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続・刀屋物語 6

鍔……。
 鍔とは、刀剣の柄つかと刀身との境目に挟み、柄を握る手を防護する武具である。
 と、同時に敵の刃を使わせない攻撃型の武器にもなる。
 普通、鍔は平たくて中央に孔
(あな)をうがち、これに刀身を通し、柄を装着して固定する防具である。一見軽く見逃されがちだが、見事な作の鍔は、鍔一枚で刀剣を上回る上作の鍔もある。



●きめごと

 ションベンは絶対にするな。
 私の箴言であり、刀剣業界の格言である。ションベンをすると信用を失う。
 ションベンとは、一旦自分の口で「買う」と言いながら、後で「返す」という行為である。要するに自分の言ったことに対して、責任をもたない行為である。口が軽く、「買う」と云う言葉を後に覆すのである。こういう破約をションベンと言う。刀剣売買でのトラブルは実はこれが最も多い。
 最初の「買う」が、後に「買わない」となるのである。それは思い直して、よく考えたら「買わないことにした」というようなものである。

 こういう約束を守らない行為を「ションベン」といい、古美術や刀剣の世界ではションベンをした者は軽蔑されてしまうのである。その軽蔑は、単に一般世間での軽蔑ではなく、以後、一切の軽蔑になるのである。そして軽蔑が起こったが最後、以降の発展の道は閉ざされる。顧客も櫛の歯が抜け落ちるように逃げ始める。もう、誰一人として相手にしないのである。
 これが信用を失う「ションベン」の怕
(こわ)さである。
 またションベンには、口約束を破約するばかりでなく、例えば「延払い」
(延取引の略で、代金を直ぐに支払わず、一定の期間をおいて決済する取引をいう)でそれを途中で履行しなくなったり、「買うから貸してくれ」と言って返却しない行為もこれに入る。

 そしてこの、「後で約束を覆
(くつがえ)す行為」は、そのまま世界の金持ちに繋がっているので、失った信用と信頼は戻りようが無い。そのまま信用されず、信頼されず、目上の引き立ても無く、経済的不自由の中で一生を終えるのである。それだけシビアな世界でもある。
 不自由で経済的に雁字搦
(がんじ‐がら)めにされ、それに縛られた生活を送らなければならなくなる……、そういう人間は古美術を生業(なりわい)にする者だけではない。人間社会の中には、どこと限らず多くいる。

 古美術を扱う古物商でも、うまくいかなくなる人は信用が無く、信頼を得られないからであり、その根本には「自分の舌が二枚舌」が災いしていた。信用と言う意味で、最も大切な「武士に二言が無い」と言うことを実践できなかった人である。
 武士に二言があっては、人は信用するまい。信頼も得よう筈が無い。そして組織から追い出される。

 人は、人を能
(よ)く検(み)ているのである。
 人から自分が能く検られていると視線を感じ、それを感得するのは、下の階級よりも上の階級に多い。下の階級は、自分が人から能く見られていることにあまり関心を払わない。特に人間性を見抜かれているなどの、そういう気配すら感じない人が多い。人の観察が甘いのは、下の階級の特徴である。ゆえに誠実な人は、下より上に多いのである。公明正大も、下より上に多い。富豪は、だから富豪なのだ。
 富貴は天にあり。富む者は、天より選ばれた人だった。無欲誠実でなければ富豪にはなれないからである。
 かつて昭和三十年代、進歩的文化人によって能く云われた、貧者は心正しくて、富者は悪の塊であるというのは、実は大ウソだった。貧者の中には、百円札一枚
(この時代、百円玉はまだ登場していない)を盗むのに殺人までした者が居た。貧者が考える、人の命と一枚の札の重さは、一枚の札の方が重かったと言うことになる。

 自分の口でした約束を守らない……。こういう不履行は下の階級に多く見る。
 階級が下がれば、こういう人が以外にも多いようだ。商いをする人ばかりでなく、顧客の中にも、こういう人はいる。
 口先だけで返事して、口先だけで約束した……、という行為は、実際には書面も無く、その証拠が無いから守らないでもいいと安易に考えている人が多い。

 階級が、下がれば下がるほど、こう言う人が殖
(ふ)えて来る。上流階級には極めて少ない二枚舌は、中層階級から下になると、その数が増す。それは「口約束は守らなくてもいい」という思い込みがあるからだ。その思い込みで、口約束は必ずしも守らなくてもいい。そういう思い込みがあるのだ。
 また正規に交わした約束でも不履行にしてしまうのは、決まって経済的不自由を強いられている、中より下の階級にいる人が圧倒的に多い。
 そう言う階層の多くは、ケチであり臆病であるからだ。この人間的な欠陥によって、経済的不自由を強いられている人もいるようだ。

 そしてケチや臆病の根元には「艱難
(かんなん)を嫌う心」が、その人の人格に巣食っている。
 難儀を嫌い、安全を喜ぶ一方、安全のためには二枚舌も辞さない。これでは保身一辺倒となり、石橋を叩いても渡らないのであれば、後は周囲から軽蔑される以外あるまい。
 人が、恐れ、最も嫌うのは安全安心から逸脱した苦難である。中でも、金銭に対する老後のための蓄えや病気に罹
(かか)らないで済むような予防医学に心掛け、あるいは災難から逃れ、現世に御利益(ごりやく)があるように、自分の幸せのために願う自他離別の意識や、貧苦から少しでも改善され、そういう事を願う人は多い。
 また世に生きていて、少しも苦しみが無いという見せ掛けの家内安全を追う人は多い。
 こうした安全安心には、必ず後で代価が付き纏
(まと)う。代価を払うと言うのが現象界の掟(おきて)であるからだ。これを何びとも覆すことは出来ない。
 しかし多くは「代価」を無視して生きている。現象界では作用と反作用が起こっていることに気付かないのである。かくして現世御利益は有名無実となる。有名無実となるばかりではない。反作用の霊的波動をもろに被るのである。

 そう願った人に限り、病気や災難、金銭苦による貧苦、あるいは住宅ローン、車のローン、クレジットカードのローンなどの切っても切れない柵
(しがらみ)を抱えている場合が多く、経済的不自由を強いられているのである。そしてこれらは実に「困ったこと」なのだが、この困ったことが「これだけ片付いたら何とかなるのでは……」と言う希望的観測に縋(すが)る気持ちがあり、また「困ったこと」を二重にして、後生大事に抱え込んでいるのである。
 これこそが艱難を嫌う心であるが、反作用として艱難を嫌ったために、新たな艱難が次々に押し寄せると言う輪廻の輪の中に取り込まれた構図があるとも言えるのである。実は安全第一の、安心安全はこうした側面を抱えているのである。

 つまり、安全安心と言う艱難を避けた行為は、実は住宅ローン、車のローン、クレジットカードの「ローン漬け」の側面が横たわっていたことなのである。ローン漬けでは、幾ら艱難から逃れようともがいても、逃れようが無い。半永久的に支払いが続く。利息が付き纏うからである。文化的な生活をしているように見えても、側面には金に追われる現実が此処にある。
 逃げる者には、追い掛けて来ると言う反作用の現象が、この世には働くからである。安全安心には、それに伴う代価を必要とするからである。
 一方艱難は、後に資産の代価となる。安全安心を放棄した分だけ、資産の代価となって戻って来る。

 孟子は言う。
 「天の将
(まさ)に大任を是(こ)の人に降さんとするや、必ず、まずその心志(しんし)を苦しめ、その筋骨を労す」と。
 これから読み解けば、苦難は天からの試煉
(しれん)である。試煉を耐え忍ぶか、安易に安心安全に逃げ走って保身を図るか、それを検(み)ているのである。その人を、天は検ているのである。

 また『マタイ伝』
(7−7)は言うではないか。
 「狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その路
(みち)は広く、之(これ)より入る者は多し。生命(いのち)にいたる門は狭く、その路は細く、之を見出すもの少なし」と。

 寔
(まこと)に生き抜くための命と、生命力を躍動させる門は見掛け上、狭く、入り難く、また入る事自体が苦しく、痛みが有り、醜くもある。見栄えも悪い。貧素に見える。それが酷いだけに、表面しか見る能力の無い者は、それを欠陥の門と見下す。大した門ではないと看做す。
 ところが、そうではない。欠陥の門であるどころか、それは寔に生きる命の門であり、幸せに通じる門だった。苦難は幸福に入る狭き門だったのである。
 だが、表面面観察しか出来ない浅はかな眼力では、狭き門が益々醜く映るのである。それを軽く観たり、生返事をして約束のポーズをとりながら意志表示を明確にしなかったり、遂には約束を違
(たが)えると言う不履行を仕出かしてしまうのである。

 世に「きめごと」という厳守せねばならないことが存在する。
 この厳守は人間だけが、その現象を感得するのではない。「きめごと」と言うのは、宇宙を見れば歴然としている。大宇宙は歴然とした「きめごと」で現象界を支配している。

 天体の運行、四季、昼夜の巡り、そして小は火や水、更には電気など、その一切は天の「きめごと」によって齎されている。この「きめごと」を証
(あか)したのが学者であり、長年のその道の研究に明け暮れた学徒であった。研究学徒によって宇宙現象の発見があり、また「法則」として数式に顕されることになった。
 これによると、法則は厳守しなければならないと言うことである。法則は厳守してこそ、防禦
(ぼうぎょ)になるのである。法則を無視すれば、まず大怪我をする。あるいは大怪我では済まされぬ。

 自然の法則は、「自然の約束」であるから、人間が知る限り、絶対に厳守しなければならないものである。守らぬと、身を亡ぼされる方に突き進まなければならなくなる。そして命を失う。
 例えば、火を制御出来なければ火傷をする。電気と言う実態を知らなければ、それの触れて感電をする。夜になれば火を灯さねば辺りが見えぬだけでなく仕事すら出来ない。雨の日には傘や合羽
(かっぱ)が無いとずぶ濡れになって風邪を引く。あるいは夏場はいいが、冬場では風雨を遮る傘か合羽かそれに準ずる物がいる。水深の川を渡ろうとすれば舟がいる。渡ろうと思っても歩いて渡る分けには行かない。こうして自然の「きまりごと」は厳守しようとする。

 では、人間の決めた「きまりごと」はどうだろうか。
 人間の決めた約束はどうだろうか。
 例えば、厳めしい手続きを踏んで作り上げられた法律はどうだろうか。そこには憲法を基礎において刑法と民法が定められている。あるいは、そこまで厳めしくないとしても、人と人の決めた約束事はどうだろうか。人間同士の約束事だ。
 約束事には、様々な規約があり、またスポーツ競技においても遣っては行けない「禁じ手」と言うルールがある。禁じ手を用いると反則負けとなる。それがルールだ。

 これは人の決めたものであるから、守る守らぬはその人の人格によろう。またスポーツの場合、観戦スポーツであるから観客がいると、その眼を気にしてルールは守るが、その眼がない場合はどうだろうか。人が見ていなければ、正々堂々という行為を覆
(くつがえ)し、卑怯な手を遣う場合もあるのではなかろうか。
 だから大抵のスポーツには審判員がいる。見張りがいる。不正者にルール違反を適用するためだ。

 更に「口約束」となるとどうだろうか。
 特に口約束においては、後に約束の履行を問われても、証拠が無ければ突っ撥
(ぱ)ねることが出来る。そんな物は書面に認(したた)めた厳密なものでない。証拠が無いと言えばそれまでだ。
 時として口約束は証拠が無いから、「破約したという証拠は無い。そういうのであれば、その証拠を出せ。立証してみせろ」と迫れば、約束を履行しなくとも逃れることが出来る。逃れることで、得をしたように感ずることもある。口約束は履行しなくてもいいという思い込みがあるかだら。
 したり顔で「記憶に御座いません」と嘯
(うそぶ)けばそれまでだ。

 人の「きめごと」は、あくまで殆どの場合、口約束で成立したものが多く、その約束を守るか守らないかの問題は、換言すれば物証としての証拠が有るか無いかに掛る。約束をしながら不履行をして、「証拠を出せ」と迫れば、物証が無い場合、その証拠を示すことは難しくなる。
 だからこれを逆手に取って、人と人の約束を不履行にしても、痛痒
(つうよう)も感じない人間がいる。自分の口で約束を了承しながら、それを後になって覆し、約束を反古にする人間である。
 反古にすることにより、それで得をした……、無駄金を払わずに済んだ……と言う、約束不履行である。こうした約束不履行に対し、「得をした」と感ずる人間は少なくないようだ。

 例えば、ある品物を買うと、一旦は約束しておきながら突き返す。もっと酷くなればそれを受け取り、支払い期限を過ぎても支払いを履行しない。そのうえ相手から取り上げた品物は、最初から自分の物だったと主張する。そしてその品物をタダで生け捕る。総ては口約束の上だから、タダで生け捕れば元手要らず。仕入れの金など無用。したり顔で、してやったりと思う。だから得をしたことになる。
 しかし、果たして本当に得をしたのだろうか。

 特に口約束の場合、二つ返事で約束しても、自分の都合が悪くなればこれを不履行しても構わないと言う、中以下の階層の間には、そういう暗黙の了解があるようだ。「口約束だから守らなくとも構うものか、証拠がある訳じゃなし……」と思う人は、以外に多くいる筈である。
 だから口約束の「きめごと」は平気で破約にする。言った覚えは無い、買った覚えは無い、最初から自分の物だったと嘯
(うそぶ)く。これは果たして人間として通用するものであろうか。
 通用するものではあるまいが、強引に通用させてしまう者もいる。

 人間と言うものは、人が互いに凭
(もた)れ合って生きている。それは「人」と言う字を見れば明らかになる。「人と言う字は凭(もた)れ合い」を象徴する象形漢字から出来ている。これは、文字を見れば歴然である。
 よって人間は生きて行くためには、なければならぬ「きめごと」が存在する。この「きめごと」は守れば人の役に立つし、破れば皆が困る。困るだけでない。不幸になって行く場合もある。
 だが、こうした人の決めた「きめごと」を破った場合、それは法的にも罰されず、だからといって不履行をした場合、これは「得をした」と胸を張っていえるだろうか。

 人間同士の「きめごと」はその辺の隣近所の申し合わせであり、こうしたものは軽く見て、厳守する値打ちは無いと一蹴
(いっしゅう)した時、口約束で約束をしながら、それを自分の都合で反古にし、不履行にした場合、果たして得をしたのだろうか。
 「得をした。支払いの義務が失われ、履行せずに済んだ。支払い分だけ儲けた……」と考えるのは、低級なる考えであろう。間違った常識と言うものだろう。
 譬
(たと)え、詐欺、窃盗、強奪という働きでなかったとしても、「口約束」だからといって不履行にすれば、それは守らなくていいものなのだろうか。取り決めを反故にしていいものなのだろうか。

 一旦は口で誓ったものを、その後、自分の都合で反古にする……、約束違反する……、これこそ武士に二言があったと言うことではないのか。
 武士に二言は無い。
 しかし、その武士が二枚舌を遣って、私欲に囚われて約束を反古にした。これは裏側の世界から見れば、反古にしたことで、自分の財産は目減りせずに済んだと言うことであり、いつでも自分の都合によっては不履行出来ると言う、武士にあるまじき二枚舌ではなかったのか。
 そして二枚舌を遣って、果たして得をしたのだろうか。その分儲けたのだろうか。某
(なにがし)かの利益が出たのだろうか。
 これこそ、考え違いもいいところである。
 思い込みもここまでくれば、その人間も終わりであろう。世も末ではないか。その人間の末路を見た思いがする。

 約束を果たさずに、二枚舌で出来た金銭や財産。これが不履行をした人間に身に付くものだろうか。果たして本当に身に付くだろうか。
 むしろ、その者の家や家族を不幸にしているのではあるまいか。
 「今」の結果を見れば歴然である。
 不履行をして、家が栄えたと言う話は一度も聞いたことがない。そういう話を私は知らない。一件の例外も無く、そうした栄えた家は知らない。

 「きめごと」は厳守しなければならないという法則がある。「きめごと」を守らず、それを反古にして、栄えた家と言うのは、一人の例外も無いのだ。必ず衰運を経て没落する。
 少しばかり頭のいい人ならば、もともと注意深い筈であるから、こうした実例を見て、「天網恢々
(かいかい)粗にして洩らさず」という言葉を挙げるまでもなく、天の記憶、つまりアカシャ・レコーダーと言う記憶装置の精巧さに驚嘆し、その鞭(むち)の厳しさに襟を正す筈である。宇宙の叡智に、思わず頭を下げる筈である。天を畏(おそ)れるとは、このことである。

 これ以外にも「きめごと」とか「約束」と言うのは他にもある。
 普通約束と言えば、何かあるとき、人と人とが口約束で決めた「きまりごと」というのがある。口の上での約束である。
 口約束は「武士に二言は無い」という、口で履行する固い誓いの意味が込められている。誓っている以上、万難を排しても履行するのである。決して破約はしない。そう言う意味で「武士には二言が無い」言う、「誓い」を顕す言葉である。約束を反故にすれば、武士の場合は「卑怯者」である。

 武士は、何はさておき「卑怯者」と云う言葉に敏感に反応する。それは他方で「恥を知る」という観念が働いているからである。恥辱にも敏感なのだ。
 そこには「約束をしたことは決して破約にしない」という信念があり、信念の裏付けが「万難を排しても必ず履行する」と言うことになる。それだけ武士は言葉を重く受け止め、尊重したのである。

 人生を生きる上で、破約の場合、破約して間違った行為をした者は、別段自身に損得や支障はないが、破られた方は無念な気持ちになり、また破られた事で損害を出す場合もある。しかし、これも見掛け上のことで、破った方は、現行法に触れる訳でも無し、責任はあろうがその責任は重く感じない。そして現行法に抵触しない限り、これは単なる道徳上の責任であり、単に軽いウソをついたと言うことだけで済まされる。また、そのように思い込んでしまう。

 だが、それで済まされるものだろうか。
 破った方は、必ずその責めを追求される。責めを負担せねばならないのである。これこそが、この世に作用と反作用が働いているいる所以
(ゆえん)である。代価を払うと言う反作用が働く事実である。
 それは厭
(いや)でも、嫌いでもその責めは追われる。必ず実際上の生活の上に顕われ、「負」の負債を払わねばならない現実に迫られる。この「負」の負債を払わされるという反作用の現実は実にシビアで、この負債を払わされて困り抜いている……という、その実例の何と多いことか。
 私はこれまでそういう、一見、「約束を守らずに得をした」と考え違いしている者を何人も見て来た。そしてその末路は悲惨である。信用も信頼も無い。人から慕われない。そのために人が離れてしまっている。孤独に耐えなければならない結末が待ち構えていた。

 とりわけ、口約束を反古にし、破約し、口約束を厳守しなかった天の刑罰の恐ろしさを何度見て来たのである。
 身近には親子・夫婦などの血縁の「きめごと」がある。その周りに、隣人や友人の「きめごと」がある。あるいは師弟関係の「きめごと」がある。
 更に取り囲んで、社会での人間関係や商売上の「きめごと」がある。一切が人間社会では「きめごと」により成り立っている。

 ところが、この「きめごと」を無視して、約束を破る者がいる。公然と口に出しながら約束を反古にするのは、あたかも政治屋の如し。
 日本には政治家はいないから、厳密に言えば、日本の政治家は政治屋である。政治屋の特徴は二枚舌を遣い、公約を「記憶に御座いません」と反故にして、言い出しっぺが破約することである。そしてこれに見習う不履行の輩
(やから)も多い。
 不履行しても、体制に影響無しとしているからである。
 損も得も無く、命に別段異常なしとしているのである。だから口約束は反古にしても構わないと言う不逞の輩が居る。口での約束は書面にあるものでもなく、口での約束は録音しない限り、破約を証明することは出来ない。その証明できない様を逆手に取って「ションベン」をする不逞の輩が居る事実である。

 ションベンして得をするのか。自分の口から一旦約束したことを反故にして、反故にしたことで支払いの義務は消え、それで得をしたと言えるのか。
 しかし人間の吐いた、口での約束は一種の誓いの意味を持っているから、この誓いを破った場合は、その反作用の反動は大きい。二倍の反動で、しっぺ返しを喰らう。「負」の責めを軽く見てはならないのである。破った方の責めは、運命上では二倍の反動で跳ね返って来るのである。

 「きめごと」の破約、「きめごと」の反故。
 特に口約束が安易に破られる現実を見ると、そのときは約束を破って、一見不履行の義務が失われるから得をしたように思うが、実はそうではない。この責めは凄まじいしっぺ返しになって襲って来る。
 口での「きめごと」は誓いである。誓いを反古にすることは、これで一件落着で、この幕引きで総てが終わった訳ではないのである。

 裏には秘密のカラクリがある。
 人間が誓いを破った場合、秘密のカラクリの扉が開く。「きめごと」の破約は、破られた方の凄まじい怨念が疾
(はし)る。その怨念は、まさに「生霊化(いきりょう‐か)」する。「いきすだま」と化す。「すだま」である以上、唸(ねん)が強ければ心象化現象を起こす。具現化する。
 そうした怨念が生霊化した場合、約束不履行を働いた者には、まず肉体上の苦しみが顕著なる現象として顕われる。
 最初は腰や膝に取り憑いたり、それが脊柱の昇って肩に取り憑いたりする。腰痛や肩凝りはその顕著な現れであろう。単に肉体故障上の問題だけではない。精神も病む。霊的に憑衣されるからである。
 また、腰痛者は腰椎異常のためその異常は内臓に及び、泌尿器系や大腸系の「下
(しも)」に顕われ、それが尿道障害や排泄障害となる。痔瘻などは、その代表的な怨念が生霊化した現象である。人の唸が飛んでいる。それをもろに被ることになる。

 生霊化は、小は時間を守る……など、口で約束したことでもその清算はする……、そのツケは廻って来る……という現象が起こり、きっちりさせると言うことが起こる。ツケは払わねばならない。頬っ被りは出来ない。
 「きめごと」の中で時間を守るという、文化人としての第一段階のテストに、見事に落第している日本人は多い。また一旦、払うと約束した口約束に、これを反古にして不履行を働く現代日本人は多い。その多い裏には、それだけ、この国には生霊化した怨念が渦巻いていることになる。

 買うと言って買わないのを古物商の世界では「ションベン」と言うが、一度ションベンした者は、以降絶対に信用を失う。信頼も得れない。それだけ、この業界では厳しい暗黙の了解がある。ションベンする者は、裏切り者であり、卑怯者であるからだ。
 そしてそれは、古美術の世界は、また世界の金持ちに直結し、連動して動いているから、以降信用は恢復
(かいふく)されることは殆どない。この業界の信用調査のブラックリストは永遠である。ションベンと言うブラックは永遠に消えることは無い。以降、目上の引き立ては一切ないのである。
 口約束でも、これだけ恐ろしいことがある。
 まず、自分自身の言動や行為を顧みて、襟を正すべきであろう。

尚道館刀剣部はまた、職人が刀拵を製作す刀拵工房でもある。刀拵工房の目印は、黒絽漆塗りの据え物台の上に積んだ竹を右袈裟斬りにしたイメージの孟宗竹(もうそうちく)である。
 尚道館刀剣部の前身である大東美術刀剣店は、単に日本刀を刀剣市で仕入れ、それに何割りかの利潤値を加算して販売しているだけの刀屋ではない。此処では、お客から預かった刀剣類に対して様々な注文に応え、希望に添う「拵」を製作する工房でもある。

 縁頭や目貫に合わせての柄巻は勿論のこと、白鞘や拵鞘の製作までを行う。但し、本漆鞘塗りや研磨については、下請けに出しそこで最後の仕上げをしてもらうようになっている。
 更に今では、『刀拵の職人見習い』の若手志望者も募集している。後世のために職人の育成もしているのである。

 尚道館刀剣部では、当道場の内弟子制度に合わせて、「刀拵の職人見習いをしながら、手に職を付け、それと平行させつつ、西郷派大東流合気武術を学びませんか」と言う、男女の別なく内弟子志望者も募集している。
 内弟子として稽古の励みつつ、それに平行して刀拵職人として独り立ち出来るように、単に道場の使用者を養成するだけでなく、刀剣に関する職人までもを養成しているのである。

 私は、刀屋人生の中で金銭的損害としては「重要刀剣の日本刀」を騙し取られたことがあった。見事に生け捕られてしまったことがあった。いま思い返しても不覚を執ったものだと痛恨の思いが疾る。
 騙し取った男は、勿論私より年配者で、ごく普通のサラリーマンだった。そのように映った大人しい中年男だった。

 そして忘れもしない。
 私が二十代半ばの頃、この、何処にでもいるような普通の会社員然とした、四十搦みのこの男が、よく来店していた。人相を見ても、悪人の相は何処にも感ぜられず、強持
(こわ‐も)ての悪人面でもなかった。何処にでもいるような、可もなく不可もなくと言う、善人そのものだった。悪さをするようには見えなかった。

 ところが、この善人然が曲者
(くせもの)だったのである。その下に一枚、邪(よこしま)な仮面が隠れていた。その「一枚下」が見抜けなかった。人間勉強の勉強不足からであった。
 私は若造の青二才だったから、この男の影に隠れた邪
な部分を見抜くことが出来なかった。場数を踏むのが少なかったのである。人を見る眼力は、まだ鍛えられていなかった。男は、私を「お人好しな若造」と検(み)て、完全に舐(な)めていたのであろう。

 私が嵌
(は)められた手口は、実に巧妙だった。
 店に度々来店して、安い小物などを買ってくれるのである。縁頭や目貫の小道具類であり、時には安物の鍔などを買ってくれるのである。そのうち、5万か6万円程度の脇差しなどを購入したり、あるいは会社の同僚と思える者を連れて来て紹介し、また刀を奨めるのである。
 こうして連れ立って来る同僚らしき一人が、特別貴重刀剣と言う通称「マル特」を50万円で買ったくれたのである。長さは2尺1寸の無銘で、認定書には『新刀、宇多』と記されていた。これを同僚らしきに奨めで購入してくれたのである。
 そして、この男がこうして客を一人二人連れて来てくれるので、益々信用し始めたのである。だが裏では、「エビで鯛を釣る策」が仕組まれていた。これは幽霊会社を計画倒産させる手口にも似ていた。
 この男は、この当時私が完全に信用し切った客になっていた。人間性も手に取るように分かっていると思い込んでいた。完全に信用し切っていた。

 私の刀屋には、目玉商品があった。客寄せの目玉商品である。
 財団法人日本美術刀剣保存協会の認定した「重要刀剣」で、2尺3寸1分の『備前国長船住義光』である。刃文尖り、五の目丁字で、乱れあり。
 これを目玉にして客寄せをし、当時陳列の中には350万円の正札を付けていた。しかし、これが狙われたのである。あるいは惚れ込んでいたのかも知れない。人間は惚れ込むと、善人でも何をするか分からないのである。それがこの男の目に止まった『備前国長船住義光』であった。あたかもストーカーに狙われたようなものだった。
 以降、『備前国長船住義光』は、とことん蹤
(つ)け廻されることになる。

 今まで信用していた中年男が、この刀を貸せと言うのである。『備前国長船住義光』を預からせてくれと言うのである。知り合いに買いそうな人がいるから、暫
(しばら)く貸せと言うのである。
 正直に告白すれば、私のような小心者で、気の小さい人間は一瞬迷うものである。取られはしまいか?……と、疑って迷いが生じるものである。
 だが、それを吐いた口からは疚
(やま)しさが感じられないのであった。真摯に見え、ウソを言っているとは思われず信用したのである。それにこれまでのことを考えれば、お得意さんであった。大事な顧客の一人になっていた。

 遂に踏ん切りが付き、貸したのである。貸す期間は一週間だったように思う。
 約束の一週間が過ぎた。
 ところが返しに来ない。十日が過ぎ、二週間が過ぎ、遂に一ヵ月が過ぎた。最近は、それ以来、ぱたりと男は来なくなっていたのである。痺
(しび)れを切らして、男の家まで言った。古物台帳に書かれた住所を辿り、そこまで探し尋ねたのである。
 ところが、その住所は引っ越した後で、別の人がその家に入っていた。かつて男は持ち家で自宅と言っていたが、借家だったのである。そして移転していた。近所で転出先を聞きまくり、分からないと言うことで、次に近くの交番で男の転出先を訊ねたが、これも転出先が分からないと言うことで、市役所に行き転出届の内訳を見せてもらい、住民台帳の閲覧をしてやっと見つけ出したのであった。

 家は探し出したが、留守を預かっているのはその人の奥さんらしく、「主人は居ない」と言う。何時に戻るのかと聞いても、釈然とした回答は訊き出せなかった。そのように言い含めていたのだろう。これも何だか計画的だった。
 今日は一先ず退散と言うことで出直しを考え、後日訪れることにした。その後度々訪れたが、男は居なかった。そして遂に、寝込み襲うことを考えた。早朝五時、警察の寝込み襲うと言う手法を使い、その時間に合わせて、私も寝込み襲ったのである。刑事のように。

 襲われた男は、意外な貌をして、私を厭なものでも見るように見下していたが、「刀を返して欲しい」と言ったら、「借りた刀などない」と言うのである。
 「うちの店から2尺3寸1分の『備前国長船住義光』を二ヵ月ほど前に借りて行っただろう」というと、「あれは自分の物だ」と言い張るのである。
 「あれはこちらが貸しただけだ。やった覚えは無い」こう言っても聞く耳は持たなかった。
 「自分の物だ」の一点張りだった。これには開いた口が塞がらなかった。
 人の物を自分の物と言う。どういうモラルから来ているのだろうか。
 そしてこの男は、「名義変更をして自分の物になっている」と言うのであった。

 確かに銃砲刀剣類登録証には「所持した銃砲刀剣類が20日以上を過ぎれば名義変更をしなければならない」ようになっている。それを、この男は逆手に取って、自分の物と言い張るのである。もう20日を過ぎていたのである。私も迂闊
(うかつ)だった。
 その後、警察に相談に行ったが「名義変更がなされているのだから、そりゃあ、刀はそいつのものと言われても仕方あるまい」で終わり、詐欺の立証が出来ないままで、その後も何度か相談に行ったが、「詐欺は立証できない」ということで門前払いを喰って追い払われた。
 これも一つの人生勉強だろうと思って諦めた。
 私が猛烈に人相について研究し始めたのは、この頃からだった。人相からその正体を見破ることが出来なかったからだ。

 そして当時、「あの男は、どういう死に方をするであろうか?その結末が見てみたい」と、思ったものである。興味津々と言うか、私はこの男の結末に少なからず興味を抱いた。
 それを人相に照らし合わせて研究していたからである。
 この男は50歳になった頃、痔瘻性結核を患い、直腸ガンとなり、直腸までもを摘出手術をして、暫く人工肛門をして生きていたそうだが、やはりガンの猛威には勝てず、人から聞いた話では、末期病棟で家族に看取られてもがき苦しみながら死んだと言う。
 「きめごと」を厳守せず、不履行した人間の末路は、結局こういう死に態
(ざま)をしたのであった。
 天網恢々粗にして洩らさず……、この名言はまさに的中だった。

 当時は二十代半ばと言う歳の若い所為
(せい)もあり、「人生に破損もすることがあり、その損に対して高い月謝を払うという余裕」を知る前のことだったので、騙されて奪い取られたときには、気も狂わんばかりに正気を失い、怨みに怨んだが、その怨みも年齢とともに和らぎ、「あれは天が与えてくれた高い月謝を払って勉強させる勉強料だった」と考えるようになった。
 またその後、私が茨城県美浦村の美浦トレセンに合気武術の講師として依頼され、教えに生き始めるようになると、日本では富豪と言う馬主
(うまぬし)と知り合いになり、彼等の考え方を学んだ。
 彼等は「損をする余裕」を楽しむプロのギャンブラーでもあった。その玄人から、次元の超えた人生観を学んだのである。

 次元の超えた人生観。
 これは庶民の世界には転がっていなかった。上の階級に接しないと分からない世界だった。その世界で、損得を超越した「余裕」の中で勝負する勝負師の実像を見たのである。
 彼等は云う。「勝負には勝つこともあるし、また負けることもある」と。
 一寸先は闇の中に隠れているのだから、人知で未来予測など人間には無理である。だから絶対だと思っても、負けることがある。それを承知すれば、負けても、それを余裕でやり過ごすことが出来る。これが彼等の行動律だった。プロの勝負師の考え方を知った。勝つことだけにこだわっていないのである。こだわると大火傷をすることを知っているのである。

 富豪の行動律は、「人生には局面的に負けることもある」という事実を知り抜き、負けることを余裕でやり過ごす寛大さや、その常を完全に熟知していたのである。
 彼等は決して、百戦百勝と云う言葉を信じていなかった。確かに百戦錬磨の強者
(つわもの)であるかも知れないが、それは経験の上の勘の世界である。勘は当たることもあるし、外れることもあることを知っていた。
 むしろ、百戦してその上に、負けのもう一杯重ねて、百一回闘っても百一回負けることを知っていたのである。それを余裕で躱
(かわ)せると言う度胸をしていたのである。それも人為的に作った度胸でなく、ごく自然に、そうした肝っ玉の太さを持っていたのである。
 これもまた、そう言う星の下
(もと)に生まれた、「生まれ」かも知れない。これは癖と言うものであろうし、また過去世の「習気(じっけ)」でもあろう。ケチでなく、臆病でないのである。
 そもそも富豪になるべくして富豪になったと言う気がしてならないのである。そしてその裏付けが「余裕」であり、更に余裕を裏付けるものが「きめごと」を厳守する、必ず履行すると言う自負だった。
 これを「武士に二言が無い」と云わずに何と言おう。

 損をする余裕。
 一言でこう言い退
(の)けるが、しかしこれは庶民には難しい。潤沢な資金力のある富豪ならともかく、私のような「痩せ浪人的」な生き方をしている人間には、損をする余裕など殆ど無い。ギリギリ一杯の生活をしている私には、そう言う余裕は残されていない。
 では、どうするか。
 ケチと臆病に近付かず、また敬遠して追い払い、更に約束を守らない、その手の人間は相手にしないのである。約束は口約束でも守らない者は、もう絶対に相手にしないのである。これは私の、自分を護る護身術なのである。

 約束はその履行をする意志があるから約束するのである。
 現代では、約束の履行を書面に顕して「契約書」を取り交わす。契約書の記載事項に従い、約束を文字面に合わせた書面で確認するのである。そして契約書に破約を固く誓わせる一文が入っている。この一文の厳守において、現代人は約束を履行する。資本主義の発達が契約社会を作り出した。現代人は契約において生活をしている。
 したがって不履行をすれば民事上では契約違反となり、違反した方は民法に照らし合わせて反則金や遅延金を取られたり、詐欺の場合は刑法に触れて収監までされる。
 ところが、此処まで厳重でない「口約束」の場合、どうだろうか。

 一般には口約束は「軽い約束」と看做される。守らなくても、甘えで、簡単に許してもらえると思い込んでいる。だから違
(たが)えても、契約上の約束でないから何とか切り抜けることが出来、そのうち時間が解決してくれると安易に考えている。それで一件落着と考える。
 だが、この考え方は約束を破約した加害者の考え方である。被害者はそう簡単には破約されたことが脳裡
(のうり)から消えることが無い。怨みがいつまでも残っている。怨念に、負けず劣らずの気も狂わんばかりの恨みを宿していくことになる。こういうのは決して時間が解決されることは無い。決して水に流すことは無い。益々時間とともに増幅されて行く。
 一方加害者は時間とともに、そう言う約束などは薄らいで行く。全く記憶にないと云うところまで薄れてしまう。
 加害者は時間とともに薄れて忘れ、被害者は逆にこれを濃厚にして恨みは益々増幅される。この両者の違いは大きい。

 したがって、口約束ほど書面上の契約よりも、更に重く考えねばならないのである。だが凡夫ほど、こう考えない。安易に考える。安易に考えるために、被害者の唸
(ねん)は生霊の怨念となり、益々増幅されるばかりとなる。こうして人は怨念の波調に埋もれた世界で生きて行かなければならなくなる。現代の世は、いろいろな唸から起こる、そういう波調が飛び交っているのである。

 こう言うことを逸早く、正しく理解していたのが武士だった。武士道に照らし合わせて、正しく理解していた。そして「武士に二言は無い」と云う言葉になった。
 武士は、後ろを見せて戦場から逃げ出す者を「卑怯者」とか、破約をしたり寝返りをしたりした者を「裏切り者」などと詰
(なじ)ったが、それでは立つ瀬が無いから恥辱に対して敏感であった。

 そもそも日本刀やそれに準ずる武具は、武士の魂として扱われて来たものである。その魂を抱く武士に、二言があっては勤まるまい。そうした武士は、形だけは、ポーズだけは立派な侍であろうが、中身は付け焼き刃の俄
(にわか)サムライであり、本物ではない。本物ではないから、約束を違える。
 違える者は、近付けるべきでないだろう。



 
●約束こそ命である

 日本人の精神的支柱の中には、「約束は守る」という日本精神があった。しかし、日本精神は既に死語になり、約束を履行すると言う人間は極めて少なくなった。破約を平気で遣ってしまうのである。
 現代人は、口約束は後に証拠が残らないことから、こういう約束は平気で破ってしまっていいと考える傾向が根強い。眼に見えないものは信用しないのである。その顕著なるものが「科学的」と称する表現である。総ては肉の眼に見え手に触れられる者だけ相手にし、それは「科学的」という言葉に裏付けられる。そういうものしか信用しないのである。

 一方で契約書とか、そうした書式で残るものについては絶対に守ろうとする。何が何でも履行して、契約を厳守したいと言う気持ちがある。それは約束が立証されるからである。証文等もその中には入ろう。証拠が残るものには弱いのである。
 つまり強い者には靡
(なび)き、弱い者には履行を覆し反古にする。それが現代の日本人のようにも思うのである。

 例えば借金するとき、親や兄弟や親戚、あるいは友人から金を借りる場合と、銀行やサラ金から金を借りる場合の履行度合いはどうだろうか。
 親兄弟、親戚や友人からの借金は多くは口約束であるため、これを確実に履行する者は少ない。支払日も定まってはいないし、定まったとしても多くは口約束である。殆ど守られない。
 一方、金利の掛かる高利の借金はどうだろうか。殆どの人が支払日を厳守するのではないか。それは証文があるからだ。それゆえ支払日に間に合わねば、借金のための借金をして、支払日を厳守するではないか。

 この構図は、強い者に靡き、弱い者を甘く見て、「弱い者虐めをする構図」の、もう一つの絵図である。武士の言葉を借りれば「卑怯者」である。
 本来武士は、強きを挫
(くじ)き、弱きを扶(たす)ける義人ではなかったのか。義のために助太刀申す……、そういう信義を重んじる勇者の別名が、サムライではなかったのか。だからサムライは尊敬された。
 今ではこのサムライがめっきり減ったように思うのである。確かに言語は残るが、それは滅んで久しい死語である。

 『雨月物語』という、彼
(か)の有名な小泉八雲こうづみ‐やくも/ギリシア生れのイギリス人で、前名(Lafcadio Hearn)ラフカディオ・ハーンヘルン。明治23(1890)来日。旧松江藩士の娘、小泉節子と結婚。のち帰化。松江中学・五高・東大・早大に英語・英文学を講じだ)が英訳した江戸期の小説がある。この小説は上田秋成(うえだ‐あきなり)によって書かれた物語である。
 この物語は明和五年
(1768)に完成されたと言われており、その後幾度か推敲(すいこう)が重ねられ、安永五年(1776)に刊行されたと言う。その物語の中に「菊花の契」(菊花の約)と言う項目があって、そこには母子二人暮らしの話が出て来る。

 丈部左門
(たけべ‐さもん)と言う若者は清貧に甘んずる儒学者だった。その左門は母親と二人暮らしだった。
 ある日のこと、左門は所用で友人宅を訪れた。するとそこには行きずりの武士が病に臥
(ふ)せっていた。左門は病の武士を看病することになった。
 この武士は、赤穴宗右衛門という軍学者であった。

 宗右衛門は佐々木氏綱
(あささき‐うじつな)のいる近江国から、故郷の出雲国での主(あるじ)の塩冶掃部介(えんや‐かもんのすけ)が尼子経久(あまこ‐つねひさ)に討たれたことを聞いて、急遽(きゅうきょ)帰るところだった……というのである。塩冶掃部介は、尼子経久が京極氏から追放を受けた後、富田城の目代として入城した京極氏の家臣で、のち守護代となり富田城主となる。通称荒法師とも言った。
 宗右衛門は、これまでのこうした経緯を語った。それから暫
(しばら)く日が過ぎて、左門の看病の甲斐もあり、宗右衛門は健康を取り戻し、五体は生き返った。

 この間、左門と宗右衛門は諸子百家
(中国春秋戦国時代に現れた多くの思想家の総称)のことなどを親しく語らい、意気投合した。更に親友の間柄となった。やがて二人は義兄弟の契まで結んだのである。
 宗右衛門は左門より五歳年上。だから宗右衛門が兄となり、年下の左門が弟となった。宗右衛門は左門の母にも会い、その後も、数日親しく過ごしたのである。

 こうした蜜月は瞬く間に過ぎて行った。やがて初夏が来た。
 宗右衛門は故郷の様子が気になりだし、一先ず出雲へ帰ることになった。
 一時
(ひととき)の別れに際して、左門には、菊の節句(重陽の節句)、九月九日に再会することを約した。ここからこの物語の、題名である「菊花の契」(菊花の約)がきている。

 契りであるから、約束であり、それも書面に認
(したた)めた約束でない。言わば、唯の口約束である。言い交わした約束である。
 季節は秋になった。遂に約束の九月九日となった。
 左門は朝から落ち着かず、宗右衛門を今か今かと待ち構えた。宗右衛門を迎えるための掃除をし、料理などの準備をして、宗右衛門との再会に心躍らしていた。
 母親の止めるのも聞かず、遂に街道に飛び出した。街道の行き交う人を見ていた。街道には何人かの人は通るが宗右衛門はいなかった。
 夜は更けた。
 それでも宗右衛門は来なかった。

 諦めて帰ろうとした頃、何とそこには宗右衛門が影として姿を顕したのである。その影を左門は家へと招いた。
 だがその影はこれまでの宗右衛門と違っていた。力なげである。
 宗右衛門は確かに来た。だが、来たのは宗右衛門の肉体ではなく、影だった。宗右衛門の魂だったのである。
 だが、左門は宗右衛門が影になって魂だけで居るのをまだ知らない。宗右衛門は幽霊だったのである。その幽霊を左門は家へ招き入れたのだった。
 そして酒やご馳走を出した。

 ところがそれに宗右衛門は箸をつけない。以前はそういう遠慮する宗右衛門ではなかった。これを不審に思って宗右衛門に訊いた。すると宗右衛門は、魂だけのなった幽霊であることを告白するのであった。
 また宗右衛門は、塩冶を討った経久が、従兄弟の赤穴丹治を使って自分を監禁したというのである。監禁されて、とうとう今日までになってしまったというのである。
 もう約束までの時間が無かった。そこで宗右衛門は思案する。
 その結果「人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆく」という言葉を思い出して、自刃する。そしてその先は、自分は「幽霊となって此処まで辿り着いたのだ」と云うのであった。語り終わると、左門に永久
(とわ)の別れを告げ、すうーっと消えてしまったと言うのである。

 この話を聞いて、丈部母子は、酷くを悲しみ、二人で一夜を泣き明かした。
 翌日左門は、宗右衛門を埋葬するために出雲へと旅立った。出雲で宗右衛門の従兄弟の丹治に会ったのである。
 左門は、魏
(ぎ)の『公叔座(こう‐しゅくざ)の故事』を例に挙げた。そして丹治を詰(なじ)った。

 公叔座の故事は次のようなものだ。
 公族でもある宰相・公叔座が、自分の客の公孫鞅
(こう‐そんおう)を推挙した話であり、叔座はこのように言った。
 「もし私が死した後、食客の公孫鞅を宰相として欲しい。さすれば魏も強大国となろう。 もし、これが聞き入れられないのなら、彼を誅殺せよ。彼を他国に逃がしては魏の脅威となる。必ず誅殺を……」と。

 だが、恵王は公叔座を耄碌爺
(もうろく‐じじい)と検(み)た。年寄りの戯(ざれ)れ言として、それで一蹴した。
 公叔座の警告も聞かず、また公孫鞅を登用も誅殺もしなかった。魏王の言葉に失望した公孫鞅は、魏を捨てて秦に行った。そこで孝公に見出されて宰相となった。秦の国政を大改革して、瞬
(またた)く間に強国にしたのである。こうして強大な国家が誕生するのである。この功績により、公孫鞅は「商」の地に封じられて商鞅(しょうおう)と呼ばれた。強国となった秦は、幾度も侵攻を続け、魏は徐々に領土を削りとられ滅びの道を辿ることになる。

 更にまた、『孟子』には、梁
(りょう)の惠王として登場する場面がある。ある時、恵王は孟子を招いて、「余はこれほどまでに徳を施しているのに、どうして人材が余の元に集まらぬのか?」と訊ねた。
 すると孟子は、「戦場から百歩逃げた兵士を、五十歩逃げた兵士が笑った」という例え話をして、「恵王の徳など、何ほどのこともないものだ」と言うことを諭した。これが「五十歩百歩」の故事である。

 
丹治は信義のないダメ男だった。他人の唆(そそのか)しに乗る愚人である。このダメ男を、左門はさんざん詰ったのである。しかしダメ男はのらりくらりと弁解する。責任を転嫁する。自分に非がないことを懸命に弁解して言い逃れをする。その言い逃れが、また聞き苦しかった。
 遂に左門の堪忍袋の緒が切れた。刃を抜いた。それを振り上げ丹治を斬殺した。
 その後、左門は行方が晦
(くら)ませたが、主君の尼子経久は、宗右衛門と左門の信義と友情を褒(ほ)め称え、斬殺者に左門の跡を追わせなかったという。

 この物語は「咨
(ああ)軽薄の人と交はりは結ぶべからずとなん」と、冒頭の一節あり、また「交りは軽薄の人と結ぶこと勿(なか)れ」とある。約束不履行をする人間を退(しりぞ)けよと云う言葉で結んでいる。
 これこそ「信なくば立たず」であり、日本精神はこのことを教える。
 約束を破るのは重罪に値する罪である。政治の怠慢、あるいはその無能など、そうしたことも公約違反であり、ウソもウソ、大ウソである。

 かつて日本人は約束を守り、破約をしないことを心の重く止めていた。ところが今はどうだろうか。口から出任せの公約は破約だらけではないか。また、まともに公約を信じる者すら居ない。誰も口約束を重きにおかない。それだけ現代人にとって、口頭での口約束は軽いものになってしまったのである。



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