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刀屋物語 11



刀剣を鑑賞するという世界は、そこに自身を映して鏡を見る行為である。



●鳥瞰図で観る人間界

 刀屋を長年やっていると、その側面か背後の「人間の劣等感」というものを、度々見ることがある。
 日本刀という古美術の世界には、こうした劣等感を抱いた人間が度々、その隙間を掻
(か)い潜(くぐ)って入り込んで来ることがある。欲に翻弄(ほんろう)されるからだ。
 その度に思うことは、「人間の欲に誰もが苛
(さいな)まされている」という、人間の悲しい宿痾(しゅくあ)を感じるのである。
 こうした宿痾と宿業
(しゅくごう)を背負っている人は、過去世(かこぜ)の習気(じっけ)で、罪深い過ちをしたのか?……と思うことすらある。
 そして、それを言えば、私もその一人であると確信するのである。
 人間は、過ちをする生き物である。どんなに綺麗に繕
(つくろ)っていても、繕った分だけ綻(ほころ)びがあり、その綻びは、つまり「過ち」なのである。

 一方で、古来からひたすら抱き続けた「神聖なる静けさ」も人間は持ち合わせている。聖なる領域があり、そこには共通の趣味の一致がある。
 日本刀を鑑賞する……という次元において、である。この次元に趣味の一致があった。
 山口県美祢市から来た人を、ここでは“Kさん”としておこう。意気投合したのである。
 かつてKさんが、私の店に来店していた当時のことである。
 この歳になって思い返せば、Kさんから学ぶことは多かった。

 茶会にも誘われ、そこで“上のランクの人”との交友も出来た。これらの人は特権の権力筋であったかも知れないし、あるいは組織の支配層であったかも知れない。そういう人達の交わりがあり、この交わりにおいて親交も深めた。しかし人脈ではなかった。内部関係に関わらなかった。
 趣味の一致においての繋がりであり、人脈というものでは到底なかった。ただ日本刀を鑑賞するという趣味の時点で一致していたのである。
 私のような底辺の庶民の生まれの者が、ある切っ掛けを得て、上のランクの人と交わるのは、一種の運命の悪戯でもあった。逆に翻弄
(ほんろう)される危惧(きぐ)も生まれるからである。付き合いは、接点で止め、深入りはしなかった。
 深入りは、往々にして不幸を齎すからだ。

 そうなると、これまでの神聖なる静けさが破られ、騒がしくなるのである。人脈を利用してはならない掟がここにある。
 世のバカどもは人脈、人脈……と抜かすが、人脈で結びつくことこそ、後で大きなツケを払わされるからである。この世は、ツケは代償を払わされるという法則がある。忘れてはなるまい。

 当時は私も若かったし、美祢市から来たKさんも若かった。
 そして当時は、わが店唯一の上客として来店していた時のことである。刀鑑賞だけでなく、Kさんの人生観を聴くのは面白かった。興味をそそった。弱輩の私には詠嘆させられることが多かった。
 「人生はなあ、修羅場なんじゃ。争いが絶えん」
 Kさんは、こう言った。独特の人生観を持っていた。
 それを“知っているか?”と訊き返すのだった。

 私の身見には“修羅場”という言葉が、争いの絶えない“阿修羅
(あしゅら)”を彷彿とさせた。あの阿修羅である。
 阿修羅は天竜八部衆の一つとして、仏法の守護神とされる一方、六道
(りくどう)の一つとして、人間以下の存在とされる。
 何よりも“好戦好き”だからである。絶えず闘争を好み、相対的な暴力を競い、居場所は地下や海底に棲
(す)むという。そうした天上の神々に戦いを挑む、阿修羅を想像したのである。殺伐とした修羅(しゅら)の神を想った。

興福寺の阿修羅像。
 阿修羅は古代インドの神の一族であった。だが後に、インドラ神
(帝釈天)など天上の神々に戦いを挑む悪神とされた。次から次へと戦いを仕掛けた。そして「憂い」がなかったとも言えない。眉の“少しばかりのうねり”は、確かに「憂い」を顕している。美しくもあるが、決して優しい少年像ではないのだ。

 「だから、心の拠(よ)り所が必要なんです」
 あたかも相槌を打つように切り返したことがあった。
 私は刀剣を武器としてではなく、鑑賞という一場面を心の拠り所に求めたのであった。心を質
(ただ)すためである。自問自答するためである。
 「あんたの言う、心の拠り所とは何だね?」
 「日本刀です。日本刀というのは、現代では精神の一部を司っているのです。だから拠り所なのです。刀剣こそ、自分の心の一部なのです」
 「心の一部か……、なるほど……」
 Kさんは“掘り出し物”から、刀剣を精神的支柱にして、鑑賞する意味を理解したのだった。恐ろしい程の学習能力のある人だった。次に会ったときは、ワン・ランク上を走っているのである。

 「刀を鑑賞するよいうことは、今の自分の襟
(えり)を正す行為なのです」
 「では訊くが、自分の襟を正すという以上、刀は自分を見詰める鏡ということだな?」
 「拠り所である以上、鏡でもあり、また自身の魂でもありましょう」
 「魂となるか……。ではだ、そうなると単に趣味人の世界を超越しておるな。魂を超越するとは、どういうことか?」
 鋭く質問してきた。
 こちらも勉強不足だと、直ぐに返り討ちされてしまう。会話一つするにも真剣勝負だった。
 「刀工が精根込めて造った刀は、この世の制約に左右されません。相場に左右されて、物に成り下がりません。物質を越えます」
 「難しいことを言う……」
 刀は確かに人間が造り出した物だが、物を超越することが精神界に到達するという、時空を超えた存在を説いたが、ここに至る行為が難解と悟ったのだろう。

 精神界に到達する……。
 それは、容易な鑑賞法だけで到達出来るものではない。
 何よりも洞察力が深くなければならない。単に、表面で見てもその構造は理解出来ないし、奥に隠された芯
(しん)は深遠な精神界を洞察することで深まっていくことである。
 あたかもドイツの心理学者で美学者でありリップス
(Theodor Lipps)の論じた「感情移入」の、心理的美学の根本原理を理解する能力がいる。見て美しいと感じ、それを愛(め)でる自己の感情を投射させるだけの美意識がいる。精神世界の粋を極めねばならない。
 人間は深遠なる世界には決して近付けないであろうが、その努力をすることはできる。

 「日本刀の蒐集家には、二通りの人種がいます」
 「どういう人種だ?」
 「物を心で見る人と、物を物で見る人です。物を心で見る人は、美の探求のために刀を蒐集し愛好する。
 一方、物を物で見る人は、投機家や商人の類
(たぐい)であり、金になることしかしない商魂逞しい、概ね“美”即“金”に結びつけて、刀を見ることでしょうか。刀を物して見ている以上、側面にいるのは物霊です。心の拠り所になる心霊ではありません」
 「面白いことをいうなあ……」
 Kさんな何かに思い当たって、聖なる静けさの領域を垣間みたように言うのだった。
 これまでの支配層とは別の見方で精神界を凝視しているのである。それは物を見る眼であった。

 「物を物で見る人は、それがどんなに美術的価値が高くとも、金にならなければ見向きもしない。頭の中は金儲けで一杯です。美術の世界では、常に需要と供給の原理が働いています。物が流行すれば、物に殺到して、やがて流行を起こしますが、その流行の結果、偽物が横行して、それが巷
(ちまた)に氾濫して偽物だらけになります。
 そうすると、本物まで不評になる。これまで物を追い掛けていた人は、急転して、今まで追いかけていた物を見向きもしなくなる。これだけの目的で、蒐集している人は金儲けは敏感でも、心で、美なるものを愛
でる意識が欠如している。そして遂(つい)に墜落していく。眼力をなくす。最後は盲(めくら)になってしまいます。
 また一般蒐集家でも、幾ら耽美
(たんび)の心を燃やし続けていても、物を物で見ている以上、時が経てば、物に対する感度も次第に薄れていきます。買った当時は、枕元に置かないと寝付けなかった人でも、やがて放置する時が来る。納屋に仕舞い込んでしまう時が来る。これが物で固執した蒐集家の辿る晩年と言うか、結末です」

 上層でも下層でも、また中産階級でも窺
(うかが)い知れない「美なるものを愛でる気持ち」を率直に説いたのである。
 つまり、「愛でる眼」がないと、如何に高価な物でも、ただの物であり、換金されてしまうたわい無ない物になってしまう。愛でる目が無いからである。だから、美なども感じないのである。ただの物としてしか見えないのである。
 眼明きの盲である。

 「なるほど、益々面白い……」
 喜々として、声を挙げて言うのだった。一つの崇高さを観じたのであろうか。
 「昭和三十年代の池田勇人
(いけだ‐はやと)という首相は、“貧乏人は麦を食え”といいました。覚えておいでですか?」
 「ああ、覚えているとも。そして、そう言ったことが、国民の不評を買ったなあ。随分と攻撃を受けた。国民の間からは、非難囂々
(ごうごう)の声が上がっておった」
 「そうでしたね。私はその頃、小学生でしたが、あの首相が“貧乏人は麦を食え”といったことを、なるほどと思って感動しましたよ。池田勇人の言葉に、子供ながらに感動しました」
 「どう感動した?」
 その問い返しは、“お前は止事無き、変わった人種じゃのう”と言わんばかりの呟
(つぶや)きも含まれていたようだ。

 「人間がエエカッコシイでは、いけないと思いましたよ」
 私は便乗人間でない。人とは反対のことを唱える。その他大勢と、逆の気持ちで考える。団体行動する考え方に付いていかない。
 貧乏人は麦を食え……、その通りと思うのである。
 「あんたは面白いことを言う」
 「貧富の差は、克明でないといけないと思いましたよ。金持ちか貧乏か、曖昧
(あいまい)が一番いけないのです。自分がどちらに属するか、把握しておかないといけないと思うのです。世の中は白か黒かです。その中間色の灰色は本来ないのです。そこにグレーゾーンを敢えて作るから、間違いが起こる。
 つまり中途半端で、全体像が曖昧模糊
(もこ)のなってしまうのです。この現象を“普通”などと称して、普通意識を日本人は健全な感覚として好みますが、また、ここに面倒な物には蓋(ふた)をする処世術が流行するのです。決して、いい現象ではありません」
 私は刀剣でも、骨董でも、市場で競りの入札を入れる時、白黒をはっきり表現出来ない中途半端なグレーゾーンのセミプロが、さまざまな詐欺に引っ掛けられ、没落していくのを何度も見てきている。根刮
(ね‐こそ)ぎ遣られるのだ。中途半端に頼って曖昧だからだ。
 “地獄での談合”で、曖昧な返事をすると、そのしっぺ返しは怕
(こわ)いものだった。没落したのは“地獄での談合”を曖昧に検(み)て、優柔不断な判断しか出来なかったからだ。

 「あんたは、地獄でも見てきたのか?」
 「どうでしょうか……。想像下さい」
 「上手く逃げたな」
 「自衛です」
 「なるほど……」
 Kさんも口では“なるほど”などと、私に相槌を打っているが、この人こそ、私以上に地獄を見て来たに違いなかった。かつて学徒動員で、戦争にも行った人だったからである。

 「この世の中は、実は中間層で支えられているのですよ。
 つまり、この階層は、カモであり、おまけにネギまで背負っている。決して支配層ではありません。だからカモにされるのです。一方で健全でしょうが、その意識は支配される側の健全にしか過ぎません。支配層の健全とは似て身に付かない物です。ある種の権力が言う、善良な市民とでも申しましょうか……」
 「あんたは地獄で勉強しおったな。而
(しか)して、苦労人の足掻きという訳か……」
 「勿論、私は貧乏人の小倅
(こせがれ)でしたが、やはり貧乏人は麦を食うべきでしょう。麦を食って、その麦が不味ければ、そして、どうしても舌触りの良い米を喰いたかったら、米が喰えるように努力すればいい。ここに努力する目標がある。そして散々努力して、それでも貧乏で米が喰えないのなら、麦飯の中にだって喜びがある。その喜びを見つけることこそ、心は富豪となることが出来る。だから麦飯に不満を言ってはなりません。心まで貧困であっては、立つ瀬がありませんからね」
 「上手いことを言う……」
 「貧しくとも、精神的には富豪でありたいものです。この切り替えが出来ないことには、衣食足りて……という訳にはいかないから、況
(ま)して心の拠り所である刀など、所有する資格がありません。そういう、身も心も貧しい者が刀を鑑賞する資格はありません。心の貧者に、刀は無用の長物です」

 私は少年時代から、「労働の何たるか」を学んできた。もう、中学一年の頃から働いていた。働いて、金の勉強をしていたのである。学校では決して教えることのない金銭哲学を学んでいたのである。
 中学三年のときに父が死んだが、もうその頃、自分で自立して、生活の基本は立ち行くようになっていた。母一人……という母子家庭であったから、親から小遣いなど貰ったことがなかった。逆に、親に小遣いを渡していた。

 高校の月謝も、大学の授業料も自前で払ってきた。クラブ活動しても学業と両立出来るのだから、アルバイトを二、三掛け持ちしても学業と両立出来る。頭を遣えばいいのである。高校のときには、小・中学生の家庭教師をして、当時のアルバイト生の倍以上の金は稼いでいた。
 家が貧しいから大学に行けない……というのはウソだった。
 貧しくて大学に行けないのは、授業料の高い大学に行くからである。当時でも、授業料の安い大学は何処にでもあった。そうした大学に、親の力を借りずに自力で行けばいいのである。何事も自前で遣ればいいのである。

 そして、日本刀に魅せられたときも、自前で「最初の一振り」を手に入れた。
 私が最初手に入れた、その一振りが“平安城石道住正俊”であることは、実にラッキーだった。幸運だったという他ない。
 自前精神が功を奏したのである。努力する他力が働いたのである。
 天は見捨てなかった。
 だが、仲間同士の凭
(もた)れ合いや、他人の他力を宛(あ)てにしていては、とっくに没落していたことであろう。また、智慧も出て来ないのである。

 「益々面白い、あんたの言うことは実に面白い」満悦の極みのような声を上げた。
 「刀にも確かに、掘り出し物というものがあります。しかし、これにかこつけて“掘り出し物根性”で、刀を漁
(あさ)るのは間違っています。ここには、僅かな金で大業物を手に入れようとする魂胆がある。美を純粋に考える気持ちから言えば、貧乏人の足掻きで、如何にも浅ましい限りです。私は貧乏人の手から手へと渡った刀は、絶対にお勧めしません。私がお客に勧める刀は、その刀の由来を調べ、前の持ち主の経歴を調べた上で、いい物をお勧めしています」
 「あんた、益々気に入ったぞ」
 私は貧乏人の手で穢された刀が、どんな酷いかよく知っていたからである。ここでいう貧乏人とは、精神的な貧しさを言う。

 昨今は、「心が貧しい」と言ってもピンと来ない人が多くなったが、「家が貧しい」などと揶揄
(やゆ)すると、忽(たちま)ち怒る人がいる。心が貧しいよりも、自分の思い込んでいる中流レベルの生活が標準より以下だというと、敏感に反応して直ぐに憤慨するのである。心は貧しくとも、自分の持ち物や家の資産程度が貧しいというと、物に頼る物質信仰が侮辱されたとして怒るのである。
 この手のレベルの人が手にした刀は、まず「研ぎが悪い」ことだ。
 刀剣の研磨がなっていない。
 研ぎの悪いことから始まり、実に見苦しく、手入れが悪く、錆だらけで穢
(きた)く、それに疵(きず)つけ曲げるなどして、大きな欠陥を抱えている。再生が出来ないのである。そうした刀は、既に値打ちを失い、美術品としては無価値になっている。単なる、鉄棒である。
 昨今は、こうした再生不能な“穢い刀”に20万円、30万円の値段をつけて売却する素人愛好家もいる。酷いものだ。

 そして私が見聞してきたことから吟味すると、刀剣で最初に「素人からクズ」を掴まされた場合、その後遺症は、いつまでも引き摺るということである。
 例えば、素人愛好家の刀剣を薦められて購入したとしよう。
 その薦められた刀には何らかの欠点があって、例えば、研ぎ減りがしている、研ぎがよくない、試し切りをして曲げている、曲げて鞘にもろくに収まらない、一度折れて溶接している、疵がある、手入れが悪くて錆びている……などの刀剣を、一番最初に手に入れた場合、その人は、以後、同じようなガラクタばかりを集める癖がついてしまう。

 こうした欠点を承知の上で購入したのなら仕方ないが、そうとは知らず、“刀とは、映画やテレビに時代劇で見るように美しいものだ”と感得している刀剣の初心者が、一番最初に以上のようなボロ刀を買った場合、以降ボロばかりを集めてしまうということだ。
 その時点で美意識の感情移入が行われたからである。
 美意識を“その程度”と捉えてしまったために起こる現象である。

 私の考えから言えば、「一番最初の刀」というのは、少々高くても『刀剣専門店』で買うことを、是非お奨めする。絶対に素人の蒐集品を買うべきでない。素人には気付かない欠陥を抱えているからだ。
 また、古物商でも“骨董屋”から、は買うべきでない。刀を本格的に扱っている『刀剣専門店』から買うべきである。
 これまで見聞してきたことだが、その辺の骨董品に紛れ込ませて刀剣を売っている骨董屋から買うと、必ず後で多くの欠陥が見つかるからである。欠陥を覚悟の上ならば文句もなかろうが、刀剣を愛好する人が、最初に一振りを骨董屋から買うと、刀剣が“その程度”の、鍋釜程度の古道具類と同じ意識になってしまうからだ。美意識など生まれるものではない。美なるものと、古道具を同じ土俵に挙げるべきでない。

 そして最悪なのは、素人蒐集家から、口先三寸で薦められてボロ刀を掴まされたときだ。
 大抵こうした場合、「ババ抜き感覚」で掴まされている。
 素人蒐集家の売った方は、ババ抜き感覚で自分のボロを処分しただけであろうが、買わされた方の人が刀剣には初心者で、最初の一振りとした場合、この人の美意識はその後狂わされる。
 売った方は単なるババ抜きのボロ処分であったろうが、買わされた方はその後、美意識を狂わされたまま生涯その人生を歩く。以後、いい物を手に入れることが出来ず、ボロ漁りをして、次に、金の限界を感じるということだ。
 金がない……となって、刀を金がないで捉えてしまうのである。美とは無縁になってしまう。こんな美しいものを、この程度の金で入手出来たという意識が逆転するのである。

 乾坤一擲
(けんこん‐いってき)の眼の勝負で、刀屋がいい物が売りに出されていて、「金がない」といったら、そこで笑い者になる。もう二度と相手にされなくなる。勝負とはそう言う厳しいもので、決して卑しいものでない。
 それを素人は、勝負を卑しくしてしまう。厳しいというのと、卑しいというのは、そもそも次元が違うのである。
 しかし、美意識が顛落した者は、この区別が分からない。
 そのため金銭感覚が卑しくなるのである。そのうえ金銭感覚も狂わされてしまうということである。
 美意識を狂わされてしまった人は、適正価格というものを見失うのである。

 つまり、いい物にそれ相当の価格を付け切れず、「いい物は高い」という金銭感覚が出来上がり、その結果「手が出ない」という諦めが起こる。それ以来終生、それが身に付いてしまうということである。金惜しみである。ケチの表出である。本来はケチでない人までもが、刀剣に関しては無意識にケチになる。
 しかし、ただケチになるだけでない。
 ケチが美意識に相殺されて、金銭感覚と美意識までもが狂うのである。
 いい物に高い金を払って購入し、それを有難く手に入れさせて貰ったという意識が破壊されてしまうのである。私は、こうした意識が破壊された人を素人蒐集家だけでなく、同業の刀屋にも見てきた。

 生涯、刀剣レベルで言えば、旧認定で言えば「マル特」以下、また新認定で言えば「保存」以下の刀しか入手出来ない「底辺の蒐集家」に成り下がってしまうことだ。程度が下がることだ。
 それは人格の低下にも繋がる。
 そうなったときの残された人生と、以後の美意識の崩壊は実に哀れである。
 眼がそのようになってしまうからだ。眼は磨けず、凡眼に成り下がる。眼の勝負で負けてばかりとなる。
 したがって性格もネジ曲がる。
 自分では自覚症状を感じないのだが、他人の眼には「あの人は穢い」と映るのである。そう検
(み)られてしまう。
 狡辛
(こす‐から)い人は、人生で相手にされない存在となる。敬遠される。人から相手にされないだけでなく、人生からも相手にされなくなるのである。一生穢いことを遣って、それで終わる。性格がネジ曲がった成れの果てである。

 私は長い刀屋人生で、「ババ抜きを遣った素人蒐集家の生涯」を、実際にこの眼で見てきている。
 そしてババ抜きを企んだ人は、押し並べて“売り捌くときは饒舌家”だが、一方で観てきたようなことを言う講釈師でもあり、聞き飽きれば、次第と人が寄らなくなる。
 寄って来ても、ババ抜きとしてのカモになる、ババ抜き1号、ババ抜き2号程度の、そんな人しか寄り集まらない。その程度の“寄り集まり詣
(もう)で”となる。
 ここではショウベンし、ババ抜きの繰り返しだけが起こる「地獄の構図」が出来上がる。地獄に抵抗力のある人なら別だが、素人風情が、こうした場所に出入りするべきでないだろう。

 断言しよう。
 愛情と誇りのない人から、刀剣は譲ってもらうべきでないだろう。
 したがって『刀剣譲渡』にも大きな意味があるのである。譲渡は人生に大きな意味を持っているのである。

 「刀に愛情と誇りを以て、売っている当店は、購入後、必ずそれ相当の値上がりが生じます。いい物は必ず値上がりします。ですから、重要刀剣以上を、お求め下さい」
 「そうか、重要刀剣以上だったら値上がりするか……」
 いい物は値上がりする。
 この世の当然の原理である。圧倒的に少なく、それだけ希少価値があるからだ。
 「私は、常人とは、逆の発想をします」
 「どんな?」興味津々で訊いてくる。

 「人間生活を幸せにすると信じられているのは、金銭の量です。量が多ければ多いほど、誰もが幸せになれると信じています。人間と言う動物は、他の動物と違って、最大の特徴は、金銭を欲しがる生き物です。それでいて、金銭の話をすると、決まって卑しいとか下品とか言って、眉をひそめます。
 むしろ、こう思い込むことこそ、卑しく下品だと思います。これは顛落
(てんらく)する人間の末路を自ら証明しているようなものです。だから、金銭を卑しい、下品な存在と、愚弄(ぐろう)する人間には、私は刀を売りません。金を渋ったり、ケチだと分かる人間には、絶対に刀を売りません。そういう者は、刀剣を所持する資格がありません」
 私は、実体験でこのことを学び、そこから得た教訓だった。
 「その点は一致する、わしも同感だ」
 「大事な点は、まだあります」
 「どういう点だ?」
 「虎穴に入らずんば、虎子を得ず……ということです」
 「ほう……」
 この御仁は好奇の眼で、要点を聴こうとした。

 「本当に刀が好きで、これを求めんとするならば、“目利
(めき)き”の人に接して、教えを請い勉強しなければなりません。本の上だけの知識では役に立ちません。この事が、よく分かっていないと、絶対によい物は手に入れる事が出来ません。そして、目利きの人から買うか、譲るかしてもらっておけば、必ず、そうした物は日とともに、美術品としての価値がどんどん上がっていき、いよいよ美術品に対して、楽しい希望が生まれくるものです。刀をはじめとする、真に古美術を愛する人は、金儲けには無関心で、精神の世界に素晴らしい喜びを持ち、心の富者として、名器と共に、清貧に甘んじる心境に至れる人こそ、真に好ましい愛好家と言えるのです」
 「真に刀を愛し、その美が理解でき、心が卑しくなければ、またその姿も健全という訳か」
 Kさんは納得するように言うのだった。

 「つまり、刀剣は投機の対象から外れて、欲張り者より、“好き者”としての道を選び、伝統ある日本文化と共に生き、これに誇りを感じていく心が大切ではないのかと思います。
 掘り出し物は、刀剣の世界を愛する者の一つの夢であり、この夢があればこそ、この道を愛する者は、希望を持って、それに邁進
(まいしん)することができると信じます。
 大いに見て、大いに学び、大いに掘り出し物を探し求め、物を見る眼を養い、この道に、たえまない研究と努力を注ぎ込んでもらいたいものです。だから、虎穴に入らずんば、虎子を得ず……なのです」
 「いいことを言う」
 私はかつて、京都のある古美術の大家から聞いた言葉を、そのまま受け売りで話していた。
 そして、いつしかこの御仁とは、意気投合していたのである。
 これ以来、益々親交を深めていったのである。

 しかし、親交があるからといって、何もかも投合した訳ではなかった。
 この御仁は、一癖も二癖もある、一筋縄ではいかない人である。
 私のような青二才がいい気になって深入りすると、簡単に返り討ちされるだろう。二つに畳まれるだけでなく、四つ折りにされて啖
(く)われるかも知れない。人の行為につけ込まないことも学んでいたのである。
 深入りは、それだけに危険を孕
(はら)んでいるのである。遠巻きが一番いいのである。虎の威を決して借りてはならないのである。
 私は、虎の威を借りた狐が、何度か啖われたのを見てきたからである。こうならないためには、境界線がいる。利益で一致しない、気高い境界線がいる。

 「趣味の境地で並びましたね」
  人間が生きているという、この現実は「生きているという理由付け」がいる。この理由付けがなければ、気高く、雄々
(おお)しく生きることは出来ない。
 そうでなければ、遜
(へりくだ)り、傘下の程を宛てにして、狐のような生き方をしなければならないからである。庇護を宛にする生活は見苦しい。
 やはり、自由を需
(もと)めてそれを感得するならば、制限なしの本来の自由でありたい。無制限の自由が満喫したい。金に困らないからと言って、他人の手下になったり、強者(こわもの)の手駒にはされたくない。駆け引きの対象になりたくない。少なくとも対等でありたい。同格でありたい。
 「わしと対等で同格ということか?」
 「これ、いい関係とは思いませんか」
 「うム?……」
 こう返事したKさんは、心の底から私が懇願しないことに些か拍子抜けしたのだろうか。そういう訊き返しをしたように思えたのだった。

 「趣味で一致した顧客は大事にする主義です」
 何しろ、観察すればするほど、この御仁には巨大な悪と、小さな善が同居でもしていることが分かったからだ。その一方で、極めて人情深い一面が、私を惑わせるのであった。
 しかし、この人の魅力は何といっても、背後に悪徳を潜ませている部分で、大物ほど、こうした一面を持っており、そこに不思議さを感じるのだった。それは、やはり人間の器量の大きさに結びついた一面であり、こうした一面は更に、義侠心や思いやりといった、裏の裏まで結びついているのだった。
 単刀直入に言えば、悪徳の一面は、より人間らしく、より自由で、何よりも度胸が据わっているのである。だから、実に観察眼がいいのである。観察眼が言いというのは、奥の奥を透徹出来る眼力を持っているということだった。

 「あんたは飼い殺しに出来んよ」
 「光栄です」
 もしかすると、Kさんは自分の悪徳で私を本当に傘下に収めて、飼い殺しを考えたのかも知れない。クバワバ……クワバラ……である。
 遠巻きにして木だけを観るより、やはり森全体を観たかった。そうでないと大局は見通せないし、近視眼的になってしまうからである。やはりマクロ的に全体像を掴まないと大きさは分からないからである。

 “木を見て森を見ず”という俚諺
(りげん)がある。
 この俚諺にぴったりの人種は、何といっても善人である。この俚諺に適合する類
(たぐい)はまさに善人であり、善人であるだけに、肝っ玉が小さく、決断力も乏しくて優柔不断である。迷いっぱなしの人をこういう、優柔不断だと。

 中間層や自身を中流と思い込んでいる人は、それはそれで幸せであろうが、その“幸せ度”を表現するのなら「江戸時代の水呑百姓」だと想うのである。
 田畑を所有しない貧しい小作、または日雇いの農民のことで、「生かさず殺さず」が定められていて、つまり無高
(むたか)百姓と思うのである。好きなだけ搾取され、甚振(いた‐ぶ)られ、実に気の毒な階級である。
 これこそが、カモがネギを背負った構図ではないか?……と思うのである。体制側の最も好む構図である。
 一言で、中産階級を論じるなら、まさに搾取される階層であろう。哀れな階級である。そのうえ何らかの権力がなければ、悲惨でもある。

 1929年10月のアメリカの株価大暴落に始まった世界的規模の経済恐慌の被害者は誰だったか。
 そして、数年にわたって世界全体に蔓延し、当時の資本主義経済を脅かしたこの現象は、どうして起こったか。
 中産階級の「哀れなる現象」があったからではなかったか。支配層から、いいようにされて啖われたのである。特に銀行筋から好きに料理された痕跡があった。
 そして、この大恐慌で、株式の空売りをして大金を儲けた支配層もいた。実に不条理であった。

 当時を想えば、彼の国では国家の深層部を支えている支配階級の声は聴こえず、また聴こえても中産階級には理解出来ず、更には、そうした予兆があるのにも関わらず、これを無視し、無気力なる気力と、自信で溢れていたのではなかったか。それは実に皮肉なことだった。
 そして中間層の中流意識は、人と同じことをするという意識で「中流」が保たれ、それ以外の行動が出来ないと言うことが足枷
(あしかせ)となり、ただ中間であることだけに恐ろしいエネルギーが消耗させているのである。

 悪の凄まじいエネルギーなど、到底理解出来ない種属である。この種属はいつも何かに縛られている。首に紐
(ひも)を付けられている。そのためか、自由がない。自由がないから発想や行動力に奇抜性がなく、また情熱がない。当たり障りのないことを好む。恰好ばかりをつけ、いい子ぶり、人間に与えられた人生を小さくし、何事かに固執し、萎縮(いしゅく)して生きることしか出来ないのである。そのレベルの処世術だけが巧みになっていく。
 これは最も、Kさんの嫌うところだった。

 本来の人間の魅力は、錯綜した複雑性や怪奇こそ、その人の魅力である。
 そして、乖離
(かいり)の大きさが、また人を惹(ひ)き付けるのである。
 私も、Kさんという人物に惹
(ひ)き付けられた一人だった。反面、彼の巨悪に魅了されていたのである。
 更に彼には、現代という時代が失ったものを、私に暗示しているように思えてならないのであった。
 しかし、それはまた、こちらが少しでも気を抜いて油断すれば、即刻、啖
(く)われてしまうという危険性があった。それだけ、世の中は真剣勝負であり、常に無意識の緊張がいるのである。そして、Kさんからは、私の店で刀を買って貰ったというより、私がKさんに学ぶことが多かったのである。顧客としては最上の顧客だった。

 また、甲種マル特以上、あるいは特別保存以上の、いい刀を売る場合、一旦Kさんのような人の所持してもらい、次の客から「前の持ち主は、どういう人か?」と訊かれた場合、下取りした刀は、実に売り易いのである。前の所有者の人格が出るからである。その「謂
(いわ)れ」も話し易く、買う方も興味がそそられ、購買意欲が向上するのである。刀とは、人ともにに生きていた。

 「最上客」の意味は、単に高額な物を買ってくれるということに留まらず、売買を通じて支配層の考えたから、私のような庶民に論じてくれるからであった。老練な策士たちが、鵜
(う)の目鷹の目で見据える人間界の状況を、第三者の眼で解説してくれるところに、人間界の縮図を見るのだった。
 もしかすると、高高度から観る、鳥瞰図
(ちょうかん‐ず)であったかも知れない。この世の縮図を鳥瞰図で解説してくれるのだった。

 このように説明されると、また違う角度から人間界の縮図が見えて来るのである。
 私は昭和四十年代初頭くらいから、刀の世界にのめり込んだが、この時代、刀剣類は貧乏人には手が出ない数千万円の名刀から、五千円や一万円程度のボロ刀まであった。そして、ボロ刀の中にも、掘り出し物が点在していた。いい時代であったと思う。
 そして刀剣類の蒐集談や掘り出し談は、当時は都会より田舎にあった。田舎を訪ねれば、まだ可能性があった。錆び刀の中にも、時として驚くべきものが交じった居た。

 大学時代、その通学路は博多駅を経由して通っていたから、博多界隈には何軒かの刀屋があった。
 いま駅前はすっかり変わってしまって、あの頃の面影は想像出来ないが、日本刀に強く興味を惹
(ひ)かれたのは、二十歳前後の頃だった。最初、日本刀の見方は実に幼稚なもので、ウィンド越しに欲しい物を眺めては、通り過ぎるという日々を送っていた。足しげくその前に通っては、いつか“お目当ての一振りを手に入れてやる”という意気込みでいた頃の自分があったことを想い出す。学ぶことが多かった。
 その学んだことの中で、自分が買いたいと思っている物は、その人の趣味と感興の上に立っているもので、これに門外漢に人間は、何の関係もないということだった。

 主体は「自分」なのである。自身がどう考えているかによるのである。
 いま静かにこれまでを振り返ると、ある意味で、しみじみ幸せを感じるのである。これは良きにつけ悪しきにつけ、この世界では総てが反面教師だったからである。その反面教師の中で、人生勉強をしたのも事実だった。

 瞞
(だま)され、偽物を掴んでみるのもまたいい勉強だった。
 趣味の発展には、年齢とともに、成長とともに「段階」というものがあって、はじめから奥が解る道理はないし、人から指摘されても解るものでない。自分で掴む以外ないのである。自分で求め、自分で味わって、はじめて自分のものになるのである。
 これは恋愛とよく似ている。自分の好き嫌いである。したがって、自分が好きならなそれでいいのである。他人の押し付けがましい評論などは必要ないのである。その、自分流の選択肢の中で、物を検
(み)る眼が養われ、そこには同時に人間を検る眼も養われていくのである。そこに進歩もあるし、徐々に真物(ほんもの)に近付くのである。

 特に日本刀の世界では、自分あってのものである。
 また、その人の趣味の程度で対手は常に浮動する。美的価値も違って来る。
 この場合に言えることは、向かい合う対手に対し、謙虚な心を持たなければ、刀剣蒐集はいつかは墜落するものである。つまり、物を物で観るか、物を心で観じるかである。物を物で観る場合、多くはこの時点で墜落している。
 本態の美しさを喜びに変換出来ないからである。鑑賞家や研究家と、商人や好事家との違いである。刀屋は後者の場合である。
 物を物で検
(み)て、金銭に換算する能力がないと飯の食い上げとなる。綺麗事だけでは済まされない。幾ら美しいものでも、それが金にならなければ商人は勤まらない。
 商いの世界は、需要と供給で成り立っているのである。そのことも弁
(わきま)えていなければならない。だが、欲一点張りでは、必ず落し穴に落ちる。売買にも哲理がいるのだ。
 この哲理を挙げるならば、荘子の「深山に宝あり、宝に心なきものはこれを拾う」ではあるまいか。なかなか意味深長な言葉である。

 『刀屋物語』は、これで終わった訳でない。
 この物語は、刀屋で見聞しただけの単なる「回顧録」ではない。
 私が刀屋を通じて、人生勉強をさせてもらった有難い『教訓録』である。
 騙し、騙されもしたが、この比率を言うならば、元来はお人好しなので、人を騙したというより、人から騙された方が圧倒的に多いだろう。
 そして人生とは異なもので、人を騙すより、人から騙された方が追い打ちを掛けて「恨まれる」という奇妙な現象があることに気付いたのである。人を騙すものはいい気なものである。騙すものは順風満帆である。ところが騙された方は、自分が騙されたのにも関わらず、恨みを買って惨めで悲惨な人生を味わっていくことになる。

 彼
(か)の『虎徹』で何度騙されたことか。
 そのうえ騙された挙げ句に恩を売られて、逆恨みされるのも屡
(しばしば)だった。その度に呆れたものである。
 その一方で、人生の『貸借対照表』の帳尻も合っていると思うのである。
 人間の晩年は、この帳尻合わせが働くと思っている。他力一乗が働いて、最後はピッタリと辻褄合わせが出来ると思っているのである。
 六十の半ばを過ぎた齢をもってしても、私の『虎徹』探しは、今なおを続いている。
 虎徹に出合えるまではと、今なお奮闘中である。
 若い時と少しばかり違うのは、老いて老獪
(ろうかい)さを得たことだ。年寄りの智慧を詰め込んだことだ。

 だが、出遭いは「心なきものはこれを拾う」の次元まで達しないと、容易でないような気もするのである。
 晩年、容易でないものに挑んでも、その老後は実に面白かろう。そういう老後を私は、いま歩いているのである。
 そして虎徹探しの探歩は、いま始まったばかりである。


初期の菊池槍の原型となったと思われる短刀の刀身(古刀/無銘)

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『刀屋物語』  完



平武和応流・刀装拵師

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