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陽明学入門 7

人と人の邂逅により縁を得た情誼は、単に友人に対する「情」というものだけではなかろう。心底には、「心」が結ばれる、親友以上の「心友」であり、心が繋がっている以上、この関係では寝返りも裏切りもない。それ以外に何もないからである。金でも繋がっていないし、況(ま)して物や色で繋がっている訳でもない。ただ、心の本体だけである。純粋な「まごころ」一途である。

 そして、こうした友との心の繋がりにおいて、「刎頸
(ふんけい)の交わり」という俚諺(りげん)があるが、この友こそ、万一の場合、一緒に首を刎ねられても惜しくないと思う心友である。
 あるのは「まごころ」一途の繋がりであり、一旦結ばれば、自他の境目が無く、こうした心友とは、生死を共にすることができるのである。



●自由と平等に隠された意識

 現代に陽明学的思想を装填してみよう。併せて、日本の近代史から歴史を検証してみよう。
 幕末から明治に懸けてであり、西欧では「経済論」が盛んになり、十八世紀頃からおおよそ十九世紀に懸けての時期で、また、ある流脈と意図を持った画策が擡頭
(たいとう)してくる。
 帝国主義、植民地主義、そして、その後に続く民族間や国家間における国際規模での政治力である。

 これらの背景には、現象人間界の構図として「支配する側」と「支配される側」に分けられる。
 人類の歴史とは、支配層と被支配層によって構成され、前者は圧倒的少数でありながら強大な力を持ち、後者は絶対多数でありながら無力であり、それはあたかも、どうでもいい微生物存在であった。したがって、死のうが生きようが体制側に影響が無いと言う、そういう痛痒
(つうよう)すら感じない存在であった。
 したがって、権力層の威力は絶大であり、その他大勢の上に君臨する。

 支配する側は、先ず微生物的人民を監視する内部警察機構を有し、また対外的には強大な軍隊を組織して、同時に財力と情報網を独占している。一握りのエリートで構成された権力であった。
 その中枢部は外から窺
(うかが)い知れないような、堅牢(けんろう)な組織体制を構築した。そして国際政治の舞台では、欲望を満たすために戦争を画策することであった。
 戦争は、また他方で富みの収奪の側面を持っている。
 支配体制側の潜在的欲望の中には、戦争を画策することで、他から富を簒奪
(さんだつ)できるのである。そういう構造と組織媒体と、更には敵国を探る有効な諜報組織を有していたのである。ゆえに軍事力を駆使して他の弱点を衝き、侵略して征服することこそ、最も効率のよい方法であった。

 これが最も顕著になりはじめたのが、十八世紀から十九世紀に掛けてであり、帝国主義や植民地主義が猖獗
(しょうけつ)を極めたのである。この頃になると、割拠(かっきょ)する国家群の浮沈が起こり、もはや歴史の動きは自然体ではなくなっていた。誰の目から見ても、意図的と思われるような浮沈現象が起こりはじめていた。

 普通、王朝なり国家などが自然界の栄枯盛衰の理
(ことわり)を受けて、その摂理に従い崩壊なり破綻なりを繰り返すのであるが、近世は、これが自然体でなくなり、明らかに何らかの意図を持った人工的な画策があったように思えるのである。

 こうした観点で近世を検証していけば、総てが自然の成り行きで変化したのでなく、一つの流脈によって、人工的に誘導されて来た痕跡が否めない。近世のこの時期から明らかに、歴史は特定の目的によって道筋が作られ、その意図とシナリオに遵
(したが)って隠微な集団が暗躍し、それが西洋のみならず、その魔の手は東洋にまで及ぼうとしていたのである。その顕著な例が、産業革命後の西洋列強の帝国主義であり植民地主義であった。

 阿片戦争後の次ぎなるターゲットは、まさに日本であり、日本は西洋列強から虎視眈々として狙われていたのである。流石に、此処に来て泰平の世の眠りも、目覚める以外なかった。家康以来の幕藩体制は時代遅れのものとなり、その土台は腐って崩壊寸前であった。
 しかし、この状況下でも眠りを貪ろうとする体制担当の佐幕派と、目醒めを促す倒幕派が対立して、日本はまさに激動の時代を迎えていた。
 そして、この流れの背景にはアメリカ独立戦争、アメリカ建国、フランス革命、日本内戦などが次々と画策され、その後も、第一次世界大戦、ロシア革命へと続いていく。

 しかし、この流脈の歴史を検証して行くと、西洋では、これまでの国家間の対立構造は肉食同士の弱肉強食であったが、十八世紀から十九世紀に懸けては、もっと効率のよい、無力に近い草食動物の東洋圏へとその噛み付く鉾先が向けられ、やがてこの圏内が、攻めるに容易
(たやす)い侵略目標になるのである。
 日本の幕末から明治に懸けては、こうした時代ではなかったか。

 まさに日本にとっては、元寇以来の国難来るであった。
 そして国難は、黒船の砲艦外交によって始まった。
 元寇以来の国難であり、幕末そして明治維新へと時代が流れて行く。背景の西欧列強の帝国主義と植民地主義の画策があったことは明白である。

 この時代の歴史の流れを追うと、江戸期以前の歴史的シナリオはともかくとして、幕末から明治、大正、昭和の戦中戦前期、そして戦後昭和期の流れの中に、謎だらけの「不可解なもの」が浮び上がってくる。少なくとも日本は、この一連の流れの中でアメリカには、日本人が二度降伏したと記録されている。アメリカの歴史書にはそう書かれている。
 一度目は黒船砲艦外交時で、二度目は大東亜戦争の敗北時であった。
 特に大東亜戦争の敗北は、日本人にとっては致命的で、以降日本人は、殆ど回復不可能なほどの致命傷を受け、今なお、その致命傷に悩まされている。

 そして、その致命傷に至る原因究明はなされること無く、いまだに放置されたままである。
 例えば、その方向に奔った原因究明や反省から起こる教訓としての抑止策である。戦争を引き起こさないための防止策である。こうしたものは戦後一度も顧みられることが無かった。なぜ日本は、あの戦争に突入したのか。その疑問すら、殆ど日本人が思い巡らさなかった。済んだことは、水に流せと言わんばかりだった。
 果たしてその戦争へのプロセスを、一度でも国民会議レベルで究明したことがあったのか。
 戦争の原因究明も、戦争に持ち込んだ軍首脳の敗戦責任も問われないまま有耶無耶にされた。

 当時、日本が国際的にも孤立していたことは確かである。国民自身も井の中の蛙状態であった。また聾桟敷
(つんぼさじき)だった。機密情報は、一部の官僚エリートの手の中にあった。
 こうした背景にあって、戦争への道を突き進むのを、何故食い止めることができなかったのか。

 これを検証することにより、今後の日本の針路にも繋がる問題の探求は、本来歴史教育の中で行われるべきものであったが、これを排除したまま戦後の平和教育が行われたのである。それも戦争を忌み嫌う事柄として持ち上げたまま、その事後処理を教育現場では放棄した。
 それゆえ戦後の日本人は教育者も含めて、世界平和を自分達の出て作り出すという気構えに欠けていたのである。戦後の日本は戦争を放棄しただけでなく、この当時のことを総て検証放棄したのである。

 ただアメリカから齎された、アメリカ主導の政策だけが持て囃
(はや)され、戦後の日本では民主主義だけが一人歩きをしてしまったのである。そして民主主義を楯に取り、戦争を放棄し、検証を放棄し、ただ愚かにも“一国平和主義”だけを露出させ、ドグマ的な平和主義に固執し、現実を直視する勇気すら欠如してしまったのである。
 斯くして現代日本人は現実を注視しないのである。眼をそらすのである。

 戦後日本人は、論者の私を含めて長らく「民主」と云う言葉の真意を誤解し、主権在民の法律用語に翻弄
(ほんろう)されて来た。その痕跡は否めないだろう。
 民主と標榜
(ひょうぼう)しながら、「民が主権を握った」と言うことは、未だかつて歴史の中で一度も無かった。それは、アテナイでも存在しなかった。

 確かに民主主義デモクラシーは、庶民層を夢心地に誘う言葉である。美辞麗句である。そして誰もがこの言葉に酔い、一国の主権が人民にあるとした「民主」は、あたかも自分が王侯貴族になったかのような、錯覚を抱かせるものである。戦後の日本人は、この言葉に酔った観が強い。
 同時に「生」に固執したことは言うまでもない。「死」は悪であり、「生」は善であるという図式が出来上がった。

 何故なら、“民主”の背景には、「人命尊重」というイメージが漂っているからである。命は平等であり、同格であるという、こうした「何か」を臭わせる安全主義的な、社会のタテマエが前面に打ち出されていると認識されるからである。

 日本では、個々人の生命は尊重されるという認識が広く流布されている。これがタテマエとして貫徹している。
 人の死は、忌み嫌う通過儀礼として、葬儀などが催され、だがこれらは生者からすれば遠ざけられる媒体が「死」であり、死を遠ざけるために、死病に関わるガン疾患をはじめとする難病奇病は撃滅する医療政策も存在するが、これは日本人の誰もが、譬えガンを発症しても、平等に名医の診察や治療などの医療を受けられると言うことではない。

 健康保険制度において、日本人の誰もが医療を平等に受けられるということであって、下層階級の者が、天下の名医の診察を受け、その治療を施術されると言うことでない。確かに医療の平等はあるが、誰もが高名な名医の診察を受け、高額医療費を払い、その後の天才的な手術の腕前と、かつ芸術的な施術を平等に享受出来ると言うことではない。
 運が悪ければ名医の診察は愚か、ヤブ医者の未熟なる医療技術に甘んじ、自らの肉体を献体同様に、好きなように実験媒体にされて、已
(や)む無く「生」を断念せねばならぬ状況が起こるかも知れない。

 日本では、病院で、老人ホームで、現在生者に見えない場所で、生者に不安を与えない仕組みも存在し、安楽死や尊厳死が持て囃
(はや)されているが、こうした事を享受できうるのは、ほんのひと握りの富裕階級であり、底辺の生も死も、大多数の日本人が思っているような、高級なる命の尊厳は保たれていない。金持ちの金持ちのための命の尊厳なのである。貴重視される階級そのものが異なっているのである。

 そして「人命尊重」の理論においてでさえ、現代のそれは“尊重”という次元で考えても、「一分一秒を、少しでも長く生きる」ということに集約されているため、本来は既に死者となっている人に対しても加療が加えられ、生命維持装置によって人工的に長生きさせられていると言う矛盾も生じている。人の「生」にも矛盾が漂うが、人の「死」は、更に大矛盾に満ちている。
 生体を献体同様、死を、現場関係者が弄
(もてあそ)んでいる実情すらあるようである。

 したがって、民主主義と言う社会システムが正しく機能するには、単に動物的に生き存えることだけに注目するのでなく、「人の死」も尊厳的に、そこに焦点を当ててみるべきであろう。
 人の死を物体的動物的に検
(み)て、数字だけを追う昨今の医療体制は、生身の人間より検査によって出されたデータ数値の方が重要という観すらあり、ここに人間不在の現代医学の側面が浮き彫りになるのである。



●人命尊重の裏に隠されたもの

 人は、今も昔も変わりなく、まず「生は有限である」ということを自覚せねばならない。
 この自覚が欠如していると、その生の実態は動物的になり、人は自らの意思とは異なった「死を迎える」と言うことに対して、希薄になるばかりか、生かされて、今この世に生存していると言う意味すら自覚できなくなる。永遠に生きる永遠論や、死はもっと未来の先にある長寿論に終始し、生者の義務を怠り、時には死に対して気付かない振りをして、愚かなヒューマニズムにすら挑発されて、その他大勢に、独善的な錯覚の暗示を懸けてしまうのである。

 昨今は、この独善的な錯覚の暗示がマスメディアにも多く登場しているようである。
 その最たるものがサプリメントやこれに付随する健康機器擬きであろう。
 これらを医薬品と言わず健康食品といい、医療機器と言わず健康機器と称していることから、独善的な暗示はコマーシャルによって広く流布されているようである。そして飲用し、使用すれば、病体が健康体に変質するのではないかと、芸能人や役者擬きの出演者に、あることないこと病気体験談を証言させて、視聴者に錯覚まで起こさせているようである。
 生への執着を利用した巧妙なご都合主義と言えよう。

 本来、社会に存在する現実は、人間の存在理由を明らかにし、何故生きるのか、何故死ぬのか?……の両側面から、人間の存在理由を明らかにしなければならない。その根本には、政治や経済と共に、「人命尊重」なるこの命題について解決策を見出さねばならない。
 しかし人命尊重なる論理は、イデオロギーの擁護により、人の生死について目を瞑
(つぶ)って来た観が否めない。

 また、政治の側面には軍事が存在し、軍事は経済と密接な関係を連動することこそ、その正体の実態であったが、安易に一方的な人命尊重論によって、なし崩し的に生の解体は些かの進歩を見たが、肝心なる軍事は自由と平等のシュプレヒコールにより、放棄されるべき世論誘導があった。
 つまり、「民主」と云う言葉の中には、歴史の内実やナショナリズムや文化や伝統という、日本精神から発した古代から現在までの一切について、日本的なものに思いを廻らすという能力を放棄させてしまったのである。戦争放棄は、また日本の文化や伝統、そして日本人の誇りまで放棄させてしまったのである。
 日本は彼
(か)の国の属国になり下がり、日本の民は彼の国の家畜に成り下がった観すらある。

 これは同時に「人は何故生きるのか?」とともに「人はその土地で、その国で何故生きるのか?」と言う命題を、放棄させ、かつ喪失させてしまったことに繋がるのである。
 単に、民主が先行し、それに付随して自由と平等は連なっている。実に奇妙な構図である。

 自由と平等……。このスローガンは一体何か。
 更には、平等と民主の背後に隠れる人権と自由とは?……。
 しかし、「民主とは何か」のみでなく、「自由と平等とは何か」、更には「何故人は生きるのか」という個人的な命題すら、明確に回答していないのである。
 教養人や有識者あるいは文化人らも、その次元に達するまでの人間的な幅を持ち得ないのである。彼らは自身の保身で汲々としていると言うのが、日本社会での実情であろう。
 また、単純な疑問だが、民主が一旦標榜されたならば、階級や地位や肩書きなどは、総てが消滅しなければならない。

 ところが今日、広く標榜されている“民主社会”とか“平等社会”という用語は、その背後に「階級」というものが隠れていたことが分る。体制が変わっても、階級存在に変化は無い。新旧人事は階級的に入れ替わり、上下することはあっても階級は消滅することは無い。
 しかし、階級などの言う垣根は、今日の世ではないと信じている人は、意外にも多いようだ。「人はみな平等」と思い込んでいる人は、戦後日本には意外にも多いのである。

 人は果たし平等か?……。
 これを本気で思い込んでいるのなら、その人は底無しの“夢追い人”であろう。既に世の中を徘徊しているのである。
 だが、それにしても「民主」とは、端的なる美辞麗句である。人を酔わせる魔力を持っている。人を得心させる説得力を持っている。しかし、一方で幻想である一端が見え隠れしている。

 それは民主主義の総本山・アメリカを検
(み)ても容易に理解できよう。
 アメリカ社会では、現に複雑な階級制度が実在し、何かを考えたり、思考を計画的に行動に移す場合は、まず計画を移す前に階級を考慮して、あるいは階級抜きに行動を移せるものか、重要なポイントになるようである。

 世の中は裏表が存在する。
 更には「奥」という闇まで存在している。
 闇の奥の院まで洞察することこそ、真相究明には急務だが、意外にも見逃され、短見的結末によって、その存在は今日の日本では荒唐無稽と云う言葉で、お茶を濁してしまう。
 だが、人間の深層心理には、奥の院の存在が残留している。ぼんやりではあるが、記憶に中には眠れるものが痕跡をとどめている。

 人間の奇なる霊的部分であり、これは不可視世界の中に隠れている。この世に存在するのは、何も可視世界の部分だけではないのである。また、それが単純明快でないために、複雑怪奇なる仕掛けの中では、底辺の庶民が窺
(うかが)い知る事の出来ないようなものが存在していると検るのが、霊的神性を持つ人の見解のようである。

 だが、現実のところ階級問題は、闇の霧の彼方のベールに隠されているため、日本人の二次元的な、稚拙な洞察力では深部を覗くことは出来ない。
 ちなみに先の大戦の開戦前夜、この当時の大半の日本人は二次元的思考は、軍部にまんまと利用され、出征兵士を駅頭で壮行・激励したり、局部戦闘で勝利
(例えば南京陥落や台湾戦沖空中戦の捏造など)でもすれば、提灯行列をするバカ騒ぎまで遣らかしてしまったのである。躍らされる国民性の性癖がある。
 既に、2・26事件以前に、日本の大衆は、年中バカ騒ぎの『東京音頭』
【註】昭和初期の東京を軽快に歌う出囃子のいい、民謡調の流行歌。西条八十作詞、中山晋平作曲。日本中が一年以上もこれに躍った。戦争など何の其の)で日本中を席巻して居たではないか。

 何れも、右からも左からも利用される二次元的思考で、事象の表だけを見せられて、一喜一憂していたのである。深部など窺い知る推察力を持たなかった。
 昨今でも、探偵物や事件物のドラマの推理や謎解きは巧みだが、裏に潜む奥の院の洞察は“稚拙の儘である”と言うのが、日本人の洞察の偽わざる実力のようだ。
 戦後日本人は、「科学的」と云う言葉からも分るように、肉の眼に見える物や手に触れ垂れる物以外は、信用しない中途半端な無神論者になってしまったからである。

 そして一方で、こうした深層部を分析し、それに熱中し何らかの新発見があったとしても、それを公表したり、口に出して言えば、往々にして精神異常者か、奇人か、性格が捻
(ねじ)れた旋毛曲(つむじまがり)がりにされて、人間扱いされないばかりか、誇大妄想狂にされて精神病院行きであろう。

 そのうえ最も難解な課題は、今日でも、人間の平等神話が隅々まで罷
(まか)り通っている事である。
 特に、日本人が考えている平等神話の猛威は凄まじく、この絵空事を信じている日本人は、在民主権を信じて疑わない人と同じくらい明白となり、例えば、階級を問題視して話が齎される場合、自分が“中より上”の階級と自負している中間層の困惑度は複雑なものがあり、かの社会学者が言うように「日本人は一億中流が好ましい」というような言い方をされると、現に、昨今の日本人自身にも、人間社会の社会的階級や地位がハッキリと反映されてしまうのである。

 自称「中より上の階級と自負している人」は、特に中間サラリーマン層に多く、サラリーマン重役をしているか、中小の企業家に観ることが出来る。その意識は、上流階級でないにしても、中上流の言う自負はとにかく旺盛で、それだけに深い関心を持ち、一方で裕福さを漂わせる素振りを見せて、“一般サラリーマンの労働者とは違うのだ”と言うプライドの高さを示すようである。
 有名ホテルの待合室か喫茶室に行くとこう言う人で溢れ返っている。
 おそらく、こうした人は、階級過敏症に冒されているのであろう。
 ゆえに中流階級のその他大勢とは一線を画し、富も家柄も並みではないと、自身の自負を強めるのである。

 さて、陽明学における行動律に関して「知行合一が働かない条件」とは、何かをもう一度探求してみよう。
 それは現代日本人の考える「自由」と「平等」の意識に回帰されるようである。
 この意識を、ホンネでそう思い込んでいる人は、そう多くないと思うが、もし居たら、その人は余程の楽天家か、幼児のまま大人になった人であろう。思い込みの烈しい妄信家である。

 いま差別の無い社会と言うタテマエで、平等主義を振りかざしたアメリカは、苦悩の淵をのたうち回っている。
 資本主義と民主主義とをドッキングさせて、「自由」と「平等」なることを謳
(うた)った憲法を作ったために、アメリカは現在この矛盾に対して苦悩に陥り、特殊な苦境に立たされている。その度に、「自由」と「平等」の化けの皮が剥(は)がれている。

 現に、アメリカでは消滅してしまったと思われる人種問題が、今でも南部を中心に強く蔓延った居たのである。人種問題があたかも解決したかのように、日本人に向けて宣伝したのはハリウッド映画などであった。
 また、アメリカン大リーグで観るプロ野球の世界も、ミュージシャンの世界も、これを庶民層に置き換えれば、現実とのギャップは甚だしく、幻影であったことに気付かされるのである。

 況
(ま)して、民主主義デモクラシーは、アメリカと言う国で、この国特有の不安を作り出した。化けの皮が剥がれた証拠は、未だに人種差別が根強く蔓延り、この意識が健在であることである。したがってアメリカの自由民主主義は重大な危機に陥っている。

 民主主義が展開される際、社会の同意に基づいて、自尊心と言う個々人それぞれの人権を認め、誰もが“一廉
(ひとかど)の人物である”という構図を作り出した。
 つまり、一廉の人物と言うことは、一人ひとりの人命すら重く、かつ誰もが重要人物であるという定義が成り立つ。
 ところが、「誰もが重要人物」という大勢論が、果たしてあり得るだろうか。
 この定義に遵
(したが)って、「逆も真なり」から考えれば、一人ひとりが重要人物であると言うことは、裏を返せば、誰一人重要ではないということになる。

 この「誰一人重要でない」から、また他方で「重要である」と言う。
 重要でないから重要……。
 これは一体どう言うことか?……。
 また世間では「社員一人ひとりが経営者のつもりで……」という言葉を、経営者筋から、よく聞かされるところである。
 「会社は一人ひとりが支えている。単に経営者一人の会社でない……」などと。

 こうした言も、経営者筋からよく聞くところである。
 しかし、一社員を“経営者然”として考えるような企業家は一人も居ない。そもそも会社員と会社役員の違いは明白である。平等意識の中でさえ、キャリアとノンキャリアのように隔てられ、そもそも入る入口が異なっている。
 果たしてキャリアとノンキャリアの比重は、どちらが重いだろうか。ここに底辺の下級層の庶民が入り込める余地があるのか?……。否であろう。

 誰一人重要でない。その裏返しが、「誰もが重要である」と云う言葉。
 それは嘯
(うそぶ)いているようでもあり、また理不尽とも受け止められる。
 考えれば、何とも奇妙な言である。それだけに錯覚も起こるようである。
 一人ひとりが重要、そして一方で「取るに足らぬ」と言い捨てる。これこそ、“民主”の正体ではなかったのか?!……。

 それは取るに足らぬ……、どうでもいい「その他大勢……」と言うところに回帰するのではあるまいか。
 これこそ、まさしく「民主」の正体!
 その他大勢の、体制側が言う国民と言う“愛すべき底辺の微生物”を指すのだろうか。
 「民主」という言葉を聴いた時、連想は、次々に連想ゲームのように絡み付いてくる。

 つまり、民主主義下では、デモクラシーの名において、その国の市民に属するものは、“市民は取るに足らぬ存在である”ということになり、階級抜きでの、平等を意識して同等・同格なる自尊心も自負心も認められないことになる。

 換言すれば、民主主義下では法的には平等であっても、生身の肉の身としての実体は、生命体を含め、その他諸問題を含めて、総ての点で平等ではないということである。彼
(か)の国は、自由と平等と人権を楯にして押し付けがましい論理を強制してくる。何処にでも干渉してくる。

 ところが、これ自体は、“絵に描いた餅”のようなユートピアンの理論武装された政治力学の働く国際道義に他ならなかった。ひたすら押し付けがましく強制する。内政干渉する。国際政治の駆引きだろう。
 しかし無視すると、何らかの経済的制裁を受ける。何と不条理であろうか。
 これは日本の江戸時代よりも劣悪な、悪しき社会風習であると言えよう。

 君子は「ほどほど」を知る。
 何事もいい気になって深入りをすると進退を誤る。いい気になって、論理的に巧くいったからと言って、深く介入し、「ほどほどの加減」を知らないと、完璧を目指すだけでは、必ず作用相当量の反作用を喰らうことになるのである。合理主義と、進退を知る良知主義の違いである。



●玉を抱く構図

 さて、知行合一の原理である。
 此処で問題にされるのは、階級でない。本心であり、本然である。
 それはまた「確固たる自己」と言うことである。その自己は毅然としていなければならない。
 ゆえに、意図的に階級脱落ならびに突出の道具として「帝王学」はあるのでもなく、また権力者の愛用する玩具でもない。位階無用の、「心の在
(あ)り方」を示す。
 当然、そこには「精神的貴族」あるいは「精神的上級武士」という構図も登場する。物資的誇張でなく、心の在り方である。良知の示し方である。

 しかしこの「精神的」は、社会主義国家のゴマスリでもないし、況
(ま)して官僚主義に基づいているものでもない。富とか権力とかは無縁である。
 懐に「志」と言う玉
(ぎょく)を抱いた構図である。この気風さえ失わねば、「陽明学的毅然さ」は貫けようが、失えば奴隷化されて、家畜になる以外ない。

 昨今流に言えば、精神的貴族を置き換えて、“物質的貴族”あるいは精神的上級武士を置き換えて“物質的上級武士”という言い方に置き換えられよう。物が主で、心が従である。
 ところが、精神的とする場合、あくまで主体は心であり、それを致すのは自分の心なのである。

 本体である「心」を中心課題に据えるだけである。
 心の動きを点検し、かつ、「金持ち」対「貧乏人」とか、「雇用主」対「労働者」とかの一線を画するものは無く、あるのは「礼儀を知る者」対「礼儀を知らない者」だけの心的領域の基準だけである。社会的階級的区分は存在しない。

 私たち戦後日本人の多くは、確かに自由民主主義の優れた面を学んだ。アメリカから齎された自由民主主義の利点を教わった。
 しかし、優れた面だけであり、劣った面は隠された。作用に対しての反作用の現象が考慮されなかった。
 表だけを教わり、裏は教わらなかった。奥に至れば、学者でも皆無に近い。

 つまり、作用は教わったが、同時にそれに伴う反作用の現象は皆無であった。自然界の表面だけを検
(み)て、自然科学の実体は見逃してしまったのである。また、そこに裏があり、奥の院があることは教わらなかった。表に影響を与える、裏の指令塔の存在を知らされなかったのである。
 戦後の民主教育は、これが顕著だった。知らないままに入れ揚げた。諸手を上げて賛同した。
 左派陣営の急進派の言動や行動にまで賛同し、擁護し、シンパサイダーまで培養する始末だった。
 「左」が悪くて、「右」がいいと云うのではない。
 公平・公正の眼が失われたことを指摘しているのである。

 斯くして、日本の戦前・戦中以前は、総て悪であり、放棄させられてしまったのである。
 日本人は戦争を放棄だけをしたのではない。
 古代から連綿と続く伝統も文化も悪と看做し放棄した。そして、歴史までも……。
 この放棄は、単に「一国平和主義」を近隣諸国に宣言しただけであって、世界平和に貢献したものではなかった。これも、公平・公正の眼が失われたこと由来し、かつ独善的な押し売りである。

 況
(ま)して、周辺諸国の内紛や戦争を防止したり抑止したりの効果は皆無で、如何にこの放棄が、いい加減で、無力で、無関係かを曝(さら)け出したに過ぎなかった。
 背景には、かつての「礼」を失い、精神的態度を失い、陽明学的気風すら失って、愚態を露出させたに過ぎなかった。往時の日本人のように、精神的風土の維持も毅然さも喪失していた。
 戦後は、日本人の多くは“事なかれ主義”に流れた。何事も起こらず無事ばかりを望む消極的な思考が支持された。

 大勢のすることは、みないい事である。善である。間違いない。正しい……となった。
 戦後民主主義も、この理論に流された。その太鼓持ち的な役割を果たしたのが、マスコミである。マスコミが左側の旗振りをした。リアリストを軽視して、ユートピアンこそ正義の使者となった。斯くして、この状況下に“絶対多数”とともに「絶対正義」なる言葉が生まれた。
 民主下では、大衆のしていること、大衆の選択することは総て正しいとなった。

 一方で、実に不思議なことであるが、戦後のこの教育下では、かつて軍属とか、その同族に属した者は、終戦当時の労働者よりも稼ぎが少ないにも関わらず、また軍国主義者・国家主義者などと戦争犯罪人のように指弾され、あるいは公職追放からレットバージの煽
(あお)りを受けて追放され、更には、教員や教育関係者が排除・追放された。悪と看做されたものの追放であり駆逐である。過去の伝統も文化も、また日本の連綿と続いたこの国の歴史も、「総て悪」となった。それを徹底的に指弾したのが、GHQGeneral Headquarters/日本を占領した連合国軍総司令部)である。
 また、指弾された側も無能だった。何の哲学も持たなかった。

 特に、旧陸海軍の高級軍人には、この手合いが多く見られた。日本政府運営の陸海軍学校では、軍人以外に遣い物になる、人格は養われていなかった。
 確かに戦闘現場の戦争職人であったが、それ以外の教養は持ち合わせなかった。
 その出身者は、単に夜郎自大に陥って、傲慢であり、虎の威を借る狐の如く、威張り腐っただけだった。この側面こそ徹底的に指弾されねばならないのだが、この部分は見逃され、戦争犯罪だけが連合国軍によって東京裁判で検証されたに過ぎなかった。それも非合理な片手落ちの裁判で。

 かつての陸海軍の陸軍大学校も海軍大学校も、また陸軍士官学校も海軍兵学校も、戦闘技術の職人としての戦争技術者は養成したが、肝心な国際政治に関する軍政担当の能力者養成は皆無だった。国民の膏血を絞り上げて、この種の種属
(スピーシーズ)しか養成できなかった。

 それは、そもそも暗記得意者を登用するに至った、答えのあるものには回答が出せ、無いものについては、「白紙から仕上げる」という創作力を持つ者を見逃したためである。
 敗戦に色が濃厚になりはじめた終戦間際になっても、遂に、奇手は一つも出でこなかった。この側面は昨今の、高級官僚を登用する国家公務員I種試験と酷似する。
 斯くして日本だ大東亜戦争に大敗北した。日本列島を焦土と化せた。

 そして当事者達は、こうした事態を招いてしまったことを憂い、その結果身も細らんばかりに萎縮し、細々と生きたにも拘らず、他方、労働階級にあっては、昭和三十年代からの高度経済成長の波に乗り、その後のテレビなどのマスメディアのお茶の間への普及により「豊かな生活」を、日本人は「物」に求めたのである。何ともお粗末な結末だった。
 もう、日本人の行動原理から、陽明学の「よ」の字も出てこなかった。
 以降、自由放任主義に明け暮れ、ユートピアンの「科学的仮設」を筆頭に、「新しい自由」が持て囃され、ベンサムの「最大多数の最大幸福」に回帰された。

 これは主従の逆転である。
 日教組如きは、乱世の下克上を企んだ節もある。そして戦後の平和教育の中で、歴史史観を「左」の目で検
(み)る社会科学的なる虚構を培養した。
 それは奇
(く)しくも、心ではなく、物であった。徹底した唯物弁証法だけを真実の根拠とした。唯物史観はこれを雄弁に物語っている。
 昨今の物質至上主義や拝金主義は、これに由来するようである。
 だが、この構図の中では、知行合一は働きようがない。心と言う本体不在であるからだ。

 政変が起こる場合、まず雇用状態が悪くなる。職に就ける者が少なくなる。そしてこれに伴い、経済的不自由者が増加する。
 こういう構図が生じた場合、「右」の現政権に対し、体制側を打ち倒し、現状に則した強い指導者を必要とする。「左」の野党の中から、強い指導者が支持されるようになる。

 この意味では、経済と政治は密接な関連性を持っていると言えよう。
 したがって、“政治が良ければ経済もよい”という暗黙の公式が不文律で成立するのだが、こうした未来占いを、多数決で決すると言うのが、民主主義の政治システムの要諦である。

 しかし、この要諦の裏には、被選挙人を選び、それを選ぶ選挙人が確固たる良心と良識を持ち、その真心に誓って、被選挙人を選ぶ見識が無い場合、民主主義は必ず100%の確率で「悪魔の道具」となる。このシステムはマスコミの報じるデマに操作され易いからである。先入観や思い込みが入り易く、それに曇らされて、個々人の判断が狂わされるからである。

 その最たるものが、富による世論誘導である。
 言った者勝ちであり、宣伝能力が被選挙人の優劣を決めるからである。既に、この実験はナチ党の宣伝相ゲッベルス
Paul Joseph Goebbels/国家社会主義ドイツ労働者党第3代宣伝全国指導者、初代国民啓蒙家で宣伝大臣。世に「プロパガンダの天才」と云われた。1897〜1945)博士が立証済みだからである。

 民主主義デモクラシーは、今や合い言葉のように遣われ、その根拠も示せないまま日本人共通のスローガンになってしまっている。誰もが疑いも無く口にする。
 現代は間接的洗脳を、視聴覚から注入する時代であるようだ。そして一度風評が発信されれば、一人歩きして、あることないことが、実
(まこと)しやかに囁(ささや)かれ、それが真実として絶対多数の人民に完全定着してしまうのである。

 この意味では、現在のデモクラシーの政治システムが、既に機能麻痺に陥り、機能的な欠陥を抱えたまま、あたかもグランド・デザインなどの未来像を描かないままである。
 昨今の科学万能主義の礼賛……。
 多くの現代人が「物」のみに固執する戦略構想を支持し、人間の見出すべき目的地自在のままで、かつ心的進化を怠ったまま精神を蔑ろにし、未来展望は予測不能の状態であり、ただ宛もなく、無意味に破滅への方向へ驀進
(ばくしん)しているとも言えよう。
 それは、温暖化と自然環境破壊に塗れた地球を見限ったユートピアンの宇宙開発構想からも、窺えるようである。



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