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断食行法記 3

急激に断食をする筆者のような愚行は決してお奨めしない。計画的に前もって下準備をしたいものである。慎重に、慎重にである。断食には、固い意志と心構えが居るのである。謙虚、かつ慎重になる必要がある。
 自分の肉体に対し、充分に畏
(おそ)れを知る事である。この恐れを知れば、自分の肉体は自分の物でありながら、天からの借り物であると言うことが分かる。

 自分の肉体は自分のものに非ず。実は天からの借り物だった。
 この恐れを知らねばならないのである。
 本断食は、その下準備の補食期間が三倍居る。普段の食事から急激に絶食して断食を行ってはならない。
 これは本断食の終えてからも同じであり、本断食の三倍の期間を掛けて徐々に普通食に戻していかなければならないのである。
 一気に始め、一気に終わると周囲の景色が暗鬱になるので要注意である。


◇第十九日目(4月12日)
 一晩中、胃痛を腹痛で眠れなかった。便意も消えている。浣腸をしても、中々排便する事ができない。そうこうしている間に午前四時を廻ってしまっていた。立ち眩(くら)みがする。
 自分で、「何か恐ろしい事をしているのではないか?」という疑いが疾るのである。断食を行うとこうした疑心暗鬼が起こり、自分の行動に疑いを抱くものである。
 一歩一歩、探るように、慎重に歩きながら、用心深く道場に向かう。この歩行速度では、有に30分以上はかかるだろう。まるで蛞蝓
(なめくじ)のように、蝸牛(かたつむり)のように、遅々とした進み方である。道場のドアの鍵穴にキーを差し込もうとするが、この単純作業が中々できない。思考力が低下している為か、鍵穴に差し込むと言う、鍵の向きが決められないでいるのである。総てがのろまだった。

写真のように、これまで絶対に握れなかった肩回しの左右両手掴みも、何とかつ尾先だけが掴めるようになった。それだけ関節にこびりついていた贅肉が墜(お)ちたということである。

 また、自分の思った通りに躰が言う事を利いてくれないのである。こうした現象は断食中によく起る事で、貧血から、このように動作が鈍重になり、思考力が鈍るのだ。

 道場に入っても、言う事を利かない躰を持て余し、神前に向かって静坐
(せいざ)をした。呼吸を整え、不具合な体勢を立て直し、静かに立ち上がってみる。少し動いてみた。鈍重である。実に鈍い。思った通りに動かせない。この日が五分と稽古が出来なかった。
 兎に角、貧血のせいで立ち眩
(くら)みが激しい。
 こうした時は、無理をせぬ事だと自分に言い聞かせる。静かに静坐し、瞑想を試みる。こういう事で、二時間程を過ごしたであろうか。

 そして帰りが、また一苦労であった。
 まさに尺取り虫より悪い、蛞蝓
(なめくじ)の歩行であった。歩いても遅々として進まぬ。
 帰りは更に難儀であり、行の倍近くも時間が掛かってしまったのである。
 のろまな自分が丸出しで、肉体が自分のものであるという思い込みと思い上がりが、私の足を大きく引き摺っていたのである。
 自分の肉体は借り物であると言うことが思い知らされたのである。
 その証拠に、断食を初めて、高が十九日目程度で醜態なる、この態
(ざま)だった。
 四時半頃に家を出て、道場を経由した帰り着いたのが午前八時頃であった。
 早速、計量を行う。78kgであった。しばらくして頭が軽くなったことと、躰が軽くなったことが実感された。宿便が出たからである。
 腸内に大量に停滞して、腸の一部と化していた腐敗物質が押し出されたと言う感じだった。これまでの長い間に背負って来た重荷を、少しばかし降ろしたという感じであった。

 この日の午後一時、愛知県からの個人教伝の受講者あり。
 彼の車で道場に向かい、その指導を二時間程行う。この受講者は、豊橋時代の道場生であった。その後、個人教伝の門人として入門した人であった。



◇第二十日目(4月13日)
 午前四時起床。今朝も寝付かれない一日の朝の目醒めである。立ち眩
(くら)みが激しく、思うように歩行できない。立ち上がると、直ぐに蹲(うずくま)ると言うのが、昨今の体調だった。
 何と言う態
(ざま)だろうかと思う。
 この日は、玄関の傘立ての中にあった、誰かが置き忘れたと思える杖を見つけて、それを頼りに道場まで向かった。その途中、何度も黄色い胃液を吐いた。何も食べないのに胃液が出て来るのである。
 酸味の強い、鼻につく、異様な胃液であった。断食の為に嗅覚が敏感になっているらしい。吐き終って暫
(しばら)くすると、随分と楽になった。体内の腐敗したゴミが出たと言う感じであった。

 この日も立ち眩みの為にその歩行は鈍
(のろ)く、健康な時に歩行する僅か五分の道のりが三十分以上も掛かってしまったのである。往復時間をあわせると、一時間以上であった。道場に入っても、稽古いう稽古は出来ず、ただ静坐するしかなかった。
 帰宅後体重を計った。77kgであった。肥っている時は出来なかった「結跏趺坐
けっか‐ふざ/如来または禅定(ぜんじよう)修行の坐相)」も、何とか出来るようになった。
 筋肉内に溜まっていた乳酸や、関節部に溜まっていた乳酸などをはじめとするゴミが出たのであろう。
 こういう物が一掃されると、関節部の蝶番稼動が柔軟になって行くようだ。

二十年来出来なかった結跏趺坐(けっかふざ)も、大腿部の無駄な脂肪がとれたことで、何とかできるようになった。また、股関節や膝関節、足頸(あしくび)や指関節などに溜まっていた、筋肉内に乳酸や関節のゴミもとれ、関節の蝶番(ちょうつがい)が稼動極限まで動くようになる。

 結跏趺坐は坐禅の正式な坐り方で、坐禅の時の坐り方に用いられる。
 この坐り方は、腰の位置と膝頭の位置が、ほぼ同じ高さになるので、坐禅の時に用いる坊主座布団がいらないのである。その為に腰に負担を掛ける事なく、脊柱
(せきちゅう)を真っ直ぐ伸ばす事が出来るのである。

 ちなみに結跏趺坐は、「跏
(か)」は足の裏、「趺(ふ)」は足の甲(こう)を指し、足の表裏を結んで坐する意味を持つ。この坐り方は、如来または禅定(ぜんじよう)修行の坐相である。足背で左右それぞれの股(もも)を押える形で二種類ある。一つは、右の足をまず左の股の上に乗せるのを「降魔坐(こうまざ)」といい、この反対を「吉祥坐(きっしょう‐ざ)」という。
 また、こうした坐り方は脊柱
(せきちゅう)を真直ぐに腰骨の上に垂直に立てる為、脊髄(せきずい)に沿って上下するエネルギーの通路を開く事が出来、気血の運用を自在に流す事が出来るのである。
 呼吸を自然に保ち、腰の部分の神経組織を強化して、丹田
(たんでん)に陽気(ようき)を集め易くなるのである。陽気を集める事が出来れば丹田に熱感を発生させ、周天法に至る回路が開かれるのである。更に、心の感覚や、湧き上がる妄想を沈静化し、集中力を増幅させる。

 結跏趺坐が出来るようになって、今まで忘れていた重要な事を思い出したような気がして来たのである。この日、これを実践し、瞑想を試みてみた。そして不思議な事に、その間中、胃痛や腹痛はすっかり忘れていたのである。
 終了後は、実に爽快
(そうかい)で、頭もすかっとして、躰が軽くなって浮いているような感覚を覚えた。しかし、結跏趺坐を止め、普通の自然体に戻ると、再び痛みが襲って来た。

 コップ二杯程、水を飲み、再び結跏趺坐を行ってみた。脊柱が腰骨の上に垂直に立って気持ちが良い。しゃんと垂直に伸びるのである。
 また猫背のような前屈姿勢が改まるのである。同時に痛みが消える。何と不思議な事であろう。
 何回か、結跏趺坐を試みる事によって、痛みの消える理由が分かって来たのである。それは脊柱は真直ぐに重力と垂直方向に向かう為、胃が復元しようとして上に上がる痛みが、脊柱を垂直にしている事で、小さくなると言う事であった。要するに、前屈姿勢を作らず、出っ尻、出っ腹の姿勢を作り、背骨を伸ばしさえすれば痛みが消える事が分かったのである。

 現象人間界の作り出す、肉体と言うこれは、実は幻
(まぼろし)だったのである。また、人間の肉体に取り付く病魔も、一種の幻ではなかろうかという気になって来るのである。
 とすれば、世の多くの病人達は、この幻覚を幻覚と捕らえることが出来ず、幻覚そのものを、現実と実感して、虚
(むな)しい格闘をしていることになる。無慙(むざん)に格闘を繰り返し、病魔と対決し、それを自分の敵として、死ぬまで闘い続けなければならないのである。

 生に固執すると言う事は、歯を食い縛って「闘う」ことなのである。しかし、こうした生き方では、いつ休まる日が訪れるか分からないのである。あるいは、安らぎは訪れるのであろうか。
 安らぎの得られないまま肩肘はって格闘し、その挙げ句に、待ち構えているものが、老醜の漂う、哀れで小さな死が待ち構えているとなると、人間の人生は余りにも惨じめと言える。
 この日、切羽詰まった原稿の締め切りに、間に合わせながら、ふと、「人間の死」について考えてみたのである。午前零時、就寝の床に就く。



◇第二十一日目(4月14日)
 午前四時起床。目醒めが気持ちが良かった。今日は何と気持ちの良い日であろう。そして久しぶりの、熟睡した時の目醒めであった。直ぐに動き出さず、床の上で結跏趺坐をする。

 頭が実にスッキリしている。もう、空腹感等感じられない。このまま、二ヵ月も三ヵ月も、何も食べなくても、生きて行けそうな気がする。
 道場まで、一時間掛かっていた道のりが、今日は何と20分程で行き来できたのである。躰が実に軽い。軽快の、何事も運べるような気になって来た。そして自分の躰が、自分の躰でないような気がするのである。誰かの物を借り、それを自分が遣っているのではないかと言う錯覚に陥った。

確かに浮いた感じで軽やかになり、肉体は確かに軽くなったが。しかし真物か?……。
 105kgあった体重が77kgに減っているのだから、実は28kgも減量しており、当然と言えば当然であった。動きがのろいので、体重が減ったとは思えなかった。それだけ、自分の躰が重いのである。体重が減って、栄養分が抜けるということは、それだけ反作用として今までにあった筋肉や体力も喪われるということなのである。筋肉や体力をそのままにして、体重だけが減るということではないのである。
 同時に総てが減ってしまうのである。その減ったことを、脳で感知する誤差が生じて、「のろま」という感覚が起こるのである。鈍重感は体重と軽減分の誤差から生じたものだった。

 昨日までとは打って変わった状態になっていた。
 脊柱を立てる事に成功した為であろうか。あるいは重力を旨く使いこなせるような、何かの「術」でも会得したのだろうか。
 道場での一人稽古は、実に不思議にスムーズに動くのである。以前は突き出ていた醜いボテ腹も、今ではスッキリとへこんで贅肉が墜
(お)ちてしまっているので、足腰が軽いのである。
 今までは直立したまま、前屈をして着かなかった指先も、今では掌までが簡単に着くようになった。床に、間違いなくべったりと着くのである。
 帰宅して体重を計ると、76kgであった。脂肪塊そのものは、躰の至る処に、まだ残留しているが、以前に比べれば、よくぞここまで墜ちたものだと思った。

 久々に読書をする。
 いつか読もうと思っていて買っておいた新刊を、難無く一冊読破した。洞察力や感覚機能が些か向上したためか、作者の意図が良く分かり、思考の目的は何処にあるかまでが読み取れるような気がした。いま思えば読書の習慣はこの頃だっただろうか。断食をすることは、人間に様々な変化を齎すものである。

 食べ物に対する執着心はすっかり消え失せていた。他人がどのように旨そうな顔をして、美食に群がろうとも、それに誘惑されないだけの自信が生まれていた。
 ただ気になるのは、小便の赤気色の色と匂いだ。甘ったるい悪臭が鼻につくのである。胃痛や腹痛は気にならないが、この色と匂いだけは何とかしなければと思うが、私の医学の知識や行法の知識程度では為
(な)す術(すべ)もない。
 夜は少し熟睡出来るようになったので、余った時間は原稿を書く事に費やし、今日一日は有効な一日であった。



◇第二十二日目(4月15日)
 本日の起床は不覚をとった。いつもなら午前四時に起床であるが、今日目覚めたのは午前六時であった。二時間もオーバーして寝過ぎてしまったのである。
 起きて気付いた事は、鼻がつまり出した事だ。そして鼻を噛むと、青鼻のような、ドロドロした粘液性の汚物が大量に出て来たのである。鼻を噛んでも噛んでも、次から次に出て来て、とうとうゴミ箱一杯に鼻紙が積み重なったのであった。
 今まで蓄膿症ではなかったが、しかしそれでもこれまで鼻の通路を塞いでいた汚物が大量に出て来たのである。そしてこれが出終った時の爽快感は何とも言えないものであった。
 後
(お)れ馳(ば)せながらも道場へ向かう。
 時機
(とき)を逸していたが、毎日道場に参上する事こそ、私の行動律だったのである。これを今日に限り取り止めにする事は出来ない。足取りは軽い。神通力を得たように、今までとは違った通常の五分で辿り着く事が出来た。実に不思議な体験をしたのであった。

 道場で一時間ほど一人稽古に励む。
 帰宅して体重測定。75.5kgだった。爽快感と共に、すっかり躰が軽くなったような感覚がいつ迄も余韻として残った。
 また二年程前に移された水虫が、何と、そのじゅくじゅく感と、水虫特有の足の臭いが殆ど消えているのである。微かに、皮の剥げた痕が、指の又に残る程度であった。改めで断食の威力に驚かされる。
 ある内科医が、断食の事を一冊の本にして書いていたが、その人の言によれば、人は誰でも、自分の中に「最高の医者」を持っているそうである。
 しかし、その最高の医者に体内にあって働いてもらうためには、断食実行者もそれなりの覚悟がいる。生半可な覚悟では、この行が成功しないのである。何事も、中途半端が一番いけない。遣るなら最後まで遣り通さねばならない。
 ここで、断食に向いている人と、そうでない人の区別を表にしてみた。断食は正しい指導者のアドバイスによって安全に行なえば、誰でも出来ることだが、一番いけないのは自分勝手な我流の断食である。私自身も最初は我流の断食で、大変往生したことがある。
 こうした難儀も、断食中の失敗例として、ここでは挙げている。

難易度






日 数 向いている人(揺り戻し小) 向いていない人(揺り戻し大)
1日間 楽天的で根性がある一般人 痩身・肥満とも神経質で依頼心旺盛
2日間 楽天的で根性がある一般人 痩身・肥満とも神経質で依頼心旺盛
3日間 楽天的で根性がある一般人 痩身・肥満とも神経質で依頼心旺盛
4日以上 楽天的で根性がある一般人 意志薄弱な人は此処から危なくなる
1週間 根性・信念・目的な明確な人 精神的に体調や思考に異常が顕れる ×
10日間 根性・信念・目的な明確な人 無理(精神的苦痛や圧迫感が起こる) ×
2週間 意思強硬で目的意識を持っている人 無理(異常行動を起こす) ×
3週間 意思強硬で目的意識を持っている人 無理(異常行動を起こし、危険な状態) ×

 断食を行なうには向き不向きがある。つまり、断食を行なうにはそれなりに、行なうための才能が居るのである。私自身が断食をしていて、そのことに気付いたのである。
 これまでの断食の経過を辿って、痛感させられたことは、最初の二日目の後半から三日目に懸けて、迷いが生じるということである。特にこれまでの生活環境によって、その迷いは最大値に達するようだ。

 最も大きな変化は、断食二日目の後半から三日目前半に懸けて、立ち眩みや、急激な目眩
(めまい)に襲われることである。貧血状態にも陥る。このときに気の弱い人とか、心の鍛錬の出来ていない意思薄弱な人は、迷いが生じ、断食自体に疑心暗鬼を催すのである。殆どが此処で挫折するようだ。
 その結果「もう断食は懲り懲りだ」という気持ちになる。
 そのため、断食をするにはある程度の覚悟と精神的な意志の強さが必要である。
 つまり、断食をし、体内の大掃除をするには、その主旨を充分に把握し、また断食の体内調整のメカニズムも理解した上で、断食をするだけの「才能」が要るということである。
 特に「依存型」の人は、断食は極めて不向きと言える。
 学んだに、学んだことを理解する能力の無い人が断食をやるのは危険であることは言うまでもない。
 誰にも出来ない高度な精神的鍛錬法であるということを理解していかねばならない。



◇第二十三日目(4月16日)
 本日、躰の痒みが殆ど無くなると同時に、その皮膚病の痕跡
(こんせき)が消えていた。数日前だったら、掻き毟(むし)るような感覚に襲われるのであったが、今日に限ってそれがなかった。では、昨日はどうだったか、それもはっきり思い出せないくらい忘れてしまっていた。肌をよく見てみると、赤い湿疹が殆ど消えているのである。実に爽快な目醒めである。
 午前四時を少し過ぎたくらいに道場へ向かった。躰が軽いせいで足取りも軽やかである。躰も動かし易く、腰の捻れも極端なところまで動いて、中々スムーズである。棒や杖、更には薙刀を遣っても動きに「切れ」と「冴え」がある。これをハッキリと自分で自覚出来るのである。
 「自由自在とはこの事か」というのが、私の早朝の感想であった。動きとしては、満点だろう等と、自分で自分を評価してみた。何しろ腰の切れがよかった。

 帰宅して体重測定。75kgであった。確実に500gの単位で減量しているのである。
 結跏趺坐をして精神統一を図ってみる。脊柱が腰骨に対し垂直に立てられている為か、妄念など湧いて来ない。虚空の世界に辿り着いたような錯覚を覚える。
 一切の重荷を捨てて、「物事に執着しない」あるいは「こだわらない」そんな心境が得られたのである。

 「こだわる」ことを、「拘泥
(こうでい)」という。
 拘泥とは、小さい事に執着して融通がきかない事を指す。
 しかし、昨今ではこうした拘泥を、「こだわりの逸品」とか「こだわりの○○」などと称して、逆に「こだわる」ことが偉
(い)いような言葉で用いられる事がある。日本語も、此処まで間違って遣われるようになったかと、昨今の間違いを指摘せずにはいられなくなる。「こだわり」こそ、総ての病魔の根源を呼び寄せる事であり、あるいは「我の執着」へ走らせる元凶となる。この「元凶」なるものを、昨今の流行語は何処までもこだわり続けるようだ。
 「魔」の根源が、こだわることで元凶に導くか、何故、現代人は理解しようとしないのであろうか。実は、病気も、その他の不幸現象も、その根源が「拘泥
(こうでい)」から始まっているのである。人生とは、まさに「何ものも捨てる」ことに、その真実が存在しているのである。それは「捨てる」ことによって、自分自身が自由になるからだ。

 人は、自分を主体に、他人
(ひと)から「敬(うや)われたい」と切に願い、また他人から「馬鹿にされたくない」と嫌う。しかし、これは愛憎から来る比較に縛られた姿である。
 ここで、こうしたものを総て捨てれば、この世での、「比較だの」「愛憎だの」は問題でなくなる。問題にしなければ、そんなものは「幻の本性」を顕わして、やがて消えて行く。
 人はこの心境に至った時、本当に素っ裸になり、「邪でも、非でも、何でも来い」というような境地に辿り着き、その突き進むところは、「恥ずかしい」も、「馬鹿にされる」も無いのである。ここに「一路迅進
(いちろ‐じんしん)」が開けて来るのである。

 これこそ「一心」であり、「無心」と言ってもよいのである。
 一心といえば「信」になり、無心となれば「無」となる。そして「信」も、「無」も同根であると言う事が分かる。
 一心無心、何もかも打ち捨てて行く中に人生の真実があるのである。「捨てた」ところに「解放」が訪れるのである。「捨てた」というほそ、楽な生き方はないのではあるまいか。

 しかし、人間と言う物は、「捨てよ」といわれても、何事も容易
(たやす)く捨てられるものではなく、いつまでも、何処までも持っていたいものである。何かを掴んでいたいものなのだ。したがって「捨てよ」といわれば、「死ね」と言う事に等しく感じ取ってしまうのである。所有する事こそ、現象人間界での生活を営む方法であり、普通の場合、凡夫は「捨てよ」といわれて、欲を捨ててしまえば、これほど意味のない言葉は無いのである。
 だが、しかしこうした所有欲は、いつまでもこの世にある物を追い求め、それに振り回されると、「災いを背負い込む」というのも、また真実である。
 人間は「何も持たぬところに、本当の解放感がある」のである。
 私は、そんな瞑想を行い、心の置き方を変えれば、何か、自分か運命から救われるのではないかと言う不思議な気持ちになっていた。
 そしていつの間にか、自分の空間の境目がなくなり、自分が空間の一部であるのか、空間が自分そのものであるのか分からなくなり、自分の意識が大気と一体となって溶け込んでしまったような感覚を覚えた。

 更に幽山深谷をイメージすると、既にそこに居て、自然と一体になっている不思議な感覚があった。躰が急に軽くなり、非常に気持ち良く、安らぎと共に空中に浮んでいるような、安堵感が訪れていたのである。かつて、いままでに経験した事の無い不思議さであった。嫁の中、あるいは静かな心地よい状態を味わっていたのである。

 両眼は半眼の儘、1m先を見ているのにも関わらず、結跏趺坐の儘
(まま)、空中を浮遊しているような状態に身を任せて居たのである。この間15分程を経過したであろうか。実に不思議な体験であった。



◇第二十四日目(4月17日)
 深夜から、激しい腹痛が顕れた。
 昨日とは打って変わった地獄模様だった。人間は、良い事ばかりはいつまでも続く筈がないのである。
 一日のうちに、何度も六道
りくどう/地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の六つの階層)を輪廻して、天上界も味あえば、地獄界も味あうのだ。
 また、それぞれに臨機応変に対処出来る事が、人間の能力として問われるところである。

 私は直ぐに水を飲む事にした。断食の本には、腹痛は宿便や黒便が動くから、その為に水を飲み、これを早く排泄する事が賢明であると書かれていた。何杯も飲んだ。
 腹痛の為、昨夜から今朝方に掛けて、余りよく寝られなかった。便意を催したので、便所に行く。五分程坐っていると、更に腹痛は激しくなり、激しい下痢と共に、宿便か黒便のようなものが、物凄い勢いで、ドッと出て来た。

 信じられない位の大量な量である。
 匂いも、何かゴムのようなものが焦
(こ)げた匂いであった。異臭である。この異臭は、霊臭に喩えてもよかった。それが絞っても、絞っても出て来ると云う感じであった。凶なる異臭の元兇であった霊臭の許が出て来るのであった。
 霊臭は、生きた人間でも死臭のような匂いを出す。ウンコ臭い、まさに死人の匂いである。
 霊鼻のある人は、この匂いを嗅ぎ分けられるのである。こういう能力を持っている人を霊鼻能力と言う。
 出し終えて、非常に爽快な気分になり、腹痛は完全になくなっていた。更に軽くなったような感覚を味わった。
 断食の本には、「人はいつまでも自分の重荷を背負っているのだろうか。何故、こうした重荷を降ろして、楽になろうとしないのだろうか。人間はいろいろな病気の原因が、腸壁の中に潜んで居て、生まれてからこのかたの、禍
(わざわい)の重荷を降ろさないのだろうか。一度、あなたもこの重荷を降ろす事に関心を持って、これに取り組んで見なさい。そうすれば、病気の根源が、眼の前に排泄された宿便であった事に気付く筈(はず)である」と結んでいた。

 私もこの時、「禍の重荷」を降ろした感じであった。今日は、生まれて初めての重荷を降ろしたラッキー・デイだと思った。
 午前四時過ぎに道場に向かう。貧血での立ち眩
(くら)みは簡単に治らないが、血圧が低くなっている事だけは確認出来る。従って立ち眩みはあるが、稽古には支障がない。ただ、ふわふわと浮いている感じだけは、防ぎようがなかった。この「浮いた感じ」は体重が減ってこうなってしまったのだろうか。それとも別の異変が現れれたのだろうか。

 一時間程で引き上げようとしたが、どうにも、この「浮いた感じ」はコントロールが難しかった。足が、よろけているのか、実際に地上から足が浮き上がっているのか、ハッキリと区別がし難いのである。体力が低下しているので、こうした現象が顕れたのか、それとも、何か違った能力が身に付いたのか等と、自身を苦笑してみた。
 帰りの道程
(みちのり)は、今までとは違う体感に襲われ、ふわふわと浮いている感じで、そのコントロールが難しく、帰宅するのに30分も掛かってしまった。自分の躰を、中心に持って行くことが出来ず、つい道の端(はし)に、風で流されるような感覚を覚えた。

 帰宅後、水を沢山飲み、体重計の載ってみる。
 しかし水の量だけ増えていなければならぬ体重が、74kgであった。
 昨年の暮れから考えると、105kgであった体重が、断食を決意するまで、この体重を維持していた。断食を決意したのは今から二十四日程前で、この間、31kg減った。

 現代医学では、人体の体重の四割が失われれば、死亡するとある。私は今日までに三割が失われ、命を危険に曝す事もなく、何とか生きている。あるいは断食自体が、命を危険に曝す行為かも知れない。
 こうした現実を顧みて、「よく生かされている」とつくづく思うのである。人間の生命力の不思議に関心をするばかりであった。
 食べ物を食べずに、躰の悪かったところが、薬も、医療的な処置も施さず、全く自然な状態で、どんどん治って行くのである。
 世の中に、食べ過ぎて死んだ人は沢山いるが、食べないで死んだ人は殆ど出ていないのである。終戦直後、何処の病院も閑散としていた。日本国民は、空きっ腹を抱え、その日の食べ物は何かないかと探し求めていた時代である。しかし空腹に身を委せながらも、事実、病気で死ぬ人間は居なかった。その証拠が、何処の病院も閑散としていた事だ。栄養状態が兇いと謂れながらも、栄養失調で死ぬ人間は、今日の食べ過ぎて死ぬ人間に比べれば、断然少なかったのである。

 人間が断食で生きられる世界最高記録は、90日と言われているが、断食したからと言って、決して2週間や20日くらいで、人間は死ぬものではないのである。
 俗世間で思われているように、高々20日程度で、人間は食を絶ったからといって餓死するものではないので枝ある。もしこの程度の期間に、水を飲みながら、餓死で死んでしまったとすれば、その死因は別の所にある。

 某内科医が言ったように、自分自身の躰の中には自分の為の「世界一の名医」が宿っているのである。野生動物の多くは、病気では死なないと言われている。彼らは寿命で死ぬのである。
 野生動物は、病気になると食べ物を食べず、これ迄の体内に蓄積された毒素を排泄する事で、病気治しの方法を自然に身に付けていると言われる。
 人間もこれに習えば、断食をして体内に蓄積された病毒素や、過剰な贅肉を削ぎ落すことで老廃物を体外へ排泄すればよいのである。腸壁には沢山の腐敗物質がこびり着き、宿便となって残留し、これが種々の病因の根源を作り出している。したがって食を断つ事によって、これらは燃焼と排泄の中で「みそぎ」が行われるのである。

 私は予
(かね)てより、若干の歯槽膿漏しそうのうろう/歯の周囲組織に慢性の炎症があって、歯肉からの排膿、歯槽骨の吸収、歯の弛緩動揺などを来す状態で、歯周症あるいは歯肉炎とも)ぎみであった。この原因は、歯石の刺激、細菌の侵入、咬合(こうごう)不正など局所的原因と、歯肉の抵抗力を弱める全身的原因とがあるとされている。
 こうした症状から、リンゴ等をかじると血が出ると言う状態だった。更に歯ブラシで強く磨くと、歯茎を傷めて出血していた。
 しかし、最近はこうした症状はピタリと止まったのである。
 これは断食の効果が出始めていて、体質が根本的に改善された為であろう。
 また腸管の腸壁に汚物として宿便となっていた腐敗物質が排除され、腸管が空っぽになっている為か、腸の蠕動
(ぜんどう)運動が活発になり、食べないのに毎日排便を催すのである。

写真は体重が105kgあった時の演武である。
 普段から大食漢であり、暴飲暴食に明け暮れていた。また、美食に目がなく、美味しい物を食べさせる処があると聞けば、何処まででも出かけて行って、それを口にしないと気が済まなかった。

 食養道では、こうした腹を「どんぶり腹」というそうであるが、まさに餓鬼道の世界を彷徨って居たのである。どんぶり腹が、凶の体躯である事は云うまでもない。

 私が断食を通じて学んだ事は、「何事にも囚
(とら)われない」と言う事であり、「みそぎ」という本当の意味が分かったような気がした。
 この境地を洗心浄体といい、「清浄無垢
(せいじょうむく)」を現わす言葉であるが、「我」という煩悩(ぼんのう)を離れて穢(けが)れの無い事を言う。そうした心境に少しでも近付いたような、心の清々しさだった。


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