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陽明学入門 8

神仏不在の現世ご利益の時代。
 本来、神仏が居る筈の場所に、神仏は等閑
(なおざり)にされ、叩き出され、ただ人間の欲望を願う“現世ご利益”だけが露(あらわ)になった。

 現代の世は神仏不在である。神仏が存在しているように映る神社仏閣においても、神や仏は不在の儘、商売上手な利権者によって運営されているだけである。
 神仏不在、そして現世ご利益……。
 何とも奇妙な組合せである。

 昨今の物質至上主義の世の中、神や仏は必要ないと一蹴され、それに代わって、有名人や金持ちが崇拝されるようになった。
 いったい現代人は、神仏不在のままで、何を敬い、何処に目標を定めて進もうとしているのか……。



●輿論

 民主主義デモクラシーは、役者か映画スターなどの芸能人の人気投票のようなものである。人気が物を言う世界のもので、内面より外面が重視されている箇所が存在していることは否めない。
 また茶の間で、どれだけ受けているかなども、その一面に外面重視の側面があるようだ。
 したがって、誰が被選挙人になっても構わないが、被選挙人が「どう言う人気者か」で、選ばれるか否かが決定されるようである。

 したがって『論語』に出てくる「仁」とは、殆ど無縁なる人が、政治の世界に多く登場しているように思うのである。
 しかし、一方で選ばれた被選挙人は、自ら「おれは、わたしは、正しいから大衆の支持を受けて選ばれた」と言う選民意識が、余りにも過剰な自負が生まれら場合、その人の人格は下降線を辿るようである。
 傲慢
(ごうまん)に変質しては、やがて支持を得られなくなるだろう。

 『論語』の一節に、孔子と弟子の子張
(しちょう)との問答が出ている。
 「先生、私たち士は、どうしたら世間から達人と評価されるでしょうか」
 「達人とはどう言う意味かね」
 「自分の周囲は勿論のこと、国中に名の知られている人物のことです」

 孔子は、まず「これ聞
(ぶん)なり、達に非(あら)ざるなり」と釘を刺し「名が知られているのは、単なる有名人であって、達人ではない。達人は実質的な内容を備えていて、義の則って行動するものである。自分の名が売れている少しばかりの有名をひけらかしたりしないものである。
 則
(すなわ)ち達人は、人の話や意見をじっくりと聞き、まず聞く耳を持っている。そのうえ謙虚であって、相手の感情を害さない。だからこそ、周囲の人は勿論、国中の人もその人を達人と認めるのだ。
 しかし、有名人はこれと異なる。
 表面的には仁者風を気取るが、それは実際的には人気者扱いされる意図があって、自分の売込みばかりをしている。また、人気者視されることにおいては、それを観る人が表面ばかりを検
(み)て、見識がなければ、単なる有名人と言う理由で、これを達人と見誤る場合もある」と。

 孔子は有名人を「聞
(ぶん)なる者」としているのである。そして「聞なる者」は、名が利に繋がっているため、念頭には「義」や「道」が不在で、「利」や「功」が一色のため、大事を成し遂げることが出来ないとしている。
 また一方、朱子学の入門書である『近思録』
【註】宋の朱熹・呂祖謙の共編で、四聖といわれる周敦頤(しゅう‐とんい)・程コウ(ていこう)・程頤(ていい)・張載(ちょうさい)の文章をとりあげ、初心に分かり易いように14部門に分類した書であり、朱子学では『小学』とともに入門書とされる)にも「名に近付く者」として挙げ、実質的な内容を持たない者としているのである。
 更に『近思録』では、「名のためにすると、利のためにするとは、その利心は則ち一なり」とあり、心底には、売名とともに利益を目論んでいるとし、こうした輩は本末転倒が免れないとしてる。例えば、公務を休んでゴルフに行くような類
(たぐい)である。

 こういう手合いは、今日のタレント議員にも見ることが出来、マスコミに躍っている一部には、そう言う人を見掛けるようである。
 また、この手合いを被選挙人として候補者に選び、仮に誰を選ぶかは自由であるにしても、見識の本質を見抜く判断力は失いたくないものである。

 そして、最も危険な場合は、選ばれた被選挙人が、“無知”と“事なかれ主義”に動いた選挙人から選ばれた場合、多数決の欠陥は露骨に顕われることになる。
 本来の政治論の根本にある「経世済民」の重要性が喪失するからである。名や利に動いては、自他ともに未来を危うくする。

 人から支持されるには、正義を貫いて選ばれなければならない。背景には、世論に委ねられた社会大衆の判断は、正しいという考え方があるからである。
 世論、つまり輿論
(世論)は中江兆民(なかえ‐ちょうみん)によって齎され、社会全体の意見こそ平民の目さましと信じられた。
 中江兆民曰
(いわ)く、「輿論とは輿人の論と云ふ事にて大勢の人の考と云ふも同じ事なり」と。
 しかし、これは長所ばかりでなく短所も備えた諸刃の剣である。

 世間一般の大衆社会下での輿論は、自由民主主義国家では、輿論こそ勝つべき正義そのもので、輿論はベンサム派
【註】イギリスの思想家で、功利主義の代表者のベンサム(Jeremy Bentham/1748から1832)が唱えた原理。快楽の増大、苦痛の減少を総ての道徳や立法の窮極の原理とし、「最大多数の最大幸福」の実現を説いた)が唱えたように「常に正しい側につくもの」と期待され、遂には、民主主義理論を判定する場合の正しさ、あるいは正義となった。

 その結果、人民の声を通して表明される理性の強制力は、多数決をもって回帰される。多数決は正しいのである。大多数の意見は正しいのである。背景には、快楽の増大と苦痛の減少を道徳の基礎とし、「最大多数の最大幸福」を原理が働いたと言う痕跡を残し、個人の幸福と社会全体の幸福の一致を検
(み)たと採るからであろう。功利主義であり、これは快楽主義に立脚する考え方で、幸福への調和を図ったとされる。

 これを絶対正義と確信したのは、アメリカ合衆国第28代大統領トーマス・ウィルソン
Thomas Woodrow Wilson/ユートピアンの思想を注入し、「新しい自由」をスローガンのもとに革新政治を行ったことで知られ、民族自決・国際連盟設立・通商障壁撤廃などを含む十四カ条を提唱した。しかしパリ講和会議に臨むにあたり、上院でヴェルサイユ条約の批准を得ることに失敗。1856〜1924)であった。

 そして、ウィルソンは人民に訴えるタテマエを押し通し、「全能の世論に従って働く理性」を、世論つまり社会大衆の人民の声こそ、高いもの、正しいもの、真実のものであると確信し、その場合、人民に対して自らが訴える政策は、それを清聴した人民の相当数は、必ず自分についてくるであろうと神秘主義的な確信すら抱いたのである。
 既に輿論が正義になっていた。

 しかし、これは些
(いささ)か神秘主義的驕慢(きょうまん)に聴こえる。人民の眼が発言者を神格化するであろうと言う期待とともに、確信に満ちているからである。

 ウィルソンの言う「新しい自由」とは、ベンサムの「最大多数の最大幸福」に回帰されるようだ。
 背景には功利主義があり、快楽の増大や自由放任
laissez faire/「なすに任せよ」の意で、フランスの経済学者グールネー(Vincent de Gournay)の言葉。経済的自由主義の標語で、重農主義者が用いた。かつ自由放任主義を指す)、ならびに苦悩を減少させることこそ道徳や律法の究極の目的でなければならないとする確信であり、大多数の思索から正義が見出せるとしている。大多数意見は常に正しいとの確信である。また「絶対多数は正義」と言う。
 何故だろう。
 この事について、追求せねばなるまい。

 そこで浮上してくるのは、自由民主主義と言う政治思想である。
 人民の声を通じて表明される理性の強制力……。
 これこそ、自由民主主義の最高理念であった。
 現にウィルソンは「相当多数の声こそ正義」とし、その声に繁栄すべき立役者が、自分自身であると自負した。神秘主義的なる自惚れも此処までくれば立派なものである。つまり絶対的多数の支持を得たということだろうか。

 ウィルソンは世論とか、人民の声には全能なる力が働くと信じたのである。ゆえに絶対的多数から支持を得た。そして人民の習性は、高いもの、正しいもの、真実なるものへ惹
(ひ)かれるという道義的な力までもを確信したのである。

 また、ルーズヴェルト
Franklin Delano Roosevelt/ニュー・ディール政策で大恐慌にアメリカを一時期共産主義化して対処し、第二次世界大戦では戦争指導の立場をとって欧州戦争と日米戦争を通じて国際平和構想を画策した。1882〜1945)は、道義的な力を信ずるあまり、チャコ・スロバキア危機に介入し、その腹心コーデル・ハルは、「世論こそ平和のために最も強力なもので、世論の力こそ、民主の名をもって世界中に広まりつつある」とした。
 これこそが自由民主主義の根底にある原動力で、人民に働き掛け、人民を動かせば、人の理性は世界中の至る所に居る純真な人々に強く反応すると訴えたのである。したがって、そのために「勝利を得る」という題目を打ち立てた。

 こうした背景には、ウィルソンの国際連盟の樹立と、平和会議ならびに国際連盟委員会において広く宣伝され、自由と平等の名において「民主」の名が世界中を覆うと思われたとき、当時の日本代表はアメリカの人種平等の問題を提起したが、ウィルソンは「この静かな部屋の中で、人種平等の非理を論じても、部屋の外に出れば問題にならないだろう。なぜこう言うことをいうのか」と、逆ネジを喰らわせた。
 歴史を見れば、その後も、この現象は至る所で発生している。

 そしてこうなると「利益の調和」など図れなくなる。
 民主制において不合成が生じることになる。
 「最大多数の最大幸福
the greatest happiness of the greatest number/功利主義倫理説の主張する道徳的行為の価値の規準でベンサムの用語)」という有名な公式は崩れることになる。
 ベンサムの公式のよれば、多くの人々に最大の快楽を齎す行為を善とするのであるから、最大多数を追求出来なかった少数者は、多数の福利・快楽のために制作された基準に何故自分達は遵わねばならないのか?……ということになり、二つに分裂して多数と少数の両者間では対立が生じてくる。

 ベンサムの公式に遵
(したが)えば、自分自身の利益を犠牲しにて、全体としての共同体に対し、服従することを意味し、この「服従」とは、少数者の「個々人の義務」ということになってくる。
 換言すれば、私利に見出される福利・快楽は、その私利が高ければ高いほど、この目的を達成するために、忠誠と自己犠牲が含まれる福利・快楽に譲ると言うことになる。
 これを「善であるもの
good」と定義している。

 輿論は正しい……。
 ベンサムの理論である。
 この理論に従い、民主主義が展開されている。したがって、正しいものに服従しなければならない。そして民主主義で言う「義務」とは、正しいことに遵って、統治形態を採る国家に忠誠をつくさなければならないと言うことである。

 また、ベンサムの公式の裏には、「多数は強者であるから支配し、少数派は弱者であるから強い者しは尽くし、かつ遵わなければならない」という弱肉強食の原理が働いている。
 所謂
(いわゆる)「力は正義なり」である。
 民主主義デモクラシーは、頭数を割る代わりに、その頭数を数えるのである。

 そして民主主義下の構図は、保守派のリアリストの「右側」と、知識人や理論家によるユートピアンの「左側」とが存在し、多数決において決議が決定されれば、そこには服従の義務が生まれる。
 則
(すなわ)ち、義務と言うのは「力は正義である」ことを認めさせる分別に基づいて、民主下では、それが倫理から導き出されたとするのである。

 更に、この背景を追求して行くと「経済的に正しいことは、また道徳的にも正しい」ということを利益調整の中で自由奔放とアダム・スミス
Adam Smith/イギリス(スコットランド)の経済学者。古典派経済学の始祖。主著『国富論』は有名。1723〜1790)の唱えた「自由放任主義」に回帰させていることである。
 「善であるもの
good」イコール「多数の福利」であり、また「大多数の快楽」となるのである。

 確かにアダム・スミスの唱えた「自由放任主義」は、十八世紀の経済構造の中では的確に当て嵌まるようである。何故なら、この当時は無制限なる適応性を持つ生産力と交換とを最大限に拡大する利益を弾き出しながらも、これで得た富を配分する問題は起こっておらず、配分問題に関して小生産者と商人との社会を構築しているだけでようあったのである。
 また、こうした背景には生産が高度に特殊化されておらず、固定設備などの投資も必要でなく、現状の儘で充分に満たされた時代であったのである。

 つまり、こうした社会状況下では、富の最大限の生産よりも、富を分配することに眼を向ける階層が極めて少なく、この少ない階層は取るに足らない少数勢力であると軽視されていたのである。
 ところが奇しくも、アダム・スミスの『国富論』
【註】1776年刊。経済学の生誕を示す古典学派の代表作で、サブタイトル的には「諸国民の富」とも)の発刊と、ジェームス・ワットJames Watt/イギリスの発明家で技術者。ボールトン(Matthew Boulton)と協力し、1774年、往復機関、調速機、蒸気圧力指示計などを発明。1736〜1819)が蒸気機関を発明した年とは符合するのである。自由放任の理論が経済学の市場経済に応用され、この理論の前提は蒸気機関によって覆われ、産業革命を迎えるのである。

 高度化された特殊機械による巨大産業が、以降次々に出現するが、生産による利益配分により利害関係が発生し、多数の強力な意図を持つプロレタリアートが、やがて出現することになるのである。
 更に産業資本主義と階級闘争組織が社会構造の中に認められるようになると、労働者階級の利益を全体として、共同体の利益と同一視する考え方が生まれ、労働者階級は自己の優位性を確保するために、腐心するに至り、有力団体のイデオロギーとして波及することになる。

 ここから物質幸福論と金銭至上主義の「富」に対する考え方が白熱化していく。
 また、資本主義があたかも自由なユートピアであるかのような活動に拍車を掛けたのは、物質幸福論と金銭至上主義の大多数の人々の意思と、需要の分野が次々と拡大・膨張していく市場が登場したためである、更に市場は無限に拡大・膨張することを暗に前提としたのが利益調和の想定であった。
 斯
(か)くして世界史はこのときより産業革命を為し終え、西欧では次に販売先を需(もと)めて帝国主義が擡頭してくる。これは近代資本主義には欠かせない金融経済の擡頭でもなかったか。

 このとき人民は何を思ったのだろうか。
 金と言うものを論
(あげつら)って、金銭は無くても悲劇だが、あったらあったで悲劇だというところまで探り得たであろうか。
 一方で、金融経済は悲劇を生む。近代史は、その悲劇に彩りされた歴史の側面を持つのではあるまいか。



●外圧

 経済と軍事は密接な関係にあるようだ。
 経済的圧力とか、売り先を求めての市場植民地の開拓などにおいて、国境を越えた行為が絡んでくると、その場合、先制攻撃として「外圧」と言う手段を用い、ターゲットに狙いをつけた国家に対し信用を傷付ける企図された理論が用いられる。

 例えば、目標とされた敵国とか、潜在的に敵国と看做した国家の威信や信用を傷付け、そのための理論展開をして、そこに目的の照準を合わせるような方法が執られる。つまり、自己の敵とか、やがては自己の生贄
(いけにえ)になるべく獲物に対し、“神をも恐れぬ”とか“神の目にも劣る”などと、世間評が映るように述べたてる手法は、旧約聖書の時代からよく遣われて来たテクニックである。

 思えば、古今東西を問わず、人種に関わることに関しての理論はこれに集約されていると思うのである。
 それは,ある国民ないし、ある階級層が、他の国民ないし階級を支配しようと目論む場合、支配される側の知的かつ道徳的劣性を論
(あげつら)って、確信的に論理を展開し、その展開について正当性をもたせることである。
 また、この手法で行われるテックニックとしては、知的道徳的劣者に対しての攻撃したり、傷付ける手法は人種やその集団に、まず性的異常性や性的非行を論うことから始まる。

 つまり、アメリカの白人は、黒人を指してその種属の性的頽廃
【註】不健全な気風ならびに悪習慣)や性的倒錯【註】心理学でいう、異常性欲のうち質的異常のこと。また性の対象や目標が正常な範囲から著しく外れたり、小児性愛などは対象の異常ならびに露出症あるいはマゾヒズムなどは目標の異常を指す)を挙げ、それを侮蔑をもって指弾する。これと同じように、南アフリカの白人(アフリカーナー)は、カフィル族(コーサ族などのバンツー語系諸族を蔑んだ蔑称で「南アフリカの土人」を指し、また不信心者あるいは異教徒の意)のせいにした。
 また、インド在住の英国人は、ヒンズー族のせいにし、ナチスドイツ支配下のドイツ人はユダヤ人のせいにした。

 更に、ロシア革命初期におけるボリシェヴィキ
Bol'sheviki/多数派のことで、1903年ロシア社会民主労働党内に生まれたレーニンの一派)に対して向けられた非難の中で、マルトフ派との組織路線上の対立が生じたとき、ボリシェヴィキは性的自由を唱えていたという事が論われた。同時にこれは、性的性質の非行によって埋め尽くされた不快窮まる読み物は、側面に戦争の所産を引き摺っていることである。

 その例としては、イタリア軍がアビシニア
Abyssinia/エチオピア)に侵攻する際、性的異常性や性的非行を論う内容の読本『緑書アビシニアの非道』を公式刊行物として発行した。
 これについてアビシニア代表は、イタリアを次のようにジュネーブで遣り返した。「イタリア政府は、エチオピア征服し、壊滅しようと企んで、エチオピアに悪名を浴びせた」と。
 背景には敵対国並びにその国の国民を、性的に詰ることから始まる。敵対国に対し、道徳的不信を投げつけるのである。そしてこれが公然と大義名分になる。旧約の古くから遣われて来た政治的テクニックである。

 また一方で、このテクニックは、正反対の効果をも齎す。つまり、自国及び自国民に対して道徳的信用を与える政策理論が展開される。この構図は、潜在的な、思い込みを含めて敵国の政策に対しては道徳的な不信を投げつけ、自国の政策には道徳的な正当性をつけて、更には倫理的な立場も利用し、二重の遣り口を政治的テクニックとして用いるのである。それが特異点を突破した時、戦争へと向かう場合もある。
 そして、この関連は経済と深く結びつき、公正な信念は、議論や論理によって作り出されるのでなく、その時、その場の環境も絡んで、間接的には「自利の心」あるいは思惑が絡んでいると見ることが出来よう。これは直截的には、環境によって人の意見が作られるのである。

 例えば経済的環境で、その場合、環境下にある人が、経済的には自由なのか、不自由なのかであることの実態である。この環境実態が自由である場合は、ある思想が登場したとして、この思想そのものは漠然として曖昧模糊であるが、不自由の場合は現環境に密接に結びついているため、曖昧なる概念がそうでなくなり、密接に接近してくる場合がある。

 例えばマルクス論などは、最初やや漠然とした概念の範疇
(はんちゅう)に留まっていた。
 ところが、環境実態が深刻化し、不景気が生じて社会全体が不穏となり、経済的不自由者や貧困者が続出すると、時に権力に対して抗
(あらが)う勢力が擡頭(たいとう)してくる。
 それゆえマルクスは、「環境が人の意見を作り上げる」とし、総て思想は、思考者の所有する経済的利益並びに社会的身分によって条件付けられ、思想が思想家の立場によって、その利害関係は環境と相似し、かつ相対的であることを認識させた。その後、この思想は知識階級に広く認められたのは周知の通りである。

 また背景を考えれば、歴史が権力を作り出し、また正義を作り出すのである。
 ゆえにこの場合、生き残るという理論が成り立ち、生存者が後世に残すべき実際を立証するからであって、生存すべき最適者によってまた歴史は信憑性を帯び、特にマルクスは、プロレタリアートの勝利は、歴史的必然であると定義付けた。つまりマルクス論は、最初からプロレタリアートの正義こそ、歴史的使命として基礎付けていることである。そしてこれを「歴史的見通し」として、決定論的に論じている。

 斯くして近代史は、「歴史的見通し」通しに動いたように映り、歴史の進んで行く動向を確信したレーニンなどは、「政治は特定の個人や政党の処方箋に関わり無く、政治そのものの客観的論理をもっている」と確信していた。
 つまりこれがレーニンの言う「科学的予報」であった。
 これはヨーロッパにおける社会主義革命の到来を、レーニンは確信していたことである。
 科学的仮設に立って、歴史的進化の全過程を同一視し、かつ歴史的進化の法則を予報して、観念論哲学のヘーゲルの言葉を借用しつつ、哲学は不正に見える実際的なものを理性的に変容するを用いて「あったことは正しい」となるのである。

 歴史史観からすれば、世界史は世界の法定であり、正義は力になるのである。
 ヘーゲルは、特に力
(マイト)を用いて、理念の弁証法的発展という方法で正義を提示した。
 以降この体系は、キリスト教の「三位一体説」をグノーシス的
【註】キリスト教の異端思想とされ、人間が肉体・物質世界から浄化され、自分が神であることを認識することで救われると説く)に思弁化しようとすると同時に、諸学問を哲学に統合する試みがなされ、究極的に「絶対知」【註】ドイツの哲学者シェリングやヘーゲルの用語であり、自然と精神が絶対的に同一であり、かつ主観と客観とが、もはや対立せず、双方は同一であるような最高の知識の意。哲学知とも)へ至る論理となり、二十世紀の世界をこの論理で包含していくことになる。
 背景にはプロレタリア独裁を目する「大国論」が擡頭する構図が作られたことになる。そして以後、これは国際政治の基礎を為していくことになるのである。



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