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陽明学入門 11

門……。門は至る所にある。
 しかし、本物の門を潜ることの出来る人は少ない。
 聖書にもあるではないか。
 「狭き門より入れ。滅びに到る門は大きく、その路は広く、これより入る者多し。生命
(いのち)に到る門は狭く、その路は細く、これを見出す者は少なし」(『マタイ伝』7-13-14)と。

 現代人は表面的な見掛け倒しに誑
(たぶら)かされ易い。それゆえ真贋を見破ることが出来ず、多くは贋作に惹(ひ)き寄せられる。
 贋作は見た目も人の眼を欺
(あざむ)き、然(しか)も巧妙である。この巧妙さをもって、大勢を騙す。あるいは詐取する。
 資本主義下では、この手の商売が大繁盛している。それだけ安易に騙される人が多いからであろう。

 一方、生命に通じる門は見た目は見窄らしく、醜く、狭く、入り難く、痛く、そのうえ多くの苦難が待ち構えている。道は茨
(いばら)に覆われて下手をすれば傷付いたり刺されることもある。
 しかし見方を変えて、奥を洞察すればいい。
 それは烈しいだけ烈しく、痛いだけ痛く、酷ければ酷いほど、確り道を踏みしめて門の扉を叩き、強く押し開かねばならない。そういうことが分ってくる。
 苦難は、幸福に到る狭き門と言うではないか。



●朱子学と陽明学の違い

 迫り来る国家的危機を、体制側の学問とする朱子学は、幕末の西欧列強から脅された当時の日本の危機をどう検(み)て居たのであろうか。
 幕末期、黒船来航に対し、幕府は何を考えていたのであろうか。
 あるいは体制側の学問の朱子学で、この国難を抗しきれると考えていたのだろうか。
 まず、その前に朱子学の論点から説き明かしたい。
 体制側の朱子学の『大学』に登場するのは「格物致知」の解釈は、「物に格
(いた)って知識を致(きわ)める」である。

 一方、陽明学は、この訓読に異を唱え「物を格
(ただ)して良知を致(いた)す」と順じた。朱子学と陽明学の根本的違いは、この解釈によって学問的には大きく違っていたのである。
 そして陽明学の云う「物」とは何か?……と、そこまで迫ってくる。
 わが心が発動している「発動の機」の現場である。つまり「場」を言う。
 心即理であるから、知行の一致で即行動となる。この激動の時代の行動原理は陽明学的なものであった。

 他方、朱子学では、客観的に対象化された「物」は指さない。
 朱子によれば、格物致知は何も天下の物事の悉
(ことごと)くに格(いた)れというのでなく、己の体得した理に基づき、これを徐々に類推していけば、自ずと豁然(かつぜん)として貫通する時機(とき)が来るとしている。
 しかし、これは実際には不可能なことである。
 もしかすると、「自ずと豁然
(かつぜん)として貫通する時機(とき)が来る……」などと、朱子自身もこの事を本気で思ったのでもあるまい。あくまで、言葉の“あや”であろう。

 つまり、朱子の格物とは、物に即して、その理を窮
(きわ)めんとすることであり、これは事物について定理を求めることで、自己の心を用いて事物の中に理を求めるとすれば、心と理が二つに細かく分解されてしまう。
 このように言うと、朱子学側からは、即反論が飛び出してくるであろう。
 つまり主客内外の理を窮めることにいて、どうして理と心が分かれるか?と。
 それはそれで朱子学論であろうが、この学の信奉者によれば、朱子の主張は「格物致知は何も天下の悉
(ことごと)くに格(いた)らなくとも、事物は一つの理体系に整然とされているはずだ」というのである。

 勿論、それはそれなりに筋が通っていなければならぬ。
 だが見方を変えれば、飽くまでも世界統一原理としての理体系であり、規格された規格品が存在すると言う前提に成り立ち、その理体系に随順すると言うことが、予測的に、その後、そうなるであろうと言う想定の上に成り立っているものである。

 この場合、一時元的な理体系と現実とのズレに注視して、そのような理体系への随順が満足に得られない場合はどうなるのか。
 また迂回現象を起こした場合はどうなるのか。

 回り道をして、時間にズレが生じて、個別的な理から理への推移していく観察が次元的に不十分であった場合、その観察点は、「次元異差」で現実と論理では大いに異なっている事象を生むが、それをどう結論付けるのか。
 この点においても、予測不可能な事態が生じているが、これをどう検
(み)るのか?……である。
 こうした根本的な「次元異差」が起こっている実情で、故意に強いられれば強いられるほど、心の本然は「いや違う」などの感想を持ちつつ、更に、多いに反撥を感じるのではないか。

 この点を陽明学側としては、異を唱えるのである。
 つまり朱子の提唱した、格物致知論は、根本に据えられている「理体系」を承認する限り、確かに実行し易い「平実」は存在するであろう。

 だが、これを認めようとしない主体にとってはどうなるのか。自らの心に、良知以外のものは受け入れ難い状態が生じたら、朱子の言うように「事物に至ってその知識を窮める」と解すべきでなく、心の働く場たる物が、まず正され、然る後に良知を十全
(欠陥のないことであり、論理学では認識や概念がその対象と完全に合致することを指す)に生かしきるとした方が正しいのではないのかという結論になる。その場合、正確性を期し、事物の関係は完全であって、一義的なそれに対応する概念でなければならない。
 陽明の論では、良知の全責任を言い、その場の是非を定めて物を荷なうことで、こうなった場合に心と理が一致すると言うのである。

 しかし、これにおいても、朱子学側から反論が起こる。
 つまり、良知によって理を借定
(しゃくてい)するならば、心によってその理が故意に作り出されたものであり、客観的には妥当性の根拠は何もなく、それは単に恣意的に理と言っているだけではないのか。
 これは公共の理が予め定められているとする朱子学の立場からする道理上の疑問である。しかし、良知を借定するに当り、これ自体を普遍的妥当性とするならば、朱子学的単一真理観のみの見方であり、こうした場合良知を働かせる事自体に規格が生じ、結局は反良知的思考となりはしないか、と。

 更にこれに対して再び反論。
 それは各人がそれぞれの良知に遵って判断を下し、異なった理が生じれば矛盾の衝突が起こる、と。
 これに陽明は次のように読み解いている。
 それは心に働く場である物について、例えば竹林の竹は、その枝や節が同質の竹であれば、それを「大同」という。しかし、どの枝も節も同じ高さで同じ大きさに揃えねばならぬと限定した場合は造化の妙手に背く。
 良知もこれと同じで、ただひたすらに良知のみを養うべきで、良知だけが同じならば、あとは人それぞれだから、それぞれの流儀で良知を発出させればよい。

 しかし、もし根本に関して工夫を加えねば、枝や節をとやかく言う前に、筍すら生えて来ないというのである。要約すれば、竹そのものに良知なる培養を加え、それが第一義とし、枝や節は良知の判断によって生じた結果であり、それらから生じた同規格を求めるべきでなく、同異の結末に気を奪われる必要はないと言うのである。総て、大同から生じたものは良知から発出したものであると説明する。この説明によれば、価値観の多元性を言い表し、しかし根元の良知は同じものになるとする。
 良知の考え方の多元性をいうのであろうか。
 だが、厳格に言えば陽明学良知説は、今日に至っても完成を見ていない。一つの考え方であり、陽明の言うように「天下万物一体の仁」となれば、些か楽天的な人間観が横たわっていると言えなくもないのである。つまりここには、矛盾撞着が生じているようにも思えるのである。

 根本には、性善説思考が優先しているからであろう。同時に、良知説は「ここまで」という限界すら感じない分けではないが、しかし考え方の多様性は認めねばならぬし、例えば山を登るにも、頂上に至るルートは規格化されたものばかりでなく、常道以外にも多元的に他のルートもあるのである。

 しかし、今日発見発明されていないものは、単に非科学と一蹴すべきでなく、まだ発見発明されない未科学と言う謙虚な立場をとるべきであろう。
 したがって、人は「これしかない」と一元的に指摘されれば、時には困惑するのである。果たしてそうかと疑わしさを感じることもある。専門知識に即していても、専門家の意見であっても、素直にそれを受け入れない場合がある。

 現実にはこうした局面に接した場合、これを無理強いされて認めようとしない主体に対しては、相当なる力量を必要とするものであろう。それも生半可なものでない。実に大きく、したがって陽明は、この点において朱子に絶望するのである。

 ところが、この謙虚なる陽明の絶望は、朱子学側からしてみれば、既に構築されてしまった、これまでの厳然たる理体系を無視することは出来なくなっていた。これを無視すれば、傲慢不遜となりかねない。

 ここまで逼迫
(ひっぱく)した状態になると、もうこの時点まできて「朱子学と陽明学がどちらが謙虚の点では優れているであろうか」などと論じても意味はない。事物は心と理の競い合いでは解決しない。結局は連続あるいは非連続の問題に直面する訳である。こうした場合、これらwp無責任に放置すれば、価値観や世界観にまで無秩序が起こり、社会の混乱と不安が増大するばかりとなる。
 つまり、謙虚と言う概念を棄
(す)てて、事物の理に対する考え方は、両者間では如実な違いを見せているのである。これは実に重要であり、陽明の主張に耳を傾けるだけの意味があるであろう。
 陽明は、このように論ずる。

 朱子の所謂(いわゆる)格物致知とは、物に即してその理を窮(きわ)めんとすることをいう。
 物に即して理を窮めんとは、事々物々について、その所謂定理なるものを求めることで、これは自己の心を用いて対象となる事々物々の中に理をもとめることであるから、結局、心と理は二つに解析されてしまう訳である。
  

 陽明のこの言に対し、朱子学側は烈しい反論があるであろう。
 つまり、朱子の言う格物致知は、主客内外を貫く理の探求であって、その場合、理と心が分離する訳がないと。
 その反論は、確かに一面的には、朱子学からの観察によれば、理屈は通るものであろう。

 だが文化素材が異なるとどなるか。
 社会の理法上の原理にまで到達していない観すら、また両者の言にも存在しているように思う。
 つまり、性善説をベースに良知ばかりにこだわると、行き詰まるし、結果的にはその深入りで、自分の首を自分で絞める結果をも招きかねないのである。

 しかし、今日でも日本では朱子学に比べて陽明学の名は、よく親しまれているように思う。感覚的には日本人の性に合っているのかも知れない。ゆえに陽明学と聴くと親近感を覚えるし、明治維新も陽明学の行動原理で「まごころ」を旗印に動いたように思える。根本には「誠」を旗印として、多くはこの大旆
(たいはい)の下に集まったのである。この旗の下で、死のうではないかとなったのである。

 しかし、手放しに喜べない一面も覚悟しなければならない。
 これは仏道における禅もそうであろう。深入りせず、「ほどほど」が大事である。素人にこの覚悟は難しいからである。
 これは完璧を求め、然
(しか)も、理論詰めで専門的に奥へ奥へと入り込んでしまうと、いつしか正道を逸れて、先には思わぬ「陥穽(かんせい)」が待ち構えていることもある。

 陽明学は本旨の捉え方を少しでも間違うと、その作用に対して、思わぬ大きな反作用を喰らうことになる。
 更に「狂」の意味を取り違えると、毒薬を呷
(あお)ったような現象を起こす場合がある。ゆえに、一部の評論家からは危険視されて来た。こうした本来の意図とは異なった心学が、危険視された歴史を持っているのである。
 では、「狂」とは、どういうことか。
 陽明は、このように説明する。

 「活溌溌地な良知の自己内衝動に身を任せた時、もはや世評を顧みない。右顧左眄
(うこ‐さべん)する余地がない」と、この状態を示し、また「世間から狂を病み、心を喪(うし)なったと言われても構わないではないか」その発出に至った良知をこのように云い「天地万物一体の仁は疾痛切迫、やめようと思っても、自ずから止められないものがある」と説明している。
 「狂」の文字からして日本人には誤解が多く、狂は常人ではない意味である。
 そして、「狂」をもって、こだわるのでなく、極めるのである。

 “こだわる”と言えば細部のミクロ部分だけを、あたかも重箱の底を楊枝でほじくるような愚行となり、結局は「卑しさ」の落し穴に落ちる。
 他方、極めるは全体像をマクロ的に大局観を見極めて、見通しを立て、究極に到達するために研究発展に奮闘努力することである。
 この意味を間違えれば、伝わり方も変形され畸形化されて、陽明学は「危険な学問」になりかねない。

 世に危険視された箇所はこの辺にあり、しかしこれは大きな誤解であろう。
 更に誤解を招いたのは、陽明自身が自らを「狂者」と呼称したことである。この呼称により、大いなる誤解を招くことになった。斯
(か)くして毒薬視された。
 それに日本語訳においても「狂者」の呼称は、あたかも葉隠武士道の言うような「狂い死に」と捉えたようで、ここにも陽明学が誤解される要因があるようだ。

 陽明の言う「狂者」は、発狂者とか死に狂う自殺願望者を言うのでない。常識外れの人間を言っているのである。分別に対し、無分別を言っているのである。陽明は豪傑同志の士とともに、手を取り合って、社会悪に「まごころ」をもって挑戦することを呼びかけているのである。
 この背景には、陽明自身が朱子学の異端者になることによって、当時は朱子学が正学とされていたから、困難な地点に自らを置き、あるいはこれを「事上磨錬」の実践課題に挙げていたのかも知れない。

 佐藤一斎は、王陽明のこのような切迫をもって、わが身を責め立てる評価として「王文成
(陽明)の抜本塞源論ばっぽんさくげんろん/知識見聞が増大すれば、それに応じて傲慢・悪業・詭弁・偽善が蔓延り思想界を弊害混乱に陥れるので、この状況を救うには万古変わらぬ良知で抜本塞源をもって世道人心の退廃を救済する論理)は、古今独歩というべし」と、高く自らの著『言志晩録』で讃えている。
 この「抜本塞源論」は、格調高い文章で隈無く人間愛に溢れ、広く人の心を打ち、後世に至るまで人口に膾炙
かいしゃ/万人に好まれ、話題に上がって知れわたること)したことを高く評価している。



●六分をよしとする

 何事もこだわらずに、菜根譚流に「ほどほど」に行きたいものである。
 物事に完璧すぎる完璧を求めた場合、そこには謀
(はかりごと)が待ち構えているかも知れない。
 吉田松陰も、『講孟余話』の中で、自分の育った杉家の為来
(しきた)りを挙げ、「第一に先祖を尊んで来られたこと。第二に神を崇めて来たこと。第三に親戚が仲良く暮らして来たこと。第四に学を好んで来たこと。第五に仏教に深入りして来なかったこと。第六に畑を耕して来たこと」を挙げいている。

 これは「慎みを知る生き方」をして来たことを顕し、同時に松陰自身が、作用に対して反作用が働く理を知っていたのかも知れない。まさに、学ばされることは「足るを知る生き方」を実践したことである。
 今あるもので満足をし、それ以上の現世ご利益を願わないことも、見て取れるようである。
 極める探究心はあってもいいが、「こだわるな」と、釘を刺しているようでもある。

 こだわり過ぎると、例えば料理の哲人が作った美食も、ただの素人料理の蔬菜
(そさい)よりも不味くなり、また、名人芸を持つ職人が作った名品でも、凝り過ぎて(こだわり過ぎて)意地になれば卑しさが表面化するものである。こうなると、本来の素朴さが失われるのである。甚だ見苦しくなる。美的なるものが破壊されるのである。

 名人技とは「ほどほど」の妙技で止めるもので、一見物足りなさを遺して完成を見ず未完成の儘に映るが、実はそうではない。ここに「妙」がある。
 「妙」を実践した人物は、また「死しても朽ちず」なのである。
 武田信玄が言ったように、人は完全なパーフェクトの勝ちを求めれはならず、「六分でよし」とせねばならないのである。

 この世に、完璧などあり得ないのである。自分一代で完成は見ない。後世に託すものである。
 これを誤って、完璧を需
(もと)めて深入りすると、そこには思わぬ落し穴場が待ち構えている。これを「陥穽」という。
 こだわり過ぎる者は、この陥穽に嵌まる。

 したがって、極めるが、またそれは見た目の「ほどほど」で止めたところに本当の名人技があり、その先は見る者が決定すればいいのである。強引に終着点まで導く必要はないのである。
 これが実は、足るを知ると言う生き方である。
 風流も、実はこの点を重んじるのである。

 しかし、幕末から明治に懸けて、日本陽明学派の言う「まごころ」を尽くして、至誠を貫く精神は大きく評価されるべきものであろう。至誠こそ、事物を動かす原動力であるからだ。
 学問は中途半端が一番いけないのである。しかし、そうかと言って大成が難しい。
 そのうえ陽明学は朱子学に比べで難解な箇所もあり、難しいことは請け合いである。
 したがって、「生齧
(なま‐かじ)り状態」の中途半端で放置され易い。こうなれば最悪な“陽明学崩れ”が出来上がってしまう。警戒すべきところである。
 下記は陽明学によっての知行合一の状態分類を説明したものである。

 ただし、陽明学実践者に「行主知従」とか「知主行従」とかは本来なく、「心即理」であるが、そもそもこれ自体が難解であり、また私も生まれて此の方、神のような「心即理」を実践した人を見たこともない。
 人間は善悪を判断するに当り、幾らかの時間が掛かり、刹那
(せつな)においても判断のために「考える」ということから、良知の捉え方を三種類のタイプに分けた次第である。

良知の捉え方 タイプ 心情観 世情観 結末
行主知従 実行型 無垢・至誠 憂国 未完成美学
知主行従 学究型 無垢・誠実 真理探究 新陽明学模索
知行生齧り 濫用型 雑念雑想・濁り 無関心 中途半端

 陽明学研究者の中には、上記のように大方、三種類のタイプが居る。
 この中で、学究の徒として、一番相応しくないのは「知行生齧り」の知ったかぶりをする濫用型タイプである。陽明学用語だけを巧みに使い、知識をひけらかすタイプでもある。実行不履行者である。

 特に観察していて眼に付くことは、自分の残された「実働有効人生期間」を明確にしてなく、心の中では自身で長寿の妄想を持っていることである。二言目には陽明学を口にし、陽明学マニアにはこういう種の人が多いようだ。
 実働有効人生期間を自覚できている人は、また志も明確で、自分の寿命を、まず前半と後半に分けていることである。

 実働有効人生期間というのは、例えば長めに寿命年をとって90歳まで生きるとすれば、その半分の45年で折返し点を折り返し、生まれて45歳までが「前半」を形作り、以降の46歳から後半を形作り、特に「後半」の人生が最も大事になるのだが、この間は46歳から90歳までであるから、折り返し点を境に、ほぼ前半同様に人生期間を持つのであるが、しかし実働有効年が総てフルに活用できると言う訳でない。

 六十半ばくらいから早々と痴呆の現象が顕われるかも知れないし、不慮の事故に遭遇したり、老人性疾患で体調が不調なったり、車椅子や寝たっきりが余儀なくされるかも知れない。
 また植物状態で90年生きたところで、晩年は自力移動の出来ない状態に追い込まれているかも知れない。

 これを後半人生で90年間生きたとしても、それがフル活動できる期間が90年であるとは限らない。病魔と同居・共棲の90年であるかも知れない。
 この期間を考えれば、少なくとも90歳で死ぬ、5年から3年間は実働有効人生でないことが分る。あるいは更に、最悪の場合を考えて、残り後半人生を「六分」と検
(み)る見方もある。欲張るとよくない。

 仮に90歳まで生きるとしても、後半人生の実働期間を25年で見積れば、つまり最悪の場合を考えても、70歳強くらいであろう。そして以降は、病魔と同居・共棲を覚悟して精神生活を慎み深く生きれば、佐藤一斎が言うように「老いて学べば、死して朽ちず」の肖ることが出来るかも知れない。
 何事も、控えめに慎み深く「六分でよし」とする実働有効人生があってもいいと思うのである。控えめ設定だから、運が良ければ余慶・余徳に恵まれるかも知れない。



●恥と罪

 法治国家では「罪」を犯すことは、重大犯罪とされている。とにかく犯罪は、人間が行うべき行為ではないとされている。
 さて、現代人の中には、自分は悪人でないと固く信じている人が少なくない。
 その「悪人でないと言う根拠」は、犯罪者のように悪いことをしないから、悪人でないと思い込んでいるに過ぎない。

 ところが、これは悪人でないのでなく、何もしない善人であり、その人が「至善
(しぜん)の人」であるとは限らない。
 むしろこの場合、悪人でない善は何もしない無力人のことで、悪いことはしないが善いこともしない中途半端な、むしろ悪人より質
(たち)の悪い、可もなく不可もないという程度の人である。
 しかし、善人だと思い込んでいながら、人が見ていないという状況判断から小さな悪を積み重ねているこのも少なくない。単に盗んだり殺したりペテンにかけたりをしないと言うより、出来ないと言った方がいいだろう。

 要するに恥を知らないタイプである。
 法に抵触する犯罪者と言えるほど悪事は働かないが、しかし何もしない。善いこともしなければ悪いこともしない。悪いことをしても、自分で思い込んでいる「少しくらいなら」の悪である。

 こういう無力な善人が、例えば車の走行中に携帯電話を掛けたり、缶ビール1本程度の飲酒運転を働くのである。いわば「無恥」である。罪の意識がないと言うより、これは恥知らずと言うべきであろう。
 しかし、根底には「少しくらいは……」という甘えがあるから、40、50、60のいいオヤジ年齢になっても、「人が見ていないから構うものか」という高を括
(くく)った行動が平気で出来るのである。
 恥と罪について、吉田松陰は『講孟余話』の中で次のように述べている。

 或る人問ふ。「罪と恥と孰(いず)れが重き」
 曰
(いわ)く「罪は身にあり、恥は心にあり。身にある罪は軽く、心にあるの恥は重し」
 今、草茅韋布
(ぞうぼういふ)の士、妄(みだり)に朝政(ちょうせい)を議論し、官吏を誹謗するは、分を越へ職を踰(こ)ゆるに罪、固(もと)より恕(じょ)すべからず。
 然
(しか)れども、其の心を尋ぬる時は、或ひは国家を憂ひ、或ひは道議を明(あきら)かにするが如き、深く咎(とが)むべきに非ず。
 唯、其の己の田を去りて人の田を芸
(くさぎ)り、己の短を借(お)きれ、人の短を刺(そし)る如き、罪とするのみ。
 恥はわが心にあることにて、尊位をけがし富禄
(ふろく)をついやして、道を行ふこと能(あた)はずんば、何の面目かららん。類を充(み)て義の尽くるに至れば、即ち盗と云ふべし。且(かつ)、罪と云ふものは、外に顕(あらわ)るる如しと云へども、其の一身に止る。恥と云ふに至りては、心に在(あ)りと云へども、其の害、君民に及ぶ。然れば、罪恥(ざいち)の軽重(けいちょう)、云はずして知るべし。 

 松陰は罪恥について、何れのどちらが重いかと問われ、罪はわが身の問題であり、恥はわが心の問題であると答えた。そして、その軽重は?……と問われたら、わが身の問題である罪は、恥に比べて軽く、わが心の問題である恥は、罪に比べて重いと答えている。
 その一方で、志士の行動はどうかと問われれば、彼らは国家の行く末を案じての事が行動になったまでで、ゆえに厳しく追及したり咎
(とが)めてはならない。
 しかし、彼らが自分の田を放置して他人の田の草取りをするのは、自分のことを棚に上げて他人のことを論
(あげつら)っているようなもので、これは罪に値する。

 恥は自分の心の問題で、高い地位に就いて、高禄を得ながら正しいことが出来ない者は、わが心において恥じるべきである。孟子の言葉を借りるならば、道に反しているのだから、その者は盗賊と同じである。

 なお、罪の場合は、わが身にあるもので、譬
(たと)え犯罪を犯すことがあってもその罪は、わが身一人が背負えばいいが、恥はわが心にあるもので、また恥は伝染するものである。そうした場合、わが身一身には留まらず、その害は広域に及び、君主や民まで波及する。
 このことからすれば、世の中には罪と恥があるが、恥の方が重く、罪の方が軽いと言うことになるので、この事を安易に考えるのではなく、深刻に考え、それをわが心に充
(あ)てるべしというのである。

 人間は生きながらに罪人である。
 パウロの黙示録の冒頭には、
   人間は災いなり、
   罪人は災いなり、
   なぜ、彼等は生まれたのか、とある。
 パウロは人間である事の「災い」を指摘している。生きている以上、大なり小なり人は罪を犯すすと言うことだ。

 ところが、恥は違う。
 これは霊的神性を指す。自分の心を傷付けたことを指す。恥は自分の心の中にあるからである。
 前にも挙げた通り、陽明学の良知は心の本然によるものである。
 つまり、良知の発出である根本の心が正しい場合、例えば、見ず知らずの人が道に踞
(うずくま)って苦しんでいたとしよう。また、そう言う状態にあって困っていたとしよう。
 この人を見て見らぬ振りをして通り過ぎるか、または事情を訊いて救急機関の応援を求めるなどは、人間の情としての行為である。
 何れを選ぶはその人の人格による。人格者は良知の持ち主である。

 これは法的に言えば、見て見らぬ振りをして通り過ぎても法には触れない。その人が放置されて数時間後に死んだとしても、殺人罪には当たらない。そのことは法の知識として多くの人が知っている。
 ところが、人間の情において、見て見らぬ振りをして通り過ぎることが出来ない場合、それを知りながら通り過ぎれば、その人の心には明らかに「人としての恥」が残ろう。

 特に、踞っていた人が、その後、死亡したとなれば、通り掛かった人の心には、「どうしてあの時、何か打つ手があった筈なのに、それをせずに見過ごしたのか」という悔悟の念が疾るだろう。
 また、そのいい訳として「しかし、もしその人が死んだとなれば、自分が後で殺人犯人にされかねない。だから、あの場合は冤罪を被るのが御免だから、足早に通り過ぎたのだ。どうして、自分に罪があろう」と、自己納得して、自分に自分を言い聞かせた場合である。
 しかし、何とも後味が悪い。
 この後味の悪さは何だろう。単なる、間接的な罪の意識だろうか。
 どうもそうではなさそうだ。

 それを陽明学では「良心」というのである。
 良心に従う心の発出を、良知と言う。心即理をいう。良知は、心の本体としての理の発出である。良知に従えば、人間の恥において、決して許されるべきことではない。恥を知ればなおさらだ。
 では、恥は何処から起こるのか。

 この恥意識こそ、人間が人間たる所以
(ゆえん)であり、この点で同じ哺乳動物でありながら、人間と動物を隔てるところである。
 恥と罪の、どちらの比重が重いか、を問うのが、陽明学の「心学」と言われる所以なのである。
 そのくせ現代日本人は、権威筋には弱いようだ。

 そもそも日本人は「お上」という権威に対しては、異常なまでに尊敬を払うのである。
 また、学閥にも弱い。
 日本人が敬意を払う対象は、容易に突破できぬ試験に合格した人である。
 例えば、今日では国家公務員I種試験の合格者である。そういう者に対し、決して批判の目を向けず、とにかく弱いのである。

 しかし残念ながら、一応、知識をそれなりに身に付け、誰もが文字の読み書きが出来る現代日本人は、それ故に無条件に、理の権威に対して跪
(ひざまず)き、それを一方で、口惜しいとか、訝(おか)しいと思いながらも、自己の本心の疎外に対し、殆ど疑念を抱かない。それは、まさに自己欺瞞(ぎまん)であろう。
 平等主義の世の中で、擡頭に者が云えない。これこそ自分を偽ったことになる。

 仮に“仕方ない……”で流れても、それは心の片隅に自己欺瞞が残る。同時に、恥が霊的神性を傷付ける。こうした心情は、自己の知る「理」と「心」の一致が見られない場合である。
 恥知らずの心理構造も、自らの心を偽りながら、罪より恥の方が断然軽いのである。これは法意識から起こる軽重感覚である。
 しかし、これでは道徳感や倫理観の希薄が指摘される。法の抵触意識と、道徳や倫理の意識が一致しないのである。
 したがって、法に抵触しないのなら、恥は、いつでもかき捨てて済まされると、自らを卑しめてしまうのである。

 したがって、自己の外部に恥辱・偽善・欺瞞・怠慢・虚妄・虚構理論・攪乱工作・詭弁などが生まれるにも関わらず、ここに度し難い社会的痼疾
(こしつ)が生まれ、かつ、それでありながら、自己の良心すらもその中に流されて、事なかれ主義に奔るのである。結局、無難な方に流れた。それを選択した。
 この行動意識自体も、また恥である。
 その姿は魂を売った状態とも云えよう。
 良知が死んだ状態である。
 この正体は、実は自分を偽った自己欺瞞の姿であった。
 この自己欺瞞こそ、自身の霊的神性を傷付けた証拠なのである。



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