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続・刀屋物語 20

豊後刀の「豊後国住重行」の作刀。未鑑定だが、二代重行と思われる。板目鍛えにてっとりとした地肌。小沸出来。互の目乱刃を基調としている。幅広の平造の造込みは上品な出来で、垢抜けた気風すら感じさせる。



●鬩ぎ合い

 実戦では、眼の勝負によって駆引きが行われる。眼力のみが物を言う世界である。したがってそこには「駆引き」と言う鬩ぎ合いが起こる。更に背後のは力関係がある。
 この力関係によって両者の綱引きが行われる。存亡を賭けての綱引きであり、“ここ一番”の勝負である。これこそ乾坤一擲
(けんこん‐いってき)と言っていい。
 そうしたところに、一瞬の緊張が疾
(はし)る。

 私はこの緊張が好きである。
 その緊張の中に、何とも云えない充実感が満たされる。この緊張が快いからである。
 これは、あたかも武術で云う「命の遣り取り」に類似しているからである。死ぬか生きるかである。
 この場合、武器になるのは「眼力」であるが、命の遣り取りにおいても、敵の力量を見極める観察眼に欠けて、甘く見れば敗れるだろう。

 形こそ違えど、命の奪い合いにおいて、取るか取られるかの鬩ぎ合いである。そして一瞬の隙
(すき)が敗北を招く。これが命の遣り取りの充実感である。
 眼力が劣れば敗れるからである。

 これは戦場でも同じである。
 実戦では、必ずしも道場稽古の上手な者が勝つとは決まっていない。戦場では、道場内での稽古上手でも負ける場合がある。
 しかし戦場は、疑似ではない。本当に命を賭けた遣り取りが行われる。場数を踏んだ者の方が、最終的には生き残る。勝たないまでも、したたかに生き残ることができる。この世界は「場数」が物を言うのである。
 伎倆に優れていても、場数が少なければ、経験不足で敗れることがある。似非
(えせ)では駄目である。疑似でも駄目である。
 況
(ま)して道場稽古そのものを実戦にぶつけても駄目である。

 本気になって死ぬか生きるかの「ぎりぎり」のところまで、わが身を追いやらなければならない。これこそ臨死体験の妙である。
 実戦とはそういうものである。机上の空論では用を為さない。躰に染み付いた場数が物を言う。
 それにも況して、気配りだ。眼の付けどころだ。何処を視るかである。その場合、既成概念ばかりに囚われては、肝心なものは見逃してしまう。枝葉末節ではなしに、大局を見なければならない。根本の大本である。
 更に大局や大本を検
(み)るには、末端の戦闘眼や戦術眼でなく、総てを網羅する戦術眼が要(い)る。

 前後左右だけではない。上下にも要
る。また闇の奥を見通す「見通し」も要る。それも奥の奥を見る視界の明るさがいる。視界が暗くては奥の奥を見通せない。小手先の小さな知識を弄(ろう)しても駄目である。そして、むしろ“騙されないぞ”という警戒心が、逆に虚心坦懐(きょしん‐たんかい)なる平常心を狂わせ、仕掛け人の話術に巻き込まれたりする。

 単に悪罵を放って猪武者風に突進しても軽率な結果しか齎さない。ここには深い洞察力が要り、それを瞬時に判断する判断力がいる。観察眼を何よりも第一義とする。
 しかし観察眼は表面力ではない。
 例えば刀剣の場合、古刀・末古刀・新刀・新々刀・現代刀
(明治・大正・昭和・平成)の順に時代が歴史の数直線上に並ぶが、既に現代刀までを検(み)ても刀工は故人になっている場合が多い。今の世に生きていない。そのため当時の時代背景は直接的には刀を通じてしか窺うことが出来ない。そのとき作者は一心不乱であったろうが、その行程の中にも心血を注ぐ凄まじい気魄(きはく)が込められているものである。単に物質的な出来を検るだけではなく、奥の精神面までもを想い致さねばならない。裏に潜んでいるものを探り当ててこそ、日本刀は鑑(み)るという作業が大局的な眼を通して完了するのである。そこには真剣勝負の鬩(せめ)ぎ合いがあって然(しか)る可(べ)きである。

 そして、少しでも気を抜いたり、緊張に欠けたり、油断があれば負けるのである。
 相手を見下せば、その分だけ反作用が働くのである。侮ることは禁物である。
 普段から相手を過小評価する者は、こうした侮
(あなど)りと甘さによって敗れることが多い。つまり甘く見た分だけ、反作用が働くのである。

 その反作用に対しても充分に計算に入れておく必要がある。
 また一々頭の中で考えるのではなく、それを自然体で、ごく普通に肉体自体に刻み込むように体得し、それを確
(しか)と身に付けておかねばならない。いわば無意識の緊張である。リラックス状態での緊張である。
 緊張していて、実はガチガチの緊張から解放された無意識の緊張状態を体得しておかねばならない。

 勝負には、その体得が物を言う。張りつめてばかりでは柔軟さが失われる。肩の力を抜くことだ。正安定をもって、リラックすることである。
 焦りは禁物であるし、肩に力を入れるのも無駄と言うものである。無駄なことはしないのが、無意識の緊張である。
 総て無意識であり、自然体でなければならない。この自然体を体得したとき、人は始めて勝負に勝てるし、勝てないまでも、負けない境地で引き分けることが出来る。
 これを怠ると負ける。普段からの準備が欠ければ負ける。
 希望的観測に縋
(すが)り、努力を怠ければ負ける。見逃せば負ける。甘く考えれば負ける。負けて啖(く)われる。
 愚では啖われる。

 こうして愚者や、日頃から修練を怠った者は、最後は啖
(く)われる羽目になる。生き残れない。
 啖われるのが厭
(いや)なら、日頃から日夜鍛錬をしておかねばならない。人知れず励む、地道な鍛錬が必要である。
 この積み重ねが物を言う。負けないための眼力も養わねばならない。観察を密にしなければならない。
 そして日夜鍛錬の原動力は、何と言っても「志
(こころざし)」であろう。

 志の有無で、日夜鍛錬の向かい方が違って来る。
 志を持っている者は、鍛錬に余念が無い。努力を惜しまない。そうした努力の背後には「他力一乗」が働くことを知っているからである。努力する他力の意味を知っているからである。

 世の中には、言葉だけの志を標榜
(ひょうぼう)して、二言目には志、志、志……と、乱発する輩(やから)が居る。
 ところが、こうした輩に限って、志の意味を殆ど理解していない。単に「こころざし」という言葉に酔っているだけである。
 また、志と云う言葉の響きが良くて、安易に乱発している者も少なくない。
 果たして志とは何か?……。その意味を探求しなければならない。

 では、志とは何か。
 志とは未来に掲げた自分の生き態
(ざま)である。それには志として、その行動に自信を持たなければならない。
 そしてどんな苦境に立たされても、志を失わない者は、つまり志があるからであり、また百戦して百敗しても、それでも挫
(くじ)けないのは、如何なる苦境に立たされても、そう言う局面に接する度に、志は益々高くなり、強固になって行くからだ。

 それが強固なるが故に、如何なる難儀
(なんぎ)にも挫けないという「不屈の精神」が湧き起こって来るであろう。そこに、つまり希望が生まれるのである。暗い現実だけでないことを知るのである。
 換言すれば「損する余裕」である。
 負けて元々の、損する余裕が生まれたとき、臆病者でも勇者になる。

 百戦して百敗しても、痛痒
(つうよう)を感じないのは、損する余裕があるからである。損を度外視する腹積もりがあるからである。こうなると必死であるから、凄まじい力が備わる。
 損を繰り返しても、その損に心を奪われること無く、志を高く掲げ、損得勘定を超越して邁進
(まいしん)して行く方法を知っているからである。
 その法として、高い志を掲げることである。志を高く掲げ、誇りを失わず、難儀に挑むことである。
 此処に来て、志は以前にも況
(ま)して、より高くなるのである。一介の懦夫(だふ)でも、勇者に変身出来るのである。気が弱い臆病者でも、難儀に挑むことが出来る。

 「百戦して百敗した上に、もう一敗重ねて百一敗になる」
 普通、人はここまでくれば自分の運の悪さを嘆いて、総てを諦めようとする。更には、人生そのものを諦める。
 ところが、「百一敗しても平然としていられる余裕」を、私は吉藤先生のお宅の訪問する度に聞かされたことがあった。これがいま思えば「損する余裕」でなかったかと思うのである。一時の損に対し、何の事があろう。そう教わったように思うのである。これこそ、不屈の精神ではなかったか。そこにまた真剣勝負の鬩ぎ合いも生ずる筈である。
 不屈になって立ち向かえるのは、根底に志があるからである。
 私はこれを習ったのである。

 更にこの教えに準じて、千戦して千敗し、その上にもう一敗重ねて千一敗したところで、何の事があろうと思うようになった。そのように解釈した。
 ここには単に回数を言っているのではない。ネバー・ギブ・アップの信念を言っているのである。

 しかし、こうした高貴なる志に対して、志はあっても志だけでは、願望が成就しないではないか?……と言う意見もある。
 また、志だけでは万民を説得するだけの説得力が無いとも云う。説得力が無いからこそ、また人は動かぬのだと言う。
 それは確かにそうであるが、動かぬものを動かすのが、そもそも志ではなかったのか。

 志は岩をも動かす意志力の総結集であるから、動かぬものでも動かす集中力が物を言う。そして志は、自分の外にあるのでなく、自らの裡側
(うちがわ)にある。内なる魂こそ、志を構築するものである。総ては志の有無が物を言う。
 万事に挫けず、それでも挑戦する気持ちを失わぬ不屈の精神こそ、志ではなかったのか。
 成功も失敗も、この一時をどう捉えるかである。一局面の捉え方により、その後の結果が違って来る。

 また、力関係の綱引きが行われているからと言って、力一点張りの蛮勇を奮っても志は遂げられまい。
 志を全うするには、知を具
(そな)え、理を弁(わきま)え、情を解すと言うことが大事で、これらを全うする根本には強い意志力も必要だろう。
 先ずは、動かぬものを動かすこの意志力と集中力は必要で、その根本には「志」が無くてはならぬ。

 志を持つには、まず知らねばならない。
 知る上において、知らないものは知らない、知っているものは知っていることを明確にさせねばならない。
 知らないくせに知っている振りをするのは、志が真物
(ほんもの)でないからだ。似非(えせ)の志であるからだ。
 似非の志では、真物でないから、やがて崩れる。

 似非の志では、物事を推測で考えることしか出来ない。真理の追究が出来ない。思い込みで終わる。
 推測も物事を考え、安易に見逃し、また「その程度」に頼り、軽率な行動など、最後の土壇場では基本的な失敗に繋がることがある。
 逆転劇を展開されて、最後の最後でしっぺ返しを喰らうのは、物事に対して推測なる部分が紛れ込んでいる場合に多い。臆測や推測は禁物である。確たる実証出来る事実がいる。

 かつて私はこのことを強く戒められたことがあった。
 吉藤清志郎先生は、「分らないことは分らないでいい」と言った。知らないことは、知らないと言えばいいといった。
 知らないことに繕
(つくろ)うことはないと言った。
 知らないことには正直でなければならない。
 知らないことを知らないで済ませるより、知らないことを知ったか振りすることが最も悪いと言った。

 分らないこと、知らないことは幾らでも学べば修正出来るが、知ったか振りをすると、それはそのまま聞き逃し、見逃しをして、折角の知るチャンスを失うと言うのであった。人は人生においてこうした局面を、どう捉えるかである。
 分らなければ知っている人に頭を下げて、心から教わればいいのである。
 また知らないことを知るには、肩書きなど必要ない。肩書き無用の世界である。
 もし、それでも教えてくれないのなら、それは頭の下げ方が足らないのである。教えてくれるまで、何度も頼めばいいのである。

鐔に描かれた瓢箪鯰の図。
 瓢箪鯰
(ひょうたんなまず)の意味は、瓢箪で鯰を抑えることを名詞化した語で、またこれは七変化の「拙筆力七以呂波(にじりがきななついろは)」の一部の歌舞伎舞踊にも出て来る。

 襦袢
(じゅばん)一枚の下男が、瓢箪で鯰を押さえようとする大津絵の図柄が特徴である。
 鐔に描かれた瓢箪鯰の作は、無銘だが『瓢箪鯰図鐔』として長州理忠作で、鉄地丸形高取の財団法人・日本美術刀剣協会の「特別貴重小道具」に認定されている。

 日々安穏とした静謐(せいひつ)なる日々を捨てる以上、求道者はどこまでも頭を下げて請い歩かねばならない。それが厭なら、知らないままの平穏な日々に満足を覚えればいいことである。
 また胸中に秘める志なども無用であろう。そういう物は必要ない。隠遁生活を送れば済むことである。
 平穏なる人の中に混じり、庶民としてそれ以上の生活への期待を抱かず、ひっそりとした場所で、隠者の如き暮らしをするのも、また人生であるからだ。
 平穏な日常を望む人がいても構わないのだ。人それぞれに生き方がある。

 ところが静謐なる日々を捨てて荒海のような人生へと航海を始めるのなら、安穏なる日々は望めない筈である。
 泰平の世なら姦賊
(かんぞく)、乱世ならば英雄といわれる生き方もある。果たして、今の時代は泰平の世なのか、それとも乱世か。それも自身で見極める必要があろう。平穏なる性質と下状態でありながら水面下では活溌な暗躍が起こっているかも知れないし、また鎧袖一触(がいしゅう‐いっしょく)の様相を見せながら、内面は穏やかであるかも知れない。それを、確(しか)と見極める必要がある。
 だが、現代社会は表面は穏やかのように見えて、水面下では暗躍する隠微な集団がいることもまた事実である。泰平であっても、永久に泰平ではないのである。いつ豹変するか分らない。

 そのためにも知る必要があるし、学ぶ必要がある。
 私は、この当時、研師の吉藤清志郎先生のところに度々通っている時に、不思議なことに気付いた。
 吉藤先生は非常に物知りでありながら、先生のところには書籍と言う書籍は殆ど見当たらないのである。本を殆ど見掛けないのである。一瞬、これはどうしたことかと思った。なぜ先生の家には本はないのだ?……。これが私の当面の疑問だった。

 そして徐々に分ったことだが、刀剣の知識にしても、世の中一般の知識にしても、本は本、実理は実理と分けていることに気付いたのである。そうなると、仕事の閑
(ひま)を見付けては何処かで読書をしていなければならなかった。
 研師にも仕事が途切れる閑期がある。研ぎの仕事が連続して切れ間なく舞い込んで来る訳ではない。その閑期を利用して読書をしたり、あるいは美術館にでも足を運んでいるのであろうと思ったのである。

 換言すれば、刀剣を学問的に理解し、知識だけを追う人ではなかった。
 そうなると、その生き方の姿勢は、心を静かにして真理を究めることに尽きよう。つまり、この姿勢だけで吉藤先生が、既に真摯なる求道者の道を進まれていると私は思料したのである。
 知っている者に頭を下げて、請えといわれたのは、このことであった。

 「三顧の礼」の前例もある通り、三回は頭を下げ、また訪問し、その誠意を見せねば、教えてくれない事柄を教えようという気にならないだろう。
 故に一番悪いのは、“知ったか振り”である。この愚かなる振りが一番いけないのである。
 身の程知らずとしか言いようがない。
 身の程知らずでは、やがて墓穴を掘ろう。自滅するだろう。これに気付かない愚者も多い。

 知らないのに知ったか振りをして、拙
(つたな)い知識で講釈を垂れると、後でとんでもないしっぺ返しを喰らうことになる。とんでもない不幸現象に見舞われる。
 私はそう言う人を多く見て来た。それだけに反面教師であり、これに学び、自分を慎んだ。
 刀剣の世界は、私が見た限り、知識だけではどうにもならず、また実に恐ろしい真剣勝負の世界だった。それだけに警戒しなければならないのである。これは武術の臨死体験と同等か、あるいはそれ以上のものであった。
 更には、その非を衝
(つ)かれて敵の罠にも落ちる。まんまと嵌められ、生け捕られてしまう。愚かなことだ。ここに警戒する意味がある。

 また少々知っているからと言って、その狭き智を振り回すと、「その程度の人間」と見透かされ、足許
(あしもと)を見られることになる。智は、ひけらかすものでなく隠すものである。
 足許を読まれないためにも隠し、控えめにすることである。有頂天に舞い上がらないことである。何よりも身を慎むことが大事だった。

 出しゃばらず、目立たず身を隠すものである。
 読まれて逆襲される場合、多くは有頂天になって、人からちやほやされ、傅
(かしず)かれている時が一番危ないのである。これは鉄火場の博奕(ばくち)を見ても分ろう。
 博奕で財をするのは、一時の価値で有頂天に舞い上がるからである。こうしたところにも世の中の法則に反作用は働くのである。
 派手な大名行列は控えねばならない。
 ターゲットとして狙われるのは、こういう目立ちたがり屋である。目立ちたがり屋は猟り易いからである。

 本来は知っていても知らない振りをするのが、ベストである。
 何事にも、最初に人の発言を能
(よ)く聴き、それに反論や批難の言を浴びせないことである。まず聴くべきことを謙虚に聴くことである。このときに、にやついたり、薄笑いを浮かべたりすると、そこで「人間の程度」を見られてしまう。愚者ほど、何か言われて負け惜しみから、薄ら笑いを浮かべるようだ。
 この“薄ら笑い”が足許を読まれ、程度のほどを測られてしまう。
 そして大半は、この負け惜しみや嫉妬心をと読まれてしまい、最後にはまんまと罠に嵌められる。
 没落に一旦は、こうしたところにも転がっている。



●如何に品性を保つか

 最近は人の話を聴いている振りをしながら、反対意見や自分の説と異なることを言い出す人間がいると、会議の席上で薄笑いを浮かべたり、にたついたりする者がいるが、あれは自分の愚者振りを自ら自作自演しているようなものである。
 本人は余裕のつもりであろうが、既にこれだけで肚
(はら)の裡(うち)を読まれていることになる。
 吉藤先生は時として「能面の姿勢」が大事だとも言われた。心を見透かされないためである。
 そして同時に毅然
(きぜん)なる態度が必要だと言った。
 そのためには胆力を養い、心身ともに鍛えておかねばならないと云うのである。
 智だけでも駄目で、また蛮勇だけでも駄目なのである。智勇何れかに偏ると中庸を外れ、中道を外すことになる。
 そのためにも精神と肉体を鍛えておかねばならない。
 所謂
(いわゆる)不動心である。不動心こそ、単に動かぬ心ではなく、中庸・中道を極めた「慎む心」なのである。

 これを無視していい気になって「俺はツイているぞ」などと有頂天に舞い上がり、深入りすると、とんでもないことになる。思う壷に嵌まってしまう。
 拙い知識では揚げ足を取られるのが必定だろう。
 愚者ほど、そのように戒めても、これを直ぐに覆
(くつがえ)してしまって、その教訓的戒めを破り、まんまと搦め捕られる者も少なくない。これが愚者の行動パターンでもあるようだ。

 愚者は「万一」ということを殆ど考えず、希望的観測に縋
(すが)って、評論家の言う未来展望を安易に信じ込み、自らのオリジナル的な発想を持っていない。その日暮らしで、その日々は安穏としている。
 今日が平和であれば、明日も平和で、未来永劫に平和は続いているかのような思い込みを持っている。専門家の言に疑いを抱いていない。信頼し切っている。その人間性までもを、専門家と言う理由で頼り、頭から信じてしまっている。日々が安穏なのだ。

 故に「万一」という危機意識をもって、疑問を抱かず、またそれすらも単純化されたモデルでシミュレーションしようとしない。任せておけば安心・安全と信じている。
 つまり、隙
(すき)があり、心の片隅に「常時戦場」の心構えがない。日常は非日常に変化することを知らない。
 敵は容易に襲って来ないだろう……、という希望的観測に縋って生きている。
 ここにこそ、万一の場合に落し穴が生じる。人災はこのようにして起こるのである。

 それだけに志も低い。
 未来への目標は大きなスローガンを掲げているが、それは念仏的なものに過ぎず、実現される確率は殆ど皆無に近い。在り来たりの、可もなく不可もなくの人生を歩む。したがって年を重ねるごとに、目標が小さくなる。
 それでいて、他人に、自分を語る時は、「この程度の人間でない」と豪語する。
 酒でも入れば最後、「自分はこのままで終わるような人間でない」などと、驕慢
(きょうまん)なことを言い放つ。それが他人への侮蔑となる。更に読まれて「程度」が露見する。以降、相手にされなくなる。
 一方で、行為と言えば、時として判断を誤り、軽率な振る舞いをする。こうなると信を失い、正は去り、邪が忍び寄る。

 また不言実行の、言葉に重みがないから、人の眼からは「武士に二言がない」という言葉自体に疑いを持たれ、もしかすると「ションベンをするのではないか」と、怪しまれ、その非が衝かれて吊るし上げを食うことになる。
 古物商の世界、また刀剣の世界では、市場で一度でもションベンをすると、もう人は相手にしなくなる。たった一回で、間違いなく信用を失ってしまう。再起不能状態に陥るのである。

 人間的な行為に欠陥があった場合、世の中は、その非を衝かれて吊るし上げを食うようになっている。
 警戒心が欠け、二言があると、もう相手にしなくなる。
 更に、最後は集団で囲まれ、逃げ道を塞がれ、進退窮
(きわ)まるところまで追い込まれる。それでいて援軍が来ないし、援護射撃がないから哀れなものである。これまでそう言う吊るし上げを食った人を何人か見たことがある。

 武士に二言があっては行けないのである。約束は必ず実行し、固く履行しなければならないのである。今日のように契約社会で世の中が構成されている以上、一度約束したことは必ず履行の義務が生まれ、それは人間的道義まで問われ、不履行者や破談者は心から軽蔑されるようになっている。この醜態を一度でも晒すと、人はもう相手にしなくなる。

 そして遂にこうなると折れる。
 簡単に折れてしまう。挫
(くじ)ける。これまでのことを総て投げ出してしまう。
 意気地なしには、この手の類
(たぐい)が多いようだ。
 これでは今までの志の標榜は何だったのかと譏
(そし)られる。
 それは志があっても低いからであり、あるいは志が曖昧
(あいまい)で漠然としているからである。迷いの状態にある時に、志など生まれよう筈がない。

 志がなければ、また低いと、必ず非を衝かれて揚げ足を取られる。それは常時戦場と言う防御策が欠けているからである。そのためには知らなければならないし、学ばなければならない。そして、よくよく愚行が慎まなければならない。これを怠ったとき、人生の敗北が待ち構えている。

 知らないことは恥でではない。
 知らないことは学べば済む。教われば済む。
 学ばなかったり、教わらなかったりすれば、将来後遺症を残し、それが人生の大恥となる。
 知らないことは放置するべきではあるまい。
 知らないことは、解るまで学べばいい。
 そういう地道であるが単純な作業が出来るか否かで、将来が決まる。それは単に運などではない。自浄努力が物を言う。ここに努力する他力がある。これを「他力一乗」と言うことは繰り返し述べてきた。

古人の残した遺産は、日本刀に限らず、その時代のメッセージが現代の世に発信されているのである。この発信内容を解読することが、現代を生きる現代人に与えられた使命である。

 日々絶え間ない努力が必要である。学ぶのに年齢はない。
 私は既に六十半ばを越えてしまったが、この年でも学べる現実を知っている。学ぶために、死ぬまで奮闘努力をするべきだろう。

 しかし、その努力は必ずしも実ると言う訳でない。それでも努力は惜しむべきでないだろう。
 日々戦場は、また日々学習であり、知ることなのである。そこに求道がある。その気持ちが作動している間は、天命から守られる。加護される。そして、最後の最後で多くな祝福が齎されることがある。
 だが、人はその祝福を期待して努力するのでない。実らないことを前提として、それを覚悟で、日々精進の努力を繰り返すのである。

 日々鍛錬の基本は、要領で行うのでない。また小器用さを発揮させるのでもない。そういう要領とか、小器用さは肝心な時に役に立たない。実戦的でない。
 もっと根本を見据えなければならない。この根本に主眼を置かない限り、土台は永久にぐらつき、足許が固まらない。

 そのためには首から下ばかりを鍛えるのではなく、首から上も鍛えなければならない。根本は下にあるのではなく、実は本当の足許と言うのは、首から上にあるのである。
 つまり志は、その土台が思考により形成されているからである。
 足許とは根本であり、大本であり、思考中枢を言う。思考中枢は志を中心に据えていなければならない。そして据えた上で探求する。これが求道精神である。

 この探求が何であるか、それを思索するのは哲学である。
 頭で、自分の頭で、哲学することを養成するのである。少しでも真理に近付こうとするなら、「もうこれでよし」というところはない。常に哲学をしなければならない。求め続けねばならない。求道の気持ちは不可欠である。

 哲学することは、また「未来予測を感じる霊的感覚」を養うことにもなる。
 同時に感性が高まる。右脳が発達する。
 宇宙意識と直結するため感性が豊かになり、インスピレーションが敏感になる。霊験あらたなる正邪を見極めることが出来る。
 この意識が高まれば、相手の心情も読むことが出来る。考えていることも手に取るように分かる。心ない嘘に騙されなくて済む。洞察力も発達する。深層部に思いを馳せることが出来る。

 これを遣らずに、無知のまま、問答無用は以ての外である。
 短見なるこうした行為に奔
(はし)ったとき、そこには落し穴が待ち構えている。謙虚さが足りずに落ちる穴である。
 この穴は以外に深く、落ちれば中々容易に這
(は)い出ることは出来ない。落ちれば「最後」の観が強い。これに警戒しなければならない。

 こうしたことを踏まえて吉藤先生から、日本刀について根本原理から厳しく教わったのである。
 「教」とは、将来を左右する威力を持っているのである。そのことが、後年大きく役に立ったのである。
 何事も、基礎が大事であった。土台が揺れ動いていては、踏ん張る基盤がない。
 踏ん張るためには、足許を固めねばならない。生半可な知識ではどうしようもない。やがては騙されよう。
 いいカモにされて、甚大な被害を被ることになる。そしてバカを晒す。

 私の聴いたところの情報によると、ある武道の大師範が、日本刀で贋作を掴まされて騙され、それを売込みに来た刀屋に総てを引き取らせたと言う。
 これなどもいい加減な知識で、振る舞った愚行と言えよう。
 そもそも武人は、古来より、刀剣に関しては、いざというときの万一に具えて、万難を排していい物を手に入れようとした。

 日本刀と言うのは、美も具える事は勿論の事だが、まず折れず曲がらずの事を、わが差料の誇りにしたのである。誇りの裏付けとしては、「心ある武士」という条件下において、武士が最も苦労し苦心したのは、折れないで、然も曲がらないと言う実戦に耐え得る刀であるとともに、それらを包含して美術的評価も高く、真贋においても、銘が真物であるということを裏付けする、武士自身の眼力であった。

 武士は武芸の稽古とともに、物を検
(み)る目の眼力も鍛え、これを学んだのである。
 この眼力なくして、真贋のほども判別出来ないようでは、上の武士とは言えなかった。
 上の武士は、わが眼を信じ、わが眼に疑いを持たないためには、刀剣の見立てにも優れていたのである。差料は何でもいいと云う事ではなかった。
 一般の世人は、テレビや映画などで、名刀名剣の話は多く耳にしているけれども、日本刀がピンからキリである事はよく知られていない。日本刀ならば何でも斬れると思い込んでいる。また斬れる刀は、みな名刀と思い込んでいる。
 ところが実はそうではない。
 実は、刀と言うのは折れ易く、また曲がり易いのである。こうした刀を、私はかって「四悪刀」の一つとして学んだ。

 しかし、こうした事は余りにも知られていない。
 「四悪刀」を見逃し、それらを含めて、昨今の時代劇を表現する大衆作家は、例えば戦国期の合戦とか、江戸初期の遺恨
(いこん)による斬り合いにおいて、刃こぼれがしたり、折れたり、曲がったりの表現に欠けている。それは、その実際を見たことがないためであろう。

 更に昨今のテレビ時代劇や映画などの、一見リアリズム風にとれる時代活劇の多くは、役者の下手な伎倆をホローするために「効果音」と言う穢
(きた)い手法を使って、視聴者を誤摩化している事である。こうして日本刀を知らない素人に誤解を招いた。
 果たして、人間を斬ってあのような音がするのか。また、そうした音がするとして、刀剣を振り回して、あのような風を切るような音がするのか。

 更には、音のする刀は、樋
(ひ)のある刀とそうでない刀は、音の出かたが違うが、あの音は果たして実戦において同じ音がするのか、その辺までもを正確に追求したものでない。素人騙しの臆測である。誤摩化しのイメージの培養である。
 娯楽で、振り回す日本刀が実際にあのような音がし、更に大根を切るように人間が、人命が、バッサバッサと斬り結び、現実にあのような状態が起こるとする錯覚を、テレビや映画が与えているとするならば、これほど日本人にとって有害な時代錯誤の悪影響はあるまい。この悪影響から『武士道残酷物語』のような架空の封建物が出たとするならば、これほど日本国民を騙す手法は他にあるまい。

 テレビ時代劇や、時代劇映画は、何れを見ても、人間を大根のようにバッサバッサと切り捨てている。これこそ人命軽視の悪宣伝である。更には時代劇小説においても、こうした軽率表現が多々ある。
 これを読んだ、大衆の大半は日本刀に対する錯誤も大きくなるであろう。
 更に言及すれば、日本刀と言うのは日本刀を知らない世人か考えるように、入れず曲がらず、刃こぼれもせずという代物でない。物語とは、全く無関係であり、これ自体に根拠を示せない。

 したがって日本刀でありさえすれば、何でも斬れると言う先入観も禁物である。
 古来の名工は、日本刀を造る際、最も苦心したのは、折れず曲がらす、また刃こぼれもせずということに、刀を鍛錬する真心
(まごころ)を込めたのである。それと同時に、武士階級が存在した時代、武士達はそういう霊剣と言われるような日本刀を求めて諸国を行脚し、真物を探し求めたのである。

 つまり、この次元で真物を見抜く眼を持ち、既に真贋を判定する眼力をもっていた事になる。
 これが出来ず知れ、何の武人と言えよう。智の部分が欠け、智謀力がなければ文武を具えた武人とは言えまい。単に猪突猛進の猪武者である。
 されば、インチキ刀剣業者に騙され、贋作ばかりを掴まされて激怒したと言う大師範自分の大バカ振りを世間に晒し、自分の眼力のなさを自身で証明した事になる。愚かと言う他あるまい。

 私のこれまでの日本刀を見て来た経験から総合して表すれば、この大師範は自分の無能振りに気付いていない事になる。また、鑑定書や認定書の名のある刀剣を買い込んだと言うが、確かに買えるだけの資金力があれば資産家とは言えるだろうが、武道家としての値打ちはあるまい。
 武道家の肩書き自体も、自分の資産力に任せて買い込んだと世間から揶揄されても仕方あるまい。
 愚眼は批難されて当然である。
 眼力のないこと自体、自らの滅びを暗示するものである。侮られる要因があるからだ。またそれだけ、日本刀と言うものを甘く見ている事になる。

 更に追言すれば、疑心暗鬼の小胆者ともとれる。
 結局、言葉巧みな説客並みの刀屋にまんまと嵌められて某かの財産を巻き上げられる者がいるが、これらの愛好者も、自身で「日本刀を鑑ている」と自覚に欠けると、素人が落込んで行く坂道を転がり落ちる場合がある。慾をかく素人の顛落ストーリーである。こうした者の多くは懸河
(けんが)の弁に陥り易い。
 素人相手に贋作を小道具に遣うのは説客並みの刀屋が遣う常套手段である。
 この巧みなる懸河
の弁に振り回されて、罠に搦められるものも少なくない。武辺一辺倒では、裏に潜む存在は見逃してしまうことになる。

 智謀とは、則
(すなわ)ち「兵は詭道(きどう)なり」を熟知することではなかったか。
 武芸を兵法として孫子流の見方からすれば、物事を短絡的に近視眼的に検
(み)てしまえば、そこには欠点が突出する。
 鑑
(み)るとは、またどこを見るのか。

 局面には虚にして実、実にして虚という映り方をする場合がある。角度を変えればそういうものが奥部に存在している。これは遠望しても分り辛いし、近付き過ぎて近視眼的に見ても、虚実は定かではなくなる。物を検る常識は二つの面から迫ることが出来るが、一つは鑑るものに対峙して詭道的に接するか、そうでないかだが信用できぬという猜疑心で見れば総てがそう見え、もう一つは虚は虚、実は実と厳しい観察眼をもてば虚を悟ることも出来るし、実を悟ることも出来よう。

 私は厳しさの中に育った。
 厳しさがなければ生きて行けなかった。少しでも甘さがあると生き残れなかった。そういう絶体絶命の環境に置かれた。こうなると孤軍奮闘する以外あるまい。

 十五歳の時に父が死んだ。
 以降、母子家庭の子弟になったが、母は病気がちだった。決して躰の強い人でなかった。そこで十五歳の私が、母を支えなければならなかった。
 支えるに当って、甘い考えは許されなかった。十代半ばの頃から真剣勝負が要求された。必死でなければ、わが身は潰える。むしろこうした絶体絶命の臨場感が、一方で私の精神力を気丈にしていたのかも知れない。
 そして、進んで学んだ。

 これから先、生きて行くには甘い考えは禁物であり、学ぶことが第一であり、一度甘さに取り憑かれれば、それから先の人生は閉ざされて、一巻の終わりになる。
 しかし、決して緊張しっ放しということではなかった。緊張に減り張りを付けることを覚えた。
 弓の弦は、張りつめてばかりいると、いつかは切れる。そのことも必然的に身に付いた。人を呑むことも覚えた。これらは生きて行く上での智慧だった。

 思えば、十五歳で実質上の孤児となり、孤児は自分の力で食い扶持
(ぶち)の餌を確保し、住いを維持しなければならなかった。援護射撃は一切なかった。誰からも相手にされず、自分以外に頼る者はなかった。
 このときに自前主義を学んだ。

 父が死んだとき、父は満期前の八幡製鉄の職工であったが、それも最下位の底辺の職工であった。こうした底辺の職工に、大した財産はなく、また生命保険も僅かに50万円程度というほどで、葬式を出せばそれで殆どが潰えて消えた。後は何も残らなかった。そして残ったのは、猫の額のような高々50坪ほどの敷地と、その上に建つ六畳三間の掘建て小屋だった。強風が吹けば吹き飛ばされるような粗末な建物だった。
 それでも衣食住は揃っていた。足るを知れば申し分ないことである。しかし安穏とはしていられない。

 私としては、ここから脱却するために、少年ながらに働くことを余儀なくされ、また貧すれば鈍するの愚だけは回避する努力につとめた。頭の働きが鈍くなっては叶わない。品性が低下しても見下されるのがオチである。これを回避する必要があった。これにより、最低限度の人間としての尊厳を保つことが出来る。
 また、ただ働くだけでも能がないと思い、将来を見据えて自力で高校を出て、また大学へと進学した。これについて世間が言うほど困難な事とは思わなかった。
 私にとって、貧すれば鈍するの現象は顕われなかった。それは志を持っていたからであろう。
 志を全うするためには、頭を遣えば済むことだった。

 人間は頭を遣うために生きている。
 この原則が崩れれば、人間は生きる必要もあるまい。また自分の頭で物事を考えることも、生きるための原動力になる。
 私は生きるために、よく働き、よく武術の稽古をし、また刀剣をよく学び研究したのである。これらの何れも、よき師に廻り遭えた事が、私のその後の人生を決定したのである。人生は良いこと尽くめでもないが、また悪いことばかりが続くのでもなかった。
 清濁併せ呑み、また善悪綯い交ぜが人の世だった。



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