運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
個人教伝指導日誌 1
個人教伝指導日誌 2
個人教伝指導日誌 3
個人教伝指導日誌 4
個人教伝指導日誌 5
個人教伝指導日誌 6
個人教伝指導日誌 7
個人教伝指導日誌 8
個人教伝指導日誌 9
個人教伝指導日誌 10
個人教伝指導日誌 11
個人教伝指導日誌 12
個人教伝指導日誌 13
個人教伝指導日誌 14
個人教伝指導日誌 15
個人教伝指導日誌 16
個人教伝指導日誌 17
個人教伝指導日誌 18
個人教伝指導日誌 19
個人教伝指導日誌 20
個人教伝指導日誌 21
個人教伝指導日誌 22
個人教伝指導日誌 23
個人教伝指導日誌 24
個人教伝指導日誌 25
個人教伝指導日誌 26
個人教伝指導日誌 27
個人教伝指導日誌 28
個人教伝指導日誌 29
home > 個人教伝指導日誌 > 個人教伝指導日誌 6
個人教伝指導日誌 6

明治の偉人たちを育てた咸宜園。
 この塾は文化十四年
(1817)に広瀬淡窓が豊後国日田郡堀田村に開いた漢学塾(儒学と漢詩の作詞)であった。競争試験による進級制を採用し、門人総数は全国から訪れ4千名を数えた。
 昨今でも、似たようなものはある。あるいは正反対のものかもしてない。

 学閥一辺倒主義の社会にあって、進学塾や学習塾が流行の追う風を受けて、各々に鎬
(しのぎ)を削っているが、昨今のこうした流行の背景には、依然として世の中に“出身学閥”の母体意識の現実が残っているからだ。学歴ではなく、常に問われるのは、“何処の大学の出身者であるか”ということである。政財界でリードするには、二流以下では何もならないことである。

 こうした世界で鎬
(しのぎ)を削る少年少女の大半は、その多くの心が荒廃しており、同級生は“みな敵”として、悪い意味での競争相手になっている。ライバルは蹴落とす対象であり、そこに心の荒廃が生まれる。これが所謂(いわゆる)昨今の「塾」の実態だった。
 しかし、かつてそういう物とは無縁の優秀なる私塾があった。咸宜園をはじめとする、松下村塾などの「私塾」である。

 特に咸宜園の特色は、入塾すると、塾生自身の世俗的な身分や家柄、貧富の差は一切無視された。また、過去の経歴なども一切無視された。
 此処では階級や差別のない革新的な指導が行われ、塾生達は試験に追い捲
(ま)くられる日々を過ごした。

 咸宜園に唯一つの差別があるとするならば、試験によって出た結果だけであり、成績の順位で序列が付けられたのであった。その序列は、大坂で医業を開いていた緒方洪庵の適塾
(緒方塾あるいは適々斎塾)によく似ていた。適塾の門下からは大村益次郎・橋本左内・大鳥圭介・福沢諭吉らが出たことは有名である。咸宜園と適塾は、結果重視主義で酷似したところがあった。
 しかし咸宜園を、適塾と比較して唯一の違いを見い出すとするならば、咸宜園の塾頭・淡窓は、厳しい試験競走によって塾生同士の心が荒廃しないよう、全員を野遊びさせて、お互いの友情を図ったことである。今日で言う体育だろうか。あるいは息抜きのレクレーションだろうか。

 一方適塾では、成績優秀な福沢諭吉らが塾頭風をふかし、江戸に洋学塾を開くなどの、幕府に用いられる為の画策に奔
(はし)ったのに対して、咸宜園では、まず“友情”を重んじた。友誼(ゆうぎ)に厚い人材を育成したことだった。この意味では、松下村塾も同じであった。

 咸宜園のテーマは「敬天」である。天の存在を識
(し)り、この世の仕組みや宇宙のことを考えることであった。
 一方、吉田松陰の松下村塾も「天」と言うものを考え、自分の行動の評価は天にお任せすると言う考えがあった。これはあらゆる人の個性を平等に思って大切にし、その良さを引き出す教育は、松陰が教育者として優れた天性を持っていたからに他ならない。
 松陰の記した『講孟箚記
(こうもうさっき)』には、「至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざらんなり。誠ならずして未だ能(よ)く動かさんものあらざるなり」とある。
 これは天・地・人の「まごころ」即ち、宇宙の真理を説いたものでなかったか。



●非業を科学する、未科学を科学する

 浮霊化した「霊」が狙う腹霊の弱点とは何か。
 私は長い間このことについて研究して来た。平成13年末に大病をして以来、以降ずっとこのことについて考え、研究して来た。この大病も、当時懸かった大学病院の医者が告知したことは、私にとっては重傷であろうが、命に別状の無い軽症であろうが、そういうことは知ったことではなかった。このオヤジは、即私に手術を奨めた。だが、この手に乗らなかった。人間の価値は、生命の長短でないことを悟ったからだ。

 率直な気持ちとして、「時限爆弾を背負わされたな……」くらいの感想で、大病と云ったところで病院のベットに横たわるような、そうした大袈裟なことはしなかった。ごく自然に受け取り、病気を受け入れ、ごく自然の生活をした。慢性病は、怪我などの外科的なものでないから、安静にしなければ今直ぐ、どうこうというのではない。直ぐに命に別状はない。
 また末期病棟の患者のように、点滴をされながら絶対安静という重篤病人のようなことをしなかった。医者の暗示に掛からなかった。暗示に掛かればそれだけで弱くなり、あとは医者のペースに丸め込まれて、下手をすればガン治療率五年間で、家一軒分くらいの大金を巻き上げられる。そういう医者任せの愚は犯すべきでない。そう悟ったのである。

 さて人間は、六十半ばまで生きると、そろそろ娑婆にも飽きる頃である。これから先、生きていても大して面白いこともない。
 「生」に執着して、娑婆に長居し過ぎれば、聖書の「ヨハネの黙示録」
(8章 10)に出て来るような『苦よもぎ』のような阿鼻叫喚(あび‐きょうかん)を、自らの肉体で体験しなければならなくなるかも知れない。
 『苦よもぎ』とは放射能汚染のことである。

 これに似た疑似体験は、既に太平洋三陸沖を震源として発生した東日本大震災の地震と津波で、福島第一原子力発電所事故で体験済みである。このとき十万人を超える被災者が、屋内退避や警戒区域外への避難を余儀なくされた。以後も、死者は出たであろうが報告されていない。
 更に、実体験としては、チェルノブイリ原子力発電所事故で広島型原爆
(リトルボーイ)の四百倍と言う、高線量の放射性物質を浴び、相当数の抵抗力のない高齢者や年少者が死亡していると言われる。長期的な観点からすれば、死者は数十万人とも言われている。

 また『苦よもぎ』の「苦」とは、苦しみの余りに死にたいと思っていても、死が逃げて行くほど死に損なうことで、これ自体が不成仏間違い無しの大災厄である。長生きしてこうした災難に遭遇するのも困ったものである……。
 私の中の葛藤は、「そろそろ娑婆とおさらばするか……」という気持ちと、「もう少し娑婆と付き合うか……」という未練と言うか……、助平根性と言うか……、そうしたものが鬩
(せめ)ぎ合っていたのである。

 さて、どうしたものか……。
 そんな時である。奇
(く)しくも、知人に福島県白河市の柔道整復師で、当時福島県の柔道整復師会の会長だった渡辺益治氏(故人)を通じ、氏の友人である東京お茶の水クリニックの森下敬一医学博士を紹介して頂き、以降この医博の格言を墨守して自然食療法の道を選び、今日まで命を繋ぎ止めている。思えば不思議なことだった。
 「もはや、これまで……」と断念しておきながら、もうあれから十年以上も生きている。そしてガン患者としては、私の後輩に当たる人達が、私より先に早々と死んで逝った。もう、ガンで私の弟子も二人を見送った。みなガンでは後輩だった。その予備軍も居るようだが、さて彼等はどうなるか。私のようにガンと共棲出来るか……。
 こうしたところにも分岐点があるように思える。救われる人と救われない人のような……。あるいは武運だろうか、それとも悪運の強さだろうか。
 私はこれまで「悪運が強い」と言われて来た。

 そして真摯に「見えない世界」のことを探求し始めたのも、この頃からだった。
 大病と言うか……、大学病院の医者が云った「余命六ヵ月」と言うか……、それを起因に、また起点として、私の中の総てのことが変わり始めていた。霊肉の仕組みの「組替」が起こったような気がした。そう思わずにはいられないのである。
 この医者の云った「余命六ヵ月の告知」は的中しなかった。見事に外れた。
 むしろ森下医博の云った「ガンは人体の一番弱い部位に発症した炎症だから、食を正せば自然に消滅して行くのだよ」という格言の方が的中していた。私はガンに働く自然治癒力の方を信じる。

 現在の所、そのようになっている。
 小康状態と言うか、ガンとの共棲が出来たと言うか、共に暮らしてもう12年が過ぎた。その間、一切の現代医学的な治療は行っていない。ただ生かされているだけである。
 平成十六年に民主党が政権を担当したとき、事業仕分けで、ガンに効果的と言う漢方薬は保険対象外になり、これまで一ヵ月四万円ほどの薬代が十六万円に跳ね上がったので、もうそれ以来、こうした薬も止めてしまった。独力で医者に頼らず、自力で生きている。そして基本は森下医博が云った自然食療法である。玄米雑穀をベースにした主食に、旬の蔬菜
(そさい)や掌サイズの小魚やその他の魚介類を摂る慎ましい粗食少食の食餌である。食事でなく食餌(しょじじほう)である。これを一日2食、昼と夕に摂る。それ以外は食べない。1400キロカロリー以下の仙人食の実践である。更に動タンパクは摂らない。

 また食卓から油物の食材が消えて久しい。更に、動タンパクが消えて、スッキリして実にいい。無駄な食器を使わなくて済むし、洗剤も少量で済む。大海に繋がる流しの排水は他の家庭より極めて少ない。
 家内に先に死なれた時は、その分、何事も自分でしなければならないので、人間が食餌をすることに些
(いささ)か手を焼いていたが、もうあれから三年以上が経ち、すっかり自分一人でやることは慣れれしまった。そうした環境に、自身が作り替えてしまったのだろう。

 一日のサイクルは朝食は摂らず、昼食を正午に頂き、夕食は午後五時から六時の間に済ませ、以降は食べない。夜遅い食餌は摂らないのである。そしてこの時間より、翌朝の正午まで一切の食事はせず、この間「18時間断食」を毎日しているのである。もうこうした食餌法をして十年以上が過ぎた。別段、体調に支障はなく、発症前とは殆ど変わらない生活をしている。比較的元気である。

 夜は午後九時に寝て、翌朝の午前四時に起きる。九時に寝るといってもその間直ぐに寝るのでなく、床の中で必ず本を読む。ノルマは三百頁の単行本を、この間に一冊読むようにしている。テレビは殆ど見ない。本を読む時間の方が長い。そうしている間に寝てしまうこともあるが、早く寝たい場合は、訳し方の下手な外国物の小説を読むと、余りに言葉の言い回しが下手なのに怒り心頭きてというか……、そうした中で、直ぐに寝てしまうのである。私のとって、訳しの悪い外国小説は睡眠薬代わりである。そして翌朝は午前四時に目が覚める。

 私の一日の始まりは、午前四時から始まる。
 歯磨きや洗面後、20から40分ほど掛け、二尺七寸五分の1.3kgの真剣で、素振り500回をする。調子のいい時は1500回ほど振る。冬場でも上半身裸。同時に直接空気浴の裸療法になる。肌を大気に晒す。肉体のみならす幽体まで鍛える……、それが私の命を繋ぐ秘訣である。
 これにより、肩凝りや腰痛はない。筋肉内の乳酸の搾り出す。体内の乳酸が人間の手足や肩、股関節の動きを邪魔しているのである。乳酸を徹底的に搾り、叩き出す。こうすることにとり「内筋」が強化さる。また躰動法
(たいどうほう)が自然に行えて、自由自在に関節がスムーズに回るようになる。
 特に肩の「縦の回転」が良くなった。武田惣角が会得したと言う「密教ヨガ」にも通じるようだ。

 次に水風呂療法10分。西式健康法の冷温水浴、1分ずつを交互に繰り返すこと10回。以上の繰り返しを、1時間掛けてやる。
 朝食は摂らない。朝は排便タイムであるから、朝食は摂らないのである。その代わりに、玄米ジュース、しょうが紅茶、ハト麦茶
【註】この茶を飲むと、年を取ってから顔に出るシミのような老人斑(ろうじん‐はん)が小さくなるか、消滅する)、どくだみ茶、甘茶蔓(あまちゃ‐づる)、抹茶のいずれかを飲み、朝は食事を摂らない。また、白砂糖を含む清涼飲料や牛乳などの乳製品は絶対に摂らない。果物はりんごジュースのみ。野菜系は大根おろし。あるいは干し大根の煮汁など。

 朝食を摂る腰骨を弛め腰痛の病因となる。これが脊柱を昇って肩関節に達すると、肩凝りの原因をつるくる。また肩凝りは頭部に達し、頭蓋の縫合を緩めたり外したりして、さまざまな頭部の病気の病因となる。現代栄養学が云うように「朝食はしっかり摂る」は大ウソだった。
 午前の仕事は七時過ぎくらいから正午までで、主に論文の添削をする。正午に食餌を摂り、午後一時から五時まで再び仕事なネット掲載。そして六時までに夕食を終えてしまう。更に九時まで仕事。テレビはあまり見ない。見ても面白いものがなく、ただ煩いだけ。心境としては静寂の中に居たいのである。そして九時にはとこに就く。これが一日のサイクルである。

 こうした日々の日課をこなす目的は、現代人に退化しつつある「自浄作用」を呼び戻すためである。一種の行法である。
 現代人は、体温的にも、長寿年齢であった明治生まれの人に比べて、体温が低下していると言う。長寿を全うした明治生まれの人は、牛乳も肉食もせず、動タンパクの摂取が現代人に比べて著しく少なく、それでいて元気で長寿を全うし、百歳以上の命を燃焼した。元気で、九十歳や百歳になっても、働いて社会の一員として機能していた。

 ところが、今日、長寿と言われる人は、“薬付け長寿”である。あるいは、“寝たっきり長寿”である。多くは皆生命維持装置に世話になった長寿である。こうした現状を見ると、果たして日本は世界一の長寿国といってふさわしいか、疑わしくなる。
 こうした生活をしていると、身体の自浄作用が退化してくる。
 寒くなったら厚着をし、冬は靴下なしでは生活できない体躯に退化する。冬、素足で過ごす人は極めて少ない。厚着し、靴下は一年を通しての必需品となり、その上、暖房の効いた部屋にいて、温々とした冬の時期を過ごすと言うのが現代人の常識になっている。それだけ、昔の人に比べて、現代人はヤワになったということだ。

 私は、自身のヤワを叩き直すためにも、冬でも裸になって30分は空気浴をし、大気に晒す。また冬でも水風呂に浸かる。
 これにより、逆に体温が下がるどころか、水風呂入浴後は上昇するのである。現代人は平均体温が36度以下と言われている。

 本来は、医学的には「36.5度程度ある」のが良好とされ、この状態で新陳代謝が盛んになり、免疫力も旺盛になると言われている。私は、自分の弱り切った体質を、修練によって叩き直したいと考えたのである。
 病気に対して、予防医学で病気を跳ね飛ばすのではなく、病気に罹っても直に治るという体質が好ましいのである。病気に罹らない体力を養うことではなく、病気に罹っても直に治る体質を養うことが肝心なのである。体力ではなく、体質の善し悪しなのだ。これは森下医博の言葉でもある。

 今まで、私は体質という認識に疎
(うと)かった。
 この認識が疎かったために、ガンを発症した。動タンパクの摂り過ぎが間違いだった。本来ならば、ガンに罹っても、直に治る体質を養っておかねばならなかったのである。これに気付いた時には、後の祭りであった。しかし、遅ればせながら、もうひと足掻きしたいのである。

 しかし、こうして奮闘して来たが、もう人に教えるような体力も、余り残っていないようだ。遣
(や)るだけのことを遣ったら、あとは死ぬだけである。それも、いいだろうと思うのである。
 死ぬだけのために、今は一生懸命働いているのだ。「より善き死」を得るためには、働いて、戦って、命を燃焼させていくしかなかった。これこそ、成仏を得る生き方だった。より善き死を得るための生き方だった。
 その生かされている余生に、私は「霊的世界」の研究に当てたのである。
 そして「波動」と言うものに行き当たったのである。

 思えば、二十世紀は「眼に見えないものを非科学的」として切り捨てた時代だった。今もその余韻
(よいん)はある。それを随分引き摺っている。
 特に、現代医学の世界ではその傾向が強く、「眼に見えないものを科学的に研究しよう」とする姿勢すら感じられない。ただ尊大だけが鼻に突くのである。そして現代の難病奇病か解決された化と言うと、甚だその出口は見えない。
 特に、慢性病に至っては確固たる効果を発揮していない。そして自然食療法や断食療法となると、まさに異端視として検
(み)る。眼に見えず、手に触れない故にこの傾向は甚だしい。迷信だ。非科学的だと退ける。

 だが現実世界に目を向ければ、未科学分野は多く残されているのである。
 一方物理学では量子力学が「見えないもの」に対し、その解明の糸口を掴んである。しかし医学の世界では「見えないもの」に対し科学する意識が希薄である。この世界では、見えないものは非科学と一蹴する。未科学イコール非科学の図式が成り立っているのである。その挙げ句に迷信やオカルトの世界に捨て置いている。謙虚に解明する真摯な姿も殆ど見えないのである。
 このごとには総てに、「何かの意味」がある。総ては何かの意味を持ってこの世に生まれ出たのである。この「意味」において、人は意味のあるものに惹
(ひ)かれるのである。

 意味のあるもの……。
 それは「波動」に関しても一つの意味のあるものだろう。
 一般に波動などと言うと、オカルトの世界で使われている言葉であり、神秘主義と一蹴
(いっしゅう)するようだが、『霊の世界』を別の見地から波動的なアプローチとして捉えれば、これが最も重要な研究対象である。そして霊と波動の関連を探求して行くと、この研究は決して非科学的なものでなく、未だに解明されない「未科学」と言うことが分かるのである。
 未科学の分野に閉じ込められているからこそ、古人の予言などの、そうした神界にあるものが未だに解明出来ないのである。
 戦後の日本人は、西洋の科学的な弁証法に長らく振り回されて来た。

 万物は生きている。生きている物は波動を出す。これか生物でも同じである。何らかの波動を出している。
 人間の場合は腹からである。腹から行動エネルギーを出している。力の源泉は腹である。力は腹から出る。
 腹霊から発せられる霊的パワーは周期的に起こる、ある一定の間隔をもった波動である。波動は空間的にも時間的にも変動するような場の運動である。
 更に、同じ時刻に、場の量が同じ値をとる点から成る面を「波面」といい、波面が球または平面のとき「球面波」あるいは「平面波」という。
 場の量がベクトル量のとき、このベクトルが波の進行方向に平行ならば「縦波」であり、垂直ならば「横波」という。
 腹霊は人間が直立して居る時には横波を起こし、睡眠などして横たわっているときには縦波を起こすのである。

 また波動は、波形そのものに強弱の変動があり、常に強まったり弱まったりしている。更に定期的なる波動が、時として乱れることがある。それは突如騒音に掻き乱されるときである。あるいは烈しい音に襲われたときである。特に波動が弱い場合、何かに掻き消され易い。あるいはその波動音に取り込まれてしまう。
 例えば、パチンコ屋に入ったときなどに襲って来る音は、静寂とは程遠い“凶たる騒音”である。心を掻き乱す騒音は、人間の感性にとって「凶」なのである。

 こうした騒音が更に烈しくなると、戦時下の砲弾が飛び交うそういう凄まじい状態も、静寂を破る騒音であり、こうした場合に人間は異常な狂乱状態に陥る。音だけで心因性ショックを起こす場合もある。
 例えば、心理学的にも、「風切り板」から発生する「ヒューンー」という、尾を引く、この独特の異様な音は、精神に異常を来す周波数にセットされている。続けてこの音を聴くだけで、戦場に慣れていない現代人の10から15%ほどの人は、発狂すると言われている。現代戦はまた心理戦であり、巧妙である事を知らねばならない。

 鋼製尾翼に取り付けられた銀色の風切り板は、鋭い高音の笛のような音色を発し、容赦なく、無差別に襲い掛かるのである。
 脳の音中枢の恐怖心を取り除く為には、こうした音や、爆発音、砲弾が破裂する音に動揺することなく、精神統一を図ると同時に、慣れておく必要がある。そして焼夷弾投下の大きな目的は、大火災を発生させて非戦闘員を焼き殺し、一人残らず鏖殺
(みなごろ)しにする作戦であると言うことを忘れてはならない。
 襲って来る順は、音中枢への破壊心理から始まり、その後、爆弾の雨が降って来る。音中枢が破壊されれば、あえて発狂し、爆弾の雨の中に突き進む避難民が顕われるかも知れない。

 また先の大戦中の惨事は、昭和20年3月10日の東京大空襲などにも見られる。この大空襲の目的は、日本人鏖殺しの、ほんの手始めの序曲に過ぎなかった。これを手始めとして、大阪、名古屋、川崎、横浜、下関、呉、広島、神戸、長崎、佐世保、横須賀、新潟、八幡、戸畑、小倉、福岡と続き、最後の止めは広島・長崎の原子爆弾投下であった。
 大戦末期の戦時には大勢の命が奪われたが、その死んで逝った霊魂の所在はどうなったのだろうか。決して、「死んだらそれでお仕舞いよ」とは、ならなかった筈である。彷徨っているだろう。あるいは踞
(うずく)って灼(や)かれた場所から動けないのではないのか。

戦火に逃げ惑い、戦火に灼かれて死ぬのも「非業の死」であろう。悲惨であり、哀れである。戦争だから仕方がないという事で片付けずに、戦時に限らず、平時でも「非業の死」は存在するのだ。
 生まれた以上、人間は死ぬものだが、それにしても「非業の死」のような死に方だけは免れたいものである。願わくば誰もがそう思う。「横死」は避けたいと思う。

 しかし、現代の近代戦に、こうした無差別惨殺行為はつきものだろう。
 一体死んだ人の霊魂はどうなったのだろうか?……。
 死者の多くの魂は聖書の「ヨハネの黙示録」に出て来るような『苦よもぎ』のような阿鼻叫喚
(あび‐きょうかん)を、自らの肉体で体験したのではないか。

 余りの苦痛のために、死にたいと思っても死の方が逃げて行くような断末魔が襲ったのではないか。そういう灼熱に灼かれた霊魂はどうなったのだろうか?……。その痛みは?……、苦しみは?……、誰に訴えればよかったのだろうか?……。
 横死した霊魂は何処を彷徨っているのだろうか。
 
写真は神戸空襲(昭和20月6月5日、神戸北長狭通り)では、昼間にもかかわらず、死者3184人、負傷者5824人を出した。

 世に「横死」と言う死に方がある。
 「横死」とは、人間の想像を絶する凄まじい死に方であり、事故や殺害など、思いがけない災難で死ぬことをいう。その死に態が凄惨であるから、当然、そこで感じる意識体の感知は「断末魔
(だん‐まつま)」の様相を呈する。「非業(ひごう)」ともとれる死に方をする。

 富士門流の日寛上人は『臨終用心抄』の中で「他宗謗法
(ほうぼう)の行者は、たとい善相ありとも地獄に堕(お)つべきこと中正論に曰(いわ)く。たとい正念称名【註】並み阿弥陀仏を唱えたとしても)にして死すとも、法華謗法の大罪ある故に阿鼻叫喚地獄に入ること疑い無し。私に曰く、禅宗の三階は現に声を失いて死す。真言の善無畏(ぜんむい)は皮黒く。浄土の善導顛倒狂乱す。他宗の祖師己(すで)に其れかくの如し、末弟の輩(やから)その義その義しるべし。師はこれ針の如し弟子檀那は糸の如し。その人命終(みょうじゅう)して阿鼻地獄に入るとはこれなり」と記している。

 生き態
(ざま)が幾ら立派であっても、肝心の臨終をしくじってはこれまで生きた人生の総てが不成仏の結末で終わる。そして日寛上人は『臨終用心抄』は死後の世界があることを確固たる確信で断言している。死に方の善し悪しを説いているのである。更に『臨終用心抄』は次のように指摘する。
 それは『断末魔』と言う苦しみに遭遇して死ぬと言う「人の死」である。
 『正法念経』では、「命終のとき風
(ふう)みな動ず、千の鋭き刀、その身の上を刺すが如し。故はいかん。断末魔の風は身中に出来(しゅつたい)するとき、骨の肉と離るるなり」とある。
 それは並みの苦しみでないことを言っている。断末魔の苦しみは想像を絶するものなのである。そしてその絶叫にも等しい断末魔の痛みに負ければ、則ち臨終にしくじるとあるのである。

 では断末魔の根元は何処にあるのか。
 それは「魔」の働きによる。魔とはこれまで述べて来た「霊」と考えてよい。この世に未練を残し、執念と執着の権化のような「霊」のことである。
 魔と言うのは悪鬼魔神の「魔」であり、それはまた「霊」であり地縛霊とか、浮遊霊の不成仏霊が畸形したり、低級なる動物霊の悪戯によるものと言われる。これが臨終をしくじらせるのである。

 また、『予定説』見地から考えると、わざわざそうしたところで、断末魔を迎えねばならない場所へと肉体を運ばせるとも言われる。例えば空襲下の地上とか、将棋倒しになる歩道橋とか、乗員オーバーで傾いて沈没する船に乗船させるとか、墜落する飛行機に搭乗させるとか、転覆する列車に乗車させるとか、落盤が起こる高速道路のトンネルを通過させるとかの、種々の不幸なる遭遇であり、これらが「予め予定された」ということである。結末はそのように向かうことになる。現代に起こる、これが不幸現象の特徴である。

 更に、本来は単なる未成仏が不成仏まで発展するのは、特に日本人の場合、中途半端な無神論者が種々の災いを招き寄せている。
 無神論者はその生き方として、地獄とか生まれ変わり全くを信ぜず、それを一蹴している。よって千仏来迎など全く期待していない。したがって断末魔があることも想像出来ない。人の死は、みな同じで、平等だと思っている。
 断末魔を、則ち「ありのままに受け止めていない」のである。現世の「戯
(ざれ)れ言(ごと)」程度しか考えていない。そこで臨終に際して慌てることになる。妻子に惹(ひ)かれ、残した家屋や物財などの執着の念に惹かれ、あるいは肉欲や、美味い物と聞けば千里の道も何のそのの美食にも惹かれ、遂に「あっぱれな死に方」が出来なくなる。

 本来「あっぱれ」は「哀れ」の言葉に回帰される。物の哀れである。
 また「あっぱれ」は器量の大きさを顕すものであり、それがなく狭く小さいと言うことである。この状態では断末魔の壮絶な激痛には耐えることが出来まい。その不成仏の根元には、また執着や執念は渦巻いているのである。
 その最たるものが達成出来ずに、反故
(ほご)となる出世欲・支配欲・知識欲・性欲・食欲・物欲・金欲などへの未練である。
 どれもこれも否定されるべきものではないが、こうした執念を絡めて、死者は畜生道の中に堕ちて行く。中途半端な無神論者が臨終をしくじる現実が此処の横たわっている。
 こうなると低級霊へ変身することを、過ぎたる欲望の戒めとして担わされるのである。自然の摂理である。これが非業の一面を作り出しているとも言える。不成仏霊がこの世に闊歩
(かっぽ)し、あるいは一ヵ所に屯し、魑魅魍魎のように欲望と差別の周りをうろついているのである。

いつか見たことのあるような夕焼けは、時間の逆行によって「哀れさ」の中に回帰しているのである。
 思い出すがいい。
 ある者は滅亡する人生で終わり、ある者はそこに光明を見て未来へと続く。また、ある者は頭脳明晰を示し、更にある者は神霊のある世界を説く。その何れも挽歌を捧げて、この世を卒業して行くのである。幸せに……。

 本来「非業」とは、過去世(かこぜ)の業因によらないこと、あるいは思いもかけない現在の災難によって死ぬことなどをいうが、現象人間界は因果ならびに逆因果が働く為、偶然と云う現象は起こり得ない。根底には必然が存在する。『予定説』でいけば、こうした結論が導き出される。これは霊魂においても必然であろう。
 そしてこうした非業の死を遂げた霊魂の「霊」はどうなるのだろうか。
 浮遊して浮遊霊か、あるいは踞って地縛霊か……。それに、また何かが別の作用を働き掛けないのか……。

 例えば、「殺された」と確信する断末魔の場合、その死は凄まじかろう。そこから発せられる断末魔の悲痛は言葉を絶するものだろう。その断末魔は、単に「転がっている」などの、捨て置かれるものだろうか。
 例えば、怨
(うら)みによる殺人などは、殺された被害者が生前、犯行に及んだ犯人に対し、どのような非道を働いたかという、動機が存在する。したがって、被害者の罪は一切不問にされてしまうのは甚だ、片手落ちであろう。これでは次の因縁を生む。

 世に事件や事故、内紛や戦争など、人が殺される現場はゴマンとある。
 人が殺される……、また、人を殺す……プロセスを追えば、そこには必ず、過去世からの因縁を見て取れる。その「霊」は、おそらく他の憑衣霊を伴って「憑く現象」を起こすだろう。取り憑くと言う行為に至るだろう。況して、遣り残しがあり未練があるとするならば、その意識には執念と執着が絡んでいるからである。そこにまた因縁があると言えよう。
 「霊」に支配された場合の、人間の行動の恐ろしい事例であろう。
 もとは死者の意識の執念と執着から始まったものだった。しかし、結末は派生と言う形で拡散されることもある。

 夜の巷
(ちまた)の喧噪(けんそう)、車やその他の車輛の走行騒音、芸妓の嬌声、機械類から発せられる金属音、爆弾の風切り板から発生する「ヒューンー」という、尾を引く、この独特の異様な音。
 これらは総て、人間の感性を狂わせるものである。

 本体は、神仏が用意した身体の休息と回復のチャンスを「静寂」と言う場所を通して、人間は普段からリラックスの場として与えられているのだが、外界が騒がしいために結局与えられたものは享受出来ない。世の中の騒音で乱してしまうからである。
 本来波調の細やかな高級霊は、外界が静かであればあるほど、その人の修行段階に応じてインスピレーションを始め、潜在意識を増幅させてその活動を盛んにして、背後から加護と支援をするのであるが、このように喧噪
に満たされた場所ではそれが出来ない。成仏は「未」であり「不」である。
 衝突と不和と騒音に取り巻かれていては、自己の精神も高級霊の加護や支援も本性を発揮することが出来ないのである。
 かくしていい解決法が見出せないまま、霊的には顛落の坂道を転がり落ちて行く。

 類は友を呼ぶ……。全くその通りである。
 低級なる波調は低級なる波調を持つ者に取り憑く。
 一方、高い波調の持ち主には低級なる未浄化霊は取り憑くことが出来ない。波調は合わないために同調ならびに共振が出来ず、取り憑きたくても取り憑けないのである。
 以上が、おおよの心霊研究家や霊能者といわれる人達の一致した見解である。

 だが、この見解を信じない世の中の科学的と云う言葉を連発する御仁
(ごじん)は多い。こうした見解に対して否定的であり、半信半疑の意見を持つ人は多く、このページの読者の半分以上はそう言う人達で占められているだろう。そのことを私は百も承知している。
 今日の「科学信仰」と言うべき科学一辺倒主義は、世に科学的と云う言葉を連発する人を方々にまき散らし、かつ眼に見えないもの、手で触らないもの、皮膚を通じでその感触を確かめられないものに対して、「非科学的」という烙印を押し、実証出来ないものは一切迷信と決め付けた。非科学の最たるものと一蹴した。

 またそれが知識人の資格であり、誇りであると胸を張る人も多い。
 そして「非科学」の烙印をあたかも侮蔑とともに押し付け、同時に無視、黙殺、嘲笑、軽蔑的批判、更には見下しや詰
(なじ)る言葉の限りを尽くして、「波動」という言葉一つ耳にしただけで、その貌(かお)には冷笑が漂っている。まるで夏の納涼大会の怪談話か、起こりもしない怪奇現象に冷やかな侮蔑の笑みをたたえながら、そんなことはこの世では起こる筈も無いと言うような貌をして観念的に聞き流してしまうのである。

 彼等の間違いは、自身は科学者と自負しながらも、波動的なアプローチについては重要な要素であるにも拘
(かかわ)らず、非科学的な事案と片付けていて、眼に見えないものを早々と切り捨てているのである。これは本来の科学者の態度ではあるまい。科学する心には、未科学分野に対して究明する研究心が大事である。それが欠けていたのでは、科学者魂が廃ろう。

 一見科学が発達した世でも、未科学の領域は非常に多く残されているのである。
 物理学における量子力学は「見えない心」の糸口を掴んでいるらしいが、医学界では「見えない心」を科学する意識は希薄である。そして医学者の多くは、未科学の分野をオカルトや神秘主義で一蹴している。
 本来はあらゆる現象に対し、真摯に解明する姿勢こそ大事なのであるが、尊大な態度をとることが多い医学者は波動的な未科学分野のアプローチを怠っているようである。

 特に精神科学と霊の関係については、実に否定的である。
 現在に現象化する幸・不幸の果報
(かほう)は、果たして過去の「原因」が、現在の業(ごう)に応じて、未来に果報を生ずるという「結果」を生み出しているのであろうか。そして、多くの人は安易に考える、原因があるから、それに応じて結果が生ずると、自然科学から導かれる弁証法的公式に当て嵌めて、以上の考えを結論付けようとする。
 しかしこれは、早計でないだろうか。

 私たちは長らく、資本主義社会や科学万能主義の考え方に汚染されて、物質的かつ唯物的思考を優先させて来た。
 ところがこうした思考法は、暗礁
(あんしょう)に乗り上げて、行き詰まりを見せ始めた。それを雄弁に物語るものが、地球汚染や自然破壊等である。その背景にある不可視世界の動向が、科学では全く見えていないのである。
 人類は二十世紀に於いて、二度も大きな戦争を行い、戦争を背景とした科学力で科学万能主義を打ち立てた。そしてこの恩恵に誰もが浴したのである。豊かで、便利で、快適な生活空間の追求は、その一方で地球汚染やオゾン層破壊等に繋
(つな)がって行った。

 この結果、表面化したのが、近年に見る大型台風や巨大地震や大津波の発生である。こうした現実を見つめると、必ずしも、物質至上主義が大自然を支配し、管理していると言う事が疑わしくなって来るのである。
 また、これは唯物史観的に、あるいは唯物弁証法的に、現象人間界を、一種の自然科学の目で見詰めてみると、必ずしもそうではないと言う事が分かる。その奥には霊的世界が控えている事は分かるからである。この世とあの世が、何か連携されている。連動されている。そのように窺
(うかが)えなくもない。

 例えばそれは、精神病等に見られる。
 精神病は、他の慢性を伴う内因性疾患や、緊急を要する外科的な疾患とは、全く異なるからである。
 発病する病因や変質が、患者自体の体内に、その原因となるべきものが、生まれながらにして、何処にも存在してないのである。際立った肉体不調がないにも関わらず、ある日、突然、病変が発生するのである。あたかも何者かに憑衣されるように……。
 今日でも、一体こうした要因が、何処に存在するのか明確な回答が出来ていない。

 そして現在では、「統合失調症」といわれる病気は、ガン疾患に続く、あるいはそれに匹敵するくらいの、大変な不治の病であるという事なのである。
 ここに唯物弁証法を用いて、その物質的「物指し」で、この病気を計ろうとしても、自然界において、認識されうる運動発展の一般法則
(弁証法的唯物論を説く自然弁証法)は、悉々(ことごと)くが適応しないのである。つまり一般法則の弁証法的手順に従うと、原因が結果を生じると言う論理が成り立たなくなってしまうのである。
 それは不可視世界のものが、隙間を覆うような形で深く絡んでいるようにも見える。

 日本人の宗教観は、仏教に染み入った考え方をする。
 因果応報を、必ず、その原因から、因果応報という結果が生じる「因果律の理
(ことわり)」を何処までも信じている。つまり善い事をすれば「善い結果」が生じ、悪い事をすれば「悪い報い」が顕(あら)われるという早計的かつ近視眼的な考え方をする。

 しかし一方に於いて、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーの指摘する、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で展開されるキリスト教の《予定説》なる考え方があり、今日の資本主義の発展に、キリスト教的な発想が大いに関与している事が明白にされている。
 それは、人間の善行や悪業は、「神が予
(あらかじ)め選別し、以前から予定した」と言うのである。善い事をしたから善い結果が生まれるのではなく、善い結果に至る人は、善い事をする原因を最初から持っているので、善い事をするのだ、という風にである。

 これは神が予め、善い事をする人と、そうでない人を選別したというのである。善い事をする人は、その過程に於て、一時的に出来心で悪い事をしても、本来は善ですから、結果的には善行を為
(な)し、悪い事をする人は、一時的に気紛(きまぐ)れで善い事をしても、結果的には悪い事をするというのである。ここに「選ばれし者」と「そうでない者」とを選別する定義が横たわっている。

 つまり《予定説》から考えると、神の恩恵は、予め、「救われる人」と、「そうでない人」を選別したと言うのである。神の恩恵が与えられる人は救済され、「永遠の命」を得て、逆に、神の恩恵を与えられなかった人は、「永遠の死」があるのみとされるのである。
 そして原因が結果を生むのではなく、結果から原因が派生するという、運命のメカニズムを強調しているのである。
 この点が、仏教の因果応報の意志決定とは全く異なる処である。

 《予定説》は、原因と結果が逆転する「逆因果律」である。
 しかし仏教は、原因から結果が生じると言う輪廻転生
(りんね‐てんせい)と、因果律から展開される宗教観であるから、《予定説》で考えると、日本人なら誰でも、奇妙な感覚を受けてしまうのである。

 ここで因果応報が逆転する霊界の話をしょう。
 これは霊界の入口にある霊幽界・精霊域での話である。この世界の構造は三重構造からなり、死者はこの最下位部分から霊界に至るとされている。

 ある人の死で、秋の夕暮れ時を思わせる霊幽界・精霊域
(精霊域は幽界のことで霊界ではない)に、一人の男が遣って来た。その人は一代で理財を築き上げた大富豪である。彼は極貧から、自分一代で身を起こし、後に大成功をおさめた大実業家であった。
 この人は、晩年、一大発心
(ほっしん)して、社会事業や慈善事業に力を入れ、また、多額の寄付金を恵まれない人達に寄附する。自分の晩年の人生を善行で飾ろうとする。

 また、一切の欲を離れて融通無碍
(ゆうずうむげ)の世界に入り、仏道に帰依(きえ)し、坐禅に打ち込み、禅宗の師家からは「空」の悟りを得て、その印可を頂くことになる。人生を恙(つつが)無く全うし、成功者として人々から英雄として、熱い尊敬の眼差しを受けた人であった。
 ところがガンを発病し、摘出手術の甲斐もなく、その後一週間程で、呆気
(あっけ)無く死んでしまった。

 坐禅三昧
(ざぜんざんまい)の時は、空(くう)の境地に辿(たど)り着き、「生死一如(せいしいちにょ)」を悟り、現象界が作り上げた地獄も極楽も、人間の心の影が幻想したものだと悟り、「自分は地獄とは無縁だ」と自信を持っていた。

 ところがこの大富豪は、自分は極楽に通じる霊界ではなく、一等も、二等もランクの低い、秋の日の夕暮れ時を思わせる、薄暗い霊幽界
(精霊域)に来てしまった。そして自分が何故、此処に来てしまったのか不満でならない。
 何故こうした最下位の場所に、何故自分が居るか、その事を声を大にして、ここに集まった大勢の死者の霊に不満の念を投げ付ける。その声は、次第に大きくなるが、これに耳を傾ける者は誰一人としていない。

 彼は自分の歩んだ過去を反芻
(はんすう)する。
 自分は、社会を善くする為に、社会事業や慈善事業に力を入れ、多額の寄付金を恵まれない人達に寄附したのに、何故かと大不満である。坐禅にも打ち込み、「空」を悟ったではないかとこぼすのである。
 ところが「空」を悟ったはずの、この大富豪が行った先は、皮肉にも、極楽に通じる霊界ではなく、地獄に真っ逆さまに直行する霊幽界の、暗い翳
(かげり)りのある精霊域だったのである。

 私たち日本人の考え方は、正・不正の識別を宗教観や道徳観と、別に存在するものとして考えて来た。
 ところが正・不正は、神とは別々に存在するものではなかったのである。ここに《予定説》のもう一つの見方がある。
 自他同根の観点で人生をとられれば、またその見方も変わったものになる筈である。
 そして、現象人間界において、「偶然」と言う現象は何一つ起りません。総べて、宇宙開闢
(かいびゃく)以来の「必然の法則」で動かされていると言うのが、現象人間界の正体なのである。
 「偶然に○○が起った」というのは、あくまでも言葉の“あや”に過ぎないのである。現象人間界では、総てが起るべきして起っているのである。
 したがって病気も怪我も事故も事件などの不幸現象も、総てが起るべきして起っているのである。これを「偶然」の一言で片付けてはならない。人間は、もっと謙虚になるべき因縁を背負わされているのである。これを検
(み)るべきだろう。

 現象人間界を、《予定説》と言うキリスト教の教義から切り離して観
(み)て行くと、そこにはこれまで、日本人が見る事が出来なかった、「運命の逆説」が様々な角度から見えて来る。霊的世界の視点も、《予定説》に包含されていると言えよう。
 そして私たちが真摯に反芻
(はんすう)しなければならない事は、「人間の躰と言う構造に振り返り、これが何で出来ているか」という事である。

 運命は変えられない……。
 自分の定まった運命を完全に変える事が出来るかどうか……此処が問題になってくる。
 運命学を扱う職業占い師は多く存在する。また未来展望を霊視で占う霊能者も存在する。あるいは念力で変化を齎したり、祈祷
(きとう)する事で未来予測をたてる職業祈祷師も居る。

 また占いを依頼する人は、運命を変える事より、自分の欲望を満足させる方法や、恋愛関係等に対して、願望成就をさせる方法等が主体で、「自分の力で、自分の人生そのものを変える」という事は、あまり問題にしない。
 つまり、単刀直入に言うと、「運命だから諦めなさい」ということなのである。あるいは「運命の陰陽の支配から、人間は逃れられない」と言う。果たしてそうだろうか。

 また、占い等にしても、九星気学や四柱推命などで、自分の生年月日や星廻りを観
(み)て、その境遇がどのようなものであるか、性質がどの位置に属するかは、ある程度予測する事が出来るが、運命そのものを変える転換法にはなっていない。単に「予測し、知るだけのもの」なのである。方位にしても同じ事が言える。悪い方位に行って悪いものを背負って帰って来るのでは、実に情けない限りである。

 自己意識を変え、強烈な変革をもって自己を拡大したところで、その実行下には、厳しい自己規制を敷かなければならない。その結果、一時的に成功を納めても、次の願望は成就しないという周期的な波に襲われる。この波に襲われれば、忽
(たちま)ちのうちに転落し、幾つかの願望が成就したけれども、トータル的に見れば、代償や犧牲も少なくなく、結果として、「人生の貸借対照表」は『プラス・マイナス=ゼロ』だったと言う事も少なくないようだ。

 要するに、「徳」がないと、このように運命の現実の周期
(七年ごとに繰り返す波、九年ごとに繰り返す波)や、正反の陰陽に流され、結局、運命転換を図っても、自分のあらかじめ予定された、自分の運命路線から一歩も抜け出すことができないのである。
 この「抜け出せない」という処に、「徳」のない多くの人民は、どうしても運命の陰陽に流されて、その支配を受け、その儘の《予定説》通りの運命を迎える事になる。
 本来の不幸現象の禍根は、「徳の無さ」という、此処に存在しているのである。

 人間は、こうした思い上がりに気付かず、また傲慢になって、他を見下すようになると、「栄枯盛衰
(えいこ‐せいすい)の法則」が働いて、やがて没落を視る。
 道に迷ったら、基本に立ち返るべきである。根本的な中心点に戻るべきである。これは物事が順調に運んでいる時こそ、非常に大事な課題であり、これを見失うと、結果や結論が、逆方向に向いてしまうのである。

 また物事と言うのは、近視眼的に、短見的に検るより、多面的且つ多角的、全面的且つ根本的に簡素化して捉える方が、全局面は見易いのである。また中心を見失っていないので、真実も捉え易いことになる。
 特に、時局を読む場合はそうであり、出来るだけ長期的な展望をして、更に全面的且つ根本的に、決して中心を見失わないようにすれば、正しい考察が出来て、一旦それを成就した暁
(あかつき)にも、衰えることなく、末永く維持できるのである。それが「徳」なのである。

 読者諸氏も、このページを読んで霊魂の話で揺さぶられると「何と複雑なことよ」と複雑怪奇で訳の分からない話で、然も「理解出来ない」と言う方は幸せである。
 また、アメリカ人のように冗談を飛ばし、底抜けに明るい典型的な欧米人のようなイメージの儘で、明るく楽しい屈託のない人生を最初から最後まで全う出来れば、それをもって幸せとする人も沢山居るだろう。しかし現実はどうもそうはいかないようである。
 近未来は、総て輝かしいことばかりが待ち構えているのではないのである。前途多難と言うより、多くの不幸が待ち受けている。
 人間の躰は「生体」と「命体」からなる。生体は物質である限り、存続して行くためには別の生命を犠牲にしなければならない。そのためにエントロピー増大の法則を壊さねばならぬが、その手段が「生命」である。
 この場合、動的平衡にある系が必要になる。準静的に加えられた熱量をその系の絶対温度で割った値をエントロピーの増加分と定義する。可逆変化ならエントロピーは一定、また不可逆変化では必ず増大するのである。これを「熱力学第二法則」と言う。

 生命を定義するなら、生命は「動的平衡」の上に成り立っている。それは時間とともにあり、時間とともに変化している。そして何かが足りなければ、その補いとして何かで埋め合わせする。その結果、新たな動的平衡が作られる。これが生体の「しなやかさ」で、また一方で命体の「したたかさ」なのである。これこそが生命なのである。故に、生命は「生体」と「命体」から成り立っていると言える。
 その構造は生体は物質であり、命体は波動である。

 また、生きている物質・物体は生命度の高さによって、鉱物から植物へ、植物から動物へと移行して「進化」と言う足跡を見せた。
 則ち、生命度が高いほど存在を維持し続けるためには、大きなエネルギーが必要なのである。人間というヒト科の動物が、食物を摂取するのはそのためである。然
(しか)も人間の摂取する食物は出来るだけ生命度の高いものでなければならない。こう言うところに殺傷の宿命が横たわっている。そして此処から、他の生命を奪って人間が生きていると言う悲劇が生まれるのである。この悲劇は何も生命の遣り取りだけではない。

 悪化すれば自身を優位にするために、戦争までもが起こるであろう。つまり他民族を啖
(く)うこういである。領土や資源を奪う行為である。民族や国家間の闘争や紛争も、動機は欲望である。そして支配者が潜在的欲望を旺盛にさせた場合、長い時間を掛けて経済的成長を待つよりも、最も手っ取り早い方法は、軍事力を駆使して近隣の民族や国家を征服した方が実に効率的である。だが、こうして侵された方は怨念を抱く。強い憎しみで幽体までもを傷付けてしまう。この人が生きていれば生霊であり、死んでしまえば死霊となる。そこに収奪と独占の鬩ぎ合いがあり、この摩擦によって人の霊魂は傷付いて行くのである。

 さて、読者諸氏は『邯鄲の夢
(かんたん‐の‐ゆめ)』なる話をご存知だろうか。
 これは『枕中記』の中に出て来る話である。
 官吏登用試験に落第した盧生
(ろせい)という青年が、趙の邯鄲で、道士呂翁から栄華が意のままになるという不思議な枕を借りて寝たところ、次第に立身して富貴を極めたが、目覚めると、枕頭の黄粱(こうりょう)がまだ煮えないほど短い間の夢であったという故事である。
 これこそ人の人生の栄枯盛衰がある故の儚
(はかな)さである。これを題して「邯鄲の枕」とか「黄粱一炊の夢」とか「盧生の夢」という。人生とは、そう言う短いものなのである。
 短い中に、人の怨念があり恨みが渦巻く世界が、即ち現世と言う時代である。啖うか啖われるかの現世なのだ。
 この時代に巧く順応して生きるのは、鮮やかな「抜ける術」が必要なのである。この抜ける術を説くことこそ、この第一章のテーマなのである。



  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法