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陽明学入門 13

地球上には山地でありながら、清水は噴き出している泉がある。そこは地球から湧き出る水が存在する。
 陽明学では、泉を「井戸」に譬
(たと)えて説明する。

 そのことが『伝習録』に記されている。
 陽明は井戸に準えて、「水源のない数町歩の池水となるよりは、数尺四方でもいいから、水源があって生意があって生意の尽きない井戸であった方がいい」と。

 このように陽明が論じたのは、そこに坐った傍に井戸があって、この井戸を譬えて学の喩を諭
(さと)したとされる。
 それは生きたものか、そうでないものかの譬えであり、これを云うなら、また同じようなことは栄養学でもいえることで、真の栄養は、生命力溢れる生きたものを少量頂くべきで、死んだ美食を幾ら体内に取り込もうと、それは真の栄養になり得ないと物語っているようにも思える。

 例えば、玄米である。
 玄米の効用は、この米自体が生きていることに意味がある。
 玄米は生きている米なのである。その証拠に、生きた生命力をもつ玄米は畑に撒けば発芽するが、精白して肝心なる麸を取り除いた精白米は死んでいるから畑に撒いても発芽しない。腐って朽ちはてるだけである。
 ここには活性化する根元があるか、否かを問う陽明学的な良知の根本にも譬えられる。



●桁外れの存在

 混沌とする現代社会を、どう生きればいいか。
 誰もが持っている疑問であろう。また疑問の中には当然不安もある。このまま安全を確保できて、子孫末代まで日本列島に生きていくことが出来るのか?……。
 それは多くの日本人の最大の関心事であろう。
 ところが、人間界はそう簡単には問屋が降ろさない。
 人の行く先々で難所が創出されるようである。
 この難所は偶発的に出て来るものであろうか。それとも何処かからの皺寄せが、反作用現象のなって表出するのであろうか。

 現に「世界の混沌が深まる可能性」が深刻さを増し、その危惧
(きぐ)は大になりつつある。
 そのうえ追い込まれた人は理屈ではなく、その追い込まれた環境によって、私たちが想像し得ないような状態にあろうことが懸念される。

 しかし、富者
(奥の院に鎮座する「桁外れ」の財の主)はこの現実を深刻に受け止めないどころか、力の論理によって、人々を追い込んでいるようだ。まさに黒船来航の頃の幕末に酷似する。
 力の理論とは、富者の傲慢によるもので、1%の資産階級が世界の48%の富を支配・独占する現実があるようだ。

 これでは残りの99%のうち、「自らは奴隷か?」と感じる者も出て来るのは必定である。
 更には、現行の世界秩序の逆転を狙って、目には目を、歯には歯を……と、力ずくで壊そうとする人が出て来る。
 そうした根源の一つにあるのが、富の分配に影響を及ぼす、「行き過ぎた信用創造に基づく、過剰資金が齎す、国際金融主導の力の論理による原始資本主義の擡頭
(たいとう)」であり、過剰資金の回収法に問題を残している。
 西では、実体経済を上回る金融市場主導による経済に調整の兆しが見え、東では、バブルがますます膨らむというバランスが起こっている。そしてこの構造が、長らく続く様相すら見せている。

 すると、他方では「歪
(ひず)みが起こる?」のではないか。そういう疑いが生じてくる。
 何故なら、一部においては「変革不可能なる状態」が起こり、これが固定化されはじめて来たからである。

 例えば、社長の子は社長、政治家の子は政治家、寺などの住職の子は住職などと、子孫の生活保障が出来上がったことである。利権に関する固定システムが出来上がり、この子孫導入システムの中に、あたかも前時代的な封建制を髣髴とさせるのである。少しばかり思考力があれば誰でも分ることだが、利権主義が訝
(おか)しいと思う筈である。しかしその程度では、更に奥の院の構造は分らない。奥の奥が見えない。

 人間界は表側だけでなく、裏側も構成している。表裏一体である。
 その二次元的な裏表は、誰でも想像に難くないだろう。
 しかし、三次元立体現象社会は、それに併せて、奥行きである「闇」も構築しているのである。
 例えば、社長の子は社長。将来、その運命的な約束は大であろう。
 また、それは確かに利権として存在するだろう。しかし、闇が存在する以上、その単純なるレベルでは留まらない。この構造には奥の院がある。

 ここが人間界の奇異なるところなのだが、現代の巧妙なるところには、例えば、社長の子は社長になるのでなく、その子が社長にならず、新たに「社長業」なる特殊化された職種を設けて、そこに経済や政治をよく理解したプロフェッショナル的な社長職人を雇って、職人の学閥や経歴を利用しつつ、自身は陰の指令者として君臨し、いわゆる本当の“資本家筋”になる画策が、現代の世では着々と繰り広げられているのである。
 同族会社では、資本家筋を「本家筋」といって、本当の資本家は陰に隠れてしまうのである。
 また、ロスチャイルド家などは、血のネットワークで血族会社を組織し、情報網で「正統血筋」を構成しているのである。

 会社社長は、社長職人を高額なる給料に雇い、一切を任せて、本来の社長になるべき筈の代表者が社長職を棄て、無職に徹すると言う人生を選択するのである。
 したがって、仮に倒産に至っても、その責任は自分には及ばないし、“蜥蜴
(とかげ)の尻尾切り”も至って簡単になる。実に効率のいい、遊んで暮らせる本当の意味での資本家の悠々自適な生き方なのである。

 ここでは何処の誰かとは申し上げられないが、そう言う人を私は何人か知っている。この人達は社長職に下駄を預けで、自分がいなければ会社は遣っていけない……などの気持ちは毛頭ない。自分がいなければ、会社が駄目になるというそういう会社こそ、斜陽に懸かる代名詞で、今どきはやらないというのである。
 そこで専門化され特殊化された専門家に社長職を委ねる。

 では、この場合の資本家には、単に遊んで暮らしているだけでいいのか。
 いや、資本家にも、それなりの仕事は容易されている。
 まず、陰の指令者として現状の伸び率や業績にいちゃもんを付ける。社長職に発破を掛ける。
 次に、奥に控える、奥の院の指令に従うことである。
 奥と言う闇の中から指令が発される。それに従順に遵
(したが)うのが資本家の、僅かながらに残された仕事でもあるようだ。

 そして、その幽
(かす)かな囁(ささや)きが、政治や経済に反映されるという実に巧妙な仕掛けが出来上がっているのである。しかし、凡夫(ぼんぷ)には窺(うかが)い知ることが出来ない闇の世界の出来事だから、こう言う論は荒唐無稽に聴こえるのである。

 しかし、これは、あのホワイトハウスを見れば一目瞭然となる。これは闇の中にある物ではない。歴然として表世界に存在するものである。
 既に論じたが、アメリカは明らかに階級社会である。階級が存在する以上、その頂点に君臨する「たった一人」が居るのである。その「たった一人」は、人民が選んだアメリカ大統領ではない。人民選挙を装って、根回しにより、指名された「たった一人」の、ある流脈の意図に動かされる舞台役者であった。

 これは、ホワイトハウスの構造を見れば、アメリカ自体の階級構造の裏の輪郭
(りんかく)が見えてくると言うことである。したがって、日本人が誤解している大統領は、一人ひとりの人民から選ばれた被選挙人ではない。
 この場合、選ばれたのではなく、指名されたのである。

 この世界では、闇の指令者からの指名される現実がある。
 闇の中は肉の眼に見えないだけで、不可視世界のことだから、可視世界では隠れている有機的な結合は観察できない。此処を観察するには、闇の中を見通す視覚が必要である、不可視世界の闇を視る視力がいる。そういうものを必要とする以上、また此処には闇が存在しているのである。
 これは表に対しての裏と言うことでない。三次元ていいな奥であり、換言すれば闇と言うことである。

 したがって、闇には「桁外れ」という存在があることだ。
 既に、この桁外れは「富者」として記載済みである。富者の正体がこの「桁外れ」であった。
 つまり、「桁外れ」の最上流に位置する階層は、上流階級と違って絶対に姿を見せないと言うことである。

 上流は人前に姿を顕すが、最上流は、普段は殆ど姿を見せないと言うことである。あたかも日本の皇室のように、しばしば見せる程度のものである。
 上流階級のように、自分を派手に誇示したり演出したりすることがなく、またマスコミでも注目を浴びず騒がれもず、時の人にもなることがなく、見事にブレーンの図式から逃れ、世間の風が殆ど当たらない位置に退避しているのである。あたかも隠者である。優越感の吹き出しところである近代モダニズムを嫌うのである。常人からすれば何とも不思議なことである。

 したがって、住いもアジト的であり、大通りや高級住宅地には居を構えない。見栄も張らないし、況して優越感などの感情は持ち得ない。
 これみよがしに大袈裟な構えの家には棲
(す)みたがらないし、むしろ隠遁生活のような平凡を好むのである。

 もし、大通りや高級住宅地に居を構える階層は、確かに上流ではあろうが、それは最上流とは程遠い、上流に位置したとしても“中”以下であり、多くの場合、単なる社長業などをしている高級労働者的な階層というところであろうか。
 最上流は、例えばアメリカで言えば、ホワイトハウスのような、こうした大通りから見える観光客相手の、その種の家には棲まないものである。

 したがって、譬
(たと)えフランクリン・D・ルーズベルト一家やジョン・F・ケネディ一家であっても、絶対的な最上流と言う階層ではなく、単に上流階級としか看做(みな)されない程度のものなのである。

 果たして純白のホワイトハウスが、慎重に小高い丘の高台を選んで建てられ、よく人眼に付く、こうした居住まいの設定が、最上流の住まうところと定義できるだろうか。
 何故なら、あまりにも目立ち過ぎるからである。
 もし、彼
(か)の国で、似たような場所を選び、同じような家を立てて棲もうものなら、忽(たちま)ち例外なく、階級的には大きく地位を落すであろう。

 これは日本の有数の高級住宅街と称される田園調布
(関東大震災や人口増などの事由により、渋沢栄一の音頭取りで出来上がった街)や住吉・西宮・芦屋(六甲山系の南斜面に見られる地域で、小林一三が主導した私鉄路線網の拡充と宅地開発が連動した街)なども同じ扱いを受けるようだ。目立ち過ぎる成り上がり者が、こうしたところには多いからである。

 日本人の目からすれば、ホワイトハウスは、何処から見ても上流階級の家と映る。
 ところが階級社会アメリカでは、そこに棲む者を最上流とは認めないのである。労働者である。大統領と雖
(いえど)も、頂点に一握りではなく、単なる高級労働者に過ぎないのである。
 逆から見れば、奥の院の一握りというのは、途方もなく桁外れと言うことである。
 近代と言う世の中は、この「桁外れ」の一握りによって動かされて来たのである。

 「桁外れ」は指令するだけが目的であるから、その意図を反映する能路力を持つ者だけが、時のの人として選ばれ、その時代に一世風靡現象を巻き起こす。
 また、それを決定するのは「桁外れ」の御仁
(ごじん)である。地上界においては全世界を牛耳る神のような存在である。
 そして、世の多くの人民は現代と言う世の中で、階級化され機能化されてその檻の中で生きている。

 当然こうした世の中では、利権が生まれるのも理解できよう。
 つまり、利権の縄張りにおいて、この世の中は安定が保たれ、暗黙の了解の中で現代人は社会制度を知識として学び、知識の枠内において生活することが許されているのである。これまでの秩序も、これからの新秩序もこの枠内の……というより、柵内の人間牧場下で許可されるものである。

 しかし、この背景では、「人間が人間らしく自由奔放に」と言う、人間解放の構図が既に失われているのである。
 では、何処に回帰すればいいのか。



●人間解放運動・王竜渓篇

 人間解放運動の運動家に、陽明学左派の王竜渓がいた。
 彼は声を大にしてバイタリティ的に、人間解放運動を押し進めたのは、既に固まってしまった支配体制への反撥
(はんぱつ)があった。根の腐った大樹への倒壊の警告とともに、人間解放運動を精力的に行って来た人物である。
 既に論じたが、竜渓は「良知現成論」で知られた人物であった。

 人間解放運動……。
 果たして本当の意味でこう言う運動が存在するか。
 絶対唯心論をもって、心の解放を謳
(うた)った人間解放運動があるか?……。皆無であろう。
 現代の世に、吹き荒れる科学万能主義と、物質至上主義は、人間を永遠に支配したように思う。
 ゆえに、日本人を含む、裁判所が出来擬する「善良な市民」
【註】この善良な市民は「無力なる善人」と言う意味で、動物的に世を騒がせない、可もなく不可もなくの「テレビを見ながら食事をする一家団欒の生活者」などを指す「小市民」の意であろうか。昨今は拝金の意識が旺盛だから夫婦共働きで、土日家族生活者などを指すのだろうか)は、背番号を付けられ管理され、監督され、かつ監視される存在になる。個人のプライバシーはあって無いようなもの。
 国民とは、国家から管理・監督・監視をされる存在なのである。
 日本では、国家が人民のための政府でないことは明白であろう。

 確かに便利で検索もデータ化されて機能的に映るが、これを裏から見れば、永遠に人権が奪われ、人間牧場と言う地球上で、何処にいても奴隷化される側面が否めない。また、体制側の課題としては、奴隷化を臭わせないには、更なる一工夫が要
(い)ろう。

 現に、こうした社会システムが出来上がっている。
 然も、一度こうした国家社会が構築されれば、国家管理の名において、配下には厳重な内部警察機構と強大な軍隊によって、変革運動がもはや絶望的になる側面がある。

 遂には、人は階級化されて横軸の繋がりしかなくなり、縦の上下軸には能力別に機能化され、その構造は檻の中で飼育される家畜同然になることを余儀なくされるのである。
 果たして、家畜化された人間が人間だろうか。
 それは人間でなく「ヒト」という生物学上の“サル目・霊長類・ヒト科”の現存種であるホモ・ピエンスの哺乳動物であり、もはや「人間」と言う名とは程遠くなる。

 人間は、人間牧場で飼育されるような事態に至っては、人でなくなるのである。
 人間性を取り戻すためには「立志」が必要だろう。将来は決定されたものでなく、志によって、自分で自由に選択し、自力で生きていくものなのである。これを「立志の精神」と云う。
 志を自らで立て、良知を得て、自らで「大吉の卦」を掴まねばならないのである。これが努力する他力であり、その側面にこそ『他力一条』が働く因縁が生ずるのである。「努力する他力」である。

 人は、日々神とともにあって、神に強請らず、恃
(たの)まず、然(しか)も共に生きると言うことが大事なのである。
 これこそ、人間の真の姿であった。「まごころ」の顕われであった。
 そして、王竜渓の人間解放運動は、明代末、庶民層にも広がるのである。庶民階層を密接下関係を持ち、その時代の動向に反映されたのである。
 斯
(か)くして、「良知現成論」の論者・王竜渓は、良知説の真髄を「朱子学からの訣別にある」と検たのである。このけじめ意識こそ、人間を人間に立ち返らせ「人間解放学」であった。



●人間解放運動・王心斎篇

 人間解放運動の他面において、庶民層に良知説を展開させたのが、もう一人の陽明学左派の巨匠・王心斎
(おう‐しんさい)であった。明代の思想家である。浪人学者として、地方での講演活動に励んだ人で、また心斎は驍将(ぎょうしょう)として名を馳せた人物である。王艮(おう‐こん)という。
 正統派の陽明門下とは区別された異端的存在として扱われた人物でもある。
 では、心斎の庶民教化の人間解放運動について語ろう。

 心斎は泰州安豊場
(たいしゅう‐あんほうじょう)の出身であり、したがってこの学派を「泰州学派」という。泰州学派は陽明学の中でも相当に偏った言動を繰り返したと看做されて、ここが異端の世来であるらしい。

 さて、心斎の家は代々塩田作業の従事者で、父の代から小商
(こあきな)いを始めたと言う。
 そこで心斎は子供の頃から父について各地を行商して廻った。したがって、教育を受ける機会は殆ど失われており、また心斎自身も世儒の説法とは無縁であった。況
(ま)して、知識階級との繋がりは皆無であり、文盲なる青年時代を送っている。

 ところが38歳のとき、『宸濠
(しんごう)の乱』(寧王(ねいおう)の乱)を平定した王守仁(陽明)の噂を現在の江西省の予章(よしょう)で聞いたのである。
 心斎は、いま噂の陽明なる人物がどういう人物か一方で興味津々であるにも関わらず、他方で一泡吹かせてやろうと思い立ったのである。
 つまり、陽明の説く「良知」に難癖をつけてやろうと思ったのである。無礼千万は端から覚悟の上である。

 しかし、心斎も一介の小商人
(こあきんど)である。
 一方、相手は天下に名立たる武将である。
 返り討ちも覚悟せねばならなかった。ところが、返り討ちなど、ものともしない。一泡吹かせてやろうと思った以上、それなりの覚悟も出来ていた。
 躰を張って、勇み肌で陽明のところに乗り込んだのである。

 陽明に遭って予想は大きく狂った。陽明は小難しい理屈を抜きにして、「良知の働きに生存の総てを賭ければならぬ」と憚らず言った。ただ、それだけだった。心斎は陽明の迫力に気圧
(けお)された。ただただ気魄に圧倒されるだけだった。
 もう、遣ることと言ったら、あとは拝跪
(はいき)するだけである。遂に心斎は「弟子の礼」をとるに至る。

 また陽明も、心斎の率直な一途な人柄に感じ入り、そしてこう云うのだった。
 「わしは宸濠を捕えた時は、わが心はびくともしなかったが、今わしは、そなたに遭って心を動かされた」と邂逅
(かいこう)の機縁を語り、心斎も陽明の人を感化する才に感じ入り、大いに感動したと言う。
 これは陽明の心憎いばかりの人心収攬術の策と採るか、あるいはこれこそ良知の賜物と採るか、人それぞれに感想があろうが、私はこれを良知と採りたい。
 そして、これに似たことは吉田松陰も同じようなことをしているのである。

 例えば、松陰が野山獄においての厚い情誼をもって囚人に接し、ここで講義を行ったことに見ることができる。講義において松陰は、世に言う冷たい教育者というような呼称を好まず、一介の教師よ云うより自分の知っていることを論ずる論者として、人間の格や、その他の境界線を越えて等しく同格の人間として、さまざまな人を彼の強烈な個性で感化していったことである。

 また、それらは囚人と牢番が一坐になって句会を催すなどの、これまでとは全く変わった獄舎の風景を作り出したことからも、良知をもってすれば、如何なる人も身分や階級の上下に関係なく、情誼の輪を広げることが出来ることを証明しているのである。
 更に、こうして情誼の輪が広まるにつれ、松陰の講義を聴く際は、門弟としての礼を尽くすほどになっていたのである。松陰と言う人物に、人間的な魅力を感じ、接する人は次々に感化されて行ったのである。

 おそらく王陽明なる人物も、このような人を感化せずにはいられない人間的な魅力を持った人だったのであろう。
 以降の王心斎は「官に仕えては、必ず帝王の師になり、野に在っては、必ず天下万世の師となる」ことを信条に、講学遊説に奔走したのである。
 つまり、自負とともに懐
(ふところ)には玉(ぎょく)を抱いた精神的王侯貴族であり、素王(そおう)の意識を持っていた。

 ちなみに素王とは、実際には政治的な権力を持たない王のことで、しかし王に相応しい、王者の徳を備えた人を指し、これを儒家では孔子を指し、道家では老子を指すのである。人徳のことをいう。
 思えば、陽明も、松陰もこのような人徳を持った人であった。

 心斎の場合は、素王の気概は確かにあったが、知識階級でない彼の教説は自然と博引旁証になり、広範囲に多くの例を引き、証拠を示して説明することに尽きた。簡易明白を狙った。
 これは人倫生活においての「和気藹々
(あいあい)たる交流」を指針としたからである。同時に、下層階級であっても、万人の聖人となり得る可能性を訴えたのである。

 明代末は大いに時代が揺れ動き、世はまさに社会変動期であった。日本で言えば幕末を髣髴とさせ、勃興する庶民の自力意識が旺盛になる時期でもあった。
 こういう時代に必要なのは、基本的倫理感情である孝悌に訴えることから始まり、父母に孝行を尽くし、かつ自らの先祖を顧みる自身の存在意義を良心に訴えることである。この良心こそ、良知でありその発現を切実に想わせることであった。
 「これでいいのか」更には「自らをこの世に生んだ日本はこれでよいのか」と連なるこの連動性の中で、日本人として日本を顧みる切実なる訴えが必要であった。

 それは激動期の明代末も、奇しくも両者は重なり合うのである。
 陽明学の生い立ちを考えると、最初は陽明の良知は封建統治の階級を母体としているため、それは単なる主観唯心論と一蹴されていた。それゆえ単に統治者を代弁しているに過ぎないと思われていた。それは朱子学が体制側の学問として君臨していたからである。その焼き直しだと思われていたのである。したがって、陽明学は時代にそぐわないとされていた。

 ところが、この思い込みが打ち砕かれた。
 心斎が陽明の思想を継承していく上での経緯には、陽明自身が陽明学のこれまでの思想の中に古典的な文化から抜け出せていない何かを感じたからであり、また文化的な装飾すら臭わせていてそれを剥ぎ取ることを目指したのかも知れない。つまり儒学的名分意識であろう。

 心斎はあることを試みようとしていた。
 良知説の思想を社会全体の仕組みの一環に用い、人民がそれを認めるか否かを試みると同時に、現実に存在する矛盾に自分なりに総智を傾け、抜本塞源の気迫をもって体当たりを試みた。
 既にこのとき、心斎は陽明の握った手綱から抜け出し、自らで奔馬の如く駆けはじめたのである。既にこの時期、その能力を賦与されていたであろう。
 そして、心斎はそれに至る経緯が、ここから始まっているように思うのである。

 『伝習録』下巻には王心斎が外出から帰って来た時に、陽明が居合わせて、「お前は外で何を見てきたか」と訊
(たず)ねる場面が記載されている。
 そこで心斎は「満街の道ゆく総ての人が、みな聖人に見えました」と答えた。
 陽明は、すかさず切り返し「では、お前が満街の人が聖人に見えたのだから、満街の人こそ、お前が聖人に見えたのだろう」と言った。
 この問答が重要な意味を持つのである。

 この場面を即座に『伝習録』に記載せねばならぬと考えた編者は、陽明の人を惹
(ひ)き付ける魅力を察して、この場面を用いたのであろうが、そもそも陽明なる人物は、よほど人を感動させるずば抜けた才能を持っていたらしい。陽明学に敬慕する入門者が跡を絶たないこの事実からして、当時、動かし難い聖学として世に通用していた朱子学より、人々は陽明の方に傾いていくそうした状態が手に取るように分かる気がする。
 つまり、この場面こそ陽明は良知を直ぐさま実践してみせたのである。

 この問答は、単に心斎を感動させたというだけでなく、「これこそ良知」という証のようなものを示している。既にここには、良知としての基本的な実践的性格が顕われているのであり、陽明学の真髄を披露して見せているのである。

 場面に満街を登場させ、則
(すなわ)ちそこは「天下の大道」を顕している。大道は治者も被知者も歩く場所であり、知識人も字学のない文盲な人も、更には賢者も愚者も歩いている。それらの人を総て含めて陽明は、良知の体現者こそ聖人であるとしている。
 そして、問答の登場人物である陽明と心斎の感覚や感性こそ注目せねばならない重要箇所なのである。
 つまり「聖人」という人のレベルに貧富の差なく、賢愚の差なく、況
(ま)して家柄や生まれなどもなく、ここには人民の平等であり、その平等においては、単に平等と言うだけでなく、同格て同等という意味は含まれ、昨今の安易に口にする平等意識とは似て似つかないものなのである。

 この事は、陽明学門下では中道派と言われた欧陽南野
(おうよう‐なんや)ですら「格物致知は農民や工人や商人ですら実践可能なものであって然るべきもの」と言っているのである。
 ここには既に身分とか階級は存在しないのである。良知の実践者はそうした人間の種別や地位や所属を問わないのである。

 更に注目すべきは、竜渓や心斎の思想を受け継いだ李卓吾
(り‐たくご)すら「婦女子と雖(いえど)もその能力は男には劣らぬ」として、既に男女の能力の差はないと言い切っているのである。
 この思想の継承は更に繋がり、羅近渓
(ら‐きんけい)も「辺鄙(へんぴ)な田舎の愚夫幼童でも良知の実践は可能である」と論じている。

 彼らの種々の実証例は、既に試されたものと思われ、その発端は陽明と心斎との問答に機縁し、良知と庶民意識とは、一方で統治者に対しての反感や反抗の意識はあるにせよ人を選ばず、裾野に広がりつつある発芽のようなものをここに感じるのである。

 また陽明の教えも、「泰山の高きよりも、平地の大なるを目指せ」と言ったことから、良知と言うものは外から物理的に内に向けられるものでなく、内部の裡側
(うちがわ)から、自らの力で開発されていくものであることを物語っている。そしてこの開発の輪は大地に隈無く広がっていくべきものとしたのである。

 斯くして人間解放運動は、朱子学のように良知を体制側の一握りの知識階級に独占させていては、良知自体が死んでしまう。それを懸念した陽明やその後の弟子達は体制側の占有を悉
(ことごと)く嫌ったのである。
 そして王竜渓や王心斎という陽明学左派が生まれた。

 しかし、一方では異端者は遣いであった。差別を受けたと言ってよいであろう。
 だが一方で、陽明学の近代思想研究史からすれば、特に、心斎の泰州学派は、竜渓の現成派よりも更に左に傾き、乃至最左派
(極左)と称されて、陽明門下の中で最も左よりの集団とされた。
 それゆえ泰州学派は、陽明学の神髄を伝えた最重要の一派であると看做すことも出来るのである。
 王学左派は現成派を含め、日本では敗戦後の日本の左翼団体のユートピアンを髣髴とさせる。
 この当時も、一部の集団は日本の精神風土、つまり反権力や近代思惟および庶民の被弾圧者などの概念と結びつたと思うのである。被弾圧者にも良知は存在したからである。
 良知は大きな巨大な円の輪の中あるのか?……。

 これは一つの円の輪の中の循環を通して、一周して廻
(めぐ)ったような感じで、左右の連結的な円循環である。これは数直線上を左右に行ったり来たりするのでなく、そう言う揺り戻しとは無縁の、一つの円の輪の中を廻ると言う無限循環のような関係である。

 それはあたかも、「盈
(み)つれば虧(か)く」というよな、陰陽の入れ替わりのようなものにも映るのである。更に月に譬えた「月満つれば則(すなわ)ち虧く」である。
 しかし、根は同じというのも輪の循環の特長である。
 それゆえ泰州学派は草莽
(そうもう)の臣のような「草」であることを根差したのかも知れないと思うのである。明代にあって、これを根差したのであれば思想界にあって、封建時代当時の前近代と近代の時代格差において、一種独特の離隔概念であったことが歴史的にも明らかになる。

 これは見方を変えれば、朱子学とは水と油ような不等概念が、同じ儒学を根に持つ陽明学には、思想的に乖離して交わらないものが根底にあったのではないかと思うのである。横軸の違いではなく、縦軸の次元が違うとも思えるのである。

 すると陽明学の入門書としての『伝習録』は、同じく朱子学の入門書して書かれた『近思録』とも、既に入門の手引書の段階で乖離概念が働いていたことになる。目指す次元が違うからである。単に数直線上の左右に分かれて論陣を張ると言うような構図でなく、これこそが根本的な隔たりであった。似ても似つかぬ異なるものである。

 つまり、両の左右の派閥は巨大な同一円を循環するが、上下の隔たりは永遠に交わらない、あたかも二次元ユークリッド空間の平行線であると言えよう。
 そして、不思議に思わざるを得ないのは、今更ながらに、人の思考から生まれた良知に基づく「思想は何だろう」と思うのである。



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