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刀屋物語 7

刀剣商としての尚道館刀剣部並びに大東美術刀剣店では、日本刀だけでなく、こうした兜や甲冑なども販売しているのである。大半は委託品であり、出入りの顧客の刀剣や小道具、あるいはその他の武具なども委託販売している。

 そして、当店で買い取ることは殆どしない。
 今は美術品が売れない時代であり、そのうえ在庫は所得税が掛かるからだ。買い取って欲しいと持ち込まれても、買い取らずに委託で販売をしてやるのである。



●日本刀は「刀法の理」を知らなければ斬れない

 尚道館が北九州市八幡西区千代ヶ崎にあった時代、私は2階建ての倉庫のような借家を借りて、そこを道場兼住居にしていた。昭和50年代後半の頃だった。
 この当時、1階は刀剣店スペースの店と、その横は道場であり、また2階は、下の娘が未だ乳幼児だった頃、わが子を背負って家内が明林塾千代ヶ崎教室という進学塾を切り盛りしていた。
 この塾は当時、明林塾本部のチェーン塾で、家内はその系列の千代ヶ崎教室で室長兼講師だった。

 家内が大声を上げて授業をしている階下では、道場の通常稽古が行われていた。その稽古全般は私が担当していたが、このとき確か、柔術や合気柔術の他に、それに付随した剣術や抜刀術、試刀術
(試し切り)なども指導していた。私が見れない時は、別の指導員に任せていた。
 道場の隣は刀剣店であり、刀は唸るほどあった。試し切りに使うボロ刀も結構あったように思う。そして、試刀術や抜刀術では、金属疲労で折れ易い模擬居合刀などを使わず、生身の本物を使って稽古を遣らせていた。

 この道場には、枝光町から八幡大学合気柔術部の学生達も習いに来ていた。また、地域の中・高生や大学生、あるいは社会人の年齢層も、老若男女を問わず様々で、一回稽古事には30人前後は集まっていたのではないかと思う。今より人は多かった。芋を洗うとまでは行かなかったが、それでも今より多かった。
 その当時、ウィークデーも稽古はしていたが、それは指導員に任せ、私はチェーン塾の総責任者でもあり、また塾講師や家庭教師で、普段は忙しかったから、毎週日曜日が私の稽古の担当日だった。
 この担当日の稽古時間に、60歳代と思われる剣道八段の先生が見学に来たことがあった。もう、三十年以上も前のことで、昭和60年頃の話である。

 この先生は、福岡や北九州では剣道の世界で少しばかり名の知られた先生だった。わが道場では、このとき試刀術の稽古をしていた。
 この先生は最初暫
(しばら)く、わが流の稽古を見ていたが、何を思ったのか、“自分にも斬らせて欲しい”と申し出たのだった。
 竹や濡れ蓙を道場生達がスパスパ斬っていたので、斬るのは簡単と思ったのだろう。それに、剣道八段に自分が推挙されたというか、合格したというか、その辺の講釈も長々と垂れ、日本剣道連盟のそのレベルと人物評価の優を強調するのであった。
 以前
(平成10年前後のことと思う、あるいはもっと前か)、NHKで『25秒の剣道八段審査』というドキュメント番組が放映されたことがあった。
 この番組に主人公として出た人は80歳に近い老人で、剣道愛好者で七段の人だった。そして、“面打ち一本で、八段審査に不合格になる内容”だった。
 これは日本剣道連盟の思惑も働いていたであろうが、誰が打っても同じような面打ちを、僅か25秒審査されただけで不合格になる経過を追ったドキュメントだった。これは、“八段審査がこれだけ難しいのだぞ”という反面、主宰者側の傲慢
(ごうまん)を感じない訳でもなく、むしろ“80歳に近い老人なら、老い先も短いことだし、恰好付けずにすんなり合格にさせればよいものを”という気持ちも、否めない分けではなかった。
 千代ヶ崎時代はこれよりも、以前のことであり、NHKで見たドキュメントは随分後のことである。
 しかし、当時でも剣道八段と言えば、泣く子も黙る大した段位だった。

 私は当時から剣道と試刀術の違いは知っていたが、この先生が「ぜひとも」と無理に懇願するので、仕方なく折れたのだった。
 “日本刀は映画やテレビで見るようには簡単に決めませんよ。間合を間違えば自分の足を切りますよ”と、本来ならば注意をするべきだったろうが、この先生には言っても聞かないことは分かっていたし、いい経験と思って、遣らせて検
(み)たのである。刀の破損覚悟で……。日本刀一振りを御釈迦にするつもりで……。

 扱わせた刀は、樋無しの少しばかり頑丈な鎬造
(しのぎづくり)の二尺三寸七分の刀だった。センチの単位で言うと、ざっと72センチ強ほどであったろうか。決して、いいという物でもなかったし、そうかといってボロ刀の領域の物でもなかった。
 まあ、店の売値で50万円前後の物であったろうか。最低でも日本美術刀剣保存協会で認定を受ければ、“貴重刀剣”は確実、甘く認定してくれればもしかすると“特別貴重刀剣”の認定が付くのではないかという、そのレベルの無銘の刀だった。
 いつも試刀術には、この長さのものを使い、時には、二尺以下の身幅のある長脇差しを使うこともあった。

 このとき竹と濡らした畳蓙や古畳を斬る稽古をしていたが、剣道八段の大層な御仁
(ごじん)が“遣らせてくれ”と言うので、まあ仕方なく承諾したのである。
 しかし、遣らせたはいいが、竹は切断出来ず、竹の半分ほどに食い込んで止まり、竹の割れ目に刃を取られて、食い込んだ刀を外すことが出来ず、これを見ていた道場生の間からは苦笑が漏れていた。鉈
(なた)で竹を割って、やり損なった……という感じだった。
 更に、見ていた道場生の苦笑にカァーッとしたのか、この先生は、次に濡れ蓙に挑んで、また見事に刀を曲げた。恥の上塗りをしたのだった。
 何回か繰り返していたが、何度やっても、濡れ蓙は、右袈裟切りで切り落とせず、叩いては曲げ、叩いては曲げの連続だった。何とも諦めの悪い御仁だった。

 次に、畳を横にして上段から一刀両断に斬る“真っ向幹竹割り”の術にも挑み、総て失敗した。
 わずかに1センチほど畳床に減
(め)り込んだだけで、跳ね返されてしまうのである。柄を絞り込む「斬り覚える」ことを知らないからだ。そして貸した刀を見たら、飴の棒のように曲がっていた。あたかも蛇がのたうちまわった跡のように見事に、感心するほど曲がっていた。初心者でもこれだけ曲げる御仁は珍しかった。刀法の理を知らねば、剣道八段とは雖(いえど)もこの態(ざま)である。
 要するに、用いる術が違うのである。それは、あたかも野球の技術で、サッカーを遣るようなものだった。あるいはサッカーのキックで、野球の硬球を蹴飛ばすようなものだった……。
 この先生にとって、この日は無様な終末になったようだ。控えめに見学するだけで、身を慎んでおれば、自分の名誉は失墜せずに済んだろうに。

 剣道の技術は、大半が「叩く技」である。
 剣道の初段レベルまでの技術を見ていると、多くの愛好者は叩き合いに終始している。どう検
(み)ても打つという感覚ではない。高段者になって、打つという技術は認められるが、しかし、斬るという技術は認められない。“打つ……”止りである。
 “突き”もあるが、喉元の“突き垂れ”に突きを入れるのは、今日では「危険」という理由で一般には禁止傾向にあり、突きの技術は失われてしまったようである。突き垂れに、突きを入れると、竹刀の先きが垂れに命中せず、外れて直接頸
(くび)に当たり、この部分を掠(か)るからだ。場合によっては、頸動脈に損傷を与え、大事故にも繋がるからである。
 スポーツ化が進み、競技での勝ちを求めることだけが先行すると、本来、武術として有効だった術も失われ、試合のルールで事が運ばれるため、最も有効と言える危険なものが、どんどん省かれて行くのである。剣道の“突き”もその中にあって、今日では危険と看做されるのだろう。

 また、斬ったように見える剣道の“抜き胴”も、これは斬るというより、相手の胴を撫
(な)でたというのが本当で、“抜き胴”の技術をもってしても、竹を斬ったり、濡れ蓙を斬ることは出来ないようだ。
 また、抜き胴の技術で生身の人間を斬ったとしても、本当に胴が払えるかは疑問である……。
 更に、“面”も“小手”も、叩く技術が使われるだけで、到底「斬る」というものではない。
 それは竹刀という得物の性質と考えられる。竹刀は直線である。仕様は“剣”である。
 一方、刀は反りがある。柄の構造も違う。竹刀の断面は“円”であるが、刀の柄は“楕円”である。よって、「茶巾絞りの感覚」が違って来る。また、竹刀はこれの内革を通して握られるが、刀の柄は素手で握る。これだけ検
(み)ても異なっているのだから、遣っている技巧も異なるのは当然だ。此処には明確な、剣と刀の違いがある。
 現代の日本剣道を考えた場合、剣道は竹刀で叩くものであり、抜刀術や試刀術などの刀術は“斬るもの”であるということが分かろう。

 斬るとは、刀術の領域のもので、「刀の理
(ことわり)」を知らねば、切断しようとする媒体は斬れないのである。
 また、厳密に言えば“叩く”というのと、“打つ”というのは意味が少しばかり違うのである。
 これは長年、模擬刀を振り回して居合道の型ばかりを遣っていて、斬ることをしなければ、やはり刀の理は分からないのである。

 さて、剣道では“叩く”が主流だが、薙刀術では当然“打つ”が主流になる。
 薙刀は、“薙
(な)ぐ刀”だから、薙刀という。横ざまに払って斬るという技術もある。
 したがって、薙ぐとは、真っ先に脛
(すね)を打つ意味もある。脛を打てば、対戦相手は移動不可能のため、躄(いざり)になる。上半身は動いても、下半身が躄になって動かない。相手を動けなくするのが、兵法であり、これこそ理に適った攻撃法である。脚、つまり脛を奪っておいて、移動出来ないようにする。戦術において、これ以上の策はあるまい。

 では、脛を薙ぐとは、どういうことか。
 また、脛を打つとは、どういうことか。
 この「打つ」は、脛を打った時に明白となる。
 脛は叩いただけでは、致命傷を負わせることは出来ない。しかし、薙ぐは「打つ」と同義だから、打てば衝撃も威力も、叩くとは異なる。それらは大きい。それは薙ぐからである。打つからである。叩くからではない。
 換言すれば、反りのある刀で斬っているのである。薙刀は、刀である。剣でない。剣でないから、槍でもない。槍でないから、横を薙ぎ、一文字に払うことが出来る。但し、槍の術にも横一文字に刃を向けて払う術はある。

 “払い”とは、薙刀の刀の部分を使って、払うのである。横一文字に払いだけでなく、左右の袈裟払いも可能で、また下から上への袈裟払い上げも可能である。そして、長巻き同様、柄が長い。刀の長さ以上に離れた間合から攻撃出来る。一種のアウトレンジ戦法である。
 戦争観の戦術思想で言うと、敵の火砲などの射程外から一方的に攻撃を仕掛ける戦術および戦闘法であり、例えば、戦艦の主砲の射程距離を利用したものや、航空母艦に搭載している戦闘機や急降下爆撃機などの航続距離の長い航空機を利用しての戦い方で、逆に、主砲の射程距離や航空機の航続距離が短ければ、それだけで劣る戦術しか展開出来ない。遠い間合から、敵を敗北に追い込む戦闘思想がアウトレンジ戦法である。

 つまり、アウトレンジ戦法と同様に薙刀などの術では、攻撃で制するところの出来る範囲が、より以上に広がるのである。圏内の円の半径が伸びるのである。薙刀術や長巻き術は、剣術などと対峙して、これが可能なのだ。
 人間の間合は、素手の場合、自分の身長の約2分の1である。これが相手と対峙
(たいじ)した間合であり、相手との距離は自分の身長相当である。180〜190センチというところだろうか。しかし、これはあくまでも徒手空拳の場合である。
 これに刀や薙刀や槍、あるいは斬馬刀と言われた長巻きを持てば、その得物分の長さが相手との間合となる。この間合を格闘上の「制空圏」という。

 素手で格闘する徒手空拳格闘競技では、制空圏という言葉がやたら使われる。
 また相手の動きを見極め、瞬時に反応して読む眼の能力を“動体視力”などと称しているが、それは肉眼が物体の動きを追い、それを見極めることが出来る「才能」を指しているようだ。動体視力に優れていれば、相手の動きを瞬時に見極め、それに応じて種々の攻撃手法がコンビネーションとして使われ、これを連続することで相手を倒すという能力である。

 しかし、動く物体が手足など大きな塊
(かたまり)ではなく、1ミリ以下の“点”だったらどうか。1ミリ以下の点を肉眼で捉えるのは難しい。制空圏を標榜する格闘競技の技術では、刹那(せつな)の点の動きを、どう躱(かわ)し、あるいは捌き、処理するのだろうか。
 シャッター速度“1000分の1”の露光でシャッター・チャンスを狙ってとしても、シャッターを押した時は流れてしまった後である。動体視力とは、この程度のものだ。
 遠距離から鋭く襲う、刃物の点が襲った場合、これを紙一重で躱し、次の切り返して来る次の手をどう躱すのか。おそらく不可能だろう。
 日本刀、長巻き、薙刀などの長物を持った相手に、素手の人間が、思い込みだけの制空圏認識では躱せまい。

 特に、日本刀の長物の太刀や長巻き、更には薙刀という、遠距離から襲う「薙ぐ攻撃」は半端なものではなく、動体視力の肉眼では識別不可能である。その攻撃は、塊でなく、点であるからだ。点という尖先が襲うからだ。そして尖先
(きっさき)が襲ったとき、実戦戦場では、既に斬り捨てられた後である。

 昭和50年代半ばからその年代の後半くらいまで、わが方に、北海道の大東流合気武道宗家の武田時宗先生が、何度はお見えになった事があった。そのとき先生がよく申された事は「刀という点で動く、こうした動きは肉眼では確認し辛いし、この動きを徒手空拳でどう扱うのですか」と言って、素手で競技をする格闘技や空手などを批判的に言われたことがあったが、私も“刀の尖先の点”という、点の動きは、肉の眼で見る動体視力だけで見極めるのは不可能だろうと思うのである。
 そこで時宗先生は、尖先の点で動く動きに「体捌きと言う転身が必要になるのですよ」と、この転身の意味を、小野派一刀流の術理で説明され、その説明が“大東流の一本捕り”の術理だと説明されたことがあった。

 斬るというのは、点が動くという事であり、その点の動きは徒手空拳での手足による拳突きや足蹴りの動きとは、根本的に違うということだった。正拳を突く“手”や、蹴る“足”は、それ相当の大きな塊
(かたまり)であり、一方、刀の尖先は点ということだ。これが時宗先生の言う、塊の動きと、点の動きの違いだった。
 点が空間を切り裂く!……肉眼では極めて見難い、これが点の動きなのである。だから斬れるという現象が起こる。
 平安期から江戸期に行われた斬首刑や、武士の切腹の時の介錯は、これが刹那に肉と魂を分離することが出来たからである。痛いと感じる刹那すら、知覚させなかったのである。だから日本刀による肉と魂の切断が行われたのである。

 斬れるという現象を起こすのが、反りを持った刀であり、それは薙刀類も含まれるのである。反りをもって襲って来る“点の襲撃”は、肉の眼の動体視力だけでは躱せないのである。だからこそ、時宗先生は「躱すには転身が必要」と言ったのである。

 斬るから、打ったと同時に致命傷を負い、下手をすれば、そのまま脛は切断される。刹那
(せつな)の出来事である。痛みを知覚する間もない。動体視力で追う間もない。肉眼では、確(しか)と確認出来ない。総ては終わっている。そうした襲い方を、尖先という点はするのである。鋩子部分のフクラが、「斬る」ということを、意図も簡単に遣(や)って退(の)けるのである。

 打たれた方も、脛から下が失っているのを気付くのは、それより少し遅れてのことである。瞬時のことだが、脛から下を失って、それに気付かず、自分では何かに躓
(つまず)いて転けたと思うのである。そして自身が顛倒(てんとう)して転がり、始めて脛から下を失ったことに気付くのである。時間的な感覚にすれば、それくらいの誤差が起こり、気付くのが遅れるのである。

 剣道におけるポイントが稼げる標的位置は、面・胴・小手の三点に、突きが加えられ、現在、突き垂れを突く稽古は「危険」という理由で、殆ど用いられない。
 小・中・高生の剣道愛好者の試合では、突きを禁止しているところも多く、成人の部でも突きを禁止し、指導者の多くは「面を打て」とか、「面が一番難しい」などといって、面に比重を掛けた稽古を奨励している。此処を叩いて、ポイントを挙げれば、観客受けもいいし、派手に見える。

 一方、突きになると、素人の観客が見てた場合、「いま何をした?」とか、「見慣れない手口だ」とかなって、武術としては極めて有効な技も、何か卑怯な手を使ったというように誤解されて、観客受けが良くない。素人の眼には、“見慣れない技”イコール“卑怯な手”に映るのである。
 また“見慣れない手”は、その動きが早くて解り辛いから、どうしても卑怯な技を使ったと誤解されるのである。況
(ま)して、襲うのは肉眼で捉えることの出来る手足の塊ではなく、点という、光に準ずる動きで襲うから、素人には容易に見分けが利かないのである。
 その最たる点が襲うのが、“突き”である。尖先の点が迫るのである。
 これが日本刀の尖先の「点」だったら、その威力は明白であろう。

 日本刀をもって行う“突き”が有効だという話は、ゴマンとある。
 例えば、敵
(かたきうち)で、敵を探し出して討つ段になって、敵を討つ方が弱く、討たれる方、つまり、返り討ちにする方が強い場合、助っ人を頼んでも許されることがあった。しかし、助っ人を雇うような財力がない場合、それは身内だけで遣らねばならなかった。兄弟姉妹の少人数で敵を討つしかなかった。あるいは、一人だったかも知れない。
 経済的に窮する下級武士は、敵
(かたき)を見つけて討とうにも、相手が強力であり、剣術の力量も充分にあり、腕が立つ相手だったら、この敵討の果たし合いは、既に勝負が決まったも同然である。返り討ちに遭うのは火を見るよりも明らかである。

 だが、討つ方は“此処で逢ったが百年目”である。何とか討ち取りたい。
 長年捜していた敵に巡り遭えたという偶然は、もう人生で二度と起こりようがない。逃げられたらそれまでである。今までの捜し歩いた苦労が水の泡となる。しかし、そうかといって強行すれば、返り討ちに遭うだけである。この構図は、進退窮まった、どうしようもない構図だろう。
 そこで、返り討ちに遭わないためにどうするか。
 武士で“剣術が弱い”という条件は、どういう場合を言うか。まず、次のことが考えられよう。

剣術の才能がなかった。才能がないので、幾ら稽古しても剣術が弱かった。
剣術の稽古を普段から怠っていた。基本もよく出来ない。よって弱い。
剣術より、興味は他にあり、そちららの方に力を入れていた。例えば剣術よりも学問などである。
そもそも武士に向かなかった。武家に生まれたのは、いい迷惑だった。

 以上のような条件で、敵討をしなければならない状況になったらどうするか。
 “弱い理由”は他にもあろうが、この状況下で闘うとなれば、どうするか。
 また“根っから弱い”場合、どうするか。運命の定めと諦めて、ただ返り討ちに遭うだけなのか。
 だが、弱いが諦められず、返り討ちされるのも厭
(いや)で、何とか、及ばぬと雖(いえど)も一矢(いっし)報いたい。その状況下で敵を討つことに半生以上を賭けた武士は、次にどういう行動に及ぶか。

 例えば、腕はからっきしダメで、武技の才がなく、こうした条件下で、敵討の果たし合いが、一週間後に迫ったとしよう。そして、即席で、ある剣術道場に入門し、敵討の事情を道場の師範に話し、この場合、剣術道場の師範は、一体どういう秘策を授けるだろうか。あるいは秘策はないのだろうか。

 敵討をする方は、剣術の腕など皆無で、剣術の才能もない。ヤワで、のろまで、グズで、弱い。そして自立心はゼロ。依頼心も強い。躰を動かすよりは、部屋に籠
(こて)って読書などをする方が、当の本人は向いていると思っている。しかし、敵に巡り会えた。武家の家に生まれた以上、こうなれば敵と果たし合いをするいがいなく、遣りたくないが遣らねばならない。
 一切の事情を含み、さて、道場の師範は何を授けるか。あるいは授けるものはないのか。

 剣術で言う“面は一番難しい”という感想を抱くのは、未熟者だけでなく、かなりの熟練者でも痛感するだろう。相手の頭上から打ち込んで、頂点の百会
(やくえ)から印堂(いんどう)付近まで斬り下げることは、練達の士でも至難の業(わざ)である。また、小手も、胴も然(しか)り。
 では、この場合、敵討ちの当事者は、黙って返り討ちに遭わねばならないのか。為
(な)す術(すべ)はないのか。

 否、ある。
 素人でも、未熟者でも、またこれまで散々剣術の鍛錬を怠けた者でも、ただ一つだけ術はある。
 それは、一心に“突きだけを稽古する”ことである。
 “突き”は、極めて短期間に習得出来るだけでなく、素人でも、未熟者でも、一切才能に関係なく、これを会得することが出来る。朝から晩まで、昼夜を問わずそれだけの稽古に励めば、短期間に中心部分を点で切り裂くことが出来る。目標は喉元である。正眼から突けば、喉を突き刺したとき、刀法の理
(ことわり)によって“突き”と“切り下げ”は一つになる。刀は、そのように造られている。刀の重みで自然とそうなる。刀法の理を授かった免許皆伝者は、このことを知っている。

 また、喉元への突きが外れ、再び突きを入れても頭部か、上半身か、下腹部か、睾丸か、あるいは太腿
(ふともも)に刺すことが出来よう。斬られる覚悟で突きを連発すれば、振り上げたり振り回すのでないから、その運動線は軌道の最短距離を通り、“刺さる”という確率を大きくする。
 よって、かつては未熟な、熟練の士でない、敵討ちの短期入門者が来た場合、道場の師範は「突きだけを熱心に稽古せよ」と教えたという。この戦闘思想は正解だろう。
 面は一番難しく、突きは一番易しいからだ。それは尖先の軌道が運動線の最短距離を通るからである。
 黙々と一心に、これを行えと教えたのである。そして他は一切教えなかったという。
 これから考えれば、剣術の目標とする技のうち、小手・面・胴のうち、突きが一番最短距離の運動線上にあり、素人にも遣り易かったのは“突き”であった。突きが一番簡単で、一番有効だったのである。突きの有効性は既に証明されている。

 この考え方は、フェンシングで説明すれば、更に明確となるだろう。
 この西洋流剣術ならば、“突き”の論理は明白だろう。中世ヨーロッパで発達した西洋流剣術・フェンシングは、近代にスポーツ化しことで有名である。相手の躰に、素早い“突き”を入れるからだ。
 例えば、日本の剣術Vsフェンシングの構図で考えれば、剣術の場合、相手の面にその一刀を叩き込まねばならない場合、まず一旦上段に振り上げ、その後、相手の頭上に向けて打ち下ろさねばならない。
 ところが、フェンシングは、剣術の主が上段に振り上げた時に、もう突きを入れることが出来る。一調子と二調子の違いだ。剣術の主が上段に振り被ったとき、既に突き殺されているのである。
 これこそ、武術的に検
(み)て素人でも行える有効な術ではないか。

 さて、剣術の稽古は一般的に言って、入門すると、まず“素振り”を教える。上段に背後まで大きく振り被り、切り据える下段の位置まで振り下ろす“素振り”を教える。最初、初心者には打撃を体得させるために“素振り”を教える。
 素振りには、まず上下素振りがあり、次に斜め素振りを行う。この素振りは一種の準備体操でもあり、整理体操でもある。
 上手素振りは正中線の軌道を通って、その軌道から外れないことを教える。そのとき足運びも教える。このようにして“面打ち”の技術を教えるのである。
 しかし、これが何とか様になるまでには、入門してかなりの歳月を要する。こうした長年の時間が掛かる遣り方では、一週間後の仇討ちには間に合わない。
 そこで秘策を授ける。一切を省き、目的だけを達成することの出来る、最も最短距離を通る運動線の“突き”一本に絞った秘策を授ける。
 “突き”は、入門して間もない者が行う、秘策的にいえば最も有効な手段だった。

 正眼に構えて、相手が間合に入って飛び込んで来たところを突くのである。動きはそれだけであり、そのタイミングだけが鍛錬の対象になるのである。
 つまり技術を習得するのでなく、突く場合のタイミングだけを鍛錬するのである。その鍛錬の中心課題が技術的に高度なものを学ぶのではなく、最も最短距離の軌道を通るためのタイミングだったのである。いつ踏み込み、突くかという、タイミングだったのである。タイミングさえ会得出来れば、技術などなくても突きは可能なのである。これだけを三日も必死で遣れば、タイミングは会得出来るであろう。
 “突き”は武術的に検
(み)て、護身の有効性から検ても、非常に有効な手段であり、二調子の振り上げて叩くよりは、一調子の突く方が小さな力で大きな相手を倒せる。突きの効果は絶大なものである。
 それは二調子でなく、一調子であるからだ。

 次に脛である。
 剣道のルールには“脛”がない。脛斬りがない。瞬時にして相手の攻撃意欲と攻撃力を削ぐ、脛を打ち落とすという技もないし、この箇所をポイントも取る技術がない。
 単に、一応突きを除外した面・胴・小手の三点を中心に狙ってポイントを奪う、速さを競う叩き合いの競技である。
 したがって、“叩き合い”の手が素早いからといって、竹や濡れ藁を簡単に斬ることが出来ると、考え違いしてはならない。叩くと斬るは次元が違う。
 切断媒体は叩き合いの技術では、斬れないのである。刀を握っての死闘の場合は、相手を叩いても、それは軽症であり、致命的な傷を負わせるには斬るという「刀の理」を知らねばならない。

 日本刀には、“フクラ”という箇所がある。鋩子
(ぼうし)のことで、“帽子”という字を当てることもある。
 この“フクラ”は、剣の切先
(尖先/きっさきの頂点の部分から、横手の直角部分までの「丸み」を言う。この丸みは決して直線でなく、仮に“かます尖先”でも、鋭いが幽(かす)かな丸みをもっている。
 また鋩子は、この三角部分の中の刃文のことで、刀工の技量の最もよくあらわれるところであり、これによって各時代や流派の特徴を知りうる箇所なのである。そして、この部分が単に刃文というだけでなく、刀の理によって斬り抜ける場合、これが切断面を切り裂く働きを持っている。

鋩子のフクラ部分。刀の刃の先端に丸みのある部分で、大鋩子などの尖先を、他の成美のある刀に比べて「かます尖先」などというが、これは刀の刃の先端が、やや三角形に近く、他に比べて丸みの少ない大鋩子のことである。
 しかし、フクラがある以上、刀法の理
(ことわり)に遵(したが)って刀を斬り引けば、切断する媒体は切断出来る。

 同時に、刀の刃全体は、カミソリや包丁と異なる横研ぎではなく、“縦研ぎ”である。縦研ぎという特殊な注ぎ方をしているため、指で、刃そのもの上を触っても、刃に対し、直角方向に押し付ける場合は切れることはない。切れるという現象が起こるのは、引いた場合である。
 引く。
 つまり斬った場合である。

 刀は引かねば斬れない。叩いただけでは斬れない。叩いても浅いのである。引いて始めて、要を為
(な)し、切断媒体を深く切断することが出来る。これは日本刀に“反り”という独特な構造を持っている結果から生まれるもので、剣ではこうはいかない。剣は突き、あるいは横に払って、打ち叩く武器である。
 これだけ見ても、刀と剣は違う。
 刀は、刀の理でその術理が構成されており、この理を知らない限り、叩くだけの技術では切断面を深くすることは出来ない。
 斬りつけても、斬り落すことが出来ないのである。そして切り落とす場合に、最後のだめ押しで切断する場合に強力な威力を発揮するのがフクラである。

 既に述べたが、剣道八段のこの先生は、他人の刀を使うだけ使い、曲げたにも拘
(かかわ)らず、自分の未熟を反省するどころか、詫びもせず、仏頂面で不機嫌に帰って行った。一体このモラルは、何処から来るものだったのだろうか。
 自称武道家と自負する、世にも不思議な人間を見たのだった。そして、滅多にお目に掛かれない、何ともお粗末な礼儀知らずだった。
 “何が剣道八段だ!”
 私の心は、無礼者に対する怒りで一杯だった。

 日本刀を知らない、また、日本刀の術理を知らない人は、結局は、如何なる階層の、あるいは身分の高段位取得者でも“この程度”の試刀の腕しか持っていないのである。これが、本当に斬るということと、叩くこととの違いである。
 また、日本刀に対する礼儀も知らなければ、この無態
(ぶざま)な体たらくだ。
 しかし、もし、高段位の剣道の腕前で、刀術や刀法を学び、これが剣道に応用出来た場合、その人の腕前は一段と上達するであろう。
 だが、一芸だけを追う、愛好者の多くは、自分の愛好している物だけが最高であり、他は学ぶに値しないと考えている人間が武道愛好者が多いようだ。

 私の弟子にも、また周囲の知人にも、普段はフルコン空手、柔道、ブラジリアン柔術、ボクシング、ムエタイ、剣道、他流の古流剣術、古流の居合術、八光流柔術、合気道、大東流柔術などの修練し、その道の熟練者で、師範の称号をもつ人や、高段者でありながら、九州以外の遠方からも、海外からも、謙虚に北九州市の尚道館まで習いに来る人が居る。私が居るところ、今でも『西郷派詣で』が続いている。遠くから来館するのだ。
 しかし、これらの人は稀
(まれ)である。実に先覚者的である。だが、こうして私の戦闘思想を学ぶ人は少ない。

 普通、おおかたは自分の所属する道場では、その道場の先生自身が、自分の弟子が自分の道場以外のことを遣ると、非常に嫌がるのである。自分のところに入門した弟子は、永遠に自分の道場だけに通って欲しいと願っているからだ。したがって、他流や他武道、他武術を研究することについては閉鎖的であり、こうした研究を非常に嫌がるのである。
 その嫌がる第一の理由は、そのうち自分の弟子は、他流や他武道、他武術に奪われてしまうのではないか?という疑心暗鬼と恐怖心があるからである。
 しかし、私は、弟子が他に何かを習いに行っても、一切咎
(とが)めないし、大いに奨励している。他流を学んで収穫があればそれを血とし、肉とし、骨として、また、そこが気に入れば、わが流を離れて鞍替えするのも大いに結構と、普段から言っている。弟子を、自分一人の独占願望で縛ることは出来ない。

 だから、少子化が叫ばれる現在、一番人気のサッカーや芸能界と陸続きのスポーツにだけ眼が向けられ、若者の後継者養成が思うに任せず、後継者不足で頭を抱えている流派もあろうが、こういうときだからこそ、他流や他武道、他武術だけに止まらず、スポーツなどを含むこうした技能を一通り学び、それで優れた面と劣る面を自分で判別し、日本の武術史を正しく見詰める眼を養うことが大事ではないかと思うのである。
 “他流を遣るな”というケチな根性で、道場生を指導するような指導者が居たら、それは指導者失格である。それこそ日本の「道の文化」は崩壊するだろう。他に持って行かれるような疑心暗鬼や恐怖感は、それはその指導者がケチだからである。つまり、小人
(しょうじん)だからだ。

 私の刀屋人生は、刀屋という小さな覗き穴から覗いた現実は、まさに人間模様だった。万華鏡のような、色とりどりの美しいものではなく、むしろ人間の穢さの出た、実に醜いものだった。
 この点では、万華鏡と大きく異なっていた。万華鏡のように、小孔
(こあな)から覗くと美しい模様が広がっているのではなく、人間の欲深い、傲慢な自己主張ばかりが拡大された人間模様だった。
 そして、これこそが、世の中は“愚者の策”で牛耳られ、それに振り回される愚者が犇
(ひし)めいているというのが現実だった。
 人間は捨てたものではないと思う一方、どうにもならない恥部も抱えていると痛感するのだった。


 ─────話を再び元に戻そう。
 わが店では買った刀は、二週間以内だったら不満がある場合、引き取るのである。購入後、気が変わっても、引き取るのである。
 これを売る場合の謳
(うた)い文句にしているのである。
 迷いの出る人には、刀は不要と考えているからである。刀を持つに相応しい、毅然
(きぜん)とした態度の執れる人のみを対象にしているのである。だから、迷いながら購入し、後で“しまった”と後悔するような人が居た場合、二週間以内だったら、即、引き取るのである。

 大東美術刀剣店ならびに尚道館刀剣部で、日本刀を購入して、それが気に入らず、返却する場合は、手数料として販売した刀剣価格の20%を払えば、二週間以内だったらクーリング・オフが可能なのである。今でも、その精神は貫かれている。
 これが本当の意味での商魂と言うべきもので、これまで「士魂商才」の精神で遣って来た。
 武に優れた者は、また、商いも“サムライの心”で行うのである。穢い商売でなく、サムライの心で、毅然と行うのである。卑怯な商売をしないというのが、武家の商いの精神であり、武家の商法は、ただ商売が下手ということではない。士魂商才の精神から言えば、サムライの持つ刀も、商人の持つ算盤
(そろばん)も同じものなのである。
 これは武人に「武の道」があり、賢人に「文の道」があるが如く、商人にも「利の道」があることを意味するからだ。
 私は刀屋を通じて、「道」の商売を目指したのである。

 本来、クーリング・オフというのは、一括払いまたは分割払いや、その他、訪問販売やテレビショッピング、インターネット販売で、消費者が事業者の営業所以外の場所で購入契約をした場合に限り、一定の期間内
(普通、8日以内程度)であれば、違約金なしで契約解除ができる制度のことをいう。
 ところが、わが店では二週間以内という長めの期限を設定し、販売価格の「20%引き」で売った刀を引き取るのである。
 勿論、常識として、引き取る条件は“無傷の場合に限る”のである。これに破損箇所があれば、既に元の価値を失って居るからである。誰が考えても分かる常識だろう。

 ところが、世の中には常識外れの人は居るものだ。
 既に、剣道八段の先生の振る舞いを紹介したが、このレベルの日本刀知らずは多い。
 顧客の中にも、このレベルの人間が紛
(まぎ)れ込んでいることがある。

 人間のランクには、日本陽明学の祖である中江藤樹が言うように、上・中・下という三段階で、人間のレベル程度を分類出来るが、中に位置付けされる人が圧倒的多数で、上と下は、ほんの僅かしか居ないというのが実情である。
 これは百分率から言えば、中の人が全体の60%以上を占め、上と下は40%未満である。この40%未満で、上と下を相半ばして、また、これを二分しているのである。とはいっても、上は20%未満で、下は20%以上である。
 この「20%以上の下」に問題があるのである。
 更に、この20%以上の下を分類すると、この中には同じ“下”でも、「劣悪なる下」という、常識外れの階層が存在していて、これらが大勢の顧客の中に紛
(まぎ)れていることがある。

 そして、その「劣悪なる下」の顧客が遣って来たのである。
 つまり、既に述べた、居合道四段とほざいた顧客である。少しばかり、この顧客の話をしよう。
 この顧客が言うのには、わが店の誓約通り、20%引きで買い取って欲しいというのである。
 理由は、“簡単に曲がってしまう不良品”と言うのだった。曲がった刀は、不良品というのである。
 この顧客の頭には、刀は曲がらないという思い込みがあったようだ。

 わが店では、二週間以内だったら20%引きで、いつでも買い取ることを謳
(うた)い文句にしている。また、それだけ自信をもって、士魂商才の精神で商売をしている。
 但し、試し斬りなどで一度も使わず、あくまでも観賞用として買った場合に限るのである。無疵を言うのである。それを使って破損させたり、曲げて来た場合は別である。この限りではない。
 しかし、である。言っても分からないバカが居る。
 見事に曲げて、鞘に無理に押し込んだ状態で来店したのである。そして「買い戻せ」というのである。不良品を掴まされたという口振りだった。自分の腕の未熟を棚に上げて、曲がったのは不良品であるからだという。これを聞いて、一瞬耳を疑った。理不尽である。
 これは如何なるモラルから派生したものなのか……。

 私は人生を振り返れば、阿漕
(あ‐こぎ)なことはされても、阿漕なことはしたことがなかった、と自負している。士魂商才の精神で、これまで商いをして来たと思っている。それだけの自負はある。
 だから、この場合も不良品を売りつけたとは思っていない。健全な無疵の日本刀を、健全な価格で、健全に商売をしたと思っている。
 このオヤジの言う不良品とは、まったくの言い掛かりである。

 更によく検
(み)ると、曲げているだけでなく、刃全体が捻れていて微かな刃こぼれもあり、曲げを戻しても鞘に納まりそうもなく、また斬った後に手入れを怠っていて、そのまま鞘に納めているのであった。そのために赤錆が来ているのである。数日間、濡れたままで放置したのだろう。
 こうなると“拭い”を掛けて、復元出来る状態ではなかった。元通りにするには、研ぎ直しが必要だった。刃こぼれがあるから、荒研ぎから初めて、鎬造の形を作りながら研ぎ直さねばならないのである。これに、どれだけのエネルギーを注ぎ込まねばならないだろう。

 まず、曲がりと捻れを直すだけでも大変である。修繕に出せば、その依頼を受けた職人は嫌がるであろう。そのうえ定寸の刀を研ぐとなると、“並み研ぎ”でも有に20万円は掛かる。
 総ての修理代を差し引くと、30万円の20%引きで26万円。更に曲がりと捻れを直すのに、刀鍛冶に持って行かねばならないので、ここで10万円ほどは軽く掛かる。それに研ぎ代が業者価格で20万円。これだけで合計30万円となる。
 こちらは、この曲げて、捻れて、錆びた刀を修繕するのに、30万円掛かり、一切を差し引くと、このオヤジから差額分を逆に4万円を出してもらわなければ、元通りにならないのである。これをタダで引き取っても、こちらとしては再び陳列に並べて売るには、四万円の足が出る。何と理不尽な理屈だろう。

 「これだけ曲げて、捻って、刃こぼれがあり、そのうえ赤錆が噴いているのでは……」といい、“これをどうしてくれる?……”と修理代の内訳を説明した。
 ところが、このオヤジは、刀が簡単に曲がるような不良品だったと言う。何が何でもということで、ついにゴリ押しというか、三人で怒鳴りまくって脅すのであった。不良品だから曲がった。曲がったから不良品。その論理で押し通すのだった。自分の腕の未熟は一言も述べていない。
 しばらく黙って聞いた後、人間が豚に向かって話を言い聞かせても理解しないように、まさに“馬の耳に念仏”ならぬ、“豚の耳に真言
(マントラ)”であり、20%引の26万円で引き取ったのである。これ以上、幼児的論理の騒音は聞きたくなかったからである。こういう客は二度と来て欲しくなかったのである。こうした場合、黙って引き取るのが大人だろう。
 しかし、手入れ道具や刀袋は返還しないままで、刀剣バックだけに入れて、刀を押し付けたのであった。小物分をタダ取りされたのである。
 この時の損害総額は、再び店の陳列に並べて売るための復元費用は、修理代に30万円、返済した金額が26万円で、両方を併せれば56万円を同時に捻出しなければならない。それに手入れ道具や金襴の刀剣袋や正絹の房は、生け捕られて知らぬ顔をされたのである。刀剣バックは一旦売ったもので既に使われたのだから中古品となり、元の価値を持たない。あるいは売り物にならない。これらの損害も会わせれば、2万円はするだろう。全く収支が赤字に顛落
(てんらく)していたのである。

 このオヤジに売った時点で値切られて10万円の損をしている。売値は40万円で、この刀は委託品だった。委託客と40万円を折半で50%に当たる20万円ずつを分ける。本来ならば店の売り上げとして20万円利益として残るが、10万円値切られれば利益は本来20万円のところが10万円となる。委託客には売れた時点で折半分の20万円を渡してある。この状態では帳簿上の利益は10万円のみである。
 ところが、引き取れと突き返され、それを20%引きで買い取らねばならない。つまり、26万円である。買取り価格が26万円ということになる。

 一旦こちらの手から離れたのであるから、それが戻って来たとしても、これは新たな仕入れと看做される。警察に提示する『古物台帳』には“買取り”として記載しなければならない。更に、早急に売ってしまわねばこれに所得税が掛かる。こうなると泣き面に蜂だ。その年の年度の終わる大晦日までに売り抜けなければならない。そのためにも修繕が急がれる。修繕費見積りは凡
(およ)そ30万円である。手許から30万円を捻出しなければならない。
 オヤジに売った時点で帳簿上の利益は10万円である。それから修繕費は30万円であるから、差し引き赤字額は20万円で、更に26万円を返金している。これがそのまな仕入れ金になる。所得税の対象である。そのうえ刀剣バック、手入れ道具、金襴袋や房の損害は2万円程度である。締めて無駄金合計48万円となる。読者諸氏の中には、仕入れて26万円の資産が残ったではないかという人が居るかも知れないが、このままでは売れない資産である。そのうえ所得税の掛かる資産である。
 これは「刀法の理」を識
(し)らぬ無知が招いた無駄金だった。合点の行かぬ無駄金だった。辻褄の合わぬ無駄金だった。もともと無駄金とはそうしたものだ。
 元の状態に一切を復元するには、修理代が要る。物が動いただけに帳尻が合わぬ混乱を来たし、分けが分からなくなる。馬鹿馬鹿しいと言えば、実にばかばかしい。そのうえ突き返して来たオヤジも、30万円で買って二割引で引き取らせたのだから、自分では4万円の大損をこいたと思っている。売り主と買い主の双方で、金額の差こそあれ、互いに損をしたと思っているのである。何という徒労であろう……。

 私は、このとき人間を観た。その正体を見た。人間の穢さを、確
(しか)と見たのである。
 “武道じゃ、道じゃ、人の道じゃ、心じゃ、精神じゃ、礼儀じゃ、正義じゃ、なんじゃかんじゃと、大口を叩く人間の正体”を検
(み)たという気がした。確かに検たぞ!……という気がしたのである。
 顧客の全部が全部、そうとは言い難いが、しかし、師範面して武道家とか、同人趣味の武道愛好家という連中は、今日では大半がそうであり、道じゃ、礼儀じゃ……といっても、それは底が知れている。口先では一端
(いっぱし)のことを言うが、似非(えせ)論者に成り下がり、たんに単語を連発しているだけのようである。また、偽サムライも居て、この種属の偽武士には二言があることだった。
 私はこういう人間を見る度に、鏡の中で向かい合った、もう一人の自分を見る思いがする。あれはもう一人の自分なのだと感じることがある。“願わくば、あそこまで己を顛落させたくない!”と、より心に強く感じるのだった。絶叫するのだった。

 刀屋は、また“千一屋
(せんいちや)”などと揶揄(やゆ)して言う。
 これは客が千人訪れれば、そのうちの一人が、刀を買うかどうか分からないということから揶揄された言葉である。だから、売れる場合の確率は千分の一以下である。
 千人、客が店に入って来たら、そのうちの一人がやっと買うか買わぬか、迷う人であり、最後はようやく一人が買ってくれる、この現状を見て、刀屋は千一屋などと言われるのである。それだけ、刀は簡単には売れないのである。実に難しい商売である。
 様々な来訪者を見ていると、まるで覗き穴から、世の中の縮図を見ているような気がして来るのである。
 つまり、覗き穴から観た人間模様である。
 それは、万華鏡を覗くようには行かず、万華鏡とは程遠い、人間の穢らしい側面ばかりだった。

 ただし、これまでに例えば、千人の顧客が居て、その顧客が今まで語った、全部が全部という悪辣
(あくらつ)な訳でない。ほんの僅かだ。
 こうした、少しばかりネジが外れているような人は、千人中十人も居ない。全体の1%にも満たない人達である。
 その1%にも満たない人が、つまり刀屋に来て、とんでもない言い掛かりを言い、また、常識では考えられないことを平気で遣るのである。それも、武道家とか、武術研究家という人種に限って。
 この現実が、人間模様の縮図の根底に微少ながらに存在し、やはり人間集団の中には、ある一定比率の割合で、どうしようもないクズか居るということを痛感するだった。

 しかし、此処に紹介した非常識なる人々の、人間のレベルの程度は、まだ可愛い方であった。愛嬌のある方だった。
 彼等は、普段は中産階級に属し、勤勉なサラリーマンとして定職を持ち、会社では普通の常識のある人なのであろう。上役が居て、部下が居て……というような、階層的には中産階級に属する人なのだろう。いわゆる裁判所が定義する“善良な市民”とされる人なのであろう。
 だが、私はこうした連中とは比べ物にならない、常識はずれの“あいた口が塞がらぬ”大きな詐欺に引っ掛かったことがあった。このオヤジも、善良な市民の仮面を被った中産階級だった。あとで、このオヤジの話もしたい。

 そして、これらの素人の怕さを充分に経験した私は、『韓非子』の「亡徴」なる一篇をもじって、次のような結論を下したのである。

一、 サムライの心をもって、心の拠り所として刀剣を購入しながら、その後、毅然たる態度を覆し、金に困ったからと言って刀剣を売却するような、かかる者の人生は、最期の断末魔とともに亡ぶべきなり。
一、 刀法の理を知らず、自分の未熟を棚に上げて、使用後、これを不良品だと言い掛かりをつけるような、かかる者の人生は、最期の断末魔とともに亡ぶべきなり。
一、 仲間内だけで刀剣を闇売買をし、果てしなき貪欲をもって、利益を得ながら所得税を誤摩化し、頬っ被りをするような、かかる者の人生は、最期の断末魔とともに亡ぶべきなり。
一、 刀剣を買う時に優柔不断をもって、物事の善し悪しも自分の眼で選択出来ず、他人の言葉で心が揺れ動き、いつもふらついているような、かかる者の人生は、最期の断末魔とともに亡ぶべきなり。
一、 時代劇の映画やテレビのチャンバラシーンを鵜呑みにして、それで刀は鋭利な刃物と思い込み、誰でも振り回せば恐ろしい武器と信じ込む、危険一点張りを吹聴する、かかる者の人生は、最期の断末魔とともに亡ぶべきなり。
一、 浅薄な刀剣知識を振り回し、ひたすら認定書だけを有り難がり、そのお墨付きを信じて疑わぬ、かかる者の人生は、最期の断末魔とともに亡ぶべきなり。
一、 買う時は高く、売る時は安いという覚悟無しにマネービルで刀剣を買い、投機の対象としてこれを損得のみで考える、かかる者の人生は、最期の断末魔とともに亡ぶべきなり。
一、 匿名で、弁舌巧みに便所の落書きのような無責任な罵詈雑言を吐き、自分の言った言葉に責任を取らず、二言を吐くような、かかる者の人生は、最期の断末魔とともに亡ぶべきなり。

 日本刀は確かにサムライの心の拠り所である。それを、実用刀として試刀術や抜刀術に使わなくとも、観賞用として見ているだけでも心が休まる。こうした精神的な観点で日本刀を見ることも出来よう。つまり、これが「自信」なのである。
 昨今は自信のない若者が多いと言う。それは、つまり自分の命に準ずる“心の拠り所”がないためだだろう。そして、毅然とした態度が執れる心の支えがないからだろう。
 常に揺れ動く心を放置し、これを自由奔放に委ねてはなるまい。心までそうしたものに委ねれば、心の拠り所まで金銭で取引され、それは換言すれば、金で心を売ったということに繋がる。果たしてこれが、魂というものを蔑ろにしているか否かということは、誰にもで分かることであろう。金のために心は売ってはならないのである。売りたくても売ってはならないのである。

 ところが、精神的なものほど、実はその精神が蔑ろにされ、日本刀を所持する人の中には、高価な物を欲しがり、財テクの対象にし、心は二の次になり、他人の物を見下し、蔑視するという傲慢
(ごうまん)もある。
 これでは本来の心の拠り所としての初心は、失われてしまうだろう。初心を忘れるべからず!……を自問自答して、刀剣愛好家は常に初心にかえって貰いたいものである。
 学び始めた当時の未熟さや経験を忘れてはならないだろう。また、常に志した時の意気込みと謙虚さをもって事に当たらねばならないのは、生きる上での身の慎み方であろう。



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