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続・刀屋物語 12

よく鍛えられ、形は竪(たて)丸型鐔の変形である。
 こうした、したが少しばかり膨らんだ竪丸型鐔を『障泥形鐔
(あおりがた‐つば)』と言う。また横に比較して、縦長の鐔などをこう呼ぶ。



●退職後の老後の愉しみ

 私の知っている古物商の中には、ある一部上場の大手企業を定年退職して、定年後を第二の人生の旅立ちと考え、自宅の玄関を改造して刀剣と古美術品を商う古美術店をオープンさせた人がいる。その人は実にユニークな発想をする人である。
 そして情報交換などをして、ときどき有意義な会話をさせて頂く。
 服装も身だしなみも上品で、いつも背広にネクタイで、シルバーグレーの髪を後ろに撫で付けた、如何にも老紳士風の人である。

 会話を聴いていても、ある種の教養が感じられ、また精神世界への移行が読み取れ、穏やかに、優雅に、静寂
(せいじゃく)に包まれて枯れて来ていると言う人間の枯れて行く成長を見ることが出来る。そして、何かしら、この人とは気が合うのである。それは会話の中にある種の教養を秘めているからであろうか。
 それにしても静かな人だった。

 まさ、昨今は静寂を寂寥
(せいじゃく)と混同して、愚かな解釈をして、盛んに若者に交じって、はしゃぐ行為をする若作りの老人が殖えたが、これなどは稚拙のまま世の中を終わって行く人であろう。そして枯れると言う努力を怠っている老人でもある。

 人は、枯れるにも成長しなければ枯れることができない。
 逆のよく成長して来た人は、よき枯れ方をして、好々爺を思わせ円熟している。
 しかし昨今は、枯れることが出来ずに、若木のまま、稚拙なまま、青臭いままに死に絶えて行く老人が多いが、これは「枯れる努力」をせずに、若返りばかりを目指した人の末路であった。その先に待ち構えているのは、枯れ切れない阿鼻叫喚
(あび‐きょうかん)の断末魔(だんまつま)なのである。
 青臭いままでは、臨終の時に、この世に思い残しと、引き摺られるような未練が働いて、満足して死んで逝けない断末魔を味わう。

 その意味で、枯れる努力をする人の生き態
(ざま)は、また死への、死ぬことへのエネルギーとも直結しているようだ。死ぬにもそれ相当のエネルギーがいるからである。
 そのためには、枯れると言う努力が必要だろう。より善き死を得るために……。
 枯れると言う成長があってこそ、より善き死を得られるからである。

好き者の世界で、好き者ならではの興味を惹く郷愁がある。老いて、はじめて物の味を知ると云うところだろうか。

 この人は、私より五歳ほど年下だが、会社勤めしている頃から、退職後は自分の愉(たの)しみとして、古物商を遣ろうと考えていた人である。そして、この人の云うには、大学に通っていた頃から書画骨董や刀剣小道具類や、その他の武具に興味があり、学生時代は、よく骨董品屋や刀剣店を訪ね歩いて、自分のコレクションに趣味と実益を兼ねて、その保存とこれまで研鑽した智慧を養って来たと言うのである。
 その頃から蒐集した刀剣小道具類や火縄銃なども所持しており、私も自宅に招かれて見せて貰ったことがあるが、刀剣類の中には、どう軽く見積もっても350万円を下らない、証書付きの重要刀剣が数振り含まれていた。
 そして自宅をミニ博物館風にしていた。いい趣味である。

 昭和五十年に大学を卒業
(旧七帝大の一つで、かつては国立一期校と言われた大学)し、西日本のある大手の電力会社の職員として勤務し、職務を全うし、無事勤め上げて念願の古美術店を開くことが出来たと言うのである。
 ただ些
(いささ)か、普通に社員と言わずに、職員と言うところは、彼の学閥を表す自負かも知れない。あるいは会社側・体制側に沿ったホワイトカラーの畑を歩いて来たという自負だろうか。

 私が「どうして定年退職後に、古物商に?」と訊くと、「だってそうでしょ。これまで私は一応、上場企業の職員でした。あなたも、会社に社則と言うのがあるのはしっているでしょ。特に私のような上場企業に居ると、こういう企業では重職を禁じているです」と切り返したのである。
 つまり抵触しない時期を待っていたと言うのである。

 「しかし、一部上場社員でも、重職なんぞ屁のカッパ、クソ喰らえで、他にも誰でもやっているから……という理由で、それこそカエルの面に小便と云うか、大便と言うか、そういう面の皮の厚いのも居ますよ」と、少しばかり反論的に言うと、顔色を変え「とんでもない!」と一喝
(いっかつ)し、「私は電力会社の職員でしたからねえ。会社に知れると、即懲戒免職ですよ。公務員だって公務員規則で重職は禁じているでしょ。それとおなじですよ、私の場合は在職中それをやると、職員規定に触れますからね」としみじみ云うのであった。
 それこそ、何を思ったのか知れないが、当時のことを思い返すように、まさにしみじみだった。

 「宮仕えも大変なんだ……」
 「そうですよ、宮仕えも大変。企業はねえ、一部上場になればなるほど、建前上の品位を考えて社員を教育しますからね。特に企業でも入口が二つってね、ホワイトカラー職は、ブルーカラー職より一段と厳しい。ホワイトカラー職は会社の顔ですからねえ、ブルーカラー職より、一段と厳しいのは当り前ですよ。それで定年まで待ちました」
 私はこう聴かされて、直ぐに、定年間際、懲戒免職になった知人の警部だった警察官のことを思い出した。
 この警部も、この人のように時期を待てばよかったのである。おそらく、待つことを知っていたら、この警察官も退職後は、この御仁のように悠々自適の晩年の古美術の世界を楽しんでいたことであろう。
 そして心の中で、あの“警部どの”も、実は警察の顔であり、品位を考えて、襟を正すべき人だったと思い当たったのである。
 時期を待ったと言うのは、賢明な考え方であった。

 こう思い返している最中、この人は更に話を続けた。
 「つまり、その企業の正社員でありながら、外でアルバイトをするとか、それ以外の副業を持つとか……。
 これは私のようなホワイトカラー職の勤め人では、古物商をしたくとも出来なかったのですよ。社則に抵触しますからな。同僚の中にも、今まで、これで首になった者が何人いました。世間体もありますからねえ。それでもブルーカラー職はこの認識が薄いようですがね。
 それで、無知から羽目を外して、やがては遣り過ぎると発覚する。遣り過ぎなくても何処からか人伝いに噂が漏れて、人事考課の汚点の対象にされたり、職能の能力を疑われたり、とにかく会社側から睨
(にら)まれたりする。そういうのは最悪のコースですよ。時期を待つべきです。そこで私は待った。定年まで待って、晴れてこれからは堂々と古物商が出来る日を待った……」
 したいことを、本当にしたいという、喜びのような声が漏れていた。

 そして更に繋いだ。
 「まあしかし、待つたはいいが、あなたのように若い時期から、古美術の世界に入って遣っている訳ではなし、もうプロになる時期は逸していますがね。私としてはこれから趣味の範囲で、ぼちぼちマイペースで……と考えていますよ」といって、この御仁
(ごじん)は嬉しそうに笑ってみせた。

 賢明な人である。
 あるいは辛抱強い人である。
 世の中を、マクロ的に知っている人であろう。
 技術屋とか専門屋というのは、物事を深く知るが視野が狭く、ミクロ的に見る近視眼的なところの多い。いわばブルーカラー職の微視的人間であるから、一方の企業の経営陣に陣取り、方針を決定したり経営戦略を立てる側の会社役員とは違う。

 いわば労働力以外に売るものがない労働力を買われ、雇傭された労働者である。つまり、会社員である。経営する会社役員ではない。旧軍隊の話ですれば、会社員が現場の第一線の将兵であり、会社役員は参謀本部の作戦計画を立案する参謀である。参謀が立てた作戦を、その作戦計画に基づいて現場の第一線の将兵は戦闘技術者として実行するだけなのである。
 しかし、昨今の世の中はホワイトカラーとブルーカラーの境目が曖昧
(あいまい)になった。会議室の立案者か、現場の実行者か、その境目が漠然としなくなっているのである。

 それな何故か。
 経営者が生き残りを賭
(か)けて、「社員一人ひとりが経営者」などという曖昧なスローガンを打ち立て、これで会社存続のための発破を掛けたからである。背後は、一人の社員も高い給料を払っているから、遊ばせないと言う下心があり、これに底辺の社員は躍ったと言えよう。
 ところが、社員一人ひとりが経営者の気持ちで働いたところで別に給料が上がる訳でなし、また少しばかり功績を上げたところで定年までリストラされずに居残れると言う保証もない。

 そして何よりも曖昧になってしまったのは、今日の日本の産業形態の全体像の把握が難しくなり、産業別に分析すると第一次産業が1%、第二次産業が24%、第三次産業が75%の比率を占め、第三次産業はご存知のように労働生産性が低いにも関わらず、全体の四分の三の比率を占めているのである。これが現代産業の特徴である。
 第三次産業の質は高いにも関わらず、一人当たりの人的原価は多いが、それに反して一人当たりの生産性は極めて低いのである。
 そして第二次産業の24%は全体の四分の一弱であり、それだけ手に技術を持つ職人の数が以前と比べて激減したと言うことである。その職人が昨今は第三次産業のサービス業の中で職人擬きと言う技術者を兼業し、現場の戦闘指揮に当たっているのである。

 つまりブルーカラーでも、背広にネクタイをしていて、大学を卒業しているからと言う理由で、ブルーカラーでありながら自分をホワイトカラーと思い込んだり、更に酷い間違った意識をしている者の中には、自分はホワイトカラーとブルーカラーの中間にいる人種と思い込んで、それ自体をホワイトカラーと自負している会社員も多いようだ。
 しかし、会社員は会社員であり、資本を提供している資本家ではない。
 単刀直入に云えば、明らかにブルーカラーであるにも拘
(かかわ)らず、自称「中流の上」意識から、そう思い込んでいるサラリーマンも多いようだ。

 そして会社役員の経営者側が云う、「社員一人ひとりが経営者」という言葉にほだされて、自分の会社の一翼を担っていると自負している人もいる。そしてその自負はリストラされて始めてウソだったと、思い知らされる。長い間、巧妙な会社側に自負意識を持たされて、挙げ句の果てには、リストラである。しかし、この時点で気付いても後の祭りである。
 その違いを、この御仁がよく把握していたのである。

 その人と話していると、こういう会社時代の、「会社の発破」という話がよく口に出て来る。
 そして、経営者の言葉の裏に「経営者の儲けに協力せよ」というのが、“社員一人ひとりが経営者”の裏返しだったと言うのである。その中の一人に自分がいた……などともいうのであった。経営者は決して社員を給料分働かせ、遊ばせなかったと言うのである。それがこの人の云う「宮仕えの辛さ」と言うものであった。
 宮仕えの辛さには、側面に会社の顔もあった。重職の禁止である。

 重職は、会社員だけに適用され、会社役員には適用されない、特殊な社員規則である。会社役員は社員でないから、これが適用されない。ために、会社役員で古物商をしている人は多い。役員で古物商をしている人を何人か知っている。重職は会社員にはまことに不利な抵触事項である。一部上場会社なら、有無も言わさず懲戒免職となる。
 それに警察の生活安全課の、最近の怕
(こわ)さをよく知っていた。物事をマクロ的観察をして、能(よ)く世間を研究している人であった。容疑者は、びしびし摘発されているからである。

 最近は古物商法違反で、逮捕される会社員も殖えて来ている。
 それに警察だけでなく、税務署も怕い。この方がもっと恐ろしいかも知れない。会社員が脱税容疑で上がってるからである。
 古美術品の売買で生じた利益分の所得税の申告を怠っているからである。慾にほだられたサラリーマンに、こういう人は多いようだ。

 また、20日以内の名義変更を怠り、更には頻繁
(ひんぱん)に名義変更をする同一人物を捜し出し、脱税容疑者を洗い出している。これに掛かる、闇の売買の素人蒐集家も摘発されているようだ。
 最近は警察庁のコンピュータが、都道府県の教育委員会文化財保護課のコンピュータとドッキングされているため、ランダムに古物商違反者は弾き出しているようだ。名義変更において住所の氏名が重複するものが先ず挙るようだ。重複氏名で官憲筋から任意出頭を求められる者もいる。そうなると、痛い腹を探られて、会社を休んで説明に出向かねばならなくなる。

 しかし、この御仁はそうではなかった。
 かつては各警察署にある、生活経済が生活安全に変わったことも知っていたし、その動きが活溌になっていることも知っていた。
 第一、身を慎むことを知っていた。
 慾に躍
(おど)らない人である。こういう、慾をギラギラさせない堅実な人なら、また悪辣(あくらつ)な古美術ブローカーらに騙されなくて済み、また古武術詐欺にも掛かることはあるまい。次元を一つ上のランクで検(み)ているからである。
 枕を高くして寝る人であった。
 自分の立場を知り、身の程を知っているのであるからだ。その賢明さがよく分かる。

 この人とは、よく市場で顔を会わすが、中々の好人物である。
 古物の世界の人間の垢に穢
(けが)れがないだけに、純粋に物事を検(み)て、自分をよく知っている人であった。育つのよさがあった。
 私の心に響いたことがある。
 それは、定年まで待った……、つまり、この人は、定年後の愉しみを定年になるまで、大事にとっていたということになる。

 それだけに、第二の人生を欲張らずに、着実に「わが道を行く」を、全うする人であろう。この御仁に幸あれ。そう祈らなければいられなくなる。
 嫌らしい慾を持たないだけに、賢明と言えるだろう。堅実と言えるだろう。
 謙虚なだけに、こういう人が好きである。
 更に、この人の言うには、会社勤めしている時よりも、定年退職後の第二の人生に方が、より充実していると言うのである。
 それはそうだろう。本当に好きなことを遣る「好き者の世界」に身を興じられるからである。充実するのも当り前である。

 では、何処が充実しているか。
 この御仁曰
(いわ)く、「だいいち古美術品に、古物市で直に触れ合うことが出来、写真ではなく、買う買わないは別にしても、目の前に廻ってくる貴重な美術品をこの手で触れるのですよ。
 また刀剣市に行っても、『刀剣名鑑』に出て来る、写真でしか見たことのない、重要刀剣クラスの貴重な刀剣をこの目で見て、その中茎
(なかご)を自分の手で自由に触れるのですよ。これが驚きでなくて何でありましょう」と、感嘆するように、爛々(らんらん)とした喜びの眼で、私に語ってくれたことが、私自身、実に印象的に覚えている。

一尺八寸の無銘の豊後刀の脇差し。新刀で中茎に擦り上げ有り。

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 好人物であり、実にいい人だと思う。そして「老後の愉しみ」ということでは、的を外しては居まい。
 退職後の悠々自適
(ゆうゆう‐じてき)なる生活を満喫していることは充分に理解出来るし、また定年後の愉しみとして古物商に、第二の人生を選んだと言うことも、この人のとっては正解だろう。
 今までとは違う、好きなことをするという愉しみである。
 これ自体、生き生きとした生活に充実感を与え、第二の人生を歩き始めたと言う意味では、非常に好ましい生き方だと思う。

 しかし、古物商の世界、特に刀剣商の世界を、この御仁はまだ知らないでいる。
 古美術の世界はそんなに甘くない。
 また昨日・今日の“付け焼き刃”で通用する世界でもない。下準備が要
(い)るし、美術品に対しての勉強が必要であり、経験と勘も必要になる。長年のキャリアが要る。そしてこの世界は、何よりも眼力が物を言う。それだけに眼が利かなければならない。裏を見通す力であり、その視力であり、視覚である。
 だが、それだけではない。

 市場の「裏のカラクリ」を知らなければ、仕掛人から、しっかりと型に填
(は)められてしまうのである。市場の構造である。その構造の見えない部分である。これを知っていなければ、形に填められ、被害を被る。下手をすれば財産の一切を失うこともある。

 ある意味で、博奕的である。
 競りや入札は、一種の博奕なのだ。素人同士の交換会程度の、素人判断では絶対に太刀打ち出来ない世界である。古武術の世界はしたがって、眼力とともにペテンを見抜く経験からの智慧が要る。
 知らない者は、こうした狩人から見事に猟られてしまうのである。そういう現実を私は長らく、四十年以上も見て来た。知らないと恐ろしい世界である。

 しかし、私は最近知り合った定年退職後の、自宅の玄関を改造して古物商を始めたと言う、この人を応援したい。
 「決して大儲けしなくとも、いいですよ。慾をかく、そういう気はありません……」また次のように繋ぎ、「自分で好きでしているのだから、儲けは度外視してますよ。書画骨董市場や刀剣市場で、直に見られ、触ることが出来るだけでも幸せではありませんか。此処には多くの名品
(めいぴん)が集まって来る。市場でそれを見れるだけでも幸せで、手頃な物だったら自分でも手も出せる。これ以上の幸せはありませんよ。それにね、尖端(せんたん)の時価相場が分る。
 私のような素人は、価格の尖端が分らないから苦慮するのです。価格には、価格の尖端と言うのがあるのですよ。あなたなら、若い頃から長年やっていることだし、それはご存知だと思いますが……。

 私は定年後、市場に出入りして、それが最近分り始めました。それだけで悪辣
(あくらつ)な騙しに掛からなくても済む。価格の尖端と言う時価相場が分り始めました。素人同士の交換会ではこれは分りませんからね。素人は無茶苦茶な値段をつけます。またそれを信じている人が多いようです。これは危険なことですが、ババを掴まされる構造です。この構造を知っただけでもあり難い。これを幸せと言わずに何といいましょう……」という、この人の考え方が好きである。
 欲張っていないからである。
 健全な考え方と云えるだろう。

籠の中に装備していた籠槍外装

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 そういう、好きで遣る……、人生を楽しむ……、老後を楽しむ、有意義に送る……という健全な主旨に燃えて、自分なりに定年後の人生を奮闘努力する人に、私は「頑張れ!」とエールを送りたい。
 昨今はこう言う人が、一人、二人と、殖えていることを嬉しく思う。
 年老いたからと言って、世の中の使い捨てにならない人達である。こういう人達は、決して世の中の使い捨てにはならない。
 過去の栄光に関わらす、縛られず、囚われず、こだわらず、それに頼らず、「今」を生きて、歩く人である。
 こういう人は、世の使い捨てにされない老後を歩く。また、老いたから……と言う甘えがないから、それだけに人から敬意を評される人である。考え方に「甘えの構造」が巣食っていない。健全である。

 またこういう前向きで、今を生きている高齢者は、目的意識をもっているからボケない。人生にまだ目的があり、それが見えているからボケる暇がない。前が見えているのである。それは則ち、目的が確
(しか)と見えていることを指す。つまり、世の中は見えているのである。

 また老人特有の、我が儘とか甘えとかの、幼児帰りの症状が一切現れていない人である。それは目的と言う前が見えているからである。
 こう言う人にとって、老後に見える古美術の世界は真新しく、有意義な世界になるだろう。
 しかし、この世界は老後の片手間で間に合うようなものでない。一方で、巨大に聳
(そび)え立つ大きな壁もあるのである。何しろ、眼の勝負の世界であるからだ。

 古美術の世界は実に難しく、絶え間ない根気と努力を必要とし、眼力が物を言う世界であるが、こうした健全な考え方を持ち、定年後の、これからの人生を古物の世界に第二の人生を見ると言う生き方は、何と清々しく、健全であろうかと思うのである。正直で、謙虚にあるだけに実に気持ちのいい人であった。

 こういう「気持ちのいい人」は、何も最近知り合ったこの知人だけでない。
 私が指導する道場の門人の中にも居る。これまで、ある会社の役員として職務を全うし、退職後、古物商をしたり刀剣商をしたしして、これからが愉しみの本番と云う門人が居る。私は、こういう門人とネットワークを組み、需要と供給に合わせて、必要な物があればその都合をつけてやり、また逆にこちらに欲しい物があれば、それを手配してもらうようにしている。こうすることにより、長らく在庫を抱えなくていいからである。

 在庫を抱えると、その在庫には所得税か掛かる。確定申告の年度前に総て在庫を整理したい。
 資本主義における好景気・不景気の波は在庫整理の如何に掛かっている。上手く在庫整理が出来れば好景気を招くし、売れ残って在庫を抱えるようになれば、消費は鈍り、そこに不景気が訪れる。この調整の如何で景気は好景気になったり不景気になったりするのである。

 したがって在庫は出来るだけ抱えず、その会計年度内に売り捌いてしまう。これが私の商法であり、在庫を抱えず、回転をよくすることで、次なる美術品を仕入れるようにしているのである。
 ネットワーク構造の利点は、次の如しである。

 譬
(たと)え、A店で売れ残りがあっても、それをB店で欲しい客がいればそれを回す。またB店の在庫をC店に融通し、客寄せをする。C店の目玉商品は、D店と共有し、両店の目玉商品とし、客寄せをするなどの、商品循環である。次から次へと回転をよくするのである。市場で仕入れる場合、仕入れた物が必ずしも、名品とは限らない。判断ミスで、糞を掴む場合もある。

 また客の設定にも頭を使わねばならない。
 どういう階層を相手にするのかと言うこともさることながら、客の眼力に応じた設定が必要となる。
 特に眼の肥えた描くに対してはその知識が居るものである。骨董品なら、あるいは書画なら何でもというのではなく、客にもこれまで書画骨董を見て来た経験も眼力もあるし、また刀剣小道具にしてもそれなりの知識と智慧を研鑽
(けんさん)しているのである。これを甘く見てはならない。

 眼の勝負においては、客の眼が上か、店主の眼が上かで勝負が決まるのである。客の眼が上なら、店主はその眼に負かされ、店主が上なら逆の事態が起こる。必ずしもこの世界は、売手市場ではないのである。買手の眼もバカにならないのである。

 したがって、古美術店を開いて最も頭を使うのは、客の設定であり、またそのレベルである。同時に、客相の経済力も店の繁栄に多く関わって来る。
 最初から冷やかしの客もいるし、この意味では骨董屋や刀屋は、またの名を「千一屋」ともいう。千人客が訪れても、その中で買ってくれるのは、一人いるか、いないかである。それだけ難しい。ディスカウントショップの、安売り合戦のようには行かないのである。
 そして考えねばならないのは、買わずに見るだけ……と言う客も、二度三度と訪れれば、会話の一つも交わそうし、その会話から客の教養なども読み取れる。人間的なレベルも分って来る。したがって、心理的な人間勉強も必要なのである。

 この世界には買わずに見るだけと言うのも、実に多い世界である。
 だが問題は、買わずに見るだけと言う客の中には、買えないから見るだけと言うのか、買えるだけの経済力を持ちながらも、たが傍観して見るだけかと言うことであり、問題なのは買えるだけの経済力がありながら、ただ第三者の目で冷ややかに店の内情を見ていると言う、厳しい眼をもった客である。こうした客は実に恐ろしいものである。
 つまり、既に店の主人の教養よ能力をそれ以上に兼ね備え、それを冷ややかな眼で検
(み)ているからである。この場合は店の主人の能力と教養が見抜かれているのである。

 私はこれまでそう言う人に何人も出遭
(で‐あ)って来た。取り込めばいい味方になるし、取り込みに失敗すれば怕い敵になる。
 美術品商が商売に失敗して店が斜陽になるのは、こうした怕い眼を持つ客の扱い方に失敗した場合に、顛落して行くようである。店主が古物市場の会主になるだけの能力を持ちながらも、こうした客の扱い方に失敗すれば、顛落して行く以外なく、顛落した者同士が、連合・合従
(がっしょう)して、あるいは合従・連衡(れんこう)して「古美術品ゴロ」になる場合も少なくない。身を持ち崩せば、この世界では此処まで落ちて行くのである。

 古美術品ゴロとは、ブラックジャーナリストのようなハイエナ集団であり、以降「引っ掛ける」ことを人生の生き甲斐にする集団のことである。美術品ブローカーと言う、裏街道を歩く者達を指す。肉食系の猟りをする集団である。
 呑気なウサギとか、間抜けなロバなどの、サラリーマンと兼業で古物商をしている者をターゲットに、猟りをする集団のことである。

 この世界は、詐欺が発覚しない限り、「何でも有り」の世界である。常に狙われるのは、新人の駆け出しの古物商か、会社以外を知らず世間に疎いサラリーマン古物商である。
 そして罠を仕掛けられ、ターゲットにされれば、脅しも含めてあらゆる方向から畳み掛けて来る。その毒牙に掛かって、人生を終える人もいる。
 一筋縄では行かない世界である。

 つまり、こういう顛末を真似固いためには「眼力」が要るのである。人間の眼を見る眼力とともに、物を見る眼であり、世の中を見る眼である。
 そして「物は廻る」という構造を知っていなければならない。

物には、掴ませるという「ババ抜きゲーム」のようなところがある。ババを掴まされると、売れない在庫を背負うことになるのである。

 物は廻る……。
 要するに、市場には「ババ抜きゲーム」の構造がある。
 このババを誰に掴ませるかで、この循環は繰り返しババ抜きゲームが試みられる。そして運悪くそれに掴まり、ババを掴まされるということもあるし、また古物ブローカー集団に掛かり、猟られることもあるだろう。
 つまり、競りの掛け声で、場の空気に圧倒され、遣り込められる場合があるのである。こうした場合、まずションベンはできない。ションベンをすれば信用がた落ちになり、逆に足許
(あしもと)を見られる。

 こうした場合に必要なのは、ネットワークの相互扶助だ。ネットワークを組んで、組織を形成し、互いに助け合うのである。
 失敗とか、損失を分け合って出来るだけ損害を小さくするし、また利益配分も、ネットワークを組めば、何処かの店が悪循環に陥って一方的に損をすることもない。
 分散思考で、一種の「保険」であり、それはかのロビンソン・クルーソー
(Robinson Crusoe)の損倍率の分散にも通じる。

 デフォー
Daniel Defoe/イギリスの作家で、ジャーナリスト。一人で『レビュー』紙を発行して、政治・経済などの評論を発表した後、写実的小説を開拓を開拓したことで知られ、イギリス近代小説の先駆者とされ、海賊や悪魔の歴史を多く書いている。1660頃〜1731)の小説『ロビンソン・クルーソー』は、難船して無人島に漂着し、自給自足の生活を築く物語で、冒険心と経済的合理主義の精神に基づき、近代資本主義の合理的な思考に充ちた、血湧き肉躍る有名な冒険小説である。
 この小説は勿論フィクションであり、登場人物も実際に存在した人ではない。しかし、登場人物の主人公の役柄としては、当時の英国の典型的な中産階級の人物像を主役に据えた物語の展開として始まり、ズバリ言えば資本主義の精神に基づいた権化とも云うべき内容である。

 この小説を題して、ある有名な経済学者は次のように言い表している。
 「経済学はロビンソン的人間の類型を前提として成立している」と。
 つまりこれは資本主義経済を主体的に支えて、その主力となっているのは、中産階級である。これこそ経済学者の云う、実は経済人のことである。
 そして中産階級が行動様式の原形とされ、その特徴を次のように評している。

 この学者曰
(いわ)く。
 「難船して無人島に漂着して、その後、どういう行動が一番合理的か?……と、ロビンソン・クルーソーは考えたか」と。
 ここに経済の秘訣がある。経済学の合理性がある。その行動様式の中に、今日の資本主義経済の秘訣が横たわっているのである。
 ロビンソンは難破船より、船荷だった小麦を見つけ出している。これに大喜びした。
 しかしロビンソンは並みのバカではなかった。中々の智慧者だった。

 持ち帰った小麦を、並みのバカは空腹に紛れて、全部喰らってしまうだろうが、ロビンソンはそうはしなかった。全部喰らわないで、その一部を畑を作って撒いたのである。つまり、この行動様式には、小麦を撒くことにより、収穫が出来るという未来志向の期待値が存在するのである。これこそ、まさに合理的な行動様式である。
 そしてこの行動様式を分析すれば、まさに現在で云う「保険」である。この行動様式こそ「保険を懸ける」と言う行動様式だった。

 次にロビンソンは保険の二番煎じとして、難破船より鉄砲と火薬を持ち運び、この保存に勤めた。
 ロビンソンの漂着した島は熱帯性だった。熱帯性では、時として大雨が降る。これにロビンソンはびっくり仰天するのである。持ち帰った火薬が湿気ってしまえば役に立たない。保存状態が悪ければ、それまでだ。この大雨対策を立てた。

 どのような対策を立てたか。
 この対策こそ、資本主義の資本主義たらしめるところであり、この行動様式の中に「保険の概念」がある。
 つまり、彼の建てた行動様式の中には、火薬を一ヵ所に保存しないで、幾つかに分け、分散して保存すると言う遣り方であった。したがって、あるところでは雨に濡れて湿気ってしまっても、別の場所が無事なら火薬はその後も役に立つ。他は残ると言う、「保険」の原点を考え出したのである。

 つまり、これは危険の分散であり、この分散こそ現代社会で日常的に用いられている保険の原点をこの物語に見る。
 そして同時に資本主義の合理性を見る。資本主義の合理性こそ、この経済体制の特徴なのである。
 つまり資本主義は、保険がなければ、目的かつ合理的経営プランは立てることが出来ないのである。

 私は、ロビンソン・クルーソーの物語から、ある経済学者の指摘した保険と言う理念をもって、わが流の「門人」間とのネットワークを展開したのである。
 つまり、相互扶助の理念はまた損失の分散にも繋がり、野外に欠点を補い、また切磋琢磨しつつ、互いが砥石となって、眼力の研鑽になると信じたからである。そして、定年後の愉しみは、見事に花開いている。

 こうなることこそ、一匹狼の一人粋がって牙を剥いて、孤独に戦うのではなく、相互扶助の関係をもって切磋琢磨するのである。地方別の情報交換も大きい。顧客の階層を知ることも出来る。そしてこれらに生き甲斐を持つ。これこそが悠々自適の安堵
(あんど)した老後の穏やかな生き方ではないか。
 何しろ、慾をかかず、無理しないところに平穏がある。こうした静かなる平穏の中に精神世界の静寂があると思うのである。そしてこの平穏も、私は保険の対象に入れている。
 協力体制を作ると言う保険的発想は、また退職者の新たな老後の愉しみになったのである。

 つまり、この健全の裏にはマイペースと言う愉しみがあり、老いて、これまで安易に見逃していた道具類に眼を向け、その作者の思想と素晴らしさに気付こうとする努力は、死ぬ間際まで続けられることだろう。そしてこの人は、その努力を積み上げ、死ぬその日まで、古人の作の素晴らしさに感嘆の声を挙げつつ、安らかに死に就けるという死に態
(ざま)は、何と善い死に方ではないか。
 大往生間違いなしだろう。

寂寥なる枯山水の世界。

 晩年の第二の人生は、物質界から精神界にわが身を移行させて行く。そしてこれまで疎かった「物の味」を知る。物の哀れを知る。侘び寂びの世界を知る。寂寥なる、あたかも枯山水のような静かな佇まいを知る。
 そういう生き方が出来れば人生も折り返し点を過ぎて益々充実し、円熟さが増すであろう。好々爺の、穏やかな世界にたどり着くのである。そして、これまでの歩いて来た足跡を顧みて「いい人生だった」と思えるような足跡に廻り遭えば、その人の人生は「まあまあの」に満足感を覚えるのではないか。
 そこに安堵
があろう。死ぬ間際の断末魔も無縁のものとなろう。
 いい死に方だと思うのである。



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