋
(なんじゅう)と、故障と、難渋と、困惑と、失敗と、屈辱と、歎息(たんそく)と、強制労働を思わせる労役との連続であり、切羽詰まった状態であった。
 だが、還暦を過ぎた今になって思えば、唯々
(ただ)懷かしく感じるばかりである。


 ─────この物語は、全てが完全なるノン・フィクションの実話であり、私の一番苦しかった時であり、理不尽に嘖
(さいな)まされた頃の話である。
 私は四十代はじめの厄年
(やくどし)に懸(か)り、経済的にも、人脈的にも、困窮と苦悩を極めた時であった。これまで第一巻から第十一巻までの『合気口伝書』を購入して読まれた方は御存じであろうが、私は自分の人生の中で、遂に進退これ谷(き)まって、二進(にっち)も三進(さっち)も行かなくなった時があった。
 私が幼少の頃から西郷派大東流の修行に明け暮れたが、世に通じる実学を極めたわけではなかった。稽古は地道に続けて来たが、ここで学んだ事は総
(すべ)て業(わざ)に関する事で、人を集めたり、組織を運営したり、道場を経営するという事を学んだのではなかったからだ。修行と実学は無関係であった。それに武技を学んだだけで、この事は、ただ「武家の商法」に等しかった。

 稽古事とは、本来、「教える」という商行為を商品の対価として、それと引き換えに代金を得るという考え方で成立していない。商行為を度外視し、報酬
(ほうしゅう)と云う対価を度外視して師は弟子を取り、弟子は師の膝許(ひざもと)にいて業(わざ)を教わると言う純粋な行為に於てのみ、師弟関係が存在するのである。そしてこれは、絶対に商行為ではないと断言できるのである。


 ─────しかしまた、師も人間であり、霞
(かすみ)を食って生きていく事は出来ない。また、実際に自社ビルを持ち、そこで弟子の指導や養成を行っていこうとすれば、当然、建物自体にも、メンテナンスが必要になり、固定資産税やその他の費用が懸(かか)る。道場と云う容(い)れ物は、年月と倶(とも)に物質である以上、風化し、古くなっていくので、至る処に修理や修繕の手直しが必要になる。この点は、顧客を相手にする「客商売」と同じである。

 しかし、道場の場合、その他の客商売と異なり、修理費を五年間の減価償却で経費としてゼロにし、それで採算がとれると言うものではない。ここに客商売とは異なる、経済的に困窮する要因がある。宗教団体であれば、信心深く、奇特な人がいて、多額の寄付と云う行為の恩恵に預かる事が出来るが、道場はそう言う人の集まりではない。

 むしろ今日では、道場の月謝を感謝の意味を込めて謝儀
(しゃぎ)として支払って居る人は少ないと言える。
 また、何とか払わなくて済むように、巧
(うま)く立ち回っている古参の道場生も少なくない。この点が、寄附(きふ)の集まる宗教団体とは大いに違っていると言えよう。道場を継続する事は、ビジネスと云う側面もあるにしろ、奉仕者としての覚悟がいるのである。



●負け戦のすすめ

 人生、勝ち戦ばかりではない。負け戦も充分に覚悟しなければならない。
 “行け行けムード”の追い風に乗って戦えるのは、人生、そんなに滅多にあることではない。多くは、敗戦の強いられる悲惨な戦いばかりである。そして負けること、あるいは戦いは負け戦の場合があるということを覚悟していなければ、これまで百戦して百勝という、負けをしらない人間の末路は恐ろしい。また、その人間が所属する国家に属している国民も恐ろしい。
 しかし、案外この事実に気付くものは少ない。
 強ければ勝つと思っている。これは「負け」を知らない者の傲慢
(ごうまん)だ。

 曾て藤猛
(ふじたけし)というハード・パンチャーがいた。ハワイの日系三世で、ウェルター級の世界チャンピオンで、一撃必殺のハンマー・パンチを売り物にして、常にKO勝ちして、世界チャンピオンになったボクサーである。

 また“大和魂”を売り物にして、一世を風靡
(ふうび)して人気者になり、その人気ぶりに映画化までされ、片言の日本語で、テレビコマーシャルに登場し、「岡山のおばあちゃん」と「勝って兜の緒を絞めよ」とは、彼の口癖であった。
 著者は、このタイトルマッチが放映された時、藤のハンマーパンチの一発KO勝ちの場面を期待して、テレビに食い下がったものである。恐らくこの試合の観戦者は、あるいは日本中が、この日の試合の、藤の勝ちを信じて疑わなかったはずである。しかし試合は予想外の展開となった。

 1ラウンドか2ラウンドで、ケリが着くと思っていた試合はズルズルと長引き、最初は嘗
(な)めてかかっていた藤は、対戦者のニコリノ・ローチェの、その意外なしぶとさに驚き、回を重ねるごとに当惑した表情を露(あらわ)にしていった。これでファンの期待は、大きく裏切られた。

 対戦者は、巧みなフットワークとガードで、藤のパンチを躱
(かわ)し、一打も当てさせない儘、回が重なって行った。焦りと恐怖を払い除けようとして繰り出す藤のパンチは、悉々(ことごと)く空を切って、対戦者を一発も捕えることが出来ず、体力の消耗だけが加速して行った。

 そんな中、対戦者は小刻みに、弱い打法でパンチを繰り出し、然も正確に顔面を捕えて攻撃を加えて行った。対戦者は打ち続け、藤は一方的に打たれ続けた。その結果、ついに藤は、自信を喪失して戦う気力を無くし、試合放棄をしてリングを下り、結局判定負けになった。

 藤にしてみれば、15ラウンド中、一度のダウンも奪うこともなかった。藤の闘い振りが、ただただ敗北に向かって、一直線という試合が、何とも印象的だった。
 これは意外な試合展開であったというより、体力主義だけが必勝の条件になるという格闘技界の常識を、端から否定した出来事ではなかったろうか。

 運命には度々番狂わせがあり、小が大を倒す事すらありえるのだ。これなど、予想外である。まさかという結果である。
 この「まさか」を人生で予期することは必要だろう。どんなに強いと思われた者でも、やがては栄枯盛衰の法則のよって没落することはあるのだ。
 だからこそ、「負け戦」を戦うことも決して悪くない。背水の陣を引けば、あるいは勝機を齎すかも知れない。しかし、そんな勝機などどうでもいい。
 最初から負けると分かっている戦いでも、人間は時として「挑もう」とする。これは人間の「誇り」がそうさせるからだ。

 その戦いの典型が「アラモの戦い
(Battle of the Alamo)」だった。デビッド・クロケットが出てくる、あの壮絶な戦いである。
 この戦いは、1836年、アメリカで起こった戦いである。テキサス独立戦争の最中、この年の2月23日から 同年3月6日まで、13日間の戦いを、こう呼ぶ。メキシコ共和国軍とテクシャン反乱軍の間で行われた激戦で、実質的には3月6日、アラモ砦は落ちる。しかし、この日は、多くのアメリカ人にとって胸を張る「誇りの日」であり、その後も誇り高く生きる精神的支柱になった日だった。

 かの国では その昔、テキサスがメキシコから独立しようとした時、メキシコはそれを制圧しようと、軍隊を派遣した。メキシコ軍はサンタ・アンナ将軍の率いられ3000人の正規軍
【註】一説には6000人とも)が参戦した。そして、メキシコ正規軍はサン・アントニオ市に進軍してきた。

 この時、市民と義勇兵の混成軍189人
(資料によって182人とも187人とも)も、アラモ教会を砦(とりで)として立て籠(こ)もった。此処で壮絶な戦いが繰り広げられ、メキシコ軍の大軍の前に、勇敢に戦ったのである。その戦いぶりは、『一歩も譲らず』という壮絶なもので、大激戦が繰り広げた。そして最初から負けると分かっている、負け戦を敢行したのである。
 負けると分かっていて、そこから逃げ出さずに踏みとどまり、決死の覚悟で戦うところに男の美学がある。だから、アメリカでは、毎年3月6日が、アメリカ人にとって一番胸を張る誇りの日なのである。

 戦闘は13日間に及んだ。そして激しい攻防の末、3月6日、アラモ砦は遂に陥落する。そして此処を守る、最後の兵が倒れた時間が、午前6時30分だったといわれる。
 その後、この町はメキシコ軍の手に落ちる。また189人の市民と義勇兵の混成軍も全滅する。しかし一方で、メキシコ軍側の被害も甚大
(じんだい)で戦死者は1500人以上と言われる。これだけでも、この戦いが如何に激戦であったかが想像でき、そして此処で戦った戦死体が如何に勇敢であったかが分かるであろう。まさに、死守の覚悟を持ち、誇り高い精神を後世に残したのである。

 このアラモ砦の攻防における自己犠牲の精神は、『アメリカの魂』とまで言われ、戦闘で大活躍したデビッド・クロケットは、日本人でも知る者が多い。また、この砦の指揮官だったウィリアム・バレット・トラビスや、副指揮官のジェームズ・ボウイらの武勇伝は、その後、多くの伝説を生む。
 男子たる者、こうした負け戦をすることも悪くない。

●人間は不完全な生き物だ
 
人がこの世で生きることを「人生」という。この中に人の生き態(ざま)があり、生存理由がある。そしてそこには生活がある。
 日本の古い道歌に、

五十年 生かしておくさえ つけあがり

恩は思わず 不足のみいう

これは昔の道歌であり、「人生五十年」と言うから、今日では「八十年」に匹敵しよう。つまり道歌に帰れば、「八十年、生かしておくさえ、つけあがり……」となるのではないだろうか。
 この歌こそ、神の心を代弁した歌という事が言えよう。不平屋
(ふへい‐や)に対する鉄槌(てっつい)でもある。

 この歌から窺
(うかが)われる事は、「自分が生きている」とか、「自分が生きる力を持っている」という事は、そもそも自分のものでは無く、これらは授かりものということになる。授かり物であるならば、当然ここには「有り難い」という感謝の気持ちが生まれなければならない。
 不平の反対が、「有り難い」と思う感謝の気持ちであるから、これは当然、運に関与する「プラスの想念」となる。このプラスの想念を持ち得た時、人は他力一乗に助けられ、「九死に一生を得る」のである。

 いま一歩の所で、「どっこい残り、うっちゃり、食
(く)わす」ことのできるのも、こうしたプラスの想念が働いたからに他ならない。そしてこれこそ、「強運」の正体であり、あるいは「悪運」と言ってもよいであろう。悪い報いを受けずに栄える運命が、既に潜在意識の中に予定されているのである。
 私が今から始める話は、こうした話であり、常に「悪運?」に恵まれていたと言える、実話を元にした「他力一乗の物語」である。



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吾が修行時代を 
振り帰る 
第二部
●人間の条件とは何か
 民主主義の世の中では、誰もが安易に“生命の尊重”という言葉を口にする。“生命は尊重すべきもの”と、多くの日本人が思っている。
 ところが、人の生命など、真剣にこのように考えている人間など、そんなに居ない。むしろ、人の生命は尊重すべきだと考えるくらいの同数の、人間が今度は逆に、「あいつは死んで欲しい」と願っている同数もいるのだ。

 そして「あの人には生きて欲しい」と尊重する数と、同じくらい、また逆に「あいつには死んで欲しい」と願っている同数の人間がいるのだ。
 “清濁(せいだく)併(あわ)せ飲む”この世では、善人の数ほど、また悪人もいて、それはほぼ、相半ばして釣り合っていると考えられる……。これが現象人間界の事実なのだ……。これこそ人間が、人間に対する憎悪なのだ……。


 ─────曽野綾子氏の小説『神の汚れた手』(曽野綾子著、朝日新聞社。昭和55年2月10日第一刷発行)の中には、1972年にフレッチャーという人物が発表した『人間の基準』というものを紹介している。

 『人間の基準』には、人間らしい状態を示す基準として15項目を挙げ、“人間の恰好をして生きていても人間でないような人がいる”ということを発表し、人間の条件としての判定を下している。
 これによると、次の15項目が判定を下す為の基準となっている。同書の中で以上を、曽野綾子氏は“全体としておもしろいけど、危険な判定”としている。
 人間がこのように、問答無用に《気違い》と一蹴
(いっしゅう)されてしまうことは、危険な考えと言える。その言葉には、人間が人間でないと指摘する“棘(とげ)”が隠されている。廃人を葬ればいいということでもないだろう。世間様の目には、棘が隠されている。後ろ指を指す世間様の行動には棘が隠されている。

最小限の知性。スタンフォード・ネビー式知能検査で40以下、またはそれと類似したテストで知能指数40以下の人は、「人間であるか?」が疑わしい。20以下は、人としては通用しない。
自己の認識。自分を意識する認識である。また自分を自分として理解することである。
自制。もし狂った状態が、医学的に矯正できなければ、自制のない人は、人間でない。
時間の感覚。時の経過の意識と、時間を配分するのに必要な感覚。
未来についての意識。来るべき時についての感覚、期待と計画。
過去についての意識。過ぎ去った時についての意識、または記憶。
他人との係わり合いを持つ能力。個人相互間および広く社会との関連を含む。協調性も問うている。
 また離人症のように、自己、他人、外部世界の具体的な存在感や生命感が失われ、対象は完全に知覚しながらも、それらと自己との有機的なつながりを実感しえない精神状態では駄目なのだろう。
他人への関心。この特性が実際に果たす役割については議論のあるところであるが、それがなければ精神病理学的検討が必要となる。
意志の伝達。気乗り薄なために意志の伝達ができない状態を指すのではないが、意志の伝達ができない完全に孤立した人は、人間でない。それは恐らく、音声での意思伝達あるいは文字伝達のような、意思が伝えられなければ、もう人間でないと言うことなのだろう。
10
存在の調節。【註】フレッチャー著『人間の基準』の原文を読んでない為に註釈不明)
11
好奇心。【註】フレッチャー著『人間の基準』の原文を読んでない為に註釈不明)
12
人の心と行動の、変化と変化し得ること。
13
理性と感情の平衡。人は沈着冷静なほど理性的でもないし、完全に感情に任せっ放しになることもない。何れかが極端に働くことはなく、一旦何れかに傾いたとしても、静まればやがて均衡を保つと言う。したがって、何れかに極端に傾き、そこから戻らな者は、人間でないと言うのだ。
14
個人の特質。本人であることを認識しなければならない。そうでない人は、もう人格を崩壊させていると言う。
 今日では統合失調症と言うが、精神状態が分裂している人は、人格の自律性が障害されているため、周囲との自然な交流ができなく、ゆえに人間でないと言うのだ。
15
新皮質機能。他のすべての特性は、これによって決まる。死を決める場合に、脳の機能が正常か、否かが問題となる。脳が正常でなければ、自分の死すら認識できないと言うのであろうか。

 人の不幸や幸福と言ったものは、端(はた)から“他人の目”で覗(のぞ)いても、結局、分からないのである。その人、本人が感じている、感覚は“他人の目”では理解できないのである。何不自由なく、物質的に恵まれた生活をしていても、あるいは権力を手に入れ権勢を揮っていても、それはその人なりに、底辺庶民が抱く同じ程度の苦悩は抱えているのである。

 大富豪でも、家庭不和や、財産分配でのお家騒動や、それに準ずる問題を抱えていたり、自分自身に早死にする持病を抱えていたり、スポーツ選手として、一世を風靡
(ふうび)し世間からちやほやされて有頂天に舞い上がっていて優越感に浸っていても、悲惨な交通事故で横死するような運命を抱えているであろうし、逆に、極貧の直中に居て、借金苦に苦しんでいても、五体は満足で何とか健康だけは維持しているという人も居よう。

 そしてこれらの一切は、周囲からは愚かしく見えても、この中で喘いでいる場合、その幸・不幸は、これを半ばにして、均等に吊り合っているのである。
 したがって、『人間の基準』なるフレッチャーの著書は、ある一部は適切であろうが、それに均衡する等量の不敵切な部分があろうと思われる。

●世の中をリードするのは賢人でなく愚人
 
大人間は本(もと)を正せば、如何なる人生ストーリーであろうと、その背景には、常に私怨が漂っている。私怨によって人は、「なにクソ!」と奮(ふる)い立たせられるのだ。
 私怨が、「なにクソ!」と奮い立つ原動力になった時、そこには「内なる雄叫び」があがる。そしてこれこそが、生きる為の原動力となり、唯一の財産となる。
 私は、今でも「私怨」を原動力とする唯一の財産を持っている。私の人生観は、あの造反事件以来、私怨が私の人生観を形成してきたといっても過言ではない。

 そして一つの思想に辿り着いたのは、「この世とは、ろくなところでないから、真摯
(しんし)に死の道を嗜(たしな)む」ということだった。見事に「死を致す」ことにより、自分の人生は完結するのだということを悟ったのであった。
 この悟りも、言わば、極めて個人的な「私怨」という下地があったからこそ、自己完結の為に「死を致す」という思想に辿り着いたのだった。

 しかし昨今は、「私怨」と言うことを、中々認めがらない人間が増えている。“事なかれ主義”に流れる人間が多くなった為である。
 直ぐに「長い物」に巻かれてしまい、理不尽なる敵対者や目上の人間や、傲慢
(ごうまん)な権力のある人には、争うより、従っている方が得であるという考えが、先行しているのだ。そうした“ご都合主義”に奔(はし)り、損得勘定だけで動く人間が多くなった。また、それとは逆に、損をすることに平気であり、また大人を感じる人間は、極めて少なくなった。

 そして遺恨
(いこん)を抱いたとしても、私怨を承認するどころか、公憤に摺(す)り替えて、自分以外の者に、責任をなすり付けると言う人間が増えている。匿名で、投稿記事を載せたり、ストーカー行為と同等の“嫌がらせ電話”を掛けると行った類(たぐい)である。

 このように現代人は「小人化
(しょうじん‐か)」しているのであるから、現代人に私怨を求めても、無理な話かも知れない。そして匿名で「2ちゃんねる」に誹謗中傷するとか、ストーカー的に無言電話、ワン切り電話、嫌がらせ電話をかける類は、つまり私怨と言う財産を何も持たない、小市民的な連中なのである。
 彼等が「小人
(しょうじん)」と言われる理由は、此処にある。

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吾が修行時代を 
振り帰る 
第三部
●波瀾万丈の果てに
 人生には、「もし、あの時……」というのがある。私も御多分に洩もれない。
 「もし、あの時に賢明に振舞っておけば……」とか、「もし、侮
(あなど)られずに生きることができれば……」とかの、つくづく思い返される事柄がある。私にとっては、これは些(いささ)か遅過ぎた反省事項と言うか、納得済みの教訓事項である。この格闘の書には、恥多き、屈辱多き、無念の人生が横たわっている。

 しかし、自身の人生を振り返ってみて、人間はどれほどの苦境に立たされ、窮地に立たされても、困難に向かって立ち向かっていく気力さえあれば、そこがドン底の絶望で覆
(おお)われていても、まだ“浮かぶ瀬”があり、苦しい境遇や辛い気持から脱け出す機会は、まだ残されているといえる。翻弄された運命の中にも、“浮かぶ瀬”はあるものだ。
 道歌に“身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ”と、あるではないか。
 人生は良いことも悪いことも、その両方が均衡に存在するのだ。

 本当に惨めなのは、浮かぶ瀬もなく、窮地に立たされても立つ脚もなく、肝心要
(かなめ)の気力を削(そ)がれてしまった状態になったときである。そのときは哀れだ。

 人間は、なかなか諦めが悪く、往生際
(おうじょうぎわ)が悪く、粘りのある強(したた)かさを見せるのも、結構いいものである。最後の最後で、ゴネてみるのもいいものである。この期(ご)に及んで、最後の「もう、一(ひと)あがきも」「もう、一泡吹かせるのも」なかなかいいものである。簡単に、くたばらないところが、なかなか捨てたものではない。
 相撲で言うなら、土俵際まで追い込まれ、ここで“どっこい”残り、最後の「うっちゃり」を食わせることができれば、万々歳である。負け犬にならなくてすむ。

 だから、この“強かさ”が消え失せなければ、最後の悲愴感だけは味わわなくてもすむ。辛酸を散々舐
(な)めさせられて、行き着いた最後が、「虚しかった」とか、「つまらない人生だった」と思い知らされるようでは、その生きてきた足跡は無駄になってしまうだろう。それでは負け犬の人生だ。

 人間は、どんな者でも、あるいは日々ぐうたらで自堕落な生活を送っている者でも、何か一応、自分流の「誇り」のようなものに縋
(すが)って生きているはずである。
 傍目
(はため)から見れば、取るに足らない他愛のない滑稽な夢でも、その者にとっては唯一の心の拠(よ)り所であり、その夢を背後に控えているから、明日を思い、人間は希望に向かって生きていけるのである。
 だからこそ、自分の人生は虚しかったとか、つまらない人生だったと言う悲愴感に苛
(さいな)まされれば、実に救い難いのである。救いどころはないだろう。

 自戒すべき根本は、悲愴感に陥ることではない。成就しなかった人生、完成には至らなかった人生でも、成就への道を歩き、あるいは完成への道を歩いた事実を誇らしく思えば、それが最後に到達されなかったとしても、徒労努力として一蹴
(いっしゅう)されなくてすむのである。
 人間は人生を生きる上で、是非とも回避しなければならないことは、徒労に辿り着く悲愴感であろう。
 徒労は空虚と同義だから、儚
(はなか)い死以上に、辛い徒労だけが先行する、内容のないものになってしまう。ここにこそ、自戒すべき事柄があるだろう。

 老婆心ながら……というには、不必要なまでのお節介を彷佛
(ほうふつ)とさせるであろうが、私は、やはり一平凡な庶民が生きた足跡として、これをメモランダムに記すつもりである。
 何故ならば誰にでも、ささやかな何か誇るべき事柄と、精神的富貴を思わせる玉
(ぎょく)を懐(ふところ)に抱いて生きてきたからだ。
●特異な人生観……毅然として生きる
 
今日一日を毅然(きぜん)と生きる。大事なことと思う。
 今、この一瞬を毅然と生きる。人はそれしかない。
 過去にこだわることもないし、来もしない、釈然としない明日に希望や虞
(おそ)れを抱くこともない。
 今を懸命に生きればいいのである。だから、「今」は蔑
(ないがし)ろに出来ない。人間が知覚出来るのは、過去でもないし、未来でもない。今だけである。

 人は死ぬ時まで生きて行かなければならない。人の一生は、一見長い人生のように思える。しかし、長いて言っても、高々百年程度である。長生きをしたところで、百年程度である。
 この百年は決して長いとは言えないだろう。
 要するに人間の人生は、人間が感じるほど、そんなに長くないのである。そして大半は、百年を待たずに死んで行く。五十
(いそじ)半ばで死ぬ人も多い。平均寿命が80年以上を越えた現在、50代、60代、70代で死ぬのは早死?!……ということになる。
 しかし、多くはこの年代で、何らかの成人病を罹病
(りびょう)して死んで行く。80歳以上を越えれば、長寿の部類であろう。健康で、動ける80歳であれば、よく生きたと言える。働ける躰をもって、90歳に達すれば「御の字」である。
 そして人間の寿命は、長くても、高々百年……。
 たったその程度のことである。
 いかに長寿国でも、誰もが揃って百歳を超えることは難しいだろう。

 近未来に、あるいは大半が百歳を超える、長寿の時代が出現するかも知れないが、しかし、それは殆ど難しいと思わなければならない。医学が発達し、医療技術が進んだとしても、健康なる百歳は、夢のまた夢でしかないだろう。まあせいぜい、八十歳半ばだろう。またこの年齢まで何とか生きたとしても、むしろ病気を抱えた不健康な年寄りが増えるだろう。
 そのうえに老人余剰の人口問題が起こり、地球は、爺さん婆さんで覆われることになる。地球は老人の星になる。そんな長寿の星など願わなくてもいい。

 これでは、後世の地球を担う若者は大変である。先きが死なずにいつまでも不健康に、だらだらと生きて居ることは、後から生まれて来る者に迷惑をかける。健康で、元気に生きているのなら未
(ま)だしも、寝たっきりになったり、植物状態で生命維持装置の力を借りて、他人に力で生きているのでは国民全体の総医療費に負担をかけ、健康保険料(健康保険税)の高騰・値上げを招くだろう。
 また、老人医療費をタダにするのもおかしい。それだけ、老人を支える世代に経済的負担をかける。
 長生きだって、自分の力で長生きするのならまだしも、他人の手を煩
(わずら)わして長生きするのはおかしい。平均寿命まで生きることが出来たら、それは実に有り難いことで、その先きの人生を心配することはない。生きるも死ぬも「縁」であり、生きる縁があれば生きればいいし、生きる縁が失われれば死ねばいい。執拗に、医療に頼らないことだ。

 私は持論だが、老人の晩年の人生は「出来るだけ次世代に、負担と圧迫を掛けないような生き方をするのが大事ではないか」と思っている。
 昨今の整形外科や柔整院に行くと、爺さん婆さんでごった返している。腰が痛いの、膝が痛いの、肩が痛いのと、こうした年寄りで、いつもこの手の医療機関はごった返している。

 では、何故ごった返しているのか。
 タダだからだ。
 タダだから行かねば損と思うからだ。有料な部分があっても、年寄りは安価だからだ。医療機関は年寄りに対して安売り合戦を行っているのである。
 また一方で、それは老人医療の保護政策が背景にあるからだ。政治家の票取りがあるからだ。老人に一票を投じさせるために、爺さん婆さんを保護するポーズをとるのだ。魂胆があることは明白である。

 年寄りは大事にしなければならない。弱者は大事にしなければならない。特に、年寄りは、である。
 今まで年寄りの大半は、日本の社会を支えて来たのだから、歳を取ってしまったからといって、乳母捨て山に捨てるような感覚で年寄りを放置してはならないだろう。当然、年齢を刻んだ人生の、年の功には敬うことが必要だろう。敬老の精神は決して悪くない。むしろいいことだ。だが、それをタダで感謝されようと思うのは年寄りの甘い考えだ。
 日本人は老若男女を問わず、「タダ」とか「安売り」の好きな国民性をもっている。タダ!とか、お得だ!という言葉に異様に反応する。これが、やがては日本人の将来を危うくするだろう。世界からそう言う目で見られるからである。思わぬところで、ツケが廻って来るのである。毅然と生きる態度にタダはない。然
(しか)るべき金銭を払うべきだ。特に老人は、そうした心構えが必要だろう。

 だが、国民全体の総医療費や健康保険料を無闇に上げないためにも、老人自身も考えねばならない。医療の保護政策に胡座
(あぐら)をかいては行けない。次世代のために、「遠慮」という礼儀も必要だろう。譲る精神も大事だろう。不自然な生に縋(すが)る必要はない。
 昨今は礼儀知らずの年寄りが多い。
 礼儀知らずは若者ばかりではない。けっこう爺さんや婆さんの中にも、この手合いがいる。戦中・戦後の日本敗戦時を挟んでの、年寄りには特に礼儀知らずが多い。全共闘世代には、この手が多い。

 そこで持論だが、提案したいことがある。
 老人医療も、「無料の部分」と「有料の部分」を明確にするべきである。
 また、保険適用にもその基準を設けるべきである。病気の種類によっても、年齢の寿命から来るものと、突発的な事故から来るものを仕分けし、保険の適用になるものと、そうでないものを老人に限っては設けるべきである。何もかも優遇、何もかも無料というのは良くないと思う。

 例えば、臓器の移植手術も、老人に限っては、実費で支払うものとする。あるいは、びっくりするほどの割増料金を取ればいい。一切こうしたものは保険適用外にするのである。
 特に移植手術に限っては、老い先の短い老人よりは、断然、長く生きられる若者を優先すべきだろう。爺さん婆さんは、次世代に譲って遠慮すべきだろう。
 一方、流行性の伝染病や事故などによる突発的な病気に関しては、老人と雖
(いえど)も保険を適用する。
 そして適用外に医療に対しては、実費あるいは“割高料金”で支払い、保険が利かないようにすればいいのである。年寄りが医療費を吊り上げることはない。年寄りが医療費の吊り上げを控えれば税金の無駄遣いはしなくて済む。そうすることで、国民全体の総医療費を減らすことが出来る。
 平均年齢まで生きたら、「元を取った」と思えばいいのである。そしてそれ以上、生きたいのなら、実費で、あるいは割高料金で、自費で医療の世話になればいいのである。

 日本は世界の長寿国と思われているが、これは健康で、元気な老人がいる長寿国ではない。
 寝たっきりや、植物状態の生命維持装置を借りた老人も含まれているのである。その手の老人が、実は平均寿命を押し上げているのである。健康で元気で働ける老人は、世界一の長寿を支えているのではない。そんな長寿国なら望まない方がいい。誰もそう思うだろう。
 だが、日本は医療法が裏で絡み、医療現場を担当する医師、これに絡む医療機器メーカーや製薬会社の利権が複雑に絡み合っているから、寝たっきりで、生命維持装置で生かされる老人の無慙
(むざん)な生き方が強要されるのである。そして背後に厚生労働省が手薬煉(て‐ぐすね)を引いて、政治に絡ませ、弱肉強食と自由競争の利権争いを奨励し、更に複雑にするのである。
 恐らく老人側も、こうした世話だらけの生き方を望んではいないだろう。むしろ、このほうが命の冒涜
(ぼうとく)になるからだ。

 だから、こうなる前に「覚悟」する必要がある。
 平均寿命まで生きられれば、「御の字」と思うことだ。老人はその年齢まで生きられたら、まず生かされたことに有り難く感謝し、それから先きの寿命の維持は自分で、実費で、あるいは割高料金で支払うことで社会に貢献し、生きられたことへの最後の恩返しとして、次世代に多大なる負担を掛けるべきではなかろう。長生きした分だけ、今度は爺さん婆さんが、若者に恩返しをする必要がある。少しでも多めに払って、これまで溜め込んだ金銭を吐き出すべきだろう。
 しかし、人間が歳を取るということはそれだけ頑固に、頑迷になるという硬化が始まるから、「御の字」の考え方を理解する老人が居るとも思えない。むしろ頑迷に生に縋り付くというのが、晩年の人間の特性かも知れない。
 現実問題として、やはり「生」に縋り付く、死にたくない老人が多いのではあるまいか。
 そして、現代は依然として「生の哲学」が罷
(まか)り通っているのであり、世の中は未だに「生」にしがみつく生き方を奨励しているからである。

 平均寿命より、更に長生きしようと思えば、それから先きは実費で、自費で、自分の力で、自分の蓄えた金で生きればいい。社会のお荷物になってはならないのである。
 そうした「お荷物にならない老人」が、日本では果たして、どれほどいるだろうか。
 自力更生で自分の足で立っている老人が、どれほどいるだろうか。
 こうして考えれば、健康で元気で働ける老人というのは、その平均寿命がグーンと下がるはずである。長寿国の神話は崩れるはずである。
 健康で元気で働ける……という条件を課せた場合、その平均寿命は70歳前後ではないかと思うのである。大した病気にもならず、この年齢まで達することが出来れば、かの国で言ったように「人生七十、古来稀
(まれ)なり」の境地に辿り着くのではあるまいか。

 したがって、問題は百歳まで生きることが重要ではなく、50年でも、60年でも、その生きた足跡の中身に重要な意味があるのだ。その足跡が問われるのだ。生きた年齢ではない。生きた内容だ。
 だらだらと、生命維持装置の中で命を物質的に繋
(つな)ぎ止めても、迷惑の最たるものであろう。話すことも、身動きすることも、歩くことも出来ない、肉体の生のみを繋ぎ止めている生など、医療費を無駄遣いする最たるものである。
 臓器提供のように、「自分が万一、生命維持装置の世話になる寝たっきりの状態か、それに近い状態になった時、自分の生はそこで終了します」ぐらいの誓約の一筆があってもいいのではないかと思うのである。
 老害は、何も政財界だけのことではないのである。一般社会の中にもあるのである。

 大事なのは健康で生き、そこに働いた生き態
(ざま)を示す態度である。その態度こそ、老人に問われる課題である。限られた有限の生命の中で、老若男女が綯(な)い交ぜになって生存しているのなら、老人は出来るだけ若者に生命を譲るべきであろう。若者の未来に生命を託すべきであろう。そして平均寿命まで生きたら、それだけでも有り難いことなのだから、動けなくなったら、自分の生命は次世代に譲るべきである。これが出来てこそ、老いた者は、自分の生き態(ざま)を毅然とした態度で誇れるのではあるまいか。
 老いた者は、生にしがみつくことではない。生から遠く距離を置いて、生というそのものを再度見詰め直す必要があるのではないかと思うのである。

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