運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
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続・刀屋物語 28

刀剣類を扱う美術品商をやっていれば、必ず真贋の洗礼を受けるものである。
 また、洗練された刀剣類などの趣味人に遅れないようについて行くには、刀剣商自身も洗練されたセンスを身につけなければならない。

 刀剣商も店を構えて『刀剣店』の看板を上げているが、店の主人もまた研究家でもあるし、趣味人の時代感覚を身につけた人である。
 刀剣商が常に時代の先駆を行くのは、刀剣市場の価格の尖端と常に把握し、また、かかる人々の知性の負うところが多い。

 更に刀剣商たるものは、如何なる商品であっても、これを扱う人が大事であることを痛感する。顧客は集まり、人柄によって「いい物が集まる」ということを知るのである。



●取捨選択

 いま静かに“20歳代”からのこれまでを顧みると、何故かしみじみと幸せであったことを感じて来る。
 それは人間勉強ができたことによる。更に、人の世の構造が、清濁
(せいだく)併せ呑み、かつ善悪綯(な)い交ぜの構造で形作られていることを知ったからだ。
 人生は、清濁併せ呑み、かつ善悪綯い交ぜの世界であっても、悪いことばかりが続く訳でもないし、またいいことが連続することもない。

 しかし、今日もまた何か自分の心を喜ばせるようなことが起こるかも知れないという期待を膨らませて、毎朝眼を醒ますのである。いいことの中にも悪い言葉混じり、悪いことの中にもいいことが混じっている。
 そして気付けば、うかうかと歳を重ね、もう六十半ばを過ぎた自分を顧みる。「よくぞここまで」という気持ちになる。

 こうした世間の縮図の中で、私は多くの人間に出遭い、その側面に善も悪も見た。今からも生きている限りそう言う善悪には遭遇するだろう。
 過ぎた時代を振り返り、「あの頃はどうだったか」ということを屡々
(しばしば)反芻(はすんすう)することがある。

 特に学生時代、刀屋をしながら家庭教師をしていた頃の想い出は、何とも奇妙で、貴重な経験と体験を積んだ、と今更ながらに振り返るのである。それに何しろ、家庭教師料が高かった。
 今でも当時の値段設定に、少しばかり呆れることがあるが、しかし今でも、私が、人から仕事を依頼された場合、あるいは何らかの請負業を引き受けた場合、何故か「時給は1万5千円」なのである。

 私の時給はこの金額より、今でも鐚
(びた)一文負けないのである。また値切られれば請負わない。
 あの頃より、同じ時給を、この歳になっても貫いているのは何とも不思議な限りである。
 それでいて、請負業の依頼がないかと言うとそうでもない。そこそこ食べて行かれる程度の依頼がある。これは昭和40年代初頭から殆ど変わっていないので、一瞬時給が時代に取り残されたような錯覚に陥るのである。

 昭和40年代当時、学生家庭教師の時間級は、五百円から高くても七百円程度でなかったかと思う。学生ならば尚更である。それ以上を手にすることは不可能に近かった。
 ところが私は、学生の分際でありながら「一時間一万円以上」の家庭教師料をとったことがあった。

 家庭教師をするために、新聞広告に「時給一万円のプロの家庭教師」というのを掲載したのである。そして依頼を受けるための電話を据えた。
 当時は電電公社の時代だが、電話を引くのに債権を売却して8万円前後ではなかったかと思う。当時の物価から考えれば、かなり高額で、そもそも電話を持っているだけで、金持ちとステータス視されていた時代である。そういう設備投資も含めて、時給一万円以上を謳
(うた)ったのである。

 この謳い文句の金額は、考えれば、当時でも、あるいは今でも篦棒
(べらぼう)である。
 しかし篦棒だから、全く依頼がないという訳ではなかった。また、「時給一万円以上」を必ずしも濡れ手に粟
(あわ)のぼろ儲けと言う気持ちを抱いたこともなかった。常に、この時給は真摯なる発想から生まれたものだった。
 したがって依頼者は、最初はどんな人でも、またどんな階層の人でも二の足を踏むらしい。一旦は二の足を踏むが、しかし、何故かもう一度考え直すのだろう。
 時間が掛かったが、依頼があったのである。

 また、時間が掛かったのは「時給一万円以上」の、この金額に、依頼者は最初困惑したのであろう。
 困惑分、暫
(しばら)く時間の掛かるのは当り前である。人間は困惑状態にあっても、頭の回転の早い人は冷静になろうと考えるから、まず時給一万円以上と言うことを思考するだろう、何故そんなに高いのか?……と。
 そして結論に至るまでに、少々の思考時間が掛かるのである。意図を読み取ろうとするのである。
 つまり思考した末、「プロ」という言葉の意味を知ろうとするのである。

 家庭教師の場合、プロとアマの違いは何処にあるのか。
 それは最終目標が違うからだ。最終目標はただ一つ。プロは第一志望校に合格させるのみ。それ以外の目標はない。
 万一、不合格だったら……などと考えはしない。万一の場合は私自身の責任が問われ、信用がこの世から消えて、下手をすれば首つり自殺でもして依頼者にお詫びしなければならないのかも知れない。
 皇国の興廃が懸るこの存亡の秋
(とき)、プロはこれ以外のことを考えないのである。そのために全身全霊を注ぐ。それ以外の行動律はない。

 家庭教師には、まずプロとアマがいる。私はこの時、プロに携わった。
 プロは生徒が目指す大学に合格させる。アマは時間まで、ただ勉強を教える。当然ここには格差がある。勉強だけ教えても、それは多くが、受験指導とは無縁の「宿題屋」になっているからである。あるいは勉強の「便利屋」かも知れない。
 したがって、最初から受験とは無縁である。補修的なことだけを請け負えばいいからである。ある意味で責任がない。

 ところがプロの家庭教師は、それでは済まされない。
 プロと言う以上、万一の場合は責任を負う。良心も痛むし責任も重い。最終目的に、第一志望校に確実の合格させると言う責任を負って受験指導に当たる。これだけで責任重大である。大変な重圧が掛かる。
 この世は「結果」が総て、である。評価はそれだけである。
 如何に努力したか?……ということは、殆ど評価されない。努力の中継経過には目を向けない。不合格になれば、それまでだ。厳しい指弾を受けるだけである。

 受験指導の家庭教師の場合、生徒や親が希望する何処の第一志望大学に合格させたか、だけに掛る。それ以外に何もない。結果だけである。要は合格させればよい。
 逆の意味で、生徒の人生の一生を半分抱えたようなものだから、責任は重大である。
 この重大な責任を背負って受験指導するのだから、全く以て、五百円程度の請負料では遣っていられないのである。どうしても「真剣勝負の緊張感」を含めて、時給一万円以上と言うのが、妥当金額になるのである。
 こうなると、責任と、責任に対する緊張の重みから考えると、「時給一万円以上」という金額は、妥当な金額として高いだろうか、安いだろうか。

 私は試行錯誤の末に、「時給一万円以上」という金額を弾き出したのである。
 この場合の「以上」は遠方も予想されたので、以上の中には交通費やその他の諸経費が含まれている。
 つまり、第一に交通費、第二に派遣される時間帯である。受験生は何も全日制という時間限定がない。
 現役受験の生徒ならば、早朝がいいと云う生徒もいるし、深夜がいいと云う生徒もいる。また「コマ数」により、土日とか、祝日の「倍コマ」や「三倍コマ」で集中指導を受けようとする生徒もいる。

 私は当時、現役生のみを相手にした。浪人生は敬遠した。受験摺
(ずれ)れして、人間的にも固定観念が出来上がり、たった一年で、世間師のような考え方をもっているからである。こうした相手は殆ど請負わない。予備校にでも行って、名物講師の漫談か落語でも聴いていればいいのである。
 したがって、高三の現役生のみを相手にしたのである。
 当然こうなると、時間外手当や曜日外手当というものを貰わねば割に合わない。派遣者も、自分の日常のテンポを犠牲にして指導に当たらねばならないからである。

 しかし、こうした指導に対する当り前のことを理解する階層は、どう考えても上層にしかおらず、中産階級より下は望み薄と思われたのである。
 「損する余裕」を持っている階層は、中流以下よりも、上のみに分散していると考えたのである。その中から、私の眼鏡に叶う生徒と親を探さねばならなかった。
 私の道場事業部の事始めは、こうして始まったのである。

 道場事業部の事始めとして、刀屋当時にプロの家庭教師を選んだ。両者には、何故か共通項を感じたからである。
 それは先ず第一段階の手始めとして、受験指導をして「第一志望校に確実に合格」させる。次に第二段階として、最終目的である「重要刀剣以上の高級刀剣」を、私の刀屋で買ってもらう。意図は此処にあった。
 この二段構えでプランを立て、それに沿ったシナリオを描いたのである。
 受験の請負業者として、自分に眼鏡に叶う生徒宅の選択に余念がなかった。しかし、金さえ貰えれば誰でもいいと云うものではなかった。請負いたくない親子もいる。
 教師選びに権利は、何も買手側だけにあるのではない。売手にも、誰に売るかその権利は売手側にあった。売りたくないものには売らない。そのための「時給1万5千円以上」だった。高いと思うのなら買ってもらわなくていいのである。

 しかしその権利を売るにしても、「こいつにだけには絶対に売りたくない」と言う親子もいる。この人間には、死んでも売るのが厭
(いや)だと言う親子がいる。
 では、どんな親子か。
 当時のことを振り返り、もし今だったら、私はどうするであろうと言う事件に遭遇したことがある。
 平成26年2月24日・月曜日・午後9時頃に、次のような「殺人未遂事件」があった。

 事件の模様は次の如し。

 東京都台東区のJR上野駅で、駅員の男性(年齢30歳)をホームから線路上に突き落としたとして、警視庁上野署に、「殺人未遂容疑」で会社員(年齢39歳)の男が逮捕された。
 同署によると、当時、ホームに電車が到着する直前だった。ホーム下に駅員が顛落していることに気付き、運転手は駅員の手前で緊急ブレーキを掛けて急停止した。急停止にも関わらず、乗客には怪我はなかったと言う。
 殺人未遂容疑の事件は平成26年2月24日月曜午後9時頃に発生した。
 上野駅のホームで、容疑者は、駅員の腰付近を蹴り飛ばすなどの暴行を加え、JR宇都宮線が入ってくる線路上に突き落とすという事件が起こった。このとき顛落した駅員は、右膝を負傷した。
 同署の取調べによると、当時容疑者は父親
(年齢70歳)とホームにいて、いずれも酒に酔っていた。父親が駅員の胸ぐらを掴み、揺すっていたところを、駅員が父親に暴行を加えていると勘違いし、ホームに入る電車の監視業務に当たっていた駅員を蹴り飛ばしたという。
 父親も駅員への暴行容疑で逮捕された。

 上記のニュースは昨日25日正午NHKのニュースで聞いた。
 酒に酔っていた……。それで腰を蹴ってホーム下の線路の上に顛落させた……。
 しかし、「駅員が父親の暴行を加えている」と見たのは、それほど泥酔でもない状態であるといえる。つまり前後不覚になるまで酔っていないと言うことになる。善悪を判断する状態にあったと言えよう。それなのにホーム下の蹴り落した。電車が入線するのに蹴り落した?……とは、如何なる神経か。

 こうした心理を分析すると、中産階級に多い上層に対する劣等感と、自分より以下の優越感が錯綜し、「駅員風情が何するものぞ」という見下すような優越感があり、また高を括った「噛
(か)ませ犬的心理」が働いて、傲慢から“蹴る”という暴挙に出たのだろう。
 人間は、噛ませ犬的な高を括った感情に至ると、こうした暴挙に抑制が利かなくなるようだ。

 しかしそれにしても、私には、この行為がどうも理解できない。
 また、果たして蹴る必要があったのか?……。
 あるいは初体面の駅員が、言葉に表せないほど傲慢で、それが許せないほど憎くて、瞬時にキレて敵意を抱いたのだろうか。
 それにしても「蹴る行動に至る」この行為が、何とも理解し難い。
 そもそも蹴る必要があったのだろうか。
 それも電車が、今既に入線するその直前に……、あたかも計ったように。

 どう考えても分からない。
 正常な善悪判断をする意識はあったろうに。また、その常識も持っていたろうに。
 果たして、駅員をホームに顛落させるような「乱暴な蹴り」が必要だったのだろうか。勘違いであったとしても、蹴り落す必要があったのだろうか。
 それとも、JRの駅員を優越感から見下して、傲慢から乱暴狼藉に及んだのだろうか。
 それにしても、物の善悪と、常識を判断する正常なる神経を持ちながら、腰を蹴ってホーム下に突き落としたというこの行為だけは、何とも理解し難い。
 70歳の親は、いい年をした39歳の会社員のわが息子に、どういう躾と教育をしたのだろうか……。

 私の思いは、まず此処に行き当たる。
 そしてこの行為は、後で「間違いでした」とか「勘違いでした」では済まされないだろう。何しろ電車入線時に「蹴り落す」という犯行に及んでいるからである。その行為は、刑法で言う紛れもない殺人未遂である。
 また、この事実だけは状況証拠として歴然として残っている。この暴挙は、成人ならば当然責任が問われるだろう。それを心より認めて、自分の行為と、駅員に対して懺悔
(ざんげ)しなければ、その行為は永遠に汚点となるだろう。

 殺人未遂容疑に及んだ会社員が、もし、一部上場会社の正社員ならば、即懲戒免職になろう。
 また、報道では「会社員」とあるから、決して会社役員でない筈だ。会社員ならば、上場会社にいて自身で「中流の上」と言う自負がある中産階級だろうか。
 「中流の上」
 世間では「可もなく不可もなく」という“善良な市民”として定義付けられている。
 しかし、酔って勘違い?……すれば、なぜ電車が入線する直前に駅員を蹴り落す……という行為を働くのであろうか。この行為の「この一点」が恐ろしい。
 先ずは、改めるべきは酒品だろうが、それにしてもこの行為は度が過ぎている。
 電車の運転士が、気付くのがほんの数秒遅れたら、駅員は間違いなく大怪我をするか、下手をすれば死亡していたことだろう。
 万一、そうなった場合に、39歳の会社員の男は駅員の遺族に、どう申し開きをするのだろう……。
 そこまで考えての暴挙に出たのだろうか、それとも事態を甘く見て、駅員を頭ごなしに見下したことが、勢い余ってこうした事態を招いたのだろうか。


 ─────私もこれと似たようなことは、道場生・会員の指導者宅の実家で体験したことがある。
 平成26年2月25日・火曜日の正午のNHKのニュースを視聴した時、かつて道場生・会員の親の実家で起こったことを直ぐに連想したのである。
 このときの経緯は、今以て解
(わ)からない。当時の状況からしても理解不能である。
 今から十数年ほど前、道場生会員の指導者宅の父親から、酒席で絡まれたことがあった。訳が解からぬ絡まれ方で、何故か解からぬが、突然この親父から穢
(きたな)らしく吼(ほ)えられたのである。口穢く罵倒されるような吼え方だったので、今にも一触即発の爆発状態であった。売り言葉に買い言葉であった。まさに立ち上がる寸前だった。私もキレていたら終わっていたろう。

 それにしても私を相手に吼えるのだから、この父親は相当腕には覚えがあるのだろう。あるいは甘く見たのだろうか。
 また酒が些
(いささ)か入っているためか、劣等感と優越感が交叉(こうさ)して、私に対する見下しが噛ませ犬的な暴言に至り、鎧袖一触(がいしゅう‐いっしょく)の行為に及んだのだろう。
 それにしても解からない。

 まず初対面であり、これまで一度も顔を会わせたことがなく、これまで全く縁も所縁
(ゆかり)もないのである。この日、始めて顔を合わせたのである。初対面にあるにも拘らず、全く意味不明のまま吼えられたのである。そのように私は受け止めたのである。
 何故こうなるのだうか。酒が言わせた暴言であったのだろうか。
 それにしても教養面が顕われる、この軽薄は何だろう。

 思えば、私の方から“いちゃもん”を付けた訳でもないし、吼えられる心当たりもない。
 こうして吼えられれば、吼えた御仁
(ごじん)は思い上がりから、一方的に「わしの方が優れている」とか「わしの方が偉いんだ」という優越感によって見下され、吼えられたと思料する。
 だが、初対面でこうなる動機が解らない。

 JR上野駅のホーム下の線路に蹴り落された駅員も、絡んだ父親も、蹴飛ばした息子も、この三者はこの夜が初対面であった筈だ。その初対面相手に蹴りを入れて、ホーム下に顛落させるとは……。
 そのとき宇都宮線が入線していたのである。その危険を顧みなかったのだろうか。
 何故だろう。
 私の心境も、この事件を彷彿させるほど、同じようなものであった。

 初対面である。何が何やら分けが解らない。
 鎧袖一触は仕方なかろう。
 最早こうなれば、これまでの御仁に対する尊敬は失われ、一挙に消滅してしまうのである。そして、この御仁の人格と教養のほどを疑われる。
 それとも、酒の酔いに任せて“つい”というレベルの節度を失ったのだろうか。
 しかし、こういう絡まれ方をすると、“つい”というレベルであっても、絡まれた方は決していい気分はしないものである。今までの酔いも、一気に冷めてしまう。まさに興醒
(きょうざ)めである。一気に場が白けてしまう。
 絡んで酒癖の悪さ……、何とも甚だしき限り……。
 暴言に及んで、鎧袖一触の構図を作るのは、なお以て理解し難し。

 それにしても、絡む側の酒癖の悪さというのは、いつまで経っても忘れないものである。殆ど消去されないまま永く脳裡に残る。
 酒席で不当な絡まれ方をすれば、いつまでも忘れないものである。また無礼講も通用すまい。決して、水に流すことはあるまい。根に持つというより、いつまでも憶えているのである。
 「男が酒で失敗する」と言うことは、こういう事なのだろう。
 私は未
(いま)だに、指導者宅の親父から何で吼えられ、そして何で絡まれたか、一向に見当がつかない。それだけに当時のことを克明に記憶している。
 そして、25日正午NHKのニュースで奇
(く)しくも知った、駅員を蹴ってホームの下に顛落させたという埼玉県の父子である。
 それはあたかも、指導者宅の親父の「酒席の絡み」を髣髴とさせた。

 当時を振り返って、私自身も反省点が多々ある。
 それは直ちに、無言でこの酒席の場を立ち去ればよかったと思うことである。重い腰が災いして、結局吼えられ、厭な思いをしたことだった。
 重たい腰を据えたまま諍
(いざか)いを起こすのではなく、さっさと退散するべきだった。そう言う御仁は相手にしないことであった。
 触らぬ神に祟りなしである。

 反省するに当り、一期一会のことならば、自他ともに醜態を晒す前に“ほろ酔い気分”で腰を上げ、早々に退散するべきであったと、今でも痛感する次第である。私自身の失態であり、些かの悔悟の念が疾る。
 腰が重いと、初対面でも言葉の弾みで絡まれてしまうのである。

 腰の軽きを旨とする。
 このときに得た貴重な人生教訓だった。
 上戸
(じょうご)になる前に、酒品を保ったまま切り上げるべきだった。
 そして見下す者、甘く見る者……、そういう親子には近付かないことであった。
 相手にするべきではないのである。
 もし、こういう親子から家庭教師を依頼されたら、当時の私としても絶対に引き受けていないだろう。直ぐに退散していただろう。触らぬ神に祟りなしである。これは長年生きて来て得た、人生の教訓だった。


 ─────私の場合、「お客さまは、みな神様」ではない。みなが善なる神でない。
 客の中には様々な神がいる。この流行語を流行らせた御仁
(ごじん)は、自分に都合のいい客を“神様”としたのだろう。
 だが、客の中には悪神もいれば邪神もいる。善なる神ばかりでない。
 私は、これらを一緒くたして神様扱いしない。邪悪なものは客扱いしなくていい。
 私の持論である。
 したがって、客を装っていても、客としては願い下げの者もいる。
 そういう邪悪なものからは、こちらの方が身を引き、逃げ出すのが賢明である。
 客相を検
(み)る場合、比較優位の立場に立って検るのが、人間考察の勉強になるのである。
 人の世は善悪綯い交ぜで、清濁併せ呑む。
 故に、この世界を生きるのは難しく、少しでも判断を誤れば啖
(く)われてしまう世界でもある。
 これを釈尊は「苦海」と称した。人の世を苦海と定義したのである。

 周囲をよく見れば、この世は苦海であることが分かる。
 華やかに見えても、贅沢を装っていても、総ては騙しの巧妙な仕掛け……である。騙しの世界の物だ。
 社会構造の上層部の人間がクズだけれども、上の階級ほどクズが少ないように思う。
 問題は社会の「中流の上」から下層に向かうほどクズが多くなる。クズの見分け方の最も簡単な方法は、約束の履行である。口約束でも、必ず約束を履行し、ショウベンをするかしないかである。一度のみならず、二度以上ションベンすれば、間違いなくクズである。

 ションベンをする者は、古美術の世界では最も敬遠され、嫌われる。
 信用ガタ落ちで、二度と相手にされない。ションベンを、一度したが最後、その後の信用は全くない。陰では「クズ」と揶揄
(やゆ)され、譏(そし)られる。
 商売をしていると、信用第一の「信」の字の重さをまざまざと思い知らされる。それはサラリーマンの比ではない。いつも「信」の字がのしかかっている。

 刀剣類などの美術品を扱う業者の中にもクズがいたり、詐欺師がいたり、延べ払いを不履行にしたりする者がいる。こういうクズは、クズなりに生きているが、その階層的ランクは上層でなく、下層であり、商いもあまり揮わない。商売不振である。反作用を、もろに被っているようだ。
 したがって商いは不振となり、経済的不自由に縛られて、そこから抜け出そうとして、また足掻
(あが)き、往生際悪く改心せず、再び詐欺か不履行を働いてしまう。この世界では、こういう悪循環に陥っている者が少なくないようだ。要するに、約束が守れないクズなのである。

 クズを分類すると、まず自己中であり、言い訳が多く、ウソをつく。あるいは、ウソをこの方一度もついたことがないと言う大嘘つき。
 大嘘つきは、人をペテンに掛けたり、相手に錯覚を起こさせて、判断を根底から狂わせようとする。
 攪乱策を遣って、巧妙に守りの相手の外堀を埋めて行く。更には、朴訥をお人好しと罵倒し、いい人を悪くいい、悪い人を善人のように言う。いつの間にか敵に回している。
 物事の順を逆にして、白を黒といい、黒を白と言う。

 こうなると親密なる交際は出来なくなる。秘密も打ち明けられなくなる。そこから良好な人間関係が築けなくなる。
 当然人望も失われる。
 以降、人の出入りが途絶える。人は寄り付かなくなり、訪問者がいなくなる。
 それだけに、晩年は寂しいだろう。単に真面目だけでは済まされない。
 寂しい人間は、反作用の働いた結果、そう言う運命律が早くから顕われているのである。

 それにより、訪問するその人に対しての「詣で」はなくなり、人は次第に寄り付かなくなる。以前にも増して、人の出入りが滅きり減る。老いて益々寂しくなる。
 つまり「寄り付き度」こそ、その人の「人望」と「信用」なのである。
 人望も信用も、したがってそれは「依頼度」によって計られるものではないか、と思うのである。
 逆に言えば、個人に対する依頼度こそ、その人の人望と信用を計るバロメーターとなる。この数値が低いほど、また人は、老後において寂しい死に方をするのであろう。


 ─────さて、では家庭教師と刀屋は、どのような関係にあるのか。関係があるのなら、どういう共通項があるのか。
 生徒が志望大学に合格すれば、その親は刀を買う。志望校も、単に希望する志望校の何れかでなく、間違いなく本命の第一志望校である。ここに合格させれば、縁起物として刀を買う。そう検
(み)たのである。
 その場合、縁起物として持ち掛ければ、たぶん断り切れずに、義理で買ってくれる場合もあるだろう。
 譬
(たと)え買わなくても、知人に売り込むことが出来る。親自身が刀剣に興味がなければ、趣味人の知人を紹介してもらえる。その場合、同時に人脈が出来る。甘いかも知れないがそう言う策を立てたのである。
 ただこれだけのために家庭教師をして、以後それらの生徒の殆どを、間違いなく第一志望校に合格させたことがあった。

 こういう構図が出来上がった場合、合格すれば合格祝で……、付き合いで……、縁起物として、という感じで買ってくれる場合もある。それだけに奨められて、親側は断り難い。そこが狙い目だった。

 その上、こうした受験生の親は、数百万円から1千万円クラスの重要刀剣以上の物を買うだけの財力も資産も充分にある。
 そもそも家庭教師の時間級が篦棒に高いから、「並み」の家の親では、依頼に関して二の足を踏む。
 したがって依頼者は、大抵が旧家で、地元の名士で資産家である。
 そういう子弟の家に通ったことがあった。
 だから、私は学生時代、博多から唐津くんだりまで、家庭教師を遣るために、週に二回、約一年間通ったことがあった。

 唐津で依頼された御仁の子弟は、佐賀県でも有名な私学の進学校に通っていた。
 ところが、そこの子弟は、何とか有名私学に入れたものの、その後の学業成績がパッとせず、いつも成績はワースト・スリーにランクされるような生徒だった。そこで、私に白羽の矢が立ったということであった。

 当時のことである。
 私は二十歳
(はたち)そこそこだった。
 初対面の親子面接のときである。
 私は学生服で出掛けた。それしか持たないのである。他所行
(よそいき)の一張羅(いっちょら)は、年中着た切りの黒尽(くろずくめ)の学生服であった。

 三月の下旬頃で、もう直、桜がちらほら咲き始める時分だった。
 博多から唐津まで出掛けて行き、指定された時間きっかりに、ある邸
(やしき)に到着した。そこは白堊(はくあ)の名に相応しい豪奢(ごうしゃ)な造りの邸だった。
 この家の主人は如何なる商売の人だか分からなかったが、邸の造りから“成金”を彷彿
(ほうふつ)とさせ、見るからに新興の実業家のように想像出来た。建物は以外に新しかったからだ。あるいは家屋を新しく建て直したのだろうか。そうなると元々旧家だったかも知れない。それは、私程度の人生経験では、全く判断し難かった。一体この屋敷の主はどういう人なのであろうか。

 門柱の呼び鈴を押すと、中から、私と余り年齢の変わらない、お手伝いさんのような女性が出て来た。
 「何か御用ですか」この女性が訊いた。
 些
(いささ)か突っ慳貪(けんどん)だった。学生が何のようだ?……という感じだった。
 「家庭教師の者ですが……」
 そういうと、女性は驚いたような顔をした。この女性自身、本日家庭教師が来ることは聞いているようだったが、来た家庭教師が、学生服の青二才で、些か面食らったのだろう。
 「あなた、家庭教師の先生?」見下したような訊き方だった。
 「はい」
 そう答えても、最初は信用してもらえず、暫
(しばら)く怪訝(けげん)そうな顔をされた。プロという謳(うた)い文句から、この女性は、もっと先生らしい、ベテランの高校の教師のような年配者を想像していたのであろう。学生服の大学生で拍子抜けしたような態度だった。

 玄関で、暫く怪訝状態が続いたが、「中へお連れして」という声が掛って、応接間へ案内された。大層な造りの応接間だった。あたかも上場会社の社長室を思わせるような広い部屋だった。
 そこで暫く待たされると、夫婦で私を面接することになった。私の首実検である。本来ならば私が親を面接するのだが、これが逆という感じだった。若造の私が試されたのである。その実力のほどを……。

 「新聞にはプロとしての広告を出されておりましたが、先生はプロですか?」
 唐突に父親の方が訊いた。
 それは如何にも不信と言う訊き方であった。見下されているような、まさに尋問と言う感じであった。
 その訊き方も端
(はな)から、私を疑っている姿勢は崩れていなかった。「プロ」というイメージから、姿形の期待に反して青二才ということで、がっかりしたのであろう。
 「さようです」
 「正直に申せば、うちの子は、私学の進学校に通っていますが、成績が芳
(かんば)しくありません。何とか志望校に入るには入ったが、そこで息切れして万年ワースト・スリーです。もうこれがおおよそ二年間も続いている。担任からは退学まで薦められる始末です。さて、このような子供でも救いようがありますか」
 「救われます。僕の理論に従い、真剣に勉強を遣って頂けば、大学は、大学院受験より難解ではありませんので、救われる可能性は大です」
 「可能性は大ですか……。つまり、必ず救われるということではないのですね」
 「必ず……と云う言葉はいけません。人生には“必ず”は禁物です。必ずは無いものと思って下さい」
 「先生は若いが、面白いことを言う人だ」
 私は父親から半分冷やかされたと思った。
 「そうでしょうか」
 「苦労人のようなことを言いますなあ」
 「僕は苦労人です。こう見えても、地獄まで降りていって、地獄の釜の中を何度も観
(み)て、お参りしてまいりました。地獄詣ではお手の物です」
 これまでの辛い過去が連想された。
 「ほーッ……、地獄の釜の中に、地獄詣で、ですか……。益々面白い……」
 自分の語りかけるように言い返し、一瞬苦笑するように言うのだった。失笑を買われたのかも知れない。
 「僕如き若造を面白がられても困ります」
 機先を制する意味で言った。この嗤
(わら)いは、いったい何を意味するものであっただろうか。恐らく青二才の私を、“尤もらしいことを言う”と鼻で嗤ったのだろう。
 「これは失敬……」
 一応詫びたつもりなのだろう。

 「受験はですね、受験地獄というでしょ。地獄でもがく根性がなければ、目的は達成されません。大いに苦しみ、受験者が一もがきも、二もがきもしてくれないと、幾ら教師に腕があろうと、ここから逃れることは出来ません。地獄を彷徨う行為で大事なことは、浮かぶ瀬もある道標を示してくれる地蔵菩薩のような、菩薩に出会うか、出会わないかの運です。それでここから抜け出せるか否かが決定します」
 「運を持ち出しますか……、実に抽象的だが、先生は面白いことを言いますなあ」その言は嘲笑
(ちょうしょう)にもとれた。
 “運を持ち出しますか……”と言うことからして、些か侮蔑
(ぶべつ)気味だった。あるいは完全ある侮蔑であった。私を断る腹かも知れない。私の脳裡には断られる……という、薄らとした予期が脳裡を交叉していた。
 「無理に押し売りは致しません。お気に召したら、まあ、一度考えてみて下さい」
 ここらが退散時と踏んだのである。長居は無用であった。私は全く信用されていないのを悟った。

 私はそう言い放って、席を立ち上がろうとしたら、父親は突如顔色を変え、「まあ、まあ……」と、今度は逆に宥
(なだ)めに掛ったのである。
 「先生も気の早い人だ。まだ、こちらは言いたいことを言い終わっていない。最後まで聴くのが礼儀ではありませんか」些か叱責気味に言い放ったのである。
 「はあ、これは富んだ無礼を……」
 私は一瞬恐縮したのであった。
 「それにしても、先生は面白い人だ。肚が据わっている。地獄を見て来たと言うだけあって、そもそも毅然としているところがいい。確かに苦労人のようだ……」
 「そう言われて、煽
(おだ)てられても困ります」
 「では最後に、もう一つ質問を宜しいでしょうか。こう見えても、私も国立一期校の出身者です。気になる質問をさせて下さい。
 さて、先生の教科は専門は何ですか?……。例えば、数学が得意とか英語が得意とかあるでしょう、そういう専門教科で言うと教科は、何ですか?」
 「専門教科などありません。受験には専門教科はないのです。敢えて言うなら、受験そのものが僕の特化的な教科です。専門は受験です。第一志望の大学に合格させることだけが僕の専門です。そのために、自分の脳漿
(のうしょう)を絞り込んで、搾(しぼ)り尽くして、それだけに専念します。だから、僕はプロを自負しているのです。教科別の単品のバラ売りは致しません。子供さんを大学に合格させる気持ちがおありでしたら、受験を丸ごとセットにしてお買い求め下さい」
 「益々面白い」
 父親は手を叩いて喜ばんばかりだった。あるいは私がジョークを言っているとでも思ったのだろうか。

 「面白がられても困ります。御用がなければこれで帰らせて下さい。次の請負先を当たりますから……」
 「いや、待って下さい。私の質問はまだ終わっていない。最後に、もう一つと断っております。話は最後まで……」
 「それで、僕がそちら様の眼鏡に叶えば、採用ということですか?」
 少しばかり、私は嫌味な訊き方をしていた。試されていると踏んだからだ。
 「そう言う訳ではありません。こちらも資金提供者として、買う側の質問と考えて下さい」
 「僕は時給1万5千円の家庭教師です。鐚
(びた)一文負かりません」
 私は1万円以上と言わずに、もう最初から1万5千円という金額を提示していた。
 「そうですか、鐚一文負かりませんか……」
 しかし“1万5千円”という金額に、別にこだわっている風ではなかった。

 「高いとお思いでしたら、他をどうぞ。頼りないとお思いでしたら、僕如きに若造に固執する必要がありません。とにかく検討された上で、お返事下さい。では今日はこれで」
 「まあ、まあ、話は終わっていません、せっかちな人だ。是非ともと思っているから、こうして引き止めているのです」
 「……………」本当だろうか。

 「うちの子は英語が駄目です。どうしてでしょう?……、原因をご指摘下さい」
 「考えているからですよ」
 「なに!考えている?……」
 「英語は考える学問ではありません」
 私はズバリ切り込んだ。
 「考える学問ではない?……」半信半疑の貌
(かお)をした。
 「考えている時間が、そもそも間違いなのです。語学は考えていること自体が違いです。
 不得意だったら、“出る単”でも遣って、必死に単語でも覚えることです。特にABC順に並んだ効率の悪い赤尾の『赤単』を止めて、受験に出る順の英単語に絞る。その数、およそ三千語。受験に不用な単語は、覚える必要無し。出発は、ここからです。基礎固めをしなければなりません。次に“出る熟”の攻略に掛かります。
 この二つの基礎固めをした上で、考える英語から、反射神経的な反応の出来る英語へと移行させます。そうすれば100点満点中、80%はキープ出来るでしょう。それに読解問題を読解演習で力を付けようなどは時間の無駄。演習問題で読解力は付きません。このような遣り方は、危険な学習法です。また辞書を引きながらとか、単語帳やノートに記帳する遣り方も危険です。更に基礎段階で、英字新聞を読むなども無駄の最たるもの。受験には意味がありません。大学入試の英語はビジネス英語でありません。辞書を引きながらの徒労で難解なものに挑んでも、益々屈辱を深めるだけ。それだけで自信を失います」
 「ほーッ、面白いことを言う……」
 感心して聞き入っているのか、半分バカにしているのか検討がつきかねた。
 「物には順序があります。中学レベルの動詞の三変化を反射的に対応出来るようにして、中学英語から遣り直すべきでしょう。
 また、ノートが綺麗なだけでは、全教科が駄目なのは当り前です。教科書に書いてあることをノートに書き写しても、それは徒労学習の最たるもの。徒労を繰り返しているから、最短距離の効率のいい学習が出来ないのです。元凶はエネルギーの散逸
(さんいつ)です。一つのことを考えるから、全エネルギーを分散し、集中力が失われるのです。それだけ疲労も加わり、能率的ではありません。
 これは指導する側が実行することではなく、指導される側が実行すれば、自ずと成績は上がっていくものです。僕自身が熱心に指導したところで、教わる側が徒労をしていれば、笊
(ざる)に水を注ぐようなもの。そういう行動様式が身に染み込んでしまえば、生涯を徒労して歩く人間に成り下がるでしょう」
 私は意地や信念を語ったのではなかった。
 志望校に合格するための攻略法を語ったのである。受験地獄の中では、地獄を彷徨うだけでは能がない。脱出することが肝心なのである。敢えて、極楽に浮かび上がって来ることが大事なのである。しかし、無闇に戦うばかりでは駄目である。持久戦のために、効率的な作戦が必要なのであった。

 「独特な、お考えをお持ちのようですなあ。また、受験を一つの戦争と考えているようですねェ。その辺が実に興味深い」
 「僕は安売りを好餌
(こうじ)にして、受験を食い物にはしません」
 「なるほど……」
 「受験を戦争と考えているのなら、戦争をする以上、どんな戦争でもいいという訳には行きません。戦争をすれば、いつも非戦闘員が巻き添えを食らいますからね」
 「それは周囲の親たち……と言うことでしょうか?……」
 「非戦闘員が巻き添えを食らう、腫れ物に触るような、そうした戦い方は愚の骨頂……。だから、僕は勉強は一人で遣った方が伸びると信じているのです。一斉授業では伸びません。一人で遣る以上、もともと解ける問題をノートに解いているというような、死んだ戦い方は無駄だといいたいのです」
 「ユニークですなァ。これまで、先生のような考え方をする人に中々出遭
(あ)えなかった。納得出来て、目から鱗……という気がします」
 父親はこのように言い、投げた骰子
(さいころ)は、まだ転がり続けているのだった。止まって、ある数の目が出た訳ではなかった。

 「僕は英語を専門的に指導する家庭教師ではありません。受験を指導する家庭教師です。このことに、是非ご理解を……」
 「一人で全教科を?……」怪訝そうに訊いた。
 「受験は単教科ではありません。複数教科の学力が問われます。
 それは受験生を見れば一目瞭然ではありませんか。受験生は単科では合格出来ません」
 「なるほど」
 「全般を指導するから受験指導なのです。したがって、専門教科はありません。そして付け加えますが、英語を学習すると、英語と国語が伸びます。また数学
(数1・数2B・数3。当時は進学普通校は数2B、工業系は数2A)と学習すると、数学と国語が伸びる……。理科(物理・化学・生物・地学。当時、理科1は無し)を学習すると、理科と国語が伸びる……。社会(地理・歴史・政経・倫社など。当時は現代社会なかったと記憶する)を学習すると、社会と国語が伸びる……。何を学習しても、その科目と同時に、国語が伸びるという大原則があります」
 「ほーッ……」
 感心していると言うほどでもないが、一応、お愛想程度の相槌
(あいづち)であろう。

 「一方、塾や予備校に行くと、大勢を集めて一斉授業をします。そのうえ講師は専門化され、細分化されています。
 これは必ずしも、経済論理でいう分業化されていると言う意味ではありません。単に、細切れにセクションごとに、細分化されているだけなのです。つまりマクロで全体像を見ず、ミクロで細切れに全体像を把握しようろするもの。
 こういう思想で、受験戦争は勝利しません。
 確かに専門講師の知識力は目を見張るものがあるでしょう。でも、講師の一人ひとりの専門分野は知識的に優れていても、深く狭くしか知りません。要するに、塾や予備校の単科教師と言うのは、ミクロ的で、それだけの能力の人なのです。ですから、それ以外は無能です」
 「また、大きく出ましたなあ……」呆れたように言った。
 私を自信過剰の“その程度”の自信家と検たのだろうか。

 「仮に、一英語講師が受験指導出来たり、また一数学講師が教科全般を見渡して、適切なる受験指導が出来ません。受験指導すら、専門化されていて細分化されているのです。これが分業化よりも悪い。受験戦争と言う戦争に当り、総力戦を細分化し、種々の分業で躱
(か)わそうとしているのです。これではミクロは予測出来ても、マクロ的な見解は皆無で、全体像が掴めません。この全体像が欠如しているから、生徒ごとに得意科目が出来て得手不得手が起こるのです。総力戦を細分化して躱(かわ)そうとするからです。総力戦の要(かなめ)は国語力です。
 つまり国語力こそ、学習のための巨大な心臓部なのです。ここに偏らない専門を除外した総合力が、本来の受験指導なのです」
 私は受験勉強に関する自分の論旨を述べた。

 「国語力こそ、広大にして無辺なるものと仰りたいのですか。分かるような気がします……」
 「進歩の限界は、国語力によって決定されるのです。思考力や読解力は全機能が国語力に帰着します。これにも段階があり、基礎的には漢字や熟語を覚え、文法、文学史、古文、漢文、現代国語の基礎鉄骨を組み立てていきます。ミクロ的な学習の積み上げです。この要領に従えば、数学や物理も同じ方法で、一通り構築することが出来ます」
 「つまりミクロ的な学習の積み上げが、やがてマクロ的な総合力になって開花するということですね。その要に国語力がある。そう仰りたいのですね」
 「そのためにはミクロ的な盲点探しと、死角探しをして、故障箇所の補いをしなければなりません。全体が崩れてしまう前の大事な補修工事です」
 「補修工事と申しますと?……」
 「国語の書き取りです。それも小学校五、六年の……」
 「ほーッ、小学校五、六年の書き取りとは……」またまた呆れたように言うのであった。
 「これをバカにしてはなりません」私は釘を刺すように言った。

 これは遣らせてみると、意外にも高校生でも大学生でも、また大学卒業者でも、大学院生でも、更には大学教授でも、情けないことに殆ど出来ないのである。そして受験生を持つ親に、小学校レベルの国語の書き取りを遣らせると、正解率は何と僅か10%程度なのである。
 親にして、この態
(ざま)だった。
 自分では解っている振りをして、その辺をいい加減に通り過ごして来ているのである。自分でも気付かぬ、盲点や死角は、こうした処に転がっていたのである。



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