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陽明学入門 15

桜の花の潔さよ……。
 その潔さは、日本人の広く好まれるところである。
 この一点に、日本人の「狂」なる一面があることを窺わせる。

 大自然は、巨大なる摂理の許で運営されている。これを古くから認識していたのは、往時の日本人であろう。
 ところが現代に至って、戦後日本人は、先達の巨大な智慧とスケールで描かれた整然とした大自然の摂理を見逃し、それを奇なるは「科学的」と云う言葉で未科学分野を一蹴してしまった。ここに現代に悲劇がある。



●憂国学喪失

 心の修養を行っていない場合は、私心が巣食う。私心とは、心に雑念雑想が蔓延った状態を云う。これらが駆逐されていない、濁った状態を云う。濁りの大半は「欲」である。欲が濁りを形成していると、欲に冒されて、遂には煽られることになる。
 これも偏に、今日の日本に『憂国学』なる学問がないことである。殆どの現代日本人が、日本を憂うことはない。
 ただ、戦後民主主義の美辞麗句の羅列に並べ易い「民主」の言葉に入れ揚げ、その享受は永遠であるとの思い込みから、自らが自分の生まれた国を愛するという観念が抜け落ちたことによろう。
 また「民主」の言葉の背後に隠れる、巧妙なトリックにも殆どの人が気付いていない。

 民主主義デモクラシーと云えば、このシステムこそ世界最高の政治形態だと誰もが思い込んでいる。それゆえ、現代は民主主義と云う言葉自体を誰もが絶対視しているのである。
 したがって、民主主義が欠陥の多い理論だと唱えようものなら、忽ち現代日本人の多くは、誰しも眉をひそめるか、その論者を精神異常者として罵倒するだろう。

 残念なことだが、欧米人の唱える民主主義と、日本の敗戦後から始まった戦後民主主義とは似ても似つかないシステムなのである。
 敗戦後直ぐに導入されたアメリカ主導のアメリカが牽引する“属国形態の民主主義”は、日本の戦後では、戦後民主主義と謂
(い)われたものである。
 ところが、戦後民主主義の本質を知る人は極めて少ない。知らないだけに本質が見抜けず、また吟味することもなく、大衆は上から押し付けられるまま、この思想は何ものにも変え難い「善行」だと信じ、その信じ方も妄信という凄まじいものであった。
 知行合一で言えば、知ることは行うことではなく、行うことが先に来て吟味皆無のまま導入し、動き出したということであり、最も肝心な良知が得られないまま、それが善行と信じられていることである。

 戦後民主主義を分析すると、まず「主権在民」ということに置き換えられる。
 これは国の主権を国家元首に求めるのではなく、国民一人ひとりに“主権”を持たせることである。民主主義の反対は?……と質問すると多くは軍国主義と答えるが、民主主義の反対は軍国主義ではない。軍国主義も立派な民主主義の一つであり、これは社会主義でも共産主義でも立派な民主主義形態である。

 したがって、民主主義の反対は軍国主義ではないし、独裁主義でもない。
 独裁主義には「民主独裁」という言葉がある通り、独裁に至るシナリオは民主主義の選挙という手段を用いて独裁者が選出される。その典型が、ヒトラーであろう。
 ヒトラーは民主主義の選挙システムの手順に従い、元首まで上り詰めた人物である。軍事クーデターで独裁者になったのではない。選ばれたのである。
 斯くして民主主義は、独裁者すら選挙で選ぶ事すらあるのである。

 デモクラシーの反対は、シオクラシー。神主主義である。
 デモクラシーはリーダーを人に求めるが、シオクラシーは中心なる核を神に求める。あるいは君主制に求める。個人ではない。シオクラシーは神聖政治。

 そもそも議会制民主政治とは根本的に異なる異なる。デモクラシーは人間の多数決によって決定される議会制民主主義であるが、神聖政治は哲人達によって政治指針が決定される。
 民主主義は欧米が持ち込んだ政治社会システムであるが、日本において国民が政治に無関心であったり、国民の関心が『3S
(映像画面上で観るスポーツ、セックス、それらを情報伝達するスクリーン)』のみにしか向かわず、つまり大半の意識が幼児的で、「国民自体が愚民」であればあるほど、デモクラシーは悪魔の道具となり易い。世の中には悪しき個人主義が蔓延る事にな る。そして当然そこには利権を求めての我田引水も起ころう。

 デモクラシーを完璧に近い状態で機能させるには、国民一人一人が自覚し、より良き教養の持ち主で、買収や誘惑に誑かされない道義的な意識があって、良い意味での個人主義を確立し、人権と個性重視の尊厳を守りつつ、正しい政治家のみを選出できるという見識と能力を全体が持ったとき、この政治社会システムは良い方向へ向かい、正しき機能するだろう。
 また本当の意味での平等と自由が約束され、貧富の差がなくなって、富の分配は公平に円満良好を極めるだろう。
 ところが、この課題は非常に達成が難しい。

 何故なら、有名人やタレントらのファッションや流行の真似をする“ひと真似主義”が幅を利かし、個性皆無で、無知と事なかれ主義が蔓延した社会では、民主主義と雖
(いえど)も完全に完璧には機能しない筈であることは明白である。これでは民主を自負しても、日本の未来がない事は誰の眼にも明らかであろう。
 更に個性重視を優先すると、人間の事だから、悪しき個人主義に奔り易い。現状を見れば明らかである。
 また、全体的なビジョンを洞察する事が疎い現代日本人は世界の動向とは、殆ど無関係に生きている。
 世界はネットワークで結ばれている今日、日本だけが例外と思うのは短見である。日本も世界動向と連動されているのである。そして日本人が戦争を放棄しても、世界連動の構造から、世界は日本に戦争を放棄させないのである。

 更に言及すれば、世界動向とは裏腹に、現代の日本人の関心事は、テレビで言えば、娯楽番組やスポーツ・芸能番組、内外の旅行並びに温泉情報や美食情報、それにニュースと言えば国内ニュースだけ。他は話題にもならないし、関心もない。
 したがって世界動向など、日本ではニュースにならない。それ以外の国家全体の未来像や総合的複合的ビジョンを描くという事には誰もが無関心である。自分さえ良ければそれでいいという悪しき個人主義を享受している。
 そして悪しき個人主義には拍車が掛り、暴走気味である。大衆は、メディアの意図的に加工された情報を与えられ、ある流脈に誘導されて白痴化・愚昧化の直中にある。
 したがって良い政治家すら、公正に公平に選ぶ事が出来ないのである。人間崇拝の悪しき一面が浮上していると言えよう。その最たる者が有名人。
 さて歴史上、シオクラシーの歴史を上げれば、例えば独立していた頃のユダヤ人の政治はシオクラシーだった。

 古代ユダヤのソロモン王とか、ダビデ王の時代は紛れもなくシオクラシーの時代であった。王に全権力があったけれども、預言者を介入して行う政治は根本的にはシオクラシーである。専制政治だって王以外に助言者が介入すれば、王の発言は預言者には服従であり、一喝されれば王すらも縮み上がっ たのである。
 ダビデ王が、忠勇なる兵士ウイアを殺して、その美貌の妻、バスシェバを奪った。すると預言者ナタンは、ダビデ王を一喝した。
 「何ぞ、汝
(なんじ)エホバの言を藐視して、その目の前に悪をなせしや。視よ、われ汝の家の中より汝の上に禍を起こすべし」と。
 更に続くは「それは激しい口調でソロモン王を叱りつけたのである。これを聞くと、ソロモン王は驚愕し青ざめて、地にひれ伏し身を震わせて泣いて許しを乞うた。
(サムエル後書 第12 第9〜11節)

 古代ユダヤにおいては、根本的にはシオクラシーであった。神聖政治が行われていた。そのために神との取り決めを守らなかったりすれば、その者に は鉄槌が下り、預言者を無視して政治はあり得なかったとある。特に旧約聖書では前八から七世紀におけるイスラエルの宗教的指導者は、まさに預言者で あり、コーランではアダム・アブラハム・モーセ・イエスらを預言者とし、ムハンマドはその最後の人物とされる。

 また、これこそ旧約聖書の課題であった。神の預言通りに政治をするのがシオクラシーであり、ここに人間は介入できなかったのである。人間で少な からず介入できるのは見識を積み道理を弁えた哲人のみ。また預言者のみ。
 シオクラシーや旧約聖書のテーマは、政治は総て神の定めた立法に従った。その律法は預言者によって告げられた。

 したがって律法が法律となり、ま た規範となり戒律となって、それに従って行へ言うものであった。現実に政治を行う人は、神の律法を体得し、これを法律として用い律法家が相談の 上、政治を行ったのである。これこそシオクラシーのテーマであり、旧約聖書の言わんとするところであった。その典型は、イスラム・ファンダメンタ リズム。かくしてユダヤ教も同様である。
 シオクラシーは神の預言に基づいて行う政治である。これに対し人間が行う政治がデモクシー。選挙で選ばれた人間が主導権を握り、その政治システム下で手腕を揮うのが政治家である。

 繰り返すが、「主権在民」とは国民一人ひとりが主権を持つことである。
 しかし、主権を荷なうからには責任重大である。慎重に慎重を期さなければならない。安易で私情を搦めた私心に振る舞わされてはいけない。此処に個人的な激昂する感情の入る余地はない。被選挙人が公人なら、選挙人、公人を選ぶという毅然とした態度が必要であろう。

 好き嫌いとか、顔の善し悪しや容姿は無関係である。偉大か無能かの違いが判断材料になる。
 そういうものは一切振り捨てて、被選挙人ならず選挙人までも至誠を貫く「まごころ」が発現されなければならない。
 しかし、容姿端麗で被選挙人を判断したり、被選挙人から握手された、サインをもらった、微笑み懸けられた、言葉を介して褒められたなどの感情に結びつく事柄で判断した場合は結末が最悪になる場合がある。
 こうした自己の感情に絡む喜怒哀楽は排除して、真理だけを洞察することである。

 則ち、一人ひとりがそれぞれの利益のために、公正に自己の欲求を主張することである。これが個人主義である。いい意味での個人主義である。正しく発現される状態である。

 個人主義をよくよく考えれば、一人ひとりが主張を露
(あらわ)にするのであるから、主張が個人間で異なれば、つまりバラバラとなる分裂状態に陥るとい言うことである。
 また、これは中心に帰一する中心核を失ったことである。国民は纏まらず、自由奔放なる行動ばかりが眼に付き、主張の中心である欲求が露になれば、理性で抑制することも出来なくなり、各人は自己の欲求を本能的に噴出させて勝手気侭
(きまま)な行動を採る。
 つまり、これが民主主義の最たる欠陥である。その最悪例が悪しき個人主義である。俗に言う“自己中”という、自分だけ良ければ……という考え方である。当然、我田引水も起こる。
 この背景には社会秩序を派内する魔性が潜んでいる。魔性部分が利用されれば、民主主義は悪魔の道具とも化してしまう。

 この機能を正しく使うには、まず国民一人ひとりが知を含む、理性を解する人格者でなければならない。正邪の判断が明確であり、不正を見逃さず、私情に振る舞わされず、政治家を選ぶ際の決断は感情を搦
(から)めず、冷徹な判断と理性を持ち、そして何よりも、精神レベルが哲学者並みに高いということが条件となる。こうした社会構造が出来上がっていて、この条件下に限り、民主主義は始めて機能する。
 したがって人民の国民としての心身構造は、霊的にも進化していなければならない。
 霊性進化をみない国民に、このシステムを導入すれば、その国がどうなるか、結果は見えているであろう。

 そして、いま民主主義の選挙制度の中心課題に置かれていることは、「一票の格差」などと論
(あげつら)われているが、問題はそう言うところにあるのではない。選挙人のレベルと、被選挙人の霊性進化のレベルである。政治改革はこの辺に問題があるのではなく、選ぶ方も選ばれる方も、理知を含む、霊性進化のレベルこそ問われるべき第一義である。選挙制度それ自体が持つ、本来の欠点に気付こうともしない。

 結論から云えば「公平なる多数決」で被選挙人を選んだところで、被選挙人が政治家として相応しい器量を備え、またその資質があるかなどとなると、そういう欠陥は一票の格差をなくしたところで解決することではない。
 特に、人種別に検
(み)て、日本人種というのは、昨今に見るように政治意識は欧米より遥かに低く、日本人の大半は政治には無関心であり、自己との無関係を決め込んでいる。

 そのうえに日本人の場合は義理人情に脆
(もろ)い。
 義理人情は良い面もあるが、脆いと欠陥が顕われ、例えば悪しき伝統である「付き合い」というものがあって、これが重視された場合は、国政レベル選挙においても地元の利益を優先する傾向があるから、有権者が露骨に立候補者に「何か」を要求する結果を招く。昨今は、官憲の眼も厳しいから、この「何か」は金銭や物品とは限らない。手心や優遇や贔屓という眼に見えないもので反映される場合もある。

 それに、大半が政治には無関心であり、自己との無関係を決め込んでいる以上、これは「政治意識が低い」ということを雄弁に物語っている。この意識の低い大衆が、多数決によって選び出される政治指導者が果たして有能か否か、甚だ疑問である。
 多数決民主主義は、むしろ有能な指導者が出られないようにするための選挙制度でもある。
 政治に無関心で自分とは無関係を決め込んでいる大衆ならば、そのレベルの大衆は偉大な政治家よりも、茶の間で顔が売れている芸能人や有名人やスポーツ選手などのタレント候補者の方を選ぶであろう。
 「公平」と云う言葉のトリックも背景には存在している。選ぶ表面は公平であっても、選ばれた中身は公正とは限らないのである。

 欧米では、小学生でも政治に関心を持ち、国家レベルで政治教育が行われているが、日本ではこれがない。日本の教育は未だに知識詰め込み主義であり、確かに学歴社会の一面はあるにしろ、かつて蒋介石が日本人を指して言ったように「最高の学歴、最低の学力」に帰着するのではないか。
 この「学力」は勿論、学ぶ力も指すであろうが、学問という分野に対しての、現代日本人の学問に対する心構えを詰
(なじ)ったものと思われる。

 自分の所属する国家とは、如何なる国家か。
 その国家では、どのような政治システムで動かされているのかなどの、根本原理を探る肝心なる「日本の根幹」を探求する学問が存在しないことである。日本とは如何なる国かという、連綿と続いた日本についての探求が等閑
(なおざり)にされていることである。
 誰もがその探求を怠り、個人主義に明け暮れ、その個人主義が悪しき方向に動いているのも関わらず、それに異なる疑問をもたず、流されてしまったとことである。

 その象徴たるべき政治システムが、民主主義デモクラシーであり、これを取り違えて戦後の日本人は、日本独自の「戦後民主主義」を唱えたところから、周囲の大きな誤解を招き、いまや目の敵のようにされて指弾されているのである。これは現代日本人が政治に無関心というだけに止まらない。

 そもそも民主主義自体を日本人が理解していないのである。
 先の大戦に敗れ、アメリカから欧米型民主主義を押し付けられ、そこから学んだことは権利の主張だった。権利を主張することは学んだが、義務を履行することは学ばなかった。
 国家、地域社会、家といった本来の人民を統合する枠が外され、「箍が外れた状態」になったため、本来の中心核に向かって集結する、日本古来からの「中心帰一」なる統合の原理が破壊され、戦後の日本は“蟻塚”のようになってしまったのである。

 蟻塚の構造をよく考えれば分ることである。蟻は勤勉である。その働き振りは馬車馬のようである。
 つまり個々人は非常に勤勉な働きをするのである。
 しかしこの蟻塚は、社会性を失い、社会全体に対する国家とか、国家を守る市民社会を形成する最低限度の防衛概念が完全に欠落してしまったのである。これが戦後日本に特長であり、また日本一国平和主義という路線を色濃いく打ち出しているため、極めて不安定で、かつ危険な状態であると云わねばならない。
 また、近隣諸国からの、指弾の力が衰えないのは、本来の民主主義で云うところの、個人主義を、戦後日本人は、それが「悪しき」であっても、民主主義だと誤解して認識したことにある。

 つまり、それは人間の欲望は限りなく突出させても構わないという、戦後日本人の認識である。
 先の大戦、則
(すなわ)ち大東亜戦争の大敗北は、この認識について誤りがあったのではないか。
 背後には、冷静に冷徹に敗北原因を分析する能力を奪い働きがあったのではないかと考えられるのである。それは戦後民主主義の、本来の民主主義を取り違えた考え方ではなかったか。
 その元凶が自由と平等のみが突出した悪しき個人主義であった。

 個人主義を謳歌させるためには、それなりの代償を払わねばならないのである。代償を払うことを拒否しつつ、“善いとこ取り”だけをしてしまったために、肝心なる根元まで失われてしまった観があるようだ。
 現在は、「根無し草・日本」である。
 憂国学喪失は、民主主義無理解の側面にも横たわっているといえよう。



●詰り合い

 憂国学喪失とともに、自己主張の罷り通る世の中の背景には、匿名で他を詰るという卑怯なる行為が許されているからである。これを民主主義下では、言論の自由と云うらしい。自由から許されれば発言は何を喋っても構わず、侮辱などの悪口も、自分の名を隠して公言してもいいと云うことになる。

 世の中には、誹謗中傷と言う、人間が人間を指弾する行為がある。
 その行為は、知よりも行が先回りした「詰る」ということから開始される。
 誹謗中傷は、批判とか反論と言う意味ではない。誹謗中傷は、批判や反論といった高度な言論でなく、極めて低俗な悪口や侮辱であり。こうしたレベルは単に罵詈雑言を並べたに過ぎない。批判や反論には程遠い出のである。主体は感情であり、論説には程遠い。したがって侮辱すれば反感を買う。

 また侮辱は、感情が主体であるため冷静さがなく、最初から敵意を抱いた、敵愾心
(てきがい‐しん)の塊のような、その塊を剥(む)き出しにした指弾する目的のものである。その一方で、詰るに止まらず、とことん遣り込めるという思惑がある。一種の優越感である。
 そういう優越感を露にして、奢ったように、人の非を論
(あげつら)って嘲笑する行為がある。これは、行為が先に出ているため、知の部分が大いに欠けた行為である。そして、指弾し、嘲笑する。

 それゆえに、何処となく卑しさが鼻を突く。何故だろう。
 人の非を論って、その人を嘲笑するのは易しい。
 難しいのは、自分の非を棚に上げながら、その非の所在が何処にあるかも知らず、分らないままで、「自分を見逃す」ことである。自分を見逃すとは、他人を嘲笑った相当分の自分の非を見逃すということである。他人の非がそれだけ眼に付くということはそれ相当分、自分の非も他人から指弾されているということである。

 また、自分で自分が分らないのであるから、「知らない」とか「気付かない」というのは、それ自体に反作用が働いている事実を見逃していることである。
 遣り込めたはいいが、それ相当量の作用に対する反作用が自分の身に降り懸っていることを知らないことである。

 知行合一は、確かに知ることは行うことであるが、その良知が正しく反映されない場合は、それ相当量の反撥材料が、わが身に跳ね返ってくることである。良知は正しく機能して、「幾ら」というもので、遣い方を間違えば、思わぬ反作用を喰らうことになる。

 この場合、愚者は自分の非を指摘されることを拒み、いい情報だけを受け取ろうとする。やがて、お追従ばかりが集まり、反省点が失われる。
 一方賢者は、自分の非の指摘を受けてもそれを謙虚に受け止める度量がある。非を指摘されて謙虚に考え、指摘されたことを分析して、今後の反省材料にする。
 つまり、愚者と賢者の良知の遣い方は此処まで隔たりを見せるのである。これは換言すれば、良知の発現が有るか無いかである。
 ゆえに良知は、緊急時の処方箋としての劇薬的な効能も持つが、この劇薬を愚者が用いた場合、用い方次第で命取りになることがある。

 その「命取り」の危険性を、河井継之助は「沈香
(じんこう)も焚(た)かず屁もひらず」の俚諺を用いて、その危険なることを挙げ、つまりこれは「可もなく不可もなく」という何もしない人間を「危ない」と指摘しているのである。こういう人間こそ、要領よく世の中を渡りきっているようで、所謂(いわゆる)「普通」と意識するその普通を、一番危ないと言っているのである。その最たるものが、「要領よく」である。

 人は、皆平等ではなく、持って生まれた「才」というものがある。その才は人それぞれである。
 何ぴともその才は持ち合わせている。しかし、表面化できない人は気の毒だが、それは生涯深層部で眠ったままで過ごすことになる。
 気付かなければ、そうなる可能性が大である。

 一方天才はその才を縦横に駆使して、世に貢献しようとする。その才を表出することに余念がない。
 他方、「並み」と言われる凡夫は、その格差における際の穴埋めを「どうするか」、ここに課題が残るところである。
 では、並みはどうするか。
 それは才の不足分を自力努力で克服していくしかあるまい。
 「努力」という訓練において、これを繰り返し鍛錬して、才の持ち主に迫らねばなるまい。
 ここにこそ、これまでの流れに鉄槌を下す特異点
(シンギュラーポイント)があると言えよう。特異点こそ、急激なる変化を与える発想の転換であった。回り舞台の登場である。



●足るを忘れた現代

 さて、人間は何処で道を誤ったのか。
 それは「足るを知る」ことを忘れたからであろう。
 この「知る」は、「足る」を忘れたということより、足るを知らないことから起こった事象である。知は、足ると等式ではなかった。

 現代日本人は、戦後民主主義の個人主義の下、もっともっと……となった。
 欲しがる事に、恥も外聞もなくしたように思う。総ては金銭に換算され、欲に任せて貪ることだけを人生の目標にした観すらある。

足るを知る蔬菜。
 蔬菜(そさい)は粗末な食事という意味ではない。旬の野菜を頂く食事である。
 身体エネルギーは、四ツ足の動タンパク摂取からで生まれるのではない。畑の肉と称された大豆類食品からも得ることが出来るのである。

 日本人は「恥」を忘れてしまったのは、いつの頃からだっただろう。
 昭和30年代の高度経済成長期を境に、大半の日本人は戦後民主主義の享受に預り、心から物へと移行した時に始まるのではないかと思うのである。
 つまり、法に抵触して罪にならなければ恥じる行為であっても、“少しくらいは構うものか”と高を括
(くく)った独断認識に起因するようである。
 罪は重く捉えるが、恥の捉え方は極めて軽くなってのである。

 心が物にすり替わって、戦後日本人は戦後民主主義下で、心を棄
(す)てて物に奔った痕跡があるように思う。昨今の金融経済の金銭至上主義はこれを克明にしている。
 それはまた、日本人が長生きを享受することで、心より物という感覚が旺盛になったためであろう。此処に現代日本人の「中庸の拮抗」を失った元凶があるようだ。
 況して現代は、死を遥か向こうに遠ざけてしまった。誰もが、死は未来の遠い先の先にあると思い込んでいる。殆
(あや)ういことである。

 死を遠ざけたことにより、作用に対して反作用が働くから、逆に死は、グーンと近付いたことになる。昨今の不慮の事故や事件は、二十一世紀がそう言う時代に突入したことを物語っている。
 死は、死を忘れたところに忍び寄る。
 運命は特異点が存在しているから、思わぬ事故に遭遇することもあるのである。それは“どんでん返し”的に襲ってくる。決して、徐々に、ある日偶発的に起こるのではない。運命的には最初から予定されたというべきであろう。

 忘れた頃に、死という災難が襲うのではない。死という災難を忘れることに、死が齎されるのである。最初に死があって、次にその事象途上として「忘れる」という行為があるのである。
 したがって、死と忘れるは数直線上の等式であった。

 かつて往時の日本人は、日々、死をわが心に充
(あ)て暮らした。死から逃げ回らなかった。自然の摂理として、素直に死を受け入れて暮らしていた。
 したがって古人に習えば、日々、死をわが心に充て暮らせばいいのである。常に何処かで、いつ死んでもいいという心構えがいるようである。つまり死への準備である。

 かつて武門では、そこで暮らす武士の生活は極めて質素で、身辺は綺麗さっぱりとし、部屋は閑散として片付き、昨今のように部屋の中にはごちゃごちゃした調度品や装飾品は置いてなかった。実に清閑としたものであった。
 そこには清々しさがあった。そして生活には、最低限度の物があればよく、自分の身辺は、いつもすっきりと片付いた。

 こうした生活の中で、武士の生活は「足るを知る生活」であった。無駄な物は所持せず、捨てることを知る清貧なる生活だった。
 そこには、生と死の二元相対の中で、あれかこれかと心が動かない境地を確立し、わが心に、死を充てて「死に身」
(捨身)の「すゞやかさ」を感じさせる生活があった。

 死と言うものは、常に生と隣り合わせであるからだ。
 武門にとっては、死が遠い未来に控えているものではなかった。いつ死に直面するか分らない身近なものとして捉えていた。その心構えが、日々の清閑な生活の中にあり、清貧な態度であったと思われる。
 ゆえに清貧をもって、簡潔性を知る生活を送っていたのである。いつ死んでもいいと云う態度が、毅然さを作り出し、またその象徴が「すゞやかさ」であったと思料するのである。

 かのフランシスコ・ザビエルは言う。
 この神父は、当時の日本人の「清貧」さについて、驚きと感激の念を表しているのである。
 「日本人にはキリスト教国民のもっていない特質がある。それは武士が如何に貧しくとも、その貧しい武士が、豪商と同等に尊敬されていることだった。清貧なる貧しさを、少しも恥だと思っている人はいなかった」と。

 これは生と死の二元大局が導いた「死生観を解決した胆力」であろう。その胆力を知る「胆識」を弁
(わきま)えた思想でもあった。あるいは揺らがない心の「不動心」であろう。
 日々、死をわが心に充て生きる。武士道の教えるところである。
 これを当り前と思えばいいのである。

 武門に、これを当り前と思う心は、幕末期まで生きていた。
 明治維新の原動力も、考えれば清貧を全うした武士階級であった。そして下級武士ほど、その意識は高く、少なくともザビエルが驚きと感激の念とともに、当時の日本人を表した清貧は、この時代まで息づいていたと思われる。
 そのうえに胆識力が加わっていた。

 貧しさにも二種類ある。
 一つは本当の清貧であり、もう一つは貧しいには貧しいが、心の“赤貧”である。
 両者は根本的に違う。似ても似つかない。
 端的に言えば、清貧は恥を知っている貧しさであり、赤貧は恥を知らない貧しさである。
 また、貧乏でも徳があれば清貧となり、徳がなければ赤貧となる。

 では、この場合の徳とは何か。
 粗末な衣類を着ていても、粗末な履物を履いていても、それがちきんと洗濯され、修理されていれば貧しきと雖
(いえど)も徳がある。それだけに衣服や履物の質的上下に関係なく、洗いざらしなるところに一種独特の魅力がある。
 では、清貧の原則とは何か。
 哲人はこのように言った。

 貧しくとも恥じるに足らず。恥じるべきは是(こ)れ貧にして志し無きなり。
 財も悪(にく)に足らず。悪むべきは是れ財にして能無きなり。
 老いも歎(なげ)くに足らず。歎きべきは是れ老いて空しく何もせずに生きるなり。

 昨今は、心を含む、恥を知らない貧しさの人が多いようである。
 必然的に時代の高速化から弾き出されて、そうなるのだろうか。
 大半は、已
(や)むを得ずであろうが、少なくとも貧しているとはいえ、恥を知る清貧の貧しさで生涯を貫きたいものである。

 もう一度、「恥と罪」あるいは「罪と恥」について真摯に考えてみたい。
 この二者の関連は、単に文字の並び順を顕すのでない。一見単に表現型に見える、罪あるいは恥は、その文字の並び方で微妙なる意味の異なりが生じる。
 例えば、誠実と至誠というような意味合いであり、ここには表現の微妙な異なりがあるのである。
 したがって、ニュアンスとして「恥主罪従」か、「罪主恥従」というような、何れが先か後かのようなイメージを受けるのである。恥に重きを置けば罪は従なるものであり、罪に重きを置けば恥は罪ほど重くはないと言うことになる。

 しかし、昨今の世の中を思えば、確かに罪は法治国家のルールとして守るべき事柄と思われているが、恥に対しては軽微なマナーとか、あるいは皆無と考える向きもあるようだ。
 つまり、これは「仁」と「不仁」の違いであろう。
 既に述べたが、程明道の論にあるこの宋代の学者は、「仁」を説き、また「不仁」に着目した人物である。また、明道は明道先生と称され、朱子学ならびいに陽明学の源流の一人であり、弟の伊川とあわせ「二程子」と呼ばれた人物である。

 明道曰く、「心において、他人の苦しみや痛みなどの痛痒
(つうよう)を感じないことを「不仁」といい、感じることを「仁」とう」と。
 ゆえに、天地万物を自分が事のように体感して、一体になることを認識する「仁」を体得ことこそ急務であるとした。そして、「仁」を得るには「誠敬」の心を持たねばならないとしたのである。

 しかし、「仁」とし、「誠敬」と言っても、これだけを押し売りしては、その根本が釈然としない。
 誠敬とは、何事も「まごころ」で事にあたり、起居動作
(ばたばたとした動静や日常の立ち居振る舞いの動作一般)を慎むことを言う。
 「仁」も「誠敬」も、言葉としてはいい響きを持っているが、これは果たして如何なるものか、その理解は容易でない。同時に、知行の一致の難解さも、ここにあると言えよう。



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