運気 八門人相 房中術 癒しの杜 菜根譚 小説 会報Back No. 合気 蜘蛛之巣伝 死の超剋 霊的食養 心法
続・刀屋物語 1
続・刀屋物語 2
続・刀屋物語 3
続・刀屋物語 4
続・刀屋物語 5
続・刀屋物語 6
続・刀屋物語 7
続・刀屋物語 8
続・刀屋物語 9
続・刀屋物語 10
続・刀屋物語 11
続・刀屋物語 12
続・刀屋物語 13
続・刀屋物語 14
続・刀屋物語 15
続・刀屋物語 16
続・刀屋物語 17
続・刀屋物語 18
続・刀屋物語 19
続・刀屋物語 20
続・刀屋物語 21
続・刀屋物語 22
続・刀屋物語 23
続・刀屋物語 24
続・刀屋物語 25
続・刀屋物語 26
続・刀屋物語 27
続・刀屋物語 28
続・刀屋物語 29
続・刀屋物語 30
続・刀屋物語 31
続・刀屋物語 32
続・刀屋物語 33
続・刀屋物語 34
続・刀屋物語 35
続・刀屋物語 36
続・刀屋物語 37
続・刀屋物語 38
続・刀屋物語 39
続・刀屋物語 40
home > 刀屋物語 > 続・刀屋物語 36
続・刀屋物語 36

拡大表示
拡大表示
拡大表示

正之の短刀。刀剣類の中には、まるで「宝石」のような物がある。正之の短刀もその一つだろう。小さ刀と言ってもいいような、僅か刃渡り17.2cmの中に独特の宇宙が広がっている。
 鑑ると、ねっとりとした綺麗な地鉄に直刃湾
(の)れ基調の乱刃を焼いた上品な造り込みの短刀である。また、出来の良い匕首拵に仕込まれている。



●身の慎み方

 M君の合格祝賀会の時のことである。
 私は縁起物の売込みを諦めていた。物がなかったからである。物がなかったのは、以上のことによる。
 遂に、縁起物の話をすることなく、請負業の目的を果たした私は、慎んで身を退いたのである。
 身の退き際を誤らなければ、その身は保てる……、そう決めたのである。
 売込みは止めたのである。売る物がないのである。これでは身を退く以外ない。

 物事は思惑通りには運ばないものである。
 しかし、楽天家的なところのある私は「まあいいか」と、変なことにこだわらない気性も持っていた。過ぎた事は忘れてしまう。また、忌まわしい過去をいつまでも引き摺るほど、記憶力もよくない。厭
(いや)なことは直ぐ忘れる。
 特に、悪い記憶ほど直ぐに消去されてしまうのである。過ぎた昔のことは、直ぐに忘却するほど大した記憶力も持っていなかった。

 人は、進退の時を間違わねば、身は、何とか保てるものである。そう聞いていたからである。
 厭なことが直ぐ忘れる。消去してしまう。
 これも一つの身の弁
(わきま)え方だろう。憶えておいていいのは、何か、事件から来る教訓だけである。教訓になるそうな事は、いつまでも憶えている。それが凶事であってもである。凶事は、厭なこととは違う。凶は不吉なものであり、しかしその不吉は吉に変わる要素がある。そういうものは憶えておいても無駄にならない。いずれ反面教師になるからである。つまり、教訓だ。
 この方が、過去にこだわる記憶を温存させるより、更に建設的である。過去に損をしたとしても、建設的な思考で取り返せば良いのである。そのためには、常に頭を遣って考え続けねばならない。
 先ずは、身の慎み方を知って居ればいい。弁えれば、それで済む。

 結局、私は身の慎み方を選んだ。そして身の保つ方を選んだ。
 先ずは目的を果たした第一目的だけで「よし」とした。
 実質上は、受験戦争には勝ったが、最終目的は達せられなかった。そう言う結末で終わったのである。
 もし、これが逆になっていたら大変である。そう思えば、有難い事だった。ベストではないが、ベターであった。

 万一、受験戦争には負けて「最悪の不合格」だったが、縁起物を売込む最終目的だけは成功した……。こうなると、まさに夢見が悪かろう。人間の良識も失うだろう。
 恥知らずの行為である。
 縁起物は最初の戦争目的と達成して、次に最終目的へと向かうのが筋である。これは順序が逆になってはならない。詐欺師扱いされる。
 そうならないだけでも幸せだった。有難かった。

 去り際、M君の祖父に引き止められた。
 「まだ何か遣り残したことがありませんか?」と声を掛けられた。意味ありげに、鎌を掛けているようであった。
 あるいは最初から、私の本性を見抜いているのかも知れなかった。
 おそらく魂胆
(こんたん)を見抜いていたのであろう。
 元軍医のこの老医師は、私の唯一の理解者であった。それに、健康法と称した奇妙な素振りをしているところを度々見たことがあった。それが私の興味を惹
(ひ)いたのである。

 この御仁は老医師として、地域に貢献する懐の深さを持っていた。何故か自然と頭の下がる人であった。
 ゆえに、もしかすると、「好き者かも知れない」という期待もあった。
 つまり「好き者」とは、刀剣の愛好者あるいは何らかの名刀の所有者かも知れないと言う、上には上の、そういう人だったかも知れない。そして去り際、奇
(く)しくも引き止められた。

 それは「最後に、どうですか……。先ずは、お茶でも一服さしあげましょう」となったのである。
 しかし、それはお茶を振る舞うことが目的でないように思われた。何か別の目的があったように思う。
 私は最後の付き合いとして、この誘いに乗った。
 あるいは最後に、碁の一局でも所望するのであろうか。最初はそう思っていた。
 ところが、これが違った。意外な行動に出た。

 奇妙といってもいいような行動に出た。隣の部屋から、何かごそごそと、家紋入の長持のような函
(はこ)を抱えて来たのである。
 そして、意外にも長持の中には、刀袋に入った三振りの刀剣が横たわっていた。
 それを見たのである。あるいは故意に見せられたのかも知れない。
 刀袋は三振りとも金襴極上のネル入の袋で、房はしなやかな正絹房だった。安物のペラペラという感じではなかった。何だか曰
(いわ)くありげだった。
 長持の中から一振りを掴み取り、房紐を解き、中から拵
(こしらえ)付きの大刀が顕われた。その拵の出来が見事で、刀身は肥前刀というのである。鞘を払って中身を見せて頂いた。

 「どうです?」
 こう訊かれて唸った。目が眩
(くら)む思いだった。
 それは肥前国忠吉……だったからである。私の想像以上に、ランクが上の上であった。
 刃文は小錵
(こにえ)付、互の目乱足太く入り、中直刃二重刃足入る。まさに肥前国忠吉だった。
 わざわざ中茎
(なかご)の銘を見らずとも、恐らく間違いあるまい。
 確信があった。
 研ぎ師の師匠・吉藤先生が語られた通りの物のようだった。そして肥前刀は何度も鑑
(み)てきている。
 だが、これまで肥前刀を数多く鑑て来たが、これほどまでの凄い大業物は見たことがなかった。鑑きる者がみれば、驚嘆すべき大業物だった。五字忠の中でも、最高の出来だろう。

 「肥前国忠吉ですね」確信をもって言った。
 「さよう、五字忠の異称の……」と、確信をもって答えた。

 五字忠といえば初代忠吉であり、慶長年間
(安土桃山から江戸前期の後陽成・後水尾天皇朝の年号をいう。文禄5年10月27日(1596年12月16日)改元、慶長20年7月13日(1615年9月5日)元和に改元)の逸品である。その中でも初代忠吉の最初期の物である。
 私のような素人風情が、おいそれと手の出せる代物でない。桁違いであった。
 鑑て唖然
(あぜん)とする以外なかった。
 更に思った。
 M家にはこうした名刀が存在する以上、私のような駆け出しの刀屋が売込むような縁起物は存在しない。また売込んでも、鼻であしらわれるだけだろう。
 これを見せられたとき、私は浅はかな策を用いて、中途半端な物を縁起物と称し、売込まずによかったと思った。売込んだ後に、五字忠のような大業物を見せられては、大恥をかくところだった。これこそ人間が試され、私自身の底の浅いことを見透かされるところであった。私と言う、人間の低さを露見されてしまうところであった。危うし危うしである。

 人は、至る所で試されているのである。
 自分で試されていると言う自覚がなくても、自分の行為や言動を、他人の厳しい眼で検
(み)られているのである。人とはそう言う生き物である。常に評価の対象となる。その警戒心がなければ、自分に隙を作ってしまう。愚者ほどこの警戒心が疎いようだ。
 私は寸前のところで、危うく間抜けな人間として評価されてしまうところだった。

 私が、世間の目に警戒心を抱くのも、この頃だったように思う。
 人前では、暴言を吐かず、言葉を慎み、あるいは選び、他人に対しては熱弁を語らず、ただ聞き役に廻る。それでよしとするのである。
 心を許さない者に対して、安易に多くを語れば、誤解を生じさせる。気心が通じたとしても、他人は他人である。いつ牙を剥
(む)き出しにするか分からない。いつ揚げ足を取るか分からない。これまで味方と信じている者から掌を返されることもあるのだ。
 何事も目立たず、また“目立ちたがり屋”や“仕切り屋”になるのでなく、後ろに控えて、そうした行為は人に譲る事である。また、先は譲ることである。
 謙譲こそ身を慎む道だった。慎みを忘れると、つい口が滑って、後に揚げ足を取られることになる。こうしたことは日常茶飯事である。

 それにしても売る物がなかった。M家に、縁起物としての売る物がなかったのである。
 最終目的は達せられずに頓挫
(とんざ)した。
 参った!……勝負有りだった。
 敗軍のうつけ者は、ただ去るのみだった。
 またM家に、こうした大業物があるとは夢にも思わなかった。M家の方が、一枚も二枚も上であった。私のような駆け出しの刀屋が出る幕ではなかった。出しゃばっていれば、大恥をかくところだった。

 「まずはお茶を一服……」落ち着いた声で言った。
 それだけに、医師は中々私を解放させてくれない。何かと引き止めようとする。それが意図的とも思えた。あるいは私の最終的な魂胆を、もっと以前から見透かしていたのではあるまいか。そう思いたくなる。
 隙を作った憶
(おぼ)えはないが、何かを察知したのだろう。
 老医師のように、これだけの人物になると、私の魂胆を見抜いたのは「さすが」と言う他なかった。
 こうなると、一礼して去り難い構図となっていた。容易に去らせれくれない。既にこういう構図の中に嵌まっていた。
 去ろうとしても、引き止めの第二波、第三波が襲って来るだろう。
 役者は一枚も二枚も上である。観念した。

 「勉強不足でした」
 私は素直に頭を下げていた。
 自分の未熟さを嫌というほど思い知らされていた。プライドが根刮ぎ傷付けられていた。
 天が「必要なし」と看做
(みな)せば、潔く去る覚悟で居た。「世の不要」と烙印が押されたら、もうこれで、刀屋も家庭教師も、以後しないつもりでいた。負け犬の覚悟が出来ていた。
 老医師から回りくどく、そのように悟らされたような気持ちになっていたのである。単に、思い過ごしかも知れないが……。

 「一体どういうことです?」
 老医師は訊き返した。合点が行かないような貌をしていた。
 「どういうこととは?……」訊き返された。

 「いやはや、本当に参りました」と、頭を下げていた。
 私は独り言のように呟いていた。降参したことを告げる意外なかった。
 「俟
(ま)って下さい。何か勘違いしてはいませんか」
 「はあ?……」
 「わしは先生の、常人にないところが気に入っていた。未熟なる学徒の孫の師匠として、心からあなたに惚れ込んでいた。そして合格の暁
(あかつき)を見た。それは大いに感謝していいほどであり、頭を下げるのは、こちらの方です」

 「は?……」一瞬拍子抜けした。
 「先生、あなたのいいところは、何というか……、根拠のない自信があるということです」老医師は確信的に語った。
 「どういうことでしょうか」
 私の脳裡には“根拠のない自信”というのが、大いに引っ掛かった。少しばかり愚弄
(ぐろう)されているのではないかとも疑った。単に言葉の“あや”だろうか。

 「失礼だが、根拠のない自信の、そこが面白い。先生の……、その根拠のない自信が、時として、孫のような駄馬を駿馬に仕立て上げる魔法を遣う。この辺の、魔法使いのようなあなたを、わしは大いに気に入ったのです」
 大層な世辞だった。

 「そのように煽てても困ります。あたかも豚を煽てて、木に昇らせようとしても駄目です。自分は、とにかく参りました。五字忠のような天下の名刀を見せられては、駆け出しと雖
(いえど)も、私のような刀屋は刀屋失格です」
 「これは異なことを……。先生は家庭教師の先生とばかり思っておったが、実は刀屋でしたか?」
 「えッ!?」私は驚愕した。
 「これは驚きです」
 恍
(とぼ)けたような、実に取って付けた、白々しいことを言った。
 此処まで言われると、更に世辞は白々しい以上に、バカにされた気持ちになる。

 「実は自分は、口ほどにもない、目利きの出来ない駆け出しの……」と言いかけた途端、「みなまで言いますまい。それはそれで宜
(よろ)しい。ここで論ずるべきは、わしの所有する、この三振りの刀の事です。それを鑑(み)ていただきたい。議題を摺り替えられては、わしが困る。くれぐれも議題の主旨を間違われないように……」
 「はあ……」
 私は益々恐縮した。

 何しろ天下の大業物の五字忠を見せられた後だけに、私の最終魂胆が見透かされたとあっては、いよいよ縮こまる以外なかったからである。穴でもあったら入りたいほどだった。
 老医師は、若造の魂胆を既に見抜いているようだったが、それを敢えて口にしないのであった。配慮であったのだろうか。
 その真意が分からない。

 「一つお願いがあります」
 「どういう事でしょう?」
 「もう一度、忠吉を鑑
てください。曇っていると思いませんか?……」自信なげに切り出した。
 「はて、そうでしたか」
 「素人目には、そう見える。気持ちの問題でしょうか。あるいは研ぎ次第で、変わりましょうか」
 難解な質問を持ち出して来た。
 そして「では、もう一度拝見……」となった。

 研ぎが悪い……といえば、それまでだが、しかし……と、忠吉を手にしながら思うのであった。
 言われれば、何処か、全体的に曇っている。天下の名品が、何故か言われてみると、「研ぎが今イチ」の感じがする。それは研ぎが悪いか、手入れの悪さにあるのだろう。あるいはその両方の場合も……。

 代々伝わったと言うから、もっと先の先祖かも知れないし、代々が唐津藩の御典医であったと言うから、先祖の過去帳にも名立たる人物が登場して来ることであろう。そのうちに一人に、天下の名刀に興味を示さなかったとしたら、あるいは手入れを怠ったかも知れないし、研師の選択に失敗して、下手な研ぎを遣らせたのかも知れない。
 研ぎの最終仕上げはよくないのである。
 最終仕上げは砥石の微細石を遣うが、更に最後に人間の手で研ぎ上げる。これにより刀剣の断面には、微細な丸みを帯びた曲線の緩やかな「フクラミ」が出来、それが見事にバランスの取れた曲面を成し、その接点は「点」である。鎬筋
(しのぎすじ)から刃先までの面は、平面ではなく「曲面」なのである。更にこの曲面は、平面でなくただの点なのである。此処に、いい研師の名人芸があるのである。

 故に名人の研ぎに掛かった刀は、並みの研師のその研ぎよりも、断然斬れ味が良いのである。
 肉を斬り、骨に食い込んで、更にそれを切断してしまう斬れ味の凄さは、点で構成するフクラミに刀剣の「刀の理」があるのである。
 それに併せて、日本刀の美しさと斬れ味は「焼刃
(やきば)で決まる」といわれる。

 つまり“焼刃”とは、刃文のことであり、刃文は光源と約30度の角度の位置で刀身を透かして見ると、刃と鉄地の境に白く光って見える部分があり、この部分が焼刃であり、これは美しい種々の刃文を構成している。
 また、刃文部は顕微鏡の拡大写真などで見ると、大小の粒子から構成されている事が分かり、大粒の粒子は肉眼でも見えるほどである。この見える部分を、刀剣鑑定上では「沸
(にえ)」または「錵(にえ)」という。
 この部分を見ると、刃と地肌との境目に銀砂をふりかけたように輝いているところである。

 また肉眼では見え辛く小さい粒子を「匂
(におい)」という。
 そして匂いは、日本刀を鑑定する上で、重要な見所で、細微のものが揃っているのがよいとされる。
 匂出来のものを鑑ると、刃の進んである地肌と、その境目の部分に、霧のようにほんのりと見える文様のことであり、最も重要な見所の一つである。此処を鑑ると白く光って見える。
 この白い光の部分は鉄地の中にあるマルテンサイト
(martensite)であり、これが鋼の組織を形成している。この形成に至には、オーステナイトを焼入れして得られる板状またはレンズ状の微小な組織で、炭素が鉄の中に過飽和に固溶していて硬い。マルテンサイトの名の由来は、鋼の微細組織を研究したドイツの冶金学者マルテンスA. Martens/1850〜1914)の名に因(ちな)んでいる。

 また黒い部分をトルースタイト
(troostite)という。トルースタイトもマルテンサイトと同じく、鋼の焼入れ組織の一種である。鉄と炭化鉄との混合したもので、焼入れの不十分の時に生じる部分をいう。この部分は、マルテンサイトに次ぐ硬さを有する。弾性限界が高く、より靱性(じんせい)が大きいので高級刃物の組織として利用され、特にに本当の場合は不可欠の部分である。

刀剣の刃文。写真の刀剣は「行光」の作。行光は嘉元(鎌倉後期の後二条天皇朝の年号で、乾元2年8月5日(1303年9月16日)改元、嘉元4年12月14日(1307年1月18日)徳治に改元)の頃の刀工である。そして、その特徴として板目に肌流れの鉄地を持つ。

 つまり、前者は極めて硬い組織で構成され、後者は比較的やわらかく、したがって刀剣研磨の仕上げをする場合は、何百回となく「拭い」を掛けて、柔らかいトルースタイトの部分は早くすり減って研がれ、マルテンサイトのような硬い部分がそのまま残り錵の部分を形成するのである。
 それを光に透して見ると、乱反射するので、肉眼には白く見え、ここに所謂
(いわゆる)刃文が生じるのである。
 そして、この刃文がどうして斬れ味と関係があるのか。

 それは刃文がある刀で切断媒体を斬った場合、刀が媒体を通過するとき、媒体に触れ部分はマルテンサイトの粒子の部分のみとなる。他の柔らかいトルースタイトとは面に対して低くなるため、この部分は媒体を触れずに通過する。つまり、マルテンサイトのみで、この部分の小面積は極めて小さく、言わば摩擦力が極めて小さくなるのである。触れる部分が小さければ、当然それだけ斬れ味がよくなるのである。

 そしてこの斬れ味をよくするのが、研師の腕の見せ所なのである。つまりフクラミを付け、面を曲面にし、その接点は「点」のみにして研ぎ上げる、と言う最終仕上げの如何に懸かる。
 最終仕上げが悪ければ、研ぎは曇りかちなるのである。それは曲面のようであって、「点」ではないからである。不揃いな凸凹である。点でないから刃文はスッキリしないのである。

 「そう言われれば確かに……」私も、曇りに対しての相槌
(あいづち)を打った。
 「この曇り、人生の曇りではありますまいか。あるいは運を曇らす元兇とはなるのでは?……」
 老医師は医学者でありながら、妙なことを言い出した。
 この人は「人間に及ぼす運を、科学の眼で解析せず、運と云う一言で解決してしまう人なのだろうか」と、ふっと思ったのである。それにしても、妙なことを言う人であった。

 「運を曇らせる……ですか?」
 私は訊き返していた。
 「医学者が運を持ち出しては、何か不都合でも……」
 私の心の中を見透かしたようなことを訊いた。
 「いえ、とんでもありません。人は運に囲まれて生きています。運不運も、その人が招き寄せるもの。唯物論で云うならば運など存在せず、また唯神論で云うならば、人事を尽くして天命を俟
(ま)つ……他力一乗(たりきい‐ちじょう)の世界。この世は、他力一乗で構成されています」
 「ほーッ、面白いことを言われる。他力一乗ですか、実に面白い言葉ですなあ。その言葉、誰から学びました?」
 「恐縮です。実は私には、いま二人の師匠が居
(お)ります。一人は子供の頃から師事した武術の師匠。もう一人は、刀剣を所持するようになってから師事し始めた、刀剣の師匠です。この師匠は、また研師でもあります」
 「何と、研師……ですか……」
 何故か老医師は“研師”という言葉に反応した。

 「この師匠は、四悪刀を常に忌み嫌われる方です」
 「四悪刀を忌み嫌う……」
 「そうです。四悪刀とは、まず第一に曲がった刀。
 特に、曲がった刀でも、試刀術の素人が何らかの媒体を斬りまくって曲げた物。この曲げた物の中でも、尖先
(きっさき)三寸並びに幅元辺から曲がってしまった物は修正が利きません。一度修正しても再び曲がってしまいます。刀は、遣い手が下手で、中心線を狂わせてしまった物は復元が難しいのです。特に鈍刀(なまくら)は……。
 そして鈍刀は見掛けとは異なり、鍛えのない素延べです。これが一度曲がると手に負えません。

 次に尖先が欠けていたり、刃こぼれがあって何ら手当てすることなく放置した物の所有。
 更に、折れた刀を溶接で繋いだ物です。そして最後に錆刀。
 錆刀の中には、研ぎの善し悪しに関係なく、“拭い”で解決しない曇りのある刀も入ります。“拭い”で曇りが取れるか、如何なで、その後の善後策が違ってきます。手当方法も違います。拭いで取れればそれでよし。取れなければ、研ぎ直しが必要です。
 これをケチると運を逃します」
 「ほーッ……」感心したように相槌を打った。
 「また、運を取りそこなうから縁起物ではなく、また霊剣でもないことから、四悪刀と呼ばれています。所持者に禍いします。
 この禍いを安易に無意したり、長い間、何とかしようと思いつつも、放置すれば、四悪刀の“禍い域”から免れません。早急に善後策を講じて、手当が必要です。
 勿論、運など信じていない人なら、こういう禍いは最初から無関係です。無関係の人に、運の善し悪しは左右しますまい。
 ところが、刀剣を心の拠
(よ)り所として、また鑑賞の媒体として考えて所持している人には、大いなる禍いがあります。禍い域が、人間の運命に左右するのです」

 「ほーッ、禍い域から……ですか?」
 「はい、厄介な禍いが起こります。運が悪いどころでは済まされません。
 所持する刀剣の曲がり、折れ
(折れた物を溶接したもの)、欠け、錆(全体が赤く錆びた物は凶であるばかりでなく、刀剣の戸籍である『登録証』自体が官憲から疑われる)は家庭は不和となり、病気勝ちとなり、家族の中から不幸者が出たり、離婚騒動が起こったり、暴力・刃傷沙汰、事件や事故、裁判沙汰、更には色恋沙汰まで発展して、以降の人生は沙汰三昧(ざんまい)となります。
 あとは“仕業
(しわざ)”の人生が待ち構えています。そこには理非を判定するトラブルが絶えない事になります。これを根絶するには、早急に手当が必要です」

 「手当と申しますと?……」
 「曲がり刀は一刻も早く手放す。売れるなら、刀剣商に売却してもらう。そして曲がり易い素延べは二度と入手しないことです。尖先の欠けた物は早急に研ぎ直しが必要です。一度折れて溶接した刀は美術品としての価値がありません。これは所轄警察の防犯課に申し出て廃棄処分が必要です。また、錆や曇りは拭いでは解決しませんから、研ぎ直す必要があります。曇りはやがて錆に通じ、錆は所持者の運まで曇らせてしまいます」
 私は、これまで教わった限りの霊剣としての事柄を総て喋っていた。

 「運まで曇らせる……、ですか。こう聴くと、わしが最初に言った“運を曇らせる”に回帰しますな。これは何とも奇なること。どうやら、ここで一周しましたなあ……」
 そういって老医師は、言葉が再び一巡して回帰したことに笑い始めた。
 そして、この笑い声に釣られて、私もこの廻りを、何とも奇妙だと思ったのである。

 「宜しければ、中茎
(なかご)を見せて頂けますか」
 「勿論です、得心行くまでご覧なされ」
 「はあ、恐れ入ります」
 私は、再び『五字忠』を両手に取って、軽く会釈し、柄を握って目釘を抜き、握った右手の拳を軽く叩き中茎を抜き上げた。拵付きの刀剣仕込みは、握り手の右拳を軽く叩けば、鐔
(つば)の重みで軽く上がり、これが白鞘仕込みと違うところであった。中茎抜きの道具を必要としない。

 中茎を抜き上げて、銘を見た。間違いなく『五字忠』だったのである。
 「畏
(おそ)れ多くも、この刀は間違いなく、初代の最も古い最初期の頃の肥前国忠吉です」
 「ほーッ、初代忠吉の最初期の頃の作ですか。どうして、そう断言出来ます?」不信な貌をして訊いた。

 「肥前国の“国”の字ですよ。国の字の中の“口構え”の右側に注目すれば、平仮名の“ろ”の字のように銘を切っています。これは後年の初期の頃になると、もうこうした銘には見られなくまります。また初期には、裏銘の年号月日までが入っています。例えば、慶長十三年正月二十日とか、の……。
 ところが、いま拝見した最初期の忠吉には、裏銘の年号等が入っていません。更には“国”の中の“ろ”という字に注目すれば、最初期の名工、忠吉の作風が少しずつ変化して行きます」
 「ほーッ、貴重なご意見を有難く拝聴いたしました」
 「とんでもありません。単に師匠の聴き齧
(かじ)りです」
 銘を確認した後、再び柄に戻した。

 「それにしても、何とも、惚れ惚れとするような見事な刀捌きですなあ。実に手慣れていらっしゃる」
 「お誉めに預かって恐縮です」
 一礼して頭を下げた。

 私の刀捌きをみて「見事」だと言ったのは、中茎を殆ど触る事なく、速やかに刀身中茎を柄の中に戻したからである。普通、中茎は特別に手入れしない限り、中茎はしょっちゅう触るものでないからである。

 また、刀剣の手入れの時や、抜刀や試し斬りをしての直後、中茎まで引き抜いて、手に付いた刀油を中茎に塗り付けて手入れした方がいいという、誤った刀剣の扱いの指導をする日本刀を知らない指導者がいるが、刀身を中茎からしょっちゅう引き抜いていると、柄の穴が広がり、振る度に上への上がり、次第には気になる鐔鳴りがして、柄が甘くなり、同時にこのガタ付きが目釘に多大な負担を掛け、やがては目釘が折れて、抜刀中あるいは試し斬りの最中に刀身が抜け出し、大事故の元兇となるので、こうした素人の安易な「刀剣扱い」の言
(げん)には耳を貸すべきでない。

 知ったかぶりの素人判断の、基本から教わっていない者がいう言
(げん)は、実に怕(こわ)いものである。
 抜刀術や試刀術の終了後に遣ることは、刀身の抜刀の際に塗った刀油を拭き取り、打ち粉を叩き、再び新しい油を塗るだけで良い。また、試し斬りをした場合も同様である。
 いらぬ中茎まで抜き取って手入れすると、柄の裡孔
(うちあな)全体が、抜き取り作業の摩擦で擦(す)れる事になり、刀身を納める柄の裡溝穴は次第に削れ、刀身全体を支え切れなくなって、最悪の場合は柄から刀身が抜け飛び、周囲の者に惨事を招く恐れがある。

 刀身と柄との取り外しは、しょっちゅう行うものでない。
 こういうことを平気でするのは、日本刀について何も知らないからである。
 況
(ま)して、刀剣の素人は、こうした間違いを普段でも犯し、その間違いが間違いである事も、自分では気付かない。気付かない事が「慣れ」となる。恐ろしいことだ。

 そもそも美術刀剣としての扱い方と、実用刀剣としての扱い方は、根本的に違うのである。
 美術刀は中茎を手入れするために、多少は引き抜いて手入れしてもいいであろうが、実用刀はガタ付き防止のために、中茎はしょっちゅう抜く取るものではない。柄自体が刀身中茎と柄裡
(つかうち)との摩耗で傷(いた)むのである。柄裡が摩耗するということは、それだけ刀身を固定する裡溝全体も削れて甘くなる。
 この「甘くなる」ことが、実は事故の元兇になるのである。隙はこうしたところにも転がっている。

 既に論じたが、盥
(たらい)廻しされた刀と、そうでない刀の違いは、しょっちゅう鞘から抜き入れしているか否かで決まる事を論じた。
 特に白鞘の場合、鞘に納まった刀の柄の方を下にして揺すってみれば分かる。
 売れない刀は、刀屋から検
(み)て、しょっちゅう抜き入れしているので、鞘の鯉口が甘くなっている。
 鞘の鐺
(こじり)部を握って揺すれば、簡単にストンと抜け落ちるような刀は、多くの買手から盥廻しされて来た刀である。これは売れない刀の特徴である。いつまでも買手が付かないのである。だからハバキを止める鯉口部が甘くなるのである。

 これと同じように、柄裡と刀身中茎部にガタ付きを持たせないためには、柄から中茎部をしょっちゅう取り外さない事である。柄裡の締め付けが甘くなるからである。この部分が甘い事は、実に危険であるからだ。
 それは「目釘に負担が掛る」と言うことからも容易に窺
(うかが)えよう。柄裡が弛(ゆる)むと言う現象に繋がる。
 幾ら目釘に、粘りのある「水牛の角」を用いているとしても、刀がガタ付くほど弛
めていては、自分も怪我をするし、その怪我は自分一人にとどまらず、他人まで害を及ぼし、多大な迷惑を掛けてしまうことになる。

 過去に居合道の大会で、ある演技者の刀の刀身が柄から抜け飛び、近くで演技者の居合の型を見ていた少年の胸に突き刺さったという大事故から考えても、柄裡が弛むということが如何に危険か容易に察しが付こう。それはまた、一生を台無しにすることである。要注意である。

 「さて、この忠吉を研ぎに出して頂けませんか。是非ともお願い致します」
 私に、老医師はこのように請うのである。
 「時間が掛かりますが……」
 「構いません」
 「何しろ、わが師匠は多忙で、また依頼された刀の研ぎ順もあります」
 「それはそうでしょう。時間が掛かっても構いません。そして次からは、お客人としておいでなさい」
 そう請われて、天下の名刀『五字忠』を丁重に預かったのである。

 老医師が、私にもう一度、M家に足を運ばせるように仕組んだものと思われた。季節は一巡していた。春に始まって、春に終わった感じだった。
 ところが、もう暫くここには客人として通うようになった。
 春の穏やかな陽の光を受けて、私は手にした『五字忠』を持ち、緩やかな坂道を下って行った。春うららかな、いい風景である。
 緩やかな高台に懸かる、この道をまた再び歩くことになったのである。



  運気     八門人相     房中術     癒しの杜     菜根譚     小説     会報Back No.     合気     蜘蛛之巣伝     死の超剋     霊的食養     心法