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個人教伝指導日誌 3

現代の世に「敬天」を求めて……。その賛同者を求めて筆者は粉骨砕身する。(写真は広瀬淡窓銅像)



●恥に敏感な知覚を養う

 昨今の世情を思うにつけ、時代が変わったと言うより、「時代が違った」と言う感じがするのである。娑婆の様子が、昔とあまりにも違いすぎるのである。
 何もかもがヤワになってしまった……、そんな感じがするのである。
 豊かで便利で快適な現代のアーバンライフは、かくも人間をヤワにしてしまったのである。複雑多岐を極める現代社会は、科学的管理が必要不可欠であるが、その一方で心身ともにヤワになる日本人は急増した感じがするのである。
 その最たるものが、現代人の心に巣食う「虚しさ」だろう。この虚しさは軽率さとイコールになってしまった。

 そして私の論拠の中心課題は、現代と言う時代の「時代批判」であることをお忘れなく。また、少しばかり難しく書くことをお許し願いたい。
 高度大衆社会が、ここに来て「狂い」を生じさせているからである。現代とはそう言う時代である。何かが狂い始めた。今は、そう言う時代である。何かが昔と食い違っている。
 十年一昔と言うが、もう十年前とは全く想像もしなかった異常現象が、現代の世に起こり始めているからである。この異常を「不思議」を置き換えてもいいくらいである。まさに畸形
(きけい)なる指向性が続々と製造されているのである。

 現代は虚しいから「快楽を信じる時代」である。享楽に耽る時代である。
 これが今日の現代人の「快楽主義」となり、亭主の浮気は勿論のこと、自由恋愛の今流の大義名分を掲げて、職場でのセクハラも、また既婚者でありながら不倫を働くなどの愚行も大流行している。それを煽
(あお)り奨励し、文学として市民権を得る勢いの不倫小説まで花盛りである。
 結局は現実逃避の、「虚しいから快楽を信じる」という畸形
現象が生み出されたのである。実(げ)に恐ろしきは世の中全体の狂気である。誘導され操作され、意図的に引っ張られる仕掛人に反応する世の中全体に潜む、遂に踊り狂わんばかりの狂気である。そしてこの狂気が、いつとはなしに市民権を得ているのである。これを実に恐ろしき……と表現する以外あるまい。

 そしてその価値観は、快楽主義の根底に、「あの人は一生どれくらい享楽とともに過ごせたか」という物差しで計測されるようになった。人の生涯の価値を享楽で決定するという方向へと、現代社会は誘導してしまったのである。これが今日、巷
(ちまた)に流行している自由恋愛を大義名分とする性交遊戯である。意気投合すれば、未婚既婚に関係なく誰とでも寝ていいのである。肉体的フィーリングが合えば、即ベットを伴にしていいのである。これが自由恋愛の定義である。
 この享楽をベースにして、人生の価値が決定されてしまうというのが「享楽主義」である。
 享楽主義の価値観に従えば、「その人の値打ちは、どれだけ多く、享楽を享受し、享楽の分量と快楽の長の大きさが、その人の人生を決定する」という指向性に変更されたことであった。

 そこで世間の側面には幸せの定義が、「あの人は、享楽が多かった分だけ幸せに暮らした」となるのであって、譬
(たと)え、性交相手の女性の腹の上で、不名誉な“腹上死”したとしても、享楽をやり抜いて死んだのだから、それはそれで幸せだったと、奇妙な評価が下されるのである。
 しかしこれは、行為途中に思いを遂げずに死んだのだから、最悪なる不成仏のパターンであることは言うまでもない。「恥晒し」と知る
べし。

 人生の価値は、いかに大きな享楽で満たされていたか……、それが昨今の人生観の傾向のようである。そしてこの根底には、信じるものを、「人生は虚しいから享楽を信じる」という、浅はかな意味が込められているようにとれる。そして、これを現代人は何も疑わない。不思議とも思わない。固く信じて疑わない。

 元来、「若い」ということは、「未熟」と同義であった。そして未熟とは、「恥」の一種であった。
 例えば「あの人の思想はまだ若い」といえば、「あの人の思想はまだ浅はかである」と同義であった。総ての面において、年齢とは関係なく、「若い」とか「青い」といえば未熟な青二才を指し、これがつまり「恥の領域」に含まれていたのである。

 また西洋でも「老
(ろう)」といえば、老いの意味ではなく、また老齢者ということではなく、この根底には「熟する」とか「熟した」という意味が込められていた。それは、また「敬意を表す言葉」であった。
 それが今日では正反対の意味を持つようになり、他人から自分が若いといわれて喜んだり、それに胸を張って得意満面になったり、肉体美に誇りを持つような人間までもが出現した。肉の眼を攪乱し、年齢を錯覚させて喜ぶ時代でもある。テレビのCMにはそうしたものがゴマンと溢れている。いい歳の婆さまが、厚化粧の結果、中年女性並みに変化
(へんげ)してみせる。妖怪変化の如くに……。
 また本来ならば、静寂の中で安住を模索して哲学に耽るべき爺さまが、スポーツマンを気取り無理して飛んだり跳ねたりしている。運動能力に限界があるだけに、何
(いずれ)れも涙ぐましい限りである。

 そしてその根底になるのが、享楽の元素である、美酒の酔い・甘いラブコールの恋愛・恋を謳歌する歌の三部曲で構成されている。換言すれば、飲む・打つ・買うと同義である。
 老いても恋に耽りたい。年齢の違う「老いらくの恋」に耽りたい。昨今の爺さま婆さまにはこの類
(たぐい)が殖えた。そういう願望を持って老齢期を楽しもうとする団塊の世代が急増した。
 老いても青春讃歌の側面には突拍子も無い「何か」があり、そこには得体の知れないアバンチュールが存在しているのではないか……、という誘惑である。 その誘惑が、現代では「不倫」という言葉で言い表されている。戦後の自由恋愛の氾濫
(はんらん)はこれに尽きよう。

 だが、これは虚しいのではないか。氷土の曠野
(こうや)に一人佇(たたず)む寂寥(せきりょう)ではないか。
 虚しさの側面には必ず厭世観が忍び寄っている。それらは総て空虚感に代表される。そして、更に根底には「人間は死ねばそれでおしまいよ」という、自分と死とは無関係である、「肉の目から見た科学的」という現代流の言葉が横たわっている。
 つまり、である。
 俚諺に戻れば「死後千載の名を得んより、生前一杯の酒に若
(し)かず」である。端的に言えば、「生きているうちが華よ」という意味である。存命中の行為のみを相手にしている。

 これは古代中国の古詩人が唱えた故事だが、その一方で近代享楽主義の人生観をよく言い表している。
 だが、わが流は武道関係者のみならず、一般の世間評では「西郷派は危険な匂いがする」などと書き込まれている。果たしてこの見解は正しいだろうか。一方的な思い込みと、読解力不足の愚者の憶測であることは明白であろう。

 無能な現代人は字面
(じづら)だけを見て、完全に内容を読みきってないと思料する。
 現代は思考が失われた時代だから、深く考えもせずに表面だけを見て、字面だけを見て、短見的に批評したり判断する時代である。その見方は実に近視眼的である。ミクロ的に細分化して見るだけで、決して全体像を見ていないと断言出来るのである。多くの評論はこれに終始している。これは何も評論の分野だけでない。
 批判にしても、また悪口にしても、実に近視眼的で、かつ感情的である。その感情の中に、また、虚しいから享楽のみを信じるという指向が働いているのかも知れない。
 しかし、虚しさを単に空虚なる感情で行き来させているうちはいいが、やがてこれが厭世観が忍び寄り、遂には絶望感に陥ろう。結果的には自殺者の心理へと変貌して行くのである。

 そして自殺者の心理は、次のように変化する場合が多い。
 どんなものでも永遠は無い。やがて生命は滅ぶ。だから永遠の生命は無い。永遠どころか、千年、万年のものすらないではないか。百年と言ったって、それすら稀
(まれ)である。
 古代は、「人生七十、古来稀
なり」という言葉があったが、今では百歳まで生きる人が居る。それにしても、「但し」がつくが……。
 日本では生命維持装置の力を借りて百歳を超えても、なお生物的に生きている老人はかなり居よう。自身で思考することが出来ず、また歩いて自力移動すら出来ない。ただの植物状態である。そんな老人は多く居よう。

 昨今では、生命維持装置の力を借りれば、百歳まで生きてもそんなに珍しいことではない。だが、百歳まで生きたとして、それは健康であるとは言い切れない。既に働きも失っている。
 百まで生きた人の多くは、生命維持装置を取り付けられて、肉体の表皮は管だらけのスパゲティー状態にされ、人工的に生きているだけではないか。到底自力で生きているとは思えない。自力が残っているならば働ける筈である。

 また思想でも、そうではないか。
 思想は時代とともに風化して行く。人の観念も変わる。価値観も変わる。学説でも同じである。永遠ではない。古いものは化石化するだけである。
 前学説が新学説によって覆され、過去のものに置き換えられて行く。古典にされる。新しい時代には、新しい仮説が生まれるのだ。況
(ま)して、功績と言う過去の化石は、その時代だけのものではないか。遠い過去の、「むかし、むかし……」の御伽噺(おとぎばなし)の中の記録でしかない。
 政治でも、法律でも、芸術でも、時代とともに変化する。その顕著な現れが経済学ではないか。

 現代経済学の中には数学が入り込んで来て、複雑になり、かつてのマルクス経済学ですら、その時代だけの、歴史的な風化物と成り下がっているではないか。
 マルクスは連立方程式を知らなかったために、経済論の中で抽象的な「労働価値説」を“難解”という調味料とレシピを加えて捏造
(ねつぞう)した。虚構で信奉者を目眩(めくら)ました。一見神秘なる幻想で煙に捲いた。
 「労働価値説」は因果関係からなる単なる循環論だった。それを批判したのが、オーストリアの経済学者のベーム・バヴェルク
(『資本利子理論の歴史と批判』の中で、マルクスの搾取理論の批判したことで有名。1851〜1914)だった。経済現象は相互関連関係を、連立方程式で解明出来るのである。方程式を説くことで均衡値が求められるのである。

 さて、連立方程式は日本流に言えば「鶴亀算」である。解が二つ出るやつである。未知数の数だけ方程式があれば、その連立方程式の解は定まるのだ。
 往時の日本人でも知っていた算数の鶴亀算をマルクスは知らなかった。鶴亀算は連立方程式を応用すれば直ちに解が出る。
 鶴と亀との合計数と合計足数を知ることによって、それぞれの数を知るものだが、マルクスはこれを知らないために同時因果関係の解が分からず、「労働価値説」を掲げた虚構理論は、マルキシズム没落の契機を招いた。

 時代が変われば、先の価値観は時代遅れとなって何の価値もなさない。マルクス教の信仰熱心な日本の信者たちは、「労働価値説」が因果関係からなる虚構の最たるものと気付かなかったのである。そしてそれは歴史的にも“ソ連崩潰”と言う事件で証明されている。
 かの人間牧場の実験連邦国家では、マルクスが唱えたように資本主義を崩潰させた後に、社会主義あるいは共産主義が成立しなかった。党幹部が特権階級として君臨し、プロレタリア革命と云う言葉を使って人民を搾取しただけだった。現代では、その搾取に価値観は見出せない。

 話は反れるが例えば、時代と価値観において、江戸時代に流通していた一両の小判が、現在の世界通貨にはならないように、である。これくらい価値を見出さない。
 かつて私が少年時代、質屋の店頭の陳列ケースには、一両小判が飾られ5万円ほどで売られていた。現在は金相場からして13万円ほどするそうだが、これが古物の世界では金価格と言うより、骨董品として、また古銭として、鋳造された時代にもよろうが、10万円前後で売買されている。
 時代が変われば、流通していた当時と、今とでは随分と価値観も変わるものである。
 では、「生」とは何か。

 享楽主義者は、次のように言う。
 そんな、ひと時のものに汗水垂らして何の意味があろう。人生は一度きりである。その人生に功績を上げたとしても、何処か空しい。歯を食いしばって、汗水垂らして働いて何になろう。
 また、幾ら大金を儲けても、結局は自分が生きている間の、ほんの短い間にしか遣えない。遣ったとしても束の間の享受だ。
 有らん限りの力を尽くして、美と享楽を追い求める。あたかも蝶が飛び回って、花から花へ移り変わるように……。そこに享楽の、耽り愉しむ意味があると。

 この心理は、途中までは享楽主義者も自殺願望者も、同じ路線を歩いている場合が多い。
 ところが、享楽を目指して花から花に飛び回ろうとして、何らかの理由によりそれが実現出来なかった場合、どうなるのか。
 自然の惰性に従って、その後の惰性で生きるのか、あるいは享楽を諦めるのか。諦めた場合、極度な厭世観に陥る事は無いのか。
 こうなったときに、自殺者の心理が忍び込んで来るのではないか。
 あたかも念仏宗のような心理となって……。

 念仏宗が言う。
 「生きているうちは何もいいことが無かった。せめて死ねば極楽に往生してみたい」と。
 この世に生きている時は、どんなに苦しんでいても、一度死ねば極楽浄土に行ける……、阿弥陀如来の膝元に縋
(すが)れる……と幻想を抱く人である。
 だが、こういう幻想は、あたかも自殺者の心理と酷似する。「死ねばそれでおしまいよ」と、安易に考える最期の場面と酷似する。
 あるいは、一年中貧乏に苛まされて、せめて晦日
(みそか)と元旦だけは晴れがましい衣服に改めて、金持ちの真似をしたいと願うようなもの。
 更には、年中病症の床に臥せりながら、元旦だけは晴れ着を着飾って清々しくありたいと願うようなもの。

 普段から常凡低調な生き方をして、最期の場面のみを晴れがましくしたい……。
 これは一種の奇抜であろうが、取って付けたような俄
(にわか)金持ちや、俄健康人がどうしてその全生涯を顧みて一切が、総ては実ある有意義な人生だったと言えるだろうか。
 生においてでさえ、自由なる楽を得ずして、どうして死の場面が楽であり得ようか。
 これこそ、自殺者の心理を描写してものではないのか。多くはこう言う錯覚状態に陥って、その願望者は自殺を図るのである。
 これはあたかも、光明なる死とは無関係な、死ねば極楽へ往く……極楽往生への死生観の錯覚である。

 一方、生前の生活が絶望感を克服して一条
(ひとすじ)の光明を見出し、それに邁進した生は、それがどんなに平凡でも、その人の偉大さを裏書きするようなものとなる。平凡こそ偉大と言うのは、絶望感を克服した人に与えられる勲章である。

植物が艶やかな、あたかも人間が微笑むような明朗さは、その芯の奥から発散させるエネルギーであろう。

 思えば、悩みとか絶望とか不安とかは、所詮(しょせん)「単なる自己」であった。それはまた、浅はかな自己の肯定だった。
 自己を肯定した結果、そこに見られるものは、仮の朗らかさであり、楽観に通じたとしても、単に軽薄なる朗らかさでしかない。心底からの朗らかさが必要不可欠である。
 だが、それが出来ないのは軽薄から起こる。帰着するところは寂しさに他ならない。寂しいから、虚しいから、他方で「俄
(にわか)もの」を需(もと)める。作り物を需める。付け焼き刃に過ぎないのだが、模造品を「よし」とする。これも時代なのだろうか。

 こうした寂しさは決して解決することは無いだろう。笑ったとしても、力なげな愛想笑い程度のものである。そうした表面上の朗らかさが、心底から湧き上がったものでないから、不安や苦難や絶望に直面したとき、直ぐに砕け、破れる疑懼
(ぎく)を裏に孕(はら)んでいる。実に脆(もろ)いものである。
 見た目は朗らかのように装っていても、本物の朗らかさではない。作った朗らかさである。壊れ易いガラス細工のような朗らかさである。付け焼き刃は、所詮壊れるものである。被り物は、やがて化けの皮が剥がれるものである。

 何故なら、それは絶望のドン底に叩き落とされた、心底から這い上がって来た、また充分に悲しさを通過したところから滲
(にじ)み出るものでないからである。また、悲しみを克服したものでもない。以前の装った快活さを引き摺っているだけのことである。
 芯
(しん)から、滲み出て来るような朗らかさは、悲しみに打ちひしがれ、悲しみの涙で洗浄されたものでなければならない。不安や悲しみは、完全に自己の涙で洗い流された後から出て来るものでなければならない。

 これは、能動・能動……と繰り返して連語させることが、決して能動的でないように、反対に、能動の否定を通じて出てきた能動に、本当の能動が生まれるように、である。
 したがって、一旦は不安と絶望の底に沈み、そこから這
(は)い上がり、浮上して来て生き返ったものでなければならない。そうするこで苦悩も不安も姿を消すのである。これが古人の捉えた「安住の生命(いのち)」であった。此処に来て、生命は安住を得るのである。正安定を得る。



●人生をどう全うすればよいのか

 「落ちた犬は打たれる」という俚諺(りげん)がある。
 この言葉が『ことわざ事典』に記載されているかどうか知らないが、私はこれを何十年も前から聴いて憶えている。それも印象的に、である。
 事実、私自身は顛落
(てんらく)した、打たれた、落ちた犬だったからである。身に覚えがあるのである。打たれたことが、はっきりと心に痣(あざ)となって残っているからである。

 落ちた犬は打たれる……。
 その通りだと思う。
 落ちた犬は大衆の娯楽と対象になるからだ。落ちた犬を打つのは、寄って集っての心理が働き、人真似は楽しいと言う錯覚が起こる。
 また、それは「猿も木から落ちる」という言葉をもじって、「猿は木から落ちても猿は猿だが、政治家は選挙に落ちれば、ただの人」という当代風の諺
(ことわざ)があった。この風刺は、昭和40年代、政治家の間で盛んに使い古された言葉であった。選挙で落ちた元政治家が、庶民に格下げになるのも、またこれは「いい気味的」な楽しいものである。事あるごとに酒の肴(さかな)に出来るからである。
 要するに、此処には「落ちる」という言葉で、両者は共通項を持っているのである。揶揄の裏に不名誉な状況が孕
(はら)まれているように思う。

 では、どのようにして落ちたのか。
 地位のある者が、ある時期を起点にして墜落する。実に不名誉なことに違いない。
 あるいは「落ちぶれる」とか、「没落」の暗示をも孕んでいるように思うのである。
 以前は羽振りがよかったが、ある時期を起点にして不名誉な現象が起こる。名誉が失墜する。それに伴って没落の晩年を歩く。
 それはメジャーやマイナーなメディアの報道に関係なく、また「鬼の首を取ったようなスクープ」に関係なく、一度不名誉なことが起これば、それが起点となって次々に、面白半分の攻撃や罵倒に晒
(さら)されるからである。現代特有の、一種の娯楽のようにもとれる。
 これを凝視すれば、「苛めの構造」が側面に横たわっていることが分かろう。
 退屈しのぎの娯楽なのか……。

 現代の大人たちは「人を苛
(いじ)めることは善くない」と子供に教える。苛めは一種の虐待であるから、生命ある者は虐待してはならないと教える。しかし、人間の世に、苛めが蹤(つ)いて廻ることは否定出来ない。人間を遣っている限り、戦争が、争いが無くならないように、苛めも無くならないだろう。人間である限り……。

 苛めは、何も子供の世界で起こっている訳ではないからである。大人の世界、社会人の世界にも大いに苛めがある。人間は組織に所属すれば、必ずこの洗礼を受ける。そして人間が人間を虐待している。今日の世界の内紛を見れば一目瞭然である。内紛は大人たちが仕出かす権力闘争である。
 この虐待している現実は、あたかも現代社会が「人間牧場」の様相を呈しているからに他ならない。そこにこそ元兇が潜んでいた。
 そして子供社会は、また大人社会の写しであり、そのまま転写されて具現化されているのである。子供は大人の反射鏡であるからだ。大人の社会が、そのまま子供社会に顕われているといっても過言ではあるまい。

 子を見れば親が分かる……。
 これこそ「転写」の最たるものだろう。そう方は互いの鏡として、親の映像が子に転写された状態を顕す。
 そして、親の縮図の中に「落ちた犬は打たれる」という、もう一つの加害者の側面がある。
 弱い者を打つのは楽しい。これを一つの娯楽と考える風潮がある。古今東西これは何処でも同じようだ。世界共通であるらしい。
 現に、「新約聖書」の登場人物の中のひとりの「マグダラのマリア」は、そうでなかったか。石責
(いしぜ)めの刑で晒し者になった女性がマグダラのマリアだった。

 聖書の中に出てくる、遊女の石責
めの話が、そうでなかったか。
 イエスが《罪を犯していない者があれば、石を投げよ》といった、マグダラのマリアの話である。そして後にマリアは自分の罪を悔い改め、キリストの足を洗い、自らの髪で濡れた足を拭いたという……あの有名な話である。
 人は心の中には、いつも罪の意識があり、だからこそ、本当に人を裁く資格がないことに気付いた人達は、皆この場を立ち去った。
 それを克明に証明したのがパウロだった。

 伝道者・パウロは、『ローマ人への手紙』
(ローマ人で、キリスト教徒総ての人に宛てた手紙)の中で、自分の見てきた事実を繰り返す。善人(義人)が一人もいない事を繰り返す。
 人間は罪人である。これは総ての人間に当て嵌
(はま)り、一人も例外のないことを……、目(ま)のあたりにする。

 パウロは、キリスト教の代表的な使徒であった。その隷属度は、ユダヤ教における「モーセの如し」であった。
 これを日本流に表現するならば、寺院の開基
(かいき)住職であり、元祖開山であり、それ故、キリスト者にとっては、キリスト教の根本教義である「ローマ人への手紙」は重要な鍵を握ることになる。

 キリスト教の定めた、東洋思想に対峙
(たいじ)する西洋思想あるいは西南アジア思想は、人間の性(さが)を「性悪説」に求める。これは東洋思想の「性善説」と対象的である。
 キリスト教では、人間は生まれながらにして「悪」であり、悪であるからこそ、それを教育して、善に導かなければならないとしている。キリスト教には、こうした教育的な思想が根底に流れ、かかるキリスト教の人間観は、「人間を災いの種」と検
(み)ていることである。
 これについては、如何に敬虔
(けいけん)なクリスチャンと雖(いえど)も、その存在事実に異論を挟む余地はないのであろう。

 パウロは言う。
 「義人は居
(い)ない、一人も居ない。悟る者が居ない、神の求める者が居ない。みな道に迷って、みな腐れ果てた。善を行う者は居ない、一人も居ない」(『ローマ人への手紙』第三章 10・11・12)
 この件
(くだり)は「善人なし、一人だになし、善をなす者なし、一人だになし」という書き出しで有名である。
 ではパウロに、何故、ここまで激しい口調で言わしめたのだろうか。
 パウロは、ファリサイ人が淫姦
(いんかん)の現行犯として逮捕された女の罪を、イエスが如何にして裁いたかを知っていたからである。
 ユダヤ教のラビ律法学者とファリサイ人達は、姦淫を犯した女をイエスの前に引き立ててこう言った。

 「師よ、この女は姦通
(かんつう)の最中に捕まった罪人ですよ。モーセはこういう女を石投げの刑で殺せと律法で命じていますが、あなたはどう思いますか」(『ヨハネによる福音書』第八章 4・5)
 これはイエスをジレンマに陥れる為の、ファリサイ人達の策略が含まれていた。
 イエスは身を屈
(かが)めて、指先で地面に字を書き続けている。ファリサイ人達は再びイエスに問う。これに応えてイエスは曰く、「あなた達の中で罪の無い人が、まず、この女に石を投げよ」(『ヨハネによる福音書』第八章 7)

 イエスはそう言い残すと、再び地面に字を書き始めた。これを聞いた人々は、一体どうした感じたのだろうか。
 良心に責めを受けた人は、自身に自問し、躊躇
(ちゅうちょ)を始める。現代から考えれば、何と聞き分けのいいといいか……、何と素直と言うか……現代からすれば、古代人はそれだけ正直であったと言えよう。現代人なら、とてもこうはいかないだろう。

 「老人をはじめ、若者までが一人去り、また一人と去って行き、イエスと中に立てる女だけが残った」
(『ヨハネによる福音書』第八章 9)
 結局、誰一人姦淫をした女に、石投げの刑を執行できる資格のある者は居なかったのである。今から思えば、それだけ新約聖書に登場するファリサイ人達は「よどほ聞き分けがよかった」と言うことにでもなろうか。娯楽のためなら、世界の果てまでも……そういう人間で溢れ返っている。
 今では、決してこうはいかないだろう。
 それはあたかも、「美味い物」と聞けば地球の果てまで美食を追い掛ける現代人のように。
 更には、自分に非があっても、大嘘つきでも、詐欺師でも、不倫相手の性を求めて一年中365日発情していても、現代人は面白半分に石を投げつけるであろう、娯楽として。

 さて、ユダヤ教において、当時の死刑執行は、石打ちによって行われていた。
 当時は役人が刑を執行するのではなく、民衆が自主的に執行するのである。この時代の裁判は、民衆参加の陪審制で、死刑執行においても民衆が参加するのである。
 ユダヤ教やイスラム教において、民衆は死刑執行に際し、喜んで参加する。これは死刑執行が一種の民衆の娯楽になっていたからである。
 この時も姦通罪で、一人の女が石打ちの刑で死刑判決が下ったところだった。そして下したイエスの判決は、ファリサイ人に、この女に石を投げる資格があるかどうか自身の問わせたのである。そしてイエスの審判措置は「罪無き者に限って、刑の執行ができる」としたのである。これは今までにない新判決であった。

 この新判決は、人間の持つ内在的な裡側
(うらがわ)にある罪悪感を指摘し、それを内在するか、否かを鋭く迫ったのである。
 人間は表皮の生き物である。
 表皮の部分の「行い」だけを問題にして、その裡側の行いを秘密にする。そこに人間の災いたる、災いの所以
(ゆえん)があるとイエスは指摘するのである。問題は、不幸現象の総ては、ここに由来すると言っているのである。
 イエスの新判決は、『旧約聖書』を律法と解した場合、一切の法的条令一切変える事なく、判決の判例として、これを見事に手玉にとったと言えるほどの画期的なものであり、以後、キリスト教が世界宗教となっていく足掛りを築いていくことになる。

 この判例は、「己が心を省みて、為さざりし者」という意味であり、律法によって裁く外側の罪よりも、神によって裁かれる内在的な罪の方が重要かつ重大であるとイエスは指摘したのである。
 「総て色情を懐きて女を見る者は、既に心の裡
(うち)に姦淫したるなり」(「マタイ伝」第五章)
 これは強烈な言葉だ。
 淫らな心で見れば、見ただけで、強姦者と同罪の罪になってしまうからである。

 そして、パウロの命題はここに証明され、この世の中には、誰一人罪を犯さぬ者は居ないと言うことが明白になったのである。
 これは主イエス・キリストが奴隷聖人パウロに与え給うた指針であった。
 パウロの『ローマ人への手紙』は、この大命題を見事に解き了
(お)え、「善人なし、一人だになし、善をなす者なし、一人だになし」という結論を向かえて、「人間は災いなり」という一節が完結する。
 つまり、人間という生き物は「災い」を包含して生まれてきた。それをパウロは見抜いたことになる。
 繰り返すが、パウロの黙示録には、

  人間は災いなり、
  罪人は災いなり、
  なぜ、彼等は生まれてきたのか。
                 とある。

 この言葉を謙虚に受け止め、何度か繰り返して心に留め置くべきであろう。そして、「善人なし、一人だになし、善をなす者なし、一人だになし」は、これで完結を見る訳である。またこれは、人間どもへの痛烈な皮肉である。

 次に、一休宗純
(後小松天皇の落胤といわれる。京都大徳寺の住持。1394〜1481)の話である。
 一休禅師が俗事の常識に囚われず、京都の洛中のど真ん中を、すっ裸で刀を振り回しながら歩いたり、そうかと思うと、今度は森女
(しんじょ)という盲目の美女を愛して、数々の詩(うた)を詠(よ)んだ。その中でも女性の陰部には、只管(ひたすら)畏敬の念を持っていた。そして快く拝ませてくれる女性の陰部に礼拝するということも屡々(しばしば)だった。

 一休禅師にとって、《持戒は驢
(ロバの意)となり、破戒(はかい)は人となる》ということを言って、見せ掛けの善人を看板にしながら、その実は裕福な寺の裏側で酒池肉林(しゅち‐にくりん)に耽(ふけ)り、心の穢(けが)れを隠している、修行とは名ばかりの僧侶たちに対する憤(いきどお)りが、禅師に激しいこのような行動をとらせたのである。
 したがって、一休禅師の肖像画から窺
(うかが)えることは、僧侶の顔つきというよりは、野武士のような豪傑(ごうけつ)の風貌を留(とど)めている。同時に、偉そうに畏(かしこ)まった坊主どもへの憤りも露(あらわ)にしている。

 パウロの『ローマ人への手紙』の「善人なし、一人だになし、善をなす者なし、一人だになし」は、そっくりそのまま、現代の坊主どもにも適用出来る。
 「古来から京都の坊主には近付くな」という俚諺がある。
 この連中は、労働をしない。坊主どもは働かない。釈尊は労働を禁じていると嘯
(うそぶ)く。だから、労働は悪だと決めてかかる。働かないのが善である、とこうなった。
 こうした京都の坊主どもを見て、一休宗純が怒り心頭に来たのも頷
(うな)ける。今も昔も、ちっとも変わっていないのである。

 では、一休宗純は何処に怒りを発したのか。
 それは坊主どもが「人の噂を売りつけて、飯を食っている」からである。この光景は、一休禅師の生きた室町中期から、何一つ変わっていないからである。特に念仏宗の高僧どもは酷かった。

 噂を飯の種にする……。
 こっちの話を向こうに持って行き、向こうの話をこっちに持って来て、面白おかしく脚色して、それを飯の種にする。これは今も昔も変わっていない。ここが京都の坊主どもの恐ろしいところである。
 更には「観光坊主」にも成り下がっていて、労働しない。拝観料でメシを食う。贅沢三昧
(ざんまい)に耽る。
 夜ともなると、鬘
(かつら)を被って四条辺りの夜の巷(ちまた)に徘徊(はいかい)する。まさに夜な夜な化ける、化け物である。そして宗教法人と言う特殊な隠れ蓑(みの)に隠れて、税金の免除が許されている。

 こうした坊主どもに特権を与えて、噂話を楽しんだのは、日本でも十指に入る名家と言われた京五摂家
(摂政・関白に任ぜられる家柄で、近衛・九条・二条・一条・鷹司(たかつかさ)の五家の総称)と京都十華族と言われている。
 この京五摂家と十華族は公・侯・伯・子・男の爵位を授けられた家柄である。この家柄は武門の旧家とは大分違う。
 特権を伴う社会的身分の名家であり、この連中は今でも表札の無い広大な敷地に大邸宅を構えて住んでいる。華族令により維新の功臣のちには実業家にも適用され、政界や財界などの支配階級に睨
(にら)みを利かせている。そして彼等の走狗になって噂話に暗躍するのが、今では拝観料でメシを食う、観光寺になっている寺の坊主どもである。

 そして京都は、有名な老舗では「一見さんお断り」の看板が堂々と出ている。出ていなくても、有名店では一見さんは面と向かって断られる。老舗は特権階級の社交場であるから、庶民の一般人はこうしたところの入店が断られるのである。
 また京都は狭い町であるから、噂は物凄い早さで伝達される。京都人は決して余所者
(よそもの)と馴染むことは無い。優しそうに感じられる京訛は、商業用の表言葉であり、表向きのことであり、安心して近付くと裏には針が隠されている。それにちくりと遣られる。その「ちくり」が凄まじい。京都の坊主然りである。

 禅僧・一休宗純の怒りに満ちた貌
(かお)は、あたかも特権階級と、特権階級の走狗となった坊主どもに向けての憤怒だったかも知れない。
 そして日本には、今日でも暗黙の了解の特権階級が実存し、底辺の凡夫には理解し難い奇怪なる行動をしているのである。
 現代人は、民主システムの世の中に生きながらも、その見えない側面には、こうした遮断された世界が実在しているのである。
 二重三重に複雑に絡んだ社会は、至る所に禍
(わざわい)の落し穴が掘られている。何とも、生き難い時代と言えよう。

 では、こうした社会で生き抜く術
(すべ)はあるか。
 禍だらけの世の中に、力強く、力を失わず、生きて行くにはどうしたらよいか。
 恐らく、生きて行くことだけを考えてもダメだろう。生だけを追っても無駄であろう。
 「依って以て死ぬ道」を探求しない限り、ここでは不安定に苛
(さいな)まされるだろう。本来に意味での「死中に活を求める」でなければならない。「男児当(まさ)に死中に生を求むべし」の覚悟が要ろう。
 難局を打開するには、死ぬ以外ないような状況の中で、なお生きる道を見出そうと、危険を侵す覚悟が必要である。

 私は昔、「相愛の男女の物語」を読んだことがある。
 もう、かなりの前のことでタイトルは忘れてしまったが、内容だけは憶えている。この小説に出た物語は、一組の相思相愛の男女が幸福を夢見て結婚したことから始まる。しかし、この男女は貧しく、また稼ぎも少ないために栄養失調に陥り、年から年中病気ばかりをしていた。疫病神まで伴った、惨めで不幸な生活をしていたのである。
 しかしこの感想は第三者の客観に過ぎぬだろう。

 あるいは、男女はこれだけで充分に幸福であったかも知れない。
 何故なら、幸福を夢見て結婚し、実際には幸福になれなかったかも知れないが、幸福な道を歩いたことは確かだったからである。幸福に至る道を、その過程の軌道で確
(し)かと歩いたのである。それに第三者が、「実は、お前たちは不幸なんだよ」と、いちゃもんを付ける資格はあるまい。主観はこの男女にあり、外野がその主観を覆して、訝(おか)しな脚色をすることはあるまい。

 幸福に達したかそうでないかは、運命の決定による。最終結論は運命が決定する。人間側には無い。
 思えば、幸福に向けて二人で力を合わせ、互いが庇
(かば)い合うように生きた。幸福へ繋がる道を歩いたと言う事実は、その行為自体の努力の経過に価値があるのである。その価値観からすれば、幸福には到達出来なかったが、しかし幸福の道を歩く限り、幸福そのものではなかったのか。
 行為によって、生を満たしたと言う点では、実に幸福であったに違いない。

 人は、自分の裡側
(うちがわ)に幸福が棲(す)んでいるのに、その幸福を外側にばかり需(もと)める。裡の幸福を蔑ろにし、外の物質的な、贅沢なものばかりに需めて、外見が作り出す外側を、豊かで便利で快適であることが幸福だと思い込んでいるのである。だから幸福の本質は「まごころ」にあることを知らない。
 特に現代人は、それを知らな過ぎる。
 外の見掛け倒しの付け焼き刃などに、幸福の鍵は転がっていない。外にある物、また我欲で求めて手に入れた物は、みな埃
(ほこり)である。本物ではない。
 第一、奪われれば自分の手から離れる。他人に持って行かれてしまう。人から攫
(さら)われるようなものが、本当の幸福ではない筈である。

 現代人は、他人から奪われない幸福をどれだけ手に入れているだろう。心の裡側に、どれだけの宝を手にしているだろうか。物以外は、殆ど皆無なのではあるまいか。
 土地家屋やその他の物財など、我欲で集めた者が、その後、三代もすれば税金対象の、みな物納物件になっている。もう、墓すら残ってもいまい。物は、やがてこうして失って行く。消滅して行くのである。時間を経れば、地球上の一切は無に帰するのである。



●ケチるな、惜しむな、臆病になるな

 所有していても邪魔にならず、また盗人からも奪われることのないもの……、それは何だろうか。
 昔は、手に職を付けろと言われた。親はわが子に、手に職を付けさせようとした。時と場所が変わっても、手に技術があれば、それは身を助けるからである。
 しかし現代は、わが子に、手に職を付けさせようと考えている親は、殆ど居なくなった。

 世の流れは、無学歴時代に社会構造は変貌させがらも、一方では学歴偏重という矛盾が蔓延り、そのことにより、学閥偏重と言うか、そうした、いい大学からいい会社へと言う願望を抱いている親が多いようだ。
 自分の亭主が組織内で肩身の小さな思いをし、今いち、うだつが上がらないのは出身大学の学閥が悪いからと思い込んでいる女房族は意外と多いだろう。
 そこで、わが子にだけはそうした惨めな思いをさせたくない……という動機と目的意識が、子供の塾通いに拍車を懸けているように思われる。
 だが、いい大学からいい会社……、そうしたコースを歩いたことで、多くの矛盾は解決されるのだろうか。肩身の狭い思いは消滅するのだろうか。

 いい大学からいい会社……。
 安定した上場企業に就職出来たとして、日本の政財界は東大閥なので、国家機関の省庁は中枢の大半は東大閥である。日本では政財界の人脈は東大閥、そして研究学徒の人脈は京大閥と決まっている。一握りのエリートに独占されている。ここに独占禁止法は働かない。
 東大以外の大学では、人脈の面で東大閥が主力を占めているため、単に漠然とした“いい大学”だけでは、重役コースの軌道に乗れない。また先輩後輩の人脈も辿れないので、在職中の手柄も少ない。会社員はあくまで会社員であり、サラリーマンの世界を輪廻するだけである。此処からの解脱は、実に難しい。
 いい大学からいい会社……に就職しても、既に主役筋は決まっているのである。残るのは、脇役筋で、それも脇役の脇役で、通行人などの“ちょい役”しか残されていない。学閥が違うから人脈による活動場所は皆無なのである。東大を出れば別だろうが……。

 世の中は支配階級と被支配階級に色分けされているのだから、鳶が鷹になろうとしても無理な話である。
 つまり社会機構が既に固まってしまった現代では、会社員と会社役員の色分けが明確なのである。
 もしサラリーマンがビジネスマンに変貌するとすれば、脱サラして、自身でビジネスを展開する以外ない。またそうでなければ、経済的自由は得られず、住宅ローン、車のローン、クレジットカードのローンなどの「ローン漬け」の生活に甘んじる以外あるまい。

 富貴は天にあり……。
 この言葉を思い出して頂きたい。
 富豪を予兆させる言葉である。
 世に金持ちと貧乏人が二分され、なぜ白と黒に色分けされているのか?……。そのことを考えて見たことがあるだろうか。
 そしてその中間のグレー域に入るのが、つまり中産階級。可もなく不可もなく、また沈香も焚かず屁も放らずの階層。

 上と下は、ごく最小で、中間域のグレー域は広域を占める。これが近年の資本主義社会の構造である。
 その構造の中にあって、ケチと臆病の占める領域も、グレー域の中に広く分布する。端的に言えば「ローン漬け」の生活に甘んじる層である。経済的不自由を強いられている層である。
 しかしこの層は、自身では経済的不自由を強いられていると言う自覚症状が殆どない。自分は中流より少しは上と自負している層である。それだけに中流意識という輪廻の輪からは永遠に抜け出せない。
 あたかも釈迦の掌
(てのひら)の上で乱舞する孫悟空である。自分は豊かであり、快適であり、便利であるアーバンライフを満喫していると思い込んでいる層である。この思い込みで、釈迦の掌から永遠に抜け出せているとでも言おうか。

 釈迦の掌の上で乱舞している以上、外見ばかりを気にしていては、心の裡側
(うちがわ)の貧弱さを衝(つ)かれても文句は言えまい。浅知恵を指摘されても怒れまい。
 何故なら、世の中にたった一つしか無い宝を一番粗末にしているからである。その宝の存在に気付いていないのである。
 宝とは何か。
 自分自身である。
 自分を一番粗末にしている層が、可もなく不可もなくと言う層には多いようだ。

 かつて雨の多い未開の熱帯雨林の地域で、ある施しの慈善家が濡れては可哀想だといって、そこの土着人に合羽を与えた。そのとき合羽を貰った土着人はどうしたか。
 雨が降り出すと、土着人はその合羽を小さく畳んで、小脇に挟み雨の中を走り出したと言う。

 物なら大切にする。あるいはケチる。
 それは何も未開人でなくとも、都会生活のアーバンライフをエンジョイする都会人にも当て嵌まるのではあるまいか。
 また、人から悪口を言われる。批判をされる。それだけで腹を立てる人が多いのではあるまいか。人の目だけを気にする……、その手の人は、都会人ならずとも何処にでも居るようである。
 その一方で、自分を大切にしている人は少ないようである。

 日常生活の惰性から暴飲暴食をし、そうした生活習慣が身に付いてしまって不摂生をしている人は以外に多いようである。自分の命を縮めているのにも気付かず、隙を見ては怠けることばかりを考え、何とかして仕事はすまい、美味い物はたらふく食いたい、楽しいことばかりを願って、虎視眈々と不倫相手の隙を窺
(うかが)う。そういう夜のアバンチュールを目論む人は、男女を問わず少なくあるまい。
 これらは一方で、自分の命を縮めていることになる。それに気付いていないことが問題なのである。

 とりわけ、恐れ戦
(おのの)き、好戦的である一方、悲しみ、妬み、憎み、怒り、不満の心を露(あらわ)にさせて、心を有害要素の中に漬け込んでいては、それだけでストレスが疾(はし)り、一切の病気の病因になる。ストレス病は此処から怒る。精神緊張・不安・恐怖・興奮など社会的なものが「汎適応症候群」のような一連の症候群を発症させる。

 ストレスは逆に、それに適応させるような反応を起こすのである。
 奇妙なことだが、こうした場合、第一期の警告反応につづいて抵抗期に入る。これに突入すると副腎皮質機能の亢進による糖質・蛋白質・塩類の代謝の変化が起こる。これが適応を加速させて、肉体的な防衛体制をつくるのである。一つの昂りが起こるのである。
 更にストレスが継続されると、次に副腎皮質が疲労に陥る。そしてその状態から疲憊
(ひはい)期に移行する。
 また以上の防衛反応が適度に進行しない場合には、よく知られているリウマチや胃潰瘍や心因性ショックなどが起こるとされている。
 思えば、心の不満や不足が起因していた。足ることを知らない我欲が、少しずつ生活を不幸に陥れていたのである。

 こうした心的不幸にあっては、仕事も事業もうまくいく筈が無いのである。不振の総ては、自分を粗末に扱っていたことに起因していた。己の不幸の根本原因は、己の心の中に巣食っていたのである。
 この状態で、サラリーマンとビジネスマンの状態を論じると、双方の「不振」までは共通項を持つが、そこで枝分かれするものは、己の個性をどう扱ったかに懸かる。つまり己の個性を出来るだけ伸ばして、世の中にどれだけ還元させたかで、そこには働きと言う行為が、自身と直接関与してくるのである。

 サラリーマンの場合、自分に与えられた仕事が「つまらないもの」と思い込んでいる場合、そこに起こる心情は出来るだけ仕事を怠け、研究を怠り、身を惜しむことを考えるだろう。怠慢に走ることだけに頭を悩ますであろう。かつてのソ連や東欧の労働者を彷彿とさせることをやらかす。
 仕事の出来映えに評価する者がいなければ、遂にこういうサボタージュ的な結末となる。
 重化学工業が基幹産業として華やかし頃のスターリン時代は、今ではすっかり色褪
(いろ‐あ)せ、時代遅れとなっている。その時代遅れに合わせるように、“自分はつまらない仕事をしている”と思い込むサラリーマンが、日本では殖え始めてるのである。職場の中で、自由競争という仕組が働かなくなると、遂にはこうなる。
 マルクスは「資本主義が打倒された後、必然的に社会主義、または共産主義になる」と論じたが、これは単線的進化論の見地からである。複線的には、社会は進化することはあり得ないとした。これこそ虚構理論の最たるものであった。

 一方ビジネスマンの場合、つまり事業主であるから、怠けたり身を惜しんでは勤まるまい。事業主は雇用者だけを見ればいいと言うものでなく、その背後の家族まで面倒を見る義務を負わされる。したがって己一身を事業に傾け、仕事に没頭し、ある意味で雇傭されている者に対し、奉仕者にならねばならない。両者間には似ても似つかない「不振」を起点とする枝分かれがある。したがって同じストレスを体験するにも、進行状況が大きく異なるのである。身の惜しみ方も違うし、自分に抱く「宝意識」も違うだろう。

 己の大きさ、そして向上への願い。躍進ならびに完成に向かう決意。また己を空しくすることで、身を捧げる意識などは、サラリーマンとビジネスマンとでは大きく違っているように思うのである。
 富貴は天にあり。
 この論からすれば、サラリーマンから身を興して富豪というシナリオは殆ど皆無だろう。途中で脱サラでもして、余程の幸運に恵まれない限り、富豪へのシナリオは皆無だろう。

 一方ビジネスマンは事業に傾倒する人である。心の何処かに、人に捧げ尽くす意識がある。それだけに無欲の人である。あるいは自他一如かもしれない。捨我の絶対境に立って奮闘する人かも知れない。人の喜びは、また吾が喜びかも知れない。世とともに喜び、世とともに悲しむ人かも知れない。その意味では無私だろう。無私の人を富豪と言うのだろう。
 富貴は天にあり……。定理である。
 昔、金持ちは、単に成金的に金持ちになるのではなく、金持ちになるべくして神から選ばれた人……という話を聞いたことがある。これが富貴は天にありという言葉だった。

 世の中への還元と言う行為を考えれば、慈善事業とか社会奉仕と言う行為は、金銭的な循環を促して、自分の儲けの一部を社会に還元させると言う行為に他ならない。富みの還元である。
 本来西洋で起こった資本主義は、一部にこうした社会への還元と言う機能が付随されていた。ところが、近年その精神が絶たれた。企業は利潤の追求ばかりに眼を向けた。それが絶たれた理由だ。
 だが、絶たれたが、かつての精神を忘れず、自分の富みの一部を還元させることで「忘恩の徒」に成り下がることを阻止している義人も居る。何故なら忘恩の徒では、旧家でもやがて家が傾く。遂には没落する。
 そのためには恩を忘れないことである。世に奉仕することである。これがまた義人に富みを齎しているように思う。

 世に「恩を忘れるな」ということが喧
(やか)しく言われるが、それは「根本を忘れるな」と言うことである。
 世の中は作用と反作用の世界である。
 金は出た分だけ入って来る。出さなければ入る訳が無い。入らないから金は循環しない。滞る。
 だからケチと臆病には、金は循環しない。なるほどと思う。

 物を象徴し、あるいは財を具象したものが「金銭」である。だから金銭は「生き物」である。金は生きている。そして金は物質の中で最も敏感な反応をする生き物である。
 したがって金と言う生き物は、これを大事にする人に集まる。金儲けをするとか、金を稼ぐ背景には、金銭が生き物であることに認識がなければならず、また金銭を大事にする人は、決して無駄遣いをしないものである。
 根底には生かして遣うことを知っているからである。故に金銭は、その人の人間性と品格に比例し、欲心が高まればそれに反比例する。働いた給与からでも、欲心のある分だけ差し引かれる。

 この裏を深読みすれば、人間はただ生きているだけでは、何の意味も無いということを言っているようにも思える。ただ生きているだけなら、動物であり、他を喰って生きるから、他の命を粗末にする忘恩の徒である。本当に人間として生きる必要がある。
 つまり「生」に関して、である。

 「生」とは何か。
 働いて生き甲斐を感じるこ
とである。働いて感謝されることである。生き甲斐を感じるから「生」と言える。つまり、本当の「生」は働いているときに「生きている」と感じるものである。何もせずに怠けて過ごしている一日は、死んだ一日である。
 仕事が無い時ほど、つまらないものはない。
 サラリーマンが二言目には言う「つまらない仕事」とは、仕事が無い状態を指すのかも知れない。
 あるいは仕事があっても、定年退職でこれまでの職を去ると、間もなく死んでしまうとか、ボケると言う人が居るが、仕事が無くなると、同時に気が抜けてしまうからであろう。緊張が去ると、人間は此処まで腑抜けになってしまうようだ。

 一方、定年に関係なく働く人は健康である。働く人は長寿である。定年のある会社員と、定年の無い会社役員の健康状態を寿命を考えても明らかである。これこそがサラリーマンとビジネスマンの違いだった。

 世の中に、躰が悪いから働けない……と考える人が多いようだ。サラリーマンにはこうした考えを持つ人が多い。
 だがそれは反対である。
 心を遊ばせて働かないから……、少しでも怠けようとするから……、後ろめたさが兢々
(きょうきょう)とした恐怖を植え付け、やがては嫌々ながらのサボタージュが起こり、あるいは怠けようとする心が起こり、その葛藤の狭間で心は揺れ動き、働く心にならぬから躰は、益々弱り果てていくのである。そして心身はストレスで疲弊し、遂に入院するような病気になってしまうのである。多くの成人病は、こうした怠慢から発症するようだ。この発症率も、ビジネスマンよりサラリーマンの方が多いといわれる。

 一方、事業主であるビジネスマンはどうか。
 その思考に、「働きが一切である」ということを念頭に置いている。働きが人生であり、働きが生命であり、また働きが趣味の一部にもなっている。働くことが面白いのではなく、楽しいのである。働きが、世の中を還元する意味を知っているからである。
 そして還元すると言う意味で、働きには常に報酬が蹤
(つ)いて廻るということを知っているからである。

 この場合、働きに応じたものであるが、そこには金銭で受ける報酬の多少があり、これが一見不公平に映ったりするが、この自然
(天)から享受する報酬は、必ず働きに比例しているものである。自然から齎される循環と還元で生じる報酬には、落度も無く、忘れられもせず、必ず直ちに支払われる。それは金銭以外の「喜び」と言う報酬である。また心より働いた仕事は、必ず喜びを伴っている。必然的に喜びが湧くものである。この点で辻褄(つじつま)が合っている。

 何の期待も無く、何の予期することも無く、働いたときには、自ずから喜びが溢れるものである。この喜びは他のどんな喜びにも変えることが出来ない。真
(まこと)の働きには、常に喜びが伴うものである。勤労者には「喜び」と言う無上の報酬が与えられる。
 事業主であるビジネスマンは、こう言う喜びを度々味わっているのである。この喜び率は、サラリーマンの比では無い。
 サラリーマンの給与の待遇の内訳を分析すると、喜んで働く人を養い、また歓待するように仕向けられた仕組が側面にある。しかし、それまでである。少しばかり事業主とは歓喜の度合いが違う。

 事業主の場合、自社から給与を貰わない人も居るので、一見無給で働いているように思うが、実はそうではない。確かに自社の代表取締役を勤めながら無給の役員がいる。しかしこれらの人は、自然から与えられる「人から感謝される」ということを無償の喜びにし、それが割増料金の給与であることを知ってるのである。無私であり無欲であるからだ。その側面に富豪と名称がついている。

 元来仕事に上下貴賤の別は無い。職業に尊卑は無い。
 しかし、自ら軽んずる心に上下貴賤が生まれ、そうした心で他者を検
(み)た場合、ある仕事は卑しいと思い、また自らを重んずる仕事だけを尊いと思うのである。そうした思い込みはまた、一方をつまらない仕事と思って嫌がったり、他方があたかも隣の花の如く、赤く見えるように、それを好ましいと思うのである。総ては思い込みによる。
 こうした人は、生涯仕事に魂を打ち込んで働くことが出来ず、更には人生を満喫したり、喜びを感じることがないまま人生を終える人である。確率的に言っても、ビジネスマンより、経済的不自由を強いられるサラリーマンの方が多いのではあるまいか。

 だが両者に限らず、自分の今就いている仕事の尊さを悟り、懸命に無心に働くとき、自然
(天)から授与される喜びは何ものにも変え難いだろう。最高至上の歓喜を感じる筈である。
 真の働きは喜びを伴うものである。
 こうした喜びが伴ったとき、肉体の健康も、物質的な恩恵も、地位や名誉も、求めなくとも蹤
(つ)いて来るものである。しかし、一方この逆もある。
 今ひとつ健康が優れないとか、経済的不自由を強いられているなどは、一度自分の心の裡
(うち)を点検して見るがよかろう。その裡側に、ケチる、惜しむ、臆病になるが巣食っていないかを。



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