運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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続・刀屋物語 5

具足の脛当。具足は甲冑の足に当たる部分をいい、特に当世具足(とうせい‐ぐそく)の略である。



●日本刀を所持すると運が良くなる

 私は、刀剣は運が良くなるために、あるいは運を良くするために所有するものだと信じている。刀剣には「破魔(はま)」の威力が込められ、魔を断つ働きがある。それは日本刀には神と同じ働きをする霊的威力があるからだ。
 したがって、邪が断たれる。そしてこの器には、神が憑
(よ)る。これを『憑代(よりしろ)』という。何も憑代は樹木・岩石・御幣・神籬(ひもろぎ)などの有体物だけに憑くのではない。当然、刀剣にも憑く。神霊の代りとして、刀剣は「神器」にもなり得るのである。そもそも刀剣は、神が降臨する「霊器」である。
 故に「霊剣」となる。霊剣は「破魔
」の威力を持つ。

 かつて武家では男子だけでなく、その武門の子女でも破魔の意味で、帯に懐剣を指していた。身分の差なく、武門はみな登城しても男子は脇差しを指し、女子は懐剣を帯びた。脇差しを指す……、懐剣を帯びる……というこの身分を超えた行為は、当時の武士の世界は平等率で運営されていたことが分かる。
 平等率ゆえ、自分の意見や箴言に対し反論で遮られ、それがどうしても我慢ならないときは、自分の脇差しを抜いて上士にも反抗出来た。この反抗こそ、武士社会が間接的に見て、一種の平等理論で運営されていたことが分かる。

 更に、護り刀として短刀をそれに当て、例えば、人が死んだときには胸に短刀を置いて死後の冥福を祈った。刀は御信刀
(護身刀あるいは護信刀)の意味があった。護るに足りる信用に足りる霊力を持ったものであった。そう信じる者にその威力は継続されている。
 かつて死者を送る者は、その霊力に縋
(すが)り、あの世での破魔を祈願した。死者に取り憑く悪霊の退散を祈願した。これが送り人の使命だった。

 私の家内が平成22年、55歳で急死したときも、家内には破魔の意味で胸に短刀を抱かせ、あの世へ送り出した。死者に群がる魑魅魍魎
(ちみ‐もうりょう)どもの退散を祈願した。
 家内は世にも奇妙な「横紋筋融解症」と言う、精神安定剤が齎す副作用で、ある日突然、自分の肉体が1cmも1mmも突然動けなくなり急死した。薬害から起こる現代の難病を患った。
 この罹病者は医療現場の報告が少ないために、一つの市町村では一人いるか二人いるかの、その程度で、医者自身もこの病気を知らない医者が未だに多くいる。そして現代医学の盲点と言うより、薬の作用から起こる現代医学の恥部となっている。その恥部を、医療現場では、ひた隠す。公表しない。こうした病気を家内は罹病したのであった。

 これも何かの因縁と考えねばならなかった。
 あるいは以前から、何らかの赤信号が発せられていて、私はそれに気付かなかったのかも知れない。霊的悪因縁のシグナルの見逃しである。私自身が、霊的な警鐘を見逃していたのだろう。
 いま振り返れば、そう確信するのである。思うのではなく、確信である。断定出来るような心当たりがあったからだ。
 禍根
(かこん)は絶つべきだった。見逃し、放置したことに病魔が取り憑いた。隙を狙われた。破魔の意識が欠如していたのである。
 それが科学万能主義が齎したと称する現代医学の慢性病などに連動して作動した。そして「科学的」と称する、様々な波動に対する事柄に対し、それを非科学的と一蹴することの現代の医療体制側の傲慢……。この傲慢こそが科学時代の恥部であった。そして、このとき科学が万能でないことを、嫌と言うほど思い知らされたのである。
 霊的世界が存在していることを、科学的という言葉で誤摩化され、否定され、すっかり忘れていたのである。ここに私の過失があった。過誤があった。

 人生には往々にして、至るところに過ちの落し穴がある。そして人間と言う生き物は、「過誤」を犯す動物である。「過失」を犯す生き物である。
 直接には人命に関わるような大過失を犯さなくても、大半の人間は生きて行くうちに大小様々な過失を犯す。その時は気付かなくても、後になって「ああ……、あれは過ちだった……」と、嫌でも思い知らされることがある。臍
(ほぞ)を噛むような事柄が、長く生きていれば殖えて来るものである。
 人間は六十年、七十年と長く生きるにつれ、「互いに脛
(すね)に傷もつ者同士」となるのである。
 また逆に、自分の限ってそんなことはないと断言出来る聖賢君子は滅多にいない。もし現代の世で、そう断言出来る者が居たとしたら、その者は徹底した自己中心主義者か、犯罪に対して極めて鈍感な性質の人間に違いない。

 私はこれまで数々の「過誤」を犯して来た。過誤を犯しながら、未だに気付かないものも存在しよう。様々な大小の過失は、おそらくゴマンとあるに違いない。
 だが、此処に記す事柄は、私の「罪と罰」の告白ではない。
 眼に見えない最大の正体は「時間」である。時間が人間の過誤の記憶を不確かにする。当時は自分にとっては些細
(ささい)なことであっても、これが相手にとっては重大事件であるかも知れない。その時は表面的に浅く考えていたことでも、後になって考え直せば、深刻な事柄を含んでいることもある。時が過ぎれば、記憶が薄れて行くこともあるが、逆に時間の経過とともに、当時の事柄がいま考えれば実に重大であったか痛切に思い知らされることもある。
 人には、年月が経つにつれ痛切さを思い知らされ、そういう思い当たることが普遍的な真実として浮上して来ることもあるようだ。

 過誤や過失……。
 人間は誰でも事象として起こった過ちを抱えている。
 このことは人間にとって、切っても切れない見逃し聞き逃しの問題点となり得るようだ。
 更に、眼に見えることだけを信じ、眼に見えない闇の世界が存在することを忘却してしまうこと自体に、現代人の過誤や過失があるように考えるのである。そして現代日本人がすっかり忘れてしまった事柄に、日本刀に対する破魔という霊力の存在である。

 今日の日本人はこの霊力を完全に忘却させてしまっている。その儀式も作法も、疾
(と)っくの昔に忘れ去っている。それがまた礼儀知らずの一面を形作る。
 私も、家内が死ぬまでそれには、はたと気付かなかった。死なれて初めて、その過誤と過失に気付かされてた次第である。もっと早く気付いていれば……と悔悟の念は、今以て疾
(はし)る。

 それというのも、刀のことを忘れていたからである。破魔の威力を忘れていたからである。
 今となっては、遅過ぎることに悔
(く)いが残るほどである。
 だが済んだことは仕方がない。人間は最後にこういう結末を迎えることがあると言うのも、また損を覚悟で甘受するのも、また「余裕」と信ずるのである。

 私はかつて玄人
(プロ)のギャンブラーから「損をする余裕」を学んだ。
 刀屋を遣っていると、儲かることばかりが飛び込んでくるのではない。売って損をしたり、刀剣市で付き合いで買わされてそれがまた贋作だったりして損をすることがある。
 更には口のうまい客には、勝手に名義変更されて重要刀剣をまるまる一振り取られたこともあった。その度に損に敏感に反応して、損した分だけ取り返そうと足掻き、結局それは損を深めるばかりだった。余裕がないと人間は愚行に奔
(はし)るようだ。
 愚行に奔った動機は何か。
 それは、損をする余裕がなかったからである。損をする余裕が生まれれば、この世は人間勉強の場であることが分かる。私はその損と引き換えに人間勉強のために高い月謝を払ったのである。しかし当時は高い月謝と思っていたが、歳月を経て年老い白翁時代に入れば、この月謝は法外なほど安い月謝だったと思い直すのである。これも余裕の出来たお陰だろう。

 現象界には損得の事象が起こる限り、得ばかりをすることはなく、得の裏には損もある。それを総て一切呑み込んで、これを「余裕」という。そして事実は事実の儘、これを素直に受け入れることが大事だと信じている。
 損を甘受する。それが出来て、人間は次のステップに上がって行けると考えるのである。

 だが、人間は死した後にも意識は残るので、その意識を慰めるためにも、成仏に導くためにも、この世に未練を引き摺らないためにも、護信刀はあの世とこの世を結ぶ必需品である。刀は破魔の威力がある。ために、有象無象や魑魅魍魎の低級霊は、死者の意識を掻き回し、魂を弄
(もてあそ)ぶことは出来なくなる。
 護信刀を胸に抱かせたことにより、家内は今では安堵
(あんど)して、冥土で安らぎを得ていると信ずる。成仏して、安らかに永眠したと確信する。確信出来るほどの威力をもった物が、護信刀になり得る日本刀である。

 また当然、心の拠り所となり得る。
 私はこれまで、日本刀は人生の、人間の心の拠
(よ)り所になると言うことを売り言葉に刀を販売して来た。
 精神的支柱であることを信じて、買手に刀を売って来た。道具を売ったのではない。単に刃物を売ったのではない。犯罪者の兇器になり得る武器を売ったのではない。心の拠り所を売ったと確信しているのである。
 だから、他の刀屋や刀剣業者のように、売りっぱなしと言うこともしなかった。アフターサービスもしたし、気に入らなくなったら20%から50%の値段で引き取りもした。売却して欲しければ委託販売もした。売却して即金が入り用な人は、刀剣市で売り捌きもした。
 売った物は、二度と引き取らないでは、余りにも無責任である。
 人間の心の拠り所に対して、これくらいのアフターフォローは必要であろう。

 また、善いことずくめばかりでない。刀の危険も説いた。曲がり刀や素延べのボロ刀には破魔の威力が薄れていたり、邪の住処
(すみか)となっているので、所持するべきでない、と。
 こうした物はどしどし下取りし、威力のある力強い刀への買い替えを推奨した。商売だけを念頭に、下取りを口実に、穢く振る舞ったのではない。口うまく講釈を垂れて、タカリ、強請
(ゆす)りの商売をしたのではなかった。心から買い替えを奨めたのである。開運が閉ざされることを説いたのである。説いて私の言葉にお耳を傾ける人も少なくなかった。
 その人たちは、その後、諭されて日本刀所持とともに快適な人生を送っている。多くが夫婦円満である。夫は日本刀を所持しているために自信と誇りが出来、余所目を遣って妻君以外の女性に眼もくれない。また妻君は妻君で、夫への信頼関係が深まり、夫に仕えることを第一義としている。あたかも武家の妻女の再来を見るようである。事後調査をしてみると、妻君は武家の子女のように凛
(りん)としていた。

床の間に大小二振りの日本刀がある凛(りん)とした生活。

 平成25年6月7日から、末娘が私の後を引き継いで刀屋を始めたが、私は娘の商いについて、次のように言って聴かせる。そしてこの日は奇(く)しくも末娘の誕生日だった。
 「商い」は「購
(あがな)い」である、と。
 また「あがない」がなまって「あきない」になった、と。そう言い聞かせた。
 商いをすることは罪滅ぼしなのである。商いをすることで、自分の罪を購うのである。
 自分で店を切り回し、客に対して頭を下げ、そして商いをする。
 これは、「過去世
(かこぜ)に罪を犯し、こうした罪を少しずつ購って行くのが商売である」と教えるのである。自分の犯した罪を少しずつ減らして行くのが商売なのだ。
 人間は生きながらに罪人である。これはパウロの言葉が雄弁に物語っている。
 パウロの黙示録の冒頭には、

人間は災いなり、
罪人は災いなり、
   なぜ、彼等は生まれたのか。


 とあるではないか。
 人間は生まれながらに罪人である。
 この世に産まれ落ちて以来、人間は他の生命を喰って生きて行く。動植物を犠牲にして生きて行く。それをわが命に反映させ、動植物の犠牲の上に人間の生命は維持されている。この行為だけで、もう充分に罪人である。
 特にキリスト教の行事には、鳥獣が犠牲にされることが多い。日本の精進料理のようにベジタリアンとは行かない。動物の肉を喰らうことが多い。西洋の特徴である。
 明治維新以来、文明開化により日本は急激に西欧化されて行った。そして戦後に至っては、奇妙なる現代栄養学が出てきて食品成分を基にアミノ酸含有量などを尤
(もっと)もらしく論(あげつら)い、「一日30品目以上万遍なく……」などと喧伝している。この喧伝により現代人は益々罪深い状況に至った。より多くの生命の生贄を必要にすることとなった。今や、無差別と言っていい。

 人間界においても種々の罪状がある。
 自分の狼藉
(ろうぜき)を働く罪状に自覚症状があろうとなかろうと、人間は何処かで自分の気付かない罪を犯している。罪を犯した者だけが犯罪人として官憲から収監されているのではない。
 ごく普通の一般人でも、自分では気付かない罪を働いている。気付かないだけに、改心の情は皆無であり、改心から考えれば、改心の情をもった牢獄の犯罪人より質
(たち)が悪いと言える。

 可もなく不可もなく、沈香も焚かず屁も放
(ひ)らずの「善良な市民」として定義されるこの人種も、何処かで自分の気付かない罪を犯していようし、また例えば、進入禁止を承知で、こちらの方が近道だからという理由で、分かっていて侵入したり、道路を逆走させる善良な市民もいる。
 車の運転走行中に携帯電話を掛けるのは、当り前と思い込んでいる善良な市民も多い。走行中の携帯電話で交通事故は、また鰻の盛りである。
 今では、善良な市民は「曲者
(くせもの)」と同義になり、悪の一部に顛落(てんらく)してしまっているのである。礼儀知らずがこうした側面を作り上げた。

 それに昨今では「何もしないこと」に対して、これを「悪」という論理が展開されているため、既に何もしないことが悪の行為に入っている。見て見ぬ振りをする。現代人に多い行動律である。
 こうして人間は、意識があろうが、無意識であろうが、自分の都合で何処かで罪を犯しているのである。食生活だけでも、他の生き物の命を奪って生きているのだから、これは動植物を殺生をしていることになる。しかしそれに反して、多くの現代人は罪の意識が殆どない。
 例えば、牛肉はスーパーやデパ地下で「切り身のパック」で売られているため、牛が屠殺されてどういう工程で食肉になるか、それを知らない。屠殺、血抜き……こうした工程を知ろうともしない。現場の凄まじさを見ていないため、動物殺生の罪の意識が欠如している。
 だが、心ある人は他の命を頂くことに、感謝とともに自分が生かされていることを自覚している。
 その自覚が、食事の前に合掌して「いたただきます」という、犠牲になってくれたものへの感謝と祈りである。
 「いただきます」の言葉の裏には、犠牲になってくれた生命に対して、感謝と祈りを捧げる厳粛な行為である。感謝する者は洋の東西を問わず、必ず自分が生かされていることに祈りを捧げる。

 更に突き詰めると、感謝と祈りも現実的なものにする必要がある。こうなると「罪」に対しての「購い」が必要になる。商売は購いである。私はそう心得て長い間刀屋を遣って来た。商売は「士魂商才」という言葉がある通り、サムライ魂で商うのである。武士も商人も身分の差なく真剣勝負である。
 一方で、自身の購いとして、心から他の生命の犠牲になってくれたことへの感謝と詫びと、その祈りの気持ちが必要だろう。
 感謝と詫びの気持ちこそ、「購い」に回帰されるのである。そこには祈りの気持ちも含まれる。
 自分の犯した罪に対して「購い」をすることで、その罪の肩代わりをするのである。そのためには身を挺して祈念しなければならない。
 購いこそ、商いであり、商売をすると言うことは「一つの罪滅ぼし」なのである。その最たる姿勢がお客に対しての「平身低頭」である。

 自分の罪を購うためには、とにかく平身低頭して頭を下げなければならない。お客に頭を垂れるこの気持ちこそ、商いの基本姿勢である。この基本姿勢をもって罪の購いが出来る。
 この基本姿勢をもって、私は「刀屋」と言う商売をしてきたのである。
 そして、刀屋と言う商売は、私個人の持論だが、「破魔の威力を持つ、神器を心あるお客に奨めている」という自負があるのである。大事なものを奨めているという自負がある。

 私の店で刀剣を買ってくれるお客に対し、一振り一振り破魔を祈願して売っているのである。儲ければどんなことをしてもいいと言うような、そういう刀剣ブローカー的な商売はしていないのである。
 だから真贋について、騙したことは一度もない。あるが儘に売る。贋作を本物だと注釈付けない。
 認定証や鑑定書の付けられる物はどしどしつけ、未認定の物については最初から未認定として売っている。
 他の刀剣店にある、「特別保存は間違いないですよ」とか、「重要刀剣、間違いなし」などと云って、数百万円もふんだくって贋作を売りつけたことは一度もない。刀の謂
(いれ)を充分に話して売るのである。
 特別保存以上のいい刀は、前の持ち主が分かっているから、前の持ち主の人柄や人格なども話して聴かせ、刀の生い立ちからの謂までを述べることにしている。

 何年か前、東京葛飾在住の、ある大東流合気武道の著名なる指導者が悪徳刀屋から嵌められて、数百万もする刀剣を何本も買い入れ、それが総て贋作であったと言う話を、ある出版社の社長から聞いたことがあるが、この指導者など、買手でありながら、「面はしっかり湿っていた」と思料するのである。
 面の湿った奴は、野心や我欲はともに旺盛である。人の道を説くくせに、未だにこうした欲望だけは吹き切れていない。未練と我欲を引き摺っている。
 その結末が、贋作に騙されたと、喚
(わめ)き、ほざく末路だった。何とも、間抜けとしか言いようがない。

 最初から真作を当てにするのがそもそもの間違いの元だが、古来より美術品には真贋があることはよく知られたことであり、これを承知で、「損する余裕」で買うのが男と言うものではある。騙されたと喚いて、怒り心頭に来て、狂わんばかりにのたうち回るのは、自分の修行の未熟を露見させているようなものである。
 刀の世界では、真贋については一種のギャンブル的な要素が含まれているので、これに一々反応して真贋を問題にするのは、余裕のない人間のすることである。損をしても余裕をもってこれを甘受出来るというのが、美術品蒐集家の心意気と言うものである。損得に敏感に反応するのは、心に余裕がない証拠である。心に余裕がなければ心眼が曇らされ、遂には贋作ばかりを嵌め込まれて、心眼の曇りが、更に悪方向へと拍車を掛けることになる。心の余裕のなさと幸運を逆方向に驀進させて、不幸に陥る事象は連動されているのである。
 悪いことには悪いことが重なる法則を忘れてななるまい。面が湿っていては、悪循環の輪廻の輪の中に絡め捕られるのである。

 余裕の無い者は、そもそも美術品を所有する資格がないのである。そういう余裕の無い者に、また日本刀の威力である破魔の効果も働くまい。むしろ逆因縁となって、悪魔の囁
(ささや)きに耳を傾けるだけである。

 私は六十有余年の人生で、また四十年以上の刀屋人生で、悪魔の囁きに耳を傾けた素人の刀剣蒐集家を何人かを見て来た。その末路は、素人刀剣ブローカーのようになるようだ。ゴロになり、落ちぶれて行く。妻君に三行半を突き付けられ、離婚裁判で大揉めに揉める醜態を晒
(さら)した。そういう者を何人か知っている。

 さて、名刀には、確と「破魔の威力」があるのである。
 また、そう確信させる物が日本刀である。日本刀には霊的に破魔の威力があるからだ。霊的事実である。
 そのために日本民族は古来より、刀をもってこの国を切り拓いて来たではないか。

平成22年、55歳で妻が死んだとき黄泉の国への旅立ちに祭し、破魔として妻に持たせた「後代国包」(無銘・八寸七分、財団法人日本美術刀剣保存協会、保存刀剣)の短刀。

 もう十年ほど前になるが、私の店の客に、日本美術刀剣保存協会の重要刀剣に認定された拵え付きの「近江守藤原継平」を560万円で買った、ある会社の役員がいた。わざわざ京都府舞鶴から来店した御仁(ごじん)だった。地元の名士で、資産家で実業家でもある。
 この会社役員は真摯なる刀剣愛好家であり、実の謙虚に教えを乞う人であった。何事も知ったかぶりをせず、襟を正して教えを乞う人は実に清々しい。こういう人物が人に好かれ、また人が集まる心の余裕を構築しているのである。
 そして今でも、この御仁から当時、私の店で日本刀を買った以降の便りが届くが、まず所持して「運が良くなった」と言うことであった。心の拠
(よ)り所としての刀剣鑑賞は、実にいいと言うのである。

 この人は定期的に日本刀を手入れし、観賞すると言う。その時間を一時間かけて入念に手入れし、心の中で刀に語るように神の像への祈願をすると言う。
 拵え付きの継平には、それに準じた鍔
(つば)が嵌まっており、刀剣鑑賞とともに、鍔を見ても鍔自体が左右非対称であるために、作者の遊び心が顕われていて見る度に驚かされると言うのである。この人はそれが分かる人だった。作者の遊び心である。
 余裕のある人は、そこまで検
(み)て理解するのである。遊び心は余裕のある人しか分からない。経済的不自由にあって、ぎすぎすしている人は奥の奥は見えない。表面だけしか観ていない。

 この遊び心こそ、本来は「日本人の余裕」だったのである。
 物を愛
(め)でたり、慈しむことに大らかな余裕ができたとき、人は時としてこうした遊び心を発揮する。また遊び心を理解する。そして遊び心を余裕として、それを発揮した作者と、その作者の余裕を感じ取って遊び心を理解する愛好家との間に、肉の眼では確認出来ない一種独特の霊的な繋がりが生ずると言う。古人との対話が出来ると言う。余裕がそこまで歓喜(かんぎ)を齎すのである。信仰を得た歓びに酷似するのである。

 この関係には、何れも心の余裕が感じられるときに限り、一種独特の霊的現象が起こる。余裕がそうさせるのである。余裕がまた踊躍
(ゆやく)になる。
 そうなると、まず心が柵
(しがらみ)から解放されて、ぎりぎりの追い詰められた切羽詰まった不自由さが消滅する。そういうものは綺麗サッパリ消えてしまう。残るのは余裕と踊躍と心の豊かさである。
 それは一方で、経済的自由な状態にあるとも言える。金銭的に困窮していない余裕がそうさせる。

 逆に、ギリギリで欲しい物を手に入れた場合である。この結果はどうなるか。
 余裕がなく、ギリギリで何か欲しい物を手に入れた場合である。それはマイホームでもいいし、マイカーでもいい。とにかくローンで何かを手に入れた場合である。こうした生活をしている人は、結果的にはローン漬けになり、余裕が生まれず、不自由さに縛られる。金銭に縛られる。こうした人の多くは、安全安心を買って、逆に自由を犠牲にする人である。

 遊び心の分からない人は、押し並べて経済的自由のない人である。だから大らかになれない。ぎすぎすしている。これは心に余裕がないからだ。
 私はかつて柴田錬三郎著の『大将』という小説を呼んだ時、この中に、「熟柿は危険を侵さねば食えぬ」ということが書いてあったことを思い出す。
 この『大将』というのは「四国の大将」のことで、戦後荒廃して、誰も手をださなかった佐世保重工を再建した坪内寿夫をモデルにした半生記である。
 この小説の中では、モデルになった坪内寿夫は、主人公の野呂内大太郎
(のろうち‐だいたろう)という名で登場する。
 主人公・野呂内はシベリアに三年間抑留され、後に帰国して、持ち前の豪胆さで斜陽会社を何件も再建している凄腕の実業家となる。

 そしてまた、野呂内
(坪内)自身の「女性観」が面白い。女性に対する特異な考え方を持っているのである。
 その発端
(ほったん)は、シベリアに抑留されたイルクーツクでのことである。主人公は抑留時、運搬業務を使役される抑留者として働かされていた。そして砂糖袋を運搬使役されている時に起こるのである。
 抑留生活で普段から甘味に飢えていた主人公は、わざと砂糖をこぼして大量に舐めとったのである。
 そしてその行為から気付くところがあった。

 甘味の誘惑である。
 人間は甘味から、簡単に誘惑されると言うことに気付いたのである。誘惑されて有頂天に舞い上がる。その意味では、女性も甘味だろう……そう感得するのである。また、妻以外の女性も甘味だろう。
 既婚者の男でも、男の妾
(めかけ)願望は、女の甘味に誘惑され、それに魅了され酔うような妄想を抱いている。そして甘味なる誘惑は、最後は異常事態を派生させる。これこそ、危うし……。
 大量の砂糖をこぼして、砂糖を舐めたときの主人公の感想である。
 最初甘かった砂糖は舐めるほどに苦くなり、それでも止められず、ついには胸が苦しくなり七転八倒するに至る。そして主人公は思うのである。女と砂糖を同じでないのか……と。

 女に魅了されて誘惑されるのは、砂糖の甘味に誘惑されるのと酷似している。やがてその甘味は苦しみに変わる。既婚者ならば家庭の崩潰である。そこに残されたものは、犬猿の仲の苦労と苦痛のみだった……。
 そこで、主人公は妻を娶
(めと)っても一穴主義を通し、浮気などして妻を裏切らないと誓うのである。妻に至誠を尽くすと言うのである。女性に対する尊敬を現す特異な女性観である。
 世の中には、浮気して身の程知らずにも、相手の女性を妊娠させるバカ亭主もいる。これこそ家庭争議の元である。こういう事態を迎えては、妻君側から三行半
(みくだりはん)を突き付けられても文句は言えないだろう。
 こうした愚を侵すべきでないし、妻君の信頼を裏切るべきでない。

 妻に対して至誠を貫く……。男の本望ではないか。
 こうした関係において、妻は夫に懸命に仕えようとするのである。女性とは、人間とは、そう言う生き物である。そのためには自分を楯に命でも張るのである。
 これが、女房が亭主に仕える健全な基本構造である。
 逆に本妻がいて、妾
(めかけ)を侍(はべ)らせると言うのは異常と言う他ない。そう言う願望を持って、虎視眈々と女漁りをする亭主の行動も異常と言う他ない。

 妻への信義……。
 これこそ夫婦円満の健全なる基本構造だろう。
 むしろ、妻がいて妾を侍らせて……というのが、そもそも異常である。夫婦構造として畸形
(きけい)である。

 特異な女性観を持つ主人公・野呂内は、また再建の鬼でもあった。再建の鬼神
(きじん)だった。斜陽会社を次から次へと再建して行く裏では、「熟柿は危険を侵さねば食えぬ」という信念に似た思想があった。
 この思想は、私もよく理解出来るのである。全くその通りであると思うのである。
 美味で、甘くて、よく熟した柿を食おうと思えば、柿の木の上の方まで登られねばならない。そのうえ柿の木は、上へ登るほど枝が細くなり、脆
(もろ)くて折れ易い。時にはそう言う不運に遭遇して顛落した柿取り名人も居たと聞く。その名人すら、連絡して打ち所が悪ければ死んだと言う。
 熟柿はそうした脆くて折れ易い箇所に実っている。それでも熟柿を食べようと思えば、危険を侵して登るしかなく、命を張らねばならない。
 此処で、安全安心を選択肢として選ぶか、あるいは食べたい物を食べると言う自由を選ぶか、となる。自由を採
(と)るには、「危険」と言う代価を払わねばならない。
 世の中は、一切が「代価を払う」という行為で構築されている。現象界は作用と反作用で成り立っている所以
(ゆえん)である。

 現代人の日常生活も、所謂
(いわゆ)「何の変哲もない日常」である。決して非日常ではない。
 非日常でない以上、安全だけを求めて安心を得ようとする。それが永遠に続くように願う。
 だが、問屋が簡単には卸さない。角度を変えて観れば分かることだ。
 これは裏から観れば、自由を放棄して安全安心を選んだと言うことになる。不自由を選択したと言うことだ。
 もはやそうなると、自由な発想で熟柿を取りに行く行動律は制限される。自由を犠牲にして、ただ安心安全を得ようとするものである。これでは決して熟柿を食うことは、一生あるまい。
 そして人間は、自由か安心安全かの二者択一の時、何れかを選ばなければならないのである。そして何れかを選んだとしても、それぞれには二倍の代価が懸かるのである。その代価は、何れを選んでも、きっちりと運命から回収されるのである。

 それは安定した職について会社員を遣
(や)るか、あるいはビジネスを興して企業家になるかの、二つに一つである。被支配層に位置するか、支配層に位置するかである。何れにしても、どりらも代価は二倍かかる。
 その結果としては中以下の「並み」で終わるか、富豪になるかである。その何れも二倍の代価を支払わされる。とにかく選択して、それに伴うアクションを起こせば、代価は常に二倍なのである。人生を生きる上で、このことだけはしっかりと頭の中に叩き込んでおかなければならない事柄だ。

 富豪になるのは単に才覚だけではない。金持ちになるか否かは運次第ではない。こういう行動原理に、運は働かない。選択前には働かない。選択後に運が作用する。
 働くのは自分自身での意志決定である。サラリーマンをして勤労所得だけでは永遠に並み程度の生活から抜け出すことは出来ない。経済的自由を束縛され締来ることになる。その束縛の最たるものが住宅ローンであったり、車のローンであったり、また月賦購入をするクレジットカードのローンであったりする。経済的自由を束縛されるとは、つまり「ローン漬け」になることなのだ。

 では、金持ちになるのに、運はどれくらい左右するのだろうか。
 よく世間では金持ちになるのは運次第と言う。その運次第の中には、爪に火を灯すように懸命に働きケチを通して小金持になるか、宝籤
(たからくじ)に当たって億万長者になるか、富豪の娘を誑(たら)し込んで奪うような結婚をして財産を相続する意外あるまい。しかしその場合、適切な智慧は働いていない。
 また努力する背景もない。棚ボタである。実に投機的である。運が良かったとだけでは済まされない状況が作られている。何一つ余裕がないからである。
 余裕がないから、心の拠り所とするものも所持出来ない。心に拠り所となる物がないと言うことは、また自分を見詰め直す機会も閉ざされると言うことである。
 特に、美術品を鑑賞し、それを愛
(め)で、慈しむという慈愛の心が死んでしまうのである。つまり余裕のない生活が余儀なくされるのである。

 日本刀を所持すると、「運」が良くなる。
 私の刀屋から、重要刀剣を買った買主は、私にそう断言した。運の良くなった状態を経験したと言う。
 では、その状態とはどういう体感を云うのだろうか。
 この御仁曰
(いわ)く、まず精神的支柱が大きく影響して心の拠り所が生まれるのは勿論のこと、大きな収穫は「余裕」だったと言う。
 また、この御仁は続けて云った。
 「男は日本刀を持たねばならない」と。

 勿論この人の持論であろうが、私自身もそう思うのである。
 それは日本刀が日本精神に繋がっているからである。かつて武家では女子に至っても懐剣を帯びに指していた。心ある女性は懐剣を指した。御信刀として、である。御信刀は護信の意味でもあり、霊肉問わず護るに信用出来る刀の意味である。

 この御仁によれば、毎月一回、定期的に刀の手入れをすると言う。
 手入れ時間は約一時間ほどで、私が世話した名刀を手入れしながら、その歳月を振り返り反省などをするそうだ。
 名刀を鞘から払い、懐紙
(かいし)で旧(ふる)くなった油を拭き、打ち粉を叩き、青光りする刀身を眺め、それ自体の行為で心が澄み渡ると言う。名刀を見ると、誰でもそうした気持ちになるものである。
 眺めていると、「やがて勇気凛々
(りんりん)となって、あたかも虹の色を観るようで、崇高なる気持ちで精神統一が出来る」というのである。何かに誘ってもらっているとも云うのである。
 この統一に、心の拠り所を求めるのが日本刀なのである。

いい刀は人の運を良くし、かつ開運する。単なる刃物でない。
 そのうえ破魔として所持者を守護する。それが護身刀であり、また護信刀であるからだ。これを総じて「御信刀」という。
 御信刀は刀の所有者を守護する。悪霊どもから加護してくれる。
 加護し、守護するからこそ、まさにこれは神の働きである。神でないものが、人間を守護する訳はない。守護する日本刀は、神と同義の神器と言えよう。
(写真は室町期の末古刀・相州伝『冬廣』)

 現在にあって、日本刀は人を斬る物ではない。刃物でない。心の拠り所となるものである。そして、美の結晶として崇高な精神を秘め、持つ者を加護し守護する。故に拠り所である。この中に神が寄り、そして宿る。日本刀自体、「神の憑代(よりしろ)」なのである。神が憑く器なのである。
 したがって人を斬る殺人剣ではなく、自分の心の中に巣食う魔を斬る「活人剣」である。無明を断ち切る拠り所である。神の憑代だからだ。

 日本人くらい刀を愛した民族は他にいないだろう。考えれば、日本民族は実に不思議な民族である。
 元寇のとき
(1274年(文永11)元軍は壱岐・対馬を侵し博多に迫った。また81年(弘安4)元は再び范文虎らの兵10万の兵を送ったが、2度とも大風が起こって元艦は海の藻くずとなる)も、残忍・兇暴なる高麗・蒙古連合軍を日本刀一振りで立ち向かい、台風を味方にして遂に撃退した歴史を持つ。台風が吹いたことを神風といった。
 神風は神の威徳によって起こるという風ことである。特に、元寇の際に元艦を沈没させた大風をいう。
 かの辻説法で有名な超能力者・日蓮聖人ですら、『烏丸』という名刀を所持していた。そのことからして、日本人にとって刀は神だったのである。

 科学万能主義の時代、科学一辺倒に陥るのが愚の骨頂である。
 日本人は、神と伴にある姿こそ健全であると言えよう。科学一辺倒の世であるからこそ、破魔の意味で守り刀として、一家に一振り日本刀があってもいいと思うのである。
 心の拠り所を持つと、自分自身の運勢が変わることは事実である。運が開けるのである。日本刀には破魔の威力があり、魔を次から次へと断ち切って行くからである。憑衣しようとする低級なる悪霊を、日本刀の閃光
(せんこう)が撃退してくれるからである。

 この人の言うには、日本刀は世界に類のない、実に美しいもので刀身以外にも、外装、鞘の塗り、縁頭や目貫や鐺
(こじり)の金象嵌の金具、そこに記された図柄や文様は機能より美を追求したものではないかというのである。そして側面に日本精神が漂っていると言うのである。この御仁には甲冑も世話したことがあったが、この人によれば甲冑は戦場に着る防禦のための鎧であるが、それは単に防禦機能だけでなく、追求の根底には「美を追求したものである」と言うのである。
 美しいものは開運に繋がると言うのである。これは美術品の持つ威力と言うのである。
 「日本刀を所持すると運が良くなりますよ」
 この御仁は格言のように断言する。私も、これまでの刀屋人生を通じて、そう感得する。長い間の経験でそれが充分に理解出来る。
 但し、運が良くなる日本刀であっても、疵物であってはならない。無垢でなければならない。刀姿に純真なものが出ていなければならない。

 試し斬りなどをして曲げてしまった刀や捻れてしまった刀、あるいは振り回して尖先
(きっさき)が欠けた刀や、一旦折れてそれを溶接した、登録証と刀の寸法が異なるような戸籍がいい加減なものであってはならない。絶対基本は「無垢」であることだ。次に素延べでないことであり、ちゃんと鍛え、焼き入れした刀であることである。

 刀を鍛えるとは、刀鍛冶が鍛えたことをいい、鍛え疵が刀身の地肌に文様として顕われていないような鋳型に嵌めた素延べであってはならない。
 刀剣製作の工程には、まず砂鉄、玉鋼
(たまはがね)、包丁鉄(ほうちょうてつ)、古鉄、銑鉄(せんてつ)、卸し鉄を必要とする。これらを加熱し、加炭あるいは脱炭して鋼(はがね)を造る。この時の鋼は、良質の物は刀の芯鉄(しんがね)となり、その他の物は鎌か鍬などの農具として使用する。
 次に、「火床
(ほど)」という炉で加熱し、叩いて圧延して「玉鋼ヘシ鉄」を造る。このヘシ鉄を割って餅状にした「物を割りヘシ」という。この割りヘシをテコ台に載せ積み重ねる。これに藁(わら)を掛けて沸(わ)かす。「沸かす」とは加熱することである。

 こうした状態が出来上がって、次に「鍛え」に入る。この鍛えは「折り返し鍛え」といわれるもので、積み沸かした鉄を15回鍛えて折り返すのである。この15回の折り返しは、つまり数学計算で2の“15乗”であり、これを15乗すると「32,768枚の層」が産まれることになる。
 次に荒鍛え延鉄を造る。これは折り返し鍛えをした鉄を圧延して短冊状にした物を云う。そしてこれを切ると拍子木と云うものが出来る。更に拍子木を刀の刃線に対して直角方向に並べる。これは荒鍛えで延ばした方向と逆方向に打ち延ばすことにより、均質化を図るためである。同時にこうすることにより鉄の組成上で強い素材を得るためである。これを仕上げ鍛えという。

 仕上げ鍛えを行った後、甲伏せ鍛えに入る。芯鉄に皮鉄を被せ、これを縦方向に延ばすのである。皮鉄とは仕上げ鍛えで造った良質なる刃になる部分の鉄のことである。
 甲伏せ鍛えで出来た物を次に焼き、打ち延ばし、刀の原形を造るのである。これを素延べという。此処までの状態を「素延べ」と言うのである。
 問題は此処から先である。素延べで止めて研磨すれば、それが「素延べ刀」である。最後の詰めの「荒仕上げ」を遣ってない物を言う。刀としても未熟である。

 刀を大量に供給した時代には、素延べ刀が出回った。大火事の後とか、先の大戦末期のように軍刀としての刀が大量に必要になって時期である。そこで荒仕上げまで達しない段階で促成の刀身を作り上げてしまう。此処に荒仕上げまで到達したか。その手前で止めたかの相違が出てきて、両者は同じ刀工が作ったものでも価値に相当な開きがでる。

 荒仕上げとは、刀の原形ので来た物に粘土を塗る作業である。この粘土を「焼刃土
(やいばつち)」という。
 刃になる部分は粘土を剥がすか、これを薄く塗り、身の部分は粘土で包む。このときに「丁子
(ちょうじ)」などの複雑な刃文を造るときには、薄い粘土の上に更に細かい液体粘土を塗って線を施す。こうして粘土を塗った刀身を、約740度の均等熱で加熱する。その加熱後、水で急冷する。これを「焼き入れ」と言う。

 焼き入れをすると、粘土の薄いところは急激に冷やされて硬い刃となり、粘土の厚い部分は緩やかに冷やされて粘りを生み、打ち付けても折れ難い刀身が出来る。そして、その境には美しい「刃文」が生まれる。
 この刃文は単に装飾のための刃文ではなく、折れ易い硬い刃の部分を、折れ難い軟らかな身の部分が接触してその接触面積において強度を増すと言う働きを持たせるためである。つまり身が、刃を強く抱き込むことによって、折れ難いと言う機能を授けるのである。
 そして焼き入れの瞬間に、美しい刃文と切れ味が決まる。美しい刀剣の姿は、この時機
(とき)に決定されるのである。
 刃文と切れ味は各流派ならびに各刀工によって異なる。そこに焼刃土の作り方があり、またこれが秘伝となっている。

 刀は刃文と切れ味が命である。
 そのためには先ず刃文をくっきりしていて、眠っていないものでなければならない。刃文が不確かなものは、かつて火事などに遭
(あ)い、焼け身になっている場合が考えるからだ。つまり、焼けて鈍刀化した刀身であると考えられる。
 この基本条件が満たされていなければならない。これこそが日本刀を持つ場合の必要十分条件である。

疵のない健全な刀は刀屋で……。骨董屋ではない、刀剣専門店で。これが鉄則である。
 安価と言う口車と、誑
(たぶら)かすような誘いで、素人の愛好家から譲り受けるものではない。
 だいいち所持する刀剣類も数が少ないので、選ぶ場合に選択肢がなく、あたかもババ抜きのような感じで曲がったボロ刀を無理に押し売りされることもある。要注意だ。
 特に道場などで、指導者から初心者に刀を売りつけるという行為は、裏を返せば体裁のよい「押し売り」である。

 健全な刀は、刀屋で購入するのが刀剣愛好家の常識である。素人からの譲り受けは、トラブルと危険を伴う場合が多い。
 万一、愛好家から譲渡してもらい場合は、その人個人に相当な眼力があり、目利きであって、良識派の人間である人だけに限る。それ以外は不可だ。

 初心者は、くれぐれも品数の少ない……、また思うように商品収集が儘ならぬ、面
(つら)の湿った素人から古物営業法違反で、内緒で絶対に譲渡を受けるべきものではない。後でトラブルの元兇となる。安易に、口車に乗ると、霊的な禍(わざわい)までもを被ることがあるようだ。
 日本刀は、単なる道具としての刃物でないことを理解するべきだ。

 繰り返すが日本刀は「神器」である。神が宿った心の拠り所の支柱である。神の憑代
(よりしろ)である。そういう生命にかかわる神器を、市場相場以上の言い値で請求され、素人から禍の元兇となる疵物を譲渡されるべきでない。
 初心者でも自己責任において、美術品としての刀剣と鉄屑の棒切れの違いくらいは見分ける能力がなければ、刀剣を所持する資格は無い考えねばならぬ。押し売りした方が一方的に悪いのではなく、己にも責任があることを知らねばならぬ。また、安物買いの安物漁りで足許を見られてはなるまい。

 さて、日本刀の歴史を追うと、古墳時代の防人(さきもり)たちが所有していたのは直刀という剣であり、これは大陸の影響を受けた物であると言われ、直刀で片刃であり、環頭之太刀(かんとう‐の‐たち)とか、頭椎之太刀(かぶつち‐の‐たち)などと呼称されたものであった。他には蕨手之太刀(わらびて‐の‐たち)というものもあった。それ以外にも圓頭之太刀(えんとう‐の‐たち)とか、圭頭之太刀(けいとう‐の‐たち)というのがあった。

 特にこの中では、頭椎之太刀は『日本書紀』にも登場し、この書には天孫降臨の条に「頭槌劍」の名が出てくる。
 『古事記』の同条にも「頭椎之太刀」と言う名があり、神武天皇の賊を誅し給うときの歌に「くぶつつい」の名があるのをもって、日本人と刀剣の関わりは深い。考えれば、原史の時代より刀剣は、日本人がこの国を切り拓いて来たと言う歴史を形作る上で、何の不都合もない筈である。
 日本民族の開拓史は、古来より刀剣によって切り拓かれた。
 三種の神器に八咫鏡
(やた‐の‐かがみ)、八尺瓊曲玉(やさかに‐の‐まがたま)の他に天叢雲剣(あまのむらくも‐の‐つるぎ)が含まれるのは、刀剣に神が憑(よ)り宿る証(あかし)でもある。

 奈良時代に入ると日本独特の太刀が顕われ、平安時代には反りをもった刀が顕われる。その代表が伯耆
(ほうき)の大原の刀工・安綱の名物『童子切安綱』である。
 この太刀は源頼光が大江山の酒呑
(しゅてん)童子を退治するために鬼切として造らせたものである。酒呑童子は当時、日本最強の鬼である。
 また鳥羽院のとき玉藻の前
(たまも‐の‐まえ)で有名な白面金毛九尾の狐の化身とする美女が登場する。この美女は院の寵を得たが、御不例の際、陰陽師の安倍晴明(あべ‐の‐せいめい)に看破られ、下野の那須野の殺生石(せっしょうせき)と化したという。但し、安倍晴明は平安中期の陰陽家であり、よく識神(しきがみ)を使い、あらゆることを未然に知ったと伝えるが、その話には伝説も多い。著に『占事略決』がある。
 更には、「保元の乱」に敗れ、讃岐国に流された怨みによって、大天狗と化した崇徳天皇と並んで、酒呑童子は『日本三大悪妖怪』とされた。

 京に上った酒呑童子は、茨木童子をはじめとする多くの鬼を従え、大江山を占拠してしばしば京の都に出没した。貴族の姫君を誘拐して側女
(そばめ)として仕えさせ、毎晩大宴会を開いて酒池肉林に明け暮れたという。その悪行は甚だしいものであった。これに業を煮やした帝(みかど)は、摂津源氏の源頼光(みなもと‐の‐よりみつ)と嵯峨源氏の渡辺綱(わたなべ‐の‐つな)を筆頭とする頼光四天王を組織させ成敗を命じた。ちなみに渡辺綱は、源頼光の四天王の一人で、嵯峨源氏から出て、摂津渡辺に住んだことで知られる。

 鬼どもを酒の酔わせ、その隙を突いて見事首を討ち取った。
 このときに頼光が持っていた太刀が『伯耆安綱』であった。
 頼光は討ち取った首を京へ持ち帰えろうとしたが、その途中の老ノ坂で道端の地蔵から「不浄なものは京に持ち込むな」と忠告され、一行は鬼の首のその地に埋葬した。
 また一説によれば、酒呑童子は死ぬ間際、これまでの悪行の数々を悔い改め、死後は頸
(くび)から上の病気を持つ人々の扶(たす)けになることを望んだため、大明神として祀(まつ)られたとも云う。これが現在でも老ノ坂に残る首塚大明神である。伝えられる通り、頸から上の病気を持つ人に霊験新たかと言われている。
 その他、大江山の山中に埋めたと言う説もあり、ここ大江山では鬼岳稲荷山神社の由来にもなっている。

 こうした話にあるように、日本刀は神聖化されていった。神の憑代となった。
 後に『伯耆安綱』は豊臣秀吉が所有し、秀吉亡きあと徳川家康が所有して、徳川家最高の宝物となった。また江戸時代、当時の大名たちは『伯耆安綱』が、喉から手が出るほど欲しがったと言う。
 『伯耆安綱』の所有者は常々奇跡を起こしたと言う。現在は国立博物館に保管され国宝になっている。

 日本刀は「折れず」「曲がらず」「よく切れる」を特徴とする。名刀ほど、この要素が強く含まれている。しかし鈍刀はその限りでない。
 また、刀は日本では「神器」として恭
(うやうや)しく扱い、尊んで来た。一方諸外国では、剣は兇器であった。人殺しの道具であった。不浄なものである。傍(そば)に寄せてはならないものであった。

 戦前・戦中と、朝鮮半島では、刀は薪割りや農具と同じように納屋などに転がされていたと言う。彼
(か)の国の人にとって、刀は床の間に飾る神聖なものとは看做されていなかった。忌み嫌われ、不浄な道具であった。
 刀を床の間に飾り、これを神聖視したのは日本人だけである。刀に恭しく頭を下げたのは日本人だけである。世界の民族史上、日本刀を床の間に置き、これを恭しく扱ったのは、日本民族をおいて他になかった。

 また大戦末期、陸海軍の特攻隊員たちが出撃の際、刀と伴に飛行機に搭乗したり、あるいは人間魚雷として知られる『回天』に乗り組む際も、隊員たちは刀を手にして肌身離さず、護信刀と崇め乗り込んで行った。
 刀と伴にありたい。あたかも、長く連れ添った人生の伴侶のように、である。

 死しても破魔の意味で魔を断ち切って成仏を祈願するのは、刀に邪気を払う力があることを感じていたのであろ。
 その感覚を当時の日本人は持っていたのである。
 刀剣を所持すると運が良くなる。開運できる。そう考える日本人の日本刀愛好家は少なくないようだ。私もその一人である。
 いい刀、健全な刀は、その人の心を浄化し、清潔にして心の隅々まで爽やかにするのである。そのうえ対話によって勇気が生まれ、苦悩や迷いなども断ち切る。これは日本刀を所持すると、運が良くなると言う現象の一つである。
 この世には、心象化現象なるものが確かにある。作用・反作用とともにそういう現象が働いている。その現象によって、善
(よ)くもなるし悪くもなる。善くするために何をすべきか、良識を持つ人だったらそれが分かろう。



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